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クロス・インパクト  作者: あかつきこのは
12/32

12 王族の紛擾

 

 城で仕える人々が多く居る方向へ進んで行くので、道中本当にこの道で合っているのか不安になったが――現実で見ることになるとは思ってもいなかった――書斎にある特定の本棚を押してスペースを作り、特定の本を少し奥に押すと隠し通路が現れた。マリア曰く、敵陣が城内まで乗り込んできた場合、王族が隠れて逃走する為の避難経路としてあるらしい。イカロスの奴隷だったので、王族以外で唯一存在を知っているという奇跡だ。

 そんな非常階段を下りて地面を持ち上げると、そこは真下にあった食品倉庫の天井に繋がっていた。この部屋は出入口がキッチンと繋がっているだけで、他に扉や窓がない。つまり、ここに入るには廊下からキッチン、キッチンからここなので、人目に付きづらく隠し通路の中継地点としては打ってつけなのかもしれない。逃走中の食料もパッと確保できるしな。

 食品倉庫の隅に積み上げられており、合計二百キロはありそうな酒樽を悠々に押しのけたマリアは、その下に隠された通路に進んで行く。ここは書斎のシステムより簡単だが、酒樽を押しのける筋力が必要となるので、見つかって使用される可能性はとんとんだ。

 次は滑り台のような通路を進み、突き当たった壁を押し開けると……

「こんなところに非常口があったとはな」

 真っ暗で初見にはここがどこなのかは分からないが、城の壁のどこかに一平方メートルの隙間が空いたことになる。このぐらいの壁の変化だったら、昼間でも他人に知られることがないだろう。

 高さ的に飛び降りることは出来ても、飛び入る事は難しい位置にあるここから、俺達三人は飛び降り……

「実は城壁にも隠し通路が存在します」

 ルミーナが魔法で押し開けた壁の一部を元通りにはめた後、マリアの誘導で城壁側に身を潜めつつ駆け寄る。その道中で周囲を観察した結果判明したが、ここは裏庭のようだ。昔はここに住んでいたわけだし、カエラさんが使っていたんだろう、あの泉は。

 見張り台に続く扉をスルーして、マリアはそこから数十歩進んだ先の城壁の四つ角を押す。するとロックが解除されたのか、普通の扉があったかの如く城壁が内側に開いた。

「面白いわね」

「な」

 いかにも冒険って感じだ。日本の城もこんな感じの抜け道あるんだろうな、きっと。

 真っ暗で縦長い城壁内のスペースは上に階段が続いており、マリアが登っていくので俺とルミーナも登っていく。両サイドに壁が無いし、かなり作りが古く、気を抜けば落っこちるし、同時に複数人乗り過ぎると壊れそうな階段を登り詰めると……勿論表向きは行き止まりだ。でも、マリアにはここが行き止まりじゃないと分かっている。

「ここから飛び降ります」

 その先の扉を開けたマリアは、俺とルミーナに外がどういう状況か見せてくる。

「もしもの場合は、ここから死ぬ気で落ちるわけか」

「敵にとられるよりましってことね」

 見下ろす羽目になった今俺達がいるこの場所は、城壁の半分より上の位置。この城壁は斜めじゃなくて垂直なので、ここから飛び降りるのは日本で言う所の清水の舞台から飛び降りるのと同等、いやそれ以上の覚悟が必要だ。今回の場合はことわざなんかじゃなく、読んで字のごとくだが。

「……ヤバいな。イカロスが倒れている事が見つかったっぽいぞ」

 ルミーナは既に聞こえていただろうが、それ以下でも凡人を卓越した聴力を有する俺とマリアも徐々に城側から騒ぎが聞こえてきた。もう少しすれば、暗殺者の捜査と逃亡した奴隷の捜査が始まるだろう。

 躊躇って留まっている訳じゃないが、こんなところで愚図愚図できない。ルミーナとマリアの顔を見て、

「流石に俺らでもここから落ちれば死ぬ。でも対処法はいくらでもあるだろ? まずは俺がその一例を見せてやる」

 ルミーナは愚か、マリアもあの戦力があれば何か一つぐらい案があるだろう。そう思った俺は一人先に飛び出した。戦闘服をパラシュートに変形させつつ。

 先に飛び立った俺がゆっくり旋回して闇夜を降下していく中、ルミーナは何も防御態勢をとらずに落下していた。無詠唱だから分からないだけで、何か企んでいるはずだ。

 ただ落下するだけなので当然俺より早いルミーナは地面付近で急激に減速し、ふんわりと何事もなかったかのように着地した。ルミーナには風も適性属性らしいので、周辺の大気を操ったんだろう。

 それに続いてマリアも地面に降り立った。頭上から「≪レベレント≫」と聞こえたので、視界内に転移したんだろう。

 最初に飛び立ったのに結局最後に降り立つことになったが……魔法が使えないんで勘弁してくれ。

「≪レベレント≫でフィリザーラに戻るか。この町は長く居れないだろうしな」

 一度見た場所でも転移することが出来ることはよくご存じなので、一連の逃避行はする必要なかったなと今一度思いつつ、ルミーナに≪レベレント≫を使ってもらう。まあ、あの通路を今後活かせる時が来ることを祈っておく。そもそもそういう出来事が起きないことが一番なんだが。

「この城と暫しのお別れだ。次来るときは、帝王が変わっていることを祈るぜ」

 あまりにもマリアが思い出深そうに城を見上げないもんで、代わりに別れの挨拶をしてやり……三人揃って安全地帯のフィリザーラに転移した。


 夜に奇襲したこともあり、地球に戻った訳じゃないのでフィリザーラは真夜中だ。冒険者はいつ何時訪れてもおかしくない職業だからか、完全に店が閉まっているわけではないが、商店街の約八割は店の明かりが灯っていない。それでも石に念を籠めるだけで明かりが点く街灯は輝き続けているので、別段孤独感や恐怖感は抱かないだろう。例え戦闘能力を有さない一般人でも。

 時間帯は分からないが、こんな夜遅くにカエラさんの元に出向いたって迷惑極まりないので、俺達三人は商店街の空いている宿屋へ適当に入ることにし、

「この町は人種差別撤廃派になるが、一応今はまだ人外的特徴は隠しておけよ。どうせこれから突き合わせることになる死地では絶対に現してはいけない特徴だから、それに向けた練習とでも思ってくれ」

 まだこの世界での話が済んでいないところに異世界こと地球の話を持ち掛けるのは、説明する俺の頭がキャパオーバーしかねないんで、敢えて死地がどんなところか伏せて話したが、

「ご主人様に尖った物を向けるのは無礼だと調教されましたので、隠しておくことは常時可能です」

「過去を思い出させるようでなんか悪かったな」

 マリアは魔族だとルミーナが言うのに魔族らしい身体的特徴を出さない理由はそれか。イカロスも相当な自己中だな。たかが頭に生えた角とか、妙に伸びた硬い爪とか、自身を包むぐらいの大きな翼とか? あくまで過去見てきた転移者からの予想だが……そんぐらい日常動作でぶつかってもさほど刺さらんくせに。

 そんなかわいそうなマリアに人外的特徴が無いか見ていると……不意に手に視線がくぎ付けになった。

「その奴隷の指輪、どっかそこら辺で売り捌いて来いよ。見る度苦い思い出なんかに囚われたくないだろ?」

 奴隷契約は解けたが、未だに小指に指輪をはめたままなのがつい気になってしまった。丁度目の前に買取も行っている店があるので、そこで売却する前提で話す。

「契約が解けたら取れるはずよ。もう捨てたのかと思ってたわ」

 如何にも大切な物と言わんばかりに身につけたままのマリアを見てルミーナは呆れているが……

「いえ、これはご主人様とお嬢様と結ぶので、とっておきます」

 売りに行くマリアを待っていた俺とルミーナだが、全然売りに行こうとしないマリアは変なことをほざきやがる。

「……はい? 何言ってんだよ。それじゃ奴隷を止めた意味ねーだろーが」

 考えている事がバカバカしくて俺とルミーナは笑うが、それでもマリアは毅然とした態度で話を続ける。

「お二人はイカロスと違って、奴隷を優しく扱ってくれるはずです」

「そういう問題?」

 もしかするとマリアは救ってくれた俺たちに感謝して、一生奉仕する意思をより具体的なものにする為に、態々奴隷契約を結ぼうとしているのか? そうだとしても、そこまでして意思を見せつけなくていい。見返りを求めてマリアを救ったわけじゃなく、自分たちの将来が平和になるようにイカロスを懲らしめただけだ。これは私利私欲で、給与がある仕事じゃない。

「何、お前はメイドとやらじゃなくて奴隷になりたいのか? 普通の関係だとダメなのか?」

「態々奴隷になんかなる必要ないわよ。仕えたいなら普通に仕えればいいじゃない」

「それでは誠意が伝わりません。こうして形として残す必要があります」

 俺とルミーナは契約を交わしてはいるが、それは上下関係を作るような奴じゃない。いうなれば、行動を共にする証のような契約だ。なら寧ろ永遠に行動を共にしたいのであれば、俺とルミーナが交わしたのと同じ眷属契約を結ぶ方が断然安心安全だ。いくら命を救った恩人とあれど、また奴隷という立場になって自身の行動を契約的にも束縛する必要はないはずだ。せっかく自由の身になったんだから、指示待ち人間じゃなく、自由時間にやりたいことを探すべきだ。

「お前メイドの一家なんだろ? なら奴隷とメイドの違いぐらい分かるだろ」

「戦闘員が嫌なら、メイドとしてサポートすればいいわ。私達には生活力がないみたいだし、丁度求めていたところよ」

 俺とルミーナより奴隷となる怖さをたくさん知っているはずなのに、なぜか奴隷になろうとするマリアを説得する為に言葉を連ねる。普通こういうのはなってほしい時に熱くなるもんだと思うけどな。可笑しな三人組だぜ。

 ルミーナの言う通り、掃除はしないし飯は適当にあるものを食う散々な生活を送っている俺とルミーナは、

「指示に従う意思を見せたいのか分からんけどよ、俺とルミーナはそんな契約結ばなくても指示し合うぞ? そして可笑しなときはちゃんと指摘する」

「本当に従うだけでいいなら、ただ反論しなければいいじゃない。態々奴隷になんかならなくてもいいわ」

 ここまで言っても奴隷になると意志を貫かれたら、諦める勢いで最後の主張を語る。奴隷として接するよりも、友達やチームメイトとして接する方が断然気が楽で毎日が楽しい事は火を見るよりも明らかだ。

