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クロス・インパクト  作者: あかつきこのは
17/32

17 新事実

 

 一度メイドになりきる為に地球に来ているので、大体季節の予想は出来ていたが……窓の外を見ると、前回はもう少しで紅葉かってぐらいの季節だったのに、今はもう木から葉が落ちきり、枝しか残っていない。それぐらい時が経っていた。

 カレンダーを見れば、一般的にはもう少しで来る冬休みが待ち遠しくなる頃合いだと分かり、テレビで天気予報を見れば、東京じゃ滅多に降らない雪を何故か待ちわびる、寒さも本格的になってきていることが分かった。そんな時期には暖房が欠かせないが、何時間地球にいようがいなかろうが、お財布事情が大幅に潤うことはなく、枯渇して行く一方なので、冷え込んだ部屋で暮らす日々がまた始まると思えば憂鬱だ。

「四季があると、金欠には暑い夏と寒い冬は過ごしにくいわね」

「耐えれなくはないから別にいいんだけどよ、ウゼえんだよな」

 特段着込むこともなく、毎日着ている長袖を相変わらず着ている俺は、その行為から分かる通りファッションに興味がない。同じ服を何着も買って、サイクルする感じだ。といっても戦闘用の重装備と軽装備、制服、寝巻ぐらいしか持ってないけどな。

 四季についても覚えているルミーナは、異世界で購入した魔力的な恩恵を数多く受ける地球では見ないデザインの服装で居る。それ以外にも戦闘用の重装備と軽装備、異世界風の服装、ガチガチではなく服に合わせたような鎧、寝巻を持っており、その中の異世界で購入した類の服装は、俺の貧困な知識では前述のように所謂『異世界風』としか説明できない。似ている所で言えば、アイドルが着るようなミニスカの衣装っぽくあり、今マリアが着ているメイド服をメイド以外にも着れるようなデザインに変更したような奴っぽくもある。それでいて鎧的な防御面の要素も兼ね備えている。例を挙げるとすれば、地球でもあるような単なる防刃性、耐火性などに止まらず、当然魔法の概念が存在する異世界産なので対魔性、俊敏性向上、魔力吸収効率上昇、肩こり解消などとあり得ない効力もある。とにかくあまり着込んでいないっぽいが、あまり寒さを感じていないようだ。初めて感じる寒さを味わうためにわざと薄着なのか、やろうと思えば火属性魔法で温めることができるからか知らんけど。というか愚考なので読み取ろうともしない。

 異世界でカータレットという家名が付いたので、リアリティーを増す為に地球のルミーナとマリアの名前に『C』だったり『カータレット』を入れるべきかと検討したが、ややこしくなるので止めた。どうせ異世界人には戸籍がないので変え放題だが、家名を加えた名称が微妙だし、これ以上石塚(いしづか)に嘘吐くと流石にバレかねない。

 転移してからは対異世界人騒動が起きるのを待つのみで、俺が学校に行っている間、ルミーナとマリアは自宅待機する日々が続くわけだが……ルミーナは少し前にあの辞書をもう読破したとか言っているので、適当に本の内容から問題を出してやると、完全解答を連発しやがった。というか俺が知らんものも答えるので、現地民が劣ってしまったことに悲しくなった。何だかんだその時初めてよしPが作った辞書に目を通したんだが、ありゃすげえな。一般的な辞書より少し大きいぐらいなので、これ一冊だけでは完璧までは行かないだろうと思っていたが……虫眼鏡が必要なレベルで文字がちいせえ。この情報量なら下手したら地球人よりも常識人が生まれる。いかにあいつが異世界人を手中に収めようとしてるのかが伝わってくるし、ルミーナの読解力が異次元すぎる。

 異世界で数か月もの期間があったが、その期間中殆ど行動を共にできず、『対異世界人についての基本知識』と『異世界人の為の地球知識入門』を読む暇が無かったマリアは、転移初日から家事と勉強の両立生活。数日間寄ったときに少し荒らしていたが、転移翌日からはモデルルーム並みの美しさに蘇っている。

 ともあれ勉強することがないし、学校には行っていないし、俺がいないと異世界人二人なので鍛錬しに――外出を自粛しなければいけなければ、魔法を使うとWアラームがなるので大胆な使用ができず……唯一俺が不在中何もすることがなく、暇なルミーナは、最近『対異世界人についての基本知識』のWB社の概要に載っていた、WB社社員一日の自宅鍛錬ノルマをこなすようになった。

 WB社は国民を守る要であり、常に最強でなければならない為、総力戦に備えて実際に戦場に赴かない人間でも、生身である程度の戦力が出せるようにWB社出勤時以外でも運動義務がある。それは主に二種類存在し、実際に戦場に赴かない組は一日二時間以上の運動をする。実際に戦場に赴く組は、フレームアーマーは持久力や俊敏性を増強・保証する為、実際に攻撃する人間には攻撃力や行動理論が求められる。他のフレームシリーズはユーザーが極端に少ないので説明を省略するとして、故に基本的に各部位の筋トレを三百回以上、ニ十キロ以上のランニング、自身が主要とする攻撃方法に準じた鍛錬をする。WB社の職務内容は、戦場に赴かない組はオペレーターをやったり生産や開発の類を行うので激しい運動はしないが、戦場に赴く組は実際に自分が使うフレームを使った仕事終わりでの鍛錬なので――学生でも大勢が全員対異世界人関連の就職を前提とした学校に在学しているので――丸一日運動したに等しくなる。俺の一日の運動量とそう大差ない。余談だが、WB社を強制的に退社しなくてはいけない条件は、戦力面だけじゃない。発想力、思考力、判断力等のピーク、停滞、低下でも退社することになるので、技術者も平均年齢が若い。総じて戦闘員でなくても老けた者はいない。

 WB社の出勤時間以外での日課を知ってしまったルミーナは、ランニング以外なら自室でできるし、いつまでも三人の中で地球で活躍できる戦力度最下位ではいられないからか、それを参考にして毎日筋トレに励んでいるようだ。しかし俺的にはあまりおすすめしない。それはWB社の鍛錬方法が、フレームアーマーの関係上スピードをガン無視でき、攻撃力を上げる一心で良いから。つまり攻撃力を上げるために筋力だけを付ける前提の、ほぼ無酸素運動しかしない鍛錬だからだ。俺とルミーナ、マリアは、ゆくゆくは生身でWB社と同等のスピードを出さなくてはいけない。そうなった場合、筋力があまりにあり過ぎるとスピードを捨てることになり、フレームアーマーには勝れない。

 この経験則は前にしているはずなので、ルミーナは分かった上でやっている訳で……前より筋肉質になったルミーナに意図を聞くため、WB社に倣って抜き打ち能力テストでもやろうとしたが、その変化は見る方が早かった。

 そういえばフレームアーマーが女性専用だということもあり、男と女じゃ体のつくりが違う事を忘れていたな。流石に負荷をかけまくれば付くだろうが、女性は適度に追い込む筋トレ程度であれば、ボディビルダーのような肉体までは早々ならないらしい。ルミーナは筋肉がついて体が太くなった印象は特に受けなし、実戦練習を通して判明したが、前より格段と攻撃力が上がっている。それでいてこれまでの俊敏性を失っていない。これなら……適度にやってもらう分には問題ない。

 結果どうなるか分かっているそれだけならまだいいが、厄介なことにこれ以外にもハマっていることがある。それは……例えるなら魔法チキンレースと言うべきだろうか、Wアラームが鳴らないギリギリの魔法を連発し、如何に鳴らさずに強力な魔法を使えるか、検証と言い訳ができる珍妙な遊びだ。前にも似たようなことをしていたが、最近のこれは自分でも鳴らないと分かっている魔法を確かめていくものじゃなく、Wアラームがなる基準を見つけに行くぐらい、かなりシビアなことを攻めているんだ。

 それは今日帰宅した時も行っており、

「これが重装備、こっちが軽装備だ。どうやら魔法吸収効率が高そうだぞ。運が良かったな」

 俺が結乃(ゆうの)からマリアの戦闘服を受け取り、それの試着を行う瞬間でさえ続行している。地球人からしてみれば怖くて家なのに安心できん。

 重装備を着用したマリアは、自分のサイズに合っていることを確認し、メイド服を着直した。これでマリアの服装も重装備、軽装備、メイド服、寝巻と、種類豊富になった。でも装備は非戦闘時に着るようなもんじゃないし、メイド服は地球だと出歩きづらいので、地球用の普段着が一着必要そうだ。地球だと金がないので、今度異世界で買わせることにしよう。


 地球生活も彼此数週間経過した頃、珍しく今日は午後から通学し、いつものメンツと昼休みの一時を過ごしている。

「最近の転移者どうなってんだ? ネタ切れか?」

 実際に異世界に赴いているので、異世界人の人口が底を尽いてきたわけでもなければ、問題視すらされていない状況を理解しているが……

「俺がいない間もこんな危険な日々が続いてたのか?」

「一応合計六人転移してきたけど、皆あまり抵抗してこなかったかな」

「戦闘を生業としている人じゃなかったとか言ってたねー」

 世間的には平和、対異世界人騒動関係者からすれば危険な日々が続いていることについて、俺達だけじゃなく他の会話の輪もちらほら似たような話をしている。それ程強力な異世界人が転移してきていない昨今は、嫌な予感がするんだ。

