23 今、どうしてる?
今回の戦闘で、≪エル・ズァギラス≫と≪エル・アテシレンド≫を高出力で長時間使用している。つまり、反動がでかい訳で……先に≪エル・ズァギラス≫のクールタイムが来たらしく、奴隷市場にイラついて破壊しようとし出したからルミーナが魔法で昏睡状態にさせ、自宅に転移というか避難したらしい。するとその魔法が≪エル・アテシレンド≫のクールタイムと悪さしたようで……四日丸々寝たっきりだったらしい。アトラもアトラで元の姿に戻ってから一日は目を開かず、開いたかと思えば全身筋肉痛で身動きが取れなかったらしいが。
この世界にはカレンダーがなければ四季や天候がころころ変わることもないので、数日寝たきりだった自覚は無い。そんな中珍しく――実は異世界で自然の奴には初めて遭遇した――雨天で薄暗い外を眺めていると、
「あんなことが可能なら、異世界にある全言語をちゃちゃっと覚えなさいよ」
魔法が無限に使えるからか、全員が傷一つ被っていないし、気疲れしかしていない様子のルミーナは、時間的には昼時らしく、寝起き感はない状態で色とりどりの野菜が詰まったパンを渡してくる。
「全て覚えてしまったら知ってることだらけで人生に刺激が無くなるだろ? 刺激があると無いとでは生きるモチベが変わるもんだ」
受け取ったパンをかぶりつきながらそんなことを呟く。
「なんか過去にやらかした思い出があるような言い草ね。やりたくない言い訳とも捉えられるけど」
「やらかした記憶があるだけで、何をやらかしたのか覚えてねえけどな」
結局今覚えてなければ意味がない、そうプラス思考で今の今まで生きている。
「もう報告したのか?」
クールタイムで寝ていた時に起きた出来事を聞かせてもらう。
「二人があまりに寝たきりだから、あの日にしたわよ。序にメアリと会ったこととか、アトラが別人格化した話をしたら、驚いてたわ」
「だろうな」
変装までして偵察に行ったのにメアリとばったり会うとは思わないだろうし、更にアトラが別人格化されるとはもっと思いもしない。その考えうる限り最悪の事態が起きたんだ。
「それで戦争についての話もしたんだけど、向こうが本格的にしかけてくるまでは何もしないでくれるって」
二カ国間での戦争が始まれば、その片方に住んでいる俺達は少なからず何らかの影響を受け、何らかの形で関りを持つことになるだろう。そもそも俺達は両国に顔が割れているからな。戦闘関係で忙しいのは地球で腹いっぱいの身からすれば、その判断はありがたい限りだ。
「盗まれた男と会えたんだし、もう少しは静かにしてくれるだろうってさ」
「前々から思ってたんだけど、その男って誰だよ。アイツの彼氏とかか?」
戦争の話をしたんなら、その過程で存在を聞いているであろうその男について問うと、
「違うわ、萩耶よ」
「は……? 俺がどうしたってんだ」
ルミーナは急に意味の分からないことを言い出し、俺の疑問に回答してこない。
「……いやいやいや、冗談はよせよ」
まさか、とは思うが……
「冗談じゃないわよ。私もびっくりしたんだけど、萩耶で間違えないって言ってたわよ」
「はぁっ?」
盗まれた男が俺……? まず俺はアトラの所有物じゃねえし、誰からも盗まれていないんだが。でも間違えないんなら……アイツ、とんだ勘違いをしてやがるな。
「後は、アトラの件ね」
話を深掘りしても真相は分からないので、ルミーナは情報共有を続行する。
「アトラを毛嫌いしていたのは他国のスパイかわからなかったし、別人格化した時の対処法がなかったからで、メアリを前にして裏切らなかった事や、別人格化を戻すことができると分かったから、今後は私達同様に接してくれるそうよ」
「一国の王様だから、疑心暗鬼になるのも無理はないが……やっと理解してくれたか」
ルミーナの口頭での説明だけで、実際に見て確かめれたわけでもないのに信用してくれたってことは、俺達への信頼度も結構高いことがわかる。
昼食が終わったばっかりなのに、もう夜ご飯の話をマリアとしていたアトラは、俺の視線に気づくなりこっちにやってきて……
「今回わたくしの別人格化を戻していただき誠にありがとうござ――」
