第3話 見られてた!?
「えと……そんなにおかしいかな?」
肩を揺らす彼女を見ながら情けなさでため息が出た。
「あ、ご、ごめんなさい。その……私が知っているオジ……大人の方と宮城さんが違うなぁって思ったらおかしくて」
涙の溜まった眼をこすりながら俺に向けて笑顔を見せる。
――やっぱりかわいいなこの子……いやいや!! まずいまずい!!
邪念を振り払うように、ぶんぶんと頭を振る。
「それで話って何かな?」
気持を見透かされるわけにいかないから、とりあえず何も気にしていない様子をみせ、声も少し低めにしてそうクチにした。
俺の声にビックリした様子で姿勢を元に戻して、ちょいちょいと前髪を触って直し俺の事をまたじぃ~っと見始めた小松さん。
「あの、話って……」
再び声を掛けると彼女のビクッと方が揺れた。
「その……お話というのはですね。私こう見えてスポーツも読書も好きなんです」
胸の前でこぶしを握りむんと手前に引く仕草をする。
――こう見えてって自分で分かってるのか……。
「それで?」
「あ、それで……その……」
途端にホホをほんのりと赤く染め始める。
「自分の周りには勉強に集中する人とか、運動に一生懸命な人とかはいるんですけど、ほんの……読書に関するお話をする人がいなくて」
彼女の着ている制服は進学校だし、勉強に関してはそんな感じだと思っていたけど、彼女から詳しく聞くところによると最近はスポーツに関しても力を入れ始めたらしい。
「それでですね……その、宮城さんに本のお話をお付き合いできないかなぁと思いまして……」
「…………」
ホホを染めたまま俺を下から覗き込むように見てくる小松さんは凄く子供っぽいというか、かわいらしいというか……言葉にすることが出来なくて、黙ったまま見返す事しか出来ずにいた。
「あ、あの……?」
「あ、いやその……俺で良いなら構わないけど……いいのかい?」
「何がですか?」
「その……見てわかる通り俺ってオジサンだし。君たちとはたぶん好みの違うと思うんだけど……」
「大丈夫です!!」
今度は胸の前で両手をギュッと握りしめる仕草でグッと体を近づけ見つめてくる。俺はちょっと体を引いた。
「わかった……君が良いならいいよ。で、今はどんな物を読んでるの?」
「ありがとうございます!! 今はラノベです!!」
ごそごそとカバンの中から一冊の本を取り出し、バッと目の前にその表紙を見せるように出した。その本には長い題名のロゴにかわいらしいイラストが描かれている。題名とイラストから察するとファンタジーのようだ。
「ラノベ……かぁ……」
表紙を見ながらアゴに手を当てひげの伸び始めたところをじょりじょりと摩る。
「えと……ダメですか?」
俺に見せていた本を自分の方へ引き寄せながら小松さんは不安そうな顔で訪ねてきた。
「ダメってことは無いけど……俺、ラノベって読んだことないんだよ」
「じゃ、じゃぁ読んでみて下さい!! えと、今ちょうど一巻から持ってますんで良かったらどうぞ!!」
俺の前に3冊の本が積まれた。先ほど表紙を見せてもらった時に目にした題名のようだ。
「じゃぁちょっと読んでみるよ」
「はい!!」
小松さんは凄くいい笑顔を俺に向けてくれた。
その笑顔を見て、俺はこの子のこの笑顔がまた見たいと思ってしまった。
本屋に入る前まで余り気分がすぐれていなかった自分はすでに忘れていた。そしてこの日は彼女が熱く語る本の内容をその横で静かに相槌を打ちながら聞いて、彼女が帰るという時間になるまで店の中で楽しい時間を過ごすことが出来た。
本屋で出会った、女子高生と不思議な出来毎から一ヶ月が経とうとしていた――。
自分の住む町で知らない人がいないほど有名な進学校。そこに通う学生はだいたい六百人程度。男子も女子も同じぐらいの比率で在校していると聞いた事がある。最寄り駅に降りてくる学生はほとんどがその進学校の制服を纏っているので、会社へ向かう電車に乗る時はかなりの頻度ですれ違ったりする。
高校生になると少し大人になったような気がして、髪を染めたり制服を着崩してみたり色々やった経験があるけど、このすれ違う学生たちはほとんど同じような姿をしている、時々茶髪の女の子だったり化粧している子、髪をツンツンに立てた男の事もすれ違ったりするけど、この学校ではそんな子達の方が少数派だと思われる。
7月も終わりに近づいて、公立の学校は夏休みに入ったところもあるというのに、さすがは進学校という事もあってか毎朝の電車で見かけない日は無かった。
――あの子も通っているんだよなぁ……。
ふと自分の中でそんな事を思う。
本屋で出会った一人の少女。名前を小松由衣というその娘は今すれ違っている制服を纏った女子高生である。髪は染めているのかそれとも地毛なのか茶色に輝いていて、本を読んだりする時は色白で小さな顔に赤いメガネをかける。受け答えも素直で言葉遣いもそれほど乱暴でもなく、時にため口になることもあるけど自分的には憎めない。そんな女の子。
