第10話 誕生日
調子に乗って飲み過ぎた事で、ガンガンと頭をぶたれたかのような痛みに耐えながら、栄太夫妻の家を出て真っすぐに駅へと向かう。郊外に家を買った事で遠くなったとらしていたアイツの顔が浮かんでくるけど、そんなに言うほどの距離じゃない。
今の自分には程よいくらいに歩いて行ける。帰ろうとした俺を駅まで送るという栄太をどうにか言いくるめ、玄関先で別れて歩き始めてから数分――。
――アイツに……いや、あいつらに甘えてるなぁ……
そんな事を思いながら一人駅へと歩く。
てくてく……
コツコツ……
てくてくてく……
コツコツコツ……
周りの景色は変わらず住宅街で、こんな時間に外に出ている人も少ない。もうすぐ駅前のロータリーという距離まで来ても人とすれ違ったりしたのは数人で、何故だろう? 誰かに付けられている感じがする。
てくてく……
コツコツ……
――やっぱり……。
駅前は多少明るくなっている。自分の感を信じてそこまでは後ろを振り向かずに歩いた。
――なんだ? ストーカーか? 俺みたいなオジサンにそれは無いか……なら誰だ?
てくてくと歩くのとは別に頭の中をフル回転させて考える。そして少しだけ期待している自分がいる事に気付いた。
――まさか……由衣?……な訳ないよな…。…
後ろから追いかけてきているであろう人物との静かな攻防が駅入り口付近にまで続く。そして何気なしにバッと振り返った。
「な!?」
「あら? 気付かれていましたか?」
自分の後方数メートル先で綺麗に立っている一人の女性。サラサラな髪を留めることなく背中いっぱいに流し、その髪の毛が音を立てるように風に揺れる。紺のスーツが体形のシルエットを浮かび上がらせているが、かなりのナイスボディであることが分かる。何よりその紺色のスーツの中に着ているシャツから自己主張しているお胸がバインと震えている。
――おおう!! っと……いけね。
「あらあら?」
ふふふっと口に手を当てながら上品に笑う彼女。
「な、なんだよ?」
その笑い方と言葉にイラっとして俺の言葉も少し荒くなる。
「お相手いたしましょうか?」
「てめ!! そういう事言うなって言ってんだろうが!!」
女性の言葉にまたカチーンとくる。そうこういう事を言ってくるコイツは知っているヤツで、何故かいつまでも俺を追いかけてくる。
「何しに来た……真利亜」
「あらあら……ようやく見つけましたのにその言い方はないんじゃないですか? ひ・じ・り・さん」
「ちっ」
愉快そうに笑うコイツを見ているとどうもイライラする。
「もうお前とは何でもないはずだぞ」
「あらあら。婚約者に冷たいですね」
「いや、元だ」
何も言わずにそのままコツコツと靴を鳴らしながら近づいてくる。
そして目の前に停まると俺をキッと睨むように見つめる。
「ようやく見つけたんですから、貴女をあんな小娘に盗られるわけにいきません!!」
ザっと音を立てるように足を肩幅まで開いて、右腕を伸ばし人差し指で俺の胸を指しながらそんなことを口にした。
「な……小娘って……由衣の事か?」
「そうですか……由衣さんとおっしゃるんですね、あの方……」
更に彼女の目がギラッと光った気がする。
「ふふ……まぁいいでしょう。あなたが居るところも分かった事ですし、今日はこの辺にしておきましょう。それで……おじさまはご存知なんですか?」
――おじさま……だと?
