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クロス・インパクト  作者: あかつきこのは
29/32

29 耀傷学園

 

 俺達はただ目の前にいたバケモノを晩御飯にするため討伐しただけだが、運が良いのか悪いのか……あの魔物は、薔薇の三銃士に直接討伐依頼が来るレベルで危険視されていたらしい。図らずもまたやらかしてしまった挙句、身柄を渡す羽目になって夜飯すらも失った事実も加味すると、運が良い要素は無かったと言える。代わりにと夜は『シャガル ミネヴァルト』で食事したんだが、店主のお任せ料理にしてみたところ、紫色で動いている食べ物と見た目完全に石なのに食える物体を提供され、美味しくはあったが運が良いとも言い難かった。今日一日を通して良かったことは、ミネヴァルトに世界樹の雫をプレゼントしたら大層喜んでくれたことだけだな。

 世間一般で言う夏休みの期間に突入し、年で一番暑い八月というさっさと気温下がれと嘆きたい時期に地球へ戻ってきている俺は、ビデオチャットが入っていたので結乃(ゆうの)の家に行ったが、爆睡中でいくら揺さぶっても起きやがらないので……今はルミーナと合流し、住宅街10区にある通称パルクール公園で時間を潰している。

「パルクールはいいわね。自由にルートを決めれて、ここで回転入れようとか、ここは受け身が必要そうだとか、走りながら次の行動を考えて実行するのが楽しいわね」

 俺が趣味や暇つぶしでよくやっているとは知っていても、今までガッツリ触れる機会はそうなかった。今日本格的に触れてみたルミーナは、お手本のようなコメントをしてくれる。

「無限大の組み合わせだろ? だから飽きないんだよな。人によってやり方も違うから、見てて『おお! すげえ!』ってなるのも楽しいんだよ」

 考え方は人の数だけ存在している。また、成長するにつれて思考の幅も膨らむ。いつやっても違う動きを楽しめるパルクールが好きだ。

「このようなところにいたのか、新谷(あらや)君」

 寝起きそのままで俺を探しに来たのか、白衣を羽織るだけでかなりの素肌が露出している。辛うじて下は白いパンツを履いていてフルオープンでも隠れているが、上は何もつけていないので風の吹き具合によっては丸見えになるぞ。

「おはよう瑠実君、そして世界」

 世界に対して挨拶をしているところには特に触れず、結乃が手に持っている物体に視線を向ける。

「これを試してもらおうとしていたのだよ」

 結乃からフレームアーマーの装甲みたいな見た目をした空を飛ぶための翼の様な外骨格を受け取る。五キロはあるのかと思ったが、いざ持ってみると二キロもないな。

「これを付ければ空でも飛べるのか?」

「ご名答。これは誰でも空を飛べる外骨格の試作品なのだよ。感想を教えてくれたまえ」

 俺の背中にはロボットみたいな挿入口や留め具なんかついていないが、外骨格を背中に当てると痛みも無くカチッとハマるような音がして、ルミーナが羽に体重をかけても外れ落ちない状態になった。手に持ってた時は重量感があったが、装着すると重みを感じないな。違和感がないので着け心地は悪くない。逆に本当に飛べるのか不安ではあるが。

 脳内で飛んでいる姿を想像したが、それでも浮かび上がらない。結乃を見ると、背伸びするような行動を繰り返すので、真似て背伸びしてみると……

「お……おおっ……」

 背中に微かな駆動音と風の流れが発生し始め、体がじわじわ上昇していく。

「おい、どうやって操縦するんだ?」

 天灯が浮かび上がる速度感で上昇し、背伸びの体勢を止めても尚浮かび続ける。

「足首の角度で操縦するのだよ」

 ということはつま先を上に向ければ下降するってことか。

「……いう事聞かないぞ?」

 上空五メートル付近で止まってはくれたが、地上に向う気配がない。結乃も腕を組んで悩んでいるし、試作品らしい欠点が発生したっぽいな。

「――うおっ⁉」

 結乃がどうする事も出来ないなら俺にはどうすることもできないので、上空で待機していたら……いきなり地面に落下し始めたぞ⁉ しかも、自由落下より早いスピードで。

「だ、大丈夫⁉」

「あ、ああ……」

 着地した地面を凹ませるレベルで地に落ちた俺にビックリして一般人の体のルミーナは駆け寄ってくれたが、この程度の痛みどうってことでもない。予想外過ぎだし外骨格のせいで受け身を取る事も許されなかったが、被害者がタフな人間で良かったな。結乃本人がこうなってたらusp‐iカプセル案件だろう。

「自分が使った時は問題なく駆動したのだが……」

 俺だけ事故るとか理不尽過ぎるだろ、と言いたくなるが……実際のところ、結乃と俺は対格差がある。身長、体重、筋肉量、性別に至るまで、何もかもだ。まあ最も重大な原因は性別の部分だろうけど。

 WB社の社員の殆どが女性である原因は、主戦力のフレームアーマーが女性にしか適性が無いからだ。やはり男性の構造が理解できないらしく、未だフレームアーマーは女性専用だし、この試作品も男性に適性が無いし、この前プールで俺の体を触りたがっていたのも何となく予想できる。なんたって結乃は武装科ではSランク、WB社では開発の第一人者だからな。一概にも瑕疵とは言えん。

「やはり新谷君に協力してもらうしかないのだよ」

「いくら何でもそれだけは勘弁してくれ」

 俺に変わって外骨格を装着したルミーナは、上空を縦横無尽に飛び回れている。異世界は戦闘能力が高ければ高いほど人権があるが、これからの地球は女性でないと人権がないかもな。ハハッ。

 そろそろ昼休みの時間帯になるので、ルミーナと別れて一度結乃の家を経由し、俺と同じく二週目同士で登校した。

 結乃は二週目を公開している。つまり、合法的に午前が免除――というより、元から普通科棟には籍が用意されていない。だから公言していても午前中に出会うことがないので、二週目の二年以降になってくると同じ科の生徒ぐらいにしか認知されないことも多々ある。例えば茅穂(ちほ)とかまさにそうだ。いくら容姿端麗でも、そもそもこの学校に居る機会が少なければ全体的に名が知れ渡る事もないからな。

 生憎俺は二週目を隠す判断を下したので、普通科棟に籍がある。専門学校生の扱いでも、高校生の立ち振る舞いが必要なんだ。

「人の不幸で笑うな加戸(かど)愼平(しんぺい)16歳。気になるんじゃない加戸愼平16歳。イけるとか妄想するな加戸愼平16歳」

 重い足取りで教室についたのは良いが、いの一番に聞こえてきた声は相変わらずの愼平だ。

「おいごら」

「なんだ敵襲か⁉ ……んだよ、しゅうっちか」

「心の声を敢えて漏らすな」

「できたら苦労しねえよ。妄想が捗りすぎてんだよ」

 ってことは、イタズラブームが過ぎ去って、また変態ブームが逆戻りしてきたのか? 恐る恐る教室中の女子生徒を見渡すが、別にそんな様子は伺えない。

「だってよお前、祭りの翌朝ゴミ拾いに行ったらよ、5000円落ちてたんだぜ? 5000円も」

「お前最低だな」

 愼平のことだから変態系の話かと先入観が悪さしたが、どの道悪行を犯していることには変わりなかった。

「学校終わったら人工島管理公社に届けろよ? 流石に人として終わってるぞそれは」

 落とした方が悪いといえば悪いが、落ちてた金を拾った奴が全て受け取って良いっていうのも話が違う。人工島の場合、人工島管理公社が警察の業務も担っている。一度話を通しておかないと、見つかった時に痛い目見る。あそこは人工島の何もかもを管理しているので、悪さした瞬間電気やネット回線を止められたり、配達を止められる可能性もある。

「人の体って毎秒700万個の細胞が入れ替わってんだぜ? あの時の俺と今の俺が一緒なわけ無いだろ?」

「だからなんだよ……」

 元がアホな奴はボケで言ってるのか本気で言ってるのか判断が付きづらいのが難点。

 懐に入れてしまったことを今になって後悔してきたとでもいうのかと思えば、

「まーまー誤解すんな。ボランティア活動だから流石に届けたんだが、その人工島管理公社からさっき連絡があったんだよ。持ち主が分からんから俺が受け取って良いってさ。どうせ島民はマイクロチップで電子決済するし、本土の人が落としたはずで、そうなるともう取りに来ることさえままならないからな」

「なるほどな。それは良かったな」

 そういえば人工島内は電子決済しか支払い手段がなかったな。最近本土で買い物をする機会が多い。電子決済が未だ非対応の店や、コスパ的観点から未導入の店も案外あるので、異世界も相まって現金文化の方が強く印象に残っていた。

 ……とりあえず昼飯を食うために食堂にでも行くか。なんか人の席に石塚(いしづか)が陣取ってるし。

 久しぶりに食堂の激甘格安カレーが食いたくなったんで、支払いを済ませて空いてたカウンター席に座り、一人でカレーを食らう。相変わらず具が無くて甘ったるく、レトルトカレーに何か一つ足しただけのような味がしてんだよな。これが逆に中毒性だったりする。

 カレーを半分ぐらい食べた頃、正面に誰が座るか女子共が睨みをきかせ合ってるカオス空間をぶち破って隣の席に座ってきたのは……

「サイドメニューを見てくれたまえ。+50円でカツカレーにできるのだよ。普通に頼むよりも30円の得になるが、その分サイズが小さくなる抜かりなさだ」

 結乃だ。一日一食人間なので、コーヒーカップ片手に着席した。

「言っとくがここのカツは肉がゴム食感で、衣はべちょべちょだ。あんなの食ってられん」

「それは去年の話なのだよ。今年から調理師が変わって、生徒からの評判が非常に良くなっている」

 言われてみれば食堂があり得ないぐらいの盛況具合だ。去年までずっとガラガラで閑寂としているから、自習スペースに近い存在だったのにな。ならなんでこのカレーは味が変わってないんだよ。もしかしてこれは昔からの伝統商品なのか? 確かに入れ替わりの激しいメニューの中で、これだけは入学当初からずっとあるが。

 俺の元に結乃が来たことで、お近づきになろうとしていた人たちが散り散りになって行く中、

「突然ではあるが、明日から転校しようではないか」

「ホントに突然だな」

 突然のレベルが想像以上過ぎてカレーが口から噴き出るところだった。

「詳しく話すためにも、場所を変えるべきだろう」

「当り前だ」

 するかしないかは置いといて、それには賛成なので……カレーを食べ終えてから、結乃と校庭に出た。木漏れ日やベンチぐらいその辺に沢山あるので、極力付近の人が少ない場所を選ぶ。

 人工島建立から一年間、退治・剣凪・耀傷は同じ系列の学校なので、どこかに通っていればよかった。それはWB社に就職できるからとかではなく、今日は退治の気分とか、今日は都合で剣凪の方が近いからとか、そういう通学先の面でだ。しかし出席管理や授業の進捗管理等が難航する為、翌年から完全に別離された。今はもうどこか一つに通い続けるし、何なら耀傷は少し運営方針が変わり、異世界人関係から離れつつもあるが……一応姉妹高みたいなところがあるので、条件を満たす生徒であれば、申請すれば数週間単位から相手方の学校に一時的に通えたり、完全に転校することが可能になる。後輩がよく使ってる留学制度みたいなもんだ。制度の穴である。とはいえ三校に来る異世界人関連の求人はほぼ共有状態みたいなもんだし、留学と違ってこれの利点は出会い目的ぐらいしかない。

