表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クロス・インパクト  作者: あかつきこのは
13/32

13 一新

 

 地球に行って数週間過ごす手もあったが、まだマリアに地球に関する話を何一つ言えていないし、数日もすれば落ち着くだろうと思ったので、とりあえず≪エル≫シリーズの反動で俺が死んだように眠りについた後、俺たち三人は特に眷属契約を交わしていないマリアと戦闘時に息が合うようにする為に、三人で共闘する練習を積んだ。前に俺が徒手、ルミーナが魔法、マリアが剣と、各々主軸とする攻撃方法が定まったので、他のどれも経験が浅いルミーナは護身程度に他の鍛錬も積んだが。

 もう堂々と現れてもいいやと思ったんで、あれから数日後の昼下がり、フィリザーラ城の裏庭に転移し、城内の人気があるところにでも向かおうと思ったが……

「……この城、無人じゃねえか?」

「周囲に≪サーペンター≫を使ってみたけど、誰もいないわね」

 カエラとその側近は合計して七人の極小編制なので、手入れが行き届いていても人気がないのはあり得る話だ。だが、魔法でもこの城には人が居ないと出たらしい。

 予期せぬ事態に顰蹙し、正門側に行って橋の先に広がる町を見てみるが……住民は普通に居る。フィリザーラという町が何らかによって落命した訳ではなさそうだ。

「選挙が終わったから、第一首都のパブルス城に移動したんじゃない?」

「あーそういうことなのか?」

 城の所謂玄関に手を振れ、押し開かないことを確認したルミーナがそう推理するのは正しいのかもしれない。イカロスがフィリザーラ帝国を心機一転パブルス帝国に変更というか改名し、首都も新しく造ったので、この城周辺のフィリザーラは旧首都。つまり、カエラがパブルス帝国の帝王となれば、今は首都・パブルスにある城に居るはずだ。

 帝王になったのであればフィリザーラを第一首都にしようが全部本人の自由だと思うが、どうやらカエラはそれを踏まえた上でパブルスを拠点にしたようだな。理由はどうせ綺麗に円形に整備されていて過ごしやすいとか、城の防衛面がパブルスの方が長けているとかで、そこについて特に理由を聞こうとは思わないが。

「そういえば忘れかけていたが、パブルス帝国の印象はどうだ? 俺は好印象だぞ」

「私も好印象よ。まだこっちの国家の方が付き合いやすいわ。厄介事には巻き込まれるけど」

 結局このパブルス帝国内のいざこざに巻き込まれただけで、俺たちが今一番気になっているデリザリン王国との関係性は未だに一部しか把握しきれていない。だがこうなった現時点での印象はどうか尋ねてみると、事情を知らないので無回答のマリアは除き、俺とルミーナの意見は揃っていた。

 この調子だと選挙を通してより親しくなっていて、命の恩人として融通が利きそうで、デリザリン王国のようなキツい法律が定められていないこのパブルス帝国の方がかなり好都合。国内で知名度が上がってしまった以上、最終目的が実行しやすいように好感度を上げておくこともできる。こうもなれば、もしデリザリン王国より優勢な国だとしても永住しようか悩むところだ。ルミーナからもそんな思いが伝わってくる。正直なところ事が事だったので、他国でも世間に戦力を隠すことが出来なさそうだし、ギルドに顔を出せばどこでも話題が出るだろう。今更取引先が一国減ろうが、狩りで儲けを出そうが、痛手にはならない。良くも悪くもその点は考慮しなくてよくなってしまった。

 つまり俺らが気にするべきは、もし王族と友達だからという凄い個人的な理由でミミアント商会共々優勢のパブルス帝国に引っ越し、劣勢のデリザリン王国が入国制限した場合だ。冒険者じゃなく、物を売るミミアント商会にとっては、取引先が一国減ると、相当な赤字になるからな。だからパブルス帝国がデリザリン王国より優勢だとミミアント商会は中々引っ越す気にならないと思うが……お願いしないで後悔するよりましだ。これで最後になるかは不明だが、今回もまた俺達の我儘に付き合ってもらおう。

「先にミミアント商会と合流しましょ。そしたら今後フィリザーラには来る用事がないと思うわ」

「そうだな」

 パブルスより冒険者が少なく人情に篤いので、居てて不快感は一切ない。何なら「うお、噂の人じゃね?」と知らん冒険者に噂されるより、「今日も天気がいいですね~」と気軽に会話してくる現地民が多いフィリザーラの方が居心地良い。特段今後フィリザーラに来たくない理由はないが……訪問回数を減らせる、つまり効率的に行動できるなら、申し訳ないがそうするに決まっている。地球程時間に飢えてはいないが、できることなら特に今は鍛錬の時間を増やしたいからな。

 ルナとシェスカはマジラシークで移動販売を行っている。その関係上、たくさん売りたい二人は効率的な移動ルートを好むわけで……例え≪レベレント≫で瞬時に移動できたとしても、二国間の情勢を聞き出すだけで、売る暇もないぐらい短時間だけ滞在する旅に同行するとはあまり思えない。それに、会って無さすぎて心配されているかもしれないので、顔を出す為にも王族から回答を聞くより先にミミアント商会と合流した方がよさそうだ。

 フィリザーラにあるシーク店は、選挙で町内を巡回したお陰で土地を把握し、どこにあるか記憶している。シーク店付近で移動販売をしているはずのミミアント商会を探そうとした瞬間、

「探すまでも無かったな」

 知り合いが王族と接点を持ったことは知っているので、わかりやすく城から最寄りの場所でシークを止め、今日も元気に販売していた。

「順調に売れてるか?」

「あ、お久しぶりです」

「そっちも順調そうだね~! 選挙見たよ!」

「あれだけ注目を集めればね」

 前みたいに邪魔にならないタイミングで姿を現し、四人は軽く会釈を交わす。そしてルナとシェスカの視線は知らないマリアに向くわけで……

「選挙にいた人だ!」

「色々あってウチのメイドになったマリア・クァイエだ。仲良くしてやってくれ」

 マリアは他人に対しては冷たく扱う節があるので、変わりに説明する。早速シェスカはガンガン、ルナは恐る恐る接近するので、顎で何かしてやれと伝えておいた。こうしないと何もしないってのは、意外と面倒ではある。

「それでなんだけど、まだ確定事項じゃないけど……」

「デリザリン王国に帰れなくなっちゃったんでしょー?」

「かなり好まれていそうでしたし、離れようにも離れづらいですよね……」

 実際はちょっと違うが、何を伝えに来たのか既に予想できていたらしい二人は苦笑いしている。

「まーそんなとこだ。これからパブルス城に行くから、先に二人をミミアント商会に帰らせて話しといてもらおうと思ってだな」

「魔法で転移するから一瞬よ」

 ルミーナは魔力が尽きない。故に強力な魔法も連発できるわけで……ルナとシェスカにプラスしてマジラシークの同時転移なんか余裕だ。その為かなりの移動時間短縮と国境越えの危険がない≪レベレント≫で帰らせようと考えている。一度見た場所なので、突然マジラシークが現れても怪しまれない場所も検討付くしな。

「そんなこともできるんですね!」

「いいね! 転居はどうなるかは分かんないけど、転移したい!」

 今後の活動拠点よりも≪レベレント≫で転移してみたい欲の方がありそうだが、本人たちがそれでいいというなら俺たちはありがたく転移させるしかないので、

「それじゃ転移するから、人気がないところまで移動するわよ」

 一度同乗したので何を手伝えばいいかわかる俺とルミーナは勿論、メイドなので何でもこなせちゃうマリアも一緒に殆ど売れた移動販売の店じまいを手伝い……人目のない場所でデリザリン王国に全員で転移した。

「ここがどこかわかるか?」

「だーっしょ! ふふん! あっち行けば帰れっしょ!」

 シェスカの発言は聞き方によってはルナが分かるので問題ない、みたいに聞こえるが、当の本人は理解しているようだし、ルナも納得しているようなので……

「じゃまた後でな」

 転移して早々ルナとシェスカとは別れ、俺とルミーナとマリアは再度転移し、パブルス帝国の城敷地内に直接転移する。他に立候補者はいなかったし、既に支持率の差がかなり開いていたので、どうせ現帝王はカエラだと思う。かなり堂々と転移した。

「あれっ、新谷(あらや)……君達、ですね」

 城壁の門の先にいきなり現れたので、魔法剣士なので魔法も気付ける戦乱の戦乙女三人から剣を向けられたが、相手が誰かわかった瞬間虚空に納刀してくれた。

 どう呼ぶべきか迷って間が開いたヴィオネに、

「三人固まってていいのか?」

 カエラの元へ案内してほしいとかではなく、城の防衛的な話をいきなり持ち掛けた。

 俺の視線から言いたいことを瞬時に理解した戦乱の戦乙女は、

「ここの城壁は到底登れない高さです。それに、魔法で超えようとしても、それなりに強力でなければいけない為、私達であれば気付けます」

「そもそも城は部外者や攻撃を受け付けない魔障壁も張っていますが。しかも城壁は三段構成になっていますし、一つ向こうの周囲は住宅街です。もし住宅街に入れたとしても、民度の高い町の無意識の警戒心は計り知れません」

「フィリザーラは川に囲まれているだけで城壁が気持ち程度しかなく、裏から奇襲しようと企む方もいたので分散して監視する必要がありましたが、パブルスは侵入経路がここしか考えられません」

 戦乱の戦乙女三人がそれぞれそれなりの理由を述べてくるが、結局は経験者からすれば、この一言でそれらが覆されてしまう。

「だといいけどな」

 ただ闇夜に隠れてワイヤーを張るだけで、魔法も使わず戦闘も起こさずに登ることが出来た。今とは住人の民度が異なっていたからかもしれないが、いくら負けないと思える防御力を誇っていても、ひょんなことで突破されるからな。それが戦闘の怖いところで、鍛錬に終わりがない理由だ。まあ……六人で守っている以上、ある程度は割り切らないと仕事が追い付かないんだろうが。

