16 略奪作戦
数日後、ミミアント商会に訪問したところ、まだ転居の準備が済んでいないとのことだった。というか、手続きが滞ってしまったようだ。理由は……俺達のせい。
デリザリン王国王族ことメアリは、首都・デリザリン内で俺とルミーナとマリアを指名手配とし、捜索に明け暮れたそうだが、当然パブルスにいる俺たちは見つからない。なのでデリザリン以外、それも国内全域にわたって俺たちを指名手配とし、全国民に捜査協力を呼び掛けたらしい。だが数日たっても見つからない為、当面の間出国禁止とまでしているという。余程本性を露わにした姿を口止めできなかったことを憎んでいるんだろう。安心してくれ、言いふらす気なんかねえから。
丁度タイミングが被ってしまったミミアント商会は目を付けられて当分動けなくなったそうで、今は待機することしかできないそうだ。俺達は下げた頭が上がらないが、ミミアント商会内にも貼られていた指名手配書を見たところ、俺たちのイラストは無い。名前や容姿だけが文章で書かれている。それだと似たような人は沢山居そうだし、直接行きづらい犬猿の仲のパブルス帝国の、民度の高いパブルスの城寄りに住む俺たちを見つける事は、報酬がアルマを嬲る権利プラス白金貨三枚でも一生できないだろう。
ミミアント商会一行が俺たちを王族に差し出す気はないらしいが、現状ミミアント商会も安全地帯とは言えないので、事態が収拾するまで暫しのお別れとなり……俺たちはあくまで憶測だが、今度一斉転移してきそうな惨状に備えて、自宅で鍛錬の日々を送ることとなった。
「やっぱり異世界は良いな。金は十分にあるし、広大な土地を守ったり直したりすることが可能な魔法が存在するから、思う存分鍛錬ができる」
地球での滞在期間で初歩的なアサルトライフルの知識を覚えたマリアは、自宅の敷地内でルミーナが魔法でランダムに出現させている水の塊に向って的確に、かつ迅速に発砲している。流石はどんな武器でもすぐに使えるようになるとあって、初見の銃も数日で物にしている。
「パブルス帝国に捜索の手が伸びないだけで、犬猿の仲じゃなかったら今頃どうなってたか知らないけどね」
「忘れようと努力してんのに、思い出させるようなこと言うなよ……」
現実から目をそらさせないマリアはクスクス笑い、
「最近やっと解読できた大技があるんだけど、一回だけ使ってみてもいい?」
最近の鍛錬は実戦練習の他に、三人がお互い干渉なく共闘できるように自身の得意とする攻撃方法を伸ばしたり、魔法以外どれも皆より劣っているルミーナは、俺には徒手で、マリアには剣で少しでも傷つけることがノルマになっている。そんな中、今日はまだ一つも与えられず、もう疲れ果てて魔法を使う事しかできないルミーナは、マリアの鍛錬に付き合いながらにやりと口角を上げた。
「何で聞いた?」
「もし当たったら……萩耶でも死ぬから?」
いつもなら勝手に使って試しているのに、今回のは強力な魔法のようで、舐められたことを言われたもんだが……
「好きにしろ」
魔法は計り知れない。殺意がなければ、無詠唱だと予備動作も気配もない。そんな危険極まりなく、未知の技術は……どういったものか、知っておきたい。見せてくれる相手がいるなら、使える魔法全て見させていただきたいぐらいだ。
快く受け入れてくれた俺に感謝することもなく、宣言したからには声に出して詠唱しようと思ったのか、真剣の眼差しのルミーナは、
「世界を終焉に誘う破壊の神よ。汝の戦力を以て彼の地に恒久の喪失を導きたまえ! ――≪ワールドエンド≫!」
魔法には時たま地球でいう英語のような名称もあり、その類であったこの魔法は……詠唱を聞く限り、周辺を消し去る大技のようだ。
すると禍々しい魔法陣から小さな雫みたいな、触れることのできない白い塊が出現し、自由落下より遅く地面に落下していく。
「あれが大技なのか? そうとは思えんが……」
強い技はそれなりに巨大なものになると勝手に思ってたんで、マリアと遠くからそれを見守っているが……流石に離れすぎか?
すると、その白い塊が地面と接触した。瞬間――!
カッ――! と俺やマリアでも目を瞑る程激しく発光し――ドゥゴォォオン! 何も見えないまま、激しい爆発音が響き渡った。
「……ッ!」
発光は俺たちの視界を失わせるためのものじゃなかったらしく、直ぐに視界が良好になり……数瞬ぶりに見た俺たちの家の敷地は――白い塊の着地点を中心に、円形に半径500メートルぐらいの範囲がごっそりなくなっていた。
「消滅⁉」
音的には大爆発だったが、視界的には消滅と表現するのが正しい。そのぐらい土煙が無ければ周辺に何も影響を齎さず、その部分だけがぱっと消えている。
外見からは予想できなかった絶大過ぎる威力に、ルミーナが忠告した通りだと思わなかった俺とマリアは少し反応が遅れ、まだ殺傷圏内に居たままで……それでも咄嗟の判断で家を囲うように張られた結界外に出て、致命傷は被わなかったものの……
「畜生……油断してたぜ……」
流石に遅れて半径500mにも及ぶ広範囲魔法攻撃を完全に避けることはできないもんで、左腕に手のひらサイズの傷を被ってしまった。消滅させる魔法なのでその部分が消えたのかと思ったが、見ると消えてなく、痛み的には擦り傷と打撲だ。
マリアも足をやられたらしく、俺と自身に回復魔法をかける中、結界内に更に自身にバリアらしき障壁を張っていたルミーナはそれを解除し、断崖絶壁に建つ家になってしまった我が家の敷地を魔法で復元している。
「あれは光属性の古代魔法です。莫大な魔力を必要とするので、使用できる魔法使いは存在しないといわれていましたが……」
「破壊の神とかなんとか言ってたくせに、光なのか」
表情が解説を求めているようだったのか、マリアは解説してくれるが……起きた惨状的に、これは闇とか土とかそんなところだろうと思っていた。
「初めて魔力が減った感覚がしたわ。でも、もうしないけど」
無限と自負していた魔力容量が有限らしき変化を垣間見て、それが瞬時に補充されたとも魔法使いが聞いたら恨みたくなるようなことを呟くルミーナに、
「これを連発できるんだろ? いつも本気じゃないだろ」
普段の鍛錬が、手抜きじゃないか指摘する。だってこんな攻撃ができるなら、俺やマリアに劣る訳がないからな。
「本気出したら呪って終わりじゃない。そんなのアンタもつまんないでしょ?」
「まあそうだが……」
適性属性に含まれていて、知っている魔法だからって、相手が即死するような魔法を連発されちゃあこっちも実戦練習する気が起きない。それに、実戦で苦戦している自分がバカらしくなってくる。そこを考慮して手加減してくれているのかもしれないが……そう言われると、イラっと来るもんがあるな。≪エル・アテシレンド≫の出力を100まで追加して、威力と耐性補正も付けてくれないか? 新谷家の運命を変えた神様よ。
「魔王に苦戦してたのがバカバカしいな」
結局はこんな魔法を連発できるわけで、瞬殺できていた事実を目の当たりにして溜息が出るが……
「それは無理よ。通用する相手じゃないし、通用したらしたでカエラも死んでいたかもしれないわ」
それなりの理由が説明されて、納得せざるを得ない。
「それに、こういった魔法にも対処できる魔法があるから、無暗に連発できないの。最も使用しない理由は、地球では使用する為に必要な魔力が全然足りないから慣れておく為だけど」
魔法が大の得意で、他はそこそこなルミーナもルミーナなりに本番――対異世界人関連の騒動で実力を発揮できるよう、Wアラームが鳴らない程度の魔法使用に自粛して、日々の鍛錬を積んでいたようだ。それを今回解放して使ってみただけで……契約の恩恵で相手の思考が読めるといえど、ちょっと知ってなさすぎたのかもしれない。
急に怖くも見えてきた滞空するルミーナを見上げる俺とマリアを見て、
「このぐらいの威力でも結界は壊れないわ。それの検証でもあったの」
仲間内で危険視されたくないのか、必死にこの魔法を発動する気になった理由を語っている。
「受けたダメージを障壁の耐久値に回すようなドレインサイクルの障壁でもあるから、それの強化もできたわね。今後もこうして定期的に広範囲の魔法を使うわ。驚かせて申し訳ないわね」
「お、おう、くれぐれも自滅しないようにな」
鍛錬以外で久しぶりに必死なルミーナを見て鼻で笑ってしまう。
実は白い塊が落下し始めてから着地し、爆発というか消滅が俺とマリアのところに迫り来るまでのコンマ以下の世界で、俺は逃げる判断からそれを行動に起こすまでの行為と並行して、この魔法の威力を計る為に.45ACP弾を誰もいない所に向けて発砲していた。だがその弾丸は爆発に巻き込まれたのか消滅の対象になったらしく、走り去る途中、既に俺の目には捉えられなくなっていた。つまりルミーナが発動した瞬間の視界内や意識した対象以外にも攻撃対象になるらしい。
≪ワールドエンド≫といった魔法があまりにも壮絶すぎて、異世界ではそういった攻撃を受ける可能性もあるんだなと改めて魔法に関して考えらされることになった俺がぼーっとしていると……
「大変なのじゃ大変なのじゃ!」
城の方から疾走する一人と、後を追う三人の気配がしてきて……どうやら俺達に用があったらしく、急カーブして門に着いたカエラが敷地内に突撃してきた。
「どうしたどうした」
城の方から叫びながら俺たちの家に向って走って来れば、当然気付くわけで、三人揃ってカエラ一行に正対する。
「はあ……はあ……あのな……あれじゃ、あれ……はぁ……」
「魔法使いが全力疾走すんなよ。少し休め」
「休んでる暇はないのじゃ!」
「お、おう」
息一つ上がっていない薔薇の三銃士がノンアルコールに近い酒を渡し、一口飲むカエラだが……見た目子供のカエラがラッパ飲みしてる光景はえげつないほど異彩だな。日本だとこんなに小さい大人は早々いないし、二十歳まで飲めないしな。
息を正すよりも重要事項らしく、スーハースーハー呼吸しながら一枚の手紙を取り出してきた。
「ほれ、これを読むのじゃ」
疲れていてブラさずに持てていない手紙を受け取り、俺たち三人は手紙に目を通す。
デリザリン王国もそうだったが、手紙に書かれている文字はパブルス帝国でよく見る字体と異なっているが、今の俺はルミーナに常時≪トラスネス≫を発動してもらっているので、どんな言語でもどんな書体でも理解できる。
「この度は新帝王……」
「問題はもっと下じゃ」
日本みたいに四季がなく、特に前置きで肌寒いとか徐々に暑くとか語る文化がないのか、いきなり本題に入っているとはいえ、手紙の最初の方を見てほしいんじゃなかったらしい。
「イカロスの身から解放され、自由となった有名な戦闘メイドのクァイエ家とお見合いしたいって事よ」
いつの間にか全文読んでいたルミーナが要約してくれる。
「お見合い?」
日常会話では出ない単語だし、そういう文化に疎い異世界人が聞き返すと、
「貴族間だとよくある話とお聞きします」
普段は一切話さないくせに、今回は何故かエイラが貴族あるあるを教えてくれる。
「ていうか何で俺らの元じゃなくてカエラの元に届いてきてるんだ?」
別にカエラに対する嫌みじゃないが、この手紙を王族に届けた意図が分からない。まさか王族の命令に貴族は逆らえないからという策略がこの時点で始まっているとでもいうのだろうか。でもそれなら失策だったな。
「しゅーやとルミーナに仕えたとは公にしてないからの、そのまま娘の我に仕えたと勘違いされておると思うのじゃ」
「そういうことか」
確かに次期帝王選挙に関する騒動は、言わば親子喧嘩。負けた方の所有物が全て勝った方に移るので、イカロスの奴隷であったマリアがカエラの奴隷かメイドになっていると思われてもおかしくない。
「オーマス・ルーカスというこの手紙の筆者は、オルレラン公国で有名な貴族らしいのじゃが、問題はオルレラン公国がある場所じゃ」
