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クロス・インパクト  作者: あかつきこのは
21/32

21 無尽蔵の戦闘員

 

 ――ドッパァン!

 そんな轟音と共に降り立った先は、海中だった。

 やるしか選択肢がなかったとはいえ、一か八かの賭けに勝ったわけだが……あまりに転移先の状況が予想外で劣悪過ぎた為、俺もルミーナも海面と衝突し、海水を飲んでしまうが、その程度でくたばる貧弱者ではない。

「成功、ってことでいいんだよな? これ」

 今まであのような状況下で≪エル・ダブル・ユニバース≫を使ったことがなかったので、転移した先では侵入時の速度が保たれたままかわからなかった。念の為にクッションになりうる物がある場所を想像して侵入したんだが、その場所は想像したに過ぎず、実在しているか不明瞭だったからか、ランダムな転移先となってしまったようだ。でも海上で運が良かった。海上は海上でも高速度だったり遥か上空からだったら着水の衝撃で死んでいた可能性が高いが、あくまで出現場所が始点の自由落下。それに加えて海面から数メートル高い位置に足から出現したため、やってることはただの飛び込みと一緒。無事に生還できた。

萩耶(しゅうや)の視力では遠くに明かりがあるだけで、ここからじゃどっちの世界か区別つかないかもしれないけど、私の目には見えるわ」

 契約の恩恵で懸念していたことを読み取ったのか、自身の目の良さを活かしてとある方向に腕を伸ばす。

「あの方向に行けば町があるわ。それも、地球でしか見られないようなビルの街並みが」


 ……ということで無事に地球、それも自宅に帰ってこれたわけだが。

「いやーびっくりしたよぉ。まさかやや君が空から降ってくるなんて」

 悲しいことに、俺とルミーナが地球に転移してきた一部の光景を丁度近辺で遠泳中だったこの女――というか避難部誘導科に目撃されてしまった。Dランクだからって体力作りばかりさせるなよって思ったが、どうやら面子的に補習組っぽかった。

 一部、つまり転移の瞬間とか記憶を改変させていただく必要があるシーンは目撃されなかったが、異様な発光に違和感を覚え、こちらに急行してくれたようだ。姿を晦まして自力で帰ることはできたが、あの近辺で不可解な出来事を生むことによって、どうせ異世界人だろうという無理もない偏見により、異世界人への警戒心や察知能力が強化されては困る。だから俺達は自首した方がいいだろうということでわざと救護された。Aランク――それも校長と顔見知りともなれば、秘密裏に任務を依頼されていたとでも適当に言えば、噂で終わる生徒より厄介な教師共にも言い聞かせることが可能だからな。

 ともあれ翌日、こうして俺の家には同じアパートに住む住民が集結していた。(かえで)は俺がそんなんでくたばらないと分かっていても、そういうハプニングが起きてウチに来ないのは石塚(いしづか)から怪しまれるのでやってきている。だが一番心配しているはずの石塚の野郎は……本当に心配してんのか分からない。あんな出来事が起きたにも関わらず、翌日が日曜だからって昼過ぎまで惰眠を貪りやがったし、今は呑気にシュークリームを大口開けて頬張りやがるし。

「おい。ほっぺにクリームついてんぞ。部屋汚したら十倍汚し返すからな」

 まだ≪エル・ダブル・ユニバース≫の最低クールタイムを経過していないので、うちには掃除のプロフェッショナルがいない。ある程度なら俺やルミーナで何とかなりそうだが、俺やルミーナが掃除すると何故か悪化するんだよな。極力何も触らずにこの地を去る予定だ。

 石塚のシュークリームを一つ勝手に食べている楓のほっぺについたクリームを指でそっと取り、数年ぶりにクリームを食う。うわ、甘っ。んだこれ。

 その行為を見た石塚は何故かハッとし、

「おい、子供でもそんな事しねえぞ。さっさ拭かねえと殺すぞ」

 自分も同じことしてほしいとでも思ったのか、べっちょり口周りにクリームを付けやがったので、ティッシュを軽く丸めて投げ渡すが……

「なあお前……」

「ん? どうかしたの? なんか付いてる?」

 どうしても同じ行為をしてほしいんだろう、白を切りやがる。鳥ですらまだ記憶してるぞ。

「指で取ってくれと?」

「へ? なんのこと?」

「オーケーりょーかいだ。窓拭き用の雑巾で拭いてやる」

 黙ってればそうしてやったかもしれないって事でもなく、単純にコイツが嫌いなので、今日も今日とて撃退しようと試みる。というかコイツ入室禁止じゃなかったか? 俺にアクシデントがあったからってそれを口実に自然な流れで部屋に上りやがって。

「あいやいや何でもないよ?」

「何でもないってなんだよ。話かみ合ってねえぞ。ほら、拭いてやる」

 今が攻め時だ。石塚の頭を右手でガッチリロックし、雑巾を口元に近づける。流石にあと数ミリで触れるってところまで接近すれば、今日のところは諦めてくれるだろう――と思っていたが、

「な、ならやや君に得があればいいんだよね⁉」

「次は何を言い出す」

 俺が求めているとすれば視界から石塚が消え去る事だが、どうせそんなことではないことぐらい話を聞かなくても分かる訳で……

「乳首当てゲームをしよう!」

「はい?」

 どうせ自分に得があるだけの条件を出すんだろうと思っていたが、石塚の口から発せられたのは俺もルミーナも楓も想像していなかったことだった。

「そうすればやや君は乳首触れてラッキー! でしょ⁉」

「何がしてえんだよ。まず俺にそんな願望はないし、お前にラッキー要素ねえだろ」

 少し会わない間に愼平と同じ道に迷い込んでしまったのか知らんが、そのゲームをやりたがる理由がわからん。

「え? あるよ?」

「は?」「え?」「ん?」

 どうやらいつの間にかコイツは変な道を歩み始めたようで……至って真顔であるとほざくもんで、俺とルミーナと楓はドン引く。

「あー! ごめん! 言葉がアホだったね」

 言ってることは意味わからんが……

「ならひっぱりあう大会?」

「「「……」」」

 これほどまでに、三人の心境が一つの単語だけで一致したことがあるだろうか。その単語は――「ヤバい」。今の石塚に対しては、この抽象的で一般人が乱用する一言に尽きる。いくら語彙力がある人間でも、今までの石塚の生体を知っていればこれぐらい認知度があって直感的に伝わりやすいワードで形容したくなるはずだ。

 コイツバカだから本当は『言葉の綾』と言いたかったのかもしれないが、もしそう言ってても会話内容と噛み合わんぞ。マジで一回脳内リセットしろよ。こっちに無駄な理解能力習得させんな。

「よし、合法的に殺人できる条件を作るぞ」

「そうね」

「何がいいかなー。実は異世界人を拉致していた組織のドンだった、とか?」

 前々から可笑しな奴だなとは思っていたが、遂に本性を現してきたか。流石にこの件はネタで済まされないので、本気で思案する。

「ちょっとぉ! 皆酷いよ! あやは本気だよ⁉」

「本気なら尚更だろ。改心するまで死んで悔いろ」

「死んだら意味ないよお!」

 冷静に正論で返されるが、そんなのどうでもいい。レベル的にもいつの間にか愼平を超えたコイツを早く止めないと、今後の俺達の身が危ない。それも、今までとは違う意味合いで。

「楓ちゃん! 楓ちゃんなら分かってくれるよね⁉ ほら! 一緒に――」

「――おめーが命令すんじゃねえよ。ボケが」

「ヒッ」

 同類扱いされたくなかったからか、楓から強烈な声色の発言が飛び出してきたぞ。初めて言葉で殺気を感じたね。声優って怖い。

 きっと触られるとパットってばれるから余計嫌みが籠ったんだろうが、やけに変態になってしまった石塚を本格的に面会拒絶する必要があると確信したのか、俺とルミーナと楓は素早く輪になって作戦を立案する。しかもネタじゃなくて本気だからか、

「あ、あれ? 壁……?」

 ルミーナは魔法で透明な壁を出現させたようだ。石塚はこっちの声が聞こえていないようだし、虚空をただひたすら不思議そうに叩いている。バカ相手だから堂々とできる事だな。

「最近俺がいない間に何があったんだ。新兵の野郎が同族を増やす為にまずはチョロいアイツでも洗脳したのか?」

「そんなことはないよ。新兵君ああ見えて引くところは引くから」

 とりあえず愼平絡みじゃない事が判明したが、愼平の好感度が百中一から変動することはないな。

「つまり自ら目覚めたのね」

「そうみたいだけど……今日が初めてなんだよね。それまではずっと正常だった」

「謎だな……」

 今までに何回か石塚の部屋に入ったことがあるが、何れも部屋に異物が紛れている事を感じ取ったことはない。普通そういうものは隠すが、俺が物を隠せそうな場所の異変に気付かない訳がない。つまりずっと前から隠し持っていたのではなく、俺がいなかったこの短期間で目覚めたと断定していいだろう。ともなれば、歴が浅い今はまだ正常に戻れる余地があるはずだ。が……

「関係を断ち切る以外に手段が思いつかん」

 自分が一度そういう時期を超えた経験がある訳じゃないし、まず詳しくない人が対処法を思いつくはずもない。それは二人も同じらしく……

「これを機に関係性を断ち切るのも必要かもね」

「そもそも正常に戻した所で、ウザさは変わんないわ」

「その手が有効的なんだろうけどよ、奴がそう簡単にあきらめると思うか?」

「うーん……」

 今まで何度奴と関係を断ち切ろうとしたことか。今もめげずに好感度下げに励んでいる訳だが、奴には変な嗜好でもあるのか、寧ろ上がっているようなんだ。事実メアリより執着してくる。何で俺は変な奴とばかり関係性が生まれるんだろうな?

「こないだ食事制限で痩せたって楽しくないし辞めたらまたすぐ戻るんだから、生活習慣正して運動した方がいいよって言ったところだったから、てっきり今はダイエットに気を取られてると思ってたよ」

 正直まだ友達としてアドバイスしてやってるだけ楓は優しい奴だ。

「あまりに痩せれんもんで諦めた結果が変態路線か?」

「話が繋がらないわよ」

「慎平君に筋トレのこと聞いてて感染したとか?」

「アイツ人に強要はしても同類を作ろうとはしないだろ」

 可能性を挙げても直ぐに成立しない納得のいく意見が上がってしまうので、三人揃ってため息が出る。

「ダイエットなんざ見れば結果はわかる。努力もしてない奴が一、二回やっただけで成長せずに諦めたんだろどうせ。戯言にも程があるだろ、身の程を知れ」

「しゅうやんの正論鋭利だね~」

 誰も言い過ぎだと指摘しない辺り、お呼びじゃない存在なのは明白だな。

「転校でも転居でもすりゃいいんだろうが、優遇されて今ここで暮らせて、今の生活を送れている。学校の規則上在学中は人工島外に転居出来ないし、学力的にも学歴的にも転校先、就職先があるとは思えん。そもそもそれが俺に合うかもわからんし、初期費用すらない」

 神から力を授かったことは素晴らしい事だが、同時に束縛された気もする。そんな俺は今の生活、今の活動からはこの転移現象が終わらない限り、一生逃げられない。新谷(あらや)家にご隠居する気にはならんしな。

「ならこういう場面になった時に身を引く作戦を立案しないとだね」

「それも今後使える奴ね」

「そうだな」

 今後の対応が決定したので、次は対処方法について思案する。

「最近のアイツがやってることや好きな事で、何か良いように使えるものはないか?」

 アイツの部屋はぬいぐるみで溢れているので、ぬいぐるみ好きは確定だろう。そして、去年祭りで打ち上げられた花火を見てやたら騒いでいたところから花火好きでもあるだろう。だがそれらは奴と多少なりともつるんでいればすぐに判明する好み。それ以上の情報を知り得ないんで、偽善行為ではあるがアイツの事を「あーちゃん」と呼称し、同性なのでより肩の荷が下りた会話も交わしたであろう楓に情報を求める。

「最近はダンスとチアの練習をしてるみたいだよ」

「ダンスとチアか。またよく分からんところに手を伸ばしたな」

 楓の手前あまり過激な発言は出来ないが、この年になって始めたというなら、それはプロを目指しているようなものではなく、趣味や友達との付き合いだったり、好きなアーティストから影響を受けたり、特に石塚の場合ならダイエット目的で始めたとも思える。

「何回も使える作戦じゃないけど、とりあえず今日はそうするしかないわね」

「集中してたり、疲れ切ったら忘れるだろ」

 最後の方は適当になってきたが、一度撃退してから再度作戦を練ることにする。そろそろ鈍感な石塚でも超常現象が起きていることに感付きそうだしな。

「あー、そういえばお前最近ダンスとかチアの練習してるんだってな。どうしていきなり始めたんだ?」

 いきなり透明な壁がなくなったからか、腕で体重を支えられなくなって前に倒れた石塚は、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりの表情を浮かべて立ち上がった。旅立ってた俺がその情報知ってるわけないのにな。バカだなぁ。

「そうなんだ! ダー……クササイズの一環! あと柔軟性が必要だなーって思って」

 ダクササイズとかいうわけ分からん単語を生んだのは置いておき、妙に変なこと求めてることが判明したが……深く考えない方が身の為な気がする。

「見せてもらう事ってできるか?」

「え? で、でも下手だよ?」

「下手でも何でもいい。お前が三日坊主にならんように監視してやるだけだ」

 何かこの発言のせいで今後何回かコイツのダンスやチアを見らなくちゃいけなくなった気がするが……この際どうでもいい。この件を持ち出して変態的な行為を回避できるならな。


 あの日は悲惨だった。あの後石塚は踊った訳だが……あれはダンスでもなければチアでもない。変人の行動の真似だ。酔っ払いが両手上げてフラダンスしてるような映像を二、三十分見せられた。しかも当の本人は至って本気だからか、自分のダンスが可笑しなことに気付いていないし、自分のダンスに誇りを持っているからか、恥じらってもいなかった。開始三分で何かを察した俺が楓の視界を塞いでおかなければ今頃楓はダンスとはどういうものか忘れていただろう。そのぐらい酷かった。強烈だった。翌日になっても記憶から全然消えないし、あれは一種の呪いだ。

 思い出す度吐き気を催すが、笑いとは偉大で、石塚がいない裏で三人揃って大爆笑すると呪いが解けたようで、思い出すとクスっと来る程度には治まった。翌日石塚は高熱と全身筋肉痛に悩まされたそうだが。

 異世界に出向いてマリアと合流し、また地球に戻ってきた金曜日、久しぶりの登校をするわけだが……朝一番から嫌な事が起きた。

「遅刻遅刻ぅ―!」

 二週目勢は午前の授業が免除されているので、パルクールでもしに行こうかと住宅街五区を歩いていると、目の前の角からパンを咥えた女性が猛スピードで飛び出してきた。

「おい! あぶねえだろ!」

「すっ、すみませーんっ!」

 口では注意するものの、ぶつかりかけた女性の背後を見て嫌な予感がした。

 ぶつかりかけて顔が見えた時に判明していたことだが、背中にネクタイがある残念さから衝突を企んだ女性が誰か確定した。――石塚だ。どういう意図か分からないが、接触したいが為に下手な変装までしてここに待ち構えていたようだ。

「んだアイツ……」

 実はかなり前から視線を感じていて、近づくと無駄に鼻息が荒かったのでルートを変えようかと思ったが、寸前のところで回避してアイツをイラッとさせることにした。あの格好だと直接文句は言ってこれないだろうしな。


 〔……流石にキモいぞ〕

 寸でのところで避けられたのが相当イラッと来たのか、あれから学校に行かずずっと下手なストーカーを続ける石塚にこっちもキレ気味で、今日は附属中に居るという事で自宅に居るルミーナに念話で愚痴が漏れる。