 戦乱の戦乙女にとっては俺の発言の意図が分からず、不思議そうな表情で代表一人がカエラの元に案内することしか出来ずにいるが、後々わかるほどにまで戦力が上がることを期待しておく。カエラ魔王化の一件以来、鍛錬が必要だと思い知ったはずだ。

 ただイカロスが使っていたままの内装が嫌だからとかいうしょうもない理由でなんだろうが、城内は六割ぐらい作り替えられていて……この城の弱点でもあった、城壁から飛び移れば直ぐに王の寝室に近寄れて、暗殺することが可能だったあの付近は、綺麗に客室に生まれ変わっていた。もし攻められやすい部屋だと知ったらあまり好ましくない対談相手でも泊まらせそうなので言わないでおくが。

「久しぶりだな」

 フィリザーラにもあったレッドカーペットの先の数段上に王が座っているという、多分カエラ好みの王の間に入り、この部屋らしい素行をすべて無視して普通に接する。

「しゅーや! ルミーナ! マリア! 探しておったのじゃ!」

 王の間に入ってきたのが俺とルミーナとマリアと分かった途端、椅子から飛び上がって超特急でこっちに走ってくる。薔薇の三銃士もカエラの予期せぬ行動に驚いて慌てて後を追ってくるが……マリウォントは後ろの方で視線を逸らしていて、俺達にめちゃくちゃ人見知りしてる。知人でも数日会わんだけで人見知り発動するのか?

「無事帝王になったようだな」

「夢が叶ってよかったわね」

「ありがとうなのじゃ、ありがとうなのじゃ」

 空中で抱きつかれた俺はカエラを下ろすと、次は右手をルミーナに左手を俺に握手し、両方の手を上下にブンブン振りまくる。

「我の変異も戻してくれて本当に感謝しておる。お主らはほんっとうに命の恩人、いやパブルス帝国を救った英雄じゃ!」

 帝王になった時も号泣したんだろう、過程で大変お世話になった俺たちと再会した今もかなり嬉し涙を流している。まさに天気雨のような表情だ。

「大袈裟な。どこにも被害でてねーだろ」

「未然に防いだことは素晴らしいのじゃ! もしいなかったと思うと、我は、我は……!」

「ああ、ああ、そうだな、自分の運に感謝するんだな」

 人の涙に弱いと判明したので、極力変な方向を見てカエラに適当に接し、身を離そうかと思ったが……全然掴む手を離そうとしない。どんだけ感謝してんだよ、王族たるものが側近でもないただの平民を。

「てかカエラ、あんな力を体内に封印されてたんだな」

「妾も当時の記憶は全くなくて、話を聞いて初めて知ったのじゃ……ご迷惑をおかけしてもうしわけないのじゃ……」

「カエラのせいじゃないわよ。全てはあのクソ親父のせいよ」

 二つの世界で自分だけしか有していない能力を有している俺はカエラに同情するが、それが今まで知らされてなかった能力となると、怖さがある。新谷家は神に認められたぐらいなのでそんな存在じゃないと思うが、俺にももしそんな能力があったとしたら、正直知った後から生きていくのが怖くなるな。

「因みに封印解除の方法は盗めたか?」

 知ってないとまたいつ出るか分からなくて怯える毎日になるので、重要な点について質問すると、

「城内にあったどんな文書にも情報が記されていませんし、カエラ様に当時の記憶が残っていないので、これはあくまで見ていた光景から判断した憶測にすぎませんが……カエラ様の魔王化トリガーは、負の感情を募らせることと、人身危機が迫る事だと思われます」

 薔薇の三銃士は基本的に話してくれる人が居ないからか、交代してやってきた戦乱の戦乙女の一人・ベリーヌが解説してくれる。つまりあの時、イカロスはカエラに暴行を振るい続けていた過去があるので、カエラにとっては常時人身危機が迫っていたと仮定し、ブツブツ呟いていたのは負の感情を募らせる魔法か、カエラにしか分からないような言い方で負の感情を募らせるような発言をしていたんだろう。

「今後はより一層カエラ様の警護を引き締めようと思いますので、この度のご不覚、どうかお許しください」

 カエラの危機は防げなかった側近のせいだという観念があるらしく、リーダーのヴィオネが俺達とカエラに向けて謝罪してくる。

 俺達は俺達でイカロスを気絶させるだけで息を引き取らなかったが故のハプニングなので、何を言えず……

「よいのじゃよいのじゃ。お前らは我の近くにいてくれるだけで我はとっても幸せなのじゃ! 今後もずっと一緒にいてほしいのじゃ」

 幼い頃から苦楽を共にしてきた仲とあって、その優しい笑みには戦乱の戦乙女相手だからこそ出る和やかなオーラのようなものを感じた。

「あまり聞きたくないかもしれんが、数秒付き合ってくれ」

「イカロスは今どうなってるの?」

 眷属契約でお互いの考えている事が共有できる俺とルミーナは、できれば向こうから自発的に言ってほしかったことだが、中々言わなさそうだったので直接聞く。

「この世を去ったのじゃ。あれで生きているとは思えん」

「自分の親を自分の手で殺めた気分はどうだ?」

 あまりに清々しく不吉なことを言うもんで、にやついた顔で変なことを聞いてしまう。

「正直これでよかった気がするのじゃ。あんな奴親じゃないのじゃ」

「はは、お前もかなり殺人の素質がありそうだな」

 フレームアーマーは異世界人を殺めた人数によって給料が上下する歩合制と噂されている。都合上≪エル・ダブル・ユニバース≫のクールタイム中だった場合は、得する奴をなくす為に殺害する。これはそれしか手段がなくてしょうがなくしている訳で、全くの別の意味で親を殺したカエラは……伸び伸びとした雰囲気があるのと、少し大人びた感じがする。少なくともこの国にはそういう容疑に問われる法律がないし、本人が悔やんでないなら……何も言うことはないな。

「これまでの謝礼と、今後もあると思う迷惑に対して、何かこう……お礼をしたいのじゃ。お主らが望む物や事はないのかの?」

「気にするな、俺らはいつも通りの日常を送っただけだ」

「寧ろ普段の方がもっと刺激的よ」

 地球という異世界については伏せて、口角を上げるルミーナも見たカエラは、

「じゃが、お主らには感謝しても感謝しきれぬ。例えば変わって帝王になるとか、英雄として銅像になるとか、何でもいいから要望を聞かせてほしいのじゃ」

 念願の帝王になったばっかりなのにその座を譲ろうとする馬鹿らしいカエラには吹き出してしまい、

「なら二国間の情勢を教えてくれよ。もうそれだけで十分だぞ」

 何か一つ言えば気が済むと思うので、今一番求める情報を要求したが、

「二国間の情勢? 簡単な話じゃ。こっちが劣勢じゃ! 見ればわかる情勢じゃな。で、欲しいものは何じゃ?」

「おい今絶対大切なことなのに適当に流したよな!?」

 優勢ならまだ分かるが、劣勢なのにどうでもいい話のようにほざきやがった。イカロスが生んだ喧嘩なので無視しているのかもしれないが、絶対に気軽に言えたもんじゃない重大情報を挨拶並みに気軽に話しやがって……デリザリン王国もそうだが、王族って奴は平民を舐めてないか?

 見ても分からなかったので聞いたのに、見ても分かると言ってこれが要望に満たさない判定を下す、急に自己中心的になったカエラは、

「書記がいいかの? 副帝王? 貴族? なーに、空位だらけじゃ! 好きに選ぶのじゃ!」

 一番攻めるべきはマリアと考えたらしく、超至近距離から見上げつつ何か要望してこないか期待している。

 マリアは俺とルミーナのメイドだ。つまり、ご主人様とお嬢様が喜ぶことならと、何かよからぬ要望しかねないので……

「ルミーナ! 帰るぞ! あばよカエラ!」

 こんな何としてでも報酬を与えたがる国にもおってられんので、俺はマリアを引っ張り寄せてルミーナの無詠唱を待つ。

「発動しないわ!」

「冷静になれ! じゃないと魔法は出ないんだろ!?」

 戦闘時でも見せない慌て様の俺たちを見て、カエラが不気味な笑みをこぼすので……視線は恐々そっちに向けられる。

「受け取らないと思って、事前に概念魔法で魔法が使えない空間にしておいたのじゃ! 序に、我が許可しないと出ることもできないようにしておるぞ!」

 ちょっとの期間と言えど、俺達はカエラにとってありがたい行為をいくつか行った。そして見返りを要求しなかった。というか、与えられそうになったら、逃げるか拒否し続けていた。それら過去の行動から報酬を受け取らない習性を読み取り、こういう一段落してやっと訪れた平和な一時に備えて、絶対にもう一度は顔を出す俺達が逃げ出せないようにトラップを仕掛けていやがったのかッ。考えたな。だがまだ希望はあるはずだ。だってウチにはルミーナがいるんだからな……!

「言っとくけど概念魔法は絶対に覆せないわよ。しかもこの古代魔法を魔法陣で使用し、泉の恩恵を受けながら丹精込めて何日もかけて作り上げられた空間だから、破れるとしたら降参した後よ」

 俺から希望の眼差しを向けられたからか、真実を絶望の表情とため息交じりに伝えてきたルミーナは、もう降参する気満々だ。その意を見せて相手が警戒を解いた隙に逃走するという手すら無理だと確信しているぐらいの。

「そういうのは城を囲うとかに使えよなッ!」

 使用する場所を間違えており、その上ここまでして報酬を与えたがる謎なカエラを睨みつけるが、本人は滑稽とばかりに笑いまくっている。なんで俺は非交戦時の方が交戦時以上に焦んなきゃいけねえんだよッ!

