第2話 あ、笑った
次の日からまた、仕事漬けの毎日を繰り返し、週が明けてからも東北コンビで各会社を飛びまわった。
クレーム処理ばかりが仕事ではないので、もちろん新商品に関する話も出るし、新しい製品の計画なんかもお互いに交渉したりする。
そんな事をしている間にも、俺はあの女の子の事はすっかり忘れていた。
この日も同じように時間に追われていたけど、ようやく最後の会社の話もまとまって、腕時計に目を移すとすでに午後六時を回っている。
一緒に回っている福島はすでに退社モードになるべく、ワイシャツからネクタイを外そうとしていた。それを見て俺は苦笑いする。その行為がすでに会社には戻りません!! という福島の意思表示だったからだ。
ため息をつきつつも、スマホを取り出して直帰する旨を伝え、その事を福島にも伝える。
「よし!! 今日もお疲れさん!! どうする今日は少し早いから飲んでくか?」
電話をした事を聞くと同時に後輩から友達に早変わりする福島。
――本当に憎めない奴だ。少しばかり羨ましいな。
福島のそんな切り替えの早さに、俺は少しばかり感心する。
「そうだな……少し飲んでいくか……」
答えるのが早いか福島が俺の肩を生むのが早いか、二人連れだって日が完全に沈む前のグラデーションな空の元、大衆居酒屋が立ち並ぶ方向へと歩いて行った。
「聖ってさ……最近良いことあったのか?」
福島からの突然の問いかけに首をひねった。
「なんで?」
「だって顔がいつもより楽しそうだからさ……」
周りがざわつく店内でお互いが上着を脱ぎつつ話だす。
「別に……特に何もねぇけど……」
とりあえず生を頼んだ俺達の前にお通しとジョッキが運ばれてきて、これから飲む態勢が整うと直ぐに返事した。
「ふ~ん……なら別にいいけど……」
何かを含んだような言い方は昔から変わらない。ただこの言葉には「何かあるなら話せよ」という意味も含まれているので、心から俺の事を思っていてくれるのは理解している。
「ちょっとした……出会いはあったな……」
ビールを二杯目を頼んだ後、そんな事を俺はボソッと口にした。
「そこんとこ詳しく!!」
言葉を拾った福島が、向かい合うテーブルから身を乗り出すようにグイっと近づいてきた。
「実はな……」
酒の勢いもあって先週本屋であった事を話した。途端に福島の顔が難しい顔色になって眉間にしわが寄っていく。
「女子高生……? 聖って子供なの?」
ため息をつきながら福島はそう言葉を口から発した。
「な、なんだよ。悪いかよ」
「う~ん……悪くはないけど……気をつけろよ?」
「何を?」
「ん? いろいろとだ……」
そういうとこれ以上は今は何も言わないとばかりに福島はジョッキに残ったビールを一気に飲み干してお代わりを頼んでいた。
――なんだよ……別にそういう出会いがあったってだけじゃん。
俺は何か心の中で、もやもやとするような、納得いかないものが込み上げてくる感覚がしていた。
その後も同じ店で栄太と雑談しながら飲み続けたけど、俺の頭の中に先ほどの栄太の言葉がしつこく残っていて、思い出すたびにムカムカと胸の中で渦巻くものが有った。栄太の言葉は俺の事を心配してのものだったと思うけど、酔っていた自分には思考がそこまで追いついていなかった。
――あの娘の事を否定するのか?
目の前にいる栄太を敵視する自分がそこにいた。
ちょっと飲みすぎたかなってくらい気持ちが良くない。
吐きそうとかそういう気持ち悪いじゃなくて、なんと表現すればいいか分からないけど胸の中がモヤモヤするというか。アイツと飲んでいるのにこんなことを感じるなんて珍しい。だから店を出て別れ際に心配されてしまった。
――くそ!! なんなんだよ!!
