33 再来を超え、過去最悪に
「……返金、し過ぎたよな?」
翌朝、スマホ画面に映る残高を見て衝撃を受ける。
付属中は住宅街七区にある。家からは退治と真逆の方向だが、登校する前に学校で雑巾が必要になったルミーナと共にコンビニに向かって歩いている。衣服自体全然持ってないので、着なくなった物で代用することができなかったが、雑巾自体そんなに高価なものじゃないので買おうとしてたら……決済画面で、OKを押す指が止まってしまう。
「四百円って、どういうこと?」
「どうもこうも、お茶三回買ってエンドだ」
対面で渡すと受け取ってもらえそうに無かったので、振り込んだわけだが……桁を間違えたようだ。多分普通に暮らしてたら残ってそうな四千円にしたはずが、気が付けば明日の飯すら怪しい状況になってやがる。懐かしいな、この感覚。
「楓、喜ぶわよ?」
「嬉しくねえよ」
にやけるのは好きにしていいが、ルミーナは俺と同じく食わないと生活できない生物だ。魔族せこすぎ。
「やっぱり……バイト、始めるべきか?」
昨日戦闘スタイルを一新して、ルミーナが専念するために学校を辞めたいとまで言い出したこのタイミングで、そんなことしてる余裕はない。でも、始めない事にも別の意味で余裕が無い。時期的には夏なので太陽光発電もかなりの儲けが出ただろうが、耀傷に居たこともありこの頃ずっと地球に滞在している。ルミーナとマリアは人工島で暮らしていたので、楓から死なない程度に支援してもらったとはいえ、プラス額はゼロ。
「私はしないわよ。三人の中で一番弱いし」
魔力吸収効率と魔力保有容量は訓練したり怠けることで増減するものじゃない。だからマリアはいくら魔法技術を磨こうが地球で魔法を乱発できる未来は訪れない訳で……三人の中で一番戦闘に不向きなのは、ルミーナ。こればっかりは魔法で何でもできた人生が一変する世界に通う以上、仕方がない事実だ。俺としてもバイトさせるぐらいなら戦闘能力を向上させてほしい。
「マリアって一日何してんだ? あの部屋そんなでかくないから、掃除してても半日は暇してそうだが」
自分はできないくせに他人に半日でできると押し付けるのは良くないとわかっていながらも、学校に居る時にマリアの様子を伺おうとしたことが無かったので、何にも情報がない。買い出しするために外出する時は、ちゃんと一報入れて行動中ずっと視界情報が垂れ流しになってるので、時々それを見てるぐらいだ。
「知らないの? 節約のために小麦粉でお米錬成してたり、楓のグッズ製作を手伝ってお小遣い稼ぎしてたり、家事以外にも色々してるわよ」
そんな裏の姿があったなんて知らなかった。アトラと違って感情が前に出てこないが、メイドって職業はあまりにも苦労人だ。日本に似たような文化が根付いていない理由がわかる。
「役無しは俺だけってか?」
「誰もそんなこと言ってないわよ」
ルミーナというか異世界人視点、俺が居ない事には何も始まらないし、俺が上手く人付き合いを管理できてなければ崩壊しているが……考えれば、学校以外は誰かと雑談してるか、パルクールしてるか、結乃の所で鍛錬しているだけの日常。人付き合いを大切にしたいとか、あれができるようになりたいとか、一回も思ったことがないので、我ながら目的もなくやりたいことやってる感が否めない。
「午前中交互ぐらいなら二週目バレずにバイトできる……か?」
俺みたいなシフト申請が滅茶苦茶な奴は人工島外では雇ってくれ無さそうなので、今週末でも都心部で何らかのバイトを探してみるのはありかもしれない。流石に三人暮らしで上旬四百円は生活できん。
「もういっそのことバラしちゃえばよくない?」
「それがだな、最近知ったんだが……二週目を隠すことにしたなら、最後までバレずに貫き通せたら報奨金が出るらしいんだよ。それも百万」
こないだもうめんどくさくなって結乃に二週目を公開していることのデメリットは無いか聞いた時、デメリットはないけどここまで隠し通したら最後まで貫いた方が良いと言われた。三年間高校の復習をさせられて百万円は安いのか高いのか判断付かないが、その瞬間百万円手に入るなら過程なんかどうでもいい。
「それならもうバレてるでしょ」
「いやいやいやいや」
「萩耶って見る目あるのかないのかわかんないわね……」
