3 双璧の厳秘
転移する際、俺の家の寝室を想像しながら転移した。仮説の一つに、想像した場所に転移できる可能性がある事が浮上しているからな。
ルミーナが去り際の俺に向けて発した別れの挨拶のせいで、複雑な心境なんだが……転移は中断できないし、もう入ったので最短でも24時間経たないと再会することは出来ない。
徐々に視界に色彩が戻ってきたので、ぼやける視界で目を凝らして周囲のクリアリングをしていると……
(とりあえず……一つの仮説は立証されたな……)
元通りに戻った視界に映りこんできた光景は、転移時に想像していた場所と完全一致している。でもまだ油断ならない。もしかすると、この地球は俺が存在していた時間帯とずれており、二年前の世界かもしれない。俺が二人存在する可能性もある。
時間、日付の他に、気温、湿度まで一目でわかる有能な時計が置いてあるのは隣のリビング。窓から差し込む光がない事から、今が夜だということがわかるが……俺が二人存在するカオスなタイムリープが起きてないことを祈り、部屋を移動し……時計を確認する。
時間は――22:43。日付は――4/17。年も転移前と変わりない。つまり……
(成功……か?)
時代は飛んでない。俺の部屋に変化が無いことから、俺が二人存在するカオス時空でもなさそうだ。つまり、地球と異世界は大体12時間くらいの時差があるってだけで、他人から俺を見ると、『短期間旅行に行っていた』それだけの話か……? これは高確率で成功した気がするぞ。
ともなれば、確信に近い仮説はいくつかある。まずは俺も転移することが可能だという事。転移で異世界に行け、戻って帰れたんだ。これは次行かなくても行き来は可能だと確信してもいいような説だ。次に、俺が見たことがある場所であれば、思い浮かべた場所に転移できる可能性があるという事だ。異世界に行く際は、異世界の地を見たことが無かったので想像しようがなかったが、自分の家を想像して帰ってきたら、正確に想像した場所に転移してきた。これは次転移する際、あのリンゴの木みたいな木がある休憩スポットを想像して裂け目に触れ、想像通りの場所に転移出来たら――説立証ということでいいだろう。最後に、時差が十二時間程生じてるだけで、タイムリープしない可能性が高いということだ。異世界に時間や日付の概念が無いということなので、これはまた地球に戻ってきてからじゃないと立証しない説だが、転移前の日時からクールタイムの時間分しか経過してないところを見るに、ほぼ確証に近い。
これまでの出来事、憶測、仮説を整理し終え、今から最低でも24時間はフリーとなる訳なんで……とりあえず今晩は寝ることにするか。一昨日と昨日、転移者相手やら勉強やらであまり寝れてないしな。
寝る直前に異世界語を覚えているかチェックしたところ、転移者に問う典型的な文章と、もし地球にルミーナ然り、翻訳魔法≪トラスネス≫を使える可能性がある魔法使いが転移してきた際に言う「翻訳魔法を使え」の異世界語バージョンはしっかり覚えていた。だが他の内容はさっぱりだ。全体の一割も暗記出来てねーじゃん。
悲しんでも教師が居ないので忘れないようにメモるしかない。紙切れに発音を片仮名で書き記しておき、眠りについた。
朝起きると……九時だった。大体十時間程熟睡したらしい。変な気配もなかったので、飛び起きることもなかった。
こんな時間から学校に行っても遅刻扱い確定なので、だったらもう今日は風邪でも引いて寝込んでいるという設定にし、装備品の手入れや、趣味のパルクール、日課の鍛錬や異世界人、フレームアーマーの相手でもしてクールタイムが終わるのを待つか。
そういや武器の手入れをしていて気が付いたんだが、ルミーナにナイフを貸したままだった。まあ代用できるナイフはあるからいいんだけど、あのナイフ特殊加工した一品物だから、大事に使うよう念押ししておくべきだったかもな。今頃ワイルドに魔物の剥ぎ取りに使われていると思うとぞっとする。
数発撃って減った.45ACP弾と.44マグナム弾を補充し、剣と一つしかないナイフの手入れも行い、戦闘服の汚れを落としている時に思い出したが……そういやあの服も貸したままだな。何してんだか、俺。
そう思い至ったらまた一つ思い出し、ポケットを漁ると……山分けした異世界の通貨が出てきたぞ。日本じゃ無価値の。
(こりゃあ……早々にまた異世界に行かないといけない用事が出来たな)
返してもらう為じゃなくても、直ぐに向かう予定でいたが、手入れが面倒なナイフや服の事を思っていると、早く行きたくてたまらないな。
だったら……まだ数十時間もクールタイムは残っているが、先に次異世界に持って行く荷物の整理をするか。
とりあえずはルミーナの替えの服。俺以外に誰も住んでいないので、当然風呂場に放置されたままの襤褸衣のような服を畳み……かけたところでやめた。どうせなら洗濯してから持って行った方が良いよな。戦闘服は洗濯方法が厄介で、専門でやってくれるところに持って行かないといけないので、そのほかで洗っておきたいものを洗濯物にぶち込んで回しておく。洗剤ブッ込んでボタン一つでやってくれるのは非常に助かる。
そして触りさえもしなかったらしい下着は……もういいや。どうせ持って行っても「なにこれ。邪魔じゃない?」的な反応をされて着用されない気がする。なので、他には帽子と置きっぱなしだった女性用の戦闘服を持って行くことにする。
(あとは……何を持って行くかだな)
リビングの天井を押し開け、ジャンプして縁を掴み、その奥に腕の力で登り……屋根裏部屋のような隠し部屋に入る。
この中は、室内にポイっと放置すべきでない物――そう、銃火器が保管されている。ハンドガンをはじめ、アサルトライフルやマシンガンといった銃があれば、剣や槍といった武器までもが犇めき合っている。
俺は剣銃所持が許されていても、他の人は許されていない。そもそもエアガンじゃないことが判明すれば、発狂する勢いで怯えるだろう。そんな武器はこうして本人以外知りもしない隠し部屋に隠している。
窓もなければ明かりも無い室内だが、暗闇でも大体日中と変わらず見えるので、ルミーナに合いそうな銃や武器を探す。ルミーナ自身が俺に味方すると言ったんだ。なら絶対に起こりうる対転移者及びにフレームアーマー戦に向けて、魔法が使えない地球でも活躍できる戦力を身につけさせないといけないからな。最低限でも護身はできるように。それはルミーナも理解した上であの発言をしているはずだ。
今まで会ってきた異世界人の統計的に、魔法使いが剣や徒手も得意とするケースは少ない。ルミーナ程強い魔法使いとなれば、ほぼ確実にどちらも知識ゼロだろう。フレームアーマーと戦うなら攻撃速度が自分に影響される武器の方が有効的だが、もし才能があったとしても、ゼロから教えるのは果てしない道のりなので……
どうせなら異世界だと魔法と併用出来たり、魔法での知識が活かせる武器がいいだろう。ともなれば、武器は限られてくるわけで……
(弓、か……?)
貰ったっきり使ってない弓を手に取り、これで活躍できるか思考する。
弓は遠距離から狙える。つまり、中遠距離から攻撃する魔法との相性が良い。でもいくら異世界で活躍できる武器だとしても、地球で相手取る人間は、銃弾並みに素早く動き回る。いくら精錬された技術を有していても、せいぜい時速200kmぐらいの矢が必中するとは思えない。実際ハンドガンレベルでさえフレームアーマー相手に撃ったところで当たりゃしねえし当たっても傷にならない。俺はそっち系の仕事してんだぞ、って職種が分かるアクセサリーみたいなもんで、一般人や転移者に対する抑止力、護身用ってとこだ。よって、地球では役に立たない。
(ならスナイパーライフルしかないな)
正直銃を持たせる案は、俺以外が銃を持っていると明らか可笑しくて、詮索される可能性が高まる。なので最終手段だったが、長年魔法使いとして体力や筋力をあまり必要としない攻撃方法で過ごしてきたであろうルミーナにはとりあえず現状はこうするしかない。
ならば、撃ち方さえわかれば最悪どうにかなる即戦力の銃――特に、遠距離から密かに狙うスナイパーライフルに頼るしかなさそうだ。単純に弓の上位互換な気もするし。
でも、そんな安易な判断で今後使用する武器を決めるべきではないことぐらい、流石の俺でもわかる。だが、スナイパー――狙撃手は、如何に相手に見つからずに殺せるかなんだ。自分は相手の存在に気付いていて、相手はこっちの存在に気づいていない。それが前提条件だ。だから撃たれた相手は何も分からないままいきなり死ぬ。つまり、一発で仕留めないとバレて警戒されるので、非常に高い冷静さと集中力が求められる。
となれば……異世界人で適性があるタイプとすれば、常に集中することを身につけていて、冷静な判断ができないとその場面に適した魔法を放てないであろう魔法使い系を生業にする人で、且つ耳とか目が良い人が打ってつけの銃になる。つまり、魔法使いで、耳と目がいいルミーナには適性がある訳で……
だが重くて持ち運びに不便だ。だとするとあまり動かないでいい魔法使いは筋力を持ち合わせていないので――地球だと魔法に頼れないし――そもそも持ち運べない可能性がある。……まあそういう機動性は追々考えるとして、ルミーナにはスナイパーライフルを使わせる案が一番有力だ。最悪Wアラーム度返しで魔法を使って強制離脱も可能だし、一旦持たせてみるか。
まあ……本音を言うと、剣や徒手の技術が無いなら非戦闘要員で居てもらった方がやりやすい。そのレベルで今の地球の対異世界人業界は生き辛い。その辺りの技量や意思も把握しないといけないな。
ルミーナの武器をスナイパーライフルに決定し、次にどのスナイパーライフルを所有させるか思考する。
スナイパーライフルと言っても、そう呼ばれている武器が一つしか存在していないということではない。俺がハンドガンを二種類携帯しているのと同じく、スナイパーライフルにもたくさんの種類が存在する。そして今俺の手元――というか隠し部屋にあるスナイパーライフルは、M82A3、ダネルNTW-20、レミントンMSR。どれも対人に撃つと言えば正気か疑われる高威力なスナイパーライフルだが、フレームアーマーや魔法を駆使する転移者相手にはこのぐらい威力があってもまだ足りないぐらいだ。
一番軽いレミントンMSRでも約6kgはあるので、どの道まずは体力面や筋力面の基礎強化から始めないことには話が始まらないので、今はルミーナが持てそうな重量で判断するのは止めて、単に性能で選別する。……まあ、最初から答えは一つしかないんだが。
唯一借り物ではないM82A3を収納したケースを手に取り、12.7x99mm NATO弾をあるだけ持ってリビングに降りる。久しぶりに持ったけど、やっぱ重いなこの銃。
そして……もしかすると、ルミーナが天性の才能で剣術を既にマスターしているパターンが、あの魔法技術からあり得なくもない気がするので、一応剣も持って行くことにする。
ルミーナの為の準備は完了したので、次は自身の準備をする。
俺の準備は至って簡単だ。だっていつもの作業を行えばいいだけなので、悩む必要が無く、用意するものを体が覚えているからな。
戦闘服は前回同様着ていくことにし、長居する可能性を考慮してラフな格好も準備しておく。異世界でフレームアーマー戦程の熾烈な争いは起きないはずだが、念の為銃弾も多めに持って行っておくか。流石に売ってないだろうし。
準備を終えると、洗濯機の音が聞こえなくなっていたので、洗濯物を干すとして……
残り時間は鍛錬やパルクールで時間を潰すことにしよう。
人工島には、大きく分けて五つの公園が存在する。そのうちの一つ、住宅街10区にある、ベンチや手すり、段差、柱、木、街灯など、公園内にあるもの全ての配置が絶妙で、どれを使ってもパルクールができるようになっている――通称、パルクール公園で趣味を嗜み、俺は人前で鍛錬できない程卓越した戦闘能力を有しているので、人々を驚かせない為に、毎日使わせてもらっている知り合いの家の地下にお邪魔し、鍛錬させてもらった。そこは防音がしっかりしているし、本気で殴らない限り壊れないような鋼鉄の部屋なのでとても快適だ。
珍しく転移者が訪れず……俺が地球に戻ってきてから24時間以上過ぎた夜――荷物をまとめて室内で≪エル・ダブル・ユニバ―ス≫を発動させようと試みる。転移者が来なければ金欠で飯も食えない世界に居続ける意味はないからな。
(出たな……)
今回は24時間ぐらいで再度使えるようになっていたらしい。目の前に時空の裂け目が出現した。
合計で人二人分にも満たない重量で裂け目に触れ……転移した。
もう三回目なのでホワイトアウトには慣れたが、色彩が戻る時の緊張感は慣れないな。本当に行けるか分からないし。だが、その緊張感も――今から異世界に行けたら今後感じなくなるはずだ。
徐々に色付いてきた世界に、目を凝らす。想像した転移先は、例のリンゴっぽい木の近くだ。多少の誤差はあれど、付近に転移できれば成功といっていいだろう。
目に映りこんできた景色は……草原。山岳。交差点。一本の木――
(……成功だ……)
俺が立てた仮説は三つある。一つ目は――俺が転移可能か。その答えは――可能だ。三回も成功しているので、これはもう説立証と言っていいだろう。二つ目は――想像した場所に転移可能か。その答えは――可能だ。想像した視点の場所から一ミリも誤差が無い。これも説立証だ。三つ目は――タイムリープの可能性が無いか、だ。地球に居た時の時間帯は深夜一時ぐらい。時差が十二時間程生じていると推理しているこの地は――昼っぽいな。太陽らしき恒星がほぼ直上だ。後は……ルミーナが居るかだが……
ルミーナの事を思った刹那、
「何だ……?」
思わず独り言をつぶやいてしまう程、目の前の光景に目を凝らし、警戒する。
さっきまでは何も存在していなかった虚空に、突如として魔法陣が生じていやがる。直径が、俺とほぼ同じ。俺が発生させることができる空間の裂け目と同様、どの角度、どの位置から見ても、同じ2D映像にしか見えない。
まさかとは思うが……
(ここからルミーナが出てくるんじゃないだろうな?)
