6 個性豊かなアパート住民たち
昨今の地球には、異世界から転移してくる人々が絶えない原因不明の現象が起きている。そんな現象に巻き込まれ、地球にやってきた転移者達は、基本的にパニックに陥り、暴走する。なので、そういう騒動から国民の命を守る為にWB社――転移した異世界人を抹殺する組織が存在する。つまり、やってくるなり暴走する転移者を地球人は嫌っている訳で……
そんな中、特殊な力を有しているが故に異世界人を仲間につけることができ、今現在自宅に招き入れている。こんな状況、知られたら地球人は大パニックだ。そして悲しいことに、そんな状況が訪れようとしている……!
同じAPの一階左の部屋に住む厄介者・石塚愛奈は、もう既に人ん家のリビングまで侵入しており、
「どこだー! でてこーい!」
獲物を捕らえる目つきで周囲をキョロキョロ眺めている。チクショウ……アイツが寝室のベッドに隠れているルミーナを見つけるのは時間の問題だな……ッ。
家にいることが少ない都合上、室内に物が必要最低限しかなく、隠れられるようなスペースは……ソファの中や机の下、カーテンの裏、ベランダとなる。それは頭の悪いコイツにも見てわかる事実なので、着々とチェックすべき隠れ場所を確認していく。
「あっれれー? いないのー?」
「コンビニにでも出かけたのかもな、ははっ」
無理ある嘘を吐いてもしょうがない。この野郎、寝室のドアノブに手をかけて、探すことを止めやがらないからな。
「たのもー!」
扉を勢いよく開くが、カーテンが閉められたままで真っ暗になっているので――同じAPに住んでいるので、構造がほぼ同じだ。どこにスイッチがあるのか分かる――電気を付け、明らかに隆起していて怪しいベッドへ向って行く。手つきが異様に気持ち悪いし「むふふふ……」とか言ってやがるし、人の秘密知ってどうするつもりなんだよ、コイツは。
勢いよく扉を開けたのに、壁に当たる音がするまでもなく反射して閉まろうと動く。普通衝突音がするはずなのに、この鈍感ガールはしなかったことには目もくれず、真っ先に怪しいと判断したベッドの毛布を掴んだ。
「見ぃつけたぁ!」
ガバッと毛布を天高く持ち上げ、中に隠れているであろう女を見ようとしたが……
「――あれっ!?」
そこに居たのは、人間ではなく……無数に集められたクッションだった。
いい感じに人が居そうなぐらいに膨らんでしっかりと囮になってくれたクッションに感謝し、扉の真裏に隠れていたルミーナは、ヤツの目を盗んで俺が居るリビング側に忍び出てくる。
気配でルミーナが扉の真裏に隠れていたことは把握済みだったので、見つからずに出てきたことに驚くことはなく……
「残念だったな」
布団をぐちゃぐちゃにしながら捜索するヤツの背中にそう呟き、ヤツの習性的に一度見たので二度も見ないであろうベランダにルミーナを隠れさせようとしていると……
ベランダに垂らしているロープが揺れて始めたぞ? ……来客のタイミングの悪さに頭を抱えるしかないな。
ロープを棒登りの要領で登ってきたのは……この部屋の真下に住む楓。上のドタバタ音から、俺遂にヤツに目を付けられたと判断し、至急駆け付けてくれたみたいだ。でも、そこは今からルミーナが隠れる予定の場所だったんだが!?