見破り報酬はないとは言っても、ここまで不定期登校の人間が指摘されなければそれはもう気づいてないと言っていいだろう。あの学校、ポンコツしかいねえから百万は貰ったも同然。
「将来大事にするのもいいけど、今も大事にするのよ」
「ああ。短期だろうがバイトは前向きに検討する」
今の金銭状況をマリアに伝えるために一度家に戻ってきたので、敷地前の通路でルミーナと別れて部屋に戻る。
「マリア、聞いてくれ。残念なお知らせだ」
換気扇の掃除をしていたマリアの手を止め、衝撃的な事実を伝える。
「今月、残り四百円だ。来月の収入見込みは、ほぼゼロ」
「はい、知っています」
そうか、買い出しもやってるマリアが残高把握してないわけないか。
「当分金は使わなくていい。これから金稼ぎに注力するぞ」
「わかりました」
マリアが『わかりました』というと暗殺者のように目的を完遂しそうで多少の怖さがあるが、人工島には公営競技はなく、順当に稼ぐほかない。元より、そんな方法で稼ごうとするとは思えないが。
――コンコンコンコン。
会話の間のタイミングで、インターホンではなく、ドアを四回ノックされた。
人工島は部外者の立ち入りができないので、変なセールスやチラシが来ることは無い。来ても都心部のお店が新しく開いたり、セールを行うとかの回覧ぐらいで、見栄を張る必要もないので基本的に白黒印刷の、文章だらけで華がなく商売意欲が見えてこない紙面だ。 そんな中で知らん人――それも、特徴的なノック音ともなれば、それはもう限られてくるわけで……
「終わった……」
玄関を、開けざるを得ない。島民の義務だから。念のためチェーンはしておくが、石塚よりも会いたくなかった。
恐る恐る玄関を開けると、そこに居たのは身長155センチの女性。ショートツインテが特徴的な髪型に、密着感や肌の透かし具合で相手を落とすためか、ビニール生地が乱用されて随所から女性らしい体つきや関係者らしい体つきをアピールしてくる洋服を着ている。仕組みはわからんが、スカートの中から手錠がぶら下がっていて気分が悪い。こいつは――人工島管理公社の、ばくと……だッ。
「おはよう。お兄さん、最近ずっと滞納してるよね?」
人工島管理公社が直々にやってくることは、金欠の身であればよくある話。でもいつもは彼女ほどのお偉いさんが自らの足でやってくることはない。つまり、今回は今後の人工島生活が脅かされるレベルの大問題が発生しているということだ。
ドアがチェーンによって完全に開かないことが分かったからか、すぐさま少ない隙間に肩を挟み込み、逃げられるのを防止してきた。コイツは石塚とは比較にならん。この道のプロ――手練れだ。
「先月分はちゃんと支払ったはずだぞ」
先月は多額のお金を有していた。月末に引き落とされたとしても、結乃に返金したのは九月に入ってからの出来事なので、未納にはなっていないはずだ。
「立ち話もなんだからさ、帰ってくれよ。俺も学校に行かなければいけないんだ」
「無知である程人は幸福だが、この世は欺瞞で満ち溢れているのさ」
「はい……?」
いきなり詩的なこと言われても理解できん。実は未納だったってことを知らずに過ごしていたと言いたいのか、嘘つくんじゃねえよと言いたいのか。
「そこのお嬢さんは初めて見るね、お友達かな?」
このチェーンを外してほしいのか、居間から覗くマリアに会話を振るが……当然無視される。残念だったな、彼女は俺の仲間だ。
多分今まで居留守を貫いてたんだろうが、この際ちょうどいい。人工島管理公社の説明をしておこう。
「こういう奴らが居てくれるお陰でこの島は便利になってるんだ」
「そりゃどうも」
「その分、不便にもなったけどな」
色んな会社と分業してない分、その仕事っぷりは優秀。しかし全ての権限が人工島管理公社にあるので、どれだけあくどい仕様が出されようが否決されることがない。その一例が減額制度。学校の時間割や仕組み上バイトがしづらい生徒は海浜公園側の家に住みたくないからな。決まったら退学するか卒業するまでそこから引っ越せないので、毎年争奪戦が勃発している。
「それは無限に続く話だよ。世の中完全に不便が消えるはずがない。どこからか不便が見つかるものさ」
言い慣れた台詞なのか、上手く返されたので、
「人工島では転移者絡み以外の事件がないだろ? それは退治の連中ばっかでほぼ事件が起きないってのもあるが、外部からやってきた連中が悪事を働くことがある。そういう時はこいつらが事件を事故に昇華してるんだよ」
