表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クロス・インパクト  作者: あかつきこのは
4/27

4 転移者騒動

 翌朝向かうことになった俺達は、居酒屋でもしかするとルミーナは異世界最後の飯になるかもしれないので、全財産はたいて値が張る店で食事した。どうせ金を余しても稼ぐことは可能だし、もう来ない――来れない可能性もあるからな。

 寝て起きて荷物整理し、バレットと軽く世間話をしてから……≪レベレント≫で人目の付きにくい場所に転移し、≪エル・ダブル・ユニバース≫の準備をする。因みに≪レベレント≫の感覚は、≪エル・ダブル・ユニバース≫の転移感覚と似ていた。所謂上位互換っぽいな、エルの方は。

「俺の部屋を目指して転移するつもりだが、一応他のところに転移した場合に備えて臨戦態勢で居てくれ」

 髪の毛で隠し、更に帽子を深くかぶって、エルフよりも短く人間よりも長い耳を隠したルミーナは深く頷く。

「他に異世界人特有のポイントとかない?」

「問題ないと思うぞ。絶対に耳だけは隠し通してくれ」

 ルミーナの体で異世界人らしいところといったら、他にもある事にはある。例えば髪色や体型。基本的に地毛が黒で、染めて金や茶になっている人が多い地球では、根元から毛先まで真っ赤なルミーナの髪色に、非常にアンバランスな体型は異彩だろう。だが、地球にはコスプレという文化があれば、モデルやスポーツ選手、何かのマニアという線も捨てがたい。手堅くコスプレ趣味の女の子ということにすれば……まかり通る容姿だろう。問題ない。はず。

「前線に出ると帽子が脱げる可能性が上がるから、予定通りルミーナは後衛――スナイパーライフルで狙撃手やってくれ」

「わかってるわ」

 まだその時になった訳ではないが、転移直後戦闘中だった場合を踏まえて一応最終確認しておく。

「それじゃあ……≪エル・ダブル・ユニバース≫」

 そう呟くと、指し伸ばした先の虚空に亀裂が入り、歪みが広がっていく。

「私たちの転移が感知されなければいいわね」

 ルミーナは最悪の事態を呟いているが、Wアラームは魔法陣を見つけるか、動く障害物が異世界人を感知するか、魔法攻撃らしい大爆発が起きない限り鳴ることはない。そして今回、自宅目掛けて転移する。魔法陣――というか空間の裂け目がカーテンを閉めている家からはみ出す可能性は低いだろう。ましてやルミーナが強力な魔法を放ったり、異世界人と感知されたりすることもないはずだ。

 背後に居るルミーナを一瞥してから……

「始めるか――転移者返還業務を」

 ――裂け目に、触れた。


 真っ白な視界が色付いてきて……完全に戻った視界で周囲を確認したところ、ここは俺の家で間違えなさそうだ。

 すると、数秒遅れてルミーナも転移してきた。初めて裂け目から人が出てくる光景を目の当たりにしたが、何もないところから徐々に全身が出現してくる感じなんだな。魔法陣と違っていきなりパッと現れるものじゃないらしい。

 二度目の地球旅行となったルミーナは、まだ慣れない物だらけの部屋を見渡すこともなく……

「ねえ、この鳴り響く音は何……?」

 早速≪トラスネス≫を使ったらしく、日本語で今一番気になることを率直に尋ねてくる。

 表情からして、薄々気付いているんだろう……事実を告げる。地球人として。

「Wアラームだ……俺らの転移が感知された可能性が濃厚だな」

 この地に降り立った瞬間から鳴っている。それ以前から鳴り続けていた可能性もあるが、今俺達がした行為からして、自分たちが感知された可能性はゼロじゃない。Wアラームは特殊な周波数なので、どんな状態・状況でも人間に聞こえるようになっている。今が何時だろうと、確実に言えることは全員が避難している状態ってことぐらいだ。

「警報が鳴ってから三分もすればフレームアーマーが来て、凶悪な相手だと分かればフレームデバイスが来る。転移者はあいつらが来る前に俺が何とかしないと速攻で殺されてしまうし、もしかすると他の悪の研究機関に攫われて悪用される可能性もある」

 WB社はフレームアーマーで有名なので、それしかないと思われてフレーム社と呼ばれたりするが、実は他にも対異世界人兵器を所有している。その一つ、フレームデバイス――対異世界人意識連動型兵器、所謂巨大戦闘ロボットがやってくる。高コストなのであまり出回っていないが、高魔力が検知された場合は出動する兵器だ。もしそいつが現れれば――正直俺でも勝率が百パーセントと言い切れない。他にも、異世界人を拉致して研究する機関――代表格として、ヒューマン(H)メイク(M)社の刺客が来てみろ。ルミーナをかばってる暇なんかねえぞ。

「とりあえず外に出るぞ」

 いくら月明かりが差し込む真っ暗な居間から夜空を睨みつけようが、家の中からだと人工島に住んでいる人々の状況も分からなければ、標的が俺達かもわからない。WB社の比較的人工島寄りの位置からEoDまで急行するとなった場合、距離は約5km。命令が下されてから島民を目視できる時速100km程度で急行するとなれば……タイムリミットは三分程度。いや、三分もある。まだ――判断の余地はある。

 外に飛び出た瞬間、まずは人々の流れを把握しようとして辺りを見渡すが……人気がない。これは単に人工島の人口が少ないからじゃない。きっともう避難済みだからだろう。

 そう思い約100メートル間隔で出入口が設置されている、Wアラームが鳴ると同時に各所の地面から出現する――普段は隠れているシェルターの方向に向かう。

 シェルターとは、文字通り異世界人が襲撃してきたら人々が被災しないように逃げ込む場所だ。内部構造はとにかく大きくて深く、人工島の人口を優に超える大人数を収納出来る上に、とにかく地下の奥底まで展開している。しかも世界最高峰の技術で作られているので、例え地上で地形を変えるような魔法攻撃や核が落とされても破壊されることがないPC社の最高傑作だ。

 そんな中に入るのは自己防衛として当たり前の行為だが、中には異世界人を見てみたいとか、フレームアーマーの活躍を見たいとか言う命知らずな人もいるわけで……Wアラームが鳴るとシェルターに入ることは義務化されていて、鳴っている最中の出入りや地上に出られる人間は、WB社の社員か――こうして国から許可された俺のような人間だけだ。それ以外は違法行為となり、厳罰に処する。

 そんなシェルターは5層構造になっており、地上の過激さによって階層が下へ下へ広がる訳だが……出入口のメーターを確認してみたところ、まだ第一層目までしか解放されていないようだ。つまりまだ異世界人発見段階の可能性が高い。

「最悪自分が異世界人とバレそうになったら、各所にあるこのような場所に逃げ込め。シェルター内は全て安全で全て繋がっているから、どこから入ってもこの家に戻れることは保証しておく」

 出入口に配置された、小型化されたCIWSを眺めて呆然とするルミーナに伝えておく。伝わってなさそうだが、見ればここは安全とわかるだろう。

「因みに弾は指向性エネルギー弾を採用している。つまり弾薬の補給作業が要らないんだ」

 あまりにくぎ付けになっているので、追加説明して手を引っ張ろうとするが――

「何よ、アレ」

 くぎ付けになっていたものはCIWSではなかったようで、人差し指が示した方向は夜空だった。

「俺には何も見えないが……もしかして転移者でも見えたのか?」

 目が良いルミーナがもしかすると魔法陣から出現した転移者を目撃している可能性を考えてそう聞き返すが、

「空飛ぶ……船?」

 見たこともない物体をどう表現すればいいのかわからないらしく、少ない世間知識の中から絞り出した回答を呟いている。

「船……? ……ああ、多分WB社の上空出動基地じゃねえか? 見えねえから何とも言えんけど」

 WB社の拠点は陸海空全てに存在し、敵に対して適切且つ迅速な対応をできる基地から部隊が出動する。出動から交戦までの平均時間は驚異の3分だ。この辺りの上空は許可された航空機以外進入禁止になっているので、今ルミーナが見ているのは上空基地で間違いなく、それがあるということなら今回の転移者は飛行しているタイプの可能性が高いと言える。だが、あの空飛ぶ巨大戦艦は滅多に可視化しないはずだ。多分太陽か星を見間違えたんだろう。