「そういや最近台風も来てないよな」

「大きな地震も来てないねー」

「え怖……」

 自然現象は偶々最近の転移状況に被ったせいで変な風に印象付いてるだけだろうが……俺が転移を始めてからこのような事態が続いている。都合上原因は特定できないが、一つの仮説として考慮しておく必要がありそうだな。

 昼休みの時間を使って最近の転移現象について聞き出すことが出来たので、また異世界に行くしかないかと思いつつ専門科目の授業を受ける。

 専門科目の実習は、教師が不在だったり、時々ネタが尽きるのか、三時間人工島周回マラソンとか、人工島から本土への遠泳とかざらにある。季節が真夏でも真冬でもだ。そして今回それが訪れた。水温がほぼゼロに近い状態の海で、三時間遠泳することになった。それでも一人も倒れず、三時間泳ぎ切ったのは、流石対異世界人会社を目指す学生なだけあるなと思った。

 同じく避難部誘導科Dランクも先生の不在かネタ切れで遠泳になってしまったらしく……最悪な事に、石塚に見つかってしまう羽目となった。

 石塚は昼休み会えなかったからか、三時間遠泳してヘトヘトにながらも俺を見た瞬間超絶スマイルを浮かべてきた。

「おい、走り去っていいか?」

 前方73メートル先に石塚は居て、俺と禎樹(よしき)が今目指している更衣室は前方85メートル先。会いたくなければ、着替えなければいい話だ。

「荷物があるんだし、どうせ更衣室前で待機されると思うよ?」

「なら荷物は任せた」

「海パン一丁は危ないよ⁉ それと自主練は⁉」

 後方は海だが、まだ体力が余りに余っている。海を泳いで住宅街十区ぐらいから上陸すればいい話だ。自主練をサボった罰として一時間補習になろうがそんなの関係ねえ。

 そんな俺がまた海に飛び込もうとするので、禎樹は腕を掴んできやがった。

「誰も通報しねーよ」

 見るに堪えない肉体ってわけでもねえし、大切なところは海パンで隠している。そもそも筋肉質でヤンチャな若者しかいないこの人工島で、そういう人を目撃して嫌気がさし、通報する奴の方が珍しい。察も相手しなさそう。

「しなくても騒ぎになるから! もうなってるし!」

「……あんなの気にしてたら行動が制限されるだろ」

 もうなっているとかいうので周囲を見渡してみると……極力気にしないつもりでいたが、退治内で誰かが実行したと思われる美男美女ランキングなるものの上位二名が筋骨隆々とした肉体美を曝け出した状態で居て、本人らの発言曰くでキャッキャウフフしてるから注目されている。とんだ勘違いだし、疲れ果てていたはずの女子の目が輝いてやがる。俺達に体力回復の効果でもあんのかよ。

「おめーのせいでそっちに意識が向いたじゃねーか」

 これがブス同士だったり筋肉がない同士だったら見向きもしないはずだろうし、寧ろ殺気放つくせに、女子ってもんはなんなんだろうな?

「分かったらもう更衣室に行こう。通学路が海だと注目を集めるよ」

「それは嫌だな」

 通学路が海だと思われる時点で嫌なのに、そこから更に注目もされるのか。地獄でしかない。

 となったら更衣室に行くしかなくて……殆どが競泳水着を着ている中、たった一人スクール水着を着ていた石塚は、

「ややくん久しぶりだね! 最近また旅行に行ってたの?」

 なんというか……別人になっていた。悪い意味で。

 これまでどんどん肥大化していっているなとは思っていたが、こうして体型がくっきりと見える格好の今だからこそより鮮明に分かる。コイツ……今までが奇跡だった勢いで、急速に太っている。

「お前、どーしたらそんなんになれるんだ?」

「ん? 何が?」

「……さあな」

 その段差だらけの腹を見て原因を聞くが、本人はこの体型について何も思っていないらしい。明らかにこのスパンでここまで太るのは異常だ。退治は毎日数時間運動するってのに。

「おい、アイツ何があったんだ?」

「さあ? 僕はてっきり知ってると思ってたよ」

「知らねーよ、そもそも日本にあまりいねえのに」

「なんでなんだろうね。昼ごはんはいつもと変わってなさそうだけど……」

 更衣室は当然男女別なので、逃げ込むように入って着替える俺と禎樹は石塚の体型について情報共有しようとするが、お互い所有する情報は皆無ときた。なら女子に関しての情報なら誰よりも握ってそうな変態野郎・愼平(しんぺい)に聞くしかなさそうだな。


 掃除含む自主練時間中に、愼平に原因を知っているか聞いてみたが、愼平でも分からないという。コイツですら理由を知らないならこれ以上聞きまわっても意味がないので……石塚の惨状については無視することにした。そもそも俺に直接関係ないしな。自分の体型や運動神経は将来に直結するので、時が経てば何れ減量する気になるだろう。

「最近のややくんラベンダーの香りがするね」

 自主練終了後、禎樹は都心部にアニメグッズ漁り、愼平は完全下校時間までジムで鍛えるとのことなので、俺は一人速攻で帰宅しようと考えていたが……石塚に捕まってしまった。というか、石塚が鈍間すぎない限り、必然的に見つかってしまう。

 退治の各科目棟は、所謂室外活動にあたる科はEoD側にあり、室内活動にあたる科は住宅街側にある。退治は都心部にも面しているが、混雑を防ぐ為に正門は住宅街一区にある。つまり、邪道な出入りをしない限りは、正門に向う道中で避難部誘導科の石塚に見つかってしまう。なんで今日という日に限って正門から出ようと考えたんだろうな。いつもどんな壁があろうと難なく突破して最短ルートで登校するくせに。

「んなわけねーだろ。頭と体型だけじゃなくて、鼻もいかれたのか?」

 地球で対異世界人関係以外の厄介事の元凶は全てコイツと言える。いつも通り一方的に高い石塚の、俺への好感度下げに励む。

「なら服の匂い?」

「どうだろうな」

 午後の時間は遠泳だったので、更衣室に併設されたシャワーを借りている。つまり一度においはそこでリセットされている。だが、そこから約一時間の掃除含む自主練があったので、ラベンダーのかおりがするはずがない。かおるとすれば、体臭か潮の匂いだろう。それらの匂いをラベンダーの香りと比喩しているとでも言ってんのだろうか。

 最近の家事は全てマリアがやってくれている。ということは、ラベンダーのかおりがする洗剤でも買って、それで洗濯している可能性もある。節約を徹底しろと伝えてあるし、マリアは忠実なので、良い匂いの為に高級な洗剤を買ったとは思えないが……一応帰宅したら確認しておこう。

「ねえねえ、最近あやね、自転車の練習を始めたんだ! でも下手すぎてさ、一度乗ったら真っ直ぐ進むことしかできないんだよねー……あ、でもカーブの時は降りて自転車の向きを変えるから、問題ないよ!」

 そらスクワットが一回も出来ないし、写真撮ると必ずブレるし、球技すると大抵顔面に衝突するからな。自転車を乗れただけ快挙と思え。

 残念なことに、スカートが中のシャツをインする行為の巻き添えになり、アニマルパンツからクローバーのパンツに変化した尻が丸見えになっている石塚の話をガン無視する。そしてその惨状にも無視する理由は……同じく帰宅する女子たちの雑談からカクテルパーティー効果で嫌な情報が聞き取れてしまったからだ。

「誰も知らないメイドさんが、校門前で背筋をぴんと伸ばして直立不動で待っているんだって~」

「ベンチに座っている時もあったらしいけど、遠慮していてほぼ空気椅子状態だったらしいね」

「へー、退治にそんな金持ちおった?」

「いないと思うけどなー……」

 そう女子三人組が噂していた話は正しかったようで……

「ご主人様、お迎えに参りました」

 俺が校門に近づいてくるなりマリアは一礼してきた。ここに石塚しかいなかったからよかったものの、人の目があったら弁解に難儀するところだったな。

「あ! お姉さん!」

 眷属契約を結んだので位置を確認することはできるが、別に誰かがピンチな訳ではないので確認することはなかった。なので気配を察知して呆れるまで知らなかったが、当然姿を目撃してから反応している石塚は相当驚いている。

「何で来たんだ。誤解が生まれるだろ」

「仕事帰りー? それとも今から行くとこー?」

「お嬢様が一度見てくると良いと仰っていましたので」

 関係性が無い人間相手には解答しないからか、石塚の質問をガン無視し、見向きもしないマリアはほぼ何も入っていない俺の鞄を代わりに持ってくれる。

「見て学べる事でもあるか?」

 ルミーナが見て得たものがあるからこうして来させたんだろうが、この学校で学べることがあるのは在学生ぐらいじゃなかろうか。

 ここは正門なので、長時間居座ると俺がメイドを仕えていると妙な噂が立ちかねないので、

「じゃあな」

 とりあえず学生の目が多いこの場は離れて、瞬時に噂が拡大するのを防ぐ。人工島内は制服の方が便利が良いので私服も制服の人が多い。それに俺も当て嵌まる訳で、以降にバレるかもしれないが、その場合は小数人相手だろう。なら噂が広まる前に事情を説明すればいい。メイドがいるのと姉がメイドの仕事をしているのでは、かなり意味合いが異なってくるからな。

