14 波乱
勿論転移先は自宅。非常に狭い自宅のベッドの上に土足のまま直立した俺達三人は、揃って周囲を見渡す。俺はここが自宅だと分かって安堵し、ルミーナは転移に成功してほっとし、マリアは初めての転移で色々思うことがあるような面持ちだ。
異世界の家や施設は基本的に靴を脱がないので、靴底の清潔さは部屋に上がる時に徹底している。なのでベッドの上に土足のまま立って居たって足跡がついたりはしないが、流石に即刻交戦状態になっていない以上、靴を脱いで過ごすこの家で土足のままで居ようとは思わないんで、まずは玄関に靴を置くことにした。ルミーナとマリアも異世界の家同様靴を脱いで玄関に置いた。異世界の自宅もこの仕様にしたので、異常な狭さ以外あまり違和感は抱いていないようだな。
この散らかりまくって埃っぽい部屋はメイドとして認められなかったのか、ルミーナは分からないなりにもまずは掃除に取り掛かった。言語が伝わらないと分かっているからか何も喋らないが、自主的に掃除をしだすとか有能過ぎるだろ。俺とルミーナも多少は見習うべきだ。
異世界を旅立ったのは夜遅い時間帯だったので、今の地球は当然日中。時計を見ると、十時と表示されていた。そしてその時計の右側に表示されている日付を見て……
「……もう秋か」
夏をすっ飛ばした現実を目の当たりにして、友達ともっとはしゃぎたかったなという気分になる。
退治は島民の命を守る役なので、長期休暇は無いに等しいし、休みがあっても人工島外には滅多に出られない。だが、流石に一般的な夏休みの期間には希望休が約一週間分は選べるので、日付を合わせれば友達と遊ぶことが出来るんだ。問題点は人手不足にならないように一日に同時に休める人数の上限があることと、これはいつものことだが――人工島外に出られる合計人数に上限があることぐらいだ。例外もあるが、基本的に経験を積ませる為にランクが高い順に優先度が設けられている為、低ランク帯――石塚とかは、タイミングが合ってなければ休みや自由時間無しだったろうな。
もう室内温度が四十度を超えることはなさそうだが、家中の窓を開けないと節約の為扇風機すらない家では耐えられないので、カーテンを開けて窓を開けていると……
ピンポンピンポンピピピピピピピピンポン!
「――うっせえ!」
日付を見た時に日曜日と書かれていたので危惧していたが、もうアイツが俺達の帰宅を察知して突撃してきた。降り立った時の衝撃音、もっと吸収してくれませんかねぇ、ベッドさん?
流石に二度も襲撃されれば誰が来たのか分かるルミーナと同じく、俺の目線は今一番居たら怪しいマリアに向けられるわけで……
「出てきます」
「そーゆー意味じゃねえ!」
接客をして来いという乞いに勘違いしたらしく、玄関に近づくので寝室に押し込んだ。
「これから入ってくる奴に、絶対に姿を現すな。絶対だぞ?」
寧ろ出てこいと言わんばかりの念押し具合だが、異世界にはお笑いの文化がなさそうだったので、これを出た方がいいと捉える思考がないだろう。
「メイドですがダメなのでしょうか」
「それだから余計ダメなんだよ。知らん女がいる時点でダメなのに、現実――地球じゃありえん設定だともっとヤバいだろ」
そういう喫茶はあるらしいが、少なくとも俺は地球で人に仕えている本物のメイドを見たことがない。それは、通常お目にかかれる存在じゃない人が雇っている存在だからでもあろうし、そもそも雇う金も無い一般人同士がそういう奴隷と主人染みた関係性だと、二人の間で何かあったかのように思われかねない。つまり今のマリアは当時のルミーナより言い訳が効きづらい存在だ。
「ねえ、あの子いつの間にかスペアキー作ってるわよ」
「ふつーに犯罪じゃねーか!」
覗き穴から石塚の様子を窺ったルミーナは、中からでないと開けられないと一目で理解できるドアチェーンをロックした。
開錠してドアを思いっきり開けようとするが、チェーンに阻まれて少しの隙間しか空かなかったが、石塚はその隙間から恨み、妬み、殺意、憤怒など、負の感情を募りまくった表情を中に向けてくる。一般人が見ると、普通に委縮するな。
「あいつ普段休日は昼まで惰眠を貪るくせに今日に限って起きやがって……」
小声で愚痴をこぼしながら玄関に近づく。
「どこに行ってたの⁉」
「おめーは過保護な親か! どこに行こうがてめーに関係ねえだろ!」
わけわからん動物が乱雑にプリントされた服を着た石塚は、開いた隙間に手を伸ばし入れ、チェーンを開けようと試みる。このアパート、鍵は異なっていても、ドアチェーンの構造は一緒。外からでも普通に開けることが可能だと知っていやがる。ゴミ防犯。
「あーっ! 妹ちゃんだ! そんなにも接近しちゃって、変なことされて虜になったんでしょ!」
俺や楓なら普通に開けられるが、また一段と太ったらしい石塚は腕が挟まって動かなくなっている。お陰でドアチェーンを開けられることはなさそうだが、次は瑠実が危険に晒された。
「変なことってなによ」
「え? えっと……あの……え、え、え、えっ……あうぅ……」
「は?」
急に赤面して失速した石塚は挟まった腕も元気無さそうになる。一体何がしたくて何が言いたいんだよ、この阿呆は。
玄関に腕が挟まったまま放置しておくと警察が強盗と勘違いして面倒事になってしまうので、見つかったのが運の尽きということで……しょうがなく玄関の鍵を開けてやる。
するとそこに丁度楓もやってきたな。上の階の騒ぎに気付いて駆け付けたんだろう。生憎突撃に失敗してガラスに大の字で激突しているが。
「全身がブニューってなってるぞ」
今回はガラスが割れなかっただけいいが、楓は時々焦って壁を蹴ってしまい、ブランコの要領で勢いに乗って突撃してくることがある。そういう時は大抵当たり所が悪くてガラスが割れるので、毎度防弾性のガラスに弁償してもらう上でガムテープを×印に貼っているが……なんか×印が標的みたいになってないか? 最近。
結局全員集合したが、まだ見つかっていないので適当に会話して石塚だけでも帰らせるか。
「ん?」
ルミーナが居た時と同様、普段は開いているはずの寝室の扉が今回も閉まっているので、それに気づいた石塚は俺と扉を交互に見る。
〔絶対に表情に出してはダメよ〕
意外と一般人相手には表情に出るのか、念話で注意喚起してくる。それに加えて楓もごくりと息を呑む。楓はきっと俺が活躍できる戦力と有名になる美貌を有しているから、何らかの形で友達が増えているだろうと長年の勘で想像できてるんだろう。
「また今回も女連れてきたの?」
「んなわけねーだろ。ていうか瑠実は妹だ」
人の顔を妬み顔で見つめてくる石塚には嘘を吐いている事がバレないように最善を尽くす。と言っても、表情に焦りを混ぜないようにするだけだが。
ここで動くと余計怪しいので、あたかもどうでもいいことのようにソファに座ったままで外を眺めておく。実際は反射で石塚を見ているが。
「ふーん」
あまりにもどうでもいいことのように言ったからか、石塚は開けるのを止めてソファに戻ろうとするが……
「本当は居るんでしょ!」
バレバレの演技だったが、本当は諦めていなかったようで、俺が真実を言っていようが確かめる気であったらしく、寝室の中に突撃していった。きっともう俺への信頼度は最底辺に達してしまっているから、疑わしきは確かめて罰することにしたんだろうな。
部屋の中には勿論マリアが居る訳で、俺も後を追って扉から中の様子を窺ってみると……
「あーーーーーーーーーーっ!」
せめて隠れる努力ぐらいすればいいのに、部屋に正座したままだったマリアは当然見つかったようだ。
「あちゃー」
「新しい仲間だ」
やっぱりか、と口を半開きにして呆然とする楓には後で詳しい説明をするとして、
「二人目⁉」
「ちげーよ。ていうか妹を一人目判定にするな」
俺の顔を見上げるなり怒りを露わにするので、速攻でマリアの偽名と嘘の設定を考える。あーもう、事前に考えときゃよかった。
「あー、えーっと、あれだ、姉だ、姉。名前は茉莉。言ってなかったが、俺には姉も居るんだよ」
「え?」
また無理のある嘘を適当に言いふらしたが、チョロさに定評がある石塚は意外と肯定的だ。バカめ。
「近くの会社に転勤することになったから、家が見つかるまで今日からしばらくここに泊まらせることにしたんだ」
会社員でもないし寧ろ異世界人のマリアだが、何とかありえそうな言い訳を捏造し、更に現実味を帯びさせるために、
「表札見たか? ちゃんと三人の名前書いてるだろ?」
ルミーナに念話で表札の一定時間偽造を頼み、前々から家族になる伏線があったかのような話を振る。
「ええっ?」