乏しい魔法知識の中でも、魔法の技は無限大という知識だけは根強く定着している。つまり、何でもありということだ。ともなれば、こうやって俺みたく転移もできるわけで――
予想が見事的中したらしく、コピー機から印刷された紙が出てくるように、魔法陣からルミーナの足、腰、胸、首……と、全身が徐々に表れていく。
「世界を転移することはできなくても、中でなら転移が出来るんだな」
とうとう全身を露わにしたルミーナが、俺を見るなり昨日と状態が変わっていないことを確認し、
「≪レベレント≫って言って、一度見た場所か、視界内なら何処へでも移動できるわ。今回は難易度が高い前者の方だけど」
嬉しさのあまり、表情を緩ませて使った魔法の解説をしている。
慣れない気配の感じ方をしたもんで、ルミーナの確認が遅れていたが、この地出身でこの地の概念には当然詳しいルミーナは、俺がこの地に降り立ったことを速攻で契約の恩恵で察知し、駆け付けたっぽいな。流石に長年魔法を生業にしているルミーナには負ける。
「この魔法で向こうにも行けたら楽なんだけどね。でも根本的な理論が違うみたい」
この24時間でルミーナもルミーナなりにできることはないか模索していたらしく、そんな結果を教えてくる。よく見れば、一人で体力をつけようと努力していたのか、服のあちこちに土汚れがある。
「まさか再開できるとは思ってもいなかったわ」
「俺もだ。ここまで正確に転移できるとは……」
こんなにも時間さえ経てば楽に転移出来るというのに、何故今まで異世界に行ってみようという気にならなかったのか甚だ疑問だ。どれだけ転移者思いなんだろうな。
「でも私、本当は――本当に、萩耶が戻ってくると思ってたの。なんかそんな気がして……」
「正直俺もだ。根拠はないが、戻れる気がした」
意外とすぐ訪れた再会だったが、実は俺も相当悩まされた。たまたま行けただけだったら、あんな次来ることが確定しているような別れ方でよかったのだろうか。もし転移が失敗して、転移できなかったり、異世界の上空や海中に転移したらどうしようか。そんな思考が巡りに巡り、そっちばかり集中していたせいで、パルクール中に何度足を踏み外しかけたか。
「その荷物から考えて、薄々萩耶も同じこと考えているんだろうけど……一日考えて思ったことがあるわ」
それはきっと――対異世界人活動に味方するにあたって、魔法技術だけでは助太刀どころか足を引っ張る羽目になる。なので、魔法技術以外の戦力を付ける――ということだろう。
そんな俺の考えとやはり一致していたらしく、
「私、萩耶に味方するって決めたからには、向こうでも戦闘できるような人――つまり、魔法が無い状態の私を強くすべきだと思うわ。いや、強くしたい」
半強制的に新しい戦闘方法を覚える事を強いる予定でいたが、本人から自分を強くしたいとの予想もしなかった発言が出てきて、知識ゼロから始める事を厭わないルミーナが正気か分からなくて目を見開いてしまう。
「魔力が弱い世界で魔法を使うよりも、萩耶みたいな剣や飛び道具、徒手を使いこなせるようになりたい。どうすればいいのかわからなかったけど、それっぽい鍛錬も始めたわ」
やっぱりその汚れは鍛錬時にできたものだったらしく、努力の証を見せつけるようにその部分を強調してくる。
「簡単に言うけどな、俺は家が家だから記憶が無い頃から毎日常軌を逸した鍛錬を積んでいる。お前が俺ぐらいの実力になるのは一生起きないと思うぞ」
新谷家は、戦闘集団だ。それも、フレームアーマーに生身で勝るほどの戦力を全員が有した。そうなる為には――人並外れた時間、効率、流儀、才能、努力、戦力などが要され、最後に人知を超越する何かが必要だ。俺を例に挙げるならば、朝は新谷家流鍛錬を、昼は学校での実習訓練を、夜は対転移者及びフレームアーマー戦で実践を――非日常的な出来事が起きない限り、今でも毎日欠かさず行っている。つまり、寝る、食べる以外の行為は殆ど鍛錬しかしていない、聞く人によっては人生の損と呼ばれる代わり映えのない日常を送っている。
そんな俺が負ける相手は同じ新谷家の者以外存在するはずがない。いや、存在してはいけない。
「それでもいいわ。というかその域に到達できると思ってないわ。でも萩耶の鍛錬に付き合えば、萩耶越えは一生無理でも、町一番にはなれるはずよ」
これからどんな鍛錬が待っていようと、俺に味方し、死地に赴くと決めたからには――絶対、諦めない。絶対、やりとげる。そんな意思が――ルミーナの真剣な眼差しから伝わってくる。沢山の人間を見てきた。だからわかる――嘘は、ついていない。
「どうせお前が嫌と言おうと俺に味方すると決めたからには、護身が出来る程度には鍛え上げるつもりでいたからな。足を引っ張られては元も子もない」
敢えて了承の意を見せず、その質問には無回答で歩き始めた。急に態度が冷酷になったと思われてもいい。元々こういう性格だからな。命に関わる戦闘で尖った発言をするなと言う方が無理ある。
どうせ新谷家の鍛錬を目の当たりにすれば、三日坊主になるはずだ。なので――一般的な訓練でも積ませて、お望み通り人口島一番ぐらいには仕上げてやる。護身すらできないのは流石に看過できんしな。直接言うつもりはないが――どうせ俺と同じ鍛錬に永遠とついてこれたところで、フレームアーマーには絶対に及ばないからな。俺ですら日々継続することで、ようやく対等に戦えている相手だ。魔法が封じられている以上、素人が努力したところで行ける領域ではない。
体力や筋力面の鍛錬は必要か不要かで言えば、それは勿論必要だ。しかし、魔法が使えなければ体力や筋力をつければいい、という発想自体が甘い。まさに実戦経験のない人間が机上論を語るそれだ。これを機に別の案もあることに気づければ――要は、戦闘面での発想力が伸びれば御の字だろう。
当面の方針を決めたので、とりあえずこの荷物を置く場所や寝床を再確保する為、例の町に向かう。
俺が行く方向的に、ルミーナは宿の確保に向っている事を予想したらしく、
「それだったら宿まで転移するわよ」
そんな事をほざきやがるので……
「鍛錬するんじゃなかったのか? 魔法なんかに頼んなよ」
背後で立ち尽くしたままの意識改革がなってないルミーナを睨み、M82A3が入ったケースを押し付けるように渡した。重量は約14kgある。まずはすぐそこの町までこの程度の荷物も背負えない程初歩的なところから始めないといけないのか判断する為、それを持ち運んでもらおうか。
ケースを受け取ったルミーナは、想像もしてなかった重量に全身がガクッと下に持ってかれていたが、もう鍛錬が始まっていることを察したらしく、文句ひとつ言わずに抱えて後を追ってきた。
俺の装備は色々機能を積み過ぎたせいで10kgはある。そこから更に、拳銃を二丁、短剣を二刀、ナイフや予備弾薬、その他諸々の追加重量を含めると、合計で15kgにはなる。それと予備の服やら予備の剣やらが入っている鞄も持っている訳で……ルミーナが俺から借りている戦闘服は魔法使い用に必要のない性能は省略し、軽量化されているので分からないが、あっても俺の戦闘服と数kg差。つまり、俺とほぼ同じ重量を背負っている。だが、諦める様子がない。無詠唱で回復魔法とか身体強化魔法とか使われてたら何とも言えないが、ルミーナ自身の決意と俺からの禁止発言に反さないよう、使っていないと思いたい。
転移した地から町までは近いようで、遠い。歩き始めからずっと町が見えているせいで近くにあると錯覚してしまい、実はほぼ永遠に続く殺風景な景色は走破に一時間はかかった。
わざと早歩きで移動したので、借りた宿の一室に入った俺は荷物整理をしていたが、ルミーナは死んだかの如くぶっ倒れている。
「これで平気って萩耶は異常ね……」
「俺の周辺や俺の世界はこれが普通だ」
服を取り出してとりあえずベッドの上に放置しておいた。どこにしまえばいいか分からなかったんで。
この部屋は……一日前に俺とルミーナが泊まった部屋と全く一緒だ。バレットは俺らが旅人だと思っていて、また来るとは思っていなかったらしく……再会した瞬間、吃驚していたよ。
今回は長居する予定なので、先に数週間分の宿代と朝食代を払っておいた。でもまだ資金は底を尽きなかった辺り、やはりエルドギラノス討伐で得た収入額は異常だな。
国にもよるらしいが、相手が主従契約以上の関係でなければ、双方が同意していても受け取る時と支払う時に所謂税金が発生し、魔法の力でその国の王城に一定額自動で持って行かれる。仕様は王族しか知らないらしいが、確定申告とかなくて楽だし、引かれてまだこの残金なのはデカい。
「明らかに足りない筋力と体力で良くここまでこれたな。根性だけは認めてやる」
正直開始数十分でルミーナの調子がおかしくなり始めたので、やはりこれまでかと思ったが、倒れるまで放置していたら……いつの間にかこの町に着いていた。ルミーナは酔っ払った人並みに千鳥足だったが。
「んじゃ人気が少ない森にでも行って鍛錬するか」
「は? 休まないの?」
「何で休むんだよ。敵は年中無休でゲリラ戦だぞ」
今日の鍛錬はこれで終了とばかり思っていたらしく、一人部屋を出る俺を見て嫌みオーラを漂わせているが、最終的には立ち上がってついてきた。どんなに苦行でも決意は揺るがない辺り、これは育成次第で強力な戦力になりそうだな。
俺は自転車ぐらいの速度で走って、ルミーナはその後ろを必死に追いかけ……やってきた人気が少ない山で、
「とりあえず腹ごしらえもしたいし、ここら辺の魔物でも狩ろーぜ。勿論、拳か剣のみでな」
休憩する暇さえ与えず、息を乱しまくりのルミーナに剣を投げ渡す。
勢い的に受け取らないとぶっ刺さる速度だったが、しっかりキャッチし、
「やればいいんでしょ、やれば」
ヤケクソ気味に魔物求めて歩み始めた。でもあれじゃあ……雑魚相手にも負けるな。いきなり剣や拳を疲れ切った状態で振るっても。
本当に危なくなった時に援護する為、自分では魔物を狩らずにルミーナの行動を見守る。
ルミーナは耳と目が利くと言っていただけあって、魔物より早く魔物の気配に気付いている。そこは単純に凄いと思うが、距離の詰め方とか何も考えてない素振りで敵に近寄り、敵に存在が見つかり、リスみたいな魔物から体当たりされて吹っ飛ばされている。流石に……剣や徒手の心得は無かったか。
「おいおい……大丈夫か?」
あまりに勢いよく吹っ飛ぶもんで、よほどのことが起きない限り心配しないつもりでいたが、数歩近寄ってしまう。
鍛錬のレベルを下げられたくないのか、ルミーナは立ち上がり……勢いよく駆け、リスの直上から剣を振り下ろした。が、リスからすらりと交わされてしまう。
「すばしっこいわね……ッ!」
ルミーナが遅いんじゃない。疲労困憊だと思うのに、あそこまで機敏に動いているのは大したもんだ。だが、魔法が封じられ、初心者レベルの剣術しか有していないルミーナの剣戟は、精度が悪く、力も籠っていない。そんな見え見えな軌道の振りや、かすり傷しか負いそうにない威力の攻撃を、たかが雑魚でも魔物が交わせない訳が無い。
やっとの思いで切り殺すことが出来たルミーナは、たった数分の戦闘だったが、積もりに積もった疲労が遂に限界を迎えたか、魔物が倒れたのを確認した瞬間、ルミーナ自身もぶっ倒れてしまった。
「おいおい……たかが数十kgの物を数km運んで、数km走ってから数kgの剣を数分振り回しただけでおしまいか?」
「すうすうすうすううるさいわね……すうすう言うのは私の口からで十分だわ……」
煽られると強くなる負けず嫌いな性格でもあるのか、もう立ち上がらないと思っていたルミーナが立ち上がりやがった。
「我慢強い努力家で、負けず嫌い、か……」
今のルミーナの様子を分析し、いつまでたっても成長しなさそうな今の訓練方法を改め、新しい訓練方法を思いつく。
「それが悪いとでも?」
「悪くはない。実戦以外ならな」
「それってどういうことよ」
「――よし、なら訓練方法を変える」
