表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クロス・インパクト  作者: あかつきこのは
26/32

26 比類なきひと夏の静謐

 

 俺達が電車内でWアラームに遭遇したのが六時半頃で、転移者騒動が終わったのが八時前。そして行方不明となった転移者を探す作業は十一時になった今も続いている訳で……

 空腹を通り越してもう≪エル≫シリーズの反動の眠気しか襲ってないが、未だEoDの仮想ビルの屋上で仰向けになっている。いつ寝落ちしても可笑しくない状態だが、転移者が行方不明なのに俺が姿を晦ましていたり、自宅でのんびりしてたらそっちの方が異常事態だからか、十分に一回は俺の上空を監視役の結奈(ゆうな)が通過するもんで、実質軟禁状態で何もできずにいる。あー、逃げ出してぇ。

 転移者警戒態勢自体は十時半頃に解除され、シェルター内に避難していた島民はもう解放されているが、転移者が行方不明であることは揺るがない事実だ。その為島民は可笑しな人を見つけ次第通報協力を言い渡され、フレームアーマーは各々の担当箇所を永遠と巡回しているし、島内には自動警備ロボットがこれでもかと配置されている。そんな中でルミーナとマリアは当然外出できるはずもなく、今は入浴中だと契約の恩恵で伝わってくる。

「ふぁあ……」

 欠伸する口を時間を確認したスマホで隠しつつ仰向けになる。

(あ、ヤベえ。もう寝る……)

 この場からずっと動けてないのもあり、もう視界が通常時の一%も見えなくなってきたその時、

「あーうるせー」

 ヤンキーがバイクでブンブンふかしている時にも似た音を鳴らす爆音の車が今いるビルの横に停車したのが分かる。お陰様で目は少し開いたが、誰か分かってしまうとまた閉じかけてきたので、ビルから飛び降りてそっちに向う。

 あの車から聞こえてくる曲がまさかのかえでの曲だったので、何となくここに来てくれた理由が分かる。

「しゅうっち、よっす! 眠そうだな! ガハハ!」

「そろそろ限界だろうと思って迎えに来たよ」

 パラシュートを展開して難なく着地した俺は、ラッパーみたいな格好した愼平(しんぺい)(かえで)をガン無視して避難部送迎科が所有する大型車の後部座席に乗り込む。EoDは関係者以外立ち入り禁止だが、フロント部分にこいつらだからこそ取れた退治の許可証を掲げている抜かりなさ。態々ありがたいな。

「やっぱり家に帰してあげた方がいいんじゃない?」

「いいだろ。弱ってる時こそ連れ出して遊びまわるんだよォ!」

 早速後部座席で横になっている俺を見た楓はどうしてこんなに眠たいのかからくりを知ってるから心配してくれるが、何も知らなくて普段中々遊んでくれないからこの機をチャンスとばかりに思っている愼平は、住宅街三区の方に車を飛ばしだした。三区は工房付きの住宅が多い地帯で、車が好きな愼平の寮もそこにある。

「人生と運転は同じ。前向かんといけん。ランボルギーニに乗り換えて、川崎の実家に行くぞ!」

 ランボルギーニに三人で乗り、川崎の実家に行くという、二つの意味不明要素が聞こえ、更によくわからん格言も相まったせいで眠気が少し引き、愼平の首元を閉めてやろうかと企んでいると……

「何だ?」

「転移者かなぁ」

 EoDの端の方で減速した愼平は窓を開けて、雨はもう止んでいるのに半透明の傘をさしたまま棒立ちしていた黒のジャージ姿の人に近寄る。

「私を連れていってください!」

 俺も細い目で自然と睨みながら三人で無言を貫いていると、案外大きな声で顔を上げたショートボブの女性が両手を合わせてきた。

「何言ってんだコイツ」

 どこかの方言っぽい口調で呟いた愼平は窓を閉め始め……

「連れてかないの?」

「は? 無理に決まってんだろ」

 あまりに顔が地球人っぽかったので誰も通報しようとしないが、不法侵入している人を助ける気にならなかった――のは絶対建前で、

「丸眼鏡で豊満そうな要素をかき立たせてんのに、体のラインが一切出てない格好をしているしょーもねえ女を助ける義理はねえ。ざけんな」

 予想通り車内で俺と楓をこれでもかとドン引きさせる発言をかました愼平……いや、新兵は、徐にふかしてから発進する。

「なんでぇぇぇええっぇぇぇぇ!? 私のどこが嫌っていうのぉ!?」

「わぁ、声でっか」

「知らねーわ! 全般じゃアホッ!」

 知ってんのか知らんのか分からん新兵は少し開けている窓から叫び声を漏らす。≪エル≫シリーズの同時使用且つ出力高めだったもんで、まだ喋る気力がわかない俺はリアガラス越しに彼女を見るが……見覚えはない。どこか柳瀬(やなせ)っぽい雰囲気があるが、アイツは今頃WB社で治療を受けているだろうし、何ならこういうことできる性格とは思えん。

「なら何が好きなのッ!」

「年上で高身長で胸大きくて運動音痴で……」

「速っ……ホラーだよ」

 愼平の運転技術は神の領域と言っても過言ではなく、まくために敢えて複雑な分岐をほぼ減速無しで通るが、それでも彼女は後ろを爆速で追いかけてくる。足の回転量は普通の人間が走る時と変わらないので、不可抗力が作用しているとしか思えない。それこそ、フレームアーマーのような。

「なら私でいいじゃん!」

「何でだよッ!」

 愼平は追いかける女性の真逆のことを条件として挙げていたのに、いつの間にか並走し始めた女性はにやけ顔を向けてくる。

「これだけ速かったら自分で動けばいいのにね」

「それ言わないお約束って奴だろきっと」

 お陰様でこっちは眠気や喋りたくない気持ちが消え失せた。

「おい、もっと速度出せないのか」

「これ以上速度出すと曲がり切れねえ」

「ならどうするの!?」

「知るか!」

 愼平までも焦り出したら負けだからか、音量を上げつつ窓をドンドン叩く女性に対して中指を立ててる。絶対さっきからの言動のせいでこの人の怒りゲージ貯めてるだろ。

「だーっ! 今日はもうドライブだドライブ! 行くぞ野郎共!」

「おーっ!」

「はぁ……」

 楓はやけに乗り気だが、人工島と本土を繋ぐ橋に最高速度で乗った時点で眠気がぶり返してきた。本能的に相手するだけ無駄だと判断したんだろうな。

 この車は避難部送迎科の任務を全うするだけでなく、災害時にも活動できるようにかなりの速度が出せ、大量の燃料を積めたり、悪路を走れたり、このグレードなら水上も行ける。しかも警察車両扱いなので、パトランプも合法的に出せてしまう。俺が起きるのが先か、この車が降参するのが先か。いざ勝負だ。


「ボク達今ご飯食べ終わったところだけど、あーちゃんは朝飯抜き?」

「時間が無かったから食べてない!」

「ダイエット中なんだっけー? えっへへ、ごっめーん!」

「きょえええ!」

 何か今、人の声ならざぬ金切り声が聞こえた気がするが……数日後、起床した場所は車内ではなく、エアコンが利いた寝心地が良すぎるベッド――楓の家だった。環境は良いのに、目覚めの悪い朝だ。

「あ、やっと起きた!」

「人が人ならぶん殴られてるぞ……ん……? あ……勝った、のか?」

 マリアが朝食を片付ける中、ギターを弾いていた楓は俺が起きるなりカレンダーを手に取りつつ、

「あの後直ぐに女性の人は帰って行ったよ」

「見えちゃいけんもんでも見えたんか?」

「さあ? 少し尾行したけど、細い通路の先にある細長―い小さな家に入ってったよ」

 人工島は一斉に計画されて建築されたので、細長くて小さい家なんか存在しない。だから彼女の自宅は本土方面らしいが、なにより怪奇現象でも異世界人でもなかっただけ一安心かもだ。

「あれからは愼平君の実家で一泊した後、ラップの大会に行って、次の日も泊まらせてもらって、転移者警戒態勢も解けたしアパートに戻ったんだけど、あまりに寝苦しそうにしてたから預かった!」

 あの日から四日後の朝らしいことが確認できた俺は、身の危険を感じたら起きられるが、動かされただけでは何となくでしか記憶が残っておらず、不明な部分を明確にしていく。

「愼平君のお姉ちゃんと会ったんだけど、愼平君の性癖がひん曲がる理由がよくわかったよ。身長が185センチもあって、胸が大きくて、すっごくくびれてて、ちょー美人さんだったよ! 嘘みたいな18歳!」

「それで新兵には絞り粕しか残らなかったのか」

 姉に加戸(かど)家の車要素以外全てを持って行かれた悲しき男・愼平はそういえばラップ上手かったなと良いとこ探ししていると……

「あっ! やや君起きたんだ!」

 ベランダから室内を覗いてきた犯罪者は玄関に回ってきて、ノックしてくるので……楓がやれやれといった感じで扉を開けてやる。

「おい学校行け」

 これにはブーメランがしっかり刺さってしまうが、石塚(いしづか)は特にそれには触れず、

「楓ちゃんの家だから入室権限はありますーっ」

 誰も聞いてないことだが、誰も知りたくなかった事実を言いながら楓の家に上がってきた。

「ねえやや君! 次の休みにプール行かない!?」

 登校前だからか制服を着た石塚は自分がこの家のドンかの如くソファーに座り込み、俺と楓にプールのホームページを表示させたスマホ画面を見せつけてきた。

 どうせスキャンダル写真でも捉えたとか言ってわーきゃー言うんだろうとうんざりしていたが、予想外の事を言われて俺と楓は顔を見合わせてしまう。

「……いや、こんな暑かったら同じ思いで涼みに来た連中がわんさか居るだろ」

 あぶねえ。最近暑くなりすぎてるから少し良いなと思って返しが遅れてしまった。

「えーっ」

 石塚はほっぺをぷくーっと膨らませて不満そうになるが……今日行く訳ではないくせに、汗でセーラー服の下に着ているスクール水着が透けていやがる。去年と同じ奴っぽいんで、今年はパツパツでどことは言わんが大きくなったから、体に慣らしているんだろうか。

 シンプルにDランクだからずっと水泳させられているような気もしつつ……

「しゅうやんこういう楽な時こそ肯定の意を見せておかないと後々余計面倒な事になるよ?」

「それもそうだな……」

 言われてみればずっと嫌だって避けててもコイツはいつまでもしかけてくる。それも気を引くためか内容を過激化させつつ。そんな中プールとかいう無難な提案をされたんなら、ここらで一回付き合って不満ゲージを一度減少・リセットさせておくのも手だ。でもなんかそういう意図で提案してきた感じがして癪だな。

「あーわかったわかった。んじゃプール行くよ。行けばいいんだろ? 行けば」

「やった! じゃあ土曜日九時に人工島駅集合ね!」

 俺がOKを出せば話は早く、否定される前にとさっさと学校に向って行った。

 そもそもいくら平和続きとはいえ、アイツが本土に行く許可下りるとは思えんし、俺は行けばいいと言った上で了承されている。つまり、他の連中を誘って一対一を避けることや、行くだけで外のベンチで待っておくことだってできるはずだ。無駄な出費は重ねたくないんでね。その辺の海でも入って海月に刺されてろ。

「しゅうやん悪い顔してるよ」

「ああ、悪い事企んでるからな」

 ずる賢いことなら≪エル・ズァギラス≫を使わなくても思いつくもんだな。

「んー、ならさ、ボクがお金出すからさ、るみるみとまりまりも連れてみんなで行こうよ。二人はプール行った事ないでしょ?」

「海しかないな」

 行きたくて行ったわけじゃないが。

「もしや一番楽しみにしてんのお前だったりしねえか? 俺が石塚からはどうせ避けるからって」

「さーねー?」

 おい、その表情やめろ。もう答え言ってるようなもんなんだよ。きっと楓の性格の悪さは俺から感染しているから、こっちも妙にテンション上がってくるんだよ。

「あっ、勿論水着買いに行くのも手伝うしお金出すよ! んー、今日の放課後買いに行こう!」

「やっぱ一番楽しみなのお前だろ」

「えーっ?」

 クスクス笑うコイツの笑顔は本当に最高だな。そりゃナンバーワンアイドルになれるわ。

 スマホで今後のスケジュールを確認した楓は登校する準備を整えるみたいなんで、俺も一旦帰宅して登校する準備を整えるとするか。


 当日の朝九時。駅に俺がルミーナ、マリア、楓と一緒に現れたことに対して、石塚は特に不満げではなかった。だが絶対に二人が良かったはずなので、これから何かしかける気ではいるんだろうが。

 禎樹(よしき)はアニメのイベントと被ってるので来れなかったが、愼平は二つ返事で来てくれた。女の水着姿が見れるってだけでホイホイ来るのもどうかと思うが。という訳で電車ではなく車で行くことになり……

「プールだ!」

「人多すぎだろ」

「やっぱ海の方が大胆だよな」

 かえでと楓は別人を装っているため、男子更衣室で女子の楓を着替えさせるために大変苦労し……多種多様なプールが広がる光景を目の前にして、三者三様の反応を示す。

 楓はストッキングにミニスカ、肩を出しているシャツみたいな恰好で、水着感があまりないが、愼平は同性と思っているからか凝視する様子はない。楓を一番女だと見極めそうな人に相手されないのは運が良かった。

「お前この日のためにカット出ししてんな」

「あたりめーだろ。こっちの方が見た目最高だろ?」

 今からやろうとしてることは最悪だけどな。

 楓が愼平のコブみたいな腹筋をツンツンしていると、男性陣に少し遅れて女性陣が更衣室から出てきて……

「ぶっ」

「おい、俺の姉と妹で鼻血出すな殺すぞ」

 コイツ、水より先に血で濡れやがった。楓からグラサンかけられてSPにしか思えない見た目になったのにみっともねえな。

 楓と買いに行った時、二人ともが新兵が好む容姿なので、こうならないように胸が大きいルミーナはショルダーレスワンピースみたいな水着をチョイスして大きさを全面的に出さないようにして、マリアはセーラー服とのハイブリッドみたいな謎の黒ビキニを着て細すぎる上に筋肉質なアンバランス体型に目を行かせないように仕組んでくれたが、このエロハンターには叶わなかったようだ。生憎この二人は異世界人で肌の露出や凝視されることに対して羞恥心を抱かないので、代わりに俺が肘で鳩尾を殴っておく。

 硬すぎる腹筋装甲のせいで俺の肘の方が痛んだが……

「プールだー! ――あ! この水着どう!?」

 少し遅れてやってきた石塚は、プールを見て喜んだあと、思い出したかのように自分の水着を見せつけてくる。

 色んな所が豊満になってしまったこともあって、白いスク水みたいな服が体のラインに沿って密着している石塚は、残念なことに黒タイツを脱ぎ忘れているみたいだ。楓の奴みたいにそういう奴なのかもしれないが、時々着ている奴なので確実に脱ぎ忘れだな。

「大切なところ透けるぞ。対策するか、着替えてこい」

 石塚を一秒も見なかった愼平の視線はその辺に沢山いる女性すらも見ず、胸が大きいルミーナと筋肉質なマリアにずっと釘付けだが、あの水着のヤバそうな部分を的確に指摘してやる気遣いはあるようだ。多分、石塚のせいで面倒ごとに巻き込まれるのが嫌なだけだろうが。

「別にやや君になら見られても大丈夫だから」

 とは口でいうものの、意識してしまってから上から下まで全身真っ赤かで揚げたタコみたいに成り代わった石塚は、超特急で更衣室に戻って行った。

「ボクの水着はどう? カワイイ?」

「はいはいカワイイカワイイ」

「はいてきとー却下―」

 愼平がえぐい視線でルミーナとマリアを見続けるもんで、楓が気を引こうとしたが、男と思われている以上なんにも通用しない。結構可愛い恰好してんだけどな。

 女を隠したいのかわからん楓が腕組む愼平をペチペチ殴っている中、

「ここって何するところなの? 泳いでるっていうか、流されているようだけど」

 愼平なんか気にも留めていないルミーナはプールで遊ぶ人々の様子を観察した感想を言ってくる。

「一応、水死体になるのがおもろいとかいう変人の集まりではないからな」

 世界が違えば価値観も大きく異なる。プールという楽しみ方を誤解しないように補足しておく。

 俺達の活動拠点となる席を確保しに動き出したマリアには新兵が付いて行き、

「腹筋や背筋も凄いけど、脚もヤバいっすね! デッドリフトとかやってんすか?」

「いえ、特に」

 胸とかくびれは聞くような内容じゃないと分かっているからか、マリアと筋肉談議に花を咲かせようとしているが、マリアはあまり他人と話さない性格だし、そもそもデッドリフト? 知らねえしやってねえよ。

「あれでいいんだよ。流れに身を任せるんだよ。興味が湧かないんだったら、あれとかどう? 大きな波が来るんだよ! あの筒状の奴も楽しいよ! 公園にある滑り台の派生形みたいな感じだよ!」

 楓はプール初体験のルミーナの案内役になるらしく、手を掴んで先導していった。

 こういうところって変な野郎が話しかけてくることがあるが、マリアと新兵は筋肉質で避けられ、楓とルミーナはかえでの追っかけという体の楓効果で周りの人が気を利かせて避けてくれるだろう。

 ……おっと。これって俺が石塚の相手をする流れになってないか? しれっと逃げやがったな。

「ふぅ。初めてプールで水着買ったよぉ……」

 何の変哲もないごく普通の水着に戻った石塚は俺を見つけるなりこっちに近づいてくる。目が合った以上遠ざかるのも可笑しいし……プールではぐれることにするか。こいつと知り合いだと思われたくない。

 普通の水着を着ていながらも変な形の日焼け跡が見えるせいで、以前に過激な衣装を着ていたと思うとゾッとするが……Tシャツ短パン、生地が多い水着、学校で使用する競泳水着、普通の水着、細すぎる水着の焼け跡があるせいでシマウマになってやがる。こうなるレベルでプール好きなら早いうちに日焼け止め塗っとけばよかったのにな。今なら分かるが、最初着ていた水着は人が多いここでは日焼け跡を隠したかったからなんだろうし。