カエラ的にはオーマスっていう人とマリアのお見合いよりも重要なことがあるらしく、マリウォントが持ってきた――世界地図かは分からないが――パブルス帝国以外にも表記された地図に目を落とす。
「オルレラン公国はデリザリン王国の先にある国じゃから、接点が皆無なのじゃ。そのせいで余計裏がありそうじゃな……」
そもそも俺たちがマリアに関与しているとは知られていないので、デリザリン王国で指名手配されていることは偶然だろうが……パブルス帝国の内情をどう仕入れたのかは知らないが、マリアを迎えに来たら当然デリザリン王国を通過するだろうし、直接関係しないマリア以外の人は、相手からすれば奴隷の身を庇うという意味不明な行為を起こしていることになる上、場所の都合上大きく出れない――つまり、大した理由がないので同行できないのを良い事に、バカな俺が考えてもよからぬことを企んでいると察しが付く。
「陸と海の交通手段が無いんだろ? なら空か?」
デリザリン王国視点で見ると、左にオルレラン公国があり、右にパブルス帝国がある。左下にちょっとした国があるが、他は全て海に面している。つまりパブルス帝国からオルレラン公国に行く為には、どうしてもデリザリン王国を通過しないといけない。だが今俺たちは指名手配中なので、その地を通過する陸路は使えない。それに、カエラの言い草的にこの世界には航路という手段は無い可能性が高い。あったら多少の交易はしているだろうしな。
当然乗り込まないという選択肢は無いとこの場に居る全員が理解しているので、行く前提の発言には誰も驚かず、
「魔法で飛んでいくのかの? いくら魔力が無限でも無謀じゃ」
航路もそうだろうが、魔法があるからか、あまり発展していないんだろう、飛行機やヘリコプターなどといった乗り物の名前が出てこなかった。
きっと空は対空されるからで、海上・海中移動も漁船などに見つかる可能性がある。となれば残すは一つしかないが……
「しかも誰も行ったことがない土地だから、転移できないわね」
接点がない時点でお察しだが、≪レベレント≫の発動条件の一つ・一度見た場所が満たさない。視界内で転移し続けてもいいが、それだと陸路と変わらない。
となると……厄介だな。カエラはパブルス帝国の帝王なので、当然デリザリン王国を経由する都合上行けない。しかも俺たちは今デリザリン王国で指名手配中と来た。シークなんかでのんびり移動していられない。このままだと、ただマリアだけが連れ去られておしまいとなる。
「数日後にオルレラン公国からマリアを迎えに来るそうじゃ。我が男性じゃったら話が変わったと思うが、生憎女性での、そのまま連れていかれて二人が結ばれることになるぞ」
「いやいやちょっと待て。なんでそんなとんとん拍子なんだよ。結婚って双方の同意の元行われるはずだ。マリアにその意思がなければ不成立だろ? お見合いは良いとしても、まだ了承してないはずだぞ」
今思えばこの手紙は意味が分からん。マリアに参加するか否かを聞きもせず強制参加させているし、数日後に迎えに行くとかもう勝手に話も進めていやがる。しかも出会って一日足らずで結婚するとか話が跳躍しすぎだ。
「言っとくけどここは萩耶の常識が通用しないわよ。それも、貴族間となるともっとよ」
「クァイエ家最後の一人じゃし、我の奴隷になったと公言しておらんし、元奴隷じゃから平民同等以下に見られておるし……マリアに判断の余地も与えないはずじゃ」
「そんなヤバいのか……」
地球での上流階級もこういうのがあるのかは知らないが、お見合いというか強制的に結婚するようなことがあるんだな。どれだけ自分の家の血を残したいんだよ……まあ、転移者騒動が始まるまでは衰退の一途を辿っていたもんで、先代の新谷は合法的に近親相姦を行った都合上、最近の新谷家ははとことかいとことか近い存在がかなり多く、人のことバカにできんが。しかし異世界を代表してルミーナが、地球を代表して俺が体現しているが、強い部類の人間でも夫婦になって子孫残そうって思考に至ったことがない。異世界・異種族同士とはいっても、恩恵目的の契約を考慮しなければただのチームメンバーだ。
(――いや、待てよ?)
異世界人の常識が通用しないというなら、政略結婚って奴もあり得るかもしれないってことか。
「マリアには申し訳ないが、数日間恋人としてオーマスを相手してやってほしいのじゃ。何とかして我らが取り戻しに行くからの」
「もう差し出す前提なんだな」
「また市民に厄介事を見せつけたくないのじゃ」
「王族が他国の貴族に手出すと問題になりそうだししょうがないわね。良い例がいたし」
現状そうするしか手段がないからとは言うが、マリアがまた訳も分からん糞野郎の思うがままに扱われる日常に少しでも戻ることになるので、その身を解放してあげた質としては複雑な心境になるな。念話で伝わってくるルミーナも、口には出さないがマリアも心なしか、悲しんでいるようにも思える。
「数日後から迎えに来るようじゃから、後20日は猶予がありそうじゃが、早く来られたり、行動がぎこちなくて怪しまれても困るからの、とりあえず今晩から城で仕え初めておいてほしいのじゃ。我は見られていない内は何も命令しないから、安心してよいぞ」
カエラもマリアの過去を知っているのであまり気が進まないようだが、そうするしかないと腹を括っているようだ。帝王をやっているだけあって割り切りが清々しいな。
「喜ばしくないと思われないように、おめかししておいてほしいのじゃ」
「ああ、わかった」
カエラたちは一旦城に戻り、俺たちだけで別れの前に過ごす時間を設けてくれるようなので、城に戻るカエラ一行を見送ってから、重い足取りで自宅に入った。
最後にはさせないが、暫しの別れとなるからか、マリアは精一杯家事を済ませ……マリアは魔法使いである都合上、胸元や片足を肋骨辺りから全て露出して全力で貴族らしく、一応買っておいたが一度も着なかった魔法使い向けドレスを着て身だしなみを整えた後、三人でパブルス城に向った。
マリアは部屋を一室貸してもらったが、一応奴隷ということなので今来られても大丈夫なように命令があるまで城内に引きこもることになってしまい……
カエラと合流して、今後の作戦を練る。
「一般的に考えると、オルレラン公国とパブルス帝国にしてみれば、どちらにも有益な良い話じゃ」
オルレラン公国にしてみれば、有名な戦闘メイドのクァイエ家を招き入れることができる。パブルス帝国にしてみれば、奴隷を使って今まで関係性が全くなかった国と繫がりを持てる。俺なりの一般論はこうなったが、カエラが言いたいこととあながち間違っていないだろう。
だが、実際マリアは奴隷じゃない。もうパブルス帝国にそんな制度は無いし、今は俺とルミーナと行動を共にしている。治外法権の概念がないが、このお見合いは……無かったことにできるはずだ。
「行き方は後で考えるとして、相手方に何を主張するんだ? 奴隷制度は撤廃したって言っても、オルレラン公国に奴隷制度があったら意味ないし、マリアと俺は結婚しているって言っても、例えば王族が直々にそうだと弁護しないと確固たる証拠がない」
素の頭は誰よりも悪い自信がある。戦闘以外何の案も浮かばないので、本当なら何も口を出さない方が良いんだろうが、声に出して説明することによって思いつくことや、バカなりに妙案が思いつく可能性が無いとは言えない。疑問に思った事を率直に問う。
「我が紙に文章と共に著名すればダメかの?」
「複製だと思われるかもしれないわ」
「より上の立場が関われないし、マリアは元奴隷だから下に見られているのが辛いな……」
地球とは違って魔法で完璧にコピーすることが出来るこの世界では文書は証拠になり得ないらしい。ならカエラの指紋や血でも添付すればと思ったが、それがカエラの奴だと判別する方法がないよな。この世界にDNA検査キットとかねえし。
ルミーナから念話で考えられる証明方法は、カエラと直接会って魔法で比較して一致するか確かめるか、ルアのような特殊能力者に頼るしかないと伝えられたが、即日結婚しようとしている奴らがそんな面倒な事を一々してまで確認してくれるとは思えんな。
「でももし何らかの形・手段でカエラが関われていても、奴隷を庇う王族はおかしいわよ」
「奴隷制度撤廃したんだからいいだろ」
「他国の制度なんか自分に直接関係がないから興味ないでしょ? だから撤廃したなんて知らないだろうし、マリアはまだ奴隷だと思っているはずよ。残念なことにマリアは奴隷っぽい行動をまだ続けてるし、そう言ったところで嘘だと思われるわ」
言われてみれば日本の制度は大まかに把握していても、アメリカの制度は知らない。この世界には地方新聞・情報誌的な物はあるっぽいが、SNSなんか無く、パブルス帝国の帝王が変わったと隣国であり犬猿の仲であるデリザリン王国には伝わったとしても、その奥にあるオルレラン公国にまで伝わったとは思えない。
せめてマリアがもっと正常なメイドっぽく成り変わっていればよかったが……
「ならもう正攻法はないな」
そもそもこの場合の正攻法ってやらも危うい所だが、もう手詰まりだ。だがマリアを受け渡すわけには行かない。もう穏便に事を済ます方法は止め……武力の行使が確定したに等しい。
「こうなったら……略奪婚するしかないの」
カエラはこの強制的な結婚話を台無しにすることができる妙案を思い付いたらしく、閃きの相槌と共に手段を宣言してきた。
「このお見合いにパブルス帝国は手が出せん。じゃが、しゅーやとルミーナは無名の冒険者でパブルス帝国が絡んでいると思われないはずじゃ。それを上手く活用すべきじゃな」
内情を知らない人たちにとって、オルレラン公国にとってもパブルス帝国にとってもいい話なので、ここでパブルス帝国の王族が手を出すわけには行かない。もし手を出すと、デリザリン王国との関係性とまでは行かないだろうが、オルレラン公国と友好的な関係には成れないだろう。なので勝手な行動を起こしてもパブルス帝国が汚されず、市民の暴走と片付けられる一冒険者こと俺とルミーナが略奪しにいくのはわかったが、
「寧ろ無名の冒険者なら相手してくれないんじゃねえのか?」
オルレラン公国がどのような町か知らないが、今回マリアが赴く先はオルレラン公国の貴族だ。対して俺たちは貴族でもないし無名の冒険者ときた。貴族同士のお見合いに平民は同席できないだろうし、当然守りは堅牢だろうし、それなりの権力者も集まっていそうだ。失敗するとは思えんが、王道なやり方じゃ通用しないだろうし、事後からの肩身が狭い。オルレラン公国に行けなくなるのは別に良いが、おいそれとマリアを連れ回し辛くなるし、俺とルミーナも顔を出し辛くなる。パブルスの住民はさほど気にしないだろうが、パブルスの住宅街以外に行けなくなるのは、将来的にしなくてはならない行動に関して、相当厄介なことになる。
「それを上手く使えばいいのじゃ」
実はそこに相当な利点があったらしく、欠点ばかり思いついていた俺の思考を上回る回答をしてくる。
「身分制度があっても戦力が高い方が好まれるから、皆の前で戦力差を見せつけるのじゃ。するとギャラリーはルーカス家が平民にも負ける貧弱者だと揶揄するし、自然とマリアの略奪が可能な状態になるはずじゃ」
「結局は戦闘か」
話し合いで済ませるより殺し合いで済ませる方が得意なんで楽なんだが、それだと余計に俺たちの悪名が広まりそうで怖い。
……と思っていたが、カエラはその点も踏まえていたようで、
「今後の行動が制限されると嫌じゃろうから、ここは変装して乗り込むしかないの」
「変装か」
それは初めての試みだな。潜入調査はしたことがあるが、地球では人や防犯カメラにバレた時点で詰むことが多く、そもそも作戦時に変装する必要性が無い。何なら普段と違う格好をすることで動きにくさを生じる可能性があってデメリットの方が大きく感じる。退治の訓練でも変装はあったが、練習であって実戦じゃないからな。
