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クロス・インパクト  作者: あかつきこのは
30/32

30 修学旅行

 

 翌週、欠点で誰一人も欠けることなく……耀傷学園の二年生は、満を持して修学旅行の日が訪れた。

 修学旅行中は私服可とのことだったが、特に女性の服を持っていないので、制服のまま行こうとした。そしたら陽菜(ひな)から「せっかくの旅行やけん、みんな気合入れた服で来ると思うよ」と言われたので、今朝楓の家に突撃してまともな服を何着か取り繕ってくれと頼みこんだ。楓はいきなり言われてもしっかり対応してくれたが、行動を起こすのが遅れたこともあり……今、遅刻確定状態だ。バスとかじゃなくて新幹線らしいので、乗車時間に間に合わないと本当にマズい。

「よお、こんなところで何してんだ?」

「その発言そっくりそのまま返してやろうか」

 連絡橋に向う道中、進行を妨害するようにジープが止まってきた。愼平(しんぺい)だ。この時間帯、退治の生徒は校内にいるはずなので……

「俺はサボりだ。お前は? 最近見ねぇが」

 何らかの理由があるとは思っていたが、一番ゴミみたいな理由だった。

「俺にも色々ある。今は急ぎだ。暇なら品川駅まで乗せてくれ」

 人工島だと不都合がありそうだと思って今は女装していない。想定していた形とは違うが、都合が良い展開が訪れたかもしれないな。

「俺も暇じゃねえが、品川なら通り道だ。乗ってけ」

「助かる」

 助手席には沢山の荷物が積んであったので、後部座席に乗り込む。これから女性にならないといけないので、普段の俺からは考えられない荷物の量があるが、愼平は特に気にせず……

「誰だコイツ?」

 先客が居た。ワンピースを着た酒臭い女が。

「長女だ。人工島でガールズバーの店長をやってる。あんま気にすんな」

 あまりにも気になりすぎるが、酩酊状態の相手とは会話が成立しそうにないので今回は見なかったことにする。ボイスチャットしてる時に時々聞こえてくるハスキーボイスは多分この人だろう。ていうか未成年で蔓延る人工島でガールズバーとか経営できてた事に驚きだ。

「ちょっと試してぇことがある」

「何だ」

 こっちに凭れ掛かってくるので真ん中に荷物を積み上げて壁を作り、ミラー越しににやけ顔を向ける愼平は連絡橋に向って走り出した。

「都心部で、ぶっ飛ばしてみねぇか?」

「……ノーコメントで」

 今は急ぎだ。修学旅行がかかっている。だがしかし、人工島内ならまだしも、本土での違法行為においそれと賛同することはできない。悪い考えだが、俺と愼平なら撒くことができてしまう。それが故に、速攻で否定できない悪い人格がいる。

「いくらなんでも連絡橋は車通りが殆どねえからってメーター振り切るなよ!」

 あーあ、新兵さんもう飛ばす気満々ですよ。なるようになれ。

 愼平の暴走により、到着は想定より十分ほど早かったが、女装できそうな場所を探すのに手こずって結局遅刻時間を縮めることはできなかった。

 隣の席で神秘的な噴出現象が発生して一悶着あったが、無事品川駅に着いた。後五分で出発の時間だったからか、集合場所には誰一人残って……

「遅刻するなんて珍しいわね」

 実際行かなくてもいいと思っているのか、結奈(ゆうな)だけが突っ立っていた。ちょっとのハイネックにメロウが特徴的なリブタンクトップにハイウエストなショートスカート。腹部の露出は臍上がちょっと見えてる程度だが、片や足の露出度は健在。どこ行っても変わらない結奈の服装には実家のような安心感がある。

「楽しみ過ぎて寝れなくて、後二時間ぐらいで完徹できるところで寝落ちしてしまったんでしょ。意外に子供みたいな一面もあるのね」

「女装場所を探してただけだ」

 何言ってんのか分からん結奈は放っておき、急いで新幹線に乗り込む。陽菜には車の中で連絡を入れておいたので、他全員は既に着席済みだ。俺のせいでStellaだけ居残りの事態は避けれたようで一安心。

 この車両を貸切にしているとのことで、席は完全に自由だが……最後の最後に乗ったところで、窓際や中央の席が空いているわけがない。陽菜は俺を待ってか出入口付近に座ってはいるが、俺と結奈が座れた席は一番の隅っこだ。しかも隣が先生陣の座席なので、陣地が取れない、即ち馴れ合いが得意じゃない人たちが集まっていて結奈以外話し相手がいないな。せめてStellaの人が一人ぐらい居てほしかった。

 俺の到着を見て安堵した陽菜が少し見える中、

「結奈はテストどうだった? あれだけサボってたからね、当然トップ10には載ってなかったけど」

「なんかムカつくわね……」

 女装中なのでいつもと口調と声色が違うからか、心の声が漏れてるようにも聞こえる結奈は、

「良い点だと日の目を浴びるでしょ? 合格ラインを超えられるならそれ以上目指す必要はないわよ。就職先も確立してるし」

 やっぱり学校では友達関係が上手くいってないんだろうか、WB社内の友達関係からは想像もできないような発言をしてくる。確かに富豪か天才の集まりで付き合いづらいかもしれないし、WB社の人間にとっては交友を持たない方がいい人たちかもしれないが……何か不憫だな。性格からして絶対友達と遊んでいたいはずなのに。

「何で耀傷に進んだの? 学校間違えたんじゃない?」

 きっと中学でも沢山の友達がいたはずだ。みんなとは将来の夢が合わなくて泣く泣く離れることになったとしても、態々一番関りがある退治を目指さず耀傷を選ぶ必要は無かったはずだ。

「金銭面とかの問題よ。あまり触れないで」

「ごめん……」

 俺みたいに特例で学費が免除されないのであれば、当時対異世界人関連に目指すなら学費面は耀傷が一番安かった。退治は実際に人工島に引っ越して対異世界人騒動に関わるし、剣凪は刀剣を扱うから別途費用が嵩むからな。しかも耀傷は三校の中で一番座学に力を入れているので、対異世界人関連を諦めた後の行動の幅が広かった。今となっては方針の変更で対異世界人関連を目指さない人が激増し、高貴な人や高学歴な人が増えているので尚更だ。偏差値が高い前提だが、子だけが熱心なら親が将来の事も考えて耀傷学園に進学させるのは意外とある話だ。結奈の家庭事情を考慮するに、妥当な判断と言える。

 気分を害する質問に加え、学校で孤立していそうだと察されたからか、両耳にイヤホンを付けた結奈は、アイマスクまで付けて情報をシャットアウトした。俺の席が通路側だったら誰かとチェンジしてもらって移動できたが……生憎窓側だ。ぼーっと景色でも眺めとくか。

 女子高だからあまりそういうのは無いと思っていたが、案外恋バナに花を咲かせるらしく……聞こえてくる話に気まずい気分のまま、ひたすら景色を眺めること約二時間。ようやく京都駅に到着した。

 ここからはバスで旅館に移動し、それぞれの部屋に荷下ろしを済ませた後、昼飯を食べるらしい。午後は嵐山や金閣寺、北野天満宮に行き、翌日の自由時間に伏見稲荷大社や清水寺とかに行ってこいって感じだ。三日目は学校に戻り、午後から自由時間の旅行プランの発表会。景品付きの写真コンテストとかもやるらしい。まあ二泊三日の京都修学旅行はこんな感じだ。ヤベえ高級旅館に泊まるらしいので、温泉や昼飯には期待しておこう。

 一クラスの生徒数は少ないが、一学年に計四クラスあるので、高級旅館を抑える都合上、人数的に旅館は二つに分かれていて……StellaとSiriusは、紅葉の時期が一番混んでそうな山奥の旅館になった。片方の旅館とはランダムだったが、良い方を引いたな。事前情報によると、こっちの方が一人当たり数万高い。

 実際StellaとSiriusは高学歴と高貴な方でまとめられ、CanopusとAsteroidは比較的対異世界人関連志望でまとめられている。ランダムと謳いながらも保護者の目を気にした教師陣の作為な気がする。生徒間は平和的だが、教師や保護者間に亀裂が生まれている影響で対異世界人関連の育成校ラインナップから外れつつあるという噂がたっても仕方ない。

「お寺以外にもこんなところが……!」

「酷い偏見だね」

 イメージ的には二人揃ってフェミニンな恰好でもするのかと思っていたが、俺の私服は楓のせいでガーリー系。陽菜も修学旅行だからか普段と変わってガーリーな見た目だ。Stellaのみんなとは違って浮いているが、旅行を楽しむ学生らしくて好印象じゃないか?

 バスでは隣同士になった陽菜と一緒に降り、荷物を受け取りつつ旅館周辺を見渡す。

「明日はここでゆっくりする案は……」

「ありえないよ!」

「だよね」

 雰囲気が良くて部屋でのんびりするだけでも十分に良い休暇だが、三日目に発表することがないな。一応茶道や華道教室とかも申請すればできるらしいが、部活がある手前インパクトに欠ける。

 陽菜と部屋に荷物を置き、昼飯を食べに集合場所に向った。旅館の外観だけでなく、客室も和にこだわっていた。かなりデザイン性に長けていて、値段を予想するのが無粋なレベルで。そうなると、当然昼飯も予想を越してくる訳で……それぞれの料理名がやたらと長いコース料理だったが、耀傷の食堂とはまた違った味わいがあった。このレベルに達すると肉が硬いとか、臭みがあるとか、味以外に差は出ないが、その味が種類豊富すぎる。同じ料理だとしても、技術や発想、使う食材によって全くの別料理にすら感じる。今までに家庭的な料理を作るマリアやアトラ、その辺に沢山軒を連ねる飲食店、大衆向けの料理を高級料亭の味で作るミネヴァルト、シンプルに高級料理を提供する耀傷やこの旅館、沢山の料理を食してきたが……どれも美味しくて、優劣が付けるのが馬鹿馬鹿しいな。最近複雑な味を感じ取れる舌に進化しつつあるとはいえ、元のスペックが低すぎたのがここ最近の後悔だったりする。これが後四食待ち構えていると思うと、待ち遠しくて仕方がない。

 食事の時間を終え、CanopusとAsteroidと合流してバス四台で観光地巡りがスタート。交通面の兼ね合いもあるので、一日目は各クラスで集団行動することになっている。だからCanopusの結奈に絡まれることはなかったんだが……本当にクラス運が良かったな。Stellaは全員が全員と友達になるみたいな思考があるクラスで、仲間外れが居ない。当時転校生だった俺はそのせいでクラスの輪に入れずかなり浮いていたが、陽菜を筆頭にいつの間にか全員と話すようになっていた。すると自然と他のクラスにも名が渡り、学年中の注目を集めるのは自然の摂理のような展開だった。神社の類は見慣れているし、新谷(あらや)家とは信仰の対象が違うのであまり興味が湧かないが……お陰でワイワイ観光できてかなり楽しいな。強いて言えば、Stellaには位が高い人もいるので、黒いスーツ着た複数の男性がずっと付き纏っているのが唯一の気掛かりだ。とはいえ観光地で偶々すれ違ったAsteroidは先導する先生にとても興味無さそうに着いて行き、その中の一人でもある結乃(ゆうの)は誰とも話さずタブレットを弄りながら最後尾を歩いてたので、あんなのに比べればどうってことはない。ていうかアイツ私服だと白Tにハイウエストのピチピチ黒ズボンとか履くんだな。