「人工島内でしかニュースにならないから、必要ないかもしれないけれど、良い悪いは人によって定義が異なるからね」
流石警察の仕事も担っているだけある。何言われようが返しが完成されている。
「ちなみにこいつら性格悪いからさ、時には昇華しきれなかった事件は情報操作して隠蔽工作を働いてる時もあるんだぜ」
「人聞き悪いですねー」
「どの口が言ってんだ?」
流石にそろそろ限界か? 武力行使をされかねない。確か、拳銃も持ってたはずだ。でも最後に一つ、これだけは言っとかないといけない。
「こいつ、男なんだぜ? 菊地照平、一週目時代の知り合いだ」
見た目は平静だが、相手が俺だからいつばらされるか内心超焦ってただろう。心臓がバクバクしてそうなのは、手錠のかすかな揺れから見て取れた。
「この業界は女性であふれているから、女装した方がやりやすいんだ」
俺相手に女装を続けても意味ないと悟ったのか、途中から照平らしい高めの声に戻した。変化を目の当たりにすると、女装・ばくとの声と今の声大差ないな。
「うちも暇じゃないからね」
そう言った照平は偽りとは思えない精巧な巨乳の中から茶封筒を取り出し……
「四か月前に残高不足で引き落としが通って無くてね。コンビニ払いに切り替わったんだけど、それから先月まで全て滞納。これ以上滞納が続くなら、ライフラインの供給ができないから。あと、家賃も納めてね」
コンビニで払うための書類が入った封筒を受け取り……
「ざっと……三十五万だけど、滞納してるから四十万ね」
「よ、四十万⁉」
嘘だろ? 嘘だと言ってくれ? ルミーナとマリアからも、感じたことのない熱量が契約越しに伝わってくる。滞納金の五万に、家賃四か月分の二十万。電気ガス水道が四か月で十五万は行かんだろ⁉ は⁉ 絶対意味わからん項目追加されてるだろ! ていうかそういう話なら先月にしてくれよな⁉ そしたら一括で返済できただろーが!
「仮にフルで働いたとしても、二か月で完済できなくないか?」
「それは知らないけど、払わないと滞納金増えてくからね。とりあえず、分割にするなら毎週五万円以上の振り込みがなければ、ライフライン停止。二週間以上で退居ね」
「きっつ……」
嘘だろ。バイト前向きに検討どころか、必須じゃねえか。学校行ってられるかよ。
「おいちょっと待て、この家は学校を通して借りているはずだ」
「でも人工島を管理してるのはうちなんで」
この野郎……自分の失態とはいえ、ふざけるのも大概にしてくれ……月単位で支払うことで難を逃れていたものが、四か月単位で襲ってくるとそれはもう死。お疲れ様でした。
紙を直接渡すことができたので、それを承認と捉えたのか、ニコッと微笑んだ照平は帰ってくれたが……
「すぅーーーーーっ」
机の上に腕を立て、ゆっくり両手を組み、その上に額を乗せてしまう。
「なぜ、こうなった……」
そもそも四か月前に残高不足が発生しているのが謎ではあるが、お金が減っていかない現実を異常と見做さなかった自分が愚かすぎてもう何も考えたくない。
そんな俺の背中を、マリアはよしよしと撫でてくれる。お前、そんなことしてくれる優しい奴だったんだな……沁みるぜ……
〔この世界生き辛いわね〕
〔こっちの世界は金金金金。どっこも金。もううんざりだ〕
ルミーナも念話で悲しい声色を届けてくる。ホントだよ、俺も転移者狩ったら金欲しいわ。最悪、毒蛇とか人間に害ある動植物ハンターでもいい。実は転移者を拘束してフレームアーマーに身を渡せばお金あげるって結奈から言われた記憶あるが、それは自分の活動に反するのでできない。
もう学校に行く気はゼロなんで、真下に置かれた振込票をただひたすらに見つめる。
「やや君おはよー」
さっき照平が帰ったのでチェーンを外しはしたが……何故か俺ん家に、石塚が勝手に入ってきた。鍵を難なく突破して。
「……なんで、入れたんだ?」
「なんでって、やや君がいつもいないから、定期的にお邪魔してご飯を作り置きしてたんだ! 帰ってきた時は必ず暖かいご飯が待ってるようにね」
七分袖のアホらしいシャツを着た、サボり臭い石塚はニコッと笑っているが……俺が聞きたいのは、そこじゃない。
「お前、どうやって入った」
「合鍵作ったんだ」
(……合鍵?)