 〔路肩に生えてる雑草でも食べたんじゃない? あまりに短期間で変わり過ぎよ〕

 〔だよな。人ってあんなに直ぐ変わるもんかよ……〕

 付き合う人によって性格が変わるとは言うが、クラス替えがあった訳でもないのに雰囲気がガラッと変わる訳がない。それに身近に未だ態度が堅苦しいマリアと合流してからというもの、相対的に石塚の異常さが浮き立つのなんの。

 〔石塚のお部屋ですが、異常はございませんでした〕

 〔マジか、正常なのか。偵察てかしたぞ〕

 俺の元に石塚がずっと居るということは、今ガサ入れ行っても問題ない訳で、荒しても元の状態に戻せるマリアが不法侵入していたんだが……どうやら愼平が普段から携帯しているような破廉恥本は隠されていなかったようだ。そんなことよりもう敬称を付けるまでも無い相手だとマリアからも思われたなんて、石塚の奴もう末期だな。

 こんなジロジロ見られた状態では碌にパルクールできないので、行き先を学校に変え、迎撃科棟に入って行った。他の科の生徒は急用があっても入れて職員室までで、その奥への入室はAランクでも許可なくして立ち入り禁止とされている。つまりストーカー魔はこれ以上尾行出来ない訳だ。それに俺が出てくるまで待ち続けたとしても、受ける罰の量が違う。俺は二週目特典で午前が免除され、午後も内容や現在の実績・実力次第では免除される場合がある。対してアイツは午前午後共にフケた分の罰が与えられる。それも今奴が一番嫌いとする運動の罰だ。既に一限欠課しているのにそこから更に数時間も待つほど命知らずとは思えない。

 すると出入口辺りから歯ぎしりが聞こえてきた。勝ちってことで良いようだな。どうせここでにやけたところで奴はバカなので俺が正体を突き止めたとは思わないはず。徐に石塚に向ってにやけて見せた。


 学校に登校したのは良いが、午前の授業が免除されている身となればすることがない。といっても二週目を隠している人間なので、出た方が身の為だが、ここで普通科棟に向ったら石塚対策に逃げ込んだ意味がない。となれば本当に何もすることがない。

 適当な部屋をピッキングでもして使わせてもらったり、屋上でイメージトレーニングでもすることはできるが、この学校がそんなに防犯面で劣っている訳がない。なんたって人類を守るプロフェッショナルを育成する学校だ。極秘の書類や界隈でのみ流通している機材ぐらい数多ある。

 Aランクともなれば全防犯設備に見つからず隠密行動をとれても、鍛錬をするほどのスペースは確保できない。分かりやすいので言えば、防犯カメラとかほぼほぼ死角が無いからな。だから今、迎撃科棟に存在する全防犯設備が唯一範囲外になっている、屋上奥の一畳ほどのスペースに寝転がっている。因みに上体を起こすと検知されるので、もし上体を起こしたくなったら堂々と居てもおかしくない生徒らしく行動する必要があり、こんなところに滞在できなくなる。

 屋上に来て小一時間、聞き覚えのある声が聞こえてくる。 

「あれ? しゅうやんじゃん」

「……よく俺の居場所が分かったな」

「大体見当付いてるからね~」

 そういって隣に寝転がってきたのは楓だ。楓までも寝転がっているってことは、職員室前からここまで隠れてきたようだ。

「初めてサボった気分はどうだ」

 実は不測の事態に備えて一か月かけてやっと見つけ出したこの侵入経路を楓にも共有しておいたんだ。発見した当時、俺にはハッキング能力があれば一瞬で解決したんだろうし、楓には使用する為にもう少し人間離れした運動能力が必要なので、お互いがお互いの事を雑魚だと思いならどれだけ笑ったことか。それが初めて使われたのがこんな日か。まあ……今重要な話が一つあるので、良しとするか。

「んー、悪くないねえ。何曲か思いついちゃったよ」

「おい、悪だくみで曲思いつくなよ、不良が」

「作家は経験が命だよー? 具体性が増すからね」

「していいことと悪いことがあるだろ……」

 楓は生徒には隠しているが、教師にはアイドル活動と並行していると伝えていて、認められている。その為多少の授業ならテストで点数さえ取れれば欠席しても問題ない訳だが、まさかそれを良いように使ってサボるとは。

「対異世界人活動で九割欠席し、まさかの中学を一年留年し、今は退治を二週目している俺が後輩にありがたい言葉を送ってやろう。勉強と運動はしっかりやっておけ」

「現在進行形でサボってる人から言われても信憑性に欠けるなー」

「あ?」

 調子に乗った発言をしやがる楓を防犯設備に感知させてやろうとふざけて押してやるが、あまりに押す力が強すぎたか、楓の表情が青ざめた気がする。

「すまんすまん。とりあえず俺は知ってる内容ばっかやってっからここにいるってことだ」

「ふーん。でもここでのんびりする方が暇でしょ」

「そうか? ぽけーっと空見とくだけでもぽかぽかしてて気持ちいいぞ」

 実際ただでさえ狭いスペースに楓が来たことにより確実に身動きが取れなくなり、居苦しいが。

「へえ~。でも本当は?」

「……魔法陣が出現しねーかなーって空見上げてる」

「あはは。退治の生徒らしいね」

「おめーもだろーが。てか退治の生徒は来るように願わねーよ」

 正直最近人間関係での刺激を受けることはあるが、戦闘での刺激を受けることは少ない。地球でも、異世界でも。魔法陣が出現しないか願って空を見上げていたのは間違って無い。

「……もういいか? 本題入って」

 そろそろこの盗聴対策――にしては聞かれるとマズい内容が大半を占めていたが――の世間話も疲れてきたので、本題に入りたいところだが……

「んー、後数分ぐらい?」

「どんだけ引っかかってんだよ……」

「ごめーん」

 ここの防犯設備、一回センサーに引っかかったぐらいだったら警報はならない。過敏にしている分、虫や影、塵芥等で反応することがあるからだ。だが、相当な手練れが侵入してきている可能性も無きにしも非ずなので、数分間に及ぶ高性能な集音が始まる。なら息を殺しておくべきな気もするが、実はその集音機器には録画日時が記録されない事が、掃除時間で入った時に判明している。寧ろ普通に話していると、教室で生徒が雑談している声を拾っただけだと判断される確率が高い。

 つまりは俺を見つけて初手に隠密行動をとりつつも雑談をかましたということは、見つからないように潜入してみたはいいが、数回引っかかってしまったということだ。

「今日パット一枚多くしちゃったんだよねー。気分で」

「侵入する時ぐらい取り外しとけよ。トイレにでも駆け込んでからよ」

 パットの利点(?)を活かせてない楓に呆れの溜息を吐く。

「そこまで頭が回らなかったなあ。ボクは心が善良だからね」

「善良ならそもそもこんなことしてねーよ」

 一応無意識のうちに検知されていた可能性もあるので、余分に雑談をしてから本題に入る。

「――おい、やっぱ最近のアイツはおかしい。頭イカれたんじゃねえのか? 今朝遅刻してまで出待ちしてたぞ」

「見た見た。ボク仕事の関係上五時半に家出たんだけど、その時から既に変装して待機してたよ。絶対に逃したくなかったんだろうね」

 そんな朝早くから待機していたことに目を見開いてしまう。昼まで寝やがる奴がここまで早起きしてまでぶつかりたい理由が分からん。衝突しても何も起きないというのに何がしたいんだ。

「ボクなりに予想したことがあるんだけど、聞く?」

「ああ」

 何も想像がつかない状態より、そういう可能性も考えられると、一つ判明した状態の方が確実に状況が良い。

「あるとしたら、嫉妬したんじゃない?」

「嫉妬?」

 その単語自体は知っていたが、予想もしていなかったな。あの石塚が嫉妬? 可能性としてあり得るのは恋愛系だろうが、俺は女を連れていない。なのにどこに嫉妬したというのか。

「うん。ルミーナちゃんとマリアちゃんにだよ」

「は? 何でだよ。名目上は姉と妹だし、実際でも親友、チームメイトだぞ?」

 もし俺が異世界人ならカレシカノジョ関係になっていたかもしれないが、俺は地球人。ルミーナとマリアは異世界人。なるならないは別として、地球側が異世界人を受け入れない限り、そもそもカレシカノジョになれない関係性だ。

「そうだよね。でも知らない人から見たら、いくら兄弟姉妹って本人が言ってても、そうとは思えないぐらい顔が似てないし、そういう名目上で同棲したいだけなんじゃないかって思われてもしょうがないよ。あーちゃんからも『あの三人磁石みたいにくっついてるよね。付き合ってるのかなあ?』って隣で呟かれたからね」

「困ったな……地球の女性はそうも考えるのか……」

 次会った時に意を決した石塚からそう問われたら弁明する書類がない。だってルミーナとマリアは異世界人で、地球に籍がないから。兄弟姉妹だと証明できないだろう。となったらあの野郎がどう暴走するか分かったもんじゃない。何が理由かは不明だが、俺に対して並々ならぬ結婚願望があるみたいだしな。

「あーちゃんにとって、多分過去一で恋に飢える時期に、好きな人が知らない女の子、しかも二人と同棲してて、あまりいちゃつく姿をみせない――つまり行くところまでいった後みたいだったら嫉妬するよ」

「奴の変態化が嫉妬によるものだとすれば、確実に俺達が兄弟姉妹だと証明する何かが必要な訳か……」

 もしそうだとすれば……不可能かもしれない。データ捏造・改竄能力なんて無いし、まず新谷家の人間なので国が俺に籍が書かれた紙をおいそれと渡してくれるか分からない。かなり無謀だ。

「一応聞いとくがお前も誤解してたりしないよな?」

「それは絶対にないよ? だってしゅうやんのこと全て知ってるし。あ、でももしルミーナちゃんかマリアちゃんと付き合いたいって言うんなら、できる限り協力するよ! 国への訴えとか!」

「そんな命知らずじゃねえし、あの二人とそんな関係性じゃねえから安心しろ」

 この転移騒動が集結しないなら、行く行くは懸け橋となっている俺が両宇宙代表になって訴えかけることになるんだろうが、確実に今じゃないことは俺でもわかる。地球人と異世界人が平和に共存できる未来は当分先だ。

「とりあえず本人が吐いてくれるか、原因を掴めないことには進展しないね。それまでは辛抱かなー?」

「はあ……これからよりうざくなってくると思ったら鬱になるな……」

「あはは、我慢時だから頑張ってね」

「いいよなー、お前は他人事で」

 こんな厄介事に発展するならさっさと切っとくか、楓みたいに偽善者になっとくべきだった。昔からやべえ奴だとは思っていたが、この世にやべえ奴が居すぎて霞んでいた。

「あんまり異世界に逃げちゃダメだよ? 余計怪しまれるから」

「そうだよなー……最悪すぎる」

 戦闘とはまた違う意味で命の危機が訪れようとしている現実にうんざりしたところで、丁度良くチャイムが鳴り始めた。

「予鈴だぞ。次移動だろ?」

「せいかーい」

「……ならなんで動こうとしない」

 授業が始まろうというのに、午前免除されていない高校生の楓は未だに隣で仰向け状態だ。

「しゅうやんを独り占めしたくなっちゃった」

「おめえ勘違いしてねえっつったよなァ⁉」

「ゴメンゴメン、じょーだんだよ冗談」

「お前声優や女優もやってっから冗談かわかんねえんだよっ」

 今完全に俺の事を独占したがっている声色と表情だったぞ。何故か知らんけど命の危機すら感じた。

「……ボクもサボっちゃおうかなー。ここ気に入った」

「もし見つかったら怒られるのは俺の方なんだぞ。楓はまだ高校生なんだから勉強しておけ」

 この学校、やらかし事などは基本的に連帯責任となる場合が多いが、それは同学年のみが関係している場合のみ。他学年が関係している場合は、一番学年が高い人が怒られる。低学年は高学年より卒業までのグレ期間が長いから引き込むな、とかいう理由で。

「へーい」

 見つかる事で俺が叱られるだけじゃなく、この場の防犯がより強化されて使えなくなる可能性もあるからか、楓は俺の声を丸パクりしてやれやれと立ち上がるが――

「おまっ! そこ防犯カメラに映――」

「――あっ」

 屋上の隅で寝転がっている意味を忘れたのか、楓は防犯カメラが監視している範囲内に普通に現れやがった。俺は咄嗟に立ち上がるのを妨害しようと腕を引っ張ったので、そのせいで伸ばす腕がレーザートラップにも引っかかってしまった。

 ……お陰様で屋上を中心に迎撃科棟内に警報が鳴り響く。

「……はぁ」

 キョトンとする楓を見て大きな溜息が出る。

 今は授業合間の休み時間。通常ならこういう時間帯や生徒が使用したり行き交う時間帯は防犯の類が一部解除されているので、楓は油断して普通に立ち上がったのかもしれないが、ここは専門科目の授業を行う棟。故に午前の生徒の出入りは入っても職員室までと予想され、その他のエリアは防犯設備が起動したままだ。俺が楓に伝え忘れていたってこともあるが、楓もそのぐらい分かってほしかったな。偵察科という、こういうのが得意そうな科のAランクなんだし。

 防犯カメラとレーザートラップの計二つにだけ見つかったので、それらを壊せばいいんじゃないかと思ったが、そうしたらより危険人物が侵入してきたと勘違いされそうなので、敢えて何も対処せず、

「楓はもう少し勉強が必要だな。しっかりと授業受けろよ」

 俺の姿はまだ防犯カメラには捉えられていない。この場に楓を置き去りにして飛び立つ感じで立ち去ることにした。責任を取る羽目になる俺にとってはこれが得策だし、楓は『仕事が終わって登校したら、移動教室だったのでここかと思った』とでも言っておけば問題ないだろうしな。所属する科が違うのに何故いるのかと、Aランクという優等生に一々聞くような教師はそうそういない。

 ここは自分一人が見つかる方が話が楽だと自分でも思ったからか、楓は別段恨むこともなく、飛び去る俺に軽く手を振った。


 その日の夜。人工島全域に珍しくWアラームが鳴り響いた。石塚に対する様々な憶測が脳内で整理がつくよりも先に転移者が来たもんで、脳内には『石塚がヤバい』という情報で確定し、そのほかの記憶や憶測は全て忘れてしまった。そんな今ルミーナとマリアと対異世界人関係者以外立ち入り禁止のEoDに侵入している。

「最近ずっと見られてる気がするんだよな」

 学校が終わった後、三人で結乃の家に向い、鍛錬を終えて帰路の途中で虚空に浮かぶ魔法陣を捉えたので、実はWアラームが鳴る前から俺たちは転移者と対峙していた。異世界語が話せるルミーナがイライラやパニックで暴走するまでの時間を長引かせてくれたが、結局は転移者が魔法を使ってしまい、それが感知され、フレームアーマーが急行してきた。だから転移者がフレームアーマーによって殺害されるよりも早く、強引に≪エル・ダブル・ユニバース≫で発生させた空間の裂け目にぶち込んだわけだが……ずっと視線を感じるもんで、≪エル・ダブル・ユニバース≫を発動する時も少しためらってしまった。

「久々の騒動だったから気が狂った記者でも撮影に来たんじゃない? それか監視役の人とか?」

「まさか。もっと邪悪な……そんな視線を感じたぞ」

 どうやらそんな視線は俺にしか向いていなかったようで、ルミーナとマリアは何も感じていないようだ。契約を交わしているから分かるが、俺の記憶からどのような視線を感じたのか情報共有を求めるようなテレパシーを感じる。

「まさか石塚だったり?」

「んな訳ない。てかあり得ん。アラーム中にシェルター外の時点で大罪だし、その上EoDに立ち入り、退治が行う活動の放棄とか、ほぼ死刑と言ってもいいラインナップだ」

 そもそも石塚の気配は下校時から感じていないし、この気配はEoDに侵入してから感じ始めたものだ。まず俺がこんな活動をしているのと、EoDに入れる存在だとアイツは知ってない。