「えっ……盛り付け上手だね」

 一般のお客さんも居るからか、耀傷の団体は6時からの早めの夜飯バイキングとなったが……陽菜のプレートがあまりにも華やかすぎる。誰かに見せる訳でもなくただ自分が食べるだけというのに、お手本みたいな一汁三菜に、ホテルの紹介ページに掲載されていそうなぐらい映える盛り付け方をしている。

「そうかなぁ? 沢山あるけん、好きな物少しずつとっとーと」

「好きな物選んでそれなら才能だよ……」

 下見アリでも再現できる気がしない。何で往復せずに一発でそんなにも華やかな一皿を完成させてしまうんだ。バイキングってこんなにも性格出るのかよ。

 俺の手元はと言うと、幸い茶色ばっかり取っていたわけではなく、明らかに高そうな物とか、その辺で食べられなさそうな物、作るとなると手間がかかるような物など……現金でしか見ていない。あからさまな男性ピックではないが、ドケチが全面に出た嫌らしい盛り付けだ。一体どんな生活送れば素でそこまでも緑を取る選択ができるんだ。

「美味しかったー!」

 バイキングを終えて部屋に戻ってきた俺と陽菜は、日本庭園を見渡せる窓際に配置された椅子に座り込む。

「修学旅行感ないよな。ツアーに参加してる気分だ」

「高級ツアーだねー」

 大声を出さない限りは隣に声が届くことはないが、フロアごと貸し切っているので鍵は渡されていない。中からならかけることはできるが、就寝時以外に鍵がかかっていると印象が悪いのでかけていない。突然生徒や先生が部屋に入ってくる可能性があるので女装は続けるが、口調はいつもの状態に崩す。

「殆ど浴衣着ちょったのは意外やったね」

「確かに私服のまま集まるかと思ってた」

 着替えるのが面倒だったり、どうせ着るなら風呂あがってからって考えていても可笑しくなかったが、夜飯を食べに集まった時には九割はここの浴衣を着ていた。普段の生活より水準が下がる人もいそうだが、結局は楽しめているんだろうな。全員二人以上の部屋だから、友達とわーきゃーできるだろうし。

「明日行くところまとまったか?」

「うーん、微妙なところなんだよねー……行きたいところ全部回っちょったら時間足りないし……」

 俺はどこでもいいとか言う一番困る回答を突き通しているので、明日のプランは陽菜に丸投げしている。実際行きたいところがないからしょうがない。陽菜が楽しめればどこでもいい。

 プランをまとめたノートとマップを出すスマホを睨めっこするのは止めた陽菜は、今日買ったお土産を整理しだした。

萩耶(しゅうや)君はお土産買ってないんだっけ?」

 男の姿でも頻繁に遊ぶようになってから、学校以外での呼称が『新谷君』から『萩耶君』に変化している陽菜は、明日お土産屋も行くからかその場でしか買えない物を買っているようだ。

「ピンと来なかったからな。後……流石に金が持たん」

「修学旅行費結構したけんね……」

 今回結乃が負担してくれたから来れたが、自己負担だったら絶対来れなかった。俺の収入一年分は優に飛ぶからな。

「今度うちでバイトする?」

「いやー気持ちはあるが余裕がない」

「そっかぁ」

「その時が来たらよろしく頼む」

 俺が退治の生徒で人工島で生活中と知ってはいるが、実際に来たことはない。というか、まず部外者が危険区域に私利私欲で入れるわけがない。いくら俺がそばに居るからと言っても、管理しているのはWB社じゃなくて中立を貫く人工島管理公社。裁判官並みの公正な判断を下しやがる。もし悲惨な節約ハウスに来たことがあったら、もっとグイグイ来てたかもな。

「なら今って結構普段できないことをやれとる感じ?」

「そうだな。暇ではないが、転校した事でまた違う忙しさを体験してる」

 変装、変声、勉強、鍛錬、人間関係、注目集め、結奈の対処、ホテル暮らし……体感としては、勉強で忙しかった記憶が九割を占めてるけどな。

「そういえば、好きな人とかいるのか?」

 陽菜が手に持つお守りを見ると、片方は学業成就、もう片方は恋愛成就だ。そういや耀傷は女子高なのでキャッキャと買ってる人が多かったな。

「そうだよ。萩耶君が一番好きなんだ」

「それはありがたい」

 沢山居るはずのマスコットキャラクターとか芸能人を抑えて俺がナンバーワンに輝いているのは光栄だな。まあ、女子高生活で男性という存在には滅多に会わないので、唯一の男友達とほぼ毎日話し合ってたら無理もないか。

 家に何回も上がらせてもらったことがあるが、何らかのグッズがあった訳ではなく、話題にも上がらなかった。他に好きなのと言ったら熱帯魚とか花だろうか。恋愛成就とは意味合いが違っても、好きって感情ではあるからそういうところは気にするだけ無駄だろう。実際神様って割と放任主義だったりするからな。

「満足感で寝ちゃいそうだね」

 スマホゲームとかやってないし旅先でバラエティー見る気にもならず……木々が揺れる音、小川の音、ここは環境音が心地良い。昼間だと小鳥のさえずりとかも聞こえてきそうだ。ぼーっと外を眺めてたら、寝落ちしかけてるのかと勘違いされた。

「食ってばっかだし、体動かしたいな」

 実際、最近ろくに鍛錬してなければ転移者と退治することもない。数日やらなかったから如実に弱くなるというものじゃないとは言っても、上限が無いことも事実だ。

 何かないか館内マップを見ている陽菜は、

「ここジムがあるみたい。行ってみる?」

「ジムあるのか、雰囲気に合わねえな」

 このホテルは完全に和風。洋のイメージが強いジムが併設されてるのは違和感覚えるな。ヨガとかの方がまだしっくりくる。

「俺も陽菜も筋肉モリモリ系じゃないだろ? せっかくだし綺麗な街中走らないか?」

「いいね! 夜の京都見てみたいっちゃんねー」

 マップを開いたスマホと可愛いイラストと共に書かれた予定表を閉じ、行く気満々になるのはいいんだが……

「はたしてホテルから抜け出していいのか……?」

 一日目のスケジュールは夜飯で終わっていて、ホテルから出るなという文言が書かれていることもなかった。そもそも学校の民度が高いからか、他の部屋の友達に会いに行くことはあっても、外に出ようという発想に至る人の方が珍しいんだろうか。いや、女子だからそういう発想に至らないのか……?

 京都でも覗き穴から索敵する羽目になるとは思わなかったが……

「何だ?」

 覗く姿を見られるとみっともないので、一時的に鍵をかけたはずの部屋のドアが、勝手に開かれたぞ?

「フロントで部屋に鍵を忘れたって言ったら貸してくれたわよ?」

「セキュリティーガバガバだなァ!」

 耀傷名義で団体予約しているはずなんで、生徒手帳でも見せればクラスメイトと勘違いされても可笑しくないわけだが、

「よくうちらの部屋番号分かったね」

「聞くだけ野暮だ」

「?」

 陽菜がいるってのに俺の監視役特権を駆使して部屋に突撃してくるんじゃねえよ。

「ちょっと時間頂戴」

「別にいいけど何するんだ? ……ってもう居ないわね」

 クラスメイトが通りかかったんで途中から萩華の声に切り替えたが、「別にいい」まで聞き終えた段階で突然消えやがった。

「やっぱり抜け出したらダメなのかな?」

「でもそこに先生が座ってるよ。問題なさそう」

 目が合って会釈した先生は、角度的に結奈の姿を絶対に目撃している。別ホテルに居るはずの結奈に対して何も指摘しないってことは、宿から出てもいいってことだ。

「……いいの?」

「知らない」

 結奈を無視していいのか、宿から抜け出していいのか、どっちのことに対して聞かれたのか平常時の俺にはわからんが、どっちの答えもOKだ。


 何だかんだ今は八月末。もうそろそろ一雨一度と呼ばれたりする時期だが、待ち受けるのは三寒四温なんじゃないのかってぐらい暑い日々が続いている。しかし日中は35度前後であっても、直射日光が無く軽く夜風が吹くこの時間帯は案外快適にランニングすることができ……いつの間にか9時だ。一時間ぐらい走ってたみたいだな。会話したり観光しながらだったのでスピードは出てなかったとはいえ、陽菜のスタミナ凄いな。あんまり疲れてる気配がしない。

「夜の鴨川綺麗やったねー」

「思ってたより賑わってたな」

 転移現象が始まった影響でEoDがある日本、特に東京近辺には外国人がかなり増えたが、対異世界人関係者に留まらず一般観光客の入国も増えていたようだ。良くも悪くもEoDがある国への入出国は昔ほど面倒じゃなくなったからな。

「お風呂まだ混んでそうだしもう少ししてから行く?」

 陽菜が書いたかわいい予定表を見つつ、

「あー……」

「ここのお風呂は捨てがたいよ? 朝も入りたくなっちゃうレベルで」

 今の口調は男そのものだが、女装しすぎて感覚が狂っていた。危うく大浴場に行きかけたぞ。

「俺男だぞ」

「あ、そっか」

「俺は部屋の風呂に入るよ」

 とても良い風呂だろうが残念なことに女という体で来ているので、女湯に入ることができなければ、男湯に入っていくこともできない。入退室さえ気を付ければ入れなくもないが、特段風呂に拘りはないんでそこでリスクを取る必要はない。

「うーん、せっかくだし一緒に入る? うちは気にしないし、萩耶君のこと信頼しちょるよ」

「俺が気にする。行ってきな」

 何がどうなって『せっかく』なのかは知らんが、その意志だけで十分だ。あまり異性との接触がないからか知らんが、他人に対してもう少し警戒心を持つべきだな。

 男の姿を目撃されるわけにはいかないので、すぐさまドアをロックしておいたが……陽菜が大浴場に向かっていくのと入れ違うように、平然と不正入手した鍵で結奈が部屋に入ってきやがった。

「何がしたいんだよ」

 少し疲れてるような気がするな。転移者が現れたから急行したのか知らんが、石塚(いしづか)の素質があるところはどうにかしてくれ。

「ご、ごめん、義務が……」

 一般人が義務と聞けば転移者の相手をしていたと捉えるが、関係者が聞くとフレームアーマーならではのゲリラ特訓と分かるわけで……義務って隠語があったんだな。

「ちゃんとやってんだな、名目上の奴だと思ってた」

 付属中に通うようになってからも継続しているかは知らんが、一時期ルミーナがハマってたWB社ならではの鍛錬は、内容量的に学校と仕事を両立しながらやる余裕が無い奴だ。WB社は常に最強であり続けるということを示唆するためのものだと思っていた。