「え? 同じアパートだよ?」

「寄り道するんでな」

 理解力に乏しい石塚に、帰路を同行できない理由を教えてやると、

「ならついてくよ!」

 元気いっぱいに分け分からんことほざきやがった。一緒に来て何すんだよ。

「いやいいって」

「怪しい」

「は?」

 すると次はいきなりにらみ顔。俺が姉と放課後に何すると思ってんだよ、コイツは。脳内のお花畑始末してくれ。

「夜飯ぐらい買いに行かせてくれ」

 丁度夜飯の支度前のマリアと都心部付近に居ることが出来ているので、これを機に色々な売り場を回って、地球での節約術や処世術を教え込んでおこう。金持ちにはどうでもいい情報を聞いたって面白くないだろうから、帰ってくれ。

「ああ夜飯?」

「何だと思ったんだよ。妹ならまだしも、姉の見送りか?」

「あ、いや、あの、うぅ……」

 は? コイツ、本当に何考えているのか分からん。寧ろズバズバ言われてやな気持ちになる方が、この変な気持ちよりましだ。


 赤面して本日のところは自主的に退散してくれたので、俺とマリアはルミーナと待ち合わせて地球ならではのお店を色々見て回り……夕飯時に帰宅した。勿論部屋の明かりは勝手についていたりしない。例え入室制限中だとしても、俺一人相手なら不法侵入してただろうな、あの糞野郎。虚偽姉妹が居て助かった。

「そういえば≪レヅベクト≫っていう透視魔法を鳴らさずに使用できたのよ。この世界物が多いから、意外と活躍するかもね」

 最大限節約しながらも最高に美味しい料理を食した後、ミミアント商会に提供するネタ探しをしていると、今日証明したらしい、ルミーナが戦闘に役立ちそうな魔法の話を持ち出してきた。

「例えば壁の向こうが見えたりするのか? あのパブルス城で使った」

「そうね。あの時は壁が透過するよう壁に向って使ったけど、本来なら自分自身に使うものよ」

 するとルミーナは俺に≪レヅベクト≫を付与したのか、壁を見るようにと念話で伝わってきた。

「全体が常時透けてると分かりづらいから、意識した部分を透過したり戻したりできるわ。でも透過した先を更に透過するのは無理よ」

 ルミーナに魔法で無理があるのは適性属性外の属性を使用すること以外存在するわけがないので、Wアラームの関係上か、≪レヅベクト≫という魔法の限界値があるんだろうが、そんなことよりも見えない向こう側の世界が見えるとか、初めて4Dを体験した時並みに衝撃だな。なんだこれ。

「おおすげえ。窓開けてねえのに外が見えるぞ」

 ここは住宅街なので透過した先の光景は隣のアパートの外観で、特に美しい光景ではないが、透けて外が見えることに感動するな。

「意識すれば私達が隠し持っている武器も分かるわよ」

「一つ裏までなら何でもいいのか」

 そう言われてルミーナに視線を向け、透視しようと意識してみると……

「バッ、丸見えじゃねーか!」

 確かに服の裏が見えた。ということは、視界にはルミーナの下着姿が映る訳で……すぐさま対人の透視を止める。これじゃあ愼平と同類で、ヤツみたいな類が熱望しているであろう透視能力を先に使った、つまりあの変態度を越したことになってしまう。ざけんな。

 有難いことにその先――ようやく常用するようになった下着の先は都合上見れなかったので一安心だが、視線を下ろした反動で(かえで)の家を覗き見ることとなる。

「そういや壁の透視を止めてなかったな」

 俺にとっては床、楓にとっては天井なのに壁判定になっているのは謎だが、透視魔法を終わろうと意識しだしていると……

萩耶(しゅうや)は見ちゃダメってことね」

「ああ。地球人はお前ら異世界人と違って、基本的に異性と風呂に入らないし、異性に裸を見られたら恥じらうもんだからな」

 自分も≪レヅベクト≫を使っているからか、居間に誰も居らず、入浴中だった楓を覗いたらしいルミーナに異世界人の習性に対して嫌みを吐きつつ見終わる理由を呟くが、

「あ、萩耶しか見ちゃダメだったわ」

 ルミーナは同性だからちょっと偵察でもしているのか、目に見えた光景から自分が見るべきじゃないと判断したらしい。

「どういうことだよ。俺にそんな趣味はねえぞ」

 俺は男性だ。楓は女性だ。兄弟姉妹、夫婦ならまだしも、異性の友達の裸体を盗み見る程俺はイカれた変態じゃない。

「同性だからいいんじゃない?」

「はい? 同性……?」

 続くルミーナの発言は、俺は見ても問題がなく、ルミーナは見ると問題がある状況報告で……

「おいちょっと待て。どういうことだ。アイツは女だぞ」

 流石に異世界人と言えど、ルミーナが男女の区別がつかないなんて思えない。だから余計発言の意味が分からない。

 長年接してきて、一度も男らしさを感じたことがない楓を男認定するルミーナに疑問を質すと、

「女ならあんなところにあれはないわよ」

「あんなとこ……?」

 その部位の事を敢えて伏せているのか、知らないのか分からないが、女が男との差を説明するにあたって、あんなところにあれは無いと言えば……もうアレしか考えられない。

「あそこってここらへんのことだろ?」

「そうよ」

 俺でも直接言うべき名称じゃないことぐらい理解できるので、敢えて伏せて指でその付近を指していると、肯定してきた。肯定しやがった。

「んなバカな事言うなよ。シャワーヘッドと間違えたんじゃねえのか?」

 例え楓が男性とルミーナから言われようと、透視しようとは思わない。俺の脳内ではまだ楓が女性だと思っているし、失いたくない親友の裸体を盗み見たくもないからな。でもルミーナとの信頼度も契約で強固に保証されている。お陰様で楓が男性と言われて意味が分からない。

「間違ってなんかないわよ。見て確かめればいいじゃない」

 もう一瞬見て異性と分かったからか、俺の発言通り地球では異性の裸体を見るもんじゃないのですぐさま透視を止めた。おいおい、こんなしょうもないことに≪エル・ズァギラス≫を使わなならんのか?

 ルミーナ的には異性だと判明したので覗かないんだろうが、俺的にも異性だと認識しているので覗けない。俺は楓が女性だと思っているが、ルミーナが嘘を吐いていないとも契約の恩恵で伝わってくる。だからと言って楓が男性と女性の合体版――つまり両性具有だとは思えないし、このまま迷宮入りするのもなんか腑に落ちない。女子便所に入っていたことや、女子更衣室に入っていたことなどを頻繁に目撃している。だが、変装でもすれば室内は個室なので潜入が容易い訳で……

「見るしか……無いのか?」

「バレなきゃ罪に問われないわよ」

「そういう問題か?」

 ルミーナはバケモンみたいな発言をかましてるが……これでもし楓に男性的特徴と女性的特徴が同居していると分かったら、盗み見たことを謝罪して、俺も同じくまだ楓に教えていない秘密事をぶちまけよう。そうするしかない、よな? 見ないと気になりすぎて不眠に陥るだけな気がする。楓の秘密にすべきレベルの比重が段違いな気もするが……そこら辺は後で考えるか。

「ええい! 楓、すまん!」

 本人には聞こえないだろうが楓に謝ってから、楓の家の浴室を≪レヅベクト≫で覗く。触らぬ神に祟りなしとはいうが、気になったら一生囚われてしまうからな。どっちを取るかだッ。

 まず視界に飛び込んできたのは――同じアパートで同じ右部屋なので当然だが――俺の家と構造が全く変わらない脱衣所だ。

 洗面台、洗濯機などがある二畳ぐらいのスペースには、制服、黒いタイツ、青い下着が脱がれてあり、

「……ッ」

 我が目を疑いたくなることに、そこにはパッドもあった。普段ならない胸を補うために所有していると判断つくが、男性疑惑が浮上している今、あんなものをみると女装説が助長するほかない。

「どうしたのよ、もう見た?」

「いや、まだだ」

 まだ心の準備ができていない。透視した先を更に透視できないので、俺も浴室に行かないと透視できない。浴室には到達したが、視界はまだ俺の家の浴室だ。

「もし楓が男性だと判明したら、今度どうすればいいんだろうな?」

「普段通りに接すればいいんじゃない?」

「普段通り、か……」

 改めて考えてみると、俺は別に構わんが、楓の立場になってみると、入浴中の姿を盗み見られるのって相当不愉快じゃないか? 例え長い付き合いの友達同士だとしても。しかも楓にとっては、俺という存在はかけがえのないとまで言っているのに、そんな俺がこんな行為をしてしまっていいのだろうか。いざ実行する数秒前になった瞬間、そんな事を思ってしまう。