「ご無礼をお許しください……」

 すると俺たちの熱意が伝わったからか、マリアは奴隷になることを諦めて、外した指輪を売りに行き、複数枚金銭を受け取って戻ってきた。

「何がご無礼だ」

 〔奴隷生活が長すぎて常識が可笑しくなっちゃってるわね〕

 戦闘はできても一般常識に欠けてるかー、困ったな。やっぱりとんでもねえ奴ってどこか一つは人とズレてるよな。

 この町は現帝王に反対派と言っていたので、奴隷制度も当然受け入れてないはずだ。なんで奴隷契約の為の指輪なんて物を売りに来たら、殺意的な視線を向けて買い取り不可になるのかと思ったらそうじゃなく……実は裏の顔は賛成派なのかと思っていたら、店員さんが何やら指輪に向って詠唱していた。どうやら奴隷契約としての効力を消滅させる魔法でも使って、普通の指輪として売るんだろう。考えたもんだ。売却は魔物や自然の物以外にも、落とし物や遺跡などから得た収集品もあり得るからだろうか。

「ルミーナ、マリアに適当に服を買わせてやってくれ。俺は宿を探す」

「わかったわ」

 マリアが所有していた服が、奴隷の時に着せられていた布一着だけで、そんなもので日中歩かせると俺とルミーナの印象が悪くなってしまう。本人が俺たちに仕えたいような意思があるなら、この世界らしくメイド服でも着させてあげたいところだし、ここは同性で一緒に服を選べるルミーナに託す。俺とルミーナはお互いに現在位置を把握できるので、この町のどこの宿屋に入ろうが、絶対に合流することが出来るからな。

 とりあえずは顔見知りのバレット一家が営む宿屋でもあるか探してみたが、パブルス帝国は内情が荒れている上に外情も荒れているからか、まだ進出していないようだ。もしかすると、パブルスならあったかもしれないが。なので訳も分からないが無難そうな宿屋に入り、極一般的な三人部屋で一泊させてもらうことにした。

 部屋に入るなり真っ先にベッドが三つあることを確認して安堵した直後、

「主張もしないし反論もしないから、直ぐに選び終わったわ」

 分かっちゃいたが、敢えて気にしなかったルミーナが数秒後に部屋に入ってきて、続いてマリアも入ってきた。そんなマリアは生まれ変わったかのように綺麗な容姿になっており……やっぱりメイド服にしたらしく、今はありふれたメイドの一員にしか見えない服装になっている。やはり元奴隷でもメイド一家の産まれとあって、不思議と似合って見える。メイド服を着た姿は今初めて見たというのに、だ。そんなメイド服はミニスカート仕様。イカロスの元で働いていたメイドたちのスカートはどれも踝辺りまで生地があり、あれだと戦闘もできるマリアには向かないと思ってこのタイプのを選択したんだろう。そこは素晴らしい判断だと思うが、これだけじゃかえって足元の防御面が低下する。だが、それをしっかりニーハイソックスでカバーできている。唯一露出した面と言えば、ガーターベルトのない脹脛の部分と、手先、カチューシャを除く頭部ぐらいだ。

「体中にあった痣を治癒しておいたわ。序に≪リフレッシュ≫したら、相当明るくなったわよ」

「かなり汚れてたんだな」

 黒みがかっていた金髪は光沢がある勢いで鮮やかで、焼けているだけかと思っていた肌はとても白くなっている。あの野郎は奴隷にしてから一度も体を洗わせなかったのかってぐらいの見違えり具合だ。

「多少魔法を付与して防御力を強化してるけど、その代わり魔法吸収効率が落ちたわ。元々が露出少なめだから、しょうがないけど」

「当分その服で過ごしてもらうしかないが、次向こうに行った時に戦闘服を手配しておかないとだな」

 本人曰く俺があげた戦闘服は重装備に見えて魔法吸収効率がビキニアーマー並みにあるという最強装備だ。なので魔法戦士として戦うマリアには、絶賛習得中のルミーナより必要になる装備だが、俺の手元には他にもうない。ルミーナのを一時的に着てもらうにも、フィットするように製作する必要がある為、最良のコンディションが見込めない。だから忘れないように『戦闘服の手配』とメモした紙切れをM82A3のケースに入れておいてもらった。ここじゃ練習以外使わないし、地球に帰ると必ず分解して整備するので一番忘れないからな。

「で、問題の役割分担だが……っておい、何してんだよ」

 これからの戦闘は三人編制になるので、陣形、戦術、主戦力にする戦闘方法を一新しようと話を持ち掛けた瞬間、部屋着に着替えようと服を脱ぐ俺をマリアが掴んできた。

「本日からメイドとして務めさせていただきますので、手始めに着脱衣のお手伝いを……」

「しなくていーよ。着脱衣ぐらい自分でやるわ!」

 掃除も出来ないし料理も出来ない時点で自覚あるのに、自分で着脱衣もしない程ダメ人間になりたくねえよ。それに他人から脱衣を手伝われるという違和感しかない感覚に襲われたくもねえ。

「何、お前は俺をだらけさせて弱らせようとしてんのか? それとも止めるよう命令を貰いたいのか? 殺そうとしてんなら先に殺すぞ?」

 実はイカロスの内通者でした展開を未だにあると思っているんで、殺意を剥き出すと……俺の殺意には劣ると前に戦闘した時に分かっているからか、目つきが変わった俺を見た途端手を引いてくれた。これにはハッピーだが、次はお隣のルミーナの手伝いをしようとしだした為、ルミーナから念話で俺でも委縮しちゃう魔力的な殺意が向けられた。なんか締め付けられてないか? 見えてないが物理的に。

「メイドだからってありふれた正式なメイドじゃなくて、我流のメイドになりなさいよ。じゃなきゃ私達マリアが望むような命令を一生しないと思うし、困難があったら二人で完結させようとするわよ。考えて行動しなさいよ」

 マリアの手を払い除けたルミーナは、俺の意志と掛け合わせた二人の意見をマリアにぶつける。

「不手際をお許し下さい」

 するとルミーナは不束者の謝罪をし、ベッドメイキングをしだした。宿屋なので掃除するところが無いし、飯はもういらないし、二人から何も求められないので、最終的に行きついた場所はそこなんだろうが、ただ突っ立っていられるより誠意が見られて感心するな。相当奴隷としての自分を救ってくれたことに感謝があるんだろう。

「やってくれててありがたいんだが、質問に戻るぞ」

 ラフな格好に着替え終え、本題の肝心な戦闘に関わる話をする。

「戦った時、マリアって魔法よりも剣の方が得意そうだったけど、実際のところ何が一番得意なんだ?」

 地球人と物理的にも距離を取るべき異世界人の必需品こと拳銃は地球に行ってから検討することにして、まずはマリアが何を得意とするかだ。

「武器なら何でも得意です」

 戦闘の傾向も、魔法はあくまで武器攻撃の補助といった感じだったので予想通りと言えば予想通りだ。そして、俺は徒手を一番得意とする。ルミーナは魔法を一番得意とする。剣などの武器が一番得意というのは……丁度良かったかもしれないな。中途半端な技術じゃなく、今まで見てきた中でも最強クラスと言える技術保有者を被らずに揃えられたのは。

 最強の武器使い、最強の徒手使い、最強の魔法使いが揃うことになった俺たち三人組は、

「それならどれが使いやすいか試してみて」

 何でも得意だとしても、俺とルミーナ、本人の三人で見れば、銃を除く武器の中で何が一番得意かも判明するはずだ。これからの場合、自分だけを気にかけた立ち回りができなくなるので、それを踏まえると多少は本人の認識と異なった優劣が産まれるだろう。

 地球の家にある武器庫には、一度も使われず眠っている武器が沢山ある。それら全てを拳銃の未発達により銃火器の需要がある異世界で使ったり飾る為、ルミーナが≪スレンジ≫にしまっておいた。なので丁度沢山の武器を持ち合わせていたんで、それら全てを取り出した。まさかこのような形にして役に立つ日が来るとは思っていなかったな。

≪スレンジ≫に収納していた武器はナイフ、双剣、長剣、レイピア、槍、斧、槌、鎌、クナイ、手裏剣、鉤爪、弓。他に銃や盾も持って来ていたはずだが、銃は保留、盾は向かない――というか、不要だと思ったんだろう。確かに対フレームアーマー戦では防戦に回った瞬間速度差で瞬殺されかねないので、攻撃は最大の防御理論が立証されててもおかしくない。

「翼があるなら空が飛べるんだろうが、俺らが赴く戦場は人間らしく戦い、魔法の使用がほぼ不可能だ。だからそれらはないものと思って選んでくれ」

 マリアは言われて羊のような角と漆黒の翼、細長い尻尾を出して浮遊して見せたが、直ぐに隠した。隠したという表現で合っているかは不確かだが、とりあえず初めてマリアの体から魔族らしい特徴が目に見えて現れた。でもこれと言って驚きはしなかったな。悲しいことに、見慣れているせいで。思ったことがあるとすれば、服穴開いてんの? ってぐらい。

 マリアは出された多種多様な武器を一つ一つ握り、室内でそれなりの連撃を披露する。その身振りは本人の言う通りどれも精錬されていて、改善点は俺が見てもパッと思いつかない、というより無いに等しい。もはや参考にもなるレベルだ。戦闘メイドということなので、主人が持っているどんな武器や、その辺にある家具や草木でも全て攻撃手段として使用する為に、多種多様な立ち回りを叩き込まれているんだろう。戦術の引き出しは俺とかルミーナより圧倒的に多いな。

 やはり魔法戦士でもあるからか、あまりガンガン攻める感じではなく、途中に魔法攻撃を挟むような戦闘方法のマリアは、一通り武器を扱い終わり……

「何がしっくり来たか?」

 俺の目には長剣が一番扱いやすそうに見えた。徒手の技量は不明だが、中近距離は剣のレンジで、遠距離は魔法でカバーできる。地球だと、銃でカバーできる。なので特段長物でなく、近接戦に対応でき、女性でも扱いやすい重量で、王道でありながらも技術の差が如実に表れる長剣でいい気がする。

「剣の類が良さそうね。一番動けてそうな気がしたわ」

 俺の思考を読んだわけではなく、自分もその類が長けていそうなことを読み取っていたらしく、武器を一つ一つ持ち直すマリアに助言する。

「それでは剣を頂いてもよろしいでしょうか」

「ああ」

「決定ね」

 改めて剣を持ち直し、無事に使用武器を決定したマリアは、メイド服の中に納刀した。俺とルミーナが武器を隠し持つ習性があることを読み取っていたんだろう。

「こういう時ぐらい笑顔になってもいいんだぜ?」

 普通今後の期待にワクワクする場面だが、一切無から表情を変えないマリアに命令にはならないように勧めるが、

「笑顔って、こうですか?」

 長年奴隷としての生活を送っていたからか、笑顔がどんな表情なのか忘れているらしい。分からないながらも、手でほっぺたを引っ張り上げている。

「まあ……そんなとこだ。奴隷じゃないんだから、そういう豊かな表情を心がけろよ」

 俺とルミーナが喜んでたり楽しんでたりしている所に、ただ一人無表情で居られると、騒ぐこっちが急に悲しくなるからな。発言もそうだが、表情ってのもかなり大切だ。せめて不得意ながらも表情を変える努力をしていただきたい。

「でも契約を交わせば思っていることだって伝わるわ。今日から行動を共にするんだし、結ぶわよ」

 確かに眷属契約を交わせば表情は無でも心でどう思っているのかは伝わってくる。それだと表情が硬いままで成長しないが、あくまで俺とルミーナが変な空気にならなければそれでOKっちゃOKなんで、こういう方法でもいいか。

 眷属契約を交わすには準備段階として主従契約から交わさないといけないのか、ルミーナは人差し指をナイフで切ってマリアに向けるので、俺も真似て指をナイフで切ってマリアに差し出した。

「メイドの身分に態々主従契約を交わす必要はないと……」

「忘れたの? 我流になりなさいよ」

 ルミーナは友達以下の関係で話すのはこれで終わりと言わんばかりにマリアの口に指を突っ込んだが……それじゃマリアに契約を結ぶ意思がなければ意味ないんじゃないか?