「あたしとかフレームアーマーは存在が国家機密みたいなもんだから、常に監視されてるの。プライベートまでは追って来ないけど、体調を見て適宜義務を飛ばしてくるの」

「こっわ」

 危うく俺のプライベートは監視するくせにな、と言いかけたが……プライベートは見てないとか、絶対嘘だろうな。ほぼ同性同年代で成り立つ会社だからこその奴だろそれ。

「技術者はやってない人もいるみたいだけど、どの道努力してないとクビになるだけだし」

 割と納得できてしまう意見に感心していると、

「アンタは筋トレとかしてないの? 今日抜け出したりしてなさそうだったけど」

 俺と陽菜の部屋を我が物にしたかの如くソファに座りつつ話を続ける。何が目的か知らんが、早々に帰る気は無さそうだな。

「お前ほどの努力家じゃねえよ」

 というより、耀傷に編入してきてからは、鍛錬するぐらいなら人間関係を深めておかないと結乃との約束が果たせない。それに個人的にも、今後何らかのツテになりそうなお偉いさんの令嬢が多いこの学校で名を馳せておきたくもある。

「言っとくけどまだ拓海(たくみ)の方が運動ばっかりしてるんだからね! それにあたしだってアンタに負けたくないから自主練してるんだし!」

 拓海に対抗心があることを突いてもよかったが、

「なんでフレームアーマーが人間相手にムキになってる」

「着てないのに強すぎるでしょ! おかしいでしょ、何で着てる人と互角か、それ以上の戦闘力があるの⁉」

 判断ミスした。寧ろカウンターが飛んできたぞ。

「秘密だな。お前とは何もかもが違う。それだけだ」

「はぁ?」

 結奈の発言を妨害するために、本来俺用だったウェルカムドリンクことミネラルウォーターを投げ渡し、

「その義務? 無視するってことはしないのか?」

「それがWBの人事管理は凄いから、サボったら直ぐバレるのよ。あの服から体の細かなことまで把握できるらしいし。病気とか損傷具合とか、何食べたかまで」

 それを基にバイザーに攻撃手段とか行動指示などのアシスト表示が出されてると考えるとまだ役に立つ監視機能だが、

「絶対作ったやつ変態ジジイだろ。どこまで中身を知りたいんだよ」

 仕組みはわからんが、プライベートを監視しといて更に身体的なことまで把握するのかよ。そのうち眷属契約みたいな思考まで読み取れるようになってんじゃねえの?

「作った人は若い女性みたいよ」

「へぇー」

 意外だな。フレームアーマーができるまでは男子禁制みたいな風潮はなかったというのに、製作陣から既に男の介入余地が無かったのか。そりゃ対異世界人関係に男が就職しづらいし、フレームアーマーは女性専用になるわ。

「アンタって、明日どうするの?」

 もらった水を一口飲み、少しの間視線を外に泳がせた結奈は、ようやく本題らしき質問に入ってきたな。流石にチャットでもできる内容すぎるが、危険視しすぎても相手に感づかれてしまう。

「適当にぶらぶらする」

 そもそも陽菜と回る予定がある。その机に置いてある一冊のノートで察しろ。

「実はあたしも明日暇なんだよね」

「じゃあお前もぶらぶらしたらどうだ?」

「……」

 ……だから何? んだよこいつ、転移者がこなさ過ぎてどいつもこいつもイカれてやがる。

 元々はStellaで連帯行動する案が出ていたので、この前結奈の家に行った時もできるならどうぞと唆したはずだ。その後「発表どうするの?」という先生の指摘が入ったので散り散りになったが、そのことを知っているような言い草には嫌気がさす。

「実はあたしも明日暇なんだよね」

 時間が遡ったのか知らんが、また同じことをほざきやがる。

「どうしようかなあ、明日」

「だからぶらぶらしたらどうだ?」

「どう、しよう、かなあ…?」

 〔殴っていいか……?〕

 〔そっちも大変そうね。私達も今石塚と言い争ってるわよ。萩耶ってホント、人脈運の波が凄いんだから〕

 心の中で呟いたつもりが、間違って念話上で呟いてしまったが……少しイラっとしたルミーナの声が返ってきた。俺達っていつもこうだな、笑えてくる。

「何回もうっせーな。したいこと勝手にしろよ」

「……アンタって日本語わかる?」

「急になんだよ。さっきからそれで喋ってるだろうが」

 こんなに話の通じないやつだったか? 早く陽菜戻ってきてくれねえかな、この会話を終わらせたい。

「だーかーらー明日一緒にぶらぶらしてやってもいいわよってこと!」

「そんなこと一っ言も言ってねえだろうが!」

「そんぐらい察しなさいよ!」

「口があって言語使う種族ならそれを全うしろよ!」

 なんだよ、監視下に置かれている状況に今更ながら逆上したのか知らんが、WB社がお前の行動を全て把握していても、俺にお前の行動を全て把握する能力はない。ましてやその先の思考読みとか無理難題だ。あーあ、こんなことなら男湯に行けばよかったぜ。


 あの後これ以上言っても無駄と思ったからか、案外すんなりと帰ってくれたが、ここの風呂は格別と言っていただけあって、陽菜の戻りは俺の入浴より更に遅かった。

 今日一日は京都市内で自由行動だ。昨日の深夜一時ぐらいにようやくスケジュールが完成して就寝し、七時起床でホテルの朝食からの八時出発だ。スケジュールはカツカツというわけではないが、出発時間も自分たちで決めていいので遅くも早くもない時間帯になった。

 午後六時の晩飯に全員が揃わなかったら大問題なので、スマホの位置情報は生徒先生間で常に共有設定にし、スケジュール表を先生に提出しないと出発できない。それで陽菜は手書きのスケジュールを書いていたのかと情弱ながら合点がいったわけだが……

「すまん陽菜、一緒に回ろって約束されといてなんだが、結奈ってCanopusの奴が一緒に行動するみたいだ」

 先生にスケジュールを告げに行ったときに、とんでもないことを言われてしまった。

「先生がぼっちで可愛そうだから一緒に回ってやれ、だってよ」

「問題ないよ!」

 先生は大抵のことが無い限り、休み時間中にクラスの様子を見に来たりはしない。Stellaは授業中真面目すぎて誰かと話すタイミングはないので、俺がろくにクラスメイトと絡んでいる姿を目撃してなく、まだ馴染めてないと思われて、生徒会として親身になってた陽菜と二人の部屋分けにしたぐらいだ。陽菜の元に結奈も参加させとけば、一人だけ浮くこともないだろうと思われた可能性がある。ここにきてアイツの孤立状態が役に立つか。昨日のアレが誇張状態で脳裏をよぎる。

「結奈さんかなり浮いちょるけんね……体育の授業でいつも暴れとるし……」

「原因そこかよ」

 結奈はフレームアーマー友達は居る。だから友達を作るのが嫌とか下手ってわけじゃないだろうとは思っていたが……まさか恐れられて避けられていたとはな。流石に滑稽すぎる。

 いつも使わないから充電する習慣が無く、ほぼ死にかけのスマホをポケットに入れて部屋を出る。ここからは萩華だ。

 午前の予定は、清水寺に行って周辺の土産屋を物色し、予約ができないお店に早くから並んで昼飯を食うとのこと。出発時刻を共有した覚えはないのに、宿を出た瞬間いつの間にか隣に突っ立ってた結奈を連れてタクシーを拾い、清水寺に到着だ。

 タクシーの中で「結奈、先生も認めるぼっちなんだ」と言ったら「ぼっちで悪い理由ある?」とか言われて空気が凍ること。言い出した俺が悪いとはいえ、その返しはないだろ。

 胎内めぐりで「ホントに暗闇?」とか、清水の舞台を見て「雑魚――」とか、音羽の滝を「チープね」とか言いかける結奈の口をふさいだり、言い返したりしてもう既に観光気分じゃない。陽菜は写真撮ったり興味深そうに眺めたり終始ニコニコ満喫してるが、俺としてはこんな背反者の対処役になるとかせっかくの旅行が台無しだ。最悪すぎる。なんで友達居ねえんだよ。結奈はこういう過去の遺産よりも現代の技術とかの方がそそられるのかもしれない。とはいっても柄じゃない物だから興味を持たない、どころかマイナスな感想しか言わない雰囲気ぶち壊しムーブはやめてほしい。例えそれがボケだとしてもやっていいことと悪いことはある。

 この感じならフレームアーマーの友達もビジネスフレンドなんじゃないかと疑いつつ、徐々にイライラゲージが溜まっていると、無関心だったくせに土産屋では滅茶苦茶買い漁りやがる。欲望に忠実すぎる。

 とりあえず人の金でお土産を買っていいのかわからないんで、陽菜の目を盗んで結奈にスマホを借り、結乃にボイスチャットを繋ぐ。

「聞こえてます? 萩華です」

『ああ、新谷君か。どうしたんだい?』

「今自由行動でお土産屋さんに来ているんだけど、お土産代は経費で落ちる?」

『好きにしてくれたまえ。できれば自分の分もいただきたい』

「ありがとう」

 しゃあ! 現状対異世界人関連と関係ない陽菜と対異世界人関係者の結奈と遊んでるだけだが、タダ買いOKはデカすぎる。貰い金だから極力出費を抑えるつもりだが、お土産は文化だ。俺だけ勝手に旅行楽しんどいてお土産すら渡さん無礼さは出さずに済んだ。

 静かな場所でタイピング音だけが聞こえてくるあたり、部屋に引きこもって事務作業してそうな結乃は尊敬に値する。自分用はできるだけ日持ちする食い物を買って、誰か宛の土産は京都ならではの奴を買ってやろう。

「へー、フォロワー30万人もいるんだね」

「ちょっと勝手に見ないでよ!」

「無理があるよ……」

 通話画面が閉じたら前に開いていたSNSの画面に推移しただけで、別に盗み見ようとして勝手に操作したわけじゃない。でも見てしまったからにはツッコまざるを得なかった。

 億単位のかえでが格違いすぎて中々凄さが伝わってこないが、一般人の服とか食い物の呟きを30万人が注目してるって考えると、結奈はまさしく時代の寵児だろう。

「誰に渡す土産かわからないけれど……そんなに買ってるとお金がなくなるよ」

 ここで大量に買っても今日ずっと持ち歩かないといけなくなるし、この後も土産屋に寄る可能性があるので俺と陽菜はあまり買わなかったが、結奈の奴は自分の両腕の自由が奪られるレベルで買ってやがる。しかも俺の片腕まで支配してきたし。WB社員全員に渡すんか?