「変装でしたら耳寄りな情報があると風が言っています」
「風?」
自分たちが直接乗り込みに行けないからか、作戦立案は全面協力するらしく、エイラは不思議なことを言い出した。
薔薇の三銃士が不思議なのはいつものことなので、風についてはあまり触れず……ミザエリーが持ってきた、ギルドに貼られた依頼の一つだったっぽい千切れ方や印鑑の押され方をした紙切れ一枚に目を向ける。さっきから気配がしていたので気付いていたが、どうやら戦乱の戦乙女も作戦立案に協力しており、ギルドで使えそうなこの依頼を見つけてきたんだろう。
「丁度今オルレラン公国でメイドや執事の募集をしているようじゃな。ルーカス家に配属されるかは運じゃが、こうでもしないと同席できないのう」
俺達が魔法やクライミングで不法侵入するとは思っていないらしく、カエラ達はお見合い当日に俺達が悪させずに、且つ顔が割れずに同席できる方法を提供してくれるが、
「おい、柄じゃねえぞ」
俺の場合執事という事になるんだろうが……人から指図されるとか無理なんだが? 途中でキレて一人や二人ぶっ殺すぞ。
「今はこれしか方法が無いんだし、しょうがないわよ」
「一石二鳥だと思うのじゃが……」
「嘘だろ……」
ルミーナやカエラに悪意はないし、こうすることが一番得策にして唯一の手段とばかりの推し具合なので……渋々了承せざるを得ない。他に案は思いつかんし、この程度で≪エル・ズァギラス≫を使いたくない。どっちにしろ最終的にはオーマスと戦闘になるんで、その過程で溜まった鬱憤はヤツへの攻撃で発散させてもらおうか。
「メイドと執事になるのは良いんだけど、オルレラン公国にはどうやって行く訳? 私達、今デリザリン王国で指名手配中だし、行ったことがないからオルレラン公国に≪レベレント≫使えないわよ」
募集対象は未経験でもOKだし老若男女問わずと書かれているので問題ないが、面接というか受付場所はオルレラン公国首都・オルレラン。自分の足で赴く必要があるとのこと。
「文献に≪レベレント≫は忠実に再現された絵画でもその場所に転移できると書かれています」
「書かれているって、今何も読んでないだろ」
「覚えています」
これもまた風とか森などの助言タイプかと思ったが、文献なのでまだ信憑性がある。暗記した内容を語っているので完全にではないが。
「ここは一国の拠点じゃから、そういう書物も書庫に保管されておるが、確認の為に探すのは埒が明かないのじゃ」
「信用するしかないわね」
パブルス帝国の書庫に入ったことがあるので分かる……検索機能のないこの世界であの量から一冊の本を探し出すのは、一日でできることじゃない。それもデリザリン王国と違ってパブルス帝国の書庫は、角川武蔵野ミュージアムみたいな感じの構造。魔法で滞空・飛行しながら探すのが前提にも思える空間だったからな。
「オルレラン公国の絵画ぐらいその辺の店で探せばあるか。難しい話じゃないし、試してみる」
日本に外国の写真が沢山あるのと同じように、この世界にも他国の絵画ぐらい沢山あるはず。執事の服を買いに行く序に探そうと出発しようとするが……
「他国の絵画は探してもないぞ」
「何でだ?」
「その国の方が良いと反旗を翻す意味じゃからの」
「そんな暗黙の了解あんのかよ」
となると、この城で数多く飾られている絵画のロケーションは全てパブルス帝国内なのか。国がデカいと言えど、いろんな景色があるもんだな。
「パブルス帝国は晴れて自由な国になったから、今は描いても問題ないのじゃが、短期間で高クオリティーの絵画が完成するとは思えんの」
「誰かに直接依頼するしかないわね」
何の絵を描くかは自分次第。なら普段からよく見るパブルス帝国の絵画を描くわけで、依頼しないことにはオルレラン公国の絵画を入手することは難しいだろう。だがその風景画家がオルレラン公国に行ったことがなければそもそも描けないし、高クオリティーの絵画を短期スパンで完成させなければならないとなれば、まず依頼対象が見つかるか分からない。
「一人思い当たる人物はおる。今日直ぐに依頼できるとは思えないから、とりあえずしゅーやとルミーナはメイドと執事の練習をしておくのじゃ」
流石はパブルス帝国の帝王とあって、人々の情報についてはかなり詳しいようだ。なら俺達は絵画の完成を待つことしか出来ないので……
「武運を祈っておるぞ」
「ああ、誤って殺さないように努力する」
俺とルミーナはカエラと暫しのお別れとした。
「偶々マリアが目を付けられたことでこうなったが、ルミーナもありえる話なんじゃないか?」
貴族の身である人間には多々起きる出来事な気がするので、マリアのように家名があるルミーナに問うが、
「エスレイン家末裔の存在を感付いたのはカエラたちだけよ。みんな死んだと思っているはずだわ」
「そんなこと言ってたな」
カエラの口から――ルミーナの口からも聞いたが――エスレイン家の実家周辺は全焼し、当時まだ先が長い幼かったルミーナを真っ先に逃がした都合上、一族の生き残りはルミーナただ一人だという。しかも想像を絶する大規模火災だったらしく、ルミーナすらも死んだと判断されていたそうだ。だから王族でありその話にも詳しかったカエラは、その存在に感付き、まさか会えるとは思っていなかったので驚いた。通常であれば、人々はルミーナがエスレイン家の人間とは思い至らないし、名前を聞いても実力を見ない限り、あのエスレイン家と思わないだろう。
「カエラは広めるような奴じゃないし、そんなことは起きないか」
また似たような状況に陥らないことが分かって安堵すると、何故かルミーナからも安堵するような気配が伝わってきた。
メイドと執事を極めるにあたって、まずは服装から購入しないといけない。なので俺とルミーナはパブルスでメイド服と執事服とやらを探すわけだが……
「ダメね。どれもパブルス帝国の衣装ばかりよ」
デリザリン王国のメイドや執事を見たことがあるので比較できる――メイド服と執事服は、その国によってデザインが変わっている。例えばパブルス帝国のメイド服は某児童小説の主人公のような白と青を基調としたメイド服で、執事服がタキシードのようだとすれば、デリザリン王国のメイド服は白と赤を基調としたメイド服で、執事服は燕尾服のようだった。そして当然だが、パブルス帝国と犬猿の仲のデリザリン王国のメイド服や執事服が売っている訳がないのと同じように、必然的に交流すらないオルレラン公国のメイド服や執事服が売っている訳がない。
「ここの通貨が地球でも使えるようになんねえかな……」
つまり……服装の購入の時点で行き詰った。流石にパブルス帝国のメイド服と執事服で出向くと、どこに滞在していたか割れるだろう。それに当日右も左もわからない現地で買う訳にもいかないので……となったら存在しないデザインの服にする必要があり、コスプレという文化があって多種多様なファッションで蔓延っている地球に行かないといけない。そんな訳で、金が無いというのに地球でメイド服と執事服を買い揃える事態となってしまった。
衣装は後回しにして、二人して赤面状態のまま数日間子供がするようなごっこ遊びの要領でメイドと執事の練習をしてから……数日ぶりに地球に戻ってきた。今回はメイド服と執事服を買い揃えたら速攻で異世界に戻る予定なので、学校はサボる。
≪エル・ダブル・ユニバース≫のクールタイムはいくら生き急いでも縮まらないので、のんびり都心部のアパレルを見て回る。見て回るのだが……
「どこにも売ってねーじゃねーか!」
日々の鍛錬は欠かさないが、マリアがいなくなったことで昔のような綺麗でもなく汚すぎるわけでもない中途半端に散らかった部屋に戻った夕方の自室で、嘆く。
「相当貴重なのね」
異世界だと七割のアパレルで売っていたのに、地球となったらどこもふつーの人間がふつーに着るような服ばかり。なんでメイド服売ってないんだよ。高層ビルが立ち並んでいるから都会っぽいっていう安直な理由で都心部と言われているだけある。
街中で誰も着ていない時点で答えは出ているのに、見て回る店舗が間違っていたと勘違いしているルミーナは考えこみ、複雑な心境でその答えが導き出せない俺は意外と大きな声で嘆いたからか、
「しゅうやん大丈夫?」
「開けてー! もう気が変わったでしょー⁉ 恋しくなったでしょー⁉」
上の騒ぎが石塚絡みだと思ったらしい楓がベランダに、入室禁止なので開かないが、俺が帰宅したとあって玄関をガチャガチャする石塚が寄ってきた。何、俺ん家の私生活音筒抜けになってる? 下の階の楓はまだしも、石塚に至っては俺ん家から音がしたらもはやWアラームでも鳴るように違法細工してるだろ。
楓は良しとしても、石塚は受け付けないんで、
「もしもし警察ですか? 東京都第一人工島住宅街五区3-5、4番アパート202に強と――」
「――うゃああああああ‼」
スマホを耳に近づけて、本当は通報していないが110番したかのような発言をすると、奇妙な悲鳴を上げながら石塚が逃走していった。流石に普段警察沙汰の行為を犯している自覚はあったようだな。後二回はこの方法が通用しそうだ。
石塚絡みの騒動じゃないことが分かって安堵したが、同時になら何で嘆いたのか疑問になった楓は室内を見渡し……
「あれ? マリアちゃんは?」
部屋は昔のようになっているし、カップ麺と弁当箱が積み重なったキッチンを見て……家事を担当していたマリアが不在なことに気付く。
「マリア? 誰それ」
「……え?」
≪エル・ダブル・ユニバース≫の人数オーバーとでも思ったっぽいが、俺がマリアの記憶だけ喪失したみたいな発言をするもんで、楓は冷や汗を垂らしだした。
「まさか……でも、そんなことないよね?」
「多分思ってることと違うが、もう俺らの身近にはいない」
あの絶望の表情は死んだと思っているもんだった。それだと不吉なのでそこに関しては否定する。
「端的に言うと、マリアが強制的に結婚させられる危機に陥っている」
殆どの私情を知っている楓相手に隠すような話でもないので、今異世界で起きている状況について説明する。
「え⁉ なんで⁉」
「俺も最初はそう思った。だが文化の違いで、そういうのがありえるらしい」
強制的に結婚と聞いて衝撃を受ける楓だが、俺がルミーナに視線を向けると、頷いたので……間違った話じゃないと分かってしまう。
「なら地球なんかに来ちゃダメだよ! 早く救出しないと!」
こんな緊急事態に悠長に地球で生活している俺たちを、転移の仕方が分からないので何もできず、ただ慌てるだけだが……
「で、なんだが……俺らは今潜伏する為にメイド服と執事服を探しててだな」
「異世界は国によって固有の格好があるの。もし他の国の格好だったら、その国を汚す事になるし、反旗を翻したことになるから、被らないようなデザインのメイド服と執事服を地球に求めに来たの。生憎裁縫ができる人が身近に居ないからね」
何度も転移してここが地球、おかしな話だが、自分が住む世界が異世界と認識しだしたルミーナは事情を詳しく説明してくれる。お金の話を持ち出していないのは、楓が俺のお財布事情を知っているからだろう。
「そういう作戦かー」
俺達がバカじゃなかったことが分かってホッとする楓だが、舐められたもんだな。そんな仲間をすぐに見捨てるような質じゃないぞ。
きっと俺が普段ぶっきらぼうだからそう思われたんだろうが、状況を理解した楓は、
「ならボクの衣装貸してあげるよ!」
自身がアイドルで、沢山の衣装を持っている楓は自室に案内しようとするが……
「ルミーナはわかるけど、俺に合うサイズは無いだろ」
俺と楓の身長差は24センチもある。そんなビックサイズの執事服、楓が持っている訳がない。
「大丈夫大丈夫。メイド服ってそんなに締め付けるような服じゃないから!」
「メイド服……?」
俺は男性なので執事服を着るはずだが、楓は今メイド服って言わなかったか?