 しかし今回、それを利用し、その利点通りの行為をする訳なんだろうが……

「それで、俺も一緒に転校するってどういうことなんだ?」

 転校しないといけない確率は、最近弾丸を要求する一方で、結乃からはさっきの試作品の実験台の件以外要求されていないので、それの埋め合わせでほぼ確定事項だろう。金も無いからマジで貰ってばっかりだからな。とはいえ初めての大規模要求なので、賛同するにしろもう少し情報が欲しい。

「毎年WB社に相応しい人材が居るか退治、耀傷、剣凪の内部視察に行っているのだよ。そして今年の担当者は自分なのだ」

 そういえば……そんなこともやってたな。例えば退治なら、科ごとに割り振られたランク振り分けは、あくまで退治のレギュレーションに準じたもの。いくら退治の先生方が高ランクに定めたとしても、WB社から見ると低ランクというケースが多々あるからな。そもそもの重きが、現状の実力で振り分けられる退治と、伸びしろや将来性で振り分けるWB社で異なる。

 このことについて知識があるのも去年は拓海(たくみ)が担当していたからなんだが、要はスパイをして粗方全員の才能・やる気・努力を把握し、今年の採用に生かそうとしているわけで……

「行くのはいいんだが、俺は何するんだ? WB社の一員としてお前と仲良く情報集めってか?」

 俺はWB社の人間ではないが、結乃の要望ならそうせざるを得ない。嫌味を吐きつつではあるが、完全に否定的にはなれない。

「自分は多くの人を見極めるから、新谷君は多くの注目を集めてくれたまえ。そうしたら自分への注目は自然と減り、隠密行動をとりやすくなるだろう」

「ということは転校したら必然的に別行動か」

 そもそも同じクラスになる保証はなかったが、人の目を集めるのは得意分野だ。だってそこに居座るだけで良くも悪くも注目されるからな。

「目立つなら、生徒より特別講師とか研修生を装った方がいいんじゃないか?」

 そもそも教える能力は皆無だが、そっちの方が嫌な奴でも視線を俺に向けざるを得ないだろう。

「確かに一番注目されるが、休み時間や放課後は基本生徒と接触しないだろう?」

「放課後も遊んでやらんといけんのかよ」

 これは多分結乃が誘われないようにするための策であり、放課後の自主的な取り込み具合を把握する為なんだろうが、目的に関係ないところまで偽装しないと粗が見つかるのは確かだ。適当に遊んで金持ち学校らしく家が厳しくて門限がヤバいとでも言っておけば、バカ高い夜飯に連行させる惨劇も減るだろう。

「編入手続きは済ませておくから、明日からは耀傷学園に通うのだよ」

「おいちょっと待て。てっきり剣凪だと思ってたんだが、耀傷に行くのか? 正気か⁉」

 あそこはれっきとした男子禁制の学校だ。WB社に相応しい人の見極めに男性の俺が連行されるって話だったから、行き先はてっきり剣凪だと思っていたんだが……また女装すんのか⁉ あれ、精神的に結構くるもんあんだからな!

「何か問題でも……」

「――あるだろ! 女子高に行くのか⁉ 俺が⁉」

「女装してくれたまえ」

「そんな軽々しく言う台詞じゃねえんだよ普通!」

 趣味でもない限りこんなん人生で一回もやらないままくたばる奴の方が圧倒的多い。何でこんな短期間に二回目が始まってんだ?

 女装したくなくても行かないことには結乃に返す金さえない悲しい愚民は……

「期間はあるのか?」

「現状は未定だ。長い目で考えてくれたまえ」

 せめてもの望みも失った。耀傷学園は規模がデカい。それに末裔とか令嬢が多いせいで警備も厳重だ。流石に一か月はかかるだろうとは思っていたが……来年に突入するのだけはやめてくれよ?


 性別だけじゃなくて自由も制限されるので、せめて家と金は用意しろと要求したところ、そこは流石に負担してくれた。

 家は石塚とかが面倒だし、関係者しか住めない人工島に戻って行く姿を耀傷の生徒に目撃されるわけにはいかない。そこで用意されたのは、耀傷からかなり近い南麻布にあるホテル。カプセルホテルとかでよかったんだが、耀傷に通う生徒になるので結構グレードが高いホテルを用意された。異世界が土足文化だったので知ってはいたが、初めてベッドスローを地球で見たぞ。金持ち学校で金欠が暮らせるわけがないので、一日の小遣いが五万も貰え、どうやったらここまで消化できるのか疑問に思いつつも、ずっとこの暮らしでもいいなと思うデビルも心の隅に居る。なんやかんやで結乃様様だな。とりま、五万はなるべく節約して口座にぶち込んでやる。

(あぁ、金持ちサイコー……)

 結乃は仕事の都合があるので同じホテルで過ごさないし、ルミーナとマリアはいつも通り人工島で生活している。長い間異世界人二人をEoD近辺に放置させることになるので、金銭的にもここは異世界に送っておくのが安牌なんだが……ルミーナが「たまには萩耶(しゅうや)だけがいない状態を作っておいた方が石塚的にいいんじゃない? あと、私たちの訓練にもなるし」と提案してきた。事情を知った(かえで)も金銭面の大アシストと二人の安否確認をやってくれるそうなので、二人は地球での生活を続行することになった。俺も土日ぐらいなら人工島に戻れるはずなんだが……どうなんだろうな? 登校してみないとわからん。宿題に押しつぶされるか、友達との誘いが乱立する未来しか見えないが。

 俺と結乃は別登校で、偶々同じタイミングで転校してきた生徒同士を装うことになっている。その為女装を済ませた俺――もとい、私は耀傷学園に一人で向う。女装姿がバレ、転校が判明すると色々面倒なので、結奈(ゆうな)には内密だ。先に言った方が見つかるより楽だろうが、俺には変装の前例・自信・お墨付きの三点セットがあるからな。

 耀傷学園は他二校と違ってEoDから少し離れた南麻布にひっそりと佇んでいて、制服は所謂ジャンパースカートセーラー服。襟部分や降り曲がった腕の袖部分が白で、全体的には黒色だ。周辺の生徒を見るに、退治みたいに見た目で学年やランクなどの身分を分かりやすくはされてなく、全員が同じ制服を着こなしている。

 ウエスト部分に紐やベルトに似たくびれのアピール用だと思われる装飾品が付随されている。男で女程くびれがない俺は胸を盛る事で、対比でくびれを作って上半身を全体的に偽装し、豪華絢爛過ぎる校舎を歩く。いつもの癖で手ぶら登校してしまったが、初日だし教科書が退治と同じとも限らない。一時的な転校だし、後で教務室に行くときに予備を貸してもらおう。

 アトラが好みそうな花畑のような校庭を進み、バカみたいにデカくて豪華な噴水に腰を抜かしかける。このサイズの噴水、地球にもあるんだな。異世界限定規模かと思っていた。

 耀傷学園の制服を着た知らない美人がいるからか、校門を通過する前から視線を感じまくるが……この調子なら、人の目を集めることは出来そうだな。敢えて校庭を一周してから教務室に向うか。

 前に結奈から聞いた話だと夏休みが九月頃まであるという話だったが、それは一年生と三年生の話らしく、二年生は修学旅行があるので夏休みが前倒しになっているらしい。実際のところ暑さ回避で夏休み制度があるとすれば、今時の学校はエアコンが完備されているのでいつ撤廃されても可笑しくないな。名残で夏休みがあるとはいえ、休めるなら前倒しにも違和感はない。

 二年生だけが登下校しているという少しばかりの寂しさがある校舎を歩き回り……教務室の奥にあった相談室に招待され、既に中に居た結乃と会い、この学校の校則とかをある程度教えてもらった。それで分かったんだが、この学校はたったの四限しか授業がないみたいだ。朝は遅く、日が暮れる前に帰宅する。部活はあるが、日没以降は残れないらしい。それでまだ12時になったばっかりというのに、100分もある昼休みに突入し、初日は教室で自己紹介よりも先に昼食の時間から始まった。

「対異世界人感あまり感じませんね」

「名高い人が増えてきたから、徐々に方向性を変えているのだよ。他の二校には一応異世界人に関わることを辞めると宣言し、容認されてもいる」

 この学校は中学以下のような給食制度でも、持参する制度でもなく、食堂でそれぞれ食事をするみたいなので、教務室から出て目的地が同じ俺と結乃は、関りを持たない体でも人の目がないうちは雑談をする。

 行き交う人々が生徒同士でも挨拶をしているのは素晴らしいことなんだが、それが全員「ごきげんよう」だから早くもごきげんよう症候群なる拒否反応が出てきそうだ。さっき〔お嬢様らがこんな底辺男性と近づいていいのか?〕とつぶやいたところ〔感染症じゃないんだから〕とツッコまれたが。見窄らしい人間には見るもの全てが輝かしい毒だ。

(一体何使ったらこんな金額になるんだよ……)

 食堂についたら、更に驚く羽目になった。

 結乃と別れてご飯を食べようと思ったんだが、見た感じ席にあるメニュー表を見て、注文が決まればベルを鳴らす仕様みたいなので、メニュー表に目を通したんだが……オシャレ過ぎてわけわからん料理名が四つぐらい書かれただけの見開きメニュー表で、一番安い奴でも二万円しやがる。ここは異世界か? 二桁間違ってるぞ、修正しろ。

(俺の貯金計画壊すな)

 商品の詳細や写真は乗っていないが、栄養分の表記とアレルギー表記だけはしっかりされているので、何となくわかったが……これらは全て、コースメニューみたいだ。それならこの値段、この昼休みの長さが納得できるが、毎食こんなの食ってたら破綻アンド肥満まっしぐらなんじゃねえの?

 明日からは弁当……は作れないので、コンビニで買ってくることにして、とりあえず今日はこれを頼んでみる。見越してか、ありがたいことにお小遣いが一日五万だからな。

 回りの生徒を見てみると、意外とこのコース料理を頼んでいる人もいるが、自分専属っぽい執事やメイドに飯を持ってきてもらっている人も見られる。食事を食べる場所がここなだけで、全員が頼んでいる訳ではないようだ。とはいえコンビニ飯は見当たらないが。

 40分かけてスープからサラダ、ステーキ、デザートなどが届けられたんだが……どれも一口サイズ。俺の口が大きいから一口で食えたって訳じゃなく、スプーンの上に乗るぐらいのミニサイズだった。正直食べ足りんし、こんなの詐欺だろ! って叫んでやりたい気持ちも山々なんだが……実際は、ありえんぐらい洒落た見た目で、味はありえんぐらい美味い。高すぎる料理って食うと色んな知らん味わいがマシンガンのように飛んできやがるんだな。ステーキとか何回も食ったことあるはずで、如実に差が出ない料理のはずなのに、未知の食感・味がした。今まで食べてきた肉を全否定された気分だ。ほっぺが落ちるとか比喩表現が存在するが、そんなのには留まらない。これは食物兵器だな。ICBMより強い。

 まあ……この美味さなら、ここの生徒にならなければ食えないので、退治に帰る日までには全種食べてみたいな。メニュー表の簡易さから、高頻度で商品が変わってそうだし。二万であれは安すぎる。もう金銭感覚がバグってる気もするが、高い料理は美味く、高い料理に慣れると安い料理を食ってられなくなるってのはホントだろう。この学校を立ち去る時には、財布のひもは緩くなり、高級舌になってそうだ。しーらね。

 正直値段を度返ししたら『シャガル ミネヴァルト』とどっこいどっこいレベルでエグい昼食を食らい、気になって自販機を確認したところ、ラインナップは人工島でもよく見る状態なんだが、値段がインフレしていた。俺は苦手だが、みんな大好きコカコーラでさえ350円しやがる。500mlしかないのに。テーマパーク価格じゃねえか。

(逆に安すぎると怪しい物でも入ってんじゃねえのか? って疑われて買われねえのか

 ……?)