隠れ場所を失ったルミーナは、ベランダに繋がる窓の前で室外と室内を交互に見ることしか出来ず、かといって翻訳魔法の≪トラスネス≫を使って会話を始めていいものかも分からず……何も言えずにいる。
遂にベランダに到着することが出来た楓は、俺を見るなりぱっと笑みを浮かべ、目の前に立つ赤髪の女性を見て目を見開いている。
「しゅうやんなら絶対帰ってくるって言って止めてたんだけど、明かりを見つけてからずっとこんな感じなんだよねー」
登る途中に寝室の窓側に寄り、カーテンの隙間から中で漁るヤツの光景でも見たのか、ベランダから室内に入ってきた楓はそんなことを言ってくるが、
「まだ見つかってないんだ! こっちで話してるとヤツが気になるだろッ!」
「……ハッ!」
ヤツに聞こえないように耳元で小さく囁いたが、楓が驚いたのは自分がいつもの声量で話していたことだけじゃない。気配が……する。楓の声を聞いて気になったヤツが寝室から出てきて、ベランダ付近で棒立ちするルミーナを見て唖然としている気配が。
ロボットの如くギギギと視線を背後のヤツに向けると……
「……キス、したの?」
下を向いていて、伺えない表情で、開口一番そんなことを聞いてくる。は? バカが。
「するわけねえだろ」
開口一番キスしたか聞くという予想もしなかった展開に、俺は呆れ顔、楓は呆然とし、ルミーナはきょとんとする始末。こうはならんだろ普通。
「だよねー、だってしたら子供できちゃってるもんねー」
続く言葉のせいで、三人揃って更にぽかーんとするしかない。
「キスして子供ができるとか平和だね―」
「ガキじゃねえんだからそんなもん信じるなよ」
楓と俺はぶはっと笑い出し、まだまだ稚拙なヤツを見てバカにする。ルミーナは≪トラスネス≫を使っていないらしく、話が理解できていないようだ。笑う気配が一切ない。違和感だから真似して笑ってくれ。
「だ! だって! キスは好きな人とするんだよ! しないとお嫁に行けないし、したらその人と一生過ごすんだよ!?」
「どこの情報だよ、脳内お花畑かよ」
楓が俺の声を真似て言うので、流石のヤツもバカにされている事を理解したのか、ムーっとほっぺたを膨らませる。
「正解教えてやんよ。国に書類を提出するだろ? そしたら子供がもらえるんだよ」
無知なヤツに一つ教えてやろうと、半笑いしつつ説明してやったが……
「な、なんだ? 急に真顔になって……」
ヤツは「へーそうなんだー」なんて納得しているんだが、楓の奴が笑いすらもしなくなったぞ?
そして……ルミーナの背中を二回ポンポンと叩き、ソファに深く腰を掛けた。な、なんだよ……?
多くは語られなかったが、俺の知識と石塚の知識はどっちも間違えだという事を教えられた。楓は慰めるようにルミーナに優しく手を添えているが、ルミーナは日本語が分からないし、その行為の意味が理解できてないと思うぞ?
石塚は暴れなくなったし、テーブルを四人が囲うようにして座ったので、自然と石塚と楓の視線は俺と――特にルミーナに向き、会話は何故俺がルミーナを連れているかの話になる訳で……
「で! 結局その女は何なの!?」
いきなり声を荒げて本題に戻った石塚は、ルミーナの周辺を何週かして、人物を把握しようとしている。
楓はこの女性が異世界人だと知っている。異世界人っぽい特徴は見られないが、そこだけは隠し通さなければいけないことを理解しているので、俺が襤褸を吐かないかドキドキしている感じだろう。
「なんでそんなに胸がでかいの!? どうやって赤く染めてるの!? 肌白いね! 体細いね!」
ルミーナをカノジョと言って更に状況を悪化させず、異世界人を隠し通して恐怖させないような良い嘘の説明がないか思案するが……チクショウ、頭が悪いせいで全く思いつかない。
そんな俺が全然回答しないので、石塚の標的は女性を連れている俺じゃなく、その女性本人に向けられる。
石塚から言われて改めてルミーナを見渡した楓は、確かに地球じゃ絶対に見ない異世界人体型な事実を目の当たりにして『終わった』と言わんばかりのあんぐり顔になっている。こんな時にそのあり過ぎる演技力発揮しなくていいだろ。
「きっとモデルさんかコスプレイヤーさんだよ! 体型に左右される職種だしね!」
≪エル・ズァギラス≫を使わないとルミーナを連れている言い訳と可笑しなカオス体型の言い訳を同時進行で考えられない低能の俺は、楓に言い訳を託したが、良い感じに石塚を納得させられる言い訳をしてくれたのでマジ感謝。
ふむふむと頷く石塚は自分の欲求に耐えられなくなったのか、ルミーナに触れかけたが「ダメだよ!」とこれまた楓のスーパーセーブ。手の触れる先が髪の毛の特に耳付近だったので、俺もルミーナもドキッとしたぞ。
「んー……あー……そう、あれだ、あれ。こいつぁ妹だ。ああ」