嫌な予感がしているが、買わずに済むならそうするしかないので……楓の家に行くことにした。
流石大人気アイドルなだけあって、ライブの時に着る衣装から、いつ使うタイミングが来るのか分からないような鶏を模したパジャマまで沢山あった。こういうのって自身が持つものなのか、現場でレンタルするものなのかとか、詳しくない部外者にはさっぱりだが、楓は一部所有しているって感じだろうか。
「はいこれ! どこかの国と被ってたらゴメンね」
クローゼットを漁って出してきたのは、異世界では見なかったようなメイド服二着。汚れた時の替えかは知らんが、洗濯中に必要になった際に対応できるように持っているんだろうか。
「おい、二つもいらんだろ」
白と黒の二色で構成されたメイド服をルミーナが着てみる中、勝手に執事服を探させてもらう。
「え? しゅうやん裸で仕えるの?」
「んなわけねーだろ! 執事服だ。執事服はないのか?」
誰が全裸で仕えるか。あのイカロスの奴隷を務めていたマリアでさえ、暴力の対象外の時は服着てたぞ。
「執事の服はあるけどー、多分サイズ合わないよ?」
「貸してみろ」
あるならぴちぴちでもきてやる。あんなごく一部の女子が着るような服を着てたまるか。
出された執事服を着ようとするのだが……止めた。
「あれ? 着ないの?」
楓の野郎、絶対楽しんでるくせに不思議そうな表情を向けてくる。
「いやー、ちょっとくしゃみが出そうでな」
無理のある逸らしをした直後、腕を押し込むが……入んねえ。流石に服を破くわけにはいかん。
「……負けだ」
金があれば絶対に執事服を買うが、地球の俺には買う金がない。なので、断腸の思いでメイド服を着るしかない。それしか、手段がない……!
「なぜこうなった……」
最悪だ。まだフレームアーマーの攻撃を諸に受ける方がましだ。
「最初から着てればよかったのにー。イケメンだから女装も案外イケるかもだよ?」
「うっせえ黙れ。笑ったら腕折るからな」
写真撮る気満々の楓を挑発し、俺は何でかメイド服を着ることになっちまった。
「胸回りがキツイわね……」
「ボクサイズだから、胸回りちっちゃくてゴメンね」
「金があれば……」
「そんなことないわ。寧ろ生地を伸ばすことになっちゃって申し訳ないわ」
「金があれば……」
メイド服を着終えたルミーナは、勿論女性なので超絶似合っているし、恥ずかしがる様子がない。本人らの発言通り、エプロンみたいな白い生地を腹に巻き、細いウエストが強調され、更にデカすぎる胸部はサイズのせいでやけに強調されているが、俺は自分のお財布事情に不満を吐きながら、慣れない服を着ることしか出来ない。ていうか初見の……なんだこれ、コルセットって奴か? がある方を男に渡すんじゃねえ。靴紐みたいになったこれの結び方が一切分からん。
「じゃじゃーん! ボクが小さい頃使ってたカツラだよ!」
ルミーナみたいに背中にリボン結びで完了ってメイド服じゃないので、ルミーナにコルセットって奴を着用してもらっていると……頭に青色ショートの髪の毛を乗っけられた。
「これで女子らしいボブだね! 後はカラコンかな?」
完全に着せ替え人形と化した俺は、楓から黒髪を隠し、カツラにフリル付きのカチューシャを乗せられ、ルミーナからは服を着付けてもらう。そして今後同じ状態にする為に楓がルミーナにやり方を説明しつつ化粧して、完成した女装は……
「完璧ね」
「ちょーカワイイじゃん! しゅうやん女装の才能あるよ! 男っぽさ一切ないよ!」
俺も俺で鏡に映る自分の姿を見るんだが……二人が褒めるように、完全に女性になっていた。怖。
「人って少し弄れば女性になれるもんなんだな……」
整形や加工を使えれば誰でも簡単に変身できるとは聞くが、まさかこういう方法もあったとはな。新しい事を知った。
だが、俺の見た目はルミーナと比較されては困る。身長的な問題でスカート丈が短くなっており、そこから覗くニーソックスの脹脛はやけに筋肉質だし、パッドで盛ってはいるが、やけに胸からウエストのラインが女性らしくない。それに何といっても……
「口調を女性っぽくしよっか」
楓が言う通り、発言が男くさい。
「そこまで完璧にしなくてもいいだろ。一人は居るはずだ、こんな喋り方の奴」
声の高さ的には問題ないはずなので、胡坐を組んだり男子便所に入らなければいいだけの話だろう。
「んー……まあいっか」
外国人の血は流れていないのに、何故か碧眼なのでカラコンは使わない事にしたらしいが、この目つきがどのぐらいの範囲までなら女子っぽいのか、手始めに眉を寄せてみると……
「あー、女子でその眼光はないかなー……」
「あり得ないわね」
「おいちょっと待て、俺ってそんなかよ」
ただ眉を寄せただけでルミーナと楓が容姿を変更させようと迫ってきたので、ちょっとばかし傷ついたぞ。もう女装している時点でプライド捨ててんのに、これ以上は凝視しないでいただきたい。
「殺意剥き出しになったら流石にばれるだろうから……せめて左目だけでも隠そっか」
楓はショートボブのカツラを櫛で弄り、左目を髪の毛で隠したので、俺が再び眉を寄せると……
「うん! 良いと思うよ!」
やっと完成形になったようだ。ルミーナも納得いった表情だ。
「すっげー視界が髪の毛に遮られて煩わしいんだが」
時々前髪で目が隠れている人が居るが、あの人たちって普段どうやって片目生活しているんだろうな。気持ち悪くないか?
「ならいっそのこと瞑ってたら? 切り込みとかいれて、失明したとかしてさ」
「でもなー、どうせ最終的には戦闘になるから、二つ目ー欲しいもんなぁ……」
今回の目的は女装して金稼ぎするってのじゃない。オルレラン公国の貴族たちを分からせるんだ。姿は隠し通さなければ後々が過ごし辛い為、戦闘時はこの服、この容姿を崩してはいけないので……
「我慢するかぁー……」
こればかりはしょうがない。性別が男性で、眼光が鋭すぎたが故だ。
「それじゃー頑張ってね!」
「って言われてもだな、行けるのは最低でも明日だな」
この姿を暗記したんで、今からは普通に生活するのでメイド服を脱ぎ始める。今は夕方。これから行くと異世界は朝だが、どういう手段を取るにしても、行き先が全て本性を隠して行動しないといけないので、相手が敵意を捉えづらくなる夕方からの行動が理想的だと考えている。
「なら家事手伝うよ!」
「ありがたいけど遠慮しておくわ。これからメイドとして仕えるんだから、練習が必要だし」
俺は嫌で脱いだが、女性だし嫌でもないルミーナは我が身に慣らす為か、メイド服を着たまま先に自宅へ戻った。
「楓って飯作れるか?」
「作れるよ。七年間も一人暮らししていたらね」
「七年間も一人暮らししてて作れない男がここに居んだが?」
挑発された気がしたので寧ろできないことを威張ってやり……
「もう少ししたら来てくれ。どうせ調理中爆発するからよ」
「あはは、わかった」
食えりゃいい精神でも流石に爆発したら食えないので、メイドとして仕えた時に叱られないよう、ある程度の勝手を教わっておこう。
テレビ番組で丁度ハンバーグをやっていたので、見様見真似で作ってみることになったが、「三分後の状態はこちらです」とかほざきやがって過程が省略され、話に追いつかないし、「砂糖を少々入れます」とか具体的な数値を伏せられ、料理する人しか分かり得ない勘要素をほざきやがるもんで……円盤状の赤い何かをフライパンの上に乗せることになってしまい、数分後、やはり爆発した。駆け付けた楓が同じように作ると爆発しなかったので、才能の差をものすごく感じた。てか火薬とか入れた記憶ないんだが? なんで?
その日は楓から家事のやり方を教わり、就寝し、翌日異世界のパブルス城の敷地内へ訪れた。
ベリーヌに今日は別室に居るらしいカエラの元へ案内してもらい、中に入ると……カエラと薔薇の三銃士の他に、もう一人知らない人が居た。多分彼女が絵描きなんだろう。
「準備はできたかの?」
「こっちは完璧よ」
土下座するようにして地べたで絵を描いている狐の獣人らしき女性は、毛先にワンポイントで他の色が入っている、緑色のセミロングを後ろで束ねているが、束ねきれていない。それにブラジャーのように包帯を巻いただけの上半身に、ホットパンツを履いた全身はカラフルに飛んだインクで汚れているので、ガサツなところがあるのかと思ったら……描いている風景画は超丁寧で、写真と言われても納得できるレベルの画力を誇っている。
「彼女は風景画家のフォルネじゃ。旅人じゃが、丁度パブルスに着ていたので依頼したのじゃ」
旅人ということはオルレラン公国も知っている訳で、フォルネという風景画家はオルレランの街並みらしき風景を描いている。
フォルネは酒豪なのか、息をするように酒を飲んでおり、周囲に酒のピンを数本転がせた中立ち上がり……
「話はお聞きしました! 美男美女コンビと聞きましたけど……うっひょー! ホントに美男美女じゃん! 片方は小さくて可愛――いくない! でっか! ぶっは! 片方は大きくて細――くない! ちょームキムキ! きゃー!」
ブフォ、という表現が正しいだろうか、自己紹介すると思ったら俺とルミーナを舐めるように見渡し、フォルネは鼻から鮮血を噴出しやがった。しかも連動して髪色も変わるのか、髪の毛まで赤色になってやがる。
「コイツ興奮したな?」
「刺激を受けると鼻血か吐血するのじゃ。でも才能は確かじゃから、心配無用じゃ」
もう雰囲気からお転婆だと分かる――正面に立って判明したが、身長145センチ、体型は乏しいながらもくびれている。戦闘はあまり得意ではなさそうだ――フォルネは室内に尋常じゃない量の血をばらまくので、俺とルミーナは表情が引き攣る。死んだりしないよな?