「浮き輪については触れないで!」

「お前まだ泳げねえのかよ」

「触れないで!」

 普段の遠泳とかはどうやって乗り切ってんだよ。ホントコイツは退治に入れた理由がわからん。

 俺が誘導させるより早く流れがあるプールに足を入れた石塚は、早速足をつる体たらくだが……隣で通り過ぎる女を水中で凝視し、溺れかけてる愼平もバカバカしい。醜態を全世界に晒さないためにも人工島内に娯楽用プールを作る事をオススメしたい。

「プールで鼻血は止めろよ?」

「小便と違って染まるだろうが」

 そういう問題じゃない気がするが……石塚が一人勝手に漂い始めたので、俺はマリアとウォータースライダーでも行ってくるか。あれ、ノーリアクション女王が乗った時の反応知りたいし。

 その後二時過ぎまでそれぞれが好きなように遊びまくっていたが……マリアさん、どこに行っても表情一つ変えずに「面白いですね」っていうんだけど。本当に面白いと思ってんのかね? 契約の恩恵が無かったら信じられなかったな。あっても一ミリ程度の興味しか伝わってこんが。

 女が座った後のケツの形を観察して回る愼平の首元をフックのようにひっかけ、

「だからお前はいつまでだっても避けられる存在なんだよ」

 警備員に捕まる前に捕まえ、少し遅めの昼飯を買いに行くことにする。

「おい耳年増、奢ってくれ」

「耳年増は女に言う言葉じゃねえのか? プロテインならおごってやる」

「ならいらん」

 ここまで運転してくれたんだから少しは敬おうと思ったんだが、口が滑って変態と言ってしまったので、無一文人間は何も食えなくなった。プロテインを売っている意外さもあるが、水すらも金とるってがめついな。いい商売してやがる。

 大金持ちのヒモになるしか残された道はないらしく、虚しく俺達の席に戻ろうとしていると……あー、丁度石塚が変な男に絡まれている所を目撃してしまった。あの男二人も金欠でむしり取ろうとしてんだろうな。流石に石塚を女として狙うとは思えん。

「何だお前」

 近づくなり石塚は涙目からキラキラした目に凶変させ、男が俺に向ってガンを飛ばしてくる。

「そんな奴と絡むのは止めておいた方がいいぞ。頭悪くてデブで変態で、何より性格が終わってる」

「やや君ひどーい!」

 酷くねえよ事実だよ。自覚してねえお前の方がひでーよ。

「それでもいいなら連れていけ。俺はいらん」

 石塚から奢ってもらうチャンスだと思って駆け付けてしまったが、よくよく考えたら評価が上がる状況下だ。バカな頭でもなんとか分析できたので、強く言い返せない今、ここぞとばかりに責め立てておこう。

「やれれば誰でもいいんだッ!」

 おおっと。そういうタイプの奴か。相手するだけ無駄だな。

「損するのはおめーらだから俺は何も言わね。じゃーな」

「待ってよおおおお!」

 俺の背中には感謝の視線が二つと、助けを求める視線が一つ向けられているが、遊び始めたら自ずとわかるだろう。何だこのクソ野郎は、って。良い人生経験も兼ねて放っておこう。

 マリアが陣取った席に戻ると、

「カップ麺みたいな味がするわね」

「いい商売だよね~」

 あまりいい話題じゃないが、既にポテトだったり焼きそばだったりを奢ってもらっていやがる。異世界人って躊躇がないから、俺みたいに浮気しなかったんだな。二人に醜態を晒したと思うと、自分がバカらしいわ。

「しゅうやんの分もあるよー」

 日焼け止めを塗ってもらううつ伏せの女性が胸をはみ出させている珍事をガン見しながらたこ焼きを食う愼平を片目に、ニンマリ顔の楓が出来立ての焼きそば片手に手招きしてきた。負けた気がするが……ただ飯を見逃す程俺も腐っちゃいねえ。食えるもんなら食うぜ。

 その後、閉まる時間までは俺と楓、ルミーナ、マリアは四人で回り、新兵は一人で変態行為にでも邁進してただろう。

「案外楽しかったわ」

「でしょー? また今度来ようよ!」

「車出すから俺も誘ってくれ」

「お前は……気が向いたら、な」

 着替え終えて全員が車に乗り終え、人工島に向けて発進し始めた。

「夜ご飯だけど、どこか食べに行く? ボクのおごりでいいよ」

「まっじかよ。居酒屋行こうぜ!」

「言っとくけどお前は未成年だからな」

 運転してるせいで違和感がなかったが、愼平は特別な許可があるから運転できているだけで、今は17歳だ。そもそも飲める年齢だったとしても、運転手なんで飲めないが。

「なんか忘れてる気がするけど……まいっか!」

「揃って島出れることなんか滅多にないし、今は本土を満喫しようぜ!」

 アクセルを強く踏み込んだ愼平はお気に入りの居酒屋目指して飛ばしだした。道路交通法違反は例外なく課せられると思うが……一日中グレー行為しまくった男だ。気にするだけ無駄か。


 日が過ぎて人工島に戻ってきた俺達は、全員これでもかと寝たことだろう。翌日が日曜日でよかったぜ。

 翌日が日曜日でよかったぜ、で思い出したが……そういえばプールに企画者の石塚を置いたままだった。とはいえ男二人に連行されてから姿を見ていなかったので、合流が難しかったのは事実だろう。

 事の顛末が気になるが、流石に聞けないなと思っていたところ、スマホにチャットが飛んできて……ヤバい奴認定されて山奥に捨てられたと書かれていたので、飲み物を噴き出しそうになった。最近はインターネットの発達でスマホさえあれば問題ないが、双方ともいい経験になっただろう。

 翌日の昼下がり。俺達は特に地球でやり残したこともやらないといけないこともないし、アトラが異世界で一人生活するのに慣れるための十分な期間が空いたので、これから異世界に行くことにした。

「ばあ」

「あっ、お帰りなさいませ!」

 想像すれば指定した場所に転移できるので、自宅のエントランス付近を想像して転移したところ、目の前に箒を持ったアトラがいたので脅かしてみたが、少しも驚かなかったな。≪エル・ダブル・ユニバ―ス≫の裂け目って音がないはずなんだが、ずっと続く主従契約の方で察されたんだろうか。

「久しぶりね」

「はい! 11日9時間12分ぶりですね」

 地球の攻略本とも言える例の本から時間の概念を覚えたのか、アトラは地球らしい日数概念で答えた。時間の誤差は計算が面倒なので確認しないとしても、経過日数は正確だな。

「それ、使うことあった?」

「なかったです」

「いいことじゃない」

「平和って事だな」

 実際問題俺達に好意的な王族の第一都市に住み、その中でも最も位が高い人々が住まう地域に居るので、使う場面が訪れるはずがない。

「アトラが居ない生活送るとよくわかったわ。やっぱりチームメンバーなんだし全員で過ごしたいわね」

「地球の方々に異世界の人が暮らしていても、今までと変わらない生活が送れることを理解してもらわないといけませんね」

 それが過去の惨状や昨今の転移者の行動のせいで、何らかの革命行動すらも起こし難い現状だ。

「俺の技が進化とか強化されりゃいんだけどなー」

 一番手っ取り早いのは俺が現地に赴けることを利用して、異世界中に実情と対処法を言いふらせばいいんだろうが、それを実現するために必要な知名度が現状パブルス帝国内でしかないし、そもそも二つの世界を股にかける以上、活動に支障が出ないように注目を浴びたくない意思もある。こればっかりはもう少し時間をかけないと今の俺達じゃ手に負えない。

「もし家から出られなくなったらと思って、キャランツという食べ物を育ててみることにしたんです」

 絶妙な間で話を変えてきたアトラは、エントランス横で栽培していたブルーベリーの木に似た植物に水をやり始める。

「これは栽培がとても難しく、それでいて小量しか可食部がないんです。でもたった一粒食べるだけで、一日に一般的な人間族が必要とする栄養素が完璧に摂取できる最強植物なのですよ! 滅多に出回らないのですが、市場では王貨で取引されるレベルなのです」

 アトラはキャランツの解説をしながら、ミニトマトの栽培のように脇芽を切っている。この世界の植物って、バゼラといい地球にある植物のハイブリット型が多い気がする。

「よく手に入れたわね」

「ミネヴァルトさんから頂きました」

「ああ、あの天才シェフか」

 ミネヴァルトならこういう食材を知っていて、栽培していても可笑しくない。前に見た時、自宅がハーブ園化してたからな。

「これから飯作れるか? 向こうじゃ金がないから何も食わずにこっちに来たんだよな」

 ミネヴァルトの店に修行に行っていたわけではないが、あの天才少女の元に居ると多少なりとも奇想天外な料理を教えてもらっているはずだろうし、単純に久しぶりにアトラが作るご飯を食べたい。

「分かりました。少しお待ちください」

 いつの間にかマリアはメイド業に励んでいたようで、二階から羽でふわふわ飛んだ状態で姿を現したよ。久しぶりにその姿を見たせいで三度見ぐらいしてしまった気がする。

 料理が完成するまでの間、俺はルミーナとルス語の勉強に励んだわけだが……良い発見があった。ルス語は片仮名の画数と、その片仮名を書く時のカーブの数を組み合わせると、置き換えられることが判明した。だが一々計算するのが面倒くさいし、例外が多すぎてこの習得法は利用しない方が絶対に得。

 全く身にもならない勉強に励み、ただ時間を浪費しただけになったが……

「うっまいなこれ」

「変わった料理ね」

 飯は裏切らない。完成したピンク色の楕円形を餡と絡めた謎料理を食す。近いところで言ったら、カプセル状の天津飯みたいなところだろう。

「現時点での評価も頂いています。この料理は最高得点で、76点です」

「酷評だな」

 俺からしたら100の枠に収まり切れない程美味いんだが、正直なところ俺の舌は貧乏のせいで何でも美味く感じるようになり下がった貧乏舌。ルミーナはワイルド料理で過ごした人で、マリアはそもそも飯をほぼ食えなかった人なので、この中で正当な判断を下せる人はいないが……プロがその点数を付けたんなら正しいだろう。色々な人を見てきたから何となくわかるんだが、ミネヴァルトには世界一に輝く才能を秘めている気がするから、この料理にも欠点があると認めざるを得ない。とはいえメイドは家庭的な料理を作るのが得意だ。仕える人の嗜好を的確に捉えつつも完璧な栄養バランスの料理を作るので、しっかりと栄養を摂ることができ、加えて唯一無二で美味い飯を作り上げるのが使命。つまりその人専用の料理になるので、他の人が食っても美味しいかと言われれば話が変わってくる。その分居酒屋とかで創作料理を出す人は、万人に対して平等に美味いと思わせる料理を作る。特定の人物にぶっ刺さる料理では無いが、万人受けするためにかなりのポテンシャルを要求される。アトラは既に家庭内のみならずメイド界最強調理人であったが故に、二人の技術の集合体が提供されたとなれば、もはやこの料理は一般人が評論できる領域じゃない。

「また食べたいって思うような印象に残る外観の奇抜さはあるんですけど、味はリピートする程ではないとのことです。お店で出す分には少し物足りないけど、家庭料理として出す分には満点と仰っていました」

「なるほど……」

「思ってた以上に本気の感想ね」

 まあ確かに俺でもすぐ類似料理がヒットしたから、いつでも食べられるような気がして味は希少感や特別感は抱かないな。だとしてもこの見た目よ。見た目のインパクトだけで高級料理店を装える。味もそうだが、確実に一般家庭では再現できないし、作ろうとする奴もいない。

 とはいえなんか『シャガル ミネヴァルト』の方向性が世界一の大衆料理から、見た目も最強の高級フレンチにシフトチェンジしたような気がするが……

「カータレットの全員が美味いってんならそれに越したことはないな。普段レンジでチンか、お裾分けしか食わねえ俺に分かるかよ」

 久しぶりにこの四人に付けられた名目上の家名・カータレットを口にしたが……

「スクランブルエッグは?」

 ルミーナから突然料理クイズを出題された。

「卵をバーンして、かき混ぜながらファイヤーした奴だろ?」

 どう表現すればいいか分からない時の最強手段は擬音だ。

「マルゲリータは?」

「いや知らねーよ」

「ポップコーンは?」

「なんだそれ。作れねえだろ。映画館専用だろ」

「海苔は?」

「食えねーだろ」

 いや、紙とかをくっつける方じゃなくて、食べ物の方か。

「……おい、笑うな」

 こちとら必死こいて回答してんのに、ルミーナとアトラは笑っていやがる。心なしか無表情で定評のあるマリアさえも笑ってないか?

「地球の知識もそうだけど、萩耶(しゅうや)はもっと勉強した方がよさそうね」

「うるせえなぁ」

 言っとくが、異世界人に地球の料理知識で負けても何にも悔しくないぞ?

 もしかすると異世界に学校という存在がなくても大丈夫な理由は、自分で運動して体力をつけ、自分で勉強して立ち回り方や魔法の使い方を習得し、各地に遍く満ちる魔物から身を守っているからなのかもな。そういう鍛錬行為が普遍的で習慣化していて、当たり前だという認識は異世界には勝てない。地球は悪と対峙しても、現代技術や法の力などで割と何とかなる甘ったるく、過ごしやすい世の中だからな。

 話の流れで俺は午後、ルミーナとパブルス帝国一巨大な図書館に行くことになった。

 異世界の図書館は基本的に全部魔導書で、図鑑や探検関連はギルド、それ以外の文学系はその辺にある書店で売られているものらしいが、ここはパブルス帝国を代表する図書館だからか、全体の一割ほどはギルドに置かれるようなラインナップも取り揃えている。一割とはいえとにかく莫大な書物があり、一生かけても読み終わりそうにない量の本があるけどな。今日はどこに何があるか見て回るだけで一日終わりそうだ。

 こじんまりとした屋敷の中に入ったはずなのに、この図書館自体が魔法仕掛けなのか……外見と内見が一致していない。中身が全体的に小さくなっているのか、地下空間などの別の場所に転移されているとしか思えない。天井でさえ東京スカイツリーを見上げるかの如く視線を上にあげても見えないからな。しかもただ綺麗に配置された本棚に並べられている状態なら未だしも、空中でゆっくり動く本棚まであると見る気が失せる。出入口で届かない時用に空が飛べる羽みたいなのが貸し出されていたが、もうそれで遊んでていいか?

 この図書館内は一部魔法なら使用が出来るみたいで、それこそ空を飛ぶ魔法や、希望の書物や関連の書物を持って来る魔法、目的がどこにあるかサーチできる魔法、本を元あった位置に戻す魔法などが使えるので、来客している魔法使いの皆さんは難なく本を探せているし、本が勝手に動き回る怪奇現象も起きているが、俺は羽を付けて飛び回っていても全然見つからない。俺が求める本は全体の一割と言うが、最強クラスの魔法使いはここの書物をほぼ全て暗記しているレベル。そう思うと対抗心に燃えるが、魔法が使えない一般ピーポーは地道に探すしかなく、気が遠くなる。

「何かお探しですか?」

 あまりに挙動不審過ぎたか、暗めの茶色ショートボブに緑色のインナーカラーを入れ、丸眼鏡をかけた如何にも魔法が出来ます感溢れる従業員に話しかけられた。

「あー……えっとだな、この辺りの事を抽象的に書いてくれてる本ってあるか?」

 正直俺も何を読んだらいいのか分かっていない。それに多くを語ると無知が出てしまい、この世界に存在しない概念を言いかねないので、かなり大雑把な事を言ったが……

「この辺りでしょうか」

 ふわふわと上昇しつつ、数分かけてNo.13275の本棚の、裏面、右から12列目、上から43段目付近を指で大きく囲むように案内してくれる。

「もしお探しの本がなければ、このような制服を着ている方なら、本の位置や収納、貸出まで何でも行いますので、気軽に話しかけてくださいね」

「ああ、助かった」

 流石は従業員なだけあって、的確に書物の位置を教えてくれた。言い慣れてる感じがしたし、こういう見るからに魔法が使えそうにない人も来るって事なんだろうな。

 とりあえず本の場所は覚えたので、数冊持って勉強スペースに行くか。

 ルミーナと再会した頃には、勉強スペースにある噴水の上に覗く空の色がオレンジ色っぽくなっていた。

「勉強できたみたいでよかったわね」

「また来たいとは思わねえけどな」

 今まで本との相性は悪いと思って避けていたが、いざ読み始めるといつの間にか夕方になるほど没入していた。でも集中が切れてふと我に返ると、この量とこの厚さの本たちを再び読もうとは思えない。やっぱ人から話を聞いたり、実際にこの目で見たり肌で感じた方が楽だ。今回は周りの勤勉な雰囲気も相まって偶々気が乗ったのかもしれない。

 抽象的な本を求めたこともあり、読んだ本にはこの世界についてを本当に抽象的に解説している内容ばかりで……何とか読み取って理解したのはたった二つの情報だけだ。でも、その情報はかなりデカい。

 その内一つは、異世界にはその惑星の事を指す地球というような名称や、そもそもの概念がないらしい。ルミーナ達との会話の噛み合わなさから薄々感付いてはいたが……これに伴って推測するに、転移現象が起きている地球は別の惑星だと言っても通用しない可能性がほぼ確実になってしまった。そのような話は聞かないが、もしこのような現象が一部地域で既に確認されて問題視されているとすれば、異世界人からすればこの世界内の別の国や地域に飛ばされたという認識になっていてもおかしくない。それだと自衛として魔法を乱発している状況とも辻褄があるからな。時が来て異世界人に転移現象について解説する際は、極端に理解力に長けたうちのチームメイトに話した時以上に言葉を選ぶ必要がある。

 そしてもう一つは、この世界は日本でよく見る世界地図のような存在はなく、周辺の土地が載っている四角い地図しか存在しないらしい。地図に載ってないその奥は、反対側に繋がっているわけでもなく、その先にも別の国が存在し、その国で地図を買えば更に奥が判明するだけで、ずっと右に行き続ければ何れ同じ町に戻ってくるという確証がなく、逆に永遠と新天地が広がっているという確証も無い。魔法文化やこれのせいもあって、転移現象は同じ惑星内で飛ばされていると認識される可能性もあるが……一応ずっと右に向かった人は過去に居たらしい。だが帰らぬ人となったらしいので、多分暗黙の了解、禁忌的な認識が勝手に根付いたんだろう。