やっと思いついた我ながら無理のある言い訳に、
「妹……?」
「しゅうやん、流石に無理が……」
石塚は聞き返してくれたが、妹じゃないと知っている楓はまた世界の終わりのような表情になっている。だからやめろってその顔。
だが、その案は意外と成功したようで、
「やや君って妹いたんだ! 名前何って言うの!?」
見え見えの嘘を信じ込んだよ、コイツ。思いっきりガッツポーズしたい気分だが、楓はヤツのあまりのチョロさに口を開け放っているので、状況を悪化させないようにぐっとこらえる。
「……?」
緊迫したムードにならないからか、まだ≪トラスネス≫を温存できると判断したらしいルミーナは、日本語が分からないので、勿論石塚が話しかけている内容も理解できない。なので首を傾げるだけで、何も言い返せないのだが……
そんなルミーナを見てどう思ったのか、ムッと疑心顔になった石塚に俺と楓は大慌て。
「ちょ、ちょっと待て。こいつは昨日までアメリカの実家で暮らしててだな……日本語を忘れちゃったんだよ」
「あーちゃん英語わかんないから、会話は無理だねー」
俺の下手くそな言い訳でもヤツは信じてしまう事をこれまでで理解した楓は、悲壮的な表情を浮かべるのを止めてフォローに回る。
「あっそうなんだ。でも最近はちょっとわかるよ! はろー!」
本来の英語の発音とかけ離れた発音だが、一応英語で『こんにちは』と言ったので、石塚は勿論の事、俺と楓もルミーナがどう反応するか様子を伺うことしかできない。
期待の眼差しと、不安そうな眼差し二つの計三人から見つめられたルミーナは、状況が理解できず……
「……」
三人の顔を見渡し、それでも≪トラスネス≫を使っていなかったせいで話が分からず、何か言葉を発していいものか分からずにいる。
「おおおっとあんなとこに蚊がいたんだな。ナイスだ」
ルミーナが蚊を目で追っていたということにして、適当に虚空を叩いてから……
「ああ、名前は……えーっと……なんだっけか……」
代わりにというか、全て俺が捏造しないといけないので、必死に妹ということにしたルミーナの名前を考える。新谷ルミーナって言っても信じてもらえそうにないしな。アメリカとのハーフっぽい気もするけど。
「やや君妹の名前忘れたの?」
「しゅうやん酷いよー」
「いや!? 忘れてないぞ!」
この話には乗らないと逆に怪しまれると判断したらしい楓までもが急かしてくるので、焦って余計地球人っぽい名前が考えられなくなる。チクショウ。命名ってこんなにも難しいのかよッ。
しれっと楓の奴は喋ってることと口の動きが一致しておらず、酷いと言いながら読唇できる俺にだけ『いい感じにもじって』と伝えてきたが……
「確か……そうだ! 瑠実! ルミっつーんだ!」
ルミーナだから『るみな』にしようとしたが、なんか居そうにない気がしたので、『るみ』にした。本当の名前から捏造しただけなので「ルミーナ」って呼ぶ時の発音になった気もするが、そのあたりはもう呼ぶ側の個人の差って事でいいだろう。
「瑠実ちゃん? 瑠実ちゃんよろしくね! あ、日本語わかんなかったか! そりー!」
「あーちゃんそれは雪遊び道具の方だよ……」
新谷瑠実という妹が居て、今日日本にやってきたという捏造話を完成させ、異世界人だという事を隠し通すことができたので一安心だが、これからずっとこの調子で隠し通さなければいけないと思うと、かなり厄介だな。不意に「ルミーナ」って呼びそうだ。
相手の名前を知れて、初めましての握手でも交わしたいのか、石塚はルミーナに向けて右手を差し出した。勿論ルミーナはその理由も分からないので、何も返さないでいたが、俺と楓がやってやってと伝えるようなジェスチャーを熱心にしたので、ルミーナは変わらぬ表情のまま石塚と握手した。とりあえず……これにて誤解は解けたな。嘘がバレないことを祈る限りだぜ。
……と、俺と楓がやり切った感満載になった瞬間、
「もう喋っていい感じ?」
話し合いが終わったのでもう一件落着したと判断したのか、ルミーナがいきなり流暢な日本語で話し出した。
「……って、あーーーーーーーーーーーっ! 日本語話せるじゃーーーーーーーーん!」
英語しか喋れないと思っていたのに、いきなり日本語を話しだしたもんで、人の家の――何も入ってないが――冷蔵庫を漁ろうとしていた石塚が瞬時に振り向いた。
「あ……」
俺と楓はほぼ同時に溜息を吐き、ルミーナはやらかしたことを自覚して引き攣った笑みを浮かべた。
「ねえ瑠実ちゃん! 最近やや君が全然家に帰ってこないの! 妹から叱ってあげて!」
「瑠美……? やや……?」
日本語がわかるようになっても、今自分に付けられた偽名や俺が普段コイツから呼ばれいる呼称なんかをいきなり言われても、誰を指すのか分かるはずもない。異世界人のルミーナからすると、もしかすると地球にしか存在しない概念なのかとも考えられるしな。
