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クロス・インパクト  作者: あかつきこのは
18/32

18 プレゼント

 

 俺は半年以上寝食を共にしてきたというのに、未だにルミーナにプレゼントというものを渡したことがない。曜日感覚が薄れていた時期に仲間になったので具体的な日数は分からないが、マリアにもだ。プレゼントってのは基本的に誕生日、結婚記念日、クリスマスなどといった、特別な日や出来事があった際に贈る品だが、今までの俺たちにはそのようなお買い物をする時間が殆ど無かったし、地球のお財布にはまず金がなかった。しかも誕生日として渡そうにも異世界人には日にちの概念が無い為、何月何日に産まれたか分からない。何年、といった概念はあるくせにな。その為買う時間がなければ渡す場面も無かった俺やルミーナ、マリアは、お互いにそのような品を贈与、交換したことがない。

 異世界ではどうなのか知らないが、地球ではそのような文化がある為、クリスマスも近いことから不意にプレゼントという物に関して興味を持ち始めたんで、転移現象が滅多に起きず、一時の平和が訪れている今こそ買いに行くチャンスだ。休日の昼間、ルミーナ達には学校に受け取りに行くものがあるといって一人で外出した。校長から売電して得たお金を受け取るので、嘘はついていない。脳内を読み取られていても本当の目的までは読み取られていないだろう。

 プレゼントというものは事前に相手に教えて渡すようなものじゃなく、何も知らない相手にいきなり渡すものなので、これからの行動は全て遮断することにして、一人東京都心のデパートを巡り歩いている。最近はずっといるが、少し前は殆どいなかったとあって、今の俺の財布には制服代を完済し、そこから更にプレゼントを買う余裕があるからな。

 よくわからんデパートの飯屋が建ち並ぶエリアに迷い込んだので、館内マップを眺めていると……

「……ん?」

 左の角から妙に聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 俺を尾行してひそひそ話しているような感じじゃなく、友達と楽しそうに会話しているような口調なので、偶々居合わせたんだろう。怪しまれない程度に角から発生源の方を覗いてみると……

「どのお店もとーっても美味しかったからみんなも来てねー!」

 (かえで)だ。グルメ番組の取材か何かで、丁度同じビルに来ていたようだ。人払いされているからか、やけにこの階の人が少なく、楓を一目見ようとSNSの目撃情報を追ったのか、他の階の人が多いと思ったぜ。

 カメラを持った男性の周辺には数十名の大人が居て、そのうちの一人が「はいOKでーす」と言った途端終了ムードになった。どうやらシーンの終盤だったらしい。

(あれがマネージャーこと楓の弟か……?)

 楓の元に近寄ってニコニコ微笑んでいる身長149センチで黒髪ショートボブの……女性? 男性? は、やけに楓の顔と似ている所がある。初めて見たが、あれが楓の弟で間違いなさそうだ。

 そんな集団は明らかにスタッフオンリーの扉の奥に入っていくので、全員が入り終えた後、さりげなくその壁際によって聞き耳を立てる。怪しまれないように、スマホを弄る仕草を見せながら。

 暇人じゃないし、パパラッチでもないが、こうしている理由は一つある。それはあるか知らないが、もし現地解散なら合流してプレゼント選びを手伝ってほしいからだ。俺にはそういうものの選別はまだ早かったし、都会はどこに何があるか意味不明すぎる。

 スマホのチャットである程度の今いる位置の説明と、これからの要望を伝え、別の出入口から出る可能性を減らしていると……壁の向こうから現地解散になったような会話が聞こえてきた。そして……

「お仕事終わったよー」

 チャットを確認していたからか、さっきと変わらない格好のまま楓が扉の奥からやってきた。

「他の階に沢山のファンがいるようだが、そのまま歩き回っても大丈夫なのか?」

 今の楓の格好は、目撃した人が居ればその時のままの格好だろう。つまり、本人が街中を歩き回っていると勘違いされても可笑しくない。

「大丈夫だよ。ちゃんといつも通り重度なファン設定で行けば問題ないよ。SNSもやってるからね」

「偽物のSNSもやってんのか」

 確かに偽物なら同じ格好をしていてもおかしくない。しかも尾行中といった旨の情報でも流しておけば、本物と勘違いされにくくもあるだろう。少し離れた距離から盗撮されれば見分けがつかないだろうが、二人のSNSを知ってればそんな騒ぎにもならないはずだ。

「本物はマネージャー管理だから間違えて呟く心配も無し!」

「そんな過激派思考持ってないだろ」

「まあね~自分にしか興味ないー」

 普段偽物垢で何を呟いているのか知らないが、マネージャー管理のはずの本物垢ではツアー告知放棄して唐突にコンビニスイーツの写真載せたりするぐらい自由気まま。それでいて愚痴とかマイナスな話題は楓から展開されたことが一度もない。どっちかに属すというより、バランサーの印象が強い。

「これから暇なら俺に付き合ってくれ。今の俺にはお前が必要だ」

 これから一緒に行動しても問題なさそうなので、プレゼント探しを協力してもらうよう要望したが……

「人を誘う時って、いつもこんな誘い方してるの?」

 返ってきたのは、了承でも拒否でもなく、疑問だった。

「? まあこれに近い言い方だな」

 あまり俺から人を誘うことはないが、ある時は大抵こうやってお誘いする。何か問題があっただろうか。

「んー、付き合ってって言い方は避けた方が良いと思うよ? 特に女性相手には」

「何でだ?」

「んーと、意識しちゃうから?」

「意識……?」

 何を意識するっつーんだ。買い物や娯楽施設に同行するのに意識する必要があるってのは、金を貸してくれって強請られる可能性があるってことか? それなら納得だが、女性に限定される理由が分からない。

「ならなんだといいんだ?」

「『ついてきて』とか『遊ぼうぜ』とかかな?」

 どうやら疑問形な辺り、楓にもどうするべきかよくわかっていないようだ。なら特に変更する必要は無さそうだな。

「ほんじゃ行くぞ」

「あいあいさー!」

 ノリの良い楓は拳を突き上げ、土地勘のない俺をリードするように歩き出した。


 人工島は島内での不必要な車両の交通が禁止されているので、基本的に電車で人工島駅まで見送りになるらしいが、今回は珍しく現地解散になったらしい。楓が言うには今いるビルは主に飲食店が美味しい所らしいので、プレゼントになりそうな小物や服、それも女子の間で流行っている店がたくさん集まった商業ビルに案内してくれた。

「あれ? 今日のしゅうやん珍しくいつもと違う匂いだね」

「あー、そういえば今朝香水は匂いきつくて無理だから、シュッシュしてきたんだよな。完全無臭ってのもどうかと思ったんで」

 正式名称は良く知らんが、霧吹きみたいなのを服に吹きかけると、それだけで良い匂いが発生する物が地球にはあるんだ。ホント技術ってすげえよ。

「シュッシュってお手軽だよねー」

「だな。あれは今後も使うかもしれん。この程度の匂いは許容範囲だ」

 キツイ匂いを耐えることは出来ても、自分が着ている服からぷんぷん香るとモチベーションが上がらない。その面今回試した奴は良品だ。

「それでプレゼントってどんなのにするの?」

「そこからなんだよなー。いらない物あげて拒まれても嫌だし、できれば消耗品じゃなくて形として残る物の方がいいんだろうけど、金銭面の兼ね合いもあるからなぁ……」

「結構限られてくるね」

 そもそも異世界人の時点で地球人と趣味嗜好や考え方、価値観が根本的に異なっているので、そもそも小物の類を好むのかすら分からない。現地に赴いて感じたことと言えば、とにかく絢爛なものを好むってことだが、生憎長年世間離れしていたルミーナと長年奴隷として過ごしていたマリアは好まないからな。それに、こういうのは金額を気にしたくないが、やけに高そうだったら絶対指摘されるからな。普段あれだけ節約しといてこれは買うんか、って。