聞き返してきた己の動けなさに怒っているルミーナは無視し、また現れたリスを蹴り飛ばして人払いならぬ魔物払いする。あまりにリスが吹っ飛ぶもんで、ルミーナは吹っ飛んだ方向を見て目玉が飛び出そうになってるぞ。
負けず嫌いで努力家なら、模擬戦闘で戦力差を見せつけ、負けないように訓練しようと努力させたほうがいいだろうと判断したので、
「今日から基礎体力・基礎筋力の訓練、防御面の訓練、攻撃面の訓練の三本立てを毎日行うことにした。いつまでも魔物を相手にしてたら埒が明かねえ」
基礎体力と基礎筋力は攻撃するにしろ、防御するにしろ、回避するにしろ、そもそもないと始まらない。そのぐらい重要だ。だからルミーナも理解したような反応を示していたが、続いた防御面の訓練、攻撃面の訓練の意味が分からなかったらしい。それは俺に教える気配がないからだろう。こんな荒い訓練をさせている時点で察しているだろうが、教えるのが下手だからな。
「防御面は、お前も俺にかましたからわかるだろうが、火に強くなるとかだ。他に例えるとしたら、水中で呼吸を長く持たせるとかだ」
俺が具体的な例を挙げると、ルミーナは俺を炎で焼き尽くそうとした過去を思い出したのか、納得したように頷いた。
「そして攻撃面の訓練――それは今からだ。実戦練習をするぞ」
「は? 今から?」
疲労困憊過ぎて目眩すらしてきだしたらしいルミーナは、更に殺しにかかる俺に向って睨む。
「新谷家の攻撃面の訓練は基本実戦練習だったからな。だから俺に一から剣や徒手を教える語彙は無い。戦い方は見て学び、実戦で改善する方針だった」
剣の構え方はこうで、こうしてこうすると上手く殺れる、とか教わったことがない。俺は実際に攻撃を受け、その攻撃に対する防御方法を編み出し、それに対抗する為に攻撃方法を編み出してきた。だから俺に教える力はない。あるとしたら、見て盗む力だ。
ルミーナは頭が良い。なのでこういう言葉で教えてもらえない覚え方は非効率的かもしれないが、俺にはこうするしか教える手段がない。
「一回魔法を使って体力を回復していいぞ。方針を急に変えたのは俺の方だしな」
今の状態のルミーナと実戦練習したところで、何も得る物はないしな。
回復魔法を無詠唱で使ったらしいルミーナは、さっきまでヘトヘトで死にかけていたのは嘘だったかの如く、急に息切れがなくなり、しっかりと直立不動で居れるようになっている。軽くホラーだな。
「実戦練習の条件だが、魔法を使いたきゃ使ってもいい。俺も魔法攻撃に対する知識を付けたいからな。でも今自分が置かれてる立場的に……乱用はお勧めしない」
「わかってるわ。でも萩耶の為に、少しはお見舞いしてあげるわ」
魔法が使えると分かった途端、復讐の余地があることの嬉しさからか、急にやる気が満ちてきたな。なんかえげつないの放ってきそうだが……まあそれに負けるような俺じゃない。
「俺とルミーナじゃ剣と徒手の差があり過ぎる。だから俺は攻撃しない」
「つまり私が攻撃を当てればいいってことよね」
「そういうことだ」
攻撃しないならそうするしかないと判断したのか、ハンデ内容を言い当てたルミーナは、剣や拳銃を取り上げようと近づいてくるが……
「おっと。そうはいかないぜ」
伸びてきた二つの手を払い除け、にやけ顔を浮かべてやる。
「それだとお前が数打ちゃ当たるの精神で来るだろ? それだと上達しないぞ。しっかりと見極め、正確で確実に威力がある攻撃をしかけるようにさせる為――ルミーナが五発仕掛ける度に俺は一発攻撃できる権利を得られる」
本当に数打てば当たる戦法で来るつもりだったのか、「ぐっ」と図星を突かれたのが丸わかりの反応を示し、
「わ、わかったわ……」
そう甘くなかったことに落ち込んだ表情を向けるが、ルミーナお前、それで上達するとでも思ってたのか? 都合の良い奴だな。
お互い条件をのんだとあって、ルミーナが周囲に危害を加えないように結界魔法を張り巡らせ……
「いつでもかかってこい」
少し距離をとって突っ立っている俺は、ルミーナに人差し指をクイクイさせた。
それが開始の合図となったらしく――
ルミーナが俺に向って駆けてきた。だが――遅い。常人よりはちょっと早いぐらいかもしれないが、俺の目には止まって見える。でも気配は良い。魔法ではトップクラスということもあり、モードになれば俺並みの殺気を放ちやがる。
ルミーナは剣で攻撃するらしく、徐に腕の筋肉に力を籠め、両手で斜め下に構えた剣を振り上げて俺を一刀両断しにかかった。
そもそも近寄ってくる時点で十分逃げる余地があったし、攻撃する予備動作が見え見えで隙だらけだが……これはルミーナを育成するための戦闘訓練。いくら相手が隙だらけだろうと、俺は攻撃を仕掛けないし、避ける素振りすら見せない。
「そのままだと斬られるわよ!」
ルミーナは俺に向って注意喚起までしてくる良心的な攻撃を仕掛けてきたが、そんな攻撃はそもそも俺のところに剣尖しか届いてないので、唯一当たる軌道上にあった顔面を横に傾げる動作をするだけで避けることが可能だ。
「喋ってる暇があるとでも思ってたのか」
常人にはドキッとするぐらいの一撃だったかもしれないが、俺は常人じゃない。寝る時間よりも多く戦闘訓練を積んだ男だ。当たる訳がない。
ただ首を傾げただけで避けられた攻撃に、ルミーナは当然そうなるといった反応を示し、これは意外だろうと言わんばかりの表情で――振り切った剣に逆方向に力を入れ、次は振り下ろしてきた。今回は一歩下がらないと体が真っ二つになってしまうので一歩引いたが、避けれない訳がないだろうが。
「本命は――こっちよ!」
ルミーナは振り払った剣をそのまま背後に投げ捨て――上半身が下に流された勢いを利用し、ウェブスターに似た転回を決め、踵落としを脳天に直撃させようとしてくる。そのルミーナがしてくるとは予想しなかった攻撃手段に、俺はルミーナにロジック面の才能がある可能性を感じながら、しっかり踵落としも躱す。が――
「まさか左手に投げナイフまで……」
踵落としと同時に左手から放たれた投げナイフ三本に、避けはするが攻撃の器用さに衝撃を受ける。精錬された人間がこの攻撃コンボをかませば、俺でも少しドキッとするレベルだぞ、これ。
とまあ、ルミーナは五回以上俺に攻撃をしかけたわけなので……俺からも一発、かまさせてもらおう。
ルミーナは自分が六連撃をかまし、全て不発で終わったことに多少憤りを覚えているが、今から俺に攻撃される焦りの方が上回っていることが表情から見て取れる。
(手加減すると鍛錬の意味がねえから……俺が普段かます攻撃の中でも、相手の戦力を図る時の威力ぐらいで攻撃するか)
その思考が脳内で確立したのは、ルミーナが踵落としと投げナイフ攻撃を終えたばかりで、まだ僅かに滞空している時の出来事だ。
俺は……ただ地面に向って自由落下するだけで、次の攻撃へ繋がる予備動作や防御する姿勢を一切見せない無防備なルミーナに向って――攻撃を仕掛ける。敢えて見え見えの動作で、な。
拳を所謂グーにして、構えるようにして引いていき――拳が落下するルミーナの腹部と平行になった瞬間――
「づッ……」
腹筋もなく余計な脂肪もなく、ただ細いだけの腹に――周囲に地響きのような拳と腹部が衝突した衝撃音を響かせる。
見え見えな動作を見せたからか、ルミーナにも少し防御するような動作が見れたが……攻撃直後で防御体制に切り替えるのが難しかったことと、滞空していたので上手く行動がとれなかったからか――俺が殴ったルミーナの腹部は完全に無防備なものだった。
ルミーナの腹部を穿ちかねない勢いで打ち込んだ拳は、腹部に何センチ凹みこんだだろうか。数センチ向こうに吹っ飛んでいるあたり、かなりめり込んだと思う。ていうか俺が鍛錬も積んでいない一般人相手に攻撃するとここまでなっちまうのか。しかも不幸なことに、鳩尾にクリーンヒットした。こりゃあ数秒間呼吸できないだろう。てかあんなにも凹んだら息引き取ってたりしないか?
拳を正面から受けて地面に受け身も取れずに叩きつけられたルミーナを覗き込もうとしゃがみかけた時――
「お?」
ルミーナの攻撃で、初めて驚いてしまったかもしれない。
――それもそのはず。ルミーナは明らか魔法で俺の真下から火山が噴火するかの如く業火を吹き出してきたのだ。無詠唱の時点で発動タイミングが分からないのに、魔法なんて気配も感じねえから、放出音が聞き取れなかったら直撃してたぞ、これ。
「やっぱり今はまだ魔法に頼らないと勝ち目が皆無ね……」
まだ腹部が痛むのか、苦痛に歪めた表情を浮かべたルミーナは、前かがみになりながらも立ち上がっている。
「どうだ。俺の拳を正面から受けた感想は。因みに俺はお前が立ち上がるとは思ってなかったぞ」
「息ができないって、あんな気持ちなのね……」
ほう。痛みに挫折した反応を示すと思っていたのに、帰ってきた反応は――一つ覚えたので次はどうかな? といった挑戦的な返答と表情だった。負けず嫌いなだけあるな。
ほぼ全力の拳を受けて立ち上がり、更にまだ好戦的な態度をとるルミーナは……実は魔法以外も案外いけますっていう嘘ついてないか? じゃなきゃ普通耐えらんねえと思うんだが?
ルミーナから妙に才能の片鱗を感じつつ、これだけだと負けたような気がして悔しいので、俺の方がまだ上だという事を証明するために、ルミーナが攻撃を仕掛けている最中に俺が仕掛けた行動の答え合わせをする。
「ああ、これ返しとくぞ」
再び攻撃しようと剣を構えようとしたルミーナだが、そういえばさっき攻撃するのに邪魔だったから投げ捨てた事を思い出し、周囲をキョロキョロしだしたが……探しても永遠と見つからないぞ。だって、その剣は――俺の手中にあるんだからな。
「何で持ってんの!? ――まさか戦闘中に!?」
「隙だらけだし鈍間だから、剣を拾いに行ってやってたんだぞ。感謝しろよな」
俺は手に持っていた剣を投げ渡した。今回は時速200キロで。
「それと、お前が隙だらけだったからその剣で遊ばせてもらったぞ。元は俺のだけどな」
余計な一言を交えつつ、左奥の木を指差すと――ルミーナは驚愕の色を隠しきれない。
だってあそこに生えている木は、戦闘前、生えていた。だが今は、切り株状態になっており、切り株の上には俺が作ったさっきいたリスの魔物の彫刻が置かれている。
「雑なのは俺にセンスがないだけだ。気にすんな」
「そんな余裕……いつ……私にはてっきり……ずっと受け身しているだけにしか見えなかったわ……!」
返ってくると嬉しい台詞を丸々言ってくれるルミーナに、これでもかと戦力差を見せつけることができたのでもう満足だが、実は後もう一つしているので……そこのネタ晴らしもしておこう。
「序に服の裏に隠してる鞘もひっくり返しておいたぞ。首辺りから納刀しないとな」
背中から剣を抜いて見せて、こっちは正常だという事をアピールする。
流石にこれはブラフだと思ったのか、俺から投げ渡された剣を納刀しようと腰辺りから挿入しようとするが……入らない。そりゃあ首辺りに納刀口が向けられているからな。
「萩耶って……実は魔法使えるの? 触られた覚えはないわよ?」
「んなもん使えねーよ」
使えるのに魔法の概念を一から聞いたり魔力で明かりが灯せるか試したりするほど演技派じゃないし、そんな面倒な騙しをするような性格でもない。
「実戦練習は止めだ。次やるぞ次」
あまりにも戦力差が開きすぎていて、暇で仕方なかった。それを仕掛けられた張本人も戦力差を実感しているだろう。
「例のケースは宿か?」
「部屋に置いてきたわ」
次の鍛錬内容を思いついたが、この場にケースを持って来ていないことを確認したので……
「なら取りに行ってくる。その間に自分で出来る訓練でもしていてくれ」
ここで休憩するか、自分なりに鍛錬を積むかでルミーナの本音が出るはずだ。少し離れてみるか。
宿に戻ったのはいいが、そういえば鍵はルミーナが持っていたことを思い出して落胆した。ルミーナは魔法を使えるので、鍵がなくてもどうにかなるのに……なんで鍵を預けたんだろうな?
