32 解き明かされる真実
あれからの展開はいくつか予想できる。一番考えやすいのは死だが、それ以外はまずルミーナが契約の恩恵を駆使して正確な位置を元に≪レベレント≫で俺を自宅に転送し、位置バレお構いなしで回復系の魔法を撃ちまくったパターン。あとは、結奈や駆け付けた設定の瑠実とかが病院に搬送し、緊急医療を見守っているパターン。帆由も瀕死状態だったので、ルミーナやマリアが反旗を翻したとは考えにくい。
魔法が無い地球で俺の体がどれだけ元通りになるかわからないし、謎現象が起きた右足がどうなるかの予想もできないが、まずはこの世を去っていないことだけを祈ることしかできず……
「失態に私的利用も重ねるか」
「こうしないと気が済まないの。過怠金でも減給でも降格でも停職でも好きにすればいいわ。これ以上私から大切な物を奪わないで」
「いい度胸だ。誰から影響を受けたというのか」
「うるさいわね。早くどこかに行きなさいよ」
鼻で笑った拓海が部屋を去っていったのを感じ取ってからゆっくりと目を開けていく。
「……やっと目を覚ましたわね」
目の前に広がるのは、謎の空間。フレームアーマー状態の結奈がいて、閉鎖空間であることから、ここがWB社の施設内であることはわかる。どうやら……生きてたようだな。でも、ルミーナ・マリアと結んでいた眷属契約は切れている。
「九月三日の夕方よ。自然治癒力高いわね、一週間以上かかると思ってたわ」
何らかの電子機器を操作している結奈に喋りかけたいが、喋ることができない。まだ言語野が治っていないからではなく、液体の中に閉じ込められているからだ。
今入れられているのは、usp‐iカプセル。WB社が持つ所謂治癒装置。心臓さえ残っていれば期間はともあれ元の姿に何でも完全復活させることができるバケモンだ。大体の人が一度致命傷を負ってこれにぶち込まれても、復活後に芽生えたトラウマから死んだ方がマシだった言うレベル。フレームシリーズ含む人間以外にも動物やアンドロイドすらも治せる、実は一番ヤバい機械じゃないかと危険視されている代物でもある。
青みがかった液体で満ちた円柱状の水槽の中になぜか浮かびきるわけでも、沈みきるわけでもなく、ベッドで寝ている姿をそのまま縦向きにしたような態勢になっていて、この中では呼吸という概念が存在していない。人間本来水に浸かって呼吸できなければ死んでしまうが、この中では呼吸しなくても生きていられる。まさかこれを我が身で体験することになるとはな……想定していなかった、WB社に拉致られusp‐iカプセルにぶち込まれるというパターンだった。
この業界は特許を取りたがらない。そもそも他が真似できるような内容じゃないので、態々特許を取る必要が無い。何なら特許を取ると技術を公開することにもなるので、粗悪品が市場に出回らないように秘匿する。だが国家機密に該当すると特許云々の話ではなくなる――usp‐iカプセルは医療業界に普及どころか、存在がWB社の中でも関係者にしか浸透していない国家機密に該当していて、現在世界にたったの5機しか存在していない。過去にそう聞いたので、つまりこの部屋はusp‐iカプセル部屋なんだろうが、他の四機を見渡しても、帆由らしき人物は見当たらない。自損と銃創だけなので、もっと早く回復したんだろうか。そんなことよりも……他四機に入った、全裸の女性を直視する羽目になったのは頂けないな。ほとんど女しかいない施設だからか、男の俺はパンツ一丁で入れられているが、意識が無い女の裸体を盗み見る羽目になってしまった。
「……医療行為だからセクハラで訴えたりはしないわよ」
俺の感情を読み取ったのか、ため息交じりにそう返してくるが……結奈がよくても当人らがいいかは話が違うだろう。それに事の流れで俺の裸体を見た自分を擁護しているようにも聞こえなくもない。少なくとも今生きていられるのは結奈のお陰だと思うので、余計な発言はしないでおくが。
みたところ一人は重傷だったが、他三人は別の用途で入っているように見えたが……俺が目を覚ましたからか、液体が徐々に抜かれていく。そして、ガラスが自動ドアのように開いた。
図らずも二つ目の恩を作ってしまう形になった結奈に、
「……魔改造してないだろうな?」
「助けてあげたんだから信頼しなさいよ」
それもそうだな。拓海とのやり取りからして、自分の経歴を汚してまで回復してくれたようだし。
全身を見渡して手首や足首を回してみたりするが、後遺症はなく交戦前の状態に完治している。縫った後もないので、物理的な治療は一切施さず、魔法の治癒現象と酷似する未知の技術で全て賄われている。魔法で元に戻る体験は慣れていたはずなのに、素直に受け入れられない感情がある。
「……ホントにごめん。アンタの監視役なのに、注意を怠ってこんなことにしてしまって……」
たったそれだけでここまでしてくれるとは思えんので、何か裏がありそうだが……
「私、監視役から外されるかもしれないわね」
「勝手に恩を作っといてそんなこと言うかよ?」
「恩とか関係ないでしょ! あのままだと死ぬわよ⁉ 萩耶が悪かったら見逃してたかもしんないけど、あたしの不注意とWB社員の不覚よ! 萩耶まで勘違いしないでよね⁉」
ならそんな奴フレームユニットに採用するなよって話なんだが、この手の業界はとち狂った奴ほど巨大な存在になる。俺が言えたことじゃないが、私利私欲で監視対象を全快させてまで執念深く任務を全うする人なら、そう易々とクビにはならんだろう。
悲しい感情と怒りの感情が入り混じった忙しい結奈は、勝手にピカピカにされてる戦闘服を手渡してくる。
「アンタ普段こんなもの着てるのね。手数が多いわけだわ」
「良かったな、お前らはスタイリッシュで」
手の内がバレたところで結奈相手ならなんてことはない。元をたどれば、WB社員でもある結乃が作ってるからな。
なんて結乃を脳内で思い描いた瞬間――
「ちょうどいいところに居るではないか。一機空きができたからこれを機に裸体を見せてくれたまえ」
「なんでコイツがいんだよッ!」
この状況下で、一番会いたくない奴が現れやがった。恩2の比重的に、被検体は妥当……ッ!