「ならあの男性以外にも転移者いたんじゃない?」

「でも見えてないんだろ?」

「そうね」

 魔法使いであり、誰よりも魔法的な概念には強いルミーナとマリアが揃って振り返ったので、何かと思って二人の視線を追ったところ、虚空に小さな光が生じ、それが広がって行き……魔法陣となり、そこから何かが落下し始めた光景を目撃した。それがこの騒動の始まりだ。転移者が魔法陣から出現する瞬間から目撃している訳で、転移してきた人数は一人だけだと捉えている。住宅街からEoD付近の上空を眺めたので俺だけが目撃した光景なら自信が持てないが、そのぐらい離れていても問題なく見えてしまうルミーナがしっかりと見ていたので、同時転移者はいないと自信が持てる。

 〔ここが異世界だったら魔法使って探したいところだけど……生憎Wアラームが鳴っちゃうから無理ね。今は警戒態勢で魔法に過敏だし〕

 本来なら今頃初めて俺とルミーナが今まで行ってきた本格的な対異世界人活動に参加したマリアに感想でも聞いている頃だろうが、それどころじゃない俺は視線を明後日の方向に向ける。この場に居る全員が戦闘を生業としていなければ、この動作には眉を顰めることになるだろう。

「おい結奈(ゆうな)

「なによ」

 Wアラームが鳴る原因となった魔法が想像以上に強烈な魔法で、EoDの街並みが半壊しているが、EoDの街並みは所謂幻影。自然に元通りになっていく中、半壊したビルの屋上に立って俺達を見下ろして――いや、監視している結奈をこっちに呼び寄せる。

 俺に見つかったことに対して何も動揺しなかったことから、自身でも既に存在が見つかっていると判断していたらしい結奈がフレームアーマーの状態で俺たちの正面に着地してくる。初めて目撃したマリアは百聞は一見にしかず状態だろう。

「お前最近身の回りで変な事起きてないか? 今の俺みたいに」

 俺達に探知機でもつけているのか、フレームアーマーの中で誰よりも早く駆け付けたのは結奈だったので、≪エル・ダブル・ユニバース≫を目撃された可能性もあるが、そこには触れないでおく。聞くことで本当は知らなかった結奈が俺たちに対して何らかの疑念を持つかもしれないからな。

 結奈がこの謎の気配を察知していたら、フレームアーマーに電磁波人命探査装置のようなドップラー効果を駆使した機能がありそうなので――こういう事例があるとは考えたくないが――過去に死んだとされたが九死に一生を得て潜んでいる転移者の姿を捉えることはできそうだが、

「何も起きてないわよ。私にはね」

「私には……? どういうことだ」

 妙に引っかかる発言だったので、嫌な予感を覚えながら聞き返す。これが結奈の罠だってこともあり得たが、今の俺と結奈の関係性はそんなに悪くないので気にしないでもよさそうだ。

「あまり外部に言う内容じゃないけど……同業者みたいなところがあるから、特別に教えたげる」

「いいのかよ。違法者、それも異世界人と会えばかっさらってる輩と同業者で」

「アンタが異世界人を悪用してるとは思えないわ」

「へえ」

 俺はフレームアーマー、WB社に自身の情報を漏らす気はないのでどっちつかずの回答をしたが、結奈って俺に対しての信頼度高すぎな気がする。長年監視役として接点を持ち、全然危険人物らしい行動をしてないからかもしれんが、お前らフレームアーマーにとって収入源をなくしている訳で、知れば思ってた危険さとは違うだろうが恨みたくなるはずだ。でも結奈の場合、お金稼ぎというか単なる英雄のような正義感しか伝わってこないが。

 どうやって察知したのか知らないが、今回は既に俺絡みの対異世界人活動だと判明していたようで、いつもの顔ぶれ――結奈副隊長率いる第七連隊のみの出動だったらしく、結奈は異世界人が始末され、俺達に敵意がないと判断し、後ろ手に撤退命令出したようだ。様々な場所からフレームアーマーが拠点に向って飛び立っていく。

「最近またWB社が圧力をかけられてるのよ。例えばフレームアーマーとか、生産する為に必要な資材の値段を高くしたり、物理的ではない部分で」

 武装を半分ほど解除した結奈は聞きたくなかった情報を共有してくる。

「またかよ。WB社には交渉事や良好な関係を築けるビジネスマンはいないのか? 戦闘要員ばかり育成しすぎだろ」

 流石の俺でもそういう事じゃないって理解できるが、俺の知能ではこれぐらいしか言うことがない。だからこうなる、っていう推理要素が全くわからんからな。

「WB社って良い組織じゃなかったの?」

「一概には言い切れん。一部の人には異世界人対策の為に異世界人の研究を進めたいけど、その貴重なサンプルとなる異世界人を出現とほぼ同時に抹殺するWB社が邪魔者だと主張し、WB社を潰そうとする学者や無法者、秘密組織共がいるからな。お陰で今安心安全に暮らせているっつーのにな」

 WB社の人間、結奈と接点を持つことはあっても、WB社の情報は特に共有しなかった。まず結奈との会話でWB社の話に飛躍するとは思わなかったからな。だから初めてWB社を始めとする裏側の騒動について知ったルミーナとマリアは納得するような表情になった。どうやらそうだろうとこれまでの地球生活で予想出来ていたっぽいな。

「そいつらは直接対決を挑めば負けることは明確だから、WB社が必要とする莫大の資材に圧力を掛けて、物資難に陥れて間接的に潰そうとしてるの。だから提携を組んでる警察や国はそういう人々を裁いてるけど、裁いても裁いても減らないのが現状よね。それはもうWB社始動当時から始まってるいたちごっこのようなものよ」

 俺の発言に付け加えるように結奈が説明する。最近いきなり共に行動するようになった連れ二人に内情話してくれるとか親切な奴だなホント。

「つまりその圧力がまた強くなったってことだろ?」

 これまでの解説を踏まえて話を戻すが、

「いや、今度はHM社が直接仕掛けてくるかもしれないって感じね。内通者によると、なんか裏で考えられないような発想の戦力を有してるとか」

「考えられないような発想の戦力……? 何が言いたいんだよ」

 聞きたくないワードが二つも出た。まずHM社。ヒューマンメイク社と呼ぶイギリスが本拠地のこの会社は、人工知能持ちのロボットやアンドロイドを世界で初めて発明し、一般運用し始めた会社だ。それだけ聞くととてもすごい会社だなって感想で終わるだろうが、それは会社が潰されないようにする為の表向きの活動内容。本当は転移者を拉致して悪用する代表的な会社であり、その中で最も成功して暗躍している会社だ。最近話題となっている黒雨という公害だってHM社が元凶だしな。実は対異世界人関連の設備の技術にはHM社から買い取った魔法に関する情報を利用しているのではないかとまで言われており、対異世界人関連の会社の中で一番権力を持っているといっても過言ではない状況になっていたりする。因みにWB社、PC社、人工島管理公社は公益社団法人だが、HM社は株式会社だ。

 そして『考えられないような発想の戦力』とは、口では理解が及んでないようなことを言ったが、どういうことか大体想像がつく。それはまさにフレームシリーズみたいなことを言っているんだろう。あれが日の目に浴びだした頃、似たような謳い文句を多方面で耳にしたからな。完全無欠の抹殺兵器だの、人類最後の希望だの。

「アンタも気をつけときなさいよ。もしかしたら今アンタを見てる人ってHM社の人間かもしれないんだし」

「ああ、心に留めておく」

 WB社の社員として忙しい結奈はある程度情報を共有し終えてから飛び立って行った。

「HM社の人間……ねえ」

 転移者はいなくなり、フレームアーマーは撤退し、EoDはほぼ復旧し、シェルター内から人々が出てき始めた今、EoD内に居ると怪しまれるので、俺たちも帰路につく。

 今までHM社はおとなしくしていたが、そろそろ大きな行動を起こしそうで嫌な気持ちになってきたな。タイミング的にも転移現象が落ち着いていてWB社相手にだけリソースを割けるし。だからといってWB社を手助けするような行動を起こしたくない。中立とも言えない中途半端な立場の身としては、どうするべきか悩ましくある。

「部外者の萩耶に忠告してきたわけだし、過去に狙われていたりしたの?」

「最近は落ち着いてたんだがな」

 WB社は異世界人を抹殺する組織。俺は転移者を元居た世界に戻す人――ではあるが、公言していないので、傍から見ると異世界人を抹殺、或いは目的不明だが拉致する人。つまりWB社も俺も言うなれば同じ異世界人殲滅派。異世界人保護派から狙われても仕方がない。

「一度見せつけるべきかもな。WB社が機能しなくなると地球がどうなってしまうかを」

 俺からすればWB社も活動上の邪魔だったりする。どっちが勝とうと活動上の妨げは大差ない気がする。となれば戦力が未知数のHM社が行動を起こし、決着がつくまで眺めておくのもいい気がしだした。

「見せつける必要はないわよ」

「そうか?」

 俺の思考が正しくなかったのか、ルミーナは何か行動を起こそうとしているような態度がその表情から伝わってくる。

「そういう奴らの思惑は大抵世界征服。征服できるなら手段は選ばないわよ。だって現状それで間に合っているのに研究する必要ないじゃない」

「確かにな」

 言われてみればそうだ。フレームアーマーが転移者に負けるなら研究したい気持ちは分かるが、未だ負けたことはない。それに直接赴いて見たり聞いたりしてる俺が言うが、今後やってくる者次第で負けそうになるってのもない。非魔法使いや魔物は地球の武力で圧倒できるし、数千単位で魔法使いが来ても、地球は魔力が少ない為大々的には活躍できないからな。

「……世界征服、か。相手するだけバカらしくなってきたな」

 今後戦力的にどうなるかは俺達にしか分からないとはいえ、その線が最有力になってきた。まさかいい年してまで世界征服なんて考えてるおこちゃまな会社だったとは思わなかったな。そんなのは幻想上のお話だったって事は、行動を起こした日に判明するだろう。

「そう甘く見れないわよ。だって異世界人を拉致して研究している会社の中でトップなんでしょ? だったら私達でも手に負えない魔法的な戦力を有していてもおかしくないわよ」

 いくら手に負えない戦力といえど、≪エル≫シリーズやフレームシリーズの戦力には及ばないだろう。それは今までHM社が生産してきた戦闘兵器の性能が物語っている。

「流石に警戒しすぎだと思うぞ? 確かに史上初の転移現象から五年は経ったが、魔法という概念について解明でき、完璧に運用しているとは思えん。実は出来てたとしても、そもそも適性とか条件がある訳だし、たった数年で準備完了せんだろ」

 異世界にある微弱な魔力で光るライトをつけることができたということは、地球人も魔力を吸収・保有していて、魔法の適性がある人もいるってことだ。これは憶測だが、マジシャンや占い師とかはきっとそれに近かったりするだろう。だがそれは俺が異世界に行けて、ルミーナという魔法使いが身近に居たからこそ早期判明した事実。マジシャンや占い師はからくりがあるだけで魔法使いな訳がないので、何から始めればいいか分からない地球人が魔法技術の分析から解明、人材確保、運用などの過程がこの短期間で終わる訳がない。『考えられないような発想の戦力』が最近身近になり過ぎたし、HM社が裏で進めている研究内容から魔法と断定してしまったが、ここまで考えるとその説は薄く、人工知能関連の説が濃厚だ。

「そうね、確かに警戒しすぎかもしれないわ。でも何も分からない以上、HM社が魔法についての何かを解明していてもおかしくないわ。それを公にされたら私達の今後が危うい訳だし、早めの行動が必要よ」

「チクショウ、微妙に情報を与えてきやがって」

 考えたくはないが、俺たちを上手く利用しようとしていたりしないんだろうか。あいつらは個人じゃないのでHM社にちょっかい出すと大事になるから。ルミーナとマリアが異世界人と言ったわけじゃないのでまさかとは思うが。

「対異世界人活動以外にもこれからの私達がすべきことが一つ増えたわね」

「ったく、嬉しくねーよ」

 どちらかと言えば平和に暮らしたい民なんで、こういう邪推に首を突っ込みたくなかった。だが、こうすることによって後に起こりうる可能性がある大事件を未然に防げたり、俺たちへの被害が軽減できるのであれば、やっておくに越したことはないのも事実。ホント面倒なことにしてくれたぜ、結奈の奴。

「EoDって日本とアメリカとイギリスにあるんでしょ? ならHM社の支部が日本にもあるはずだわ」

「その通り、HM社の支部は実在する。だが厳重警戒態勢だし、前に偵察した時はただの物置だった」

 以前HM社の刺客らしき人に命を狙われた時、返り討ちにしてそいつをHM社に送り返したことがある。今思えば偵察というかカチコミだったが。その時はただの倉庫って感じの施設だった。

「文明や技術は日進月歩よ。向こうが行動を起こす前にいち早く偵察か破壊に行きましょ」

「破壊って。向こうが何かやらかしてくれねえと破壊したらこっちが悪くなるだろうが」

「地球は決まりごとが多いわね」

「異世界が少なすぎるだけだろ」

 地球は決まり事ばかりあるが、そのせいで不自由だとはあまり思わない。だから決まり事が少ない異世界ではソワソワするんだろう。ルミーナとマリアはその逆だな。どっちにしろそれでやっていけてるわけだし、郷に入っては郷に従えってことだ。

「せっかくEoDまで来たんだしこのままHM社の支部に行くか。夜だから丁度いいし――」

 偵察で乱闘になるとは思えないし、今が軽装って訳でもないし、疲れている訳でもない。それに今から行きたくない理由は特にない。だから方向転換して連絡橋の方に向おうとしたら――丁度通りかかった人にぶつかってしまった。

「――おっと、すまんな」

 この時期にやけに素肌を隠し、パーカーを深くかぶって表情すら見えなくしていた人は、かなりよろめいてから駆け足で遠ざかって行った。

「……?」

「どうした?」

 人混みではよくあることなのであまり気にしてないが、やけにぶつかってきた人を凝視しているルミーナは、

「ちょっと待ちなさいよ」

 何か顔に見覚えでもあったのか、駆け足で遠ざかる人の背中に声をかけるが、その人は走る速度を上げて角を曲がって行った。

「目の色がこの辺りに住む人とは思えない色をしていた気がしたわ……」

「外国人かもな」

 目の色が様々な異世界人は除外とし、俺も俺で碧眼なので除外として、この辺りに住む人々は基本黒色だ。黒以外となれば外国人かカラコンだろう。異世界人の生き残りが、しかもEoD付近に潜伏できているとは思えないから、目の色だけで断定する訳にもいかない。ただ怪しむ心意気は十分評価したい。

 ならなんでルミーナは外国人らしき目の色をした人を呼び止めようとしたのか? それは案外直ぐ出てきた――HM社の本社はイギリスにあり、支部がある日本に関係者がやってきている可能性がある。そしたら素肌や表情を隠していて、EoD近辺に居る碧眼の人をHM社の人と断定する気持ちはわからなくもない。最近感じている視線や、結奈から聞いたHM社の情報を加味した上で考えると、そんなあからさまに異彩な行動を起こすかは無視するとしても、あの人がHM社の刺客だと推理するのは妥当と言える。

「……そういうことか。やっと理解できた。でも……もう追えんな」

 ルミーナが呼び止めようとした理由が判明した今はもう視界内にあの人はいない。それに考えている時はあまり時間間隔がないので、奴が姿を消した直後とも思えない。

「一応追うべきだったわね。例え違っても判明することに意味があったわ」

「しょうがねえ。どっちにしろ直接見ればわかることだ。とりあえずHM社の支部に行くか」

≪エル・ズァギラス≫に頼らなければ、考えるより実際に行動する方が向いている質なので、できるだけ急ぎでHM社の支部に向うことにした。


 HM社の支部は、コンテナがずらっと並んでいる海添えにある倉庫群の内一つだ。だがそれは数年前のお話。今は拠点を移動しているかもしれない。あまり期待はせず記憶を頼りに海岸添えにやってくると……