「――よせって。俺達は仲間だろ? 助け合わないでどうする。それに感謝はいらん。それでも言うんならこっちだって反撃するぞ」
「申し訳ないです。なので、どうかそれだけは……」
「分かればいい」
アトラは今回別人格化を戻してくれたという感謝がある。だが俺には日々衣食住を任せている感謝がある。感謝の度合いは負けるだろうが、数では俺の圧勝だ。
そんな泥仕合したくないアトラは話の過程で獣の話でもする予定だったのか、出していた耳と尻尾を引っ込め、
「ハーフじゃないですよ? 人種ですが、獣を封印されているので獣人っぽくなっています」
耳と尻尾を再び出し、また引っ込めて……それを繰り返しつつ、自分の説明をする。耳が現れた辺りの髪の毛は引っ込めた時普通に生えているし、幻影魔法やカチューシャ的な奴なのだろうか。でも動かせているし、触れてもいるし、取れる気配がしない。音はどっちから聞こえるんだ? 尻尾の方はケツなんで見る気にならないので分からんが。一つの体に二つの人格があるだけでおかしいが、とにかくこの世界は不可解なことだらけだ。
「わたくし、前々から思っていたのですが……お庭がこんなにも大きいのに、木が一本あるだけで寂しくないですか?」
これからこの世界での予定は特になく、俺とルミーナが揃って鍛錬もしてない瞬間だからか、マリアは雨が止んでいる窓の外を眺めつつ質問してくる。
「確かに殺風景ではあるよな」
この辺りは貴族が住まう地帯。隣の家も、その先の家も、庭は色鮮やかに様々な花が咲き乱れており、噴水やベンチが雰囲気よく配置されている。そんな中決して金欠ではないが、貴族にそぐわない殺風景さを誇るこの家は、城門の近くとあってかなり浮いている。そしてその自覚がある。パブルス帝国の貴族ともなれば、俺達の存在や活躍ぐらい十中八九知っていると思うので、この殺風景さに共感性羞恥は覚えないはずだが、いざ指摘されると人が住んで居るのか疑わしくなる程に何もないな。それでいて家は綺麗だし、雑草は生えてないという気味の悪さ。
アトラはお花が綺麗なオルレラン公国という国で生まれ育った子。それなりに花について詳しいだろうし、好きだろう。ならこの殺風景な庭を指摘したくなっても仕方ないだろうが……
「別にいいけど……なんで何も植えてないのか教えてあげようか?」
この家が浮かないように植えたくても、植えられない理由がある。
「?」
相手の思考を先読みしていないと納得できないぐらい利口なアトラが首を傾げている。それはきっと自身に人知を超越した戦闘力が無い為、その思考に至らなかったんだろう。
「模擬戦したら、地形が変わるからだよ」
「……⁉」
予想もしない回答が返ってきたからか、アトラは目玉が飛び出そうなほどに目を見開いている。ていうかその反応をするって事は、自分の体内に封印された獣の戦力を具体的にはご存じないっぽいな。
「この家と敷地内は暇さえあれば強化し続けてる結界を張ってあるから、関係者以外出入り出来ないし、物の状態に物理的に影響を及ぼすことを全て遮断するようになっているわ」
「だから俺達は思う存分に敷地内で暴れ……鍛錬することができて、結界と結界の間――庭だけが荒れていくんだ」
「そっ、そんなにお強いのですね……」
俺達が強い奴らとは知っていただろうが、自分で壊せない程の結界を張り、地形を変える程の鍛錬を日々積み、荒れた地形を日々戻していることを知り、アトラは額に汗を滲ませている。誰がアトラに危害を加えるといった。
「しかもちょっと調子づいてきたら残念なことにこの結界も壊してしまうんだよな」
「一応世界最高峰の魔術師が丹精込めて生成しているんだけど」
「本当ですか⁉」
「残念なことにね。萩耶は魔法を超えた特殊能力を持ってるの」
調子のって≪エル≫シリーズを使った時によくぶっ壊すので、ルミーナのジト目が痛いぐらいに突き刺さる。
「でしたら……隅っこの方でひっそりと……」
そこまでしてお花を育てたいことに俺とルミーナは驚きだが、ここはお金に余裕がある異世界。趣味に励むなら、この世界で思う存分堪能していただきたい。
「そこは破壊しないように善処する」