「絶対に魔法と泉の使い方間違ってるぞ!」

「こんなの軟禁よ。帝王がそんなことしていいつもり?」

 俺とルミーナはやろうと思えばなんとかできるだろうが、悪意や殺意がない相手にそこまで本気にはなれないので、言葉で攻撃する。

「この国は法律がないのじゃ~」

「クソが。法律がねえというならぶっ殺してやろうか」

「それはやり過ぎよ」

 のほほんとほざきやがるカエラに一瞬イラッときたが、溢れ出る殺意をルミーナから鎮められ……

「わーかったわかった。ただいつも通りの日常を送っただけだが、お前がそこまで言うなら一つ決めてやるよ」

 気が変わる可能性ゼロなんで、こちらの主張を織り交ぜつつ受け取る意思を見せると、カエラはにぱーと表情を輝かせた。そっちにとっちゃ減るものしかないのによくあげたがるよな。この世界の人の思考はよくわからん。

 要望をニコニコ待っているカエラに背を向け、俺はルミーナとマリアと輪になって会議しようとするが、一瞬で三人の意見が合致した。よくよく考えれば、するまでも無かったかもだ。今の俺たちには、それだけがないからな。故に望むとすれば、それを望むだけだ。他は足りている。

「決まったようじゃな」

 俺達が再び自身に顔を向け、要望を決めたことに微笑むカエラは、

「何が欲しいのじゃ? 王貨百枚かの?」

「違うな」

 王貨百枚……俺の記憶と計算が正しければ日本円にして十億円ということになるが、今の俺たちには安定した収入源と、稼ごうと思えば稼げる知恵の倉庫と戦力がある。例え一生暮らせる莫大な金額でも、今更現金などいらないし困っていない。

「爵位かの?」

「平民のままでいいわ」

 このパブルス帝国には身分制度がない。でもカエラがあたかもあるかのように話すのは、住民が自然と身分制度を築き上げているからだ。言わば他国に向けた名目上のようなものだが、聞くところによれば功績が讃えられて成る身分で、皆と変わらず暮らすことが出来ても、いざという時には頼られる存在というわけだ。つまり厄介事に巻き込まれる確率が上がる。そんなのは真っ平ごめんだ。

 前に愼平(しんぺい)からまず過大な報酬を提示し、相手に断られたら本命であり、先程よりも小さな報酬を提示することで、後の報酬の方が少なく思えて受け取っちゃう、人間の心理を利用した狡い交渉テクニックがあると聞いたことがあるので、それに気を付けて会話する。愼平はエッチなことをする為に用いたらしいが、知っていると知っていないとではかなり変わってくるな。今の爵位なんか、王貨百枚に比べたら優しく思えた。

「なら何が欲しいのじゃ?」

 カエラがその交渉術を使っているとは思えないが、つまりここで意表を突けばその方程式が崩壊するはず。

「王位簒奪だな」

 バカはバカなりにバカな発言をかます。

「ほう」

 カエラは口角を上げてにやりと面白そうにしているが、側近たち全員が驚いてしまった。え、さっきカエラ自身がお門違いな提案してたぞ?

「じゃが、本意じゃなかろう?」

「その通りだな」

 そういうのを望む人じゃないと知られていたようで、こっちもにやけ顔で返答してしまう。

「お主は悪よのう」

「お前もな」

 お互い分かっていながらも悪者認定するようにグヘヘと不敵な笑みを浮かべるもんで、この場の空気が柔らかくなった気がした。これを機に俺達のショボい要望を話すことにする。

「ならパブルス帝国に一つ家をくれ。今の俺たちには、唯一活動拠点がないからな」

 前にデリザリン王国で住んでいた家は全焼したという話はする必要が無いと思い、そこには一切触れず……要望を言うしかなかった俺たちが遂に要望を述べたとあって、カエラは数回頷いて、満面の笑みを向けてくるのであった。


 カエラはこれからマリウォントと俺たちが欲しがりそうな家で、人が住んでいない家を調査してくるとあって、城で待機するように言われた。ここには六人以外住んでいないので、完全に静まり返った城に残された俺達は、王の間で待ち時間どうしようか考え始めようとした瞬間――

「あのっ」

「どうした?」

 らしくないよそよそしさで戦乱の戦乙女の三人がやってきた。カエラに話すことはあっても、側近の戦乱の戦乙女と直接話すことはなかった俺たちは、丁度これから暇だったし、三人の話に付き合うことにする。

「私達は、本当にカエラ様の側近を務めさせていただくに値する戦力を有しているか、あの一件以来不安になっています」

「カエラ様を一人にさせることはいけませんので、辞退することは絶対にありえませんが」

「最近訓練を再開するべきだと考えています」

「正直あれは俺も驚いたぞ。まさかの展開だったしな」

 あの出来事で考えが改まったのはカエラだけじゃなく、戦乱の戦乙女もそうだったようで、一層自身の戦力に磨きをかけるのであれば、同じく戦いを生業とする身としては感心するしかない。負けていないとしても、今後に備えて鍛錬する行為は、俺達戦士には必要不可欠だからな。

「訓練ねぇ……十分に戦力はあったと思うけど、あれでサボってたの?」

「はい。最近はイカロスからの命令がない限り、ずっと平和でしたので、全く」

「毎日訓練しなくてあれとか、それはもう才能ね。私なんかじゃ到底考えられないわ」

 ベリーヌは一番活躍しといてそれを言うかって驚き顔だが、多分ルミーナは魔法の事じゃなくて剣術について話していると思うぞ。ルミーナは魔法が使えても徒手や剣は初心者なので、訓練を積まずに技術を維持できているところに圧倒されているんだ。

「未然に防ぐ手段は複数存在していたはずなのに、それに気付けず、カエラ様の側近なのに活躍も出来ず……」

「カエラ様に心配されないように陰ながら、訓練を毎日積むべきだと六人で決心しました。ですが、今まで怠っておりまして……何から始めればいいのかさっぱりでして……」

「これは私達の我儘なので、無理なら断っていただいて結構です。できればこれから定期的に、私達に指導してくださるとありがたいのですが……お三方は、とても強そうですし……」

 六人で話し合った結果とだけあって、息の合った三人で語る内容は、俺たちへの要望だった。そしてその要望について、どうするか考える必要もないな。

「ああ、別にいいぞ」

 どこに行こうが≪レベレント≫でいつでも来れるし、こっちも練習相手がほしいところだった。

「ありがとうございます!」

 戦乱の戦乙女のリーダー・ヴィオネが礼を述べ、三人が同時に頭を下げてくる。なんか俺たちの方が身分が上みたいだから止めてほしいな。無礼講で行こうぜ。

「今から暇だし、ちょっとだけなら見るわよ」

「是非!」

 ということで俺たちは外出中のカエラにバレないように、裏庭で鍛錬することになった。門番も怠ることが許されないので、ミザエリーとエイラが門番を買って出て、カエラが近づいたら教えてくれるそうなので、思う存分鍛錬できる状況も確保できた。そこまでしてこそこそ鍛錬する必要はない気がするが、深い仲が故に気恥ずかしさがあるんだろう。俺も必死こいて数学の勉強とかしてるとこを(かえで)に見られたらなんか恥ずかしいもんな。

 俺がベリーヌと剣を交わし、マリアがカーラントと剣を交わし、まだ戦乱の戦乙女と同等ぐらいにしか剣を扱えないルミーナは、ヴィオネと魔法技術の共有を行っている。と見せかけて関係ない話をしているように見えるが、多少の会話はルミーナのさじ加減に任せる。まだお互い情報を全然知らない仲だしな。

「普段どのような訓練を積んでいるのですか?」

「倒れるまで実戦練習を積むの。毎日」

 魔法には集中力が必要で、例えば火の玉であれば、集中力が高ければ高いほど形状を変化できるらしい。難しい技を出すには技術力が、簡単な技に変化を加えるには想像力が必要とされるので、難しい技なんかそもそも出せない人が多い世の中、技術力はあまり重宝されないとか。二人して水晶玉を使ったマジックのようなことを火の玉で行いつつ会話している。

「え!? それでは毎日倒れてらっしゃるのですか!?」

「そうね。こんな私達でも倒れる訓練を毎日積んでるの。倒れないと全力を出したってことじゃないからね」

「素晴らしいですね! それだとあの強さも納得です!」

 全力を出し過ぎるが故に地形を変化させたり実戦より重傷を被う事も多々あるが、それに対処するのも鍛錬の一環だと考えている独自の思考を共有する。

萩耶(しゅうや)って家の中とか問題に関わる前だと大好きそうだけど、家の外とか問題に関わった後は大っ嫌いな三つの言葉があるわ。それは多分『無理』と『疲れた』と『面倒くさい』よ。今後もし大っ嫌いな瞬間にその三つを口に出したら一緒恨むわよ?」

「わかりました。その際は強要せず、正当にお願いします」

「そもそも事件が起きないことが一番なんだけどね」

 ルミーナはそれを言うと本当はやりたくもない事件に巻き込まれちゃうので、今後も厄介になりそうなカエラ一味の一番優秀な側近から言質をとった。

 面倒くさいことには関わらず、もし関わってしまったら全力を尽くす変わった人間・萩耶を一瞥したベリーヌは、

「今まで及ばなかった相手はいますか?」

「え? そのぐらいいくらでもいるわよ」

 俺達の戦力からあり得そうにない質問をしたつもりだったが、ルミーナから愚問とばかりの返答が返ってきて、呆気にとられる。

「そ、それはお互いがとか、自分がっていう意味ですか?」

「それもあるけど、弱点なら探せば誰でも一つぐらいはあるもんよ」

 別の世界と行き来できることに関する秘密は守護しないといけないし、フレームアーマーには劣るとは言えないし、魔王に及ばなかったと言ったら記憶がおかしくなったのかと思われるので、ルミーナは話をしれっと弱点に逸らす。