「明らかにあれだろうな」

 コンテナの上を移動する俺たちは、唯一明かりをともしている倉庫を目の前にして微笑する。しかも周辺に動く障害物のような自動制御の警備ロボットらしき機械が巡回している時点でHM社だと言いふらしているようなもんだ。どうやら昔と変わって隠さないといけない事が増えたみたいだな。

「さてと、ここからでも見えなくはないが、どう侵入しようか」

 HM社は色々な憶測があるからか、身の潔白を証明するかの如く、倉庫の壁上部が一面ガラスになっている。お陰で中に侵入しないでも外から様子を窺えるが、あれはブラフだと退治の学生ならCランクでも判断つくだろう。裏で悪さしているのに態々所在地を変更せず、しかも中身を全て公開するなんて、地下に倉庫があったり、本当の拠点は他にあったりするに決まっている。印象操作って奴だ。

「あのダクトからはどう? 黒雨対策か知らないけど人間が通れそうなサイズだわ」

「悪くないが、あそこまでどうやって行くかだな」

 倉庫の側面にあるダクトから侵入するのは簡単だが、ダクトがある位置に向うにはあの警備ロボットを何とかしないといけない。決められたルートじゃなく、自らの意思で警戒しているようなので誰も見ていないタイミングはあるだろうが、敷地内に何らかのセンサーがあったら元も子もない。

「手分けしましょ。私とマリアが警備ロボットを始末するから、萩耶はその隙に中を見てきて」

「もう見つかる前提で行くんだな」

 俺は一度内部に侵入したことがあるので偵察班になったんだろうが、まさか敵に物理的にも損失を与えるとは思わなかったんで、作戦の意外さに感心するような表情になる。

「もし悪さしてて、私達が危害を加えても大丈夫そうだったら、その方が楽だわ」

「そうだな。もし悪さしてなかったら……異世界にでも逃げとくか」

 俺達には絶対に見つからない隠れ場所がある。それは本来転移者の為に使用する訳だが……既に私利私欲で使用しているので今更罪悪感は覚えない。

 俺はダクトに向うとあって最短距離での移動を心がけ、ルミーナとマリアは始末しやすい警備ロボットから相手していく。

 警備ロボットには聴覚がないらしく、堂々と破壊する音が聞こえてくる中、押すと簡単に外れたダクトの中に侵入した。

 黒雨――ブラック・レインは、HM社が異世界人の魔法を科学的に実現させようとしたが、失敗に伴って化学反応で発生した有毒ガスのことだ。だが黒雨が恐ろしい理由はこれじゃない。発生した有毒ガスは大気中に蔓延するが、有毒なのは発生からほんの僅か数瞬。問題なのは、酸素より軽いので上にあがって行き、その過程でまた何らかの化学反応を起こし――結果ゲル状になった状態の物だ。ゲル状になってしまえば完全に無害なのだが、その黒色の液体はスライムのようにねっとりとした物で、タコの吸盤をも凌駕する吸着力で触れたもの全てに纏わりつく。その名の通り黒い雨のように降り注いでくるので、もし人体に纏わりついたとすれば、総重量はどんどん乗算する。当然顔や皮膚を被われれば呼吸が出来なくなるので、圧死の他に窒息死の例もある。そんな黒雨はゲル状になった後は、蒸発せずその場にあり続けるが、気体からゲル状の変化を繰り返す事に質量が減って行き、何れ自然消滅する。その為HM社がある周辺以外では特に危険視されていないが、その爆心地で且つ通り道となれば、ダクトの中は妙にねちょねちょしている。流れる程ではないので最近は漏れてもいないし、発生させてもいないようだが、いくら何でも自然消滅するまでに期間がかかり過ぎだろ。四つん這いで進む今、体重が二倍になった感覚だ。

 こんな状況では隠密行動すら儘ならないが、この支部は無人らしく……何度か顔を出して見たが、ロボット兵しか見当たらない。お陰様で多少の物音では見つからずに済んでいる。

 〔そっちの状況はどうだ? こっちは未だに悪さしているようには思えん〕

 明らかに粘度が上がっている方向に向って行けばいいだけで、まだその過程にある場所しか見ていないが、今のところただの倉庫でしかない。中身が気になるところだが、奇妙な物品はこんな手前に置いてないだろうし、異臭がしたりするだろう。

 〔半分ぐらい片付けたわ。でも……〕

 〔どうした〕

 超常現象でも目撃したのか、はたまた辞書や俺から聞いていない物でも見たのか、少し焦っているような感情が伝わってくる。

 〔何と言うべきでしょうか……再生、でしょうか〕

 〔このロボット、バラバラな状態から元に戻ろうとしているわ〕

 〔何……っ?〕

 ロボットが、再生……だと?

 聞いたことのない状況が念話で伝わってきたが、その場で訝しむことしかできない。

 〔具体的にはどんな感じだ。魔法で回復するように状態が戻っているのか?〕

 〔そうね。ただ引き寄せられているだけじゃなくて、損傷していたはずの部分も直っているわ〕

 嘘だろ……? まさかとは思うが、もう魔法技術が解明できて、運用が始まっているというのか……?

 嫌気がさし、ダクトを進む速度を上げ、突き当たりの通気口を押し開けると……

「なんだ……これ……」

 思わず念話じゃなく口に出してしまう程、そこに広がっていた光景は異様で、戦慄してしまった。

 徐々に下がっていたのでここは完全に隠し部屋、異世界人研究の日本拠点だろう。そしてそこに広がっていた光景は……まさに人体改造、人工生命体の生産を半自動で行っているような施設だ。右を見ればロボットの生産ラインが、左を見れば人間の上半身や下半身など、各パーツがバラバラにある。俺からすれば右より左の光景の方が目を疑うが、あれは実際の人間から切り離したものじゃない。内部から変なコードや基盤が見えているところから判断するに、きっと重量ぐらいでしか人間と区別がつかないようなアンドロイドの生産工程なんだろう。

「……ッ」

 そして一番目を引き留めたのは……水族館の展示のように液体に満ちた縦長の円柱ガラスが何個も設置された正面の光景。その中には羽が生えた人、頭頂部に耳が生えた人など、一目で明らかに異世界人だと判断がつく人たちが入っていた。あの液体が何であれ、あの人たちは全員息を引き取っている。魔法の技術を解明するのであれば、生きたままでないといけないはずだ。だからあの人たちはDNA関連など他の使用用途で保管されているんだろうが、まさか……こんなにも拉致されていたとはな。最悪な事態――研究に使用されるという未来に導く羽目になったのは、俺やWB社が捌ききれなかった結果なので、こうも拉致されていると心が痛む。

 〔……敵の本拠地を見つけた。証拠は映像で押さえた〕

 戦闘服には小型カメラが一つ内蔵されている。自分でもどこにレンズがあるか分からないぐらい極薄のそれは、映像を常時クラウド上に保存しているらしく、何も弄らなくていいとは言われているが……初めて使うのでしっかり撮影できているか不安だな。保険としてスマホでも写真を撮らせてもらう。体の一部がゲル状の黒雨で覆われているが、俺ぐらいの戦力があれば自力で超高速の振動を発生させ、液体に与え続けることで体から弾き飛ばすことが出来るから問題ない。

 魔法の技術を解明する為には捕虜がいるはずなので、防犯設備が起動しまくっている中には足を踏み込まず、ダクトから室内を見渡すが……別室に繋がっているような扉や、異世界人が収容されている牢屋以前に、まず人の気配を感じない。流石に無人の支部に魔法を使って逃走される可能性がある異世界人を放置するとは思えないので、ここは現状機械兵士の生産拠点という判断でよさそうだ。室内が黒雨で満たされるわけにはいかず、断腸の思いでダクトを繋げてんだろうが、こんな重要な生産施設をロボットのみで管理させていたとは相当機械技術に自信があったんだろう。

 〔増援を呼ばれたわ!〕

 〔いつの間にか回復するロボットに包囲されています〕

 HM社の闇を垣間見て戦慄していた最中にも地上での対ロボット戦は続いている。しかもただのロボットじゃなく、きっと魔法的な技術で無限に復活するロボットだ。

 〔クソッ、待たせてすまなかったな。人工島じゃないからある程度の魔法なら使ってもいい。ちっと持ち堪えてくれよッ!〕

 ロボットに気配はない。だが駆動音はある。耳が利くルミーナが居て包囲されてしまったのなら、人間同様にほぼ音を出さずに行動できるロボットも生産されていると考えるべきだろう。幸いWアラームはEoD近辺以外にはないので、監視の類に見つからなければ魔法は使い放題だったりする。

 〔≪スレンジ≫の中にサーモバリック弾を入れてなかったか?〕

 〔鋭利な筒よね? あるわよ〕

 〔少し遠くのロボットめがけて撃ってほしい。くれぐれも撃つ人の後ろに立つなよ。あと、直視するなよ〕

 二人にサーモバリック弾の知識があれば正気を疑われた可能性があるが、ルミーナに収納してもらっているサーモバリック弾は結乃が護身用にと省力化した奴だ。流石に着地点から数十メールは致死エリアになるだろうが、俺や二人に危害は出ない。

 地球人なら肉眼でないと敵を捉えられないが、二人は魔法が使えて閃光対策をしたり、よそ見した状態でも敵を見ることができる。どんな状況下で発火したかわからないが……

 〔周辺が燃え上がっただけよ〕

 〔機体が炎上していますが、止まる気配はありません〕

 〔チッ……〕

 倒しても倒しても立ち上がる再生能力に加え、炎上しても停止することがなく、人間同様に行動ができるとなれば、ルミーナとマリアが数で劣り、何れ防戦になるのは火を見るよりも明らかだ。そこに俺がいても復活するロボットの完全破壊方法を知らない以上、状況は変わらないだろう。となればもう情報は盗めたので、今日のところは撤退するしかなく……

 だが、心残りがある。

 〔こんな機械が量産されるとたまったもんじゃねえ。今生産されている分はしょうがないとして、これから数か月間は機能停止にしてやるぜッ!〕

 対異世界人活動において、今後遮るものが今以上に増えないように、この世界征服を企んでいる悪しき施設は爆破しておくべきだ。もしこの再生技術がWB社に渡り、フレームアーマーが不死身になってもらっては困る。

 〔まさか爆破するつもり⁉ さっきと言ってたことが違うじゃない!〕

 〔証拠は押さえたからいいんだよ。その映像を見て嘘だって笑う奴は少なくとも人工島にはいねえ〕

 俺の知人には界隈で影響力がある奴が多い。それに俺は機械系に疎い。つまり映像を捏造できるとは思われないし、非常に素早く情報が伝達するだろう。

 〔知らないわよ? 指名手配犯になっても〕

 〔元から無法者だ〕

 法律には詳しくねえが、対異世界人業界は治外法権も数多くあるはず。何よりも思い立ったが吉日の業界だ。

 〔今から爆薬を仕掛ける。HM社なら魔法使っていてもあり得そうだってことで、WB社は爆発時の魔法なんか気にしないと思うから、できれば爆発のアシストを頼む〕

 〔わかったわ。でも早くしてよ。こっちはそろそろピンチなんだから〕

 〔蘇生するロボットの証拠は押さえておきます〕

 作戦を変更し、二人が行動に移ったことを念話で察知したのと同時に、万事に備えて持って来ていたC4をダクトから生産施設内の四方八方に投げ飛ばす。計6個しか持ち合わせていなかったので、この広さの施設なら破壊できても半分ぐらいだろうが、魔法が使える仲間が二人もいる。C4の爆発に乗じて発動すれば、施設の全壊ぐらい余裕だろう。

 防犯設備が退治よりも厳重な施設内にC4を投げ込んだとあって、この施設内に耳を劈く程轟音の警報が鳴り響く。同時に複数の機械の駆動音や、防火戸みたいなのが閉まる音も聞こえてきたが、ダクトには影響ないし、機械はこの量産施設から遠ざかるような動きが感じ取れる。C4が設置されたと分かって、トリガー一つで起爆できる俺の身を追っているのか、周りを固めて脱出を不可能にさせようとしているのかは分からないが、この施設内にいる全機械が駆動した雰囲気がするので、C4を全て投げ終えてから素早く出口に向かって戻る。拠点が爆発できても、ロボット戦になれば長期戦となり、何れHM社以外にも俺達の身や行動が露呈するからな。

 ダクトから外に出て、黒雨のスライムのような纏わりつくゲル状の物を振り払いつつルミーナとマリアの元に駆け寄ると……

「少し遅いわよ!」

「そうか? まだ余裕そうに見えるけどな」

 上手くコンテナを背中に囲まれたルミーナとマリアの前に現れ、ロボットを蹴りと拳銃の連撃で三体破壊する。それに合わせてルミーナとマリアも各二体ずつ剣で真っ二つに斬る。

 コンテナの上に登れば回避できたはずのルミーナとマリアはこっちに駆け寄ることが出来るわけだが……

「こんな感じに復活するんだな。意味が分からん」

「私達からしたらもっと意味が分からないわよ」

 確かに異世界には機械が発展していなかったが、今はそれどころじゃない。いくら斬っても、いくら殴っても、いくら撃っても復活する、次第に増員するロボットを相手に戦っていても埒が明かない。

「よし、まずは100メートルぐらい離れるか」

 俺達の元に20を超すロボットが接近してきている。そいつらの視界から俺達の姿を消さない限りは永遠と追ってくるだろう。

 俺の影響もあって三人がパルクールを得意とするが、20を超す機械の目から三人同時に姿を晦ますのは無理がある。体のどこかにあるかもしれない弱点を探す序にM1911とDEを斉射し、全ロボットが同時に視界を失った瞬間を作る。その隙に――俺たちは駆け出した。

「C4はかなり離れた場所からも起爆できるの?」

 周辺には防犯カメラが点在している。それらの映像がロボットに共有されている可能性は低くないので、俺からM1911を受け取ったルミーナは目の良さを活かして破壊しつつ質問をしてくる。

「最悪起爆できなくてもいい。C4が投げ込まれたっていう情報がHM社側にあるはずだから、ルミーナが魔法で誘発させたところで疑われないだろ」

 そもそも身を案じて直接起動せず、離れた場所からトリガーとなるボタンを押したところで、通信がジャミングされていて起動できないだろう。でも魔法は魔法を使わなければ妨害できない。ここはEoD近辺じゃない為、Wアラームが鳴らないし、異世界人監視区域外。WB社や住民が魔法陣を目撃すれば話は変わるが、空からかますわけじゃないので、HM社の連中には起爆できないはずのC4が発火したという謎は残るだろうが、その他の奴らには突然倉庫が大爆発したと認識され、報道されるだろう。

「そうならいいけど。それにしても離れ過ぎじゃない?」

「跡形もなく爆破してほしいからな」

「ふうん?」

 ルミーナは地球で異世界同様の魔法攻撃を行ってもいいとなったからか、やけにいやらしいにやけ顔になっている。火薬庫だったとしても無理なレベルの業火にしそうで怖い。

「ん? こっちにも敵がいたか。早いな」

 コンテナの上から地面の方を見下ろすと、突き当りに人影が見えた。影や気配からしてあれは確実に人だろう。だったら尚更無視して逃走するか抹殺しておくべきだろうが……

「もしかしたらこの支部唯一の人間かもしれねえ。少し尋問に行くぞ」

 軽やかにコンテナを飛び越えてきた二人にそう告げ、相手が素人なら気付くのが遅れてもおかしくないぐらい目の前にすっと現れた。

 俺が現れてから数秒経って存在に気付いた、その場に死に際の如く這いつくばっている女性は――信じられないぐらい傷だらけだ。特に肩に数発被弾している所を見るに、さっき俺達が制圧射撃をした対象の中に紛れ込んでいたようだ。となれば人間にとても似通ったアンドロイド説があるので、DEを構えて額に照準を合わせる。が……