「楓は普段どうやって買うもの選んでんだ?」

 参考程度に一女性の意見を聞く為、アイドルとしてファッション知識は確実に俺より多い楓に尋ねる。

「んー、値段以上の価値があると思える買い物なら絶対に後悔しないはずだから、そういうものかなー。あとはー、ビビっと感じたものとか?」

「いやそういうのじゃなくて、プレゼントだ」

 俺の言い方が悪かったのか、楓は自分の物を買う時の考え方を語ってきた。でもそれも参考になりそうなので、記憶しておく。

「プレゼントは買ったことがないからわかんないや」

「よく言うな。誕プレとか言って俺に渡してたじゃねーか」

 今年の誕生日は異世界で過ごしている為、今年も実行しているような言い方はしなかったが、毎年お互いの誕生日が来たらプレゼントを渡し合っている仲だ。

「あれは本当に適当だよ? しゅうやんの好み未だにわかんないからさ」

 食べ物なら食えれば何でもいい、服なら防刃性や防弾性があればいいの精神だから、そりゃあ好みがわかるはずがない。

「適当にしては的を得てたぞ」

「え、ホント?」

「本当だ。去年の和菓子なんか味が忘れられん」

 きっと自分で買おうと思えない値段なんだろうし、そもそも商品名を覚えていないので探し出す難易度が高すぎる。だからあれ以降食べていないが、食いもののプレゼントの中では一番の美味だった。

「なら来年はお菓子にしよっかなー」

「止めとけ。今ウチには他に二人いるから、沢山買う羽目になるぞ」

「お金はあるから大丈夫だよ」

「金持ちめ……」

 俺の知り合いは何故か金持ちが多い。俺が持ってなさすぎるが故にそう感じるだけかもしれないが、無自覚の内に金持ち自慢されると結構響くものがある。

「ペンダントとか、お揃いでいいんじゃないかな?」

 話を戻した楓は、近くにあるアクセサリー店に近寄りつつ提案する。

「ペアルックとかしゅうやんの柄じゃなさそうだしね」

「まあな」

 様々な色に輝くペンダントを物色するが……俺がイカれてるからか、どれも良く思えない。というかペンダントを買うなら、異世界で売っている魔法的効果が見込める装飾品の方が良い気がする。思考が異世界に染まっちまったもんだ。

「他にもお守りとか、ブレスレットとか、ミサンガとかが妥当じゃない? あまり邪魔にならないようなものの方がいいよね、戦う人は」

「そりゃそうだが……どれもしっくりこないな……」

 公共の面前で異世界がどうのこうのとは言えないので、楓に装飾品は異世界で購入した方が良いと言い出し辛い。買う気がないのに眺めるのは何か申し訳ないな。

「髪留めとかでもいいかもねー」

「髪留めか……」

 髪留めは名案かもしれない。異世界にある装飾品店をまじまじと見たことがなく、ミミアント商会にあった物基準だが、ゴムやピンなどで魔法が付与されているものは見当たらなかった。それなら地球で買ってもよさそうだ。何よりお財布に優しい価格だしな。

「悪くはないが、プレゼントにはならなく無いか? そんなデザインに差がねえし」

 ルミーナはツーサイドアップなる髪型をしており、ゴムを両サイドで使用している。マリアはツインテールなので当然ゴムを二つ使用している。何れもピンを使用している感じはないので、購入するならゴム二つずつとなる。そんなゴムは――シュシュとかなれば話が別だが――細い。輪ゴムより多少太いってぐらいだ。できれば細いものの方が好むと思うので、買うとしたら必然的にシュシュなどは論外になる訳で……そんな細いものにデザインの施し様はなく、色違いぐらいしか種類がない。しかもあまりにも安価すぎてプレゼント感が無い。こんなもの、プレゼントに向いているとは思えない。

「装飾品はダメだな」

 このお店が悪い訳じゃないが、目ぼしいものがなかったんで店を後にする。

「なら置物か小道具系だね!」

 そういって楓はエスカレーターがある方に歩いていくので、その後をついて行く。

 このデパートには至る所に電光掲示板があり、今日は周辺でかえでが取材するとあってか、普段以上にかえで一色だ。それに行き交う人々とよく目が合うが、楓の策略通りに重度のファンがうろついてることになっていて、話しかけられてもサインを求められたりはしない。

(本物が紛れてるってすごいよな)

 たまたま立ち止まった横にかえでの立ちポスターがあるんだが、近くで見れば違う点があるとはいえ、同一人物だと知っている俺が見れば完全にポスターの人物と一致して見える。楓だって指を立ててシーっとしてからニコニコしやがるので、隠す気があるのか甚だ疑問だ。

 楓は自身が作詞作曲した曲を路上でピアノやギターを弾きながら三人の声で歌ってたら、SNSで忽ち話題となり、六社ぐらいの会社からスカウトが来たという。当時楓もSNSなんて頻繁に見る習慣が無かったので、ゲリラライブがいきなり満員御礼になってた時は超焦った声で救援要請が来たのをよく覚えている。持ち前の美貌と才能と美声と多彩さで一気に大ブレークし、いつの間にか全チャンネルが楓に支配されてたぐらいだ。因みに最大瞬間視聴率は、WB社公式の24時間365日放送している異世界人転移情報番組で、ファースト・インパクトの名称が発表された瞬間の97%が不動の一位。そして二位は楓がアイドル会社の新生として過労の日々を送っていた時に記録した脅威の64%だ。

 そんな人気度・認知度共に世界一位の人間と共に歩く一般人こと俺の元には、定期的にリピート再生されるかえでの自己紹介が聞こえてくるんだが、男だと判明してからあの自己紹介を聞くと辛いものがあるな。あ、いや、そういや女だったんだっけか。未だにこんがらがってる。

「あの雑誌……表紙にかえでが大々的におるな」

「今回ボクの特集だったんだー」

 偶々通りかかった本屋にかえでの特設コーナーがあることはなんとなく分かっちゃいたが、まさかそのコーナーに漏れてまでかえでが映っているとは思わなかった。

「へえ。ちょっと寄ってもいいか?」

「うんいいよ」

 俺があまりにも有名人とかそういうのに興味が無いし、SNSなんかやってないし、秘密を握らせてもどうでもよくて吐こうとしないからか、楓は昔からアイドルのかえででやったことなどを日記のように全て共有し、提供してくる。お陰様で国歌と校歌以外音楽ってもんは知らなかったのにかえでの曲だけは全曲知っているし、かえでが関与した映画、テレビ番組、写真集、雑誌等々、全て内容を把握している。唯一にして他の追従を許さない程熟知している有名人、それがかえでという存在だ。だからあの雑誌も何れ手元に無料で渡ってくるんだろうが、店頭で見るってのもまた一興ってもんだ。

「……って、ビキニ集じゃねえか。おめーなんちゅーもんに手ぇ伸ばしてんだバカか」

 ページをめくった瞬間にかえでの水着姿がバーンと載っており、次のページも次のページも水着が続いていたので見るのを止めた。ああいうのは愼平(しんぺい)が読むもんだ。ましてや知人の水着姿をまじまじと見る気にもならん。

「まだ夏になってもねえのに需要あんのか?」

「冬だから世の男性はみんな水着のお姉さんに飢えてるんだって。それに男性には定期的に水着を見せる必要があるって」

「ねーよ。お前上手いように乗せられてねーか? こーゆーのは変態が湧くだけだから止めとけ」

 今まで殆ど水着なんか公開していなかったくせに急にどうしたんだ。確かに他のモデルとは比にならんぐらい完璧な肉体美を誇っちゃいるが、そんなに世の男性が女性の素肌を見たい訳がねえ。判断対象が俺を含めて三名しかいないのが悲しいことだが、知り合いの中でも二対一で見たい派が劣勢なんだ。

「因みにこれは今度ポスター化するんだよ。一枚いる?」

「いらねーよ。誰が自分家に知り合いの水着姿飾るか。変態かよ」

 しかもウチにはルミーナとマリアもいる。そして時たま石塚(いしづか)の糞野郎も不法侵入してくる。誤解しか生まれん。

「……ん? いや、気のせいか……」

「どうしたの?」

「なんでもねえ。服行くぞ、服」

 なーんか男性のブツがあるべき位置が膨らんで見えた気がした。女性らしくくびれてはいるが、やけに体つきも筋肉質で男らしいしな。それに胸は偽造だし。……謎だ。

 今のところ女性らしい姿一回、男性らしい姿一回と、絶対にこっちだと確信が持てる性別が判明していない為、疑わしき容姿があれば疑問に思ってしまう。最悪すぎる。

「デートみたいだね」

「……デート?」

 エスカレーターの前に立つ楓は振り返って笑みを向けてくるので、考え込んでいたせいで反応が遅れる。

「あーでも確かにカップル設定だと行きやすい場所もあるよな」

 例えばカップル割引とか、女でごった返した場所とか、ゲーセンの写真撮る奴とか。

「えっ⁉」

「『えっ⁉』じゃねーだろ。おめーが言ったんだろ『デート』って。俺の方が『えっ⁉』だぞ」

 聞き返した俺に驚く楓をツッコむが、楓の視線はこっちに向いておらず……

「それに対しての『えっ⁉』じゃないよ? あれ見てよあれ」

 下りのエスカレーターに乗っていた人物を指差した楓はかなり離れてもまだ視線をそっちに向けているが……

「アイツだろ? ずっと前から尾行してたぞ」

 誰について反応したのか、前々から時間の問題だろうと予想していたのでそっちを見ずともわかる。石塚だ。

 楓に見つかったからか、ぐるっと回って登りのエスカレーターに乗って追いかけてきた石塚は、

「その女の子だれッ⁉」

 鬼の形相で、バレないように被っていた帽子を脱ぎ、マスクと眼鏡を取り、偽物の顔を割く。そして中からよく見るあの顔面を曝け出してきた。こんな変装如きでバレないと思っていたとか相当甘いよな、コイツ。