 貴族レベルになるとコカコーラなんて炭酸飲料の存在なんか知らず、水、お茶、紅茶、珈琲、ワインぐらいしか飲んだことなさそうな印象はある。

 午後の授業の為に水でも買おうかと思ったが、いくら金を持っていても流石に飲んでられん。水道水を飲むことにする……って、水道水美味いな。湧き水直送とかのレベルだぞこれ。俺の家も捻ったらこれが出るようにしてくれませんかね?

 トイレで水道水を飲む姿なんか見られる訳には行かない。休み時間はそう長くないので、そろそろ教室に向かうとするか。

 この学校のクラス表記はかなり視認性が終わっていて、所属することになったクラスは『Stella』。まあ教室の位置的に二年三組ってところだろう。

 私立だからやりたい放題やってんのか、豪勢過ぎてパブルス城の廊下を彷彿とさせる通路を歩いていると……

「ごきげんよう」

「ごきげんよう」

 至って平静を装って通りかかった女性に挨拶を返したが……今、挨拶をしてきた女性は絶対に結奈だったよな⁉ 振り返ると折角平静を装えたのに違和感が仕事してしまうので、ガラスの反射でさっきの女性を確認したところ、制服を着た結奈の後ろ姿が見えた。他と変わってタイツを履いているが、台詞といい立ち振る舞いといい浮いている印象はない。

「ん……?」

 まさかとは思うが、ガラス越しの視線に気付いたのか、結奈はこっちに振り返ってきたぞ。ここで焦ってはまずいので、視線に気付かないフリして真っ直ぐ前を向いたまま足を止めない。

 雰囲気から俺らしさを察したのか、数秒訝しんでいたが……小首を傾げて去っていった。多分見たことない顔だったから二度見したんだろう。流石に退治に在学中の人間を疑うはずがない。そうだと願いたい。

 教室に入ると席は左の後ろだと言われているので、そこに座るんだが……事前に転校生がそこに座ると情報が伝達していたのか、教室に入るなり全員から視線を向けられる。教室内の喧噪も、嘘のように静まり返る。これでしょうもない見た目をした人だったら、そっぽ向いて直ぐに話題に戻るんだろうが、容姿や立ち振る舞いには非の打ち所がないはずだ。喋ってはないが、声も完璧と言える。そりゃ扉を開けてから着席し、授業が始まるまで待機するまでの間、ずっと視線を向けられ続ける。話しかければいいのに、話しかけないのは……これはあれだな。退治でもよくある、相手が高貴すぎて話しかけられない現象。どこにどんな姿で現れても変わんねえんだな。人生の定めなのかもしれん。

 教務室に入った時に見て取れたが、教師も漏れなく全員女性で……

「両親の都合で暫く転校することになりました、新谷萩華といいます」

「短い間にはなりますが、皆さん優しく接してあげてくださいねー」

 教壇で一礼と共に自己紹介をし、編入手続き時に勝手に作られた偽名・萩華を名乗って席に戻った。名前を少し弄ったんだろうが、なんか和風の技名っぽいから原型とか気にしなくて良かったのにな。

 初の授業となる三限目は、いきなり選択授業らしく、国連の公用語から二つ選択……? いきなりわけ分からん授業に直面した。まず国連の公用語が何かわからん。そこは対異世界人関連の公用語から選択、にしとけよ。対異世界人関連から逃げようとしている姿が垣間見えたような気がする。

 英語は喋れるが、多分選択授業である以上、喋れる状態で行ったところで追い出されるだけだろう。とりあえずスマホで該当言語を把握し、適当にフランス語とロシア語を申請し……今回はロシア語の授業を行う教室に移動した。

 授業時間中全ての発言がロシア語で行われるので、途中参戦の身はそもそも何をやってんのかすら把握することが出来ず……一ミリも知識を得られずロシア語の授業を終え、一旦教室に戻ってきた。少ない数年前の知識で何とか授業について行けるように頑張ろうとは思っていたが、いきなり経験が意味をなさない未知との遭遇か。幸先が不安だ。

 授業合間の休み時間は20分もある。相変わらず高嶺の花感があってか全然話しかけてくれないんで、外を眺めて時間を潰すことしかできない。

(今日帰りに本でも買って帰ろうか……)

 暇すぎて遂に本に手を伸ばす珍事件が勃発しそうなんだが……実際のところ、せっかく転校してきたんだし、こうやって注目を集めるだけではなく、こっちからも誰かに話しかけて、この学校に一人ぐらい知り合いを作っておきたくはある。それは結奈の行動を内通してもらうとか、異世界人関連に全く関与してない一般人と知り合いたいとかじゃなく、今後何らかの役に立ちそうな、類ともじゃないマジの有益ガールと出会いたい。まあいくら凄い奴らで溢れる学校とはいえ、巡り合えるとは思っていないので願望だが。とはいえ今まで回りが勝手によってたかったりして、流れで友達になっている人ばかりなので、いざ自分から知らない人に話しかけるのはどう持ち掛けるべきかわからん。

 ただひたすら青空を眺めていると……

「転校してきた人ですよね?」

「そうだね」

 初めて声をかけられた。校則に髪色の制限とかは無く、茶髪のレイヤーボブに、小さめのアホ毛と、親近感が湧くような横の広がり具合。制服越しでも分かるレベルで体は極限まで細くて起伏に乏しく、それでいて体感はとてもしっかりしている。バレエとか新体操系の人だろうか。

「うちは田崎(たざき)陽菜(ひな)。生徒会書記をやっとるよ」

「よろしくね」

 おっ、これはいきなり凄い奴と巡り合ったか? ……と思ったが、生徒会の人なら厚意で話しかけてくれたんだろう。

 どこか福岡弁の雰囲気を感じる身長148cmの陽菜は、

「四限目は体育やけど、運動は得意?」

「それなりにはできるよ。ロシア語みたいに散々な目にはならないかな」

 ロシア語の時から俺の事をチラチラ見ていたので、馴染めてなさそうだし心配してくれてんだろうな。良い奴そうでよかった。どこにでも一人はいるもんだな。

「うちもバレエやっちょって自信あるっちゃけん、分からないことがあったらすぐに頼ってね」

「ありがとう」

 体が柔らかすぎて見せてくれた開脚が180度を優に超して『V』字レベルまで開いているが……俺も一応開脚は出来るぞ。怪我しないように柔軟性は必要だからな。

 この感じだと体が柔らかすぎてマトリックス体勢とか地面まで倒れそうなので、意外とリンボー勝負を挑むとハラハラしそうだなとかどうでもいいこと思いつつ、次の授業が体育で着替える必要があるからか、雑談も程々に去って行った。

 幸い水泳ではなく体育館での授業だったので、仮病を発症するしかない絶体絶命状態ではない。とはいえ女子高で男子の俺が更衣室に入って着替えるわけにはいかない。……トイレにでも逃げ込むか。

 陽菜が話ながら更衣室に案内し始めたら詰みだったが、教室内に陽菜の姿はもうなく、誰も警戒することなくトイレに逃げ込むことができた。次から体育がある時は中に着込んで来よう。そうしたら最悪更衣室に連行されても着替えることはできる。

(男の安置はトイレの個室だな)

 上が空いているので声に出して喋ることはできないが、中の様子を見るようなヤベー奴はこの学校にはいないはずなんで、居心地がいいな。女子高に男子トイレなんか無いので、必然的に女子トイレっていう状況下は否めんが。本は諦めて、今後ここに来るようにするか。

 体育の授業は準備体操の後、ペアになって逆立ちの練習をしてから、ドッチボールをするという甘ったるい内容だ。さっき話しかけてくれた陽菜がペアになってくれて、二人揃って補助なしでもそつなく逆立ちができたが、退治と違って対異世界人関連を目指す前提の学校じゃなくなってきているので、割とできない生徒も居て……見るに堪えない惨状が広がっている。しかも全員が女子で恥じらう必要性がないからか、逆立ちでシャツが落ちて腹が丸見えになってもお構いなし。逆立ちする時ぐらいシャツインしろよな。

 そもそも体育の授業自体が学年全体で同時に行う授業みたいで、ドッチボールはクラスに分かれてトーナメント方式で行われた。一クラス大体30人前後で、それが六クラスあるが、体育館自体がバカでかいので、決勝戦まで授業時間内に普通にできた。

 俺達のクラスはシード枠で初戦に勝てばいきなり決勝戦になってたが……初戦で敗退した。ていうかこのクラスで運動神経が良い奴が陽菜だけだった時点で詰みだ。陽菜はあまりガツガツ行くタイプじゃなくて、体の柔らかさを活かして避けに徹するタイプ。俺は人間離れした実力を隠す為に陽菜ぐらいの実力を装うことにしたので、うちの陣地には俺と陽菜だけが残り、時間切れになって残り人数の差で敗北。相手も信じられないぐらいかなり弱かったのでシード枠の理由がよくわかったが、すんごい不完全燃焼感がある。容赦なく無双して自分一人の力だけで一位になってた結奈が羨ましいな。因みに結乃は体調不良で保健室だそうだ。仮病だな。

 結奈は私怨でもあったのか、色んな人に囲まれて見るからに一番権力者っぽい人に回転をかけた速すぎて消えて見える魔球を投げ、顔面ヒットさせたのでずっと外野に居たが、それでも活躍したので優勝した瞬間体育館中から拍手が巻き起こる。

「萩華さんすごいね! 大活躍だったよ!」

「萩華でいいよ。まあ、運動だけは自身あるから」

 フチが無い眼鏡をはずし、シャツを摘まみ上げて汗を拭く。これは女子高だからしているんだろうが……見えたお腹が、今まで見たお腹周りではアルネスが一番細かったが、奴とタメはれるレベルで細すぎる。あれ40センチあるか? もはや病的で比較対象外のマリア級だ。

 俺にクラスメイトから向けられる視線が滅茶苦茶キラキラしていることから、やはりいい意味で近寄りがたい雰囲気があったんだろう。陽菜が俺と上手くいってるようだったら、話しかけてくるのも時間の問題だろうか。そこは結乃の要望通り注目を集めれてよかったんだが……汗一つかいていない結奈から凝視されてんのは頂けないな。やはりできる奴が見れば、才能を隠していることぐらい見透かせるんだ。こっちもバレるのも、時間の問題だな。

 陽菜の対応が接待の類じゃなければ、容姿端麗、品行方正、文武両道、時には年相応の一面というこの上なくパワーワード揃いの最強人間なので、ぜひとも友達になってみたい。耀傷の友達第一候補に早くも該当したな。そんな彼女は、放課後この学校の部活動を案内してくれるということなので……

「また転校すると思うから、見るだけでも見て行って。うちは結構変わっとるけん」

 背中に竹刀やラケット、ラクロス、楽器を背負っている退治人間からしたら滅多に見ない光景を見つつ、まずは文化部を見るために校内をうろつく。

「特に文化部は変わり種がばり多くて、こんなのもやっちょるよ」

「アフタヌーンティー部……」

 何だこれ。ただ学校でお茶飲むだけが部活として認められてんのか。ヤバいな。他にもけん玉部や、駄菓子部、ボードゲーム部、麻雀部、華道部、陶芸部……普通じゃ考えられない部活がたくさん存在する。言えば作れるんだろうな。