 だが、マリアは本心では結ぶ気でいたのか、予想は外れ……口元から離したルミーナの指先は、あったはずの傷跡が消滅していた。

「何、結ぶ気あったんじゃない。ほら、指切って」

 とりあえずマリア側の契約が終わったので、実は交わすのに否定的ではなかったマリアに苦笑いを向ける。そんなマリアは、指先を切ってルミーナの口元に差し出した。自分がメイドという身分だからか、ルミーナみたいに突っ込むようなことは出来ていないが、口元に手を近づけられただけ成長した方だろう。

 ルミーナとマリア間の契約が終わり、俺とマリア間の契約を終わった後、

「次は眷属契約ね」

 一番役に立つ契約を交わそうとルミーナが持ち掛けた瞬間、それだけは立場として超えられない一線と言わんばかりに、マリアはその場から数歩退いた。

「わたしはメイドですので……」

「我流でしょ?」

「お互いの位置がわかって、念話ができるのって相当便利だぞ」

 俺とルミーナが契約を交わしたくて迫り、マリアはこれだけは無理だと言わんばかりの及び腰。

「おいおい、剣を出す程嫌なのか?」

「メ、メイドですので……」

「我流って意味知ってる?」

 どうしても自分が俺とルミーナより身分が下でありたいというマリアは狭い室内で逃げるので……呆れた俺とルミーナは念話で話し合い、今日のところは止めにした。どうせ相手にその意思がないと結べないし、今はダメでも一緒に過ごす日々が長くなればなるほどその態度も軟化するだろうし、眷属契約の必要性も感じてくるだろう。とりあえず裏はないことが判明しただけでもデカい。

 今日のところは夜も遅いし寝ることにして、明日の朝は鍛錬して、昼頃カエラさんのところに行くことにしよう。

 俺とルミーナが追うのを止めていきなり寝る準備に入った異彩な光景を見たマリアは、これが作戦の一つだと思っているのか近づいてこようとしない。

「マリアも寝ろよ。明日は早いぞ」

「寝てもよいのですか?」

「何言ってんの? 寝ないでどうするつもりよ」

「ご主人様とお嬢様が就寝してから寝るか、夜中警備します」

 ベッドに入った俺とルミーナは、未だに奴隷としての立ち振る舞いが抜けていないマリアの発言に顔を見合わせてしまう。

「いいからマリアも寝ろ。これは命令だ」

 最後の一言は極力言いたくなかったが、こうもしないと寝そうになかったのでやむを得ない。

 すると命令とあってか、ようやく寝る気になったらしいマリアがベッドに入った事を確認し、ルミーナが部屋の明かりを消した。

 俺は敵意を感じない時は横に向いて寝ていることが多い。となれば、流れで中央になった俺はどっちを向いても人が居る訳で、今日は寝付くまでの間、マリアの姿を見る羽目になった。それで判明したんだが……マリアは寝る時の姿勢が正しすぎる。流石メイドといったところだろうか、俺とルミーナが翌日になったらしく念話が途切れたので、暗闇に乗じてこそっと抱き合ったり手を繋いだりしていた中、マリアは気を付けの姿勢のまま、布団を乱すこともなく、寝息も一切立てずに眠っていた。陰でコソコソする俺とルミーナが馬鹿馬鹿しくなるな。

 契約の継続が完了して数時間後、当然三人ともが寝ていたはずだが……

「――誰だ」

 真夜中だというのに、迫ってくる気配を察知したので飛び起きて臨戦態勢を整えた。小さいころから訓練している行為なので、目が覚めたイカロスが復讐に来たのかもしれないが、気付かない訳がない。

 すると魔法で透明になっていたのか、目の前に姿を現しだしたのは……マリアだった。

「……こんな時間に何してんだよ」

 小声じゃなく普通に話しかける。最近俺と鍛錬を積み過ぎたせいで、少し遅れてはいるがルミーナも身の危険を察知して起床したからな。

「こんな時間に寝たことないのでなかなか眠れなくて……」

「一体いつ寝てたんだよ……」

 この世界に時計があれば、今は三時か四時といったところだろう。そのぐらい真夜中も過ぎて夜更かしの人々も寝付いた頃合いだ。

「命令が下されなかった日の見られていない隙しか許されなかったので……」

「それは……災難だったわね……」

 俺とルミーナが奇襲したタイミングが丁度イカロスが寝る瞬間だったので、その時のマリアはよく覚えている。あんな日々が続いていて、よく今日まで生きていたなと思う。もはや魔族なので多少寝なくてもいいですよーとかありそうで怖い。

「なら何で透明になってたんだ?」

 隠れて何かしようと企んでいなければ、普通透明なんかにならない。眉を顰めるが、

「ご主人様とお嬢様の睡眠の妨げにならないようにと思ったのですが、見つかってしまいました」

 返ってきたのはメイドらしい気遣いによるものだった。戦いが生業の人間には疑い癖はついてて損ないが、契約まで交わした相手を全然信用しないのも考えもんだな。

「目を瞑っておくだけでも効果があるとか聞いたことがあるから、寝付けなくても目を瞑ってじっとしとけ」

「わかりました」

 これからは沢山寝ることが出来るので、今は寝れなくてもこれから徐々に慣らしていけばいい。寝付けないからって、態々奴隷でもない今に過去の生活を繰り返す必要はない。最初は目を瞑ってじっとしろという命令を受けた、とでも認識していれば何れ治るだろう。

 再び睡眠に戻った三人は、朝まで何事も起こることなく、ぐっすり眠ることが出来た。


 夜遅くにこの宿、この部屋に宿泊したので、朝食の手配はできなかった。なので露店で何か買おうかと思っていたが……この世界にもある地球でいう太陽のような存在の位置的に、いつもと同じ時間帯に起きた俺は、朝一番に吸い込んだ空気に美味しそうな料理の香りが混ざっていたことに気付く。

「おはようございます、ご主人様、お嬢様。朝食の準備は済ませております」

「さてはマリアお前……天才だな?」

 遂にメイドらしい実力を遺憾なく発揮したのか、本当に朝食を作ってくれていたらしく……木の机の上には人数分のフランスパンのような主食と何らかのスープ、ナッツっぽい何かが盛られたサラダが用意されていた。殺意や妙な気配じゃなかったので飛び起きることはなかったが、まさか早めに起きて料理を作ってくれていたとは……メイドと言えど、ここまでやってくれるとは考えもしなかった。

「バランスよさそうだな」

「自分の分もちゃんと用意してるわね。なかったら何言われるか分かってるじゃない」

 宿というのに部屋の綺麗さが保たれ、ちゃんとした料理も提供され、戦闘もできるということが実際に見せられたことで感動し、初めてメイドという存在の素晴らしさを思い知った俺とルミーナは朝からハイテンション。今日は強気に出れそうだ。

「どっから金出して買ったのか知らんけど、毎日続けてくれると大喜びだぞ」

「言い忘れていましたが、机上に置かれた硬貨を複数枚拝借しました。お許し下さい」

「どんどんもっていくといいわ。私達は何もしなくても金が増えるからね」

 ルミーナが全員に≪リフレッシュ≫をかけ、手持ちのお金を半分ほど渡し、いい気分のまま三人は異世界初の自炊を食らうことになった。

 食事の感想から言うと……百点だった。いや、百点と範囲内で決めつけることが勿体ない程美味しかった。それから行った鍛錬ではいつも以上に張り切ってしまい、お互いの得意分野でちょっと暴れてみたところ、いつも鍛錬でお世話になっている山が平地になったんじゃないかってぐらい地形を変えてしまったぞ。主に魔法使いの二人が原因だが。

 初めて鍛錬して強くなる前から≪エル≫シリーズ未使用の俺と張り合える奴が現れたので、こんなに荒らしても終わった後は楽しかったって感想しか生まれなかった。これが怖い所だな。

 剣だけでマリアとお手合わせしたが、俺とルミーナは降参する程実力の差を見せつけられた。こっちが息を乱しているとすれば、向こうは息が上がっていなかった。でもそれは剣だけの事で、俺は徒手で二人を圧倒し、ルミーナは魔法でマリアを圧倒した。勿論魔法が使えない俺は魔法戦に参加しなかったが。

 そんなことで朝からハイテンションすぎて昼に行く予定が予想三時ぐらいになってしまったが、俺たちはようやくカエラさんがいるフィリザーラの城に訪れた。

「お話は噂で聞きしました。まさか一日で実力差を見せつけるとは……」

「広まるの早いわね」

 門番のベリーヌが俺とルミーナの顔を見るなり大驚きだが、半歩後ろに直立するマリアを見て怪訝そうな表情になる。

「ああ、コイツについてはカエラさんと直接話す」

「関係者ですか。ではお入りください」

 もう顔見知りで、カエラさんが頼った相手とあってか、タメ口と多少の無礼はご愛敬の俺に、初めて会った時は相当いやらしい目つきをしていたくせに、今は打って変わって親しい友のような扱い具合。そろそろカエラって呼び捨てしても問題ない関係性になりそうだな。

 身分の差が三段階もあるのに、何かと友達になれそうな気がしている中――一度通った道なのでわかる――カエラさんがいると思われる部屋目指して城内を歩く。

 長い廊下には、イカロスが城主のパブルス城は沢山のメイドや執事、騎士が行き交っていたが、カエラさんが城主のこの城には、戦乱の戦乙女と薔薇の三銃士の計六人しか仕えている人が居ないので、誰ともすれ違う事がない。それでも完璧に掃除や手入れが行き届いている所を見るに、全員が戦闘要員なら話は変わるが――城の管理に数百人数千人もいらないことがわかる。イカロスがああいう政治を行っていなければ、過半数はサボっていてもおかしくないだろう。

 例の王の間的な場所に着くと、そこにはカエラさんが居らず、ミザエリーが一人突っ立っていた。そして……一人どこかに向って歩いていく。多分……ついてこいって意味なんだろう。

 ミザエリーの後に続き、中に通された部屋は……壁一面に各国の情勢や取引状況が書き記された紙が貼られており、中央にある机には世界地図らしきもの――これもまた四つ角が陸続きだ――が広がっている。その上には兵士の模型や×印の重しなどがあり、見たらすぐにどの国がどのような状態なのか把握できるようになっている。