 いつかやらなければならないことだが、それに対する事前知識がついたことでより億劫になってきた……が、一先ず今日は家に帰る。≪エル・ダブル・ユニバース≫を私利私欲で使ってんだし、その時が来たら≪エル・ズァギラス≫を乱用してこの図書館を掌握してやる。

 ルミーナは本を数冊借りてきたらしく、図書館前で≪スレンジ≫に収納していると……

「あれっ、何でこんなとこに居るんだ?」

 図書館の前に王族のシークが止まっているので近寄ってみたら、カーラントが書類片手に女性二人を乗車させているところだった。

「あれ、奇遇やわ~」

「そうだな……って、さっき会いませんでした?」

 先に乗車した高身長で薄い緑色のショートヘアの女性は、ギルド特有の緑色の服装だなってぐらいしか心当たりないが、後から乗った女性はよく覚えてる。図書館の制服から探検家のような格好に様変わりしているので、一瞬気付くのに遅れたが。

「会ったでー。お求めの本はあった?」

「あ、ああ、とても勉強になった」

 異世界にも方言があることは知っていたが……関西弁みたいなのも、あるんだな……動揺しすぎて言葉に詰まってしまった。

 俺と普段は方言で喋る図書館の女性が知人っぽかったからか、

「ここから南南西にある遺跡の最深部で新たに古代の書物が発見されたので、考古学者のアルネス・アルランさんと、ギルド長のスターリィー・ファレストさんと、ミミアント商会のラフィーナ・ミミアントさんを交えて、これから会議を行い、現地に赴く予定です」

 カーラントが二人の人物説明をしてくれる。ラフィーナはこれから合流するところだろうが、商売関係なく噂話が好きでこの場に同席できるのは大したもんだ。

 王族の側近であるカーラントが俺とルミーナに内密のはずの情報を共有したからか、二人から一目置かれたような気がしつつ、

「アルネスさんって考古学者でもあるのか」

 それでその格好ってことか。よく洞窟にも潜るからか、あり得ないぐらい全身が細く、胸元の虚しさやウエストの細さは過去一かもしれない。

「アルネスでええで~。ちなみに、図書館の館長でもあるんやで」

「このお方以上に古代魔法を知る人はいません」

「魔力保有容量が少なすぎてほぼ使えへんけどなー……」

 三人は控えめに笑っているが、俺とルミーナは笑っていいのか分からんジョークで気まずい中……

「萩耶って出会いの運は凄いわね」

「良くも悪くもな」

 この前柳瀬とかいうWB社のバケモンと遭遇したから今回はいい方に作用しただけだろう。運命の帳尻合わせだ。

 アルネスと真逆でかなり大きな胸を誇るスターリィーは、襟にギルド界で最も位が高い徽章が付いているので、多分ギルド長ってパブルス内のギルド長ではなく、ギルド全体の長なんだろうが……胸が大きい人には制服の通気性が悪いのか、胸の中心部の生地に割と大きな丸い穴が開いている。何回かギルドに行ったことがあるが、こんな制服は初めて見たので自作だろう。だがそれでもよく蒸れるのか、カーラントとアルネスが見ていない隙に自分で谷間を広げる奇行を犯しているが、あれが本当に全ギルドの長なのか甚だ疑問だな。戦闘能力が高いようには思えん。

「スターリィーさんもあれやなぁ。ギルド長になってギルドから出ることが減ったさかい、戦闘回数や運動回数も減って、昔はくっきり見えとった腹筋がもう見えへんぐらい普通のくびれた体型に戻ってもうて」

 その言い草からするとアルネスも館長になってからは探検に出る機会が減り、寧ろやせ細っているようにも捉えられるが……

「マッサージとかの痛みは嫌いなんですけど、筋肉痛とかストレッチの痛みは好きなので、やろうと思う意思はあるんですけどね……いかんせん、暇が無くて……」

 おい、また触れづらいジョーク言って三人で笑ってるって……この三人は仲良しさんなんだろうな。

「それじゃ頑張ってな」

「色々落ち着いたら私にも見せてほしいわ」

 流石にこの地獄みたいな会話が時々繰り広げられるとたまったもんじゃないので、俺とルミーナは早歩きでその場を離れようとするが……

「おっ、しゅーやが居るではないか」

 この会議には王族も参加するのか、カエラとヴィオネが丁度ここに到着したところだった。

「さっきアトラには伝えたがの、今度戦乱の戦乙女と薔薇の三銃士で模擬戦をやるのじゃが、指導役として見に来てくれないかの?」

 まさかこの案件に俺達も同行しろとでもいうのかと思ったらそうではなく、寧ろ興味湧くような内容だったので、

「面白そうね」

「いつでもいいぞ」

 丁度今異世界にやってきているし、次戻ってくる時まで待つとなるといつになるか分かったもんじゃない。それに、デリザリン王国と戦争中の今、たった六人でカエラを守る側近の戦闘能力を完璧に把握でき、強化できる機会があるなら今後のためにも助太刀したい。

 ……そんなわけで、書物の件が終わった約一週間後の昼下がり、俺達四人はパブルス城に訪れていた。

 模擬戦とはいえ、2チームの全力を知りたいというカエラの意思もあり、現在城の中は俺達の家にもかけられている障壁魔法が成されており、内部の物や外部の物が一切壊れない。それもカエラの概念魔法とルミーナの助力で生成されているから――俺のようなあり得ない力が出るわけじゃないのに――家よりこっちの障壁の方が絶対に固い。もはや城の防犯として常用も加味した方が良いレベルだ。

 戦乱の戦乙女と薔薇の三銃士はそれぞれ完全武装状態で庭の両端に陣取っていて、カエラの開始合図待ちだ。

「私がいるからお互い手加減なしでいいわよ」

 ルミーナが大きな声でそういうのは、周りの物が壊れないからという意味ではなく、どんな状態でも回復できるからという意味だ。

「今まで全員失敗することはあっても、負傷することはなくての。これを機に痛みも覚えてほしいから、死に際まで放っておいて欲しいのじゃ」

「ふーん。わかったわ」

 狂人っぽいやり取りにも聞こえるが、実際割と良いこと言っている。単純に鍛錬を積んでいるだけで、いくら魔物に溢れる世界といえど実際に冒険者の経験をしていなかったら、人間死ぬときは死ぬの精神が根付かないからな。特に薔薇の三銃士なんか、魔王戦の時に自我を失いかけていたので、一度死に際を経験して常に冷静な判断を取れるようになってほしい。実戦で思い知るとトラウマに繋がりやすいから、その精神を今回芽生えさせるのはいい手だろう。

 耳打ちし終えたカエラは戦乱の戦乙女と薔薇の三銃士を交互に見て、

「――開始じゃ!」

 右腕を大きく上にあげ、自分に攻撃が当たってもいいように魔障壁を展開し始めた。

 それと同時に、素早く行動を起こしたのは戦乱の戦乙女だ。

「早いわね」

「しっかりと連携も取れてるな」

 行動を開始したスピードが薔薇の三銃士よりも早かっただけではなく、三対三だからそれぞれが一人相手取る形になるが、三人の布陣は崩れることなくしっかりとお互いをカバーできる絶妙な位置関係を維持している。一見距離感やカバー時の隙が危なっかしくも思えるが、戦乱の戦乙女は従姉妹の三人組。その辺りは無意識で可能にしているようで、目の前の敵から意識が逸れる気配がしない。

「ほぼ全員同じ戦闘能力とはいえ、服装とか布陣から剣が主体と、魔法が主体と、どちらでも対応可で分かれているんだな」

「私達と違ってなんか新鮮ね」

 薔薇の三銃士の武器は全員同じ戦乱の戦乙女と違ってレイピア、斧、槍。装備の露出度的にも前衛のヴィオネがミザエリー、中衛のカーラントがマリウォント、後衛のベリーヌがエイラを相手取っている。俺達の場合、異世界人お断りの地球で活動することがメインだから、かなりの距離を保ってほぼ他陣営の立ち位置で交戦しているから、確かにこのような戦闘は新鮮だ。

 戦乱の戦乙女はしっかり連携が取れていて、攻撃的でありながらも防御面を疎かにしない抜かりなさで、俺でも盗める技術がちらほらと見つかるレベルだ。後は基礎的な技術やロジックを磨き続ければどこまでも成長する――言わば、非の打ち所がない鍛錬あるのみ状態といえる。仲間を超絶信頼していて、作戦変更が無い限り自分の敵以外に気が散ることがないのも有利な点だ。対して薔薇の三銃士は戦乱の戦乙女のように三人の戦闘能力が掛け算になっているわけでもなく、単純な足し算ともいえず……

「なっ、何がしたいんだ? 薔薇の三銃士は……」

「意地汚いわね」

 敢えて言わなかったのに、ルミーナがきっぱり言い放ったように、薔薇の三銃士は連携を取る気配があまり見えず、それぞれがやりたいことをやっている印象が強い。普段の様子から鍛錬をサボっている訳でもなさそうだし、不仲って訳でもなさそうなんだが、それぞれの個が強いからそれが戦闘面にも出ているんだろうか。とにかく防御が主体で時々行う攻撃は、わかりやすい例えで言えば膝かっくん、椅子引きとか、そういう相手の意表を突くような意地汚い攻撃ばかりだ。パブルス帝国の側近としての立場や、戦闘を生業とする冒険者への冒涜ともいえるような、プライドを完全にドブに捨てたこすい攻撃ばかりを仕掛けている。

「でもそれが逆に刺さっているからな……」

「我も何とも言えないのじゃ」

 見た目は最悪だが、強いことには変わりなく……現状互角に近い状態ではある。王道に邪道で対抗できているこの現状がある以上、カエラが指摘できないのも何となくわかる。俺からしても欠点ばかり見つかるが、対抗できているから何も言えん。あの三人の性格上、もっと強くなれるとしてもこのままの方がよかったりしそうだ。それに、プライドなんかない生死を賭けた戦闘に於いて、常識が通用しない奇を衒う戦術はとても有効的だからな。相手に理解されれば単純な戦力差で押されるとはいえ、それまでに相手を片付けることができる能力は有している。

 戦乱の戦乙女と薔薇の三銃士を傍から見た印象――光と闇がそのまま再現されているこの模擬戦は、次第に魔法の使用も激しくなり、詠唱文や魔法陣、異音が連なり地球人には理解できない攻撃が繰り広げられて激化していくが、まだ戦力差が出ない。薔薇の三銃士の負傷の方が多く見えるが、ああいう人たちって負傷すればするほど強くなるケースもあるからな。

「案外良い組み合わせね。真面目なことする人と、変なことする人がいるから、どんな相手が来ても対応できそうよ」

「あとはどれだけ磨き上げるかって感じだよな」

 激しくぶつかり合った魔法の残骸や衝撃波がこっちにも飛んでくるわけで、それらを捌きつつ二陣営の戦闘を分析する。

「前に薄着だと魔力吸収効率が上がると言ってたよな。あれのこと詳しく教えてくれないか?」

 当時は魔法技術に興味は持っていても、魔法技術を補助する役割にはまだ触れられる余裕がなく、聞き流していた。異世界人同士の魔法試合をまじまじと見る機会が来た今、滅茶苦茶気になった。

「重い装備は防御力が高く、軽い装備は防御力が低い。機動力を上げたり負荷を下げる魔法は難しくて、防御力を上げたり回復する魔法は簡単。生地が多く厚い方は値段が高く、少なく薄い方は安い。因みに魔力は素肌から吸収されるわ。これを聞いて、萩耶ならどうする?」

「なるほどな……」

 簡単な魔法なら一応誰でも使える世界で、自分の技量に応じて給料を得るような環境だとすれば、こうも薄着・露出文化が根付くか。デリザリン王国の騎士とかになれば、見た目で威圧感を出し、金銭的に裕福だとアピールする必要があるから、甲冑を身に纏っていたあの姿とも話が合う。

「筋力に自信があったり、魔法が使えなかったり、駆け出しで鍛錬中の人は装備を固めるけれど、基本的に露出が多いわね」

「男性は肌の露出が多いと筋肉量で分かるから、人によってはあまりいい印象を持たれないがの。その分魔法が強ければよいのじゃが」

 俺達みたいに雑談しながらでも模擬戦を見れる程戦闘を極めていないカエラは、様々な色が迸る上空に眉を顰めながら低めのトーンでゆっくり補足してくれる。それで気になってアトラの方を見たら、目をぱちくりさせて完全に思考停止していた。まあ、一般人からしたら花火大会みたいなもんだろうしな、この空模様。

「逆に魔法のみを生業とする方は、魔法以外での防御能力を持ち合わせていないため、基本的にローブやドレス、ワンピースといった長くて厚い恰好をしています」

 マリアにそう言われて思い返してみると、パブルスにもいた≪リフレッシュ≫などをしてくれるお店の人は、日本のイメージみたいにスリットが入った漆黒のドレスにとんがり帽子を被っていたな。

「でも全裸は居ないんだな」

「それは弱いわよ」

「守れるものがないの」

 最強だと思ったんだが、全裸は全裸で弱いのか……奥が深いな、異世界の戦闘服は。多分装飾品で魔法的付与効果を得られるように、ほんのわずかな服装でも着ていれば何か恩恵が得られるんだろう。

「薔薇の三銃士が劣勢になってきたわね」

 しょうもない思考を止めて戦場に意識を戻すと、薔薇の三銃士が一旦距離を置いて態勢を整えるところだった。フレームアーマーでは見たことが無いが、戦隊ものの変身シーンのように、今は絶好のチャンスなんだが……戦乱の戦乙女も同じく攻めずに切っ先を向けるだけだ。

 お互いに呼吸は激しく荒れ、武器を持つ姿に凛々しさを失いつつあるが、見るからに劣勢なのは薔薇の三銃士。戦乱の戦乙女は治癒魔法も併用したのか、単純にあまり攻撃を受けなかったのか、傷跡や出血は少なく、疲弊してはいるがまだまだ戦える。対して薔薇の三銃士は傷跡や出血が酷く、震える足で辛うじて立っている印象がある。アドレナリンが切れれば今すぐにでも武器を構える腕を下ろしそうだ。そのレベルで満身創痍。

 人ってもんは、成功体験があればあるほど緊張に強く、勇気がある。でも失敗体験があればあるほどすこぶる緊張するし、勇気が出ない。失敗から学べることもあるが、それはあくまで個人的なことで、こういった実戦の場では通用しない。相手から冷たい目を向けられると誤解して恐怖し、鬱になる。悲しいことに、カエラの側近はイカロスの手によって長年横暴を受け、最近では魔王騒動などと、大きくて沢山の失敗経験を積んでいる。だから些細なことでもいいから成功体験を沢山積んでおくべきで、今回の模擬戦にもそういう意図が含まれているんだろうが……その読み通りか、薔薇の三銃士は怯えているな。

 薔薇の三銃士は個性が強い。なら多少の損はお構いなしで自分勝手な行動を起こすはずだ。実際、そうしていた方が強い。名誉やスポーツマンシップなんか気にせずあくどく隙を突くような攻撃を仕掛け続けている以上、連携して立ち回る方がそれぞれしたいことがかみ合わなくて失敗するだろう。それなのに立ち回り方がそれぞれしたいことをしてはいるものの、防御に重きを置いている。得意とする分野と、今取っている行動とが矛盾している。

 その分戦乱の戦乙女はしっかりしている。過去にトラウマがあろうと、今の自分たちが出せる最大を出し切っている。それを実戦で超えようとする精神や努力は浅い経験の内に身につくものじゃないので、現状で見ると誰が判断しても合格だろう。

 となると例え立ち回り方次第で互角に近い戦いができていたとしても、薔薇の三銃士の戦力が徐々に低下していくのは火を見るよりも明らかで、こういったところに帝国騎士団としての第一、第二部隊の差が出てくるんだろうなと邪推してしまう。

「カエラはそれぞれの改善点が分かったか?」

「分かる訳ないのじゃ。そもそも何も見えないのじゃ」

 アトラも「凄いですね!」とらしくない淡泊な感想を呟くもんで、乾いた笑いを漏らすことしか出来ず……

「まあ……カエラには魔法があるからいいんじゃない?」

「それもそうか」

 その魔法が人知を越してた概念を操る魔法だしな。というか王族ならこんぐらい戦闘に無知な方が人を見かけで判断しなくていいだろう。

「今回の模擬戦は終了だな」

 カエラはタイミングが分からずどちらかがぶっ倒れるまで続けると思うんで、変わって俺が二陣営の間に入って終了の合図を出した。もう結果は見えてるし、双方の改善点は判明した。これ以上やっても意味が無い。多分、当人らも自覚しているだろう。

 魔力が底を尽きかけているからか、自分たちの治癒魔法では傷口に変化がないみたいなので、ルミーナとマリアが全員に回復魔法≪ラリヒリル≫の上位互換・≪ラリスベル≫をかけて回り……

「……?」

 カエラは嘘で見えていなかったとほざいたわけではなく、本当に見えてなかったみたいで……しょうがないので、一応指導役として招かれた俺から言わせていただくか。

「薔薇の三銃士はせっかくの戦闘能力を過去のトラウマのせいで上手く発揮できていない。具体的に言うと、戦闘しているというのに負傷するリスクなんかを思慮して、それで生まれた精神的恐怖や不安が行動を無意識に制限しているんだ。確かに事後を考えると気が引けるかもしれんが、そこで本気を出さない方がより酷い結末を導くんだぞ。目の前の敵のことだけに意識を集中させるべきだ」

 ルミーナに剣や銃の指導をしている時に、教えるのが下手だと十分理解した。今回はちゃんと≪エル・ズァギラス≫を使用して、上手くまとまった発言を可能にする。

 人はゾーンに入ると自分で限界だと思い込んでいた段階なんか簡単に超えられる。過去の失敗体験で実力を過小評価している薔薇の三銃士は、意識改革を起こすだけで強くなれる。だからまずは考えなしに攻撃ばかり仕掛ければいい。その錯覚状態から脱した時、攻撃ばかり仕掛ければいいという訳でもないことに感付き、更なる高みに目指せるはずだ。

「ちゃんと集中できていたら、解放されたときにようやく痛覚とかに意識が向くはずよ。精神が集中状態になったら、神経の危険信号に気づけないのよ」

 ルミーナは攻撃一辺倒になったり、このアドバイスの真意が迷宮入りしないように、更なる高みの部分のヒントを残してあげる。

「実際全力を出し切れていたら、戦乱の戦乙女と同等以上の戦闘能力を誇っていたはずだ。ゆっくりでいいし、無暗に連携を取ろうとしなくていいから、まずは自分がやりたいことをやって、着実に勝利の美味を知っていけ」