「殲滅の仕事とか社内での仕事の他に、アンタの監視役の任務で莫大の金を得てるの」

「こんなとこで生々しい話すんな」

「生身でもフレームアーマーに勝つ可能性がある人材は、寝返れば世界を脅かす存在になるわ。そんな存在の監視役よ? 私にはいつ死んでも悔いが残らないようにお金はいくらでも入ってくるわ」

 やけにムキになって言ってくるが、最近転移者騒動の時に良い子してんだから安心してほしい。こう見えて生涯何も罪犯してない。

 幸い陽菜は次の予定地までの道のりを見ているからか、こっちのヒソヒソ話に入ってくることはなく……

「最近は放っておいても暴れないから楽よね。ただお金だけが入ってくる」

「おいちょっと待てェ! お前得しすぎだろ! ずるいぞ! 俺にも金くれ!」

「それ相応のお金をもらってるだけよ」

「はあ? なら暴れるぞ。暴れんけど」

「どっちよ……」

 知るかよ。暴れたところで何も生まれんだろ。隠し持った異世界人の存在がばれてしまったら元も子もない。

 とりあえず荷物を持ってやる義理なんか無くなったんで結奈に押し付け、次はこっちと言わんばかりに手招きする陽菜の元に合流する。

「WB社って甘いものも食べるんだ」

「人間じゃない何かだと思ってる?」

「……」

 いやー女子ってすごいね、そこまで手が塞がれてても飲み物まで頼んじゃうとか。参考になります。

 食べたらその分動けばいいだけ、といった回答が返ってくるかと思えばもっと根本的な部分で睨まれ……

「グルメは毎回写真撮るんだね」

「あんなの検索すればいくらでも出てくるわよ」

 そういう問題かね? その飲み物も検索すればいくらでも出てきそうだ。

 何の差があるのかわからんがミリ単位で動かしながらいろんな角度で撮影する結奈を他所に、

「外国人とカップルだらけだね」

「観光地やけんねー」

 他の修学旅行客や家族旅行もちらほらいるが、やっぱり特徴的な容姿と初々しい所作ってのは目立って映る。

「いっそのことあたしたちも付き合ってることにして、この雰囲気に呑まれないようにしてもいいんじゃない?」

「それは名案……なの……?」

 今の姿は女だし、仮に男だとしても女2の構図は異彩にも程がある。でも結奈がこんなこと言うのは珍しいな、お土産買ってテンション上がったんだろうか。

「ならまあ、よろしくね、私の仮・彼女さん」

「……いやいやいやいや! 冗談だし! 別になってほしいわけじゃないし! まだそういうのは早い、というか心が落ち着いてから言ってほしいわ! こっちにも色々準備があるんだから!」

 おぉ、なんだこのハイテンション。思わず陽菜と顔を見合わせてしまった。

「なんだ、仮でもカップル関係になりたくないんだね。ごめん、いきなり変なこと言って」

 嫌なら嫌で無理強いする気はない。そもそも二人は俺が男だと知っていても、傍から見たら女の姿なのにカップルと言ってたら可笑しいからな。それこそ俺達が異彩を放ってしまう。

 どこか結奈から自分にイラついているような感情が見えるが……

「一時的にカノジョになる?」

「いいよ!」

 陽菜はノリが良く、いきなり手を繋いできた。偶々すれ違ったStellaの一グループに微笑み返されたぞ。でも手をつなぐ行為は仲が良い象徴でもあるのか、彼女らも手を繋いで満喫している様子だった。

「ぐっ……」

「? なんか文句あるの?」

「……な、ないわよっ!」

 そっぽ向いて歩く速度をあげた結奈は、

「結奈さん、次はこっちだよ?」

「荷物預けてくる」

 ルート外の方向に進んでいった。どうせなら……俺と陽菜の荷物も預けてくるか。各地で見守りという名の観光をしている車移動の先生たちに。


 先生に荷物を預けてタクシーに乗り、昼飯のお店に到着したのは十一時。昼には少し早い時間帯だが、既に行列はできていて、俺達の番は最低でも一時間後。周辺散策してたら時間的にも丁度いい感じになるな。これも逆算してプランに組み込まれているだろう。

 一般人は名前を書くときに偽名を使わないんだなとカルチャーショックを受け、周辺散策を始める。

「あんな人気店行くの? 並ぶしその辺でいいんじゃない?」

 あー、コイツ、ぶち殺していいか? お前が興味出たの土産だけじゃねえか。

「なんで旅行に来たのにどこでも食べれるチェーン店なの? ここでしか食べれないものとか、せめて見たことないチェーン店に行くでしょ」

「そんな運試しは嫌よ。味がわかる所が無難じゃない」

 急にフレームアーマーらしいこと言ってきたな。不確実な新手を取るより着実に無難な手を取る、これに関しては同じ業界人としてなんも言えん。

「まだまだ時間があるけん、そこの喫茶店で一息ついてく?」

「いいわよ」

 どうやら陽菜は結奈の扱い方を理解しているっぽいな。俺にはさっぱりだ。後は任せた。

「え、この飲み物一杯千カロリーもあんの……? ラーメンじゃねえか……」

「男出てるわよ」

 喫茶店とか滅多に入らないのでメニュー表を隅から隅まで眺めていると、やけに甘ったるそうなドリンクメニューが掲載されたページの詳細欄を見て絶句した。そりゃ素にもなる。

「生クリームとかホイップとか、多そうだし当然でしょ」

「そういう問題なの? 誰も飲みそうにないけど……」

「映える写真を取る為っちゃない?」

 店内を見渡すと、七割ぐらいの客が注文していた。すげえな、お腹が満たされないのに無駄にカロリーが高くても、映えの為ならどうでもいいのか。普段カロリーとか気にしたことないが、流石にこれにはビックリだ。

 俺と陽菜はカフェオレとカフェラテを注文。結奈はさっき飲み物買って飲んだばかりだからか、何も注文しなかった。喫茶店に入るのはいいのに注文はしないのか、謎だな。

「オレとラテって何の差があるんだろうね? カプチーノとかカフェモカは見た目と味で分かるけど」

 単純にオレの方が数十円安かったので注文したが、違いがよくわかっていない。

「んー、ラテはほろ苦いから濃いっちゃない?」

「確かにオレは牛乳感強い気がする」

 配分の差で数十円も変わるなら、甘いコーヒーの気分はオレ一択になるが、値段の差が無い店もある。そうなったらコーヒー感が強いラテの方が得した気分になる。

「コーヒーの種類とミルクの量が違うわよ。ミルクはラテの方が多いけど、エスプレッソだから苦く感じてるんじゃない?」

「なるほど?」

「へー、そうなんだ! 結奈さん詳しいんだね!」

 こんなもの知ってて当然でしょって態度だが、でも頼まないらしい。豆とか抽出方法とかにもこだわりがあるのか、単純に雑学としての知識があるのかはわからない。

「おっ、これ美味しいね」

 珈琲談議をしていると、回りのハイカロリードリンクと打って変わって至ってシンプルのドリンクが運ばれてきた。別にコーヒーに詳しいわけじゃないが、400円でこの味は安いんじゃないか?

「いる? あげるよ」

「えっ、えっ、えっ」

 お冷を飲む結奈に見かねてカフェオレを差し出したが……飲まないみたいだ。

「あー、食べ物シェアは異性とするようなことじゃないね」

 あははと笑う陽菜はきっと平気派。一般的な反応は結奈ので正しいんだ。食べ物のシェアなんか気にする奴が居ない異世界に行き過ぎてるのと、女の人格を作りすぎてて男であることを忘れていた。 

「まっ、間違って頼んじゃったけどほら! せっかくだし⁉ い……一緒に飲むしかないわよ! 早くそっち咥えて!」

「えっ、えぇー……」

 結奈さんいつの間にそんなもん頼んでたんですか……?

 カフェオレに五分ほど遅れて提供してきたクリームソーダには、ストローが二本刺さっていて、そのストローがなぜかハート形をしてやがる。猪口才にもほどがある。

 メニュー表見たときそんな商品はなかったので、店員が気を利かせてこうしたんだろうが……俺達は三人だ。これは善意ではなく悪意だろ。

「ななななんでそんな自然に咥えてんのよ! バカ!」

(どっちだよ! おめーがくわえろっつってんだろ! てかなんでそんなタコみてーに赤いんだよ、熱でも出たのかよ?)

 突発的に叫ぶとなると女声で加工することが難しく――というか、女声で声を荒げる時の口調が分からん――脳内で結奈に向かって反論するしかない。こっちはコーヒーの香りの中にクリームソーダをぶち込むというカオス状態に繰り出したというのにな。

 とりあえず、熱かわからんので、女らしく? デコに手でもくっつけてどんぐらい熱いか確かめるとする。

「ひやぁっ!」

「わぁ」

「熱そうだったけど、ふつーだね」

 結奈から聞いたことのない可愛げのある声が漏れたが、今時速500kmぐらいで手を弾いたよな? フレームアーマーがやっていいこととダメなことってある。今の行為は、ダメに該当する。

「後どのぐらいか見てくるね」

 俺が突然無すぎる表情になったからか、単純に時間が経過したからかは知らんが、陽菜がちょうどいいタイミングで席を外した。

「……ようやく自然な流れで二人っきりになれたわね」

 ストローは継続させたまま、意味深な発言をしてくる。

「どうしたの? 今日の結奈、挙動不審だよ」

「思ってた形と違ったけど、ようやく剝がれてくれたわ」

「やっぱり裏があったんだ」

「当り前よ!」

 うるさ。そこまで強調することかよ。

「困ったことになったわ」

「じゃあまた明日」

 どうせ今人口島で大きめの転移者騒動が起きててさっさと京都を抜け出して東京に行かないといけないとかいうしょうもない話だろう。実際問題俺と結奈が前線から欠けたところで地球が滅ぶってわけじゃない。個人活動の俺はともかく、結奈は監視任務を全うできているんだから気にすることではないはずだ。

「何めんどくさくなりそうだからって逃げようとしてんのよ!」

「冗談冗談。で、どうしたの?」

「んーと、話すと長くなるんだけど、えっと……」

 陽菜の気を逸らす意味合いとは違う雰囲気でしどろもどろするので、

「先に結論から聞いていい?」

「……彼氏になって欲しいんだけど」

「ごめん、やっぱ過程から」

 さっきの陽菜とのやり取りが気に食わんから私にもやらせろと言った感じではなく、これからやるべき行為を行う上で必要不可欠だからって感じだろう。如何せん嫌気がさしてくることには変わりない。

「今日、アンタと一緒にいるのは訳があるの」

 学校で浮いていた姿を見ているので、正直その発言の真偽が判断付かんが……

「京都に、異世界人が潜伏してるって情報があるの」

「……」

 そう、来たか……最悪だな。最高の修学旅行を一気にどん底まで凶変させることのできるたった一つの単語――異世界人。東京から離れたこの地で、しかも修学旅行中には聞きたくなかったな。