「もしかすると見つかったのは俺らじゃねえかもしれんな」

「同じタイミングで転移したって事?」

「そういうことじゃね?」

 転移関係の現象が一度に二つ起きるかは分からないが、今起きている可能性が高い。

「とりあえずEoD――えっとだな、転移者が多発する地域に行くぞ」

 この世界でしか通じないような用語なので説明を織り交ぜつつ、住宅街五区からEoDに向う。


 道中、今まで見たものや起きた現象について説明してやったはいいが、途中から≪トラスネス≫が切れていたらしく、ルミーナは全然理解できてない様子で狙撃ポイントについた。

 俺がジェスチャーでルミーナを配置した狙撃ポイントは、最もEoD寄りにある都心部一区のビル。シェルターへの避難を考慮して、人工島の建設物は13階までと制限されている中で、数少ないマックス13階建てのビルの屋上だ。あそこからならEoDの様子も全て把握できるし、激戦区外なので早々にルミーナが見つかったり、異世界人とバレたりする可能性が低いだろう。

 (earth)(of)(death)――通称、EoDと呼ばれるこの地は、どうなってんのか知らんが……目に見える建築物は全て枠だけで、中身は何も詰まっていない仮想都市だ。仮想、ということは……壊されればボタン一つで復元する。そんなまさに魔法のような地帯だ。俺の予想は二つあって、一つ目が人工衛星から映している説。二つ目は監視カメラとかからプロジェクションマッピングなる技術で映している説。どちらにしてもちゃんとぶつかった感覚も存在しているのって不思議だよな。

 そんな人工島の七不思議地帯に着くと、俺達の転移が察知されたわけじゃなかったことを確認できてとりあえずは一安心だ。

 転移者は有翼人ではなく普通の人間のようで、魔法で浮遊した状態で眼前に魔法陣を浮かべ、仮想都市を爆撃している。かなり連発しているので、まもなく魔力が尽きるだろう。

 アイツの魔力が尽きるのを待ってる暇はないんで、今からそんな危なっかしい奴に肉薄して、和解するか無力化するかしてから、元居た地に戻すかここで死ぬか問わないといけないんだが……今はクールタイム中だ。奴を構う術がない。

 ともなれば……

「聞こえてるか知らんが、今回は転移者の末路を見せてやる。すまないが、現状救う術はないんでな」

 耳が良いらしいルミーナに向けて話したが……返事が返ってこないから、そもそも聞こえてるかすらわからなかったな。

 ただ路頭で独り言をつぶやいただけになったが、フレームアーマーが来る前に俺が転移者を始末するために仮想道路上を駆ける――

「――またお前か」

 上空からかけられた声に、振り返らざるを得ない。

 それは――地球だとあり得ない位置からの、発声。だが、そんな不可能を可能にする存在が、この世界には存在する――それは、フレームアーマーだ。

「なんだ、悪いか」

 直上に言葉を返すと同時に、視線を上に向けると――やはり、いたな――フレームアーマーが。それも、顔見知りのフレームアーマーだ。

「お前みたいな貧弱者はシェルターに入っておけ」

 男勝りな口調でバカにしてくるツリ目の彼女の名は――一条(いちじょう)拓海(たくみ)。対異世界人界隈に就職する人材を育成する三大学校の内、最もフレームユニット担当者前提のカリキュラムを組む剣凪高校の優等生で、在学しながらもWB社の一員になっている逸材だ。それも、学校の教育方針通り、元々フレームユニット希望だったらしいが、フレームユニットには勿体ない体力があったのでフレームアーマーに推薦される程だ。

 大隊隊長兼第五連隊隊長のAランク――将☆☆☆――が目の前に着陸してきたことで、既に手遅れだったことを悟って舌打ちせざるを得ない。

 身長が181センチと、俺より高いコイツは、

「機体番号WBFA:SF零式-01~刹那~、特定重要指定人物・新谷萩耶を発見。繰り返す――」

 早速WB社に通信してやがる。クソッ、より動きづらくなったぞ。

 斬撃で失ったらしい片目を努力の証といわんばかりに見せつける彼女の武装は、数十種類あるらしいテンプレートではない武装をしている。それはつまり……WB社の中で位が上なことを表すわけで……量産型の基本ベースでもある、身体に密着する下地すら着ておらず、専用機――着物だ。そんな着物に、ブラジャーは付けず、ハーフトップを着ていると噂の豊かな胸と、全身バッキバキに鍛えられた肉体は綺麗に隠されている。そして、これも専用機の特権――他とは違う、翼のように刀数本を宙に浮かべた武装だ。

 そんな彼女は、雨でもないし、日中でもないのに……優雅に和傘を広げる。

「お前こそ入っておいた方がいいと思うぞ。出ててもさほど活躍できないくせによ」

 言われてばっかりだと流石に腹立つので、アイツが言われると痛いはずの正論をぶちかます。

「ああそうだ。お前のような邪魔者が入るせいでな。私のような強者は、雑魚は新参に回し、こういう奴らの対応に追われるのだ」

 俺を敵視している拓海は、こうして時間を稼いで俺に手を出させないようにしているのか、一向に引く気配を見せない。

「お? 言い訳か? 単に自分が弱虫な事を認めたくないが為に。醜い野郎だぜ」

 こっちもこっちで時間を稼がれていると分かっていても、コイツの挑発に乗らざるを得ない。俺と拓海は、昔からずっと、こういう関係性だからな。引いたら負けを認めたことになる。

 首下らへんで一度まとめている、異世界人でもないのに紫色のロングヘアーを靡かせる拓海は、

「……やっぱりお前とは友達になれないな」

 なりたくもないくせに、そんなことを悲しげに呟いてくる。

 こっちは知ってんだぞ。お前が箱入り娘で、その性格と家柄に難があって友達がおらず、趣味が勉学と運動だということを。

「なったつもりはないんだが。しかもなるつもりもないんだが。そのひん曲がった性格がなおったとしてもな」

 付き合いが長い人ぐらいたくさんいるが、これほどまでも犬猿の仲が続いている相手は拓海しかいない。それも俺から悪いことをして、それを謝罪しないで続いている不仲では無く、何も悪いことをした覚えが一切ないのにこの状態が続いている。

「チッ。一言余計だぞ」

「それはどっちのことを言ってんのか? 過去の自分を思い返してみろよ」

 先に喧嘩を売ったのは拓海の方だ。気配を察知した時からずっと無視していたのに、近寄ってきたのもそっちだ。

「お前それもう一回言ったらその口二度と開かないようにするからな」

 もう発言や性格からしてわかるだろうが、人生一度も女扱いされたことなさそうな拓海は、抜刀した剣先を向けてくるが、そんなの怖くないっつーの。

「過去の自分を思い返してみろよ? 拓海さんよぉ」

「ほう。いい度胸だ」

 どうせ今日フレームアーマーを止めることが出来て、転移者と対峙することが出来たとしても……今はクールタイムなので、≪エル・ダブル・ユニバース≫が使えない。だから、この時間稼ぎに付き合ってやってもいい。ルミーナにも、フレームアーマーがどのような存在で、どのような行動をするのか実際に見させることができるからな。

「お前が俺の口を二度と開かんようにできるとは思えんが? 逆にそうしてあげようか」

 こっちも対抗して好戦的な態度を取るが、武器を見せるようなことはしない。

 今のルミーナがどうこっちの様子を見て判断しているか分からないが、少なくとも俺が武器を出せば交戦したと判断して援護射撃してきかねない。するといくら12.7x99mm NATO弾でも一発では絶対に倒れないフレームアーマーに位置が割れ、最悪ルミーナが異世界人とバレる。

 ……というのはルミーナが居るから取っている行為に思えるが、今ルミーナが居なくても同じように軽々しく武器を見せない。それは――武器を見せると、その手の人だと一瞬でその武器の長所や短所を把握されて不利になるからな。ま、手の内明かしたところで負けないけどよ。

 フレームアーマーは、拳銃弾の速度以上で動く。それこそスナイパーライフルやアサルトライフルから発砲された口径弾は当人の技量次第だろうが、拳銃などの同速度で動く口径弾なら通用しない。ならせめてアサルトライフルを持つべきなんだろうが、それだと大きくて、剣や徒手での攻撃時に邪魔になる。だから対フレームアーマー戦で銃の使用は考えたことがない。剣や徒手で応戦する。

 瞬時に抜刀する技術ぐらいあるので――徒手でも剣でも応戦できる臨戦態勢でいると……

 戦闘が悪化したのか、近い場所から大爆発が聞こえてきた。それに続いて上空に魔法陣が出現している。どうやら……魔法使いさんの方が優勢らしいな。

「――チッ」

 すると、何らかの機能でWB社から指示が来たのか、上の命令には逆らえない拓海はイラついた表情で話を聞きだしたぞ……?