まずアパートに表札がある時点で怪しむ気がしたのに、そんなところを気にかけたことがなく、そもそもないものだと判断できなかったらしい石塚はそそくさと玄関まで駆けて行った。
「ええええええええええええええええええええ⁉」
何度目かの驚きを見せた石塚は、超特急で居間まで戻ってくる。
「実は血がつながってないとか?」
「ちゃんと繋がってるぞ」
「こんなにも容姿って変わるんだね~」
ちゃんと同じ苗字だった衝撃に加え、俺とルミーナとマリアを見比べて容姿の差に衝撃を受けている。どう考えても同じ腹から産まれたとは思えない容姿の差だが、石塚はそのチョロさからまんまと騙されている。あーバカで助かる。
「始めまして。ご主人様とお嬢様のメイドを務めさせていただいております、マリア・クァイエと申します。以後、お見知り置きを」
石塚の厄介さからか、コイツ相手には友好関係でないと今後の身が危ないと自己判断でもしたらしく、滅多に喋らないマリアはほぼ初めて自主的に発言した。しかも、丁寧に≪トラスネス≫まで使って。
でも、それは今発揮されちゃうと困る。なんたって、今の俺とマリアは姉弟関係で、荒谷茉莉という名前であり、メイドではないからな。
「ご主人……? お嬢様……? メイド……? クワイエ……?」
俺とルミーナと楓が焦る中、俺とマリアが言っている事が違う事に気付いた石塚はこんがらがっている。
「ああ、言い忘れていた。ねーちゃんはメイドとして働いている。所謂職業病って奴だな、ハハ」
悩みこむ石塚の背中を押して寝室に誘導し、その隙にルミーナと楓は大急ぎでマリアに訳を話してくれる。
「あ、あれ……? ややくんに真面目な方……?」
「ただのメイ……違う、姉だ。今は金稼がんとやってけんから、どっかそこら辺の変な店で働いてんだよ。あんまつっこんでやんな」
地球でのメイドという存在の扱いが分からないので、邪な存在のように語ってしまうが、コイツがどっちかが嘘を吐いていると思い至らなければ何と言われ何と思われようが構わん。どうせ以降会う時のマリアは俺の姉として接するより俺のメイドとして接していそうだし。
「でもっ! 私だってややくんとキスしたもん!」
色々考えてこの状況をどう解釈したのか、とりあえずマリアを敵認定したっぽい石塚は、Uターンして寝室から出て、マリアを指差しつつ接触回数が上回っている事をアピールしだした。
「してねーわボケ」
遂に壊れて俺と同じく嘘を吐きだした石塚にチョップをかます。
「あうっ。きゅ、9年前に!」
「そんな昔ノーカンだろ! ていうか記憶ねえよ! 捏造するな!」
忘れていそうな昔話を持ち掛けて、もしかするとしていたのかと考えさせる暇を作らせようとしたのか知らんが、生憎九年前の記憶はかろうじて残っている。もっと昔を例に挙げればよかったのにな。まあ、その時は絶対に出会っていないだろうが。
石塚とマリアの言い争いというか、俺と石塚の言い争いになりつつある中、
「でっでも! びっ、びっ、Bもしたもん!」
「してねえだろ! いつしたんだよ! ――てかBってんだよ!」
いきなり接触した回数か内容をイニシャルで伏せだした石塚は、徐々に顔面を赤く染め上げていく。一体何を想像したらそんな顔面になるのか、ここに居る全員が分かるしっかりとした日本語で教えていただきたい。アホには無理か。
「ベッドの上で!」
「はあ? どうせお前が勝手にしたことだろ!」
楓となら修学旅行か何かで同じベッドに入った記憶があるが、石塚とはそんな記憶は一切ない。捏造話か、一緒にベッドを椅子代わりにして座った事でもBとしてカウントしているんだろう。という事で判明したが、BとはベッドのBみたいだな。
「なら写真持ってくるよ⁉」
「は⁉」
まさか証拠があるとかほざきやがるので、今年一番の衝撃を受ける。ルミーナと楓も、俺が正気か疑うような表情になっている。
「あったとしても、過去の記憶は忘れる主義なんで。それに、このご時世加工とかで捏造はし放題だ」
あっぶね。現代技術に助けられた。
それなりの主張をすると、
「なら……ファーストインパクトは何年前?」
本当に過去の記憶は忘れる主義なのか、国民の誰もが忘れないであろうあの悲劇について質問してきた。
その出来事には深くかかわっている訳で……
「五年前だ」
無意識のうちに回答してしまった。
「忘れてないじゃん!」
「全部、とは言ってないぞっ」
これもまたしょうもない言い訳で乗り切り、急遽話を変える。
「Bはベッドなんだろ⁉ ならキスはKか?」
今は誰でも気軽に加工ができる時代で、石塚がやろうと思えば俺と一緒に寝ている写真ぐらい捏造することが可能だ。が、この世界で暮らす楓は疑問に思ってくれたとしても、そもそも写真という技術すら知らないルミーナは、その場面を切り取って絵として保存できると知れば、加工という技術を知るまでずっと俺に殺意を向けてくるだろう。口では否定的な態度でも、内心では肯定的な態度という事になるからな。面倒事は増やしたくないんで、過去の記憶をフルオープンにしてルミーナがそんな記憶がないことを確認できるようにし、話を逸らす為に自分なりの略語を語る石塚に意味を問う。
「違うよ! キスはA! Bは挿入を行わない性行為!」
「キモ、変態かよ」
キスがAと聞いた時点ではそうなっている理由がわからなかったが、Bがそっち関係と聞いてすぐに理解できた。コイツは口に出して言いにくい事を自分なりにアルファベットに置き換えて言っているんだ。ともなれば、俺とBとかやってないくせにやったとか言い張ってるのはたちが悪いな。そして相当気持ち悪い。思わずドン引きしすぎてめっちゃ低い声が出たぞ。コイツと友達になったつもりはないが、学校ですら顔面を見たくなくなった。ていうか殺していいか?
「他はあるの?」
ここで石塚を鎮められることが出来ると判断したのか、楓はそのイニシャルについてもっと詳しい説明を要求する。
「え? し、Cは……せ、せこ、せ、せぃこい……」
「は? セコい?」
今のところせこいのはお前の方だろ。俺としてもいないAやらBやらを主張しているんだからな。
「で、Dは妊娠……Eは結婚っ……Fは家族!」
DとEの時だけ何故か超小声だが、この場に居る全員耳が良いので、普通に聞き取れてしまう。耳が良いのも考えもんだな。
「難しい言葉使うのかっこいいと思う時期あるよな。専門的な話ならしょうがないが、難しい言葉を使うより、いかに相手に伝わりやすい言葉を選べるかが重要だと思うぞ」
ここぞとばかりに講釈垂れていたら、ルミーナも攻撃を仕掛けたらしく……
「なら私達……Fね」
「えええええええええええええーっ⁉」
「いや兄妹だから家族に決まってんだろ! 瑠実も誤解を招くような言い方するなよ」
もう最後のランクまで上り詰めていることを誇らしく宣言するルミーナだが、確かに異世界だとその判定になる契約を結んではいるが……この世界ではあくまで疑似兄妹関係。Fではあるが、このタイミングで言うFは明らかに石塚に喧嘩を売っている。
「しゅうやん、多分このFは兄妹のFって意味じゃないと思う……」
「俺も薄々そう感じてる」
石塚の顔を見てみると、両手で視界を塞いでおり、湯気が上がっててもおかしくないぐらい顔が真っ赤になっている。単に勘違いしているかもしれないが、きっと俺が想像しているFと石塚が想像しているFとでは何かがズレているんだろう。とりあえず分かった事は、石塚はかなりの変態だったってことだ。知らん間に新兵の弟子入りでもしたんか?
「とりあえず! 姉でも妹でもこれ以上ややくんに近づかないで! やや君はあやの彼氏なの!」
「ちげーぞ? しれっと嘘吐くなよ? 殺すぞ?」
ストレートに彼氏とか言うせいで、少し反応が遅れた。ルミーナと楓からまた正気か疑われるところだった。
「萩耶は物じゃないわ、人よ。アンタが萩耶の判断や行動を変更できる権利があるとでも?」
「彼女だからあるもーん」
「ちげーよ?」
反論の余地がない指摘にまさか彼女だから権利があるという超理論。そもそも彼氏彼女関係でもないのに、そんな願望が根強くある女が誰と付き合えるというんだ。まずひん曲がった感性を正せ。
「ならどっちがよりややくんの事知ってるか勝負しよ! 負けたら諦めて言う事聞いてね!」
「受けて立つわ。その代わり、私が勝ったら一生消え失せる事」
「おい、俺に権利があるんじゃなかったのかよ」
勝手に石塚が俺を賭けて勝負を挑み、負けず嫌いのルミーナが乗る始末。自由を主張してくれたはずのルミーナは念話で〔負けるはずがないでしょ。それに、一生撃退できるチャンスよ。萩耶も念話で協力するのよ〕などと対決を受けて立ったそれなりの理由言ってくる。やるならやるでいいが、そんな不正して勝って嬉しいのか?