日本の宿屋だと、受付に事情を話せばスペアキーとかがあるのでなんとかなる話だが、ここは異世界だ。そういうのは各自魔法で行ってくださいなんて仕様だったら、ピッキングせざるを得ない。
とりあえず受付に出向いたが、例の如く誰も立っていないので……「すみませーん」と呼んでみたり、ベルらしきボタンを押してみたりしたが、反応は無いし何かが鳴り響いた音もしない。でも店員が居ないと店が成り立つとは思えないので、俺は「失礼します」と言ってから受付の奥に入らせてもらった。この際しょうがないだろう。受付に立たないし出てこない向こうの責任だ。
扉を開けて、手前の扉がない部屋を覗いてみると……
(……うおっ!?)
驚くことに、受付のバレットがトレーニングしているではありませんか。
ストラップレスで腹筋や背筋を見せびらかすかの如く脇腹部分にか生地がない、ほぼ下着のようなスポーツウエア姿になっているバレットは、一人黙々と地球で言うサンドバッグ的なものを殴っているので、割り込むのはアレな気がしたが……ここまで来たならしょうがない。
「ここまで入っちゃってすみません。あの、スペアキーほしいんですが」
俺の声に気付いて振り返った汗だくのバレットは……うわっ、少女のくせに筋骨隆々としてやがる。全身バッキバキでシックスパックじゃねーか。俺の筋肉量といい勝負じゃね?
着やせするのか、見た目に反した豊かな胸まで有している、身長以外年相応じゃないバレットは、
「あ、すみませんー。今持ってきますね!」
トレーニング中を目撃されたのにも関わらず、ニッコリ微笑んでその格好のままスペアキーを取りに行ったよ。集中すると周りが見えなくなるタイプで、案外こういうケースでもあるのか?
スペアキーを持って来てくれたのでそれを受け取り、これ以上邪魔しないように立ち去ろうとしたが……気になってしょうがなかったので、
「何でそんなに鍛えてんだ? 宿屋で使うか? その筋肉」
この世界にもスポーツ……特に、ボクシングやプロレスなどの競技があるのかは知らないが、宿屋を経営しながら冒険者をやってられる程暇そうな宿屋じゃなさそうだし、その体型の理由が分からん。正直少女がこの肉体だと気持ち悪いの領域だ。
「昔この宿屋が襲われたことがありまして、それから自衛の為に鍛錬を積んでいるんですよ!」
「ああ、そんな過去が……」
だったら納得だな。その筋肉量だと見た目の圧だけでもそこら辺のチンピラには余裕で勝てるだろう。俺が保証しよう。
「こういうのよくありますので、気にしなくて大丈夫ですよ」
「気にするのは俺じゃなくてお前の方じゃねーか?」
「えへへ……」
集中しすぎるあまり、宿屋の経営を放棄してしまうのは致命傷じゃないか? 犯罪者を撃退できる力を有したとしても、次は見逃しそうだなコイツ。
「最後に一つ、何歳なんだ?」
「9歳半です!」
きゅ、九歳半の少女でその肉体か……地球上にもそんな少女は少なからずいるが、やっぱりムキムキな子供って怖いな。駄々こねてタコ殴りしてきたら一溜まりもねえぞ。
鯖よんだ疑いがあるバレットとお別れして、部屋に戻ってM82A3が分解収納されたケースを手に取って……上体起こしをしていたバレットに鍵を返却した。
ケースの中にはM82A3が収納されている。という事は今から何をするかも想像できるだろう――ルミーナが地球で即戦力として活躍できる為に銃という武器を体験させる。
知識が皆無なのにいきなりM82A3を発砲しろと言っても無理があるが、俺は銃の知識があれば、M82A3の知識もあるし発砲経験もある。才能がありそうとはいえ、徒手や剣より指導が楽だ。
ケースを片手に例の山に戻ると、めげなかったらしいルミーナは剣を片手に素振りの練習を行っていた。完全に一目で素人の剣戟だと分かるが、今からは問題外だ。とりあえず銃最優先で覚えてもらう。
バレットがムキムキだったのは晩飯時の話のネタにすることにして、俺が着くなりケースを開け始めたので、ルミーナはその中に収められた長物に目を向ける。
分解して収納していたので、慣れた手つきで組み立てていき……あっという間にM82A3のお出ましだ。
轟音過ぎてほぼ無意味なサプレッサー付きのお陰で、全長がルミーナの身長とほぼ同じ。そんなスナイパーライフルを見たルミーナは、
「これって萩耶が持ってた武器の一種?」
「そうだ。遠距離特化版ってとこだな」
12.7x99mm NATO弾という俺が携帯しているナイフとほぼ同じ長さを誇る弾丸を10発入れたマガジンを見せると……
「槍みたいなこれを発射する武器って事?」
「間違っちゃいねーな。因みに俺の拳銃弾と比較すると……こうだ」
ホルスターからM1911とDEを取り出し、二つともマガジンを出して銃弾を見せつける。生憎予備弾薬は宿に置いてきたからこう見せるしかない。
「その携帯サイズの武器の弾はそこまで痛くなさそうだけど、大きい方の弾は明らか痛そうね」
「大きくなればなるほど痛くなると考えてもらってもいい」
今回ルミーナに携帯させる予定のないハンドガン二丁はマガジンを再装填してからホルスターに収納した。
「要はこうやって小さい拳銃で機動力を活かすか、こういう大きい銃で一撃確殺を目指すか、といったTPOやその人の性格や戦闘傾向に応じた選択が必要となる訳だ」
俺は剣や徒手を得意とする接近戦闘タイプの人間だ。こういう遠距離から一発一発狙い澄ました一撃を発砲するスナイパーライフルには不向きだ。
「だからルミーナ、お前は魔法で遠距離を長年得意としてきたわけだし、目が良いし、魔法使いだから集中力があるし、人目に晒されると危ない転移者でもあるから……こういう遠距離武器の方が使い勝手が良いと思った。勿論、戦場に立つ以上自衛の為に剣や徒手もある程度板につくまで鍛えるが」
肉薄された時、最悪Wアラームが鳴らない程度の魔法を放てるので、一応敵の接近にもドーピング対応できる。それに目が異常な程良い事が判明しているので、レンズ反射を嫌ってスコープ無しでもいける可能性がある。魔法を使うにあたって、俺は相当な集中力が必要だという事を身を持って知ったので、ルミーナには相当な集中力があるはずだ。そこも利点だな。そしてルミーナは転移者。バレると抹殺されるので、人目に付きにくい遠く離れた安全区域からの射撃ができる。
……と、詳しい説明を全部言っているとキリがなかったんで省いたが、それでもルミーナはあれだけの説明で全てを理解したらしく、
「活躍できるならどんな武器でもいいわ」
今度この武器――M82A3というスナイパーライフルを使うことに、当時中身が分からなかったにしろ、どれだけ重たい代物なのか分かった上で否定してこなかった。
ということは、今から俺はこの武器の使用方法を教えなくてはならないな。
「とりあえず一発撃つ。教えるのは下手だから、撃ち方を見て覚えてくれ」
銃という武器を見て覚えろという危険極まりない教え方だが、ルミーナの才能を信じるしかない。何度も言うが、俺は実際こうして使用方法を覚えたから教え方が分からない。
12ゲージショットガンと同等ぐらいまで反動が軽減されているので腰だめ撃ちも可能だが、今の筋力が乏しい且つ発砲経験のないルミーナが立って撃つようなものじゃないので……しっかりとしたお手本になる為、バイポットを立ててうつ伏せになる。
「あまりにも強力で長射程だから実験結果は出てないが、ここは広い異世界だ。綺麗な直線もたくさんある」
伏せる前に目標として定めていた射撃方向を指差すと、伏せる俺を眺めていたルミーナは差された先に視線を向ける。
「2kmは優に飛ぶはずだ。ここから2km先にある射撃対象を教えてくれないか?」
ルミーナ程目が良くないのでアナログの安物スコープ越しに発砲方向を見ているが、どのあたりがどのぐらいの距離かは曖昧だ。ここは魔法が使えるルミーナに正確な距離を聞く。
「あの紫の実の成る木が丁度2km地点よ」
「了解」
大体そこら辺だろうと予想していた辺りが2km地点だったらしく、すぐさまその木に照準を合わせる。
「サプレッサーといって音を軽減する部品は外しておく。うるせえから耳押さえろよ?」
俺はケースの中に入れておいた耳栓をしているので問題ないが、無防備な上に耳が良いルミーナには頭痛がするほどの爆音が聞こえてくるだろう。だが、そこを注意される前に爆音が鳴ることは予想していたらしく……
「これもあの武器の一種なんでしょ? 形状からあれ以上の音がなることぐらい予想済みよ。準備は完了しているわ」
既に魔法で防音対策か何かをしていたらしく、ウィンクを決めてくる。
伏せた時の正しい構えをルミーナに覚えさせる余裕を与える為に少しそのまま動かないでいた後――
激しい発砲音と共に、初速853m/sの12.7x99mm NATO弾を発射させた。ノズルブレーキから噴出する発砲煙と巻き上がった周辺の土埃で一瞬辺りを被いつつ。
瞬時に木に飛来した12.7x99mm NATO弾は――多少風の影響を受けて中心から逸れたが、見事命中した。あの木は脆いのか、半壊させるように衝突点から衝撃が広がっている。
この一連の流れと一瞬の出来事を目撃したルミーナは……
「……これに似た速度で動く人間が蔓延る世界なんでしょ? 向こうは」
「多少違うがほぼあってる」
基本的には化学兵器の恩恵を得てこの速度で動いている。そして流石にこの銃弾速度では動かないな。これより遅い。拳銃弾ぐらいだ。といっても最高瞬間速度なので、ずっとその速度で動いているわけでもない。
これを今日から撃つことになるルミーナはあまりの威力に唖然としているが、慣れればそうでもない武器だ。当たれば死ぬ。ただそれだけの話だ。
「どうだ? 理解できたか?」
何も喋らないし何とも言えない表情だったので、どういう心境なのか問ってみると……
「理解はできたけど、今の筋力であの反動に耐えれるか不安だわ……」
すげえな。たった一発撃つ動作を見せただけで、大体の撃ち方を理解するとは。
「しっかりとした構え方をすれば、案外筋力が無くても撃てるもんだ。だが気を付けろよ? 油断すると跳ね上がりで顔面に衝突しかねんぞ」
撃ち方にもよるが、スコープを覗く際、大体の銃では頬付けをする。反動というものを知らなければ、反動で跳ね上がった銃が歯やら頬やらに直撃してくる事間違いないだろう。腕を伸ばして撃つような撃ち方でも、反動というものを知らなければ、後ろに銃が吹っ飛んでいきかねない。銃弾を発砲する限り、反動という現象はつきものだ。
「物理の概念は覆されない訳ね」
「魔法がない世界だからな」
もしこの世界で銃の文明があったら、魔法という物理法則ガン無視技術を用いてとんでもないバケモノを生みそうだな。恐ろしいぜ。
本人が理解できたというので、もう一度実践して見せる気にはならないので……
「一発撃ってみるか?」
もう教えることもなさそうなので、立ち上がって場所を譲ろうとする。
「どうせなら何か動くものを撃ってみたいわね」
撃つ気は端からあるらしく、伏せたルミーナは見様見真似で俺とほぼ同じ構えをとる。
「練習もなくいきなり実践練習すんのか」
「魔法攻撃みたいな感覚で出来そうな気がするの」
スナイパーライフルの感覚がどう魔法攻撃の感覚と似ているのか分からないが……
「まあ……ここら辺に居る魔物は弱いらしいし、もし反撃されても対処できるだろうから、好きにしてくれ」
外したところで問題ない強さの魔物しかいないこの場を選んだのは、宿から近いという理由の他に、練習の邪魔になる存在や、実験対象になりやすい存在が数多く存在しているからだ。なので実験対象を魔物にするのも想定済みだ。動かないものでも動くものでもスナイパーライフルの試射に支障はない。
ルミーナは2km地点で右往左往している鈍足なイノシシみたいな魔物を標的にしたらしく、そいつに標準を合わせているような微調整が見て取れる。だが、普段双眼鏡みたいな遠くのものを拡大して見る道具を使わないからか、使いづらそうにスコープを覗いている。
「目が良いんだったらスコープ無くてもいいんじゃないか?」
「利点があるならそれでもいいわよ」