「……知能を持ったアンドロイドまでいるのか。技術の進歩って怖いな」

 機械語かアンドロイド語なんだろう、よくわからん言語を発して何も抵抗する素振りがない。つまり、情報を吐くつもりはないから殺せ、的なニュアンスと捉えるのが妥当だろうか。だが、寧ろそこまで抵抗や反撃、逃走する様子もなく、ずっとそこに留まり、殺してくれるのを待たれると……肝が据わりすぎてて撃つこっちの気が引けるってもんだ。例え機械相手としてもな。

「知能はあっても感情はないのか。なら一つ教えてやる。これに撃たれるとものすごく痛いんだぜ? それを踏まえて改めて考えてみろ。情報を吐く方が良――」

「萩耶待って」

 機械兵士が近づいてきていることに察し、これが最後の警告と言わんばかりに再度選択を求めていたが、このアンドロイドに対して何か気付いたらしいルミーナがコンテナの上から下りてきた。

「今、この子……私達の言語を話してたわ」

「……は?」

 何に気付いたかと思えば突拍子もないことを言ってきた。傷口をよく見れば、肉体がアンドロイドらしい機械には見えないが……そんなことがあるのだろうか。

「いやいや、こんなに被弾してくたばってない人間がいてたまるか。それに異世界語っつっても研究対象が嫌がってボロクソに言ったのを解析して教え込んだだけじゃねえのか?」

 しかもWアラームの正確さと、転移者の殲滅率は誰が見ても安心するレベルだ。もしこの人が転移者だとしても、転移直後に魔法を使わず、且つ魔法陣や異世界人的特徴を目撃されずに今日この瞬間まで潜伏できていたとは思えん。それは今の地球――それもEoD近辺じゃ宝くじ一等を当てる確率より低いはずだ。

 コンテナの上から敵の進攻具合を確認しているマリアを一瞥すると、まだ余裕があると念話が返ってきたので、まだ油断できない人を前にDEを握る手を緩めてしまいつつ傷ついた女性をまじまじと見つめる。ルミーナ程とは言わないが、豊かな胸に、モデルのようなくびれ具合。座っているので分かりづらいが、身長は150そこらだろう。

 極限まで白に近いピンク色のロングが惨たらしく赤く染まった女性にルミーナは異世界語で会話しだしたので、異世界語が分からない俺は念話でルミーナの思考を読むことで相手の発言を理解することにする。

「ぶ、武器は携帯しておりません! どうか、助けて、下さい……っ!」

 ルミーナが≪トラスネス≫を使ってくれたようで、念話越しじゃなくても相手の声が読み取れるようになったんだが……初めて聞いた相手の発言は、予想していた発言とは全く違った。

 〔降伏か?〕

 〔まだ分からないわね。そういう作戦かもしれないわ〕

 普通異世界人がEoD及び人工島から離れ、転移してきた異世界人を拉致して研究する会社の敷地内に迷い込めるはずがない。つまり彼女はHM社にとって重要な存在なのか、HM社に洗脳された異世界人なのか、その辺りだろう。

 彼女は自分の発言通り俺から見ても武器を携帯しているようには思えないが、

「戦う意思が無いのは分かった。とりあえずいきなり魔法撃ったりするなよ?」

 異世界人には超強力な対抗手段があるので、それを封じるように前もって言うと……

「魔法は使えません……」

「は……?」

 確かにそれなら転移直後にパニくって魔法を使うこともなく、見つからずに生存できる確率は高まるが、過去にこれ程まで非戦闘員らしき転移者がきた例が無いので呆気にとられる。基本的に魔法が使えるか、使えないならそれなりに戦闘はできる奴らだったからな。異世界は魔物を倒さないと食っていけない世界だから。

 〔彼女、嘘はついてないわ。魔力がちっとも感じないわよ〕

 〔嘘だろ?〕

 ルミーナが言うなら間違えないんだろうが、そんな事ある訳ないとマリアに視線を向けてしまう。するとマリアもその通りだと頷いた。嘘でしょ。

 〔不憫すぎないか?〕

 〔不憫と言っていいのか分かんないぐらい幸運そうだけど。だってこんなとこで耐えてるし〕

 ごもっともだが、この場で彼女がHM社の人間かどうかを質すのはもう無理そうだ。

 マリアがコンテナから下りてきたのを合図に、

「まだお互い信用できない仲だが、ここに居続けるのは俺たちにもお前にも良くない。しっかり話し合う為にも、まずは追手から姿を晦まさないか?」

「はい! これ以上傷つくのは御免です!」

 偽善行為かもしれないが、その発言には妙に疑心感を忘れさせる力があった。気のせいかもしれないが……まあ、双方が死ぬと元も子もないので、逃走し終えるまでは中立関係じゃなくて仲間関係でいてくれそうだ。

「……何よ、あれ……」

「どうし――チッ」

 ルミーナが追ってくる機械兵士の方じゃなく、海の方向――それも、WB社がある方向に向いた時点で察したが……やはりこの騒ぎに気付いたフレームアーマーが渡り鳥のように駆け付けてきたな。ここに偵察に来る羽目になった元凶はWB社の人間だ。つまり、HM社をマークしてないはずはなく……誰かが荒れている姿を目撃して好機だとばかりに襲撃してきたな。

「ルミーナ! もうあの施設爆発していいぞ! 奴らの目がそっちに向いた隙に逃走するぞ!」

 フレームアーマーの移動速度は玄人にも目で追えない。そんな奴らが攻めてきたとなると、一刻を争う。このままじゃ俺達の身が発見されるのも時間の問題だ。

「な、何が起きているのでしょうか……!」

「説明は後だ! とりあえず背中に乗れッ!」

 傷だらけで自分では歩けない女性は、地面に崩れ落ちたまま涙なのか血なのかわからん絶望の表情で上空を眺めてやがる。その状態じゃ走れっこないので、諦めるのも分からなくないが……この女性、何も知らない異世界人説が濃厚な今、見殺しにはできない。

「え……?」

「急げ! 死ぬ気か!」

「は、はいっ!」

 ここはまだ爆発で飛散した屑が脅威となる範囲内だ。それを運よく免れたとしても、立て続けにロボットやフレームアーマーが襲撃してくる。

 逃げないことには命を落とすので、声を荒げると女性は慌ててこっちに倒れ掛かるようにして体を預けてきた。胸というクッションがあってよかったな。なかったら傷に響いていたと思う。

 ルミーナは滞空状態で俺とマリアと同速度で移動しているが、進行方向とは逆に向いていて、大魔法をしかけようと無詠唱ならではの無言タイムになった。

 数秒後、ピカッと小さくHM社支部側が光ったかと思えば……背後から今まで聞いたこともないぐらい轟音の爆発音が聞こえてきた。かなり離れているとはいえ、背中を多少押されたような気がする。

 HM社の内部が大爆発したとあって、遠くから見ても分かるぐらい倉庫の屋根が低くなって行く中、周囲に段々と炎が立ち上ってきた。

「いくら私でも魔力が少ない地球だからごっそり持って行かれたわ」

 支部は崩壊し、周囲は燃え広がっていくテロ行為を目撃したフレームアーマーの軍団は驚いて空中で停止している。そんな光景を見てルミーナは楽しそうだ。

 C4の起爆スイッチはもう持っていても無駄なので、証拠隠滅も兼ねて海に向ってぶん投げ、

「いくらWアラーム圏外と言えど、あれ程の爆発は魔法絡みだと邪推されて、念の為にWアラームが鳴らされ、潜伏異世界人捜索に移る可能性がある。そうなったらEoDから最低でも半径10キロは離れたいとこ――」

「――噂をすればWアラーム鳴り始めたようだわ」

 敢えて口に出して言う必要はないが、今は異世界人だと予想される女性が同行している。後の説明が一部省略されるなら、今呟くように話しておくと楽だろう。俺は説明が下手で嫌いだからな。

「良く聞こえたな」

 逃げるべき相手が一つになったかと思うとより厄介な相手達から警戒されてしまった。だが俺達はこんな状況に陥っても逃げ続けないといけないので、多少なりとも彼女に情報を与えようと普段なら滅多に交わさない内容の話を振る。

「流石に人工島の音は聞こえないわよ。フレームアーマーが『分かりました。捜索に移ります』って言ってたからよ」

 この状況下ならそう推理するのが妥当で、且つ推理通りの結果になる可能性が非常に高い。俺たちだけなら異世界に転移すれば非常に楽だが、今は状況が全くつかめない女性を一人連れているし、≪エル・ダブル・ユニバース≫の同時転移可能人数を超えている。ここから更に異世界転移の事も説明すると、面倒極まりないし、彼女の情報整理も追いつかないだろう。だから俺たちは今から国内で安全な逃げ先をどこにしようか思案する訳だが……

「ま、待ってください」

 この状況で一番意見を出してこないであろう人物――負傷した女性が注目を集める。

「助けられた身が言うのもなんですが……一度Wアラーム? というものが鳴れば彼女らが集まるってことですよね?」

「大体そんな感じだ。それがどうかしたか?」

 Wアラームから名案が生まれるとは思わないが、身を潜めるのに最適な場所が浮かんでこない以上、彼女の案を聞いてみるのもいいかもしれない。

「でしたら遠くに逃げるのは良案とは言い難いです。普段はWアラームが鳴らないぐらい小さな存在の異世界人で、見つかりやすい地域から離れた土地――それも破壊されると大打撃を受ける施設に対して爆裂魔法や火炎魔法が使用されたとなれば、相当な手練れだと予想するはずです。つまり彼女らは、加害者は追手を警戒してより手薄な遠くへ逃げると読んで捜索範囲を広げるはずです」

 Wアラームが鳴る条件を知っていないからか、異世界人としての気的な意味合いの度合いで鳴っていると勘違いしているし、俺達が自分――異世界人を手助けしているので、異世界人に味方している、異世界人を含む何らかの組織だと推理したからか、HM社の支部が破壊されると地球側に大打撃を与える施設だと勘違いしているが、その話には妙に説得力があり、つい黙って最後までその案を聞きたくなってしまう魅力がある。とりあえずこれまでの話で分かった事は、自分が知らない別の土地、或いは別の惑星に転移しているという事実を理解していて、彼女の解説は今まで会ってきた誰よりも――自分が知っている範囲内で、推理も交えた発言ではあるが――理路整然としていることだ。学校のテストの点数が高いから頭が良いとはまた別で、且つより実生活に於いて有効的な方で頭が良い。まさにこういう人こそが本当の意味で頭が良いに分類され、彼女はそれに当てはまる。

「私達の交通手段は徒歩と推理しました。飛行する彼女らには速度が及ばないでしょう。ならばそれも踏まえて、最多転移地点? と言えばいいでしょうか。その付近に潜伏する方が相手の盲点をつけると思うのですが……」

 俺とルミーナは彼女が立案した作戦があまりにも妙案過ぎて顔を見合わせてしまう。マリアは常に俺とルミーナに判断権を委ねているからか、特に驚く素振りも見せていないが。

「私の場合余所者なので、地上での大胆な行動は避けるべきです。わたくしを背負ってくださっている……」

 俺が背負っている女性は今まで噛むことなくすらすらと説明していたが、名前が分からずどうお呼びすればいいかで遂に言葉を詰まらす。

「そういえばお互いまだ名乗ってすらいなかったな。俺は新谷萩耶だ。お前の母国で言うと萩耶新谷だ」

「ルミーナ・エスレインよ」

「ご主人様とお嬢様のメイドを務めております、マリア・クァイエです。以後お見知りおきを」

 まず異世界語を話しているし、少し前に魔法を使ったし滞空もしたからか、ルミーナとマリアは地球の偽名を使わずに自己紹介をした。

「わたくしはアトラ・ヴァルティーナです。移動中に不思議な光に包まれ、視界が晴れると海上に居ました」

「アトラも海上転移なのか」

 EoDは異世界人多発スポットで、そこで転移者を始末するってだけで、その土地の指定された地点に必ず転移してくるってわけじゃない。完全ランダムだ。第一次異世界人襲来前は点々と土地があったが、今は被害が人工島以外に及ばないように――というのは名目で、相手に地面がない不利状況を押し付け、溺死も加味している――周辺が海なので、海上に転移してくる人も多い。

「お話を戻しますが、以前にお会いした時から萩耶様は三人の中のリーダーで、現地の人だと予想しております。なので騒動が収まるのを観察することが出来、そしてなによりこの周辺の地理に詳しいはずなので、潜伏によい地の宛てがあるはずです」

「前に会った……?」

 現地の人だと予想された理由は、転移者を徹底的に潰すこの世界で異世界人はまず生存できないし、異世界人をリーダーとする組織が発足したところで潰されるのは時間の問題だから、地球人の俺が名を挙げることで異世界人に害がなく生存できていると思われたんだろう。そんな組織作ってないとか、アトラの言う通り人工島内に良い潜伏地は複数あるとかは置いておき、そこは理解できたとしても、前にアトラと会った記憶は無い。それは異世界でもだし、ルミーナとマリアもだ。

「幻影のような不思議な街中で会いましたよ?」

「幻影のような不思議な街中……? ああ、EoDか」

 そういえばついさっき結奈と別れて連絡橋に向う道中で人と衝突した記憶がある。

「あの時ぶつかった人?」

「はい、あの時は申し訳ございませんでした」

「気にすんな」

 というか初見でEoDが幻影って分かった事が凄い。色合いや形状、触った感じやぶつかった感じまでも全てが物理的に存在する物と同様なのにな。自然修復する姿でも見たんだろうか。

「でもあの時の服はどこ行った」

 確かあの時は灰色のパーカーで、フードを深くかぶっていた。だが今の格好は見るからに裕福そうな異世界の貴族が着ていそうな服だ。元から胸上や肩辺り、脇腹辺りの生地の一部がないデザインらしいが、そこから更に破けていたり、弾痕があったり、フィッシュテールスカートがミニスカに近くなっていたり、至る所が泥や血で汚れているが。

「この服装のままだと直ぐに異国人だと判断付きそうだったので、沢山のいらない物がまとめて置かれた場所から拝借しました。今は千切って止血に使っているので、見つかるのは時間の問題だと思っていたのですが……救われました」

「やけに手当が上手いから魔法使ったのかと思ってたわ」

「傷つくのが嫌なので、手当ては得意な方です」

 どうやら背中でごそごそしていたのも応急手当を行っていたからのようで、流石に未知の攻撃、銃弾の摘出や手当は出来ていないようだが、他は一時的に無事のように思える。しかも数発被弾しているのに息切れなくこの会話量ってことは、結構タフな方かもしれない。

「それにしても俺たちとコンタクトしてからここにたどり着くまでが早かったな。こっちも大概最短ルートで急行したつもりだったが」

 このHM社の支部もある割と新しい倉庫群は東京港トンネルの近くだ。あの時俺たちとは反対方向に突き進んで行ったのに先に着いたとなれば、超高速で遠泳できる能力や飛行できる能力、転移魔法を使わない限り不可能に等しいだろう。

「EoDという地名なのですね! そのEoDの地面に不思議な抜け穴がありまして、そこに入ってみると……いつの間にか、ここに……」

「そんな穴があったんだな」

 シェルターは基本階段型だが、住民が多かったり被災しそうな地帯は一方通行の滑り台形だ。最初はシェルターに繋がる滑り台型の通路かと思ったが、シェルターからは人工島外に出られないし繋がっていないので……どうせ黒雨関係で、世界征服を行うにあたって必要となる行為――WB社及びに異世界人殲滅派からの始末を実行する際、人工島へ黒雨を送ってやろうという魂胆で秘密裏に作成していた通路でもあったんだろうな。