「す、すみませんね、ぼくちん、興奮するとこうなるもんで」
こんなに血を出していようが普通に立ってられるフォルネは、元の髪色に戻って酒を飲もうとするが、絵以外は不器用みたいで、栓を開けられていない。
「焦らずじっくり進めてくれよ? 絵を完成してくれればそれでいいから」
一応商売だからか、画用紙に被害が及ばないように血の噴き出し場所はコントロールできてはいるが、この調子だと俺達がこの場に居るといつまでたっても描き終わりそうにないな。
〔変な人もいたもんね〕
〔ホントだよ〕
職人ってどこかおかしなところがあるとは聞くが、これはとんでもねえな。
あの部屋にはミザエリーを残し、カエラの側近から人に仕える立場の仕事や礼儀を教わりつつ、完成まで時間を潰すことにした。
オルレラン公国。そこは国土の七割が滑らかな土地で、特に第一首都・オルレランはあちこちで花が咲き乱れているような、景観がとても良い町。デリザリン王国、パブルス帝国よりも地球でいう西洋なイメージが強い国だ。ギルドで聞いた話だが、パブルス帝国は貴族以上が立候補でき、デリザリン王国は直系血族しか成れないらしいが、オルレラン公国の王は身分関係なく国民から推薦された中で最も票を集めた人がなるらしく、自己中心的な王がよくいるらしい。俺から考えればそうした方が自己中心的な王が減るんじゃないかと思うが、長年人の上でもあり人の下でもある貴族は下の人に何をすると反感を買うかなど理解し、王として失敗しないように立ち振る舞うのに対し、今まで一度も人の上に立ったことがない人がいきなり頂点に立つと、何もかも自分の言う通りになると考えて私利私欲まみれの王になる確率が高いからだそうだ。だが現オルレラン公国の王様は、争い事を生まないし、話を円滑に進めるし、比較的温厚な性格な方らしい。お陰様で行動を起こしやすくある。
エイラが語っていた文献は実在し、正確な情報だったらしく、フォルネが描いたイラストで無事に転移出来た俺達は今、ルーカス家のメイドとして働いている。数日後お見合いがあるということで、ギルドに数多くのメイドや執事の追加募集をかけていたらしく、俺達も無事ルーカス家配属になれて無駄な行為にならずに済んだ。
そんなこともあって今は新人のメイドが数多く在籍している。確実に回りより歴が浅い俺とルミーナでも辛うじて無能さが露呈していない。いろんな人にメイドの知識を教わり、数日日雇いメイドを梯子して経験を積んだといえど、柄でもない職種は全く慣れないもんだ。まあ首を切られることになっても、お見合いまでは居させるだろう。
ルーカス家のどこに何があるかを完全に把握し終え、数週間メイドとして潜伏していると……
〔遂にこの時が来たな〕
〔そうみたいね。今日のオーマスは異様に張り切ってるわ〕
仕事は完璧にできなくとも、好感度は上がったからか、オーマスの自室に入室できる人の中に含まれている俺とルミーナは、いつも以上に服装をキメ、髪の毛を整えているオーマスの背後で念話を交わす。
どうやって今日に到着すると情報が入ったのかは知らないが、お見合わせの準備をすること数時間、ルミーナの耳がシークの音を捉え、次第に俺の耳にも聞こえてきた。――マリアのご登場だ。
お見合い相手でもあり、今後の妻にもなるマリアをメイドと執事は全員で出迎えないといけないらしく、シークから屋敷までの通路の両サイドに整列するので、俺とルミーナも皆を模して列に割り込む。
まずは長旅お疲れ様ということで数時間休憩時間が設けられた後、庭での公開お見合い、後に室内で踏み込んだ話をすると聞いている。まだ行動には移せないが……これからルーカスの口からこのお見合いの本筋を盗聴することができるだろう。メイドといえど完全に行動を共には出来ないはずなので、徐々に隠密行動へ移行していくことにする。
シークから下りて室内へ案内されるマリアを必要以上に凝視し、マリアからも目を向けられると怪しまれる可能性があるので、俺とルミーナはあまり興味無さそうな態度で過ごし……待機時間に突入した。
「ヤツの部屋の壁は薄い。だが天井裏にスペースは無いし、隣に面しているのは廊下と階段だけだ。それに俺たちはメイドとして行動しないといけない。条件だらけだな」
「壁から声が漏れる程大声で話さないし、厄介なことになったわね」
食品倉庫らしき場所にワインを取りに来ていた俺とルミーナは、今オルレラン公国の王族やルーカス家の奴らと誇らしそうに会話しているであろうオーマスの発言をどう盗み聞こうか思案する。
「この時間帯に廊下で掃除していてもおかしくない理由ってないか?」
「関係者だけの会話は室内で行うんでしょ? ならそれに備えて掃除しているってことでいいんじゃない?」
貴族たるもの、他人に対しては常に好印象を抱かれようとする習性を見抜いていたルミーナが妥当な理由を思いついたので、
「じゃあ廊下に陣取るぞ。掃除道具は頼んだ」
手に取った瓶を全て庭に持って行き、怪しまれるとあれなので一応メイド長となっていた女性に次に備えて室内の掃除をすると伝え、オーマスに裏がないか盗聴作戦を実行する。
周囲に他人の目がない事を確認し、ハンドガンのグリップの下で壁に小さな穴を開ける。魔法だと気付ける奴がいたり、対策されているかもしれないからな。
ベニヤ板一枚といっても過言じゃないぐらい薄い壁なので、直ぐにのぞき穴は完成した。
「このぐらいの穴だったら向こうからバレんだろ」
流石に壁に何かが衝突した音に数人が振り返っていたが、足元付近の壁際なんか見る人はいなかった。
ゴミを拾っている態勢でのぞき穴を覗いていると……何事も無かったかのように話を再開しだした声が微かに届いてきた。
「オーマス様がパブルス帝国の貴族と結婚したことによって、取引の幅が広がりますね」
「はい。少なくとも優秀な人材の交流、我が国に不足している魔法使いの出入りが多くなると思います」
「マリア様は魔法使いでもあるようですので、息子様は有名な魔法使いになる事でしょう」
デリザリン王国やパブルス帝国と違って、お偉いさんは男性ばかりなのか、女性の声が何一つ聞こえてこないが……やっぱり政略結婚だったか。オーマス側の本音が聞けて確信に変わった。
人が通りかかったので、俺とルミーナは交代して何かいい情報を盗聴できないか待っていると……
「もしかするとオルレラン公国って、デリザリン王国の同盟国かもしれないわね……」
もうお話は終え、移動でも始めたのか、立ち上がったルミーナは複雑な表情を浮かべている。
「何があった」
もし本当にデリザリン王国の同盟国だとすれば、パブルス帝国に関係がない話とは思えない。俺も真剣な眼差しで情報共有を求める。
「オーマスは産まれる前からマリアの許嫁だったそうよ」
「許嫁って何だ?」
衝撃発言をしているんだろうが、地球ですら聞くことのなかった単語を聞いたところで、まずそこの解説から教えてもらわないと意味が分からない。
調子が狂うが、ルミーナは許嫁の説明をしてくれて……
「それっていいのか? 自分の意思じゃねーだろ」
この風習が地球にもあるのかは知らないが、誰も親から勝手に運命を決められているのは愉快なことじゃないだろう。しかもこの感じだと、マリアはそのことについて知らず、知っていたオーマスは許可していたということだ。どんな意図があってかは知らんが、オーマスは大した奴だ。
「しかもこれただの許嫁じゃないわ」
「政略的な話だろ?」
前の話から推理した許嫁の目的を言い当てようとするが、ルミーナは首を横に振り、
「この場合もっとたちが悪いわ。だって一方的だもの」
俺が盗聴した話よりヘビーな内容だったらしく、ルミーナはルーカス家に殺意丸出しの表情で語ってくる。
「当時のクァイエ家は活躍が低迷していたらしく、貴族剥奪の危機に面していたらしいわ。そんなところに当時絶好調だったルーカス家が押し掛け、絶対本領発揮すれば強いはずのマリアの両親に、許嫁を認めないと殺すだの、身分剥奪するだの、国外追放だの、財産を押収するだの、自分の方が偉いからって、権力差でこじつけてたらしいわ」
「そこまでしてクァイエ家を招き入れたかったのか」
マリアは長年パブルス帝国に仕えていたらしく、イカロスが覇権を握り出してからは本性を隠し、奴隷となった際も貧弱者を演出し続けていた。なので偶然本性を隠す前の姿を目撃していたから申し込んだとしても、あまりにも強引すぎる。恐ろしい権力主義だな。
「でも何でマリアが貴族だと知ってたんだ?」
そのぐらい昔の話となれば、帝国はまだフィリザーラが第一首都の時代だったはず。クァイエ家がフィリザーラ帝国の貴族じゃなければまだしも、俺が盗聴した中にそうだった話が含まれていた為、貴族剥奪の危機の意味が理解できない。
「王族に仕えている人って、王族に危機が訪れないと活躍するような立場でもなさそうだったから、勝手にそう判断したんじゃない?」
ルミーナもそこまで詳しい話は聞けなかったからか、あくまで憶測を語ってくるが……なんとなくそれが正解に近い気がする。パブルス帝国は仕えている人が六人しかいないので論外とし、デリザリン王国を例に挙げると、側近のアルマは痛めつけ対象、ブランは他国に追いやり、暇つぶし相手としてしか扱われていないような印象があった。メイドや執事、兵士も同じく痛めつけ対象なだけで、後に讃えられるべき行動を起こしているとは言えない。一応側近は王を守る最後の砦なのでそれなりに強いことが前提とされているはずだが、戦闘が起きなければ戦力は不明のままだし、マリアに至っては自分の戦力を隠していた。つまり、大昔はどうか知らんが、フィリザーラ帝国に仕える人――非戦闘員となったクァイエ家が低迷したと考えられてもおかしくない訳だ。
「デリザリン王国に阻まれているせいで、昔から交流がし辛かった国同士だったと思うわ。だからよく偵察に行って、丁度奴隷という身分だったクァイエ家に目を付けたんじゃない?」
「自分たちから心開いたからとか言って、有利に進めようとしてるってとこか」
オルレラン公国がデリザリン王国との同盟国なのかは知らないが、有利に進めようとしているってことは、同盟国な気がしてならない。なんたって、仮にマリアを人質としてオルレラン公国がパブルス帝国相手にこっちに来いと言った場合、道中通らざるを得ないデリザリン王国との国境間に必然的に誘導することができ、デリザリン王国内でパブルス帝国民を好き放題殲滅できるからな。
「彼らの口から直接出ることはなかったけど、マリアを人質にとったって事かもしれないわね。となると、マリアが奴隷じゃないってことも知ってそうだわ」
「クソッ、まさかこんなことになるとはな。もっとオルレラン公国について聞いておくべきだった」
俺たちがカエラから聞いた情報はルーカス家の情報だけだ。元はここまで政略的な話とは思っていなかったからな。
流石にここまで魂胆が判明して俺達の考えすぎとは思えない。親友のよしみで見えないところでパブルス帝国の未来を救うためにも、今回のマリア略奪作戦は最後まで素顔をバラさず、今度二度と過去に傷を被っていて下に見ることが出来る貴族のマリアとお見合いさせないように思い知らせないとだ。
身分制度がなかったフィリザーラ帝国で身分を前面に押し出し優位に立ったところから、治外法権を強引に適用していたとも考えられるルーカス家は、見た感じ過激派には思えなかったが、実際にはかなりやってる方かもしれない。メイドとして本来の姿を隠して正解だったかもだ。
「おい、そこで何をやっている」
そろそろこの場を離れようとしたところ、部屋を出たらしいオーマスと鉢合わせてしまった。
「後程室内で関係者のみの対談をするとお聞きしましたので、清掃をと思いまして……」
事前にルミーナに考えてもらったここにいる理由を言うと、まさかメイドが盗聴していたとは思っていないオーマスは、
「そうか。それはありがたいが、もうすぐ公開お見合いが始まる。他に誰か中にいるようなら、全員出るよう伝えてくれ」
「わかりました」
一応姉妹設定なので近くで話して作業していても、やることはちゃんとやっているので黙認されてきた。今回も例に漏れず、オーマスは特に気にすることなく立ち去って行った。
公開お見合いというのは、言わば知り合いや上流階級宛にお披露目会って感じだ。思っていたのと全然雰囲気が違う。
見るからにお金を持っていそうな人々で溢れかえるルーカス家の敷地内で、俺とルミーナは黙々と小皿に料理を盛るお手伝いだ。
〔次の室内でやっと家族判定みたいね。過度な接触は見られないわ〕
〔知り合いがいないマリアにとってはこの時間が一番億劫かもな。まあ居たとしても同席できないだろうけど〕
暇さえあればオーマスの様子を窺う俺たちは、メイドの身なのでお偉いさんだらけの場で当然雑談することが許されない。念話で会話する。