剣や徒手の鍛錬なら被害が及ぶことがないだろう。問題は弓や銃などの遠距離武器、魔法、例えば剣の攻撃を風魔法で遠距離攻撃にした時などだ。激しくなると意識してられないだろうから、観戦者がお花スペースの障壁張りに専念してもらおう。俺の場合は肉壁となればいい。
「ありがとうございます! マリア様、出していただけますか?」
するとマリアの≪スレンジ≫の中からネモフィラに似た花がごっそり出てきたぞ……⁉
「アトラお前、俺達が否定しないこと分かってて先に買ってたのか」
「はいっ!」
別にお金やスペースに困っていないし、花粉症ではないので怒りはしないんだが……メイドなのに俺達の了承を得る前に行動するという意外と大胆なところがあったことに衝撃だ。いや、一般的な人ならこのぐらいが普通なのかもしれない。ルミーナは長年森の中で暮らしていたので欲が無いく、マリアは元奴隷で欲が無いから、初めての出来事で驚いただけかもしれない。いずれにせよ、アトラは専門学校を卒業したほどの正式なメイドだからな。
「もし否定されたらどうするつもりだったんだ?」
「言葉でお二人の意思を変えようかなと」
「おいっ、自分が得意なのを仲間相手に活用するな」
怖っ。前から思っていたが、アトラがメイドじゃなくて、短気な人だったら俺仲間にしてないと思う。いやでも言葉で強制的に仲間にさせられている可能性もあるのかっ。怖。
「冗談ですよ。流石に諦めます。わたくし、お二人にお仕えしている身ですので」
言い難かった別人格のことが自然とバレ、俺達に言わずとも知らせることができたからか、今の生活が嬉しいからか知らんが、調子に乗られると怖い手段に手を伸ばしかねないので、接し方には気を付けておこう。
「試しにお花スペースを意識した戦闘訓練でもやりたいとこだが……そういややることがあったな」
今日は気配察知能力の向上を目指して目隠し戦闘でもしたかったのか、タオルで目を隠したルミーナはやる事を思い出した俺の顔を見上げる。
「そんなのあった?」
俺がいなくてもマリアとできるし、鍛錬は雨でも関係なく行うので、目隠ししたままでいる。変な感じだな。
一から説明するより脳内を契約の恩恵で読み取ってもらった方が早いので、
「野暮用だから俺一人で行ってくる」
最近ミミアント商会と『シャガル ミネヴァルト』をパブルス帝国に連れてきたはいいが、完全に放置していた。自宅は正面と隣に俺達の自腹で用意してやったが、しっかりと無難に店を経営できているのかまだこの目で確かめていない。これからこの世界では一時の余暇が訪れるので、見に行くことにする。
「わたくしはこのお手紙の返信を書いておきますね」
「お手紙……?」
家を出ようとしたらこの世界で耳にしてこなかった単語が入ってきて、歩む足が止まる。
「はい、このようなお手紙が届いておりまして……」
ルミーナも視界は塞がれているが、念話で知らないようなことが伝わってくるってことは、アトラとマリアが二人揃って迷惑メール判定を下したから俺達の時間を浪費しないようにわざと言ってこなかったんだろう。だって……
「拝啓、過分なるご厚情を賜り……んだこれ」
まず、文が難しくて読む気にならんからな。
「こんなの堅苦しすぎて読む気にならんぞ」
「難しくて読めないだけでしょ」
「そうに決まってんだろ」
そこ誇る必要は無いんだが、この手紙、序に単語までもがムズい。言語勉強は今晩からだぞ。
「要約すると、今晩会いに来たいそうです。宛先は不明です」
「名前ぐらい書けよなー」
俺達の名前を知っていて、俺達は相手の名前を知らない、そんな人物は……心当たりがあるが、今の俺達の元にアイツが来たところで門前払い確定だろうし、アイツがこんな文章書けるはずがない。絶対俺と偏差値同じかそれ以下だ。
「知らない相手なので丁重にお断りしますね」
「ああ、そうしてほしいんだが……宛先がわからねえのにどうやって送るんだ?」
地球なら郵便番号と住所と氏名を書いて、郵便ポストやら郵便局に持って行けば発送できるそうだが、この世界に郵便ポストや郵便局を見たことがない。それに、送られてきた手紙に郵便番号と住所が書かれていない。そもそもこの家に郵便番号と住所がないが。
