24 せわしない日常
地球は春が過ぎようかという時期でもここ異世界では四季がなく、延いては日にちの概念がないので今が具体的にいつ頃なのかは不明だが……彼女らと出会って早数年? 願ってもいないが初めてお泊り会を開くことになってしまった。しかも相手は帝王。一体どういう意思があったらこうなるんだろうな?
その結論が出たのは案外早く……
「結局、本当の目的は何なんだ? どうせ頼み事でもあるんだろ?」
アトラが非魔法使いなので、ルミーナやマリアの≪スレンジ≫外にもお金は保管されている。アトラが俺からもらった地球製の小銭入れにミネヴァルト用にと適当に硬貨を入れている傍ら、ベリーヌに話しかけるが、
「遊びに来ただけじゃ」
返事をしてきたのはマリアとチェス中のカエラだった。盤面上の状況やカエラの集中力散漫さから推察するに、一方的にやられるので楽しくないようだな。タイマン実力ゲーで楽しもうとするのが悪い。
「お前には聞いてない。ベリーヌに聞いているんだ」
どうせカエラに聞いても知りたい情報が返ってこないことは分かっている。元から視線はちゃんと説明してくれそうなベリーヌに釘付けだ。
「よいではないか~よいではないか~」
この家に来るのが初めてだからか、試合放棄して物色し始めたカエラには溜息を吐き、口止めされているのか一切吐こうとしないベリーヌに再度視線を向ける。
「で? どうなんだ?」
「カエラ様の言う通り、ただ遊びに訪問してきたまでです」
「……嘘だろ? 何も用事ねえのに来たのか。本当にただの迷惑じゃねーか」
カエラが別の部屋に入って行ったからか、簡単に吐いてくれたのはいいんだが……んだよそれ。それでも一国の王様かよ。やる事あるだろ、俺でもあんだぞ。
いくら愚痴ってもカエラ達は寝巻の時点で今日はここで一泊する気満々なので、本日何度目かの溜息を吐いて夜飯でも食おうかと思ったら、
「あ! 忘れていたのじゃ!」
何かを思い出したらしいカエラが隣の部屋からドタバタ戻ってきたので、とりあえず飲み物だけ飲む。
「今から五つ質問してほしいのじゃ。それに我は『はい』か『いいえ』で答える。もし特定出来たらそれをプレゼントするのじゃ!」
「おい、今部屋から取ってきたものが景品とかいうオチじゃないだろうな?」
「ちゃんと持参しておる」
「ふぅん?」
まあ……やるか。何をくれるのか知らんが、せっかく用意してきたゲームらしいし。
今日の目的はこれだったのかとか思いつつ、
「それは高いか?」
適当に質問する。別に今欲しい物なんかないからな。あるとしても地球でのことだ。
「はい」
帝王が用意したものだろうから当たり前の回答が返ってきた訳で、今思えばやる気のなさが質問内容に出ているような気もしてきた。次はましな質問を心がける。
「それは食べ物か?」
「いいえ」
高くなく、食べ物じゃない、か。絞り方は人それぞれだが、俺はこの時点で薄々感付いてきた。
「それは消耗品か?」
「はい」
……はぁ。推理したもので間違いなさそうだ。
「ならいらん」
となればそんなものはいらない。こっちのやり取りを一応聞いていたルミーナも紅茶を飲みながら呆れているよ。
「なんでじゃ⁉」
「どうせ金だろ?」
「なんで分かるのじゃ⁉ ――ハッ! しゅーやお主、さては魔法使いじゃったのか⁉」
「さあな。何にせよ金は要らんからな。んじゃ俺は飯を食う。お前らは風呂にでも入ってろ」
いくら来客がいるとはいえ、普段の生活を乱したくないので、異世界ではここが初と言っても過言じゃない箸を使った食事を始める。
「えー、まだ遊び足りないのじゃ!」
「風呂あがってから勝手に遊んでくれ。俺は寝るけどな」
俺は一日に最低でも六時間は寝る。転移者は夜に来やすいし、別に寝なくても問題なく生活できるが、新谷家の習慣上日没から日の出までは本来寝る時という認識が根付いている。そのせいで何もない日は自然と眠たくなるもんだ。
あまりに冷酷な態度を取る俺に苦笑いを浮かべたアトラは二人を風呂に案内してやり、食卓に一時の平和が訪れることとなった。
食後、あまりにカエラの戻りが遅いので浴室に向うと、
「……何してんだ?」
カエラは風呂に続く扉の前でパジャマ姿のまま突っ立っていた。湯が沸いてないのかと思って浴室に入るが、湯気が立っているし、手を入れるとしっかり暖かい。
「ああ、換えのパジャマ忘れたのか。それなら――」
タオルしか持っていなかったので、着替えを城まで取りに行ってやろうかと脱衣所を出ようとしたら……右腕をがっしり掴まれたぞ?