最初はマリアに矛先が向いていたが、いつの間にか俺、ルミーナと移った石塚は、楓に出題を求めている。そんな楓が俺の方を見てどうするべきか訴えかけるので……泣く泣く頷いて許諾せざるを得ない。そのせいで俺公認の勝負になってしまったが……もうこの際どうでもいい。勝手に勝負してくれ。最悪俺は異世界に逃げるからよ。
「じゃしゅうやん『はい』か『yes』で答えてね」
「拒否権は!?」
「え? いるかなー……」
それはルミーナの回答に対する正誤判定であって、楓の視線は石塚に向いていないが……変な事言うから勘違いしたバカが胸張ってるぞ。
ということで開催された俺に関する勝負だが、俺は正解を言わないといけないので付き合わされ、蚊帳の外になってしまったマリアは部屋の掃除なんかを再開しだした。なんだこれ。話飛びすぎだろ。
「好きな髪色は?」
「百パー黒でしょ!」
「違うわよ、赤と金よ」
最初の質問からいきなり自分の髪色を言ってどっちが好きかに賭けてきやがった二人に、俺は率直に「赤と金だ」と回答する。まあ当然石塚は豆鉄砲を食らった鳩みたいになる。
「色で見たらピンクとか青とか白とか、うすーい色が好きなんだけどねー」
楓も楓で俺の好きな色を完全的中させてマウントを取っている。が、二人は楓になんか眼中になく……
「貧乳派? 巨乳派?」
「巨乳! いつも見てるもん!」
「貧乳よ。邪魔になるじゃない」
二問目にしていきなり身体的特徴になったが、二人は自身の体型と相反する解答をする。
「……貧乳だ」
回答するのは気まずかったが、俺の回答理由はルミーナの理由と一致する。大きいと、行動する度に跳ねて邪魔そうなので、見ているこっちが削げと思うからな。そして多分石塚がいつも見てると勘違いしたのは、俺が身長的な問題でいつもルミーナを見る時は若干下に視線を向けているからだろう。なのでルミーナより身長が低い石塚からしてみれば、胸を見ているように見えたってことだ。アイツの脳内が腐り過ぎてなけりゃそんな思考に至らなかったのにな。
「好きな飲み物は?」
「プロテイン! 愼平君と飲んでた!」
「水よ。お金がかからないじゃない」
「水だな」
お金がかからないというと石塚が怪しみそうだったが、問題に集中しているせいか、あまり気になっていない様子。ていうかプロテインとか飲まねーよ。金があってもな。
きっと石塚が目撃したのは、プロテインを飲む愼平の横でスポーツドリンクを飲む俺の姿で、色が濁っていたからプロテインだと勘違いしたんだろう。なんかあれも粉から作れるらしいからな。
「好きなことは?」
「夜遊び!」
「公園でジャンプとか回転する奴よ」
「パルクールな。ルミーナの正解だ」
公園に限った話じゃないが、パルクールをするのが趣味だ。実戦に活かせるのもあるし、どういう設置物やどういうルートでどのような技を決めようか考えて実践するあの一時がたまらない。夜遊びと間違えたのは、多分対転移者に関する行為の事だろう。転移者は統計的に夜に来る確率が六割から七割を占めているので、シェルター外にいる俺は帰宅時間をずらさないと違法者かと怪しまれるので、必然的に帰宅が遅くなるからな。
四問中四問外したとあって、石塚のメンタルはもうズタボロだ。顔面がグロッキー状態過ぎて目も当てられん。
「最終問題だよー!」
「えー! 最後五点にしてよ!」
計五問クイズだったらしく、もう三問目の時点で勝ち目がなかった石塚が追加点を要求するので、楓は俺とルミーナの顔を見渡し……
「なら当たったら五点! 好きな女性の年齢は?」
最終問題はひっかけ問題にしたらしく、一瞬にやけ顔になった楓も楓で石塚に勝たせる気がないな。
俺は二週目をしている。そしてそれを隠している。唯一知っているのはこの楓だけだ。つまり、石塚が自分が好きだと言ってほしければ同級生――16歳と言う。だが実際は四年も年が離れているのでそれは間違えとなる。なら逆に不本意だろうが妹の瑠実が好きだという前提で、年下と答えたとしても、それも間違えになる。そもそも妹という設定が嘘の時点で間違えだが、ルミーナの実年齢は300歳ぐらいだからな。エルフって300歳ぐらいが人間でいう20歳ぐらいって本人が言っていたし。因みに魔族のマリアは900歳ぐらいで人間の20歳ぐらい。異世界の人々は戦死以外で滅多に死なない都合上、不老と思っていいらしい。
年上と答えるのは退治で先輩と絡みがない関係上石塚的には意味がないと思うはずなので、答えないとして……この問題は、石塚に正解させる気がないと言える。やはり石塚を嫌う気持ちはみんな同じようだな。
悪者同士にやけが止まらない楓と俺とルミーナは罰が当たりそうだが、これはあくまで自衛行為。今まで犯されてきた日常が罰だと言えるだろう。
「年上よ」
「そんなわけないよ! 同級生か下級生だよ! でも……きっと同級生!」
まんまとこの問題の闇に飲まれた石塚は、下級生も言っておくことで答えが下級生だった場合に有利になろうとしているが、そんな狡い技を使っても意味がない。この問題はそれ以上に狡いんだからな。
下級生の石塚より断然年上のルミーナの方が好きな俺は、
「そうだな……ざっと三百歳ぐらい年上の方がいいな」
ちゃんと白黒はっきりする為に具体的な数値を上げたが、よくよく考えれば地球ではそんな長生きできる人類はいない。石塚が顔面蒼白になる理由も分かる。だが言ってしまったものは取り返せないので、俺は女性に興味がないから存在しない年齢層を言ったという事で……
「瑠実の完全正解だな。つまり、そういうことだ」
好みを五つ暴露する羽目になったが、これで今後邪魔が入らないと思えば清々しい。
「うぅ……」
完全敗北でその場に崩れ落ち、めそめそ嘘泣きする石塚は時間を稼いでまだ滞在しようとする気が満々なので、
「ほら、出て行けよ」
デコピンで玄関側に吹っ飛ばしてやり、退室を催促する。だが、それでも石塚はその場を動こうとしない。女性を泣かせたという罪悪感で、諦めてもらおうとしているようだな。たちが悪い。
だがそんな作戦は無慈悲に消え去る。なんたってそんな罪悪感を抱かないルミーナがいるし、そもそも俺はコイツを友達と思っていないからな。
泣いても泣いても相手してくれないからか、
「ややくんは私だけのものーーッ‼」
次は俺を強奪する作戦を実行するらしく、いきなり立ち上がって俺の腕を絡み取り、玄関に向かおうとするが……お前如きの腕力で人が動くと思ったか。
引っ張っても引っ張っても微動だにしない俺を見て石塚は疑問と焦りを同時に浮かべる。
「勝負の結果は瑠実の勝ちだし、俺の道は俺が決める。それでもお前は強引に自分の理想を実現しようとするのか? そんな本人の意思に反した、言わば操り人形のような相手に満足できるのか?」
「できる!」
「そこ普通出来ないような苦しい表情するとこだろ! アホか!」
折角ヤツの家に蔓延るぬいぐるみを例に挙げて俺らしくない問い掛けをしたというのに、そんなシンプルでバカ極まりない回答が返ってくると、こっちの努力が水の泡となるだろ。
「むむむむむ……! バカーッ!」
自分の思い通りにならなかったことにそろそろ耐えられなくなったのか、当然だが全然言うことを聞いてくれなかった俺に走り去る前に制裁を下すらしく、不器用な発言と共に鈍足なビンタの軌道を描く。あまりにも遅すぎる軌道なので、楓でも避けられることが可能だが、このビンタをわざと食らっといて今後の会話を有利に進ませた方がいいな。てなわけで防御態勢も避けるしぐさも見せず、寧ろ蚊に食われた方がウザいビンタを食らいに行く。
俺の思考が読めるルミーナは石塚に対して特に何も言わず、楓はわざとらしくキャーと悲鳴を上げる中、石塚はビンタをしちゃった自分に一瞬驚いてから走り去ろうとするが……
――バチンッ!