「持ち主に返す≪リターン≫という魔法を用います。普通は魔法を売りにしているお店に持って行きますが、マリア様に頼む予定です」
「そんな魔法もあるのか」
頼む相手にルミーナがいなかったってことは、この魔法は簡単ではあるがマイナーなんだろうか。まあ山で一人暮らししていれば使う目的もないだろうけど。
「魔法使いであれば簡単に阻害できますが、手紙など安全な物は基本阻害されません。なので返信は簡単です」
「へぇ。ならそれは頼んだ」
使える人口が限られるが、スマホでのメールシステムより理解しやすいな。
この世界、地球より機械的な発展は劣っているが、地球が機械的に発展した部分を魔法でやりくり出来ている辺り、総合的な発展具合、幸福具合は同じだったりしてな。機械だって、魔法と同じく使える人が限られてるんだし。
俺の記憶が正しければ、カエラにも話をしているので、ミミアント商会と『シャガル ミネヴァルト』は大通りに面した空き家に店を開いたはず。とりあえずパブルス一の繁華街と呼ばれる、出入口が二つ連なっているあの通路に向った。
噴水が印象的な広場に着き、まずはこの広場から見渡せる範囲内――要は一等地と呼べる場所に店を開いていないかチェックしていると……
(だとは思ってたけどよ……)
あった。ミミアント商会が。
あの場所は昔何らかの売店だった気がするが、そのお店の原型はなく、ほぼ対面にある聖イシュトヴァーン大聖堂のようなギルドと同じ大きさと煌びやかさを誇るミミアント商会がそこにはあった。ブリュッセル市立博物館みたいな建物が数年かかるまでもなく魔法によって突然建設される怪奇現象は未だ違和感があるな。
ミミアント商会は自分たちだけでしっかり運営できている大手の商社だ。中を少し見させてもらい、企画書を渡して後にしよう。
デリザリン王国にあった時より好立地で、デリザリン王国より多種多様な人々が暮らしているからか、ミミアント商会を出入りする人の量は尋常じゃない。と言っても冒険者が必ず立ち寄るギルドや飯屋程重要度は高くないので、スムーズに入ることが出来た。
今回は別に住居を用意してあげたからか、建物自体は庭もなくデリザリン王国の屋敷より一回り小さいと、外観から推理していたが……中に入ってみると、住居が別れた分職場として使えるスペースが増えたからか、前より高性能で効率化されている。その一例として、
「前は友達ん家って感じだったのに、今は受付まであるのか」
地球でいうレジ、異世界でいうギルドの受付みたくなった所に行き、受付のルナに企画書を出しつつ、奥の方で部屋から部屋へ移るところだったシェスカが俺に気付いて手を振ってきたので、軽く振り返してやる。仕事が忙しくなった影響か、少し痩せてるな。もうボタンは弾けないだろう。
「はいっ! お陰様で以前より大繁盛しております! こんなのまぐれです!」
「まぐれとは思えんが……まあ上手い事やってるようで安心したわ」
一時はどうなることかと思ったが、以前より繁盛しているんなら何よりだ。流石は大手商社。俺が関わる必要があるのは、今までにない物や事の発案の提供のみだ。
「今ミミアントさんはフリーなので、お会いしますか?」
お客の殆どはこの受付を通らず、右の方に姿を消していく。この比率を見るに、お客目線で右側が物販コーナーで、左側が商談スペースって感じだろう。だが、俺はお客の中で一番優待される存在だと思われる。つまり左側ではなく奥の従業員スペースに連れて行かれ、帰りが遅くなってしまい、ミミアント商会より心配な『シャガル ミネヴァルト』に割ける時間が少なくなってしまう。それは避けたいので、
「今日は遠慮しておく。ただ様子見に来ただけだしな。企画書は土産だ」
そう言い残して軽く物販コーナーに目を通して終わることにする。
建物が小さくなったことで庭のスペースが広くなったようで、シークが停められていたり、マジラシークを牽引する危害を及ぼさない魔物が飼われていたりする表スペースの他に、裏にはちょっとした庭があった。そこは社員専用って感じではなく、複数の客が立ち入っている辺り、室内で試し辛い物品を試せるスペースなんだろう。
(外で試すようなものあったか……?)
