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クロス・インパクト  作者: あかつきこのは
11/32

11 苦悩と熱情

 

 長年領土争いで紛争を繰り広げているデリザリン王国とパブルス帝国のガタガタな国境を無事に抜け、徐々に色付き始めたこれといって特色のない草原をマジラシークで進む俺たちは、パブルス帝国第二首都・フィリザーラへの移動を中断し、留まって動かないラジアシークの元へ進んでいる。特に黒煙を上げることもなく、ただ傾いたままその場に留まるだけなのに、気になって向うのはルナとシェスカのお人好しさ故にだ。

「ここら辺で止まるぞ」

 昔はここも激戦区だったのか、丁度クレーターのような凹みを発見したので、その凹みに身を潜めるように指示する。

「どうしたのかなあ」

「待て、お前らはここで待ってろ。犠牲は一人でいい」

 マジラシークから下りて我先に向かおうとするシェスカを片手で制す。

 事前に俺が事故現場らしきラジアシークの元に行き、魔法で広範囲を守ることが出来るルミーナがルナとシェスカを守るように念話で打ち合わせしている。もし敵だった場合、この中で戦力になるのは俺やルミーナだし、今はもう眷属契約のお陰でお互いの位置が把握できる。始末した後、先に逃走したルミーナたちの元へ向かう事は容易い。

「まさか敵ですか……?」

「まだわからん。でも敵だった場合に備えておく」

 草木の隙間から向こうの様子を伺うルナは目があっちゃったのか、慌ててこっちに戻ってくる。

「生きて戻って来れる?」

「バカにするな。ここで黙ってみてろ」

 ルミーナに念話で〔こいつらは任せた〕と言い残し、一人ラジアシークの近くに姿を現す。

 草原を堂々と歩いてラジアシークに近寄るが、視界内には誰一人もいない。だが気配は合計七人分ある。みんな向こう側にいるようだ。

 堂々と歩いても七人は壊れたラジアシークに釘付けになっているからか、こっちの気配に気付くこともなく……全員が女性なのは置いて置き、彼女らが見ていたのは、破損してしまった後輪のようだ。俺達が乗ってきたマジラシークもそうだが、牽引する後部座席の車輪が破損すると、移動しようにも移動できないからな。どう対処しようか思案していたところなんだろう。

「ここで何しているんだ?」

 背後まで近寄れてしまったが、喋っていいタイミングが分からなかったので……会話中っぽいがぶった切る勢いで話しかける。

 すると真っ先に六人がほぼ同時に振り返り、最後に一人、七人の中で一番背が低い人が振り返ってきた。

「――名乗りなさい!」

 ここが国境に近いこともあり、誰に対してもまずは臨戦態勢を整えるのが鉄則だからか、前衛らしき三人は魔法か何かで虚空から剣を引き抜いて構え、後衛らしき三人もレイピア、斧、槍をそれぞれ構えた。敵意に気付くのが遅れたにしても、態勢を整えるのが素早い。しかも布陣に隙が見えない。どこから何で攻めても背の低い女性に攻撃を当てることができないな。机上論が得意の形だけタイプかもしれないが、かなりのやり手であることは変わりない。その反面、最重要人物が丸わかりだが。

 まずは前衛だが、全員揃って金髪ロング、剣、容姿――豊かな胸部に、くびれと縦に割れた腹筋の絶妙なバランス――魔法使いでもあるからか、過度な露出具合。三人の中に差があるとすれば、身長と服装ぐらいだ。三姉妹と言われても納得できる。その中で俺に声を荒げた女性は中でも一番身長が高い161センチで、雰囲気から六人の中で一番強い事が伝わってくる。楓が言ってたビキニアーマーって奴で、三人の中でも一番露出している所から、かなりの魔法使いであることも大体想像つく。表彰台の如く綺麗に身長順に陣形を組んでおり、二位の位置にいる身長158センチの女性は、お腹と背中の生地がなくて丸見えで、両サイドにごく僅かしか生地がない服装だ。魔法は二番目に使えるってことだろうか。そして三番手の身長156センチの女性は、両サイドと背中の生地がなくて丸見えで、横からだとお腹やあわよくば下着が丸見えになりそうな格好だ。一番戦士感があり、服装に魔力吸収が重視されていない感がある。

 そして後衛だが、こっちは前衛と違って個性豊かだ。が、統一感は持たせたいのか、全員毛先に向ってピンクから赤色に変化している髪色だ。三人の中で一番身長が低い153センチで、一番乏しい体型の代わりに一番筋肉質な彼女は、地球でいうディアンドルのような戦闘服を着ており、トラウマがあるオッドアイだ。ワンポイントで三つ編みもあるな。次に身長155センチ、体型は二番手らしく平均的な彼女は、何も結っていないロングヘアに、肩や腕に生地がなく、『ハ』の字にマントのように広がった、お腹が丸見えな意味不明な服装だ。それにニーハイソックスを履いている。前衛同様一位ポジションにいるので、リーダーなのだろうか。でも唯一俺と目を合わせていない。最後に身長157センチで、肩辺りでツインテールに結った、何もかもが豊かな体型の女性は、全身を紐や包帯、リボンで巻き付けただけのような謎な服を着ている。我儘体型だからか、色々食い込んでいて苦しそうだ。前衛が姉妹や親族の三人組だとすれば、後衛は似た者同士の友人感がある。

 そんな六人は、今までこの世界で会ってきた人々の中で、一番といっても過言じゃないぐらい並ならぬ戦闘力を感じる。流石に無限魔法使い・ルミーナと同等の戦力まではいかなくても、デリザリン王国の城壁の門番をしていたあの男性以上は確実で、メアリ、アルマ、ブランからなるデリザリン王国王族たちと同等以上の戦力はある。ともなれば、唯一何も構えず、守られている形になっている一番身長が低い女性は――こんなにも優秀で大勢の護衛を連れているぐらいなので、パブルス帝国でもかなり上位の貴族か王族の令嬢といったところだろうか。これは……相手に殺意が無くても、分が悪いぞ。

 一番前にいる女性から名乗れと言われたので、無視すると状況が悪化することぐらいバカでもわかることなので、

萩耶(しゅうや)新谷(あらや)だ。二国間の関係が悪化している事を聞きつけて、パブルス帝国の情勢を見に来た旅人だ。兵士でも工作員でもない」

 交戦意思がない事を示す為に、背中に納刀している短剣を地面に放り投げる。もしこれを好機と言わんばかりに攻撃をしかけてきても、こいつらを徒手で相手できる自信と実力があるし、最悪拳銃という最終手段もある。

「旅人でしたか」

「ご無礼をお詫び致します」

 六人は臨戦態勢を解き、各々武装を収めていくので……俺も剣を拾って納刀する。まだ置いておいた方が良いのかもしれないが、そんな礼儀の類は知らん。ブラフかもしれん俺の発言で態勢を解いたお前らが悪い。

「そっちにやる気がないんだったら俺たちも全員顔を出す。――お前らもう大丈夫だぞ」

 丘の向こうからバレバレな覗き見をするルナとシェスカと、しっかり俺にも見えないように覗き見していると思われるルミーナを呼び出す。すると一目散にやってきたぞ。計六つの武器が向けられた時は相当焦っていたくせに、すごい変わりようだな。

「わ、私達はミミアント商会というデリザリン王国の王都で商社を営んでいる者です……」

「こっちは付き添いね! ん? うちらが付き添い? ま、どっちでもいいっしょ!」

 前衛の三人にペコペコお辞儀しながら自己紹介するルナと、元気いっぱいで俺とルミーナはどういう奴らかこんがらがりながらシェスカも追加説明する。俺たちが初めてこの二人にあった時と似たような対応なので、普段ずっとこの調子で移動販売しているんだろうな。