「作戦会議室っていったところか?」

「そうじゃな。ご苦労じゃった」

 薔薇の三銃士とチェスをしているかの如く模型を動かすカエラさんは、絶賛職務中といった感じだが……この部屋に通したという事は、俺達になら情勢が知られても問題ないと判断したのだろうか。それはありがたい限りだが、これ以上厄介ごとに巻き込むのだけは止めてくれよな。

「殺さなかったようじゃが、イカロスがくたばっている間にいろんな真実を流しておいたのじゃ。そしたらなーんと大反乱じゃ。うまくいったの」

 カエラさんはパブルス帝国の第一首都・パブルスに置かれた兵士の模型を、全て王の模型に武器を向けるように置き換えて「どーん!」と笑い声交じりに言いつつ天に剣を掲げる王の模型の上に×印の重しをぶつけて剣を折っている。こういうとこは見た目相応だな。

「すまんな、本来の目的は果たせなくて」

「よいのじゃよいのじゃ。どうせ今の奴は赤裸々で支持者もいないのじゃ」

 タイツを履いた足を組んで勝利を確信したドヤ顔を浮かべっぱなしのカエラさんは、俺とルミーナの顔を見上げ……その奥に直立していたメイドの存在に気付き、ハッとする。

「……なんじゃ? 仲間を増やしたのか?」

「増やしたっつーか、救ったっつーか」

 マリアの存在をどっからどう説明すればいいか悩んでいると、

「イカロスの奴隷よ。解放したけど行く宛がないっていうから行動を共にすることになったわ」

 代わりにルミーナが端的に説明してくれた。事実を、何も隠さず。

「イ、イカロスの奴隷!?」

 カエラさんはまさかそんな奴だとは思っていなかったらしく、正体が分かった瞬間薔薇の三銃士の中で一番体格がいいエイラの背後に隠れる。どうやら……自分が居なくなったせいで、代わりにこの人が体罰を受けるようになったので、自分に恨みがあるはずだと思って怯えているようだな。

「安心しろ、コイツにお前に対する恨みはない。あったとしても、そうはさせん」

 マリアがカエラさんにうらみを持っているかは聞いたことがないので知らないが、俺とルミーナの命令に従うとあれ程言っていたのであれば、もし恨みを持っていても晴らすことはできないだろう。こういう時だけ都合の良い行動を起こすなら、最早主従契約なんか成立してない。

「そうなのかの……?」

 エイラの背後から顔だけを出したカエラさんは、無表情でただ立ち尽くすマリアに回答を求めるが……マリアは一切答えようとしない。どういうつもりなのかわからないので、にらみつけると……

「私はご主人様とお嬢様だけに従っています。故に他人の質問にはお答えできません」

 話してはくれたが、また訳の分からんメイド感を語ってきた。メイドってそういうもんなのか?

「どういう関係なのじゃ?」

「今は後回しだ。マリア、話せ」

 他人が触れてはいけない関係性にでもなったのかとカエラさんが腫物を見るような目を向けてくるが、これはマリアが勝手に言っているだけだ。バカげたこと言わずに命令っぽい言い方で強制的に喋らす。

「恨みはありません。あの暴行から、逃げるのは普通ですので」

 表情は変わらないままだが、恨みがない事がわかったからか、カエラさんは体の半分ほどエイラからはみ出す。

「あるとすれば、イカロスの方にです。わたしに拒否権もなく奴隷契約を交わし、反抗できないことを良いように、好き勝手に人を物のように扱ってきたので」

 ただ殺意を露わにするだけで、無表情なので余計怖いが……マリアにちゃんとそういう嫌だった気持ちがあってホッとした。あまりにも服従したいと思う気持ちが強すぎるので、そういうMの一族なのかと思っていた。

「お主も同じ苦労を味わったようじゃな……すまなかったの、代わりになってもらって」

 完全に和解したのか、カエラさんは身代わりになってくれたマリアに泣きながら抱きついている。多分マリアは内心「私に触れていいのはご主人様とお嬢様だけです」とか思っているからか、抱き返していない。なので俺とルミーナが鋭い目つきを向けると、それなりに抱き返していた。そうそう、それでいいんだ。そのぐらい社交的じゃないと、後々行くことになるメイドとかの存在が普通ありえない地球じゃ暮らし辛いぞ。まったく、メイドのくせして世話が焼けるな。

 メイドというぐらいだから社交的だと思っていたが、案外そうでもなかった現実にげんなりしていると……

「じゃが、それももう終わりじゃ」

 急に胸を張って王族らしいオーラを放ち出したカエラさんは、

「イカロスの悪人さが世間に知れ渡ったから、次期パブルス帝国帝王選挙が今日から始まったのじゃ!」

 とても喜ばしい出来事を教えてくれた。

「急ね」

 これには異世界人でも驚く行動の早さ。

「それでお願いなんじゃが、聞いてくれるかの?」

 なんか流れ的にそうなるんだろうなと思っていたが……やっぱりそう来たか。俺とルミーナは念話で溜息が出る。

「も、勿論見返りは用意するのじゃ! イカロスの分と、これからの分!」

「いーよそんな張り切らなくて。こっちは欲しくてやってんじゃねーぞ、勝手に巻き込みやがって……」

 元はと言えば静かに暮らす為に喧嘩中だったこの国に偵察に来た。そしてその過程で王族に協力する必要があっただけで、見返り欲しさに活動したんじゃない。寧ろそうやって今後も厄介になる的な賄賂染みた奴は受け取りたくもない。

 最後の小言は聞こえないレベルの声量で言っていたのでツッコまれることはなく……

「まあそれはその時じゃ。今回のお願いなんじゃが……」

 見返りの件をそれとなくはぐらかしたカエラさんは、三人組となった俺達に要望を伝えてくる。こりゃー王に仕える人間が6人しかいない弊害で――頼りになる相手と認識された以上、今後カエラさんの良いように使われるな。まだMとSがどぎついデリザリン王国の方が良かったかもだ。


 お願いというのは、選挙活動にあたって――徐々に範囲を広げていくが――まずはフィリザーラ内でカエラさんを乗せたラジアシークを巡回させてほしいとのこと。城は計七人で切り盛りしないといけない訳で、全員が選挙活動に出ることは出来ない。だからと言って俺達一般人を管理人として城に置き去る訳にも行かない。なので俺達に運転を頼みたいらしい。そしてフィリザーラは良くても、パブルスに近づけば近づくほど未だにイカロス派も多くいると思われる。するとカエラさんを乗せたラジアシークは当然狙われるわけで、相応の護衛力も必要になる。そうなるとイカロスを倒した実力がある俺たちであると一石二鳥だと考えたらしい。

 そんな好都合な条件を列挙されてまで断るのはアレだったし、相手陣営だったマリアを仲間に付けてしまった以上、引くに引けない状態になってしまった。前向きとはいかないが、渋々その要望に応えてやることになり……一週間後の投票締め切り日まで、毎日数回にわたって選挙活動に付き合わされる羽目になった。

 選挙の対戦相手? というのかわからないが……イカロスとの勝負。例え洗い浚い暴露されたとしても、今の制度で特段不都合無く国が成り立っているので、敢えて変革を起こす必要はないという根強い市民――いわばイカロス支持の現行派閥がパブルス周辺には数多く存在する。しかも当の本人・イカロスはカエラさん及び三人への復讐心に燃え、金や奴隷契約で支持者を強引に募っているという暴挙さだ。これ日本だと違法じゃね?

 今回の選挙に立候補したのはカエラさんとイカロスの二人だけで、他の立候補者は誰一人いなかった。理由は二人が双璧を成すよう綺麗に理想が相反していることや、この国に立候補する程名高い貴族や思想の持主がいないこと、突如として現れた俺達一般人の活躍を応援している者がいるかららしい。もう最後の理由で分かっただろうが、俺たち三人――特に俺とルミーナは、イカロスを倒した張本人として、誰か一部始終を実際に見た訳でもないのに市民は王族相手と同じぐらい崇め奉っており、街中を堂々と歩きづらくなってしまった。まさに学校でのちやほやされ具合と同じ。最悪だ。この世界は強い人が好かれるので、戦力を隠している以上、容姿で好かれなくて過ごしやすかったのに、これじゃまるで意味がない。カエラさんも英雄と言いふらすのはいいが、加減していただきたい。現にイカロスは生きてるんだし、真実味の欠ける嘘つき王女候補って呼ばれるぞ。

 そんな俺達は現政治に否定派で平和な国を掲げているので、身分制度撤廃の象徴として、王族のカエラさんを平民の俺が肩車することで身分関係なく触れ合えることを示し、王族のカエラ・パブルス・フィリザーラ令嬢の呼称を「カエラさん」から「カエラ」と呼び捨てに変更して気軽さを醸し出す。そして人種差別撤廃の象徴として、ルミーナはエルフ的特徴の耳を、マリアは魔族的特徴の角と翼と尻尾を露わにし、三種族が触れ合う事が可能だと示す。最後に奴隷制度撤廃の象徴として、元イカロスの奴隷だったカエラが解放されてこの場にいるという事実を前面に押し出す大衆扇動のやり方で支持率を稼ぐ作戦だ。そしてこれは案外功を奏して、フィリザーラは愚か、パブルス付近の町でも名声を稼ぐことが出来た。これは……例え嘘と思われようが、事前にカエラがイカロスの最低なところを言いふらしたことも相まって、俺達陣営に勝利の女神が微笑んでいる気がする。

「遂に夢が実現しそうじゃ! 叶ったらやり返しにイカロスをフィリザーラに流す予定なのじゃ!」

 俺・ルミーナ・マリア・カエラは名声集め、戦乱の戦乙女は城の防衛、薔薇の三銃士は選挙の状況把握。分業して活動する事数日間、そろそろ投票締め切り日に近づいてきた中、カエラはフィリザーラの城内で毎日嬉しさがランクアップしている。

「初日は圧倒的に現状維持派が数多く占めていましたが、最近は私達人種差別奴隷制度等撤廃派――つまり革命派の方が大多数を占めています。この調子だと、支持率が高すぎるので当落日を前にして無条件で次期帝王に確定しますよ」

 俺という異性さえ見なければ正常で、それさえクリアすれば薔薇の三銃士内で唯一まともに会話できるマリウォントが現状判明している事を語る。

「現帝王を荒らす国民が多発するって意味か?」

「違います。あまりに支持する人が減ったせいで、現在イカロスに仕える人は百人を切ったそうです」

「どうせ残った百人はほとんど奴隷じゃろう」

 俺が話したことで一切喋らなくなったマリウォントに変わってカーラントが説明する。帝王としての名誉を守るために気高くあり、畏怖されるべき態度や行動を取り続ける宿命があっても、こうも本性や策略を露呈されればあんな暴君に健常者は集まらないもんだ。