「誰の事よ。それとも何かの物?」
当然分からないことは尋ねるわけで、否定するとややこしくなるとは思いもしないルミーナは思案顔だ。
「私の名前はルミ――」
「――おおお前自分の名前も忘れたのか」
「長旅で疲れたのかな? とりあえず寝よう!」
石塚が「ん?」と可笑しな点に気付き始めているし、ルミーナは本当の名前を名乗ろうとするので……俺はルミーナの口を塞ぎ、楓はベッドへ誘導しようと二人揃って大慌て。
「疲れてないわ」
「名前を忘れちゃうなんて、それって疲れてるよー」
「瑠美……誰……ん? 嘘……?」
「そーんな訳がないだろォ? ほら、このとーり肩を組んでも嫌がられないぞ!」
寝室に押し込もうとする楓。疑問だらけで押されるがままのルミーナ。押されるルミーナに肩を組む俺。嘘か誠か見極めようと考えこむ石塚。久しぶりに訪れたな。俺の家特有のカオス空間。
「とりあえずお前は異世界人だという事を隠す為に、地球では『新谷瑠美』として生活してくれ」
「分かったわ」
石塚の目を盗んでルミーナに耳打ちした。いきなり家に人が押し掛けるし、自分に偽名が出来てるし、忙しいこと尽くしだが、俺の周りは常に忙しいので慣れていただきたい限りだ。
「思ったんだけど、そもそも部外者のあんたらがなんでここに居て、萩耶の事情をどうこう指摘するの?」
この状況が俺主権でないことを感じ取ったらしいルミーナは、背中を押す楓と考え込む石塚に向けて嫌味を吐く。
石塚からすれば俺の妹から自身の奇行を指摘されたことになる訳で、楓以上にグサッと刺さったらしく……
「親友だから!」
「家政婦だから!」
楓とほぼ同時に俺の家にいてもおかしくない理由を言い返したが、超無理があるだろ。その嘘の理由。
「そうなの?」
地球での俺の生活に関してまだまだ知らないことだらけのルミーナは、直接真偽を質してくる。
「親友という奴は確かに親友だ。だが家政婦とかほざいてる奴は知らん」
嘘を吐くまでも無い本当の事を言う。
「だったら貴方は何者? 不法侵入者?」
俺の家政婦とか自称している意味不明な石塚は、お呼びじゃない存在だということがバレて殺意的な視線を向けられ、激しく動揺して腕があらぶってる。
「ふっ、不法侵入はそっちの方だよ!」
絞り出した回答はさっきの話を丸っきり忘れたかのようなアホな発言。
「俺の妹だぞ?」
「ウグッ」
思い出させるような発言一つが決定打になったのか、心に何かグサッと刺さるものでもあったのか……目を潤わせる。嘘泣きで見逃してもらおうなんて甘い考えをされちゃあ困る。
「さっきからそうだったけど、貴方が一番厄介者に見えるけど? 部屋は荒すし、一方的に質問ばっかり投げつけるし」
「…………」
いつもは自分が中心と言わんばかりに何かを求め、したいことは何でも実行してきた石塚だが、自分の行動を初めて指摘してくる相手が現れ、言い返せない自分の行動を改めてかみしめることとなり……いつもは黙ってほしくて口にサプレッサーでも装着してやろうかと思っていたが、今日のコイツはしゅんとして全然喋らない。自分から攻めるくせに、それを指摘されると弱いのか。これは良い事知った気がするな。
「家は家族が生活する場で、入っても友達までよ。部外者の貴方は帰るべきだわ」
そう言ったルミーナは、さっきの荒らし様から、コイツが暴れたら最悪自分の耳が見えてしまう可能性があると判断したのか、きつめな対応と共に追い出そうとする。
「……あ、あれ……? 体が……勝手に……」
俺と楓は大親友で、一緒に居ても大丈夫だという事を示す為にさっきから肩組んで親友アピールをしていたお陰か、楓には謎の力が加わらなかったようで……
誰からも触れられてないし、突風も吹いてないし、重力も下のままだというのに……石塚は押されるようにして玄関側に追いやられていく。ルミーナの奴、Wアラームが鳴らない程度の魔法使いやがったようだ……容赦ねえな……
「ま、待って瑠美ちゃん! わ、私は……友だ――」
泣きながら叫ぶ石塚の声は悲しくも勝手に開いて閉じた扉に遮られ、途中から何も聞こえなくなった。
「あれって……魔法?」
「そうなるよな……」
ラジコンのようにリモコンを操作している人もいないのに――そもそも人間なので動かせないが――勝手に自身の意思と反した方向へ進んで行くアイツを見て、あれが魔法だと判断し、魔法というものを初めて目撃した楓は……焦っている。あんなのが自身を襲っていた過去があるし、これからそういう場面が頻繁に起こり得る世界になってきているから。
「Wアラーム鳴ってないけど、シェルターに逃げるべき?」
「安心しろ。お前は健全な親友だからああはならん」