「どうした」
もじもじしているカエラに視線を落とすと……
「これ、どうやって脱ぐのか分からないのじゃ……」
「……はい?」
カエラが風呂に入りたくても入れなかった理由は一般人の予想を遥か上回り……理解できず、つい聞き返してしまう。
「いつも側近が着脱衣をしてくれるからわからないのじゃ……」
「はあ?」
嘘……だろ? 俺と同じ人類に、服の脱ぎ方が分からない人間が存在していたというのか? んなバカな。
「いやいやいや、バカげたこというなよ。俺が構ってくれないからそんなこと言ってんだろ? わかったわかった。後でチェスしてやんよ。すまなかったな」
いくら見た目が子供っぽいとはいえ、コイツは俺より遥か長らく生きている。そんな奴が服の脱ぎ方が分からなくてたまるか。いくら冗談にしても無理があり過ぎる。
「ほっ、本当なのじゃ! 脱ぎ方が分からないのじゃ‼」
笑いながら再度脱衣所を出ようとすると、真剣な眼差しで次は足をがしっと掴んでくるので、俺の表情は真顔へと様変わり。過去に俺もつけられたことがあるが、コルセットとかいう着脱衣困難な衣装ならまだしも、ワンピースみたいな寝巻ぐらいTシャツを脱ぐ素振りと同じ脱ぎ方で大丈夫なはずだぞ。が、それでも無理だと言うので……これは本当に脱ぎ方を知らないのかもしれない。マジかよ。
「俺は男だ。ベリーヌにでも頼め」
もしそうだったとしても、俺とカエラは異性。カエラにバンザイしてもらい、俺がワンピースを引っ張り上げるにしても、カエラの下着姿を直視する羽目になる。というか、この世界での衣服の概念は地球と異なり、あくまで防御の為。魔法吸収効率を上げて防御面を魔法でカバーする――つまり露出過多、軽量化する傾向もあるので、一概に全員が下着を身につけているとは言えない。それは魔法使いでも剣士でも全般的に流通する格好なので、カエラが王族だとしても懸念する必要がある。ルミーナは魔力が無限なので例外だが、マリアなんかは多分今も異世界では身につけていないはずだ。つまり、いくら相手が了承していても、いくら俺が無関心でも、普通そんな行動は起こせない。そもそもこいつらに恥じらいがないせいで、俺が一方的に見せられる地獄空間が出来上がってしまう。治外法権とは良くできた言葉だ。
「ベリーヌは呼ばれたから今は城に戻っておるのじゃ」
そういやさっき家を出る気配がしたが、あれは涼みに行ったんじゃなかったんだな。
「ならアトラかマリアを呼んでくる」
脱衣所での一悶着が起きた翌朝、俺はルミーナと軽く剣でやりあっている。
「まさか服が脱げないとはね」
「王族ってすげえな。何もかもメイドがやってくれるって」
地球人の俺からすれば考えられないことだ。お偉いさんだったり、多額の資金があればそういう人物がいるのかもしれないが、流石に服を脱ぐ行為ぐらい自分一人でもできるはずだ。
「メイド学校の実戦練習で何人ものお嬢様の元へ仕えたことがありますが、殆どの方が自分一人では何もできない方でしたよ」
「そうなんだな。この世界のお金持ちじゃ当たり前なのかもなー」
お花に水やりをしているアトラから意外な情報を聞きつつ、ルミーナの剣戟を躱す。
聞いたところ、王族らしく気品さを出すためか、一見コルセットにも思えるガーターベルト付きビスチェにレースタイプのショーツを着ていたようで、それなら普通に脱げなかっただけ説もあるが……
「おっと」
俺はバカなので行動と思考を両立できない。お陰で前髪が二本、数ミリ斬られたぞ。
「今回で四回目です。前回は地球の概念で153日前です」
「おい、記憶するな」
背中から双翼を生やして二階の窓掃除をしていたマリアが嫌な数値をカウントしやがる。
「萩耶唯一の欠点だからしっかり覚えておくのよ」
「どうでもよすぎる情報なんかカウントさせるなよ」