「部活の入部は必須なんだよね。陽菜は何部に入ってるの?」

「うちは生徒会やけ加入しとらんよ。必須ちゃけど、例外も多いけん」

「なるほどね」

 今は二年生のみの登校とはいえ、全校生徒の量と部活動生の量が合わないなと思っていたが、そういうことか。なら必須とはいっても、家庭的な事情がある人や、結奈みたいにWB社的なところに入っていて部活に入っていない人の方が多そうだ。所謂外面用の名目って奴か。

「最後に、ここが生徒会室」

「紹介ありがとう」

 体育館とグラウンドも回り終え、教員室と校長室と同じ並びにある厳格な扉の前についた。

「なんか新鮮だね」

「?」

「あ、いや、前居た学校生徒会が無かったんだよね」

「へー! そんな学校もあるやね」

 あの学校こそ生徒を代表する存在がいるべきだが、どうせ設立したところで誰も関心を持たなければ消去法で成り上がった押し付けまがい形式上の存在が爆誕するだけで、無駄に管理労力と時間を浪費すると判断して作ってないんだろう。仮にそういう判断だとすれば正しいと言えるが、開校当初から治安の悪さを予見できていたのは何とも悲しい現実だ。

「生徒会よってもよかよ?」

「いや、いいよ」

 どんな人たちがいるか気にはなるが、優遇されても面倒だし、この容姿だから色々美について話されても回答に困る。楓から変装用にもらった化粧品の商品名すら知らんぞ。

「あっ、そうだ、連絡先交換しない?」

「うん、いいよ」

 そんなのあったな。スマホに疎いから親しみの無いワード過ぎて、そういう存在を忘れていた。

「あっ……」

 あーあ。完全に忘れていた。スマホの壁紙がこの間表紙を飾ったかえでの寝間着姿じゃねえか。このスマホの写真フォルダは楓から貰うかえでの写真と茅穂から貰う風景の写真で半々を占めている。壁紙はランダム設定にしているが、そんなもの引き当てるか。見られているときに。

「かえでさん……ですよね?」

「これはその……」

 シンプルにアイドル衣装の姿だったりすればまだ一ファンとして軽く流せたものの、よりにもよって重度のファン確定演出のような姿をしている。反射神経で隠しても良かったが、かえでの存在は知らない人が居ないレベルなので、怪しまれるぐらいならと隠さなかったものの、こういう場面になったことがないので中々言葉が出てこない。

「隠す必要はないよ。趣味やもんね。誰でも趣味ぐらいあるっちゃん」

「そうだよね、うん」

 なんか上手いこと触れないように避けられたような気もするが……よし、今後の為にもスマホの背景はデフォルトに戻しておこう。実際壁紙とか何でもいい。

 チャットアプリを開くと、自分の名前が『しゅうや』になっている。このまま交換するのは流石に不味いので、楓に連絡して変更の手段を教えてもらい……『しゅうや』から『新谷』に改名しておいた。愼平とか結奈とかも登録されているので『萩華』を書くわけには行かないし、更なる別の偽名を考える余裕は無かったからな。

 偶々開いていたのか、爆速で返事が来たことに感謝しつつ、

「これ……だっけ?」

「そうやね。うちも久しぶりやからやり方忘れとった」

 少し遅れた理由も何とかなったが……

「わぁ! 凄いね! お友達の登録数四桁の人初めて見た」

「同窓会とかで小学校の友達とかも登録したから……かな?」

(生徒が下駄箱にラブレター入れまくるから、見かねた教師陣が俺の登録QRコードを校舎中に貼ったことがあるなんて言えねー)

 しかもただチャットでも文章が送られるようになっただけで、根本的な解決に至らず数週間後には張り出したQR全部回収されたという珍事件だ。俺的には教師陣による個人情報流出事件として訴えてもいいと思っている。

「そしてその……すごい、ネーミングセンスやね」

「ん? ……あー、まあ、ちょっと、ね? あだ名っていうか、まぁ……そんなとこ?」

 やっべ。コテハンがカオスになっていたこと完全に忘れていた。結奈が『追跡ドローン』、楓が『ホンモノ』、茅穂が『旅人』。相手に見えないからってよくやりとりする人に名付けていたのがバレてしまった。しかも動揺しまくったので返事も危うくなり……最低な人間の完成。一旦初期化した方が手っ取り早いかもしれない。『バカ』とか『アホ』と入力したら『石塚』と予測変換が出るようにユーザー辞書登録もしているしな。

『助けがいるなら崇めなさーい 助けがいるなら讃えなさーい 助けがいるなら貢ぎなさーい』

 ……なんで、こうもタイミング悪く着信が来るかね? しかも危険人物・石塚用の激ヤバ崇拝ソングが。『助けがいるなら』はめっちゃ可愛く言ってるのに、その後のフレーズは魔王級のデスボというかえでの素晴らしい楽曲なんだが、コアすぎて並大抵のかえでファンでも知らんカワイイメタルだ。

「……いやー、これは、その……ね? はい、なんか、すみません……」

「う、ううん! 全然気にすることじゃないっちゃけん!」

 物すんごい気を遣われている気がするが……無事に(?)連絡先を交換し終えた。陽菜は生徒会の仕事があるということなので、一人で帰宅することとなったが、一緒に帰ると地獄の空気になりかねなかったので助かった。

 それからというもの、女子高に難なく潜伏することができ……ただ見つめられるだけだった状態も変わり、クラスの中心的存在に成り上がった。お陰様で勉強だけは難儀するが、とても幸福度の高い生活を送れている。何たって高級ホテルで生活し、一日に使える金額は五万もある。そんなに使わないから金は溜まって行く一方で、金銭的に余裕が出ると街中を歩く変装なしの俺にも自然と余裕が湧く。

 先日、俺の顔をじーっと見つめた結奈が「あんたって……萩耶?」と言い放ち、危なげなく「? 萩華ですよ? どなたですか?」と返すことが出来、「ふーん? 私の勘違いだったかも。ごめん、今の忘れて」なんてやりとりがあったぐらいで、現状結奈からバレる可能性も低い。

 陽菜は目黒区にある花屋が実家らしいので、今日は一般人として花を買いに行った帰りだ。陽菜も店員として店先に居たが、流石に男の姿だとバレることはなかった。

「どうした楓」

 するとスマホから着信音が鳴り響いたので、ボイスチャットに出る。最近は陽菜とよくやり取りするから、スマホを触ることになれてきたからな。一般人はまあ一日に送ってくる文章が多いこと。

『今大丈夫?』

「ああ、大丈夫だが……」

 少し焦った声だな。それに、微かにルミーナがマリアに対して話している声も聞こえてくる。

『そろそろ慣れてきて慢心してくる頃だよね』

「まあ、一週間は経ったしな」

 こんなに優遇生活を送っていたら慢心するなという方が無理ある。とはいえ結乃が円滑に情報を収集できるように、学校に居る時は常に細心の注意を払っている。

『しゅうやん気を付けといて、そのうちバーサーカーがやってくると思う』

「バーサーカー? おい、街中で笑わせるな」

 異世界でもないし、今過ごしている場所は異世界人の転移が確認されていないし、Wアラームが鳴らない地帯。今度ヤベえ転移者が来るってんなら話は違うが、現状転移者を予知できる技術や人間は存在しない。

『いや、本当に行くんだよきっと! バレないように気を付けなさいよ!』

 途中から聞こえてくる声がルミーナの音声になったが、女装して耀傷学園にいることに何の問題があるんだ。何も危害は加えていないはずだ。寧ろ今まで以上に真面目に勉学に励んでいるので激励してくれ。

「ああ、頭の片隅には入れておく」

 あの三人もどんな奴か姿を見ていないからバーサーカーと比喩しているのか、ルミーナ達との契約も切れている以上その辺の真意は分からんが……とりあえず、学校では気を引き締めておかないとだな。退治みたいに扉に黒板消しを挟まれているかもしれない。

 翌朝、道中で陽菜と合流し、学校に登校する。それから一、二限と授業を受けるんだが……何も危害は起きていない。流石にこんな直近の話じゃないか。

「うちは生徒会の仕事に行ってくるね。午後のバレーボール、頑張ろう!」

「一位になれるといいね」

 今日は先週ぶりに食堂に行こうと思っていたので、陽菜と別れてからクラスの女子数名と食堂に行く。

「あまり作法とか詳しくないんだけど、大丈夫?」

「私がお手本を披露しますわ」

「目上の方がいらっしゃる場でもありませんので、あまり意識しなくてもよいですよ」

 金持ちの両親に溺愛されて金銭感覚がバグってる人と、学内で成績がトップらしい単純に勉強能力がおかしい人と共に、食堂へ向かっていると……

「あっ、新谷さん! この先にキレ顔で探している女性がいましたよ……! 確か、『Canopus』の……」

 学内の情報なら大体握っている情報通の人が俺達の元に慌ててやってきて、走るように仕草を示してくる。

「気にしすぎだよ」

「そ、そうですかね?」

「お昼、一緒にどうですか?」

「いいですね!」

 チョロさでも名高い彼女は、気分を急変させて一緒に飯を食うことになった。そのぐらいってことは、大したことでもないな。

 食堂に行く時、偶々通りかかった結奈が俺に対して滅茶苦茶ガン飛ばしてきたが、嫉妬してんだろうな。容姿端麗な転入生が数週間で友達連れて食堂に行っているのに対して、結奈は一人で食堂から離れる方向に歩くだけ。WB社では友達たくさんいるようだが、学校では友達作りに失敗してんだろうか。まあ、金持ちだらけで結奈の趣味や性格に合う友達が居なかったっぽい感じか。

 四人で昼食を食べ終え、上流階級の食事の作法に感銘を受けた後……保健室に行く用事があると嘘をついて、一人先に食堂を出た。

 三限目は体育。トイレに駆け込んで着替えないといけない訳で、なるべく使用率が低いトイレがある方向に歩いていると……

「……」

 そのトイレの前で、結奈が仁王立ちしていた。

「ごきげんよう」

「ごきげんよう」

 他の人と変わりない素振りで挨拶したが、結奈の挨拶にはとげがあった。それもそのはず、仁王立ちする姿に謎の威圧感があって、知らんぷりしてトイレに入ることができない。

「あ、あの……」

「何よ」

(かっ、悲しいなぁ。一人寂しく便所で昼休みを過ごすなんて。結奈は学校生活大失敗中かぁ)

 なんて心の中で言い聞かせるのも無理はない。あの目は、こっちから白状するのを待っている目。いや……嘘だろ? あの音楽界のレジェンドとも称された少女・かえで直々に毎日地獄のようなボイストレーニングを担当してもらい、完璧ともいえる変声術を身につけた上、完璧な女装メイクまでも皆伝したというのに……俺が、バレたというのか? いや、声がバレた訳じゃないだろう。バレるとしたら、声より粗い見た目の方だろう。