「どうせ性別とか気にしないでしょ?」

「まあそうだが……」

 気にしてたら、今女を二人連れている訳が無いしな。でも、覗いていいものかと思ってしまう。

「なら盗み見た代償として、何か秘密を明かすのはどう?」

 思考を解放していなかったので、さっき脳内で試案していた案だとは思ってもいないルミーナは提案してくる。

「例えば異世界ではこの三人が夫婦だとか、一度楓を異世界に連れて行くとか」

「……それいいかもな。ん? いや、それでいいかもしれん」

 ルミーナから提案された明かす秘密の案の一つが代償として丁度いい、いや楓にとっては俺の方が少ない、と何か提供される可能性すらある案だな。閃いてしまった。

 楓は前々から異世界に行ってみたいと言っていた。だが、異世界はそんな軽い気持ちで行くべき場所じゃないし、このご時世に異世界人の偵察の為でもないのに私利私欲の為に転移する気にはならないらしいし、俺を除く地球人で自分だけが優遇されて行く訳にもいかないとも言っていた。誰も≪エル・ダブル・ユニバース≫の使用を監視・制限等していないのに、謎のプライドがあった。つまり行きたいけど、気が引けている。決定打がない。ならもし男性だと判明したら、唯一隠していた正体を明かしたことになるので、相応の代償となるはずだ。そして本人もそれなら、と納得するだろう。もはや、納得せざるを得ない……

 ということで遂に覗くことになった乞食に加えて透視魔こと俺は、ルミーナがいくら男性と言おうと、楓が女性だと思っているし、楓がもし男性だとしても気持ちはソワソワするもんで、妙な感情に苛まれながら風呂場の地面を透過する。

「……入浴中、だな」

 見えてきた光景は、湯船に浸かる楓の姿。この時点で異様に体の一部が浮かんでおり、女性だと判断がつけばいいものの、男性だとしても女性だとしてもその部位に乏しい楓では判断材料になり得ない。

 透視した先の透視、つまり湯船は透かせないので、楓が上がるのを待つしかなく……数分してから、ようやく楓が立ち上がった。その、体つきは――

「ハッ――」

「ね? 言ったでしょ?」

 ――そういうことだ。お、おと、おとーこ、だ。ルミーナの言う通り女性にしかない膨らみがなく、男性にしかないブツがあったよ、楓さん。いや、楓君。

「まっ、まさか……な……ハハ……」

 今まで女性とばかり思っていた人間――しかも、本人も女性として生活していた――がいきなり男性だと判明しても、直ぐに受け止められるはずがない。これは夢じゃないかと錯覚するレベルだ。だが、見た景色は、紛れもなく真実。夢じゃないし、魔法で見せられている幻想でもない。

「女装趣味があったんだろうね。全く気付かなかったわ」

 俺ほど楓の事に詳しくないルミーナは新しい一面を知れたといった調子で納得できているが、知らない所がなかったはずの俺が新事実を目の当たりにすると、衝撃はそれなりに大きい。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。色々考えさせてくれ」

 このままじゃ今後絡みづらく、いや絡みやすく? ……よくわからんが、とりあえず今はこんがらがっている。一度落ち着いて、状況を整理すべきだ。

 俺は湯が張っていない浴槽の淵に座り、これまでとこれからについて思案することになった。


 楓が男だと判明してしまった数時間後、楓を連れてとある場所に向っていた。

 テレビのニュースに速報として流れてきた事件の「犯人は男の娘と思われる」といった解説の一文を、楓のせいで『おとこのむすめ』じゃなくて『おとこのこ』と読み間違えたり、街中の電光掲示板に蔓延るアイドル姿の楓を見て怯えたり、実はガーデニング好きを装っていたのは女性らしくある為だったり、意外と男らしい体つきをしていたりしたことを色々思いつつ……到着した。住宅街六区にある、銭湯に。

「銭湯かー、数年ぶりだよ」

 行き先を告げずに連れ出しているので、目的地を知った楓はいつも通りの口調だが、俺は喋りにくくある。愼平みたいに話し相手の性別で口調を変えたりはしないが、多少は言葉選びが変わってくるからな。

 楓を銭湯に連れてきた理由は、実は俺もよくわかっていない。とりあえず同性なので強引にでも同じ風呂に入れば必然的に楓が男性だと判明し、俺が盗み見たと言わなくても済むとでも思ったんだろう。≪エル・ズァギラス≫に頼らなければこの程度だ。

 券売機で俺が二人分払い、楓の背中を押して男の湯に入らせようとするが……まだ男性だと割れていないと思っている楓は、暖簾に近づくに連れて拒否反応を示してくる。

「えっと……ここ、ボクの見間違えじゃなかったら、男湯、だよね?」

「そうだ」

「男湯に女性は入れないよ?」

「いや、大丈夫だ」

「大丈夫じゃないよ⁉」

「いや、大丈夫だ」

 見た目女性の楓を男が強引に男湯に押し入れようとしている光景は、知らない人から見れば当然いやらしい行為なので、直ぐに売店の人がやってきて忠告された。でもこれで引き下がらない。だって楓は男なんだからな。

「安心しろ。誰も凝視しねーよ」

「そういう問題じゃないよ⁉」

 楓目線、裸になって男性の姿を現したくないし、女性が男湯に入るべきじゃないと思っているはず。だから顔を赤らめて俺から数歩距離を置くのは至極当然の女らしい所作。しかし今となってはそれがもう演技だとわかる。逃げられたら困るんで、楓の耳元に口を寄せ、

「……そういうことなんだ」

「え? ちょ、え?」

 どうやらこの一言じゃ自分が男だという事がバレたと思っていないようだ。いや、そう思いたくないからかもしれないし、反応を示して俺が知らなかった時に対処できるようにしているのかもしれないし、そもそも俺がその思考にたどり着いたと思っていないかもしれないが。

「……だから、お前がおと――」

「――あ! 家族風呂があるよ! せめて家族風呂にしようよ!」

 満を持して楓の真の性別を見てしまったことを囁こうとしたが、楓は券売機にあった家族風呂のボタンを発見して言葉を遮ってきた。

 確かに、売店の人から目を付けられている以上、ここは傍から見たら男女が一緒に入っても問題がない家族風呂に変更してもいいかもしれない。結局楓が男性だと割れるからな。

「金に余裕はねえが……分かった。家族風呂に変更してやる」

 男湯に連れて行こうとした理由をそれとなく作り、家族風呂に変更したので男湯とも女湯とも暖簾がかかっていない別の場所に向った。

「一緒に風呂なんて珍しいねー」

「珍しいっつーか初めてだな」

 風呂はくつろげる数少ない時間の一つなので、絶対に他人とは入らないし、入りたくない。くつろげる場所で神経を使わないといけないとか、そんなの入る意味がないからな。

「何かあったの? 新兵絡み?」

「アイツは関係ねえ。でも何かあった事には何かあった。それは今から分かる」

 やはり男女間のこういう出来事は全て愼平が絡んでいると思われるんだな。奴も奴で悲しい男だ。

 含みを持たせた発言をしてから、脱衣所で服を全て脱ぎ、家族風呂に繋がる扉を開く。初めてこの銭湯の家族風呂を見たが、人工島に温泉なんか湧いてないので自宅の湯船がヒノキと岩の二種類になって巨大化したような感じだ。

「……とまあ、こういうことだ」

 タオル一枚も持っていない俺は、浴室に足を踏み入れる前に、一糸纏わぬ姿で楓の方に正対する。

 地球だと風呂は基本的に男女混合じゃない。そういう温泉だったり、テレビの映像などで疑似的にでも混合になる場合は、基本的にタオルなどで隠していたり、水着で浸かるだろう。つまり、今俺が何も隠さずにいるって事は、同性同士なので隠す必要がないというアピールだ。だから恥ずかしがって隠さないし、楓も恥ずかしがってはいないだろう。

 楓の表情を伺うと、やっぱり恥ずかしがっておらず、やっと俺が言いたいことを理解したような表情をしていたので、

「先に言っておく、すまなかった。風呂に入りながらでも経緯を一から話すから、とりま落ち着いてくれ」

 数年間も隠し通してきたことであれば、この事はどうしても隠したかったことなんだろう。なら俺にバレたと分かった瞬間最悪姿を消すこともあり得る。なので先に謝った。裸なので格好がつかないが、失うならちゃんと話してから失いたい。

 まだ服を何も脱いでいなかった楓には一人の時間が必要だと思うんで、先に風呂場に向い、体でも洗って入浴しておく。

 体を洗い終え、湯船に浸かって直ぐ、楓は風呂場に入ってきて……俺と同じく、先に体を洗い始めた。まだ男性としての裸を見せるまで落ち着いていないのか分からないが、今はお互いの視界にお互いが捉えられていなくてもいい。

「最近のルミーナは俺が学校に行っている間暇でな、地球でどのぐらいの魔法ならWアラームを鳴らさずに使えるか研究しているんだよ」

 決して数は多くない家族風呂の一つに浸かっている俺は、体を冷やす用らしき中庭のスペースを見つつ語る。

「それで鳴らさずに使えることが分かった魔法の一つに透視ができる奴があってだな、興味本位で使わせてもらったんだ。問題はそこからだ。まあ色々あって、ルミーナが入浴中の楓を覗いたんだ。そしたらブツがあるとかいうから、俺も覗いたわけだ」

 もう男性同士だと判明しているので伏せずに直球で言っても良かったが、この場に俺を超す変態が居ないと最上級の変態発言をした俺が変態になっちまう。それは嫌なんで敢えて伏せた。クズでいいから変態だけは真っ平御免だ。