「ダメよ、この記録を失うと萩耶が遂に人間離れしてしまうわ」
「俺を何だよ思ってんだよ……」
そんな雑談を交わしつつ、傍から見ると目視出来ないぐらい素早い剣戟を躱す。剣同士が衝突し合う音がなければ全然やり合ってる感がないのが普段の俺達である。
「話変わるけど。勉強できなかった逆恨みか知らないけど、冷たくし過ぎじゃない?」
「そうか?」
「≪エル・ズァギラス≫のクールタイム中より酷いわよ」
「そんなにか」
確かに冷たくし過ぎかなとはベッドに入ってから思った。あの後どのぐらい起きていたのか知らないが、もう少しゲームに付き合ってやってもよかったかもだ。
「まあ、萩耶がそこまで勉強熱心になってたことに驚いたけど」
「今後の活動上必要不可欠だからな」
よくよく考えれば今まで熱が出なかった方がおかしいんだ。だって要は純日本人なのに通訳機介さないと日本語話せない状態で過ごしてた訳なんだからな。
そんな話をしてるとようやくカエラが起床したようで……
「おはようなのじゃ……ふわぁぁ……」
伸びをしながらのカエラが庭に出てきたので、俺とルミーナは剣戟を中断する。
「いつまで起きてたんだ?」
「さっきじゃのぅ……」
「さっき、か」
この世界には時計がない。時間帯を示す具体的な回答が返ってくる訳がないな。
しっかりベッドで寝ていたことは今朝確認済みなので、
「ベリーヌが朝飯作ってくれてるぞ。なんかカエラはいつも決まったメニューしか食わんらしいな」
俺達が起床した一時間後ぐらいに起床して台所と一部食材を借りたいとの申し出があった時に色々聞いたんだが、カエラは偏食家っつーか、一日の始まりはこれからだ! 的な固定メニューがあるんだそうだ。
「ち、違うのじゃ! しゅーや、違うのじゃよ⁉」
「何がだよ」
カエラは顔を真っ赤にしてまで全力で否定してくる。今のどこに恥ずかしい要素があったんだろうな。まだ脱衣させようとした時の方が恥ずかしいだろ普通。
「しゅーや達はこれからどうするのじゃ?」
どうやら朝飯食べてからもまだ少し居るような口調のカエラに、悲しい現実をお伝えする。
「朝の練習だ。やり続けないと、俺達でも劣る相手がいるからな……っと」
練習に使っていた剣は、その辺でいくらでも買える鉄の剣。俺達はいつでも本気なので、普段使う剣でやり合ってるといくら魔法で元に戻せるとはいえコスパ最悪だからな。
安物だと鞘なんかなく生身のままなので、剣をカエラに向けないよう地面にぶっ刺す。
「そんな相手いたかの……?」
カエラはまだ俺が異世界人だと知らないので、この世に俺達を勝る相手がいる気がせず、傾げる首が寝起きも相まって地に落ちそうになってる。それに俺達も回答できず、変な間が空きかけるが、
「ですので、食事後はお暇致しませんか?」
話上手なアトラがいい感じの間で話してくれる。
「ランニングや筋トレぐらいなら一緒にやれるが、カエラは魔法使いだし、やっててつまんないだろ?」
「そうじゃの……」
何か今回あまり楽しめていない、というか俺達の家がつまらない所だったからか、ムスッとしたカエラは、
「いつもこんな感じなのじゃ……?」
明らかに三人の活動と異なった活動をしていそうなアトラに質問している。あくまで疑問に思ったから率直に尋ねただけなんだろうが、その表情は今回俺達の事をより知ることが出来、発覚したって感じで、カエラからすれば俺達の私生活がつまらく楽しくないものであり、アトラに共感を求めるようなものだ。
「はい、お三方はいつも頑張っていますよ。日々の弛まぬ努力があってこその実力です」
嘘つかないアトラは、キラキラした目で俺達の事を語り出す。
「しかも、お三方はそれを苦痛だと思っていないのです。私がメイド業を楽しむのと同じように、心から楽しんでいるように思えます。熱中できることがあるのは素晴らしい事だと思いますよ」