「シェ、シェスカさんっ! もっとシャキッとしてくださいっ!」

「こんぐらいフレンドリーの方がいいっしょ! ね!」

 あまりに無礼なシェスカの腕を焦って掴むルナだが、果敢に攻めるシェスカは、守られている小さな女性に向けて笑みを向ける。

 するとそれに応えるように、守られている女性は前に歩み寄ってきて……

「おお! あの有名なミミアント商会か! お世話になっておるぞ!」

 身長137センチのまさに幼児体型で、紫髪ロングにゴスロリファッションをキメる彼女は、ルナとシェスカに握手を求め、交わしている。

 本来ならそんな軽率な行動をとってはいけない身なのか、

「あの、カエラ様。近寄り過ぎです。ご自身の身分を弁えてください」

 とか護衛の皆さんから言われちゃっているが、それらをお構いなしのカエラと言ったこの方は、

「我はカエラ・パブルス・フィリザーラじゃ! ミミアント商会の者よ、今後も良き商品を広めてほしいのじゃ!」

 フルネームを名乗り上げた。メアリ以来の、三段構成? の名前で。

 するとこの方が余程お偉いさんだったのか、ルナとシェスカは、

「え、え、え、え」

「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!」

 どうヤバいのかわからない反応を示してくれるお陰で、俺とルミーナは二人がついにおかしくなったかと心配することしかできないぞ。

「カエラって奴がどうしたんだよ」

 発狂するシェスカを掴み止めてどういう奴か聞きただそうとしたが――

「貴様! 気軽にカエラ様を呼び捨てするでない。このお方は次期パブルス帝国女王候補なのだぞ!」

 おおう、まさか首元に剣先を当ててくるとはな。剣自体が虚空から出現する上に、かなり研ぎ澄まされた機敏な行動だったので、一瞬反応が遅れた。この世界には魔法以外でも殺されかねない要素があるのか。≪エル≫シリーズ未使用時での話だが。

 まだ安全と分かっていない相手に護衛対象の身分が分かるような発言はしないはずだが、もう名乗った以上周知の事実だからか、

「次期パブルス帝国女王候補……?」

「それってヤバくねえか?」

 続いた発言でこの女性がかなりの重役だということが分かったぞ。未だにこの世界の世間について詳しくないので二人ほど驚かないが、その立場がどれ程凄いのかは流石に分かる。

「そう苛立たなくて良い。交戦意思がない相手に剣を向けてもどうもならんじゃろうが」

「ですが……」

 見た目に反して数百年も生きているとでもいうのか、喋り方が少し古臭いカエラ……さん? は、自身の護衛達を後退させる。様付けしないとまた怒られそうだが、性に合わないんでさん付けでいくか。

「今はパブルス帝国第二首都・フィリザーラの城主を務めておる。どうじゃ、すごかろう? 褒め称えるが良いぞ」

「凄い!」

「会えるとは思っていませんでした! まぐれです! 邂逅です!」

 あまりパブルス帝国の事に詳しくない俺とルミーナは素直に褒める事が出来ずにいるが……よくよく考えたら、今から行く予定だったパブルス帝国第二首都のトップが今目の前にいるっていうことだよな? それって案外ヤバいことなんじゃね?

 俺とルミーナは顔を見合わせ、お互いの焦った感情が契約の恩恵で伝わってくる。

「帝国騎士団第一部隊・戦乱の戦乙女のベリーヌ、カーラント、ヴィオネ。帝国騎士団第二部隊・薔薇の三銃士のミザエリー、マリウォント、エイラの計七人で城を守っておる。世界最小じゃ」

 デリザリン王国の城内にいた人間はメイドや兵士合わせて優に千人は超えていたが、パブルス帝国第二首都・フィリザーラの城内にはたった七人しかいない悲しい現実と、その人たちの名前を教えてくれるカエラさんだが、徐々にこの僥倖さに気付き始めてきている俺は……

「で、そんなお偉いさんがどうしてこんな死地に赴いているんだ?」

 巨大な城を七人という極少人数でやりくりしていることよりも、指揮する側の人間が総出で現地にやってきていることについて気になった。もうここでこの国の情勢が把握出来たら、わざわざ第二首都まで行って判断する必要もないからな。

「現パブルス帝国帝王から直々の命令じゃ……」

「その感じ、あまり喜ばしい命令じゃなかったみたいだな」

 少なくとも俺とルミーナはそうじゃないが、きっと一般人は国のトップから命令されたら、見返りの事を思って喜んで受けるってもんだろうが、寧ろ複雑な心境になっているようなカエラさんを見て不思議に思う。

「現パブルス帝国帝王はイカロス・パブルス・フィリザーラというお方でして、カエラ様のお父上でございます」

「それって寧ろ誇らしい事じゃねえのか?」

「それがとても考えが変わったお方でして……」

「大体わかったからもう言わんでもいい。クソ親父ってことだろ」

 二代揃って一国の王様になれるとか、俺からしちゃ考えられないことだが、それなりの苦悩もあるようだ。

 二カ国間の情勢を知りたいだけで、パブルス帝国内の情勢なんかには興味がないので、話を途中で終わらせると、

「そういえば貴方の名前は何じゃ?」

 カエラさんはこの中でまだ唯一名前を聞いていなかったルミーナに視線を向け、解答するように無言の圧力をかけてくる。

「ルミーナ・エスレインよ。知ってそうな相手だから素直に言うけど、同じくデリザリン王国との関係性を偵察しにきたわ」

 言わば情報を盗みに来たと言っているようなルミーナだが、カエラさんと六人の護衛たちは襲ってくることはなく……

「ルミーナ・エスレイン……? どこかで聞いたことがあるような……」

 ルミーナの名前を一度聞いたことがあるのか、そこに引っかかっていた。だがルミーナは長年世間離れして過ごしていると言っていた。それはきっと人違いだ。

「確か魔法使いの四天王として崇められていた一角・エスレイン家の末裔です。凡そ10万日前に首都が全焼した際、全滅したとされていましたが……まさか生き残っていたとは……」

「無限の魔力を有して、二つで珍しい、三つですらほぼ皆無なのに史上初の適正属性四つ持ちで、王族の側近ぐらいしか使えないとされる無詠唱まで使える……」

 用意された台詞かの如くエスレイン家の特徴を指折り挙げていく。

「あの! エスレイン家かの⁉ まさか! 会えるとは! 思ってもいなかったのじゃ!」

 確かヴィオネといった護衛が思い出し、やっと気づけたカエラさんはルミーナと強引に握手した手を激しく上下させているが……

「有名な魔法の一族……? 生き残った……? ルミーナお前、そんな過去あったのか?」

「昔の事だから詳しく覚えてないけど、そういうことみたいね」

「そういうことって……」

 何だそれ。幼い頃の話で、昔の出来事で、人里離れて暮らした結果噂を聞く事もなく……まるで当事者意識が無い。確かに契約の恩恵で得た情報によると、連想ゲームすれば繋がる程度には直接的な印象が残っていない。正直嘘であってほしかったかもしれない。

 カエラさん同様驚くことになってしまった俺は、もうカエラさんの視界からは外れたらしく、

「関係性の偵察と言ったかの。ならば我の城に来るのじゃ! 大歓迎するぞ!」

 ルミーナの先祖がカエラさんの先祖と繫がりでも持っていたのか、一度もあったことがないはずのエスレイン家の末裔・ルミーナを第二首都フィリザーラに招待する気満々だ。

 〔なんか家名のお陰でうまく事が運びそうだし、ついて行ってみる?〕

 〔エスレイン家でもミミアント商会でもない俺はいつどこで見捨てられるかわからんけどな〕

「お言葉に甘えるわ」

 こっちに裏があることを読まれると困るので、念話で会話を交わしたが……とんとん拍子で二カ国間の情勢を把握することができるかもな。あまりにも調子よすぎると後が怖いが、ずるずる異世界生活が長引くよりマシなので、訪れたチャンスは逃さない。

「……あ、そういえば車輪が壊れていたのじゃった……」

 国境に訪れた目的はなんだったのか未だ知らないが、それを放棄して帰る気満々なカエラさんは、壊れて傾いているラジアシークを見てげんなりする。

「車輪を直せばいいんだろ? なら簡単じゃねーか」

 再び作戦会議でも始めたらしい七人の輪をぶった切るようにして入り込み、ルミーナに修理する魔法でもかけてけもらう。

 ルミーナは無詠唱で物を修理する類の魔法を使ったらしく、魔法陣で囲まれた車輪が一瞬にしてもう片方の車輪同様の状態に戻った。

「おお……! 流石有名な魔法使いの一族じゃ……!」

「無詠唱ですか」

 これは魔力で駆動するラジアシークなので、そこそこの魔法使いがいると思うのに、これぐらいの発想と能力はなかったのだろうか。……と、俺たちの方が強いアピールしたところで、俺は魔法が使えないのでこれがどれだけ難しいことなのか分からねえ。

 元通りになって移動が可能になったラジアシークを見たルナとシェスカは、

「それ十人乗れそうだし――」

「――わ、私達はこの辺りで……」

 俺とルミーナが相手するような存在じゃない人たちと絡もうとしているからか、逃げ腰だ。裏切られたような感じだが、この世界の平民からしてみれば、平民が王族と友達関係みたく接することはあり得ない行為なんだろう。

「よいのじゃよいのじゃ。みんなで城に来るのじゃ!」

「恐れ多いっしょ……」

「非常にありがたいのですが、移動販売をする予定で来ましたので、私達は仕事をしに向かいます……」

 カエラさんがニコニコ笑顔で二人を呼び止めようとするが、ルナは先にマジラシークのところまで後退しており、腕をつかまれかけたシェスカは振り払ってマジラシークに飛び乗った。寧ろその行為の方が失礼に値するんじゃねえのか……?