 ミザエリーは無口で、マリウォントは人見知りだから、エイラからしか返事は返って来なかったが、もし話を聞いてなくても模擬戦を通して痛感した事だろう。俺はそれを代弁することによって、客観的にもそう映っていたと知らしめる役みたいなもんだからな。

「戦乱の戦乙女は……そうだな、強いて言うならもっと実戦経験を積むべきだ。戦術のパターンがあるのはいいが、それだと未知の敵に遭遇した時の対処手段や、敵にパターンを把握された時の立ち回りを失う。今回の場合、奇を衒う薔薇の三銃士の攻撃に乱されまくっていた。もう少し柔軟性があった方がいい。後はもう鍛錬あるのみだ。引き出せる最大値を上げろ」

 実際こうしたらこうする的な型があったから奇をてらう攻撃を仕掛ける薔薇の三銃士の行動を予測できず、攻撃を貰う節があった。多分三人の知識の中で結論付けられているからこういう行動指針ができているので、単純に経験を積めば改善するはずだ。

 薔薇の三銃士と違って、三人から威勢のいい返事が来る。ほぼ褒めているようなもんだが、その真剣な表情から更なる向上心が伝わってきて指導員としてはいい気分だな。

「私からは魔法面を言わせてもらうわ。戦乱の戦乙女は、対策されないように簡単な魔法ぐらい無詠唱で使えるようになっておくべきよ。簡単な魔法ぐらい誰でも知ってるんだから、相手からしたら何しようか丸分かりよ。薔薇の三銃士は寧ろ魔法をもっと使うべきね。適性あるんだし、使えるものは使わないと損するわよ」

 魔法に関して知識がないので何も触れなかったが、そう言えば戦乱の戦乙女が交戦しながら自分たちの行動した軌道で魔法陣を形成し、炎の大爆発を起こしていたのは度肝を抜かされたな。

「正直ポテンシャルはどっちにもある。たまには混合戦とかやってみると、新たな発見があって良いと思うぞ」

 カエラをたった六人で護衛している以上、実際に戦線に立つことや、戦術が漏れるような他の誰かと模擬戦をする行為は行わないはずだ。でもお互いがお互いの立ち回りを予測できてなかった辺り、合同練習はしていても模擬戦などの経験はないように見受けた。今回は良い試金石になったが、将来を見据えたマンネリ化対策の為にもしっかり伝えておく。

 腕組んでうんうんと頷いていたカエラは、話が終わったのを見計らい……

「それじゃあ次は、言葉の鍛錬と行こうかの」

 まだこれで終わりじゃなかったみたいだ。でも確かに言葉も武器になるので、鍛錬しといて損はない。

「それならアトラの出番ね」

「はい! 任せてください!」

 それなら俺も鍛錬させていただく身になりたいところだが、側近たちがあまりいい表情とは言えない。対してカエラは何故か企み顔だ。一体……何をやろうってんだ?

 模擬戦の後、散々な目に遭った。言葉の鍛錬とかいうから、お互いの事を罵倒し合ってイライラを抑えたり、適当に考えた題材をみんなで討論するのかと思っていたが……カエラがやろうとしてたことは、そんな甘ったるい鍛錬じゃなかった。

 指導役を招いての鍛錬と言うぐらいなので、やることもそれなりに今だからこそできる内容で……何故か俺を対象に言葉で誘惑する鍛錬をすることになった。俺が対象になってしまったのは、言葉の耐性を付けるべきなのが俺だという正当な判断なんだが、側近はこんな鍛錬積んでいつ発揮するんだろうな? そりゃあんな表情にもなる。

 結局のところ何がしたいのか分からないまま、側近たちから順番に誘惑されたが……疑問に思い続けている人が誘惑される訳がなく、側近が全員降参する形で鍛錬は終了となった。

 これまたどういうことか分からんが、アトラがお手本を見せた時、最中は何も感じなかったのに、終わった瞬間ルミーナからどうしても≪リフレッシュ≫をかけてもらいたくなる程体が不潔に感じた。これが言葉で人を殺すこともできるアトラの会話力ってことだろう。マジで怖い。

 なんやかんやで今回は側近の成長待ちという、異世界でまた暇が訪れたんで、数週間しか滞在しないうちに地球に戻り……

「あっついなぁここは」

 七月上旬、異世界は同じ気温だから忘れていたが、灼熱の地球・日本の人工島の自宅に帰ってきた。

 エアコンと扇風機があるが、そこまで不在期間があった訳じゃないのでお金に余裕ができた訳じゃない。部屋中の窓を開けてこの暑さを凌ぐしかない最悪な状態に陥った。

「こんなことなら異世界に避難しておくべきだったわね」

 外が無風なので、微弱の風魔法で部屋の空気を循環させるルミーナと俺が着ているのは肌着のみ。こんな猛暑の中メイド服を着て汗一滴も出さないマリアは人間じゃねえ。……あ、魔族か。とにかく意味わからん。

 西日のせいで午後からどんどん部屋の気温は上がり、40度を超すのは時間の問題だ。太陽の日差しを日中ずっと攻撃させる方向に窓が付くこの部屋に住んでいるのは不運だな。

 この家は冷暖房を制限している都合上、冬はマイナス、夏は50を超すこともあった。そんな部屋で暮らしてりゃ自然と暑さにも寒さにも耐性が付いていたんだが、今となっては気温の変わらない異世界に行ったり、魔法で気温を調整できてしまう環境になったせいで、気温耐性はもう誇れるもんじゃなくなったな。平気で40度突破しやがる八月はエアコンが出動するかもしれない。

「洗濯バサミが全て壊れました」

「は?」

 ベランダで服を干そうとしていたマリアから壊れた洗濯ばさみを全て受け取り……

「紫外線でやられたんだろうな。これだから安物は……」

 少し値が張るものを買って壊れたから安物にしたんだが、これだけ一斉に壊れると幸先が不安過ぎる。

「湿度を上げられるし部屋干しにしておくか」

 そんなことを言っていると……

「ん?」

 いきなり視界が真っ暗になったぞ。……まあ、原因は分かっているんだが。

「お前……少しは気を付けてくれ」

「ごめーん、思ってた以上に壁が熱くてさ」

 壁を蹴って勢いよくベランダに入ってきた楓が俺の顔面に衝突し、前後逆の肩車状態になってしまった。

 態々暑い部屋に訪れてきた楓を部屋に下ろすと……楓も楓で、夏らしい服装になっている。下がらないように肩に紐が結ばれたチューブトップの中央は分裂していて、リボン結びで再連結されている。そんな実質水着みたいな胸元からは『ハ』の字型に生地が両開きになっていて、下半身はフレアパンティという中々に涼しそうな格好だ。

「そういえば夏だから網戸をフレームアーマーと同じ強い繊維の奴にしておこうと思う」

「助かる!」

 夏は基本的に窓が空きっぱなしなので、衝撃吸収する物がなく、どっかの誰かさんが家の中にヘッドスライディングする羽目になるから、今回もまた勿論楓の金で新調することにする。

「今度耐久度チェックしないとね」

「おめーが当たらないように成長するんだよ」

 あまり動き回りたくないのでキッチンにあるゴミ箱に洗濯ばさみを綺麗に投げ入れ、スマホで結乃(ゆうの)にチャットを送信しておく。

「るみるみとまりまりは髪が長いんだし、こういう時期はポニテにした方がいいよ。首回りが蒸れなくていいから」

 楓が口にゴムを咥えて実演し、ルミーナとマリアがそれを真似る中、鍵をかけていたはずの玄関が勝手に開いたんだが?

「わー、暑いねー」

 勝手に合鍵作られたのか、このアパートは鍵が一緒というセキュリティの甘さかは知らんが、部屋が暑すぎてそのうち自宅に帰るだろう。本来なら立ち入り禁止だが、今回は黙認する。というか、暑くて怒る気力が湧かん。

「ふぎゃあ!」

 ポニテ三人と男一人にじーっと見られる石塚は、キッチン横を通過してこの部屋のメイン部分に侵入しかけた時、空薬莢を踏んでバックドロップを食らったかのようにすっころびやがった。

「やっべ」

 つい口に出してしまったが、何であんなところに空薬莢が転がってんだ? 俺だけが住んでいるならまだしも、お掃除担当のマリアがいながらあんなものが転がっているなんて思えない。念話で二人に確認を取るも、二人とも分からないと返してくる。

「なにこれ、ロケット鉛筆の一つ?」

 退治で銃弾ぐらい一通り学んだはずなのに、バカなコイツは記憶が抜け落ちているようで、とんでもない勘違いをしてやがる。

「しゅうやん、今だよ」

「あーそれか、そこにあったのか。なんだよチクショウ。足りなかったら回らねえから捨てたんだよなー」

 まっじで助かったぞ、楓! その耳打ちがなかったら言い訳なんか思いつきもしなかった。

「あ! 花火の匂いがする!」

「そ、そうなんだよ。これ、演出付きのロケット鉛筆でな。あーあ、こんなことなら取っておけばよかったぜ」

 ありもしない設定でも石塚相手ならまかり通るもんで……これ以上疑問を抱かれると面倒なので、石塚の手から空薬莢をぶんどってゴミ箱に投げ入れた。

「って、おいおいおい!」

 一難去ってまた一難ってまさにこういうことなんだろうな。石塚の奴、人んちに来て真っ先にエアコンのリモコンを手に取り、つけようとし出したぞ。

 確かスマホでも操作できたが、リモコンであれば発信源らしき部分を抑えれば何も作動しなかったはずなので、リモコンの上部を抑えたんだが……

「あれ? 付かないよ?」

 暑さで脳がやられたのか、石塚が手に握っていたのはエアコンのリモコンじゃなく、テレビのリモコンだったみたいで……テレビがついたり消えたりしている。しかも見れやしないBSに切り替えられているので、音が鳴ることもなくテレビが作動していることに気付かない。確かに暑いが、普通間違えるかね?

「ねー、エアコンパワーアップしてー?」

 石塚が言うパワーアップとは設定温度を下げることなんだろうが、エアコンがうんともすんとも言わないからか、つけるのは諦めてくれた。その代わりと言ってはなんだが、ポケットからアイスを取り出し始めたが。

「家でやれること態々俺んち来てやんなよ……」

 愚痴を漏らしつつ、開けたアイスがかなり溶けていて腕に垂れてくるので、それを舐めようとして傾いたアイスが地面に落下する残念な石塚を観察する。ていうか今一瞬地面に落ちたアイス舐めようとしてたよな? それは流石に自宅だけにしてくれ。

 マリアの仕事を一つ増やしやがった石塚は、ソファーに座って二つ目のアイスを取り出したが、次は蓋が硬すぎて全然空かず、思いっきり開けたら中身を吹っ飛ばしやがった。

「何してんの?」

 これにはルミーナもツッコむが、

「ぐぬぬ……」

「アイスまだあるんだ……」

 吹っ飛んだアイスの一部と衝突した楓は、ティッシュで拭きとりつつ石塚の奇行を見届ける。

 最後は棒付きのアイスみたいで、勿論棒だけ抜けてアイスが取れなかったので、再度指し直して舐めようとしたが……

「あああああああああああ!」

 コイツはとことん残念な奴で、舌がアイスに触れた瞬間机に落ちたぞ。暑いところにアイス持って来るんなら、ポケットなんかに入れとかないでさっさと食っとけよな。

 〔本当に何がしたいの?〕

 〔知るかよ〕

 別に話題がある訳でもなさそうなのに、ただ人んちにアイス食べに来ただけの変人・石塚は、エアコンより付けやすい扇風機を使い、シャツを首辺りまで上げて胸と腹を扇風機にくっつけているが……あんな密着したら寧ろ風来ないんじゃないか? やったことないから知らんけど。

 石塚が来てから室温が三度も上がったらしく、マリアが温湿度計とにらめっこする中、石塚は人んちの冷蔵庫を勝手に漁り、ペットボトルをほっぺや首に当てて涼みだした。

「この時間何?」

「俺にも分からん」

 俺達がいないものとされているようなこの時間、本当になんなんだろうな? 俺も楓みたいにソファの背もたれ部分に両足をかけ、逆向きにでろんとしようかな。髪の毛が逆立つように地面に触れ、捲れて臍を晒しているが、軽く目を瞑って情報をシャットアウト。人んちで見せる体勢かは置いておき、かなりリラックスしていることは見て取れる。

 よくよく見ると、石塚のTシャツには『KANARI DEKAI!』なんて書かれた上に『HAZU!』とプリントされているんだが、どこに売ってんだよそんな頭悪そうな服。外国人が漢字カッコイイ! って衝動買いして、その意味を調べたら卑劣すぎて萎えるパターンと一緒だろあれ。

「おい貧乳、用がないなら帰れ」

 こう言ってしまうと楓も対象になってしまうが、そんなこと気にする奴はいない。

「やや君が貧乳って言った!」

 扇風機とペットボトルで涼を取る石塚は、腕組んで仁王立ちする俺に視線を向け、

「やった! やや君がようやく胸に興味を持ってくれたよ!」

 なんか意味わからんことをほざき始めた。ポジティブな奴め。

「そんなこと言う暇あったらさっさと立ち去れ。用件ないんだろ? どうせ」

 ルミーナとマリア、楓も囲うように位置取り、四人で体操座りをする石塚を見下ろす。というか、見下す。

「いや、その、えっと……話は、あるんだけど……」

 すると今までの威勢を急に失い、何かに怯えているような奇妙な態度になった。流石に楓みたく演技が上手い奴じゃないので、俺達四人は顔を見合わせてしまう。

「一応話は聞くが、終わったらすぐに帰れ」

 どうせまた俺絡みの勘違いから始まったしょうもないことだろう。そう思って石塚の話を待つが……口では喋らず、スマホを渡してきた。

「脅迫……かな?」

「だろうな」

 メールの文章を読むに、英語を直訳したような文章過ぎてよくわからなかったが、こういう奴の対応になれているはずの楓が脅迫と見做したんなら、それ以外の何でもないだろう。

「お前なぁ、こんなんで怯えてどうすんだよ」

「こんなの気にしてたらキリがないよ?」

 退治で活動している際、島民は理解があっても、諸事情で人工島にやってきている人は大抵理解がない。早く転移者を倒せだの、この時間を返せだの、シェルターに避難する意味を言えだの、皆の命を守っているのに非難されることがなくはない。だから授業の中でもストレス耐性を身につける内容は割と高頻度であるんだが……こんなのに怯える人間が対異世界人関連の仕事に就けるかっていう話だ。だからこそのDランクという振り分けなんだろうが。

 〔楓に念話できるようにしてくれないか?〕

 石塚が聞こえる状態で話したくない時は、ルミーナに魔法を頼むしかない。便利だなホント。

 〔確かこのメールアドレスって、HM社関連の奴じゃなかったか?〕

 〔わっ、これ凄い! 特定の数字羅列があったら、悪徳会社の偽造に近いんだよね〕

 俺は過去にHM社から送られてきたメールのアドレスとの関連性を、楓は学校で習った異世界人を取り巻く悪徳会社の情報を共有する。

 〔日本語もぐちゃぐちゃだし、気にしなくていいんじゃないの?〕

 〔そうなんだけど、あーちゃん返事しちゃってるんだよねー……〕

 そこが問題だ。俺はこういう電子機器に疎いので、事故らないようには意識しているから覚えているんだが……こういうメールは誰に送られるかなんか気にせず一斉送信している。それも、気になる意味不明さを持ち合わせた内容で。そしてこのメールを疑問に思って返信してくれれば、その人の送信した時の位置情報やメールアドレスを含む情報を不法入手できる。それがどのように悪用されているかまでは知らないが、前例がない以上誰にも分からないのも事実だ。

 〔実際問題、こんな落ちぶれ学生を狙うような落ちぶれ会社はないだろ。気にするだけムダだ〕

 〔まあ、そうなるよね〕

 これはあくまで個人の予想だが、異世界人関連の闇組織への勧誘系で利用されているんだと思う。それだと闇組織が根絶えず、このメールの危険性が広まらないのも納得できるからな。

「やや君が守ってくれると……嬉しいけど……どう?」

 石塚は体操座りを崩し、潤んだ瞳で見上げてくるが……

「それは無理だな。これをかこつけて一緒に居ようとしても無駄だぞ」

 もし危険性があっても石塚を助ける義理はない。その日が暇でも付き合ってやらんぐらいだ。俺とお前は、その程度の関係性だ。

「外に男性の下着とか干しておけば、男が一緒に居るように見えて防犯になると思うよ?」

 一応友達の体の楓はそれなりのアドバイスをしてやると、石塚は急に自分のパンツを脱ぎ始め、

「なら私のもあげるよ。これで他の人から襲われないね!」

 何をトチ狂ったのか、純粋な意味合いで脱ぎたてパンツを差し出してきた。

「いらねえよ」

 俺の声を借りる楓は手でしっしと追い払い、話が終わったからか俺みたいにぶっきらぼうに自分の家に帰って行った。


 退治には長期休暇がない。こんな暑い中でも登校せざるを得ないが、こういう時期だと二週目を隠して朝からエアコンがある学校に登校できてよかったなとつくづく実感する。

 異世界程ではないが、スタイルが良いからか退治の生徒もかなり露出に対する恥じらいがなく、この時期になるとお腹が丸出しになった丈の短いセーラー服を着る生徒が多い。これは市販されてなく、楓が始めたら流行った文化だったりする。既に動きやすいように極限まで短くされたスカートに加えて、上半身の生地も極限まで短くなるとそれはもう水着と同義。パンチラに加えてブラチラまでしやがるので、新兵含む変態ゴミカス野郎共は鼻血噴出率が上がり、生徒指導行きが手紙テロ女子軍団と同等レベルに跳ね上がりそうだ。全く、あくどい文化を広めたもんだよ。

「なんだこれ」

「しゅうやん珍しく一通だけだねー」

 普通科棟に入ったはいいが、いつもは沢山の手紙がパンパンに詰まっているのに、今日はたったの一枚だけしか入っていなかった。しかも奇妙なことに、上履きと下駄箱の中が新品同様にされている。

「逆に怪しいけどな」

「ねー」

「のっけからしんどすぎ……」

 スマホに疎いのでチャットを殆ど確認しない。それは友達も分かっていて、チャットで話すぐらいなら実際に会って話そうとする。とはいえ態々チャットよりも確認してくれない可能性が高い手紙で伝えたいことを書くとは思えないが……これは書いた人の思う壺かもな。ここまで違和感があると、逆に読むぞ。手紙の内容が気になって仕方ない。

「うっわ、読めねえ。何語だ? これ。日本語で書けよ。俺は日本人だ。照れ隠しか?」

 頭の片隅に石塚の怪文書の件が過ってきたが、にしては急接近してきたな。流石に関連性は無いと思いたい。

「英語の筆記体だよ。アスペクト比がおかしいけど。しかも筆跡でバレないように、フォントを真似した文字で綴ってるね。かなり手が込んでるよ」

「陰湿だな……」

 なんか知らん用語が何個か出た気がするが、丁度こういうファンレター歴が長い人がいてくれて助かった。

「後でるみるみに解読してもらおうよ!」

「そうするか」

 地味に分厚いから間に位置情報を送信したり盗聴できるチップでも挟んでんじゃねえの? 正直こんな手紙携帯したくないが……この際しょうがない。

 二年の教室につき、それぞれ朝の自主練に向う中、俺は一人で教員棟に向う。一応校内に不法侵入があったか聞いておきたいからな。

 聞きに行った結果、いないとのことだった。新谷(あらや)家の人間である校長から直々に聞いたから間違いないだろう。

(まさか石塚の仕業か……?)