「なっ」
まさかの展開に、俺とルミーナと楓が驚愕した。
それは……マリアが、石塚の頬にビンタをくらわせていたからだ。それも、数メートルは吹っ飛ぶ威力で。
「ご主人様への危害はメイドとして到底許され難い行為です。よって、正当な反撃をお許し下さい」
「お、おい……」
いつもはあんなに人に冷たく俺とルミーナだけには優しくしているマリアだが、イカロスを守る奴隷的な本能が未だに根付いていて、それのせいで触発されたのか、自ら行動に出たぞ。
俺とルミーナはマリアを止めることが出来ず、楓は再び起き上がる石塚に驚く中……
「むむむ……!」
反撃されたことでとうとう怒りが最高潮に達したのか、マリアに反撃のビンタをかました。だが、マリアはびくともしない。ただ手のひらと頬の衝突音が室内に響き渡る。そして正当防衛という事で、マリアは石塚にやり返す。
「痛っ!」
それも、石塚の千倍は強い威力で。
だが、それでも石塚は立ち去らない。どこからその恨みが生まれるのか分からないが、勝手に俺を自身の彼氏と設定しているから。
どうすんだよ、この状況……
俺とルミーナと楓は何をしていいのか分からず、結局二人が落ち着くまで見守ることしか出来ず……最終的に両頬を腫れ上がらせた石塚が大泣きして降参する形で終結した。自己中心的な行動や発言をかましたのは石塚だが、あそこまで懲らしめられると寧ろこっちが悪いみたいに見えて後味が悪い。
俺やルミーナが何を言おうとマリアはそういう性格というかなんというかなので、特に叱ることもなく……その日は石塚の痕跡を全て消す勢いで掃除するマリアの事を楓に説明してあげてから、地球の俺らしい貧乏らしさ且つ、戦闘を生業とする人間らしい鍛錬漬けのスケジュールで終わった。
翌朝、月曜日なので学生は登校する必要がある。だが、それは一週目――つまり、高校生に限った話。二週目である俺は昼までフリーとなる。でもそれも二週目を公にしている人に限る話で、二週目を隠している俺は午前を完全に欠席すると怪しまれる。なので本来なら朝から登校した方が良いんだが……そこら辺の説明をマリアにする必要がある。だから今日は昼から登校させてもらう。
ある程度地球生活について説明を終え、
「つまりルミーナとこの部屋で待機してもらうことになるが、くれぐれも外に出たり、異世界人らしい特徴を出したり、魔法を使うんじゃねえぞ?」
前回のようにルミーナが勝手にどの程度なら魔法が使えるか試していたり、魔法で透明になった状態で学校に突撃されると地球人としてはたまったもんじゃない。Wアラームが鳴るんじゃないかと常にひやひやしながら行動しないといけないので、戦闘時並みに精神がすり減る。
「この家は見ての通り掃除があまり行き届いていない。慣れない環境でも掃除したいようだし、するのは別にいいんだが……」
特に返事がないが、ちゃんと聞いて実行してくれることは分かっている。言わずに見つけられて弄られるより事前に言って手を付けさせない方が良いと思ったので、
「実はこの天井の上には隠し部屋がある。俺とルミーナしか知らないな。危険物で溢れているから、そこだけには絶対に無断で入るな。わかったな?」
言ったらこっちが損するような相手でもないので、ちゃんと隠し部屋の位置を教えてあげながら注意喚起する。
転移者が頻繁に訪れるようになり、それに対抗する人工島が出来、特に退治に通うことになる学生は近辺に住めるということだったので……≪エル・ダブル・ユニバース≫を有する俺は新谷家を出て一人暮らしすることになった。その時初めて来た言わば他人の家は、ここのアパートだった。住むにあたって、初日にバカバカしく脱出ルートの確認や盗聴器がないかなどの確認を片っ端から行っていたその最中、天井の真ん中あたりを押し上げた時、天井が上に持ち上がり、この屋根裏部屋を発見したのだ。ここまでしないと見つけられない部屋だし、下から見れば上に部屋があるとは到底思えない隠匿性があったので、俺はその日からその部屋を隠れ部屋にしたり、重火器の置き場所にしたり、財産や貴重品を置いている。しかもこれを見つけた時にすぐ理事長に連絡したところ……気付いたことに驚かれていた時点でお察しだったが、この部屋は同じアパートの住民でも分からないような隠し部屋らしい。その中は殴っても壊れない耐久性を誇り、発砲してもバレない防音性があるとも聞き、隠さないといけない物が多い俺の為に、引っ越し前に増設してくれたらしい。新谷家の一員だと言えど、理事長には感謝している。
「はい、かしこまりました」
話が終わった最後に一礼して返答してくれたマリアは、早速換気して掃除に取り掛かろうとするので……
「ルミーナも見張っておいてくれ、と言いたいところだが、数時間後に俺の元へ来てくれないか? 渡したいものがある」
まだ朝の十時ぐらいだが、寄るところがあるので外出準備を整え、玄関で背後のルミーナに振り返る。
「タイミングは契約の恩恵で見計らうわ」
その受け取るものが、地球のあれやこれやが載った辞書だと念話で理解したルミーナとお別れし、学生は勉強中、親は仕事中で人気が全然ない人工島住宅街を八区目指して歩む。
フレームアーマーは銃弾が利かない。それを卓越したスピードで行動できるというのもあるし、銃弾では装甲を貫通できないからだ。そんな装甲はどのような物質で形成されているかは知らないが……俺の戦闘服は、フレームアーマーの装甲と同じ物質で設計されているので、銃弾をも弾く高性能という事になる。だが、原型はあの体に密着したタイツのような下地である上に女性用なので、男性の俺が使うには改良が必要で……結果あんな超重量になった。石塚が勝手に洗濯しようとした時なんか、そもそも持ち上げれていなかった。余談だが、フレームアーマーはバイザーがあったりして一部守られていたりする型もあるが、俺の装備は頭が無防備だ。なので殺りたい奴が現れれば大抵頭を狙ってくる。
俺でも知らない物質を使われているということは、戦闘服を作ってくれる人はそれなりの超人や対異世界人関係者でなければあり得ない訳で……これから訪問するお宅の主は、常日頃から鍛錬場所を提供いただきお世話になっている、あの唯月結乃だ。
俺が闇の英雄だとすれば、結乃は光の勇者。そんな奴の家に訪れたが……
『今は千葉県浦安市にある自宅兼工房にいるのだ!』
「あいよ」
前から家を三つ所有していて、八区は学校が忙しい時用と、退治の規則上所有する必要が生じた為、一応持っている別荘だと聞いていたが、まさか学校があるこの日に自宅にいるとは思わなかった。各家のインターフォンが連動していなければ、今頃路頭を彷徨うことになってたな。
ということで昼まで時間がないので、急いで千葉県浦安市に向う。WB社は孤島だが、退治がある人工島は本土――大井付近と繋がっており、結ぶ片道3.5kmの連絡橋は車道と線路と歩行者及びに自転車専用通路の三層構造なので、人間が走って渡る事もできる。退治の学生ならスマホの退治学生限定アプリから学生証を提示すれば歩行者及びに自転車専用通路の通行料は無料になるので、俺にとっては経費節約できてとてもありがたい。
インターフォンの映像越しには分かりづらいが、結乃は二十歳なのに身長が低く、幼児体型だ。そんな身長はなんと134センチ。日光に当たり過ぎると赤紫色に変色してしまう変わった髪質の黒髪ショートは、例の如く両サイド耳元で小さくツインテのように結われていて、頭頂部付近に獣人の耳みたいに両サイド隆起した寝癖らしき部分がある。そんな彼女はフレームアーマーを始めとする対異世界人兵器の生みの親と言ったが、実は彼女にWB社職員の殆どが女性だという理由の原因がある。それは結乃が女性で、我が身でないと分からない領域の男性の生体構造が把握できないと主張し、製造しようにも製造できないからだ。今の先端科学技術があれば、そのぐらいわかるんじゃないかと思ったらしい、当時戦闘で活躍していた男性がフレームアーマーに乗ってみたところ、本当に上手いように操縦できなかったそうで、結乃の主張は正しかったと証明されている。それでも男性はフレームアーマーが使えないだけで、フレームデバイスやフレームユニットなどは使えるので、完全に男性が就職できない企業とは言い難い。噂によれば、同性でないとちょっとアレな場面でもあるのか、冷遇されるとは聞くが。
閑話休題、そんな結乃の――工房も兼ねているので、必然的に豪邸となる――家に着いた。室内に入り、工房に通してもらう。今は丁度作業が完了して一息ついている所だったが、それが故に訪問しても一切反応しなかったり、睡眠時間が極端に増減したり、一食で一気に一日分の食事をとったりするらしい。今日の結乃は目に隈があり、前見た時よりやせ細って見える辺り、睡眠と食事を削ってるな。