ぼーっと庭を眺めていると……見るからに煌びやかなドレスを着た貴族らしき女性が不器用に自転車を乗ってきて、数秒で悲鳴と共に倒れた。そして執事さんが手を貸している。そんな所を見てやっと合点がいった。そういえば前回シークの応用で、歯車とチェーンを付ければできるんじゃねとかいう大雑把な企画を上げたんだったな。
「自転車って結局いくらなんだ?」
帰る序に物販レジ担当のルアに自転車の値段を聞いてみると、
「王貨三枚ですよ」
「は⁉」
なんという大破格! 地球と技術や資材の差があるとは言え、いくらなんでも高すぎる。せめて白銀貨数枚に落ち着かせるべきだ。でないとまだ白金貨数枚の下級品シークを買った方が得だ。
俺はあって当たり前の世界で暮らしていて、子供の頃から乗っているので問題ないが、初めて見る人たちにはバランスの制御と足を動かす動作の両立が難しいんだろう。戦闘の手練れがいれば持ち前の運動神経とセンスですぐに乗れるんだろうが、そういう奴は自分の脚で歩くか魔法で一っ飛びなので購入しないはず。それにミミアント商会一行は試作品の段階で誰も乗りこなせなかったので、運転例を披露したり、漕ぎ方のレクチャーができない。
「え、今はもう指導できる奴いんのか?」
「いえ、今も誰も危なげなく漕げませんよ」
「嘘だろおい……」
運転の仕方を文字でしか伝えていないとはいえ、そんなに難しいか? 自転車って。石塚はセンスなさすぎていくら練習しても直進しかできず、カーブの際は降りて方向転換するとか言っていたが、それすらも出来ないとは思いもしなかった。
運転例を見れないお客はまず買いそうにないし、そこから更にこんな高価だと需要あるとは思えん。少なくとも俺はまだこの町で乗っている人を見たことがない。
「今までに何台売れたんだ?」
「物珍しさに六台売れただけですね」
「六台……」
抱えている在庫の量は置いておき、単純計算王貨一八枚売り上げたことになるので素晴らしくはあるが、あまりに数売れてなさすぎるだろ。そんなだと購入した人がとんだインフルエンサーでも徐々に普及していくことすら祈ってられん。
余韻を残しつつも他の客の邪魔にならないよう会話を終えたが、やっぱりミミアントに会うべきかもな。今日は他に用事があるので、次案を持ってくる時に指摘しておこう。
事実自転車の件が『シャガル ミネヴァルト』の現在並みに気になっているが、この一番繁栄している広場周辺を散策する。
実はミネヴァルトにはミミアント商会より優遇するようカエラに伝えてある。これはあくまで俺の意見だが、金より飯の方が大切だからな。それに、お店をしっかり守ってくれる、戦闘もできる従業員を問題なく雇える大金も渡してある。それなのに以前のような路地裏のひっそりとした場所に店を開くような愚行には走らないだろう。てか走ってたらコンサルしてやる。
ともあれ大通りしか通っていない訳だが……新店舗が出来た気配すらなければ、改装したお店や空き家がある気配すらない。前に見て回った景色と差があるのは行き交う人々と空模様、売っている物の種類ぐらいだ。
(ミネヴァルトの奴、ちゃんとやれてんのか……?)