「命拾いしたな」

 そう言い残し、転移者の方向に飛行していった。

「おいちょっと待て。急にどこ行くんだよ。怯えてんのか? お? 命拾いしたのはそっちの方じゃねえのか?」

 部外者だから当然だが、自分が移動しなくてはいけなくなった理由を何も言ってこなかったので、引き留めるために――例え同速度で動く口径弾でも、無防備だと被弾するし、そういう特殊弾を使えば、あの装甲も貫通できる――エジェクションポートにアーマーピアシング弾を入れて発砲しようとしたが……止めた。拓海が急行した理由を理解したからな。

 フレームアーマーは魔法技術を応用した兵器と言われている。その為魔法だけじゃなく、レーザーとか魔法っぽい奴も全て通用しないシールドが展開できる。それなのに何らかの要因で展開できず、転移者の魔法を諸に食らったらしい――フレームアーマーが吹っ飛んでいる光景が見えた。

 拓海の後を追うようにして転移者に接近する。俺は空を飛べない。転移者とフレームアーマーは空を飛んでいる。この時点で圧倒的に不利だが、双方とも無力化するか仲裁するぞ。このままじゃ……フレームデバイスが出動しかねん。

≪エル・アテシレンド≫で飛躍し、街灯からビルの壁、ビルの壁からビルの屋上へと蹴り上がって行く。人間本来の力では絶対に真似できない、人間離れした身体能力で。

 仮想ビルの屋上に降り立って、斜め上を仰いで転移者とフレームアーマーの交戦を凝視する。今も……転移者優勢だ。

 ルミーナが言っていたが、地球は魔力が少ないらしい。なのでこの優勢も何れは覆され……殺害されることになる。本来それを防ぐ為に≪エル・ダブル・ユニバース≫を使わなくてはいけないわけだが……今はクールタイム中。使えない。ともなれば、転移者を殺すことに協力し、被害を最小限に抑えるしかない。ルミーナという異世界人の存在を隠し通すためにも。それしか、今できることはない。

 フレームアーマーは転移者を殺害した人数が給料に比例する歩合制と噂なので、全員が転移者にくぎ付けで、誰も俺という存在が接近していることに気が付いていない。いや、わざと無視しているのかもしれない。この状況だと、空を飛べない一人間の存在が邪魔にすらならないから。

 それは……甘い考えだったな。フレームアーマーどもよ。

 拓海は、今回転移者を相手しているフレームアーマーは新参者的な発言をしていた。つまり、転移者騒動に生身で対抗する存在を知り得ない人が多いはず。なので、一般人と思われる命知らずの人間の保護はせず、法律を守らず出てきた自業自得として冷たく扱っているんだろう。だがな、紛れ込んだ人間に見えて――この状況からでも、お前らの手柄を奪うことが出来るんだぞ。利益はないんで単なる漁夫だ。

 ビルの屋上から転移者目掛けて≪エル・アテシレンド≫で飛躍し――ホルスターからM1911とDEを抜き取り、排莢で視界が邪魔にならないように斜めに傾けて斉射する。転移者を倒したフレームアーマーが儲けるなら、手柄を奪ってお前らも俺と同じく無償の気持ちを味わえ、といわんばかりの気持ちで。

 別に高速で移動する訳ではない転移者には拳銃が有効的で……聞きなれない発砲音に視線を向けた転移者は、すぐさま危機を察知して右に高速移動する。だが、それは判断ミスで……弾は避けれても、斧持ちのフレームアーマーから大打撃を貰ってしまう。

「おい! そんな奴らより俺と戦え!」

 一般市民と思しき人間が乱入したことで混乱し、浮遊しているだけの無能フレームアーマーが良い位置に居てくれたので、そいつの頭を踏み台にして再度飛躍し――拳銃を仕舞って次は剣を取り出す。どうやらあの転移者は魔法で高速移動ができるようなので、弾撃ってたら埒が明かねえし、いつフレームアーマーから首を取られるかわからない。新参者が多いので本来の力を隠す為に拳銃を使いたいところだが、やむを得ん。

 再び転移者の眼前に肉薄して、フェイントで相手の防御態勢を散漫させ、決定打の斬撃を、魔法を放っていた右腕に切り込んだ。右腕が負傷することで魔法が使えなくなるとは思えないが、とりあえず怪我を負わせたことで、こっちが有利になっただろう。

 予想通り、魔法使いで打たれ弱かったらしく、右腕を左手で押さえ、集中力が低下したのか、魔法陣が薄まってきた。

 そこへ――遠雷のような発砲音が微かに聞こえ……転移者の左腕に12.7x99mm NATO弾が被弾し、貫通した。どうやらルミーナが援護射撃したようだな。

 フレームアーマーどもはまさかの援護射撃に周囲を見渡して発砲地点を探っているが、転移者は衝撃と共に背後に突き飛ばされた左腕から鮮血を散らし、制御不能になったのか……落下していく。

 ルミーナの射撃精度に驚くこともなく、放物線の頂点に達したので、落下していく我が身を守る為にパラシュートに変形するブレザーを展開しようとしていたが……

「どこにいくのよ、アンタ」

 転移者が瀕死状態に陥ったのを確認し、あの状態からフレームアーマーが殺害しても、フレームアーマーに利益がないので、この場から立ち去ろうとしていたが……行動を見計らっていたかのように、空中でいきなり背後から声が掛けられた。

「今から殺しに行くだけだ」

「そう? 逃走するように見えたけど」

 話しかけられたせいで、パラシュートの展開が遅れ、今から展開してもほぼ展開していない状態での衝突と衝撃の威力は変わらないぞ。ここは手段を変えてエアバックでも展開しようか――としていたところ、後襟がガッツリ掴み取られ、落下が急に止まった。そして徐々に離陸するように上昇し、加速していく。これは……彼女から見れば、助けたってことになったかもな。

 俺を掴んだフレームアーマー――神凪(かんなぎ)結奈(ゆうな)に顔を向けると、

「さっきアンタの家の中から激しい光が溢れ出てたわよ。何があったのよ」

「さあな。実験にでも失敗したんじゃねーのか?」

 出会って早々ストーカー染みた発言をしてくるが、結奈には俺の家を見ていてもおかしくない立場がある。それは、彼女が第五分隊隊長で、第七連隊副隊長、そして特定重要指定人物・新谷萩耶監視係でもあるからだ。分隊は住宅街の地区担当を指し、その第五……つまり、住宅街五区に住む俺と一致する。連隊ってのは16ある対異世界人用特別編制を指すので関係ないが、俺の監視役という立場でもあるので、転移した際に生じた現象ぐらい目の当たりにしていてもおかしくない。

「ったく……アンタって可笑しな人だから深堀はしないけど、あたしが来たからには転移者に関与させないわ」

 近くの仮想ビルの屋上に近づいた頃、鷲掴みを割と丁寧に解放された。すると、その隣に――いつもころころ変わる髪型だが、フレームアーマー時は邪魔にならないように黒髪を濃い青色リボンで結び、うなじを見せてポニテを肩辺りまで垂らしている――結奈が、両サイドにある触覚前髪とテールを靡かせながら着地してきた。監視係の名の通り、現場には戻らず、俺から離れる気はないらしい。その際「機体番号WBFA:EX0-112。遅れましたが、監視対象をマーキング。以後、治まるまで拘束します」とWB社と交信していたし、もう確定事項だな。

「もう手遅れだろ」

 俺は異世界人を半殺しにまで追い込んだ。もうフレームアーマーが手柄を得ることはないと思う。が……

「そうでもないわよ。今回復していってるようだし……」

 量産型フレームアーマーの中でも、下地の生地面積が少なく、地肌露出の多いタイプの結奈は、透明なヘッドギアのバイザーのような板越しに転移者を見ている。その板には何か文字が浮かんでいるように見えるので、対象をスキャンしてWB社の非戦闘員が分析している情報でも載っているんだろうな。聞いた話によれば、全員に居る担当オペレーターの補助のお陰で対象の体格や速度、壁裏の状況、どの方向にどのような速度で攻撃すれば当たるかとかも表示されるらしい。それ俺にもくれ。