「宮城さんに本のお話をお付き合いできないかなぁと思いまして……」
そんな彼女が俺に言った言葉。
――ダメだ!! また考えている……。
最近では気が付くとあの子の事をボヤっと考えてしまう。少し前までは高校生なんて見向きもしなかった自分なのにどうしたと自問自答していた。
学生が少なくなっている分電車の中は混雑していないけど、大人な自分たちには関係ない。同じ時間に会社に行ってあくせく働き、疲れ切ったところで帰宅する。
俺は一人電車の中で立ったまま小さくないため息をついた。
――早く金曜日にならないかな……。
あれから週に一回、金曜日の夕方か夜にあの本屋で逢うあの娘の顔が、俺の心の声と共に頭に浮かんできた。
あと数分歩けば会社に着くという場所で後ろから声を掛けられた。
「聖おはようさん」
バシッという音と肩への痛みと共に俺の横に現れた福島。その顔は朝から清々しい。大学生時代もその清々しさでモテていたけど今もそれは健在だ。
「栄太……肩が痛い……」
非難するように肩をさすりながら隣の男を睨む。
「だってよ。お前その顔で会社行くのか?」
それはどうなのよ? みたいな顔をして俺に問いかけてくる。
「あん? どういう意味だ?」
俺は行っている意味が分からず更に声を低くして返した。
「顔が……しまりないぞ? 浮かれてんのか?」
「え!?」
栄太の言葉に驚いた俺はその場に立ち止まってしまった。俺をその場に置いたままで栄太はすたすたと歩いて行く。その背中を見送る事しかできない程、俺の心の中は動揺してしまっていた。
――う~ん……。
朝の一件からずっとここまで、事ある事に思い出して考え込んでいる――。
今日も変わらず東北コンビにて外回り。しかし本日は謝罪の旅ではなく使っていただいている製品に関してのアフターフォローをしている。使い勝手を聞いたり、新しい形の使い方をレクチャーしたり、既存に無いモノを作って欲しいなどの要望を聞いたり。そうしているうちに新たな仕事の依頼に繋がったりする結構大事な仕事だ。
相棒の福島は顔だけではなく口も悪く言えば達者で、人との繋がりを早く築ける。特化した能力といってもいい。おかげで俺はその補足をするだけで進行が滑らかになる。
本日四件目の会社を出る時には、担当の方ではなく女性社員と仲良くなっている福島の姿を眼にした。俺は呆れにも似たため息をもらした。
「相変わらずモテるな、お前」
「やだな先輩そんなことないっすよ」
ため息交じりに出た言葉にこの返し。いつものことながら少し尊敬の念が芽生えた。
「真面目に思っているんだ。相変わらず人付き合いが上手いな栄太」
「そんなことないっすよ。いや、先輩だって自分とそんなに変わらないじゃないっスか。いろんな会社で最近人気ですよ?」
白い歯を見せながらニコッと笑う栄太。キラッと光りそうなその歯と笑顔にズキューンと射抜かれる女性の気持が分からないでもない。
「俺が?」
「はい。最近ですけどね」
俺の背中をバンバン叩きながら笑顔を見せる栄太。
「なんだか……会話するときの顔が柔らかくなったというか……、前よりも話しやすくなったって言っていましたよ。特に女性たちが」
「へぇ~……」
初めて聞いたその情報に少しだけ身に覚えがあった。
最近は営業先で担当の方と話をするときに事務の女性の方などが対応することもあるのだけど、その時俺も話題を振られて会話に混ざるという事が多くなってきたのだ。
前までは栄太としか話さなかったような女性たちも、少なくない人たちがこの俺にも親しみを持ってくれたようなそんな感じ。
「確かに……柔らかくなったと思うよ。聖、お前話しすることに慣れてきたんじゃないか?」
「慣れてきた?」
突然俺を聖と呼んだという事は、後輩の福島としてではなく友達の栄太として放った言葉だと瞬間に理解した。
「たぶん……あの女子高生効果じないか?」
「な!?」
栄太の口から小松さんの話題が出て驚いた。そのまま固まりながら首だけをギギギと横にひねって栄太の方を見る。
「あぁ~っと……すまん。先週の金曜日に見ちまった……」
「な、何を?」
白々しく問を返す。
栄太は右手を頭の後ろに回しポリポリと掻きながら、すまなそうな顔をして俺を見返してきた。
「前に言っていた女子高生と、お前が並んで本を見ながら楽しそうに話してるのをだよ」
「…………」
――見られてた!? しかもこいつに!?
本日は木曜日。明日その日が訪れると心なしか楽しみにしていた気持ちが、その言葉に消し去られてしまった。
お読み頂いた皆様に感謝を!!
このお話を書いてから既に数年経っていますが……。設定等は覚えているので何とかなるんですが、つじつま合わせが(笑)
が、頑張ります!!
作品タイトルがしっくりこない( ノД`)シクシク…