「この自由行動に乗じて捜索しようとしてる訳」

「それをもっと早くから言え」

 いつもの男声に戻り、結奈の耳元にだけ聞こえるレベルの声量で限りなく怒鳴る。それをもっと早くから聞いていれば陽菜と一緒に回る約束をしていなかった可能性がある。お陰様で一般人を巻き込んでしまったじゃねえか、公私混同野郎が。

 どうせ「俺はWB社の人間じゃねえ、勝手にやってろ」と言ったところでコイツが引いてくれるとは思えん。泣く泣く同行前提で話を進める。

「どうするの? 陽菜とは今日一緒に回るって約束してる以上、『ごめんけど今からは別行動』とは言えないよ」

 石塚だったら容赦なく言うし、楓だったら理解してエール送ってくれるが、陽菜は対異世界人関係の仕事を知らない一般人。言ったらわかってくれる相手だとしても、異世界人の話は内密に扱うようになっているので、一般人相手には訳を話すことができない。後、単純に随分親しくしてくれている陽菜との約束を破る羽目になるという良心の呵責が計り知れない。

「簡単な話じゃない。三人で色々見て回って、怪しい人がいたらお手洗いにでも行くって言って、ちょーっと抜け出せばいいじゃない」

「それで交戦になったらお手洗いに行く時間じゃ済まないよね?」

 しかもその影響で何回お手洗いに行く羽目になるんだよ。腹下したのかと心配されるだろ。

「ちなみにもう私たちが探してることはバレてるかもしんないわよ」

「は……?」

 そう言って取り出したのはポケットティッシュ。さっき街中で配られてた奴だ。二時間で数千円という時間単位で料金が発生する新手の謎ホテル広告だったので、バカバカしくて受け取らなかったが、結奈は単純にティッシュが貰えるという付加価値で受け取っていたっぽいな。

「さっき気づいたときに壊しといたけど、ほらこれ」

「おいおい……人にGPS渡すとか終わってんな……」

 つい小声でいつもの声が出てしまうことに、広告の片隅には黒いチップが付けられていた。それで捜索なんてしてなくて、単純に修学旅行を楽しんでいることを装うために喫茶店に入ったのか? 破壊したら信号が途絶えて余計怪しまれるが、最終地点を喫茶店にしたことで、相手視点飲み物をこぼしたから拭くために使われたとか、座ったり物に押しつぶされたりして自然と壊れたとも考えられるからな。考えたもんだ。

「フレームアーマーに対して執着するのはHMぐらいじゃない? これと異世界人の関連性は? 研究対象、ただそれだけ?」

 自然な行動を装ったのならそれを逆利用し、敵を一般人に危害の加わらないような場所に誘導することもできたわけだが、生憎俺はティッシュを受け取らなかった。一度俺達の手に掴ませることができたから、配っていた場所に戻ったところでもういないはずだ。

「どうだろうね。相手はフレームアーマーが修学旅行に行ったって話じゃなくて、耀傷が修学旅行に行ったって話を掴んでるはずだから、ただ隠れるだけじゃなくてこうやって情報を得ようとしているんだとは思うけど」

 公にされているHM社の支部は京都にはないし、異世界人にとってWB社が最も恐れる存在だとしても、拉致って人体解剖するHM社が安全な存在ともなり得ない。そことの繋がりがある潜伏異世界人という時点であんまりしっくりこない。

「こっちからも探りを入れないと何とも言えないね。現状HMと異世界人の関連性の有無もわからない」

「なら最初に言った一緒に見て回りつつの作戦が良いでしょ? この情報も確定じゃないから、別に取り逃したらダメってわけじゃないし」

 最悪異世界人らしき人物が見つからないまま修学旅行が終わっても良いってことか。存在しているかの確証がなければ、暴れていないんなら最悪後回しにしても問題ないということで。流石にWB社の使命上活かしたままにする択はないだろうが。

 結奈の発言に頷いたところで、陽菜が戻ってきた。

「ごめん! Stellaの人とばったり会ってちょっと話しよった。あと十分ぐらいで順番だよ」

 そんな都合の良い出会いってあるんだな。本来の目的通り一息ついてから昼飯食うか。


 昼飯を食ってからもタクシーで移動しつつ京都観光を続けるが……まあ何も起こらない。 相手が潜伏している以上、こちらから探りにいかない限りこうなる展開は読めていたが、これじゃ変な情報だけ耳に挟まれて気が悪くなっただけじゃねえか。

 三時も過ぎて異世界人のことなんか忘れかけていた頃、風情ある商店街を三人で歩いていたんだが、行き交う人の様子が可笑しくなってきた。 

「この辺で強盗が起きたみたいよ」

 待ちの人の会話を盗み聞きしたのか、結奈は周辺を見渡しているが、今時こんな騒ぎになるレベルの強盗をやる奴なんかいたんだな。

「おっ?」

 よくよく考えれば強盗するような奴が異世界人とかHM社の人間な訳がないよな。アイツらと強盗は悪さのベクトルが違う。

「これに乗じたら少し時間作れるわよ、せっかくだし様子見に行く名目で」

 陽菜目線何で一般人が態々強盗の元に行くのか理解できんので『せっかく』以降の部分は意味わからんが、

「まあ、見逃すわけにもいかんか」

 職業病ってところだろうか。こういうのが付近で起きたら、否が応でもとりあえずは様子見に行く必要がある。異世界人の潜伏情報がある以上、身分を証明する物がなく働くことができず、こういうやり口で生活手段の金を工面している可能性もなくはないからな。水商売で深い関係性を持った相手が『頭に謎の突起がある』と通報したところ、その女が異世界人だと判明して殺処分された前例もあるぐらいだ。実際にこの目で見てみない事には何も始まらない。生存本能が高い異世界人は何をしでかすか予想できないんだ。

 いち早く先生に連絡していた陽菜の会話が終わったのと同時に、

「ごめん、陽菜。ちょっと用事ができた」

「えっ、今⁉ どげんしたと⁉」

 目的を伏せたから強盗の元へ行くと思われていない。

「アンタの身の安全まで保障できないから、付いてくるんじゃないわよ?」

 それだと気になって尾行されると予想したのか、続いて結奈が補足説明する。

「あっち行くの? 危ないよ⁉」

「安心して。私たちは関係者である可能性があるから」

 これ以上陽菜と話してる場合じゃない。目撃情報が出たということは、既に犯行途中か逃走途中。事態は一刻を争う。

「終わったら連絡するね」

「二人はどういう関係なの……?」

 後で話すさ。WB社の秘密保守は知らんので、俺の口からは結奈がフレームアーマーであることを公言しないが、普段俺達対異世界人関係者が人工島で何をやってるのかぐらい。この手の業界ってもんは、公には綺麗事のように改竄されて公表されることもあるからな。

 耀傷は対異世界人関係者が何をするのかすら教えないようになってしまったようで――義務教育に組み込まれたはずだったが――本格的に三校の関係性を脱退しようとしている印象を抱きつつ、人の流れに逆行するように進む。周囲の人々を散り散りにさせてしまう程の強盗って一体全体何をどうしたらなるんだよ。

「なんでそんなに誤解を招くような言い方するの? 友達でしょ?」

「この状態の言葉選び難しいんだよッ」

 そもそもなんで観光地で強盗するかね。耀傷の生徒がちらほらいるだろうが。お金はレジにたんまりあるかもしれんが、もっと辺鄙なところで隠れてやりやがれ。それだと女装人間もやりやすい。

 商店街は細道があっても観光客からすれば一本道という印象でしかない。一方に逃げていくので方向はわかりやすかったが、商店街を抜けてしまうとどこが事故現場なのか想像がつかない。周囲の人々がざわついていて、スマホ片手に立ち往生しているだけだ。

「いや、あれだろ」

 すごいな。あからさまなスモークを施した黒塗りのミニバンが前を通り過ぎて行った。もっと潜伏する気は無いんかよ? 速度は出してないので浮いてはないが。

「現場は警察に任せてあたしらはあれを追うわよ」

「追うって、徒歩でか?」

 いくら対異世界人関係者だろうと車と同等に走れというのは無理がある。せめて理解者しかいないか、一般人の目が無い場所でやらせろ。

「自転車があればいいんだけど……仕方ないわね」

 結奈は俺の手を引っ張って最寄りの裏路地に入り、人知を超えた跳躍力で商店街の入り組んだ屋根の隙間に身を潜めた。

「やりづらいでしょ、さっさと着替えなさい」

 いつの間にかフレームアーマーの飛行機能の駆動部分だけを出現させていた結奈は、俺を鷲掴みにして空から追うことにしたみたいだ。みっともないんで人工島以外ではやりたくないが……事が事だ。仕方ない。

「替えなんか持ってねえよ……って言いたかったな」

 癖というより当然のことだが、自衛のために信頼できる防具は常に身に纏っている。楓から見繕ってもらった女装が少し小さめである理由は、上から防具を着れるようにするためだ。そのせいで制服から隠し切れない腕や足が露出し、男っぽい形状や筋肉の具合からコイツに萩耶だとバレたしな。

 守るためにフィット性が高く、小さめの服の中に隠して着ることは容易く、小さくしていたお陰で女装もそこまで邪魔にならないように着こむことができ……

「軽装だが、銃撃戦にはならんだろ」

 フレームアーマーと、生身の人間。いつもの構図になったな。これから常に隠密行動なんで、耀傷の生徒に見つかることもなければ性別を偽る必要もない。

「行くわよ」

 流石に外で着替える気にはならなかったので、多目的トイレで着替えてきた俺の襟元を掴んだ結奈は、地上から300mぐらい上空まで一気に上昇する。

「このぐらい高ければ点にか見えないでしょ」

「安心しろ。俺達は肉眼では見えても光学迷彩で映像としては捉えられないし、レーダーがあってもひっかからん」

 確かに東京タワーから見下ろした時の人間は殆ど点に等しいが、そもそも映らなければ証拠が出せない訳で、絵空事を語ってる悲しき人になるだけだ。それに地上は混乱真っ只中なんで、上空を見上げる奴はいないだろう。強いて言えば、京都タワーで双眼鏡を覗いてる奴ぐらいだ。そもそも双眼鏡越しで映るのかも怪しいが。

 車は金閣寺よりさらに奥の方に進んでいき、山に差し掛かる手前にある町工房のような廃れた倉庫に入っていく。

「いかにもだな」

「場所が場所だから異世界人が絡んでる確率が上がったわね」

 この手口はHM社を筆頭に悪徳会社がよくやる奴だ。表向きはごく普通の会社やってますよって装う奴。

「プランとかあるのか?」

「ないわよ。強盗してるんだから話で解決できると思ってないわ」

「カチコミか」

 鳥瞰体験を終えて降下するにつれ、角度的にようやく謎のスプレー文字や金属バットか何かでぶつけた跡らしき凹みなどが見えてくる。横から見たらあからさまにやくざのたまり場じゃねえかよ。流石に銃創は無さそうで一安心だ。