「それで見ちまって、風呂へ連れてきた。事の発端は俺だから、ルミーナは責めないでやってくれ」

 全て話終え、視線を後ろにいる楓の背中に向ける。知ってはいたが、改めてみるとコイツも転移者なんじゃないかってぐらい生え際から毛先まで綺麗な水色になってるな。

「約七年も隠せたからもうバレないかと思ったよー」

 髪の毛を洗う楓は、至って冷静。動揺も号泣も憤怒もせず、いつも通りの口調だ。

「そんな感じで盗み見ちまって、本当にすまなかった」

「別にいいよー。大したことじゃないしね」

「大したことだから隠してたんじゃねえのか……?」

 あまりに事が悪い方に運ばないので、腑に落ちないが……

「それで何だが、罪滅ぼしっつーか代償っつーか、一つ提案したいことがある」

 楓がどう思おうと代償の内容は変わらない。承認する意思に影響を及ぼすぐらいだ。

「楓を異世界に連れて行ってやろうと思う」

 今回のお詫びの内容を告げられた楓は、

「異世界⁉」

 髪の毛を洗う手を止めて、こっちに視線を向け……驚くような、戸惑うような反応を示す。

「そうだ。海外に行くみたいに、旅行感覚だ」

 ただ行き先は前人未到なだけであって、アメリカやイギリスに観光に行くのと同じような感覚だ。向こうで争い事を起こすわけでもないし、一儲けするわけでもない。

「で、でも……」

「心配すんな。入国審査官はいないぞ」

 どうせ今楓が思い至ったであろうことは既に予想済みなので、行きたくない気持ちを積もらせる前に、

「それじゃー一週間後にでも行くか。でも俺気まぐれだからな。一か月後になるかもしれねえ。そこはスケジュール調整できるようにしといてくれ」

「う、うん。無所属だからそこは大丈夫だけど」

 勝手に行く前提で話を進めると、誰でも否定の言葉が出づらくなる。強引に行かせるのはなんかちょっとアレだが、代償だからこのぐらい付き合ってもらわなくては困る。じゃなきゃ金欠の俺に他に同等の代物なんて用意できないからな。

 異世界に行くことがほぼ強制的に決定し、嬉しい反面不安でもあるのか、何とも言えない表情の楓は洗身が終わったらしく、俺が浸かっている湯船に向って歩いて来る。勿論、男同士なのでどこも隠さずに。

 そんな楓が、こっちに向ってくるのは良いんだが……片目で見ると、意外な事にブツが見えない。湯気や照明の関係上そう見えるとは思えない。ていうか胸も胸筋じゃない理由で、ちょっとばかり膨らんでいるようにも思える。

「あれ? お前男だよな?」

 体を洗っている最中に男の姿を洗ったとは思えないので、確認を取るために一応聞くが、

「え? 女だよ?」

「は?」

 冗談なのか真実なのか知らないが、楓は至って真顔で女性だと呟く。あれ……?

「いや、でも確かに見たぞ? でも今のお前には見えないぞ?」

 視力が急激に悪化して五メートル先もぼやけるようになったとは思えないので、体ごと楓の方に向けてブツの位置を凝視するが……シルエットすら見えん。はい……? 意味が分からん。

「ん? 胸の話じゃないの?」

「は? 何言ってんだ。さっきから俺はずっとお前が男性だったんだなって話してんだよ」

 とぼける発言からすればボケくさいが、俺の目には楓が男性だとは捉えられない。どっからどうみても、ブツがあるようには思えない。

「パッドで盛ってたことじゃないの⁉」

「んな訳あるか! そんぐらい知っとるわ!」

 その驚き具合、演技で出来るものじゃない。発声は唯一無二でも、演技はプロ止まりだからな。楓は俺が胸をパッドで盛っていたことに感付いたと勘違いしていたようだ。確かにブツと伏せていたので、胸と勘違いされても無理はないが、なら俺が脱衣所で裸体を露わにしたあの一瞬は何だったというんだ。てか普通に男の裸体見てたよな? お前。

「え⁉」

「『え⁉』じゃねえよ! おめーから胸は盛ってるって言ってただろ!」

 普段の姿は盛っていないが、アイドルの姿は盛っていると何度も聞いたし見てそうだともわかる。何を今更。

「てかお前別人だろ! ついてねーじゃねーか!」

 あの時≪レヅベクト≫で盗み見たのは男だと判明した楓だ。でも今俺の目の前にいるのは女の楓。つまりこれはそっくりさんか何かだ。

「しゅうやんの真下に住んでる女性・風間(かざま)楓だよ?」

「嘘つけ! 瓜二つの俺が知らん方だろ! 男の娘の楓を出せ!」

 女性だと強調してくる偽楓に、視線を背けて声を荒げる。俺が見た光景からも、コイツ本人の言い分からも、今俺の背後にいる人間は裸の女性だからな。異性の俺が見ると警察どころじゃねえ、裁判沙汰だ。

「ボクが風間楓、かえたんだよ⁉ しゅうやん急にどうしたの⁉ ボクが男だった世界線の夢でも見たの⁉」

「いーや俺は確かに見た。確実に見た。楓にブツがついてた姿を」

 俺だけが目撃していたら夢で片付けられてしまったかもしれないが、ルミーナも全く同じ光景を目撃している。二人が同じ夢を見るなんて、早々あり得ないだろう。ましてやルミーナは大魔法使いだぞ? 幻想の魔法なんざ弾くだろ。

「ブツがないお前は偽物だ。本当の楓は男だとバレたことを察して逃走したんだろ? こういう時はどうするのが得策なのか知らんが、とりあえず見つけ次第謝罪すべきだと思う。だからさっさと本物が逃げた場所を教えろ」

 この偽楓に自身の逃げた先を教えたとは思えないが、聞かないより聞いてみる方がよっぽど良い。決して視線は合わせず尋問するが、

「ボクが本物だってば」

「まだ白を切るか」

 相当信頼されている人なのか、大金を積まれているんだろう。この程度じゃ情報を吐いてくれないらしい。

「おい偽物、お前が楓じゃねえってわかってんだぞ。そんなつまらん芝居は止めてさっさと本性現せよ」

 この間にも楓は逃げ続けていると思う。これ以上偽物に時間稼ぎされているようじゃ、逃走範囲が国内、海外に遠くなっても可笑しくない。金がなくて捜索範囲が限られる身としては、なんとしてでも逃走範囲を人工島内に抑えないといけないので、何も答えないなら立ち去ろうとするが……

「ボクが楓だってば! 何言ったらボクが楓だと信じてくれる⁉」

 意外とこの偽物はこういう役が得意なのか、引き留めようと上手く対話してくる。

「強いて言うなら、そうだな……俺と楓しか知らないような事を言うんだな」

 そして俺はこういう取引が不得意なので、まんまと引っかかる。まあどっちにしろ偽物に自身の事を一から十まで曝け出しているとは思えないので、これにて偽物との対話は終了だな。と思っていたが……

「フリーになった今は、裏では弟がマネージャーとして二人で活動しているよ」

 この偽物、本当に俺と楓しか知らない情報を吐いてきたよ。

 あまりの出来事に、ただ呆然とすることしか出来ず……

「ボクボク詐欺みたいだけど、ボクが楓だよ? ブツって何のことかよくわかんないけど、上から見下ろしたんなら、角度的にシャワーヘッドがそう見えただけなんじゃない?」

「シャワーヘッドそんなに活躍しねーよ!」

「活躍……?」

 以前何が起きたのか知らない楓は首を傾げているが……もしかすると、コイツが本当に普段俺が接している楓なのかもしれない。弟がマネージャーだとは俺以外身内でも知らないっていうし、そんな情報を漏らすかもしれない偽物という役者に教えるとは思えない。

 となったら今背後にいる人間は楓。男性でもなく、両性具有でもない……女性、だ。

「てかもしお前が本当に女性だというんなら、俺が全裸で正対した時普通ガン見しねえだろ! それに今お前自身も隠してないのはおかしいだろ!」

 シャワーヘッド説が濃厚になった今、ただ猛烈に声を荒げることしか出来ない。なんたって異性と強引に風呂に入ったって変態行為で終わったからな。もし楓が男湯に入っていたと思うと……ゾッとする。あの時楓が拒否反応をし、売店の人が忠告に来てくれて助かった。そこは運が良かったな。

「職業上そういった耐性も必要なんだよねー」

「アイドルという存在を汚すなよ! それも業界で一番売れてるお前がよ!」

 隣に入浴してきた、地球人のはずなのに恥じらいがない楓から逃げるように飛び上がって脱衣所に向かい、着替えてから待合室で待機することにした。

 普通こういうのって変態男子を嫌がって女子が取る行為の一つだと思うんだけどな。俺の日常はいつも常軌を逸してる。良い意味でも、悪い意味でも。


「……という事があった。よって今後地球にて非戦闘時での魔法使用を禁止する。体を洗いたけりゃ風呂に入れ。飲み水が欲しけりゃ蛇口捻るか買いに行け。金が尽きたら異世界に現実逃避だ」