直接外してと言ってこなかった辺り、地球でこの銃を扱う際にスコープが付いていないと怪しまれると予想したっぽいな。事実俺は覗いて発砲したし。
「利点は、スコープのレンズが光で反射して位置がバレるのを防止できる」
「なら使わない方が有利ね」
スナイパーライフルの使い方的にその場から動かないことを察していたか、位置をバラすような行為は極力しない方が良いと判断したらしく、スコープを覗かずに2km先を見ようと頭を左右させている。
「ああ、これは取り外し可能でな……」
当然取り外し可能なんて知らず、レンズキャップを閉めてそのままにしていたので、スコープを取り外してやる。無暗に触って壊さないようにしているのかもしれないが、俺は基本的にスナイパーライフルなんか使わないので、スコープぐらい壊れてもいいんだけどな。
スナイパーライフルなのにレール上にフロントサイトだけが乗っているという異彩な状態になったが、地球の歴史上にもこのような状態のスナイパーライフルを使用していた人はいる。この状態を見ることになるとは思ってもいなかったが、目が良くて使用者が異世界人なら利点しかない状態だ。
ルミーナは肉眼の俺じゃ見えない2km先の小さな魔物に標準を合わせる。
「さっきの射撃を見て思ったんだけど、2kmも離れてると弾道計算や風向きも読まないといけないんでしょ?」
「そうだな。俺が撃った時は、標的から右斜め上を狙った」
今の風向きは追い風なので特に左右にずらす必要はないが、初めて銃という武器を扱う身がいきなり完璧に弾道計算ができるとは思えない。
初弾は外す前提で見守っていたが……
轟音と共に撃ち出された12.7x99mm NATO弾は、綺麗に魔物目掛けて飛来していき――細かい事までは不明だが、魔物が死んだかどうかぐらいは確認できる――裸眼で魔物が仕留められている事を確認できた。
「……やるな」
まさか一発目から当てるとは思っていなかったんでつい口から本音が漏れるが、ルミーナはそれどころじゃなかったらしく……
「舌を噛んだわ……」
反動で銃床が顎に激突したらしく、噛んで血が出た舌を魔法で治癒していた。
「初弾で当てるとか才能あるぞ。後は銃に慣れることだな」
銃は慣れなところがある。重量があるのでそこそこ筋力も必要だが、今回はスナイパーライフルだ。基本的にハンドガンみたく激しく立ち回りつつ撃つようなものじゃないので、そこまで問題にならない。
「とりあえずは鍛錬あるのみね。楽しかったからもう少し撃たせて欲しいわ」
「弾は沢山ある。満足いくまで撃ってくれ」
ルミーナはスナイパーライフルという武器にハマったらしく、次弾の撃ち方を問ってくる。
この調子なら……ルミーナが地球で活躍する為に使う武器は――スナイパーライフルに決定でいいかもな。
昨日はスナイパーライフルを撃ちまくった後、剣や徒手でルミーナをしごいた。そしてあっという間に暗くなった森を走って帰っている時のルミーナは、もうゾンビそのものだった。それでも食らいついてくるので、ルミーナの精神の強さに今後悩まされそうだ。
翌朝、昨日とほぼ同じ時間帯だと思わしき時に起床したが、昨日の鍛錬で疲労困憊らしいルミーナは、疲れて今もまだぐっすり寝ている。
「おい、朝だぞ。鍛錬の時間だ」
「……何よ。全身筋肉痛で動けないわよ……」
朝食を取りに行って来てもまだ寝ていたらベッドでも蹴ろうかと思ったが、ルミーナはベッドの上に座って目を擦っていた。
「筋肉痛だからって、鍛錬が休みになる訳ないだろ。それは単にお前の筋力が不足しているから起きている現象であって、鍛錬不足の証だ。……と、俺は教わった」
「魔法は筋力いらないから楽ってのがよくわかったわ……」
今日はよくわからんピンク色のスープもついてきたので、それにパンを浸しながら食う俺は、≪リフレッシュ≫という万能魔法で洗顔やら髪型やらお花摘みやらを一瞬で済ませたらしいルミーナにパンを分け与える。
「……何だ、腹減ってないのか?」
「ん、あ、いや……なんでもないわ」
ただスープに半分浸したパンを渡したんだが、何かおかしかったか? ……まさかこの世界はパンをスープに浸したりつけたりする文化や、それそのものの行為が食事のマナー違反とかだったりするんか? だとしたら厄介だな……
「今日は何をするの? 筋肉痛だから激しいのは出来ないわよ」
ルミーナはパンを食べる手つきさえぎごちない事を徐にアピールしてくる。そんなことせんでも確実に今日は筋肉痛だろうなって分かってるのに。
「筋肉痛だからって対戦相手が手加減してくれるか? 休んでくれるか? ――答えはノーだ。そんな好機、逃す相手は絶対いない」
「つまり、訓練内容に変わりはないって事?」
「そうだ」
戦闘の世界はそんな甘い世界じゃないと苦言を呈すると、正論過ぎて反論の余地がないルミーナはムーッと表情を不機嫌そうにする。銃を極めることになったんだから苦労する量がかなり減ったというのに何だその表情は。
「筋肉痛が治る魔法ってあると思う?」
「知るか。でもこの世界の魔法ってのは何でもありだから、ありそうで怖い」
魔法は既存のものもあれば、自作して自分しか知らない魔法もある。つまり、ルミーナが筋肉痛が治る魔法を知らなくても、この世界にそのような魔法が存在しなくても……自作することが可能だ。それも、ルミーナ程の魔法使いとなれば、ほぼ完璧に治る奴が。
「そういう魔法がもしあったり、もし作ったりしたなら、使うかは自分で判断しろ。俺には鍛錬の邪魔になる痛覚はない方が良いという意見があれば、筋肉痛は努力の証だから噛みしめろという意見もある」
最近というか、昔から体力や筋力面は最大値が百なら百になっているような身なので、筋肉痛になることがない。だからなった時の苦悩は忘れているが、現状ルミーナは全身が筋肉痛になっているらしいし、こうやって痛む体のまま寝込まず飯を食べる気力があるだけ相当根性があることがわかる。これは……並大抵の決意じゃ諦めるであろう、痛みだということも。
そんなルミーナにはかわいそうだが、俺についてくると言い出したからには――一切手加減しない。一瞬の油断で命を落とす世界だ。納得いく戦力を有するまで――いや、有したとしても、鍛錬させ続ける。
「よし、また方針を変えるが……今日からは筋力をつけるぞ。とりあえずの目標としては、フル装備の状態で、今後の武器――M82A3を平然と持ち運べるぐらいにまでは」
12kgはあるM82A3に加えて、10kgはあるフル装備の計22kg――
これを全身に抱える力は、数週間で得られる力ではないと思う。だが、ルミーナの努力、根性、効率の良さを信用している。だから――数週間でも、やれば、できるはずだ。
「そうね。まずは持てない事にはどうしようもないわ」
ルミーナもこの目標に納得したようで、例の山に出発する準備をし始める。自分からフル装備、M82A3が分解収納されたケースを手に取って。
予想は正しかったらしく――数週間経ったルミーナの戦力は、初めて会った時とは見違える程にまで上がっていた。いや、カレンダーってもんがないせいで、もしかすると数か月たっている可能性もある。時間や日にちに囚われない生活を送っていると、日が暮れたら帰宅するって流れができ、寝た回数でわかるはずの日にち感覚も薄れたので、体感数週間ってことに訂正しておこう。
これは単に教える側の努力、鍛錬内容によるものじゃない。ルミーナの――並外れた努力だ。
休む時はしっかり休め、と夜の時間を多く設けておきながら、寝るまでの時間を自分が言語勉強する事で、あからさまに俺が努力しているのでお前も何か努力しろ、といったアピールをした。大げさだったが、つまりは休む時はしっかり休め、といったのは嘘だ。
わざと夜の時間を多く設け、ルミーナに何らかの努力を求めていたのには、ちゃんとした理由がある。それは、ルミーナが決意した、俺に味方する意思が本物だったら、やけに長い休み時間を有効活用――それこそ、自己練習の時間にあてると思ったからだ。
もし自己練習を積むような努力をせず、表面上での鍛錬だけをこなしていたら――もしかすると、もう決意が揺らいでいる可能性があるし、俺の素性を把握して何かを仕出かそうとしている可能性も予想された。ともなれば、相応の対処――つまり、ルミーナを見捨てることにし、ルミーナを試していた。
初日は俺に日本語でいう五十音的な表を作って解説してくれたので、忙しくて何もできなかったっぽいが、翌日からルミーナは「世間を学んでくるわ」と言って毎晩出ていくようになった。
ルミーナが出ていくようになってから数日後、言語勉強しているふりをして夜抜け出したルミーナの後を追ってみると……一人で昼間鍛錬している山に出向き、その日やった鍛錬内容の復習や、基礎体力や基礎筋力のトレーニングを行っていた。
そんな光景を目撃すると決意の固さに感銘を受けるが、そんなことよりも……衝撃を受けた事の方が大きかった。
これは一概に俺のせいとは思えないが……上がるところまで上がっているはずの俺が未だに鍛錬をしているところを見て、どこか触発されたのか、鍛錬の必要が無いと高をくくっていたらしい魔法の練習を怠っていた自分が醜く思えたらしく、魔法の練習さえも行っていたんだ。魔法を使える数や規模は人によって差はあるが、精度や他魔法との連携、新たな魔法の習得などは完全に個人の努力問題。数うちゃ当たるのルミーナが魔法にも意識を向けている光景は、流石に尊敬だ。
そんな向上心の強いルミーナに負けないよう、俺も頑張って言語勉強するのだが……かれこれ数週間滞在してるっていうのに未だ『おはよう』ぐらいしか分からん。ロシア語とか中国語の方がまだ簡単説あるぞこれ。
言語勉強より戦力上げが優先されているので、勉学は捗ることなく……翌朝、今日も今日とて山で鍛錬中だ。
鍛錬開始から数日間は負けず嫌いな性格のせいか、何も言わずについてきた挙句、いきなりぶっ倒れて力尽きるもんで、その時が恐怖でしかたなかったが……最近は俺のえげつない訓練に弱音を一切吐かずについてくる。一か月も経たないうちに俺が考えた練習メニューについてくるとか、いくら魔法だけで体力を必要としなかった生活を送っていたといえ、ルミーナには何らかの才能や素質があったとしか思えない。努力を否定する訳じゃないが、流石にこの短期スパンでこれまでも成長するとは思えないんだ。
「前より体力がついてきている気がするわ。ちょっとしたことで疲れないし」
タフさをつける為に、鳩尾を殴られ続けるのを耐えているルミーナはそんなことを言ってくるが、本当にその通りなので、
「永遠と鍛錬してて辛くないか? ここまでついてくるとは思わなかったぞ」
「言ったでしょ? 味方するって」
率直な意見に今も尚揺るがない決意を思い出させるような口調で言ってくる。
「最初はこの訓練だって五発も持たなかったわ」
どうも剣術や格闘術は見て盗むまでに時間がかかるらしく、まずはこうやって殴られ蹴られを永遠と耐えるのから始めたが、最初の頃は一発殴ると吐きそうになっていた。だが、今はもう百発は殴ったってのに、ルミーナの表情は至って普通だ。
「直にガチで殴っても痛みを感じなくなってそうだな」
「もうそうだったりして?」
あまりの成長の早さを褒められてうれしくなったのか、挑戦的な表情を見せてきたので……四割ぐらいの力で殴っていたが、もっと強く殴ってやる。
「……因みに今は吐きそう」
強く殴りだして数発でギブアップ目前になるルミーナだが、そうなってもらわなきゃこっちが雑魚みたいだ。
「そりゃあな。今は七割ぐらいで殴ってるし」
「ホントに感じなくなる訳……?」
「ああ。少なくとも俺は痛みを感じたことが無い」
遂に耐えれなくなったのか、殴った時に防がれている感じがしなくなったので、この鍛錬は止めにした。
毎回死ぬ気で訓練をするのが前提なので、全力でやって倒れなければ全力でやってない証拠ということになる。ということは、現状のルミーナを見ればどれだけ全力で鍛錬に臨んでいたか分かる訳で……ルミーナに目を向けると、腹を押さえて息を荒げていた。途中から呼吸出来てなかったみたいだな。