昔の記憶でも蘇ったのか、冴えない顔して今にも逃げ出したいらしく、ベランダから降りようとしているが、そんな震える肩を掴み取り、俺の方に抱き寄せて安心させる。
「こういった魔法も、使いようによっては便利だとは思わんか?」
「そう……だね」
今現在その一例を目撃した楓は肯定せざるを得ない。そういうつもりはなかったが、なんかそう言わせるような展開になってしまったな。
「俺が連れている異世界人は悪者じゃない。だから安心しろ。使うとしたら、こういう便利な活用方法でしか使わせないからよ」
ルミーナが翻訳魔法と重力か何かの魔法を同時に使ったので、そろそろ温存しておかないといざという時に使えないと思ったのか、俺らの発言は分からないので目もくれないが……こんな魔法が使えるルミーナでも、俺に笑顔を向けることが出来るし、楓が敵じゃ無いと判断できる。異世界人は自我がなく、決められた行動しか出来ないようなロボットじゃないんだ。
石塚が自室に戻った気配を感じ取ったからか「撃退したわ」と言わんばかりの笑みで眺めだしたルミーナを見た楓は……
「……おもしれー女」
異世界人に対するイメージに変化があったのか、ほんのりニッコリ顔になっているような気がする。俺の声で言うところは頂けないが。
この世界には、魔物をはぎ取って売ったら金がもらえるとかいう神システムはない。ていうかそもそもそんな存在がいないし、ギルドと言ったクエストを受けるシステムと場所もない。いや、知らないだけであるかもしれないが、少なくとも職歴、年齢、性別、技量、その他諸々問わず受けれて、口約束で受理させるような緩いシステムではないだろう。
学生なので、バイトという手段でお金を稼ぐことも可能だが、Wアラームが鳴る度にその日は居なくなる神出鬼没のような人間を雇ってくれる良心的なお店があるはずがない。しかも転移者を元居た地に戻す活動は言わばボランティアで無償なので、働く時間もなければ場所もなく、収入源もない。よって、永年金欠だ。親でもいれば仕送りとかあったかもだが、両親はいないし、新谷家は自給自足の生活を送る団体でもあるので、お金を所有していない。
学費は給付型奨学金制度で全額免除され、学校の方針上人工島に住むことが必須条件なので、今住んでいる寮は学割が効くが、これも奨学金で無償なので問題ない。成績不振になれば返済しなくてはいけないが、いくら出席率が低かろうが戦闘能力主義なのでそうなる見込みは無いしな。つまりお金が必要となるのは光熱費、食費、日用品での出費ぐらいだ。他にスマホ代――は、ない。このスマホは何も繋がってないので払う金はない。というか人工島はほぼ全域に――何言ってんのかさっぱりだが……下りも上りも平均1Gbpsで犯罪対策も施されている最強のフリーWi-Fiが完備されており、島民なら誰でもいつでも簡単に接続可能なので、結局人工島内ならsim無しで問題なく使用できるしな。それに機種代も払っていない。楓は最新版が出るたびにスポンサー企業から提供されるらしく、一代前が毎回いらなくなるので、そのおさがりを使っているからだ。背面によくわからんポップなシールが貼ってあるのがその目印だったりする。
そんな収入源以外も変わっている環境下だが、結局は何とかしないと暮らせていない訳で、それらを賄う方法がある。
こんな状況に置かれた身を救ってくれたのは……通っている国立対異世界人人材育成高校――通称・退治の校長先生だ。校長は俺が住んでいるAPの屋根にソーラーパネルを設置し――運が良い事にオール電化住宅だったので――発電した電気を自宅に当て、余りを全て売電するようにしてくれた。三年間じゃ完済できないだろうが、一応謝礼金として儲けの半額は渡しているが、それでも月に一万は入ってくる。殆ど家にいないし、家にいる時は相当節電に気を使っているから案外稼げる。風呂やトイレ、洗濯機はしょうがないとしても、夜でも一人の時は電気すらつけないからな。
ともあれ、その月一万の内、飯や日用品の出費で最低でも5000は減る訳で……実質一か月のプラス額は五千円程度。だがこれは理想に過ぎず、今のお財布の中――つまり、今の全財産は二桁までにも暴落している。
しかも今回、この金回りでもう一人養わないといけなくなり、更にスナイパーライフルという出費の元が一つ増えた訳だが……後者は問題がない。重火器を提供してくれる人が居るんだが、ソイツは俺が金を持っていないことを知っている。なので、等価交換として何かを求める度に、そいつも俺に何かを求める。金銭的な要求じゃなく、新しい重火器の実験台などという要求で。何もない時は月額制だが、現状はお金が発生していない。