「あ、ああ、楓ちゃんか……」

 俺と同行していた楓がいつもと桁違いでキラキラした服装をしていたからか、接近するまで誰か分からなかったようだ。頭と体だけじゃなくて目も悪くなったようだな。

「てかなんで尾行してんだよお前」

 尾行されるようなことしていないんで、ため息交じりに愚問だろうが問う。ていうかこんな奴でも人工島から出る許可下りたんだな。最近転移者が来ないから基準ガバいのか?

「一人で家を出たらエロいのでしょ! だから監視してた!」

「バカか。俺が好む好まないの以前に、こんなところでそういう発言をするな! 客が不愉快だろ!」

 こんな奴と友達と思われたくなかったので極力無視していたが、こうなったらしかたない。残念なことに万引きの如く商品タグをつけたまま服を着ている石塚の鼻を上に引っ張り上げてやる。

「だっ、だってぇ、試食コーナーで良ければ彼女さんもって言われてたじゃーん」

「飯屋が沢山あるところに入ったが、試食はしてねーぞ?」

 どうやら別のカップルを俺と誰かと思い込んで尾行していた時もあったようだな。早く眼鏡かコンタクトを買う事をオススメする。いや、そもそも尾行はよろしくないが。

「とりあえず! ややくんはあやの彼氏だから、連れ出す時は一言いう事!」

「えぇ……」

「勝手に彼氏面すんなボケナス」

 そもそも友達じゃねえっつってんのに彼氏にしやがる石塚が調子に乗り出したので、俺の怒りはそろそろピーク。

「えー、彼氏でしょー? マイダーリン♪」

「消え失せろ」

「うがヅ」

 その発言があまりに不愉快過ぎたので、遂に手が動いてもうた。石塚の指を一本折った気がするが、一本で済んで良かったな。

「おい、コイツを最寄りの駅まで連れて行くぞ」

 正当防衛しただけなのに、客からは俺が悪い奴みたいな視線が飛んでくる。何なのお前ら。事情がどうあれとりあえずで同性の味方に付くのもいい加減にしろ。

 このまま放置できなくなったんで、石塚の首を掴み上げ、駅まで連行する。送り先が警察署じゃないだけましだと思え。


 クソ野郎を駅まで運搬し、しっかり人工島駅行きに乗車して出発したところまで見てやっと心置きなくプレゼント探しができる状態になった。駅の入場料は後日石塚の家に徴収しに行こう。

「ここまで来たなら、あのビルの四階で丁度ボクがプロデュースしてるファッション店が期間限定でオープンしてるんだけど、ちょっと寄ってみる?」

 無駄に洒落た喫茶店で一服した俺と楓は、次なる目的地の候補をスマホで探す。

「そんなんもやってんのか」

 アイドルのくせに音楽以外にモデルもやってたり、女優もやってたり、声優もやってたりするなとは思っていたが、アパレルにも手を伸ばしていたとは想像もしなかった。歌だけじゃなくて商売も上手いとか、現代社会に於いて最強すぎる。

「昨日オープンでね、実はこの服、そこで売ってある服でもあるんだ。宣伝も兼ねて今日の取材で着てたの」

 取材してたビルから遠ざかったからか、途中で服を着替えている楓は今着ている服をアピールしてくる。

「それでグルメ番組やってたのか。てか自然すぎて楓が考えた服とは全然思わなかったぞ」

「今回のコンセプトは日常生活でも普通に着れる服だからね。ライブの物販みたいにかえで全開の物はないよ」

 どちらかといえば春らしいコーデだが、これを楓が考えたって相当な才能があることが素人目にも分かる。かえでの活動方針はお金稼ぎが目的じゃなく、楽しむことがモットーなので、活動量や多方面への展開には波があるとは思っていたが、今回大きく出たな。

 自分のグッズって前面に押し出さず、ネームバリュー一切なし……とはいかず、流石に知名度が高すぎるので、かえで要素を一切出していなくても客の半分はかえでグッズを身に着けていて、ポップアップストアという認識が付いてしまう。とはいっても良くも悪くもそこら辺の服屋にも代替品がありそうなおしゃれ要素多めの服は、かえでのファンであってもファンでなくても差し障り無く着れる。知っている人同士ならそこから話が発展していくだろうし、知らない人は一ブランドとしてこれらの服を着こなせ、かえでというアイドルについて興味を持つキッカケにもなるだろう。つまりファンでもなければ地球人でもないルミーナとマリアのプレゼント候補にも成り得るわけだ。

「ちょっと寄ってみるか」

「人多いかもだけど、いい商品があることは保証するよ」

 次なる目的地が決定したので、俺と楓はその店舗の方に向って行こうと思った矢先、

「二人で何してんだ?」

 進行方向から知り合いがこっちに向って歩いてきていて、しかも目も合ってしまったので話しかけざるを得ない。

 実はかなり前からすれ違っていて、俺を見つけるなり話しかけに来ようとしていたようだが、毎回こっちが盛り上がってるタイミングだからか、無駄な気遣いを働かされて引き返していた。俺と楓がどんな仲か知ってる――禎樹なんにな。

 頭から足まで二次元の女の子だらけが描かれている全身ガチのオタク装備で固めた禎樹とは同類と思われたくなかったので、公衆の面前で友達として接したくなかったが、今は三対一だ。異常なのはこんな友達がいる俺たちの方じゃなく、あんな恰好している禎樹の方だ。

 三人、ということは俺、楓の他にもう一人いるわけで……禎樹の隣には大量に紙袋を提げた女の子がいる。やけに禎樹と顔が似ているので彼女とかじゃなくて血族なんだろうが。

 俺達の視線がやけに女の子の方に向いていたからか、

「アニメのイベントとグッズを買いに行くだけだったのに、勝手に付いてきたんだよね、うちの妹が」

「彼女が噂の妹か」

 黒髪だろうが光の当たり具合で紫色にも見える、片方でお団子を作っているロングヘアーの女性は、聞いた情報によると附属中に通う二年生。身長が152センチで、中学はまだ専門科目がないのであまり筋肉質ではなく、かなり豊かな胸を有している。愼平には会わせられない人物の一人に入るなこりゃ。

「お兄ちゃんと許嫁の戸賀(とが)日那多(ひなた)です! 萩耶(しゅうや)さんと楓さんですよね! いつも兄がお世話になってます!」

 食事中の話題にでも出たんだろう、名前を知っている禎樹の妹・日那多はニコニコしているが……

「許嫁……」

「お前、妹に何を吹き込んだんだ?」

 俺と楓が引っかかったのはそこじゃない。兄妹だというのに、許嫁だと言っている点だ。

「僕のせいじゃないよ⁉ ほら、前に言ったでしょ? ブラコンだって」

「ホントか?」

「そうは思えないけど……」

 実際に日那多と会った感想は、優しそうでオタク道を極める禎樹を正してくれそうな妹さんだなって印象だ。普段禎樹が愚痴を吐いている性格のようには思えない。

「別に吹き込まれてないですよ! お兄ちゃんが好きなので結婚したいだけですから!」

「お前ここまで言わせるほどに吹き込んだのか、他責愚兄が」

「ひどーい」

「違うよ⁉」

 喋り方から日那多は本心で言っているんだなと変わっちゃいるが、そんな叶わない未来を思い描いていることが判明して衝撃を受けたので、気を和らぐために禎樹を弄っている。まさか本当に兄の事を大好きとはな。しかもラブの方で。

「ねえねえおにーちゃん、次はあのお店にいこーよぅ」

 俺と楓と知らない人だらけの商業ビル内でも、自分の兄の腕を胸を使ってまで激しくロックしにかかる傍若無人っぷり。他人から見ればただのカップルにしか見えないからいいものの、俺と楓が見るとかなりきついものがある。おいそこ、「うげー」とか言うな。