 その日は帰宅した瞬間玄関でくたばったので、翌朝登校する前にルミーナとマリアに向けて忠告する。

 人工島には電気や水、ガス、宅配、ゴミ、住民、人や物の出入りを管理し、人工島専属の警察でもあり、建築物の設立・改修・解体も担っている人工島管理公社という会社がある。その会社があるお陰で売電できている訳だが、この会社が人工島全域に提供する水道水は、いくら飲んでも人体に害が及ばない。ミネラルウォーターと同等と品質基準なので、水道代が高くはあるが、安心して飲むことが出来る。

「眷属契約で色んな感情が伝わってきたわよ。面白かったわ」

「勝手に人で楽しむんじゃねえ」

 閉ざす必要も無いと思っていたので思考や感情が全てルミーナとマリアに漏れていたわけだが、まさかそれを聞いて楽しんでいたとはな。ならこれまでの経緯を説明する必要があったのか疑問になってくる。

「でもそうしたら萩耶が学校に行っている間ずっと暇になるわ」

「それなんだが、結乃に伝えておくから、≪レベレント≫で夕方いつも鍛錬している場所にでも行ってくれ」

 住民票が偽造できたらバイトにでも行かせることができるが、俺に偽造技術なんかないし、頻繁に外出して見つかるリスクとそれで得られる収入のコスパが悪い。現状隠れて運動家勉強でもするしかなく……

「さっき魔法禁止にしたくせにもう破るのね」

「ああ、そうだったな……」

 異世界人は地球の中でも特に対異世界人特区内――日本の場合、人工島――では生きづらい。魔法は感知されるし、動く障害物と出くわせばWアラームが鳴るのは時間の問題だ。だから異世界人のみでの外出は極力しないようにと言っている。となれば行く手段がないので、

「≪トラスネス≫も使えないなら、そうだな……とりあえず日本語の勉強でもしといてくれ」

 魔法使用を制限するにあたって、違う言語を話す同士、まずは相手が言いたいことが理解できないと何も始まらない。眷属契約を交わしているのでわかる事にはわかるが、地球人――例えば石塚や楓に対して話したり聞いたりができない。そうなるとまた話が厄介になるので、日本語関係の辞書があったか確認しようとするが、

「それなら終わってるわよ」

「え?」

 誇らしそうに胸を張るルミーナが変なことをほざくので、睨みをきかせてしまう。

「だってあの辞書全部日本語よ? 魔力が少ない地球で、異世界でも限りあるマリアが≪トラスネス≫を使って辞書読んでたら埒が明かないわ。私とマリア揃って当の昔に習得済みよ」

「確かに日本語表記だったな……でも、嘘だろ?」

 まさか日本語を習得済みとは思っていなかったんで、驚きすぎて一歩後退してしまう。「知らない言語ってそんなに早く覚えられるもんなのか?」

 英語を覚えた時もそうだが、習得スピードがありえん。それこそ魔法でドーピング習得してるだろ。

「萩耶が非効率的で記憶能力に乏しいだけよ。もうかなり前から地球では≪トラスネス≫なしで会話しているわ」

 暇で仕方がないからか、毒づくように言いやがったルミーナは、

「家事はマリアがやってくれるとして、私はすることがないのよ。魔法は殆ど知ってるし、室内でできる鍛錬って限りあるわ」

 俺の家が一軒家で、地下に巨大なスペースや広大な庭、別館でもあれば話は変わるが、現実は1DK私有地無し。ルミーナが言う通り、異世界人で行動が制限される上、地球について大体覚え、魔法の練習ができない日々は暇だ。

「だからってすることないしなぁ……」

 マリアは家事というやる事があり、暇がないので問題ないが、ルミーナの為の暇つぶし方法か。これまで考えもしなかったが、今後地球にも滞在する事になるので、そこについても考えておかないといけないな。

「暇なく暮らせる地ってもう異世界ぐらいしかないぞ?」

 色々考えた結果、ルミーナには現状暇を潰せることがない。ゲームなら潰せると思うが、そのゲームを買う金がねえしな。申し訳ないが、俺が金を稼いだり中退して状況が変わらない限り、地球での暇は永遠と続く。

「そんなこともないわよ」

 何か名案でもあるのか、しょうがなく学校に登校しようと玄関を開けかけた俺を引き留める。そして発した名案は――

「私も今日から学校に通うわ」

 ――とんでもない暇つぶし案だ。

「ルミーナお前、学校ってそんなすんなり通えるところじゃないって辞書で習わなかったか?」

 まさか辞書に『学校』が載っていなかったとは思えないし、それこそ退治入学時に貰う辞書も渡しているので、とぼけたことを提案しだしたルミーナに眉を顰める。

「習ったわ。確かに私は異世界人だから地球に戸籍が無いし、お金も無いし、入試を受けてないわ。でも校長先生が知り合いなんでしょ? 直談判の余地がありそうだわ」

 退治の校長は新谷(あらや)家の人間とは伝えていたが、それを利用するって事か。それも、俺の方が上の人間だから、話は絶対通じるだろうと踏んで。

「そこまでして学校に来たいか? あそこはつまらんぞ」

 お世辞じゃないが、ルミーナは美人の類に入る。楓がカワイイに分類されるとすれば、ルミーナは美しいで。となれば俺のように日々わけ分からん手紙ばかり寄せられ、人の目を気にして行動しないといけなくなり、学生生活を存分に謳歌できなくなる。それ以前にレベルが低い鍛錬に付き合う羽目にもなるし、人工島民に顔が割れて行動しづらくなる。何ならいつ役に立つかわからん座学もしこたまさせられる。実際に通っている身からすれば利点があるとは皆目思えん。学生ならではの恩恵が無かったら今すぐにでも中退してるな。

「暇じゃなければ何でもいいわ。暇ってどれだけ億劫か知ってるでしょ?」

「……なら……校長のとこに行ってみるかー」

 俺の日常は基本的に忙しい。それは知り合いが多いからとか、転移者が多いからとか関係なく、暇があれば際限なく鍛錬しているからだ。そうしないと、フレームアーマーに劣るから。それが制限されているルミーナの訴えはやけに効いたな。ルミーナを連れて学校に向かうことにするか。


 俺やルミーナの憶測だったが、本人の念話からも自分は家事で忙しいことが伝えられたので、ルミーナと二人で教員棟へ向かっている。

 今は登校時間だが、直後にある自主練時間に備えて場所取りを済ませた生徒があちらこちらで自主練を開始している中、悲しいことに美男美女ランキングなるものにランクインしている俺はただ歩いているだけでも周囲の視線が集まってくる。

 テニスコートから女子数名に声をかけられたので「よっ」と短く返してやっていると、

「実力差で上下関係でもあるの?」

「実力差でこうなるケースもあるが、地球だと基本的に美貌でこうなるんだ。ルミーナも時期にこうなっちまうぞ」

 開けてくれた道の真ん中を歩く俺は、溜息を吐きながら説明する。両サイドから主にキラキラした視線と殺気が感じるが、きらきらは女子、殺気は男子だとは言わなくてもいいだろう。相手がAランクだから逆らったところで返り討ちに遭うと自覚し、寸でのところで止まっているが、ルミーナが数日でこうなった場合、多分ランク未定の時期なので喧嘩に発展しそうだ。そんなことも考えていると、余計学校ってのが憂鬱な存在になるな。

「しゅうくんおはよー」

「お? よしPか」

 背後から小走りで駆け付けてきたのは誰が何と言おう、俺が悪ならこいつは善のイケメンだ。悲鳴が連なっていたので分かっちゃいたが、これだと余計ルミーナにも注目が浴びるので出来れば見て見ぬふりしてほしかった。まあ、ルミーナが居るから気になって来たんだろうが。

 〔コイツがあの辞書の製作主だ〕

 念話で軽く禎樹の説明を挟みつつ、

「あれ? 見ない子だね」

「ああ、コイツは俺の妹だ。附属中に居るから、不定期に来るインターンシップみたいな奴だ」

 通常会話の方はルミーナの説明をする。

 俺達は異世界と行き来する都合上、毎日は登校できない。となれば二週目にするのが無難だが、そうすると石塚には妹って言ったのに転校生だと辻褄が合わないし、勘が鋭ければ俺が二週目なんじゃないかと二次被害まで出かねん。ここでも二週目を隠した弊害が来るとは。なんで隠したんだよ。

 俺・高校一年生の妹、つまり中学三年以下が前提になるわけで……体格的に危ないラインだが、附属中在学生にするしかない。そうすれば附属中でよくある専門科目の体験授業で退治に来たという構図が実現でき、たまにしか顔を出さないことの裏付けにもなる。退治の生徒が附属中に用事があるとすれば、兄弟関連だけ。一人っ子の石塚には縁無しだ。

 不定期に退治に登校する理由として附属中在学生というのは咄嗟にしては名案だったな。我ながら頭の回転が良すぎたもんで、まだ校長と話をつけてないのに勝手にそう決めつけてしまった。同時に俺が登校すると必ず居る謎現象も起きるが、そんなの気にする人はいないだろうし、態々――本当は在籍していないが――附属中までルミーナに会いに行くような輩もいないだろう。

 異世界人を秘密裏に通学させるという要望の時点で我儘なのに、更に我儘条件を校長に言う事になってしまった中……俺と禎樹、そして見知らぬ美人が同時に登校しているので、耐えられなくなった男女が悲鳴上げたり失神したり逃走したりする今日も今日とて騒がしい通路を歩く。