そんな≪エル・ダブル・ユニバース≫が使えるが故の弊害のような金欠人間にも一大チャンスが時々訪れるわけで……楓は、アイドルだ。ということは、ライブもやる。そこに何の関係があるのかというと、警備員として借り出されたり、バックダンサーとして借り出された時の給料がとてもじゃない程美味しい。ある意味友達からお金をもらうような気がして一時期気が引けたが、楓があまりに運動神経がある俺をバックダンサーにしたがるし、警備員として会場に居てくれるだけでとても安心できると言ってしつこいので、一度請け負ってやったら……これと言って疲れることもなく、序にライブを堪能することもできるし、いいことずくめ。しかも、アレって想像以上に高給料だった。相場が分からないので、友達ボーナスや戦力ボーナスでかなり増額されている可能性もなくはないが。
世界一有名なアイドルっていう時点で大金持ちだと分かるだろうが、そんな楓は現金を何もしてなくても善意でくれようとしてくるので、流石にそれは貰わないが……ロケ弁なんかを食わずに持って帰ってきて、俺にくれるんだ。お腹いっぱいだから持って帰っただけで、廃棄するなら食べた方が良いだのそれなりの理由を作って。あまりに嫌々オーラを出すのも友達としてどうかと思うので、いつも飯を貰ってるわけだが……今日も今日とて、飯を貰う羽目になった。それは、財布の中身を盗み見られたからじゃない。風呂やトイレに行く行動と一緒で、楓が家にいる時は俺が飯を貰うって一連の流れが定着してしまい、無意識のうちに行動を起こしちゃっているからだ。
仕事で今から出なければいけないってなったら、また数日食わずに生活するしかないと金銭面的に考えていたが、今日は家に居るらしいので楓の家に向っている。
「戦闘では活躍できても、日常生活では乞食なのね」
「そうか? ……そうか……」
今じゃもう飯を食わせてもらってるのは太陽が昇って沈むサイクルの如く日常化しすぎてて、言われても罪悪感というか一般的でない事実を理解するまでに時間を要したな。確かに……乞食だな、俺。楓の手料理じゃないのでまだいいが、普通に「この飯味濃くね?」とかいちゃもんつけてたよな? やってるわ。改善する気はないけど。
楓の家に入るなり、ルミーナに弁明というか、地球のお財布事情を話すと……
「地球ってお金を稼ぐのも大変なのね」
「楓が成功者だとすれば、俺は失敗者だ」
「そんなことないよ! ボクにとってしゅうやんは、命を救ってくれた恩人だし、地球と異世界に平和を齎そうと無償で活動する正義のヒーローだよ!」
「ヒーローは人を殺さねーよ」
何人も人間を殺めてきた汚れた手を楓に向けて怯えさせようとするが、何でこいつは怯えもせずにハイタッチしてくるかなぁ。少しはきたねえ手だと思えよ。命知らずが。
ルミーナは俺と楓の関係性を察したのか、妙な引き攣り顔を見せてから……
「萩耶の家と変わって、この家は変な物だらけね……」
ルミーナにとっては未知の物だらけなのは当然だが、俺にとっても未知の物――楽器が沢山ある。
「音を奏でる道具なんだよ~」
そう説明する楓の部屋は、多種多様な楽器たちと、棚には自身が発売したCDやBlu-ray、グッズの類が敷き詰められていて、至る所に歌詞や音符が書かれた紙が溢れた、如何にも努力中の歌手らしい物の溢れようだ。
こんなに楽器で溢れていても、歩けるスペースはあるし、紙類は固めておかれているし、ゴミは散らかっていないし、異臭もしないし、汚さは一切うかがえない。自宅そのものが立体アートのような印象だ。
楓は俺同様自炊のセンスが皆無なので、今日もご飯の宅配を頼んでいたらしく「このティッシュ硬いな」と言う俺をよそに、丁度届いてきた弁当を受け取った。
「このお店、二日前にテレビで食レポしたところなんだ! かなり美味しかったから、しゅうやんにも食べてほしいなーって思って」
「銀座の店か……如何にも高そうだな……」
渡された弁当箱に付属する割り箸のケースに書かれた住所が、自分の金じゃ一生行くことがないであろう場所だな。これはよく噛みしめて食わないと一生損する。
「瑠美ちゃんって菜食主義者っぽいから……じゃじゃーん! ベジタリアンだよー!」
真っ先に弁当箱を開けて中身を見せる楓は、目をキラキラ輝かせて今にもかぶりつきそうなぐらい食欲旺盛だ。
「信頼できる相手みたいだし、本名を言うわ。ルミーナ・エスレインよ。萩耶同様ルミーナで良いわ」
「ルミーナはこう見えて菜食主義者じゃないんだぜ? 異世界だと野良の魔物を焼き尽くして、その肉に噛みついてるんだぜ?」
「へー以外! ルミーナちゃんって見た目に反してワイルドなんだね!」
エルフ特有の華奢要素の方が印象深かったらしく、自分の太ももとルミーナの太ももを比較して細さ対決なんかやっている。てか二人とも俺の腕より細くないか? 流石に錯覚か?