「久しぶりなのだ!」
「生産の調子はよさそうで何よりだ」
胸下で生地が切れた、汗で地味に透けて体に張り付いている白いTシャツに、横腹が丸見え状態のオーバーオールを着た結乃が居る周辺は、今俺が立っている場所より製作に使う機械やパーツなどの道具が一面に広がっており、壁なんかは何色なのか見えなくなるほど物がかけられている。この密集具合、下手したらゴミ収集所よりごった返しているので、無暗に足を踏み入れ難いが、これは決して片付けてないから溢れていたり、汚いとかそういうのじゃない。楓もそうだが、この手の奴は必要な物を使いやすい位置に全てかけ集めて置いた結果こうなってるんだ。つまりこの工房はもう一種のアートのようになっている。
近づくと物の一つや二つ壊しそうで怖いので、数メートル離れた安全な位置から会話する。
「今日はちょっと要望があってだな。戦闘服を一着作ってほしいんだ」
最近になって異世界人と同居を始めていることは知らないだろうが、俺の武装を提供している時点で知っているし、WB社の関係者であるので知らない訳がないので、俺は何も包み隠さずに要望する。
「男性用と、女性用。どちらなのだ?」
「女性用だ。今回のは前回みたく、通気性や露出度を上げなくてもいい。俺と全く同じ奴を女性用と名付けてもらってもいい。そこら辺は任せるぜ」
「りょーかいなのだ!」
当然新谷家の事も知っている結乃は新谷家の人間に着させるんだろうと思っているだろうが、本当は異世界人に着させる。WB社の関係者に異世界人と暮らしているとは流石に言えないので、申し訳ないがそこは隠させてもらう。
「体型とかはどんな感じなのだ?」
物で溢れていても、ちゃんとどこになにがあるか把握しているので、俺から見たら全て同じパーツなのにそれが数万種類に分類されて収納されているケースを取り出しながら、結乃は服を着る人の特徴を聞いてくる。戦闘服にこんなパーツが使われているとは思えないので、手持ち無沙汰だからか整理する為なんだろうが、これだけの細かく複雑なパーツが組み合わさってフレームアーマーなどが出来てると思うと、原型を生んだ者の技術力ってすげえなと思う。
「んー、体の起伏に乏しくて、全身が筋肉質で、それでいて華奢で……身長は165だな」
マリアを思い浮かべながら身体的特徴を指折り挙げるが、結乃の視線は俺に向いていない。斜め後ろに向いている。その視線が気になって話すのを止めてしまった。
「……もしかして、そこに居るお方なのだ?」
「え?」
誰もいない俺の背後を見ながら怖い事を言い出すので、見えないものが見えてしまう結乃にゾッとしてしまう。
「ゆのお前、遂に見えちゃいけねえものまで見えだしたか。ちゃんと休めよ? 過労死するぞ」
「あ、いなくなったのだ」
霊感が強いとは噂で聞いちゃいたが、真剣な眼差しで俺の背後を見ないでいただきたい。背後霊でもいるんじゃないかと思って今後思い出した時にゾッとするだろ。姿現したら抹殺するが。
〔魔法がバレるとはね〕
〔は?〕
そんなところにいきなりルミーナから念話が入ってきて、思わず口に出して話すところだった。
〔背後霊ってルミーナなのか?〕
〔マリアよ。戦闘服が合うかどうか、その時になったら萩耶だけに見えるようになってもらって、比較してもらうところだったのよ〕
〔それで霊感が強い結乃にバレたってことか〕
俺の思考回路はルミーナには読み取れる。なので俺が今から何をしようか知っていても当然で、マリアを透明状態でストーカーさせていたようだ。背後霊がマリアとわかってホッとするが、
〔そもそも戦闘服はそんな一瞬でできねーよ。早くても明日だろ〕
ルミーナのはたまたま予知通りの人間だったからあった訳で、二人の相手に結婚できないのでそもそも予知すらしなかったであろうマリアの分は当然ない。これから一から製作するんだ。
〔鍛錬を積みたいからって早とちりしすぎたわ。私の時もすでにできてたし、つい直ぐに作れるものなのかと思ってた〕
まだ手元に辞書がなく、することが何もないからか、暇を持て余したルミーナは俺に目を付けたらしいな。俺的にはその向上心だけで充分だ。
魔法って霊感が強ければ案外見えるのかもと新事実を目の当たりにし、
「まあそんなとこだ」
これ以上は語る特徴もないので、俺からの説明は終わりにする。
「ゆのの将来みたいなのだ」
聞き終えた結乃は無邪気過ぎて思ったことをハッキリ言うが、その年齢からマリア体型に成長するとは思えんから、そんな夢思い描かない方が良いと思う。体が小柄すぎて自分の年齢が行方不明になっているんだろう。
「今回はどんな形で払えばいい?」
「んー、最近開発した銃を試してほしいのだ!」
俺は結乃に沢山の武装面の要望をするが、お金がないので通常であれば当然取引未成立となる。だが、そんなお財布事情を理解してくれている結乃は、俺でも払えるレベルの一定額を毎月受け取る制度にし、それで賄えない分は自身からの要望に応えるという形で対等な取引をしている。月額は安いし、要望なんかは滅多にないので、結局普通に買えば目玉が飛び出てもおかしくないはずの装備を、お友達価格で提供してもらえて俺がひたすら得しているような感じだ。本人は自身の技術向上になるから、これでいいという寛大さ。いくら乞食気質でも要望が無いか聞かないわけにはいかない。
そして今回は丁度要望があったらしく、隣の部屋からケースを持ってくる。
「『CTZ-7』なのだ!」
既に銃の名前が決まっていたようで、誰もいない方向に構えて見せてきた。
見た目はAUGとSCARの合体版的な銃だが、撃った時の感覚はどのようなものか確かめる為に発砲が可能な場所に移動して、装填してからマンターゲットに向けてCTZ-7を構えるが……
「想像以上に重いな」
構えられなくはないが、アサルトライフルとは思えない重量だ。
「フレームアーマーの装備候補だから重量は考慮してないのだ」
髪の毛をハーフアップに結い直す結乃はそう説明してから戦闘服を作りに工房へ戻って行ったので、CTZ-7を何回か試射してから学校に行くか。
CTZ-7を撃った感想は、AUGの命中精度と安定性を引き継いだ装弾数とレートに長けたSCARのプルアップ版って感じだった。欠点は重量だけで、そこは問題ないそうだが、俺はプルアップの経験が浅かったので、多少リロードがしづらいなと思ったぐらいだ。流石ミリオタが作る銃なだけある。
自分と言わば敵対しているような存在の今後の武器を試射する羽目になったが、取引上試射せざるを得ない、相手の武器を先に知れた、などと利点はたくさん思いつく。ぼちぼち昼休みに突入しつつある退治に登校した。
教室に行くと面倒なことになることは分かっているので、丁度通りかかった知り合いに禎樹を外に呼んでもらうよう言ってもらい……『異世界人の為の地球知識入門』と題した本とは思えない分厚さの辞書を受け取った。ので、早急にルミーナに来てもらい、渡しておいた。ルミーナは理解能力に長けているので、夜には三割の内容は熟知できていることだろう。
辞書でも分からない単語があった場合に検索できるよう、スマホも渡し、検索方法を説明したが……魔法かと間違われた。確かに言われてみればスマホって一種の魔法だよな。たかが薄っぺらい板に何でも表示でき、調べたり遊べたり活用出来たり自由自在だしな。
電子書籍版の辞書の接続コードみたいなのも受け取ったが、俺すら使い方が分からないのでこれはまた今度使う事にして、ルミーナと別れる。視認できないが、契約の恩恵でどの辺をうろついてるのかがわかるのってやっぱりとんでもないな。しかも、異世界の概念なのに地球でも適応されているのがもっとヤバい。
専門科棟に向かおうとしたが、そういえば不在だった期間にどれだけ転移者が訪れていたか禎樹に聞き忘れていたので、泣く泣く教室に向かうと……禎樹はいなかった。だが、石塚が居た。最悪だ。
普通ならここで無視すればいいんだろうが、コイツの場合、戸締りを忘れた挙句連帯責任ということで1-4全員が一時間の放課後補習になってしまう。一時の気怠さより一時間の補習の方が面倒なんで、不本意ながら石塚を起こすことにする。
「おい。午後の授業始まるぞ。移動しろ」
話しかけても全然起きやがらないので、机を軽く蹴ってみると……
「ふぇ……? ね、寝てないよ? うつ伏せてただけ」
「袖を涎で濡らして、凸を赤くした状態でよくそんな嘘吐けたな」