「≪ラリヒリル≫か……」

「今なんて?」

「いや、なんでもない」

 あぶねえ。転移者が使っているであろう魔法の名称を呟いちまったぜ。

 ルミーナから教わったので知っているが、地球人は魔法について知識が皆無だ。そんな中、魔法の名称を言ってたら大変なことになるところだった。

 記憶には諦めが悪い印象があったが、今回はそんなこともなく……

「とりあえず、あたし達の仕事を邪魔しないで。そしてあたしはあんたの監視係よ。見つけ次第転移者には関わらせないわ。忘れないで。こっちにも生活がかかってんのよ」

「何を今更……」

 改まって念押ししてくるが、今日は逃げねえっつーの。逃げたところで転移者を救う術がねえのに。明日の我が身と思って見るだけだ。

 どうでもいい会話をしているうちに、転移者は全快したらしく、再び浮遊し始めた。地球なのに結構暴れてるってことは、アイツもかなりの魔法使いっぽいな。

「最近姿を見せなかったけど、どこか旅にでも行ってたの? それともあたしが節穴だった?」

「旅に行ってた。こう見えて結構旅好きでな」

 嘘はついていない。ただ、俺じゃなきゃ行けない旅行先なだけで。

 目は口ほどに物を言うとは言うが、そんなことその道の人相手に通用しない。が……そもそも嘘か否か見抜く気すらない結奈は、何も言及することなく、

「なら自動警備ロボが破壊されてたのって、アンタの仕業じゃないんだ」

 あー……そういえばそんなこともあったな。あの時はルミーナ(異世界人)と居たこともあって、逃げるっていう選択肢が思いつかなかった。いくら動く障害物でも、銃弾で破壊されたら流石にニュースになるか。ここに日本だし。

「俺を破壊神か何かと思ってる?」

「厄介事が一つ増えたわね……」

「なんか言えよ」

 確かに転移者相手なら生身のくせして暴れまわってる印象を持たれても仕方ないが、関係ない物までぶっ壊すような問題児じゃないぞ。

「てか俺の事そんなに監視してていいのかよ? 拓海の奴は司令塔してるぞ」

 俺の体内にはマイクロチップが埋められてないから、位置情報が露呈していない。一度撒ければ当分見つかることはないが、今回は逃げてもしょうがない。だからこうして転移者を俯瞰して呑気に率直な意見を問う。

「監視が仕事だからしょうがないわよ。べっ、別に好きで請け負ってるわけじゃないし」

「意味不明野郎を好き好んで監視するようなアホはいねえよ」

 結奈はWアラーム中に一人暴れる俺に決闘を挑んで負けた過去があり、それから俺の監視役を請け負っている。理由はなんとなくわかる。技術を盗もうとしているんだろう。だからずっと監視役を続けている訳で……いつどこで何を仕出かすか分からず、国から許可されている立場で、戦力が生身でフレームアーマーに及ぶ人間を誰が監視するんだよ。俺が監視する立場だったら辞退するね。

 そんな結奈だが、背中にあるメイン武器が156センチある伸長とほぼ同じ大きさを誇る大剣だし、フレームアーマーになるまではかなり有名な陸上選手だったらしく、足が速いだけでなく、並外れた身体能力、綺麗な体の細さに同居する筋肉のバランスがとてもよい。見た目と実力は如何にも強そうなのに、俺には勝てないし、専用機にも乗れてないし……なんでだろうな? 一応Bランクの佐☆☆の徽章を装着してるくせに。WB社の強弱基準は謎である。

 転移者はそろそろ魔力切れらしく、ただ一方的に攻撃を受けるだけになってきた。そんな状態を見下ろすことしかできないので、ルミーナが居る方向に事前に教えておいた『撤退』のハンドサインを送る。背後で送ったので、結奈にはバレてないし、目の良いルミーナならちゃんと確認出来て、俺ん家に帰る支度でも始めただろう。

 もう、今晩の転移者騒動は終結する。そう結奈も判断したらしく、

「今日は珍しく逃げずに最後まで居たわね」

「そういう気分の時もある」

「旅で疲れた感じ?」

「そんなとこだな」

≪エル・ダブル・ユニバース≫が疲労で休んでいるので、何もできないしな。そういう気分にならざるを得ない。

 長らく監視していることもあって金欠人間と知っているからか、土産でもせびられるかと思ったらそんなことはなく……

「次の襲撃の時も来てよ? 最近サボり気味だけど」

「ああ。……ってなんで行く前提なんだ? 捕まえてどうするつもりだ」

 流れで返事してしまったが、このままだと転移者が来てWアラームが鳴った瞬間、家のインターフォンが鳴って、結奈が現れて……そこで出オチするじゃねーか。それじゃあ転移者がやられるじゃねーか。あぶねえな。

「監視役だから職務を全うするだけよ。別にアンタに会いたい訳じゃないんだからね!」

「そこ念押ししなくてもわーかってるって」

 自分らが散々俺に対して妨害工作してる時点で会いたい意思があるとは思えんがな。寧ろ死んでくれと言わんばかりに妨害という名の攻撃をするだろーが。クソが。

「お前だって好きで監視してるわけじゃねえもんな」

 怒りをおさめるために結奈が抱いている感情を代弁してやったつもりだったが、それは失策だったらしく……

「別にそんなこともないわよ! バカ!」

 寧ろより苛立ってんだが!?

「んじゃどっちだよ!」

 結局監視したいのか監視したくないのか分からん。白黒はっきりせい。顔を真っ赤にしてそっぽ向きやがるし。

「そ、そんなことよりも! 何であんたはあたし達フレームアーマーが居るのにここまで地球の為に動くの? 不思議だわ」

 徐に話を変えてきたが、その何回もしたはずの話に乗って怒りをおさめるしか手はないな。ここで結奈と戦闘になったら、ルミーナは困惑し、転移者とフレームアーマーの戦いは集中が削がれ、不毛な争いが始まる。そんなのは厄介だからな。

「異なる世界に住んで居ようと、人間たち全員の平和の為に、だな」

「何言ってんのよ。その為のWB社じゃない」

「向こうの世界の人間を一方的に殺害しといてよくそれが言えたな」

「だったら還してあげる方法でもある訳?」

「…………」

 あることにはあるが……「俺には向こうと行き来できる手段を唯一有してる人間だ」なんて軽率に言えるもんじゃない。いくらWB社の人間でも、国家機密となれば知らされていない。それぐらい、この技は隠し通さなければ……使いようによっては、危ないものなのだ。

「ほら、ないでしょ? だったら言葉も通じなくて暴れる人間は殺害して平和を保つしかないのよ」

「暴れない人間も殺害する集団が何をほざいてやがる」

 WB社は国と提携・条約を交わしており、異世界人関連は全て独断可能になっているが、原則として敵対意思のない異世界人は見つけても保護もしくは地球人同等の人権を与えることが義務付けられている。が、魔法という異世界人固有の技術は地球人には使用できない。ともなれば、悪徳業者が拉致して悪用する可能性が十分にある。和解できない以上、最近は敵対意思が無くても異世界人は見つけ次第抹殺が言い渡されている。だが、そんな中でも頭の良い異世界人は生き残っている訳で……完全抹殺が実現していないのが現状だ。ルミーナみたいに転移すら検知されていないケースもあるからな。

 結局、異世界人は殺される運命か、悪徳業者に埒られる運命か、身を潜めて生存する運命しかない訳で、そんな拮抗状態がいつまでも続いているようじゃ、今の世の中は地球人にとって平和だとしても……異世界人にとっては、平和と言えないだろう。

 だから、偶然元居た地に戻す技を有していた俺がコツコツ転移者を――一握りではあるが――帰してやっているんだ。折角こんな魔法持ってるのにそうしないのは気が気でないからな。お前もこの力があったらこうなるはずだ。

 ――だが、そんなことは言えない。言うと、全てが変わるから。

「今はそれしかできないんだし……技術が進歩するまでは、現状で我慢するのよ」

 結奈は、WB社の社員。コンビニでアルバイトするのと同じで、お金稼ぎや地球の平和を目的に働いているだけの身。そんな人間が、上の意見に逆らったり、申し出したりしたって……相手にしてくれるはずがない。最悪クビになるだけだ。本当にやばいやつは人を使うのが上手いからな。WB社とかまさにそうだろう。なので多くは知らないし、彼女相手に熱くなっても何も生まれない。