「異世界だとこうしないと生きていけないわ。緑は久しぶりね」
「みっ、緑ぃ……異世界って、そんなところなんだ!」
一度食べてとても美味しかったベジタリアンな料理を「緑」一言で片づけられたことに悲しんでいるようだが、持ち前の立ち直りの速さで直ぐ平静を装う。
「ねえねえ、もっと異世界の事教えてよ! お礼にそれで得たインスピレーションで新曲披露するからさ! ね!」
「ああいいぞ」
中々夜飯に手を付けられない中、≪トラスネス≫が切れたのか、ルミーナが不機嫌そうな表情になって飯に手を付けたので、自然と皆で飯を食べ始め……友達同士だと食事の作法なんか気にする方が寧ろ失礼と言わんばかりに、口に入ってる時も喋ったり、指し箸をしたりしながら話に花を咲かせた。
楓が持って帰ってきた、或いは買った飯のお裾分けを貰う食生活を続けてきた影響で、味覚が楓に近いのかもしれないが……長年金欠生活送っており、何でも美味しく感じてしまう貧乏舌になってしまっているもんで、感想は「美味い」の一点張り。楓がテレビで言うような食レポしても、何言ってんのか理解できん。だがお裾分けを貰っている身がそんなことを言えるわけもなく、とりあえず楓が美味いという飯は全て俺の舌にも合うことが確実なので美味かった。
あの糞野郎も勝手に上がってきて勝手に飯を作って提供してくる時もあるが、奴の飯は分量が人一人分じゃねえし、俺は世話焼きが嫌いなのでそもそもあの厄介者は好きじゃない。そのせいで飯時になってくると本能的に家に居ないことが多くなった。
そんな世話焼きはこういう数日姿を消していて、やっと現れた日の飯時に湧いてくるもんで……それを理解している楓は、俺達をもう少し自宅にとどめておいてくれるそうだ。
異世界の飯屋は、基本的に一人一人小分けされて提供されず、大皿に人数分ドカンと盛ったものを取り皿で食う方式だったので、俺とルミーナは間接キスなんか気にせず飯を食う。それは飯を分けられた場合でもそうで、ルミーナが食べたことなさそうな地球の料理を所謂「あーん」で食わせていたりしたら、ハッと劣等感を抱いたらしい楓も交じって食わせようとしてくるもんで、食事時間は会話内容だけでなく、食事方法までもカオスになってしまった。
そんな夜飯を食べ終え、異世界について聞いた話で作った曲を完成させるための作業に入った楓を邪魔しないように寝室にお邪魔し、異世界には音楽という文化がないそうなので、スマホで楓の曲を何曲か聞かせてやったりして……時間を潰した。風呂も済ませたら、ということだったので、順番に風呂にまで入らせてもらい――最近ずっと≪リフレッシュ≫で済ませてたので、風呂で行うべき行動を忘れていた――最後の楓が入浴初めて数十分後……
「飯屋はセールで安くなる。コンビニは基本的に一定価格。スーパーはセールで安くなるし、残り物は割引きで半額になったりする。商店街は通い続けたり、友好関係を築ければ値引き交渉に応じてくれる。直売所や卸売は朝早く、競争率がとにかく高い。最初に言った奴の方が高く、後に言った奴の方が安いが、結局夜遅くにスーパーで買う飯が一番通いやすく、手軽に安く済むんだ。因みに自炊は一人分とか少量だと逆に高くつくからしない方が良い。ていうか技術がねえと食品ロスが多い」
ルミーナに知恵と技術が乏しいながらも経験談から食事代の浮かせ方を語っていると……
「髪の毛伸びてきたねー」
風呂上がりの楓がフリルもりもりの純白ワンピースのような寝間着姿でやってきた。
「風呂入ってたら視界が半分ぐらい前髪で埋まってた」
二か月も髪の毛を切らなければ当然伸びる。≪リフレッシュ≫は爪を整えてくれても、人によって理想が変わる髪型や髪の毛の長さの変更は、魔法使用者の意思で融通が利くとのこと。ルミーナはそういう所は放置するようにしていたし、髪の毛を切る暇さえなかった俺は伸ばしっぱなしだ。
「ていうか風呂上りも横に跳ねているんだね、しゅうやんの髪の毛って」
「永年寝癖の呪いにかかってるからな」
初めて風呂上りの髪形を見た楓は仕掛けがないか触ってくるが、何もセットされていないし、押さえてもまた元に戻る髪型を見て仰天している。代償って怖いな。
「整える必要が無くても、伸びるもんは伸びるからな……」
ゴミ箱の上で適当にザクッと前髪をカットし……
「今日はルミーナの分も世話になった」
運よくパッツンにならなかった俺は、お別れムードの会話を持ち出す。