「……」

 こっちもこっちで暴露する訳にはいかないので、黙るしかない。俺にも隠し通さなければいけない理由があるからな。

「何か言い分は無いの?」

「一人で寂しそうだね」

「は?」

 はい選択間違えましたー結奈の殺意レベルが一段階上がっちまった。

「何でアンタがうちに居んのよ」

「だ、だれのことです?」

 もうバレたようなもんだが、極限まで白を切る。

「嘘吐かなくていいわよ新谷萩耶! 腕と足は隠しきれないようね!」

 うおおお、人の本名いきなり叫ぶじゃねえか。一応考慮はしてくれたのか、周辺に誰もいない場所で良かったぜ。

 男で日々鍛錬を積んでいる以上無理もないご立派な腕と足という、やっぱり容姿で確信に至ったらしい結奈は、

「アンタが人工島にいないくせに兄妹はずっといるから尋問に行ったんだけど、いくら責めても何も吐かないじゃない。周辺住民も教えてくれないしなんなの?」

「よくできた知り合いだろ?」

 石塚は教えてくれなかったっていうか、ガチで行方を知らなかっただけだろうが。それ以前に俺を探して尋問に行ったのは確かにバーサーカーだ。言ってた意味がよくわかる。

「それでアンタの位置情報見たら耀傷にいるじゃない!」

「見るのが当たり前みたいな言い方止めろ。俺にもプライベートを寄越せ」

 いくらWB社だろうがやりたい放題しすぎだろ。今一度個人情報関連の権限を見直した方がいい。そりゃ活動の割に批判も上がる訳だ。

「俺が耀傷に居て何が悪い。ていうか探す理由は何だよ」

 寧ろ開き直り、逆に質問をかますが何も返してくれず、

「極秘任務かもしれないからなんでうちの学校に居るかは聞かないでおいてあげるけど、アンタの秘密をばらされたくなければ言う通りに行動しなさい!」

 結局俺を探す理由は今から教えてくれるんだろうが、最悪な人質を取られてしまったな……すまん結乃、これからあまり目立てなくなるかもしれん。

「毎日人工島に行くことね!」

「は? 理由を言え」

 転移現象が頻繁に起きていて、監視役としての任務を全うするためや、勝手に戦力の足しにしようとしているならまだ分かるものの、最近は転移現象が起きていない。少なくとも転校してからは一回もだ。そもそも異世界に行っている間はどうしているってんだよ。居場所が確認できる限りは行動を監視・制限し続けろとでも言われてんのか?

「……あれっ? 新谷……君?」

 すると学校の不備でもチェックしていたのか、紙とペン片手に陽菜が姿を現した。しかも俺達の声が少し大きかったのか、俺の事を君付けして。

「いや、そのっ、これはだな、色々複雑な事情があって……」

 ああ、早速まずいことになってしまった。すげえマウント取るような悪魔の笑顔をしやがる結奈に要望の理由を聞けず、しかも一番親しい生徒に女装がバレた……ッ! 極秘任務の考慮があるなら、ちゃんと責任とれよ? 学校ボッチバーサーカーが。


 理由を聞けず、毎日人工島に行くことになり、陽菜に女装がバレるという、最悪過ぎる展開に陥った中、その日の夕方、陽菜の家に上がらせてもらっていた。勿論、女装じゃない素の俺の姿で。

「色々大変だね」

「なんか……すまんな、生徒全員巻き込んでて」

「よかよか」

 あの後言及されることも無く、その後の授業も女装していると分かっていながらも普段通りに接してくれて、しかも言いふらしもしなかった優しい陽菜は、ホテルで着替えて男の姿に戻った俺から本当の自己紹介と今回の経緯を聞きつつ、自宅に歩いて帰り着くまでの間、軽視することも距離を置くこともなかった。

「男の人と分かった時はバリ驚いたっちゃけど、それで関係性を崩す必要もないっちゃんね」

 親がお茶を運んでくれていた最中だけはかなりの方言になっていた聖人君子・陽菜は、ニコニコしたまま制服を脱ぎだした。

 まだ俺が女性だと誤認しているからか、単純に男と会うことが少なくて意識が薄いのかわからんが、隠す気も恥じらう気も見れないので、部屋の内装でも見ておく。

 田崎家は升目状の四角さが特徴的な一軒家の一階で花屋を営んでおり、その二階が自宅となっている。単なる壁ではなくガラスや植物の升が混ざっていて、片面にある階段部分もカモフラージュするように升目状の鉄柵が不規則に配置されている。陽菜の自室にも花屋らしく色んなドライフラワーや草木が飾られていて、熱帯魚などの小魚も沢山飼われている。この前行ったカフェの本棚が水槽に置き換わったような印象だ。とにかく内装が美しいの一言に尽きる。これが売店じゃモデルルームじゃなくて自室なのが信じられん。

 初めて見たネオンテトラやグッピーを凝視していると、

「男性だと言いふらすと言っても、寧ろあの学校だったら男性という存在が珍しいっちゃけん注目を浴びそうやね」

「それはそれで怖いな……」

 確かに金持ちが挙って登校している学校で、教師にすら男性がいない徹底っぷりなので、父さんと執事ぐらいしか男性と会ったことがない人も少なくないだろう。退治で注目を集めている以上、女装を止めたところで注目されるのは間違いないのかもしれない。少なくともクラスメイトは陽菜のような対応を取りそうだし。

「結奈って学校ではどんなや――って、なんちゅー恰好してんだ?」

 着替えている雰囲気がしなくなったので、陽菜の方を見てみると……体のラインがしっかり現れた、ぱっと見全裸にも見えるデザイン服? を着ていた。

「レオタードだよ。これ着てバレエするんよ」

「言われてみればバレエの人ってそんな格好してたな……」

 バレエができるとは知っていたが、割とガチだったみたいだ。陽菜が居る側の室内を見ると、数々の優勝トロフィーが飾られている。

 日常的な思考から業界的な思考に切り替えて陽菜の姿を見ると、確かにレベルが高い。女性らしい曲線美に筋力というパワーも兼ね備え、それでいて細さも同居している。俺はパワーかスピードかどちらかに極端に寄せた姿しか目にかけることが無い。このハイブリッド型は初めて見たが……これを超す究極体は金輪際見ないだろう。手本……いや、答えだ。これより美しい人体は無いと言える。誰しもが作れるものではないし、維持できるものでもない。食生活すらも完璧でないと成しえないぞ。

「バレエは体重が1キロ増加するだけでも命取りなんだろ? 凄いな……バレエ以外のことも並行してできるなんて」

「買いかぶりすぎっちゃない?」

 凝視してしまったので照れた陽菜は謙遜しているが、そんな訳がない。バレエは数あるスポーツの中でも上位でシビアだという認識だ。日々の鍛錬が日常に溶け込み過ぎてその努力量が自覚できなくなっているだけだ。俺だってルミーナを鍛えた時にそう言われた。

「この後バレエの練習があるから長くは居られないちゃけど、テスト勉強頑張ろう!」

「ああ、頼む」

 寧ろそっち大優先にしてほしいが、せっかくの厚意を無下にしてまで腰を折る訳にもいかない。

 セーラー服風のワンピースを上から着た陽菜は、机の上に勉強道具を広げ始めた。悲しいことに、この編入したタイミングで耀傷学園はテスト期間に突入する。一時的な名目上の転校とはいえ、現状耀傷学園の生徒になっている以上、当然耀傷学園のテストを受けないといけない。退治だったら適当に受けても受かるが、ガチガチの座学が必要なこの学校では、世の中肉体労働する奴も必要だろと押し通すことは出来ない。早めのうちにこういう天才の指導を受けて勉強しておかないと、バカな俺では進級問題が関わってくる。

 今日家にお邪魔した目的は、本性を教えるだけでなく、勉強会も兼ねていた。こういう時に二週目を隠した悪いところが出てきたな、今頃結乃は免除されててウハウハだろうよ。

 テストを来週に控えた昼休み。男性だと陽菜にはバレたが、他の生徒にはバレることも無く、平穏な日常を送れているが……今日は、結奈から屋上に呼び出された。

 指示通り今朝人工島に顔を出した時にマリアから弁当を渡されたので、今日は珍しく弁当片手に屋上に来た。

(マリアの弁当も久々だな)

 人工島に通うことになったので契約も再開するようになった。スマホを持っていない二人とも連絡は取りたい放題で、普段と変わらずやっていることは伝わってくる。如何せん地球に長期滞在中なので、金回りは最悪だけどな。

 どうやら長期滞在で金が減っていく一方なので、マリアが魔族の特徴を活かし飯を一切食わなかったところ、石塚にバレてしまい徐々に疑いの目を持ち始めたらしく、すかさず楓が大出資して二人の飯を賄っているらしい。

(楓の奴、どうやってマリアを懐柔したんだ……?)

 帰ったとき、楓の話にマリアが返答してたのには驚いたな。やっぱ俺から金持ちには良い顔しとけっての叩き込まれたからか? 楓は大親友なんで、俺やルミーナと話すように気軽に話してくれることは良い傾向だ。

 萩耶の残高は死んでいても萩華の残高は富豪級。そんな富豪・萩華姿で結奈の隣りに座る。

「この学校、高貴な生徒が多いのに屋上は普通に行けるんだね」

「違和感凄いわね……」

 ああ、学校だと馴染めなくてボッチのお前も十分違和感仕事してるけどな。……とは、口調的にも人質の存在的にも口が裂けても言えん。

「今日弁当作り過ぎちゃったからこれあげる。どうせアンタ今日も100円ぐらいで済ませる気……」

「残念だっ……ね。今日は弁当を持って来てるんだ」

 あっぶねえ。ヘッ! とドヤ顔で煽りかけてしまい、萩耶の人格がこんにちはしてしまった。

「タイミング最悪ね」

 話辛さも相まって結奈のストレスゲージが目に見えるレベルで上がっていってるので、

「せっかく作ってくれたんだし、ありがたくもらっておくよ。夜に食べる」

「別にアンタのために作ったんじゃないんだから!」

 そ、そうだった。これは作り過ぎた奴だ。つい言いすぎてしまった。

「ごめん結奈」

「学校の友達もいるんだから今はその呼び方やめて!」

 次はなんだよ。ストレスゲージを溜めないようにちゃんと謝罪したのに、いもしない友達のことを思ってなんかほざいてるぞ。

「この学校じゃ名字にさん付けが当たり前なの! あだ名とかもってのほかよ!」

 めんどくせえな……陽菜とは普通に下の名前で呼び合ってるぞ。気にする奴いねえのに気にすんなよ。

「ごめん神凪(かんなぎ)さん」

「それはなんか寂しいわね……」

(どっちだよ!)

 ああ、ムカつくなぁ。コイツってこんなに面倒な奴だったか? こんなボッチの相手なんかせずに黙ってクラスメイトと楽しく飯食えばよかった。

「そういえばアンタあの食堂によく行ってるわよね。よくあんな高いところで食べれるわね」

「神凪さんがそれを言わないで」

 一時的に金持ちで、最近では友達との輪を大切にしたいから頻繁に利用しているだけで、普段の俺だといくら食いたくても行けねえところだ。任務中で合法的に通える今だけでも楽しませろ。

 発言に制限がかけられた上で結奈と接する面倒くささは計り知れないので、早く飯を食い終えてこの場を立ち去ろう。そう思って弁当の箱を開いたんだが……

(食えるかッ!)