「行っちゃったな……」

「フィリザーラのシーク乗り場に行けばきっと会えるわ」

 大慌てで走行していくマジラシークを見る俺とルミーナは溜息を吐く。もっとひっそりと情勢を把握したかったが……王族とつながりができ、直接聞きだすことになってしまった。これじゃあルミーナだけじゃなく、俺の実力もバレかねんぞ。

「それじゃあ行くかの」

 お前達は逃がさないぞ、と言った感じに俺とルミーナの腕をつかんだカエラさんは、ラジアシークの後部座席まで連れて行く。次期パブルス帝国女王候補なのに現帝王の命令で激戦区に向かわされてるし、ルミーナが強力な魔法使いと割れてしまったし……なんか、王族の強制力で面倒ごとに巻き込まれそうな予感がしてきたぞ……?


 護衛六人が交代でラジアシークを動かしながら、数日かけてようやくパブルス帝国の第二首都・フィリザーラに到着した。結局あれからカエラさん達が帝王からの命令をこなしているような素振りがなかったので尋ねてみたが、どうせ戦死させるために赴かせたので適当に報告しておけばいいと護衛から返答された。そのせいで嫌な予感が助長したが。

 移動中は盗聴などの危機があるからか、二カ国間の情勢やパブルス帝国の話を一切せず、最近の流行や趣味などの話をするもんで、興味もなかった護衛達の情報が明らかになった。

 まず前衛を務める帝国騎士団第一部隊の戦乱の戦乙女という三人組は、魔法に強い血統がそれぞれ近距離、中距離、遠距離に強い血統と繋がった従姉妹三人らしく、三人とも同い年で、各自の長けた分野をシェアして高め合うので、三人誰もが出来ないことはないらしい。しかも一応同じ血が流れている身でもあるからか、契約なしで息もピッタリ合うみたいだ。つまりほぼ予想通りのトリオだ。

 そんな三人が正統派で誠実な方たちだとすれば、帝国騎士団第二部隊の薔薇の三銃士は対を成すような存在で、一部からは外見は光、内面は闇とも言われている程暗い存在らしい。六人ともカエラとの団体行動が好きなようだが、薔薇の三銃士は手柄や名誉に興味がなく、カエラさんに尽くした後はそっぽ向くような態度を取ることが少し寂しいとカエラさんは言っていた。でもそれはしょうがないだろう。この長旅で判明したが、俺とルミーナにも気軽に話してくる戦乱の戦乙女とは違って、ミザエリーは存在感皆無の完全無口。無表情だから暗殺者みたいだし、実際道中出くわした魔物に対しても、死んだ後にも攻撃を与え続ける程サイコパスだった。マリウォントは俺やルミーナと目が合うとビクッと肩を弾ませて目を逸らす程の人見知りっぷりで、対人恐怖症でもあるのか、ちょっと体が当たったり見られただけでも全裸を見られたかの如く赤面し、新手の魔法かの如く身振り手振りしているし、いざ話したかと思うと超てんぱって声が裏返りまくり。だが誰からも見られていない時は人を見ているぐらい人間観察好きの矛盾さだ。エイラはそれで王族の側近が務まるのかってぐらい超ビビりで、誰にともなく独り言をしている謎な人だ。しかも質問すると「そう空気が言っています」とか、精霊と会話できるわけでもないはずなのに訳も分からん解答するしな。仏頂面で見た目が不良っぽいから結構怖い。後は昔丸っこかったらしいが、側近を務めるにあたって相当絞り上げた方らしく、体型の話を持ちかけるのは禁忌らしい。カーラントが「人が増えたので魔力の消費量が激しいですね」と言った発言に対し、陰で睨みつけてるレベルの被害妄想さだ。そのぐらい変わった連中揃いだ。カエラさんは長年一緒に居過ぎて感覚が薄れたのかもしれないが、こんな奴らだとちゃんと忠誠を誓っていようが冷たい態度に映っても仕方がない。

 とまあこんなに人間観察できたのもルミーナのお陰で、道中七割ぐらいルミーナが話していた。カエラさんの質問対象も七割ルミーナだったしな。それ程ルミーナの先祖は偉大な人だったらしい。

 〔俺、いつか降ろされるんじゃね?〕

 〔そうなったら私の情報を垣間見るしかないわね〕

 とりあえず……追い出されたら真っ先にバレット宿屋でも探してみるか。

 第二首都・フィリザーラは、地球でいうとスロバキアみたいな首都だ。平坦な土地に、オレンジ屋根が特徴的な白い家々。それに首都を囲むように河川がある。行き交う人々は殆どがディアンドルのような服を着ているので、この国、いやこの首都はあれが民族衣装なんだろう。まだそれに関してはよくわからない。

 高層建築が城以外ない上に周辺が平地だからか、やけに空が広く思えるフィリザーラの首都内を進むこのラジアシークは、王族が乗るシークとあって、通りかかる人々はこちらに向けて敬礼するし、他のシークは道を開けるように避けてくれる。

「支持率高そうだな」

「この町だけじゃ」

 こうなっている原因のカエラさんを見るが、本人は嫌な思いでもあるのか、あまりうれしくなさそうだ。これも実の父でもある現帝王に関係している話っぽいな。

 〔厄介なタイミングで来たかもな。もしかすると二カ国間の情勢どころか、王族騒動に付き合わされそうだ〕

 〔私がエスレイン家について知らなさすぎた結果よ。申し訳ないわ〕

 〔気にすんな。新谷も地球じゃこんな対応受けることもある〕

 王族がいる前で言えない会話を念話で交わし、シークはとうとう城内に入っていく。城は……ここは第二首都だからか、さほど豪勢じゃない。と言えど七人で過ごす規模じゃないけどな。

 エントランスらしき場所に入るなり早速対談するからか、カエラさんと同じく戦乱の戦乙女と薔薇の三銃士に挟まれるようにして移動していき、王の間らしき部屋に通された。デリザリン王国に入ったときにみたいに、敢えて迂回ルートで進まれることもなく、相手視点ただの旅人の俺を省くこともなく。

「本題じゃが、その前にパブルス帝国の現状を話すのじゃ。そこを分かっていないと、二カ国間の情勢を聞いても意味がないのじゃ」

 レッドカーペットの奥、更に階段を数段登った先にある玉座に着席しているカエラさんの両サイドには戦乱の戦乙女が、俺とルミーナの両サイドと背後には薔薇の三銃士がいる。普段もこの態勢で対談しているのかもしれないが、一気に遠い存在になったようで不愉快だな。

 だからというわけじゃないが、多分今俺とルミーナがいる場所には――この首都には居ないらしいが――普段城を守る兵士たちや、王族に要件がある平民や貴族が並ぶ場所で、片足をついたりしていると思われる。だが俺とルミーナはこの世界の一般常識がなく、しゃがむ場所やそうすべき地位だとしても、予想するだけで実行には至らない。だって――こんな普通だったら叱られるような態度で接していても、護衛は愚かカエラさん本人が指摘してこないからだ。多少妥協しているのか、親近感を持ってくれているんだろう。

「実を言うと、昔のフィリザーラ帝国は普通じゃった。正常じゃった。今のように隣国と争い事をしていなかったし、法律もなかったの。じゃが、当時の帝王――現帝王でもある父上は、ある日を境におかしくなってしまったのじゃ」