今、金銭的に苦しめられているせいで、全然頭が回らないんだが、合鍵ってアレだよな? 鍵をなくした時にその代わりとして使うアレ。そんなもの上の武器庫に仕舞ってるはずだが、何でお前のような愚民が持ってんの?
「貸せ」
「何で?」
「いいから出せ!」
俺がいつも以上にキレてるからか、石塚らしからぬ素直さで直ぐに差し出してくれて……
「勝手に! 合鍵! 作んな!」
「あぁ⁉」
自分でも驚いたな。人間ブチギレてたらこんな小さな鍵でも片手で潰せてしまうらしい。尖っている部分が手に刺さって痛かったが。石塚のリアクションも悲鳴というより衝撃の声に近かった。
「光熱費が高いのは、嫌がらせのように毎日来られ、エアコンをつけたり料理されたからでしょう」
「やや君のために色々やってたんだよ?」
「ふざけるな、しろと言った記憶はない」
何なんコイツ。そろそろ潮時か? 今まで辛うじて縁を切らずにいてくれたことに感謝しろよな。
「いつ作った」
「四か月前ぐらい?」
「へー」
面白れぇ。滞納が始まったタイミングと一緒じゃねえか。異世界に居たか地球に居たかは覚えてないが、使ってもないのに突然、金が底を尽きるわけないもんな。ベランダからやってくる楓ですら不法侵入まではして来ないってんのに一から言わんとわからんのかよこいつは?
〔原因が分かった。石塚だ。全面戦争に出る〕
〔あの人ホント何なの?〕
俺が聞きたい。なんでこんな奴と知り合い、永遠と粘着される運命になってんだよ。どういう風の吹き回しだ。
「おい、これから飯どうすんだよ」
「やっ、やや君……? 目が本気だよぉ……」
「餓死するんだが? 死ねって言ってんのか?」
「そんなつもりはないよ……!」
あるだろ。ないなら人んちの合鍵勝手に作ってまでして不法侵入しねえよ。
「勝手に人んち上がってよぉ、人んちの物勝手につかってよぉ……おめーが死ねよ」
俺だってキレる時はキレる。でもこの件は過去一苛立たしい。
「私生活を荒らし、人の財産を勝手に使い、不法侵入を繰り返し、自由を奪い、自分勝手に指摘し……振り回される日々にもううんざりだ。これ以上受忍できない」
――もう、我慢の限界だ。
「お前とは縁を切る。金輪際関わってくるんじゃねえ。もし関わってくるっつーなら……遠慮なくお前を殺す。日々の素行を振り返って反省しろ」
ざっくばらんに強い言葉を並べて叱咤したところで何の効力も発揮しないのはわかっている。そんなの、あの呆けた顔面見るだけでわかる。でも一から説明してやらないと理解できないバカでもある。はぁ、俺はガキと会話してんのか?
「了解しました!」
やっぱり全然重たく感じ取れなかったんだろう。両手で敬礼してやがる。やっぱり一発殴ってわからせる必要がありそうなんだが。
「ちっとは人道的に真面目なことをしろや馬鹿野郎が」
いつからここまで奇行を犯すようになったかは知らんが、昔はまだ友達でもないのに何故かいつも近くに居る変な奴程度の認識だった。ここまで面倒な人間じゃなかったはずだ。せめて昔の性格に戻してくれ。友達になる気はないが、殺害発言は撤回してやる。
「でもまたしそうなの」
「反省しろッ‼」
やべ、出費が嵩んだ。むかつきすぎて殴って机を真っ二つに折ってしまった。4500円……ッ!
「きーこーえーなーいー!」
そりゃあお前がそんなに大声出したら俺の発言が聞こえないだろう。
「どれだけぶーたれれば気が済むんだよ。もうお前が来れんように玄関前に地雷しかけるぞ?」
「地雷ってなあに?」
聞こえてるじゃねえか。都合の良い奴だな。
「踏んだら死ぬ。以上」
「あらぁー……」
なんで他人事なのか知らんが、もうあいつが消え去るならうちが吹き飛んだっていい。
あぁ……何でこんな奴と知り合ってしまったんだろうな? 人生で一番の恥だ。
とりあえず奴を自宅まで運搬し、マリアは壁だったので……コイツは天井に頭ぶっ刺さって宙ぶらりんにしてやっとこう。一切反省しない奴には制裁を下すまでだ。