「確かにイカロスって如何にも一人じゃ生きていけそうになさそうだったわね」

「呪術を患うまでは相当強かったと聞いてるがのぉ……」

 どうやら昔のイカロスは今ほど貧弱者じゃなかったようだ。元の戦力を知らないので何とも言えないが、今があれなら相当減衰しているといえるだろう。

 カエラが六人の側近でやりくりしている事を数千人いないとやりくりできないダメダメ帝王をバカにするのは程々にして、

「そういや昔は今みたいな法律がなかったって言うが、何でなかったんだ?」

 結局ドタバタしていて聞けなかったパブルス帝国――いや、フィリザーラ帝国の過去について尋ねる。

 今のパブルス帝国はイカロスの独断で作り上がった国であり、妻がデリザリン王国の貴族に殺されることがなかったら、永遠と法律のないフィリザーラ帝国のままだったんだろう。法律ばかりあって常に縛られている世界出身の俺からすれば、それで成り立つ理由が心底理解できない上に、寧ろ自由過ぎて逆に不安感が募るが。

「元はというと、我もよくわかっていないのじゃ。大昔から決まり事がなくて、奴隷制度や階級制度などもなかったと伝えられておる」

 王族のカエラでさえわからないというので、この場に居合わせたカエラの側近四人にも視線を向けるが、誰も知っているような反応を見せない。

「元々災いが起きなかったの。全員が友達みたいで、もし災いが起きたとしても、市民の中で解決しているようじゃった」

「今は法律で定められましたのでそうはなりづらいですが、ここフィリザーラは名残として多々見られます」

「人情か……」

 カエラの説明にカーラントが付け加えるが、今も残っているとなれば、相当市民間が友好的なんだろう。たまたま城主がイカロスの政治に反対派だったので残ったのかもしれないが、正式に罰せられる法律が生まれたって今までのやり方を継続するってのは、相当なことがなければ続くもんじゃない。だって示談よりも法律に頼った方が手っ取り早いしな。

「だから友達じゃない他者が住み着き難いし、他者がやらかすと市民全体から批判されておった」

「実際は階級もなかったのですが、国を守れる力を有している人が自然と一目置かれる存在となり、地位が高い存在として人々から慕われ、いつの間にか三段階の階級が生まれていました。定められて生まれた身分制度ではないので、言わばそれは名ばかりです。全員が友達、家族のようで、階級が異なっていても、お金が無ければご飯や寝床も貸してくれるぐらいのフレンドリーさがあります」

「……原因それじゃねえか?」

 申し訳ないがカーランドの話より前のカエラの発言に引っかかるところがあったので、階級について語ってくれたがそれには一切興味が湧かず、話を中断してもらう必要が生じた。

 法律が無くても災いが起きてないなら、態々法律で定めなくてもいいと俺だって思う。そんなところに強引に法律を定め、色々な差別化を施行させようとしたところで――強要されたので一時期は支持されていたかもしれないが――こうして次期帝王選挙となって、いざ各々が好きな政治を選んでどうぞとなれば、当然決まり事で世の中を正すイカロスのやり方が絶大の支持を得るとは思えない。人々に染み付いた固定観念は早々変わらないからな。

 つまり、ご近所さんとの馴染みが深く、法律がなく示談で解決する風潮があれば、知り合いじゃない他者がやらかした事案には、過剰に罰せられていた可能性が高く……

「カエラには悪いように聞こえるかもしれんが、許してくれ」

 カエラのお母さんやこれからの方針について批判するような発言になってもおかしくなかったので、先に断りを入れてカエラが頷いたのを確認して……

「悪意なきデリザリン王国の貴族との間で起きた何らかの不慮で命を落としていたとしても、全員を身内として扱うなら、過剰に反応して怒り狂っていてもおかしくないと思うぞ?」

 デリザリン王国の貴族はイカロス妻の死体を発見したというだけで、その人が殺したかは明らかになっていない。それなら当時全員が友達だったフィリザーラ帝国は友達が一人殺されたとあって、怒り狂って復讐心に燃え、伝わる過程で尾ひれがつきまくり……結果、イカロスは今の政治に行きついていたとしてもおかしくない。

「だからと言って今更後戻りする気やカエラの方針を裏切るつもりはないが、今のイカロスが行っている政治の方が正しいんじゃないか? 過激さは置いといて」

 事実イカロスはデリザリン王国に復讐を仕掛け続けているわけで、合理的に行動を起こす為に今の政治に変更したのかもしれないが、冷静に考えれば法律を定めることで他者も平等に扱い、再発防止に取り組んでいるとも思える。

萩耶(しゅうや)にしては才気煥発ね」

「それ褒めてんのか?」

 相当頭が悪い事を知っているルミーナは人の事をバカにしてくるが……驚いている素振りはない辺り、この悶着の内情を知った上でを客観視したときに、今俺が言ったことをすぐ気づいてはいたが、言ったら話が余計ややこしくなると考えて敢えて言わなかった感あるな。なんか発言が皮肉っぽかった。確かにバカって名案が思いついたらこれ凄くね? って感じにすぐ口に出すからな。

 当事者からすれば今まで考えもしなかった意見が上がり、それについて一考してみると案外納得できてしまう内容なので、カエラは気難しい表情になってしまう。

「ていうかそもそも第一発見者のデリザリン王国の貴族は何って言ってたんだ? 事情聴取したのか?」

 話からしてそれすらもしていなさそうなのは聞くまでも無いが、一応聞いてみる。

「していないはずじゃ。死体を見つけたと聞いて、怒り狂ったイカロス率いる一軍が抹殺したのじゃ。代償に年々衰弱する呪術を受けたそうじゃが」

「そこに繋がるのか」

 イカロスが年々弱くなっている元凶については分かったが、第一発見者の部外者が判明したら状況も聞かずにとりあえず抹殺したとの証言を得た。

「それだったら聞くことも出来ないし、イカロスも悪者になるわね」

 法律がない国の人間を見つけたが故に命を落とした悲しきデリザリン王国の貴族が、もし悪意がなければ一番かわいそうに思えてくるが、普通理由もなくして自身の首が狙われたとき、相手が効く耳を持たなかったとしても呪いで応戦するか? 反撃にしては殺意が高すぎる。これは……故意的に殺害行為を犯した可能性もなくはないな。

 でもその真偽も今は聞くことが出来ない。お得意の示談をせずに、WB社みたいな見つけ次第即抹殺をやったせいで。……この話については、俺の頭脳ではこれ以上どうすればいいか分からんな。

「もう過去の話はいいのじゃ。何をしたところでイカロスは元に戻らないし、母上――アトネは生き返らないのじゃ」

 前から諦めのついている様子のカエラの口から漏れてここで初めて判明したが、イカロスの妻、カエラの母親はアトネという人だったんだな。

「もし我が次期帝王になって、そういう場面に遭遇したら、冷静な対処を心がける、これでどうじゃ?」

「そうすることしかできねえもんな」

 死んだ人は生き返らないし、もう法律なき政治をウリに選挙活動を始める事早数日たったので、今更方針を変えたらイカロスの二の舞だと思われて最終的に行きつく先は王族なき国家になってしまう。流石に国の未来を決める権利者は国民から一人選出した方がいいだろう。なのでカエラが似たようなことが起きないように気を付けてくれるのであれば、それでいいと思う。

 いくら身分制度が無いといえど、王族に対してあまりに出しゃばり過ぎた俺は話が終わってから徐々に申し訳なさが出てくる中――

「――何じゃ何じゃ!?」

 紅茶を一口飲んだタイミングで町の方から沢山の悲鳴が聞こえてきたので、このフィリザーラという町のトップであるカエラは驚いて部屋を飛び出した。

 その後に護衛の薔薇の三銃士がついて行くので……

「おい、どうなってんだよ」

 唯一部屋に残るカーランドにこの慌てっぷりについて聞きただす。たかが町で起きたしょうもない諍いに過剰反応しすぎだ。

「この町で悲鳴が上がることは滅多にないので、カエラ様は気になったのかもしれません」

 そういえば先程この町は帝王がイカロスに変わって様々な法律が定められても尚、昔のまま法律に囚われない生活を送っていたといっていた。つまり、ここの町は市民全員友達。故に悲鳴が上がり得ないという事だろう。そうなれば……この悲鳴は部外者の干渉によるものなのかもな。

 カーランドは城壁を防衛する戦乱の戦乙女の二人に合流するとあって他の方に走り去ったので、残された俺達はアイコンタクトを交わし、カエラが向かった方向にでも行ってみる。

 カエラは魔法使いなので走力にはあまり自信がないからか、直ぐに居場所を見つけることが出来た。そこは城にあるテラスのようなところで……そこから周囲に広がる町を眺めている。

「何があった」

 薔薇の三銃士に聞いても反応しないことは分かっているので、カエラに直接訪ねると……

「イ、イカロスがやってきおった……!」

「そんなに慌てる事かよ」

 慌てるカエラの視線を追い、その先で起きていた事態を見てそう焦ることじゃないと冷静に判断する。イカロスと会いたくないが故に、カエラがこんなに焦っているのかもな。

 地球でいうスロバキアみたいな首都のフィリザーラは、町の中央に川が通っている変な場所ではあるが、土地は平坦で白い家にオレンジ屋根が特徴的だ。そんな綺麗な町の通路を人に避ける隙さえ与えずに爆速で突き進むラジアシークは、一つしかないこの城への入口に向っている。生憎この城には囲うように川が流れていて、そこにしか橋が架かっていないからな。

 その橋が一番守りを固められていると素人でもわかるはずなのに、なぜか乗り込みづらいそこを堂々と目指す選択をした謎なイカロス兵は、当然戦乱の戦乙女から遮られることになり……橋の中央に高さ五メートルはある炎の壁を魔法で発生させられ、イカロス兵は急ブレーキせざるを得ない。

 するとカエラの兵士について詳しいからか、ちゃんと対処できる兵士も連れてきていたらしく……後部座席から数名の魔法使いらしき男女が出てきて、炎の壁を消滅させた。

「奴らの目的は何か知らんが、カエラは隠れたいなら隠れとけ。ちょっと話してくる」

 続いて数人の剣士が出てきて、見るからに戦乱の戦乙女が劣勢になったので、俺達三人はこのテラスから飛び降りて急行することにした。去り際、まさか飛び降りるとは思っていなかったカエラが驚いたような悲鳴が聞こえたが、もう戦力が露呈しているのでこのぐらいやったっていいだろう。

 テラスから飛び降りた俺たちは、ルミーナが魔法で風を操ってふんわりと地に足を付けさせてくれて、橋の方に顔を出す。戦乱の戦乙女VSイカロス兵は既に開戦したらしく、剣士五名と魔法使い十名に数の暴力で戦乱の戦乙女は何も攻撃を返せず、ただ防御することしか出来ずにいる。そこに俺たちは勿論助太刀するわけで、俺とマリアは剣士五名を徒手と長剣で相手取り、ルミーナは魔法使い十名を相手取る。そして勿論こんな弱者相手には傷を被うまでも無く、俺が相手した剣士は全員川に落としてやり、マリアが相手した剣士は全員気絶、ルミーナが相手した魔法使いは全員この場から消え去っていた。周辺をごっそり凹ませた状態で。