 あまり過去は語りたくないのか、徐々に王族の威厳を失いつつあるカエラさんは、それでも声を振り絞り、エスレイン家の末裔の望みに答える為に、説明を続行する。

「それは母上がデリザリン王国の貴族に殺害された日からじゃ。それからというもの、毎晩怒り狂うように暴れ、復讐にとデリザリン王国に喧嘩を売り、我にも『お前が行かせたからだ』と捏造話で暴力を振るい出したのじゃ」

「国名がフィリザーラからパブルスに変わり、新しく首都が造られたのも、公にはされていませんが心機一転する目的だったと考えられます」

 この第二首都は昔この国の第一首都だったという事が判明したが、そんなことよりも……当たり前だが、カエラさんの過去や今がとても辛い事の方がインパクトが大きい。愛人を失って暴れたり、復讐するのはまだしも、無関係の子にも捏造話で暴力を振るったのか……俺には両親の記憶がないが、もしそうなったらたまったもんじゃないことぐらいわかる。

「聞くような話じゃないが、カエラたんの母は本当にデリザリン王国の貴族に殺害されたのか? それも嘘だったり、巻き込まれただけだったり、それを名目にデリザリン王国を攻めたかったり、本当は魔物に襲われたりしたとかじゃないのか?」

 あまりにカエラさんカエラさん言うせいで、噛んでカエラたんとか言っちまうが……

「真実は誰も分かっていないのじゃ。ただ、デリザリン王国で死体が見つかり、第一発見者がデリザリン王国の貴族じゃった」

 発見する場所にもよるが、誰も訪れそうにない場所で見つけたとなると、殺した後に自ら偶々見つけたかのように装って世間に言いふらす例もある。貴族が見つけているので、シンプルに圧力かけて隠蔽している可能性もある。そのあたりの説明がない当たり、そこもよくわかっていないようなので……実は生きているっていうパターンが一番怖いな。

「お墓は第一首都の城内にある庭にございます。まだその時はカエラ様に暴力を振るっていなかったため、お二人で納骨なさいました」

 俺の思考を読んだかの如くカーラントが補足してきたので、生きている線はなくなったな。

 話を聞くとパブルス帝国から吹っ掛けたことになるこの二カ国間の争いは、始まりは私怨らしいが、王族と言えどたった一人の意向で今も続いているとなると、この国もかなりの法律があるんだろう。少なくとも今は。

「我はこのままじゃダメじゃと思い、日々虐待に耐えながら帝王の平和を取り戻そうと次期パブルス帝国女王に立候補したのじゃが……感付いたイカロスから第二首都フィリザーラに流されてしまっての。第一首都は厳重警戒態勢になって近づけなくなったのじゃ。今はフィリザーラで名声を上げることしかできないでおる」

 ここまで聞いてやっと繋がったが、先程呟いていたことの真相は――カエラさんを帝王からの命令として死地に赴かせ、戦死という形で殺そうとしていたって事なんだな。となるとあの魔法戦闘はパブルス帝国兵対デリザリン王国兵の光景ではなく、パブルス帝国兵による自作自演の可能性も浮上してきた。厄介だな。

「イカロスは市民に『次期パブルス帝国女王候補を城主としておく』と公言していますので、本当の事情を知ったのはお二方が初めてとなります」

「なるほどな……」

 〔荷が重いわね〕

 この首都の住民はやけに俺たちが乗るシークに敬意を払っていたし、デリザリン王国と違って多種多様な人種が暮らしていた。つまりここの住民は次期パブルス帝国女王になろうとするカエラさん支持派なんだろう。裏事情を……知らない。

「最初は仲間が6人しかいなかったのじゃが、今は沢山の仲間がいるのじゃ」

 カエラさんの視線的に、グレたこの国を正す為に立ち上がったカエラさんの支持者は、当時今いる護衛の六人だけだったみたいだ。今まではずっと平和な国だったというのに、やけに復権派閥のカエラさん支持者が少ないのには、ここも現帝王による何らかの法律や処置が施されているからだろうか。そう考えると……怖いな。

「逆によくその六人がいたな」

 失礼な話だが、この六人が最初から居たことについて回答を求める。帝王から見捨てられ、旧帝国首都で一からやり直すことになったとなれば、何らかのやらかしがあったと誰もが思う。だが、それでも最初から味方が居たのは、普通あり得ない話だ。

「彼女らは特別なのじゃ。我が幼いころからずっとそばにいて、楽しいときも苦しいときもずっと一緒に過ごしてきた仲なのじゃ。そう簡単に崩れる関係じゃないのじゃ」

 今思えば……愚問だったかもな。母親の遺骨を収める時、カーラントも同席していたような発言をしていたもんな。

「つまり六人は逃亡したって事ね」

「そうなります」

 ルミーナの質問に、ベリーヌは素直に即答する。その感じだと、味方がいない地に流されたカエラさんは、六人に会えた時相当感激しただろうな。それ程孤独ってもんは辛い。

「さぞお怒りだろうな、イカロス帝王はよ」

「なので自分の身近から遠ざけたというのに、たまにこうして間接的に殺害しようとしているような命令を下してきます」

「名目上だけど、公言してしまったから直接的な殺害行動を起こせないのね」

 当時のカエラさんの傍にいた人となると、当然帝王の側近やメイド、執事であってもおかしくない。その立場の人が一部カエラさんに当てられていたはずだ。なので優秀かどうかや、人手がどうこうは置いて置き、六人も失ったとなると――しかも、カエラさんの味方に付いたとなると、激怒して当然だろう。だが、それは自業自得だ。自分が関係ない我が子にまで暴力を振るい、一緒に暮らしたくないから旧首都に流したんだ。子が父親を超えようと暗躍していたって、昔の知り合いが子の味方につこうが、何ら文句はいえないはずだ。

「なら早く上げた名声で見返してやりなさいよ」

「それが出来たら苦労していないのじゃ……」

 ルミーナの発言に俺も賛同するが、カエラさんは問題点があるようで実行できない現実に寂しそうな表情を浮かべることで精いっぱいだ。しかも、その感じ……問題点は、一つとかじゃなく、複数ありそうだ。

「もう父上にはうんざりなのじゃ。そこでじゃが……」

 カエラさんは徐に姿勢や表情を正し――

「運よくエスレイン家と会えたわけじゃ。――暗殺の依頼じゃ」

 実は前々からそういう計画が進行していたのか、案外率直に申し出てくるカエラさんだが、

「親を殺す……か。いくらどんな酷い目に遭わされていようと、それは後戻りが出来ない選択だぞ。自分がどれだけヤバい発言をしているのか自覚あるか? 後悔しても死んだ身は復活しないんだぞ」

 ルミーナに質問されているのに申し訳ないが、割り込まざるを得ない。沢山の人の喜怒哀楽を目撃しており、それらの意志にあった行動を起こす時もあれば、無慈悲に殺戮したりしている質だから。

「わかっているのじゃ。それを踏まえて言っているのじゃ」

「どうしても殺したい訳?」

「どーしてもじゃ。顔も見たくなければ記憶からも消去したいぐらいじゃ」

 俺にはカエラさんの苦労がわからない。だが、カエラさんがどれぐらいの苦悩を抱き、殺意、決意を持って要望しているかはわかる。だからその要望通りに行動するとなれば――俺とルミーナはこれから、イカロスというパブルス帝国帝王を殺害しに行くことになる。そのぐらいの確固たる意志が、カエラさんから伝わってくる。

「既に国民は今のパブルス帝国に対して肯定派と否定派に分かれつつある。今は否定派が圧倒的に少なくても、イカロスを殺し、真実を洗い浚い暴露したら、覆すことが可能なはずじゃ」

「もうすることは決まっているのね」

「当り前じゃ!」

 これからの行動を共有してくるカエラさんは、パブルス帝国に革命を起こす気満々だ。ここまで聞いといてやっぱり無理だと言い出せば、多くを知りすぎた、と殺すことも辞さないような、並々ならぬ決意が伝わってくる。