「楽しみ方は人それぞれじゃの……我が楽しいものはみんなが楽しいものじゃと思ってた」
まあ……あながち間違っちゃいないだろうな。王族が楽しいと思って共感を求めたら、平民はいくらつまらなくても否定しづらいだろうし。俺達みたいに自我があるままの輩の方が珍しいだろう。
「アトラはしないのかの?」
「私にはメイドとしての才能しかないので……ですけど、今とても楽しい日々を送れています」
非戦闘員でも自分なりに俺達と行動を共にする役割を見出して担っているアトラはこれまた満面の笑みで返す。あまり直接聞いたことはなかったが、楽しめているようでなによりだ。
「メイド一筋か。良いではないか。こやつらは正しい私生活を送れそうにないからの」
「おい、聞こえてんぞ」
いやらしい表情をして耳打ちする発言が三人に聞かれていたことに驚いたカエラは、この機会に乗じて逃げるように朝食を食べに行った。
俺達の鍛錬は徒手や剣だけじゃ終わらない。俺に関しては魔法が使えないのでやらないが――魔法の鍛錬の他に、拳銃の鍛錬も行っている。最近実戦で使うことはなく、ただ一般人に対する牽制用やそれなりの役目である象徴のような装飾品と化しているが、地球で活動する以上絶対に対戦することになる武器種の一つだ。怠る訳にはいかない。
カエラが食事している最中、室内にある射撃場でマンターゲットを俺は正確に素早く撃ち、ルミーナは悪状況でも発砲できるように色々な態勢で射撃し、マリアは反動に慣れるためにとにかく撃ちまくる。射撃練習は流石に銃の取り締まりが厳しい地球ではやりづらいので、異世界では割と多く時間を割いている。
弾を打ち切りマガジンに弾丸を装填していると……
「だーれだ?」
分かってはいたが、いきなり目を塞がれた。
「手が滑って暴発しても知らんぞ」
敷地外には音が漏れない仕様だが、敷地内には音が漏れ放題で、聞きなれない発砲音が鳴り響いたら誰でも気になる訳で……腹回りを足でがっちりつかんで勝手におんぶ状態になっているカエラを下ろす。
「痛いのは嫌じゃ」
「当たったら即死だぞ。気を付け……おいおい、気軽に人に銃口を向けるな」
まず暴発するような素人はいないし、何なら被弾しても速攻で元通りにできる強者揃いだが、興味津々なカエラはその辺にある銃を手に取ってニコニコ笑顔で俺に向けてきたぞ。弾は入っていないが、ロケットランチャーを笑顔で向けられると狂気を感じる。
「す、すまないのじゃ」
音の発生源が分かっていなかったからこっちに向けたらしく、隣で音と共に放出された弾丸の姿を見たカエラは焦り顔で元あった位置にそっと置き直した。
「こんな武器……見たことないですね……」
後からアトラとやって来たベリーヌは初めて拳銃を見て驚くが、その辺りの解説はすると面倒な未来しか見えないので、
「流石に試し撃ちって訳にはいかんから……そこに円盤があるだろ? これを適当にぶん投げてみろ」
ベリーヌの発言を独り言判定してハンドガン――M1911の方を構える。
「何個でも良いのかの?」
「ああ、向こうに投げれるんなら好きにしろ」
……と言った俺がバカだったな。
「おおー! すごい! 凄いのじゃ!」
カエラは適当に円盤を投げるんだが、魔法で物理法則をガン無視した軌道を描かせやがる。一応全部粉砕してはいるが、実戦より過激だろこれ。
「あっ、無くなったのじゃ……」
おい、100枚はあったはずの円盤が一分足らずで消えたぞ……昨日の俺が冷たくてあまり遊んでくれなかったとはいえ、こんな過激な遊び覚えたらダメだろ。
「これでおしまいだ」
「えー、まだ投げ足りないのじゃ」
「そろそろ用事がある時間なんだ」
特に用事なんかないが、円盤を探しているカエラの背中を押して部屋から退室させる。円盤は異世界でも買えるが、弾丸は地球でしか買えない。そして地球の俺は貧乏。既に100発も無駄撃ちさせられたのにこれ以上金を撃ってたら、食費が一人分増えたのに本当にバイトでも始めないと死ぬ。