「今頃アニメグッズ沢山買ってたと思うんだけどね、このありさまだよ……」

 これ以上持てないぐらいに物を買っている日那多は兄の腕を引っ張り、未だ一つもグッズを買えていないらしい禎樹は筋力差で微動だにせず、苦笑いを向けてくる。

「もう付き合ってやれよ。後数店舗回れば気が済むだろ」

「そうだよぅー」

「それと同じ事今日でもう五回あったんだよ……?」

「わお」

 やけに買い物袋を提げているなとは思っていたが、そんなにずっと服屋ばかりを回っているのか。中学生のくせにそんな資金がどこから出るか知らんが、金持ちは羨ましい限りだ。

「だから途中何回も撒いたんだけど、僕にGPSを付けていてもおかしくないぐらい見つけてくるんだよね」

「愛のパワーだよ! お兄ちゃんっ!」

 腕を強制的に組んだまま永遠とニコニコ笑顔を浮かべる日那多は、かなり怖い。兄を見る時はハートに近い眼差しをしているのに、俺達含む他人を見る時の眼光がえげつない。兄相手にこんなことしてて恥ずかしくないんだろうか。何がどうして今の性格に至ったのか知らないが、少なくとも禎樹の二次元嗜好に影響されている気がする。だってこういう兄を慕う妹ってそういう世界の存在らしいしな。いや、現実にもこいつら以外にいるかもしれないが、絶対に少数派だろう。

「もう一緒にアニメ好きになればいいんじゃねえか? そしたら少しは共通の話題が生まれるだろ」

 さっきから日那多が一方的に好意を示しているだけで、禎樹にとっては邪魔な存在としか思っていないように思える。禎樹の身になってみれば確かに辛いものがあるが、せめて普通の兄妹としては接しているように見せてほしい。多分嫌われたいからそういう格好・態度なんだろうが、それのせいもあって、そうしてくれないと今は禎樹の方が悪い奴に見えて仕方がない。さっきの俺みたいに、他人が見た目は基本冷たいからな。日那多を擁護する訳じゃないが、せめていない人扱いは止めた方が良いと思う。

「妹と思い出を共有したくないし、僕の生き甲斐を邪魔されたくないから無理だね」

「ひでえ……」

「末期だ……」

 禎樹は意地悪で言っている訳ではなく、本心で語っている。よくもそんなにキリっとした顔で断言できるな。これだとさっきは妹に何か吹き込んだんじゃないかって思ったが、今は禎樹が誰かに何かを吹き込まれたんじゃないかって思うぞ。

「持つべきものは友とかいうけどね、僕は心の支えになる――例えば二次元とかさ、それさえあれば十分なんだと思うんだ。だから心の支えでも何でもない妹とは親しくしない」

 何故か妙に納得してしまうところがある発言だったが……

「分かった。でもせめて他人の目がある所ではふつーに接しておけよ?」

「検討しておくよ」

「あくまで検討、なんだね……」

 そこまで否定的だと流石にお手上げで、これ以上禎樹の話を聞いていると洗脳されそうな気がしたし、兄妹喧嘩に発展されても困る。俺と楓は禎樹の話の途中で何かを思い出したかのようにまとめに入り、別れの挨拶と共に二人の元を後にした。

 背後を見てみると、不完全燃焼感のある禎樹はニコニコ笑顔の日那多に腕を引っ張られて店に入っていく。

「愛の力、恐るべし……」

 そんな光景を楓は引き攣った笑みで眺めているが……もしあれで禎樹がブスだったりデブだったら社会的にもうアウトだっただろうな。世の中の目ってそんなもんだ。自分の美貌に感謝しろよ。

「あっ、そういえばアンケートしている女性二人と遭遇した?」

 もうかなり離れたが、言いそびれたことを思い出したようで、俺達の元へ方向転換して戻ってきた。

「あー、なんかどういう関係か聞かれたから、適当にいとこって言っといたぞ」

 その時カップルみたいとか楓が言っていた時なので――今になってみると、楓も石塚の気配に気付いていて、向こうから本性を現せようとわざと見せつけたのかもしれないが――俺達は手を繋いでいた。男女が手を繋いでいる状況からして知り合いってのは怪しまれると思い、いとこってことにした。カップルでもよかったが、咄嗟に出なかったな。

「あの二人多分しゅーくんと風間(かざま)さんにしかアンケートしてないっぽいから、気を付けた方が良いよ」

「のんのん、かえたんだよ~」

「マジで言ってんのか?」

「不愉快ですよねー……」

 呼称を改善するよう指摘する楓をガン無視で、禎樹はゆっくりと頷き、同じく目撃していたらしい日那多は冴えない表情になる。

「尾行はされてないっぽいし、偶々じゃね?」

「ボクがこんな見た目だから、アイドルのかえでと間違えて突撃してきたとか?」

 俺と楓は自分なりに考えた結末を述べるが、

「そんなのだったらいいんだけど……まあ、気を付けてね」

「ああ」

 アンケートマンが俺と楓に何をしようとしているのか知らないくせに、やけに知っているけど秘密にしているような言い方をする禎樹は、日那多に腕を絡ませられ、引っ張られていく。

「たまにはいいとこ見せるよね」

「ま、気にするだけ無駄だろうが」

 せっかく情報を共有してくれたんだし、変な気配や同じ顔が居ないか注意深く周囲を観察しながら行動することにはするか。

「もしかすると家だったらもっと過激だったり……?」

「普段どんなことされてんだろうな。俺には姉も妹もいねえからわからん」

 その話については姿を現すか察知するまでは置いておくらしく、日那多の印象について語りだした。一般人からすれば女性を一人物理で黙らせたり、妹の事を超嫌う男性と出会ったり、尾行者もいる可能性があるという最悪の印象になっているのにも関わらず、更に印象の悪さを悪化させる会話が始まったが、そんなこと気にして会話しない奴はそもそも外に出てないもんだ。

 俺達もショッピングを再開しようとするが……戸賀兄妹の元に、今にも泣きだしそうな女の子がお店から出てきた姿が見えて歩む足を止める。

 偶々目の前に姿を現したこともあってか、戸賀兄妹はしゃがんで話を聞いている。日那多は親御さんを探そうとしているのかキョロキョロしているが、禎樹はある一点をじっと見つめている。その先にあるのはインフォメーション。探し回るのは心労が絶えないので、館内アナウンスで一発解決を狙っているんだろう。

「ボクたちも行こっか」

「いや、大事にし過ぎるのも良くない気がする」

 あの調子なら合流できた親御さんに四人も迷惑かけたと恐縮な思いをさせる方が気の毒だ。

「よっちゃん女の子相手に優しくてちょっと安心した」

「腐っても間接的な人助けを目指す学校の在学生だからな」

 普段あれほどリアルの女性を毛嫌いしているので、無視する可能性があった。日那多も兄のことしか見てなくて無視する可能性があった。正義の心が顕在している一面が見れたのは良かったかもしれない。禎樹の普段の愚痴からして、自宅での全力時を勝手に想像してドン引きする前で。

 なんやかんやで日那多と目が合ってしまったので、親が来るまで四人で子どもの気を紛らわせたりして……無事に解決してから、かえでのショップに到着した。

「因みにメンズも用意してるよ?」

「俺から金を取るのは止めてくれ」

 普段着として着れるかえで監修の服ってのは気になるが、俺のお財布事情的に買えても靴下ぐらいだろう。ファッションに興味はないが、見ると無性に欲しくなる可能性があるので、メンズコーナーは完全スルーする。

 流石にかえで関連の店なので、しっかりCDや一部ライブグッズも売ってたんだが……かえではファンクラブ、最近でいうところのサブスクをやっていて、内訳でいうと無料なのがSNS。銅会員と言われるのが月500円で限定ブログ閲覧可能+曲聞き放題。銀が月1000円で銅要素+ライブ優先販売権+新曲優先販売権。金が月2000円で銀要素+非売曲配信+限定曲配信。ファンの七割が月2000円コースのゴールド会員証を持っていて、俺もよしみで無償提供されているが、それでも円盤って売れるんだな。

「服一着に二万も使うんだな、女子は」

 全体的に難しい単語ばかり使っていて、サビは一切歌わず、超ハードな腰振り多めのダンスが特徴的なEDM調の曲が流れている中、どういう服が良いのか全く分からん俺は適当に見て回るが、どれも高い高い。貧乏だからそう見えるだけなのかもしれんが、かえでの店はプレゼント品には向いていないかもしれない。