「近いうちにまた異世界に出向く。満足いくまで遊んでくるぜ」
「異世界では大金持ちの貴族になろう!」
公園で決心した異世界でのやる事を忘れていないと思わせるために付け加えると、楓も公園で交わした会話の続きに似た台詞を返してきた。どうしても俺にまだ運命が決まった訳ではない異世界では貧乏になってほしくないみたいだな。
「貴族には王族からその身分を与えられない限りなれないわよ」
「おぅ……そんな決まりが……」
せっかくいい雰囲気だったのに、現実を突き付けて理想図を壊すルミーナは今≪トラスネス≫を使い始めたな? そんなこと言うノリの悪い性格じゃなかったはずだ。
「また何日か、何か月かの別れになるが、次は早く帰ってくる。そろそろ学校にも顔ださねえとヤバそうだしな」
現状一か月もしない内に不登校になったやべー人だと思われているだろう。いきなり悪印象になってるはずだ。それを払拭するためにも学校に登校し、作り笑顔で印象アップしないとだ。
「それで思い出した! みんなしゅうやんを待ちわびてるよ! 早く来ないと大変な事になっちゃう!」
「具体的には?」
「質問攻めにあう!」
「もう質問攻めは勘弁だぜ……」
最近俺が質問攻めしたり、相手から質問攻めをされるケースが多い。それは未知のものに触れているからな。だからしょうがないといえばしょうがないんだが……異世界人と繋がりを持っている事や、異世界に行き来することが出来る事実を知らない人から質問攻めをされると、場合に応じて嘘を考えないといけない訳で……一回きりの質問攻めならいいが、全員に同じ質問を問われるとなると、憂鬱で仕方がない。そんなことを聞かされたら一層学校に行きたくない気持ちが高まってくるが、流石に一学期ほぼ丸々顔を出さないのは進級に関わるだろうしな。来るべき登校日は、断腸の思いで行くしかない。
「学校って何……?」
異世界には学校という施設が存在しないらしく、俺と楓が何を話しているのか理解できないルミーナがいるが、
「それはまた地球に戻ってきてから説明する。今は……明日から異世界で何するか、考えようぜ」
異世界は地球と時差が十二時間あるので、実際は『今日』が正しい気がするが、そんな細かいことは今どうでもよく、
「そうね。彼女の希望にも応えられるように、一儲けしないとだわ」
「ノンノン、かえたんだよ~」
「アイドルのお前が呼ばれてるあだ名を強要するなよ……」
アイドルの顔を一瞬露わにした楓に苦笑いし……
「アイドル活動と学生生活の両立、頑張れよ。しばしのお別れだ」
「うん! じゃーねー!」
俺が転移者騒動で多忙な日々を送っているとすれば、楓はアイドル活動で多忙な日々を送っている。その多忙具合は互角といったところで、影での努力具合も互角と言えるだろう。そのぐらいお互い努力し、今自分がやりたいことに邁進している。
そんな、お互い苦労していることを分かち合っている仲でもある俺と楓は、手を振り合い……会釈するルミーナを連れて、自宅に向って楓宅の玄関を出た。
本文で公開予定のない設定をここで紹介しておきます
[人工島の家賃制度]
○家賃相場
1R~1DK 7.1万円
1LDK~2DK 9.3万円
2LDK~3DK 10.8万円
3LDK~4DK 13.0万円
4LDK以上or工房付き 20.2万円
この額からEoD近辺措置により減額
○50%減額ゾーン(都心部1、2区の一部対象) 階数による減額変動
10~13階 80%
6~9階 70%
3~5階 60%
1~2階 変動なし
○40%減額ゾーン(都心部1、2区の一部~都心部5区まで) 階数による減額変動
10~13階 70%
6~9階 60%
3~5階 55%
1~2階 変動なし
○10%~30%減額ゾーン(住宅街全域)
階数による減額変動なし
奨学金で全額免除になっていますが、本来であれば萩耶は
20%減額ゾーン+10%学割につき月52080円の支払いが必要です
(萩耶が住むAPは1DKですが構造上相場より高くなっています)
[人工島の住所]
東京都 第1人工島 都心部or住宅街〇区 ○-○ 〇番ビルor〇番アパート等 部屋番号3桁or〇階〇〇株式会社or店舗名等
例)学校宛て:東京都第1人工島国立対異世界人人材育成高校
例)萩耶宅:東京都第1人工島住宅街5区3-5 4番アパート202
郵便番号は人工島と書いたら一目瞭然なので存在しません