アトラが部屋の片づけをしてくれるそうなので、カエラと拳銃をまじまじと見つめてるベリーヌを三人で外まで誘導し、
「用事があるなら仕方がないですね」
その用事が何かまでは聞いてこないようなので、一安心なんだが……
「いつ終わるかの? 自転車の乗り方を教えて欲しいのじゃ!」
今更本当の要望っぽい発言がされるもんで、とんでもなくでかいため息が出てしまう。
「昼飯食べて少し経った頃には終わってる。それからでいいなら教えてやるよ」
「わかったのじゃ! 我は城で待っておるぞ!」
そうだな。城で待ってもらわんとウソがバレて困る。はぁ……ようやく二人が帰ってくれたぜ……
自分の影が真下になってから少し経った――多分、地球で言う三時頃、カエラはしっかり待ってやがった。ルナとシェスカも来ていて、それぞれマイ自転車を押しつつ。
それからというもの、日没前までガッツリ練習に付き合わされた。倒れてかすり傷を被っても直ぐに回復できるので、心折れて辞めることも無く。
「歩くより快適でよいの」
「アトラ様遅―い、ははっ!」
「シェスカさん前見ないと危ないですよ」
最初は三十秒も乗れてなかったのに、今じゃ城から俺達の家まで移動し、人ん家の周りを爆走レースしてられる三人は、身分の垣根を超えて友達同士として接し合う程関係性も柔和している。
「目覚ましい成長速度ですね」
「この世界に昔から存在していたって言われても納得できるレベルだ」
流石は魔物に溢れる世界なだけあって、運動神経関係の技術習得スピードが異常すぎる。数時間前までは咄嗟にウィリーで方向転換出来てきゃーきゃー叫んでたのに、今じゃ片手運転とかいう邪道すら行えるレベル。後一時間もすれば両手離して運転するんじゃねえの? ちょー真面目に漕いでる模範生・ルナを見習ってくれ。
正直指導した実感がないし、ルミーナなんかは庭にタイヤ痕を付けられるさなか、二階のテラスに座ってずっと本読んでたが……この調子なら自転車が流通する未来も近そうで良かった。あとは原価を落とすだけだな。
この前植えたバゼラは熟すと自然に木から落ちてきて、それを動物に食べてもらったり運搬してもらったりして繁殖する果物だ。気になって近寄ってみたら、果実が何個か落ちていた。つまり、今食べごろを迎えているようだ。
味の予想がつかないので、とりあえず一つ食べてみると……うっわ、見た目青色の梨で、においは林檎なのに、食ったら触感があってキウイ並みに種のある葡萄の味がする。地球人の俺は食ってられん味だな。
渋い顔をしていると、
「バゼラだ! ふふん、美味しいっしょ!」
「お、おう……」
目の前でドリフトしながら停止したシェスカに二つの意味で驚きつつ、お裾分けというか押し付けるために何個か採取する。
「我も採取体験してみたいのじゃ!」
ダイナミックに自転車から飛び降りて駆け寄ってきたアトラは勢いそのまま肩の上によじ登ってくる。チャリを大切にしろとか、肩車して欲しいならそう言えとか、色々ツッコミ所は多いが……異世界人的にはバゼラが美味らしいので沢山採ってくれ。俺の口には合わん。
この自転車ブレーキが無いからそれぞれ変わった止まり方をしたんだろうが、ルナは元々超安全運転なので、自然に減速するのを待って綺麗に立ち止まり、
「バゼラ育てているのですね。かなり高級品ですよね……」
「無人島でこれ見つけたら英雄だよね! 最高の果実っしょ!」
「へー」
そうなのか。だとすると現地民でも美味しいと感じる人と、珍しいから食べておきたいという人に分かれてそうだ。
「もっと右の方――おっ?」