「萩耶は酔いに弱いわよ。お酒飲むともう一瞬でべろべろなのよ。私は魔法以外全然だし、マリアなんかは私と萩耶以外に口を利かないわよ」

 ルミーナは殆ど戦闘に関係ない弱点を挙げているが、ヴィオネは特に指摘せず……

「ですがそのようなお姿は一度も見たことがありません」

「そんな直ぐ相手に弱点を見せるわけがないでしょ? あなた達は知り合いだから今教えてあげただけ」

「知り合いと思っていただけて光栄です」

 側近の私まで友達判定だということに感謝する物腰が柔らかいヴィオネは、弱点が露見しないように立ちまわっていたルミーナを見て関心を示し、

「私も頑張らないとですね」

「ああ、それやり過ぎちゃうと……」

 努力しようとして火の玉をルミーナのような複雑な形状に変形させようとしたヴィオネは、上手くコントロールできず……手のひらでボフッと小爆発を起こした。

「ふっ」

 それにはルミーナが吹き出してしまい、驚いた顔のままだったヴィオネの表情からも笑みがこぼれだしてくる。

「私も最初はそんな感じだったわ。萩耶に一日でも早く追いつこうとして、危険な状態を魔法で自ら作って、丈夫で頑丈な肉体づくりをしようと変なことしてたわ」

 過去夜の裏山で慣れない自主練をしていたルミーナは思い出し笑いし、

「そろそろカエラが戻ってくるわ。今日は終わりね」

 ルミーナは耳が良いので、まだ聞こえもしないカエラの喋り声が聞こえたらしい。同じく鍛錬を止めた萩耶とマリアを見たヴィオネは衝撃を受け、

「本日は貴重なお時間を頂きまして誠にありがとうございました。今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します」

 ルミーナの口からどのようにすればうまく魔法をコントロールできるかは一切教えてもらえなかったが、見て学べることが多くて貴重な経験ができたヴィオネは深く一礼する。それにならって、ベリーヌが俺に、カーラントもマリアに。

「カエラの側近だからってシャキッとしなくてもいいわよ。私達、そういうの苦手だし、もう友達でしょ?」

「は、わ、そ……うん?」

 会話する余裕があったおかげで一番親しくなった印象があるルミーナは、カエラの元へ向かう萩耶を一瞥してヴィオネに笑顔を向けなおす。そんなヴィオネは友達らしい言葉を選んだ挙句、決まった台詞には疑問符がついてしまったが、誰しも最初はこんなところからだ。ルミーナは萩耶とマリアの元へ向かう。

「魔王がどうのこうの言ったって、これ俺が居なくても倒せたんじゃないか?」

 ベリーヌと手合わせしていた時、思ったことを誰にともなく問う。そもそも封印されたってことは、あの存在を封印できる技術を有した人が居たってことだからな。今回情に訴えかけるようにして再封印? したが、もし魔王が各地を荒らしだしたとして、この世界に魔王だけが残る惨状は訪れなかったと思う。

「倒せはしただろうね。でも、このメンツを揃えることができれば、ね」

「一番難しいのは、倒すことじゃなく、倒せる人材を集めること、ですからね」

 確かに、俺というイレギュラーは除いたとしても、放浪者だったルミーナが魔王戦に協力するかはわからないし、イカロスの奴隷だったマリアは魔王を攻撃する人々を邪魔しそうだ。それに加えて民度の良さ、王族の支持率が高くなければ実現しなかっただろう。

「倒せる人材って、分かりやすい人はどこかに属しているけど、私みたいにどこにも属してなくて、何なら力を出さずに隠居し続けてるような人もいるからね。もしかしたら、あそこでご飯作ってる人が大魔法使いかもしれないわよ」

「やりたいことをやるのはどこの人間も変わらんな」

 ルミーナの発言に一同が納得していると、ちょうどカエラが城へ戻ってきた。

 カエラはマリウォントを薔薇の三銃士のところへ行かせ、

「よさそうな物件が沢山あったのじゃ!」

「早かったな」

 ニコニコ笑顔で俺たちの腕を引っ張って早速出発する気満々だ。まあ今行こうがいつ行こうがどっちでもいいので、カエラがその気ならついて行く。

「まずはこの家じゃ! どうかの?」

 城を出てから徒歩三分ぐらいで着いた豪邸の門前に立ち、

「でっか!」

 家のサイズを見て、自分が今見ている光景が夢の中じゃないかと心配になってきたぞ。

 中に入ってもいいらしいので――というかカエラが帝王なので無条件で入れるが――敷地内に足を踏み入れると、両サイドには地球では見たことがないカラフルな花が咲き乱れていた。認識が異なる俺が見ると、色的に全て毒物にしか見えないのが悲しい点である。

 意外と広かった庭を見終え、家の中に入ると……まあ、シャンデリアがあるではありませんか。あんな手入れが面倒くさそうで、落ちて割れると後片付けが面倒くさそうな照明は家に絶対欲しくない。例えメイドがいようが意見は変わらない。

「部屋数は?」

 周辺の家々的に、ここはパブルス帝国の貴族地帯なんだろうと察したルミーナは、住まない前提でも今後の参考にも聞いておきたい質問はする。

「えーっと、部屋数は……17じゃな」

「そんなにもいらねーよ! あって部屋数3ぐらいでいい。そのぐらいの家の方が落ち着くんだ」

 よくよく見れば、長い廊下が続いている上に、二階までありやがる。カエラは俺たちが十人ぐらいの軍団だと勘違いしてるんか?

「三部屋?」

「そうだ」

 ちょうどそのぐらいの家もあったのか、次の物件に向かおうとするので、当然この家を諦めて次の家に向かう。

 地図上だと城の北側、つまり城に入るための門がある真裏の城壁付近に来た。

「この家は三棟の家から成り立っておって、合計して部屋数が47じゃ」

「確かに三部屋って言ったけどよ、ちょっと意味が違うんだよなー」

 丁度三人組でもあるので間違えられてもしょうがない、のか? 一応この家も見てみる。

 三棟の家からなる家なだけあって、庭は広く、各家に繋がる通路にはしっかり屋根がある。殺風景な庭の景観を整えれば、旅館の別館っぽく作り上げることが出来るが、言ってしまえばさっきの物件が三倍に分裂した巨大物件な訳で、俺たちはこの三棟の内一棟の、全部屋すら使い切れないぞ。規模感バグってる。

「これの九割減の家ないのか?」

「あったはずじゃ」

「ならそっちに行きましょ」

 この家も当然即却下なので、三軒目の物件を拝見しに行く。

 三軒目は、城から徒歩十分圏内にあるお金は持っているけど大金持ちほどではないって人々が住んでいる、意外と俺たちの要望に合いそうな地帯にある家だ。なので家もそれなりに前と比べてグレードダウンするんだろうと思っていたが……

「どこに行くのじゃ? これじゃ」

 なんか一つだけ無駄に大きい家があるなとルンルン気分で通過しようとしたら、カエラからその家を指差されながら呼び止められた。

「これじゃさっきとほぼ変わってねーよ!」

 一気に気分がどん底まで低下し、無駄に敷地が広く、無駄に家が大きすぎる家を指差して嘆く。

「近辺で一番古い屋敷じゃから、とても安いのじゃ」

「値段が九割減ってことかよ! 違う、規模が九割減って事だよッ! アホか!」

 もう大喜利みたいになってきているが……さっきからカエラが屋敷と言っている時点である程度の規模が前提になっている気がする。この世界にはアパートはないのか?

 目的と違う家だったのでほぼスルーしていたが、よくよく見れば確かにあちらこちらが崩壊しかけたこの屋敷も断るので、

「注文が多いのじゃ……」

 結局どんな屋敷を求めているのか分からなくなったカエラはどんより落ち込む。

「おめーが褒美をあげるっつったんだろ!」

「もういいわ。自分たちで探すわ」

 全然理想の物件にたどり着かないんで、とうとう呆れ……

「お金だけは払うから、買う時は申してほしいのじゃ」

「分かった分かった。んじゃまた後で」

 俺達の考える屋敷の理想がわからないカエラは、軽く売却中の物件情報を手書きでまとめた書類を渡してくれたので、カエラを城前まで見送ってから物件さがしを再開することにした。

 書類を見ると、俺達が求める家が小さければカエラは安く済んでウィンウィンだというのに、何故か俺たちに大きな家に住んでもらおうとする気満々の物件情報しか書かれていなかったので、これを頼りにするのは止めにした。でも、全てに『大きな庭 気持ちよさそうじゃ』とか『綺麗な外壁 気分上々じゃ』とか、個人的な感想が添えられてて、なんか……申し訳ない事した気にもなるな。この世界では家の大きさや豪勢さで身分や儲け具合を表すとか言っていたので、きっときもちだけでも命を救い、次期帝王に導いてくれた俺たちを貴族にしようとしていたんだろうな。

 それで思い出したが、ミミアント商会が引っ越すことになると、ミミアント商会の住宅も考えないといけない訳で、見る物件が二つに増えてしまった。お陰で、いつの間にか日は傾きだしており……家が決まった頃には、もう夜飯時だった。

 浪費癖がつくと飯も食えない日があるぐらいピンチな地球生活で楓様様の乞食生活になりかねない俺は、この世界だと金があり過ぎるが決して裕福には暮らさないつもりでいたが……購入した家は、悲しいことに裕福層判定になる豪邸だ。位置は城の門を出た先に真っ直ぐ続く道の直ぐ右側。城から徒歩一分もかからないという、カエラにとっては一人で来ても側近から黙認されるレベルの好立地だ。勿論隣にもう一つ空き家がある。見る前は立地的に、相当な巨大物件かと思ったが……実際はそうでもない。三十部屋ぐらいある屋敷は後々改築するとして、なんといってもこの家は敷地がとにかく広いだけ。そして花も噴水も何もない。エカテリーナ宮殿みたいな外観をしていながら、庭に豪勢さをアピールする気が全く見受けられない変な家だ。決め手となった敷地は、囲うように結界を張って迷彩効果でも加えれば、態々例の山に出向かなくても鍛錬ができるスペースが作れる程。流石に大人数の乱闘や、一対一を複数ペア繰り広げるスペースはないが、俺達三人が鍛錬するには十分事足りる広さだ。