 〔どうする?〕

 〔どうするも何も、拒否権は無さそうだぞ〕

 ルミーナは念話で今後ひっそりと暮らせなくなりそうなこの事案に首を突っ込むかどうかを問ってくるが、彼女らに素顔と名前が割れ、誰にも話していない裏事情をエスレイン家の前だからという体で話してくれて、今は前後を囲まれてさえいる。これは……運がよすぎるが故に不幸を被ったな。外堀を完全に埋められたぞ。あまりにとんとん拍子で話が進むなと思っていたが、こうして二カ国間の情勢を把握するよりも先に、パブルス帝国内のいざこざに巻き込まれてしまった――そもそもいきなり王族に会えること自体が誤算だった。住民として数週間暮らすことで把握するつもりでいたのにな。

 〔……そうね〕

 面倒くさくて関わりたくないが、ここまで言い聞かされている事に呆れた意志が読み取れたからか、ため息交じりにルミーナから返答がきた。異世界人って何かと行動を起こす判断が早いよな、日本人みたいにズルズル長引くより好きだが。

 はぁ、これからはひっそり暮らせなくなるな。この争い事で、上層部には確実に俺たちの戦力が露呈するし。かといってわざと失敗する訳にもいかない。俺達の異世界での未来や、パブルス帝国の将来が無難に解決するよりも悪化するのは明白だ。

「我らは近づけないので同行できないのじゃが、付近にまでは転移させられるのじゃ」

 一度見たことがある地だからか、どうやら魔法使いらしいカエラさんは俺らの移動手段まで提供してくれるので……

「わかった。今からでもいいなら速攻行くぞ」

 こんなことに時間を割いてる暇はない。さっさと終わらせて自分たちがやりたいことをやらせてもらう。

 どうせ拒否権はないのでやる気を見せると、やっと実現できる喜びからか、カエラさんはにやけ顔を浮かべる。

「でしたらこちらへ」

 すると護衛の一人・カーラントが別室に誘導するので……俺とルミーナは、後を追うことにした。


 実は護衛達六人は全員揃って、魔法使いとしての能力と戦士としての能力の両方を有している魔法戦士という分類に属しているらしく、戦乱の戦乙女は火属性、薔薇の三銃士は風属性が適性属性らしい。本人たち曰く、集中しないと魔法を併用できないので、魔法戦士は冒険者の中でも相当強い位らしいが、そんな六人が最初から支持者としていたんなら、それだけでも十分にすげえと思う。なのでこの時点で大体察しがついたが、パブルス帝国の側近は豪く強い連中で固められていそうだ。もしかすると、魔法に対抗するために≪エル≫シリーズをお披露目する必要性が生じそうだ。

 そしてカエラさんはというと、かなりの魔法使いらしい。父親が物理を得意とするので、偶々適性があった闇と、少し適性があった風と水を密かに極めていたそうだ。そのお陰か、ルミーナも知らない概念魔法という特大規模の魔術を使えるらしいが、あまりに莫大な魔力が必要になる為、護衛六人からルミーナも知らない魔力を共有する魔法で全て注ぎ込んでもらい、城内にある魔力を補充できる特殊な泉に浸かっている必要があるそうだ。なので俺たちは裏庭にある水深五十センチぐらいの泉に来ている。

 ルミーナ曰く≪レベレント≫はそう難しい魔法じゃないというのに、概念魔法と同様に大規模に行う理由は、行き先の周辺の光景を細かく想起し、転移しようとする先の安全性と秘匿性を感じ取った上で、カエラさんが自身を除く特定の人物だけを転移させようとするので、大規模な詠唱になってるみたいだ。それぐらいでもルミーナは普通にできちゃうんだろうけど、ルミーナは行き先がどんな場所なのか分からないし、カエラさんは無限の魔力容量と瞬時に補充される魔力吸収力を誇っていないので、これだけの準備が必要になる。

 ルミーナは減ることを知らない魔力を有しているが、生憎その魔力共有魔法を知らないので見守ることしか出来ず、大気中の魔力と泉から補充できる魔力を最大限吸収する為、服を脱ぎ散らして全裸になりながら走って泉に入ったが、少しは恥じらいを持った方が良いと思う。始め会った時は子供だと思ったが、今は大の大人なんだと判明しているんだし。……いや、年を重ねすぎたから感覚が薄れているのかもしれない。まあどちらにせよ異性の俺が見なければいい話だ。

「健闘を祈るのじゃ」

「ああ、お前らの活動も頑張れよ」

 数分後、ようやく全身が青い光で包まれて行き……パッと景色が変わった。

「早いな」

「≪レベレント≫より丁寧ね」

 ホワイトアウトもなくして瞬時に景色が切り替わったので、転移した実感がないが……ここは明らかにさっきいた場所と異なっている。先程までは頭上には青空が広がっており、眼前には城壁、真下には泉があった。だがここは、窓一つ無い個室のようだ。

 ずっと目を開けていたというのに、変わる瞬間を見切れなかった。魔法の凄さに実感するとともに……

「どこに出たんだろうな?」

 この空間に唯一ある扉を開けて出ない限り、ここがどこかわからないので――そっと開けると寧ろ目立つと思ったので、あたかも前からここに居たかの如く堂々と扉を開ける。

 すると眼前に広がった光景は、今まで一度も見たことがない街並みで、フィリザーラのどこよりも明らかに繁盛して騒がしい通路に面した一軒家の玄関から出てきた。俺達が出てきた家は今いた部屋の規模と明らかそぐわない規模なので、どうやら魔法か何かで作った空間の扉を、ここの家の扉に繋いだんだろう。今一度扉を開く気にはならないが、今開くと普通のこの家に繋がりそうだ。

「案外高度な魔術を使えるのね」

 俺達に使用された魔法が殆ど知らない魔法だったからか、感心するようなルミーナはあまり周辺の景色に興味を持たないので、俺が代わりに把握しにかかる。

 この首都も同じくディアンドルのような民族衣装を着た人々が多い中、この第一首都・パブルスは円形の首都だという事がわかる。目の前の通りが凡そU字に見えることや、背後に高く聳える城壁や眼前に聳える城壁が円形に広がっているからな。そして多分だが、民族衣装を着ている人たちよりも様々な服を着ている人たちが多いことから、ここはギルドが近く、冒険者が多い地域なんだと予想できる。多分俺とルミーナが冒険者のような恰好をしているので、目立たない為に同族が多い場所に転移してくれたんだろう。暗殺を依頼するだけあって、手厚いな。

「城に行く前に、まずはこの町を把握しにかかるか」

「そうね」

 意見が一致したので、地球でいう時計回りに大通りを進んで行くことにした。真ん中に城が鎮座しているようだし、逃走経路や住民の帝王への忠誠具合、身の隠し場所や人通りの少ない場所を把握しておかないと、知らない土地での戦闘は不利だからな。ありがたいことにまだイカロス帝王には暗殺者としての身が割れていない。堂々と行動できる。

 この第一首都・パブルスは、名付けるならば城壁三段構成だった。まずは商店でパブルスの地図を買い、地図上で右上に山岳地帯があり、右下に平野、左下に疎らに続く家々、左上に川や農業地区があると判明した。そしてなんといってもこのパブルスを囲う城壁だが、これが外周にして最大の高さを誇る城壁だった。あれはワイヤーで登れる域を越している。しかも城内に入るには、地図上で確認すると右上と左下の計二つしか出入口がない。つまり人々の出入りはこの二つ以外考えられない訳だ。その為かなりの人でにぎわっていると推理される。堂々且つ無難に通過できる気がしないな。魔法でどうにかするしかない。

 俺達が時計回りに一週歩いた真ん中の城壁と外周の城壁の間のスペースは、所謂冒険者用の地帯って印象だった。隙間無く隣接した木造建築が建ち並び、地面には煉瓦が敷き詰められ、適度に草花や木々、街灯も設置された雰囲気が良い外周は、幅員がとにかく広い。日本でいう片側二車線レベルの広さだ。この世界には乗り物がシークしか存在しないというのに、だ。それが商業地区だからか、ほぼ歩行者天国状態になっている。

 円形の大通りを軸に、冒険者用の武器屋、宿屋、居酒屋等の商業店が永遠に軒を連ねており、建物の一階のみならず、道の真ん中にも露店が立ち並ぶ程店だらけ。時々他と差をつけてデカい建物があるが、あれは大手企業とか図書館、協会とかその辺りの施設だろう。売られている商品をパッと見た感じ、物価はデリザリン王国より廉価だ。しかも高品質に感じる。そして他国なのにデリザリン王国と通貨が同じだ。二カ国間の情勢的に地球のユーロ的立ち位置とは思いづらいので、この世界の通貨は全国共通なのかもな。