肩の上に立ったカエラが転倒しないように足をガッチリ持っていたら、カエラが体勢を崩して前に倒れてきた。でも俺の掴む力が強すぎたのと、掴んでたら大丈夫だろうと全くカエラのことを意識してなかったせいで、カエラは倒れてきたのに地面に落ちることなく、逆さまに持ち上げられる構図になってしまった。
「……おい、大丈夫か?」
獲物を捕まえたみたいで半笑いの俺は、少し腕を上げてバンザイしたままポカーンとしてるカエラと目を合わせると……重力に逆らえなくなったゴスロリ衣装のスカートがバサッと下に落ちてきて、カエラの視界は自分のスカートで塞がり、他全員はカエラのカーダーからパンツ、お腹、胸まで丸見えになってしまった。
「きゃーーーーっ!」
「ぎゃあああああ!」
「……」
カエラが落っこちる瞬間は目を瞑ったり息を呑んでた二人が、続いて驚きだした。まあ……露出に対して恥じらいが無いと言ったのは基本戦闘を生業とする人たちのことで、商社で働く非戦闘員の若い方々からすればとても破廉恥映像だよな。俺も元々はそちら側の人間だったはずだが、カエラの見た目が幼すぎるのと、散々この世界で思考が毒されたせいで、遂に無反応になっちまった。
「そのー……いくら子供っぽいとはいえ、一応帝王なんだから、こういうハプニング対策でしっかり身につけておけ……」
多分自分で着替えないカエラに言っても無駄だろうが、この場に側近の連中がいない。一度こういう経験をしたから自分から恥ずかしがって身につけるように命令することを祈る。あーあ、そうこうしているうちに遂に顔に引っかかっていた服も落ちてもうパンツ一丁になっちゃったよ。どんだけ緩いんだよこの服は。
あの後、カエラがケロッとしてるもんで、ルナとシェスカが事の異常さに対して滅茶苦茶解説してたが……多分あの感じじゃ何も伝わってねえな。今度側近の奴らに下着をつけるように命じておこう。
日も沈んだし解散することになったが、最後に一つ俺からお願い事をした。それは、写真を撮ること。まだどういう技術なのかわからないのでこの世界で実現する未来は遠いが、楓に今度異世界に連れていくと約束しちゃってるので、俺の知り合いを事前に見せておきたかった。異世界に行けるとか非現実的すぎて写真とかがなければ嘘と思っていてもおかしくないからな。幸い俺に加工の技術はないので、良い証明になる。
レンズに映った物を一瞬で絵にしてくれて、紙に映し出すこともできると説明したが、そんなもの見たことも聞いたこともない三人は、撮った写真を見るとばっちり目を瞑っていた。写真で目を瞑ることはあることなので、もう一枚撮ろうとしたが、魂を取られる魔法とか意味わからんこと言って自転車で逃げるように帰って行ったのでもういいや。
異世界での予定が当分ないので、そろそろ地球に行く準備を整える。それに伴って、転移人数上限的に誰か一人が一緒に転移することができなくなり、契約も継続しないので安否確認もできなくなる。でもこれに関してはそう悩むことなく解決した。アトラが自分は戦闘が得意じゃないから、基本的に異世界に滞在しておくとのことだ。全員が異世界に不在だと今まで知り合いの対応で不便もあったし、地球であれ程根気よく生き延びていたアトラだと俺達の安否がずっと確認できなくてもやっていけるだろう。二往復してもよかったが、本人がそれでいいなら問題ない訳で……ミミアント商会にお金を受け取りに行く序に、『シャガル ミネヴァルト』に定期的に顔を出すようにお願いした。あの店、味はトップクラスに美味いのに、やり方が色々と下手で損してるからな。ここは何でもできちゃうアトラに革命を起こしてもらおう。最悪、王族行きつけ! とか謳ってもらって。
「そういえば、この本を読んでおくと日本のこともっと知れるぞ」
ルミーナとマリアが覚えきったので今まで存在を忘れていた禎樹製の地球辞書と退治製の対異世界人関連の書物を渡しておく。どれだけ地球に滞在するかわからないが、帰ってきた頃には全て習得してるだろう。