 俺達的にはまさかこんな希望通りの物件が売っていたとは、カエラ的にはまさかノーマークだったこんな城に近い物件を選んでくれるとは、という予想していなかったウィンウィン関係が生まれたが、無事に活躍の報酬として無料で購入することができた。

 今日は帝王らしい業務を放棄しっぱなしなので、そろそろ取り掛からないと後々痛い目を見ると言ってカエラが帰った後、俺たちは実費でミミアント商会用の自宅をキープしておくために購入する。俺たちの個人的な理由で強引に引っ越しに突き合わせる羽目になった詫びといったところだ。新しい人がいきなり貴族の上位層が住む地帯に越してくることになるが、カエラとも会ってるしミミアント商会レベルの商社なら何ら問題ないだろう。まあ……そもそも引っ越してくるかまだ分からないが、最悪引っ越さないなら売ればいいだけの話だ。

 目の前の通路は城へと続く道だというのに、そんなに大きくない理由は、多分冒険者エリアから一直線で城まで来れないからなんだろうが、そんな道を挟んで目の前の家が今回詫びとして用意した屋敷だ。どうせなら一人ずつ買ってあげようかと思ったが、長年シェアハウスをしていて、争い事も起きていなさそうだったし、誰か朝起こしてくれないと起きなさそうな人や、飯を作って上げないと一生食べなさそうな人が居るので、一つに全員で住んだ方がいいだろう。それに、どうせなら知り合いは近くに固めたかったので、他に空き家が連なった場所がなかった都合もある。

 この世界は家を買うにあたって面倒な手続きがないらしく、デリザリン王国にあるミミアント商会と同じ規模ぐらいの屋敷購入は、担当商社に金を渡すだけで終了したので非常に楽だった。

 ミミアント商会として商社を営む店舗は素人が決めるべきじゃないので買わなかったが、いい場所に空き家があることを祈っている。

 ここまでしてようやく自分たちの家を弄ることが出来る俺達は、俺とルミーナは自宅の改築に励み、マリアは夜飯の買い出しに行くことになった。

 三十も部屋があるこの屋敷は、三人じゃ絶対に持て余す。部屋が余ると勿体無い気がしてならないし、マリアの手入れ作業が大変になるので、まずは必要最低限の部屋数に改築する。

 改築は出来ても基礎に関わる屋敷そのものの大きさは変更できない。悲しいことに立地・敷地面積・屋敷の規模から、質素な庭でも身分がそれなりに高いと思われてしまうんで、外観だけでも質素な見た目に変えておくつもりだが……俺たちの顔はパブルスの住民に割れ、戦力も割れており、発想力も割れるのは時間の問題なので、そうする必要がない気がし出した。だが、三人の中に服装や容姿を気にする奴がいない時点でお察しだろうが、誰も豪勢さや独創性に興味がない。無暗に弄ると悪目立ちしそうなので結局そのままにしておいた。

 数時間かけて遂に完成した屋敷は、元が三十部屋もあったせいで、少なくなった今は一部屋一部屋がとにかく広く高くなってしまったが……一階にはとにかく広い玄関にクローゼット、ラージすぎるダイニングキッチン、窓がない武器格納部屋、強引に再現した和室、完全防音対策済みの射撃場とトレーニング室、温泉並みに広く数が多い風呂、無駄に天井が高く落ち着かないトイレ。風呂とトイレは魔法が使えない俺用でもあり、来るか知らんが来客用でもある。二階は図書室ぐらいある書庫、BBQもできるぐらい広いベランダ、今は服を置いている倉庫、客室二部屋、俺達三人用の寝室、空き部屋だ。誰も個室を欲しがらなかったので個室はないが、訪れる頻度的に書庫がルミーナの個室、武器庫が俺の個室みたいになる気がする。後、俺が日本の癖で毎回靴を脱いでしまうので、この家はエカテリーナ宮殿内よろしくキンキラキンで趣味が悪い玄関で靴を脱ぐ土足厳禁仕様にしておいた。

 殺風景な庭は鍛錬用に使用するが、何か一つだけでも実の成る木を植えようという事で、青色の梨のような実――バゼラと言うらしい――の成る木を植えた。地球じゃあり得ない色の果物だが、想像以上に美味だったので採用した。ルミーナが俺達がここに住んだのと同時に植える事で、成長具合によって過ごした年月が分かるとか粋なことを言っていたが、生憎もう直に実の成る状態の奴を植えたので計算が難しいな。

 マリアはやっとメイドとしての本領発揮ができるとあって、完成した我が家で相当張り切って夜飯を作っている中、俺はその異世界らしい調理場でよくわからん肉を焼くマリアを見てふと疑問が生まれた。

「そういやここの火と水はルミーナの魔法なんだろうが、魔法が使えない家庭はどうやって調理しているんだ?」

 ガスコンロでもIHでもなく、何もない所から突如火が出現している上で調理しているマリアは調理する手を止めることなく、

「明かりと同じく、魔法適性が皆無の剣士でも微弱な魔力を与えることで使用できる、魔晶石或いは魔法石と呼ばれているものが売られています」

「その石って万能なんだな」

 これもまた冒険者の依頼の一つなんだろうが、炭鉱でも行かせて魔力石を納品してもらっているんだろう。運が良い事なのか分からないが、俺の周りには魔法が使えるか戦闘が皆無の二択しかいないもんで、今までそういう関係を扱うお店に行くことはなかった。

「明かりと違って殺傷能力がありますので、魔法使いの元でチャージ制となります。出費が嵩張るので、魔法が使えない家庭は一般的に自炊をしません」

「なるほどな」

 食品売り場より飲食店が圧倒的に多い理由に繋がる訳か。やけに住宅街から良い匂いが漏れてこないなと思っていた。

「どこでも風呂に入れてトイレもいらないで、飯もつくれるとか数少ない魔法使いとして生まれたら相当ラッキーだろうな」

 その類に含まれているルミーナとマリアはそれから更に多属性を有しているという恵まれ具合。日常生活で苦労する事など特殊な生活を送らない限り、早々訪れないものだ。地球の勝ち組は身体能力だが、異世界の勝ち組は魔法能力か。

「魔法使いもいいことばかりではありません。属性が無いと使えませんし、容量や吸収速度がないと、その道を諦める他ありません。それに、剣士などの運動神経さえあればどうにかなる職種と異なり、記憶力や理解力、計算力や想像力などの頭脳明晰さも必要になり、並外れた集中力――」

「――あーわかった。つまりバランスよくなってんだな。そしてお前らは天才ってことだ」

 無自覚なんだろうが、話が長くなって面倒くさくなったんで会話をぶった切る。魔法使いだけが優遇される世界じゃないってことは十分に理解できた。

 そんな俺とマリアを他所に、ルミーナはさっきからずっと一人神妙な空気でいるので、

「何してるんだ?」

 不思議に思い、何故か壁に手をかざすルミーナに声をかける。

「もう燃えたくないから、超強力な結界を張っているわ」

「この家はカエラに貰ったし、大切にしたいもんな」

 例えこの町の住民が仲間思いで、冒険者が住宅街に入りづらくても、何らかの拍子で火事になるかもしれないし、あのような糞野郎が恨みを持って破壊しかねない。それを防ぐことが出来るのであれば、ルミーナには是非全力を出して張り巡らせてほしい。

「あの時はまさか放火されるとは思ていなかったから、張ってた結界は貧弱なものだったわ。でも今回は暇な時に私の全力を注ぎ続けている結界よ。破れる人はこの世に存在しないわ」

 この結界は最高傑作で絶対の自信があるらしいルミーナは誇らしそうに胸を張っているが、

「障壁というか結界を消滅できる魔法でもか?」

 名称が変わった事から防御力が上がっていることが伝わるが、魔法には対を成す技が存在しており、無効化を無効化する魔法は存在しないと前に聞いた。つまり、いくら強力なこの結界でも破れる方法があるはずなので、それに備えるためにも聞いておく。

「障壁や結界を消滅する魔法は、基本的に自分の技量以下の障壁や結界しか消滅できないわ。もし関係なく消滅できる魔法があったとしても、それを知っている人や使える人が他に存在するとは思えないわ」

 言い方的に自分は知っていて使えるようなことを感じるが……未然に防ぐことができたあの出来事が相当気に食わなかったみたいだな。確かに色んな意味でひどかったが。

「現状結界内には敵対意識がなく、私が許している人でなければ入れないようになっているわ。そして結界内の景色は嘘の景色が見えるようになっているわ」

「もうそれも済ませたのか」

 流石は唯一無二の大魔法使い。魔法が使えない俺が大体どのぐらいで完成するか予想していた期間より遥かに早く殆どを完成させているようだ。

「誰も入れないからこれでようやく夜に警戒することなく安眠できるわよ。萩耶ってちょっと足音しただけで起きてたけど……この中だったら気にすることはないわ」

 いざという時にそうできるように癖で起きているだけで、だからと言って日中が異常に眠かったり気怠かったりはない。気遣う必要はなかったんだが、隣で何度もガバっと起きられたら普通は困るか。