「――って、なら今からその穴活用できそうじゃない?」

「そうですね」

「うわすげえ。そこに話が繋がるんだな」

 ここから人工島内に向うには連絡橋を渡る必要がある。だが、あんなところを悠長に通ってられるはずがない。そもそも連絡橋に向う道中に捜索範囲を広げたフレームアーマーに見つかる可能性が高い。だからと言って遮るものが一切ない海を泳いで渡る訳にも、魔法を使って転移する訳にもいかず……

 結論は俺が出すように仕組んでくれたんだろうけど……悪かったな。超がつくほどのバカなもんで、理解に莫大な時間を要したぞ。

「それってどこにあるんだ? そろそろあのフレームアーマーたちも散開しだしたぞ」

「ここです。このコンテナの中に落とし穴のような縦穴がありました」

 散開したフレームアーマーが俺たちのところにたどり着くのはいくら捜索中だから低速運転だとしても何十秒も要さないだろう。そもそもたどり着く以前にそいつの視界に入ってしまうかもしれないし、HM社の機械兵士共も考慮しなきゃいけない。だから俺達はコンテナ上での移動を止めたんだが……その降り立った隣にあるコンテナが目当ての場所だったらしい。

「流石にフレームアーマーはこの穴知らんだろ」

「機械の兵士なら知ってるかもしれないけど、敢えて何も細工しないでおくわ。そうした方が見つからない気がするの」

「きっと中は安全なので、詳しいお話を共有しましょう」

 俺たちは素早い手つきでコンテナを開けて中に入り、出入口側を何も起きなかったかの如く前の状態に戻す。そして――下が見えない縦穴にアトラを背負った俺から飛び降りていく。


 降り立ったそこは、俺がギリギリ頭を下げなくても進める縦幅で、いくら細い人二人でも横並びでは通れないぐらい細い通路だった。そして当然だが、まだ黒雨が通ったことがないので、地面に水気や粘り気はなく、忍び足を止めると金属音が響く。

「やけに下りたわね」

 落下中にアトラが減速しないと衝撃を吸収してくれるものがないと言ってくれなかったら今頃当然の如く落下死していた。そのぐらいこの通路は地下深くに作られている。

「よくこんな所一人で突き進んだもんだ」

「それしか道がなかったので……」

 そうなんだろうが、戦闘が不得意だと自称している人が両手両足を使ってゆっくり降り、真っ暗で狭い直線を永遠と進み、両手両足を使ってかなり上るのは相当な諦めない心がないとできないことだ。死にたくない意思があるか、もう何度もフレームアーマーから攻撃をしかけられ、トラウマを植え付けられている可能性が高いな。

 今は身近に中立的な人が居て、音がして、戦力的な安全が確保されていて、明るさもあって……この通路に黒雨が流れてきたり、両方から同時に兵士が数百数千単位で攻め込んで来たら一巻の終わりだが、一度通ったことがあって安心できると身を持って経験していたことも相まってか、緊張が解れたらしいアトラの腹が鳴る。

「とりあえずこれ食べて。転移から数日間何も食べてないでしょ?」

「は、はい……ありがとうございます」

 もうアトラ相手に自身が魔法使いだと隠す必要がないからか、≪スレンジ≫から取り出したのは――ウュヴィビァゾーカッチュォインデュ。名前から察しが付くが、完全に異世界にある食べ物だ。

 アトラから見てルミーナとマリアが異世界人である可能性や何らかの関係性を持っている事をより明確化したかったのか、その日本で言う所謂栄養補助食品のような棒状の食べ物を渡すと、アトラは少し目が見開いたように思える。やはりこれだけで推理できることが沢山あったっぽいな。

「何日前ぐらいに転移してきたか覚えているか?」

 ルミーナが魔法で出した浮遊する飲み水の塊も飲みつつウュヴィビァゾーカッチュォインデュをモグモグ食べている所申し訳ないが、そろそろ情報共有に入る。

「いきなり海中に落ちた瞬間からだと84時間24分32秒経過しました」

「まさか転移した瞬間から経過時間カウントしてるのか?」

「はい。必要な情報だと予想したので数えていました」

「凄いわね」

 アトラがいうその経過時間は捏造かと思ったが、思い返せば嘘にならない。その時間帯には魔法陣が目撃され、Wアラームが鳴り、鎧を装着した男性がやられているからだ。その際の同時転移者と考えられる。潜伏していて見つかった異世界人の供述では、同時転移者が大暴れしたのにドン引きして対抗心が消失したり、その暴走の傍ら身を潜めたりする、と似たようなことを言うのが恒例だ。つまり過去の統計的にもアトラの発言は偽りとは断言できない。三日以上水すら口にしなかったことなんかしょうもなく思えるな。

「アトラが言葉を選ばなくてもいいように、先に俺達の事を話そうか」

「それが良いと思うわ」

 まだ色んな憶測があるだけで、どれも確証ではないはず。だからそれらを今から確証へ導いてやろう。

「俺はこの世界――地球の人間だ。ルミーナとマリアはアトラが元居た世界のハーフエルフと魔族だ」

「地球では人間とは異なる特徴的な容姿を絶対に出したらいけないから、見せる気はないけど」

 アトラはルミーナとマリアの種族が人種だと思っていたからか、驚いたような表情になる。今まで見せたり言わない限り見つからなかった辺り、その種族特有の容姿さえ隠せば現地民でも肉眼では人種と区別がつかないようだ。

「さっき見て大体察しているだろうが、この異世界人見つけ次第抹殺の世界で異世界人が生存できているのは、俺がそばにいるからってのもある」

 さっき七メートル程離れたコンテナ間を飛び移ったのも戦力を見せるためにわざと通った迂回ルートだったりする。

「んじゃ俺がそんなに優遇されるわけはなんだと思うだろ? それはな――」

「――所謂転移魔法で、向こうの世界と行き来できるからよ」

 おっと? 台詞を横取りされたぞ?

「移動できるのですか⁉ 凄いですね!」

「色々条件を揃える必要があるけどな。あ、一応言っとくが、異世界人を地球に転移させてるのは俺じゃないぞ。今世界中で起きている超常現象って奴だ」

 誰が言おうと伝わる情報は同じで、特段その台詞を言いたかったわけでもないが、このままだと誤解を生みそうなので追加説明しておく。

「私とマリアは萩耶がたった一人で背負ってたその活動に賛同した身よ」

「萩耶様はとても素敵な人なのですね! 地球の方々にはどう思われているか分かりませんが、異世界人からすれば英雄です」

 英雄って。初めてそんな事言われたぞ。世に居る英雄に申し訳ないな。

「英雄は何としてでも人を救おうとするが、俺は自分の命を優先するし、やむを得ない場合は普通に殺害する。だから英雄なんかじゃなくて暇人の方が合ってるぞ」

「いえいえ! そんなことはありません! 人々を救おうとする心があれば誰でも英雄です!」

「そうか?」

 アトラが褒め上手なのか、今まで英雄の武勇伝の類を聞いたことがないからか知らないが、勝手に英雄と思うなら思ってくれ。また会う日が来るか知らないが、英雄とは思えないだろうからな。

「今後何があるかわからんからな、一応異世界でも生活している。知ってるか知らんが、パブルス帝国っつー国の帝王とは知り合いだ」

「パブルス帝国、知っていますよ! 最近フィリザーラ帝国時代の帝王が封印を解いた魔王を倒したとか」

「ああ、そういやそんなこともあったな」

「えっ、お三方ってあの英雄さん達なのですか⁉」

「そうね。英雄って程でもないけど」

「道理でお強い訳ですね!」

 ああっ、クソ。そんなの知らんと言っとくべきだった。バカだから褒め称えて相手の機嫌を取り、自分の好都合な展開にしようとしてそうな会話術に上手く乗せられている気がしてむず痒い。

「話をまとめると、私達の元居た世界からこの世界に転移してくる現象が起きていて、地球側は過去の二の舞にならないように転移者を殲滅してるの。その代表格がさっき空を飛んでた奴らよ。そして転移者が元居た世界に帰る唯一の手段は――新谷萩耶、今目の前にいるこの人と会うしかないのよ。私達から出せる情報はこれぐらいよ」

 異世界人を転移してやる時に話す説明より詳細に、且つ短時間でより沢山の情報を伝えようとしたのであまり分かりやすい説明とは言えなかっただろうが、ルミーナのまとめとアトラの理解力があれば問題ないだろう。

「次はわたくしの番ですね」

 フレームアーマーに攻撃を食らったらしき斬撃痕や銃創は、自身の手当て能力と自然回復の早さで完治したと言っても過言じゃない状態になっているが、転移に関する情報は見て取れていると判断したようで、話を理解したアトラは続いて自分の事について語り始める。

「わたくし、アトラ・ヴァルティーナは、オルレラン公国のヴァルティーナ家という、オルレラン公国建国時から王族のメイドとして仕えさせていただいている、メイド界で一番有名な貴族に産まれました。そんなわたくしはメイドの学び舎に主席で入り、主席で卒業しました」

 〔オルレラン公国ってあの貴族が住んでたところか〕

 〔まともな人も居て安心だわ〕

 確かにあの国は自主通学制ではあるが、異世界の中で唯一学校という施設がある国だ。その中でメイドを専攻する学び舎を首席で卒業したとなると、メイド的能力で言えばマリアを卓越していてもあり得なくはない。そもそもマリアは半メイド的奴隷だったので、比較対象として可笑しいかもしれないが。

 一番、主席という単語に引っかかる中、

「それはヴァルティーナ家として当然の結果で、わたくしの代も安泰だろうと言われていましたが……アンシェン王国という国から指名でメイドの募集がかかり、ヴァルティーナ家の名とオルレラン公国の名を広めるために受けることになりました。初の試みで、わたくしもわくわくしていました」

 ここまで話を聞くと、いい話にしか思えないが――アトラの話はこれで終わらない。

「アンシェン王国に仕えて数年間。わたくしはとても快適にメイド業に励んでいましたが……ある日突然、デリザリン王国にメイドとして潜伏し、情報を盗み出すように命令を受けました。当時のアンシェン王国とデリザリン王国は、良くも悪くもない言わばお互い情報のない関係性でした。一抹の不安がよぎりましたが、国王の命令なので邪推することもなく快諾致しました」

 どちらにせよ貴族の身が王族の命令に逆らえないのが異世界の悲しき現実だが、異世界ではそれが普遍的な事実だからか敢えて説明してくるようなことはなかった。

「デリザリン王国に仕えてから近いうちに裏切る予定でしたが……わたくしは感付いていました。わたくしを内通者としてデリザリン王国に送ったのは名目上で、本当はわたくしという存在が王族内に不要だったのです。きっとこれから帰ってももう忘れられていて、門を通してくれることはないでしょう。寧ろ殺害される可能性すらあります」

「なんで不要になったんだ? いい貴族らしいし、まだ会って少しだが、俺にはアトラは良い奴にしか思えんぞ」

 メイドとして活動していない時でさえこの物腰の柔らかさなのであれば、メイドとして不足している要素があるとは思えない。そしてそれらをちゃんと家名や実績が後押ししてくれているはずだ。

「あのお二方はいつもお傍にいらしたので、余所者を同じ屋根に居させたくなかったのでしょう」

「それだけ?」

 ルミーナが言う通り、たったそれだけでアトラを解雇するのはもったいない。もっと大きな……アトラを雇う事で不利益をもたらすことがない限り、そうなるとは思えない。だが、それが何なのかは予想できず……

「それと……」

「それと?」

「……いえ、何もないです」

「そうか」

 本人は分かっているけど、俺たちには言いづらいことのようだな。かなりの情報を共有したとはいえ、このご時世まだお互いに安心できない存在ではあるからな。

 つまりアトラは何らかの爆弾を抱えているんだろうが、正直俺達以上に爆弾を抱えている人類が二つの世界上に存在しているとは思えないので、やけに警戒することもなく今まで通りの接し方で話を進める。

「ここでアンシェン王国に帰って裏切られたとあれば、オルレラン公国とヴァルティーナ家の名が汚れるので、わたくしは内通者をやめてデリザリン王国の一メイドとなりましたが……それからかなり経過した日に突然内通者と露呈し、情報を一つも漏らしていないと主張しても話を聞いてもらえず、罰を受けることになりました」

「それはもうしょうがないよな……」

 証拠がないし、アンシェン王国がアトラを裏切っているのであれば、アトラが悪い方に傾くよう供述してくるだろう。そんな状況本人しか分からないし、人が理解してくれるはずもない。

 〔それにしてもあの王女は頭おかしいわね。私達相手だから過激にしていたのかと思ってたけど、一般人相手にもしてそうだわ〕

 〔皆それが普通みたいな雰囲気で生活していたが、あれは作り笑顔だったのか〕

 あの国で生き残る為にはそこまでしないといけないのかよ。よく過疎化せずに寧ろ発展していってるよな、あの国。

「わたくしはデリザリン王国の強制労働に耐えられなくなり、デリザリン王国が何者かの手によって荒れた瞬間に乗じて数人で脱走を図りました」

「それギルドでも話題になってたわ」

 〔俺たちの事じゃねーか〕

 〔私達傍から見ると超過激派だわ。もっと落ち着くべきね〕

 デリザリン王国絡みの騒動はいくつか思い当たる節があるのでどのタイミングで逃走しているのか分からないが、それにしても今までよく鉢合わせることなかったな。メアリのおもちゃにされていたんなら、散々メアリと顔を見合わせた俺たちとなら会いそうだったのに。

「わたくしはなんとか逃げ切れましたが……他のみなさんは追っ手に捕まってしまい……アンシェン王国のメイドでなくなり、デリザリン王国のメイドでもなくなり……自分のせいではないのですが、メイドとして二回も失敗し、名が汚れた状態ではオルレラン公国の王族やヴァルティーナ家に見せる顔がありません。わたくしは人生最大の危機に悩まされながら途方に暮れていました」

 名があり、身内がいる貴族は大変そうだ。身内がいないルミーナや、奴隷として最底辺まで落ちたマリアがここまで気楽にわけわからん俺と行動を共にできる理由がわかる。

「そして転移した、と」

「はい……いきなり辺りが真っ白になって、気が付いたら水中に落とされ、見慣れない戦士に囲まれた激戦区の中心地に居たのです」

「アトラも苦労の日々を送ってきたんだな……」

 正直俺たちの苦労は全て成功として終わっている。だが、アトラの場合は失敗だらけだ。それも立場上リスクも高い。だが俺の語彙では同病相憐れむことしかできない。

「でももう大丈夫よ。今のアトラには選択肢が沢山あるわ。私達と同行する事、パブルス帝国のメイドにな――」

 ルミーナは話を変なところで止めて進行方向とは逆の方向を眺め出した。普段なら何かが起きたなと思って念話で尋ねたり視線をそっちに向けるが、今回その音は俺の耳にも微かに届いていた。

「――チッ」

「流石にね」

 背後で鳴った微音は、この通路が軋んだ音じゃない。外部から内部へ入ろうと恐る恐る押している時になった音だろう。ルミーナが警戒して明かりを消して暗視へ変更してくれた視界で確認すると――やはりそうだ。壁が押し開かれている最中だ。

 〔分かっちゃいたが、HM社の方が上手だったな〕

 WB社は人工島に黒雨を送る為の通路があると感付き、もし流れてきた時用に害が出にくい海に吐き出すよう秘密の通路を製作していたようだが、HM社はその改造された通路の存在に感付いていた。今その通路からこの本通路に入って来ようとしているんだろう。でも何でこの通路に来たのか。それはHM社の支部を破壊する人となれば、WB社の関係者ぐらいだろうとAIが推理し、WB社の関係者なら黒雨が来ない限り安全な通路として利用しそうなここにやってきたんだろう。