まーた自宅の隅っこで体育座りしてんじゃなかろうか。そんな予想が、パブルスの繁栄している出入口付近を散策する度に現実味を帯びてくる。時には改名も疑ったが、どの道新店舗は出来ていないからな。
流石にあの腕を持っていて弟子入りとか考えられないし、俺達が何言うか分かっているはずなので、まだどこで開くか決まっていないか、捜索不足だったということで、一旦ミネヴァルトの自宅に直接訪問することにした。
起床したのが昼過ぎとあって、もう日が落ち始めた頃合いにミネヴァルトの家に着いた。自宅が近いとあって買い物帰りのアトラと会釈を交わし、敷地内に入って行く。異世界にはインターフォンがないし、玄関までが遠いので、未だに敷地内に入る時や人物を呼び出す時にどうすればいいのかわからん。さっきアトラとすれ違ったからやってもらえばよかったぜ。
こっそり入っていると寧ろ怪しまれるので、堂々と入って扉をゴンゴン叩こうかと思ったが……
「フンフンフン~♪」
リンドハースト邸そっくりの家の裏庭から水の音がするなとは思っていたが、鼻歌までも聞こえてきたので、そっちに行くことにする。
「こんなとこに居たのか」
「およ? しゅーやくんだ!」
地下水でも引き当てたのか、井戸ポンプからじょうろに水を入れていたミネヴァルトが俺に気付くなり抱きついてきた。そこは別にどうでもよくて俺も頭をなで返してやるんだが、敷地内だからって安心しすぎじゃないか? 純白のベビードール姿って。子供っぽいし、服を着なさそうな妖精族とはいえ、性的な目で見られそうな大きな胸を持ってるぐらいだし、少しは恥じらうべきだ。……とは思うが、ここは異世界。文化の違いで裸を恥じなければ、容姿を性的な目で見る輩も少ない。それに加えてここは皆家族みたいな国柄だ。地球人キラーすぎる。
よく見たら建物と木の間を結んだ紐に沢山の洋服が干されていて、それの片づけと水やりの最中だったっぽい。でも今着ていたであろう服までも洗濯してしまうとかしくじったな。
「パブルス中探しても『シャガル ミネヴァルト』が無かったんだが、どこにあるんだ?」
洗濯物の取り込みを手伝いつつ本題に入る。
「まだ開店してないお」
「嘘だろ? こんなに期間あったのにか?」
「今ギルドに募集をかけているんだけど、中々人が来なくて……」
「ああ、なるほど」
どうせ心機一転リニューアルオープンするんなら最善の状態で始めたいんだろう。だが中々人が来なくて、今日も自宅で過ごしたって感じだな。募集をかける場所がギルドしかないならしょうがないが、ギルドってのは冒険職の人が行き交うので、そこに職種が異なる商売の募集をかけたところで人が来そうにないから未だ開店できていなくてもしょうがなくはある。
今が待ち時間だからだろうが、この白と青と緑が基調のお家の庭は、やけに気合入っていて……正直、こういうオシャレ・手入れ具合は地球でいう自由に制作が可能なゲーム内ぐらいのお話だと思っていた。だが、ここはそれを実現している。俺の知識ではこう説明するのが限界のそんな庭で、開店に備えて育てているっぽいハーブに水をやっているミネヴァルトは、
「お店は買ってあるお! 地図で右上の広場の近く!」
「あっちの方に買ってたのか」
そりゃ見つからんわけだ。てっきり立て続けに検問所が連なっている左下の方だと思ってたからそっちは見に行ってない。
「左下の方が栄えてるけど、右上の方が冒険者が多いんだお~」
左下の検問所を出た先は疎らに住宅街が続いているのに対し、右上の検問所を出た先は平原や山岳地帯が広がっている。確かに冒険職にとってはユニオンスクエアみたいな見た目の右上広場の利用率が高くても可笑しくはない。この世界の飲食店はいかに冒険職の胃袋を掴めるかが勝負という印象があるので、場所の選択は正しいと言える。左下より民度は悪いが、そこも従業員を雇うから問題ないだろう。
カエラにも協力してもらった結果か、一応場所は押さえているようなので安心だ。でもまだ買い取る前の状態ってことだろうから、建て直したり改装したりと、これからすることは多くありそうだ。