「この中で敵対意識出したら意味ないんじゃねえのか?」

 話的にこの結界の欠点らしき問題点を指摘すると、

「それも大丈夫よ。そもそも他人は入れないし、もし知り合いが裏切ったら結界が対象人物の魔力と体力を全て吸収して結界の強化に回すような仕様になっているわ」

「もはや生き物じゃねーか、この結界」

 結界がどのように張り巡っているかは目視出来ないが、なんか結界という生物の体内で暮らしているような気がしてきて居心地悪くなってくるな。

「庭で萩耶がブチギレて≪エル・アテシレンド≫の10を出しても、多分その五倍の威力は出さないと家と敷地外に被害が出ないわ」

「しかも進行形で強化されつつあるんだろ? もう心配事はいらないな」

 地球ならまだしも、どうなったら家の中でそんなにブチギレることになるのかは分からないが、とりあえず敷地内であれば安全であることが確実に保障された。ルミーナとは眷属契約を交わしているので、実際に確認する必要もない。

「せっかく風呂作ったんだし今日は湯に浸かるか……ちょっと風呂に入ってくる」

 いつも通りに≪リフレッシュ≫を使ってきそうなルミーナと、夜飯の関係上伝えておくべきのマリアにそう言い残し、一人風呂場に向った。


 何かと今日は戦闘以外で疲れたこともあり、湯船が恋しくなっていた感もある。それこそ銭湯のような脱衣所で服を脱ぎ、いつの間にか湯で満たされていた浴場に入り、まずは頭を洗った。この世界、魔法が使えない人は風呂を使うので、来客用だと思わしき所謂ボディーソープとシャンプーの類が普通に置いてあった。きっとマリアが買っておいたんだろう。流石家事ならお任せあれのメイドだな。

 洗身も済ませ、かけ湯をして体を慣らしてから……満を持して湯船に足を踏み入れる。

「お?」

 衝撃と疑問が同時に訪れた。湯加減が丁度良すぎる。火と水が適性属性に含まれるルミーナが居るからこそこ最高の温度調節が可能になっているんだろうが、これはただの何の効能も無い水だ。そこを入浴剤や魔法などでどうにか改善すれば、そこら辺の安い温泉旅館の質を優に超すと思う。たかが温度調整だけで、と思うかもしれないが、継ぎ足さずに適温を維持できる湯ってのは魔法じゃなきゃ実現味を帯びないからな。

 ただ広いだけでこれといって景観がよろしくないので――状況が揃っているので、直ぐに想起できる――目を瞑って目の前に紅葉と遠くに海が微かに見える、山奥の高級温泉旅館に居るイメージでこの上なくくつろぐ。流石にサウナやジャグジーという文化がなくても、いい湯があるのは全世界共通。入浴とは至高の文化だ。

(やっぱ風呂の文化は要るだろ……)

≪リフレッシュ≫は凄い。人によっては一日で数時間要する行為が一瞬で完結できる。時間が惜しい人には最善手だ。でも、入浴中の多幸感は訪れない。歯磨きの爽快感も訪れない。魔法の概念がない世界出身とはいえ、この文化が生き続けている以上、異世界人にとっても時間に余裕があれば捨て難いってことだな。

 結界内で安心できる状況下ということも相まって、つい脱力して普段見せない無警戒や余裕さが出てしまったのか……そこを突いたかの如く、タイミングよく脱衣所の方から話し声が聞こえてきて、浴場に誰かが入ってきた。ぽけーっとしていてその気配に気付いたのは、視界内に赤髪が入り込んでから。

「……おいぃ!? 何でおめーらが風呂にいんだよ!?」

 俺の視界が正しくなくても確実にルミーナとマリアの気配が同じく浴場にあって、ルミーナは複数の湯船を選ぶように歩き回っていて、マリアは丁寧に洗身しているぞ。そんな二人が恥ずかしがりもしないし隠しもしないもんで、こっちも立ち上がったはいいがブツを隠し損ねた。

 一応この世界には温泉の文化があり、魔法使いでも体力回復や魔力回復などの恩恵を受けられるとして入浴する時もあるとは聞いていたが、何故異性が入浴しているタイミングで入浴しに来た。マリアは元奴隷だったので、ご主人様のお背中を流すとかほざいてくるかもとは思っていたが、ルミーナまでも来る理由が分からない。男湯と女湯で分けていないのでしょうがなくもあるが、時間に余裕はある。上がるまで待つことが出来たはずだ。

 一向に隠すところは隠さないし、恥ずかしがりもしない二人が視界内で歩き回るので、恥ずかしさよりもその無意識さにイラッとしてきた中、

「風呂ぐらいで騒いでいるとバカバカしいわよ?」

 意識する方がバカだとルミーナは湯船に浸かり、無防備にくつろいでやがる。

「バカなのはおめーらだろぉ!?」

 ここは自宅なので、髪の毛が湯に浸かることなんてお構いなしのルミーナに、こっちも未だ隠しもせず反論する。

「何言ってんのよ。可笑しい所なんて何一つないじゃない」

「は?」

 溜息ついてくつろぐルミーナがおかしいだけだろ。体を洗い終えて堂々と歩いてくるマリアに視線を向けることで説明を求める。

「銭湯をご利用した事がありますでしょうか」

「ないな」

≪リフレッシュ≫で賄えていたし、銭湯に寄ったり、過去に過ごした家や宿には風呂がなかった。地球にいたっては、狭いから二人で入る思考に至らん。

「銭湯は、あくまで疲れを癒したり、汚れを落としたりする場所です。何をお考えなのかは理解できませんが、お嬢様の利用方法が正しく、ご主人様の利用方法は間違っています」

 だからそういうことを気にして行動を制限されるべきじゃないって事かもしれないが、それはきっと男女分けられているからだろう。混浴だと、いくら普段から露出過多な装備をしていて、全裸より傷跡の方が恥じらうとはいえ、大切な部分が異性に凝視される可能性があるから、そうはいってられないはずだぞ。

「どうせ興味無さそうだし気にすることないじゃない」

「何にだよ!」

 ルミーナが言う興味とは、今俺が考えていたことを契約の恩恵で盗み見て言ったとすれば、混浴だとそういう目で見る人が多数いるってことにもなる。それなのに危険性がある混浴を何故自ら生んだ。理解できない。

「俺がこの世界慣れしてなかったって事で今日は付き合ってやるけどよ、次入るときからは別々な?」

 折角この世界で初めて風呂に入っているのに満足せず上がる気にならん。特段遠ざかることもなくその場で入浴した。離れてもアレだし、近づくのもアレだからな?

「でもこの大きさが勿体ないじゃない」

 そう言われて一瞬確かにこの規模の風呂を一人で入るのは寂しいなと納得しまい……

「うっせえ。後々考え改まるかもしれんが、現状――地球人の俺からすればこの状況はありえねえんだよ」

 地球じゃ絶対に起こりえないし、起これば先に入っていたのが男だとしても何故か男が悪者になり、罰せられることになる。地球人とは、それほどこの世界の人間と意識や文化が異なっていて、理不尽である。

 今度こいつらが言っていることが正しいのか、この世界の銭湯とやらをバレットの協力の元偵察することにして、十分に癒されてから風呂を上がった。


 用意されていた夜飯は……豪華だった。しかも見たことない料理ばかり。どれも少量で、品数が多い所を見るに、普段イカロスにはバイキング形式で提供していたんだろう。

 こんな品数が多くても、栄養バランスは偏っておらず、知りもしないはずの俺とルミーナの胃袋八割ぐらいの丁度いい量で……食べないと叱られると分かっているので、マリアも一緒に食べた。今まで沢山この世界で飯を食べてきたが、一番美味かったと言えるな。流石あの絶対に不味かったら暴力を振るっていたのであろうイカロスの奴隷をやっていただけある。

 そんな食事中に提供されていた飲み物は水じゃなく、水より安いお酒だったらしく……今の俺は、完全に出来上がっていた。

「大体この世界の人間は恥じらいの概念が薄いんだよ。なんだよあの生地面積のすっくねー装備は。あれで結局防御力が上がるのに繋がるとかいう理由は納得できたけどよ、少なくとも地球人はコスプレか海じゃなきゃ着ねーよ。見えさえしなけりゃどうでもいい精神なんかもしれんけどよ、いざ見えた状態でもあれなのは理解できん。銭湯はそういうもんだと腹を括っていたとしてもよ、そういう目で見る糞野郎が一匹はいるもんなんだよ。地球にいい例がいんだよ、アホが」

 風呂での出来事を掘り返す今日の俺は饒舌タイプ。ルミーナ曰く複数状態があるそうだが、一番面倒なタイプがこれらしい。

「萩耶に酒を呑ませるとこのように大変なことになるから、次から飲み物は買わなくていいわ。水なら私が出すから」

「申し訳ありません」

 ルミーナは俺に酒を呑ませるとどのようになってしまうのかマリアに伝え、酔いを醒ます魔法をかける。どういうことかわからんが、この世界は水より酒の方が安く、子供でも無害のアルコール分しか含まれない酒もありふれているんだ。

「明日はミミアント商会に行くわよ。少し新商品を考えてから寝ましょ」

「あ、ああ、そうだな」

 魔法でいきなり酔いがさめたことによって、徐々に酔っていた時の記憶がよみがえってくるので、変な頭痛に苛まれる中、俺とルミーナは新商品の試案、マリアは家事をしてから就寝した。

 翌朝、大きな敷地で鍛錬してからミミアント商会に出向く。今まで鍛錬していた場所は山奥で日陰ばっかりだったので、久しぶりに太陽の下での鍛錬となった。その影響か知らないが、普段より力が漲ってくる。二階のベランダで魔導書を読むルミーナ片目に、調子に乗った俺はマリアに剣でしごかれたが……ズタボロの状態を見せるわけにもいかないので、しっかりと回復魔法を使ってもらってからミミアント商会の屋敷内にいきなり転移した。