 開けた瞬間、思いっきりふたを閉めた。マリアの奴がこんなことするとは思えん。つまり、テレビや雑誌の悪影響か、楓辺りの悪知恵だろう。

「どうしたの?」

「深い愛、かな?」

「?」

 初めて禎樹(よしき)に共感できた瞬間かもしれない。弁当開けてケチャップでハートマークに『I LOVE YOU』はマジで酷い。人生で初めて弁当箱を中身がある状態で振ったぞ。

「これ、どういう反応をすればいいと思う?」

 ぐちゃぐちゃになったオムライスを食う俺は、良い奴すぎて陽菜には悪影響を及ぼしそうで相談しきれなかった件を結奈に相談する。その内容は、この前『Stella』のクラスチャットに入ったところ、その内一人から個人チャットの送信が来て、そこから発展した会話内容の件だ。送信履歴を見返すと、『センパイ 既読なのに返事が来ない…… もう5分もたったよ…? 早く 何で返事くれないの? 誰かといるの? その人より私の方が大事にできるよ? 嫌わないで お願い お願い 早く 早く返事して 早く 私の事見捨てないで 早く 早く 早く 早く』というものだ。とりあえず誰なのか聞こうとしたら、俺の入力よりも相手の入力・送信の方が圧倒的に早く、文章を送信できる段階になるまでにこれまでの文章を小分けに全て送信されてしまった。送る時に滅茶苦茶送信されてたこれらを読み返して度肝を抜いて、返事を送り損ねたという現状だ。

「一般人は一日に大量のやり取りを行うの。アンタがチャットに一切反応してくれないことを知らない人たちからすれば、毎回既読だけつける異常者だからね。寧ろ未読の方がまだいいわ」

 確かに初めて連絡先を交換した陽菜が送ってるチャットの量は前例がないが、まだ返せる頻度だ。それは彼女自身もバレエや勉強、家業の手伝いで忙しいからなんだろうが……このペースのやり取りが日常茶飯事で行われていると思うと、機械音痴の人間には無理な案件だな。

「既読つけたら五分も命とりなのか……」

 スマホに取りつかれた現代人は風呂とかトイレはどうしてんだよ。いつ送信しても素早く返事を送るって、それはもう一種の呪いだ。既読とかいう機能を実装した人天才だな。

「そういうもんなのよ。早く『半年も反応しないのは当たり前です』とでもプロフィールに書いときなさいよ」

 そういえば初めて結奈から送られてきたチャットは、最初の一文は目の前に本人が居たので口で返したが、そこから先の文章は既読すらもつけずに半年がたったらしい。しかも指摘されて存在に気付いたので、言われなかったらずっと見ていなかっただろう。当時はスマホを持っていてもそもそも決済の時しか開く習慣すら無かった。

「そういえばアンタ、向こうの学校でもかなりモテてるみたいだけど、今までこういうチャットとかしてなかったわけ?」

 周りの人に俺が唯一の友達だからマウントでも取りたいのか、できれば隠していて欲しい転校前を知っているみたいな発言をかましやがる。とはいえこれに無反応だと余計面倒な質問攻めに遭うのはなんとなく予想できるので、返答してやる。

「あそこは有名人とファンみたいな位置関係だからね」

「カノジョも居なかったの?」

「0だよ0」

 ていうかカレシな。今の俺は女だぞ。

「嘘、あんなに告白されてて?」

 コイツ……人の下駄箱の様子を盗み見たな? 生徒ならまだしも、部外者のお前が見るのはいかがなものか。先生も下駄箱騒動を収める気があるのかわからん警備の薄さだな。

 一々説明すると長くなるので面倒くさい。ここは強引に話題を変えておこう。

「……部活がある光景って、学校に活気があるみたいでいいね。神凪さんは何か入っているの?」

 グラウンドで昼の練習に励む生徒の姿を見つつ、敢えて理由を知っているはずの質問をかまし、気を逸らす作戦に出た。

「入ってないわよ。フレームが忙しいからね。でも暇なときは色々な部活を点々と助太刀に行ってるわ」

「へえ、何でもできる万能さんなんだね」

 予期せぬ収穫があったが……それもそうか。ドッチボールの時、結奈は自分の能力を隠していなかったからな。そりゃどの部にも所属してなくても、コーチや練習相手として引っ張りだこだろう。思い返せばラクロスのスティック持ち歩いてたり、ユーフォニアムのケース背負ってたりしていたな。

「ほっぺにご飯粒ついてるよ」

 このままだと話が元に戻りそうだったので、付いてもいないご飯粒をハンカチで取る素振りを見せる。

「……あ、ありがと……」

 すると案外ぶっ刺さったらしく、少し頬を赤らめて感謝してきた。

「もう、恥ずかしいわよ……」

「? 何?」

「別に何も言ってないわよ!」

 うっさ! 小声から急に大声で喋るな! こっちは耳を澄ませたところなんだぞ!

「それよりアンタってハンカチなんか持ち歩いてるのね」

「まあね」

 今はシンプルに女子を装うために見た目がカワイイデザインの物だが、普段の俺でも止血に使えるのでいつも携帯している。

「へえ、清潔でいいわね」

 実際濡れた手を毎回拭いていて濡れた状態で保管され続けるので、清潔かといわれるとどうなのか微妙なところはあるが……無事話を大きく逸らすことが出来たので良しとする。

「最近何してるの?」

 ソワソワした様子で黙々とご飯を食べ進めるので、質問をひねり出す。ていうかこっちは食い終わったから帰ればよかったな。

「いつもと変わんないわよ。そっちは転校する前何してたのよ」

 あー……完全にやらかしたな。こうなることが予想できないから普段の俺はバカなんだ。今回のテストは欠点だろうな。

「んー、遠くに旅行に行ってたかな」

 嘘は吐いていないので妙な勘を働かせやがっても大丈夫だと安心して発言したが、今思えばどこに行ったか詳しく聞かれたら詰みだな。こういう時、もっと先まで読んで発言しないといけないようだ。失敗を通して知識を得た。

「そういえばあたしもハワイに行ってたのよね!」

 ……ん? 予期せぬ事態が起きた。必死に嘘吐かない行き先を考えていたが、結奈はどう思ってか大嘘を吐きやがった。顔面に大きく『嘘』って漢字が浮き上がって見える程に下手すぎる嘘を。ここは……狙い目かもしれない。

「へぇーいいな、ハワイ。どんなとこだった?」

「えっ⁉ えっと……海がきれいだったわね!」

 ほー、海が綺麗なだけなら日本にもごまんとあるぞ。あくまで予想だが、ハワイに行って抱く最大の感想は「海が綺麗」とはならないだろう。

「他には?」

 例えば人が多かったとか、日本と違って暑かったとか、ハワイ料理サイコーとか、俺でも空想の感想ぐらいいくらでも思いつく。が、結奈は全然思いつかず……

「え? えー、えー……えーっと……」

「ホントに行ったの?」

「行ったわよ!」

 偶々家でハワイの映像とか写真を見たから咄嗟にハワイが出てきて、行ってもないのに行った気分になってたんじゃないのか? 本当に行って楽しんで、色々言いたいことがあって言葉に詰まっている反応じゃない。

「そんなに楽しくなかったの?」

「そそそそんなことないわよ! 毎日鍛練できたから楽しかったわよ!」

 へー、ハワイに行ってまで鍛錬してたんだ。それ、人工島でもできちゃいますよ?

「たまには見慣れない景色で鍛練するのも刺激があってやる気が出るって感じかな」

「え、あ、うん、そうよ!」

 これ以上弄った所でこっちは女装情報を人質にとられている。ある程度ストレス解消できたし、結奈が気付く前にフォローして話を終わらせておかないと、気付かれた時に何されるかわからん。

「ん……?」

「あ、ごめん、また今度ね」

 俺的にも結奈的にもちょうどいいタイミングで、結奈が友達から手招きされた。眼鏡かけて動けそうな体型とは言えないので、結奈らしくない友達だが……一応いたんだな、友達。

 結奈は食べ終えた弁当を片付けて体を半分だけ屋上に出して手招きする友達の方に駆けていくので、俺もそろそろ休み時間が終わるので教室に戻るか。

 教室に戻る際、屋上の扉の真横に二人が身を潜めていたが、そこは普通だと死角なので、何も気付かない素振りで階段を下って行くが……

「あれが変装してる例の人?」

「そうよ、何か問題でも?」

 ちょっと待て。その友達が何もんか知らんが、人の秘密を容易く共有するんじゃねえ。いくら結奈が守っても、そいつが守る保証は無いだろ。

「まだ手ぇ出してないの? こんないい物持ってるのに~」

「ばっ、バカっ! 触らないでよ!」

 どこ触られてんのか知らんが、上ずった声を上げる結奈は、俺という人質を上手いように利用して校内で立ち振る舞っているんだろうな。じゃなきゃ結奈は友達から弄られるような奴じゃないはずだ。人工島に行くように命令してきたし、一体何を企んでんだ……?

「別にあんな奴好きなんかじゃないんだからっ!」

 最後に微かに結奈の荒げる声が聞こえてきたが、好きだと思ってる奴は人の弱点を握って命令しないだろう。寧ろその発言が聞こえたせいで、余計苛立ちはしたが。

 それからというもの、今後がかかったテストを乗り越えるため、陽菜に援護要請したところ……快諾してくれた。何だかんだ初めてビデオチャットという斬新な機能を駆使して、バレエや家業で時間に追われる陽菜が許す限り、毎晩陽菜と勉学に励んだ。

 今まで活字とは避けて生きてきたが、陽菜の教え方の上手さが先生の授業を遥かに上回っていたので、俺の能力はみるみる上昇。そもそも勉強のスケジュールが意識面から一新させるやり方で、最初のうちは一日数分で数問をマスターする敷居の低さ。それをコツコツと積み重ね、まずは勉強を『できる』と意識付け、モチベや気の重さを軽減させる戦略とのことだが、その作戦は見事成功したようで、俺は勉強を嫌って避けることも無く、次第に自ら進んで勉強するように変化していった。昔はルス語の勉強ですらやる気が湧かない日が続いたのに、今じゃ数時間ぶっ通しで難問に衝突しても寧ろ好奇心や探求心が湧く程だ。鍛錬や人工島に行くことすら忘れて、ルミーナから念話越しに〔面白いわね。いい兆しよ〕と褒められる? ぐらいだ。とにかく、とんでもねえ意識改革が訪れた。

 頭が悪い俺に勉強を付き合わせるだけじゃ、陽菜自身の成績を悪化させる可能性もある。だからせめて何らかの要求をしてほしいと言ったところ、数日に一回泊りがけで勉強することと、一緒にバレエを練習すること、そしてテスト後にある修学旅行を一緒に回ってほしいと要求された。寧ろそれだけでいいのかよって感じだが……勉強できるならそれでいいし、何ならバレエは気になっていたし、修学旅行は今は金があるから問題ない。俺からしたらデメリットはないので当然快諾した。

 テスト当日を三日後に控えた今日、放課後陽菜の家ではなく、結奈の家に行かなければいけない。最近勉強ばかりしているから呼び出されたとかじゃなくて、全部赤点取るんじゃないかと思われて呼び出された感じだな。あのチャットの文面を読む限り。生憎今の俺は合格点を絶対に取れる自信があるけどな。特に言語は得意だったみたいで、しれっと俺は日本語、英語、エルフ語、ルス語の他に、ロシア語、フランス語もマスターし、中国語とスペイン語は日常会話程度なら問題なくなっている。陽菜だけでなく、ルミーナからも絶賛された。が、当のルミーナはマリアと一緒に地球に存在する言語を八割は覚えたとかほざいていたが。んだそれ。

「来てやったぞー」

 今回のテスト範囲だけで見ると天才になったとは知りもしない結奈の家に着き、唯一人の気配がする部屋の扉を開ける。家に家族が誰もいないからか、着いたら勝手に入っていいとのことだったので、気配があるこの部屋が結奈の部屋なんだろう。

