第1話 暑い日で熱くなる想いの始まり
こういう話も良いかなって……想いがよぎったり浮かんだりしたものを文章に落としてみました。
楽しんでいただけるかは未知数!!
ひゃっほい!! です(≧◇≦)
※もちろんこの物語はフィクションです。
※加筆修正版です。
「眩しいな……」
右手にカバンを持って太陽にかざしながら、六月に入ったばかりの街の中をてくてくと歩く。
朝、会社に行くときはパリパリになっていたはずのワイシャツも今じゃ既に汗で体にピタリと張り付いている。自称ではあるが成績優秀な営業マンである俺、宮城聖は現在同い年で一年後輩の福島栄太と共にお客様からのクレーム処理とお詫びの為の行脚でビル群の間を蟻のように歩き回っていた。会社に入ってからすでに八年以上もの間こうして毎日で歩いてはいるのだけど、会社の中で少し立場が上になったからと言ってこういう外回りが減るわけじゃない。どちらかというと面倒くさい後処理のようなモノを押しつけられるようになって、胃のあたりがうずくように痛む事が増えてきた。
「てか……今日も暑いっすね」
隣を歩く福島が額に噴きだした汗を拭いながら独り言ちた。
「まぁもうすぐ夏だからなぁ……」
俺も真上に移動してきつつあった太陽を見ながらそれに答えた。
それ以降は会話らしい会話もないまま次の謝罪先である会社の所在地を目指してひたすら移動していいく。
「夏かぁ……」
隣を歩く福島には聞こえない様につぶやく。
もうすぐそこまで来ている夏の日差し。そして七月の訪れとともにやってくる自分の誕生日。今年ですでにその日は三十回目を迎える。既に良いおじさんだ。
「あぁ先輩そういえばもうすぐ誕生日じゃなかったでしたっけ?」
福島が次の会社を出てすぐにそんな声を掛けてきた。
「その先輩って呼び方いい加減にやめろよ」
「いやいや、会社で業務中は先輩ッスからね。そういう訳にはいきませんよ。誰が聞いてるかわかんないし」
「そこに義理立てすんなよ」
「いやいやいや」
福島は俺と同じ大学で同じ学年だったはずなのに、「一年間海外を廻るんだ!!」とかいう理由で就職が遅れて同じ会社に就社してきた事で、こうしてまた同じ時間を一緒に過ごせるようになったんだけど、なぜかこの『先輩』という呼び方だけは一向にかわらないままなのだ。そのくせ退社時間を過ぎ会社から解放されると直ぐに昔のように「聖!!」と呼び捨てに変わる。
――このやり取りを何度したことか……
因みにこの福島とのコンビは、福島の入社後すぐに指導係になってからずっと続いている。しかも指導員になった理由がというのがとても安直なモノ。
「宮城と福島で東北コンビでいいんじゃない?」
なんて言う上司の一声がきっかけ。
この日すでに八件目の会社を後にする頃にはすでに太陽は彼方に沈み始め、ビルの間からもオレンジ色した光が差し込んできている。時計を見るとすでに午後六時半。
福島の方を振り返り、声に出さずアイコンタクトだけをして頷き合う。こういうところは長年の付き合いがなせる業だと素直に思う。
スマホを胸のポケットから取り出して会社に電話を入れると、このまま直帰する旨を伝えた。
その様子を隣で静かに待っていた福島は、俺が電話を切った瞬間にため息をついた。
「お疲れさん!! どうする一杯飲んでいくか?」
肩を一叩きしながらニコニコと破顔させて来る福島を見て、相変わらずだなと俺も一つため息をつく。
「いや、今日は本屋に寄っていきたいからいいよ。それに毎日俺と一緒に飲んでたらお前の奥さんに俺が怒られちまう」
「あははは……そういえば奈緒もお前に逢いたいって言ってたぞ」
「……遠慮しておく」
福島は結婚していて、奥さんは俺もよく知っている。大学生時代からの付き合いだから気兼ねはしなくて済むが、さすがに毎日遅くまでコイツを拘束しているのは申し訳なく思ってしまう。
近くの駅で相棒と別れ、それぞれが住む町に向かって帰路に着いた。
俺の住む町はそんなに発展しているとは言えないけど、住むだけなら何も不自由はない。それにまだ俺は独り身だ。もちろん結婚したいと思っているし、相手がいた事もあるけど、その時はどうしても結婚するという現実が受け入れられずに、結局はこの歳まで独身のままで来てしまった。しかも今はそれらしい相手すらいない。
――う~ん……結婚かぁ……。
最寄り駅に着くまでの間、そんな事を考えていた。
目的の本屋さんは最寄駅から数分の場所に有って、帰りに本を選ぶにしても時間をつぶすにしても良い場所に有る。更に店内には机と椅子が置いてあり、飲食さえしなければ自由に使える。
この町に住んですでに十数年。なじみになった店員さんに挨拶して、読みたい本を選んでレジに並び会計を済ませるといつも座っている場所へと歩いて行った。
そこにはすでに人影があった。制服を着ているその姿を見るとどうやら女子高生のようだ。裾の短いスカートで、髪は染めているようなオレンジ色交じりの茶髪である。
今迄、この店に来ている自分にもあまり見かけなかった光景にその前で立ち止まってしまう。
「……何よ?」
自分の前で立ち止まった事に訝しく思ったのであろうその娘は、フッと顔を上げると俺の顔を見ながらその一言だけを発した。
外見からは分からなかったその顔は色白く、茶色の大きな眼に赤いメガネをかけ、とても風貌に似合わないかわいい顔をしていた。
「…………」
何も言えずにその場で立ち尽くす。
「……あ、場所? 隣空いてるから……」
――え!?
