異世界で生きる
「ココアちゃん、一くんでちゅよ!」
お姉さんが中腰になって赤ちゃんの顔を俺に近付けた。ほっぺをつついてみると、喜んだのか、笑ったように見えた。ソーダ、レモン、いちご、みるく、順に挨拶?をした。この名前って五千万課金して育て上げた最強戦士だよね?それが何故赤ちゃん?
程なく、さっきのオジさんが2頭の犬を連れて入ってきた。サイズやスタイルはゴールデンレトリバーっぽい感じで、毛は銀色で、シルバー?いや輝きが凄いのでプラチナレトリバーかな?1頭の首輪には人形が付いていた。
「では、詳細は案内人からお聞き下さい。では、ご武運を!」
えっ?案内人だよね?犬に聞けって?お姉さん達も赤ちゃんをソファーに並べて出ていってしまった。また途方に暮れた。まぁ、無職、借金、犯罪者よりはまだましかな?ううん、どうかな?
「何、ボーっとしてるのさ?」
「い、犬が喋った!!」
「犬じゃない、ウチだよ!」
よく見ると、首輪に掴まった人形が喋っていた。あぁ人形か。犬じゃなくて、ホッとした自分に驚きながら、顔を近づけると、ピョンと肩に跳び乗った。
「ウチは、案内人のヨーコ、よろしくね!」
「あ、うん、ようこ、さん?」
「じゃなく、ヨーコ、カタカナでヨーコ。」
別にひらがなで言ったつもりも無いんだけど、
「ああ、ヨーコさん。」
「ヨーコでいいよ、アイン!」
「じゃあ俺のことはゾロって呼んでくれる?」
「OKゾロ、その子達はシッター犬、名前を付けてあげて。」
急には思いつかない。さんざん考えて、
「1がアイン、4がヨーコ、って事で、2が二葉、3が三葉でどうかな?」
ヨーコを乗せていたほうの頭を撫でて、
「二葉、宜しく!」
もう一頭を撫でて、
「三葉も、宜しくな!」
フワッと光ったように見えると額に赤いホクロみたいなモノが2つ浮き出てきた。よく見るとヨーコにも同じものが光っていた。因みに赤ちゃん達には付いていない。
「じゃあ、出発!って、準備しなくちゃね。」
台車の箱をヨーコの指示で開けて、ウエストポーチを装着、残りの箱と台車ポーチに仕舞った。ウエストポーチは、ゲームの第一ステージクリアの賞品で、巨大倉庫並みの収容が出来て、思ったものを直ぐに取り出せる。台車はここの備品かも知れないけど、ベビーカート代わりになりそうなので貰っておくことにした。
「じゃあ、今度こそ出発!」
修行の為に山に行くそうだ。二葉と三葉がソファーに行って赤ちゃん達を鼻でつつくと、二人ずつ背中に乗って残ったココアを抱いて外に出た。
今居るのは大聖堂、この国の国教で法皇が実質上の国家元首との事。バスの様な乗り合い馬車に乗るため、市街地の中心部に向かった。途中、屋台で買食いしようと思ったが、子供だけでは売ってくれなかった。馬車の座席は木製で大人サイズで作られているので、ツルツル滑って座り心地最悪。なんとか、麓の登山口まで到着した。
さて、道場まで登山。通常3時間との事なので、子供の脚ではもっと掛かるだろう。登山口から少しだけ登った広場にテントを張って一泊、登山は明朝スタートと言うことで、異世界の一泊目は、テント泊に決まった。
テントは台車に有ったもので、子供の体力では大仕事だった。なんとか組み上げて、寝床を確保した。
赤ちゃん達を寝かせ、ヨーコからこの世界の事を教わった。どうやら俺が借金と詐欺罪に嵌ったあの『宇宙魔王』の世界観そのまんまの様だ。日本語が共用語で通貨はルナ、大体1円1ルナって感じ。時間や、長さ、重さの単位も、日本にいた頃と同じみたいだ。日付が変わるのはまだまだなので、もっと色々聞きたかったが、こどもの体力では、睡魔に勝てなかった。
赤ちゃん達がグズると、二葉と三葉があやし、必要な時は俺を起こす。「ウー」と低く唸る時はオムツ、「クーン」と高い時はミルク。夜中何度も起こされて、朝日に起こされた。かなりの寝不足の筈だが、爽快な目覚だった。