「すまん、つい熱くなった……」

 地球人には、異世界人にも人権を与えるべきだという、WB社の活動に否定派の人間は殆ど――というか、多分いない。それは――地球が、異世界人の手によって……破壊される可能性があるから。というか、日本で言えば一度東京湾周辺は破壊された。そして、それを止める組織がWB社だ。そんな平和を導く組織を批判するのは愚かだ。そのぐらいクソガキでもわかる。だが……もし、異世界への扉を開ける技を有していたら……その意見は変わってくるはずだ。

 唯一WB社の活動に否定的で、だがそれでも自身が有する解決策を公にできないので――日々滅んでいく異世界人の朗報――いや、俺にとっては訃報を聞く度に、心が痛む。だからこうしてフレームアーマー相手に熱くなってしまい、届かぬ想いを馳せてしまう。理解してくれる時は――きっと、訪れないのにな――

「アンタって謎が多いけど……一つわかったことがあるわ」

 遂にフレームアーマーによって殺害された転移者――異世界人を見下ろしていた結奈は俺に振り向き、

「何だ」

「アンタって、イケメンでモテそうなくせに、人を信用しないし、人付き合い悪そうな雰囲気だけど……結局は付き合ってあげて、守ろうとする暖かい心を持ってる人ね」

 暗闇の中でもはっきりと見えるそのほほ笑んだ笑顔に……

「褒めるのかバカにするのかどっちかにしろ」

 結局何が言いたかったのか分からんので、切れ気味にこの場を後にする。

 ……もう、異世界人は死んだんだ。俺を監視する用事もないだろう。

 予想通り、もう監視する意味がなくなったらしい結奈は、俺の背中を少し見つめた後、転移者の元へ飛び立った。


 家で待機しているはずのルミーナには申し訳ないが……帰宅途中公園が目に入り、つい立ち寄ってしまった。そして今――ブランコにただ一人、ポツンと座っている。

 クールタイム中に転移者が来たり、単純に間に合わなかったりして転移者が殺害された日の後は、大体こうなる。理由は……何度も言うことになるが、転移者を元居た地に戻すことが出来る技を有しているのに、転移者を元居た地に戻すことができなかったからだ。使えない時は堂々と殺すのにな。

 夜だし転移者騒動直後だということもあり、人が誰も居ない公園で、ブランコで遊ばずただぽけーっとしていた俺の耳に……カサッと草むらが揺れた音が聞こえた。

「誰だ」

 即座に銃を構えようとしたが……止めた。

「なんだ、猫か……」

 草むらの中から出てきたのは、何の罪もないただの三毛猫。≪エル≫シリーズの代償として、眠気による集中力低下と、上手くいかない思考による苛立ちで、猫すら判断できないぐらい弱くなっている。

「こんなところで何してんのよ、萩耶さん」

 すると、猫に思考を奪われていたところを狙ったかの如く、背後から急に声を掛けられた。

「……詰めが甘いな。アイツは俺の事さん付けしねえんだよ。てか多分名前で呼ばれたこともねーぞ。……まあ、そこまで言われてやっと気づいたけどな」

 天を仰ぐようにして視線を背後に向けると、身長差24センチもあるので、彼女は見上げてくれても変な態勢の俺には頭頂部ぐらいしか見えないが……同じAPの一階右の部屋に住む――風間(かざま)(かえで)が居た。完璧な声真似だったので、結奈にまだつけられてんのかと思ったぜ。

 俺の顔を久しぶりに見たからか、ぱーっと明るい表情を見せるコイツは、知り合いの中で一番絡みの長い奴で、唯一何も包み隠さずに話し合える大親友だ。俺の事を誰よりも知っている奴だ。それも……学校を二週目していることや、≪エル・ダブル・ユニバース≫を使えることも。

 こう見えて世界一有名なアイドルで、今日も何かの撮影帰りなのか、アイドル衣装のまま俺の前に回ってきやがる。盗撮されたらどうすんだよって感じだが、実はアイドルの風間楓と今の風間楓は少し違う。本人から聞いたが、普段の姿はかさまし靴を履いており、身長がアイドル姿よりちょっと高く、目つきをキュート系じゃなくてクール系にしていると。そして声が1オクターブ低く、通常時の胸――つまり、盛っていない状態だと。なので回りからは容姿も近づける程重度のファンということになっていて、案外俺とペアで居ても誤解は生まれないもんだ。理由は知らないし、正直聞きたくもないな。

 地球人らしからぬ水色の髪色をしており、ツーサイドアップのテールがとにかく短い髪型をした楓は、八重歯をニィっと出して、

「しゅうやんこんなところでどうしたの? 例の奴?」

 見る人全員をハッピーさせる不思議な力が秘められた明るい表情を向けてくる。流石、当人も世間も世界一かわいいと言ってるだけあるよ。

「そうだ、例の奴だ」

 楓は俺が一人で転移者を元居た地に戻す活動を行っている事を知っているが、それを他人にバラすこともなく……その活動が失敗し、落ち込んでいる様子を『例の奴』と隠語を使ってまで来た。

「俺で良かったら相談にのるぞ」

 スマイル満点の対応は場違いだと判断したらしく、明るさを閉じ込めて男口調にし、ムードを合わせてきた。一瞬で周辺の景色がバーに様変わりしたような錯覚が起きたぞ。

「そうか……」

 いい友を持ったもんで、お得意の変声で対応してくるのは頂けないが、楓は真剣に相談に乗ってくれるし、他人にバラすようなこともしないし、それで脅してくることもない。そんな奴相手なら、秘密だらけ人間でも……素直に、最近起きたことを言ってしまう。

「最近顔見なかったろ?」

「そーだね。どうしてたの?」

「――異世界に行ってたんだ」

 突然躊躇いもなく現実味のない夢物語をズバッと言い放つもんで、楓は衝撃のあまり一瞬思考が停止してしまう。

「いっ、異世界!? しゅうやんもあの技で行けたの!?」

「ああ、しかももう二往復したぞ」

 俺と楓の出会いは、川に物を落として超号泣していた当時の楓の元に、俺が汚ねえ川に飛び込んで回収したところからだ。回収した後、水没して全電子機器が死んだので回収した意味がねえなと思っていたが、感謝されまくったので次から気を付けるようにと注意し返した。これが初めてで、それからは当分会わなかった。寧ろその時は泣き虫な子供と、助けてあげた優しいお兄ちゃんぐらいの関係性だったので、ほぼ赤の他人だ。名前を知らなければ、また会う可能性も、記憶に残る可能性もなかった。

 だが数年後、転移者の気配を察知したので、そちらに向かうと……楓が転移者に殺られかけていたんだ。これも何かの縁だと思い、助けてやった後――今でも覚えている――「この島は危険だらけだ。ものを落としても拾ってくれる人はいるが、喧嘩になったら助けてくれる人はいない。みんな地下(ここ)に逃げ込んでるからな。自分の命を大切にしたいなら、下に逃げ込むか、もう二度とこの島に上陸するな。今回は俺がいたが、次はどうだろうな。自分の運に感謝して行動に移せ」と吐き捨て、目の前で転移者を半殺しにし、≪エル・ダブル・ユニバース≫で発生させた切れ目にブッ込んだ。

 今は人前で堂々と技を使ったり、会話の余地なく半殺しにして強制送還しないので、丸くなった――後先考えて行動するようになったが……まあ、黒歴史レベルでその日の対応が悪かったみたいで、翌日からべったりされ始め、毎日の如く会うようになっちまい、今では同じAPに住み着いて同じ学校に通ってまでいる。だから俺が人並外れた強さを誇っていることや、≪エル・ダブル・ユニバース≫を使える事、学校を二週目している事、第二次異世界人襲来後の活動により登校できず一年留年している事など、全てを知っている。記憶を消す力までは持ってないんで、もう見せた以上隠す必要もないからな。

 例にならって今回も隠しもせずに素直に話したが、俺と同様行けると思っていなかったので、当時の俺並みに驚いている。

「向こうってどんなところだった!?」

「んー、なんつーか……だだっ広い土地だったな。ここみたいに住宅がある場所が少ない」

 あの世界の全てを回った訳ではないので、あの世界にも都会のような都市があるかもしれない。だが、今回赴き、旅した辺り一帯は……平野、山岳、小さな町しかない田舎のようなところだった。