「アトラ、俺たち一人ずつと一度ハグしろ。ちゃんと相手の事を思ってだぞ」

「? どうしてですか?」

「すればわかる」

 強引に身体接触を求める糞野郎の発言になってしまったが、この場に連れ、それも女子が二人も居て良かった。もし男女一対一なら難しかったかもしれない。

 メイドという職業上あり得ない行為だからか、眷属契約について知らないようで、違う意味で手こずったが……

 〔こういうことだ。敵にバレずに会話できて、魔法を使わないから検知もされない〕

 〔今日限りだから安心して〕

 三人で試した時、身体的接触のみの場合は妙な違和感を覚えるが、ある程度の位置把握と念話が可能だ。急ぎで性的接触は説明のしようがないので、身体的接触で契約を交わしたが……無事に声に出さなくても会話できるようになった。メイドという人の下につく職業を続けていたせいか、案外すんなり受け入れてくれたが……俺達相手だからかもしれないが、お互い情報を丸出しにできるので気を付けるべきだと思う。

 〔前も塞がれたらおしまいだ。気配を消して突っ切るぞ〕

 〔今やってきてるのはあの生き返る機械みたいね〕

 目が良いルミーナが既に索敵も済ませてくれたそうで、交戦しても今ある知識では対処できないことが分かった。

 〔走力には自信ありますか?〕

 〔自信ないです……〕

 マリアがアトラを背負ったところを見てから――俺たちは出口に向かって駆ける。

 〔一応聞いとくが、アトラって人種だよな?〕

 〔はい、そうです〕

 それなら好都合だ。魔法が使えないので感知されることも少ないだろうが、フレームアーマーとHM社のロボットには顔が割れている。俺達がこんなところに居たら厳重注意で終わるだろうが、アトラがいたら話は別だ。隠す必要がある特徴が少ないなら、多少の変装でよさそうだ。

 〔アトラってそこで手当てできるぐらい器用なんだろ? なら着替えられるか?〕

 〔はい、多少時間を要しますが……〕

 〔ならこれを着て。脱いだ服はちゃんと持っておくのよ。ここに居た形跡は何も残さないわよ〕

 ルミーナは≪スレンジ≫の中から、自身のセーラー服と伊達メガネ、ヘアゴムを取り出した。それぐらいの物があれば人間誰でもすぐに軽い変装ができるもんだ。

 〔どうですか?〕

 実はダクトを通って汚れた俺だけスタンプのように足跡が残されて行ってたらしく、それに気付いたルミーナは足跡を全て魔法で消し、俺自身を魔法で綺麗にしてくれた。

 並行してアトラが今まで着ていた服を回収し――

 〔いいと思うわ〕

 ポニーテールに伊達メガネ、意外と胸があるところから、年上のお姉さん感がある。問題の今までの容姿との差だが、大丈夫そうだ。髪色がちょっと地球人離れしているが、そこはコスプレや趣味ということでどうにかなる。やっぱり服と髪型が変わり、眼鏡があることで別人に見える。

 〔これで多少は堂々と出ても問題ないだろうが……どこから出ようか〕

 先程から通路の分岐点が増えているので、多分人工島の地下に到着したんだろうが、ここがどこの地下か、どの出口が一番安全か、知らない場所だから正確な判断が出来ない。

 〔一直線で進んできているから、都心部辺りじゃない?〕

 〔とりあえずここから顔出してみるか〕

 となれば路上のマンホールにいきなり顔を出すこともあり得そうだが、今は深夜。誰もマンホールの中から人が出てくる姿なんか目撃しないだろう。それに、人工島は車の通りが殆ど無いので、轢かれる心配もない。

 背後からロボットがゆっくり近づいてきていて、のんびり安全な場所を選んでいられない。マリアはアトラの警護をし、俺とルミーナは分担して安全な出口がないか外を覗いていく。

 〔こっちは駅の真裏だな〕

 〔マンホールって重いわね……こっちは路地裏だわ。多分都心部一区〕

 つまりHM社から人工島までは都心部一区に直線で繋がれているってことだ。人工島は都心部一区が一番発展していて、人口も多いのでHM社にとってハイリスクハイリターンの通路となる。

 〔もし見つかったら電車に乗って逃げることが出来るから、駅に出るか?〕

 〔いや、電車で戻ってくると思って張ってるかもしれないわ〕

 〔激戦区に態々やってくるとは思えんが……それだったら裏路地まで潜入できたとは思わねえか〕

 俺とルミーナの推理では路地裏に出る方が安全と出たが、アトラの意見はきっと俺たちが考えもしなかった域も考慮して出された結論になるはず。一応アトラに解答を求めているような間を開けると……

 〔M社に利用されていましたが、秘密の通路を設置しているぐらいなので、そもそもこの通路の存在についてWB社は気付いています。どこから出ても数人の監視は付き物だと思います〕

 〔なるほど。なら初動を起こしやすい裏路地にしておくか〕

 言われてみれば確かにそうだ。ならばより家に近く、視界があまり開けていない方を選択する。……なんかアトラって≪エル・ズァギラス≫の最上位互換感否めんな。

 そもそもアトラを見つけ、情報共有をし終えた今、ここでアトラを転移させてやってもいい訳だが……

 〔もし俺んちに行けたら、のんびり世間話でもしようぜ〕

 〔行けなかったら即お別れよ〕

 今のアトラは今後について悩んでいる。今ここで異世界に帰しても、また一人途方に暮れて目的も無くただひたすらにオルレラン公国、ヴァルティーナ家、アンシェン王国、デリザリン王国がない方向に歩みを進めるだけだ。アトラに戦力はなく、更に悩んだ状態で接敵すれば、最悪人生を諦めて命を落とすことだってあり得る。活かすべき才能を秘めていることは明らかなので、ここは一度安全な場所に移動して、相談相手となってあげるべきだ。さっきルミーナが言いかけた、俺達と同行する事や、パブルス帝国のメイドになることなどと、メイド業だけじゃなく、頭脳も秀逸なアトラにはまだ残された道が沢山あるからな。

 一番手っ取り早く安全な場所に行く方法はこの場で≪エル・ダブル・ユニバース≫を使って全員で転移することだが、ルミーナがアトラだけを異世界へ返すような発言をしたことからも察せるだろう。何せ≪エル・ダブル・ユニバース≫の同時転移可能人数は三人だ。アトラを含まない誰か一人がこの場に残ることになり、仮に俺でも危ない場を単独で凌がないといけなくなる。アトラの今後も考えて、どうか一先ず家まで帰りたいところだ。

 〔戦闘になりそうなら、救護は任せてください。近接は……その……協力でお願いします〕

 〔無理しなくていい。近接は任せろ〕

 戦闘に発展せずに終わるのが一番いいんだけどな。

 まずは目や耳が良いルミーナが出て索敵し、ある程度の安全が確保出来たら残り三人も出る作戦に決定し、順調に事が進む。そして四番手の俺もマンホールから地上に上がる。

「……大丈夫そうだな」

 どうやら魔法が感知されるし異世界人が潜伏しづらい激戦区に態々戻ってくるとは思っていなかったらしく――多分戻ってきても何れ発見されると読んだんだろう――周辺にWB社の人は愚か、逃げ遅れた一般人すらも居なかった。

 深夜のシェルター避難でも普段通りの避難を行わないと罰せられる。だが、このように人工島近辺での異世界人による襲撃や、警戒の意味で鳴っただけの場合は、自己責任にはなるが室内待機も可能だ。それは昼間も然り。だが今は夜だからそもそも人が出歩いていない。不法侵入者とか違法者とか誤解が生まれずに済んだ。一般人の情報伝達速度は異常だからな。

「素早く帰宅するわよ」

 ルミーナは異世界人。実際にこの地を自由に歩いて確かめられなかったはずの裏路地を、正確に自宅目掛けて走って行く。どうやらあの辞書に付属していた無駄に細かいEoD近辺の地図まで完璧に把握していたようだ。

 〔――ってちょっと待て。あそこにフレームアーマーがいるじゃねえか!〕

 ルミーナが駆け抜けるってことは周りに敵の目がないんだと思ったが、一応左右を確認したらシェルター前に二人いたぞ。しかも武装を完全に展開した状態で。

 〔走り抜けないとどうしようもないわよ。だってそのビルの屋上にもいるんだし〕

 二番目に駆けだしていた俺が急ブレーキしてアトラを背負ったマリアを制し、三人はまだ裏路地に残る。ルミーナは俺たちが失速したとあって、急遽大通りの遮蔽物に身を隠し、人の目がないタイミングで戻ってきた。

 〔戦闘しない為にはそれしか手段がないのは分かるけど、あまりにも強引だろ〕

 〔ならどうするのよ〕

 そう言われちゃ……何も案が出ない。

 俺達は無意識に揃ってアトラを見てしまうが、アトラもフレームアーマーという存在が未知数だからか最善策を出せずにいる。

「流石にシェルター内にはいませんでしたね」

「そうね。でも私はここら辺に居る気がするのよ」

 すると聞こえてきたフレームアーマーの声は……

 〔……結奈か?〕

 話し相手の声は聞いたことがないが、今確実に結奈の声がしたぞ。

 路地裏から大通りの方にあるシェルターの出入口を、角から顔を出さずにナイフだけを出し、ナイフに反射して映る光景で確認すると……フレームアーマーの背中に特徴的な自分の身長ぐらいの大剣があった。あれはまごうことなきWBFA:EX0-112――神凪(かんざき)結奈だ。

 〔クソッ。アイツ、何であんなに異世界人レーダー正確なんだよッ!〕

 こんなところに異世界人が三人も居ればそりゃあ電波(?)も大きくなるだろうが、あまりにも感が優れすぎだろ。流石そういう家系に生まれただけあるな。父は自衛隊、母は警察官、祖父母は探偵と弁護士だっけか?

 〔萩耶の監視役だからでしょ〕

 ルミーナの小言はガン無視し、

 〔マリアはアトラを連れて通路に戻れ。でも途中で留まっておけよ? 下まで降りると危険だ〕

 〔わかりました〕

 俺が今から何をするつもりでいるのかは特に気にせず、指示に従順なマリアは素早く且つ音を立てずにマンホールの中に戻って行く。ならんとは思うが、もし戦いになってもあそこはシェルターと同じ素材の造りだった。大概の事では壊れないだろう。

 〔私と萩耶はどうするつもりよ〕

 〔直接話に行く〕

 〔? 言動が合ってないわよ?〕

 〔気にすんな〕

 確かにこの状況から敵の結奈に話しかけるのは意味が分からないかもしれない。だが俺は、アイツと何度も会って話したことがある。話さないでこの場を凌ぐより、話してこの場を凌ぐ方が良い気がする。結奈もそろそろこの騒動の中俺が姿を現さなかったら何か裏でやってるなと怪しむだろうしな。

 結奈と俺がどういう仲なのか深く知らない以上、やりたいことが理解できないルミーナは同行しないらしく、結奈の元へは俺一人で向かう。

「ここら辺にいる気がするんだけど……」

「んー……あ、監視対象のお出ましですよ」

 堂々と向ってくる俺に気付いたのは、隣に居たハイレグを着てビームが発射されそうな球を背後に四つ中に浮かべた姿が特徴的な女性が先だった。これまでの会話の内容からして後輩、部下の子って感じなので、結奈がそいつよりも俺の接近に気付けない程鈍ったはずはない。今は俺より異世界人の気配の方が重要だと判断してんだろう。舐められたもんだ。

「ちゃんと新谷萩耶って名前があるからそれで呼んでくれよな」

「やっと姿を現したわね」

「先輩の勘ってやっぱりこういうことだったんですね」

「違うわよ!」

 フレームアーマーとは上っ面だけでも友好関係でいたいので、隣の女性にはそれとなく名乗ったが……結奈の発言はちょっといただけないな。やっとってことは、今ここに隠れていたことを知っていてやっと姿を現したと言いたいのか、今日未だに見てなかったけどやっと姿を現したと言いたいのか疑問になる。しかもしっかり部下からおちょくられてるし。

「萩耶は転移者の姿見た?」

「全く。爆破騒動で飛び起きてこの辺りに来たが、まず人が居ないな」

「当然ですよ。全島民は避難を第三層目まで完了してますよ。まさかまだ地上に残された愚民が居たとは思いませんでした。罰則受けましょうか」

 流石にあれだけの爆裂魔法使ったら第三層まで避難したか。良い情報を漏らしてくれたもんだ。……って事じゃなくて、何だコイツ。人の事ボロクソ言うじゃねーか。俺に親でも殺されたんか。

「言い過ぎよ」

 俺の怒りを代弁するかの如く結奈は部下に謝るよう指示する。

「すみません。でも、監視対象なので良いのでは……?」

「それでも限度があるわよ。私が担当してからはおとなしいから安心していいわよ」

 ああ、その感じ……俺の存在をただの違法者だから注意しておけって言われただけで、フレームアーマーの中でも仕事熱心で真面目な子だな。どういう意図か知らんが――多分機密情報うんたらで――俺が国からWアラーム中にシェルター外活動を行っても良いと許可されており、フレームアーマーに匹敵する実力を秘めているってことはWB社でも上位に君臨する人か関係者しか知らんらしいしな。でも感付いてもおかしくないレベルの特別扱いなんで、あまり情報を鵜呑みにしない方がいいぞ。

 騒動がおとなしかったらまず外に出てないし、実は見えないところで今日も活動中だが、当然ながらそこには触れないでおく。

「HM社で起きた騒動なのにここにきたってことは、もしかしてあの通路の事知ってるわけ?」

「寧ろ知ってないとでも思ってたのか? 丁度今HM社から歩いて来てそこから出てきたところだ」

 もし俺が知らない情報だった時に備えて隠す気すらないのはWB社としてどうかと思うが、幸いアトラのお陰で既知の事実だぜ。

「ふーん。中に敵は?」

「誰もいなかったな」

(本当は居るんですけどね)

 結奈って俺を信頼しているのか騙されやすいのか知らんが、こっちがいくら嘘が下手でも発言を疑う気がない。だがそれは結奈だけの話で――

「WB社の目では見てないので、私一応偵察に行ってきますね。時間帯をずらして潜伏している可能性もありますし」

「頼んだわ」

 おっと。そうなるのか。不味いな。中途半端に≪エル・ズァギラス≫を使ったのが仇となった。

 でもここで慌てて嘘吐こうとすると余計怪しまれるので、冷静に真実を伝えることにする。真面目でポンコツなこの二人に対してなら嘘も通用しそうだが、急に大真面目になられても困るからな。

「止めといた方がいいぞ。お前らWB社が秘密の抜け穴作ってたようだけどよ、あそこからHM社の兵士がHM社を爆破した人を探して流れ込んできてんだぞ。バレバレじゃねーか。おかげさまで死ぬかと思ったぞ」

 その話を聞いた結奈の部下は顔を青くし、浮遊する円形の武器が邪魔で通れないので、わけ分からん私服に武装解除していたが――大きな胸回りの生地は真ん中が空いていて、頭頂部がギリギリで耐えて隠れていて、しっかりとくびれと割れが両立している腹は水着かの如く丸出しで、ミニ過ぎるスカートは所謂腰パンで超落ちそうだし、パンツか何かの超細い紐が骨盤に沿ってV字になってるのも落ちそうで怖い、そんな誰かさんに影響されたような格好だ――入るのを諦めてフレームアーマーの武装に戻った。WB社に所属する人間の私服って異常じゃないといけない決まりでもあんのか? 結奈は必要以上に肌を露出するし、拓海(たくみ)は和服だし。