オーマスはワイン片手に色々な人へ挨拶回りに行き、マリアはガゼボで一人姿勢正しくして座っている。傍から見ればオーマスの帰りを待っているような雰囲気だが、視線は完全に斜め下を向いている。一応気付かれた時の為に正面の噴水を眺めていたと言い訳の効く角度だが、マリアを知っている人からすれば、あれで落ち込んでいないとは思えない。しかもオーマスがマリアに視線を向ける度に笑顔を向け返さなくてはいけない地獄具合。俺だったら事後のとこを考えて抜け出すのは得策じゃなくても逃走するな。奴隷だったころの経験が変なところで生きてるよ。
俺とルミーナはマリアに飲み物を注ぎに行くという名目で接近し、
「もう少しの辛抱だ。我慢してくれ」
「私達が突撃したら、ちゃんと驚きなさいよ?」
耳打ちすると怪しまれるので、小声で喋った。読唇対策に楓から教わった、聞こえる言葉と口の動きが異なっている喋り方もしつつ。
マリアは俺たちが来ても気を緩ませられないので、常にお淑やかさを演出してはいるが、やっぱり表情の奥底には悲しんでいる心がある。奴隷だった時に見たのと全く一緒だ。
「これから挙式致しますので、関係者各位は下働きの案内の元、ご移動の程宜しくお願い致します」
数時間にわたるお披露目会が終わり、遂にこの時がやってきた。
地球でいう挙式といえば結婚式にあたるが、この世界でいう挙式とは、眷属契約や貴族として改名することらしい。なので地球で見るような一連の催し事は一切ない。平民は改名の必要がないので基本的に当人らしかいない状態で眷属契約を行うだけなのに対し、今回の場合はこれだが、家名が付く貴族以上が絡む結婚沙汰は、こうしてその国で名高い貴族、時には王族が同席した状態で家名を引き継いだり改名したりして、眷属契約を行うらしい。これからみんなの前で二人の家名を『ルーカス』にするか『クァイエ』にするか、はたまた新しく家名を考案する訳だが、その答えは聞かずともわかる。絶対に『ルーカス』になるだろうな。
関係者を案内した後、メイドや執事は全員外の片付けをすることになっている。なので式が執り行われる室内には入れない。関係者を誘導し終えて一旦は室外に行くが、俺とルミーナはメイドや執事の目を盗んで再度ルーカス家に入る。
「流石に魔障壁を張ってるわね。普通だと通れなないわ」
同等、それ以上の魔法使いが存在しないルミーナは、俺には見えない透明の魔障壁を破壊しながら進んで行く。
「こういうの乗り込んだことがないからやり方わからんぞ。そのまま突撃していいのか?」
「私もないわよ。でも、争いっていきなり始まるものじゃない?」
「そうだな。なら――正面突破するか」
俺とルミーナは恐れるに足りない相手なので、寧ろどう突撃すればいいかわからず……結局部屋に出入りする扉を蹴り開けることで突入した。
「どうした。今は式の途中だ。メイドは外で――」
オーマスは式を中断されたとあってイラッと来ているようだが、俺たちに話しかけた人は少々焦りが見える。きっとこの人が周囲に人が近づけないように魔障壁を張っていたんだろう、片手に魔法の杖らしきものを握っている。
「――無理な話だな。だって俺、平民はマリアを略奪しに来たからな」
回りくどい話や前置きをするのが不得意なんで、いきなり目的をぶちまける。すると当然室内の人々がどよめく。
「平民でメイドの分際が俺の式を邪魔するな。身分を弁えろ」
オーマスは自分に関わる話だからか、周囲の人に申し訳なさそうに礼をし、こっちにきつめの発言をかましてくるが、まだ式を継続しようとしている。当たり前だが、俺たちをあまり敵意と見做していないようだな。だが、俺たちには交戦意思があるし、脅しで引くようなまともなメイドでもなければ、身分制度を怖く思っていない。というか、怖く思うことはない。
「皆さんお騒がせして申し訳ありません。このお二人はアルコールが回り過ぎたようで……解雇致しますので少々そのままでお待ちいただけると――」
「――アルコールが回ってるかの如く私利私欲まみれな婚約を申し込んでんのはお前、そしてオルレラン公国の方だろ?」
どうせこの場に同席している全員がルーカス家の企みを知っていて、オルレラン公国の方針を知っている。全員を敵に回すような発言をかます。
「おい、今お前らがやっている行為がどれ程許され難い行為か理解しているのか?」
至って穏やかな表情のまま騒ぎを落ち着かせようとしていたオーマスは一変し、お偉いさん方に聞こえないように接近し、俺とルミーナの耳元で呟いてきた。
「よくそんなことアンタが言えたわね」
「一度お前らの策略を口に出して言わねえとわからんのか? 言っとくが何考えてんのか俺達は全て知ってんだからな」
対して俺とルミーナは小声で返答しない。どっちにしろこの部屋に居る全員が敵だからな。
一人称も俺だしこれで男じゃないと思われたら正気を疑う中、
「奪われたくないなら対抗すればいいじゃねえか。俺らを実力で分からせてみればいいじゃねえか。じゃないと立ち止まらないし、もう略奪して立ち去るぞ」
なるべく平穏に済ませたいのであろうオーマスを挑発し、騒めく室内の中でマリア目掛けて歩みを進めると、
「何度言わせる。今すぐに部屋から出ろ。皆の貴重な時間を奪うのではない。知り合いなのかは知らないが、略奪を諦めろ」
実は俺がただの貧弱者で、ルーカス家側の策略を知っておらず、誘導尋問しているとでも勘違いしているのか、オーマスは早歩きで進行を妨げるように回り込み、一応女性の容姿だが容赦なく人差し指を胸に突いてくる。
「自分が弱いからって、平民に負けて恥をかくより口で済ませようとしている訳?」
「そんなことはない。最終手段としては考慮している。ただ、争いなく対話で解決できるなら、そうしたいだけだ」
メイドすらも躾けない哀れなオーマスに呆れ、一部の人が帰宅しだした。それによって、オーマスの怒りは更に高まる。
「これが最後の忠告だ。今すぐに立ち去れ」
ブちぎれるまで五秒前とった感じのオーマスはお偉いさんたちに留まるよう話しているが、俺とルミーナはそう言われて立ち去る訳がない。何も言わずこの場に立ち続けるこの所作が、より人々を騒ぎ立てる。こんなんで慌ててたらてめーらの程度も知れるな。
「少々お時間をください。鼎談以外でも争わないと、理解してくれないような頭の固い人たちのようなので」
オーマスは様々な表情や感情を露わにするお偉いさんに一礼し、いきなり一層イラッときた形相を浮かべ、俺の方に突撃してきた。式に剣は持って来ないからか、徒手で。
その突撃はあまりにも見え見えな攻撃で、お偉いさんから見れば素早い攻撃かもしれないが、その道の人間から見ればただの鈍間。この間でマリアを略奪する暇さえある。だが、流石にそこまでの俊足な行動を起こせば、危機を感じたお偉いさんたちが加勢してくるかもしれないし、事後に俺たちの存在を詮索されるかもしれない。それだと厄介なので、あくまでギリギリ勝ったを演出する為、ギリギリまでオーマスを突撃させてやる。
オーマスは腹にパンチをぶち込むつもりでいたらしく、途中から右拳を突き出してきたので……その腕を掴んで投げ技を披露してやる。俺からオーマスに触れるのは問題ないだろうが、オーマスから触れられると体つきが女性じゃないとバレる可能性があるので、わざと攻撃を受けるような真似はせず。
背後に吹っ飛ばされたオーマスは舌打ちし、
「今のは小手調べだ。あの程度でやられる程貧弱者だと式場が鮮血で穢れるからな」
違う意味で穢されていると思うが、特にそれは気にしていないようで……
「皆さん、ルーカス家は非戦闘貴族だと思われていると存じますが、近代は剣術にも力を入れており、より王族に貢献できるよう日々努力致しております。それの一部といっては何ですが、これからこの場をお借りして剣術を披露致します。式典の場で刃物を振り回す無礼、どうかお許しいただければ幸いです」
オルレラン公国の貴族の中でももっと上に上がり詰めたいのか、自らお偉いさんの注目を集め、廊下に出て行こうとする。
「おい、どこに行く」
「逃げる気?」
「この部屋で剣を振り回すのは危険ですので、庭で続行しましょう」
俺たちの横を無防備に通過し、庭へ出ていくので……俺とルミーナも外に出ていく。道中仕掛けられていた罠をガン無視して。
本当は剣なんか扱えなくて、お偉いさんに良い所を見せつけ、罠で捕まえて剣を使わずに終わらせようとしていたのか、無傷且つ拘束なしで外に出てきた俺とルミーナを見てオーマスは舌打ちしている。本気で捕まえたいなら魔法使えよな。俺は引っかかったかもしれないぞ。
後片付けをしていたメイドや執事は全員非戦闘員だからか、グレた俺とルミーナを見て驚愕し、戦闘が始まる雰囲気を察して散開する。そこに入れ替わって最低限の自衛はできるお偉いさんやマリアが室内から出てくる。せめて結婚相手のマリアに護衛の一人や二人付ければいいのにな。そこに結婚の本意や身分の違いが見えてくるが、相当に勝てる自信があるからなのかもしれない。
「そういえば聞いてなかったな。どの国から来た。パブルス帝国か?」
あからさまに時間稼ぎをし、話で解決したい意思丸見えだが、増援の気配は無いし多少の対話をしておかないと懲りそうにもないので、
「旅人だ。各地でメイドとして働いている。最近訪れたのはデリザリン王国だな」
もうパブルス帝国の刺客としか思っていないようだが、カエラが不幸を被らないように別の回答をする。初めて転移で訪れた国はデリザリン王国で、まだ一年も経っていないんで最近判定だ。
「名を名乗れ」
「アーリーだ」
「ルロアよ」
各地を旅する冒険者としてこれら偽名をこの周辺を管轄する『ラペス』というギルドに登録しているので、後に詮索されれば住んでいる地が未登録でも人物が存在していることについては判明するだろう。日雇いメイドを梯子して、依頼履歴に複数のメイドという文字を残したのも、こうなる先を見越しての行為でもあった。日付の概念が地球程なく、ギルド登録日時や依頼をいつこなしたかは書かれていないので、旅先や需要がある場所で稼いでいると考えられるからな。
お陰である程度の戦闘も披露可能な訳で、ルミーナは念話でオーマスが魔法使いじゃないことと、この場に強力な魔法使いがいないことを伝えてくる。
「なぜマリアを奪いに来た」
「あんなに家事が出来て、戦闘も出来る人間がいるか? しかも魔法剣士だぞ? 他にいるわけないだろ。だから俺たちはルーカス家と婚約して仲間に勧誘できなくなる前に奇襲しにきた」
完全な捏造話だが、アーリーという人物ならあり得る話だ。迷わず堂々と発言する。
「私たちにはマリアが必要なの。だから乗り込んできたわ」
対峙してみてある程度は戦力があることが判明し、メイドなので家事もできるので、マリアをそこまで欲する理由が不鮮明だと思うはずなのに、今のオーマスは相当追い詰められているのか、ツッコミどころに反応を示さない。
「そういうことか。だが式を中断したことは到底許され難い行為だ。でもこうなってしまってはしょうがない。これ以上人々に無様な式を曝け出したくないからな」
ルーカス家はどんな一族なのかは知らないが、その名に恥じない行為を心がけるような発言や仕草を見せたオーマスは、己の剣術を披露すると公言したのでお偉いさんたちに一礼し、お得意の突進攻撃をしかけてきた。
オーマスは剣。対して俺は徒手。お偉いさんから見ればオーマスが圧倒的有利に思える戦局だろう。だが俺は剣や銃を隠し持っているし、オーマスじゃなくても徒手で剣使いを圧倒することぐらいできる。
未熟すぎて見慣れない構えで俺に向って走ってくるオーマスは横薙ぎする気満々なので、オーマスの剣の殺傷圏内に入るまで何も行動を起こさず、
「対抗しないのか? 少しでも恐れた俺が臆病者みたいだ」
挑発と呆れが混ざったような発言をしてくるオーマスだが、まだわかっていないようだ。俺の方が圧倒的に強く、今は弱い自分を演じないといけないのでわざと肉薄させていることに。
転んだかのように全身を下に落とし、直立していた俺の胸辺りを斬ろうとしていたオーマスの剣は空を切る。
やはり剣の初心者らしく、振り切った剣に体が持って行かれているオーマスは殴って下さいと言わんばかりに顎を出しているので、そこにアッパーをかます。あれ? なんか既視感あるな。
この世界は強ければ強いほど好かれる。それは英語で言うラブでもライクでもある。なのであまりに圧勝すると詮索されかねないので、今後はギリギリ勝てたを演出しないといけない。となれば、最近かましたアッパーのように強くは出来ないので……ちょっと痛いぐらいのアッパーにする。
「ッヅ!」
「……え」
加減したつもりだったが、またも程度を間違えたらしく……オーマスの歯が数本折れた。〔常に全力出してると、力加減って難しいな〕