 区切りをつけるために設けられたような内周側の城壁は、三つある城壁のうち一番低い。そんな中央の城壁の出入り口は地図上だと上、右下、左下にある。外周の出入り口から真っ直ぐ直行で行ける左下の地帯は、地球でいうクスコのアルマス広場のような場所で、中央に巨大な噴水がある広場になっており、住民が住まう地帯への出入口――砦は、とても豪勢に造られている。周辺は開けているが、両サイドに店が連なり、前後には出入口があるので人通りが多く、明らかにどこよりも繁盛している。始めてこの町に来る人は、ここにきてやっと地図上の現在位置が把握できるような感じだな。現に俺たちがそうだ。

 最終目的は城で、第一関門地帯は把握し終えたので、次の住宅街を見に行こうと出入口に向ったが、住民の証拠か帝王からの招待状などが無いと入れないと頑固な事をほざきやがるので、俺とルミーナは≪トライペンツ≫で透明になって、検問を突破した。ロッククライミングでもしようかと思ったら、城壁は綺麗に裁断された石が使用されており、手と足を入れる隙間は愚か、かける場所さえないぐらいツルツルだった為、普通に正面突破した。バレなかった辺り、第二関門の門番はそこまで強力な戦士を配置していないようだ。

 名付けてパブルスの民が住まう第二区域に突入した俺たちは、行き交う人々が殆ど民族衣装で、冒険者が来るような場所じゃないことがわかっているので、常時≪トライペンツ≫を発動させた状態で見て回る。

 ここは手前の冒険者ゾーンと違って、一つの大通りを軸に広がっておらず、特に大きな通路もなく……言わば日本でもよく見る住宅街。外周地帯にも大通りから逸れれば誰かが住んでそうな家が沢山あったが、商業が生業じゃないここの住民は内周地帯で暮らしているんだろう。家々に孤立感が出てきて、一般的な家屋が建ち並んでいる。玄関前のスペースを超え、正式に庭と言える規模の敷地概念も現れてきた。より城に近づくにつれて一棟一棟が大きくなっている辺りから、平民は外周寄り、貴族は内周寄りと定められているんだろう。

 地図上だと下にあり、左下の入り口から真っ直ぐ突き進んでも入れない仕様になっている城の門に迫り、門番を家の陰から観察する。

「手練れだな。カエラさんの護衛よりかは弱そうだが」

 重い鎧に身を包んだ男性の門番数名を確認し、どうやって敷地内に入ろうか思案する。

「流石は一国の城ね。魔法もかなり伏せられているわ。≪トライペンツ≫のまま突っ切るのは不可能ね」

 ルミーナが魔法的にも入りづらくなっていることを教えてくれる。流石は一国のトップが住まう城とあって、物理的にも魔法的にも警備がそれなりに堅牢だ。

「夜まで待つか」

 正面突破するには伏せられた魔法を解除するか、門番を撃退するか、王族と会う何らかの理由が必要だ。だが魔法は感知されれば監視に気付かれるし、門番は撃退すれば当然援軍が来る。そして王族と会う理由は暗殺なので、当然通してくれるわけがないし、言えたもんじゃない。なので、魔法に頼らず戦闘にならない潜入方法……壁を上るぐらいしか、今の俺たちにはこの城壁を突破する手口がなさそうだ。

 発言や思考から壁を登る意図を読み取り、暗くて見つかりにくい夜を選んだことも理解したルミーナは、

「裏口でもあればいいんだけど」

 夜までの暇つぶしか、兵士の秘密通路的な小さな扉があったりしないか壁に沿って歩き出したので、俺もそれを追って夜まで時間を浪費することにした。


 結果から言うと……無い。そんな裏口は一つもなかった。一応外周などの壁もそういう裏口がないか見てみたが、あったのは壁の上に登る為のはしごや螺旋階段があるスペースに繋がる扉だけ。しかもそれらは施錠されている上に当然内側にしかないので、脱出する時には役立っても潜入には役立たない。ともなれば……

 住宅街の中でも人通りが最も少なく、一番町の明かりが少ない場所から城壁に一定間隔に設置された見張り台のような場所をベルトのワイヤーで繋ぎ、簡易的なジップラインみたいなものを作成。闇に隠れてワイヤー頼りに壁を登っていく。ワイヤーが切れたり城壁が欠けて落ちることになったりしないか心配していたが、二人が登り始めても壊れる気配がないので多分大丈夫だろう。

 この世界での監視行為は、人の手による物理的な手段だ。監視カメラや人感センサーなんてもんはなく、地雷のような魔法を散りばめるにしても、結局はそれが動作したかは人の目で確認しなければいけない。マーキングするような魔法を、そもそも未知相手に対象を指定できないので仕掛けようがない。つまり、音がほぼ響いていないし、暗闇の中で行動している俺達は、誰にもバレる事なく城壁に登ることができる訳で……城壁の上から城を守っている輩がいないか、素早く周囲を索敵する。

「運が良かったな。ここはいないが、両隣の見張り台には兵士がいるぞ」

「いないことを分かっててここ選んだんでしょ?」

「まあな」

 城壁を登るルミーナに手を差し伸べ、ルミーナはそれを掴み、俺が持ち上げるようにしてアシストし……ようやく二人とも城壁に登ることが出来た。

「M82A3のケースの中に複数のスコープがあったはずだが……持って来てるか?」

 地球でこんな場面が訪れればガンガンスナイパーライフルを発砲するが、異世界では銃の使用を制限しているし、ルミーナはスコープを使わなくても見えることが判明したので、今スコープを持ち合わせているか分からなかったが、

「収納してるわよ」

「ならちょっと貸してもらうぞ」

 収納容量が無限だからか、一応周辺用品は全て持って来ているらしく、ケースの中に収納しているはずのスコープを生身で取り出してきた。≪スレンジ≫内の物は弄ることもできるみたいだ。

 数種類受け取ったが、その中で今から使うサーマルサイト以外は収納してもらい、暗闇の中城周辺や窓の奥を偵察する。真っ暗な上に少し距離があるとなると、少なくとも俺の肉眼は信用ならんからな。

 俺はサーマルサイト、ルミーナは肉眼で周囲の兵士の位置を確認していると……

「あれを見てよ。王の間じゃない?」

 これから行くべき場所を見つけたらしく、正面を指差すのでその方向を見ると……

「王の間かはわからんが、確実に人はいるな」

 サーマルサイトで赤く人型に三人分表示されたところを見ただけじゃわからない。暗闇の中だし、住み込みで働いているメイドや執事という可能性もある。

「とりあえずあそこから屋根に飛び移るぞ。そこからは窓を覗いて行って、人が居ない部屋に突入する」

「道中の兵士は六人ね。何れも魔法使いじゃないわ」

 俺は城壁が一番城に接近するポイントを指差し、ルミーナは兵士が魔法使いじゃないことを教えてくれる。つまりもし見つかっても厄介なことにはなり得ないということだな。

 俺が先頭でポイント目指してしゃがんで移動する。勿論足音は立てずに。だが問題はすぐそこにいる兵士だ。敵意が城壁上にいるとは到底思わないので、足音もしない方向を見ることはないと思うが、中途半端な戦力を有しているヤツらは何を起こすかわからん。例えば蚊がいれば平民の奴らはパンパン叩いてやっつけようとし、退治の奴らはそんな存在無視する。だが中途半端な奴らは大抵強がって無視するが、次第に蚊が飛び交う音に集中力を削がれ、鬱憤が蓄積し、いつか爆発してぶっ殺しにかかる。つまり一心不乱に攻撃する素人や完全に無視する玄人より行動が読めない面倒な連中だ。

「正面の兵士を尋問する。話を聞き終えたら眠らせるか何かしてくれないか?」

「わかったわ」

 後日兵士がやられたことが判明して更に守りが強化されても困るので、最悪見つかっても素早い行動を起こせば叫ばれることもなく、殺さずに済む方法を選択する。

 妙な悪寒を感じていきなり振り返ってくることもなく……難なく兵士の背後に忍び寄れてしまった。呆気ないな。後から首を絞めてやり、他の兵士から死角になる位置まで引き摺る。