そこ意地を張る意味が理解できなかった俺が指摘すると、石塚は涎を擦って広がせ、前髪を適当に手で弄ってから、
「……寝てました」
「素直でよろしい」
その対処法は意味をなしていないが、自白したならそれでいい。
本来なら石塚が戸締りをしないといけないが、本日のところは代わりに俺がしてやることにするか。だりー。
流石は優等生なだけあって、禎樹はもう迎撃科棟の教室に居た。それで不在だった期間中の転移者数を聞いたが……何と一桁だった。これは一般人にとっては喜ばしい数字といえるが、俺達対異世界人関係者からしてみれば、今度一気にドカンと大量の転移者が来るんじゃないかと恐ろしくなってくる数字といえる。
そんな中、午後の授業を終わらせたんだが……本当に最近は転移現象が少ないようで、今日も在学中に転移者が来なかった。だが、転移者並みに厄介な訪問者は居たもんで……放課時間になり、迎撃科棟を出た俺を出待ちしている糞野郎が居た。それは――石塚だ。
「あのねあのね、スーパーで10円ガム買ったら、あたりが出たの!」
俺の家に立ち入り禁止になってから、話したいことが山ほど溜まっているのか、石塚は一気に消化しにかかるので、適当に相槌を打って話をガン無視する。本来ならこのどうでもいい話の途中に「来週修学旅行があるんだ! ややくんも一緒の班にしたから来てくれると嬉しいなー」とか重要な話も挟んでくるので完全には無視できないのだが、一年の内に修学旅行があるとは思えないし、あったとしても今の俺には旅費を払う金がないので、どっちにしろついていくことができないだろう。ていうかそもそも二週目勢は修学旅行に同行していいのか? そこからのお話だ。
悲しいことに、石塚にとってはどれも重要な話だから話してると思うので、俺が重要な話だけを聞かせてくれって言ったところで状況が変わることは無いはずだ。なので存在自体がうるさいハイレゾ人間の音声をBGMにし、アパート目指して黙々と歩く。
「あっ。タイツ破けてた。どうやって塞ぐ? ペンで塗りつぶす? 絆創膏とかでカバー?」
しゃがんでタイツの穴を見つめる石塚の独り言には全く興味は持たず、
「ていうかお前、俺ん家に立ち入り禁止なのに一緒に帰っても意味なくないか?」
できればこんなのんびり帰りたくないし、こんな奴と一緒に歩てるだけで生き恥なんで、発言だけでもいやらしいのに、表情も汚物を見るようなものにする。
「ややくん酷い! だから今じゃないと話せないでしょ?」
「ああそういうことか。だが俺はお前と話す気なんか更々無いんだ」
「何で⁉」
それを言いたいのはこっちの方だ。いつから俺とお前が友達になったんだよ。一度も認めたつもりはないぞ。こんな災難しか齎さん女を。
「でもさ、ほら、ちゃんと車道側を歩いてくれてるじゃん」
「おめーが勝手に安全な方に立ってるだけじゃねーか」
こっちは言われて世の女性に対してはそうするべきなんだと初めて知ったわ。いつもマリアがより危険な方の半歩後ろに位置付くもんで、俺はいつも安全な方に近寄りまくって、マリアが無事になりやすいようにしていたからな。本来なら壁側だと隠密行動が取れるが、逃げ場を失うデメリットの方が大きいから避けたいのに。
「歩調も合わせてくれてるよ? 後、いつも『お帰り』って言うよね」
「歩調はお前が無理して早歩きしてるだけじゃねーか。『お帰り』は今まで一度もお前に対して言った記憶がないんだが」
隣に居た楓宛ての「お帰り」を自分のものだと解釈したりと、全て自分に都合よくしやがる石塚に、でけえ溜息が出る。こじつけバーナム人間とでも名付けてやろうか。それこそ今日は未だに視線を合わせていないっていうのに、それでもなお執着する理由が分からん。あぁ、直ちにこんな奴からの束縛から逃れたい。
「えー、なんか最近のややくん妹とあやとの扱いの差を感じるー。なんか不満―」
「故意だからな」
頬を膨らませる石塚に何も包み隠さず理由を述べてやったが、単語がバカには難しかったか、俺よりバカのコイツには理解できていないようだ。あってIQ2だな、コイツ。
不満そうになりながらも何だかんだついてくる石塚に悩まされていると、いつの間にかアパートについており……俺は階段を上り、自宅の鍵を開ける。そして靴も脱ぐわけだが……
「何でおめーがそんまま上がってきてんだよ!」
あたかもここが自宅かの如く、立ち入り禁止の石塚が俺の家に乱入してきた。
「おいお前、反省してんのか?」
退室しないなら殺すのも辞さない形相で石塚に歩み寄るが、
「何の事?」
当の本人はぽけーっとしたアホ面で白を切る。ほー、いい度胸じゃねーか。
なんかついてくる時点でこうなる気配はしていたが、まさかここまでとはな。辞書をマリアと呼んでいたルミーナも流石に驚いている。
〔アイツは俺に任せろ。こんな奴に時間を奪われるのは俺一人だけでいい。辞書を読め〕
立ち上がって防御態勢になろうとした二人に対して、まずはルミーナに念話で訴えかけ、後はルミーナが本に集中しだしたことで、マリアにその行動の意図を読み取ってもらう。
「おい。何も用がねえんだろ? なら自分の家に引っ込んでろよ」
俺の家には当然何もない。娯楽の一つや二つぐらいあればコイツが滞在する理由が分かるが、必要ない上に、それすらも買えないぐらいの資金力だ。
ただ容姿と運動神経に優れているだけで、頭が悪ければ金も無く、学校ですら不登校気味の俺なんかに興味を持つ者はこの世に存在しない。存在されても困るが。つまり石塚が俺を好き好む理由はないし、この家に滞在する目的もないはずだ。
まずは学校の鞄から外に出そうとしていると……
「えー、ずっと一緒にいたい」
こっちに振り向いた石塚は、相当気持ち悪い発言をかましてきた。その発言、気持ち悪すぎて魔王の物理攻撃以上に効いたぞ。
「正直言って俺はいたくない。というか見たくもないし、記憶からも消したい。でてけ」
何をしに学校に行っていたのかわからないぐらい軽量の鞄を外に放り投げ、後は石塚を追い出すだけになった。この部屋は逃げ回れる程でかくないので、ルミーナが助太刀に出るまでも無いな。
これ以上何かしようとしない素振りを見せると退室せざるを得ないと焦りだしたのか、石塚は決死の思いで考えついたらしい滞在理由を決行しようとしたらしく、何故か風呂場に入って行った。
「絶対に覗かないで」
風呂場で何をする気かは分からないが、そこで立てこもれば滞在できるとでも考えたのだろうか。そんな閉鎖空間ではそもそも俺と顔も合わせることもできないはずだ。そこまでして滞在したい理由が分からん。
閉められた扉を速攻で開けると……あら、軽い力で開いたな。押さえて開けられないようにしようとすらしなかったらしい。余計行動の意味が分からない。知能指数が違うとこうも噛み合わないんだな。
「ここは俺の家だ。お前に命令される筋合いはないわアホ」
「あうっ」
どうやら風呂に入って時間を稼ごうとしていたらしく、脱衣中だった石塚の首元を掴もうと手を差し伸べ、片手で持ち上げたまま石塚の自宅に連行してやろうとする。だが、それに捕まるほど石塚の意志は弱くなく、俺の手を阻止しようとしたのか、自身も手を差し伸ばしたせいで、脱衣中だった服が全て脱げ落ち……キャミソール姿になってしまう。うわ、また太ってるよこの女。勉強が出来なければ運動もできんとか、退治退学になるんじゃねえの?
「人ん家で風呂入る気満々になんなアホ」
バカらしい柄のパンツを履いているだけじゃなく、前後が逆という残念具合に吹き出しそうになりながらも、服を着なおして退室してくれるのを待つ。流石に見られている前で全裸になって入浴しようとする程コイツもバカじゃないだろう。
逃げ場を失ったからか、セーラー服を両手で持つ石塚が何もしようとしないので……
「とにかくさっさ帰ってくれ。さもなければ、お前の家に行って、シャンプーとリンスを配合するぞ」
この感じだとこの後風呂に入りたいんだろうから、されると困るようなことを言うが……石塚は微動だにしない。はぁ、されると地味にウザいことを列挙してやる。
「靴の配置をバラバラにするぞ。冷蔵庫の商品全部開封済みにするぞ。毛布と掛布団逆にするぞ。網戸破るぞ。ペットボトルに穴開けるぞ。椅――」
言っている途中で思ったが、これをすることになった自分の身の事を案じていなかった。だが、ここまでされると流石に耐えられないのか、
「分かった帰る! でも止めてね⁉」
「ああ分かった。お前が五秒以内に帰るならな」
超焦り顔でやっと帰る意思を見せてくれたので、風呂場から出ることを許してやる。大体男の部屋に気軽に入る女子っているもんか?