「ゆのはWB社にも自宅兼工房があるから」
「俺は帰る! ありがとな結奈!」
「別にアンタのためにしたんじゃないんだから! 監視役だからよ!」
「わかってるわかってる」
速攻で着替えるのは得意なので、戦闘服を身に纏ってこの部屋を立ち去ろうとするが……開かねえじゃねえか。なんで施設内なのに認証キーが必要なんだよ。この施設は重要だから中に入る分に鍵が必要ならわかるが、中から鍵ってどうなってんだよ。
蹴り壊して立ち去るにもWB社内を散策したことが無いので、すぐに帰れる保証はない。なんなら、ここがWB社のどの拠点なのかも知らん。
「お?」
開かない扉の前に突っ立っていてもしょうがないので、カプセル前で操作している結乃から盗める情報がないかと戻ろうとした瞬間、扉が開いて人が入ってきた。
ジャジャーンという音に続き「我参上!」と言った直後にも拍手音とフッフ~を鳴らす、やたら効果音操作に忙しそうな身長146センチで体の起伏にも乏しい女性は、迷い込んだ学生感がある。多分結乃と同じく自室や作業場がWB社内にもあるんだろう――働いている人間とは思えないぶかぶかなTシャツ一枚だけを着ているみたいだが、んだよそのクソダサプリント。俺ですらダサいと思うのは大概だろ。
「乃愛か」
乃愛という少女を一瞥した結乃は、すぐさま作業に戻っている。
「相川乃愛よ。フレームシリーズのデザイン担当と言ったところね」
結奈が俺の為に説明してくれる。コイツがフレームシリーズのデザインの生みの親なのか。そういうことならとにかく絵が上手そうなのに、Tシャツのデザインが才能と見合ってなさすぎるだろ。
「せっかくだ。フレームアーマーの形成手順でも視察して行ってくれたまえ」
「合法的な人体解剖ですねドヤア!」
乃愛は三人から目ぼしい反応が貰えなかったからか、自分の声らしきオゥ……という効果音を鳴らし、恥ずかしさを紛らわすためか超特急でタブレットに描いた上手すぎる美少女絵を自分の顔代りにあてがっている。いやー地球上にもこんなに個性強すぎる人いたんだな。滅茶苦茶アニメ声だし違和感で胃もたれしそう。
「それ俺が見ていいのか?」
「別にアンタ監視対象ではあるけど敵じゃないし」
へぇ、これは流石に見て帰らざるを得ない。フレームアーマーの形成に何か対抗できる糸口はあるとは思えないが、どういう原理で成り立っているのかが分かればフレームユニット戦にも活かせるだろう。
どうやらカプセル内に眠った女性三人は、フレームアーマーの採用試験に合格したか何かが理由で、フレームアーマーを我が物にするところだったらしく……まず、usp‐iカプセルとは、大本――というか表面は、人間にフレームアーマーを装着させる機械であることが判明した。
全裸の状態でusp‐iカプセルに入り、数日かけて体のありとあらゆる情報をスキャンする。ここで身体能力や適性などを見極めるらしい。三人ともスキャンは既に終わっているので、俺も浸けられていた青色の液体が抜かれていくと同時に、上から全身に纏わせるように粘着性の液体が被せられていく。フレームアーマーは、前提として体にみっちりフィットした特殊な全身黒タイツみたいな下地に、剣を持つなりハンマーを持つなり、背中とかに大砲とか銃口とか、得意分野の武器を乗っけて、身体能力が莫大に増加し、空が飛べる物。その基本形にもテンプレートが数十種類あるらしく、使用者は見習いだろうがその中から選ぶ権利がある。つまり、武器や容姿なら量産機でも自分好みに設計することが可能とのこと。拓海のように余程他と見た目が異なっていない限り、量産型である可能性が高いのは新事実だ。
乃愛は猫耳の外枠だけがあるような見た目のカチューシャをつけているのはいいんだが、サイドテールが結乃の顔面にぶつかっているのに気づいていない様子。目つき悪いなとは思っていたが、あれはメガネかコンタクトを忘れてなっていただけっぽい。その状態は日常茶飯事なのか、特に指摘されることもなく……乃愛は、フレームアーマーのデザインを設計していく。
事前に本人からなりたい予想図をいくつか貰っているので、そこから適正にあった物のタイプに仕上げていく。見習いはまだ気分が学生の人も多く、バストやらヒップやらを盛れと要望されることもあるとか。そんな私利私欲まみれの付加価値はガン無視され、乃愛の独断で決定しているというより、機械側が最適解を割り出しているものの最終決定を下しているように見受けられた。多分乃愛の負担を減らすために搭載されている機能なんだろう。液体を被った人体の変化はよくわからないが、弄っているパネル上に想定図が映っていて、素人にも伝わりやすい設計だ。
デフォルトの全身タイツの上から関節部のみ装甲が加わったような剣使い、水着のような見た目で大剣を持つ人、機械的な外装多めで弓のような武器を持つ人の三人の造形が完成し、次第に液体が人体に吸着するように減っていき……ミリ単位にまで薄く密着を通り越して加圧するレベルで伸びたかと思えば、当人らがカプセル内に足を付き、目を開いた。そして扉も順次開いていく。最近反対派閥の影響か、資源の調達難によるフレームシリーズの生産が滞っていると聞いていたが、全くそのようには見えなかったな。
仕事は終わったと言わんばかりに、乃愛はこの部屋から「ボタンを押すと人格が誕生するのですねドヤァ!」と謎理論を言いつつ謎の効果音と共に離れていった。結奈も結乃もツッコまない辺り、ああいう人って認識でいるんだろうな。所見には一日で飲み込めない。
「家も兼ねてる工房は大田区にあるわ。こういう形成の時以外は基本的に自宅が作業場で、依頼が来たらこなしてるの。なんかデザインしてほしいものあったら会いに行くといいわ」
「面倒な奴が出社してこないように絡ませようとしてないか……?」
「人聞き悪いわね」
否定しない辺り、確信犯だろ。
そんなこと言いつつも結奈はバイザー越しの書類に目を通しているのか、変なところを見つめながら三人に機体番号を振り始めた。アイツも何だかんだ上級職みたいなこともやってんだな。
「……それで改めて申し出るが、男性用フレームアーマー制作のために、被検体になってくれたまえ」
ここぞと言わんばかりに要求してきやがったな。こっちからは見せるもん見せてんだからお前からも何か寄越せってんのか? やり方が汚すぎる。
「人体の構造の理解とか、女性用との互換性や適合率、相違点などを見たいのだよ」
「研究熱心なのは良いことだが……二つ返事で了承するとでも思ったか?」
WB社員に取り押さえられたり、結乃は脅してくるような態度じゃないので、あくまで正当な取引の元実施したいことは伝わってくるが、俺にもやりたくないことはある。誰が好き好んで異性に裸体を詳細に調査されるんだよ。
「あまり言いたくないのだが……取引を一年間は無償化する。状況によっては、未来永劫でも良いのだよ」
何を……言いやがる。結乃の表情からは、これだったら絶対に断れないだろうという意地汚い表情は伺えないので、単なる対等な条件として提示してきただけなんだろうが……収入源がゼロ近く、自力で武装を設計・生産できない俺にとっては、とても魅力的すぎる。たかが体の調査だろ? もしこれで男性機が登場したら、対異世界人業界に男性の介入余地が爆増し、敵となりうる存在が急増してしまうが……断れない。体を調査されるデメリットよりも、金銭的負担がなくなるメリットの方がでかすぎる。
「ずるいぞ……」
泣く泣く了承するしかない。
「おい結奈」
「何よ」
「フレームアーマー作り終わったんなら別室に移動してくれ」
「はぁ? ……わかったわよ」
結奈は結乃から輝かしい生気に満ちた表情に気圧され、新人フレームアーマーちゃん三人を連れて部屋を出ていこうとするが、
「usp‐iカプセルを私的利用とは。懲戒処分も辞さない覚悟のようだね?」
これは一社員としての発言だからか、今までの雰囲気とは打って変わって上の立場にしか出せない語気が伝わってくる。
「これ以上大切な人を失いたくないの」
背中越しに意味深な言葉を残し、この部屋から退室した。
「ふむ……自分としても彼の存在は非常に興味深い。今回の件は自分が免じておこう」
肝心な最後の部分が結奈に届いてない気がするが、WB社の内部に首を突っ込むと立ち位置が怪しくなってくるので、二人の会話は聞き流して戦闘服を脱ぎ、パンツすらも脱ぎ……また、カプセルの中に戻ってやる。そしたら食い気味に扉が閉められた。怖いって。
はぁ……俺、生きて帰れんの? 精神的ダメージで世界外逃亡してしまうかもしれない。
結局あの後、何が起きたのか俺にもわからない。入ったらすぐに青い液体で満ち、解放されるまで意識が飛んでいたからな。とりあえず、二日間に亘って拘束されてたみたいだが、カプセルから出たときの結乃の表情はあまりぱっとしてなかった。いくら体を電子的に読み取っても、フレームアーマーとの適合性が皆無だったんだろう。この調子なら、次は直接触らせろって言うんだろ? それは無理だな。せめて収穫無しでも取引永年無償化が条件だ。それなら少しは考えてやる。
「萩耶見ない間に痩せたわね。何があったの?」
「男性としての尊厳を失っていた」
「……どういうこと?」
「俺にもわからん。無事ではある」