「おまえ……まだ親父と繋がってんのか?」
「ふふふ……と、いう事は知らないのですね? わかりました。ではこの件は言わないでおきましょう。では……また……」
そう言うと、クルっと体を翻しコツコツと靴を鳴らしながら駅の駐車場がある方へと歩いて行った。
と、突然思い出したように振り返ると、投げキッスのをするような仕草をして手をひらひらさせまた体をクルっと向きを変え歩いて行く。
――な、なんだったんだアイツ……。
嵐のような再会が終った。アイツの登場でこれから先の事がややこしくなっていきそうな予感が、俺の胸の中で沸き上がっていた。
電車のドア近くに立ったまま外を眺めながらため息をつく。
真利亜から良く分からない来襲を受け、少し動揺しながらも我に返って自宅に戻るため駅の中へ歩を進めた。終電にはじゅうぶんに間に合うように福島家を出ていたが、妙なところであってしまった真利亜の事が気になって、ホームの椅子に腰かけたまま。電車に乗って帰る気はあるのに、身体が反応せずそのまま二本の電車を見送った。
何をしに今頃現れたのか分からないが、アイツは由衣の事を知っているそぶりを見せた。それだけが気がかりだった。
ようやく乗った電車は終電一本前。
――どうしようかな……。
これから先の事を思うと気が重い。福島家族に言われた事といい、真利亜が現れたことと言い、考えなければいけない事が増えた。
若い頃は考える事にも熱心になることが出来たが、今の自分には億劫でしかない。
「はぁ~……」
また一つ大きくため息が出た。
ブルブルブル
ジャケットの内ポケットに入れっぱなしにしておいたスマホが居場所を知らせるように震え始めた。どうせ栄太だろうと思いつつ、右腕を伸ばして内ポケットから取り出し画面を確認する。
――誰だこれ……?
見知らぬ番号からかかる着信に首を傾げるが、間違い電話だとしてもその事を相手に知らせてあげなければならない。またかけて来てもらっても困るからだ。しかし今は電車の中故、出ることをグッと堪える。
すると手の中のスマホが今度は短い間隔で震えだした。これはアプリの着信設定にしている震え方。癖というのは恐ろしいもので、何の疑いもなく画面をタップしてアプリの中へ入って行く。メッセージは確かに入っていた。しかも由衣から。名前を見るだけでドキッとしてしまう自分はもう病気だと思う。だけどこの病気は自分だけの力では治せそうにない。
一呼吸おいて新しいメッセージを開いた。
『お疲れ様です。今日は楽しかったです!! お家に無事につきましたか?』
目の前で言われたわけじゃないのに、何故かホッとする。
『あれから友達に誘われて自宅で飲んでました。今、帰りの電車の中です』
流れるように文章を打つ指が進む。
『そうですか……あの……聖さんにお聞きしたい事があるんですけど……』
改まったような文章に少し驚く。
『何だい?』
それから数分間返事が返ってこなかった。素っ気ない態度だったかなとか反省しながら画面を見つめ続ける。
ブブブ ブブブ
着信を知らせる振動に胸を撫でおろす。先程のアプリを開いてメッセージを確認した。
『あの……聖さんの誕生日を教えてください!!』
――え!?
そう言えばそんな話をしたことなかったな。俺も彼女の事をまだよく知らない。仲良くなってはいけないとどこかでブレーキをかけていた。
左腕に付けた腕時計をチラッと見て時間を確認する。
――まだ6分有るな…。…
時計の針は午前零時前を指していた。
『今日が俺の誕生日だよ』
少しだけ自分の頬が上がるのを感じつつ、それだけを打って送信した。
『え!?』
『そんな……』
『どうしよう……』
俺の返信に対して言葉短めな文章がぶわぁ~っと続く。すべて由衣の言葉で、俺は返事を打つ暇がないほどに繋がっている。
『あ、あの!! お誕生日おめでとうございます!!』
ようやく落ち着きを取り戻したのか、由衣からしっかりとした言葉が送られてきた。クスリと笑ってしまった。
『ありがとう。でも……この歳になった誕生日なんてあんまりおめでたくないよ』
『そんなことありません!! 聖さんが今日、生まれてなかったら私とも出会っていないわけですし……ありがとうございます!!』
由衣の言葉にドキリとする。
『え!? そんな事考えたことなかったな……ありがとう』
『あ、いえ!! その……お誕生日おめでとうございます!! あ!! ……その……おやすみなさい』