「助かりました」

「ちゃんと鍛錬してるか? 六人でカエラを守るんだから、サボるんじゃねーぞ?」

 ルミーナとマリアから回復してもらう戦乱の戦乙女は、それなりに強かった。見てわかる。一人ずつ相手すれば、劣ることはなかったはずだ。が、流石に三対十五には及ばなかった。魔法戦士としては十分な実力があったとしても、少人数で一国の王女を守る以上、六対千なんて構図もあり得る。たかだか十五相手でこうなってたら、悠長に六人だけで護衛するのはただの自殺行為に過ぎない。

 自身の護衛を数秒で全員失ったイカロスは、それでも歩みを止めず、勝利を確信しているような笑みを浮かべたままでいる。これほどまでに無双されたのに、その自信が湧いてくる理由を知りたい。

「もうこんなにけろっとしてんのか。腕一本ぐらい折っておくべきだったか」

 どうせ魔法が使える人たちに治癒してもらったんだろうが、あそこまで一方的にやられておいて、しかも選挙中に復讐に来るとはいい度胸だ。このぐらい気の強さがあれば確かに王様としては相応しいかもな。

「どうせ来るならもっと人連れてきなさいよ」

 実力を発揮するまでも無く呆気なく終わった戦いに満足のいかない様子のルミーナは嫌味を吐くが、

「ふはは……ふははははは!」

 そんなものは都合よく何も聞こえていなかったのか、イカロスは橋の中央で不気味に笑う。

「我は何度でも蘇る! 魔王を降臨させるまではな!」

 どうやら気絶を死亡と勘違いしているっぽいイカロスは、現れたと思ったらいきなり不気味な発言をかましてきた。

「なんだよ魔王って」

 そこをツッコむのは相手の思う壺だったかもしれないが、時間稼ぎや本当だった場合に備えて一応聞き返す。バカはここで口を開くからな、さっきの俺みたいに。

「お前は知らないだろう……あのガキの身に魔王の力が封印されていることをな!」

 それが切り札だったのか、両手を広げて高らかに喋るイカロスは、まだカエラの事について知り尽くしていない俺達には嘘かどうか分からんようなことをほざきやがる。こいつもこいつで援軍を待つために時間稼ぎしてんのか?

「だそうよ」

「違うと思います」

「聞いた事ありません」

「彼は嘘を吐いています」

 背後にいる戦乱の戦乙女に振り返ったルミーナに返ってきた言葉は全て否定的な内容。カエラの側近として幼い頃から寝食を共にしてきた三人がこういうのであれば、家族だけが知っている秘め事って事でもないだろう。少なからずカエラはイカロスを嫌っているので、そうなりそうなときは守ってもらうよう六人に情報共有していると思うしな。となれば、一番危惧するのはイカロスとアトネだけが知っている事で、そうなると本当に実現する可能性がある。

「おい、嘘じゃねーか。こいつらならわかるはずのことなのに聞き覚えないそうだぞ。お前いくら死にたくないからってそれはないぞ」

 怒りで判断力が低下し、襤褸を吐くことに期待して誘導するような発言をしたつもりだが、

「そう思うならそう思いたまえ。俺っちは今からその封印を解除する。条件は揃っているからな」

 予想していなかった回答が返ってきて、イカロスの発言から本当に実現しそうな感じが伝わってくる。魔王がどんなものかは予想付かないが、そいつは俺達が勝てる相手なのか? そいつは倒した後、元に――カエラに戻すことができるのか? 様々な不安が、実現しそうな可能性を助長しているのかもしれない。

「今どこに隠れている。吐けばお前らは奴隷で許してやる」

「知らねーよ。てか奴隷なら殺させる方がましだバーカ」

 バカの頭脳ではこれ以上巧妙な会話をできないので、とにかく煽って魔王降臨より先に俺達を始末する為に暴力を振るい出すように誘導することしか出来ない。まあどうせカエラはあの泉にいるんだろうから、あそこまで時間稼ぎするか、俺達がここでコイツを仕留めればいいだけの話だ。カエラの奴、あそこは落ち着くのか、選挙中何回も入っていて、水をすくってはぼーっとしてたからな。

 俺達が吐かないなら片っ端から探し求めるのか、一人堂々と城を渡ろうとするので……

「おっと。ここは通さねえぜ」

 魔王降臨より先にイカロス自体を始末することは容易いが、嘘かわからない魔王の話が出てきた状態でさっさと殺すわけにはいかない。それだとアトネと同じくパブルス帝国の七不思議に追加されちまうからな。でも話す気がないならしょうがない。

 丁度真横に来たイカロスに、トラウマになっているであろうボディーブローをぶち込む。ほぼ全力で。

 するとイカロスは腹を抑えて倒れた。倒れたことには倒れたが……

「チッ。追うぞ!」

 逃げられた。あまりの威力にまた気絶しかけた瞬間、最後の力を振り絞って魔法でも使ったのか、足元に魔法陣が広がり、どこかに転移しやがった。

 魔法は無詠唱だと予備動作がない。故に肉眼でもわかる現象として現れない限り、誰も気付くことが出来ない。相手の思考が読めれば話が変わってくるんだろうが、それは絶対に尽きることのない魔力を有するルミーナでも同じで、この場にいる全員がイカロスの無詠唱魔法に魔法陣を目撃するまで気付くことが出来なかった。

 ここに居る魔法使い五人を恨むわけでもなく、イカロスに対して舌打ちし――どうせ親だから娘の行き先ぐらいわかっているんだろう――泉に向ったと思われるイカロスをルミーナが同じく≪レベレント≫を使って追う。

「――遅かったな」

 俺達が転移して現れるまで数秒開いてしまっていたからか、カエラは既に紫色の不思議な球体で包まれていた。泉でイカロスから攻撃を防ごうと立ちはだかる薔薇の三銃士は、いきなり無詠唱魔法でしかもカエラを攻めるとは思っていなかったのか、何もできずにいるようだ。

「な、なんじゃなんじゃ!?」

 球体の中から聞きづらくなった声を届けてくるカエラは、やはり自分が魔王になるとは思っていないようで、今球体の中に捕らえられている理由が分かっていないみたいだ。

 その球体を割ろうと続けて転移してきた戦乱の戦乙女が早速虚空から剣を抜き取り飛躍するが、

「――それを攻撃しちゃダメよ!」

 ルミーナの一声によって三人の攻撃が中断される。

「あれは与えられたダメージ値が蓄積すればするほど破壊できなくなるわ。魔法で解除するから、今はイカロスを攻めなさい!」

 カエラを囲む球体の解説をしたルミーナは、無詠唱で何かを試みているようで、他の全員は魔王を降臨させようと目論むイカロスを相手するよう指示する。

 計八人はイカロスを攻撃しようとしたが……その足が進まない。それは禍々しいオーラと魔法陣をイカロスが出現させたからだ。

「時間切れだ。魔王の降臨だ」

 突如として虚空に現れたそれらは、その邪気をカエラを囲う球体に纏わせていく。ここまで未知の魔法を進行されると……寧ろ中断させるとカエラの身が危険に晒されるかもしれないので、攻めようにも攻められない。解除方法もわからないので、イカロスを始末することもできない。

「おい、アレを止める方法はないのか!?」

 円の内側から涙目でガンガン叩くカエラは虚しく見えなくなり、球体が完全に闇に包まれる。

 それの対処法をこの中で一番魔法に詳しいルミーナに聞くが、

「闇は適性外だから、何も知らないわよ! マリア知らないの!?」

「存じておりません」

 ルミーナが知らず、闇が適性属性でもあるマリアも知らないと来た。一応戦乱の戦乙女と薔薇の三銃士にも視線を向けるが、誰も知らないような反応を示している。

「これは魔法ではない。封印を解除する貢物だ」

 明らかに魔法で出しているとしか思えないオーラを貢物というイカロスは高笑いし、

「さあ! デリザリン王国を終焉に導け!」

 召喚魔法とは違って、封印を解くだけなので、詠唱文などは特にないらしく、両手を広げて高笑いするだけのイカロスの視線の先にいる球体の中のカエラは……悲鳴は人体を何者かに貪られたかのような異音と共にいきなり聞こえてこなくなり、奇妙な膨張音と今まで感じたことのない殺気と禍々しいオーラが衝撃波の如く伝わってくる。

「おい……」

 そんな闇の中心で、カエラの肉体はあり得ない程膨張する。どうやら……本当に魔王という存在が封印されていたようだな。カエラの身には。

 カエラ――いや、魔王を中心に晴れ渡っていたはずの大空は暗闇に満ちて行き、全長十メートルはあろうかというぐらいに気配が膨張した頃合いに、

「――ッ」

 風圧が生じた訳じゃないが、ここに居る全員が押し飛ばされるかの如く、魔王を中心に何かが生じた。あれがオーラだとしたら……相当なバケモノを生みやがったな。

 膨張時のカモフラージュになっていた闇が大気中に広がったせいか、魔王の全貌が見えだしてきた――

「あれは……カエラ、だよな……?」

 つい自分の目が疑いたくなってくるほどに、カエラだったはずの存在は変わり果てていた。

 表情、体格、種族、存在……他にあと何を上げればいいか分からなくなるほど未知の存在に変化したカエラを目の当たりにした一同は、ただただ呆然とすることしかできない。だって、何をどうすればいいのか、誰一人として見当がつかないからな。

「ふふふははははーっは! 魔王よ! 遂にお目ざめになったか!」

 この中で唯一一度見たことがある存在かのように魔王に接するイカロスは、両手を広げたまま魔王側に一歩ずつ近づいていく。

「さあ我が配下よ。俺っちの要望を聞いてくれ」

 魔王は下半身が闇に包まれており、完全に浮上している。そんな魔王の真下に立つイカロスは、心底嬉しそうに魔王へ命令しようとしたが……

 魔王は自分が絶対的存在であるのか、命令しようとしてきた愚民ことイカロスに腹を立てたようで……喋ることはなかったが、より一層オーラを放った後、

「は?」

 俺でも魔王の攻撃が理解不能すぎたのでつい理不尽さにキレそうになった、そんな魔王の攻撃は……完全に、イカロスに触れていなかった。そもそも手や足らしき部分が見受けられない時点でそう言う存在じゃないのか知らないが、イカロスは頭上から数千トンはありそうな威力で踏みつけられたらしく、周囲に地響きとイカロスの人体から一生聞くことができないような音が上がる。俺でも見えないぐらい一瞬の出来事なので、あくまで予想だが……体のあちこちがあり得ない方向に曲がっていたり、あり得ないぐらい潰れていたりしたはずのイカロスは、銃弾をも凌駕するスピードで吹っ飛ばされた。城壁に歪な形状の穴を生じさせるほど高スピード且つ高威力で。