「条件なしで募集かけたから、雇うのにいくらかかるかわからなくて……破綻しないように建て直したり改装するのは後にするお」
何だ、そんな理由で今何もしてないのか。内装の案が浮かんでないとか、もっと改善し難い理由があるのかと思ってた。
「そんなことなら言ってくれればいいのに。お金あげるから早く立て直すかどうにかしておけ。人が揃っても工事が終わるまでムダ金発生することになるぞ」
「これ以上お金は受け取れないよお~!」
「気にすんな、というか命令だ。俺は一日でも早くミネヴァルトのその腕を沢山の人々に揮ってほしいんだ」
大衆料理を作る料理人と家庭料理を作るメイドはまた別物で、比較するもんじゃないので引き合いに出さないが、ミネヴァルトが作る料理は世界一美味いと俺は評価する。この貧乏舌にもその料理は唯一格が違うと分かるんだ。あの腕を人々に揮わずに時を過ごすなんて、勿体無さすぎる。
「はうぅ~ありがとうございます!」
やっぱりコイツにはニコニコ微笑んでもらいたい。ミネヴァルトの笑顔を見ると、あぁ今日も平和だな……って気分になるんだよな。小さな天使という容姿がそう思わせてるのかもしれないが。
異世界人は日本人みたいに謙遜しまくらないので、ちょっと強引に行けば直ぐ受け取ってくれる。そう思うとちょっと悪い気もするが、ミネヴァルトに無益な物を渡したわけじゃない。言わば投資、募金、最近でいうとクラウドファンディングのようなものだ。
多分ミネヴァルトにここまでお金を渡してしまう理由は、ミネヴァルトが不憫で健気で、味を占めて強請ってくることがなく、自分で抱え込むからだろう。無意識なんだろうが、見る人から見れば巧妙な奴だと判断されかねんタイプだ。
たくさんのお金を受け取ったミネヴァルトはおずおずと自宅に戻って行くので、それについて行く形で家に上がらせてもらう。
「実は初めて中を見たんだが……こんなでかい家にたった一人かー。寂しくないか?」
俺達の家より敷地面積は狭いが、建物の面積は俺達の家より大きいらしく、部屋の数がやたらと多いし、一部屋一部屋が広い。それでいて埃なんてなく……こんな家を一人で切り盛りしているミネヴァルトは立派なもんだ。俺なんか1DKですら管理できないのにな。
「寂しくないお! 王様の方々が時々遊びに来てくれるんだお!」
「へぇ」
カエラ達、そんなことまでしてたのか。優遇しろとは言ったが、数少ない城の駐在人を減らしてしまってすまなく思う。でもそれも働き手が見つかるまでだ。後日お詫びとして何かしてあげよう。
寂しくないと言いつつも、実際に使っているのはダイニングキッチンと寝室だけのようで……他の部屋は全て明かりすらも置かれていなかった。
「……本当に必要最低限で暮らしてるって感じだな。もっと物買ったらいいのに」
「今は収入源がないので……」
「俺の金どんどん使ってくれよ。ていうかそうしてくれないと金で埋もれてしまう」
地球が貧乏な都合上散財癖がつけられない為、お金に有り余る異世界でもとても裕福とは言えない普通の生活を送っている。別にそれは嫌じゃないが、お金が溜まる一方でそろそろルミーナの≪スレンジ≫の中身が九割金になってしまう。近いうちに商社での稼ぎを止めて、収入源をゼロにしてもいいが……ミミアント商会は俺達が産む新案への期待を止めるはずもなく、止めようにも止められない。今の俺達は、そんな中暮らしているんだ。
「いつもいつも、大変ありがとうございますっ」
「気にすんな。ウィンウィンの関係だ。金のことは心配しなくていいから、ミネヴァルトは自由に暮らしてくれ」
孫に無性に金を与える気持ちってこんな感じだろうな、知らんけど。
既に日は沈んでいて、もうすぐ夕飯時だ。もし独り身ならここで金払って飯でも貰っていきたいところだが、俺には仲間がいる。そしてさっき夕飯の素材を買って帰っている姿を目撃している。念話で仲間の様子を感じ取ると、各々自分がしたいことをしているが……心のどこかで、俺の帰りを待ちわびている。仲間とは、そんな存在だ。出会い方はどうあれ、寂しがりやで泣き虫なミネヴァルトにも早くそういう存在ができることを祈って、帰宅することにした。