「今回の場合は一応グッズだから高いだけで、ブランド品じゃなければもっと安く買えるけどね」

「服の時点でややこしいのに、料金システムもややこしいな」

 俺は決まった服しか着ない、というか他の服を着ている暇が無いので、楓から聞く情報は全てが初耳だ。

「どうせ汚れるか破けて終わる物に一々高いもん買ってられんから、安物の服で満足するからなー」

「退治生徒はそういう人多いかもね」

 服は行動の邪魔にならず、異彩な見た目じゃなければ特別こだわりはない。流石に誰かと遊ぶってなると、予め組んでおいたセットを着るが、そうじゃなければ適当に着る。その場の即興で組み合わせられる学なんてもってのほかだ。

「そもそもこんな高価なもん身に着けて外歩く勇気ねぇな……」

「でも数十万円の文鎮は持ち歩くでしょ? 結局慣れだよ~」

「文鎮て。慣れ、ねぇ……」

 俺からしたらスマホは義務で持ち歩いているのでその通りだが、何事も慣れと来たか。こういう慣れは金欠には良くない慣れな気がするが、こういう機会が無いと先に進まないのも事実。

「何か良い服があったら、ボクが変わりに試着するよ。身長や体型は違うけど、実際に着ている姿を見るとイメージしやすいと思うよ」

「いい服が見つかればいいんだけどな」

 そもそもレディースコーナーで男が物色する時点で行動しづらいのに、更に知識がない服を選べとあって、もうどれが良いのか脳内で考えられなくなり、安くて目に留まった物を適当に籠に放り込んでいく。そんな最中――

「ん?」

 同じ階の隣の店あたりから、身に覚えのある人の気配がしだした。

「どうしたの?」

 俺が何かに気付いたかの如くいきなり視線を店前の通路に向けたので、楓は不思議そうに俺の顔と通路を交互に見ている。

「見つかったらヤバい奴が来た……ッ! あんのミーハー野郎ッ!」

 舌打ちをして眉を顰め、瞬時に隠れ場所を探す。奴に見つかると、これまで不在だったことや、最近の異世界人の少なさ、そもそも何でこんなところに居るのかなど、数分で終わるとは思えないマシンガントークが始まる気がする。今日、それも今ばっかりはそんなことに付き合ってられん。周囲を見渡すと……目に留まったのは、試着室だった。

「え、あ、ちょ」

 状況が理解できない楓は引っ張られるがままで、二人で同じ試着室内に逃げ込んだ。入る瞬間は防犯カメラ以外に見られていないので、怪しまれるのは時間の問題だろう。

「急にどうしたの⁉ 異世界人を見つけた⁉」

「異世界人よりもっと強力な存在を見つけたな」

 一畳も満たない試着室だが、二人入っていても着替えなければ全く狭く感じない空間の中、そういうと考えられるのはWB社しかなく、その中でも特にフレームアーマーだと感付いた楓は息を呑む。

「何でここに⁉」

「有名なかえでがオープンした店だから、普通に買い物に来たんだろ」

「あっそっか」

 どうやら今まで忘れていたような反応を示したが、今はそこについて言及しない。そもそも楓はかえででも、今の楓はアイドルとしてのかえでを隠している姿だからな。

 フレームアーマーの女性で、俺を見つけると少し面倒事になる相手――それは、一人しかおらず……

結奈(ゆうな)ってかえで好き?」

「別に好きじゃないし」

「えー、前にイヤホンから音楽漏れてたけどなー」

 ――神凪(かんなぎ)結奈。奴の登場だ。

 どうやらお友達二人と買い物中だったらしく、ノーブラで胸の部分だけデザインがある透明なシャツにいつも通り腹を出して、タイトスカートの両サイドが裂けた理解に苦しむボーイッシュな格好をした結奈は店の中に入ってきた。

「てかあの友達二人、アンケートしてた奴らじゃねーか!」

「えっ⁉ ホント⁉」

 カーテン式じゃなくてドア式だったので、隙間から覗くことは難しく……角度的な問題で、結奈はもう見えない位置に行ってしまったが、どうでもいい情報は一切記憶しないくせに、少しでも関係があると判明した事ならしっかりと覚えている。だから見間違えるはずがない。あの二人は……アンケートをしていた女性二人と、完全に一致している。

「何のために……⁉」

「ずっと前から俺らの事を見つけてたんだろうな。だから一緒にいる知らん女がどんな奴が聞き出す為に、友達を使ったんだろ」

 結奈とは対異世界人戦以外では殆ど会わないので、普段の性格はどういった感じなのか一切知らないが、もしかすると人使いが荒いのかもな。

「ならボクらがここに来たことも知ってるのかな⁉」

「なくはないだろうな。気配は一切感じなかったが……」

 気配を察知できなかったとは思えないので、今のところ楓がいとこだと聞いて無関心になり、このビルに来た本来の目的だと予想する買い物を再開し、この店にやってきた説が最有力だ。

「ていうかしゅうやんこの中じゃ靴脱がないと」

「あっマジで?」

 こんな所入ったことがない俺は靴を脱いで、下が少し切れているので隙間から靴を出して楓の靴の隣に置く。今思えばこの位置に俺の靴があれば可笑しな感じだが、靴の試着も同時にしているってことで何とかなるだろう。

「『別に好きなんかじゃないし!』……こんな声の人だよね?」

「ああ。あまりに似すぎてたから一瞬焦ったぞ」

 結奈の存在は知っていても実際に会って話したことのない楓は、この前もしてた声物真似をしてくるが、楓に出せない声は無い。つまり、ちょっとしか聞いたことがない結奈の声でも真似ることは容易く……本当に同一人物がいると勘違いするレベルで真似てきた。心臓に悪いので出来の悪い物真似をしていただきたい。

「確かに性格からしてしゅうやんの近くに他の女子が居たら修羅場になりそうだね」

「それはアイツだろ?」

 アイツとは、石塚の事。普段厄介ごとに巻き込まれている俺達にしちゃ名前を呼ぶのですら畏れ多いので、直接人物名を言わずとも誰の事か理解できる。

「え? 彼女もそうじゃないの?」

「無いだろ。あり得ん」

 結奈の前に知らん女性を連れた状態で姿を現したことがないので確証はないが、結奈はそんな性格とは思えない。結奈だって好きで俺の監視をやっている訳じゃないからな。

 やけに変な顔をする楓は放置し、

「上開いてるから俺は隣の試着室に移る。そうしたら怪しくないだろ? たまたま結奈と会って、たまたま楓と会ったってことで」

 偶然って意外と起きるもんだ。さっきも起きたばっかりだしな。俺からすればもう怪しくなってくる偶然の回数だが、結奈にしてみれば本日一発目の偶然なはず。

 作戦を実行しようとするが……登ろうとした俺の手を、楓は掴んで止めてくる。

「でもここの近くは女性ものの下着ゾーンだよ⁉ メンズコーナーはもっと向こうだし、ここの試着室に男性が居たら怪しいよ。それに隣の試着室に誰かいるかもしれないし……」

「ならどうしろってんだ」

 俺だって女性ものの下着が沢山並んだゾーンにある試着室になんか入りたくなかった。だが結奈がやってくるルート的に、最寄りの試着室はここだったし、次に近い試着室はマークが赤くなっていた。

「この下着よくなーい? なんか決戦兵器って感じがする」

「決戦兵器って」

「でも過激だよねー」

「クソッ、目の前まで来やがった」

 愚図愚図しているうちに、結奈を含む三人組はいつの間にか俺たちの目の前に立っている。扉の隙間からは三人の背中が見えている。

「このまま黙っとけば撒けるんじゃない?」

「無理だろ。寧ろ服が擦れる音を立てていた方がいいはずだ」

 ここは試着室。中に人が居るのであれば、上が空いているし多少の着脱衣しているような擦れた音が聞こえてくるだろう。

「ならボクがこれらの試着しておくよ」

 どうせ後で試着する予定だったからか、俺が居るのにお構いなしで服を着替え始める。今楓の性別は不詳だし、いつも以上に目のやり場に困るので止めていただきたいところだったが、この際しょうがない。効率を優先だ。