 ある意味カエラがイカロスに仕返しすることができたことになるが、あれは魔王としての人格がイカロスに下した制裁なので判定が厳しい……などと現実逃避してしまう。正直あんな攻撃≪エル≫シリーズを10まで出しても耐えられそうにないし、現に見切れていないので、戦意喪失している。それはここにいる全員がそうで、ただ魔王を睨み上げることしか出来ない。

「アイツが死んだら封印の方法がわからないわよ」

「どうか刺激せずに元に戻す方法を模索するしかなさそうだな……」

 その方法に手がかりがあればまだよかったものの、誰も何も知らないので、そもそも何をすればいいのかすら分からない。それに、今からイカロスを助けに行ったところで、奴がその方法を吐くとは思えない。あの手の輩は自分が死んででもデリザリン王国を滅ぼそうとしたがるはずだ。

 そんな中、魔王はどこへ向かっているのか分からないが……前進していく。移動音も立てず、平行移動するように。

 ただ立ち尽くすことしか出来ず、それを目で追う事しか出来ないことに耐え切れなくなったのか、三人の気配が高速に動いた。

「止めろ! 死ぬ気か!」

「無駄よ!」

 まさかこのタイミングで攻撃を仕掛けると思わなかったので、俺とルミーナとマリアと戦乱の戦乙女全員の把握が遅れ、行動を止めることをできなかった――飛び出した三人は、薔薇の三銃士だった。

 口で言おうがもう止まる気配がない三人は、いつもは素っ気ない態度を取っていても、本心ではカエラに対して絶対的な忠誠心があったらしく、そんな大切な人を失って泣きぐしゃり、同時に怒り狂った表情も器用に浮かべて、自身を最大限魔法で強化し、気配で勝てないと判断がつくはずの魔王に真っ向勝負を挑んだ。そうなる気持ちはわかる。だが、それじゃ自身が滅びるだけだ。そんな事態、カエラも絶対に望んでいない。

 当然返り討ちに遭った薔薇の三銃士は、音速を超える超速度で斜め下に弾き飛ばされ、樹木の根より広範囲を深く凹ませ、まさしく埋葬のような状態になる。

「バカが……」

 まだ冷静な判断ができるらしく、戦乱の戦乙女が真似しなかっただけ良いが、ルミーナが回復しても意識を取り戻さない薔薇の三銃士を見て舌打ちする。いくら感傷的になったからと言って、何も考えずただ猪突猛進に攻撃するのは愚の骨頂だ。例え精練された戦力を誇っていても、その戦法はどんな奴でも命を落とす。教科書の一ページ目に書いてるような内容だぞ。

 薔薇の三銃士を反面教師にして作戦を思案する戦乱の戦乙女だが、

「弱点は……」

「反撃を防げません」

「魔法は……」

「通用しません。この城には障壁を張り巡らせていますが、魔王は貫通、無効化しています」

 当たり前だが、誰も魔王に通用したり、封印できたり、カエラに戻せたりしそうな案が思いつかない。俺達異世界人、放浪者、元奴隷なんか、論外だ。

「どうすればいいのよ。魔法じゃどうにもならないわよ」

「まだ手合わせできる相手だったら何とかなっただろうが、あれじゃどうにもならん」

「そもそも負傷の概念があるのか?」

「触れることもできないかもしれないわね」

 俺とルミーナは長年奴隷として行動を共にしたマリアがイカロスから何かそのような情報を聞いていないか視線で質すが、何も答えない辺り、聞いていないんだろう。そもそもこの話を知っている妻が死んでいるので、考え事を脳内で完結するに決まっているか。

 〔≪エル・ズァギラス≫で思いついた案でも実行するしかないな。それぐらいしか現状有力候補がない〕

 〔頼むわよ〕

 城壁を超える全長を誇るので、空を見上げた一般人の内、未知の出来事、未知の存在に販売職や製造職の人々は逃げ回り、冒険者は血が騒いで人それぞれ攻撃をしかけていたりするが、全て通じず、やり返しを食らって次々瀕死状態に陥っていく。これじゃあ……コイツの情報を持つ人間――イカロスがいない限り、一生続くぞ。この悲劇。でも悲しいことに、頼るべきイカロスはもう確実に死んでいる。残された未来は、魔王によってこの世界が終焉を迎えるだけだ。

 だが――それをどうにかして抑えなくてはいけない。イカロスが封印を解いたといえど、少なからずイカロスの侵攻を防げなかった俺たちの問題でもあるはずだ。そんな責任感を抱いてしまう。

 俺には、≪エル≫シリーズがある。その技術の元始は、先代の新谷(あらや)家が神を自称する現代でいうまさに獣人のようなキツネと出会ったことから始まる。常に最強の存在であり、決して悪に染まらず、それでいて秘密組織として暗躍する新谷家に目を付けた神々は、それが故に正義感が強く、仲間を見捨てられないタチな性格を良いように、新谷家なら大役を任せられると思い、物と力を与えてくれた。まず物。それは俺が現在使っている、透明だが薄く青く輝く二本の剣だ。神からの与えられた物なので、一応聖剣エルヴァニオとかいう名称がつけられているが、この剣でも流石に熱したり冷ましたりを繰り返していたら、何れは壊れるだろう。だが、大抵のことが無い限りは決して劣ることがなく、この世に斬れない物は存在しない、いわば最強の剣だ。そして力。それは人類が自ら生める速度や戦力の限界値を超越させる≪エル・アテシレンド≫と、人知を超えた思考能力を発揮させる≪エル・ズァギラス≫、そして当時は問題になっていなかったが、後に使う事となった他世界に転移する≪エル・ダブル・ユニバース≫だ。

 使用頻度と手入れ具合によっては技のように残りはしないが、現存する間は活躍できる物と、継承さえすれば末代まで受け伝えられる技を与えた理由は――当時地球中の全人類がそのような現象が起きるとは思ってもいなかったし、起きてすらいなかったので、先代の新谷家一同は何が言いたかったのか分からなかったらしいが――転移現象が起きている時代で過ごす新谷家の俺が予想するに、神であれば二つの宇宙に起きうる転移現象を一瞬で改善することは可能だが、神が直接それに干渉するのはできないから、どちらかの世界に住まう優秀な人間に平和をもたらすことになるような手助けをしたのではなかろうか。≪エル・ダブル・ユニバース≫はどうあがいても直系血族の優秀な一人にだけしか継承できないようで、地球で俺だけが、両世界に平和をもたらすような技――≪エル・ダブル・ユニバース≫を使えるんだと思う。異世界に来て分かったが、この世界にもきっと≪エル・ダブル・ユニバース≫を使える人が俺以外にいないようだしな。

 ということは、もしかすると新谷家の人間には端からこの世界でも平和をもたらすように活躍してもらおうと考えられていたのかもしれない。この世界が滅びかけ、一度自分の能力について考え直すことになった今だからこそ、そう感じる。そうだとすれば……あの時(かえで)に言われて改心したのは、神からすればやっとかって感じだったんだろうな。

 つまり、俺はこれから≪エル・ズァギラス≫で対処法を考え、この世界にも平和をもたらす必要がある訳で……闇雲に使うのではなく、ちゃんと正義の心を以て再度≪エル・ズァギラス≫を使ってみる。

 すると……一つ、思いついた。一見すると、こんな方法で成功するはずがないと言われそうな方法だが、今は妙にこの方法で成功する気がする。寧ろ、これじゃなきゃ成功しない気さえする。これが……神が求めていた使用時の状況なのかもしれないな。余裕があるときに使ったって、考えるのは自分の頭の中でだけって事か?

 神託を得たかの如く、自分の案に自信が持てている俺は、絶望の表情を浮かべながらも一同がまだ生きている事を確かめ、

「お前ら全員魔法使いだろ? なら全力で魔力が尽きるまで俺に強化や治癒系の魔法をかけ続けてくれ」

≪エル・ズァギラス≫で思いついた案を実行する為、自身は≪エル・アテシレンド≫の10を発動しつつ、皆には要望を伝える。≪エル・アテシレンド≫は基本的に行動速度を上げる技で、威力や耐性を上げる技じゃない。でも使わないより使った方が気分が乗るもんだ。

「可能ですけど……どうするおつもりですか?」

 やる気に満ち溢れた俺を見て一縷の望みに託すかの如く、意を決した表情のヴィオネが質問してくる。そんな瞳で見られたら……端的に、且つ≪エル・ズァギラス≫で思いついた案通りに正確な回答を返すしかない。

「――話して説得する」

「?」

 そりゃあ何言ってんのか分からないだろう。それは、どう考えても戦闘してみるよりも無謀な挑戦だから。

「話して説得するんだよッ! それしか手段はねぇ!」

 もう実行することを決意しているんで、妙に成功するビジョンが見えている。だから、今更止まらない。

 〔ルミーナ、浮遊を頼む〕

 人間が飛躍できる高さを超越した高さにまで飛び上がり、念話で要望を伝え、手助けしてもらうと……ここに賭けないと何もしないで終わってしまうからか、一同が俺に向かって様々な支援魔法を飛ばし始めた。薔薇の三銃士も何とか立ち上がり、最後の力を振り絞って詠唱している。

 地上ではそれぞれの音色で詠唱文が連なり、上空の俺は様々な色の魔法陣で包まれていく中、

「おい! 魔王! 俺だ! 萩耶新谷だ! 俺の事わかるか!?」

 魔王の顔らしき部位の目の前に滞空し、全力で少しは魔王の中に残っているであろうカエラという存在に向けて語り掛ける。

 だが、当然魔王は無反応で、虫けらが進行上に現れたとあって、右から強烈な風圧をぶつけてくる。

「生憎今の俺はその程度では屈しないんでな。お前の中に眠るカエラを目覚めさせるまではな!」

≪エル・ズァギラス≫の勢いのまま改めて聞くと恥ずかしくなるような台詞を吐き……今の攻撃が強攻撃ぐらいにしか感じなかったことに、驚きを隠せない。流石八人の大魔法使いの恩恵。絶対的存在の魔王の弱攻撃ぐらい、耐えられるに決まっている。魔王と神はイコールじゃないんでね。

≪エル・アテシレンド≫を出力10で挑めば、衝撃波で町一つは吹き飛ばすことができる。そんな力に魔法で上昇効果をかけまくっても、相手の一発はまともに食らえば即死級の攻撃だ。体内から口の方までこみあげてくるものがあったが、苦しい表情は絶対に見せずに語り掛けを止めない。一瞬耐えれば、八人の内誰かが回復してくれると信じているし、支援してくれる皆の希望となった以上、絶望に変えるわけにはいかない。

「俺の存在、そしてルミーナ達の存在を思い出してくれるまで叫び続け、心に訴えかけるぞ! そして絶対にここから引かない!」

 当然だが、未だに邪魔者としか思っていない魔王は、さっきより強力な攻撃を与えてくる。瞬間的な痛みは今まで食らったことのないようなもので、心臓が破裂していたりあばら骨が全て折れているような感覚がするが、それも一瞬で元に戻る。こんな感覚もう残りの人生で食らいたくない。