「こんなものがあるのですね……!」
「片方は俺の友達が作ってる。不備があったら全部指摘していいぞ」
悪意というよりか多分アイツ本人が大喜びするんで、余計なこともいいつつ……
「これあげる。この結晶を強く握るとここに転移できる魔法が一回だけ使用できるようにしてあるわ」
「ありがとうございます!」
ルミーナが渡したネックレスは、最近暇さえあれば制作してた奴だ。遂に完成したらしい。
「襲われそうになったら直ぐに使うのよ。カエラあたりなら補充できると思うけど、まだ不完全なところがあるから、当分は私が補充するわ。だから使う羽目になったら自宅で待機しておくのよ。この中は絶対に安全だから」
膝辺りまでスカートがあり、素足に見えるガーターリングが特徴的なメイド服にネックレスが追加され、オシャレポイントが増したな。
でも実際は内に秘めた人格のせいもあって、戦闘を嫌うアトラが平和に暮らせるように試行錯誤している訳で、根本的な解決にはなっていない。
「その多重人格、どうする? あの感じなら、いずれ中の存在と和解できそうだが、封印を制御できるようにならないといけないしな……」
アトラが不快に思う内容だからあんまりしたくない話題だったが、アトラを異世界に一人置く以上この件を決着させておきたくもある。
「獣の姿になっている時は寝ているような状態なので、お三方の意見に任せます」
アトラ本人はどうしようもならなくて申し訳なさそうにしているが、それはもうしょうがない。どうやって多重人格者が産まれているのか知らないが、やった人を恨む限りだ。
「魔王と違って話は通じそうだけど、それまでが大変だわ」
「だよなぁ。だったら一生開かないように封印を強化した方が手っ取り早いか」
「そうね」
俺の意見にマリアも頷いて反応を示したので、ルミーナが魔法で封印をカッチカチにするか。トリガーに変更を加えた訳ではないので、対策になってればいいが。
「それじゃしばらくのお別れね」
「いつ帰ってくるか分からんが、気長に待っててくれ」
「はい! いつまでも待っています!」
伸ばした腕の先に≪エル・ダブル・ユニバース≫で時空の裂け目を発生させる。
「いや、流石にいつまでも待たんでいい。ルミーナとマリアは違うが、俺は持って後80年ぐらいだろ。そんぐらい経っても帰って来なかったら好きなことした方がいいぞ」
その気持ちだけで充分だ。というか普通に戦死があり得る世界だから、三年ぐらい経っても帰って来なかったら死んだ判定でいい気がする。
「アトラは人間なんだから、萩耶が老化で死んだらアトラも死んでるわよ」
「多重人格者は不老不死と言い伝えられています」
「え」
「マジかよ」
マリアの発言はアトラも知らなかったようで、三人揃って驚いてしまう。
「まだ会った事が無いドラゴンの方は、数十世紀前から記録が残されております」
マリアなどの魔族を超える四桁年数生きてればそれは確かに不老不死かもしれないな。しかも見た目が十代後半らしいし。
「でしたら私はこのお家を『一国を救った勇者が生活した屋敷』としてミュージアム化して、その管理人になりますね」
「それは止めてくれ……」
そんなの同じく不老不死のカエラがえげつないほど喜ぶ案件だから、不老不死の国王と不老不死の管理人が経営したら一生伝承させるじゃねえか。惨殺された挙句地獄に落ちる展開より最悪だぞそれ。
「それじゃあな」
「またね」
「はい!」
≪エル・ダブル・ユニバース≫を展開してから結構待ったことがなかったので知らなかったが、どうやら何もしなかったら一分程度で自然消滅するみたいだ。徐々に裂け目が縮小していってる。
俺とルミーナはアトラと別れの挨拶を交わし、最後にマリアが一礼してから――地球に転移した。