「七割を数発耐えるとは大したもんだ」
「でもフレームアーマーってのはこれより強いんでしょ……?」
「当たり前だろ。俺の十割にプラス要素が加わってやっと互角だ」
そこら辺の力自慢なら一割も出さずして済むが、フレームアーマーの新参者相手には流石に五割は出さないと負ける。古参となれば、十割と十割のぶつかり合いだ。だが、これはプラス要素を出しての事。双方とも同じ条件――つまり、フレームアーマーはフレームアーマー無しで、俺は≪エル≫シリーズ無しでなら……古参とでも五割ぐらい出せば圧勝できる。その位俺は強く、新谷家は圧倒的な戦力を誇っている。
その五割を数発耐えれるとなれば、フレームアーマー新参者のフレームアーマー無し状態よりタフさで遥かに強いのはもう確定したも同然だ。
「プラス要素……?」
俺の口から不意に漏れた単語を復唱してくるが、
「まだその領域に達してないから、知らない方が身のためだ」
その要素を知ると、今自分が鍛錬している意味が分からなくなるだろう。それぐらい、今自分が目指そうとしている戦力の高みが、異常な値な事を目の当たりにしてしまう。そうならない為にも、プラス要素の事はその時が来るまで秘密にしておく。
本人が言いたくないなら無理強いはしないのか、ルミーナは「ふーん」と一言呟き、魔法を唱えて飲み水を召喚している。
「そろそろルミーナも戦力がついてきた頃だし、俺が普段行っている鍛錬方法に変更してもいいか?」
最近のルミーナの成長具合を思い返すと、そろそろ基礎に加え、護身と銃に関係する鍛錬だけでは更なる高みに目指せないことを感じる頃だろう。
「これが新谷家流じゃないの?」
「これは新谷家流でも俺が考えてる鍛錬方法だ」
新谷家のトップは戦力が新谷家で常にトップでないといけないのは勿論の事、直系血族であることも必須とされる。なので俺は新谷家現代のトップ的な存在だ。父さんが居れば年齢的にギリギリ新谷家のトップの座を得たままだったかもしれないが、父さんと母さんは、覚えている限り……一度もあったことがない。いや、会ったことはあるはずだ。が、記憶にない。顔も思い出せない。そのぐらい、会っていない。
祖父祖母が二人ずつ存在するが、父方の祖父母は年齢的にトップになれない。トップは人工島の住民年齢層やワールドブレイカ―社の定年が三、四十代なのと同じく、戦力のピーク、停滞、低下が起きるから辞退せざるを得ないんだ。母方の祖父母も見たことないので分からないが、どう考えても四十は超えていないと可笑しい。だから必然的に現代のトップが俺となっている。
そんな俺が自分で考えた鍛錬方法を新谷家流と名乗ったところで、権利がある訳だし、何ら問題じゃないだろう。
「だが、本家新谷家流はこんなもんじゃない。どうだ、今日から本家新谷家流の鍛錬方法でやってくか?」
本家新谷家流は、鍛錬に際限がない。よって、終わりがあるとすれば……挫折。これしかない。そして俺は、新谷家流の鍛錬方法をさせるにあたって、一切手加減はしない。手加減する行為は新谷家では禁忌だからだ。つまり、承諾され次第、もしかすると……プラス要素も出した状態で鍛錬させることになる。そして最悪、ルミーナが命を落とすようなこともあり得る。
新谷家には秘密が沢山ある。そのうちの一つとして、入れる人も限られている。そもそも全人類がどこに現存するか分からないような組織なのに、そこから存在を知っていて、場所も分かっていて、入るのに差し障り無い戦力となれば……ほとんどいない。だが、それでも訪れる人はいる。国家秘密でもあるので多くは語れないが、つまりは入ることが決まった人がこの鍛錬を初めて受けると……基本的に命を落とすか、挫折し、新谷家を諦める。そんな鍛錬方法だ。
「受けて立つわ。どうせ今の私は新谷家に仮加入してるような者よ。受けない訳がないでしょ」
決意も固ければ向上心も高いルミーナは寧ろ勧めないような面持ちで発言する俺にそう返すが、
「ならとりあえず一日お試し期間といこう。挫折しなかったら今日からこれで行く。いや、俺は挫折しにかかる」
「いいわ。寧ろやる気が出るもんよ」
負けず嫌いな性格を触発させたつもりはなかったんだが、もう少しで追いつきそうだった俺が本当はもっと遠い存在でしたと明かしたことによって、更にルミーナの心に火を灯したらしい。こんなにも挫折しない人間に会ったのは久しぶりだな。
ということで、新谷家の鍛錬方法の説明に入る訳だが……
「まずは疑え。会話からもう戦いは始まっているんだ」
緊張感を持たないルミーナに一つ忠告し、説明を始める。
新谷家の鍛錬方法は、当初行おうとしていた実戦練習形式の鍛錬方法だ。だが、本家は多少違う。――実戦練習以外では、決して筋肉、体力を付けてはいけない。つまり、素振りや走り込み、上体起こしや腕立て伏せといった筋トレを一切してはいけない。
これには実戦で使わない筋力は身軽にする為つけない方が良いとか、実戦練習で身に着いた筋力や体力の方がより質が良いとか複数の理由が存在するが、ここは俺の経験談を語った方が良いだろう。
数年前、この新谷家方式の鍛錬方法に疑問を抱き、自己流の鍛錬方法に変更した。端的に言えば、筋トレをして攻撃力を上げようと試みた。
そして来るべき実戦。筋力が付いて高くなった攻撃力で攻撃を仕掛けたが、相手は常に音の速さで動く高速の戦士達。一撃一撃の攻撃が重くなったのは実感できたが、瞬発力や持久力を失ったせいで劣勢になっている印象の方がより実感できた。人体は攻撃力と瞬発力や持久力の両立は出来ないみたいだし、この世の中、高速の戦士達だらけで、攻撃力より瞬発力や持久力、俊敏性が無いとそもそも同じ土台に立てなかった。
だからと言って、走り込みや負荷をかけ過ぎないトレーニングで筋持久力を上げたこともあった。そしたら同じ土台に立つことは出来たが、次は攻撃力で劣った。いくら同じ速度で行動できたとしても、相手にダメージを与えることが出来なかったら元も子もない。
結果、新谷家流の鍛錬方法に戻り、実戦形式の練習――つまり、瞬発力や持久力で高速に動き合い、高火力で剣や徒手を交わす方が正しい鍛錬方法なんだと思い知った。
今の俺は、傍から見たらすらっとした男性だなという印象だろう。別に懸垂百回やれと言われても普通にできるが、陸上選手みたいに無駄を省いている。事実、戦闘経験がある奴ほどこういう体型相手は苦手意識があるはずだ。
この鍛錬方法は、実際に相手と戦う上で、攻撃力や瞬発力、持久力を鍛えられるのは愚か、どう攻撃すれば相手にあたるか、どう回避すれば次の攻撃に繋げやすいか、などの思考速度や判断速度も同時に鍛えることが出来、より実践でためになる知識も同時に身につけることが可能だった。つまり、実戦で必要となる戦力が全て同時に鍛えられる方法が、実戦形式での戦闘練習だ。
新谷家には沢山の人間が存在する。しかも全員が全員フレームアーマーに生身で勝る訳だし、相当な戦力を有していることになる。なので決まったパターンでの攻撃などあり得ない。ということは、特定の相手とだけ戦った時の弊害――その人以外との戦闘方法が分からない、という現象が起きない。特定の人物とでも、どの人とでも、戦えば際限なく勉強になるし、体力や筋力の向上にもなる。
そんな本当に際限ない鍛錬を永遠行ってきている質だ。ルミーナがずっと俺と戦ったところで、俺以外の人物の倒し方が分からなくなるはずがない。
だが、流石に実戦練習だけって訳にもいかない。新谷家もそんなにスペースがないからな。誰かが実戦練習をしていて、他が実戦練習を出来ないようなら……連撃訓練か耐性訓練を行う。
連撃訓練は実戦練習のイメージトレーニングのようなもので、相手の動きを想定して攻撃のコンボの練習をする。実はこれも際限ない。ここでこうくる、ここでこうする、などと考えていると、攻撃パターンは数えきれない。そして、その数えきれない攻撃パターンは、実戦練習で自分が想定もしなかった攻撃をされることで更に増える。無限ループだ。
そしてそんな訓練よりも酷だとされるのが、耐性訓練だ。連撃訓練が実戦練習に向けた攻撃の練習だとすれば、耐性訓練は実戦練習に向けた防御の訓練だ。
俺が昨日今日と行ってきているタフさを鍛える訓練の他に、俺がルミーナと出会った初日にかまされた炎を使って火炎耐性訓練をしていた事のように、そういう耐性もある。エグいので言うと、溺れてから始まる溺死耐性訓練や、致命傷を被ってから始まる死亡耐性訓練、普通なら失神する攻撃を受け続ける失神耐性訓練、脱臼耐性訓練、落下耐性訓練などが挙げられる。これをじゃんけんや鬼ごっこをするかの如く、新谷家の人間間では気軽に行われている。
だが、基本的に連撃訓練と耐性訓練は行われない。実戦練習の方が良いとされるので、一般人がスマホを弄ったりテレビを見たりするのと同じで、ただの暇つぶしだ。なので、これからも基本的に実戦練習しかしない訳で……
実戦練習は何でもありだ。全力同士のぶつかり合い。勿論殺す気で行く。つまり、ルミーナも当然魔法の使用は可能だ。正直ルミーナの体力や筋力はまだ不足しているのでシンプルに走り込みや筋トレを積んだ方がいいかもしれない。だがこうすると決めたからには貫き通す。俺みたいに自己流でやろうとして事故るかもしれないしな。
これで説明は終了と言わんばかりに殺気を放ち出すと、ルミーナは俺の殺気を説明が終わって開戦の合図と受け取り、自身も殺気を放つ。
だが、その殺気の差は歴然で、天と地以上の差がある。この時点でルミーナの額には冷や汗が浮かびつつある。
「かかってこい、とかも言わねえからな。こう話しているうちに攻撃を仕掛けるかもだぞ」
全力で障壁系の魔法を張っている気配がするルミーナ相手に、至っていつもと変わらない口調で言うが、
「同じくフル装備だから、基本条件は同じよ。ここからは……プラス要素と、持ち合わせの戦力ってことね」
緊張で強張った口調でそんなこと言っているが、足を拘束しようとする気満々だって。一度見たあの黒い手ぐらい把握できない程やわじゃないぞ。
言葉に集中させて実は仕掛けていた拘束魔法の黒い手を蹴飛ばすと、ルミーナは気付いてたかと表情をピクリとさせたと同時に、黒い手を消滅させた。どうやらその魔法を仕掛けるのは止めにしたか、何かへの布石みたいだ。
実戦形式の練習と言えど、殺傷能力がある通常弾の使用は原則禁止。暗黙の了解だ。だから大抵ペイント弾や非殺傷弾、プラスチック弾を用いるが……そんなもん持って来てない。まあ致命傷を被っても最悪魔法でどうにかなるだろうから、お互い気軽に使ってもいいだろう。
それを踏まえた上で、ルミーナは魔法使い用で軽装備化された戦闘服の防御力を補うために魔法で障壁でも張っているだろう。それなら防御力は俺の装備と大差ないはずだ。ともなれば、まだまだ未熟なルミーナ相手だろうと――拳銃を乱射しても問題ないだろう。
そう予想した俺は、ルミーナが魔法を使っているか確かめる為に――M1911を一発発砲した。相手が発砲する動作を黙視するよりも早く、高速で。
ルミーナは俺が発砲する素振りも見せなかったというのに.45ACP弾が飛来してきた現実に驚いているが、驚く余裕があるってことは、銃弾対策は既に済ませているようだ。
予想は正しかったらしく、俺の目には何も見えないのに何かに弾かれるようにして、.45ACP弾はルミーナの元に届かなかった。
跳弾して変な方向に飛んでいく.45ACP弾を見送る俺が徐に目を逸らしたのを好機と思ったか、ルミーナは――
「よそ見するなんて舐められたもんだわ」
少し苛立った口調でそう言い、駆け出したような気配がした。
よそ見したのは――相手を誘導させるため。わざと隙を見せることによって、今までの傾向的にルミーナは攻撃を仕掛けてくることが分かっている。その性格をついた作戦に、見事引っかかったルミーナを鼻で笑ってやろうと視線を戻したところ……
「……?」
ルミーナが……目の前に居たはずなのに、消えている。いや、存在はしている。気配がある。だが……俺の目には、ルミーナの姿が見えない。どういうことだ……?