痩せたのは単に数日間生命活動があったのにも関わらず何も飲めず食えず、死ぬこともできなかったからだろう。痩せたというより、干からびたの方が個人的にはしっくりくる。
今、俺とルミーナとマリアは、世にも珍しく浴衣姿で歩いている。なんでこうなったか振り返るといつもの調子過ぎてもう呆れもしないが……
ルミーナが今日は退治に行くとのことで、二人プラス尾行の石塚を無視して学校に登校していたところ、
「おにいちゃん……週末の花火、一緒に見に行こ?」
角を曲がった先に、戸賀兄妹と出くわした。
「君はお友達と行くべきだ。僕は嫁と家から眺める」
話している内容は、いつもの戸賀兄妹らしい、熱量の差が際立つやり取りだ。他人が居なければあり得ないぐらい恋人として接している日那多だが、他人が現れればたちまち機嫌が悪くなると定評があるので、近づこうにも近づけない。何より、禎樹も逃げるチャンスが生まれたと認識して活き活きし出す始末だからな。
「なら私も一緒に眺めるね」
「ちょーっと待ったぁー! そこから先は僕が許した人しか立ち入り禁止!」
禎樹の自室こと宝庫には、温湿度まで徹底した清潔な空間にグッズを奉納しているらしい。痛めつける行為は女の子に痛い思いをさせることと同義とまで言うので、話は聞いても実際に足を踏み入れたことがある人はこの世に存在しないだろう。その愛情を実在する人間に向けられないものかいささか疑問である。
「兄妹に破れない壁はありませーん」
「なんだってーっ!」
より一層きつく腕に抱きついた日那多がマーキングするかのように体をゴシゴシ擦り付け、付属中に向かって行ったんだが……俺とルミーナがその様子を盗み見ていたら、必然的に石塚も盗み見てた訳で。
今ここに合流したような雰囲気の石塚が姿を現し、
「平和っていいね~」
「お前が気楽に平和を語るな」
「今度はさ、人が少ないところで祭りがあるから、そこに行ってみない?」
そして今に至る。当初は行く気が無かったが、今はやけに金があるせいで少し遠い場所でも三人分の電車賃が出せてしまうからな。屋台飯も高くてもコンビニに妥協する必要がない。人工島の祭りは中途半端に終わったし、偶々仕事が休みだった楓も来るみたいで、もう行かない選択肢はなくなったわけだ。これはどうでもいいが、石塚ごときが奇跡的に外出が許可された日が花火大会の日とかぶってたらしい。
「今年何回遊びに行きゃ気が済むんだよ」
「来年は就活で忙しいからじゃない?」
「確かに退治の底辺は忙しいかもな。それでかー?」
単なる祭事愛好家なのかと思っていたが、Dランクでデブともなれば死に物狂いで一般企業への就活に勤しむか。アイツのことだし、二週目を始めるとは考えにくい。
田舎で行われる小さな祭りということで、神社に続く長い道のりに屋台が連なっているだけと言ってしまえばそうだ。道をそれれば田んぼか山で、民家は全然ない。虫の声が人の声に負けないぐらい主張してきて、夜空の星々も気持ち悪いぐらいに鮮明だ。人混みも気にならない程度で、俺達みたいな遠くから来た人の割合は全体の二割程度と言ったところか。安すぎる値段設定にガキ共は無料でもらっている姿を見るに、地域のおっちゃんらが地域のがきんちょのために古くからやってる印象を受ける。まあよくもこんな穴場祭りを見つけたもんだな。余程兄と知り合いと遭遇しないお祭り会場でイチャコラしたかったんだろう。今日だけは姿が見えたら離れてやるか。禎樹には申し訳ないが、日那多とは適切な距離感を保たないといつナイフを向けられるかわかったもんじゃない。
用事がある楓と、一緒に行動したくなかった石塚とは現地集合なので、三人で屋台をぶらぶら見て回る。ルミーナとマリアには殆ど全てが見たことないものだろうが、それらを買ったり遊んだりするのはみんなと合流するまでお預けだ。
「EoDから遠く離れると、こんなにも転移者の会話がないのね」
そこまで大きな祭りじゃないので、十分程度で端から端まで屋台のラインナップを見れてしまったので、入口の方向に戻りつつルミーナが感じたことを呟く。
「転移現象が周知の事実だとしても、日常的に話してる奴は人工島外にはいないだろうよ」
それこそ空想上の物語に登場する人物と似ている部分が多くて凄いとか、薄っぺらい内容の会話ぐらいならしてるだろうが、あくまで趣味嗜好の話に留まるだろう。専門用語を専門外の人間が常用してないように、その道の人間がEoD近辺で全件取り締まってくれているので、一般人はニュースにならない限り気に掛ける必要がない。
「私たちも人工島外で暮らせば魔法も使い放題なんじゃない?」
「それはそうだが、本末転倒だな」
分かってて言ったのか、ルミーナは笑っている。
Wアラームや転移者を監視する仕組みの類は、EoD近辺にしか設置されていない。普及させる金がないというより、設置する必要が無いから。ここなら例え防犯カメラに転移者が映っても、自動的に全国民情報と照合されることもないだろう。
「もし今後の活動が上手くいかなかったら、地球では人工島外に隠居ね」
「頼むからそういうのはなった時に考えさせてくれ……」
敗北時の立ち回りを考えて行動すると、かえって上手く立ち回れないことが先日のフレームユニット戦で知ることができた。それを掘り返すにしても、悪意があるってもんだ。
実際のところ、多分そうなったらWアラームや動く障害物などが全国流通しだすので、最悪新谷家隠居か、大事を取るならいっそのこと地球とはバイバイだ。
身もふたもない話をしながら戻っていると……
「やーやーくぅーん!」
思いっきりジャンプして背後から抱きつかれた。
「な、なんだよ……」
「ややくん! 祭りだよ! やったぁ!」
後ろから走り寄ってくる人が居るなとは思っていたが、まさか石塚とはな。やけに走る速度が速いし、やけにジャンプ能力があるし、やけに軽すぎる……って、別人じゃねえか。ざけんな。
「やめろ気色悪い……」
「えーひどーい。この再現度褒めようよー」
「悪用はダメだろ」
可愛く魔改造が施された新手の浴衣を着た楓を背中から降ろす。ホントコイツは天性の声。神が新谷家に技と物を与えたように、しれっと楓にも声を与えたと言われても納得できる。
「本物とは会ってないの?」
「会ってないね。迷子なんじゃない?」
「普通に電車乗る方向間違えてそうだよな」
何なら写真を撮ると必ずブレるほどの運動音痴だと、最寄駅からここまでの道のりでくたばった可能性すらある。
約束した以上今日一日会わずに終われないので、とりあえず顔出すだけ出したいところだが……
「イチゴブルーハワイメロン抹茶レモン味で!」
居たよ。俺達に会うより先に腹を満たそうとしてやがった。お前を待つためにこっちはまだ何も買ってないんだが?
フランクフルト片手におっちゃんに千円渡して「はいよー。お嬢ちゃん、チャレンジャーやなぁ!」とか言われつつ、全部混ぜで下品な色合いになったほぼ液体のかき氷を受け取ってる。バカすぎ。
「腹壊すぞ」
絶対マズいかき氷を美味そうに食う石塚は、もはや糖分を合法的に飲みたいだけだろ。信じられない食いっぷりに楓とルミーナが全く同じドン引き顔になってる。多分楓は寄せてるが。
「やや君せっかくの祭りだよ⁉ 楽しまなくちゃ!」
それはそうだ。こんな祭りに来れる機会はめったにない。というか、転移者騒動が無く金銭的余裕があるなんて、これが最初で最後だろう。
「それ、2個もいらんだろ」
首からハンディファンを2個もぶら下げているが、片手は常に何か食べ物を持っている。手ぶら時に一つは使うとしても、片手は同じく首からぶら下げているスマホを持っているだろう。使ってもいないのに二つとも起動している状態は、長年金欠だった人から見るとツッコみたくてたまらない。
「だって2個買ったら送料無料になったんだもんっ!」
「上手いことやられてるわ……」
よく考えろよ。それ無駄に1個余分に交わされた挙句、普通に送料支払うより何倍もの出費が嵩んでいる奴だ。しかもハンディファンとか基本1個で事足りる代物。アホらしい反面羨ましいわ。
「ポテト1つ!」
ハンディファンのことなんか気にも留めず、続けざまに隣の屋台で買ったポテトを大食い選手権かの如く秒で平らげた石塚は、俺達のことなんか何も気にしない様子で全食い物制覇しようとしている。それならてめー一人で来いよな。てっきり連れまわされるのかと思っていた。
「ほっといて良いってことよね」
「自業自得だろ」
自由奔放な子を持つ保護者の気分を味わう必要はない。想像しない形だったが、石塚抜きで祭りを回れるならそれに越したことはない。
「えー、なら今日はボクがしゅうやん独り占め~?」
「誰相手にあざとくなってんだよ。残念だが、ルミーナとマリアも一緒だ」
祭りってもんは誰でもテンションが上がるもんで、楓もいつにも増して楽しそうだ。偶には数年前みたいに二人で遊んでやりたいが、今回は祭り初見の二人も突き合わせてほしい。
「祭り初めてだよね? 人工島のは潰れちゃったし」
「写真と文字でしか知らないわ」
「よーし! ボク達先駆者が祭りの楽しみ方を伝授してあげるよ!」
「先駆者て」
地球人というわけにはいかないので言葉を変えたんだろうが、それ合ってるか?