「おい。王がいる部屋の位置を教えろ」

 左手で完全に相手の行動を封じ込め、右手で口元を押さえる。人間ってもんは、いくら重装備を着込んでいようが、できる奴は指一本で相手の行動を制限できるもんだ。

 ルミーナも少なからず協力しようと思ったのか、兵士の武器を取って遠くにぶん投げているが、罪のない人々に衝突しないことを祈る。流石にそこは気遣っているはずだが。

「し、正面から見て真ん中のスペースにいる。裏から入りたければ、あの窓から入ると見つかることはないだろうッ」

 片手で身動きを封じてくる相手には反抗しない方が良いと判断は出来る奴だったのか、割と正確なアドバイスをしてきた。あの窓という場所も、俺達が飛び移ろうと見定めた屋根の近くだし、嘘をついている気配もない。この城の弱点はその辺りからの侵入なのかもしれんな。やけにこっち側の兵士が多かった理由はそれか。

「情報ありがとうね」

 ルミーナは案外直ぐ吐いてくれた兵士を無慈悲に魔法で昏睡状態にしたらしく、拘束されている腕が脱力して俺の身にかなりの重りが伝わってきだした。腕だけでこれだけの重量が出るとは思えないので、コイツの装備はかなり重く固い素材だったんだろう。それなのにここまで魔法に脆ければかわいそうに思えてくるな。

 兵士をこのまま寝かしておくのもなんかちょっと変だったので、あたかも寝落ちしたかのように横に倒れた態勢を模ってあげた。寝落ちして倒れるのもどうかと思ったが。

 俺とルミーナは次からの兵士には興味がないので、ただ魔法で昏睡状態にしていくだけで、武器も奪わずに通り過ぎていく。目覚めて武器がないとなれば、盗人や敵が侵入したと思われるからな。そうなったらあの兵士の武器を投げ捨てたのはダメだったと思いがちだが、ヤツは目が覚めてもあまりの恐怖に敵意について情報共有しそうにない腰抜け兵士っぽかったので、次俺たちが顔を見せることがあったら、有効活用できるように恐怖を植え付けておいていいだろう。

 兵士たちは朝方まで昏睡状態にしたらしく、急ぐ必要もない俺達は、ようやく予想し、兵士もここだと言っていた……屋根に飛び移るポイントに到着した。

「いざ飛び移るとなると、意外と怖いわね」

 ルミーナは城壁から眼下の地面を確認して、高所恐怖症じゃなくても委縮する高さに寧ろ楽しそうな表情になる。昔はそうではなかっただろうに。染まり過ぎたな。

「落ちたら即死だ。助走のスペースはないし、両足ジャンプで10メートルは飛躍する必要がある。俺はパルクールは慣れてるが……どうだ。行けそうか?」

 より恐怖を煽る必要もなかったので言わなかったが、ジャンプする場所は城壁上の通路にある、等間隔に凸凹になった縁の上で、太さはあって俺の靴の半分だ。そして着地地点は四十五度を超す急斜面。滑り落ちる可能性もあるし、場所によっては形状が違ったり高さが違う。そのぐらい城壁の淵は小スペースだし、屋根は市民が住む家のように綺麗な山型や平面じゃない。

「舐められちゃ困るわ。魔法を使うまでも無いわね」

 パルクールの練習は積んでないが、日々の鍛錬でこのぐらい余裕で出来る能力を身につけたらしく、お手本を見せるまでも無く先に飛び出そうと縁に立つ。

「向こうに行ったらベルトのワイヤーを屋根に引っ掛けて、懸垂下降の要領で一つ一つ城の中を覗いてくれ」

 俺はルミーナと同じところを覗いても時間の無駄なので、もう少し飛びづらい距離・場所から屋根に飛び移り、窓の中を覗き見ることにする。

 同時に飛び移ることになった俺とルミーナは、二人とも無事に飛び移れて、分担して一つずつ室内を覗く。

 〔この部屋誰もいないわよ。ただの物置ね〕

 窓の奥を覗き、書斎、寝室だった俺と違い、侵入経路を見つけたらしいルミーナの元に行く。

「ここを拠点に活動するか」

 室内の埃の多さから長年誰も入っていないんだろうが、兵士と世話役が沢山居る城だ。月に一回の掃除とかあってもおかしくない。魔法で窓の鍵を開けたルミーナは流れで部屋の扉を劣化させ、見るからに開きづらくした。足音ぐらい気付けるので身を隠すことは出来るが、念には念をというしな。

「今まで見た城はどれも吹き抜けだったし、屋根裏で動き回ることはできそうにないな」

 人が多く存在するこの城で快適に動き回れる場所と言ったらそこぐらいしかないが、この世界の家屋にはない要素だ。正々堂々と正面の廊下に出るしかないかと思っていたが……

「いつからそんなことも出来ない無能になったんだ? ……おい。口ついてんのかああァアア!?」

 な、なんだ? いきなり左隣の部屋から罵声が聞こえてきたんだが?

 男性の大声と思いっきり殴っているような音が響き渡る不吉な部屋の隣で、零れた音を聞いてしまい眉を顰めていると……

「隣の部屋の障壁を破ってみたわ。どうやら防音にしてたみたい」

「お陰様で酷い発言を聞いてしまったぜ……」

 声が男性だし、如何にも自己中心的で暴れていそうな雰囲気が伝わってきたので、もしやこれがカエラさんの父親じゃないのかと思って冷や汗が出てきた。そりゃこんなヤバい父親の元なんか離れるに決まっている。

「怒りのぶつけどころだった娘がいなくなって、メイドか執事か兵士に飛び火するようになったわけか。こりゃーもしイカロスを始末したところで、ここで務めてる人々がカエラさんを許してくれるかわからんぞ」

 カエラさんがやらかしたことならしょうがないが、これはカエラさん、メイド、執事、兵士全員が因果関係のない体罰だ。全ては妻を失った父親が無益な暴行を起こすのが悪い。だがその矛先であったカエラさんが耐えられなくなって逃げたせいで、代わりにこの城の働き手が長年苦しめられるようになってしまった。カエラさんは悪くないとはいえ、代わりに自分の身が犯されるようになってしまっては、絶対にカエラさんに恨みが芽生えたはずだ。

「でもまだ今の人がカエラさんの父親とは決まった訳じゃないわ」

「そうだったとしても相当だぞ?」

「そうだけど」

 これが執事や兵士が部下に対して発しているとなれば、カエラさんの父親はこれ以上に過激なはずだ。イカロスに鬱憤を晴らされた上司がその鬱憤を部下で晴らすってこともあり得るわけだからな。

「隣の部屋を覗いてみるか」

 隣の部屋が何であれ、この罵声は何かイカロスに関する情報を掴めると思うので、先程劣化された扉だが、廊下に人の気配がないタイミングで強引に押し開ける。

 扉の先に広がっていた光景は……広い。片側一車線の道路より広い幅に、三階建てはありそうな高さを誇る天井。柱は全て大理石に似た石だと思われる純白な素材で、ここの城主とは反して綺麗に建設・清掃されている。豪勢さは流石異世界といったところだ。今まで見た城で一番大きな城だとは思っていたが、いざ中に入ってみるとより大きさを実感するな。

 そんな廊下を進むこと数歩。隣の部屋なので当然直ぐ着いた。

「こういう所には巻き込まれないように近づかないんだろうな、人の気配がどんどん遠ざかっていくぞ」

 隣の部屋に罵声が届くまでは疎らに人の気配があったが、殆どが城の真反対に目指している。帝王に慕えている身が裏でそんな行為をしていいのか分からないが、俺達にとっては好機でしかない。

「部屋を出た時点でお察しだろうけど、魔法を使って覗くのは止めとくわ。もしかすると、中の二人が魔法使いかもしれないし」

 この部屋が魔法で防音対策されていたので、ルミーナなりにも敵意を隠すよう魔法の使用を制限しているようだ。

 どうやらこの部屋は扉しかなく、窓がない。なので室内を覗く手段が扉を少しだけ開けて中を覗いてみるしかなく……この期に及んで初心者のような覗き見をする羽目になった。

 室内は廊下と変わらず天井がとにかく高く、主に天蓋付きのキングサイズベッドがあるだけで、無駄に二〇〇畳は優に超してそうな寂しい寝室のようだ。帝王の寝室にしては比較的質素な雰囲気だが……部屋の奥にあるベッド付近でパンツ一丁の男性と、下着姿で両手を上げた状態で拘束されている女性の姿が見えた。