〔私は違うからね?〕
力加減したつもりでこうもなってしまえば、これからどうすればいいのか分からないので……ただ弱いだけの可能性もあるオーマスと距離をとり、標的をルミーナに逸らす。
「な、中々いいアッパーだ……」
お偉いさんの前とあって、強がらなくてはいけないオーマスは赤く染まった唾を吐き、
「だが、次はどうだろうか」
再び剣を構えて飛び出したオーマスの狙いはルミーナなので、その隙にマリアの元へ近づく。
「おい、あんな奴と結婚するぐらいなら俺らと行動を共にしろよ。それが嫌ならせめて元居た場所に戻れよ。本心じゃないんだろ? 強要されているようにしか見えんぞ」
端から作戦を練っていた感を隠す為にマリアの前であたふたして見せるが、言動が大根演技過ぎる。それでもオーマスがおされていると見てわかる状況に、お偉いさんたちは判断力が低下しているようで、演技だと見抜けていない。ラッキー。
「おい、本当に連れて行くつもりか?」
「この顔を見て思わなかったのか? どう見ても婚約を望んでないだろ。それに、逃げる気満々だろ? この逃走準備の早さ」
お偉いさんの一人から声をかけられたんで、無駄に長くて走りづらいドレスを破り捨てているマリアを見てから手を差し伸べる。
「お前がオルレラン公国でどんな人なのか、パブルス帝国をどうして陥れたいのか知らんが、そういう趣味の悪いことは止めておくんだな。このように、平民から制裁が下されるぞ」
ビリビリに破れ、複層構造のミニスカートみたくなったマリアは、引っ張られるがまま走り出す。スカートの丈は左が短めで右が普通の丈になっている所を見るに、普段のマリアからは見られない乱雑さがある。いつも俺以上にぶっきらぼうな印象があるが、やる時は演技派だな。
「おい! 俺の嫁に触れるな!」
「まだお前の嫁にはなってないぞ。式の途中だろ?」
腕を引っ張られるマリアが否定的な表情じゃないからか、頭に来るところがあったらしいオーマスの視線がこっちに向き、
「どこ見てんのよ」
頭上にルミーナの両拳の振り下ろしを直に食らっている。あれはかなり脳に響いたな。
「おい! マリアよ! このオーマスの事を好きになっていないのか⁉」
そもそも俺とルミーナ以外に目がないっていうのに、出会って即刻結婚を申し込んでる野郎に好きなところがある訳がない。マリアを知らなさすぎて、発言を間違えたな。
「好き、とはなんですか?」
マリアは今現在俺とルミーナとは友達じゃないことになっているからか、いつもみたいに他人からの要望は一切聞かないという冷たい反応じゃなく、この雰囲気をぶち壊すようなおとぼけ発言をかます。
「ほら、胸の中に熱いなにかとかさ、俺宛にないか?」
「……ありません」
ズバリ即答するのはアレだと思ったのか、多少は黙り込んでくれたものの、マリアの表情には感情が籠っていない。オーマスに対して、何の好意も抱いていないという証と捉えらえる。
「奴隷の分際でよくもそんな事言えたなァ!」
「パブルス帝国は奴隷制度を撤廃しています」
やはりオーマスもその類だったらしく、差別に肯定的な意味で煩い。マリアが調子を狂わせるために今言う必要がない説明をしても、たじろかない。
「まあいい。どうせ結局は政略結婚だ。調教すればいい。本人がどう思おうが俺の意志は揺るがない」
失神させることならいつでもできるが、マリアとオーマスの会話に決着がつかないと今後執着されると思ったのか、ルミーナは敢えて隙だらけのオーマスを攻撃しない。
どうやらこの国は身分制度や奴隷制度があるらしく、そういう制度を行使する気満々のオーマスは、
「関係者の皆様、パブルス帝国との関係が優位になれるよう、烏滸がましい要望ではありますが、マリア・クァイエ拘束のお手伝いをお願い致します」
やはりそう来たか。俺達がマリアを略奪しに来るとは事前に言っていないし、思ってもいなかっただろう。だが、ここに駆け付けている関係者全員は、マリアとオーマスが結婚することによって、パブルス帝国との関係性に何らかの影響が出ると分かっている。しかもオルレラン公国の貴族ばかりだというので、オルレラン公国が得になることを阻止しようとする俺たちに対峙し、オーマスに協力するに決まっている。
遂にやる気を出し始めた一同が俺達三人の逃げ道を塞ぐように多方向から迫ってくる。
〔戦力だけはオープンするべきか?〕
人数にしてざっと三十人。魔法使いは大勢いないっぽいが、貴族とあって有名な騎士の一族も混じっているからか、自信や放つ殺気が凡人のものではない。オーマスと同等に扱っているとこっちが滅んでしまう。
〔そうするしかなさそうね。とりあえずオーマスを失神させて思い知らせて、貴族が焦った瞬間に≪レベレント≫。これでどう?〕
ここに居る貴族を全滅させると、確実にオルレラン公国の王族がアーリーとルロアを詮索する。王族が捜査するとなれば、存在しない架空の人物だと割れるのは時間の問題だろう。となればそこそこの戦力で思い知らせ、反省してもらうしかなく……
〔それで行くぞ〕
〔わかりました〕
≪ラスペリファンス≫でマリアとも念話ができるようにしたらしく、これからの戦闘手順を共有できた俺たちは、各々戦闘態勢を整える。彼らにギリギリ勝てるぐらいの戦力で。
見た目一番屈強な男性を筆頭に、徐々に攻撃をしかける素振りを見せだしたので……俺とルミーナ、マリアは揃って偶々避けることが出来たを装うために、スレスレで剣や拳を交わしながらオーマスに接近する。
「何故か標的が俺に向いている! 助けてくれ! クソッ、運がいいな!」
意図的にスレスレで躱しているが、運がいいとしか捉えられないオーマスはかなり逃げ腰。やっぱりコイツはあまり戦闘を得意とする人じゃなかったようだ。それに、さっきの醜態のせいか、あまり護衛されている印象も受けない。
〔もう一瞬で片付けるぞ。コイツに叫ばれるのも面倒だ〕
この家からは城が見えないので、オルレランの中心からは遠い位置にあるんだろうが、周辺の人々は確実にルーカス家で挙式していることを知っているだろう。だってオーマスってこう見えて貴族らしいしな。そんな場所から悲鳴が上がれば、それなりに人が集まってしまう。すると余計厄介になるし行動が面倒になるが、俺たちは一発で仕留める威力で攻撃できない。なので三角形の中央にオーマスが居る形を取った。それからタコ殴りすれば……数の暴力で劣ったってことにできるだろう。
「お前の人海戦術も呆気なかったな」
「私達があまりに運がいいようで、皆焦って何もできていないわよ。無能ね」
囲まれて上空しか逃げ場がなくなったオーマスは、絶望の表情を露わにする。コイツが魔法使いだったら瞬間移動したり、浮遊して空に逃走したりするんだろうが、生憎魔法使いじゃないし、ルミーナは魔法使いなので対抗できる。
そろそろ叫びそうなので、お話はここまでにして……俺達三人はオーマスを計三発で仕留めることに成功した。
「さてと、まずは主将終わりだな」
頭から無防備に倒れていくオーマスの姿を見て、貴族の皆さんが訝しんだり一歩引いたりする。その仕草は俺たちの思う壺だ。
「これ以上騒ぎになりたくないんでね」
元々逃げ腰だったところに、政略結婚が破綻しかけたから急遽加勢しただけで、ビビって保守的な立ち回りだし、そもそもルーカス家に対する敬意が薄れたせいであまり積極的に助太刀している感じもしない。そんな交戦意思が薄れてきた貴族にガンを飛ばし、更に委縮させたところで……
「マリアには一生関わるんじゃねえぞ」
「パブルス帝国の王族に密告してあげるわ」
髪の毛で隠れた方の目を隙間から覗かせて威嚇し、ルミーナの≪レベレント≫で三人揃ってオルレラン公国にあるルーカス家とお別れした。
「何ともいえねー……」
自宅に転移してきた俺は、何事も無かったかの如く早速メイド服に着替えるマリア片目に溜息を吐く。
「確かに呆気なかったけど、地球じゃ経験できないでしょ?」
「経験できねえけどよ、もっと話ややこしくなってくれてもいいんだが。マリアには悪いが、救い甲斐がねえっつーかなんつーか……」
せっかく魔法がある世界なんだしもっと魔法を連発されて苦戦を強いられたかった。この世界でも魔法が使える人口は少ないといえど、それがなかったら地球の戦闘より何億倍も温く、せっかく知らないことだらけのこの世界がつまらなく感じてしまう。
「地球は過激すぎなのよ。この世界で暮らす私から見れば、もう未来永劫伝えられるようなハプニングばかりに巻き込まれているんだけど」
「私もそう思います」
「うっそだろ。地球より何もかも劣り過ぎだろ」
現地民からしてみれば、無名の冒険者がエルドギラノスを討伐し、ギルド買取価格で満足したり、商社で今まで存在していなかった物を生みまくっていたり、絶対に勝てないと思わしき魔王の攻撃を全て防ぎきり、元の姿に戻したり、身分制度があって、等しい身分じゃないのでするべきじゃない婚姻相手の略奪行為を決行し、成功したりしているので、確かに俺達三人は常軌を逸しているのかもしれないが、俺からしてみればそこまで過激とは思えない。まだ異世界の文化や風習を知り尽くしていなかったり、地球は本人らが言う通り異常過ぎるからかもしれないが、やらないといけなくなったからやっている、ただそうとしか思えない。そんなんならせめてこの世界にしか無い魔法というものを、全員が使えるぐらいになってほしいぐらいある。そもそも≪エル≫シリーズを使わない戦闘ってのは刺激がなさすぎる。が、フレームアーマーはちとやりすぎだ。
「とにもかくにも、まだやる事あるでしょ」
ルミーナからそう言われて、思い出す。マリアを取り戻し、もうこの騒動については終結したとばかりに思っていたが……そういえば後始末的なやる事や、これを通してやっぱりそうするべきだと実感したことがあった。
まずは俺とルミーナとマリアしかいない三人だからこそ持ち出せる、マリアに関するお話事が最優先なので、
「俺とルミーナは今回の件でマリアに一つ頼みがある。いや、もしかすると命令になるかもしれない」
俺とルミーナが真剣な面持ちで自分に対する発言をしているとあって、マリアはしっかりとした服装、しっかりとした態度で正対する。
そこまでされると話辛い要望なんだが、これもマリアの個性という事で、話を進める。
「やっぱり眷属契約を交わすべきじゃないか?」
単刀直入に俺とルミーナが話し合ってそうするべきだと判断した要望をマリアに伝える。いきなり結論から話したが、今回の出来事を経て説明は不要だろう。
するとマリアは……例の如く奴隷とかメイドとか主張して否定してこない。今回の出来事によって、自身でも心境の変化があったようだ。
「ガンガン来るような性格じゃないから、私達から順番にハグするわ。もしそうしたい意思があれば、成功するはずだわ」
契約は双方の同意の上で成り立つものなので、相手が直接口に出して好んでいる事を言わなくても、心の中で好きな感情があれば成立する。内向的な性格でも結べるのが契約の良くも悪くもある一面だ。
ルミーナは無理に回答を求めず、マリアに抱きつき、唇同士を接触させた。
結果から言うと、契約は成立した。ルミーナの後に俺もマリアを抱擁したら、前回は意識していなかったので分からなかったが、今回は意識できるので瞬時に魔法陣が浮かび上がった光景を目撃し、次第にマリアの思考が筒抜けになってきた。所謂結婚すると同義らしいので、ルミーナ・マリア間はできるのか疑問に思っていたが、そういや同性婚があるぐらいなのでできないはずがないか。
まだ上手く思考の開放具合が制御できないからか、マリアから相当素直に慣れないことに対して謝罪している意が伝わってくるが、口に出せていないという事はやはりまだ奴隷としての癖的な奴が残っているようだ。俺とルミーナには改善する方法が分からないので、本人が変わるのを待つのみだな。
契約を終えた俺たち三人は、パブルス城に出向いていた。今回の件に関する報告と、要望ってところだ。
「おお! 無事でよかったのじゃ!」
俺たちが三人揃って現れたとあって、カエラは大喜び。次期帝王に決定した瞬間並みにはしゃいでいる。
「オーマスから盗み聞きしたんだが、これは政略結婚で、パブルス帝国との交渉や商談を有利に進めようとしていたらしいぜ」
忘れないうちにこの騒動で判明した重要な情報を共有する。
「やっぱりそうじゃったか。関係がない国からいきなりお見合いの話が来るのはおかしいと思ったのじゃ」
しかもパブルス帝国が荒れた直後という。行動の妨げにならないように敢えて意識しないようにしていたが、一段落ついた今考えてみるとおかしな点が沢山挙げられる。
「デリザリン王国を挟んでおるから関りを持つつもりはなかったが、絶対に関りを持たない理由がこれでできたの」
「それなりの理由あんのに更に必要か?」