「――わあ! びっくりしたーっ!」

 エントランスにいきなり現れたもんで、丁度通りかかっていたシェスカがびっくりした反動で胸のボタンを弾く。

 弾けたボタンがマリアの頬にあたる中、シェスカの声が気になったミミアントが奥の部屋からニコニコ笑顔で出てきて……

「しゅうちゃんとルミちゃんではありませんか! そちらは……お聞きしました、マーちゃんですね!」

 またシェスカが誤って伝えたのか、マリアのリが抜けている。しかも話が広がる途中で変な風に変わったんだろう「マー」と伸ばされている。

 俺とルミーナの時点で名前が間違えられているのに、今更変えろとは思わず……

「久しぶりだな。話は聞いていると思うが、結論は出たか?」

 ルミーナがステラの元へ新商品の詳細を書いた紙を渡しに行く中、不在だった間で溜まった収入を受け取りながら本題に入る。

「始めは少し悩みましたが、購入者の滞在国統計や提供者の滞在国統計、ルナさんとシェスカさんの移動販売先の売り上げ量、その他色々判断した結果、国内向けだとデリザリン王国よりパブルス帝国の方が需要があると判断しました」

 つまり入国制限の件を一旦置いて考えると、パブルス帝国に転居する方が儲かるということか。いい結果が出たもんだ。これからも安定した収入源があるのと無いとでは、行動に大きな差が生まれるからな。

「デリザリン王国が入国制限すれば赤字にはなりますが――」

「――ああ、それのことだが……現帝王曰く、今はパブルス帝国の方が劣勢らしいぞ。ていうか城に仕えている人間が計六人しかいなかった」

 ルナとシェスカをデリザリン王国に送り終えてから判明したしたことなので、勿論初耳のミミアントは、

「本当ですか!?」

 劣勢、更に六人と聞いて――俺も最初はそれで回っているのか不思議に思えた――二つの意味の驚きを隠せない様子。ていうか、もはや行ったところで滅ぶんじゃないかと不安さも伝わってくる。

「デリザリン王国の側近は二名ですが、兵士や雑用を合わせると城に一万人は所属していますよ……?」

「あの城一万もいたのか」

 前に行った時はいても三千人ぐらいだったぞ。丁度パブルス帝国との国境に出撃していたところだったんだろうか。

 デリザリン王国の情報が更に一つ解禁され、よりパブルス帝国が劣勢だという事実を知り……

「まあ、デリザリン王国が入国制限することはないだろうよ」

「寧ろ今のうちにパブルス帝国に入った方がよさそうですね」

 それだとパブルス帝国が鎖国する前提にも聞こえるが……ここでパブルス帝国の王族騒動が一段落ついたからデリザリン王国との仲が改善に向かうかもしれない、と言ったらややこしくなりそうなんで、今はまだ言わないでおく。

「それでだが、これは俺らからのプレゼントだ。迷惑費として受け取ってくれ」

 ポケットから事前に買っておいた家の場所が記されたパブルス周辺地図を渡した。

「これは……」

「お前らの引っ越し先の家だ。すまんが全員分は用意できなかったから、またシェアハウスになるが……」

「家ですか!? そそそそんなことしなくても大丈夫ですよ!? 寧ろ私達はしゅうちゃんたちに感謝しきれていませんし!」

 まさか家をプレゼントされるとは思っていなかったらしく、ミミアントは動揺しまくって途中言葉に詰まりまくる。

 ミミアントがこんなに驚くのは珍しいのか、気になったシェスカやルアなどがやってくる。

「わーすごい! 家!? ヤバいっしょ!」

「態々こんなことしなくても……」

「店舗は自分たちで探してくれ。素人目にはどこがいいのかわからん」

 地図からじゃ家がどんなものかわからないので、もう今すぐにでも見に行きたいシェスカは≪レベレント≫が使えるルミーナを探しに行っちゃったが……

「店舗ぐらい私達で決めます! 本当に、ありがとうございますっ!」

 ミミアントは感謝の意を込めて深く礼してくるので、最近お礼ばっかりが続いているが未だに慣れない俺は変な気持ちになる。絶対俺たちの方が身分が下なのに、こうもされるとな。

「ミミアント商会は姉妹会社が多く、デリザリン王国でも有名な商店でもあります。また、デリザリン王国は法律に厳しい国ですし、色々するべきことがあります。なのでパブルスに移転するのはまだまだ先になりますが……」

「俺が言えた事じゃないが、いつでも歓迎してるぜ」

 そのぐらい大体想像できていたことなので、サムズアップしてみせる。

「また後日来ていただけると幸いです」

「≪レベレント≫なら任せなさい」

 ミミアントの発言に奥の部屋から戻ってきたルミーナが返答し、俺たちはミミアント商会を後にした。

 ともなれば、俺たちがすべきことは残り一つ。それを済ませれば、ミミアント商会が手続きを終えるまで暇が生じるので、俺は地球に帰ることが、ルミーナとマリアは異世界に行くことができる。

 それはカエラに一言話せば終わるような話なので、俺たちは家に寄らずに直接パブルス城に転移した。

「よっ」

「カエラ様は今ご食事中だと思われます」

 流石は気持ち一新毎日鍛錬を積むようになったからか、突然の転移に前よりかは多少驚かなくなった戦乱の戦乙女は、俺達相手に監視の必要はないからか、カエラがいる位置を教えたっきりその場を動こうとしないので、俺たちだけでカエラの元へ向かった。

「ちょっと話があってきた」

 お食事中お邪魔するのは悪かったが、もうそろそろ地球に転移しないと学校に間に合わなくなってしまう。どうせ一言で終わる話なので部屋に突撃した。

「どうしたのじゃ?」

 食べる手を止めてこちらを見るカエラが食していた昼飯は……何とも言えない平凡な料理だらけ。昼だからかもしれないが、もっと王族らしく豪勢で美味しい料理を食っているのかと思ってた。

「今度デリザリン王国からミミアント商会ってのがやってくる。デリザリン王国出身だからっていじめんなよ? 俺達の知り合いだから、仲良くしてやってくれ」

「おお! あのミミアント商会かの! いつも素晴らしい商品を発表しているから、すぐに入手出来てありがたいのじゃ!」

 どうやらカエラもミミアント商会にお世話になっている一人だったらしく、視線を向けた先にはオセロが置いてあった。この世界初の室内娯楽とあって、やはり相当普及しているようだ。それも、王族にまでも。

 実はそれを作ったのは俺だ、というと話が長引きそうだったので、俺たちは何も言わず立ち去ろうとしたが……

「もう帰るのかの? どうじゃ、オセロ一回しないかの?」

 たったそれだけで帰るのは自分にとってもつまらなかったのか、ニコニコ笑顔でオセロを指差している。

 そんなやりたそうな笑顔を浮かべられると断りづらくなるわけで……ルミーナとマリアを一瞥し、ここに滞在することに異存がなさそうだったので、

「いいぞ。でも一回だけだからな」

 絶対に負けたら勝つまで付き合わされそうだったので、念押ししてから同じく大きなテーブルを囲うようにして着席した。

「お腹は空いておるかの?」

「まだ食ってはないわね」

 一人だけ優雅に食事を食べる気にはならなかったらしく、俺たちが食事前と聞き、

「余りはあったかの?」

「はい。至急お持ちします」

 カエラは薔薇の三銃士から三人前の食事を持って来てもらい、態々俺達に提供してくれる。

「すまんな」

 この世界でも地球の如く乞食みたいになってしまったが、カエラと薔薇の三銃士に礼をしてから昼飯を食べさせてもらった。

 王族が食べる飯をお裾分けしていただく羽目になって判明したが、見た目は質素でも味は抜群だった。例えるに人付き合い悪いがいざ戦闘になれば活躍できる薔薇の三銃士のような感じだ。うん、我ながら例えが悪い。

 食後、ただオセロするだけじゃつまらないとカエラが言うので、何か一つを賭けることになり……カエラが負けると城の魔障壁強化業務に励んでもらい、俺が負けると何故かかくれんぼに付き合うことになった。どうやらまだ改築した城の内装を把握しきれていないので、これを機に覚えたいらしい。

 そして数十分に及ぶオセロ対決が終わり……

「おい、何で黒がこんなにも少ないんだよ」

「かくれんぼ決定じゃ~!」

 角を二つ取ったというのに殆ど白で埋め尽くされて俺の負けだ。なんでだよ。お陰で泣く泣くいい年こいてかくれんぼに付き合わされる羽目になったが。

「すまんルミーナ、マリア。今日はこれでつぶれそうだ」

 庭の噴水前にて、カエラが隠れるまで数分間待っている間、負けた理由に納得できないが謝罪しておく。

「へたくそね……今後の為にもオセロの練習もしておく?」

「止めてくれ……」

 にやけ顔で言ってくるのはいいんだが、ゲームって製作者が絶対最強! みたいな感じじゃないんだな。――てかあの状況で負けるの謎すぎるだろ! 俺は泣く泣く城の中へ入っていくことにした。

 俺達が待っている間、二階の窓からずっと視線を感じたので、どうせそこだろうと思って向ってみると……いない。魔法で気配を消されていたらどうしようもないと思ったが、この部屋には特に隠れる場所がないので、この場所から俺たちがまだ動いていないか確認しただけだろう。

 突き当りなどに置かれたやけに高そうな壺の中や、鎧立ての裏などにも隠れていないか一つ一つ確認しながら前進する。

 さっきから鬼ごっこするようにカエラの気配が前方で動き回っているので、走って行けば捕まえる事ができるが、そんなあっさりと捕まえれば二回目を始められそうなのでわざと無視する。

 絵画の裏の隠し部屋や過去フィリザーラ帝国を救った英雄が使用していた武器が保管された部屋、螺旋階段を相当上った先にあった城の一番高い場所など、俺が入っていいのかわからない場所をいくつも見つけてしまいながら、城内の捜索は終わった。途中から気配が消えたし、もう城の中にいないことは確実だったが、大体の部屋を把握できてよかったように思える。