「あれっ、教員棟はこっちでしょ?」

「いや、先にあれを処理してくる」

 この広大な敷地のどこに何があるか早くも把握しているらしいルミーナは右の方を指差すが、俺は真っ直ぐ突き進む。まずは……一般科目棟の下駄箱対応を済ませておかないと、時が経てば経つほど爆弾箱になるからな。

 下駄箱の周囲で人が待機していると、ラブレターの類禁止なのに出した可能性があるとして摘発されるので、下駄箱はその目的通り靴を履き替えて早々に離れる人しかいない中、俺と禎樹は自身の下駄箱を開けると……あったよ。今日もビックリ箱のように飛び出すぐらい。

 ルミーナが異彩な光景に呆然とする中、

「食いもん12、紙切れ27か……よく一晩でここまで溜めたもんだな」

「負けた。 9に20だよ。いつかは越えたいな」

「せいぜい頑張ってくれ」

 俺と禎樹は下駄箱の通常利用者に裏の姿を目撃されないように、たくさん届いて嬉しいような反応を見せる。ここで本性を露わにして破り捨ててやってもいいが、過去にそうして全員敵に回した人が居たと教員から聞いたことがあるので、流石にそれは好かれるより嫌なのでしないでいる。ていうか行き過ぎるところまで行くと、ギャップ萌えとかほざいて余計好感度上がりそうで怖い。

 人の通りが少なくなってきたら……

「「はぁ……」」

 こうして二人とも溜息が出る。

「何よコレ」

「あなたが好きだ―的なのを熱烈に綴ってんだよ」

 俺から一枚貰ったルミーナは中身を開いて読み……表情を相当引き攣らせる。そりゃー永遠と愛を綴っている紙切れを読んだらそんな顔になるわな。

「なりたくてなったわけじゃないイケメンって、どうやって過ごしてんだろうな?」

「わざと太ったり坊主にしたりしてるんじゃない?」

「それはそれで嫌だな……」

 最近は毎日教員棟に提出しているので、今回ばかりは減刑ということにしてやるか。俺達三人以外に誰もいない瞬間に全てゴミ箱にぶち込む。

「それじゃ俺は教員棟に妹の話してくる」

「うん。じゃまた後で」


 教員棟に行き、校長室に入った俺とルミーナは、校長――新谷家の人間に要望を伝えた。すると案外すんなり受け入れてくれた。しかも校長としての対応で。だから挙げられた問題点は附属中生徒なので、午前は基本的に来れないことと、将来の俺が学費を支払わないといけないことと、附属中の制服を着る必要がある事だった。俺は二週目だが二週目だと隠しているので、完全に午前を欠課することは出来ない。なのでちょくちょく朝から登校するが、昼休み中に迎えに行けば問題はない。校内は自分の目で判断できるようになれという戒めで動く障害物が配置されていないので、ルミーナが隠し通せばあんなにアイドルの姿と酷似している楓だって隠せているので隠せないはずはない。学費の面も何とかなるだろう。希望的観測だが、三年後にはきっと金を稼いでいるはずだ。

 となると唯一目下の問題となるのは制服の件だ。当然だが退治と附属中の制服デザインは異なっている。多少デザインが似通っていればリカバリーできたかもしれないが、一年は薄い青色っぽく、二年は薄い桃色っぽく、三年は薄い緑色っぽいセーラー服に、スカートはチェック柄だ。ならスカートだけ買えば退治は科によってセーラー服の色が違うのでどうにかなるかと思いそうだが、そうもいかない。全体が学年ごとの色っぽくなっており、セーラー服といえばセーラー服だが、セーラー服っぽくないデザインなんだ。これは俺の認識が可笑しい訳じゃない。ファッションに詳しくない大抵の男子がそう思うだろう。なので借りるのが一番だが……附属中に知り合いなんかいない。それに、女子の知り合いに附属中上りがいないし、いても中学の制服なんて残している人はいないだろうし、今のルミーナの体型に似合うサイズとか滅多にないだろう。となれば購入しないといけない訳で……

 退治及び附属中、付属小の制服は、それなりの防刃性、防火性、防水性など、ただの制服と違って機能面に長けているので、一般的な制服の五倍は値が付く。制服だけじゃなくて学費も高いので、意外と金持ちじゃないと通えない学校ではあるが、就職して稼いだ金から返済する……確か奨学金とかいう制度があるので、俺を含む大体の生徒がそうしているとか。大抵対異世界人関連の企業はいつ死んでも可笑しくない状況で活動し続けるし、国民の命を守っているので、高収入は当たり前だからな。つまり良い所に就職する将来に賭けるような感じだ。

 悲しいことにもう少しすれば進級の時期なので、三年生になる頃は生活が変化している可能性があるので保留としても、附属中一年の冬制服と、附属中二年の夏制服・冬制服の購入が必須となる。退治、つまり高校と違って中学は専門科目授業がなく、夏服冬服サイクルが必須なので、例えインターン生と言えどそれは守らないと怪しまれる。

 制服も将来払う形で受け取ろうとしたが、今日から着るってなると自分の金で買わないことには手に入らないらしい。つまりこれから附属中の制服を計三着買わないといけない。一般的なセーラー服は大体二万円ぐらいらしいので、概算すると約三十万円の出費。勿論十万円すら持っていないので校長のお財布から金を借りることになった。校長が新谷家の人間じゃなかったら借りれてないし、十万円とか友達から借りようと思えない額なので詰むところだった。

 どうせ後数回しか着る機会がないと思う附属中一年の冬制服を買わないといけないのには心が痛むが、ルミーナを暇にさせたままなのはいけない。予備は買わずに一着だけを購入しに行くことになった。だがルミーナは異世界人なので無暗に路頭を歩けない。その為俺がついて行く必要があるが、午前の授業があるので同行できない。となれば今日は買いに行けない……と思ったが、なんと校長がルミーナと店に行ってくれるそうだ。校長が新谷家の人間で本当に良かった。

 校長の裏の顔は新谷家の人間なので安心できるし、表の顔も退治の校長先生なので悪い事をされないと判明しているからか、ルミーナはすんなり校長の後を追って行ったので……俺は午前の授業を消化しに行き、今は昼休みの真っ最中だ。

「そうそう、俺昨日運良かったんだぜ? なんたって通りかかった自転車に乗ってるJKのスカートが風で捲れて思いっきしパンツ見えたからな! アイツバカだよな! もっと丁寧に座れよ! 恥じらっても自業自得だヴァアーカッ!」

 魔法陣が現れないか窓の外を眺めていたら、愼平がガハガハ笑いながら本人的には自慢話をしてきた。微塵も興味無いし聞き流されてる相手に話して楽しいか? 力み過ぎて何か汚いの飛んでたぞ今。

 そんな愼平は幸運が訪れたので今は不幸が訪れているのか……ガラスの破片を受け止める為でもあるが、まとめられていて意味をなしていないカーテンが風に吹かれて頭上を煩わしく掠めている。

「うげっ」

 愼平をガン無視で外を眺めていると、無駄になげえ通路の奥の方からこっちに向ってくる人の姿を目撃して変な声が漏れる。

「どうしたんだ? 魔法陣でも見えたのか?」

「魔法陣より最悪だ。アイツだよ、アイツ」

 二百メートルは先にいる人物を指差して嫌そうな表情になるが、愼平は目が悪いのか誰か分かっていない模様。身を乗り出し過ぎて落ちそうだ。

「なにもねえところで転ぶ奴はアイツ以外いねえだろ」

「ああ、石塚か」

 大体百メートルぐらいになってようやく人が特定できた愼平は溜息を吐く。

「俺だったらもう来ねえけどな」

 愼平は先生に聞かれたらしばかれそうな発言をかましているが、俺からすれば最悪だ。まだ昼休みになったばっかりで、楓はお仕事で休みなので、俺と愼平に買い出し&奢りじゃんけんで負けた禎樹がパンを買いに行ったばっかりだ。つまりまだ殆どの生徒が一般科目棟内にいる状態だ。それと何が関係あるかというと……始めてくるインターン生は今後お世話になることを伝えに、大体の生徒がまだ教室内に留まっている昼休み突入直後に挨拶回りをする文化があるんだ。ということはもう直この教室にも今日からインターン生となるルミーナ、いるならその他も一緒に挨拶をしにやってくる。既に制服を購入し終えた気配を察知しており、今は三階の二年の教室を回っている気配を察知している。今日は石塚がいなかったので挨拶回り時に面倒事に発展せず無難に終わると思ってたが……まさかこのタイミングで登校してくるとはな。後もう少し惰眠を貪れよ。

 他に今日同時に始めるインターン生がいれば附属中にも通学しないと怪しまれるんじゃないか、などと思っていると、あっという間に石塚は教室についており……

 ルミーナが前の扉を開き、石塚が後ろの扉を開いたタイミングはほぼ同時だった。

「失礼します」

「ふぎゃーっ、遅刻したよぉ~っ」

 クラス全員と友達になったとかほざいてたくせに、わけ分からん発言をかます石塚には誰も目をくれず、クラス全員の視線は前の扉から入っていたインターン生に向けられていた。