「――帰らないけどね!」
わざとらしく安心するような素振りを見せ、石塚に行動を起こす隙を与えてやると……まんまと引っかかってくれて、石塚はあたかも俺にバレていないような勝ち誇った表情を浮かべ、走り去ろうとした。
当然策略通りなので、走り去る石塚の首元をロックして家まで連行しようと考えていたが……
「あぐうっ!」
俺でも予想していなかった展開が起きた。それは……扉がある関係上、部屋と部屋の間には数センチの段差がある。同じアパートで同じ構造のはずなのに、その段差の事をど忘れしていたらしく……石塚は右足の小指を思いっきり衝突させ、骨が折れていても可笑しくないような異音を鳴らす。
「ほら見ろ。不法侵入するから天罰が下った」
どっちにしろ捕まえれていたんで、小指を押さえて縮こまる石塚を持ち上げて、背中に担いで家まで連行してやる。キャミソール姿のままだが、数秒の外出ぐらい誰からも目撃されないだろう。これもいい罰だ。
「子供扱いしないでー!」
小指が痛すぎて反撃の余地がないらしく、おんぶされた石塚は逃げることが出来ていない。よって、難なく外まで連行された。
「アニマルパンツ履いてるやつがどう子供じゃないと言えるんだ」
「あ、アニ……っ! 違うもん! 可愛いから履いてるんだもん!」
「開き直るなよ、みっともねえ」
キャミソールの下から見えている幼稚なパンツを、キャミソールを引っ張り下げて隠す石塚は、これを機に反省してくれるといいんだがな。悲しいことに、それができないのがこの石塚という女である。
「大体行動がガキのそれ過ぎるんだよ。おめーももう高校生なんだからよ、もうちょい大人びれよ。ていうか人ん家に不法侵入するのは本来警察沙汰だからな?」
言っても意味がないことは分かっているが、言わないとコイツに騒ぐ隙を与えることになる。意味ない発言でも言い続ける事に意味がある。
「おい聞いてんのか?」
「はい、鍵」
「話逸らすなよ。まあいいけどよ」
口に出しては言わないが、ルミーナより胸は無いし身長は低いし筋肉質でもないはずなのに、俺にかかる重量はルミーナを優に超えている。コイツ俺が異世界に行くたびに数キロずつ太ってないか? 大丈夫かよ。
石塚家の鍵を開け、俺の部屋でいう寝室にあたる位置に連行し、ぬいぐるみだらけの部屋に石塚を下ろす。さっきコイツ後ろ手で鍵を閉めてたが、それで俺が出れなくなるとでも思っていたのだろうか。コイツは玄関のシステムすら理解できていないようだ。
「……てかお前、高校生なのに漏らすのか」
こんな部屋に長居する理由は無いので、直ちに帰ろうとしたが……真ん中が綺麗に濡れた、部屋干しされた毛布を見てツッコまざるを得なかった。ていうか早朝から干しているはずなのに、今も乾いていないってどれだけ吸水させてんだよ。
「いや、ちがっ……これは……っ!」
アニマルパンツが露わになるよりも恥ずかしいことだからか、さっき以上に顔真っ赤になった石塚は、
「でもややくんも大きくなって漏らしたことぐらい一度はあるでしょ⁉」
なぜそうなったのかは知らないが、コヤツ開き直ってきた。見られてしまっては言い訳するのがバカらしかったんだろうか。
「ないだろ」
「ほら、エレベーターの中で油断したときとか、家だからって油断した時とか!」
何故か自分から失禁経験を暴露しまくる石塚は、これが初めてのことじゃないらしい。しかも、ベッド以外でもやらかしているようだ。寧ろ子供の方が優秀ぐらいあるぞ、こんな惨状だと。
「とりあえずだな、金輪際不法侵入するんじゃねえ。後餓鬼くせえのは止めとけ」
「わ、わかったよ。もう不法侵入しないよ」
俺だってこんなことで時間を浪費してる場合じゃねえ。反省の意を見せてこない石塚の両頬を引っ張る。
「おい、嘘つくな。本当にする気がなかったら勝手に作った合鍵を差し出すだろ」
「あ゛ぁー」
初めて人の頬を引っ張ったが、こんなにも伸びるもんなんだな。はちきれんばかりに引っ張ってやろう。
「自分に都合が悪い事は聞こえない主義か? 俺ん家の違法に複製した合鍵を出せ。没収だ」
「あ゛ぁー」
この野郎、これだけされといても隙さえあればまた不法侵入する気満々だなァ……もっと強めに頬を引っ張る。なんかビチッとか言ったけどまあいいだろ。
「か・ぎ・を・だ・せ」
「あ゛い」
これ以上引っ張られると千切れかねないとこまでされて自覚したらしく、石塚は制服の中から鍵を取り出して渡してきた。もしかすると違う鍵かもしれないので一応確認したが、確実に俺の家の鍵と同じ形状だったので大丈夫だろう。
「家が多少金持ってるからって好き放題しやがって……」
流石に合い鍵屋も人ん家の鍵を複製してくれないはずだ。多分知り合いか買収した合い鍵屋なんだろうな。やってることマジで終わってる。
「でもさ、妹と思っていいからさ、たまには遊びに来てもいいよ?」
「俺に妹がいるのを知ってるくせによくそんな事言えたな」
「あぁっ」
それを捨て台詞にして帰ろうかと思ったが、脚に抱き着いてきて行動を制限してきた。コイツまだあきらめきれないらしい。
「人間の体ってな、押されると痛い場所っていっぱいあるんだぜ?」
「え?」
「こことかな」
俺の足にからめる石塚の腕を掴み上げ、腕のツボを親指でグッと押してやる。
「いだっ⁉」
「いいか? お前は一生引っ込んでろ。簡単な話だろ? じゃあな」
足の痛みはもう引いていたらしいが、次は腕が痛くなって蹲った石塚が完全に行動不能になったところで、やっと帰宅することができる。あぁ、何分か知らんが、こういうのが積み重なるととてつもない時間の浪費になるんだよな。
「覚えてろよデカパイ女~!」
「何言ってんだアイツ……」
家の外にも聞こえる大声で叫ぶ醜い石塚に呆れていると……
「デカパイ何のメリットもないのにね?」
「今そこ関係ないだろ」
学校帰りか仕事帰りだった楓がちょうどアパートの敷地内に差し掛かったところだったみたいで、石塚の台詞を聞いてしまったらしい。あぁ、楓が居ると実家のような安心感あるな……
やっと安心できる空間になった自宅に帰宅でき、さっきは石塚の対応で精いっぱいだったのであまり気にかけなかったが、しっかり見れるようになった今部屋を見渡してみた所……
俺の一日は朝起きて午後まで鍛錬して、昼は学校で過ごし、放課後は知り合いとつるんだり趣味を嗜み、夜は武器の手入れや来れば転移者の相手をし、いつの間にか寝る時間になっている。そんな日々を送っていると、普段の行動外にあたる家事をする習慣はなかなかつかないもんで……俺の家にはゴミ屋敷並みとは言わないが、埃っぽい部屋にゴミが散らかっており、洗濯物は干したままで収納されず、窓の淵なんかはカビだらけで、電気なんかつけないからって半数ぐらいは切れたままだった。でも、今は家を間違えたかの如く……そんな悪い姿が何一つ残っていない。テレビとか雑誌で見るような理想的な部屋に変貌している。午後からの短時間で辞書に載っていた掃除に関する話を理解し、こんなところまで掃除する必要ないだろってぐらい普段触りも気にもしないところまでピカピカにできたマリアは……本当にすごいな。それもメイドとしては当たり前の仕事だからか、綺麗にしたことに対して誇らしそうにもマウントを取ってくる様子もない。俺にもし同じ時間が設けられていたところで、ここまで綺麗にすることは不可能だ。
「ゴミぐらいしか無くて心配されそうな部屋が私生活感のない部屋に成り果てたな。マリアってすごいな」
一般的には私生活感のない部屋とはあまり褒め言葉として言うような言葉じゃないが、俺の家は家具が極端に少なく、家電は殆ど使用しない生活を送っているので、俺からしてみれば誉め言葉判定になる。俺の意図を読み取れる相手は契約の恩恵で思考を読めるルミーナぐらいだろうが、マリアは一々ツッコんでくるようなタイプじゃないので説明は省略する。
今後自炊することになるからか、完全未使用の調理器具を買い揃えてはいるが、今日はまだそこまでたどり着いていないらしく、二人分の弁当が用意されている。割引シールが貼られている所を見るに、ちゃんと節約すべきだと理解してくれているようで何よりだが……
「一人分足りなくないか?」
電球だったり掃除道具を買ったせいで予算オーバーになった可能性は否めないが……
「マリアって魔族でしょ? 魔力を行動エネルギーに変換できるから、睡眠や食事は要らないみたいよ」
「こちらでは生活困窮状態だと伺いました。わたしは魔力で賄いますので、三人分の食費は不要です」
「睡眠も……? 嘘だろ?」