見失った素振りを確認したからか、ルミーナは気配も消しやがった。こうもなればもう目の前に居てもおかしくない状況だ。
「おい、見えなくなる魔法でもあんのか?」
ルミーナに問ったのは、単に疑問に思ったからではない。そんな理由で聞くほど甘くない。
「≪トライペンツ≫っていう透明魔法を使ったのよ。極めれば姿だけじゃなく、気配も消せるわ」
本当の理由は――ルミーナの位置を、把握する為――
一から説明してくれたルミーナには申し訳ないが、前にも言った通り、本当の敵は筋肉痛だからって手加減してくれない。こうやって、解説していると止まってくれるわけでもない。
――ルミーナの声の位置から、背後から首を絞めようと目論んでいたのが直ぐに分かった。
「俺がちゃんと口で教えてやったのに、それでもわからなかったか」
ルミーナは、発声位置で居場所が割れたと思っていない。そんなまだ経験の薄いルミーナに、一撃かましておくか。
それは――理解できない攻撃だろう。だって、本人は姿も気配も消してるのに、位置がバレたということだからな――
首に手を伸ばしている最中なのかは気配を消されているので分からないが、ルミーナの攻撃より俺の攻撃の方が素早いのはここ数週間鍛錬を積んでも揺るがなかった事実だ。それ程俺は強く、ルミーナは発展途上。
その差を見せつけるかの如く、ルミーナの顎目掛けて――真後ろにエルボーをかます。
少し口を開いていたのか、カッ! と咬合したのがよくわかる音がしたと同時に、ルミーナの姿と気配が露わになった。集中力が切れたからだろう。
「クッ……!」
予想通り何故位置がバレたかわからない衝撃を受け、次の攻撃を仕掛ける手が遅れている。
「透明でも攻撃は当たるんだな」
何故か絞殺を選んだせいで次に繋がる動作が遅れ……ようやく仕掛けようとしたらしく、ナイフを手に取ろうと鞘辺りを漁っているが、そのナイフなら俺が持っている。そのナイフを見せつけ、明後日の方向に投球した。
「実は夜も地道に鍛錬してたのよ。それでもまだ鍛錬不足って……」
確かにルミーナは隠れて自主練していることを秘密にする為、毎晩「ギルドに行ってくるわ」とか「商店街に行ってくるわ」とか嘘ついて抜け出し、昼間鍛錬を行っている山で人知れず努力している。その努力は定期的に盗み見て感心しているし、今のルミーナはフレームアーマー新参者のフレームアーマー無し状態なら一刀両断出来て当然の実力だ。真っ向勝負になったら怪しいが、一人屋上で待機させてもこっちが心配する必要はないレベルで護身できるはずだ。それでも鍛錬不足とか……都合がよすぎないか? こんな短期間で十分すぎる程強くなってるし、相手が俺だから自分が弱いと錯覚してるだけだろ。今のルミーナは普通数年かけて習得する能力値を数週間で身につけていると言っても過言じゃない。それなのに……貪欲すぎないか? 負けず嫌いにもほどがあるだろ。
――とはいうものの、実はまだ実戦には出せない甘い点がいくつもある。例えば、今のその発言だってそうだ。それを戦場で言うか? 言わんだろ。そんな暇あったら行動しろ。命の取り合いだぞ?
「口を動かす暇があったら攻撃仕掛けたらどうだ?」
俺の発言を聞いてハッと我に返ったらしいルミーナは、眉間に銃口を当てられていることに気付く。
「お前の甘いとこはそういうとこだ。あまりに短期間で実力をつけすぎたせいで、自分に過信しすぎているのと、まだこれでも弱い方だと勘違いしている。あと、シンプルに対人経験が無さ過ぎて思考の幅が狭すぎる。まだ覚えるべき百の内一すらも覚えていないことを理解しろ」
この実戦練習は――新谷家の練習方法とはもうズレている。会話を交わしているし、隙だらけで全然攻撃が続いていない時点で相当劣っている。だが……今はこれでいい。そう思っている。本人が決意したと言ってその決意が揺らがないもんだから、いきなりルミーナをこっち側に連れ込み過ぎた俺のせいでもあるからな。
――だが、そんな反省はいらなかったことを――ルミーナは、行動で示してきたぞ。
普通、人間銃口を当てられれば――両手を挙げて降参の意を見せるのだが……ルミーナは魔法使い。この状況からでも、魔法の力で打開策がある。
「まだやる気か」
未知の力で銃口を逸らされた。実際対抗すればまだ銃口を向け続ける事が可能なぐらいの力だったが、それ以外にも力が加わっていた。
いつの間にか重量が20kgぐらいにまで跳ね上がったM1911を持ち続けるのは相手の思う壺だし、藪蛇だろう。M1911を手放す。
「魔法ばかり使ってても練習の成果が出ないわね。次は――正々堂々、徒手で行くわ」
裏があることがバレバレな宣言をしてきたルミーナに、こっちも徒手で応戦する意を見せてやる。この構えが、嘘か本当かの判断は――ルミーナに任せる。裏の裏まで推理できれば――俺がどうするか、判断できるはずだ。
ルミーナは俺の構えをどう判断したのかはわからない。それは、ルミーナが――拳を突き出し、地面から数センチ滞空状態で突撃してきたからだ。まだ護身レベルの習得率だというのに、高度な手法で。
俺の構えは――カウンター。ルミーナお前、本当にその攻撃チョイスでいいのか?
ただ突撃してくるだけで、変に魔法や剣戟を織り交ぜてくることもなかったルミーナは、カウンターを綺麗に貰い……失速したルミーナはスパァン! スパァン! と破裂音のような、今まで一度も見せたことがなかった速度で拳を貰っている。狙うは――腹。タフさを鍛えるために殴られまくった場所だ。ルミーナの努力を認めないと言わんばかりの威力で、衝撃の凹みが戻るよりも早く、連撃をお見舞いする。
拳の連撃で『く』の字のように折れ曲がったルミーナは、最後の突き上げで放物線を描いて吹っ飛んでいく。血反吐を吐き続けるので、俺の眼前から軌道が丸わかりだ。
オーバーキルした気がするが、戦場で手加減や対戦相手への感情移入なんか起きないので、吹っ飛んでいくルミーナを目で追うが……
回復魔法でも使ったのか、ケロッとした表情で頂点に達し、自由落下を始めていく。
そんなルミーナを顰蹙して眺める俺は、つい舌打ちしてしまう。
魔法陣を作り出し、手を突っ込んで――何かを引き出そうとしている。あれは……何度も見たことがある。≪スレンジ≫だ。そして取り出したものは――M82A3。持っていなかったので使わないのかと思っていたが、やはり何らかの方法で持っていたか。
舌打ちした理由は――そこじゃない。そのM82A3の銃口が向けられてる先は――俺の心臓だからだ。
前にこのような話をしたことがある。『頭は的が小さい。胴体は装甲とかマガジンとかで対策されてて貫通しない。ならどこを狙うって? ――さあな?』と。それの回答を出したかのように心臓を狙っているが――俺には銃を覚えたてのルミーナがそんな態勢で正確に撃てるとは思えない。
なんたって住宅で言うところの三階の位置から今も尚自由落下をし続ける状態の中、俺の心臓に標準を合わせ、しかもあの10kgを優に超すスナイパーライフルをブレ無しで構えられるほど腕力が付いたとは思えない。だが、この実戦練習は魔法もアリだ。身体能力を強化する魔法を使っている可能性もゼロとは言えない。だからあの状態からの発砲でも――被弾する可能性がある。
≪スレンジ≫で即座に取り出したM82A3を俺に向けてきたルミーナは――
「――終わりね」
一言、そう呟き……発砲した。
初速853m/sで心臓目掛けて飛来してくる12.7x99mm NATO弾の軌道は……正確。何らかの行動を起こさなければ、殺られる。
常人には――銃弾なんて避ける暇もなく、飛来してきて、被弾し、命を落とす。それが一連の流れだ。だが、新谷家の人間は最大出力2000km/hで動き回るフレームアーマーに生身で勝てる。つまり、それ相応の行動を起こせる。ともなれば、その常識は崩れ……飛来してきてから思考し、行動を起こし、避けたり跳ね返したり、何らかの行動がとれる。その常識を覆す行動を起こす起点となる奥義が――神から授かりし新谷家のみが使える≪エル≫シリーズというものだ。
≪エル≫シリーズと総称される奥義は、主に三種類存在する。そのうちの一つが、俺が常日頃使用している世界転移の≪エル・ダブル・ユニバース≫だ。
残りの二つ。その一つが――人間が自らの力のみで音速に達することは不可能とされているが、それを可能にする――身体強化≪エル・アテシレンド≫。この技には出力が十段階あり、フレームアーマーと同等の速度で戦うには最大出力で身体能力を瞬間的に音速にまで持っていかせる必要があるので、10出す必要がある。
もう一つが――思考能力を上げる≪エル・ズァギラス≫。俺みたいな頭が悪くて戦う事しかできねえ奴は、これを頼りにしないとフレームアーマーと同速度で動き回るだけで、複雑な攻撃を仕掛けないので互角の戦いをするだけの消耗戦になる。だから特に俺なんかは≪エル・アテシレンド≫より使用頻度と使用時間が長い技だ。
そして勿論双方ともに≪エル・ダブル・ユニバース≫のように、クールタイムのような代償が存在する。
≪エル・アテシレンド≫はその出力度数にもよるが、終了後に限界を超えて使った身体の疲れがどっと押し寄せる。耐えても本能的に逃れられない睡魔が襲う。使用時間に応じて睡眠時間もそれなりに長くなり、体験談で言うと、平均して合計一時間の使用で48時間、10分の使用で8時間、1分の使用で48分の睡眠ってとこだ。
≪エル・ズァギラス≫はそれほど酷くないが、髪の毛が横跳ねする。つまり寝癖が勝手にできる。俺みたいなバカは乱用するからいっつもはねている。最近使ってないが、残った代償分で俺の髪の毛は横羽しっぱなしだしな。他にも脳を使い果たした結果、考えることを放棄するか、思うように考えられなくてキレやすくなる。これも大体合計一時間使用で5時間、10分使用で50分、1分使用で5分の代償タイムがある。
そして一番問題なのが、≪エル≫シリーズを自分の体の限界値を超す程使った場合――体の成長が止まる。と言っても身長の伸びとか体の衰えの話で、鍛えれば筋肉は増え、戦闘能力も上がる。記憶力もだ。なので最悪幼体のまま100歳になって幼体なのに100歳という変な状態で棺に入ることになる。こうなるケースは主に新谷家新人によくある現象で、先代を例に挙げると、見た目・戦力・記憶力・身体機能は20歳なのに、実年齢110歳の人間が見えない老化で死んだこともある。現代だと17歳なのに体が8歳ぐらいのやつもいる。実は俺も一度体の限界値を越す程使ったことがあり、実年齢は今年で20歳だが、体は今17歳ぐらいで止まっている。十七歳、三年前――この話を聞けば、ファースト・インパクトからかと予想するだろう。だがファースト・インパクトは九年前の出来事だ。なら十一歳で成長が止まっているんじゃないかとも思うだろうが、何故か直後に成長が止まらず、三年前から成長が止まった。つまりよくわからん。一度限界を越せばいつか止まる日が来るって事だ。
そして今回、スナイパーライフルからフレームアーマーの速度より早い速度で飛来してくる銃弾を発砲されたからには、当然≪エル・アテシレンド≫の出力10を出さなければいけない。立ち回り次第では素の状態でも躱せるが、今の態勢では避けるにも弾くにも時間が足りない。
≪エル・ダブル・ユニバース≫は詠唱文が存在する。対して≪エル・アテシレンド≫と≪エル・ズァギラス≫は瞬時に使用しないといけないので、意識さえすれば瞬時に発動できる。てなわけで――ルミーナが引き金に翳す指に力を加えた瞬間、つまり銃口から12.7x99mm NATO弾が発射されるよりも早く、既に≪エル・アテシレンド≫の出力を10にまで上げている。そうすることにより、ルミーナには見えないだろうが、俺には全てが――12.7x99mm NATO弾が飛来するスピードさえスーパースローに見える。
心臓目掛けて飛来してくる12.7x99mm NATO弾の射線を遮るように手を広げる。その手は、このままだと――風穴が空く。だが、避けずに手を差し出したのには……理由がある。
常人には瞬きの間より素早い出来事なので何が起きたか理解できない。だから終わった後の光景を見て驚くことになる。――それは、銃弾をつかみ取ること。瞬間加速2000km/hが普通に可能になれば、こんな技も――できる。
手の真横を通り過ぎようとした12.7x99mm NATO弾と同じ方向、同じ速度で手を動かす。そしてその最中に――銃弾を、掴む。単に動体視力や筋肉で銃弾を見切り、つかみ取る脳筋方法ではない。同じ速度で動かし、つかみ取る、≪エル・ズァギラス≫と物理法則を併用した方法だ。
12.7x99mm NATO弾をつかみ取り、何事もなかったかの如く立ち尽くす姿を見たルミーナは――
「……ッ!」
まさか銃弾をつかみ取るとは思っていなかったようで、被弾せずに銃弾を手に持っている状況に絶句している。
「フレームアーマーは銃弾よりも早く動く。そして俺はそいつらと同等の速度で行動できる。じゃないと相手にならんからな。つまり自分の速度より遅い物なんて相手にもなんねえんだよ」
最近だと訓練生しか使わない、フレーム初号機量産型の最大速度でさえ時速1500km出る。初速が時速1300kmぐらいのHGなんか豆鉄砲に過ぎない。それに最近はもっと高速度を長時間継続可能であり、専用機ともなれば更に強化されているはずだ。流石に最大出力の状態で長時間戦うのはエネルギーの兼ね合い上下策だからか、蹴る瞬間に踵から噴射してブーストかけたりして工夫しているっぽいが。
≪エル・ズァギラス≫の恩恵で銃弾を斬ってやる案も考えていたが、反撃として使える12.7x99mm NATO弾を真っ二つにするのは勿体無かったのでつかみ取った。という事は、反撃に使うわけで……
≪エル・アテシレンド≫の最大出力の力で12.7x99mm NATO弾をルミーナ目掛けて投擲した。M82A3から発射される速度よりは遅いが、拳銃弾の速度は上回っているはずだ。
つかみ取られた時点で衝撃を受けたのに、更に自身が発砲した12.7x99mm NATO弾がほぼ同じ速度で帰ってくるなんて思ってもいなかったルミーナは……
頭が真っ白になっているのか、何も防御態勢を取れずにいる。体のどこかに当たればいいやぐらいの気持ちで投擲したので、心臓や頭には当たらない軌道だが、そのままだと致命傷は被う。
ルミーナがどう対処するか眺めていたが、やはり銃弾は早すぎて見えないし、常人には一瞬の出来事だ。それはルミーナも同じで、目視出来て対処ができる程の行動速度は有していない。ただ、いつの間にか被弾しているものだ。
ルミーナの脹脛目掛けて飛来した12.7x99mm NATO弾は、ルミーナが張った結界に何度も阻まれたのか、数回ガラスが割れるような音と共に減速したが、未だ200km/hは超えている。野球選手の投球よりもはやく、鋭利な物体となれば、いくら音速を超えてなくても痛いものは痛い。
「ゔっ……!」
被弾したルミーナは、12.7x99mm NATO弾がぶっ刺さって鮮血が溢れ出る脹脛を抑えて縮こまる。これにて……実戦練習は終了だな。
「流石に防弾性能がフレームアーマーと同等の戦闘服でも12.7x99mm NATO弾は少し貫通したか」
実はこの戦闘服の生地は――フレームアーマーの装甲は人それぞれだが――ダイビングスーツにも似た下地の装甲をしている人が時々いて、そいつらの下地と同じ生地を使って製作されている。性能面はフレームアーマーに負けず劣らずだ。つまり相応の防弾性もあるんだろうと思っていたが……流石に受け止められなかったようだ。でもあの薄さで完全に貫通しなかったところは凄い特殊生地だと思うが。
「抜くなら抜いてさっさと回復魔法でも使った方が良いぞ。生暖かい血が流れ出ているのってあまりいい気にならんからな」
痛みに耐えるルミーナに歩み寄り、対処方法でも列挙しようかと思っていたが……
「……クソッ」
……見事ルミーナの策略にはまったようだな。足元を凍らせられて動かなくなったぞ。
事前に地雷の如く仕掛けていたらしい凍結魔法の類で俺を地面に縫い付けたルミーナは、
「見事引っかかってくれたわね……油断大敵っての、教えてくれたのは萩耶よ?」
今まで散々やられて、負けず嫌いだからストレスでも溜まってんのか、悪魔のような笑みを浮かべたルミーナは、教わったものを教え返してきたぞ。
だが……どうだろうな。もう勝ち誇った表情だが、これで負けると思うか? お前が演技なら――俺も演技だという可能性も――ゼロじゃないぞ?