「ノックぐらいしなさいよ!」

「うおっ⁉」

 扉を開けた瞬間、顔面目掛けてぬいぐるみが超速で飛来してきた。

「フレームアーマー半展開してまで投げるな! 殺す気か!」

 こっちもこっちで咄嗟に≪エル・アテシレンド≫が出るあたり戦闘狂だが、一般人相手になんちゅう仕打ちだ。

「話してる暇あったら扉閉めなさいよ!」

「ああわかったよ!」

 扉を開けた瞬間結奈はお着替え中で、コンマ以下の瞬間だけ破廉恥な姿を目撃したが、俺は変態じゃないから安心しろ。興味はねえ。寧ろ新鮮な反応が返ってきて納得してるレベルなんだ。

「異世界人相手以外に振るったらいけんだろ。普通だったら死んでるぞ」

「でも受け止めてるじゃない。それにWアラーム中に外に出てる人相手なんだから気にする必要ないわよ」

 反論できねー。流石監視役、俺のことよくご存知で。

 フレームアーマーという存在が普及してから、男性による女性の被害は激減したという。その理由は、Wアラームが鳴っていない時はフレームアーマーを展開してはいけないので、外見だけでは誰がフレームアーマーに所属しているのか区別が付かず、ナンパや暴行した時に相手がもしフレームアーマーだった場合、コテンパンにやられてしまうからだ。そうはいってもEoD近辺での話で、この前プールで石塚が普通にナンパされていたように、巡回中は展開して街中をうろついているフレームアーマーもいるので、割と顔を覚えられている事も多く、それ以外を狙う輩もいる。

「入って良いわよ」

 数分後、ようやく結奈の部屋に入ることが出来……普通の女子らしい、何の変哲もない部屋の中央にある机の傍に座った。

 結奈の格好は、相当ラフな格好なので部屋着なんだろうが、相変わらず家でも露出度は高い。胸元がタイツ生地のようなシームレスハーフトップに、フレアパンティ。結局そんな服着るんだったら、着替えてる時に見られたところで何も変わらねえだろ。寧ろ今の方が露出度高くねえか? 

 逆に露出面積が少ない姿を見られる方が恥ずかしい異常者なのか、

「凄いな、服だらけだな」

 クローゼットを閉めるところだったので中をチラ見したら、楓の衣装の量に匹敵する服の軍団が見えた。しかも全体的に生地が少ない物ばかりだからか、圧迫感がない。それで余計服を買ってそうだ。

「フレームアーマーになりやすいように生地が少ない服ばかりだけどね」

 フレームアーマーの変身速度に服の着脱速度が影響するのは初耳だ。

「因みに何って言うんだ? こういう服のこと」

「知らないわよ」

「知らずに着てんのか」

「好きだから着てるだけ」

 なるほどな。禎樹がよく言う、好きと詳しいはイコールじゃないって奴か。

「勉強の進み具合はどう?」

「ぼちぼちだな」

 実際のところ得意分野の言語は爆速で習得しているので、フランス語とロシア語のテストは満点取れそうだが、他の分野は勉強内容をテスト範囲だけに限定していても100点は目指せないだろう。そもそもテスト範囲を解くために必要な前提知識から身につけて行かないといけないので、いくら勉強に対するモチベがあってもとにかく時間がかかる。

「ホント変なタイミングで編入してきたわね。退治の方が簡単なのに」

「ホントそれなんだよな。一瞬だけ退治に帰りたい」

 もっと前の話を言うならば、二週目を隠す判断にしたあの日に戻りたい。

「でもお陰で一緒に修学旅行に行けるわね」

「女装状態だから何も楽しめんけどな」

 この前結乃の家に行って進捗確認を行ったが、現在七割とのことだ。俺の注目度が順調に上がっていることもあって、修学旅行までには終わりそうだが、ご褒美企画として修学旅行までは耀傷で過ごすことになった。京都では一時の裕福を過ごせそうだが……せっかく合法的に観光に行くなら、金欠でも良いから素で楽しみたかった。陽菜と一緒に見て回る約束をしたとはいえ、名高い人が多いせいで基本的には集団行動。自由行動の時間は旅館の中ぐらいだからな。

 ていうかフレームアーマーの結奈が修学旅行に行けるのは意外だったな。てっきり一人寂しく居残りかと思っていた。流石のWB社も青春は拘束しないようだ。

「欠点一つでもあったら補習で行けなくなるから、勉強頑張るのよ」

「そういうお前は勉強できるのか?」

「当たり前でしょ。平均点ぐらいなら勉強しなくても難なく取れるわよ」

 うわ、お前もそういうタイプだったのか。学校の授業真面目に聞いてれば欠点とる訳ないだろ民。俺達ドアホ民の天敵であり、目標だ。WB社の仕事で勉強する暇がないはずなので、最強の能力とも言える。

「嘘つけ、解釈一致せんな」

「こう見えても特待生よ⁉」

 こう見えても、って部分はぼっちを棚に上げてるのか、ステータスを運動に極振りしていると思われていそうだからか、どっちか判別つかなかったのでツッコまない。

「髪の毛伸びたから修学旅行までに切りたいんだけど、何か好きな髪型とかある?」

「……何だその質問。髪型なんか気にしたことない」

 机に勉強道具を広げようとする中、前髪を耳の上にのせる行為をかましてやがる。

 すると机に立てかけていた鞄が倒れ、俺の方に中身が飛び出してくる。

「物理法則さんも勉強しろって言ってんぞ……って、なんだこれ」

 優しいというか、単純に邪魔なので片付けてやろうと手に取ったんだが……一番上にあるファイルのタイトルが、『監視対象極秘書類』という禍々しい文章だった。結奈の所有物なので、この監視対象が指す人物は必然的に俺だろう。これがそういう異彩なデザインのファイルであろうと、懸念すべき事実があるので念の為スルーする訳にはいかないな。

 意識がヤバそうなファイルに集中したが、結奈は至って無反応。しかし今までの経験上、こういう時は嘘だろうが本当だろうが何らかの反応を示すので、その反応は寧ろ悪いことを隠していると暗示しているようなもんだ。悪かったな、最近の俺は素の状態でも推理力が高い。

「……なんだこれ」

 また同じ台詞を繰り返してしまうことに、パラパラと見たファイルの中身は……俺の写真とその日の行動を事細かに記録した、言わば観察日記だった。

「あ、いや、これは……その……私って、アンタの監視役じゃん⁉ だからレポート用の写真……的な⁉」

「態々行動写真で撮って、文章でも書いて報告してんのか。真面目な奴だな」

 俺の監視役って最近丸くなったこともあってかなり楽してそうだなと思っていたが、こんな面倒な事もやらされていたのか。これは……知らない方が良かったかもしれないな。このことが脳裏に過ると、同情してしまったり、重要なタイミングでこっちが先に折れてしまうかもしれない。

「真面目って、報連相ぐらい常識よ! ちゃんと撮影場所を分かるように記録してるんだから!」

 そう言われてある日を詳しく見ると、写真の座標と近くにある目印が事細かく記入されていた。この日は都心部に買い物に行っただけと書き記されているが、EoDとか転移者絡みじゃない日の記録もするようになってんだな。そりゃ日夜人の上空を定期的に飛び回る訳だ。こりゃ感心したな。俺もまずは目下のテスト勉強を頑張らねば。

「そういえば、あたしがWB社に入った動機って知ってる?」

「詳しくは知らんな」

 真面目な一面を見られると恥ずかしいのか、突然長くなりそうな話を振ってくる。

 確か結奈がWB社に入るきっかけになった出来事は、子どもの頃に父が転移者にやられたから、仇を取るためだったはずだ。それ以外は知らない。

「お父さんの仇を取る為に、あの日を境に狂ったように毎日自己流の特訓を積んできたわ」

 あの日ってのは、ファースト・インパクトのことだろう。あの日を境に変わった人は、結奈だけでなく、世の中に数えきれないほど溢れている。それぐらい影響を及ぼした。

「ある日WB社の存在を知って、それからはWB社に入ることを目指して特訓してたんだけど、そんなあたしの元に異世界人がやってきたのよ」

「お前も……昔、異世界人と会ったのか」

 WB社が設立し、フレームアーマーが異世界人を片っ端からやっつける安定した流れができるまで、数年の期間がかかっている。だから異世界人と数メートルの距離感で会った事ある人も案外居るもんだ。

「今まで訓練してきた実力を見せつける場が訪れたんだけど、目の前の相手のせいでお父さんがやられたと思うと、急に力が出なくなって……」

 しかし、これら二つの条件を満たした者は、大抵その時のトラウマや、超えることのできない戦力差に絶望し、挫折するもんだ。

「あと一秒遅かったら、今頃この世界に居ないわ。突如生身の人間がやってきて、あたしを救ってくれたのよ。異世界人と同じぐらいに早く、拳だけを操って」

 そんな野郎は知る限り新谷家の人間しかいないはずだ。一瞬俺かとも思ったが、当時はフレームアーマーを意識する必要が無かったので、形振り構わず拳銃ばかり乱用して雑に異世界人を葬ってたので別人だろう。多分、当時は活発的だった『project E』とかあの辺の連中だろう。

「まさかフレームアーマーでもない人間が異世界人を退治するとは思ってもいなかったのよ。こんなすごい人もいるのに、このままフレームアーマーにすらなれなかったら天国でお父さんに見せる顔がないからさ、もっともっと努力して……WB社に、一発で合格したわ」

 それでも結奈は挫折しなかった――世にも珍しい、少数派だったのか。しかも、今よりは倍率が低かったとはいえ、退治の第一卒業生も存在しない、言わば入社に向けた分かりやすい過程も無い状態の……シンプルに潜在能力だけで判断され、世界の強者が数人しか通過できなかったと言われる、最初期の審査に、戦歴もない人間が一発で通過しているという。

「なんか……見直したな」

 流石に言えないが……それと同時に、それでもWB社で上位の位に付けず、後から来たはずの拓海にすら抜かされる不憫さが可哀想に思えてくるな。努力で上がり続ける人の報われない点は、並々ならぬ時間の消費量だからな。

「いくらアンタが違うと言っても、アンタを知った日からあの日助けてくれた人はアンタにしか思えないんだからね」

「そうか……」

 まあ……無理もないか。こっちの世界なんか、こっちの人間でなければ知る由もない。

「別に尊敬なんかしてないんだから!」

「ああ、俺は尊敬されるような人間じゃねえ」

 こんな気まぐれ戦士が尊敬されてちゃ世も末だ。それにこっちの調子も狂う。

「あ! そういえばクッキー焼いてみたのよね」

「おい……いつ勉強すんだよ……」

 ようやく勉強でも始めようかとしたら、結奈はこの部屋から逃げ出すように出て行ったぞ。アイツには余裕があるからそんなことしてられる暇があるんだろうが、こっちは気を抜くと合格が怪しいし、勉強するためにここに来た。息抜きに俺まで巻き添え食らうぐらいなら帰ってやるが……知らなかった一面を色々聞いたし、流石にもう少し付き合ってやるか。

「初めて作ったんだけど……どう?」

 お盆にクッキーとオレンジジュースを入れたコップを二人分持ってきた結奈は、ソワソワした様子で感想を待つので、一つ食ってやる。

「うん、普通のクッキーだな。良いんじゃないか?」

「そ、そう……」

 言葉では悲しそうに失速しているが、表情からは隠しきれない笑みが伺える。まあ、褒めてないから妥当の反応だろう。くまさんクッキーなのは好印象だが、味は美味くもマズくもない普通で無難な味だ。石塚みたいに異物混入している気配もない。初めてでこれが作れたら将来有望だな。