ミネヴァルトに見送られて歩くこと数十歩。一分もかからず良い匂いと騒ぐ声がする自宅の門を開いた。
(やけに盛り上がってるな。チェスでもしてんのか)
戦闘訓練とはまた違う意味合いで盛り上がるし、リボルバーでロシアンルーレットしてるならアトラの悲鳴が聞こえてきそうだ。だが、どれにも当てはまらないので、気になりつつ声のする方に向かうと……
「あ、しゅーやのお帰りじゃ」
「お邪魔しております」
異世界では珍しく土足厳禁の俺ん家の玄関に見知らぬ――いや、心当たりはあるが――靴が二足あったので、薄々感付いていたが……
「何でおめーらがいんだよ……」
今晩から言語勉強を始めようと、明日雪が降るんじゃないかってぐらい珍しくやる気に満ち溢れていたのに、寝巻で今晩泊る気満々のカエラとベリーヌを見てやる気が一気に霧散した。あーあ、明日再熱することやら。てかベリーヌって寝巻着るんだな。カエラが寝ている間も全身フル装備で警護するんかと思ってた。
「萩耶様お帰りなさいませ。例の手紙ですが、あれはカエラ様からのお手紙だったようで、感謝とお詫びを兼ねて本日お泊りに来るとの趣旨だったようです」
「詫びってなんだよ。お泊りってご迷惑そのものだろ」
何かアトラが言うと良いように聞こえるが、冷静になって考えると感謝とお詫びを兼ねてお泊りって聞いたことがないぞ。そういうのって粗品とかが通例じゃねえのかよ。ていうか俺の目の前で俺達より先に夜飯パクパク食うなよ。それでもこいつら一国の王族とその側近かよ。
「てか何であんな分かりにくい手紙書いてんだよ。普通に悪戯かと思ったぞ」
「どうせ否定されるならふざけようって話になったのじゃ」
「殺すぞ?」
「もっ、もう少しオブラートに包みましょう!」
一応メイドだからかこんな奴らを未だ来客扱いしているアトラがあわあわしているので、
「なんで入れたんだよ」
どうせアトラが善意で中にいれたんだろうと思って問ったが、
「概念魔法≪シールドブレイク≫で障壁割って入ってきたのよ」
もう諦めているムードのルミーナは溜息交じりに教えてくれる。
「おいテメェ。しょーもねえことでバケモン魔法使うんじゃねえぞ……」
「あだだだだだだ!」
飯を食ってる最中お構いなしでカエラの顎を持ち上げてやる。ベリーヌが驚いて止めに入るが、その程度の筋力で俺の腕が動くと思うなよ。
「我は闇魔法の大賢じ――」
「――お前一度魔王化したせいで頭バカなったんか? 人んちに泊まりに来る行為のどこが感謝と詫びだ」
もう追い出す気すら失せた俺もルミーナの隣に着席し、この中で一番頭が悪い奴じゃなくなったこの機に人生初の言葉攻めだ。
「みんなと一緒に遊べば楽しいのじゃ!」
「楽しめれば詫びになる、か。それ以前にだな、六人で遊べるゲームなんかねーよ」
この世界にゲーム機なんか存在しないし、今存在するゲームは二人零和有限確定完全情報ゲームかあっち向いてホイとかの初歩的な奴だけだ。
「じゃんけんがあるのじゃ!」
「じゃんけん大好きかよ。二回目で飽きるわ」
あのゲームで一晩持たそうとしたその意思に衝撃だ。ゲームに疎い異世界人怖すぎ。
「じゃあジェスチャーゲームじゃ!」
「言っとくが俺達はそんなノリよくねえからな?」
アトラは意外とノるタイプかもしれないが、マリアは完全に無視だし、ルミーナは見る専門。俺は楓が口酸っぱく要望してこない限り、傍から見ても恥ずかしくない程度にしかノらない。つまり、やってもしょうもないジェスチャーゲームになるだけで、やるだけ無駄だ。寧ろ雰囲気を害するだろう。
「じゃあ……チェス!」
「チェスは二人だ。ネタ切れならもう帰れ」
もう何を言おうがこの二人が帰宅することはないんだろうが、それでも言い続ける。だって次やる気が出るのはいつかわかんねえからな! クソッ……こりゃ長い夜になりそうだ。