 もうそろそろ半数ぐらいは魔力が尽きて手助け出来なくなると思っていたが、無限魔力を誇るルミーナが活躍してくれるお陰で何とか付与する魔法の量を維持できている地上組は、俺への攻撃の余波か何かが襲っているようで、肉体的な疲労も見られる。俺が無事でも、彼女らも無事じゃなければ意味がない。もっと強く語り掛けないとだ。

「お前は荒れたパブルス帝国を正す為にたった六人の友と地道に頑張ってきたんだろ!? それがもう少しで実現するかもしれないっていうのに、こんな形で諦めていいのかよ!? 目を覚ませよ! こんな糞野郎に負けるんじゃねえよ!」

 つい熱くなって魔王の事を糞野郎呼ばわりしたせいか――魔王にも感情があったみたいだ――キレたらしい魔王の攻撃がさっきより五倍は強くなった。お陰で五回ぐらい意識が飛んだぞ。辺りがモヤッとしてて、ピンク色の物体が待ち構える世界――多分、あれが天国だろう――が、チラついていやがる。今、生死の瀬戸際を行き来している。

(クソッ……)

 勝負の世界で『もし何々だったら』と言うのは、例えそれが運絡みだろうが引き出せなかった己が未熟だっただけ。今まで何度か感じることはあっても、それに対する改善策は見出せ、対策を講じてきた。でも今回のは、そんな言葉すらも見つからないぐらい、無謀な勝負だと実感させられる。

 口から血を吐きかねない感覚に苛まれてはすっと引く、世にも奇妙な怪奇現象に弄ばれながらも思考を巡らせ――次の攻撃はもっと強くなるだろうと思い、回避行動をとってみるが……

(嘘だろ……)

 意味がなかった。魔王の攻撃は超広範囲で、見えない攻撃を避ける時点で無理難題なのに、避けた先にも同じ攻撃が与えられていて、降参という行為の範囲ぐらいにまで避けないと当たってしまう。魔王の意思を受け止めるという意味でも、全攻撃をこの身で受け止めるしかなさそうだ。

「分かってくれるまで何度も叫び続けるぞ! こんな誰の得にもならない蹂躙はやめろってな! 俺はお前の攻撃を全て受け止め、反撃しない。この行動の意味を理解しろ!」

 今度は中で眠っているはずのカエラではなく、魔王そのものに向けて発言する。アイツには自分の意思で封印状態に戻ることはできないだろうが、感情はある。意志を揺るがせば、弱った隙にカエラが乗っ取り返すタイミングを与えることが出来るはずだ。根拠はないが、≪エル・ズァギラス≫がそう伝えてくる。

 フィリザーラに住む住民もイカロス急襲の後に辺りが暗くなり、見たこともない生物が出現すれば流石にこの騒ぎに危機を覚えるわけで、巨大で邪悪な存在相手に訴えかける一人の男性を見て助けないと自分の命が無いと思ったのか、魔法使いが手助けしてくれているような気がする。一人分の付与効果は平凡な冒険者なのでそんなに助けられている気がしないが、この町の風潮――誰か助けている人が居れば、周囲の魔法使いも助けようとする連鎖反応が起きてか、何百人、何千人分もの効果を受けて、合計するとまだ地上組の魔力に余裕があった最初の方より遥かに強化されてきている。お陰で徐々に威力を上げているはずの魔王の攻撃があまり痛く感じなくなってきた。

 地域住民の人柄が良く、冒険者たるもの戦闘からは逃げないという潜在意識があるので、沢山の恩恵を受けている俺が徐々にタフになっていく一方、どうやら魔王は弱くなっているようで……

「カエラに魔王の意志を超える強い意志があればいいんだけど」

 一人だけ無詠唱でしかも余裕綽々に魔法を放ち続けるルミーナは、これからはカエラのターンと言わんばかりに魔王を見上げている。アイツも異世界だと大概だな。

「帝王になることはスタートに過ぎない。そして今、そのスタートを切れる準備は整っている。あとは……思うがままに、ゴールまで歩んでいけ。その一番苦しくもあり楽しくもある過程を、これから思う存分堪能してくれ。――カエラ・パブルス・フィリザーラにそうしたい意志があるならな」

 魔王は与える攻撃が弱くなってきている事を俺が察したことにようやく気付いたのか、大慌てで威力を高めたように思えたが、今の俺にはほとんど痛みを感じない。魔王の中に眠るカエラの存在が大きくなりつつあり、魔王が強く出れないのと、カエラがスタートを切る為に積み重ねてきたものの一つ――名声のお陰で、町の人々が自分たちの住処を脅かされないように、協力してくれているからだ。

 すると魔王の体から苦痛のような何かが弾けた音を感じ取った。それの意味は考えるよりも早く、魔王の行動として現れてきて……直後、俺への攻撃が止まった。

「…………」

 もしこの現象がカエラが魔王という存在を乗っ取ったから起きたとしても、カエラは魔王と化した旧カエラの存在に憑依しているだけで、元の姿に戻ったりする気配は一切ない。

 周囲の人々が魔王を訝しむ中、魔王は動き出した――イカロスの元へ。

 俺への攻撃を止め、攻撃の矛先を死んでいるふりを永遠と続けるイカロスの方へ向けた辺り、どうやら……カエラが、魔王となったこの存在を乗っ取ったようだな。

「こいつ……見るもの全てを無慈悲に蹂躙する心無き魔王と呼ばれていた存在と和解した……だとッ?」

 魔王の標的が混乱に乗じて生還しようとした自身に向けられ、行動を起こさざるを得なくなったイカロスは、俺が魔王と和解したと勘違いして驚いているが……ただ肉壁になって誰でも言えるような台詞を代表して訴えかけただけだ。褒め称えるべきは、死なないようにサポートしてくれたルミーナ、マリア、戦乱の戦乙女、薔薇の三銃士、フィリザーラの住民。そして魔王を乗っ取り返した張本人・カエラだ。

 もうカエラの自我が芽生えた元魔王の存在は、周囲に紫色の閃光を散らしながら、イカロスに肉薄し……

「な、なんだ。それ以上近づくな! お前が狙うはそこの集団かデリザリン王国だろ!?」

 標的を転嫁しようとしても無駄だ。今の魔王は、殆どがカエラの意思で動いているはずだからな。

 カエラでもある魔王は、言い訳を続けるイカロスをガン無視し、心臓付近に強烈な刺突を食らわす。誰にも見えない、透明の攻撃で。

 要約すると、カエラはイカロス――実の父親を、自身の手で穿ったことになった、な。

「カッ……」

 こっちにまさかという目をかっ開いた表情を最後に見せ、イカロスは血反吐を吐くような声と共に、力尽きた。……まあ、カエラは心臓を穿ったわけじゃないし……どうせ数週間後にはケロッとした表情で、牢屋か奴隷市場にでも流されているんだろうけどよ?

 魔王の存在を乗っ取ったカエラは、自身で元の姿に戻ることができるようで、復讐を果たした後に全身が発光していった。発光源が縮まっている所を見るに、しっかりと元のサイズというか肉体に戻って行っているようだ。

「刺激的な体験をしたわね」

「刺激強すぎな」

 行動を起こすキッカケになったある技を知っていて、負けるはずがないと分かっている上で援護していたルミーナは至って普通で、マリアは相変わらずの無反応さ。この三人組、特にマリアはフレームアーマーの存在をまだ知らないはずなのに、それに勝る存在に対して楽観視しすぎな気がする。でもこの一件でよくわかったことがある。それは――才能は、それ自体に価値がない。発揮できなければ無いのと同じだから。でもここに居る連中は……才能、実力、経験、運、それら全てが想像以上に精錬されている。地球と違って、自衛が前提の世界だと、これほどまでに差が生まれてしまうのか。

 殆ど魔王でない元のカエラの肉体に戻り、勿論服が破けさって全裸の状態のカエラはふんわりと地に降りて行くので、薔薇の三銃士は疲れ果ててはいるが、王族の素肌は公開すべきではないので、至急キャッチしてから囲んで隠す。そんな姿を見て思ったが――怒り狂った時に判明していたが――あの三人はカエラに見られていない所では、もしかすると戦乱の戦乙女以上にカエラを慕い、尽くしているのかもな。

「死後の世界の物体? 何回も見すぎて逆に気になってきたな」

 学者ではないので死因が死後への興味は流石にみっともないんで、死んだときのお楽しみだ。

「一回死んで見てくる?」

「一回ってなんだよ。死んだら終わりだろーが」

 ありえん不吉な雑談をする中……眠ったままのカエラを城内の安全地帯に運搬していく薔薇の三銃士にカエラのケアを任せ、イカロスの対処や住民への応答等は戦乱の戦乙女が請け負ったらしく、まずは俺たち三人の方に歩み寄ってきた。

「大胆なことをしましたね……正直不可能だと思いました」

「実はお三方をあまり信用していない節がありました。でも考えが改まりました」

「カエラ様を救っていただき、誠にありがとうございました。このご恩は一生忘れません」

 魔力が底を尽きると体力が底を尽きるのと同じようにヘトヘトになるようで、息を切らして今にもぶっ倒れそうな戦乱の戦乙女はそれでも平静を装う努力をしつつ礼をしてくる。マリアも魔力を使い果たしたはずなのに、ヘトヘトじゃないのは、メイドとしてのプライドといったところだろうか。どうしてもご主人様とお嬢様にはヘトヘトな姿を見せたくないんだろう。

「明日にでも忘れてくれ。優遇されるのはあまり得意じゃないからな」

「そんなに頭下げなくいいわよ。ほら、早くやることやってきなさいよ。みんなが待ってるわよ」

 俺は地球で冷遇しかされていないのでこう言ったが、ルミーナも褒められるのはあまり得意じゃないらしい。鍛錬では負けず嫌いと判明したので実力差を見せつけて褒めなかったし、そもそも俺が褒めるような事を言うのが得意じゃないので知らなかったな。

 お言葉に甘えて戦乱の戦乙女はイカロスの方に殺意剥き出しで向って行ったので、ルミーナはいやらしい表情で彼女らに魔力を分け与えてやり……

「それじゃ私達は姿を晦ますわよ」

「とりあえず、デリザリン王国の森林で」

 選挙活動にも同行していた、この騒動を解決した謎三人組という存在が住民の七割ぐらいには割れてしまったはずなので、このまま長居すると絶対に何かされてどうかなる。そんなの考えるだけでもゾッとする。選挙騒動及び魔王騒動が落ち着くまで戦略的撤退とするか。





過去にカエラが見せたパブルス帝国周辺地図を添付しています。

※今後の話に絡んでいる部分は伏せたり見切れさせています。

あくまで個人利用目的で制作していた物なので、作りが雑なのはご容赦ください。

挿絵(By みてみん)

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