「何してんだ、行けよ」

「普通それ女にやらせること?」

「今の時代、それは男の台詞だ」

 フレームアーマーの影響で女の価値や人権が上がり、男はその辺の工場でフレームアーマーの量産だ。するしないは置いておき、ちょっとでも女の気に障れば容易く殺すことだってできてしまう物理的な格差も生まれている。男女平等なんざ今時あってないようなもんだ。

 そもそも結奈はWB社の人間であれば、この件の主導者でもある。俺に先陣切る気はないので、いつの間にか制服姿に戻っている結奈の半歩後ろをついていく。

「一般人を殺すことはできないわ。フレームアーマーで危害を加えることもね」

 これから交戦になる前提で自分の立場を共有してくる。

「逮捕の権限はあるのか?」

「それは公社だけよ」

 公社とは、人工島管理公社だ。人工島では三権全ての権力を持つ。対異世界人関連の権限は持たないが。

「あたしたちができるのは、相手を無力化して警察に身柄を引き渡すことだけね。気絶はいいけど、ケガさせたらダメよ?」

「条件多いな」

 相変わらずWB社は決まりごとが多すぎる。常時監視下だから遵守しないといけないとはいえ。あーあ、無法者の俺一人がやりやすかった。

 拳銃は元より、剣も使えず徒手で対処するしかなくなった中、結奈はトラックが出入りできるように設けられた巨大なスライド式の扉を蹴り倒す。もう既にやりすぎだろ。

「京都では戦わないと思っていたが……」

 無理だな。蹴り倒されたのにも関わらずビビりもしないチンピラ集団が「んだぁゴラァ……」とメンチ切ってくる。しゃがんでる奴、タバコ吸ってる奴、チェーン回している奴、端から待ち構えていたと言わんばかりの出来上がった態度だ。

 どこからともなく象徴と言わんばかりに刺青を彫った連中が姿を現し、自然と背後の逃げ道も塞がれる。急ぐように回ってきた訳じゃない。周辺に居座っていた見張りも含めたかなり大きな円を徐々に縮めてきた結果だろう。

「災い事慣れしてんな」

「まあねー」

 良くも悪くも、俺達もその道の人間。言わずとも自然と背中合わせで死角を減らす。相手は……ざっと、五十人程か。拳が大半だが、バットや鎖、ナイフを持っている奴もいる。

「マル目か? ポリか?」

「知るか。肝っ玉が据わってるガキには変わりねェ」

 この業界を知らないんで今時そんな言葉使うのかは知らんが、いつもと違う雰囲気ってのもいいな。骨折ぐらいの被害与えそうで怖い。

「異世界人はいないようね」

「んだぁ? 異世界人……? んなもん頼ったって仕方ねえぜ?」

 一人嘲笑えば仲間も笑う完全アウェイの状態だが、何をしでかすかわからん異世界人に乞うと捉えられた時点で、ここに異世界人が潜伏している可能性はほぼないとみていいだろう。耀傷での勉強漬け生活のお陰か、≪エル・ズァギラス≫を使わなくても導き出せた。

「あくまで自己防衛を装うのよ」

「こっちから仕掛けといてか?」

「違うわよ、自己防衛の過程で相手をやっつけてしまったってことよ」

 よくわからん。別に頭良くなってねえわ、思い上がりすぎだ。

「タダじゃ済まねえからな」

 ヤクザの符牒は理解できない。合図っぽくない言いぐさだったのに、野太い声を上げて徐々に攻撃を仕掛けに歩み寄ってきだした。

「お前、徒手の才能あるんだよな?」

「侮らないで」

 各々がやりたいことをやるからか、こいつらには一体感というものが見受けられない。仲間への被弾もお構いなしでわらわらと攻撃を仕掛けてくる。実際この量で攻めてこられたらその戦い方でも十分に太刀打ちできるんで、敢えて作戦なんか立てていないような雰囲気がある。確かに映画やドラマで見るヤクザ系の抗争シーンは、それぞれが好きなように殴りかかっている描写の確率が高い気がするな。迫力は十二分にある。

「へぇ、そういう感じか」

 強盗してアジトまで所有するレベルだからか、ナイフの構えや攻撃の仕掛け方は素人のものではない。だが人という感情までを捨てる領域には来ていないのは、奪い取ったナイフを向ける事で直ぐに見えてきた。

「感心してる場合?」

 あーあ、貸しを作るつもりなんか無かったのに、結奈目線だと貸しを作ったような構図になってしまったな。武器を奪い取って委縮した相手を笑っていたから、背後から殴りにかかってきていた輩の存在に気づいていないと勘違いされたようだ。その程度の奴が普段お前らの監視網から抜け出せるかよ。

 こうも一斉に殴りに来られると、誰がボスなのかも判断がつかず……

「盗品はどこやったんだ?」

 適当に一人の首を掴み上げ、問いただす。

「さ、さあな」

 流石はヤクザ。よくできてんな。いくら表情から恐怖を隠しきれてなくても、口だけは裂いてくれない。なら、

「守るものがあるんじゃねえのか?」

「……奥だ。これから車を変えて売りに行く」

 一般人って単純だな。コイツの場合は指輪を一瞥しただけで吐いてくれたぞ。

「んだこいつら……」

「どこのごろつきや……」

 三十人ほどが気絶したからか、残りの二十人ぐらいが交戦を諦め、距離を取り出した。

「飛んでくるぞ」

「どういうこ――」

 ――ほらな? やっぱりヤクザともなれば、一丁ぐらいは持ってたか。

 トカレフのコピー品の売れ残りの余得なのか、精度が悪ければ原型も留めないレベルに年季の入ったガラクタ銃で撃ってきた一際目立つスーツ姿のごつい男性は、

「目障りだ。消えろ」

 続けて弾の許す限り発砲してくる。

 アイツもその銃の精度の悪さを理解しているからか、俺達を正確に狙う素振りは無く、歩み寄りつつ適宜トリガーを引いている。委縮・牽制用といったところか。

「これは正当防衛でしょ」

「まあ待て」

 一般人の前でいきなりフレームアーマーになる前に、俺にだけ伝わる隠語で対処法を変えようとしてくるが、その必要はない。

 流石にフレームアーマーにならなければ結奈は突出した逸材レベルにしかなれず、銃弾なんか見切れなければ避けられない。だが俺は、それができる。いくらギャンブル撃ちでも、突然来る当たる軌道を躱すことができれば、弾いたり逸らすことだって容易。運がいいのか全然被弾する軌道に飛んでこないので、貸しを返すことができないのは遺憾だな。

「売りに行く車でも止めてさっさと通報しておけ」

「何をする気か知らないけど、時間稼がれてる気がするのも確かだわ。被弾しても知らないんだからね!」

 最近の車は凄いからな。ほぼ無音で動くことができる。そうこうしている間に、主要の盗品を持った人間が逃げ出してしまえば、この善意が無下になる。

 粗方何をする気か想像ついているはずの結奈は、残党狩りをしながら言われた通りの方に進んでいく。

「さ、どうした? その肉体で拳銃しか使えないわけないよな?」

 その拳銃すらもまともにいうこと聞いてくれてないが、敵の気持ちを揺らいで発砲し続ける行為を止めさせる。こんな物騒な音、近所迷惑だからな。

 残弾撃ち尽くして拳銃を投げ捨てた男は、

「どこの骨だ」

「さあな」

 微塵も動揺することなく、防御態勢は取らないまま次の行動へと移している。上に立つ者の余裕というより、一発も当たることが無かったことが想定内だったというマインドだろう。

 またオンボロ銃が出てきたが、人は当たらなくても発砲されりゃビビるからこれで事足りてたんだろう。発砲されても動揺されず、寧ろ立ち向かってくるのは初の敵だろう。そしてお前がヤクザであり続ける以上、今後一生出くわすこともないはずだ。

「世の中、拳銃が最強じゃないんでね」

 拳銃がきかない敵と遭遇したことがコイツの今後の活動にどう影響を及ぼすか知らないが、深く考えすぎないでいい。その玩具を軸に一生暴れてりゃいいさ。俺には実害が無い相手だし、警察じゃないんで取り締まる気もない。

 いつの間にか耳元で囁かれ、拳銃を構える腕を掴まれていたドンらしき人物が驚いた顔を見せた瞬間、関節技をきめて一瞬にして地に落とし、嫌味ったらしく奪った拳銃のグリップ部分を使って気絶させる。こうも呆気ないと自分がどれだけ一般人離れしてるのかひしひしと伝わってくる。

「親玉は鎮めたぞ。そっちはどうだ?」

 徐々にパトカーの警報が近づいてきた。今結奈が通報したとは思えないので、騒ぎを聞いた周辺住民が通報してたんだろう。そろそろ潮時だ。

「盗んだものは現金とバッグとか宝石だったわ。査定額まではわからないけど、全部で百万ぐらいの儲けが出るんじゃない?」

 五十人ぐらいの組織で百万の儲けはコスパ良さそうには思えんが、銀行とかハイリスクハイリターンを狙うよりかは無難なんだろう。ヤクザもヤクザで考えて立ち回ってるな、今回は運が悪かっただけで。

「俺達も引くか」

「引いてどうすんのよ。事情説明するわよ」

 いつもの癖で対処が終わったら姿を眩まそうとしたが、この場合はダメか。ちゃんと話をつけないとこっちが悪者になる可能性まである。

「ちらほら逃げてる奴はいいのか?」

「あたしらが気にすることじゃないわ」

 俺と同じく結奈も警察の仕事まで受け持つ気にはならないようだ。

 めんどくさい書類無しで、十分ぐらいで話理解してくれればいいんだが……薬物はなくても拳銃があったんで、結構長引きそうだ。今日はここで終了だな。ということで陽菜に連絡を入れようとするが……

(流石に充電切れか)

 スマホは使ってなくても勝手に充電が減る。元々が一桁だったからしゃあないか。


 結奈がWB社の人間ということもあってか、事後処理は一瞬で終わり――どうやらフレームアーマーだから映像記録がある訳で、それを提供するから証拠としろとのこと――五時ごろ、自由の身となった。

「異世界人と何の脈絡もないヤクザだったね」

 残ったヤクザは全員連行されるようで、大量の警察官が忙しそうにしている中、物置になっていたプレハブ小屋で萩華の姿に戻ることができた。人目のつかない場所だったんで、ここからは騒ぎが気になってやってきた女性を装うことができるだろう。

「あたし、オペレーターと話あるから。あと一時間ぐらいしかないけど、陽菜と回ってくるといいわ」

 無理もないわな。居たし、異世界人。

 魔法だったので気づかなかったが、結奈が蹴破ったはずの扉がいつの間にか元に戻っていた。あんな巨大な扉が音も凹みもなく元通りになるわけがないので、ここに異世界人が潜伏しているのは確定。戦闘に顔を出さず、設備修繕に回っている辺り、どちらかといえば奴隷的な役回りだろうか。