 そういえば朝から石塚の気配がしないので、嫌な予感が働きながら一旦教室に戻る。何だかんだで自主練の時間も終わるからな。

「何で泣いてんだ?」

 教室前の廊下でしゃがみ込み、脚を抑える楓を見て笑いをぐっとこらえる。まさかこんな何もないところで転んだ訳がないよな。

「怪我したから、泣いとかないと男っぽいじゃん?」

 俺に振り返った楓は、目を潤わせているくせに震えてすらいない声でいつも通りの調子で喋ってくる。

「今日日退治に足怪我したぐらいで泣く奴いねえだろ」

 そういいつつ窓から晴れ渡った空と退治内の敷地を見渡すと……

「いや、おったわ」

 遅刻してバタバタやってきている一年がすっ転んでウルッと来ている一部始終を見てしまった。

「でしょー?」

「認めたくねえな……」

 結局何だったのか分からない楓はケロッとした表情で足から血を垂らしつつ教室に戻る。

「お二人さんよっす! 見てみろ、珍しくよしPが落ち込んでるぞ」

 ガハガハ笑われて背中を叩かれている禎樹はというと、とても不服そうな表情で……

「だって最終話目前でメインヒロインがフラれたんだよ!? あんなに良い子なのにッ! この気持ちどうすればいいの!? 主人公ヘタレすぎる! 好きで原作からCD、Blu-ray、フィギュア、ストラップ……全部買ってきたのに! 買ってきたのに! こんな展開……許せないよ!」

 あっ、やべー、推しを語る饒舌よしPになってらっしゃる。

「んじゃ新兵後はお前に任せた」

「俺が!?」

 相手するだけ面倒なので俺と楓はそそくさとその場を立ち去る。っていうか、原作読んでるんならそうなる展開分かってたんじゃねえのか? 動いて喋る状態だとまた違う味わいがすんのかな。俺には分からん。

「……コイツもコイツだなッ」

 自分の席に座ろうとしたんだが、先客がいやがる。石塚だ。しかも自主練をサボってんのか、寝てやがる。しかもお菓子の袋を大量に放置したまま。最悪すぎ。

「俺の机だ、どけ」

 残念なことに座った時椅子にスカートが引っかかったらしく、後ろからだと何故か過激なパンツが丸見えになっている。ゴミ箱にあった赤いティッシュは新兵がこのパンツにだけ刺激されて出したんだろうな。アイツもコイツもとことんアホだ。死に晒せ。

「んっ……分かった」

 別に席替えした訳でもないのに意図的に人の席で寝ていやがる石塚が立ち上がると……おい……机に液体が零れてんだけど。きったな。

「そ、それはその……っ!」

 俺の机に零れた液体を認識した石塚は、完全に眠気が吹っ飛んで手があらぶってやがる。

「拭け」

「へ? 何もついてないよ?」

「は?」

 おい、流石にその切り替えしは予想できん。あり得なさすぎて一瞬こっちの頭が真っ白になったぞ。

「良いから拭け! 不潔だぞ気持ちわりぃ」

「や、やだなぁやや君。なんにも付いてないって」

 そっち路線で行くことに決定したんかい。とんだ馬鹿だな。

「なら机を隅から隅まで触ってみろ」

「むー、わかっわーーーっ!?」

 うるさっ。いきなり叫ぶもんで、教室に居る生徒がまた新谷君が石塚さんに振り回されているって認識で無視してたのに、全員石塚の方に振り返ったぞ。

 そんな石塚は、スカートの中からぽたぽたと液体を垂らし始めていて……

「おい……」

 嘘だろ? 嘘だと言ってくれよ。学校で仮眠を取ったら、お漏らしするとか、そんなバカげた話あってたまるか!

 その後、机は潔癖症の禎樹が自分のグッズを常に清潔な状態で保つために携帯していた除菌一式でピカピカにし、石塚はトイレから一時間は出てこなかった。

 三限目は諸事情で自習になったので、愼平とファイブフィンガーフィレットで遊びながら時間を過ごし……昼休み、手がミイラになってしまった愼平と飯を食う。楓は二限辺りから仕事で離脱してるからな。

「どうする? 帰る?」

「はええわ、飯食え」

 机で顔を伏せる禎樹ににやけ顔で話しかける愼平にツッコむ。よしPもよしPで落ち込みすぎだろ。

「しゅうっちが売店でも学食でも飯抜きでもなく弁当持参って珍しいな」

「まあな」

 事実なんだが一息で言い切る辺りが地味にムカつく。

「弁当とは思えんぐらい豪華で出来立てほやほやだな」

「まあな」

 最近は学校前までマリアが届けに来てくれるからな。言うとどうせ会いたがるので言わんが。

「そういうお前も学校でカップ麺食ってるじゃねーか」

「たまにはいいだろ」

 普通学校のコンセント借りてポットで湯沸かすかね? するとしても学生生活が残り少ない三年の時期とかに隠れて楽しむやつだろ。

「学校にコンビニできんかなー」

「学校出たらすぐそこにあんだろ。そんぐらい歩けよ」

「出前もアリだよね」

「学校でピザ食う気か? テロだろ」

 確かにこの時期は暑すぎて校舎から出たくない気持ちは分かる。……とはいうものの、愼平の場合は一秒たりとも生地が少ない女子共の姿を見逃さないためだろうけどな。そこは共感できんが、男の制服も薄くしてくれとは思う。

「飲み物買ってくる」

「おうよ」

 暑い日に節約してると命に関わるケースもある。今回はそういうんじゃなくて、単純に話の方向性がマズい方に行きそうだったから逃げる口実だが。

「なんだこれ」

 ホワイトボードイレーザーが扉の上部に挟まっている。変態こと愼平はずっと俺の目の付くところにいたので、他の奴の仕業だろう。

 変態行為のためじゃなくて友達同士の悪ふざけのために用意されているなら、楽しめるようにそのままにしといてやり……何故か金属部分に静電気とは思えない量のびりっと感があったが、後ろの扉から教室を出た。

 廊下にはエアコンがなく、教室から漏れる冷気と外の熱気で気持ち悪く入り混じった廊下を進む背後で、先生がイレーザー罠に引っかかって愼平が無理もなく冤罪食らってる中、階段を下り、自販機がある場所まで歩くんだが……

(おい、今日は何なんだ?)

 ここは絶対通路なのに、遮るように巨大な壁が設置されている。それも巧妙で、初見だと壁と誤認するレベルの。

(誰が何のためにしてんだよ……)

 お漏らしは関係ないだろうが、こんな不可解な事が連続して起きていると、今朝の手紙と何らかの関連性がありそうで怖いが……壁の向こう側から、すっげえ気持ち悪い笑い声が聞こえてくるので、これも誰かが意図的に設置したものだろう。予想だが、この前は異世界人が来なさすぎて生徒が変態方面に悪化していたが、最近はドッキリ・イタズラ方面に悪化しているっぽいな。

 そうだとしたら流石に赤の他人の身が壊す気にはならないので、迂回するか。

 買うつもりはなかったんだが、自販機を前にすると何となく買いたくなってしまうもんで……100円の缶コーヒーを買った。買ったんだが……間違えてホットを買ってしまったみたいだな。暑すぎる。

(暑い時期に熱い飲み物売るなよ……)

 退治は無法地帯。これも誰かの悪戯やドッキリの一つだと思えばいいが、流石に他人に実害が出始めるのはよろしくないな。あーあ、こういう時に魔法使いがいれば、魔法で瞬時に冷たくできるんだけどな。

 熱い飲み物をポケットなどに入れて携帯したところで、その部分が熱くなって寧ろ温度被害が増えそうなので、熱いコーヒーを蛇口から出る水で冷やしてから飲み……

「おい、流石にこれは違うだろ」

 休み時間も残り短いしエアコンが利いている教室で涼もうかと思ったが、教室の中は灼熱だった。

 エアコンのリモコン画面を見てみると、暖房の最高温度に設定されている。教室全体に影響が出るドッキリって、それはもうテロだろ。

「ちょっと待ってください」

 冷房に切り替えようとしたところ、一人の女性が俺の腕を弾いてハケとセロハンテープで何かし出した。あの感じだと偵察科の人で指紋採取なんだろうが……そんな直ぐ結果でるか?

「犯人は石塚さんですッ!」

 偵察科の中でもランクが高いのか、はたまた石塚が目を付けられている存在だからか、速攻で判決を下した女性は冷房の最低温度に設定し、石塚を探しに教室を飛び出していった。

「まあ女子にもダイエットしたい時があるんだよ」

 少しは立ち直ったらしい禎樹が俺の肩に手を乗せてうんうんと言ってくるが、気温を上げただけでダイエットになるわけねえだろ。それただ体の水分量が減って体重が落ちたと錯覚してるだけだろ。常に何か食ってるあの惨状から改善しやがれ。

「体調を優先しろバカが。涼しくなってからその辺走ってろ」

 探偵科の人は前の扉から出ていき、入れ違いするように後ろの扉から入ってきた石塚にキレ散らかす。暑いからか知らんが、スカートをふぁっさふぁっささせるのも止めろ。見たくもねえもん見せられてんだよこっちは。

「ボクので良かったら飲む?」

「マジか、助かる」

 いつの間にか戻ってきていた楓が明らか冷たそうな飲料水を手に持っていたので少し飲ませていただく。コーヒーの後にはミスマッチだが、体内もホットな状態から脱することができるなら飲むほかない。

「あぁーっ! やや君と楓ちゃんがキスしてるー!」

 びっくりして飲み物を全部吹き出すところだった。

「間接、な。別にいいだろ、一々うっせえなぁ」

 こんなに叫ばれてもいつもの奴か、って誰からも目を向けられない悲しき石塚は、

「キス……したくせに……」

 何コイツ。相変わらず何がしたいのか理解できん。本当に死んでくれないか?

「やや君、半分あげる」

 俺が喉乾いているのをいいように間接キスしたいだけの石塚は、ペットボトルを渡してくるが……やけに濁っている。パッケージはただの天然水なのに。

「おいお前、まずは自分から飲め」

「え? いいよ、もう半分飲んだから」

「楓も自分が飲んだ後に渡してきたぞ」

「むぅ」

 そうでもしないと俺に飲む気がないからか、まずは石塚自身が飲み、ペットボトルを渡してくる。

「今はいい。後で飲むわ」

 生温いし、ペットボトルを傾けてみるとやけにドロッとしている。こんなもん後で便所にリリースだな。

「え何で何で! 今すぐ飲んでよ!」

 飲まないと分かった途端駄々っ子に凶変した石塚はポンポン殴ってくるが……もうこれがヤベー奴と言ってるようなもんだろ。そんなことしたら。

 案の定この液体はヤバい奴だったらしく、少し経つと石塚はいきなり睡魔に負け、解けるように机に伏せた。

「唾液と睡眠薬だろうね。僕も妹からされたことがあるんだよね」

「大変だな……」

 そんなところだろうとは思っていたが、経験者がいるとは知りたくなかったな。

「最近の環境的に、正攻法じゃ無理だと思ってるんだよ、きっと」

「いきなり何言ってんだ?」

 禎樹の発言の意図は考えても分かりそうにないので……石塚が自滅しているうちに遠くへ逃げておくか。

 石塚が絶対に知らず、来れない場所――教員棟の屋上に避難していたが、煙草を吸いに来た不良先生とばったり会って俺は補習行き。どの道科が違うから普通に専門科棟に逃げ込んでおけばよかった。

 補習だからその辺を走らされるのかと思っていたが、プールの掃除をする羽目になった。あの先生がその役目を請け負っていたらしいが、面倒だから投げてきた感じだな。校長に話付ければ免除になるはずだが、その校長も今回ばかりは人手不足だから手伝ってくれるとありがたいっていうもんだから、放課後プール掃除を逃れられなくなってしまった。

 退治で水関連の授業を行う時は大抵海でやるんだが、一応25mプールが何個かある。海水をそのまま利用しているので、定期的に手入れが必要だし、生徒目線だとだったら海でいいじゃんって不満が殺到している代物だ。

 基本的に制服がぱっと見で身分を証明できる恰好なので、午後の授業や自主練の時以外はスポーツウェア等のラフな格好に着替えることが禁止されているが、一人で補習をする時ぐらいは制服着てなくても問題ないだろう。とはいえ濡れるのも面倒なので、海パン一丁だが。

「おーい、お前一人かー?」

 水は抜かれていたので、ホースで全体的に淡水をかけ終えた後、ブラシ片手に擦り始めようとしたところ、普通科棟の窓から聞きなれた声が聞こえてきた。

「残念なことに、補習でな」

「暇だし手伝うぞー」

「助かる」

 っておいおい……窓から顔出して手を振る勢い余ってあの巨体が落ちかけてるぞ。禎樹がベルト掴んで阻止してる。何してんだ。

「あやも補習だって……」

「だろうな」

 すると石塚が今更やってきた。そりゃ睡眠薬で自爆して六限の中盤まで寝てたら補習になるだろ。

 スポーツウエアは入学時に強制的に購入させられる物の一つではなく、持参物の類なので人それぞれなんだが、そんな中でも中学の体操服をそのまま利用し続けている変わり者こと石塚は、胸下で結んで水着みたいにアレンジしている。体型は酷いが、涼しそうでいいんじゃないか?

「ひゃっほー! プール独占だぜ!」

「お前ら遊びに来ただけだろ」

 ドタバタ足音立てて駆け付けてきた愼平は、プールの中にドスンと着地する。後からのんびりやってきた禎樹もそうだが、よくも海で授業が行われなかった日なのに海パン持ち合わせてたな。

「水がねえとつまんねぇよなぁ!?」

 ホースを手に取った愼平は先端を摘まんで威力を上げ、俺達に冷たい水をかけてくる。やっぱ遊びに来ただけじゃねえか。

「邪魔するぐらいならさっさと帰れよ……」

 今の時間は六時半頃。退治の時間割上しょうがないんだが、家に帰って新兵は車かエロ本、よしPはアニメでも見てろよ。

 石塚は唯一水着じゃないので、濡らされて下着が透け、透けていることに気付いて慌てて更衣室に戻るんだが、その道中顔にかかった水滴をシャツでうっかり拭うせいで、まんま見せてしまってますよ。一体何がしたいんだか。

 そうこうしているうちも俺は黙々と清掃を続けていて……愼平はいい感じに水を散らしてくれるもんで、案外早く終わったな。そもそも殆ど汚れてなかったから掃除の手間が省けた。

「禎樹、その部屋にある赤いボタンを押してきていいぞ」

「なんだよ、もう終わったのかよ」

「だから遊びに来るんじゃねえよ」

 愼平がつまらなさそうに俺の顔面に水をぶつけ続ける中、プールの中に機械音と共に水が溜まり始めた。今は七時。溜まるまで待って、家に帰りつくのは八時だろうな。

「てい!」

 さっきから禎樹が管理室近くに居たので気付いていたが、水をぶちまけることにしか脳がなかった愼平は、背後に忍び寄る存在に気付けず……

「うおっ!」

 まだ足首の高さまでしか溜まっていないプールに背中を押されて落とされた。

「やめろよしゅう……え、誰だ?」

 俺の横に座った身長が低い女性――結乃は、そういえば愼平とはこれが初か。出会い頭から落とされているが、この調子なら二つの意味が含まれていた混ぜるな危険が、一つの意味に絞られたな。

 スカート型にアレンジされたスク水を着ていた身長134センチのちびっ子には興奮しないようで、初対面でいきなり落とされた事実に混乱している模様。

「存分に遊んでくれたまえ。校長から許可は貰ったのだよ!」

 結乃もまだ全然溜まっていないプールに足を踏み入れた頃、楓と石塚が更衣室から出てきたぞ。これ本当に補習だよな?

「アイツって性格腐ってんのか?」

「腐っては無いな」

 確かに愼平はほぼ地面に近いところに落とされたわけだが、貸切プールにテンションが上がっていたんだろう。それか普段の愚行を知られていて、悪意を込めて落とされたか。正直後者くさい。

「この水着、水を吸うと大きくなるんだって!」

「それ悪徳商法だよきっと……」

 ほぼ紐みたいな水着を着ている石塚は、ホースから出る水で水着を濡らすが勿論大きく成りもせず、

「あ」

「きゃああああ!」

 楓が飾りのリボンだと思って水着を引っ張ったところ、下半身の大切なところが露出しちゃってるよ。あれを見る奴はいないだろうが、一応男三人衆は騒がしい声だけ聞いているので安心してくれ。

「この白くてぬるぬるした液体を塗ってくれたまえ」

 四つん這い状態で近づいてきた結乃は、日焼け止めの事を変な言い方してるが、もうこれから日が沈む一方なのに要るのか?