名前も知らない人たちと道ですれ違いながら、そう心の中で悪態をついた。
こんな気持ちになっている原因は先ほどまで飲んでいた栄太の言葉であることは分かっていた。でも自分でもなぜここまで怒りにも似た気持ちが沸き上がるのかは理解できなかった。
自分の住むアパートに帰ろうと思い脚を引きずるように歩く。沈んだままの心で乗った電車の窓の景色はただただ流れていくだけのひかりの筋にしか見えなかった。そんな状態で降り立った最寄り駅。帰ろうとしていた心とは裏腹になぜかあの本屋の前に来てしまっていた。
あの子の顔が頭に浮かぶ。
――居るはずないよな……。
そしてそこで俺は何を考えているのかハッとした。心の中でどこかこの店の中にあの少女がいる事に期待している自分がいる事に愕然とした。俺は何を考えているのかと。彼女は女子高生なのだ。ブランドとして確立されているモノ。俺はどこからどう見ても一般的なおっさん。
――俺もどうかしてるな……。
そんな考えを抱いたまま結局店の中に次入って行くのだった。
週刊誌などを一応チェックして、自分が好きで読んでいる作家の本を探しに少し奥へと進んでいく。単行本や漫画などは奥の方の棚に陳列されている。
いつも見慣れている棚で腰を屈めたり背を伸ばしたりと、まるで屈伸運動のようにしながらお目当ての本を探す。前回買って行った本はすでに読み終わっているので、出来れば続巻が有る様な物語が良い。
「あれ?」
人気もまばらな店内で良く通る澄《すんだ高い声。しかし自分がその声に反応することは無く、目線を外さずに棚に集中していると、[ととと]という駆け足に似た音と共に何やら人が近付いてくる気配がした。そしてその人物は俺の隣で立ち止まる。
自分の視線の中にフワッとチェック柄の布が揺れる感じが見えた。そして少し良いにおいがする。
それを素早く脳内で整理し、隣にいるのが女の人だと結論が出ると、視線を合わせることなくその場から離れるために少しずつその人が来た方向と反対側へと移動していく。
――高校生かな?
俺は考えながらもなるべく接触しない様にゆっくりと移動していく。
しかし驚いた事に移動するたびに隣にいる女の人も俺と一緒に移動してきた。そのままその棚の端まで来てしまったので仕方なく顔を上げた。
「あ、やっぱり宮城さんだ!!」
視線に入ったのは小さな女の子で、その姿は制服に包まれた完全なる女子高生なもので、まずそんな姿の子に名前を呼ばれたことに驚く。
「え!?」
そしてその子が顔を上げて俺の顔を覗き込んできた。
「君は……」
その顔には見覚えがあった。先週もこの本屋で見かけ、思わぬ方向から名前を知ってしまった女の子。
「久しぶり!!」
今日はメガネをかけてないけど、その色白な肌と茶色く染まった髪は見覚えがあった。
「小松……サン?」
「うん!!」
俺のクチから出た小さな疑問形の言葉に凄くいい笑顔で応えてくれた。
どくっ!!
俺の胸の奥で何かが弾けた感じがした。
――その笑顔は反則じゃね?
俺に向けられた笑顔を見ながら二、三歩後ずさりする。
その様子を見た彼女はキョトンとした表情をしながらも俺から視線を外さず真っすぐに見ていた。
少し離れた事で彼女の全体像が目に入ったけど、その姿はやっぱり完全な女子高生のもので、しかも胸のエンブレムや制服の色柄などを見ると、この辺りでは進学校としてわりと名の通っている学校だと分かった。
何気に外回りなどをしていると、学生が通う学校などの側を通ったりするので意外と覚えてしまうのだ。
「今日も読んでいくの?」
「え!?」
のぞき込むように近づいてきた小松さんに驚きながら声が自然と漏れた。
くすくすくす
――あ、笑った……。
彼女はお腹を押さえながらも声に出して笑い出した。一応は堪ているようだけど、両肩が上下に揺れている。
「な、なに?」
恐るおそる聞いてみた。
「だ、だって……宮城さん……凄く焦ってるみたいなんだもん……ふふ」
そう言うとまたぷふっというよな声を出して小さな声で笑いだした。
その様子を不思議そうに少し見ていたけど、ハッとして再び声を掛ける。
「あ、あの小松さん」
「はい?」
ちょっと収まった様子で俺の顔を覗き込んできた。
「その……俺と話しているとこ見られたらまずいんじゃない?」
「え? どうしてですか?」
――どうしてって……。
また彼女はキョトンとしながら俺から繋がるであろう言葉を待っているようだ。
「だってほら……学校の子とかに見られたらさ……」
「あぁ……」
ホホに手を当てて何やら考え事をする。
少したってからニコッと微笑んだ。
「うん……大丈夫ですよ? どうしてですか?」
「いや……ほら噂になったりしたらさ……か、カレシとかいたりしたらまずいでしょ?」
俺から出た言葉に目を大きくしながら驚いた表情をした。
「私……彼氏なんていませんよ? それに……宮城さんと話したくてそうしてるんですから平気です!!」
両手を胸の前で握りしめるとむんっというような仕草をした。
――なんだこの生物は……?