 ドンは潰したし警察は来たし……後はこれから捕虜の異世界人を探し出すだけなんで、俺はいなくてもいいだろう。というか、居たところで人の目がありすぎて≪エル・ダブル・ユニバース≫を使う余裕が無いんで、せっかくの京都を満喫した方が有意義だな。

「……で、何でいるの?」

 結奈と別れて倉庫から離れていく道すがら、隣の道路からフェンス越しに視線を送ってくる陽菜に対して声をかける。

「流石に心配で……」

 まあ……しゃあないか。俺や結奈が普段何をしてるか知らないし。

 よく見れば近くで路駐している車の運転席にはStellaの先生が乗っている。陽菜自身の心配もあっただろうが、はぐれたと捉えた先生が働きかけたっぽいな。

 先生と合流し、お互いの情報を共有したところ、事前に自由行動中はスマホの位置情報を共有するようになっていたので、それを基にやってきたらしい。どうやら俺の通信が――単なる充電切れで――途絶え、それでも陽菜や結奈が近くにいたから一緒にいるだろうということで問題視していなかったが、次第に陽菜と結奈の位置が離れていき、陽菜から強盗の連絡が入ったので、マズいことでも起きたんじゃないかってカーシェアで急行したらしい。先生は大変だな。高貴な人たちを扱ってるからそれなりに気を張り続けてただろうし、教員免許の他にある程度の身体能力も要求されてるだろう。とはいえあくまで非異世界人関係者。結奈は元より、最近編入してきた俺が裏で何をしている人なのかとか、分かりっこねえだろう。何なら同じく編入生の結乃が差し金となって情報操作してるからな、この転校。

 残り一時間で行く宛てが無いというより、先生がお疲れだと思う俺の為を思ってか、車が向かう先はナビを見る限り泊っている宿だ。今からでも動き回る体力は滅茶苦茶あるが、陽菜の安堵した表情から「それじゃ観光再開しよっか」とは言いだしづらい。今は平和を噛みしめながら、お互いの情報を共有すべきだろう。

「……か、かっこいいよ……」

「ん? 何か言った?」

「何でもないよ」

「そう」

 後部座席で肩に体を預けてきた陽菜は、建物や対向車の影響で断続的に夕陽に晒され、キラキラした瞳の色彩が強調される。

「萩華さんはヒーローなんだね」

「そう言われることがよくあるんだけど、本当のヒーローに失礼だからやめてね」

 ホント、ヒーローの定義が稚拙だよな。みんな、皮肉なほどに揃いも揃って。


 先生はこれからも見回りを続けるようなので、宿で降ろしてもらって別れたが、退治と違って優秀な生徒が多いからか、ぼちぼち戻ってきている生徒がちらほらいる。大浴場の近くにある休憩室に卓球とかけん玉とかボドゲがあるらしいので、夜飯の時間まで耀傷の人たちと遊ぶことにした。俺や結奈が普段人工島でやってることは、夜飯後しっかりと説明しておいた。

 翌朝、十時出発なので朝風呂に入る余裕もあったが、男の俺はそんなことできず、人生初の高級旅館を後にする。新幹線に乗って京都とおさらばし、昼休みを挟んでから体育館で自由行動の発表会やら、フォトコンテストやらをやるらしい。

 昼飯は東京で食ってきてもいいし学食でもいいらしいんで、せっかくだし釜飯でも買おうかとしたんだが、あれって京都東京間の新幹線で買える駅弁じゃないらしい。無知で情弱が高望みするんじゃなかった。

 陽菜は片手で食べられるサンドイッチを買い、自由行動の情報をまとめたり、撮った写真の整理をするためにパソコンがある部屋に向かっていったので、一人で学食を食いに行こうとしたら結奈とばったり会った。結奈もたまには学食食うらしい。

「一回も会わなかったけど、品川からどう来たの?」

「陽菜とタクシーで来たよ」

「金持ちはいいわね」

 そういうお前も今いるってことは、空飛んだだろ。

「あの後どうだった?」

「車のリアに異世界人が隠れてたから殺したわよ。全然仕掛けてこないから、危うく見逃すところだったわ」

 やっぱり異世界人居たか。無事に始末できたようで何よりだ。

 食堂に着くと、もうすぐ一時になるからか、殆ど利用客は居なかったが……最奥の席に、結乃がいるな。目が合った瞬間手招きされた。

 結乃と陽菜は接点があるかは知らないが、結乃と結奈は同じ会社の人間で面識もあるからか、別のテーブルに座ることなく集合した。

「結乃久しぶりね。編入してきてびっくりしたわ。今となっては萩―……」

「華」

「が一緒に居るから裏があるってわかったけど」

 萩耶の方に親しみがありすぎて偽名が出てこんのはわかるが、よく「耶」と言い切らないで踏みとどまってくれたもんだ。

「昨日は良い活躍だった。まさか異世界人が潜伏しているとは思っても居なかったよ」

「取り巻きがきっかけを作ってくれたおかげだけどね」

 二人はWB社の業務トークを一頻り交わした後、

「新谷君、明日の昼には退治に戻る。最後の女装生活、思う存分楽しみたまえ」

 いきなり俺の方を見てきたかと思えば、直前になって重大発表してきた。発言に続いてスマホから通知音がしたので、見てみると……なんか電子マネーに十万も振り込まれてんだけど? こんなのお金じゃなくて汚金だろ、怖すぎ。

「私Stellaっていう異世界人関連に目指さない人しか居ないようなクラスに属してたんだけど、それでも得られる情報あったの?」

 Stella全員の注目を集めることはできたが、他三クラスとは基本的に体育の授業ぐらいしか接点がなかったので、ほぼほぼ集められずに今日を迎えている。強いて言えば友達の友達として他クラスの何人かと知り合ったぐらいだ。

「得られる情報はあったが、新谷君が居る必要はなかったと言える」

「だよね」

 俺としては楽して美味しい思い出来たからモーマンタイ。不労所得万歳。

「あたしに任せればよかったじゃない。Canopusなんだし」

「ぼっちには無理なのだよ」

「ぼっちじゃないわよ!」

 うるせえな。過去一レベルで怒鳴りやがった。しかも真隣で。

「編入先のクラスまでは操作できないから、こればっかりは仕方ないのだが……楽しめたようで良かったのではないか?」

「まあ、そうだね」

 正直修学旅行まで行けるとは思わなかった。翌日いきなりお別れは寂しいが、早めることもできたはずなのに修学旅行までを期間としてくれた結乃には感謝だな。

「結奈もありがとね、隠してくれて。また転移者の元で」

「別に言いふらす相手がいなかったわけじゃないんだからね!」

 なんでそこでぼっちを晒してくるかわからんが、結奈と陽菜はいつでも萩華は男だと暴露できる状態だった。少しでも気に障れば情報を人質に上手いことやることもできただろうに、そんなことしてこなかったのは二人の根が良い証拠だ。

「そろそろ発表会の時間だ。自分の発表を刮目してくれたまえ」

「う、うん……」

 それでずっとノートパソコンを触ってたみたいだが、宿に一人でいたわけじゃなかったみたいだな。修学旅行、結乃が行ってみたかった説ある。

「あたしたち、まだご飯来てないけど遅刻扱いになるのこれ?」

「ここの学食時間かかるから、遅れそうだったら食堂の人が先生に連絡してくれるよ」

「へぇ、融通利くわね」

 俺も最近知ったんだけどな。Stellaの人と話が盛り上がりすぎて教室に帰るのが遅れただけなのに、食堂の人が優しすぎた。

 昼飯を食べた後、体育館に同学年全員集合し、まずは自由時間何したかの発表タイムが始まった。各班それぞれ発表していく形じゃなく、まずStellaのターンみたいなイメージで、他三クラスが説明を聞きたい班にお邪魔してお話を聞く形だった。これも何らかの授業の一環なんだろうが、特殊すぎて何の授業か想像つかんな。

 行動プランは人それぞれで、分単位で厳密なプランを練っているところがあれば、水族館に行って終わりみたいなガチ勢向けプランがあったり、タクシーの運ちゃん任せプランとか観光ガイドに沿ってみたとか発表前提の企画じみたプランの班もあって、話を聞いて回るだけでも思ってた何倍も面白い。こうすることで新たな発見やまた行きたい欲求が高まるという、よく考えられた催し事だな。

 萩華・陽菜・結奈班は、流石にヤクザと対峙していたとは言えないので、商店街からの予定は陽菜が事前に計画していたプラン通りだったと捏造し、所謂京都と言えば! 的な名所を無理なく回った、京都旅行初回に打ってつけのようなプラン発表となった。結奈が居ても萩華や陽菜の影響で注目を浴びることになったので、正直陽菜が手書きで作った可愛い計画表がなければ詰んでたな。

 続くフォトコンテストは、壁側に飾られた写真やスマホの専門サイトからエントリーした画像を見て、気に入った画像に一人十票まで投票する。そしてトップ30がプロジェクターに映し出されて大々的に発表されるとのこと。

 俺達がエントリーした写真は、旅館で月明りの中正座してお茶を飲む浴衣姿の陽菜、買い物袋で両手が塞がれてるのに更に飲み物も買ってあたふたしてる結奈、金閣寺を掌に乗せる構図の陽菜、銀閣寺を踏みつぶそうとしてる構図の萩華、滅茶苦茶美味そうに昼飯食ってる陽菜、ハートストローのクリームソーダを前にドヤ顔する結奈、駅弁があると勘違いして新幹線に置いて行かれかける萩華の計七枚。俺と結奈はフォトコンテストのことなんか忘れていたので、二百枚ぐらい撮ってた内の殆どは陽菜撮影だ。逆に面白い瞬間は的確に撮影していたので厳選が楽だった。

 別にエントリー枚数に上限はなかったが、友達間でおもろい奴とか、エントリーするまでもない奴が意外とあるからか、どの班も多くて五枚程度だ。自分の班には投票できないみたいなんで、他の班の画像を漁っていたところ……なぜか萩華が清水寺で夕陽を背中に遠くを見てる写真が紛れていた。俺達が清水寺に行ったのは昼間だったので、誰かが盗撮して更に加工までしやがったレギュレーション違反級のこの画像は、所見では加工って気づかないレベルで技術が高くて腹立たしかったが、自信満々だった結乃が自由時間プレゼンの時に居なかったので何となくこの写真の出どころが理解できた。

 何だかんだその加工写真に票が入りトップ30入っているのには舌打ちがでかけたが、駅弁ミスの俺がトップ15、お茶を飲む陽菜がトップ10という大健闘だった。やっぱり京都で検索すればすぐ出てくるような王道スポットの写真は伸びないようで、中々見れない神秘的な写真や仲睦まじく複数人で撮ってる写真が伸びていた。

 飲み物あたふた結奈が四位だったのは本人が一番びっくりしていたが、惜しくも表彰台を逃し商品獲得ならず。でもこれきっかけに友達を作ってくれ。多分一人十票持ってるから、軽いノリ――滑稽的な意味合いで入れてたらなんやかんや四位まで上がってしまったってパターンだろうが。

