5 問題児襲来
≪エル・ダブル・ユニバース≫の代償は、合計10分使用で8時間の睡眠だ。が、今回は普通の睡眠欲求と同時にとったので、俺の平均睡眠時間の6時間にプラスする形となり……結局昼まで寝てしまった。今日は平日なので、普通なら登校日だが……んなもん知らねー。もう転移していた日数分で結構欠席しているので、今更一日プラスでサボったところで、しかるべき処置は変わらんだろ。
家主が不登校とは知らず――何なら異世界に学校があるか知らんが――既に起床していたルミーナに一言交わしたつもりだったが、俺はルミーナが、ルミーナは俺が何て言っていたのか理解できなかったな。多分お互い母国語で「おはよう」でも言ったんだろうけど、ルミーナが翻訳魔法の≪トラスネス≫を使っていなかった。
クールタイムが最短で終わる時間は、今晩だ。翌朝にならなくても転移できる可能性はある。だから俺は――二度寝した。時差ボケ防止だ。
とはいかず……有り金はたいて買ったおにぎりを半分こして食い、それからは室内でもできるような訓練や、≪トラスネス≫が使える度に重火器の紹介や説明などをしていたら……あっという間に夕方になった。
「んじゃそろそろ身支度でもするか」
キリが良いタイミングにそう言うと――
ドッドッドッと、激しい足音が玄関に近づくような音がしてきたぞ。
その音に気付いたのは俺だけではなく、ルミーナも気づいていて……状況が理解できなくてこっちに視線を向けてくる。
「昨日二人の知り合いと会話した。そのうちの一人がルミーナも見たと思うフレームアーマーの人で、もう一人がこの同じAPの真下に住む人だ」
昨日の戦闘後の出来事を深く聞いてこなかったので、話すこともなかった出来事を今更語る。
「真下に住む人と昨日話してたんだ。――同じAPに住むヤツにバレなければいいな――ってよ」
ヤツは――このAPの、左下に住む。足音からして、楓が来たのかと思いがちだが、楓は高所恐怖症で、ライブでのワイヤーアクションの耐性をつける為に、いつも俺ん家に用があるときは、ベランダに垂らしているロープを棒登りの要領で登り、懸垂下降で帰って行く。だから階段から来る人物はそいつ一人しかいない訳で――
たった一つの台詞で、ヤツに在宅がバレ、危機が訪れようとしていると察したルミーナは、
「私って隠れるべきよね?」
「そうだな。きっと俺が長期不在だったから、部屋に明かりが灯ったのを確認して突撃してきてるんだろうけど、もし知らん人が同居しているとなれば、話がややこしくなる」
クソッ、こんなことなら二人とも夜目が効くし電気なんかケチればよかったぜ。
周辺に転がるルミーナの痕跡を隠そうとするが、そういやルミーナは何も持って来ていなかった。この部屋には俺の私物しかない。ならばと思って、髪の毛でも落ちてないか探すが……一本も落ちてない。風呂もドライヤーも使ってたのにどうなってんだ?
俺が全力で隠蔽作戦に取り組む姿から、ルミーナも我が身を隠す場所を探しており……ベッドの中に隠れることにしたらしく、寝室の扉を閉めた。
その案は……得策とは言えないな。武器庫に隠れて、居場所が割れて且つ重火器の所有もバレるという最悪のケースは避けてくれたらしいが、俺がソファに座ってんのにベッドが膨らんでたら怪しすぎる気がする。だが、他に逃げ場所はない。なんたってこの家は1DKのAPだからな!