「では別のところを偵察してきます。お幸せに」

 最後の発言は意味わからんし、何故か結奈の顔色が変わるが、名前を聞き忘れた彼女はそう言い残して上空に向って200キロぐらいで飛び立って行った。

「情報を鵜呑みにしやすいけど、仕事に対して熱心で真面目な子だから許したげて」

「あ、ああ……」

 正直今の俺からしたらあの格好を人に見られたのが恥ずかしすぎて逃走したんじゃないかと思えてしまうが……その辺りは次会った時の格好で判断付けるとしよう。実際どうでもいい。

「ていうか萩耶が死ぬかもって、どんな兵士が来たのよ」

 茶髪のセミボブを振り乱して部下が去ったのでそのままの流れで結奈も帰るのかと思っていたが、まだ聞きたい話があるようなので、最後まで話に付き合ってやる。途中で立ち去って妙に警戒や追跡されるより、別れを告げてお互いの事を気にしなくても良くなってからの方が俺たちは行動が起こしやすい。

「まずそもそも黒雨流されたらおしまいだろ? それに加えてアイツら無限に生き返るじゃねーか。対処法を知らないとキリがないぞ」

「無限に生き返る……? どういうことよ、それ」

 ルミーナとマリアが発見した新事実をそれとなく話すと、知らなかったようで……

「え?」

 まさか……知らないのか? HM社が作った通路を阻止する為にWB社が作った通路がHM社にバレていた事からなんとなく分かっちゃいたが、最近はHM社の方が優勢のようだな。

 なら俺的には自分の活動の妨げになるWB社の為に有益な情報を流すつもりはない。金になりそうな情報だから取引してもいいが、その場合結奈から金を巻き上げるのはかわいそうなんで、拓海に吹っ掛けてやる。

「あー……いや、なんでもない。それはさっきまで見てた夢だ。機関銃をぶっ放されたんだったな」

 いやー、HM社の技術の進歩侮れんな。異世界人を拉致ってるだけある。

「寝ぼけ過ぎよ。でもそういうことならあの逃げ道のない通路だと死ぬわね」

 俺が未だ裏切るような素振りを見せないからか、ある程度の信頼度はあるようで、謎の無限復活発言に対して言及されることはなかった。

「まだこの辺に居る気がしたんだけど……気のせいだったかもしれないわね」

 俺を捜索隊の一人とでもカウントしていそうな結奈は飛び立とうとするので……

「もしこのまま異世界人が見つからなかったら後何分で避難が解除されるんだ?」

 二階ぐらいの高さまで浮上した結奈にWB社しか知らないであろう情報の共有を求める。

「そんな情報必要ないでしょ。何か企んでる訳?」

「企んでない。でも必要だ。だって俺がWアラーム中にここに居ると、一般人目線可笑しいだろ?」

「確かにそうね」

 結奈はWB社の中でも優秀な人間なので俺がこの場に居れる理由を知っているが、先程の部下同様、シェルターから解放されて出てきた島民――特に退治の生徒――が既に出ていた俺の姿を目撃すると何らかの噂話が広まるだろう。

「十分後よ。あの規模の魔法による爆発があったから第三層まで解放されたけど、異世界人が人工島にノコノコ戻ってくるとは思えないから、島の警戒は解かれるわ」

「島の警戒『は』、ね」

 今までの経験上大体その辺りだとは予想で来ていたが……十分か。細心の注意を払いつつの四人移動でもそれだけの時間があれば無事に帰宅できそうだ。

「あたしは仕事に戻るわ」

「おう。またWアラームが鳴った時にでも」

 鳴らないことが何よりではあるが、鳴らないことには結奈とあまり会えないし、WB社の情報がつかめない。品川区の一軒家に住んでいる結奈とは私生活で会うこともないからな。

 結奈がHM社側に飛び立って行ったのを見えなくなるまで目で追い、完全に居なくなってから数分後、マンホールから三人を呼び出す。

「珍しいわね。戦闘しないなんて」

「そうなる出来事がないからな」

「発言が危なっかしくてひやひやしたけど」

 それに関しては結奈相手だからと≪エル・ズァギラス≫を雑に使った過失なので苦笑いしかできん。

 戦闘になり得る人物がここにいるが、その存在はまだ割れていない。結奈はどう思っているか知らないが、俺は結奈のことを友達、内通者などと思っているので、会う度反抗的な態度はしない。お陰で話で決着がつく場合があるもんだ。

「今島民は第三層に避難しているって言ってたわね」

「そうだ。つまり第一層と第二層はフリーだ」

「そこを使って逃げるということですね!」

 俺が考えていた逃走ルートは他の三人も考えていた無難ルートだったらしく、特段説明の必要はなく……

「よし、帰るか」

 この裏路地からシェルターへの出入口の距離は凡そ百メートル。その間の障害物は花壇と歩車道境界ブロックによる多少の段差、そしてフレームアーマーが計二名だ。フレームアーマーはその場から周囲を見渡している感じではなく、絶賛捜索中なので動き回っている。都合上二人がこちらを向いていないタイミングぐらいいくらでもある。

 こんな隠密行動ぐらい朝飯前の俺たちは、素早くシェルターの出入口に接近し、内部に侵入する。


 シェルターは基本Wアラームが鳴ってから出入口が地面から展開してきたり、金庫のように堅牢な扉が開錠されたりして開放され、全島民が避難したのを確認した瞬間に収納・施錠される。全島民が避難したかを確認する方法は、全島民が体内に埋設させられているマイクロチップで管理している。因みにもし人工島に用事で来た人はマイクロチップを埋設していないので、連絡橋にある検問所みたいなところで駐車券のように臨時発行された臨時島民カード――クレジットカードみたいな物を、必ず携帯し、且つ島を出る時は返却するという契約を経ている。

 それらはPC社が管理しており、全シェルター出入口に配備されている小型化されたCIWSが、島民がシェルター内に逃げ込む最中に臨時島民カードやマイクロチップを持っていない――動く障害物ももうすぐ精確で対策できないこの仕様に変わるらしい――つまり異世界人が紛れ込んでいた場合に始末するお陰で、シェルターは本当に安全な場所となっている。先程島民じゃなければ滞在中でもないフレームアーマーがシェルター内から地上に出てきたことからも分かる通り、WB社なら出入口で指定の場所にICカードを翳せば出入り可能だ。俺の場合、スマホのアプリを起動した状態で翳せば好きなタイミングで出入り可能だ。ルミーナとマリアも校長を通じて臨時島民カードを偽造しているので問題ない。

 となるとコイツに対しては無意味の変装をしただけでマイクロチップが無ければ臨時島民カードもないアトラをどうすべきだ。CIWSはシェルター展開又は開錠と同時に起動するので、視界内に入ると滅多打ちにされてしまう。一案として俺が瞬時に偽造する手も考えられるが、相手はPC社だ。知識のない人間の偽造なんか通用しない。

 ならどうするか? それは――関係者特権によるCIWSの一時無力化だ。関係者ともなれば、シェルター付近で転移者を監視する役を担うこともある。そういった場合、CIWSが起動している最中に転移者がやってくることもあり、CIWSの斉射が始まると自分も射線に入り込み負傷する事態があり得るからだ。そうならないように、監視につく場合は一時無力化が可能だったりする。つまりその機能を悪用すれば、アトラを傷一つつけずにシェルター内に侵入させることが出来る。

 シェルター内第一層から第五層まで下るのは滑り台で一瞬だが、第五層から第一層まで上がるのは徒歩で階段を上る。エスカレーターやエレベーターがない理由は、必ず混雑してしまうという理由と、停電したら使い物にならないからだ。

 今回俺たちは第三層までいけなくて、退治生徒による多少の警備が居るはずの第二層まで降りる理由もないので、階段を数十段だけ下って第一層内を移動する。最高でも100m間隔で出入口が設置されていて、全てがシェルター内で繋がっているからこそできる逃走ルートでもある。

 俺が住むアパートには敷地内に一部入り込んでシェルターが展開するスペースがある。出入口は道路側に面しているとはいえ、シェルターを出てから玄関につくまでの数十秒でフレームアーマーに目を付けられるわけもなく……無事に帰宅出来た。

「ここは異世界人にとって人工島で一番安全な場所と言ってもいい。せめえ部屋だが寛いでいいぞ」

「この世界の家は土足厳禁。靴はそこで脱ぐのよ」

 幸いなことに最近家事ができるメイドという最強の仲間がいる。お陰で茶菓子は出せなくてもいつでも人を招待できるぐらいには清潔さが保たれている。正直明かりと飲み水はルミーナに魔法を使ってもらいたいところだが、今回ばかしはスイッチを押して明かりを灯し、ペットボトルのお茶を出す。

「ここがご自宅ですか。私生活感が溢れた空間となると、より見たことがない物品ばかりですね……」

 最初は誰だって思う事を呟くアトラはマリアから下ろしてもらい、俺達の許可を得てから気になったもの全てを手に取って眺めていく。

「安全地帯に来たんだし、早速本題に戻るんだが……」

 帰宅して十分も経っていないが、場合によっては警戒態勢が解除され、誤解を生みかねんアイツがシェルター内から解放されてしまい、帰宅する道中に光を灯した俺ん家に寄るかもしれない。第三層まで解放されたシェルター内にいなければそれなりに不安だろうし、入室禁止令をガン無視して安否確認される気がする。

 そうなると非常に厄介で、アトラの将来が俺たちと行動を共にする他選択肢が無くなってしまう。そんな判断の余地もなくアトラの将来を決めるのは流石に気が引けるので、まだ警戒態勢中の今、急かすようで悪いが……今後の判断を求める。

「アトラお前、これからどうするつもりだ?」

 名称は伏せているが、アトラはもう俺が元居た世界に戻してくれる何らかの手段を使えると知っている。なのでこれからどうするかいくつかの選択肢が思い当っているだろう。

「国王の元に戻ってみる? メイドを募集している所を探す?」

 ルミーナが考えうる選択肢を問うと……

「――いいえ」

 数秒の間の後、アトラは俺たち三人に正対したまま、軽く目を閉じた。

「ならなんだ」

 正直どうしたいのか聞かずともわかる。一時的に結ばれている眷属契約が初めてのものだからか思考がダダ洩れだが、それを覗かなくてもわかる。それは俺だけじゃなく、ルミーナも、マリアもだろう。だが、本人の口からそういう意思を聞きたい。じゃないと、ここまでの過程で必然的に見たり聞いたりして知り過ぎたあれこれが、アトラの判断を強制しているようだからな。まだ魔法で記憶を部分的に消去して、異世界で何かをリトライする選択肢はある。

 軽く閉じた目を開け、しっかりと俺とルミーナとマリアを順に眺めたアトラは、

「わたくし、アトラ・ヴァルティーナは――お三方と行動を共にしたい意思があります」

 俺達の回答を聞いてもいないのに、今の自分にはこれが最適解と言わんばかりの満悦した表情を浮かべる。

 アトラが俺たちと会ってからの一時、どう思い、どう感じたのか、手に取るようにわかってしまう。それは、過去に殆ど同じ境遇の二人が同じような思いでそう願ったから。

「ヴァルティーナ家の人間は、一生に一人の方しかお仕えしません」

 今までの仕えは強制労働だったのでノーカウントで、今回は相手が三人だが気にしないという、都合よく話をまとめそうなのでそこに関してはツッコまない。そういう理論を突き通すということは、これから起きる数多の超常現象に対して、否定からじゃなく肯定から入るという意思の表れかもしれないからな。口達者なアトラならあり得る。

「こんな不遇な私を快く受け入れてくれて、お別れの時まで優しく接してくれたお三方は私の中のヒーロー、英雄です。どうか、どうかわたくしを貴方方の身の元に、メイドとしておいていただけないでしょうか……?」

 そこまで自分を低く評価し、俺たちを高く評価されると確かに言われた身はいい気分になって受け入れたくなるな。言葉は武器になるとは言ったもんだ。だが……

「少し甘かったな」

 契約の恩恵で本心を話していることが分かっていても、その発言には俺たちの判断を迷わせるワードが一つある。それは――

「うちにはメイドが一人いる。『メイドとして』とかいうと、もういっかなーってなるぞ」

 しかも言っちゃ悪いが、アトラはマリアよりメイドとしての素質が長けているとしても、戦力は絶無。契約の恩恵のせいでしっかりと裏付けもされている。地球で異世界人が生存するには、口での戦力は無価値に等しく、俺達が心無き戦闘集団だったら完全に失言だったな。

「えっ⁉」

「おい、目を潤ませるな。そうなるぞって話で、そうするとはまだ言ってないぞ」

 嘘だろ? 相当本気だったんだろうか、ちょっと冗談を交えただけで完全に絶望させてしまった。

「萩耶、アトラの思う壺よ、それ」

「は? 何言ってんだ。思う壺も何も、ここで仕掛けてどうする」

 ルミーナがいう事は良くわからんが……そうこうしている間に、シェルターが展開する音が微かに聞こえてきた。そろそろ結論を出さないとだ。

 念話で読み取るのではなく、実際に左右のルミーナとマリアをチラ見する。するとルミーナはニッコリ笑顔で頷いた。マリアは俺とルミーナの判断を委ねるって感じの静けさだ。そうなると俺が出す答えはたった一つ――

「ま、付いてきたいなら好きにしてくれ」

 ――許容のみだ。

 気持ちを素直に伝えるのはなんか恥ずかしくて変な言い方をしてしまっているが、アトラならわかるだろう。

「ほ、本当ですか……っ!」

「本当よ。そういえば私達勝手にパブルス帝国の貴族にさせられてたから、ヴァルティーナ家にも堂々と帰れるわね。パブルス帝国を救った貴族のメイドよ。誇っていいわ」

 ルミーナは晴れて俺たちと行動を共にすることとなったアトラにニコニコ微笑んでいるが……今なんて? 貴族?

「おいちょっと待てい! いつ貴族になった! てか誇れって、ルミーナお前まさか貴族化容認派か⁉」

「否認派よ。前に庭を修復してたら城から聞こえてきたのよ」

「とんだ地獄耳だな!」

 ってことはカエラの野郎勝手に俺達を――そんなものあるのか知らないが――貴族が著名する欄にでも名を書いたんじゃねえか⁉ 次会ったら小一時間新谷家流足つぼマッサージでもしてやろうか。一般人相手にやったら脚の形が変形すると噂の。

 俺とルミーナがいつも以上に騒いでいる光景にマリアは特段表情を変化させず、これがこの三人の仲なんだなとでも把握した感じがするニッコリ笑顔のアトラは、

「新谷萩耶様、ルミーナ・エスレイン様、そしてマリア・クァイエ様。この瞬間からわたくしが逝去するまで、誠心誠意メイドとして家事や身の回りのお手伝いに励み、敬い続けます。この瞬間からわたくしの頭から足まで全てがお三方の所有物です。この瞬間からわたくしはお三方の要望には最善で最高のお返しを、命令は絶対に裏切りません。それがヴァルティーナ家、メイド――いえ、わたくしの務めです」

 どういうつもりか知らないが、マリアでさえ言わなかったぐらい具体的で、且つ奴隷並みの自分の立場を明らかにしてきた。それも、地域によって多少異なるのか、マリアがよくする両手でスカートの裾を摘まみ、中腰になるかの如く両膝を少し曲げるカーテシーではなく、両手でスカートの裾を摘まみ、片膝を斜め後ろに引いて軽く姿勢を低くするタイプのカーテシーで。

「おい。流石に言いすぎだ。家族でいい」

「なら一つだけ強要するわ。筋力は付けるわよ」

「わたしを敬う必要はありません。せめて同等の立場にしてください」

 これも何らかの意図があっての発言かもしれないが、あまりにもインパクトが強すぎたので俺たちが各々の反応を示すと……

「はい! かしこまりました!」

 セーラー服を着ているせいで格好つかないが……その反応を待っていましたと言わんばかりの発言を返してきた――さっき自分が言った『お三方の要望には最善で最高のお返しを、命令は絶対に裏切りません』に反しないように。

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