 生徒会の仕事があるからか、ホームルームが終わるとすぐに教室から姿が消えていたので、転校手続きを済ませに教員室に行き……

「一緒に帰ろっ?」

 教員室から出たタイミングで左の角から陽菜がひょこっと顔を出してきた。何はともあれ入れ違いにならなくて良かった。

「修学旅行楽しかったね」

「だねー、いい思い出沢山できちゃった」

 下駄箱で靴を履き替え、中庭へと続く道を進む。

「私ね、もうすぐ……というか、明日なんだけど、転校することになった。元居た学校に」

 長引いて言うタイミングを逃したり、変な憶測が生まれるのも嫌だったので、学校の敷地から出るよりも早い段階で寂しいお知らせをする。

「えっ……そう、なんだ……」

 ビックリしてから徐々に悲しそうな表情へ変化していくが、どこかいずれこの時が来ることを分かっていたような、それがもう来ちゃったかという喪失感のような、そんな感情が見えてくる。

「そうだよね、萩華さんは人工島の人やけんね」

「別に一生会えなくなるわけじゃないから」

 自分を言い聞かせているようにも聞こえたので、少し笑いつつすぐ返答する。そもそも二週目生徒なんで今高校に入学してること自体可笑しかったりする。

「そうだ、今後も定期的に勉強教えてくれない? 久しぶりに真面目に勉強して、私ってバカで色々損してたんだなーって気がついた」

 身近に頭の良い奴ぐらい沢山いる。教え方が上手い奴も。でも、人工島に戻ってしまえば、陽菜のような一般人と金欠の異世界人関係者とでは、ほぼ確実にタイミングを合わせることができない。それこそ勉強のように、何かこっちから得るために赴いたりしない限り、連絡橋の申請が通らなければ予定が合うとも言えないからな。今の時代、スマホで連絡を取ることは容易いが、やっぱり実際に会って何かをすることに越したことはない。

「うちはいつでもまっとーよ!」

 金稼ぎのバイトでお世話になることが先になることだけは防がないとだな。

「うちに強盗が来たら萩華さん呼んでいい?」

「連絡がつく保証はできないし、着くまでにどれだけ時間がかかるかわからないけどね」

 正直京都での強盗は偶々逃走する姿を目撃できたから解決まで導けたが、俺にもWB社にもヤクザ探知機なるものは持ってないんで、問題解決に導ける確率はかなり低いが、余程あの出来事が印象に残っているんだろう。一般人にとっての強盗事件とは、そういう位置づけだ。

「値段はお友達価格でいいよ」

「お金は取るんだね」

「生計が立てられないからね」

「命に関わるからって理由じゃないんだ……」

 命に関わるって理由でお金発生するのはWB社だけだ。悲しくも個人活動なんで金を与えてくれる人や組織はない。一般人からしてもお金貰えてないのは異常って認識なのは唯一の救いかもだ。

「嘘。別にお金なんか取らないよ」

 なんて笑いながら言っていると……

「やっほー。しゅうやんもうそろ退治に戻るって聞いたから、るみまりと覗きに来たよ~」

 校門前で待ち伏せされていたらしく、俺と陽菜が学校の敷地から出た直後に不良集団の如く囲んできた。まあ、契約の恩恵が切れていても楓の声が聞こえたから何となく察したけど。

「一般校ってすごく煌びやかなのね」

「この学校もかなりイレギュラーだけどね」

「ボクもこの学校に転校しようかなー、対異世界人関係目指してないし」

 ルミーナと楓は俺や陽菜を見るより先に校舎を覗き込んでいる。高貴な人が多いとはいえ、別に敷地に足を踏み入れたら締め出されるってわけじゃないのにな。

 ある程度校舎を覗けたからか、次第に三人の視線はあたふたしている陽菜に向けられ……

「しゅしゅしゅしゅしゅうやんにまともな友達が⁉」

「石塚、愼平、禎樹(よしき)……確かに、初のごく普通な人かも」

 流れで愚民・石塚を友達判定にしてしまった。マズい、猛省案件だ。

「退治のお友達……?」

「うーん、姉と妹と幼馴染だね」

 楓も退治に居るとはいえ、退治の友達って意味合いはなんかしっくりこない。

「うちは」

「なーひー!」

「萩華さんから話聞いとったんやね」

 服の話なら頻繁にやり取りしたが、三人に陽菜の話した記憶は無いが……別に隠すようなことでもないんで既に知られていても問題ないか。

「福岡弁だぁ! 方言界隈でいっちゃんすいとーとよ! しゅうやんどげんして捕まえきたっちゃろうか!」

「はい……?」

 親と話してる時の陽菜の口からも聞いたことないレベルのコテコテ福岡弁出てきたぞ。

 似非方言がこんなに上手いとは思ってもいなかった陽菜も陽菜で驚き、

「安心して! ボクはライバルとかじゃないから! ATMだから‼」

 楓は意味も分からんことを陽菜に言い聞かせている。よくわからんが、楓の良いところは誰とでも友達として接することができること。久しぶりにこのテンポ間を見ると、他の事考えてるのがバカらしくなってくる。

「とりあえずこれはボクからのプレゼントだよ!」

「誰が札束渡してるんだよ。寧ろ現状一番楓が可笑しいよ」

 今萩華の姿で楓と日常会話を交わしてわかったが、この姿じゃ付いていかねえ。テンションが間に合わん。とりあえずどこかで着替えさせろ。

「面白い人ですね」

「面白いって万能な言葉ね」

 ルミーナが言う通り、『ヤバい』と一緒で面白いが差す意味が広すぎる。でも具体的に言うとキリがないんで、直感的で伝わりやすい形容詞の方がぱっと出てきやすい。

「なんていうかまあ……退治はこれよりひどいのがごまんといるから、対異世界人関連に興味がないなら近づかない方が吉だね」

 陽菜にはバレエや新体操といった特技があって、観葉植物や熱帯魚の趣味もあって、家が花屋を営んでいる。勉強もかなりできる人なので、どう転んでも対異世界人関係には来ないだろう。

「それってボクも酷い奴の仲間入りってこと⁉」

「言葉の綾、かな」

「あ! 逃げた! しゅうやん逃げた!」

 空笑いしていると、楓が焦った表情でいきなり両耳を手でふさぎ始めた。

「やばい耳栓買わなきゃ」

「なんで?」

「石塚の咆哮がぁ!」

「お前だけでもあーちゃんと呼んでやれ」

 こればっかりは小声で対応したが、別に今から陽菜を人工島にある実家に連れて行くわけじゃないので、陽菜と石塚が出会う日は皆無だろう。その心配は取り越し苦労だ。

 こんなおしゃべりマンは耀傷にはいなかったので、新鮮さから陽菜はずっと笑っている。楓もその珍しい反応に気持ち良くなって暴れまくってる印象がある。あーあ、笑いすぎて涙ぬぐい始めたよ。楓もどうやったらそんな高速で喜怒哀楽の表情操れるんだよ。

 何かに気づいたようにハッとした陽菜がスマホで時計を確認し、

「ごめん、そろそろ帰らなきゃ」

「あっごめんね! つい話すぎちゃった!」

 周囲をキョロキョロしている。今日は修学旅行帰りで荷物が多いから、親が迎えに来てくれてるんだろう。

「いつでも連絡してきてね。今度みんなで遊びに行こう」

「うん、またね」

 陽菜は俺に手を振った後、楓達三人に軽くお辞儀してから離れていった。

「いいね! 普通の友達!」

「尊敬するわ、私あんなすぐ仲良くなれないわよ」

「私もだよ」

 何なら俺やルミーナ、マリアは友達と言えば友達なんだろうが、友達になったって印象よりチームメイトって印象の方が強いからな。いかんせん三人とも友達としての距離の詰め方が下手くそでその自覚がある。

 なんかあと一週間ぐらいしたら俺より仲良くなってそうだが……

「一般の人と関わる時は、いかにスマホが大切かよくわかったよ」

「今の時代必需品だからね!」

 そうなってくるとルミーナは付属中に通っているので、スマホを持たせた方が良いのかと思ったが、

「私はいらないわよ。リスク高いし、理解してる人としか友達になる気はないわ」

 公共の場なので「異世界人だから」って部分が伏せられていたが、俺が強要する前に本人の防御力が高いことは良いことだ。実際のところ一緒に暮らす俺やマリアとは念話で連絡が取れるし、友達を作って出費を増やすなら尚更付属中どころじゃない。三人揃ってバイト生活だ。

「でも全然連絡つかないのも忙しい人みたいでいいんじゃない?」

「結奈からはそう思われてたっぽい」

 全然返事をもらえないことに対して怒りを通り越して呆れて無の境地に達してたからな、あの人。

「陽キャってチャット送るぐらいなら実際に会って遊んでそうだもんねー」

 まさに楓はチャット送るぐらいならベランダから突撃してきてどこどこ行こうぜ! って言ってくる逸材だ。こういう友達は本当に大切にしないといけない。

「あーあ、明日から退治かぁ」

 もう振り返っても耀傷の校舎は見えないが、あの学校で貴重な経験沢山したもんだ。仮にこの世界に異世界人騒動が起きなくてもああいう生活を送る可能性が無かったにしろ、自分の生活では絶対に味わえない日常というものは、とても魅力的で幻想的。欲しても二度と来ない夢のような日々だった。染まってしまった者は、引き返せない現実ってのは辛いもんだ。

「美味しい思いしすぎて訛りすぎでしょ。こんな憂鬱そうな表情初めて見たわ」

 ルミーナから見下すような目で毒づかれようが、今は無敵にさえ思える。人間得るものえたら変わっちまうのだよ。多分今の俺は耀傷に行く前より多少殺しやすいですよ。異世界人保護派の皆さん暗殺に来るなら来てどうぞ。

「びっ、くりすると思うよー? こんな酷い学校あるの⁉ って」

 やけに溜めたのでまた悪い流れができてそうな気もするが、

「落差で風邪引きそう」

 どの道あり得なさでうんざりするのは明白だ。訛った日常を戻さないとマズい。

「ご褒美フィーバーは終わったことだし、久しぶりに合同練習でもするわよ」

「そうだね。結乃の依頼は終わったんだし、こんなことしてる場合じゃない」

 というより、さっさと女装を着替えてルミーナとマリアと契約を再開しておきたい。今思えば楓一人が異世界人二人連れて耀傷まで来てるの危なすぎだ。

「おっ、ボクもトレーニングに行っちゃおっかなっ」

 俺がやる気を見せると釣られて燃えてきたようで、マネージャーか誰かに連絡を入れ……

「徒歩で帰る?」

「うん、流石に」

「じゃあまた!」

 楓は小走り気味で振り返りつつ手を振ってきたので、俺とルミーナは軽く手を振り返し、マリアは一礼した。

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