マリアは皆と行ければどこでもいい的な雰囲気で歩みださないので、ルミーナが気になる屋台に向かい始めたのをきっかけに、色んな屋台を回る。
タコ焼きや焼きそばといった定番メニューは見慣れているからか全スルーし、食ったのはたこせんと箸巻き。りんご飴もシェアして食った。
適当に仮面を買ったり、ヨーヨー釣りは誰も取れなくて慈悲で一つもらったり、一発勝負のくじ引きでは皆ティッシュとかペンとかしょうもない景品をもらったり……何だかんだ俺も初めて屋台で遊んだが、やってみると結構面白い。射的に関しても実銃と感覚が違う……というかほぼ運要素しかないゲームだったので、キレることもなく純粋に楽しめたな。
楓とマリアが型抜きをしている傍ら、現在時刻を確認するためにスマホを開くと……
「んだこれ」
石塚から怪文書が送られて来ていた。誤字だらけで内容が伝わりづらいが、俺達の姿が無くて滅茶苦茶焦ってるんだろう。安心しろ、祭り会場内には居るぞ。返信はしないが。
花火は八時から上がるので、時間的にはまだ十分ぐらい余裕がある。『先程からよく目が合いますね』と書かれたチャットと睨めっこする。
「お互い近づいていいのかわからなくて気まずい奴でしょ」
「だなー」
どうやら陽菜も友達とこの祭りに来ていたみたいで、さっきからすれ違う度に俺と陽菜だけ目が合いまくる。お互いの友達が気づいていないので、接近しようにも接近できない。今俺のスマホを覗き込んだルミーナは気づいたことになるが、二つの友達の輪が合体すると、性格の問題で浮く人は必ず現れるから、俺達の輪は良くても陽菜の輪が把握できない以上会おうにも気が向かない。
陽菜には『今回はごめんな。来年でも予定が合えば祭り行こうぜ』と返しておき、無事完成させたらしい楓がぴょんぴょん跳ねて喜んでるところに合流する。
「なんだこれ。精密機械か?」
「お手本あって分かりやすかったー」
楓のも十分曲線が美しいが、マリアのは説明書掲載級。型抜き選手権があれば一位の質だ。そんな才能あったのかよ。
「もうすぐ花火が上るらしいぞ。どこかいい場所探そうぜ」
人が多くなければ沢山上がるわけでもないので、五分もすれば終わるだろう。でもせっかく祭りに来ているので、良い場所で見れるなら見て帰りたい。
一本道を何往復もしているのである程度の目星はついている。その方向に進んでいると……
「あっ!」
楓が、転んだ。え。絶対わざと。慣れない下駄を履いてるからとかじゃなく。おもろコイツ。
何が目的かわからんが、楓は悪だくみするような奴じゃない。単純に祭りでよくある(?)展開をやってみたかったんだろう。
「背中乗れ」
案外足が腫れていたので、しゃがんで背中を貸そうとするが、
「……え?」
「えじゃねーよ。それともそのまま歩くか? いいならいくぞ」
楓の演劇が始まったと言わんばかりにニコニコのルミーナはマリアと先に進みだした中、ようやく楓が背中に乗ってくる。相変わらずすんげー軽いな。
「むーっ……子供みたい」
「絆創膏貼るまで辛抱しろ」
そんなもん持ち合わせてねえけどな。
「重くない?」
「SVDより軽い」
「なにそれー」
「4キロの銃だ」
さっきくじ引きの景品でSVDのモデルガンを見たせいで伝わりくい例えをしてしまう。
「にひひ」
「どした急に」
「なんでもなーい」
「そか」
何でもがありすぎるだろ。今にひひと最上級の笑顔を見せてるのは、焼きそば食いながら俺達を探す石塚に向けたものだろ。俺と楓の存在を見つけた瞬間慌ててこっちに来ようとしてむせてやがる。
〔おんぶの目的これかよ〕
〔萩耶の悪趣味うつったんじゃない?〕
〔悪趣味言うな自己防衛だ〕
確かに石塚に対する当たりの強さには自覚があれば自信もあるが、あくまで友達を演じ続ける楓が仕掛ける内容はより腹黒さを感じる。無意識で大打撃を与えようとしてるのが本格派すぎて素直に尊敬する。
「足はどうでもいいんだけどー」
腫れてるのにどうでもいいとは思えんので一応は背負い続ける。
「一か月会えなかったからしゅうやんロスだよー」
「なんだそれ」
雰囲気がそうさせてるのか、これもネタなのか。判断付かない、と言いたいところだが……流石に付き合いが長いとわかる。これは、ガチの奴だ。
「去年とか、殆どいなかったろ」
「あれは仕方ないよ。会おうとしても会えないんだし」
そう言われたら返す言葉が見つからないが……
「でも最近は、会える距離感なのに会えてなかったじゃん? しゅうやんの日常も充実したなーって」
「あー……」
言われてみりゃ、確かにそうか。別に家が好きだったとかじゃなく、単純に金欠で公園ぐらいにしか行かなかっただけだが、今まで楓に誘われなければどこか出かけることはなかった。でも最近は、耀傷に通ったことで人工島外の友達が増え、何かと金も増えてしまった。出費が激しくて断ってた愼平や禎樹とも、珍しくよく遊んでる気がする。
あの時の友達厳選匂わせが妙に蘇ってくる中、
〔私たち石塚と花火見るから、二人で見るといいわ〕
〔いいのか? あんな奴の相手で〕
〔萩耶にとっても、楓はかけがえのない存在でしょ?〕
ルミーナが妙に気を利かせてくれたが……そういうやつなのか? 楓は落ち込まない人間だぞ?