保存食で胃袋を満たし、哺乳瓶を吸わせる。今朝は自分で持って吸っているので、5人いっぺんに済んだ。偶に落とすとシッター犬が拾って渡していた。
いよいよ道場に向けて登山開始。シッター犬が二人ずつ背に乗せ、一人をおんぶ。シッター犬の能力なのか、ただちょこんと乗っているだけなのに、落ちたりする心配は無さそうだ。休憩のたび、おんぶをローテーション、犬にしか懐か無くなったら寂しいので一応気を使ってみた。
殆ど整備されていない山道は、偶に立っている道標が無かったら、遭難しているか否かの判断が難しく、偶に人工的な階段や補助のチェーンなんかが有るが、大人のサイズを想定しているようで、あまり有り難みが無かった。
ランチタイム、朝と同じ保存食を胃に流し込んだ。ミルクをあげてオムツ交換。交換と言っても一旦外し浄化魔法でキレイにしてまた着ける。異世界なんだから、オムツじゃなく別なモノを脱がせたり出来たんじゃ無いかと溜息をついた。
「なんで子供になったんだろう?」
ボソッと声に出たらしく、
「コッチに来るとき、若返りの魔法使ったしょ?」
「あ、うん、あの女神様みたいな人がね、」
「みたいじゃ無くて、女神様だよ、アルテ様。」
「あぁ、そうなんだ、そのアルテ様がね、体力勝負だからハタチ位になった方が良いって言うから、15歳若返る魔法を掛けたんだよね、あっ!あの時からゲームで覚えた魔法を使えるようになってたんだ!」
「その時、その指輪嵌めたままじゃなかった?」
「うん、ダブルの指輪。」
第3ステージクリアでもらったモノで攻撃や防御が2倍の強さになり、回復アイテムの効果も2倍、更にはパーティーメンバーにも効果が波及するそうだ。15の倍で30歳若返ったとすると丁度辻褄が合う。小学校に入ったばかりの頃に、自転車でコケて縫った傷跡が無いので、5歳位の筈だ。
「よく、そんな大金に持ってたね、15歳分って事は1億5千万ルナ!ステータス確かめたらいいっしょ?」
ステータスプレートを思い浮かべると空間に現れるそうで、早速トライ。殆どの項目がグレイアウトしている、ポテンシャルは有っても才能開花していない状態らしい。今使えるのは生活魔法の初級だけ。スクロールすると、銀行口座の取引明細の様な画面が出て来た。
「ん?残高、マイナス!一十百千万・・・8千7百万ルナ?って借金って事だよね?」
明細を見ると、5千万の入金からスタート、泡銭だと思って湯水の様に課金しまくって残高が1千万を切った頃、ステージクリアのボーナスがガンガン入って1億突破。その後は3千5百万程出金、コレって元の世界の借金分だよね?それからゲーム内で拾ったアイテムとかを換金した分が加算されたようだ、それに1億5千万出金、若返りの魔法だね。それから台車で貰った荷物の分が百万程、最後が今登っている道場での費用が1千万。向こうにいた時より借金が増えてしまった。アルテ様のお手伝いって、子供でも出来るのかな?無職から卒業したつもりでいたが、そうは行かず、更には扶養家族が出来てしまった。
「着いたよ。」
「えっ?あれが道場?中に入っても大丈夫?」
元の世界なら間違い無く立入禁止だろう。台風が来たら一溜まりもない感じだ。
「先ずは、寝泊まりする所だべさ!」
テントを張って、赤ちゃん達を寝かせると、
「こうやって、こうして・・・」
煉瓦の作り方を教えて貰った。
「まさか、これで家を建てるとか?」
「勿論!家が完成する頃には、この世界で生きて行ける魔法が身につくって寸法、あの山全部で一軒分さ。」
ここで修行するのが生きていく為に必要な事だろう。代案が思いつかないので、指示どおり、ダンプ数台分と思われる粘土を煉瓦に変えていった。