嬉しい想いが込み上げてきて胸の奥が熱くなるのを感じる。由衣からの言葉が表示されたスマホをギュッと握りしめ、手を開く。
『本当にありがとう!! おやすみ由衣』
送信したままスマホをジャケットの内ポケットへといれる。
暗い外を見通せるはずの窓に、自分のだらしない浮かれた顔が映し出され、心を見透かされた思いがしてそのまま下を向いた。赤くなった顔を誰にも見られない様に――。
「何が良いかな?」
「何でもいいんじゃなぁい? あんたから貰えれば……」
ちっとも興味ないように空を眺めながら返す春奈
「そんな事言わないで考えてよぉ~!!」
「えぇ~……めんどくさ……」
言いながら棒アイスをシャクシャクと食べる隣の相棒はまったく考える様子を見せずに、歩道横のお店に飾ってある新しい商品を見始める。
聖さんの誕生日だと後から知った二人だけで出かけたあの日から二日が経った学校からの帰り道――。
いつものように春奈の部活が終るまで待っていたので、辺りはもう夕暮れに赤く染まり暗闇もすぐそこまで迫り始めた時間。
肩を並べながら歩き、お店の中を物色しながら「あ~でもない」「こ~でもない」と話し、すでに四店舗目を後にした後で、私が春奈に質問した時の答えが冒頭のやり取りである。
時間が経ってしまえばしまう程、 こういうモノは渡しづらくなる。知らなかったならそんな事も無いだろうけど、私はもう知ってしまったのだ。
――どうしよう……。
心ばかりが焦り始めていた。
それからもう一つ気になることも有る。
帰り道では気付かなかったけど、二店舗目からどうやら同じ人に後をつけられているような気がする。つかず離れずの距離をずっと保ち、私達の視界に入らないようにしながら後を追ってきているみたい。
気付いたのは偶然だった。初めは気のせいかとも思った。でもふと見た鏡に映ったその人は明らかにスッと目を逸らした。次の店でもお店のガラス越しにこちらを見るその人を確認する。
――ス、ストーカーかな? どうしよ……春奈に知らせようかな……。
でも有る事に気付いた。その人の視線は春奈を追ってはいなかった。
――あれ? 私だけを見てる? 何だろう……?
それから様子を見ていたけど、ずっと続いている。
「あ、由衣ごめん。そろそろあたし帰らないといけないからさ……」
「あ、う、うんわかった。じゃぁ帰ろうか」
五店舗目に入ってもずっとその人の事しか考えられられなくなって、聖さんへのプレゼントの事を失念してしまっていた。
そのまま二人肩を並べながら歩いて行く。春奈と別れる分岐点まで他愛もない話をしながら楽しく歩いて行った。
「じゃぁまた明日ね!!」
「うんまた明日」
別れの挨拶をして、そのまましばらく遠ざかっていく春奈の後ろ姿を眺めていた。
――よし!!
胸の前でグッと両こぶしを握り締め、今も感じるその視線と対峙することを決意した。
他人に見られることが少ない路地にて相対するよりも、もう少し誰かがいて、一人じゃない場所を考えると、自分が小さい頃に遊んだ事がある場所で、今自分が居るところからそんなに距離が無い場所を思い出した。
その場所を目指して、歩く速さを先ほどまでの倍にする。それでも後ろから感じる視線は変わらず、ずっと自分だけを見ている気がする。
そこは住宅街にある小さな公園で、いっぱい人がいるとは言えないまでも、子供から大人の人まで数人は確認できた。
その中にずんずんと入って行って一度グッと目を瞑り、立ち止まって思い切ってぐるっと振り向いた。
「あの!! 私に何か用ですか!?」
自分の緊張を悟られない様に、少し荒げた声を掛ける。
「っ!?」
その人は明らかに動揺した表情で私を見た後に、ふっと口元だけを動かして笑うと私に近づいてきた。
「あなたが……由衣さんね?」
「え……?」
逆光で見えていなかった相手の顔がゆっくりと自分に近づいてくるにしたがって見えるその優しそうな表情にビックリして私は小さな声を出すのが精いっぱいだった。
お読み頂いた皆様に感謝を!!
ここまでちょこちょこと改稿してきましたが、この作品連載当時から少しだけですが文章を変えています。いや逆に言うと少ししかけていないんですよ。
という事は現在の文章力はこの当時には既に有ったという事?
いやでも、しっくりこないところはあるし……。
読み直し、考えながら執筆しています(^▽^;)