ルミーナ特有の香りとか、異世界人特有の香りとかあるかは知らないが、匂いでバレないようにと思い、部屋中の窓を半開きにする。
すると、そこに――ピンポーン♪
(来やがったか……)
気配は……一つ。楓はまだ自室に居る気配がするし、ヤツの到来は確定だな。
全然明かりが灯らないし、寮でもある俺の家に目を付けるような馬鹿勧誘野郎はいないので、インターフォンを押す相手は基本的に知り合いだ。なのでいつもは直ぐさま鍵を開けて扉を開くが、今回ばかりはのぞき穴から覗いて確認せざるを得ない。チクショウ、何でこの家は映像が見れるインターフォン付きじゃねーんだよッ。
足音を殺して近づいた扉ののぞき穴を覗き込むと……
美しい夕焼けをバックにした最高の玄関前ロケーションに似合わない、最悪の人間がそこには直立していた。
コイツの名は――石塚愛奈。茶色のショートヘアに、髪飾りを付けた――勝手に喋るので覚えてしまっている――本人曰く昔はよかったらしいが、今はバカな頭脳と、毎日育胸マッサージしても大きくならない断面図のような胸と、毎日牛乳飲んでも一切育たない140ちょっとしかない身長と、ストレス発散でよく食べるので、日々太ってきている……悲しき高校一年生だ。しかもその悲しさは身体的特徴に止まらず、肩や鎖骨を出したわけ分からん服を着ている彼女は、ボタン一つ掛け間違えてるし、左肩に洗濯バサミが付きっぱなしだし、いつもお腹周りを引き締めて胸を強調するボディスーツを中に着てるはずなのに、それが全く機能してないし……これほどまでの残念さ。ここまでマイナス要素がありまくっているのに、至って本人は現状で満足していそうな笑みを浮かべてやがる。何だコイツ。
奴は今も尚反応がない俺ん家のインターフォンを一定間隔で押しているが、あまりに反応がないもんで、のぞき穴に顔面近づけて中を覗こうとしてるぞ。そっちからは見れねえっつーの。アホなのはその面だけにしとけよ。
両手を扉について覗き込むアホなコイツに罰を与えるわけじゃないが、勢いよく扉を開け放った。急いできたと言えば、勢いよく開けたのに何ら問題ないからな。
見事頭と扉がごっつんこしたコイツは、「あう!」とかマヌケな声を上げ、頭を両手で押さえてやがる。
「なんだかまちょ。今日もなんか用か? ないなら帰れ。あっても帰れ」
コイツと関わると俺の身に災難しか降りかからん。電気代はアホみたいに食われるし、部屋は荒されていくし。そんなコイツと関わると落ち着きが無くなることから、別称『歩くハイレゾ音源』とも呼ばれているからな。
「ねえやや君! 二ヶ月もどこに居たの!?」
「おい、その呼び方やめろ。殺すぞ」
もう残高数百円しか残ってないのに、こんな奴と極力というか絶対関わりたくないんで、帰ってくれオーラ満載で冷たい発言を浴びせる。
ていうか二か月も異世界に居たんだな。地球に帰ってきて早々転移者騒動があったし、今日はルミーナと勉強やら説明やらをやってたせいで、自由時間が全くなかったから知る由もなかった。それも、二か月も時間や日付の概念がない世界で生活していたもんで、特に気になることもなかったしな。
呼び方の訂正を強いるので、自然と二か月どこに居たのかの回答は避けることが出来たが……
「分かったよやや君……あ、今やや君って言っちゃった……って、あ、またやや君って……! あうっ……」
「はぁ……」
久々始まったこの石塚愛奈ペースについ呆れのため息が出てしまう。素直で信じるところは良いんだが、思ったことをすぐ言うところはどうにかならんかね? バカがよぉ。
「……ハッ!」
次は何だよ。急に怒りをあらわにしたような表情を浮かべやがって。
「――知らない人の靴がある!」
「は?」
知らない人の靴がある……? そう聞いたて、すぐさま視線を下に降ろすと……
なんと。そこにはルミーナの靴があるじゃありませんか。――クソが!
まさかこんなところにルミーナの痕跡があるとは思わなかったぞ。急に冷や汗が溢れ出てきたのを感じる。
「しかも女の!? 同居するなー! がおーっ!」
戦闘時に履く靴なので、デザインは男女兼用のものだが、コイツはこの家に俺以外誰も住んでいないことを知っている。なので、靴のサイズから来客――それも、女性だと特定して……
「突入――ッ!」
俺へ向かって突き進んできたぞ!? コイツ、来客が居ることを確定事項として、室内を捜索して見つける気満々だな!
「お、おい! くんな! 入室許可してねえぞ! おい!」
コイツは「探しても誰もいねえぞ」と言われても自分の気が済むまで止まらない。あからさまに室内に来客が居るのがバレバレな反応を見せたところで、自分の意志が定まった時点で他に興味を持ちやがらん。これはもう防御態勢に入るしかない。クソが……こりゃあ……大変なことになっちまったな……!
実際、こんな野郎の突進ぐらい普通に防げる。まだ蚊に食われた方がウザい。だが、コイツは思い込みが激しく、一度自分の中で断定した推理があれば、それが立証するまで邁進する。つまり、ここで侵入を守り切っても、次は壁でも破壊する勢いで来る。だから……一度目をつけられたら、諦めて勝手にヤツが自分の都合の良いように超解釈してくれるのを待つのみだ。
(はぁ……)
……これからルミーナのエルフ的特徴をどう隠し通すか。……≪エル・ズァギラス≫を使っていない脳みそでは到底考えられない難題だ。だったらうまく回らない自分の思考に舌打ちしながら突入しやがったヤツを追うしかない。
どうなるんだろうな? 異世界人と一緒に暮らせると見せしめる為にも始めた――異世界人との同居生活は。……分かっちゃいたが、前途多難すぎるぜ。