耀傷に通っている間、楓は常に本業に勤しんでいたと聞いている。好きでやっているとはいえ、息抜き無しでずっとやってれば疲労は溜まる。人間の定めと言ったらそこまでだが、俺がガソリンスタンドだとすれば、燃料切れになっていても可笑しくはない。チャットで頻繁に話していても、実際に会うのは給油してられる余裕がないぐらい短い時間だった。
神社に続く階段の途中にベンチがあったので、そこに楓をおろし、隣に座る。
「嫉妬か?」
「うーん、そうかも?」
最近頭が良くなったのか、昔は出てこなかった言葉もすんなり出てきたが、楓は足をぶらぶらさせたまま肯定はしたもののしっくり来てない様子。
「でも仲間外れーって感じでもないんだよねー」
どこかに滞在していることや、他の誰かと遊ぶ回数が増えたとはいえ、元から月2程度の楓と遊ぶ頻度が減った訳ではなければ、除け者にしている訳でもない。
「るみまりのことも悪くは思わないんだよねー」
楓目線知らん異世界人女二人と同居してるバケモンになるわけだが、俺が耀傷で不在の時に嫌がらせをしたりすることはなかった。寧ろ二人が安心して暮らせるように金銭的援助もしてくれてたレベルだ。ルミーナから楓は良い人過ぎて怖いって念話が飛んできた程に。
「住む惑星が違うから特別視してんじゃね? 仮に地球上の知らん女と同居してたら嫌だろ」
「そうかもー。でも、それもしゅうやんの選択じゃん?」
「なるほどなぁ」
難しいな。明るい人が持つ悩みって原因がはっきりしてる暗い人が持つ悩みより理解しがたいな。
「しゅうやんが居る時は拝めるのがボクの日課なんだー」
空に手を伸ばし、ニコッと首を傾げてこっちを見てきた楓の笑顔は……とても美しい。これがお手本と言われても誰も再現できないほどに、輝いて見える。そりゃテッペン取るよ、この笑顔出来たら。
「俺は神か何かか? なんの恩恵もないぞ」
「んーん。元気出るよ?」
「へぇ」
本人は鏡見ても元気でないんすよ。髪の毛切りてーとか、体細せーとかしか思わない。でも楓を見れば元気が出る。楽しくなる。嬉しくなる。――一緒に居て楽しい相手の顔を見れば、自然と元気が湧いてくるってことだろうか。身近が両極端すぎるせいで、言わんとしてることがすぐにわかる。
「あ。花火だ! しょぼーっ!」
「こんぐらいが丁度いいだろ」
手持ち花火の延長線上って感じだが、この人の量や祭りの規模に見合った花火だ。今の心情的にはこのぐらい優しい花火の方が、結構沁みる。
〔私も考えたんだけど、貢げなくなったからじゃない?〕
二人でぼーっと花火を見てたら、ルミーナから念話が来る。
〔は……? 何言ってんだ?〕
発言の真意は契約の恩恵で直ぐに伝わってくるもんで……
俺の生活に余裕が出て、最終防衛ライン的な立ち位置で日々生活を保護してくれていた楓が、それをする必要が無くなったことで我が子が巣立ったような、どこか心の寂しさが生まれたんだろう。でも一人でやってけるお金を入手したことにもなるので、嬉しさもある。それが故にこのような複雑な感情を作り上げてしまった。要は、いきなりほぼ不当に金銭を入手して前触れもなく突如保護下から離れた訳で……
〔金欠になれってか?〕
言い方が悪かったが、順当に、そして正当に得た金じゃないから違和感が生じてるんだろう。しゅうやんがしゅうやんじゃなくなった、と。着実に稼いだ金ならそれなりに立ち振る舞いもゆっくり変化していく。生活水準に変化はなくとも、突然変異的に乞食が行われなくなったら、そりゃ変な風に思われても仕方ない。
〔それだと自分が過去に命を救ってもらった恩返しとして餌与えてるのも辻褄が合うわ〕
〔餌……だと?〕
悪意はないにせよ、言っていいことと悪いことがある。
〔ルミーナお前、それ以上楓のこと悪く言うと流石にキレるぞ?〕
〔別に楓のことは悪く言ってないわよ? それにもう意思がキレてるじゃない。思い出コントロールが上手くできてないわよ〕
いや、それは意図的です。楓がどれだけ素晴らしい奴か教えるために意識して思い出を全力開放している。
〔さてと、最後に買いたいものはあるか? 明日から貧乏だぞ〕
〔特にないわね。飲み物欲しいけど、出せるし〕
今思えばそれせこいよな。飯食わなくても生きていける種族もいるせいで、三人で暮らすことになってもあまり出費が増えてないのは異世界の概念の影響だったか。
〔普段の生活から発生することがないありえない金額分、全部結乃に返金しておくわ〕
今の時代は凄いもんで、スマホから口座残高を見ることができれば、キャッシュレスに引き落としたりどこかに送金することもできる。流石に祭り会場では全て現金だったが、人工島は物理的な金の存在がないからな。
使わなかった分は返せと言われてないが、ケチって儲けようとした悪知恵でもあるので、一言コメントには『そういえば耀傷生活で余った分返してなかったわ、すまねえ』と添えておく。別に受け取っていいと言われるかもしれないが、こっちで受け取り拒否設定をしておけば問題なし。最終日にもらった十万円は一言コメントに『報酬』と漢字二文字が書かれていた記憶があるんで、それ以外で入手した金は全部返したことになる。送金の最終確認画面に表示されていた金額を見たが、帯封届くのは普通にヤバいな。改めて数字と対面してやりすぎてるのが分かった。
仮想上の百万という数字を見るだけでも震え上がる悲しき金欠マンは、スマホを触ってた流れで花火の写真を撮った。お下がりとはいえ、かなり新しい機種なので写真写りが良すぎる。素人目には一眼レフと差が分からんな。
「しゅうやんさっきから誰かと話してる?」
スマホはそう長く触ってないが、それまでずっと無言だったことに違和感があるっぽい。
「ルミーナと話してた。向こうも平和に見れてるっぽいぞ」
隠すことでもないんで、スマホを持っていないルミーナと話してたことを率直に伝える。
「すご! そんなことできるの⁉ ボクも混ぜてよ! やってみたい!」
魔法技術かどうかはわからないとしても、花火より興味を持った楓はベンチの上に正座してキラキラした瞳を向けてきた。
「地球に異世界人を居させることになるからできるようにしてるんだよ。あんまり安売りするもんじゃない気がする」
回りに一般人が数人いるが、人工島外で転移者関連ワード言ってもゲームかアニメの話と解釈される。逆に隠す必要がなかったりする。そもそも花火が上ってる中で知らん誰かの会話に聞き耳立ててる奴ほどいないもんだ。
「そっかー。やっちゃったらボクも異世界にどっぷりになっちゃうもんね」
ちゃんとそこは一線を超えないように棲み分けをしているようだが、そんな楓を今度異世界に連れてってやろうと目論んでるので何か申し訳なくなる。
現在地球人と異世界人、はたまた人間と亜人間だからこそ契約の枠組みを超えて情報共有として使用している。一時的に楓とも契約を交わし、四人接続状態にしてもいいが、異世界の認識をそのまま地球で適応するなら、同種族の俺と楓が夫婦になっちまうので、おいそれとやっていいかもわからない。まず、魔法概念がない地球人同士では契約が発生しなければ、成立しないだろうな。
「……花火、終わったな」
「儚いねー」
考え事ばかりしてたせいでほぼ背景と化してたが、多分打ち上げ時間は十分もなかった。人工島の奴を見た後だと、何もかもが小規模すぎて認識の差異であたりを見渡してしまう。人の流れ的に、トラブルで止まったとかじゃなく、それぞれ感想と共に帰路についているので、おしまいで間違いないだろう。
「やや君だー! ここで見てたんだ!」
「上は見晴らし良かったけど、人も多かったわ」
ずっとたちっぱで疲れたのか、俺の横に数センチしかなかったスペースに強引に座ってくるので、立ち上がって譲ってやり……
「帰るか、遠いし」
体重を預けていたのか、ベンチに体を叩きつける羽目になったみっともない石塚は、
「人工島戻ったら花火の続きしようよ!」
ちょっと物足りなかったと感じたのはみんな一緒だったようで、魅力的な提案をしてくるが……バカ言うな。そんなもん買える金ねえよ。
「どーあがいても日ぃ跨ぐだろ。明日月曜だぞ、寝ろ。てか寝る」
これから電車に揺られ、連絡橋の都合上どうせ寝落ちしたクソ野郎の介護を任され、重りを背負わされたままアパートに戻るのがオチだ。今ハッピーな気持ちで居られているので、追加のバッドイベントにバッドイベントを重ねる必要はない。
俺の発言がどこか昔の調子――あまり乗り気じゃなく、どこか節約しているような姿が垣間見える冷酷さ――を取り戻したように見えたのか、楓は少し目を見開いていたな。ルミーナから言われないと気付けなかったが。
案の定電車の中で爆睡をかまし、人工島まで介抱する羽目になった。手続きを済ませて人工島に入ってしまえばあとは楽。これ以降石塚を構う必要性は皆無なんで、誰も助けてやることなく連絡橋前のベンチに放置された。
「さて、久しぶりに始まりましたこの金欠生活ですが、どのようにお考えでしょうか」
「何で取材者側の発言なのよ。気が狂いすぎよ」
それもそのはず、返金したせいで当分考える必要が無くなったはずの要素を意識しないといけなくなった。経験上金の使い方を意識し出すと他の事柄にも悪影響が出てくる。手始めにスマホで連絡を確認する気が前ほど湧かなくなった。利用料はかからなくても、充電するために数円程度? なのかは知らんが電気代がかかっちまうからな。今日からは、電気もエアコンも無しだ。
今日は月曜日。学生は登校しないといけないので、ルミーナは外出準備を整えているが……俺は、整えない。二週目を隠している以上、登校しといた方がいいのはわかっているが、予定がある。
「来たらマリアは寝室に居てくれないか?」
「わかりました」
どうやら、新谷家の人間が近況報告に来るらしい。基本鎖国のような組織なので屋敷の外には殆ど出ないが、新谷家の頭である俺に連絡がある時は、電柱や屋根の上を飛んで移動し、手紙を結んだ矢をベランダに打ち込んでくる。先週打ち込まれていた手紙を読んだところ、直接会って話すべき内容があるみたいで、時間的にもうすぐ来る。校長とかは除くとして、何だかんだ今まで一度も新谷家の人間と屋敷外で会ったことが無いので、こっちもそれなりにそわそわしている。
意味もなく部屋をうろついてる姿を見て笑うルミーナは、
「そんなに私たちが聞いたらまずい話なの?」
「マズい話かは知らんが、いくら知り合いでも組織の話を部外者には聞かせられんからな」
「そういう線引きはできるのね」
え、舐められてる? 最近似たようなことで失態を犯すようなことがあったか?