「特にないのじゃ」
ギャハハと笑うカエラが俺の質問にあまりにとぼけた調子で言うもんで、鼻で笑ってしまう。
「私達偽名で活動したから、パブルス帝国の関係者と割れていないはずよ」
「おお! 後の事も考えて行動していたのか! 態々ありがとうなのじゃ!」
メイドとして偽りの姿で略奪行為をすることは知っていても、パブルス帝国の人として行動していたと思っていたカエラはまさかの展開に驚いている。
「それでなんだが、今回マリアがこうなった理由って、クァイエ家が側近になって、更に奴隷の身になって、下に見れるからこそなんだろ?」
「残念ながら、そうじゃろうな」
自分の父親の仕業なので謝罪してくるが、そこには特に触れず、
「なら俺たちと同じチーム、結婚したってことでもいい。とにかくマリアは誰かのところに行ったってことにできないのか? それか同じ貴族として扱うように公言するとかさ」
何と言えばいいのかわからないので、へんてこな発言になってしまった。そのせいでカエラは結局何が言いたいのか分からず首を傾げているが、俺の言いたいことが言葉に出していない範囲も全てわかるルミーナが、
「可能ならパブルス帝国で新しい貴族――私達の家名を作って、それをマリアにも使うってのはどう? そうしたらこのようなことは起きないと思うわ」
俺が言いたかったこと汲み取り、自分の意見も交えた答えを導き出してくれる。つまり今後マリアは奴隷に成り下がったクァイエ家として扱われず、新しい他の家名として扱われることにすれば、その家名がやらかさない限り、同じ貴族として扱われる。とにかく、身分制度がある国でも貴族同等に活動しやすくしたいって事だ。
「家名のぅ……」
「夫婦や家族じゃないからおかしな話だけれど、ここの国は自由なんでしょ? なら冒険者のチーム名みたいな感じでもいいんじゃない?」
実際は数時間前に家族のようにお互い助け合い、尊重し合う関係性になった訳だが……俺たちの要望を聞いたカエラは、特に悩むこともなく、
「我を救ったとあって町民も納得するはずじゃ。本来なら身分制度がない国じゃが……別に構わんぞ! 好きにするのじゃ」
「気が利くな」
元は俺たちを貴族にでもしたかったのか、やっとこの日が来たといわんばかりの喜びようになる。一般的には貴族は四段階に分けられ、公爵は王族の側近レベル、侯爵は第二都市などで領地所有権限、伯爵は大きな領地所有権限、子爵は小さな領地所有権限が与えられ、基本的にいくら有名だろうが一代だけで後も続く気配がなければ与えられないらしいが……この国は本当に身分制度が無いんだよな……? 外面を良くするってことだろう。
「表向きにそれで行動するだけだから、普段は本当の名前、家名で呼んでいいわよ」
時々混同して新しい人物が生まれてしまうかもしれないが、内容的にはこのような騒動の再発防止なので、間違えられても特に問題ない。多分これ以降あまりパブルス帝国を出ることはないだろうし、そのパブルス帝国内なら殆どの国民に本名を名乗っても問題ない認知度だろうしな。
地球でルミーナやマリアに付けた偽名はその場しのぎみたいな奴だったのであまり熟考しなかったが、今回の家名は今後異世界で一生背負う家名になる。適当に思いついた奴でいいとは思わないし、思えない。
「だったら家名を決めないとじゃな。もう案があったりするかの?」
パブルス帝国は町民からの推薦による成り上がり形式だからか、貴族登録手続きみたいなものは無いらしく、書類を出すこともなく口頭で約束事が進行する。
「全く考えてない」
「何でもよいぞ」
「んー……、何が良いんだろうな」
「そうね……」
自分の家名にもなるし、ルミーナとマリアの家名にもなるので、俺一人がぱっと思いついたのを言う訳にはいかない。三人で思考を共有しつつ思案するが……何一ついい感じの家名が思いつかない。
「他の貴族はどうやって家名を決めたんだ?」
参考程度にと思って聞いてみたが……
「大体我が適当に名付けておる」
「マジかよ」
想像していなかった回答が返ってきた。この世界の人についてよくわからないが、家名はそのぐらいの気持ちでいいものなんだろうか。数少ない貴族となってようやく付くっていうのにな。
「カエラの正式名称の配列的に、俺の名前だとシュウヤの後に付くんだろ? シュウヤ・何何・アラヤか……」
まず名前の順番がシュウヤからの時点でややこしいのに、更に一つ追加されるとなると違和感しかない。それはルミーナとマリアもそうなんだが……
「間違っておるぞ。しゅーやの場合、シュウヤ・何何になるのじゃ。ルミーナとマリアもそうなるのぉ」
「え?」
そうなる理由が分からないし、見当もつかない。
「ならカエラは何で旧家名が付いてんだ?」
カエラの名前からそうなると推理したのに、異世界人でアラヤという家名がこの国に存在しているか怪しい俺は愚か、ルミーナとマリアも例外みたいなので、自分の意見がどう違うのか理解に苦しむ。
「平民は名前だけで家名はなく、貴族は名前に王族から授かった家名が付きます。王族は名前、家名、更に受け継がれし国名が付く為、カエラ様の場合、カエラ・パブルス・フィリザーラになっております。これはこの国に限った話じゃなく、身分制度がある国共通の決まりと言えます」
前々から思っていたが、過去のデータや細かい決まりに関してはカエラより戦乱の戦乙女の方が詳しいらしく、回答したのはカエラではなくヴィオネだった。
今までこの世界で沢山の名前しかない平民や、何々家と呼ばれている明らかに名家みたいな人などを沢山会ったり聞いたりしていたので、名称が二段構成の人は貴族だと想像はついていたが……まさか貴族同士が結婚すると三段構成になるとかじゃなく、三段構成は王族に限る話だとはな。それも王族の側近が語る話なので、驚き納得せざるを得ない。しかも貴族になると、仕様上その国に戸籍を登録したことにもなるな。俺たちには問題ない話だが。
「パブルスが家名で、現在帝国の国名はパブルスで……なんかややこしいな」
「最近の悩みはそれなのじゃ。カエラ・パブルス・パブルスは嫌じゃからのう……」
国名ってのはその国を創った奴の名前が反映されると思うので、フィリザーラ帝国を変えた男・イカロスの家名、パブルスが帝国の新しい国名になったんだろうが、変更してから自身が死ぬまでイカロス・パブルス・パブルスで過ごす予定でいたのだろうか。その時はさぞ怒り狂っていたと思うので、あまり考えていなかったんだろう。それか……
「国を創った奴の血族が現代まで生き残っていて、未だに王族の奴はいないのか?」
そういう国があれば、その王族の名前を参考にすることが出来るはずだ。
「デリザリン王国じゃな。フィリザーラ帝国より大昔からある国で、ずっとデリザリン家が王族を務めておる」
「すげえな」
あのドS王女・メアリ、意外と凄い家系だったんだな。長年先代が築いてきた歴史があるからあのSさでも王族として続けられていて、支持率が高いままなんだろう。
「改名したいならメアリを参考にすれば……って、確かアイツはメアリ・デン・シャーロットだっけか。デリザリンなくないか?」
よくよく考えれば先程の説明とメアリの正式名称が一致しない。そのせいでギリギリ理解できていた脳内は混乱状態に陥るが……
「デリザリンはデンと省略されており、家名と順序が入れ替えられています。名前が最初に来さえすれば、その辺りの調整は王族の自由とされています」
王族はその国のトップなので「とされています」というか、本人の思うがままだが……カーラントの説明のお陰で、メアリの名前の構造については理解できた。だが他の疑問が発生してしまった。
「『家名と』っていうが、デリザリンが家名じゃないのか?」
デリザリン王国を創ったのはデリザリン家だ。そしてメアリはデリザリン家の血族。つまり家名もデリザリンのはずだ。
「本来なら彼女はメアリ・デリザリン・デリザリンじゃ」
「だよな」
「でもその正式名称は嫌じゃから、迎え入れたシャーロット家の家名を引き継ぎ、国名のデリザリンを略し、良い感じに整えたのじゃ」
「時にはDとも略されます」
「そういうことか」
やっとメアリの正式名称について完全に理解した。父か母か知らんが、デリザリン以外の家名・シャーロットを引き継いだ結果、こうなった訳か。家名がある貴族の誰かと結婚してないとメアリが産まれていないし、家名を変更できていないはずだしな。
「もしカエラが正式名称を改名したいなら、親の家名を引き継ぐか、パブルスを略すか、早く異性を見つけないといけないわね」
本人は悩んでいるだけで、まだ改名すると決まった訳じゃないが、ルミーナはもしもの話を語る。
「それができたらもうどうにかしているのじゃ……」
思い出したくないことでも思い出させてしまったようで、カエラは難しい表情になった。いくら自由な国柄でも王族の言動一つで国の将来は変わってしまう。先代の失敗もあるし、おいそれと行動できないんだろう。
「カエラ様のお母様は平民ですので、変える家名がありません」
「デリザリンはどう略しても語呂が悪いですし……」
「カエラ様は私達とだけ一緒にいたいと熱望していますので、貴族は愚か平民ともご結婚なさるご予定はありません」
戦乱の戦乙女は誠実が故にそうできない理由をぶちまけているんだろうが、カエラの発言の時点で大体察しているので、それ以上言わない方が良いと思うぞ。知らぬ間にカエラを傷つけているからな。
「もーこの話はいいのじゃ! 我のことよりもほら、お主らの家名はどうするのかの⁉」
やっぱりそこまで言われるとキレて当然で、カエラは話を元に戻そうとする。これ以上弄るほど性格悪くないので、
「何が良いんだろうな」
再び家名を考えてみるが……なーんにも思いつかない。最近は親の衝動的・突発的な行動でキラキラネームなるものもあるみたいだが、日本人は基本的に子供に付ける名前には何らかの意味合いが含まれる場合が多い。『萩耶』ってどういう意図でつけたんだろうな? どんぐらい考えて決めたんだろうな?
「もう新しく貴族になる俺らの家名はカエラが適当に決めてくれよ。寧ろ優遇されて考えろって方が難しい」
ルミーナとマリアの思考を読んでみたところ、誰もこれにしたいという家名を思いついていなかったので、もう他の貴族同様ランダムでいい。どうせ表向きの家名だしな。
「本当にいいのかの?」
「いいわよ」
聞き直すカエラにルミーナが頷くと……
「なら『カータレット』で決定じゃ!」
勿論適当に決定するからか、考える間もなく今日から俺たちの家名となる『カータレット』を宣言した。
「シュウヤ・カータレットか」
「カータレットねえ……いいんじゃない?」
「当たりを引いた方かもな」
三人の名前に意外と合っているように思えるので、これは幸運だ。もし『デガン』とか言われた日には考えた方が良かったなと後悔するところだった。
「気に入ってもらって何よりじゃ」
適当に言ったにしては事前に決めていたかのような安心感と達成感だが、そこにはあまり触れないでおこう。カエラは前々から俺たちを貴族にしたがっていたしな。
「貴族は家紋が必要なので、職人にデザインしていただきますが、何か要望はありますか?」
「変なのじゃなければ何でもいい」
「分かりました」
ミミアント商会にはどこの国で授かった家名かは知らないが、貴族が二名いる。だから二種類の家紋をミミアント商会内で見たことがある。似たようなので言えば、デリザリン王国の門番の鎧には国章も刻まれていた。ああいう類のが俺達カータレット家にも付くんだろうが、そういうのにこだわりはない。剣と徒手と魔法を分担しているので、拳と剣と本が描かれた家紋だろうが、エルドギラノスが大口開いてる絵だろうが何でもいい。
「それじゃまた暫しのお別れだ」
これで対人の絡みが無くなる訳だし、後すべきことはミミアント商会の大移動と、行きつけの居酒屋『シャガル ミネヴァルト』での作戦だけだ。もしかすると気が変わってデリザリン王国との関係性に終止符を打ちに行くかもしれないが、とりあえずは鍛錬の毎日が送れるに違いないだろう。
今回のマリア略奪関係に要した期間は、ルーカス家がマリアを迎えに来て、オルレラン公国に導くまでの凡そ一か月ぐらいの移動時間があった上に、俺たちはそれ以前にデリザリン王国で指名手配になっていたり、途中で一度地球に行っていたりしている。なので体感早くても日数的には数か月経過していると予想する。ミミアント商会はもう少し時間がかかるとのことだったし、ここで一度地球を挟む必要があるかもだ。
城から出て数分の自宅に帰宅した俺たちは、一段落して早々地球に転移することにした。そろそろマリアに対異世界人騒動を見せておきたいので――普通なら願うもんじゃないが――転移者が現れるように、出元のこの世界全体に向けて祈祷しておこう。