 結乃には日々お世話になっているので、自分で出来るはずの腕や足に日焼け止めを塗ってあげる。

「あーっ! やや君、ならあやがやや君に塗ったげる!」

「はぁ?」

 まーた水着を変えたらしい石塚は、コルセットみたいに結び目が沢山ある水着を着て歩み寄ってくるんだが、何言ってんだコイツ。塗ってくれならまだしも、何で俺に塗るんだよ。

 嫌な予感がしたので、楓の方を見ると……首を横にブンブン振っている。あーはいはいわかりました。またヤベえもん使おうとしてんだな。

「おお! 名案だよ石塚君! 男性の体格について調査しておきたいところだったのだよ」

「それ目的変わってないか……?」

 逃げようとする判断が遅れたせいで、石塚と結乃からそれぞれ足を掴まれてしまった。目的は違うくせに対象が同じせいで意気投合してんのがムカつくなぁ!

「ほら、そこにも男が二人いるだろ? 俺の体を触ったところで何の得もないぞ」

 石塚はただ触りたいだけか、えげつないものを塗りたくるだけだろうが、結乃のは絶対にヤベえ。女性になくて男性にしかない部分を純粋な興味本位で触りまくられるのは誰相手だろうが絶対に無理だ。気持ち悪すぎて死んだ方がましだ。

「どうぞどうぞ」

「楓よっす! この前ぶりだなー」

「お前らッ!」

 そういやこいつらは二次元か性癖に刺さる女性相手にしかホイホイ行かなかったなッ!

 こうなったら逃げ回るしかなく、とりあえずプールの外周を疾走し始めた。こういう時に補習という名目があるせいでここから脱走できないのが響く。

「青春だねー」

 プールの淵に座って足をプラプラさせてる楓は楽しそうでなによりだなぁ!

 ぜーはーぜーはー言ってる人と、目をキラキラさせている人に追いかけられる中、プールの中で「はぜろリアルはぜろリアル……」とか「デブとチビは失せろデブとチビは失せろ」って呪文を唱えてるやべー奴らを見て溜息が出る。類友ってこういうことなんだろうな。悲しいなぁ。

 こんなカオスなプールに新たな刺客がやってきたようで……契約の恩恵で分かっていたが、楓から誘われたっぽいルミーナが更衣室から足を踏み出した。

 楓の策略か、全員の視線がくぎ付けになってしまう程に、ルミーナの水着は過激で……歩く度に連動して弾む胸に、あり得ない程美しい体型を前面に出した、一本の襷が『Ⅴ』字に広がって背中でクロスしたような、意味が分からない露出過多すぎる水着を着ていやがった。愼平は折角綺麗にしたばっかりのプールで鮮血をまき散らし、禎樹はその非現実的なファッションに唖然としている。

 伝わってくる感情は至って無なので、やはり楓の策通りに動いているルミーナは、胸を強調する為か胸下にも一応生地があるんだが、その下から更に胸を持ち上げるようにして腕を組み、プール全体を見下すような体勢になる。

「ぐぎぎぎぎ……」

「ほー」

 いつの間にか追っ手は嫉妬と感激に変わっていて、全然寄って来なくなっている。多分これが狙いじゃないんだろうが、でかしたぞ楓。筋骨隆々の出血男子が「胸でけぇし足ふてぇ、それでいて腰細い! なんだあの究極体型は!?」とか言ってるがあれは無視。続いて「両肘くっつけてみて」と言われて何もわからず従ったルミーナに口笛拭いてるのも無視。

 自分の平らな胸を抑えてそっぽを向いた石塚は、背中でも腕の動作から何しているかわかる……胸を手で寄せて谷間を作ろうとしているが、ほぼ作れていない模様。相変わらず体重の増加と共に胸の肥大化は見込めないようだ。

 何となくだが……石塚のダイエット計画の一環として最強のボディを見せつけたっぽい楓は、パーカーを手渡して着てもらっている。それはいい試みだが、地球人はドーピングでもしない限りはあんな体型にはならんと思うぞ? 異世界人で、且つエルフという人外の血が流れているからこそ成り立つ筋肉と美形のアルティメット体型だ。運動する習慣を取り戻して間食しても早々太らん体質作りすらできない奴は論外もいいとこだ。

「負けヒロインがイキんなよ……」

「え? 出しゃばりなモブキャラじゃないの?」

 愼平と禎樹がぶつくさ呟いている意味はよくわからんが、決して褒める系統の発言でないことは何となくわかる。

「いつ見てもアイツの世界はアイツが主役だろ」

「なんかカッコよく決めてるけど言ってることは頭痛が痛いと一緒なんだよね」

「アイツって、俺のことか?」

「いや? 何でも」

 何でもありすぎるが、石塚の代理罵倒を担ってくれるならもっともっと言ってくれ。俺が直接口に出して言うより客観的な意見で言う方が高威力だろう。

「全く、女性は火種産むのが得意で、男性は火をくべるのが得意のようだよ」

 この場で起きている出来事を達観し出した結乃はやれやれと言った感じだが……おい、空気悪いって。たった一言でここまで白けさせるとかもはや才能だろ。

 取れそうで取れない最後の最後だけちょっとファスナーを閉め切らず、地味に胸を見せつける状態にした楓は、

「誰が一番速く泳げるか勝負しようよ!」

 まだ膝辺りまでしか溜まってないのに、何事もなかったかのようにプールに飛び込んだ。この学校のグレ具合のせいでか、楓も意地悪になったもんだな。

 あの後結局日没後もプールで遊び、帰宅したのは九時過ぎ。念話で伝えてはいたが、マリアが食卓で待ちくたびれて石像と化していた。

「……で、何で俺ん家にいるんだ?」

 新兵が血を出し過ぎてふらふらになっていたので、禎樹と家に送ってやっていた。だから他のみんなより帰りが遅くなったんだが……人の家に石塚が勝手に上がっていて、人の冷めた飯を勝手に食ってやがる。

「脅迫メールが来たことまだ引き摺ってて、一緒に寝てほしいんだってよ」

「俺ん家じゃなくてもいいだろ」

 嫌なことには変わりないが、石塚の家に行けば解決する話だ。そしたら俺も石塚が寝た後帰宅出来てウィンウィンだろうよ。

「光熱費は出すからお互い頑張ろう!」

 ……そう、きたか……やけにルミーナとマリアが不服そうに家にあげているなと思ったわ。

「お前言ったな? 言質取ったからな?」

 お互い頑張るの意味は分からんが、出費が減るならその話乗るしかねえ。石塚には金に困っているとバレていないはずなので、無自覚で言ってんだろうが……いい提案してくるじゃねえか。クソがよ。

「話は変わりますが、昼頃にこのような手紙が届きました」

 もう先に飯は食べ終えたらしいマリアがメイド服の中から一通の手紙を取り出し、石塚に見えない絶妙な角度で中身を広げるが……タイミングを読んだかの如く速攻で飯を食べ終わった石塚は、風呂に向って行った。普通無意識で出来る所業かよ。てか俺の飯は?

 人工島の各家に届けられる荷物は全て人工島管理公社が管理・配達している。都合上宅配者の名札に人工島管理公社の名が無かったり、郵便物に人工島管理公社の押印が無ければ迷惑行為や違法の可能性が高く、マリアには見ずに捨てていいと言っている。たまにファンレターを家にまで送ってくる輩がいるからな。人工島管理公社を偽装している雰囲気はないので、やけに異質だったから一応保管していたんだろうが……

「下駄箱に入れられていた奴と一緒じゃねえか」

 鞄から今朝の手紙を取り出すと、コピーしたもののように、寸分違わず同じ紙質で同じ字体だった。

「家にも送ってるって、かなり悪質ね」

「いや、これぐらいなら学生だと割とすぐにできる」

 それは学校でそういう知識を身につけているからとかではなく、単純に退治の学生には専用のアプリがあり、活動に支障をきたさないために人工島に住む人々の住所を全て確認できるようになっているからな。

「これ何って書いてるんだ?」

 紙を匂うと僅かにマッキーの匂いがするマジで手書きらしい手紙は、英語。だが筆跡が独特過ぎて英語がわかる身でも暗号や記号のようにしか見えない。

「読めないわね……」

 日本語より先に英語をマスターしてしまったルミーナが読めないなら、マリアも読めない訳で……

「≪トラスネス≫は使えないのか?」

「使ってもいいけど、字体の解読もしてたら多分鳴るわよ」

「後輩に頼んでみるか……」

 残された頼みの綱は、世界各地を旅して他国の言語にも詳しい茅穂(ちほ)だけだ。写真を添付してチャットを送ると、うおっ。一瞬で返信が来た。

「英語に近いけど文章としては成り立ってないから、隠された暗号を解く必要がありそう、だとさ。なら無理だな」

「捨てて良いのですか?」

「ああ、こういうのは気にするだけ無駄だ」

 つまりはどうせ退治の連中のいたずらだ。最近はそういうのがブームみたいだしな。それに、本当に何かを試しているんだったら、俺達にアクションが見られなくて痺れを切らした向こうが姿を現すだろう。家の住所も知られているからな。

「やっほ。意図的なアクシデントが起きないように、一応ボクも泊りに来たよ」

 丁度手紙の件が落ち着いたタイミングで楓がベランダから入ってきた。パジャマ姿で、風呂上りの良い匂いもする。

 意図的なアクシデントとかいうパワーワードも納得できてしまう輩が風呂に潜んでいるので、「ナイス」と小声で言いつつ家を出る。俺、飯食ってないからな。

 コンビニでおにぎりを二つ買って帰ったのはいいが……

「ねえ、あれうちですること?」

 マリアが作り置きしてたおかずをレンチンしていると、引き攣った表情のルミーナが寝室に入ってるらしい石塚と楓の会話を盗み聞きしていた。

「どうせ敢えてやってんだろ」

 石塚の悪態は十分理解しているので、思う壺だろうが俺もおにぎり片手に壁際に寄る。

「やっぱりお腹が出てると気になるよね……ちょっと触ってみてもいい?」

「今のところ……平和そうだが?」

「これからよ」

 ルミーナは何を予知してんのか知らんが、ラジオ感覚で耳をすませておく。

「お腹に力入れてる?」

「んーん?」

 あの感じだと、ぷにっとした自分の感触と、がちっとした楓の感触を触り比べて萎えているんだろうな。さっきのプールの件もあるし、これを機に何度目かのダイエットを決意した方がいいぞ。

「で、でもこんなのどうってことないよ!」

 何でそうなったか知らんが、開き直ったらしい石塚は、

「やっぱりやや君を落とす為には瑠実ちゃんみたいにおっきなおっぱいが必要だと思うの」

 予想はしていたが……何やってんの? 這いずる石塚から出る音的に、全裸だろうし。

「だから楓ちゃん、私のおっぱいを揉んで成長させて?」

「ホントに何してんだ?」

「でしょ?」

 ルミーナが言う通り、マジで人んちでするような事じゃなかった。石塚はどうしてここまで悪化したんだ?

「何でそんなに避けるの……? 私達、女の子同士だよ? 恥じらうことないよ……?」

 飯なんか食ってられっか。とりあえずこのおにぎりだけは口の中に放り込んでやる。

「楓ちゃんって、かえでちゃんに似てるし……演技でキスシーンとか、その……あれ! とか経験してるでしょ! ねえ! 教えて!?」

「んごっ……はっ?」

 口に詰め込み過ぎたのと、石塚の爆弾発言のせいで思いっきり蒸せてしまうが、かなり本気で言ってんのか盗聴されていることに気付く気配がない。そんなしょうもないこと気になって夜も眠れないのか。

「まずは楓ちゃんも脱ごう! いつかは全部見せるんだし、今のうちに露出多めに慣れないと」

 いつだよその日は。おめーの命日か?

「あーちゃんごめん!」

 聞き耳を立てなくても聞こえてくるぐらいいつも通りの声量になった楓は――

「あヴっ」

「……ふぅ」

 首元を思いっきりチョップして気絶させ、部屋から出てきたぞ。

「お前も大変なんだな」

「キスして妊娠するとか言って辱めを受けた日から、性について頑張って勉強してるみたいだよ。面白すぎー」

「はぁ……」

 それで同性の楓に飛び火するのはよくわからんが……俺より苦労してるかもな。楓は。

 そのまま寝かしてやろうと思って就寝準備をするために扉を開けると、目が覚めたらしい石塚が自分で尻と胸を揉んでいて――

「おっと、すげえタイミングだな」

 石塚が俺の存在に気付くよりも先に、Wアラームが鳴り出した。お陰で扉を開けた理由が避難警告という状況に変わって不幸中の幸いだな。

 今回、発見したのが自動警備ロボットだったので、転移者の場所が分かっていない俺達が石塚の目を盗んでEoDに駆け付けているうちに、転移者騒動は速攻で終わっていて……珍しく島民が避難し終わるよりも早くWアラームが鳴り止み、シェルターへの避難警告も解除された。

 とはいえ魔法陣を発見した訳ではないので、今回の転移者はいつどこで何人で転移してきたか判明していない。その為情報解析と周辺捜索が行われていて、例の如くEoDを一人寂しくうろつくしかない状況になってしまった。

「お前ら解体するのも近い未来なんじゃねえか?」

「どうせそのまま国の軍事組織として利用されるわよ」

 俺の監視役こと結奈とすれ違いざまに会話を交わし、久しぶりに都心部二区あたりをぶらつくことにする。

「ふれー! ふれー! おにーちゃん!」

「……ん?」

 すると、前方に……戸賀(とが)兄妹が見えた。禎樹はカメラ片手なんで転移者を盗撮しようとしてるんだろうが、妹の日那多(ひなた)は何故かお腹とふくらはぎをほぼ丸出しにしたチアの服を着ている。状況が読めん。

 気になったので近づくなり、日那多は禎樹の腕に自分の腕を絡め、俺に対して殺意でしかない視線を向けてくる。いやだからどういう状況?

「あっ、しゅーくん奇遇だね」

「お、おう」

 日那多にも軽く会釈したんだが、何故か怒っていて何にも返事が帰ってこない。何か小声で「お兄ちゃんのお兄ちゃんがお兄ちゃんになる元凶の兄……!」とか言っているが、伏字が多すぎて意味わからん。ただ勘違いされているような気はする。

「ああ、これは僕を勝手に応援している時いつもこうしてるから気にしなくていいよ」

「その状況が理解できんのだが」

「あ! そういえば今度焼肉行こうって話してたよね。せっかくだし今から行かない?」

「あ? ……まあ、いいけどよ……」

 なんか禎樹も何かから逃げようとしているみたいだし、ここは黙ってついて行っとくか。こういう時なら流れでおごってくれそうだし、丁度俺はほぼ夜飯が食えてないし。

 噂通り独占欲がヤバい日那多が禎樹の片手を完全ロックしていて、時折「近づきすぎです」とか言ってくる。誰が男同士で好き好んで近づき合うっつーんだボケ、って言いかけたが……焼肉の事を考えたら何とか堪えることが出来た。

 そしてようやく焼肉店に入るんだが……まー日那多が世話すること。俺には全て自分でやれと言わんばかりの威圧感を出すが、禎樹の箸やらおしぼりやらは全て準備して使いやすい状態にしている。なんか俺のと見た目が違ったから目を凝らしたところ、箸が入っている袋やおしぼりが全部婚約届なんだけど。こっわ。

 これには禎樹もやれやれといった表情で、

「やっぱり焼肉は美味しいねー」

「そうだな」

 注文パネルを支配されて勝手に選ばれた焼肉を食す。美味いんだが、なんか不味いんだよな。

「お前が頼んだんだからお前も野菜食えよ?」

「私は食べませんよ。その野菜から取れる栄養素はもう摂取済みなので」

 肉を三枚ぐらいしか食べないので折角話しかけてやったのに、何その返答。聞いたことないぞ、栄養素はもう摂取済みってワード。とんでもねえ言い訳だな。

 日那多が嬉しそうにあーんしてやるが、禎樹はガン無視して自分が焼いた肉しか口にしないので、

「お前なあ、兄妹は結婚できないんだからそんな紙テロ止めろや。気持ち悪いぞ」

 美味いはずの飯が冷める原因は判明しているので、せっかくただ飯になりそうなら、美味しい飯を食うために正論で指摘する。

「当たり前ですよ。一緒に暮らして毎日ラブラブしていれば結婚しているのと変わりありませんから」

 どこがラブラブなんだよ。嫌がってる表情をどう捉えたらそう思えるんだ。曲解にも程がある。

「なら何で婚約書テロするんだ」

「それは法律が変わって兄妹でも結婚ができるようになった時の保険です」

 とんでもねえバケモンって実在するもんなんだな。禎樹がこの会話に参入してこない辺り、兄妹という関係のせいで切っても切れない存在だと認識し、もう完全にあきらめの境地に至ったんだろうな。関連性があるかは知らんが、禎樹が二次元のキャラクターに逃げる理由も何となくわかる。

「ああそうか。ならあとはお二人さんで楽しんでくれ」

 食うもんは食ったし先にお暇させてもらう。こんな奴を相手してる暇があったら、今頃自宅で暴走しているはずの石塚を相手取らないと取り返しのつかない状況になるからな。あーあ、禎樹は日那多で俺は石塚担当かよ。

 帰宅する直前、禎樹から「あっ、ちょっ……」と呼び止めるような声が聞こえたが、俺が姿を消すと同時に調子を取り戻した日那多が暴走し始めたので、戻る気も失せた。禎樹は一生背負って生きてくれ。俺にはどうしようもならん。同類相憐れむだけだ。

 結局転移者が暴れた時と変わらない疲労感に襲われる羽目になり、帰宅早々風呂に入る。皆が入った後だから温くなっているというか、今日は暑いので元から水風呂だったらしく、そういう入浴剤でも使ったのか煩わしいぐらい泡まみれの風呂に浸かる。

 なんやかんや≪エル≫シリーズを使ってはいるので、眠い目をこすりながら体を洗い終え、また泡だらけになるという違和感を覚えつつ浴槽に入るんだが……なんか、遠くから声が聞こえてきたぐらいで、ギブアップ。何度目かの風呂睡眠になった。

「……うっ」

 こんな悪環境で寝ていればすぐに目覚める訳で……寝室が占拠されているからか、マリアは溺死しないように水だけ抜いてここに放置したみたいだが、泡の残骸で逝ってた可能性あるぞこれ。いくら就寝中に危機が迫ったら起きれるような習慣があるとはいえ、反動で眠っている時は反応がかなり鈍い。