「へー、アメリカの農場みたいなのかな?」

「わからんけど多分そうだと思う」

「今度ボクも連れてってよ!」

「落ち着いたらな」

 今はまだ、ルミーナとのやり取りと、俺が異世界に居る時の転移者対処と、俺達が使用して生まれたクールタイム中に転移してくる人達をどう対処しようかなどの、私利私欲で≪エル・ダブル・ユニバース≫を使用するにあたっての弊害の事で頭がいっぱいだ。だから来週に旅行の予定を立てたりは出来ないが、楓と行く分には問題ないと思う。

「それでなんだが……仲間が出来た。それも異世界人の」

 話の流れでルミーナを想起していたので、序にと言っちゃアレだが、その事も隠さず話しておく。

 普通、異世界人が地球上で暮らしていると聞いたら、不安になり、恐怖を感じる。だが俺の元だし、信頼している相手だからこそ、その異世界人が悪者じゃないと思ってくれるだろう。

 案の定、楓は特に怯えることもなく……

「マジで!? やるじゃん! しゅうやん最強!」

 最強は言い過ぎだが、寧ろ面白くなったと言わんばかりに目をキラキラさせる。

「今は家で待機してるはずだ。時間があったら会わせてやる」

 俺の帰りが遅いし、あのハンドサインを理解できたかわからないが……きっと家で待機してくれているはずだ。じゃなけりゃ、今頃またWアラームが鳴ってるさ。

「凄いね! ようやく禎樹(よしき)君が作った辞書が役立つね!」

「あぁ、そういえばそんなもんあったな……」

 禎樹という奴は、表はバッカみてーにイケメンのくせに、裏はバッカみてーに二次元を愛してるクラスメイトだ。世界で一番イケメン顔を無駄にしている人間と言っても過言じゃないだろう。

 そんな彼は、二次元のキャラクターに似てる異世界人も好感を持てるとか言って、守って上げるために体を鍛え上げ、違法だというのにWアラーム中でも容赦なく地上に出て転移者を盗撮してたり、異世界人に地球を知ってもらうために、これさえ読めば信号機などの小さなことから空に見える星の事まで、異世界になくて地球にあるであろうことが全てわかる地球の攻略本のような辞書まで自作しているド級の変態だ。今思えば、その辞書を異世界に持って行き、ルミーナに渡しておけば良かったな。

「とりあえず……アイツにはバレないようにしないとだな」

「だな。アイツにバレるとどうなるかわからん……」

 懸念点を瞬時に理解した楓は、俺が喋っていると言っても過言じゃない出来の声真似で、あくどい笑みを浮かべる。

 アイツ、とは……同じAPの一階左に住む女の事。奴は、何がしたいのか知らんが、俺の私生活や人間関係を監視し、指摘してくる。何様か分からん厄介な野郎だ。そんな奴にルミーナ――それも、異世界人だと言う事がバレたら……一巻の終わり。それを未然に防ぎたい意思は俺も楓も同じなので、人物名を出さずとも誰を指しているのか理解できてしまう。

「こりゃあしゅうやんが地球に居る時間も短くなるかもね!」

「そうなるな。異世界人を味方につけた訳だし」

 こういう話も盗聴されている可能性がゼロじゃないので、声を潜めていたのを一変させ、急に明るく元気な声に戻る。逆に普段の調子で話すことで、隠し事じゃないように思わせたいんだろう。

「おかげさまで今回のような失態を犯す羽目にもなりやすくなるわけだが……」

 今回、俺が悩みこんでいる本題に戻ってしまったのを見て「あっ」と呟いたところを見るに、話を逸らして忘れさせようとしていたのかもな。だが――すまん。思い出しちまった。

「でもさ、行き来するようになったらもっとたくさんの異世界人を見捨てる羽目になるじゃん? だったらもう腹を括って諦めるしかないよ。もうそういう……システムっていうのかな? 決められたことなんだからさ」

 俺が転移魔法を使えることを知っていても、何故その技を有しているか、どういう技名なのか、出すのに何が必要なのか、その辺りは何もかも分からない。新谷家の秘密でもあり、国家の機密情報でもあるからな。だが、分からないなりにも……改善すべき点を指摘してくる。

「自分が転移したら、その間の転移者は殺されるし、クールタイム中に殺されることだってある。地球側の異世界人を抹殺する意思が変わらない限り、それは永遠と続くよ」

 一度はクールタイム中だった場合、どこかフレームアーマーに見つからない場所に保護しておき、クールタイムが終わったら転移させようとしたことがある。だが、それは叶わなかった。保護する場所や会話の成立は置いておき、一人ではフレームアーマーに上回る行動力が生まれないし、奴らは転移者を一度マーキングしたら、絶対に逃がさないからな。逃がすと、地球の今後に関わる話なので、逃がすわけがない。ならばと思って、この技を使えることをWB社に言いふらし、協力を求めようとしたが……それは国から止められた。俺が居て、転移が使えて……と、戦闘時に一々確認する時間が勿体ないし、何度もやられている世間の目がそう簡単に変わる訳もない、と。しかもそんな技を有した人間がいる事が広まれば、もっと活躍しろだの、怖いから近寄らないでだの、世間からの目が冷たくなり、社会的に生きづらくなるとも言われた。確かにそれには納得せざるを得なかった。だから現状≪エル・ダブル・ユニバース≫が使えることを隠さざるを得ないし、秘密裏に活動しないといけなくなっている。

 そんな中でもWB社の抹殺活動は進行し、技術も発展するわけで……最近は俺が地球上に居て、クールタイムじゃない時でも、転移者を取り逃すケースが増えてきた。それでこの反省会染みた落ち込む時間も長くなり、毎日似たような慰めの言葉を楓からもらっている。

 だが……何故だか、今回の楓の発言は……重みが違う。それはきっと――異世界に赴き、異世界人と親交を深めたからだろうか。

「でもね、そんな技をたった一人の人間に託した神様の方が悪いよ。しかも使用制限付きとか。少なくともボクはそう考えるよ」

 喧嘩の対象にしても、一生喧嘩できない相手だと分かっていても……楓は喧嘩相手に神様を選択する。

「せっかくいい技を持ってるんだし、定められた運命を辿るだけじゃなくて、もっと自由に人生を謳歌しようよ。そんな人生、楽しくないはずだし、ボクだってそういう人生を送ってきて、楽しくないから上京してきたんだからさ……しゅうやんにだって――変わろうと思えば変われるよ。いや、変わるべきだよ」

 楓は、毎日代り映えの無い風景で、毎日代り映えの無い仕事を繰り返す田舎暮らしが耐えられなくなり、夜中家を飛び出た。実はその翌日が俺との出会った日だというのは置いて置き、当時初めてTVというものが家に来て、初めてそれで見たアイドルという職種に憧れ……両親にはアイドル目指して上京すると置手紙を残して。

 そんな自分の過去に照らし合わせ、自分が意を決して定められた運命のような日常を破壊した行為が、俺にもできるはずだと伝えてくる。

 そしてその行為は……できる。ルミーナのお陰と言っちゃお陰だが、あの涙があったから、異世界と行き来する――今まで通りの、定められた運命のような日常を一変させることができた。だが、その行為はごく一部に過ぎない。もっと根本的な……すべてを変えるような変化を起こさなければ、それは成功と言えない。そしてそれは、俺自身でも分かっている――転移者を、クールタイム中や、異世界に居るなどの理由で対処できない時は……見逃す心を持つことだ。≪エル・ダブル・ユニバース≫が使える時に失敗し、落ち込むのはおかしくないが、使えない時に落ち込むのはおかしい――と、伝えたいんだと思う。

「そもそもしゅうやんはお人好し過ぎるんだよ。自分だけが技を持ってるからそう思ってるんだろうけど、もう少しは異世界人に振り回されないで、神様の意思に反した行動を起こしてもいいと思うよ? 神様も転移者全員を送り返す為に託したんじゃないだろうし。じゃなきゃたった一人に継承させないでしょ? 過労死しちゃうよ」

「それも……そうだな」

 確かに言われてみれば、なんで俺一人――というか、新谷家で階級が最も高い直系血族の許された者だけに託してんだろうな。しかも約一日に一回しか使えないとか制限付きで。これは……何らかの思惑があってそうしているとしか考えられんくなってきたぞ……?