「ん? この靴萩耶じゃない?」

「は?」

「え?」

 するといきなり試着室の外から聞こえてきた結奈の声に、俺と楓は固まってしまう。

「靴でバレた……?」

「アイツ普段どこ見てんだよ……」

 まさか靴でバレるとは思っていなかった俺達は顔を見合わせ、絶望の表情になる。

 俺の靴は多機能なので、一品物。だから特定するのは簡単かもしれないが……問題はそこじゃない。そんな靴があるってことは、俺が今この更衣室内にいることが確定事項になる。一応対策として両手両足を壁について足元の隙間から男性らしき脚は見えないようにしたが、レディース、しかも下着ゾーンに居る時点でかなりヤバいのに、女性ものの靴が隣にあって、隙間から女性の足が見えているとあれば、もう詰みに近い。公衆の面前で密室に男女二人で入ってると思われたに違いないぞ。これは想定していた以上に最悪な展開になったな。履いたままか、試着室内に入れておくべきだった。

「萩耶って誰?」

「あーっ、知らないうちに男つくったなー?」

「ち、ちがうわよ! いとこよいとこ! 別に好きなんかじゃないし、結婚なんかできないわよ!」

「は? 俺結奈といとこじゃないんだが?」

「そういう意味で言ったんじゃないと思うよ、うん」

 その発言を訂正する為に飛び出しそうになる気を抑え……

「さっきのアンケートしてた人とは思えんぐらいの反応だな」

「演技って感じがしないね」

 楓が何者なのか調べたぐらいなのに、俺の情報を知らないとは思えない。つまり別人説も浮上してくる訳だが、青髪の女の子にアンケートしてとだけ伝えられていたらこうもなる。つまりよくわからん。

「へー、いとこいたんだ」

「あっ、これなんかどう?」

 結奈以外の二人にとっては俺の事なんかどうでもいいからか、もうその話に触れることはなく、声が徐々に遠ざかっていく。もしそうなら、本当に結奈がただ知りたいだけで友達を利用したのかもしれない。

「この服どんな感じ?」

「悪くはないな」

 まだ出ることは出来なくとも、遠ざかって警戒の必要性が無くなったと分かったからか、俺が適当に選んだ服を着た楓はくるっと一回転してみせる。

「よし、後はタイミングを見計らって出るだけ……ん?」

 試着室に足を着けないまま、ある意味壁に張り付いている状態でいる。この状態からだと安定して上の隙間から店を一望できるので、結奈含む三人組が服を買ってからどこかへ向かっている所を目撃して一安心できたが「ちょっと待ってて」と言い残した結奈がこっちに引き返してきたぞ? それも、友達二人が自身の顔を見えない位置になった途端、鬼の形相になって。

「おい、ヤバいぞ……こっちに戻ってきてる」

「えっ!」

 どうせ今俺と楓が居る試着室をロックオンしているので、無暗に顔を出せなくなった。地に足をつけないまま同じ位置でどうするか作戦を思案する。

「しゅうやんはその場所にいて、ボクは下着姿だったら、視線がこっちに釘付けでしゅうやんは見つからなくて、結奈たんは下着姿だったボクに動揺して申し訳なくなると思うよ! この作戦どう?」

「アイツに人の心があるか知らんぞ、WB社だし。それに、もしかすると楓が俺のいとこだと思ってるかもしれんから、質問されるかもしれんぞ」

 結奈の事を『結奈たん』と呼んでいる所は今は触れず、一か八かかけるしかないことを伝えると……

「それしかないからそれで行こう!」

 その作戦を決行することにした楓は試着していた服を脱ぎ始めたので、

「おいちょっと待て。俺はどうしろってんだ」

 只今絶賛楓の性別が行方不明中なので、大胆に脱がれると目のやり場に困る。男だろうが女だろうが、目を瞑っていれば解決できるわけだが、俺からすれば見て確かめたい好奇心の方が上回ってしまう。

「目隠しするにしても、ブラジャーかパンツかキャミソールぐらいしかないよ?」

「それはお前が着とけ」

 脱ぐと替えがない事を俺でさえ知っている。ていうか脱いでもいいと思っているのは異常だし、そんなもんで目を隠すつもりもない。そんなことならまだ完全には見えない下着姿の方を堂々と見てやるってもんだ。

 俺が色々と諦めたことを見て取れたからか、知人に見られた状況下で堂々と脱衣を続行し、髪色と同じ水色が特徴的な下着姿になった。どうやら青系の色が好きっぽいな。

「最近やっとブラジャーつけれる大きさになったんだ。まだ成長するかな?」

「なぜ今それを言う。お前は謎を深めたいのか?」

 最近楓の性別がどっちか分からなくなっているのに、そんな事をいいやがるので右手が滑って落ちかけたぞ。別に辛いとかじゃないが、ここの壁案外すべすべなんだぞ。

 極力上ギリギリで耐え、楓はポージングとかしてたらおかしいので、脱いだ服を置こうとした動作の途中で静止して自然を装っていると……

「――アンタって変態ね!」

 試着室の前に到着したらしい結奈が、他人の迷惑にならないレベルの声量と共に試着室の扉を開いた。

 結奈の視界からすれば、そこにいたのは見知らぬ青髪の女の子。しかも下着姿。そして俺はいない。

「あっ……」

 下着姿は撮影で慣れているからか、思いっきり開け放たれて結奈以外にも見える状況になっているのにも関わらず、全く恥じらう様子がなかった楓はハッと我に返り、演技で顔を赤くしていく。

「す、すみません! 間違えました!」

 流石に試着室を開け放った先に下着姿の女性が居たらパニックになる訳で、もし楓が服を着ていたら疑って見るはずの試着室上部を見なかった結奈は、扉を閉めてそそくさと退散していった。

「てかしたぞ」

「ボクにしか出来ない作戦だね!」

「そりゃー普通下着姿を見られたら恥じらうからな」

 身の回りの奴らが常識通用しない人間ばかりで困っているが、世間一般的には恥じらうはずだ。きっとそうだ。

「でも、ボクについて何も触れてこなかったね」

 下着姿だったインパクトが大きすぎてその人が楓とは判断つかなかったにしても、俺の靴があるし、アンケート対象にしたはずの楓が居たのに深く見入ってこなかった。やけにあっさりと、そしてらしくない一瞬だった。

「結局あのアンケートは何だったんだろうな」

 でも結局謎は深まっても俺や楓に危害は加わっていない。ならどうでもいいってことだ。意識して行動が制限されては困る。

「次からもっとひっそりしたとこ案内してくれ」

 あの三人は洋服を見て回っていた。俺と楓はプレゼント品を探し回っていた。つまりこれまで会わなかったように、目的が違うので近くに居ても鉢合わせることはないはずだ。偶々俺たちがかえでという有名人がデザインした商品の数々を販売した店――それも、オープンから数週間もたたない内に来店したから起きたハプニングだ。行き先を限定すれば、会うことはないだろう。


 結局何も買えていないので、とりあえず近辺から結奈が遠ざかることを願って、安全地帯こと映画館で数時間潰すことになった。

 二人で同時に見たいジャンルを指差したところ、俺はアクション、楓はホラーと合わなかったので、どちらも興味がないジャンルでありながらも面白そうな映画を見ることになり……節約の為、映画館なのにポップコーン無くして視聴し終えた。楓はお菓子食ってるイメージないのでおすそ分けもなし。残念なことに、結奈三人組も同じ映画を同じ空間で見ていやがったので、話に全く集中できなかったが。

 この上なくお金と時間の無駄遣いをしてしまったし、三人の存在に気付かなくて存分に楽しめた楓のテンションについて行かない。

「主演・かえで、主題歌・かえで。お前ホントどこにでもいるな」

 もしかすると結奈もかえでのファンであの映画を見ていたのかもな。だといって会話が弾むとは思えんが。

「ラストのシーンなんか、ボクが気に入らなかったから何回も撮りなおしてもらったんだー」

「へ、へぇ」

 そのラストのシーンとやらがどんなシーンなのか見ていないせいで、ただ相槌を打つことしか出来ない。

「もしかして寝てた? お金の無駄遣いしたくないしゅうやんにしては珍しいね」

「いや、起きてたんだが……」

 話に全然乗ってこないからか、感付かれたようなので、もう映画は終わった事だし敵の存在を教えてあげる。

「ほら、アイツらだよ。あいつらが二つ隣の席に居たから気が散った」

「あちゃぁー……まさか同じ映画を見てたとは思わなかったね……」

 物販コーナーらしきところで今さっき見た映画のグッズを漁っている。やけに楽しそうだし、もしかすると本来の目的はかえで関連を巡る事だったのかもしれない。

「今度チケットあげるから三人で見てきなよ」

「え? いいのか? 楓神あざす」

 持つべきものは金持ちの友達だな! とは言えないが、出演者だから布教したいんだろう。近々ルミーナとマリアを親友優待でかえで沼にはめてそうで怖い。

「それじゃ奴らが物に釘付けになってる隙にプレゼント探しに戻るか」

 映画には一部いやらしいシーンも含まれていた気がするが、そこは敢えて触れず、楓の案内の元、小物を売っている店に入って行った。金だけ払って映画を見れなかったのは悲しいが、結奈がかえでファンだという事と、今度また見に行ける事と、何故か楓があの映画に男性として出演していたということが判明しただけでも収穫があったとポジティブに考えよう。