新谷家の一員に加える権限は俺にあるのかもしれないが、いくら強力な人間だろうと流石に異世界人を入れてしまえば、これまでの常識が色々と覆ってしまうので、俺一人の軽い気持ちで合否を出せる内容じゃない。なんか運命の人に着させろなんて言われてた服を渡してしまってはいるが……今後どうあれ、少なくとも今日は会話に参加させられない。念のため、ルミーナ・マリア間の契約は継続していても、俺との契約は二人とも更新していない。
どうせなら今日ぐらいエアコンをつけていてちゃんと生活できていることをアピールし、心配をかけさせたくなかったが……やむを得ない。ここは思い至ったら即行動した自分を褒めるべきだろう。
マリアが居間に五人分は出せそうな急須とコップを置いて寝室に移り、ルミーナが「学校行ってくるわ」と言って出た扉が閉まった――丁度、五秒後。
俺ですら気付かなかった。そのぐらい俊敏で、気配が無かった。もはや透明と言っていい。いくら新谷家の人間相手でも、並々ならぬ緊張感が走る。決して油断してたわけじゃない。でも反応できなかった愚鈍さが、自分の実力を痛いほどに否定してくる。
フレームユニットが強すぎて勝てん? ふん、笑わせやがって。界隈でトップに君臨する新谷家は、その道で対抗できる人類は存在しない。俺は奇しくも戦闘スタイルを対異世界人用に変化させていったこともあり、今こいつらと正面衝突したら敗北は時間の問題。ただ外的要因で力を得た輩が考えなしで振るう暴力と違い、まさしく正義執行のために生まれた完全無欠の覇気は、敗北という概念が存在しない。勝てない、のではなく……勝つまで、続く。俺の意思や敗北の記憶が、あり得ないほどに憎たらしければ、嘲笑われている。勝てないということがあってはならない新谷家として、≪エル・ズァギラス≫を使ってもいないのに、突然脳内にフレームユニットと対峙した際の対抗策がいくつも思いついていく。新谷家を離れて消えかけていたオーラが、再燃させられたように。
「久しぶりだな」
いつの間にかベランダに立っていた二人――新谷家の人間なので、みんな名字が新谷だ。敢えて旧姓で言うが――那由多零麗と春野紗結を、自室に招待する。いつも会うことなくひっそりと矢を打ち込んでくるのは零麗なんだが、今日は紗結も一緒みたいだ。俺の体たらくさを聞きつけ、根性を叩きなおしに来たんだろうか。それならもう十分だ。意識改革ならとっくに済んだぞ。出会いの一瞬で。
記憶上俺と153回戦って、153回負け、一万本以上の剣を折られた紗結は、斬撃で片目をやられているが、それでも前線で戦っていける程に強力だ。黒髪ロングが特徴的で、身長163センチの華奢な体つき。新谷家らしく、動きやすくアレンジされた巫女服を着ている。
対して零麗は、ショートヘアに白いリボンが特徴的。今年で12歳なのに、身長が159センチもあれば、女性らしく胸部もかなり膨らんでいる。剣を扱う紗結と違って手裏剣やクナイを使う忍者みたいな奴だ。外出時は超軽量型の、密着した極薄な鎧を着ているせいで、くびれと腹筋が同居したお腹が透けてアピールしてくる。フレームアーマー程の透過度はないが、シルエットからして精錬された体型なのは瞬時に理解できる。
「一大事でござる」
一瞬俺のことかと思ったが、そうじゃなかったらしく……慣れない洋室で戸惑いながらも二人がソファに座ったので、テーブルを挟んで反対側に胡坐をかく。
「また一つ分社を閉じることになりましたぞ」
「長野です」
なるほど。それで行き場を失った紗結が一緒に来てるのか。
長野分社は他より一層山奥に位置していたので、試験や危険性の高い鍛錬ではよくお世話になった場所だ。アクセスが困難な分、必要な場所ではあったが……かえって人が集まりにくく、過疎化と老朽化が手に負えなくなったんだろう。
「今まですまんな、ずっと一人で寂しくなかったか?」
「いえ、そのような感情は全く。寧ろ修行に集中できて良い場所でした」
確かに紗結は、他人と模擬戦を行ったりするよりも、一人で鍛錬を積む方が成長が著しかった。しばらく会わないうちにより強大な存在に感じるようになったのは、一人で暮らす期間が長く、自分の裁量で自分を追い込み続けられたからだろう。
新谷家の屋敷は、一般人の視界や機械の映像などには映らないようになっている。数年前から長野分社に住むのは紗結一人だったが、他の分社の人が良く来るのでやりくりできてはいた。でも最近の技術の進歩はすさまじい。色んな要因に加え、極秘の存在であることも維持するためには、もう一人で賄いきれなる話じゃなくなってきている。発言や表情からして愛着があったことは伝わってくるが、俺に言いに来たってことは、もう決心しているということ。何もなかったかの如く、長野分社を消し去る準備はできていると。まあ……このご時世生き辛いし、それでいて新谷家の加入条件が緩和されたりはしないんで、フレームシリーズという存在が身近になった以上、新谷家を見つけようと目論む人も早々いないだろう。
「零麗は今神奈川か?」
「そうですな」
東京本殿は自然災害に飲まれて全焼しているので、俺とやり取りする役目がある以上、必然的に人工島に一番近い神奈川所属と推理したが、当たっていたようだ。
新谷家には階級制度があり、壱式――新谷家に入って一年満たない者。弐式――模擬戦の勝率が五割ある者。参式――一対二の模擬戦勝率が五割ある者。肆式――一対三以上の模擬戦勝率が三割ある者。伍式――弱ければ降級するが、新谷の血を引き、エル・シリーズの完全継承者、の五つに分けられる。肆式相手ならタイマンで余裕だとしても、二対一になれば五分五分。相手によれば確実に負ける。三対一なんか拷問だ。所属分社の門外に出られるのは参式以上、分社の責任者ともなれば肆式が前提になるので、二人の実力はもう分かりきっている。
(さて、どうしたもんか……)
つまるところ、紗結の今後をどうするかって話になるが……肆式の所属決めとか、久しぶりすぎてやり方覚えてない。何なら新谷家から離れてた期間が長すぎて、二人が登場した時伍式が来たかと思ったぐらいだ。階級が低い者を育成できるようにちゃんと決定したいが、過去の記憶を頼りに割り振ると偏りが発生しかねない。
「私は儀範の判断に任せます」
久しぶりに儀範とか言われて一瞬誰の事かわからなかったが……
「念のため聞いとくが、今って何個分社あるんだ? 神奈川と京都と、北海道と……?」
「大分、愛媛、沖縄、山形でござる」
「嘘だろ、もう七個なのか」
「はい、そうなります」
えっ……ちょっと、皆さん機械に頼りすぎじゃないですかね? 最近新入りの報告が全くないなーとは思っていたが、そこまで訓練しなくても強くなれるんならそれでいいやーって思考になってきてる現実は、流石に受け止められない。もう、世の中の価値観が変わってきてるというのか……?