 五時に起きたが、何故かもう起きているマリアとソファで寝るルミーナ、ベッドで寝る石塚と楓を見るんだが……

「ふふふ……やや君の寝顔……」

 一人、とんでもねえ寝言ほざいてる奴がいるな。念の為、スマホを確認させてもらう。

 指紋認証や虹彩認証のロック解除は寝ている相手なら結構楽にできるが、指紋を逆算するなぞるタイプや、片っ端から入力する数字四桁タイプでもなく、ごちゃ混ぜ羅列のパスワードが一番厄介で……そんなことを思いつつ充電中だったスマホを取ると、

(セキュリティガバガバだな)

 電源押しただけでホーム画面まで行ったぞ。秘密にする内容がないからってよりかは、一々パスワード解除するのが面倒なんだろうなコイツの場合。

 流石に必要以上に漁るのはヤベえもんが沢山掘り出されそうなので、直近の写真を見るだけにして……

「結構撮ったんだな」

「わたしが水を抜いている間に撮っていました」

 食費も石塚持ちになるのか、いつもは最安値を追求した食材しか購入していなかったが、キッチンに並ぶ食材はえげつないほどグレードが高く見える。金銭的攻撃をしかけるマリアの抜かりなさ最高だな。

 スマホに関してあまり詳しくないので、右上の方に表示されていたゴミ箱マークを押して、全て削除を選択して……

「やや君! 海行こ!?」

「朝っぱらからうっせえなぁ」

 スマホを触られているのを察したかのように飛び起きた石塚は、朝一から出費がかさむ様なことを言いやがる。

「もう今年授業以外で二回も水系遊んだだろ。もういいだろ」

「えー、やーだー!」

 そもそもこちとらお前と遊びたくもないのに何勝手なこと言ってんだ。今回入室禁止令を一時無効にしてまで家に入れているのは生活費が負担されるからなんだぞ。

「ていうかお前、浅瀬で犬かきしたら爪の間に石が入りまくって大量出血して、挙句目の前で急カーブしたバナナボートに殴られたって聞いたが?」

 折れてもまた無意識に好都合なこと言われて強制連行される気がしたので、石塚のトラウマを思い出させて向こうの心を折る作戦に出る。

「そ、そうだった……やっぱ海はいいや……」

 割と深い傷だったのか、どんよりムードになった石塚は洗面所に向って行った。

「朝から元気だねぇ。ボクは午前中仕事だから、もう少し寝るとするよ……」

「起こして悪かった」

 五時とは思えん騒がしさなので、寝室を閉じて小声で喋ることにするが……よく見ると、こうなる事を見越してか、ルミーナは耳栓して寝てやがる。抜かりないな。キッチリ七時頃まで寝る気だ。

「なら水着買いに行こ!?」

 洗面所から飛び出した石塚は若干濡れた顔のままそんなことを言ってくるが……

「なんでおめーの水着選びに付き合わねえといけねえんだよ。勝手に一人で行けよ」

 あんなとこ男が行ったって得がねえ。既に海パン一つあるから買いに行く必要もない。

 付き合いが悪いからか、むすっとした表情をするんだが……まーじで家に上がれてるだけ感謝しろよな。こっちはいつでも殴れるぐらい嫌気が刺している。金の人質は存在価値ヤバいからな?

 早めの朝食を食べ終え、ルミーナが起きたタイミングで家を出発する。いいよな、附属中は七時半からの自主練時間がないから8時30分までに登校すればいいから。

 石塚は自宅に戻って登校の準備をするらしく、何故か写真が全て消えていたことに発狂しながら六時あたりからずっといないので、久しぶりに一人で登校し、一週目の生徒らしく自主練から真面目に受ける。ここ最近はしっかりと朝っぱらから登校しているが、割合で見ると圧倒的に欠席数の方が多いから、もう皆さんお察しの通り二週目ですよって言いふらしてもいいんじゃねえかと思ってくるな。まあ、言わないだけで殆どの生徒が感付いているんだろうが。

 禎樹は迎撃科Aランク同士で午後の授業も一緒に受けている。だから授業の合間の休み時間も結構話すんだが、六限終わりで休憩中の今、会話の内容は割と重めだった。

「今日石塚さん見てないよね?」

「そういえば見てないな」

 一緒に登校する気が無いし、一緒に登校する羽目になったら遅刻が確定するのでそそくさと登校した訳だが、専門科目に分かれる直前の昼休みまで姿を見ることはなかった。

「流石に人工島で迷子になるとは思えないし……あの子の性格的に、攫われたんじゃないかって噂されてたよ」

「攫われたって……お前なあ、大前提を忘れてないか? あいつは惰眠野郎だぞ? どうせ二度寝して詰んだだけだろ」

 最近しっかりと自主練の時間帯から姿を現していたから薄れていたのかもしれないが、アイツは遅刻と睡眠による補習の常習犯。今までちゃんと登校できていたのが奇跡みたいなもんで、今日はその反動でずっと寝続けているとも考えられる。

 そうと表向きな発言はしたが、実際のところ本当に攫われたんじゃないかと思ってしまうな。例の脅迫メールみたいな奴の件もあるし。とはいえ助ける義理はねえし、寧ろこの際攫われて改心してもらった方がありがたいので放置するが。

「今晩姿を確認出来たり、明日登校して来たらそう思えるね」

「何が言いたい」

 別に拷問科でもないコイツに実情がバレたとは思えないので、率直に禎樹の話を聞く。

「最近やってくる転移者が少ない上に、その全てが的確に殺害されているんだよね。これはもう退治の人たちとWB社のお陰でデータが出てるよ」

 そう言いつつ禎樹のスマホ画面に目を落とすと、同時転移があるので確認された転移現象数とは一致しないし、括弧内の数値は多分俺のせいで消息不明となった数値なんだろうが――発見された転移者数と始末した転移者数が一致している。この前のように既に居た異世界人の転移現象を逆算する場合の照合率も百%を誇っている。つまり、ここ最近は全部取り締まれていて、悪徳業者の類に拉致・妨害されていない事も分かる。

「こうなると代表格ともいえるHM社が大人しくしているのが違和感なんだよね。この前も日本の支社として懸念されていたポイントが爆発したみたいだし」

 あれは俺達が色々あって爆発させたんだが……それは世間的には何かの実験関連だと勘違いされている。

「HM社は異世界人の研究を粗方終えてて、昨今のWB社の活躍的にも当分の間は異世界人を必要としてなくて、今は普通の人間を必要としているんじゃないかな」

 何と戦っているのか、俺に何かさせたいのか、とにかく分からないが……一概にも否定しがたいことを言ってくる。実際俺の目や写真にはあの倉庫の地下で保管されていた異世界人の姿が映っているからな。

「それでもし石塚がHM社に拉致られていたとするぞ? なら何で石塚を拉致るんだってならないか?」

「それは簡単だよ。最初にも言ったけど、性格的に拉致りやすくて、漬け込みやすいからだよ」

 確かに……だとすれば石塚ぐらいの奴が適任かもしれない。

 HM社が何をしようとしているのかは想像できないが、どうしても柳瀬の姿が脳内を過ってしまい、思考が引っ張られてしまう。しかしながら石塚はああいうのを作る為の試作か本番に利用できるほどの実力者とは言えないので、地球人に魔法を使わせる何かの実験台に使うんじゃないだろうか。いずれにしても、悪用でしかないだろう。

「まあ、しゅー君って最近の情勢知ってなさそうだし、それと関連付けて推理しただけだよ。実際はこんなに重たい話じゃないと思うよ」

「だといいけどな」

 何も知らない禎樹目線だと考えすぎな推理かもしれないが、当事者からするとかなり核心を突いたような推理なんだよな。流石は俺より頭がいいだけある。

 とりあえず数日様子を見て、それでも石塚の行方が分からなかったら、一度HM社に行ってみてもいいかもしれない。石塚を助けるというよりかは、HM社の行動を確認するために。

「最悪の事態のフラグ立てちゃったみたいで申し訳ないから、もし本当に推理通りの展開だったら、僕も同行させてもらっていい? 一応迎撃科のAランクだからさ」

「いや、汚れるのは俺だけでいい」

 それは二つの意味を含む。一つは、黒雨。二つは、戦力差が天地過ぎて足手まといになるから同行して欲しくないという意味の比喩だ。

「うーん、僕が居たらダメな理由は思いつかないけど……格好いい台詞を台無しにするのも良くないかな」

 できることなら俺だって行きたくない。無限に生き返るロボットの件や、研究されていた異世界人の件があるので、今後の活動に支障をきたさない為に偵察に行かざるを得ないが、石塚視点だと助けに来てくれたってことになって、勝手に好感度が上がるからな。

 ……いや、待てよ? 行くのはいいが、別に石塚を助ける必要はないんじゃないか?

「やっぱ前言撤回する。そうなった場合、お前は近くで隠れていろ。俺は俺がやりたいことをやる。後は任すから、勝手にやってこい」

 実際殺す任務より助ける任務の方が難しい。

「やけに詳しそうだね」

「一度潜入調査の依頼があったからな」

 妙に鋭い禎樹には適当に嘘で返し、そろそろ休み時間が終わるので授業に戻るとする。


 石塚が失踪してから数日が経った。

 こうも姿が消えていると、流石に禎樹の説が濃厚になってくるので、とりあえず石塚の家に潜入した。部屋には制服やカバンが無く、あの日に帰宅して登校の準備を済ませ、自宅を出た後の出来事だと予想できる。そこで自宅で家事をしているマリアに当時の状況を聞いたんだが、石塚は特に問題も無く学校に向って歩いて行ったそうだ。学校に行く道中に拉致られたって事は、割とHM社説が立証されつつある。

 楓が「こんな声の人いませんでしたー?」と石塚の声を丸パクりして都心部を練り歩く中、どうせ反応しないだろうが念の為にチャットを送ってみることになり……送ったら数時間後に返信が来た。どうやらプールで会った男組が色々あって旅行に連れて行ってくれるらしく、今は沖縄に行っているらしい。

「あぁ、馬鹿馬鹿しい……」

 どうせ沖縄で放置されることなんて知りもしないアホ野郎に対して禎樹も苦笑いだったよ。折角少しは気にしてやったというのにな。ホント馬鹿馬鹿しい。

 とはいえ禎樹の推理にもあったように動きが変わったHM社がまた何かしでかそうとしていることには変わりないので、またお邪魔しに行くべきではあるが……

「こっちは涼しくていいわね」

 男組と脅迫メールは関連性が無いので根本的な解決にはなっていないが、バカが沖縄に放置されると一か月は帰ってきそうにないので、暑い部屋から逃げるためや、出費を抑えるためにも異世界に避暑しに行った。

 丁度アトラとカエラが雑談している所だったらしく、

「暑いところに行っていたようじゃの」

 庭に転移してきた俺達の会話に入ってくる。

「パブルス帝国は海に面していませんからね」

 早々波乱が起きるわけもなく、ルミーナから貰った一度転移できる装飾品は未だ補填された輝きを誇っている。

「うむ……海を作るのはどうじゃ?」

「わけわからんこと言うのは寝言だけにしてくれ」

 この世界は魔法の技術があるせいで実現可能なのが怖い。次来た時に海とは言わなくても湖ぐらいできてたらどう反応すりゃいいんだよ。現にデリザリン王国は崖作ってたし。

 空気を読んでか、カエラはアトラと軽く手を振り合って城に帰って行き……

「『シャガル ミネヴァルト』が今凄いことになっているんです。これから向かいませんか?」

 ルミーナとマリアが部屋に戻って行く中、アトラは残った俺に微笑みかけてくる。

「お、遂に新人来たのか?」

「はい!」

「行ってみるか」

 避暑に来ただけで特に用事もないんで、アトラと『シャガル ミネヴァルト』に行くことにした。

「お使いを頼まれていますので、少し寄り道していきますね」

 いつの間にか店員みたいな業務もこなしているらしいアトラに付いて行き、久しぶりに食品街みたいなところに来た。前に来たのは初めてこの町にやってきた時で、基本店で飯を食うか自分で狩って食う文化の異世界じゃ、こういう所は飲食店の人かアトラみたいな家で料理を担当する人しか来ないからかなり新鮮だ。

 大通りより人混みは少ないが、騒がしさは負けていない通りを進みながら、見たことない物ばかり見て回っていると……

「こういう所って値切るのが一般的なのか?」

 この騒がしさの原因ともいえる店員と客の掛け合いを盗み聞くと、客が希望価格を言って店員がそれに応えられるだけ答えるといったやり取りや、貴重な食材のオークションみたいなのを開催していた。寧ろそれ以外をやっている、言わば日本でよく見るようなレジでのやり取りが見つからない。

「そうですね。何処も値切りを前提に高めの値段が設定されています。こうした方が買い手は見合った金額を出せて、売り手は少しでも大きな利益を得られるので、自然と根付いた文化です」

「この国は民度良さそうだもんな」

 法律が無くてもやっていけるぐらいなら、このぐらいで揉め事なんか起きないって立派に成り立った国だよ。地球とかデリザリン王国なら喧嘩沙汰間違いなしだな。

「実際のところ、こういう時間帯だからこそ見れる光景ですけどね。朝や夜は、開店に向けての仕込みや、家庭や目上の人に料理を作らないといけないので、殆どの方が表示価格で購入します」

 なるほど……店は大体開店し終えてピークを過ぎ、ご飯は作る時間帯じゃない今って、そういう人たちにとっては余裕がある時間帯ってことか。例えば俺みたいな冒険者がやってきたとしたら、比較対象や前提知識がないからそのままで買うし、総合的な収益で見ると販売店の方が滅茶苦茶得してそうだな。

「試しに値切ってみますか?」

「いいね、面白そうだな」

 アトラのメモ紙を見て、同じ品名を探して人生初の値切りに挑戦してみる。

「その青い奴二つくれないか?」

「はいまいど。……あら、カータレットさんじゃない。お目にかかれて光栄ね。好きなだけ持ってきな」

 ……あら? 俺、まだ希望の値段提示してないのに、二つどころか五つぐらい渡されたが? しかもお代無しで。

「言い忘れていました! カータレット家の名が凄すぎて無料で渡されることがあるので、先にお金を出しておいた方がいいです」

「だったら値切り体験できねえな」

 自宅が城に近くて知り合いに囲まれているので感覚が薄れていたが、そういえばこの国で割とすげえこと成し遂げた存在だったな。別に気にしなくてもいいのに、良くも悪くもこういう所に影響が出るんだな。初めて知った。

 自分の上半身ぐらいある大きな茶色い紙袋に食材を入れて持ち運ぶアトラが予想以上に苦労人だと知り、代わりに持つと言っても渡してくれないのは目に見えているので、何も持たずに『シャガル ミネヴァルト』に向かう。

「ここですね」

「何気に新店舗自体初めて来たが……すげー継ぎ足し感のある家だな」

 裏口から入店するらしく、店がある家をぐるっと半周見る事になったが、ペリショール城を想起させる見た目だ。周りの雰囲気と違って心が引き締まるような感覚を与える外観をしている。

「およ?」

「久しぶりだな」

 今は夜の時間帯に向けて一時閉店中なのか、ミネヴァルトは客がいない店内を掃除していた。

 久しぶりにやってきたが……かなり、進化しているな。移転したこともあり何もかも金額問わずに作り直すことが可能になったからか、照明や机などの内装から、テーブルクロスや器などの細部に至るまで、日本円にして三万円ぐらいのコース料理を提供しそうな高級料亭の雰囲気がある。今までのメニュー表は値段と料理名だけで、写真や解説が載って無かったが、今は日本のファミレスみたいに老若男女分かりやすくなっている。それでいて値段は旧店舗時代から据え置き状態。大衆食堂のお手軽さでありながらも高級店の雰囲気を味わえる、出資元が居ないと到底続かなさそうな採算度外視赤字飲食店が出来上がっちゃってるな。ミネヴァルトにここまでする勇気があるとは思えないので、指示通りアトラが動いてくれた賜物だろう。ここでいくら金を浪費しようがそれを越す収入源が確立しているんで、思う存分珠玉の料理を世界に知らしめてくれ。

「確かに凄いことになったもんだな」

「はいぃ……恐ろしいお……」

 ミネヴァルトはまだこの雰囲気に慣れていないようだな。この店を持っているというより持たされている感が凄い。ようやくその腕に見合う雰囲気になったんだから、その弱々しいメンタルを鍛えてほしい限りだ。

 二階建ての建物だが、厨房の奥に階段があるので二階は倉庫や休憩室なんだろうが、人がいる気配は無い。

「そういえば店員を増やす件はどうなったんだ? 今日は休みか?」

 店の規模は今まで通り五十席程度しかないが、昔と変わって大繁華街に面しているので、営業時は常に満席だろう。そうなると、昔みたいにワンオペで何とかなる訳がない。いくら美味い料理を作れても、調理時間を短縮するのは魔法でしか不可能だからな。

「今ギルドを通して正式な手続きを済ませているから、もうすぐだお~」

「軌道に乗るまでは数量限定の不定休で営業を続行する予定です」

「遂にか。ここまで長かったな」

 それだったら過労死せずに続けていられるのも納得できる。一体どんな奴が『シャガル ミネヴァルト』の一員になるは知らないが、異世界人で悪影響を及ぼす可能性が高いので金銭面以外では関与しないようにしている俺は、元気溌剌でメンタルが強い奴が来てくれることを祈る限りだな。

 アトラが野菜を収納している裏方を見てみると、特段散らかっている様子もなく、家庭菜園で育てていたハーブや野菜も使っているのか、形が不ぞろいの物も見受けられる。趣味も楽しめているようで何よりだな。

「あのねあのね! えっとねえっとね!」

 見たことない野菜を手に取っていると、紙切れを持ったミネヴァルトが先程とは打って変わって慌てて話しかけてくる。

「もう少し居るからそう慌てんなって」

「パブルス帝国で急成長している所に対して贈られる賞状を貰うことになったお! 今度表彰式があるだって!」

「そんなのやってんのか」

 所謂年に一度の類なんだろうが、数量限定且つ不定休で営業していても受賞するって大概だな。株主としてはこの味が沢山の人に広まってくれて嬉しい限りだ。

「受賞の他にも、王族公認のお店になるだけでなく、将来性を見込んで報奨金も出るそうです」

 カエラに言い付けて王族絡みで関与している時点でなんか闇の力が加わった表彰式な気もするが、このお店が人気でなければそもそも表向きの式典の場に登場できないはずだ。そういった場では浮いた奴は直ぐ目に付くし、贔屓なのもすぐバレるからな。一番じゃなかったとしても、人気なのは紛れもない事実なんだろう。