どうやら被弾して激しく痛む姿を見せたのも演技だったらしく……でもまだ多少痛むのか、足を引き摺ってはいるが、銃弾を抜いて回復魔法を使っている。徐々に傷口が塞がり、溢れ出た血が消えていく。そんなルミーナは――
「刮目せよ! ――闇夜を穿つ不屈の煌龍よ! 暗澹たるこの世界に駆ける一閃となりて、己の心理を追求せよ――!」
俺に一度見せたことがある古代魔法を、丁寧に詠唱して発動しようとしてくる。どうやら勝利を確信しているようだな。
「――≪ドラゴンブレス≫!」
最後に俺に向ってニィッとほほ笑んだルミーナは――遂に、魔法を……発動した。
するとルミーナと俺の間に巨大な魔法陣が出現し、そこから――扇形に、赤黒い炎が噴出してくる。あんな広角レーザービーム、正面衝突したら丸焦げだぞ。
「これは火属性の炎と、それを吹き出す風属性の合わせ技よ。いくら燃えるのに強くても、ドラゴンの如く地獄の業火の前には無力よ!」
丁寧に説明してくれるルミーナを片目に……詰めの甘さをいいことに、ドラゴンブレスとやらから退避する行動を起こす。ていうか、エルドギラノスじゃなかったのか? ドラゴンもドラゴンで存在するのか?
そんなことはさておき、ルミーナは足元を凍らせてきたが、くっついた部分は地面と靴のみ。つまり靴を脱げば逃げることが可能だ。それにもしも足もくっついていても大変なことにならない。他にも≪エル・ズァギラス≫を使うまでも無く――対処法が沢山考えられるからだ。例えば……炎の魔法を放ってきたから、迫ってくると勝手に氷が溶ける、とか。
まだまだ甘いところが多いルミーナは、広範囲の炎のせいで俺の姿が見えないらしく、回避行動をとっていることが分かっていない。つまり、行動妨害をしてこない。透視魔法でもあるなら使えばいいのに、使ってこないのは、勝利を確信しているからだろう。
妨げがないので難なく回避できるわけで……
靴を脱いでこの場から半径三メートルに広がる氷上に足を触れないよう、パルクールで慣れて楽勝な助走なしの両足ジャンプをし、約四メートル先に着地した。そこからは、ただひたすら走るのみ。氷からは逃れても、まだここは炎の殺傷圏内だ。
十分距離をとって避けることができ、あまりの威力でクレーターが出来て黒煙が上がる爆心地に向って歩みを進める。ルミーナもまさかあの炎を回避したとは思ってないだろうな。
「……降参するわ……」
すると、黒煙が晴れて見えたクレーターの中心部に俺が居ず、ただ焼け焦げたが未だ形状を保つ靴だけが残されている状態を見たルミーナが白旗をあげた。まあ……あれだけの魔法を放って、避けられたら心折れるわな。
爆心地より奥から現れた靴を履いていない俺が無傷なのを見て、
「魔法も使った私よりも強い人って、初めて会ったわ……」
今の気持ちを、率直に伝えてくる。
「俺も久々苦労した試合だった」
ここまで攻撃の伏線を張った試合をしたのは久しぶりだ。フレームアーマー戦は基本的にスピード勝負か単純な攻撃技量の勝負だからな。それに、魔力の制約がない魔法攻撃が飛びまくる状況下は初体験だから、普段の戦闘より精神的な疲労感がある。
「戦い方はいいが、まだ詰めが甘いところがある。相手がパニックに陥れば直ぐにはまるだろうが、少し冷静になって考えればすぐに対処法が浮かぶような伏線ばかりだ。こればっかりは経験を積むしかないな。だが……十分強いことは保証しておく」
改善点をしっかり教え、誉めることも忘れない。
「ちゃんと口でも説明できてるじゃん。なら教えてくれてもよくない?」
「え? 出来てたか?」
俺、適当に説明したつもりだったんだが……? まさか無意識のうちにまだ≪エル・ズァギラス≫使ったままだったりしないか?
「ていうか魔法ってホントに何でもありだな。いや何でもあり過ぎるだろ」
まだ≪エル・ズァギラス≫という技の存在を教えない方が良いと判断したので、本音で話を逸らしにいく。
「ならもっと何でもありな一面を見せてあげるわ」
あまりにも驚くような反応を見せたからか、自分でも説明できてたことに驚いている俺が嘘ついている反応じゃないと判断したらしく、逸らした話にのってくる。
ルミーナはクレーターの中心部にある俺の焦げた靴を指差し――
「あれも元通りにできるわ」
そう言いつつ無詠唱で魔法を使ったらしく、
「すげえな……」
焦げていたはずの靴が一瞬で焦げる前の状態に戻っていやがる。
「それって単純に物体の時間を巻き戻しているのか? それとも回復魔法みたいに回復させてるのか?」
「どっちでも可能よ」
素朴な疑問に、何でもありな魔法らしい回答が返ってきた。だろうなとは思ったが、同時に呆れもしたな。
回収した靴を履き、ルミーナが変形した地形を魔法で直したのを確認してから……
「今日はこの程度にしとくか」
俺達の戦いが過激すぎたか、周辺の魔物が怯えて逃避していることに気付いていたのはルミーナも一緒だろう。この辺りの魔物生息状況を混乱させない為、本日はお開きにするのが吉だ。
そんな俺の案には賛成したが、一つ聞きたいことがあったらしく……
「ねえ、そろそろ本番をやってみない?」
ルミーナは帰る道すがらそんなことを聞いてくる。
「戦い方や住んでる世界が違っても、こうして和解して生活を送り、鍛錬を積めたんだから……そろそろ地球ってとこに行って、本戦ってのはどう? 私、過大評価しすぎかもだけど、護身できる実力はついた方だと思うわ」
ルミーナには、まだまだ改善点が数多く存在する。例えば根本的な剣や徒手の技量。攻撃の詰めの甘さ。魔法を織り交ぜる必要がある、など。だが、これらの改善点を踏まえても、今の実力は……十分に強い。それにスナイパーライフルを主軸に戦闘する都合上、現状の剣や徒手の技術があれば事足りる。十分行動妨害はできる。実際ここまで過保護に銃以外を教える必要がない役でもあるからな。そして、転移者ぐらいの相手なら……魔法が使えなくても、今の剣や徒手の技量でも間に合うと思う。それは、この世界での剣や徒手の技量平均値を優に超しているからだ。
「行くのは問題ない。そして本番戦に臨むのも。――だが、正体を隠し通せるか。問題はここだな」
対転移者戦は案外簡単だ。転移者をフレームアーマーが駆け付けるよりも早く見つけ、無力化するか和解すればいいだけの話で、別に俺一人でも問題なく遂行できる。勿論、エル・シリーズなしで、だ。問題点は――フレームアーマーの方が先に転移者を見つけた場合。フレームアーマーと対峙することになった場合。戦闘面以外にも、ルミーナが帽子を落としたり、動く障害物に感知されたり、日本語を喋れないので怪しまれたり、微弱な魔力しか使わない魔法でWアラームが鳴ったり……と、ルミーナが転移者とバレる可能性は数えきれない。そして、それらは案外直ぐに起きる環境であること。確実に防げる方法がないこと。これらを踏まえた上で――覚悟の上で、転移する必要性がある。それほど地球で――特に、人工島で――転移者が生き延びるのは難しいことだ。
「絶対に見つからない方法はないの?」
あることにはある。だが……
「あるとしたら、人工島に留まらないか、転移者と無縁な生活を送るか」
「それだと本末転倒ね」
ルミーナが言う通り、それらの選択は、俺達の目的外の行為。転移者を元居た地に戻す為には――世界各地に三か所存在するEoDを含む対異世界人特化区域に潜伏し、WB社より素早い行動が求められる。そして、それは――不可能に近い無謀な挑戦だ。
「どうする。もし見つかっても、クールタイム外だったら即撤退できるが……クールタイム中だったら、命を落とすしか道はないぞ」
転移者が地球で生活を送る事、それも――特に対異世界人特化区域で生活を送ることの難しさを理解している俺は、独断でルミーナを連れていくことができない。それ程、転移者にとっては死地に赴くことになる。
「それだったら魔法を使ってどこかに飛ぶわよ。遠く離れれば問題ないんでしょ?」
「それもそうだが……」
俺も一度は考えた案だが、Wアラーム度返しで魔法を使うなんて実際いくつも懸念点がある。
「地球は魔力が少ないんだろ? ≪レベレント≫って奴で逃げられる確証はあるのか? それにもしできたとしても、地球上で俺と落ち合えるか分からんぞ? しかもフレームアーマーから逃げ切れる保証もないし……」
「萩耶にしては注意深いわね。もっと切り込んでいくタイプだと思ってたわ」
心配ばかりする俺をバカにするかのように話を遮ったルミーナは、
「魔力が無くても何とかしなくちゃいけない時もあるの。それは萩耶から日々学んでることよ」
「自信満々だな」
自信過剰な事で返って痛い目を見ることも多いが、この調子なら……大丈夫だろう。今まで俺が予想もしなかった攻撃をしかけてくるし、限界を突破するかの如くここまで鍛錬に付いてきたんだしな。
現地民だからこそ無謀だと思う地球での共同生活だが、前例がない以上やってみないとわからんことも事実だ。
「本人がそれでいいなら俺はもう何も言わん。よし――明日にでも向かうぞ」
これからの行動方針を定め――遂に対異世界人活動を二人で実行するとあって、俺は不安を、ルミーナは期待を抱いて宿に向う。
今後何度も出てくるので、ここに現在萩耶目線で判明している範囲で≪エル・シリーズ≫の解説を書いておきます。
○エル・ダブル・ユニバース
異世界との行き来を可能にする技
クールタイム:24~36時間
同時転移可能人数:3名(100kgまで)
詠唱文(任意):『新谷家の眷属・新谷萩耶が神使の妖狐に願い奉る! 世界を終焉へと誘う転移者への制裁を武力を以て下した。此れを報復と看做し我に転移者返還の力を与え賜え!―-≪世界転移≫!!!』
○エル・アテシレンド
身体能力を上げる技
形態:10段階の出力制(10で瞬間加速2000km/h可能)
代償内容:睡魔
代償期間:1時間で48時間 10分で8時間 1分で48分
○エル・ズァギラス
思考能力を上げる技
代償内容:髪の毛が横跳ねする 思考放棄orキレやすい
代償期間:1時間で5時間 10分で50分 1分で5分