 夕方まで色んなお店を見て回ったが、しっくりくるものが一つもなかった。なので結局ツインテールとツーサイドアップで使う結び紐を買うことにした。小さい上に安物だが、今は時間と金があるからといって、やけに高い物買っても叱られたら本末転倒だしな。

 連絡橋を渡り、人工島に戻ってきた俺と楓は、ばったり鉢合わせることの多い例の公園の、ブランコに座っている。この公園、相変わらずどの住宅街にもありそうな中性的な見た目してんな。

「久しぶりに二人でがっつり遊んだね~」

「そうだな」

 異世界に行くようになるまでは、楓とこうしてショッピングや映画、ゲーセン、カラオケ、岩盤浴、ボウリング……などなど、よく遊んでいた。結構な頻度で愼平や禎樹もいたっけな。とまあ楓から色んな事を布教されているので、必然的に趣味や感性が似ていて楽しい。

「ほい。今日付き合ってくれたお礼にお前にもプレゼントだ」

「え? ホント⁉」

 今日付き合ってくれたとか言うなって言われたばかりだが、くせでそういってしまったが……いつも金欠だから奢ることで同行させてる相手が、まさかこんな粋なことしてくるとは思っていなかったらしく、目をキラキラさせている。そんなこと気にするだけ無駄だな。

「開けていい?」

「開けるなって言ったらどうするか?」

「開けるー」

「開けるんかよ」

 楓は俺と同じく笑いながら、無駄に何重にも包装されているプレゼントを丁寧に開封していき……

「コップかー。いいね!」

「俺のとペアなんだぜ? セットだと一個分無料とかいうわけ分からんことしてたからな」

 楓のコップは赤が基調で、俺が今取り出したコップは青が基調。並べてみると、中央辺りは二色が入り乱れているようなデザインになっている。これをルミーナとマリアに渡してもいいかなって思ったが、なんか男女間で持つ物って印象を異様に感じたので楓へのプレゼントになった。そう言うと劣等品感があるので言わないが。

「それで片方プレゼントかー。しゅうやんらしいプレゼントだね」

「それ褒めてんのか?」

「んー、どうだろ」

「せめて自分だけは分かれよ」

 けらけら笑う俺達だが、確かに一個無料じゃなかったら買ってなかったな。だってこれ一個千円もしやがったからな。コップの分際で。

「あの日以来か……」

 俺は今まで笑っていたのは嘘だったかの如く、急に真面目な面持ちになる。

「それでなんだが、楓に一つ質問したいことがある」

 場の雰囲気が変わったとあって、楓もそれなりに身構えたようなので、聞きたかったことを一つ、直球に問う。

「お前は男なのか? 女なのか?」

 少し前≪レヅベクト≫を使用して盗み見てしまったことから始まり、最近では男っぽさよりも女っぽさの方が感じるが、あの時の光景は今でも忘れられない。それも、色々考えた挙句、シャワーヘッドとかじゃないと結論が出たからな。

「先に物渡したから言わせるようになってすまんな。気にしなくていいぞ。俺がバカだった。物受け取った事は一旦忘れてくれ」

 どういう意図で返答が直ぐ出ないのか知らないが、絶対に言わないといけないような雰囲気を作っていたのであれば謝罪したい。こればかりは完全に俺の失態だからな。俺と楓はかなりの秘密を共有し合っている仲ではあるが、それでも言えないことの一つや二つあるはずだ。

「性別を徹底的に隠すために、外見は女だけどひょろっと襤褸が出た時に男っぽい口調とか、男っぽい恰好を見せることで、相手を『あ、この人実は男なんだ』って確信に導いて、『秘密にしといてよ?』的な一言や雰囲気で真の性格を相手の中で確定させるんだ。するとボクの性別が本当は女でもその人は男だと誤解するでしょ? そういうことしてたら自ずと性格を隠すことが出来るんだー」

「ん……? つまりどういうことだ? 女から実は男だと思わされたが実は女であった、ってことか?」

 単純に男か女かどちらか言ってくれるもんだと思っていたが、相手が楓の性別が何なのかわからなくなる術みたいな方法みたいなのを一から語ってくれるお陰で、頭の悪い人間には何が言いたいのか一切理解できない。

「そうしたら性別が分からないでしょ?」

「まあな」

 憶測だが、そうすることでかえでの性別は不詳で判断材料の一つになり得ないので、本物だが偽物として過ごす姿を暮らしやすくしているって事だろうか。

「なら結局性格は女って事か? でも一緒に風呂入った時と、写真とか映像で見るかえでと、更衣室の楓は全員ちょっと違って見えたぞ?」

 本当は数人いる説や両性具有説を踏まえた上で、引っかかっているそこの部分を問うと……口元に人差し指を立て、シーッと秘密にするような仕草をしてきた。

「お、おい。やめろよそれ。余計わからなくなったじゃねえか。これも嘘なんじゃないかって」

 その仕草は今から言う台詞やこれまでに言った台詞を秘密にしろって意味じゃない。そこは秘密だから教えられないよって意味の方だ。お陰様でバカの脳みそは爆発寸前。

「ごめんね、しゅうやんがあまりにも悩んでて面白かったから意地悪しちゃった」

「意地悪って……どこが意地悪でどこが真実でどこが嘘かわからん……」

 さっきの仕草のせいで今の発言も嘘に聞こえてしまう。明日には人間不信になっているかもしれない。それぐらい楓の隠し方が上手いのか、俺が騙されやすいようだ。

「これからはホントの事をしゅうやんにだけトクベツに教えたげるよ」

「本当か?」

「二人だけの秘密だよ?」

「分かった。絶対に秘密にする。今までのようにな」

 これ以上馬鹿にすると武力行使されかねんとでも悪印象があるのか、やっと教えてくれるみたいで、耳元に口を寄せてくる。これもまた嘘吐くんじゃないかと思ったが、楓と絡みが長いので、顔を見るだけでわかる。これから嘘を言うような真似はしない、と。

「女の子だよ」

 俺の耳元に両手を添えて、小さく囁いた楓は……先程女だけど男と騙していると言っていた通り、女だとはっきり言った。

「まさかしゅうやんが偽りの男性姿を目撃するとは思わなかったよー。てっきり女子だと確信してると思ってた」

 どうやら不意に男要素が出ることで実は男なんだと思わせる方法で、男らしい見た目に何らかの形でなった状態のまま入浴していたところを目撃してしまったようだ。それだと納得だが、自宅でまで徹底するとは相当性別を隠そうとしているようだな。

「本当の姿は女子だから、女子だと思っている俺に敢えてややこしくなるような事は言わなかったってことか」

「そうだよ。でも偽りの姿を見られちゃったから、ちょっと練習台にさせてもらってた」

 これには一本取られたな。友人だからといって油断してはならないってことをこれを機に学ばせてもらった。

「胸が殆ど無いと男性だと騙しやすいんだよねー。それこそ下着姿や全裸になった時なんか、とても有利だよ」

「それで思い出した。せめて全裸は恥じらってくれ。地球人として」

 悪い例があるので地球人と付け加えてしまったが、人前で全裸を晒しても恥ずかしがらないのは幼稚園辺りで卒業していただきたい。見せつけられる方が気まずいし、干されるのは見た男性の方だ。

「今日の胸ちょっと大きかったでしょ?」

「ああ。仕事終わりだからかなって思ってたけど、パッドって感じがしなかったから余計悩まされた」

 そんなところを凝視していたなんてカミングアウトしてしまったが、性的な思考で見つめた訳じゃないし、楓はそういうのはなれている上に一応下着姿なので問題はないはずだ。俺が変態な訳でも、楓が変態な訳でもないってことでいいはずだ。うん。