「正直、数年以内に愛媛と山形、沖縄もなくなると思いますが」
「拙者は神奈川と京都だけになると予想しているでござる」
「おいおい……」
お前ら、悲しくなること言わないでくれよ。俺達の代で終わりを迎えるのか? 新谷家は。もしそうなるなら、公の存在になる方向に舵を切った方が良い気がする。流石に数代前の愚行はなぞりたく無い。
神奈川分社は東京が全焼してから本殿として使われている。京都分社は、半分は他と変わらず誰も知らず、海も隣接していて舟屋が建ち並ぶ風景だが、残り半分は新谷神社としてやっている。この二つが無くならないのは当たり前というか必然だろう。でも敷地内に温泉が湧いている大分分社。意外と周辺にぼちぼち民家があり、集落一帯が理解者で賛同者の、栽培しているみかんが美味しい山の別荘こと愛媛分社。プライベートビーチがあって、ザ・リゾートといった感じで開放的な建築の沖縄分社。線路ギリギリに家の塀や横断用に通路があったりする、初見には危ない所が多い田舎町にある山形分社。雪かきを頻繁にしないと倒壊の危機がある北海道分社。愛媛と山形は周辺に一つは残しておかなければということで残っている過疎分社なので受け入れられるが、たった二個しか残らんのはありえん。
全都道府県に点在する新谷家は、所謂立体魔法陣になっていて……新谷家の人間は、ご加護を受けていた。例えば、存在を隠そうとしなくても勝手に隠れていたり、会話が他人に傍受されなかったり、まさしく神隠しのように。でも、これもそろそろ切れかけている。人間が近寄ってきたら昏睡させて別の場所に移動させたり、会話を聞かれないように今みたいに人払いをしてたり、国家機関と協力までする必要が生じている。色んな所に手を伸ばしたせいで、実害として千穂の元に退治の校長の話が入ってきている。
「うちはそもそも全体で何人いるんだ」
「現在132人です」
「え」
基本的に分社一つにつき各階級十名ずつの四十人編成となっている。最低でも、16人だ。分社数が減り、加護が薄れてきてからは、四チームが六時間の監視・防衛を交代制で行う必要が発生したので、最近できた決め事ではあるが……その人数だと、主要箇所の神奈川と京都はマックス四十人いるだろうが、他は均等に割り振られていたとしても一分社につき五人程度じゃねえか。比較的位置が分かりやすい沖縄とか山形は過労死するぞ。
「俺が新谷家を離れて暮らすようになってから、五人も増えてないよな?」
「何なら減りましたよ。等級が低い者が、フレームアーマーに焦がれて」
新谷家に入れる条件からして、フレームアーマーになりたいと思ったのには正義感から来たものだと思うので、言い方にちょっと悪意を感じるが……
「もしこれ以上存続が怪しくなってきたら、本格的に東京本殿を再建して、その一社に全員集合した方がいいかもしれん」
正直、万規模のWB社というライバル企業の存在がでかすぎて、今後ご加護を取り戻すまで分社数が増加するとは考えにくい。少なくとも俺が生きているうちには現実味がなければ、先に機械産業の方が発展しすぎて人間そのものの能力なんか必要とされない時代が始まる可能性すらある。そうなるなら、それこそ神社としての名もある京都分社と東京本殿だけとか、絞って活動した方がやりやすい。何より、東京にあるのはEoDへのアクセス面も考えると非常に助かる。
「拙者、候補地を絞っていた方が良いでござるか?」
「いや、まだこういう案もある、程度の認識でいい。それしだすと、本格的に縮小していく未来しか見えん」
方向性が決まってしまえば、雰囲気も変わってしまうことぐらい、これまでの人生で何回も経験した。今回は悪い方向性の意味合いとはいえ、助長する羽目になるのは深く考えるまでもない。
「話結構脱線した気がするが……紗結は沖縄か山形、どっちか好きな方に行ってほしい。一人で分社を隠し通せた敏腕だ、助けてやってくれ」
「わかりました」
俺からできる事と言えば……新谷家をこういう運命にさせた神とのコンタクトを試みる、か。考えなければならないことが一つ増えてしまったのは辛いが、どれもやらなければならないの事。世間とは異なる個人活動をしている者の宿命だ。
話が終わり、帰宅ムードになってきたが……危ない。一つ聞きたいことがあった。
この灼熱の室内でも汗一つかかず、見た目の厚さは違えと通気性の悪そうな恰好をしている二人は、せっかく用意してくれたからか、異世界人が作ったお茶に手を付けていた。一口飲み終わったタイミングを見計らい、別件を尋ねる。
「≪エル・アテシレンド≫ってあるだろ? あれって仮に数値化するなら、どれまで出せる?」
エル・シリーズは、≪エル・ダブル・ユニバース≫以外なら、新谷家全員が平等に使用できる。対異世界人関連に足を踏み入れてなければ、早々使う場面に出くわさないだろうが、日々鍛錬していて使い方を知らないなんてことはありえない。
「十でござる」
「私も十です」
「やっぱそうか」
出力の概念は個人の解釈とはいえ、それなりに戦闘を生業としている人間であれば、同じ技の認識ぐらい齟齬が発生しない。ということは、だ。二十は無理か。
「この出力って上がらないのか?」
「例えば、十五とかですか?」
「そうだ」
「いくら鍛錬しても、得られる恩恵には上限を感じているでござる」
なるほど。鍛錬すれば素の状態の実力は留まることを知らないが、≪エル・アテシレンド≫で増幅する力には、上限がある。これも、俺の認識と一致している。肆式二人と意見が合ってしまうと、それは揺るがない事実であることにもなるので……なんか、残念だな。次対峙したら、どうすりゃいいんだ?
「まさか10でも対抗できない敵が現れましたか?」
「敵というか立ち回り次第では敵になりうる存在なんだが、どうやら10じゃ即死らしい」
伍式が≪エル・アテシレンド≫の出力10を使っても即死と聞いて、二人の血の気が引いたように見えた。即死なのになんで生きてるのかという野暮な質問はされないが、生き残る術はあっても勝ち誇る術はない。
「神に祈り続けるしかありませんね。願いが届けばいいのですが」
「京都分社に依頼しておくでござる」
無理前提で希望的観測を語っているようなもんだが、一般人が言う神頼みと新谷家が言う神頼みでは度合いが全然違う。新谷家の神頼みは、お母さんにこれ買ってと強請るようなことだ。そのぐらい、要求が承諾されるラインが低い。
「どのような攻撃を受けましたか?」
「それが見えんからわからん。気が付いたら殴られてんだよ。攻撃が複雑というより、今回の場合単純に速度が速い」
もし同等に動き回ることができてれば、それなりに複雑な攻撃も仕掛けられたかもしれないが、フレームアーマーと違って顕現化した物体で殴られたので、増長された力任せに殴っているのか、ちゃんと体を使って殴っているのかの判断はつかない。何なら全力を出さずに嬲られてたからな。
偏見で話していいなら、性格的に戦闘に詳しくはなさそうだし、体型もいくらフレームシリーズを使用していても戦闘を生業としている人間には見えなかったので、アイツ本人の戦闘能力はそこまでないはず。フレームユニット使いが帆由しかいないなら避けることにだけ注力すればいいが、世の中には戦闘能力も高いフレームユニットも存在しているはずだ。
「一層燃えてきただろ? あれが敵になったらぶっ殺せるように、力を蓄えておこうぜ」
二人が居る手前弱気な発言なんか出てこない。戦闘ってもんは結局質より量。どれだけ雑魚を集めようが、相手が身動き取れなくなってしまえばそれでオシマイ。
「WB社と喧嘩にならないことを祈る限りですな」
「私はいつでも戦闘できます」
「やる気満々なのはいいことだ」
俺も久しぶりに二人と会って、やる気が漲ってきた。勉強もそうだが、運動も今以上に引き締めて取り組まなければならない。ここ最近私生活の変化が激しいが、柔軟に対応して無駄のない時間管理もできようにならないとだな。ここは、アトラや楓から盗んで学ぶほかない。
「すみません、貴重なお時間頂いて」
「気にすんな。いつでも話に来い」
寧ろ気が引き締まるので定期的に来てほしいもんだ。やっぱり、戦闘狂には同等以上の相手を対面させると有効的だ。
今のが別れのあいさつの代りだったのか、瞬きが終わった時にはもう視界に二人の姿は映って無ければ、服や髪から仄かに香る良い匂いや激しく動いた後のような風の流れなど、残滓にあたるものは何一つ発生していない。でも違いはある。意識してなかったのに、来るときは気付けなかったはずの存在が、帰る時は的確に捉えることができた。律儀にベランダで靴を履いて、帰って行ったよ。このセンサー、大事にしていかねば。