こんな言葉が返ってくるとは予想外だし、目の前の女の子はそれが当たり前みたいな感じで接してきてくれるし……今までの固定概念が少し崩れたような感覚がした。
「向こうで……話しません?」
そう言うと俺の袖をグイッと引っ張りながらいつも座って読書している場所へ向かって歩き始めた。意味がまだ正確に処理できないままの俺は引っ張られるがままに女の子の後をついて行くので精一杯だった。
俺の横で机に頬杖を突きながらこちらを向いてニコニコとしている女の子。それに引き換え見られることに緊張しているスーツ姿のおっさん。
――誰が見ても怪しい状況だぞ……これ。
周りの事なんて気にもしていない様にずっと見つめてくる。その視線を受け止めるべき俺は内心で焦りまくっていた。
――こんな所を知り合いにでも見られたりしたら……。
考えただけでも額から汗が噴き出してくる。
こういうところがすでに歳を感じてしまう。ポケットからハンドタオルを取り出して汗を拭う。
「あの……」
「ひゃい!?」
彼女の小さめなクチが動いて言葉を発した。何事が有っても対処できるように身構えていたはずの俺なのに出てきた言葉は声が裏返っていた。
――恥ず……。
くすくすくす
そしてまた笑われた。
でもその笑い声が自分の緊張を解いてくれたみたいで、ようやく心も体も落ち着きを取り戻してきた。
「ごめん……俺こういうのに慣れてないんだ……」
「こういうのって?」
まだかすかに肩の揺れている彼女の目が好奇心を持ったかのようにキラキラと輝きだした。
その輝きにちょっと身を引いてしまう。
「その……君は女子高生でしょ?」
「そうですけど」
「俺はもうすぐ30歳になるオジサンなんだよ。その……そんな年頃の女の子とこうして話すシチュエーションなんてない訳」
「あぁ……」
自分で自分をオジサンと呼ぶことにちょっと凹んでしまうけど、事実なので仕方ない。
「でも……それがどうしたの?」
「え?」
意外な答えに今度は俺が言葉に詰まる。
「別に宮城さんがそんな歳だろう関係ないと思うけど……」
「か、関係ない……かな?」
「そ……」
そう言うと再び俺の方をじぃ~っと見つめ始めた。
仕事柄、無言で見つめられることにはなれている。しかしそれは同年代のよりも歳下男性からという事が多く、まして無言の圧力はその話の内容にもよるので方向性によっては耐えられるのだけど、今目の前にいるのは何気に結構かわいい女子高生である。正直外見だけだと好みなのだが、いかんせん年下すぎる。しかも制服を見る限り進学校という事で中身もスペックが高そうだ。どう考えても俺みたいなオッサンを相手にするようには見えない。
でも、そんな娘が目の前で俺をジッと見ている。このプレッシャーに果たして耐えきることが出来るか自信が無かった。
「それで、どうして宮城さんはそんなに気にするの?」
「どうしてって……言われても」
ようやく彼女が発した言葉からは本当に疑問に思ってるらしい感情がうかがえた。
――揶揄われてる……? わけじゃないようだけど……。
「う~ん……もしかして、あんまり私の事好きじゃないですか?」
「え? あ、いやそんなことないよ。うんどっちかというと好きというか……好みというか……あれ、俺何言ってんだろ?」
彼女からの問いかけに戸惑った俺は頭に浮かんでくる前に自然と言葉が出て来ている事に自分で驚いた。そして何を口走ったか内容を理解するにしたがって更に驚いた。
ワタワタと焦る俺を見ながら、彼女はまた隣で柔らかく笑顔を見せて笑い始めたのだった。
お読み頂いた皆様に感謝を!!
恋愛小説を書きたくなったので、また懲りずに書き始める事にしました。
今迄とはちょっと趣が変わる感じにしていきたいと思っていますが、どうなる事やら……。ところどころ改稿の影響が出ているかもしれません。
何かあればメッセでお願いします。