その子は何も言わずその空いている椅子の方へと荷物を移動して自分もそこに移動して座った。そんな彼女の行動から、ようやく俺に開いている場所に座れと言われているのだと気付く。
そして彼女は荷物を片づけ終わったと同時に俺を見た。
「どうぞ……」
そういうとニコッと笑顔を見せた。その年ごろ特有の無邪気な笑顔を見せてくれた。
「え、あ……ありがとう……」
俺は空いた席に静かに座ると、手に持っていた荷物を自分の隣に置いて、カバンの中から本を取り出した。それから少しの時間を並んだ席で、何も語らないままお互いに本を読みながら過ごした。でも内容はよく覚えていない。俺は気付かないうちにその子の方ばかり見ていたから――。
ただ横で見ていただけのその子は高校生なわけで――。
自分はもうすぐ30歳になる見た目も間違いなくオッサン。
接点ができるわけもなく話すにしても、自分に娘がいたら話すくらいの状態じゃないかと思う。だからこの場所で二人でいるとしても特に話題が有るわけじゃない。
――それに、オッサンが話しかけても無視されるに決まっているしな……。
自分も経験からすると、この高校生という年齢的な時期は、親の監視がウザいと感じたりして妙な距離感を持つようになり次第に話もしなくなる。
見るからに真横にいる娘はその真っただ中っぽい。ならば俺もその辺に居るおっさんのような外見に見えているだろうし、まず向こうから話しかけられるなんて事は無いだろう。
そんな思いを抱きながら、本を読むからの隣をチラッと見るを何気に繰り返していた。
「あの……」
何度目かのその繰り返しの中で隣に視線を向けた時、こちらとバチっと目線が重なった。
「え!?」
――やばい!! 文句言われる!!
瞬時にそう思って目線をフッと外し、自分に声を掛けられたんじゃないと思いこむ事にする。下手に返事して何かに巻き込まれるのは社会人としてまずい。
「あの……おじさん先ほどから私の事見てますけど、なんですか?」
目の前で目を少し鋭く細めながら俺の方をジッと見ているその子は明らかに俺に向かってその言葉を発したのが分かった。
「え~と、いや。何でもないです。ごめんなさい」
いつも謝り慣れている癖で自然と謝罪してしまう。我ながら情けないなぁと思う。
こういう場合大抵はこの子から文句を言われることが確実だと思い、すぐにこの場を離れられるように荷物をまとめ始めた。
すると――。
くすくすくす
思ってもみないことが起こっている。隣に座る女の子は眼を細めながら本で口元を隠し肩を揺らして笑っていた。
――え!? 俺どこかおかしいかな?
笑われていることにビックリしながらも自分の姿を確認する俺がいた。
「あ、あの……」
思い切って声を掛けてみた。
「は、はい……」
まだ肩を揺らし、顔をこちらに向けて俺からの次の言葉を待っている。
「俺、どこかおかしい?」
すると、細くして居た眼が大きく見開いて、更に肩を揺らし始めた。
――なんだ? 何が起きてる?
俺の頭の中はグルグルといろいろな考えが回り始めた。
「いえ、その……どうして謝るのかなぁって思って」
肩を揺らしながら本は手放すことなくまだ口元を隠し、こちらをしっかりと見つめる女の子。
「え? 謝った? 俺が? いつだろう……?」
荷物を片づける事を少しやめながら考える。
「え? さっきの無意識なの?」
大きく見開いた瞳に今度は涙を浮かべながら、本を机においてお腹を抱え始めた。初めは小さく口から出ていた声が次第に大きなものとなって、明らかに笑っている。
その様子を後ろ手に頭を掻きながら静かに見ているしかなかった。
「ご、ごめ……ふふ……ごめんなさい」
数分後、ようやく落ち着いた女の子は完全に俺の方へと身体の向きを変えて座り直し、まだ肩を揺らしながらもそうクチにした。
「あぁ、いや……」
俺はその女子高生的な姿の女の子を目の前にして、少し恥ずかしさが込み上げてきた。
そりゃぁこの歳だし、仕事も外に出ていることが多い事もあって、学生服に身を包んだ子達は見慣れているけど、こうして目の前にきちっとした姿で対面することは無いから戸惑ってしまう。
「私は小松由衣です。おじ……あなたの名前を教えて頂けますか?」
俺は自分の耳を疑った。まさか自己紹されるなんて思ってないし。女子高生と接点ができるとも思っていないから。そしてそのまま固まった。
「あ、あの……」
「…………え!?」
「お名前を……」
「え、あぁ……えと、宮城聖……だよ」
「宮城さんですか……」
俺の名前を教えると彼女は少しホホが赤く染まったような気がする。そしてそのままパッと明るい笑顔になった。
「…………」
何故だか無性に恥ずかしさがまた込み上げてきて、俺はそのまま何も言わずに荷物を持って本屋を飛び出していた。
――なんだ……今の……?
自分に起こった事がまだ信じられず、そのまま自宅の方へと少し速足で歩いた。もちろん頭の中は先ほどの女の子の事が浮かんでは消えていく。
――小松……由衣……か。
雲の隙間すきまからぼんやりと見える星を見ながら、俺は独り言ちていた。
お読み頂いた皆様に感謝を!!