現状≪エル・アテシレンド≫の強化や、自力でフレームユニットの領域まで達することができない。WB社との全面戦争はないとしても、帆由と再戦になる可能性はゼロじゃないので、今後に備えて何か策を持つ必要がある。そうなると、今回ルミーナの自己判断で行った『魔法』、これに賭けるしかなく……≪エル・ズァギラス≫の思考でも、代案は思いつかない。これを駆使するしか道がなければ、これを駆使すれば選択肢も広がる。せっかく魔法が使える異世界人を味方につけたので、Wアラームや地球の魔力量度外視で、地球でも全力で魔法をぶっ放せる方法を考えた方が話が早いのかもしれない。
Wアラームは、機械や人間の目視による転移者や魔法陣の捕捉か、仕組みはわからないが魔法から発せられる周波数のような反応を受け取ったら鳴り響く。前者でない限り、位置情報を正確に特定することはできなければ、あくまで周辺住民に危険を知らせるための警報なので、一度鳴ってしまえばそれ以降どれだけ魔法を検知しようが、音量が上ったり、もう一回鳴り始めたりはしない。また、音自体に転移者を衰弱させる効果や、魔力の流れを妨害する効果などは見込めない。つまり、鳴った後なら隠密行動を取れるなら魔法を好きなだけ使ってもいいわけだ。最悪存在が目撃されても、ルミーナやマリアは校長を通して国民であり、島民であることを偽装している。Wアラーム中にシェルター外に存在があっても、監視カメラなどに転移者と誤解されることがなければ、フレームアーマー達にも萩耶を探してるんだろうなと認識されるだろう。問題があるとすれば、あまりにも魔法を乱用しすぎて、発信源が毎回二人の付近でなければいい話。仮にもしそうするのであれば、今回のように予め隠密行動を取っておけば、気付かれたときに見つからずに逃走する行動を取れる。時と場合に応じて行動スタイルを選択すれば、今回のような敗戦や死のリスクを背負う可能性が減る。
しかもこれは、かなりいい案だったりする。俺に味方に付く判断をしたのに、自分が異世界人だからという理由で基本的に遠くから様子を伺い、情報を共有してくれるだけ。でも今後魔法使用も考慮して立ち回ることで、時々アシスト攻撃する程度でしか参加できていない退屈なルミーナやマリアにも脚光が当たる。ゲームキャラクターである俺を操作するように、契約の恩恵という画面を通して、魔法というコマンド入力を行えば、刺激的な戦闘を行える。それはフレームユニット戦の話で、対転移者戦は持ち前の戦闘能力で退治でき、もしフレームアーマー戦になるなら、≪エル・アテシレンド≫で対抗できる俺の強化は不要なので、自分の強化に充てることができ……出力10とまではいかなくとも、即死は免れるはず。慣れるまでは上手くいかないことや、結奈などを言いくるめる必要があるが、今後の活動を円滑化させることができ、本人たちも望んでいる展開になることは確実だろう。
これから立ち回りの変更に伴って様々な行動パターンを事前予測しておいたり、どんな展開でも柔軟に対応できる能力を身に着ける必要が生まれ、個々の能力だけでなく、チームとしての能力も磨いていかないといけない。今までみたいに契約の恩恵で何とかなる可能性もあるが、それに甘えていると練習してれば気付けた事に気付けなかったりする場合もある。少し前の、異世界新居火災事件のように。これからより一層暇が訪れなくなるが、この立ち回りは一体感が増していく印象がある。悪い気はしない。最終目標は――≪エル・アテシレンド≫と魔法の合体で、最大出力20。これだ。
前回の戦闘で気づけたはずなのに、今考えてようやく気付くことができた。やっぱり一度口に出して話すことは重要みたいだ。今後ルミーナとマリアは、いかに魔法をバレずに乱用し、有効的に使用でき、どれだけ温存できるかカギになってくる。それに加えて、状況に応じて隠密行動の上手さも必要だ。そして、交戦時に備えて、今まで通り身体能力の強化も怠れない。今までただ俺を使ったゲームをプレイしてただけのか弱そうな人間が、物理的にも無茶苦茶強力な相手だったら絶望するだろうよ。
零麗と紗結が新谷家に帰り、自分の中で色々整理しきってから……
「マリア、もう大丈夫だ」
言わないことには終わったタイミングが分からないので、マリアに呼びかけるが……全然部屋から出てこない。返事が返ってくるかは気まぐれなのでいいとしても、この間に寝室の掃除でもしているんだろうか。徹底して聞き耳を立てていないのは良い心がけだ。
「なっ……」
寝室の扉を開くと、マリアは両手にクナイをぶっ刺され、壁に縫い付けられてやがった。T字に浮いていて、下半身の脱力感から状況がいかにマズいかが理解できてしまう。
「零麗の奴、やりすぎだろ」
事前に仲間が隣の部屋に居ることを伝えていなかった俺も悪いが、零麗も中々にむごいことやってやがるな。人ん家を事故物件にするな。でも盗聴だと思った警戒心は尊敬するし、この行動に気付けなかった俺も大概アホだ。同じ実力帯しかいないので、不得意分野に気付けないのは仕方ないと言ってしまえばそれまでだが……対抗心が芽生えた以上、まだ伸びしろはあるってもんだ。
もしかすると、これも何らかの布告である可能性を感じながら、両手に刺さったクナイを抜き取ると……地に落ちたマリアが、衝撃で目を覚ました。
「気絶してたのか」
今契約が繋がっていないので、喋らないマリアが気絶させられたのか、これ以上攻められないように自ら気絶したのかはわからないが、とりあえず生きてはいる。
「その手の治癒と壁の掃除を頼む。あーあ、曰くつき物件じゃねえか」
マリアの手によっていずれ跡形もなく綺麗に戻るんだろうが、現状壁に血痕が二つできててうす気味悪い。ここ寝室なんだが?
壁の修復が終わったら、コミュニケーションがままならないし、マリア経由でルミーナとも繋がれないので、契約を再開させることから始めるか。そして、昼までには登校しよう。
「……ということで、次の戦闘から条件に満たした同伴と、魔法の乱用を許可する」
午後六時頃、マリアが大質素節約夜ご飯の支度に着手する直前に、今後の活動方針を共有する。
「へぇ、面白くなってきたわ」
マリアからも、漲った闘気が契約越しに伝わってくる。やっぱり、遠くから見ることに飽き飽きしてたんだろう。とはいえ二人の本当の存在が露呈すると詰められるのは俺なんで、今回みたいに完敗がなければこういう判断にも至らなかっただろう。
「とりあえず、学校辞めていいかしら」
「それは無理だな。頭硬いから、一回入ったらやめられねえんだよ、少なくとも中学は」
千穂はあくまで退治の校長であり、付属中の校長ではない。住民の偽造は手伝ってくれたが、他校の義務教育に参加してしまったルミーナを救出させることはできない。
「あと半年の辛抱ね……」
なんだかんだ言って、付属中に通うことになったことは知っていても、基本的に日那多の情報共有しかされてなければ、他に興味もなかったので、今何年生として在学しているのかは知らなかったが……どうやら中三のようだ。不幸中の幸いといったところか。
「私は主に萩耶を制御する魔法を放つわ。マリアは私と自分の存在や魔法使用を眩ますために魔法を使ってほしい」
フレームユニット戦に備えて、さっそく役割分担を始める。
「マリアって、ここじゃ殆ど魔法使えないよね?」
「はい」
「なら、フレームアーマー戦は引いた方が良さそうね」
つまり基本的に一緒に前線に向かうが、WB社関連の戦闘に発展すれば身を引き、陰からバレないように魔法でアシストするということ。元から隠密行動を取るよりリスキーではあるが、WB社は害のない一般人まで襲う程腐った組織じゃない。
「そもそも三人でフレームアーマーと戦うことになると思う? 私たちがちょっかい出したら相手されると思うけど」
「拓海ならあり得るが……流石に二人まで巻き込まんか」
いくら一般人でも銃刀を所有してればそれなりにマーキングされそうだが、新谷家の人間じゃないのであり得ない速度で行動できたりはしない。やられても手錠掛けられるか気絶させられる程度だろう。
「学校で結乃に映像データの抽出を依頼しといたから、飯食ったらフレームユニット戦を振り返るぞ」
戦闘服に搭載された録画機能を使って初めて戦闘の復習をする。あの戦いを得るものなしで終わらせるわけにはいかない。
「人間の目で見れなかったのに映像に映ってるの?」
「さあな? 見てのお楽しみだ」
言われてみれば映って無さそうだが、結乃から映像が乱れていて使い物にならないとは聞いてない。戦闘の記録を残す大事な要素なので、小型化された都合上画質が悪くても、しっかり撮影できていることを祈る。