「ふぇ……っ?」

 補習を受けたくないからか、教室に入るなり数歩で崩れ落ち、涙目の石塚は静まり返った教室に違和感を覚えて周囲を見渡しているが……

「この度国立対異世界人人材育成高校附属中学校からインターン生としてお世話になります、新谷瑠実と申します。主に迎撃科の体験授業を受けますので、迎撃科の方はご指導のほどよろしくお願いします」

 教卓付近まで歩み寄ったインターン生・ルミーナの挨拶は、石塚のことなんかそっちのけで始まる。それはインターン生がルミーナだからじゃない。インターン生がどんな人でも、まだほかにも回らないといけないので、教室内の過半数が耳を向けていればさっさと挨拶を済ませるからだ。だが、一応インターン生の挨拶は聞くように言われているので、飯を食べている人はその手を止め、パンを持って歩いている人などは立ち止まり、俺や愼平などの立ち話勢はその場で視線をインターン生に向けている。

 懸念していたことにはならなかったらしく、ビシッと附属中一年の冬制服をキメたルミーナは深く一礼する。

「おい、今新谷って言わなかったか?」

「俺の妹だからな」

 禎樹の質問に回答した俺の声はさほど大きくなかったはずだが、インターン生が俺の妹と判明した途端教室内がざわつき始める。隠す気なかったとはいえ、地獄耳にもほどがあんだろ。

「お前妹居たのか⁉ 早く言えよ! くっそ美人じゃねーか!」

「別に言う必要ねえだろ」

「あるわ! 親友のよしみで揉ませてもらえるかもしれねえだろォ⁉」

「お前の脳みそホント腐ってんな」

 禎樹が変態発言をかましてくれるお陰で俺の元に質問が飛んでこない。そこはありがたいのだが、実は妹でもないし異世界人のルミーナに気軽に触れさせてやる権限は俺にないし、そうする素振りがあれば寧ろ阻止する。それは気持ち悪いから止めろという意味でもあるが、最も異世界人だとバレたくないからな。

「瑠実ちゃん転校したんだ!」

 さっきまで補習になる悲しみで凹んでたくせにもう立ち直ったらしい石塚は、瞬時にルミーナの近くへ駆け寄って話しかけている。

「学校でのお兄ちゃんどう思う? 私以外にもいろんな人に好かれているんだよ?」

 やけに自分は貴方の兄の彼女です、みたいなアピールをする石塚がウザかったからか、

「お兄ちゃんは勉強が苦手ですけど、イケメンで運動ができます。対異世界人関係には打ってつけです。なのでたくさん女子が寄ってたかっちゃいます。どうか私にだけ視線を向けてもらえるようにしてもらう為に、他の皆さんには縁を切っていただきたいです」

 石塚以外にも全女子を敵に回すような、面倒くさい発言をしやがった。お陰様でルミーナに向けられる視線の一部が鋭くなったぞ。何してんの。

「お前は俺の彼女か」

 このまま放置する訳にもいかないんで、それとなく場を和ませるような発言をかますが……なんか嫌な予感がしてきたな。お願いだから俺が知らない所で勝手に俺を賭けて争わないでほしい。


 嫌な予感は早速的中したようで……

「あ、あのぉー……瑠実さん、座席の用意が間に合いませんでしたので、構いませんので机にでも座っていただけると……」

「お兄ちゃんの膝の上に座るので大丈夫です」

 午後の授業一時間目――迎撃科合同で座学――では、ルミーナの分の席が無いってんで、俺の膝の上に座るという惨状になってしまった。これは兄妹だから黙認されているんだろうが、知らん人だったら相当視線を感じることになっただろうな。既に結構感じているが。

「何故膝の上に座った」

「ほら、今朝下駄箱によくわからない手紙の悪戯されてたでしょ?」

「よくわからんっつーか、ラブレターっつーか」

 そういえば禎樹と一緒に廃棄処分している時、ルミーナは見ていたな。

「今後されないように、私が居る事をアピールしてあげるのよ」

「兄妹がいる事をアピールしたってああいう手紙には効果がねえよ。カップルとは別もんだ」

 禎樹作の辞書には、こういった深い関係を持たないと出くわさないであろう事は端折られている。当然ラブレターという文化については未記載だったんだろう。俺の膝の上にルミーナが座ることで抑制効果あるなら永遠としてやるが、石塚に兄妹設定を言った時点からそうなる未来は無い訳だ。そもそもその時に今後ルミーナが学校に通うとは思ってもいなかったので、時間が巻き戻った所で設定変更の余地は無さそうだが。

「私が下の方がいい? そうした方が背中が気持ちいいと思うわよ。ついでに悪者感も出ていいと思うんだけど」

「今俺が求めてんのはそう言う事じゃなくてだなっ」

 しまいにはよくわからん申し出までしてきたので、痺れを切らして自らが立って授業を受ける事で、兄弟でイチャつくという俺とルミーナへ向けられる痛い視線対策をした。最後列に行けば立っていても後ろの人の邪魔にならないだろうし、どっちにしろ話は聞き流す予定なので、立っていようが座っていようがどうでもいい。


 座っている時、髪を耳にかき上げながら首を少し傾けたり、両手をふくらはぎの間について胸がぎゅーって肥大化して見えたり妖艶な事するもんで、その仕草が気になった周りの男子たちは目がハートになり、女子たちはイライラしている様子。兄妹だから意味がないって言ったのにそうしているってことは、俺に好まれるにはお前らの様な容姿では到底無理だってことでも思い知らせようとでもしているのだろうか。とにかく思考を読むことを封じられている以上、何を考えているのかは理解できない。分かることは、ルミーナも授業が退屈だから遊んでんだろう。

 そんなルミーナとは座学の後にBランクの授業を受けるという事なので別れ、掃除含む自主練は対象外なので、先に校長同行の元帰宅したようだ。俺も遅れて帰宅すると、

「学校の萩耶を見て思ったわ。萩耶のお友達って変な趣味と変な個性の人が多いわね」

 学校についての感想を述べるかと思ったら、俺の友達についての感想を述べだした。

「類は友を呼ぶってことね」

「おいちょっと待て。どういうことだ。俺はあの中でも唯一正常だろ?」

 ルミーナが今日新たに目撃した俺の友達ってのは愼平と禎樹だろう。愼平はド変態で、禎樹は二次元オタク。あんな奴らと同類な訳がない。

「なんでよ。異世界人と交流が出来て、フレームアーマーに生身で対抗できて、拳銃や剣を常に携帯している人のどこが正常なのよ」

「っ」

 痛いとこを……突かれたな。あいつらにはその事を言っていないが、よくよく考えれば同じく異常なところがあった。

「てか類は友を呼ぶんなら、ルミーナも異常な奴判定になるぞ」

「無限に魔法が使える所のどこが変じゃないの?」

「そういや……そうだな……」

 これまた盲点だった。最近本性を現せていないので感覚が薄れていたが、元はと言えばルミーナは魔力が尽きない魔法使いなんだ。

「最近平和ボケしてんのかな……」

 もう地球に来てから何日も経過したが、未だに異世界人が一人も転移してきていない。鍛錬は続行しているが、フレームアーマーと対峙することがなければ見ることもない。これは一般的には平穏な日々が戻りつつあると捉えられるが、対異世界人関係者からすれば今後莫大な量の転移者が訪れるんじゃないかって怯えてくる。だが、過去一といっても過言じゃないぐらい平和な時期が続くもんで、対異世界人関係者も怯えるのではなく、平穏な日々が戻りつつあると楽観視してきている。どうやら俺もそれに含まれていたのかもしれない。

「思うんだけど、転移現象って私達の転移で何か影響起きてたりしないの? 私達が行き来し始めてから急激に減った気がするんだけど」

「どうなんだろうな……前例や≪エル・ダブル・ユニバース≫の詳細を全然教えてもらってないから全く分からん」

 そう言われてみれば確かに俺たちが転移をし始めてから転移者の数が急激に減った気がする。でも昔はクールタイムが終わればまた直ぐ≪エル・ダブル・ユニバース≫を使っていたので、転移現象の回数に上限があるとは思えない。なら転移する人数に上限でもあるんじゃないかと思うが、それなら送る一方だったが、まだ頻繁に使っていた過去の方が今より転移する人数が多い。何れも最近転移現象が少ない理由の説明にはなり得ない。

「なら地球に潜伏する異世界人の多さが関係しているんじゃない?」

「地球には異世界人が一定数しか居られないってことか?」

「そういうこと」

「でもなー……」

 現状からすればそうも考えられるが、転移者はWB社に抹殺されたり、俺に元居た世界に戻してもらったりする他に、拉致して悪用する組織だってある。地球に潜伏している異世界人の人数なんか誰も把握しきれないので、一概にそうとは言えない。

「ダメだ、考えても無駄だ。今は来るべき対異世界人関連の戦闘に備えて鍛錬を積むのみだな」

「WB社って最後の転移現象から三年間音沙汰がなくなるまではあり続けるって書いていたし、どうせ異世界では戦闘が日常茶飯事だし、それが一番ね」

 考えても答えが見つからないのに考え続ける程バカじゃないので、最近の転移状況についての思考は止めにして、マリアが作ってくれた夕飯を食すことにした。

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