その病的にやせ細った体のせいで直ぐには納得できないが、だからこの前自分の飯は用意しないし、寝付けなかったのか。というか、食べない・寝ない生活&奴隷生活を続けていたせいで、もはやそれらのやり方を忘れてた感じか。
「魔力が少ないこの地でもやりくりできるのか?」
「はい」
「無理はすんなよ」
正直料理が得意なマリアには地球上の様々な料理を食べてもらって美食の知見を広げてほしくはあるが、金銭問題は切っても切れない存在だ。一人分の食費が浮くのはデカい。
「今そういう魔法あればいいのに、って思ったでしょ?」
「多少はな……」
「少なくとも私たちは知らないわね」
≪リフレッシュ≫と違って食事は同じ味ってのがほとんど存在しないので、食べれるなら毎食ちゃんと食べたくはある。とはいえ知らないなら大ピンチになったら楓か異世界に頼るしかないみたいだな。
税込100円になったハンバーグ弁当を持ち上げ、
「最安値を求めて店をハシゴするのはいいけど、節約できた値段で費やした時間は買えないから、覚えることだらけの今はそこまでしなくてもいいんだけどな」
しかもこの弁当、見る限りは中身多そうだが、裏が膨れ上がっており、中身が少ないのを多く見せるようとする狡い戦法を使っている弁当で、しかも照明の当たり具合で無駄に美味そうに見えるようになっているので俺は詐欺弁当と呼称している。だがそんなこと二人は知らないし、だからといって極端に高い訳でもないが。
「私知ってること多かったから散歩してたのよ。そういえばこれ、もう見えなくなったわ」
あまり出歩かないで欲しいが……何もすることがないからしょうがない。辞書の辞書として活用していたスマホを確認し、
「ここ押したらもう一回つくんだが……つかねえってことは、充電しないとだな」
お財布事情的に今後一人一台持つことは訪れないと思うが、滅多に使わないので興味を持ったら今後使いそうなマリアに充電の仕方を教えておく。
「そんなことより、なんでさっきから英語なんだよ」
ここアメリカでも異世界でもないはずなのに、ルミーナの発言がずっと英語で聞こえてくるから気持ちが悪い。理解できるから問題ないが、日本で常用されると違和感しかない。
「え、まさか萩耶が普段喋ってる言語ってこれじゃないの?」
「じゃないな。これだ」
口で日本語をしゃべり、辞書で日本語の項目を指差す。
「この言語の方が分かりやすくて良いと思うんだけど」
≪トラスネス≫を使ったのか、ルミーナの声が日本語で聞こえるようになった。
「確かに日本語は存在する言語の中でも結構難しい方だとは思う。俺や日本の人間でも完全に理解してない人が殆どだからな」
その分文学表現は豊かで小説とか論文には向いているとかなんとかよしPから聞いたことはあるが……
「この短期間で覚えたのか?」
「そんなわけないわよ。今マリアが読んでる本に少し載ってたから、コツコツ勉強してたのよ」
ああ、確かあの本、各地にEoDが存在する都合上、外国の人と共闘する可能性があるので、戦闘で使用する言葉をメジャーな英語で紹介されてたんだっけ。流石に数時間で言語覚える程バケモンじゃなくて安心した。
「まあ異世界語で会話するよりましか……」
英語ならまだ言い訳が利くので当面勉強のためにも英語で会話するか。
「スマホ? が、途中数秒間『河野茅穂』って表示されてたけど、アレってどういう意味? 何も触らなかったけど」
「あー、『河野茅穂』ってのは後輩だ。因みにそれはボイスチャットといって、遠くにいる相手にも会話できる、まあそんな奴だ。映像も見れる奴もある。俺も詳しくは知らん」
覚えさえすれば確実に異世界人より電子機器の知識に関して劣る俺はそういうもんだと深く追求せずに使用しているので、聞きたいなら楓を呼ぶしかない。
でもそんなことより俺からすれば茅穂が未だに新谷家を見つけられていないことにため息が漏れる。茅穂は諜報科Sランクの一週目三年生。二週目を隠している一年生の俺が傍から見れば先輩にあたるコイツから先輩呼ばわりされるせいで、時々誤解を招かれるが……問題はそこじゃない。茅穂は新谷家に入るために日々探しており、同じ苗字だった俺に目を付け、それからというもの弟子入りしようと執着してくるようになった人だ。
新谷家は古代から国を守る正義の味方として秘密裏に活動していた。現代では国と協力して存在が国家の最重要秘密機構に値しており、界隈の人間でもそもそも存在を知らないだろう。つまり、存在を知っている時点でかなりの強者――それも、運、実力、経験、知識、才能全てが突出している証明にもなる。その為加入試験を受ける資格はあるんだが……大きな欠点がある。それは、拡大縮小を思うがままできるネット上の世界地図を全て把握した結果、新谷家が地図上に載っていないことに気付き、実際に世界中を歩き回って探すようになった。それだけならまだいいが、訪れたことがある場所であれば、辺鄙な田舎にある山の木一本の長さも把握してるぐらい、常時更新されるネットの地図より優秀な歩く地図に成り果てたというのに、未だに俺が新谷家の一員で、新谷家がどこにあるか把握できていないポンコツ人間なんだ。まあこのネット社会にも国家が対抗して極秘にしてるし、知らずのうちに近づいていたとしても、深い霧や結界、監視員達の仕事によりただの山を通過するように仕組まれてるし、見抜かれたのに違うと嘘吐き続けた俺にも落ち度はあるけどさ。これも試験みたいなもんなんだ、手加減や縁故採用はできん。
全世界を歩き回っているだけあって、存在する言語は全て喋れる歩く言語辞書でもあるのに、何故ここまでしても見つけられないんだろうな? 俺が意外と世界の情勢や風景に詳しいのは茅穂が定期的に写真や情報を共有してくるからであって、そこはありがたい限りなんだが……また今も見当違いの土地に居るようだな。転移現象は世界各地で起きているので、退治に似た学校も当然複数ある。それらに転校する形で各地を点々と旅しているので、実質経費は無料だし留年にはならないようだが、ここまで見つけられないと先輩の俺でも頭を抱える。だから日本に帰ってきた時はわかりやーすく新谷家がある方向を指差して大ヒントを出してやっているのに、どうせ今回もその先にある他国にでも赴いているんだろう。ホントかわいそうな奴だよ。
最初の方は「分からないことを検索してみたら、それが分からない単語や物とかで説明されているから、また分からない単語が増える一方だったわ。複数の資料で覚えようとするのは効率が悪いわね。結局後々辞書にも載っているし」などと検索機能の愚痴を吐いていたルミーナだが、俺が脳内で呆れていた茅穂の情報を垣間見たのか、あははと引き攣った笑みを浮かべている。充電が済んだら掛けなおしてやろう。
「その子と一度会ってみたいわね。面白そうだわ」
「止めてくれ。会う度複雑な心境になる」
どこに居ようが呼んだら瞬時に自力で駆け付けられるぐらい十分に戦力があるのでもういっそのこと連れて行ってやれって思ってしまう。でもそれは新谷家の決まりに反する。流石の俺でも新谷家の伝統は引き継いでいかねばならない。例え過疎化して全都道府県に一つは分社があったのが今は計七つになっているとしても。
するとそんな俺の耳元に家電の悲鳴が聞こえてきた。
「ああ、冷蔵庫って一定時間以上開けっ放しにすると、閉めろってうるせえんだよ」
買い揃えた朝飯の材料でも綺麗に陳列しようと思ったのか、冷蔵庫を漁るマリアが異音に驚いていた。流石にあの辞書には冷蔵庫っていうものについては載っていても、そんな詳細までは載ってないか。じゃなきゃもっと分厚くなるもんな。
「それじゃ辞書の暗記が一段落ついたら異世界に行くか。ミミアント商会も待ってるだろうしな」
正直辞書を持って行けば異世界でも勉強することは出来るので今すぐにでも行ってもよかったが、どうせ地球に来ているのなら転移者がこの世界にやってくるとどうなるかをマリアに見せておきたい。学校や石塚など面倒事は非常に多いが、もう少し滞在した方がよさそうだ。
まだ異世界での理想の暮らしが確立していないので、俺がルミーナと関係性を持ってからの滞在時間は異世界の方が上回っているが、それももう少しで終結する。それの大詰め、ミミアント商会の判断を聞き、行動を起こし終えてからは……地球と異世界の滞在時間を五分五分にする。それからやっと俺たちの対異世界人活動――地球では転移者の相手をし、異世界ではしたいように過ごしながら、時が来たら起きている事象を話す――が始動する。未だスタート地点に立てていないが、今のせわしない日常も嫌いじゃない。
俺とルミーナは飯を食べ、三人で勉強会を始めることにした。