「式典は明日行われるので、ミミアント商会の方にも挨拶に行った方が良さそうですね」

「流石にあそこも受賞するか」

「はい。パブルス帝国内商社売上ナンバーワンの大賞受賞です」

 そんなところだろうとは思っていたが……とんでもねえな。そしてその二つともに関与している俺達カータレットも。

「言っとくが俺は『シャガル ミネヴァルト』推しだからな」

「あっ、ありがとうございますっ!」

 異世界人の俺が現地の知らない食材を提供されるこのお店の方が優位に立つのは紛れもない事実だ。

「私達も式典に出ますよ。良いタイミングで帰宅しましたね!」

「だよなー……」

 この流れがなくてもカエラの知り合いみたいな席に座らせられるだろう。ったく……避暑に来たのは良いが、数日分タイミングが悪かったな。

「パブルス帝国で一番財産を所有している一家とのことです」

「ちょっと待て、何で所持金知られてんだよ」

「魔法です」

「プライバシーのクソもねえな」

 この世界って、何やっても魔法って言えば納得されるし納得できるのが悪いところだよな。

 ミネヴァルトとはお別れし、俺とアトラはもう片方の広場にあるミミアント商会に入店する。

「お久しぶりです」

「相変わらず繁盛してるな」

「ふふん、頑張ってるっしょ!」

 出迎えてくれたのはルナとシェスカだ。ルナは窓口で、シェスカは雑用。役割分担も相変わらず変わってないな。

 前は多忙で痩せていたように見えたが、今は裕福で美味しいものをたくさん食べれているからか、また元の体型に戻ったような気がするシェスカに先導され、ラフィーナが居る部屋に案内される。

「明日は式典があるってな」

 いくら客入りが良くても商品を提供する人たちは全体の一割ぐらいだ。とはいえやることはたくさんあるラフィーナは大量の書類を扱いつつ、俺とアトラに笑顔を向けてくる。

「そのためにも今日は忙しくなりそうです」

「すまんな、そんな時に来て」

「とんでもないです」

 隣で歪な球体と睨めっこしているステラは今頃俺達の登場に気付いたみたいで、二度見してから会釈された。その集中力分けてくれ。

「一つ直接伝えておきたい話があるのですが、お時間大丈夫ですか?」

「ああ。寧ろ今でいいのか? って感じだ」

 手ぶらできといて長居するのも申し訳なかったので、早々に帰ろうとした俺達は足を止める。それに連動するように、ラフィーナも書類から手を離した。

「提供する全てが真新しい商品ばかりなので、当然悪巧みをする商社もいまして……類似商品を制作・販売して稼いでいる商社は、私達が把握している所だけでもこれだけ存在します」

 渡された書類に目を通すと、ニ十社ぐらいの会社名が列挙され、想定被害額も書かれている。所在地も確認すると、その全てがパブルス帝国外の商社だということも分かった。

 パブルス帝国は民度が良いのでそういうことが起きないとしても、何となくこういうことも起きるだろうなって懸念していた事が起きていたな。

「私達の商品が純正品だとしても、より安価で雑に量産された商品の方が地方では目につきやすく、売れ行きが著しくありません」

 パブルス帝国は法律がない。即ち独占禁止法とかもなく、やりたい放題なんだが……確かに国内展開が主な序盤の伸びとパクリ商品が出回り出す中盤の伸びは目を疑うレベルに差が産まれていない。ミミアント商会で初めて俺が密輸した案を利用した商品を販売した時のグラフと比較すると、最近の商品の方が欲しいと思う物でもパクリ商品の影響で売り上げが下回っているのは一目瞭然だ。とはいえ右肩上がりなのには変わりはなく、十分ぼろ儲けできてはいる。

「いくつか対策を検討していますが、カータレットさん全員の意見をお聞きしたく……」

「なるほどな」

 結局は俺達が発案したものだから、今後の収益に関わる問題は俺達の判断に委ねるってことか。私たちはあくまで布教するのが仕事なのでって感じで。

 〔なあルミーナ、お金って稼げるだけ稼いだ方がいいと思うか?〕

 〔向こうの生活みたいになりたくなかったらそうした方がいいんじゃない? アイデア売りだから、いつ収入がゼロになっても可笑しくないし〕

 マリアとアトラに聞いたところで俺とルミーナに任せると言いそうなので、ルミーナだけに質問したが……そんなこと言われたらお金に困ってなくても稼ぐに決まっている。貧乏なんか真っ平御免だ。

「俺達が考えた商品を真似て不当に利益を得るのは良くないな」

 事実俺も地球人が考えた商品をこの世界に持ち込んで不当に利益を得ているんだが……

「対策って、どんなことを考えているんだ?」

「各ギルドに定期的に新商品の広告紙を掲載し、販売する商品にはミミアント商会の徽章を刻印する案が一番無難ですね」

「それでいいかもな」

 物理的に刻印するのであれば真似したい放題なので、魔法で絶対に真似できないし証明できる刻印をするんだろうが。

「ラフィーナって風と闇の魔法が使えるんだろ? だったら消そうとしたら呪われるようにしたらいいんじゃないか?」

「それは商品の使用目的が変わってくる可能性がありますよ」

 笑いながら納得できることを言ってくるラフィーナは、魔法を使う時に使用する水晶を指でなぞり、

「既存の物や、もう類似商品が発売されている物には効果が薄いので、これから生産していく商品には全て刻印することにしますね」

 いくら公式で安全性が保証されていようと、類似商品が安ければ壊れたらまた買えばいいの精神でパクリ商品を手にする人は少なからずいるだろう。真似されるという根本的な事態の解決には繋がっていないが、需要があるから複製されていて、大元の供給が国外にも浸透するまで時間がかかっているのにも問題はあるはずだ。刻印と定期的に掲載する広告が良い影響を齎してくれることを期待するしかない。今は複製販売されることで間接的に布教してもらえているとポジティブに捉えよう。

 翌朝、城近くに住む俺達は沢山の人々がシークに乗って城に入って行く光景を片目に、ちゃんとした式典なので正装に着替えていざ出発する。

 ルミーナは白いミニスカートワンピース。ウエスト部分に白いベルトのようなリボン結びがあり、そこから下はシースルーになっている。マリアは黒基調に赤が入ったミニスカートのワンピース。この二人がミニスカートなのは、戦闘を生業とする以上動きやすさを捨てることができなかったので大目に見てほしい。俺は学校の制服を正装として着ているので、唯一式典らしい正装なのはアトラで、白と水色の涼しそうなドレスだ。

「カータレット家が正装って、違和感が凄いのじゃ」

「勘弁してくれ」

 王らしい椅子に座るカエラの真ん前に用意された席に招待されたんだが、別に隅っこの方で良かったんだけどな。まあ……邪推すると、大々的な式典だから、もしもの時に備えてカエラを護衛できる人材を一番近くに配置したんだろうが。多分カエラを挟むように配置された六席は側近用だろうし。

 式典にはパブルス帝国中の貴族が集結しているのか、パブルスやフィリザーラで見たこともない人達もごまんといる。式典とは言うが、特にパブルスの人の輪はとてもやさしいと有名なので、あまり緊張感が見受けられず、ここに来てまで井戸端会議している印象をすげえ感じる。俺的にはらしくて良いと思う。

 白髭を生やした絵に描いたような紳士が司会を務めるらしく、城側――所謂上座について一礼し、式を進行していく。

「どうした、アトラ」

 何でもできるアトラはこの式典の中でも一番品行方正に鎮座していたが、初めて衝撃を受けた顔をしている。

「あのお方は、メイド学校長のアルバーン様なのです! まさかこのような式典でお目にかかれるとは……」

 へぇ、あの人がこのようなメイドの最高傑作を育成する学校の長なのか。あの執事界歴戦の猛者感漂う人が校長なら、アトラがここまで完璧人間なのも納得できる。そのぐらいあの方の喋りにもアトラと同じ素質を感じるし、立ち振る舞いに隙が無い。もし校長をしていなかったら、パブルス帝国の側近になっていても可笑しくなかっただろう。

 式は進み、『シャガル ミネヴァルト』やミミアント商会含む様々な受賞対象者が下座の町側から姿を現してくる。お店の人はお店の格好が正装だからか、特別スーツやドレスを着こむことなく。

「……うおっ、違和感が半端ねえな」

 すると証書を渡す役目を担っていたらしい側近達が一グループごとに手渡していくんだが……神聖な場だからか、格好がいつもと違う。戦乱の戦乙女はフィッシュテールスカートのような前面はショート、後面はロング生地になっている白いドレスに、黒のコルセットや腕にベルトのようなもの、ガーターベルト、カチューシャなどをあしらった格好だ。対して薔薇の三銃士は、戦乱の戦乙女の配色を真逆にしたものを着ている。

「王族が平民に対して演説をするときなど、危機が及ぶ可能性がある場合は武装状態で登壇しますが、このような表彰式などの神聖な席では、肌を過度に露出しないのが暗黙の了解です」

 アトラが解説してくれたので踏まえて周りの人たちを見ると、確かに戦闘スタイルと違って全体的に肌の露出が少ない。ルミーナとマリアが良くも悪くも目立っちゃったな。

「へぇ。でも私着替える気ないわよ」

「カエラ的にも気張るよりこっちの方が俺達らしくていいだろ」

 暗黙の了解だから誰も指摘してこなかった可能性はあるが、今更気にしたところでもう遅いのも事実。

「王族が狙われない保証はないので、実際側近の方々も中に着込んでいると思いますよ」

 アトラも式に向かう前に指摘してこなかった辺り、豆知識程度にしか思ってなくて、俺達がそういうことを気にする奴らじゃないとしっかり理解している。実際のところアトラだけ遵守するように露出が少ないが、戦闘員でなければ過度に露出する必要もないからな。




徐々に増えてきたので…これまでに登場した異世界に纏わる仕組みや用語を説明します。


【魔法-概要】


火 水 土 風 光 闇 白(無)


魔法使いには適性が1~2属性ある

回復は光、召喚や毒は闇、身体強化や転移などは白に属する

ギルドに登録している冒険者の中で2割が魔法使い

魔力は大気中の酸素みたいにありふれているもので、基本的に誰でも感じることができる


魔力は吸収効率と保有容量で格付けられる

吸収が早ければ早いほど魔法が連発できる

容量が大きければ大きいほど強力な魔法が撃てる


魔力吸収効率と魔力保有容量と技量を足した値を適性属性数でかけた数値をアム値

非魔法使いは技量と身体能力を足した数値を使用できる種類(徒手とか弓とか)の数でかけた数値をアエ値

両方を使用する者にはアム値とアエ値を足した数値、アス値を用いる


〇詠唱魔法

極一般的なありふれた魔法の使用方法

魔法使いの全員が使えるが、これ以上の技術はほぼ有していない

適性があれば「ファイアウォール!」などの詠唱文を発するだけで発動する


〇無詠唱魔法

王様の側近クラスだと全員が使えて当たり前のような技術

威力は下がるが想像するだけでよく、詠唱がバレない


〇魔法陣

威力は絶大だが制作に時間がかかる

詠唱文もかなり長い


〇オリジナル魔法(派生魔法)

基本となる王道な魔法から独自に開発させて派生させたもの

魔法が沢山載っている本や自分以外が使っていないようなものを指す


〇古代魔法

まず人生で見ることが出来ないと言われている

2つや3つの属性合体魔法となり超強力 双方の適性と莫大な魔力がないと魔法が使えない

基本的に古典や遺跡の壁画などに書かれている

「闇夜を穿つ不屈の煌龍よ 暗澹たるこの世界に駆ける一閃となりて己の心理を追求せよ ー―ドラゴンブレス!」とかの発声と共に発動


〇精霊魔法

古代魔法よりお目にかかる可能性が高いが、依然として普通見ない

一般的な魔力消費量と同じだが、聖霊の力を借りるので現最強格

精霊から好まれないと契約できず、カップルや夫婦ではほぼ不可能


〇精霊魔法の例外

杖  内蔵(嵌められ)している魔晶石/魔法石による魔力増強効果の恩恵を受ける

本  到底覚えられないような難解な詠唱を使うため

水晶 範囲を拡大


――――――――――――――――――――――――


【魔法】


瞬間移動魔法 レベレント

一度見た場所 難易度:難しい

視界内 難易度:簡単


翻訳魔法 トラスネス

お互い異なる言語を使っていても話が通じるようになる


収納魔法 スレンジ

容量は魔力容量に比例する


魔力貯蔵魔法 ズグジス

自身の魔力容量の半分を貯蔵できる

溜まる速度も吸収速度の半分


重力魔法 グランティス

難易度は与える範囲、重力に比例する


探知魔法 サーペンター

難易度は探知範囲、探知強度に比例する 主に物


検知魔法 サンペータ

難易度は探知範囲、探知強度に比例する 主に魔物


身体強化魔法 アテシレンド

難易度は強化する値に比例する


回復魔法 ラリヒリル

回復量は強度に比例し、難易度もその強度に比例する


治癒魔法 ラリスベル 

回復魔法の上位互換

回復魔法より即効性が高く、状態異常にも効果的


服従魔法 ヴレズレン

発光した瞳を見た相手に一つ言う事を聞かせる

一人でも主従契約を結んでいると無効


リフレッシュ

体内体外共に綺麗にする


返却魔法 リターン

阻害されていなければ持ち主の元へ帰る

阻害は魔法使いなら誰でもできるレベルに簡単


魔力吸収・保有阻止魔法 ザラク

対象の魔力吸収・保有を封じ、魔法を使えなくさせる

かかる前段階で保有していた分は使用可


障壁破壊魔法:ツェリンガー

障壁の類を無効化する


古代魔法無効化魔法 ツェッツフィン

詠唱文「虚空に発露する一縷の望みへと導け」

魔法を無効化する

この魔法同士がぶつかり合うと、魔法の類全てが無い状態となる


透明魔法 トライペンツ

極めれば姿だけでなく気配も消せる


密談魔法 ラスペリファンス

対象人物とだけ会話が出来る


透視魔法 レヅベクト

視界内にある、例えば壁など、その先の光景を見れる(先の先は無理)


透過魔法 アランヅ

対象を透過することができる

規模によって難易度が変


可視魔法 ベネツライツ

透明魔法の対抗手段 透視ではない


遮断魔法 マーカッツベルス

念話を遮断できる 高度になれば契約さえも遮断


拘束魔法 アリスベリン

対象を束縛させる


呪縛魔法 ガリンパズ

対象に何らかの行為を強要させたり禁止させる


流星群 ベッツァルネ

土魔法


盛土 ロザ

土魔法


代役魔法 ハランズベル

白魔法


古代攻撃魔法:ドラゴンブレス

詠唱文「闇夜を穿つ不屈の煌龍よ。暗澹たるこの世界に駆ける一閃となりて、己の心理を追求せよ」

属性:火・風(闇があればドラゴンを召喚でき、より強力に)


古代魔法:ザビギエンズス

詠唱文「我最強を以て汝の存在を消滅す」

属性:闇


形状変化魔法 ザンピラス

主に形状が変化する武器に用いる

汎用性が無いので類似魔法の習得/使用が理想


速度変更魔法 ラズベリン

人や物など、動くものなら全て自由に操れる


物体召喚魔法 ヒスファリー

思い描いたものを召喚できる 概念は不可

スレンジからの即時取り出しにも有用


貫通魔法 チャッピラール

対象を貫通させる

その対象へのダメージはなく、貫通回数は一度だけ


――――――――――――――――――――――――


【魔物】


エルドギラノス

ドラゴンに似た黒っぽい緑色の翼竜


ドズベン

地球で言う鹿


ラズガーン

地球で言う熊


わたたん

異世界最弱の魔物 毛むくじゃらの丸っこい生物

触るとピリッと来るが、死にはしない

生態系の謎は多く、絶滅も危惧されている


ハッカン

実害はないが、一度見た生物を追いかけて叫び続ける


――――――――――――――――――――――――


【果実】


バゼラ

熟すと自然に木から落ちてきて、それを動物に食べてもらったり運搬してもらったりして繁殖する果物

見た目青色の梨で匂いは林檎 食感があってキウイ並みに種のある葡萄の味

地球人の口には合わないが、異世界人にとっては絶品で高級品


キャランツ

栽培がとても難しく、それでいて小量しか可食部がない

たった一粒食べるだけで一日に一般的な人間族が必要とする栄養素が完璧に摂取できる最強植物

王貨で取引される高級品


――――――――――――――――――――――――


【料理】

一部シャガル ミネヴァルトのメニュー案参照のため本編未登場もあります

()内の解説は萩耶の感想基準です


ブラッティファスティニッキャンブガーとギャルルンギャルンのピーラソース炒め(牛と野菜のドレッシング炒め)

バス・カド(お酒)

チャグジョリアン(野菜)

ヴァッゲンヴォン(麺と米のごちゃ混ぜ)

ランリクラリペレータバーン(白身魚)

ピブリピプリッティンプス(骨付き齧り付き肉)

チョルテュウィーリャ(ツタが巻き付いた動く目玉 春巻きみたいな味)

ウュヴィビァゾーカッチュォインデュ(栄養バー)

ザン(茄子の田楽)

ドス・ガ・デラン・ド・ヴァ・エンゴー(パエリア)

フォガルツマッツツェ(カルパッチョ)

ヴィギャンゾンキンカン(ハンバーグのような肉塊)

スートンヌーチャンカルパ(プリン)

グルギャンディ(デザート フルーツ盛り合わせ)

ラズパンドリレロン(見た目が汚い餃子)

ジャンプジャブス(肉)

チェケラ(ピザ)

ンヌミャピアス(スープ)

コールスタンキンコッツイ(食用の竹)

ガオガオッンチャンプ(激辛ソース)

リソードンフルーペン(食べたら体が痺れる植物 感覚を楽しむ)

アジャンプルタ(紹興酒)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