 そしてそれは、案外直ぐに思いつき――

「実際に自分が異世界に行けたんだから、世界逃亡して遊び惚けても問題ないってことだよ!」

「それは極論すぎる気がするが……」

 楓のいう通り、もしかすると神様は端から転移者を元居た地に戻す為に≪エル・ダブル・ユニバース≫を覚えさせたのではなく、俺が異世界に赴き、異世界で親交を深め、和解した異世界人を地球に連れてきて、異世界人と平和に暮らしている事を人々に見せつけ……俺を起点として、両世界間に平和を齎そうとしている……のか?

 神様に直接会って話し合えないので、審議を問うことはできず、俺個人の見解だが……最近ルミーナに言い放った――あの時はここまで考えずに話していたが――異世界人を味方に付ける利点の一つが、やっと完全に明らかになった気がする。

「確かに言われてみれば、おかしな点が多いな、この技は」

「そうだよ。きっと別の――本当の、目的があるんだよ」

 多少は転移者を元居た地に戻すとしても、本題は俺が異世界に赴き、理解し和解するのが目的だとすれば……もう少し異世界に出向いて、沢山の事を知る必要がある。

「でもなー、もし暴れない系の転移者だったらかわいそうなんだよなー……」

「んー、そう思っちゃボクの話が意味なかったみたいだけど……確かに無害の異世界人までも抹殺しなくていい気がするねー……」

 ついちゃんとした殺害理由もなく抹殺される異世界人の事を思ってしまい、楓がそれに納得してしまう。

「でもしょうがないよ! 今日からは、もっと自分が使いたいように使おう! 別に世間の大多数が異世界人を抹殺したいと思ってるんだから、しゅうやんが助けなかったところでバチが当たることもないよ!」

「そういうことか……?」

 技を有している弊害で、そう思ってしまうだけかもしれないが、バチが当たるとかそういう問題でくくっていいもんじゃない気がする。俺から命を助けられたこともあってか、話す時いつも楽観視してる節があるような……

「まあ……そうだな。明日からはもっと自由に活動してみるわ」

 俺一人で抱えるから考え方が狭くなっていただけなのかもしれない。他者の変わった視野からの意見を聞いたことで、知見が広がった気がする。今はフリーで活動してて、何故か寧ろ人気度が上がって大変らしいが――自分がやりたい時にだけ仕事してる楓が言うから信憑性もある。

 とりあえず、今後は異世界でどこかに拠点を持ち、異世界で人間関係を広げたい。すると異世界の事を理解できるし、異世界人にこういうことが起きていると注意も促せるし、もしかすると転移現象に関する情報を掴めるかもしれない。そして地球では、対異世界人騒動に関与し、もしクールタイムじゃないタイミングで転移者が来ることがあれば、元居た地に戻してやる活動を行い、和解向けてルミーナと生活を送れている既成事実を作る日常でも送るか。

 それは――今までの代り映えの無い生活に光が差したようで――

 今から新しい経験を積んだり、新しい景色を見たり出来ると思うと、自然と表情が明るくなっていくもんで、

「せめて異世界では大金持ちになろうね!」

「うっせえ!」

 地球の俺が抱える大問題を指摘してきた楓に、いつの間にか普段通りの調子で怒鳴ってしまう。

「あ! しゅうやんが今日一元気になったよ! やったぁ!」

 感情の変化を楽しんでいたのか、ニッコリ笑う楓を見ていると恥ずかしくなってきたぞ……!

「うっせえ! 黙れ! 現実を突きつけるな! 悲しくなるだろ! てか元気になっただけで毎回毎回嬉しくなんなよ! お前はこんなんで嬉しくなれるとか幸せもんだな!」

 わーいわーいぴょんぴょん跳ねる楓に怒鳴り散らす。当の本人は、完全無視してるようだが。

「ていうか何でこんな現象が起きているんだろうねー。態々送り返す技を誰かに教えるんだったら、根源をなおしてあげればいいのにー」

「おーい、話を逸らしても無駄だぞー。わからなくもないがー」

 普段の調子に戻ったところを見た楓は、ブランコを漕いで跳躍し、数メートル先に着地する。

「――あっ! 今新曲思いついたよ! 人を勇気づける曲なんだ! 今度のシングルはこれで決まりだね! 聞いてみる?」

「親友権限だな」

 最低でも週一でシングル、月一でアルバムを発売する楓は、未発売曲や路上ライブ、大型ライブ限定で歌う曲なども合わせると、合計1万曲は持ち曲があるらしい。しかも絶対音感や相対音感を有し、楽器なら何でもひけるので全部自作だ。しかもロックや演歌もお手の物で、30分ある曲や10番まである曲、早口言葉のような歌詞を六人の声で歌い分ける実質息継ぎがない曲など独創性にも長けている。なので一日に何曲も思いつく楓が、今の俺を見て一曲完成させたらしい。

 相談事も済んだし、未発売の新曲なので路頭で歌ったところで人が寄ることもないので、家へ向かって歩きながら歌を聞くことにした。

 透き通るような美声が耳元に優しく届き、聞くだけで心安らぐ今回の新曲は、のんびりゆったりとしたテンポのバラードだ。楓に出せない声と真似できない声はないので、曲によって声色を変えたり、一人で多数の人間が交互に歌うようにしたりできるが、今回は地声に近い声色だ。

「この曲で今の俺のようにたくさんの人が勇気づけられるといいな」

 間奏に入ったらしいタイミングでそう呟くと……続いて二番を歌うんだろうと思っていたのに、楓を代表する有名盛り上がり曲の一つに繋げてきたぞ?

「――一緒に!」

「台無しだなァ!」

 どうやら気分が落ち着いたのを確認したので、次は盛り上げていこうと考えたらしいが、緩急がえぐいて。胃もたれする。

 マイクに見立てた手を向けてくるので……まあ、一緒に歌うことにした。楓に音楽の道に引き込まれてから、ノリと歌は上手い方? だからな。

 俺が主旋律だとすれば、楓が対旋律を歌い、一曲が終わったところで……

「……今後も親友でいてくれよな」

 俺の口から、ポロリと本音が漏れた。

 あまりに普段絶対言わないような台詞だったからか、楓はびっくりして俺を見上げ、

「急にどうしたのー? やだなー、変だよー? しゅうやん」

 素の声――アイドル声になっちゃってる楓は動揺を隠し切れないのか、いろんな角度から見上げてくる。

 ただ……励ましを受けて、本当に良い友を持ったんだなーと思って、それが口から漏れただけなんだがな。


 APに着き、楓は自宅の扉へ、俺は階段を上ることでお別れし、自宅の鍵を開けようとしたら……鍵を開けるまでも無く、ドアノブを捻ったら開きやがった。これは握力が人間離れしてるわけじゃない。部屋が真っ暗だったので忘れかけていたが、ルミーナが先に帰りついているからだ。

 でも鍵は俺が持ってるし、どうやって入ったのか……まあ、どうせ魔法でも使って開錠し、施錠する習慣がないから開けっ放しなんだろうな。

 予想は正しかったらしく、自宅に上がると……ソファ座っているルミーナは、M82A3を分解収納しようとして手古摺っていた。

「すまん、遅れた。ああいう奴らと絡むと、いろんなことが起きるもんでな……」

 ルミーナは来客っちゃ来客なので、普段節約のために電気を付けないが今回は電気を付け、武装解除していく。

「わかったことがあるわ」

 この部屋に帰り着いた時から物の位置が変わっていないので、じっとして待っていたらしいルミーナは、M82A3の分解を諦めてM1911やDEを取り出す俺に目を向ける。

「私はまだまだだわ。あの一撃で仕留めたと思っていたわ」

「でもナイスな援護射撃だったぞ」

 異世界で訓練している時から才能の片鱗を感じていたが、実戦でも失敗せずに的中できたのは純粋に凄いと思う。戦闘経験はあっても、このような悪条件に置かれていながらは初体験だろうしな。

「でも異世界人を葬る軍団に囲まれた萩耶を助けることができなかったわ。もっと近接戦ができれば、太刀打ちできたはずよ」

「確かにあの場にもう一人仲間が居れば、状況が変わったかもしれない。だが、スナイパーライフルの銃撃のお陰で、半数のフレームアーマーの集中力を散漫することができたぞ」

 例え同速度で動くことが出来たとしても、まだまだルミーナの剣と徒手の技術は、フレームアーマーに及ばない。もし発言通り俺の近くにルミーナが居たら、軽率な行動で寧ろルミーナが異世界人とバレる可能性の方が高い。だが、それを口にするほど今回は悪い実戦じゃなかったので、褒める方向で感想を言ったはずだが……