「あのお店にも売ってるんだけど、ボクがプロデュースした極限までリアル志向のパッドがあるんだ。それを付けてたんだけど、どう? パッドってわからなかったでしょ?」

「パッドかどうかの判断がつくまで見た訳じゃないが、わからなかったな」

 俺は男性なので需要があるか知らないし、知ろうとも思わないが、今は直接体型を弄らなくても見分けがつきづらい程に変化をもたらすことが出来るようだ。凄い時代だな。

「触り心地もリアルなんだよ~、触ってみる?」

「いやいいよ。パッドだろうが揉むもんじゃねえだろ」

 ここが公園だからっていう訳じゃなく、どこであろうとそんなことはするべきじゃない。あの変態男・愼平でさえ見るに留まっているんだ。相手が反論できない、そうなることもあり得る状況下でやってたりはするかもしれんが。

「とりあえずって言ったらアレだが、元はと言えば盗み見た俺が悪かった。ごめんな、なんか苦労かけて」

「ボクこそ謝らないとだよ。男だと誤解させちゃって、何故かそのまま男と確信づけようとしちゃって……相手は悪い人じゃなくて、ボクの唯一の親友なのに……」

 何故か俺以上に謝られたが、ここで更に謝り返しても謝罪合戦が繰り広げられる気がしたので、それ以上は何も言わないでおく。

 楓は沢山の正体を隠していることもあるし、職業柄上あまり学校に通えていないので、お互いに助け合ったり慰め合ったり、相談に乗ったり、時にはふざけ合ったりする友達が少ない。アイドルを続ける限り、しょうがないと言えばそれまでだが、そんな中でも楓がいつでも気軽に接することが出来る相手として俺がいるのであれば、付き合って……いや、一緒に遊ぶだけだ。そんな仲だと、気まずそうに無言になることもないはずなんだ。

「なら代償の異世界旅行はどうするの?」

 結局この件は完全に俺だけが悪いとは思っていないからか、そんな事を聞いてくるが……

「一度連れて行くって言ったんだし是が非でも連れてくよ」

 別に異世界に行くのは簡単な話だ。ただ、こういう機会でなければ楓が行く気にならないだろうと思っただけだ。つまり、問題があるとすれば楓側の心構えだけだ。

「分かった。楽しみにしてるね」

「あまり期待しすぎんなよ? いつになるか分からねえから」

 まずは異世界でやるべき事を消化しきってからだ。数年後の話にはならないだろうが、今週中とかは無理だろう。

「よっしゃ、これから帰宅してプレゼント渡すかー」

「気に入ってもらえるといいね」

 俺にとってはこれからが大事だ。喜んでもらえるだろうか。怒られないだろうか。そんなことを考えながら、ブランコから立ち上がった俺と楓は家に帰ることにした。


 学校に行くと言っただけなのに一向に帰宅せず、しかも俺が拒否しているので眷属契約の恩恵、お互いの位置が把握することも出来なかったので、ルミーナとマリアはさぞお怒りだろう。もしかすると夜飯がないかもしれない。最悪飯抜きぐらいならいいので、プレゼントで満足してくれることを祈っておく。

 楓と別れ、明かりのついた自宅のドアを開錠し、

「対異世界人特区に異世界人を置き去りにしてどこに行ってたのよ」

 数時間ぶりにルミーナとマリアの顔を見ることになったが、案の定ルミーナはイライラしていた。マリアは至って真顔だが、こういう時ぐらいちょっとは怒りの表情になってもいいと思う。

「遮断されてて生存確認すらできなかったから、私達はずっとパニックだったのよ!」

 地球に異世界人が来るとどうなるか知っていて、特に人工島ではおいそれと外にも出られない状況なので、急に姿を消した俺を探すことが出来ず……相当辛かったんだろう。怒りを通り越して、目を潤ませて泣きそうにすらなっている。

「異世界人をこの世界に放置したらどれだけ危険かあれほど言ってたのはあんたでしょ?」

「すまなかった。でもそうせざるを得なかったんだ」

 プレゼントというものは、事前に宣言して渡すもんじゃない。そうする手もあるかもしれないが、言わないで渡した方が感動は大きいだろう。少なくとも俺はそう思う。

「もしかすると勝手に異世界に行ってるんじゃないかって思ったけど、今日中に帰ってきたって事はそうじゃないわね」

 異世界人が安全地帯とはいえ、地球――それも対異世界人特区に放置されるとそんな末期的な思考にまで及ぶんだと異世界人の口から直々に聞いて、思い知らされる。例えプレゼントの為に数時間姿を消したといえ、考えが甘かったかもしれないし、過去の発言に矛盾を生んでしまった。

「何、転移者が来ないからって、一人でHM社を襲ってた訳?」

「それはない」

 確かに俺ならやりかねんからそう言ったんだろうが、流石に直近で誰も何をしたのか目撃していない限り、突撃したら突撃した方が悪者になってしまう。異世界人相手になら殺人の権利はあるが、俺でも例外を除き悪意のない一般人を殺害すると通常の処罰を受ける。多くを知らない一般人からすれば、異世界人を拉致しているが、その人たちを利用して地球に危機を齎していないので、例えば魔法技術の解明など、何らかの形で対異世界人関係に役立っているとも考えられるからな。

「なら何してたのよ」

 数時間の間何をしていたのか絶対に聞き出す気のルミーナからは武力行使も辞さない意思が伝わってくるが、そもそも俺の行為はプレゼントを渡すことで判明する訳で……

「次から勝手に姿を消すのは止める。その代わり、こんなものは今後もらえなくなるからな」

 ルミーナの質問の返答としてはおかしいが、プレゼントを差し出すことでその回答とする。

「ほらよ、ルミーナとマリアに俺からのプレゼントだ」

 綺麗に包装されたプレゼントを差し出されたルミーナは思いもしなかった展開に目を見開くが、マリアは至って平常。多少嬉しそうではあるが、その感情を全然表に出してこない。

「最近は金と時間に余裕があるからな」

 俺にとっては特に金の方が大切なので、あまり高い物じゃないが……楓も言っていた、こういうものって値段より気持ちが大切だ。帰宅後からプレゼントを渡すまでの展開は予想外だったとしても、プレゼントをもらって喜んでもらえればそれでいいんだ。

「あ、ありがと……でも、せめて地球では契約を遮断しないでほしいわ。ここじゃ異世界人は身動きが取りにくいのよ?」

「それは本当にすまなかった。考えが甘かった」

 なんかプレゼントが許してもらう為に渡す物みたいになってしまったが、いらないって言われたり、無駄遣いしたことに対して叱られなかっただけましだ。

 今までは異世界で買ったらしい黒色のヘアゴムを使っていた二人は、早速貰った自分の髪色と同じ色のヘアゴムで髪の毛を結っていく。結局結んでしまえば何色だろうが遠目からは分からないものだが、ただ結ぶために買った物よりもプレゼントとしてもらった物の方が愛着が湧くだろう。

「今度私達も異世界で何か買わないとね」

「そうですね」

 ルミーナとマリアはお互い嬉しそうに見合っているが、そんなの見ても分かるようなものじゃないし、これ以上の物が返ってきかねん金がある異世界でプレゼントを検討されては困る。だからと言って地球ではプレゼントを選べないし、いらないといっても渡してくるだろうが。

「ルミーナとマリアには辛い過去の関係上そういう存在が居ないかもしれないが、俺には居る。付き合いってもんがあるから、今後も俺一人で学校以外にどこか行くことがあるかもしれん。だが契約の恩恵は遮断しないし、戦闘になったら念話をする。そういう場面は邪魔するなとは言わんが、心配はすんな」

 このままプレゼントで許してもらったとなるのは嫌だったので、ちゃんと言葉にして今後地球での行動について語る。結局は俺が攻撃対象でもある異世界人のルミーナとマリアを仲間に付け、この騒動に関与させているといえる。なら然るべき責任って奴があった訳だ。

「早く異世界人と和解してくれるか、転移現象が終わるといいわね」

「現状は転移してくる人たちの意思次第だな」

 この騒動はやってきた異世界人が毎回暴れることから始まっている。暴れさえしなければ、来次第即殲滅みたいな惨状にはならなかっただろう。転移現象は科学的に停止できたり、何かを境に起きなくなるようなものじゃないので、現状異世界人が転移してパニックになって暴れないようになっていただく限りだ。その為にも、俺達が軸となって異世界で実際にこの現象について広める必要性もある。異世界はあちらこちらに魔物が蔓延る世界。ならもう少し冷静な判断ができてもいいと思うが……異世界で最も人口が多く、転移者としても数多く訪れる、平均的な戦闘力を有したありふれた冒険職の異世界人で、実際に不意に転移現象に巻き込まれた事がないので、その辺の感情や思考は知り得ない領域の話だし、ルミーナやマリアに聞いたところで、少数派の意見は参考にならんけどな。

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