「自炊するんだな」

 正直学生とWB社を掛け持つ結奈の日常には休暇というものが無いように感じる。それこそ、転移者騒動で俺とつるんでいる時、終わり際に毎回寂しそうな雰囲気を感じさせる程、息抜きのタイミングがそこぐらいしか無いんだろう。体作りのためには正しい食生活からとは言うが、究極手際が良くても調理以外に食器洗いやメニュー選択、材料買い出しなど何かと時間がかかる行為だ。高給取りらしく金の暴力だと偏見があったかもしれない。

「自炊なんかしないわよ。下手にするぐらいなら食材無駄にする部分多いし、時間も出費も嵩むわ。でも今回はそういう気分になっただけ」

「へぇー」

 だとすると余計料理の才能を秘めていると言わざるを得ない。味は変化球ではなく直球勝負なので、所謂作り方を手順通りに踏んで作成した一品なんだろうが、本当に料理が下手な奴はそういうコピー作業ですらできない。一つまみとか少々とか、そういう曖昧な表現が出てきた瞬間ゲテモノと化す。

「そ、そういえば、アンタはどうするの?」

「何がだよ」

 シャーペンを握った瞬間に話を振ってくる結奈は、肝心な部分を伏せて訊ねてくるので、聞き返さざるを得ない。いや……絶対勉強させないように立ち振る舞っているよな? 今の発言で八割ぐらい確信に至ったぞ。

「修学旅行の班よ」

「あー……」

 今度行く二泊三日の修学旅行は基本的に集団行動だが、二日目にある自由行動の時間と、宿泊時の部屋分け用の計二班を前日までに提出する必要がある。しかし俺は編入生ということもあり、先生の提案で一番仲が良い陽菜と相部屋になっているので、部屋分けの方はもう決定している。

「私まだ決まってないのよ。良かったら同じ班にならない? そっちの方がアンタも楽でしょ」

 きっと男性であることを隠さないといけなくて、知らない奴と部屋分け班を組んだら自爆しかねないと思ってのことなんだろうが……

「すまんがもう先生から陽菜と同じ部屋って決められた」

「へ、へぇー……」

 一瞬反論しようとしたみたいだが、先生の提案、陽菜は俺が男性と知っている、陽菜は学内でも評判の良い模範生という三連コンボを食らい、完全に失速している。イラつく要素があるとは思えんが、手に持つコップの中身が振動している。

「なら自由時間の方は?」

「まだ決まってないが、Stellaの面子で集まると思うぞ? その輪に入れるんならいいんじゃねえのか?」

「……考えとくわ」

 自由時間の方は当日に二班が合同で行動したり、直前にメンバー変更してもいいらしい。とりあえず行方不明者が出ないようになってればいいんだろう。だから宿泊も行動も班が決まっていないボッチ結奈は付いてこれそうなら来ればいいだけの話だ。特に行きたいところはないが、班員との交流を深めることができればそれが良い思い出となるはずだ。

「もう六時半か」

 いつの間にか90分も浪費してしまった。もうテストまで期間がないというのに何してんだ俺達は。

「そろそろ本題に戻るぞ」

「そ、そうね……でも、そろそろ体動かしたくない?」

「……は?」

 もう何度目か分からないが、シャーペンを握りなおし、ノートに記入を始めようとした直前に結奈から妨害される。具体的に言うと、お盆を片付けるために持ち上げた動作でノートの位置がズレた。

 何がしたいのかわからん。立ち上がった結奈を睨み上げ……

「あー、わかったぞ。勉強させないようにして、学校に拘束させようとしてるな? これ以上人工島から離れないように」

 実際監視対象が人工島外に居る方が考慮する対象が減り、WB社的には気楽だろうが……もし激戦になった時の保険がない。WB社の実力が劣るから俺を人工島に拘束する必要があるとは思えないので、多分俺というスパイスが加わることで起きる超反応――例えば転移者が突如として姿を消す現象や、別陣営の介入による転移者の未確認行動や魔法といった副産物――を求めているんだろう。結奈もWB社に堕ちたもんだな。

「べっ、別にそんなんじゃないわよ!」

「なら何だよ」

「……」

 言いたいけど言えないようだ。じわじわと赤くなっている所を見るに、聞かれると恥ずかしいことなんだろう。そのせいで余計気になるが、

「明確な理由を言わないんなら、俺は帰る。これ以上勉強する意思が無いならここに居る意味もない」

「ご、ごめん、今から勉強するからっ」

「信用ならん」

 そもそも理由の説明を求めたのに話を変えてきた奴を信用できるはずがない。

「よ、夜ご飯も……」

「いらん!」

 ていうか夜飯まで食べること想定してたのかよ。遊びに来たんじゃねえ、勉強しに来たはずだ。

「なんなら泊って行ってもいいのよっ!」

「勉強はどこ行った」

 石塚だったらヘッドロックしてるところだった。とはいえ胸倉をつかみかけたが。

「何が理由だろうとお前ん家には今後一生来ねえからな」

「家にお邪魔して教えてもらう身がそんなこと言わないでよ」

「……」

 地味に反論しづらいこと言うじゃねえか……勉強を教えてもらう為には、もう少し結奈がやりたいことに付き合えってか? 笑わせるな。もっと優良な家庭教師ぐらいいくらでも思い当たるんだよこちとら。教えてもらう側が腕組んで命令口調になる事態がまず可笑しい。

「お菓子もジュースも飲んだんだから、もう少し居てもいいでしょ⁉ 別に長居して雑談したい訳じゃないけど!」

「十分雑談しただろ。勉強しないから帰る」

 この前学校で陽菜が居る前で性別を暴露したこと以外は最近良い奴だと思っていたが、考えが甘かった。知り合い以上友達以下の相手を頼った俺がバカだった。

「ごめん! 明日はちゃんと教えるから! 高得点も保証するわ! 低かったら何でもするから! だからお願い、二度と来ないのは撤回して。別に来てほしい訳じゃないけど……!」

 いや、どっちだよ。来てほしい訳じゃないなら撤回する必要あるか?

「……わかった、それは撤回するが、明日は来ない。一人で勉強する」

 玄関まで進んでいたので、靴を履いて早々に家を出る。これ以上いると何言われて何されるか分からん。今は一秒でも惜しいんだ。


 まさかのモチベ継続のお陰で地獄の勉強漬けを成し遂げ、ようやく訪れたテスト当日。前日に至っては徹夜したので、≪エル≫シリーズの反動並みの眠気に襲われながら何とか理性と偽りの性別を保つ。

「勉強と運動を並行するだけでやる事多すぎて大変だったのに、陽菜はこれに加えてバレエと生徒会と家業と飼育って……半端ないね」

「これがうちの日常だから何も感じんよ」

 そのぐらい余裕でこなせる人間になりたいもんだ。

「でも最初の頃より確実に成長しとるけ、合格目指して頑張ろうね!」

「うん、全力を尽くすよ」

 さっさと回答欄を埋めて、時間が許す限り寝ていたい。

 最初のテストは、数学。眠気ピークに活字見せられなかっただけましだが、数学も数学で計算ミスが多発しそうだ。というか、眠気ピークなら何のテストでも全力出せないか。

(なるほど、わからん……)

 いきなりなんだが……この学校のレベルの高さを目の当たりにすることになった。今回のテストは修学旅行に行ける権利がかかったテストだからか、他の時期に行うテストより明らかに難易度が高いと聞いていた。だから学校のレベルと修学旅行前のテストということを踏まえて勉強に励んだんだが……陽菜が予想したラインを越したレベルの問題が出されている。これ、大学の入試か?

 衝撃で一旦は目が覚めたが、わけ分からなさすぎて再び眠気に苛まれる中、陽菜の方を見ると……左肩をピクッと上げていた。あの合図は、問題が解き終わった時にすると言っていた。もう全部解けたのかという驚きがあるが、陽菜がこのスピードで解ける問題と分かれば、陽菜に指導してもらった俺は必然的にテスト対策で勉強した範囲内ということだ。つまり、今ある知識を応用すれば必ず解ける。もしくは、ひっかけやずる賢い書き方をされているだけで、時間を稼がれてるだけだ。

 最悪の手段として、長年の研究で判明した事実がある。それは選択問題の場合、3番が正解の確率が一番高い。皆が口を揃えてそんなことを言う訳にはちゃんとした理由があり……捨てるところは捨てないと、制限時間の60分に間に合わない問題量があるんだ。ホント、ちゃんとした学校のテストってもんは面倒くさいな。つくづく退治で良かったと思う。

 あれだけ勉強して、陽菜にもお世話になったんだし……哀れな結果を出すわけにはいかない。よし、≪エル・ズァギラス≫を使って本気を出すか。WB社の社員が在学していながら、誰も思考力を高める技の使用を禁じるとは明言してないから、カンニングではない行為は行っていいということだ。それに、≪エル・ズァギラス≫はあくまで自分の知識をフル活用できる技だ。ネットで検索する技とかじゃないんで使っても問題ないだろう。

 それからもテストを受け、五教科を受け終えた後の六限目は、いじめるかの如く体育の授業が入っている。しかし不眠に加えて≪エル・ズァギラス≫を小出しした事もあり……いつの間にか倒れてたらしく、保健室で翌朝まで寝込んでしまった。

「ばりばり頑張ったけんね、報われるといいね」

「……死んだ、死んだよ……」

「大丈夫だよ、自信もって!」

 目覚めると丁度陽菜が様子を見に来たところだったらしく、あまり心配する様子が無かった感じ、結奈が話を付けてくれたんだろう。あの日の件があったからか、助かる事もしてくれたもんだ。

「さっきテスト返されたよ」

「もうそんな時間か……」

 この学校では授業に支障をきたさないように、朝のホームルーム前に五教科の点数表と正誤が記された表、解説が書かれたプリントの三点が返される。それと同時に、学年トップ10の名前が書かれたランキング表も職員室前に張り出される。保健室からの帰り道に職員室があるので、人込みの中から見ることが出来たんだが……

「陽菜は満点なんだ。凄いね」

「ランキングに載ってる全員が満点やけ、まだ他にも同率一位が居ると思うけどね」

 頭が良い学校は恐ろしいな。偏差値に応じてテストの内容も高レベルというのに、難なく満点を取りやがる。実質このトップ10は内申点表じゃねえか。

 返却時に教室に居なかったので、職員室に入って担当の先生からプリントを受け取り、廊下で結果を見ると……

「……せ、セーフ……多分、セーフだ、ギリギリ……」

「わあ! やったね! これで心置きなく修学旅行に行けるよ!」

 60点以上が合格ラインだ。数学とか半分は運ゲーになっていたが……何とか、合格することが出来た……ぞっ。言語に至っては得意なのか、満点だ。数学と理科がギリギリで、国語は普通。社会は今回現代史だったので、ほぼ満点に近い。陽菜には一番の感謝だが、いろんな言語を触れるきっかけを作ってくれたルミーナや、世界情勢を教えてくれる茅穂にも感謝だな。

「勉強教えてくれてありがとう」

「よかよか!」

 一応今は女性を装っているので、女子生徒らしく陽菜と抱き合ってぴょんぴょん跳ねる。本当の性別が男性だから多少の恥ずかしさがあるが、これすると滅茶苦茶嬉しい気持ちになるな。良いスキンシップだ。

「後で復習しない?」

「おっ! その調子だよっ!」

 無意識で出た発言に自分でも驚いたが、より一層笑顔になった陽菜は俺の手を引っ張ってるんるん教室に戻って行った。

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