「それじゃあ意味ないわ。もし技が使えてたら、今回の実戦は失敗じゃない」

「まあ……そうなるな」

 俺はフレームアーマーに目を付けられ、行動を制限された。姿を消すにしても、俺一人だと注意を引く元となる現象が起き得ない。そこにルミーナが居れば、俺が姿を晦まし、転移者の元へ肉薄出来ていたかもしれない。だが……それは、今のルミーナが成し遂げる所業じゃない。圧倒的な技量不足だ。それに、そこまで言うと俺の落ち度がでかい。今までこのような状況下でも一人で行動し、成し遂げていた。それなのに失敗――というか、今回は視察ということで早々に諦めているからな。

「なら一つアドバイスしておく。一度Wアラームが鳴れば、基本的に人工島から人間が全員避難し終えるまで鳴り続ける。次鳴る可能性がある瞬間と言えば、再び人間が少数でも地上に居る場合だ。つまり、関係者以外地上に居なければ……あくまで仮説だが、バレずに魔法を使えるかもしれない」

 こういう情報は戦闘前に話しておき、戦況をより有利にするのが道理ってもんだが、敢えて言わなかった。それは――ルミーナに、観察する力があるか確かめる為に。

 Wアラームは魔法や魔法陣を感知したら鳴るか、動く障害物が異世界人と判断した人間が居れば鳴るとは教えた。だが、そのWアラームに対転移者戦に役立つ効力は何一つない。ただ、一般人に避難するよう知らせるだけの音だ。そして、魔法を感知して鳴るなら、大抵感知する度になるもんだと判断するが、一度感知してから一定時間鳴り続け、それからは明らか魔法陣が見えても鳴らなくなっている。それらを整理し、推理すると……大体感知してから人間が避難し終わるまで鳴り続け、それ以降は鳴らなくなるものだと分かるものだ。

 そしてそのことは分かっていたらしく……

「わかってるわ。だから場所が割れた時に備えて周辺に障壁を張っていたわ」

「自分の身を守れて、相手も攻撃できて……現状は十分だな」

「そうね、()()だと」

 俺が言いたいことを理解しているルミーナは、発言の要点を復唱してくる。

「帰宅が遅れた理由の一つに、とある決意をしたのも含まれる」

 俺は――楓との相談で、決意した内容を抜粋して述べる。

「それは――今後、地球と異世界を行き来し、各世界五対五の割合で生活を送ることを決意したからだ」

 こうなる運命は、異世界で暮らすルミーナと仲間になった時点で決まっていたようなもんだが、俺自身が異世界に行く理由は特に存在していなかった。魔法についてはルミーナから学んだし、言語についてもルミーナから学べるからだ。だが――楓から使命に囚われ過ぎていて、人生を謳歌できていない事実を突きつけられ、俺が楓の人生を救ったように、俺も楓から代り映えの無い人生を救うための助言をもらった。それは――二つの世界を行き来できる技を有しているなら、双方の世界で遊び、楽しみ、人生を謳歌するというもの――

 楓の発言そのままじゃなく、俺の解釈も混ざっているが、間違った内容じゃないだろう。

 確かに俺は人一人が負うべきじゃない問題を抱えている。しかも、制限付きで。それには――何か裏がある。その裏が何だろうと、今からこの魔法を――自分の楽しみのために使う。もし夢にでも神様が出てきて、なんでそんなことに使っているのか問われたら、こう言い返してやるさ――現地に赴き、現地の文化や技術を学び、地球で活かそうと思っています――と、名目上のものを、な。

「地球では活躍できなくとも、異世界ではルミーナが輝いて見えるぜ。その輝きを――今後も見せてくれよな」

 魔法技術を直接的に褒めず、敢えて褒める対象を定めないことで褒める対象が一つじゃないことを考えさせるという、≪エル・ズァギラス≫の高等テクニックを併用して右手を差し出し――

「――私は自分の力で転移出来ないわ。だから行くタイミングとか、行けるかどうかとか、全部萩耶任せになるけど……それでも異世界ではリードできるように努力するわ」

 それを察することが出来たのであろう頭脳明晰なルミーナは、手を握り返してきた。

 これで――地球では俺が役に立ち、異世界ではルミーナが役に立つ努力をすることが正式に決まった。こうすることにより、ルミーナが劣等感を抱くことも減るだろう。まあ……負けず嫌いだから敢えて利用する手もあったが、流石に手が引ける。

「この世界には転移者が絶えないし、俺は転移者にまともに対応しない可能性が上がる意思まで見せた。それは異世界人から見れば唯一の救いの手が差し伸べづらくなるわけだし、死に行く人間が増えるわけで……反感を買う行為だろうが、異世界人のルミーナが同郷の人間を思い、それでもこんな俺に付いてくるっていうならついてこい。――それでも、付いてくるか?」

 転移者が抹殺される現状を見て、俺という唯一転移者を元居た地に戻す技を有する人間が居ることを実際に転移してみて理解し、更に俺の意思が変わった今――ルミーナは、それを受け入れるのか。

 数秒間の沈黙が訪れると思っていたが――ルミーナは最初に決意した通り、意志が変わることがないらしく……

「それでも付いて行くわ。変わった状況があるとすれば、私が刺激を求めて賛同したのと一緒で、萩耶も異世界という場に刺激を求めるようになっただけじゃない。改まる必要もないわ」

 そういえば同じ世界の人相手に躊躇なく発砲していたルミーナは、凛とした表情ではっきりと伝えてくる。

「でも、一つだけ疑問があるわ」

「何だ」

 表情は変えずに、言葉を続けるルミーナの疑問に、怪訝そうな表情をする。

「萩耶は異世界人を元居た地に戻す活動をしているのに、何で転移者を抹殺する活動をしている人間と友達なの?」

 フレームアーマーの二人に絡まれ、特にその片方と話が盛り上がっているように見えたのか――実際そうだが――先程行われた実戦での対戦相手となり得る存在との対話について、か。

「敵の内情を知る為に一人は内通者的な存在が欲しかったから、比較的友好的な関係を築ける彼女をそういう立場に置いている」

 最初内通者的な存在を作ろうとした時、拓海をその役にしようとしたが……関係性の改善の兆しが全くなかったのであきらめた。そこで決闘後から態度が軟化していた結奈をその役にしたところ、内情をポロポロ吐いてくれるんだよ。それからというもの、正式な内通者だ。勝手にそう決めつけて仕立て上げているだけなので、当の本人は内通者になんかなってるつもりはないだろうけど。

「やっぱり裏があったのね」

 二人の関係性を把握したルミーナは納得顔だ。ある程度推理出来ていたっぽいな。

「すまんが……そろそろ、代償の睡眠が襲う。まあ丁度一般的な就寝時間だからいいんだけどよ……」

 今回は瞬間的な使用が連発したが、合計使用時間はそんなに多くない。一般平均の睡眠時間で起床することができるだろう。

「転移魔法のクールタイムが終わったら、異世界で一財産築こうぜ。活動拠点がない事には何も始まらねえからな」

「……転移者から邪魔されなければ、ね」

 異世界人のルミーナが同郷の人間を転移してくるなという気持ちを抱くのは普通だが、今のルミーナが抱いている気持ちはそうじゃない気がする。なんというか……≪エル・ダブル・ユニバース≫は私が使うから、邪魔するな、的な。



本文で公開予定のない設定をここで紹介しておきます


[WB社の位を表す徽章]

Sランク:帥×

Aランク:将☆☆☆

Bランク:佐☆☆

Cランク:尉☆

Dランク:准◇◇◇

Eランク:校◇◇

Fランク:兵◇


[WB社の役割分け]

分隊:住宅街の地区担当

小隊:住宅街全体担当

中隊:都市部の地区担当

大隊:都市部全体担当

軍団:人工島全体担当

連隊:対異世界人用特別編制(16まで存在)

※小隊、大隊、軍団は第1第2などのナンバリングは存在しない




また、

その時の転移現象によって現れた異世界人(達)は『転移者』

過去の転移現象で地球に訪れていて、逃走・潜伏に成功して地球上に生存している異世界人や、

地球人が異界の人間に対する呼称は『異世界人』

と区別しています。

基本的には対異世界人関係者且つ目撃・情報共有者でないと転移者かどうかの区別はできない為、一般人は「異世界人」と呼んでいますが、書き間違えていたらすみません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