 庭に出て一周回りきり、次は城壁の上を半周回りきったところで……ようやくカエラをみつけることができた。

「そんなところ見るわけねえだろ!」

 カエラが居た場所は、屋根の上。それも、城壁の上からでも見上げないといけないぐらい高所だった。

 側近に見つけられると即降ろされるような場所に座っていたカエラは、

「しゅーやなら見つけると思ってたのじゃが」

 見つかってしまったので魔法でふんわりと俺達の元に降り立ってきた。

「さっきまで室内をウロウロしてたのによく一瞬でそこに登れたなあ。魔法使ったんじゃねえのか?」

「魔法はダメじゃったか?」

「ダメに決まってんだろ。俺が使えるならまだしも」

 探そうと思えば探すことが出来る場所ではあるが、まさかカエラがそんな所に行くとは思ってもいなかった。俺の中でのかくれんぼは、魔法を使わないもんだからな。

「申し訳ないのじゃ……室内の気配も魔法じゃ……」

「だろうな」

 でも最初に魔法使用禁止と言わなかった俺にも落ち度があるので、二人ともが納得いかないかくれんぼとなってしまい……

「もう一回じゃ」

 結局カエラは室内に居なかったわけで、城内を覚えることが目的なのに達成できない位置にいた。そんなこともあり、次は気配察知もなし、魔法使用も無しの王道かくれんぼを行う羽目となった。


 こんなかくれんぼに不向きな規模・人数で行っていれば、全然見つからない訳で……長引きそうなので先に帰宅して出発の準備をするとルミーナとマリアがいなくなり、城内の魔力石に次々と明かりが灯っていく時間帯……つまり、結局夕方までかかってしまった。それも、カエラがあまりにも見つからないからと言って姿を現す形で。

 城の中を把握するという目的は果たせたそうなので、ただ俺たちが時間を浪費しただけになったが……カエラの友好度を上げておくことは悪い事じゃない。有意義な時間だったと強引に捉えることにする。

 帰宅して早々荷物がまとめられている所を見て、そろそろマリアに俺の正体を明かす心構えをする。

 異世界で夜飯を食べて転移しないと飯が一日食べられない可能性があることを知っているルミーナがお願いしたのか、マリアは夜飯の準備を丁度完了させたところだったらしく、二人して椅子に着席して俺が座るのを待っていた。

「カエラの気は済んだ?」

「ああ、なんとかな」

 ルミーナがあははと笑う中、色んな意味でまた今日もつかれた俺は椅子にどっかり着席し、三人同時に飯を食べ始める。見た目年齢・構成的に家族は無理なので、兄弟姉妹揃って飯を食べるかの如く、団欒具合で。

 旅行に出ることは分かっていても、どこに行くかは分かっていない。だがどこに行こうが構わないらしいマリアは行き先に特に興味を抱いていないようで、例の如く自分からは何も話しかけてこないので、

「これから大切なことを話す。心して聞いてくれ」

 これから話さなければいけないことについて、俺から話を振る。

「俺は異世界人だ。わかりやすく言うと、隣国よりももっと遠く、絶対に行くことも見ることも、知ることすらもできない所から来た人間だ」

 ルミーナには俺が異世界人だと語る必要がなかった。それはルミーナ自身が俺たち地球の方にやってきている異世界人だからだ。なので聞くよりも見る方が――つまり百聞は一見にしかずで、多くを語らなくてもよかったが、今回そうはいかない。ルミーナは冷静な判断ができたが、事前に異世界――地球の怖いことについて教えておかないと、普段訪れる転移者の二の舞になってしまう。俺たちが一緒に転移しようが、その反応が、普通だからな。

 初めて俺が地球の事を語ることになったので、どう話せばいいか分からないながらも説明すると、マリアは……動揺しない。普段通り何も感情が現れないので、俺の話を聞いてんのか、既にそのことを知ってたのかなど、疑わしくなる。

「今あり得ないことを話してんのよ? その反応はないでしょ」

 実体験した身なので、俺と同じくこの反応が正しいのか分からないルミーナはマリアの正気を疑う。

「人々が急に消える事象が頻繁に起きていると聞いたことがあるので、何か可笑しな事が起きているのではと思っていました」

 どうせイカロスから聞いたのであろう話を覚えていたのですんなり受け入れていることは分かったが、それがまさか他の世界に転移している事象とは一切知らなかったはずなのに、全く驚きやしない。ここまで無感情だと寧ろ喋りづらくある。

「その通りなんだが、これから俺が帰宅する世界には、この世界から人々が頻繁に転移してくる。そしてそれらは解明されていない事象で、この世界からの一方通行しか確認されていない」

 実は誰も知らないだけで起きているかもしれないと思った学者が、一斉に調査できる範囲内で地球人を調査したところ、突如この世界から姿を消した者はいないと結論を出したそうだ。判明した当初は地球人全員が安堵したものだが、不慮の事故などで行方不明となった者もいる中、どうやって判断したのかと主張して、その調査結果は証拠に欠けるとされた。なので今となっては不確かな調査結果ではあるが……最近はPC社がマイクロチップを埋設させた人工島民だけじゃなく、地球人全員の個人情報を握り、不定期に世界各地の人間の生存確認及び死亡確認、行方不明となった原因究明を行い、突如消えた者はいないか照合確認している。その結果曰く、転移現象に巻き込まれたであろう人間は存在していないようだ。まあ、俺個人の意見を言うならば、異世界に地球の文化が何一つ広まっていない時点で、先客がいないことは明白だな。もし地球からも行けたら色々と考えられる未来はあるが……結局は現状異世界からの一方通行のみと言える。

 俺目線だとこの地が異世界で、ルミーナやマリア目線だと地球が異世界。だが地球という惑星名があっても、この地には惑星名が存在しない。前にルミーナに聞いた時「そんなのないわよ」と言われたので、異世界と地球と惑星を区別したところで、ルミーナやマリアを絡めた説明をするとなると、非常に面倒で自身でもこんがらがりつつあるが、それでも説明を続ける。

「そんな現象に巻き込まれたここの人間は、知らない土地にいきなり転移され、パニックに陥り、元凶だと思わしき現地の人間を殺そうとする。だから現地の人間はやってきた人間を自衛の為に抹殺するようになり、今じゃそれに特化した地区や会社まで各地に乱立している」

 実際問題昨今は敵対意識がない転移者でさえ抹殺される世の中になってしまっているが、これから行おうとしている転移は行き先を指定できるので……異世界人要素を隠し、市民に紛れて暮らし、Wアラームを鳴らさず、動く障害物に見つかりさえしなければ、そう簡単には殺されない。だが、それを言ってしまうと転移時の状況が前回同様荒れている時だと、例え転移先が家でも見つかってしまう可能性が高い。現に前回は発光まで見られているからな。なので、しないと思うが敢えて油断の隙が生じないように余計なことは言わないでおいた。

「つまり、もし転移しても暴れちゃダメって事よ。それと、異世界人らしい特徴を出さないこと。私と萩耶が居るからあり得ないと思うけど」

 マリアの場合、通常の転移現象に一人で巻き込まれても暴れそうにないが、不測の事態に備えてルミーナは忠告しておく。ルミーナ同様人外特有要素は隠しているので、そこも大丈夫そうだ。

「その現象に巻き込まれる方法があるのですか?」

 まだ俺が≪エル・ダブル・ユニバース≫という転移技を使えると知らないマリアは、今界隈で問題視されている転移現象に巻き込まれに行くと思っているようだ。

「ない。というか、別の方法で転移する。そもそもそれがなけりゃ俺が今この地にいねえしな」

 別の方法と聞いて興味を示すのかと思っていたが、俺が異世界人と正体を晒した時と同様全くもって興味がなさそう。調子狂うな……

「俺には複数の秘技がある。まずは≪エル・アテシレンド≫。これはやってきた異界の地の人間を抹殺する戦闘集団と同等の戦力で対峙できるよう、身体能力を強化する技だ」

 マリアは俺より頭がいいので、この時点で自身を含むこの世界の人間を脅かす存在が通常時の俺以上の戦力であり、更に秘技を使っても同等の戦力にしかならない存在だと察しただろう。

「次に≪エル・ズァギラス≫。これは魔王討伐の時にも使ったが、思考能力を向上させる技だ」

 これが故に二十歳の俺は十七歳ぐらいで体の成長が一部止まっているが、今はそんなことどうでもいい。

「そして今回使う――≪エル・ダブル・ユニバース≫。その名の通り、異なる宇宙に存在する地球とこの世界とを行き来できる技だ。色々条件はあるが、今はそれが揃っている」

 遂に明らかになった転移方法に、マリアは少なからずどこかがピクッと動くかと思っていたが、それすらも見受けられなかった。いくらなんでもこれから自分がそれに巻き込まれるというのに無関心すぎないか?

「これから俺は帰宅し、ルミーナとマリアは旅行に行く訳だが、何もかもが違うことは常に意識しておけ。魔法を使える人がいなければ、時間や日にちの概念も異なっているし、そもそも喋る言語も異なる。基本的に見るもの聞くもの触れるものそれら全てが違うと思っていい。それらについては追々説明してやるから、最初はとにかく冷静でいてくれ」

「はい」

 如何にも冷静でいるのは得意と言わんばかりの無機質な返答が返ってきた。俺ですらまだ異世界の文化や風習になれていないし、ルミーナも滞在時間が少ないし知る暇が全然ないので、地球の事を全然知らないというのに。

「それじゃ――」

 すでに準備は済んでいるし、この世界でやる事も一段落ついているので……虚空に亀裂を生じさせ、歪んだ空間を広げる。

「――行くぞ」

 マリアの前では初披露になるので、しっかりと詠唱文を言おうかと思ったが……止めた。あんな痛々しい詠唱文、気が進まん。

 これがマリアにとって初めての転移となるが……さてどうなるかな。異世界以上に面倒な知り合いが多く、俺達をご主人様とお嬢様と慕うマリアが、争い事なく無難に暮らせるだろうか。……まず、無理だろうな。




〇パブルス帝国第一首都・パブルス 周辺地図〇

挿絵(By みてみん)

大雑把ですが大体このイメージです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