「そういえば人物画みてねえからあれがイカロスか判断つかねえな」

 よくよく考えたら確かに言う通りだと思ったらしいルミーナも呆れた表情を向けてくるが、一応あの二人の様子を伺うことにする。ここまで周囲にいた人間を散開させていたら、それなりに危険人物に指定されているはずだ。

 見たところ、二人の優劣関係は男性の方が上らしく、俺よりかは低身長の男性は、肩幅が広く、横でかく見えるが、そこまで脂肪を蓄えている訳でもない。割と筋肉もついている。昔は戦闘を得意としていたが、最近は暴れてないような印象だ。そんな彼は染めたのか地毛なのか知らないが白髪で、全身主に龍の刺青だらけ。とりあえず男性を見て分かった事は、この世界にも刺青の文化があったんだという関心と、コイツが地球でいうヤンキーの類だという断定だな。

「あそこに王冠みたいなものがあるわ。あれって帝王の証?」

「どうだろうな。少なくともメアリは身につけてなかったな」

 比較対象がメアリしかいないのでどっちが特殊なのかは分からないが、今のところだと王様は王冠を身につけないといけないってことから彼がイカロスと決めつけることは出来ない。決定的な証拠は周辺からも見つからないな。

 対して女性の方はというと、ベッドを中心として拘束されており、男が邪魔でよく見えないが……シーツも赤く染まる程血だらけだ。男の手が赤く染まっていることから、かなりの暴力を振るわれている最中のようだ。

「彼女は魔族ね。暴行対象にならないように翼とか角、尻尾は収めているようだけど、多少浮遊しているようだわ。魔法以外で」

「収められるのか」

 この世界でも地球でも何度か見たのでどういう奴なのかは理解できるが、収められるというのは初めて聞いた。しかも魔法的な話じゃないという。

 どういう方法でそうしているのか分からないし、浮遊しているだけでそう判断したルミーナの基準も地球人にはよくわからないが……そんな中でも男の暴行は続くわけで、今度は彼女の首を掴みあげている。

「返事もできねェのか……クハハハッ。おめェ、無能なのも大概にしろよッ!」

 おおう、かなり本気で女性の腹に殴ってんな。ルミーナの三割ぐらいはありそうだ。

「あの女もただ物じゃないわね」

「慣れてんだろうな。こんなことになれて悲しいだろうよ」

 金髪のロングヘアをツインテールにしているが、それすらも血で染めている女性は、本当は痛みを感じていない。痛む顔も、口から吐く血も、全てが演技だ。男は鬱憤晴らしの一心で気付けてないだけだろうが、彼女の表情には……暴行に対する呆れや諦め、何故自分が暴行を受けているのかという悲愴感に、時々虚無感を覚えているようだ。そんな悲しい表情が混じっている。というかそっちの方が占めている。

 男が「無能」と連呼するだけあってか、女性は碌に飯も与えられていないらしく、身長が男よりも高いというのに全身骨しか残っていないような脂肪に乏しい華奢具合だ。体重40kgあればいい方だろう。世の女性が目指す美しさを通り越し、病気を疑う域に突入している。植物の筒栽培のように、発達段階からこのような体系になるように矯正されて育てられた結果、骨格から細い体になったといわれても、納得できてしまうレベルだ。強いて言うなら昔はしっかりと飯を食べ、今平気な顔をしていることからそれなりに強い戦士として活躍できていたらしく、腕や腹、脚などに付いた筋肉が名残としてある程度だ。ただ脂肪が極限までついてなくて浮き出た筋肉ではない。とはいえ腹部に至っては、太ももは愚か鳥の脚みたいな細い腕と同じ細さにも見える。流石に30はあるよな……?

「明らかに女性の方が戦力は高そうなのに、何で反撃しないんだろうな。この世界では上下関係ってそんぐらい遵守するもんなのか?」

 寝室で起きている暴行を見た感想を率直に述べると、

「上下関係は国によるとして、それが出来たら彼女は既にしているはずだわ」

「何らかの理由で出来ないってことか」

「そうね」

 俺よりこの世界の事を知っているルミーナは問題を出すような発言をするが、何も知らない俺は解答が出ない。なのでルミーナは推理が間違っていないことを認めてから、

「彼女の指を見て。あれの影響よ」

 白い肌が赤く染まり過ぎて見づらい中、彼女の指を見ると……左手の小指に、一つ―――真っ黒く、もう二度と取れないような締め付け具合の指輪がつけられていた。

「奴隷――ってことか?」

 もうそれぐらいしか考えられない。あれが奴隷の証なんだろう。

「そうね。奴隷契約の一つよ」

 しかも契約ときた。俺とルミーナが二つ交わしているのと同様の。

 奴隷の契約というぐらいなので、俺とルミーナが交わしたような双方の同意の上行われるような契約じゃないんだろう。

 それは間違っていなかったようで……

「内容はそのままよ。奴隷となった相手に命令すると、必ず実行し、完遂してくれる。奴隷から歯向かうことは出来ず、他人からの契約干渉も不可能よ。そして主の判断で抹殺すこともできれば開放することもできるわ」

「あの男、やりやがったな……」

 この世界でもこれだけはしてはいけないって括りの契約らしく、語るルミーナも男に殺意が芽生えているような口調だ。

「契約方法は魔法、指輪、首輪の三種類があるわ。魔法の方が効力が低く、首輪の方が効力が高い。彼女の場合、指輪だから多少の悲しさを抱けている感じね。首輪で同じ感情になっていれば、もう契約の代償で死んでいるはずだわ」

「契約時に多少は反抗したんだろうな。その結果、指輪と」

 こういう事をやる奴は、どうせ首輪で契約したいに決まっている。でも首輪にはならなかった辺り、この女性はまだ運が良く、戦力があったと言える。

 まあ……カエラさんが言っていたことが良く分かったな。こんな事が狂った父親のせいで合法になっていれば、否定派を募り、昔のパブルス帝国のような法律――つまり、このようなファルマーレのない国に戻したいに決まっている。拒否権のない奴隷契約があってたまるか。

 普通法律があるってことは禁止されているってことだが、この世界では逆で、法律があると合法で、法律がなければ禁止というややこしさの中、

「首輪だったら奴隷側が相手の手を持ち上げて『この身を捧げる』みたいな言葉で誓う必要があるから、絶対に解除できないところだったわ」

「助ける方法があるのか」

 厄介ごとに巻き込まれたくないという方針があるからか、敢えて遠回しに言ったようだが、そんな回りくどい事を言うから寧ろ気になってしまった。

「魔法だったら他人から解除させることができるから簡単だけど、指輪は面倒よ。でも無理じゃないわ」

 あくまで助けるか助けないかの判断は任せるらしく、自分はどっちでもいいような口調で語っている。

「解放するとなれば、どうする必要があるんだ?」

 それがイカロスの抹殺完遂までに並行してできることならしてやらんこともない。見てて胸糞悪いからな。やり方を尋ねるが……

「主に開放の意思を持たせないといけないわね」

「そうなるとイカロスを抹殺できないわけか」

 父親の暗殺を依頼したカエラさんの意志が最優先であり、それが達成できなくなれば本末転倒だ。そして奴隷を解放すると暗殺を行うの平行は、対象が同じ以上不可能だ。

 依頼をとるか、奴隷をとるかの選択を迫られ、悩みこんでいると……

「そんなこともないわよ」

 どうやら早とちりだったらしく、ルミーナが同時に完遂できる手段を教えてくれる。

「基本的に主が死ねば奴隷としての役目は終了よ。だって死んだら命令できないし。因みに首輪の場合、遺言に指示があれば、それが終わり次第解放になるわ。後、彼がイカロスと決まった訳じゃないわ」

「そういえば……そうだったな」

 もうここまで来ればあの男がイカロスにしか思えなくなってきていた。

「なら……助けてやるか。イカロスの情報も聞き出したいしな」

 あの男がもしイカロスなら一石二鳥、イカロスの部下であれば自身の部下に暴行を与えるぐらい鬱憤が溜まっているので、それなりのイカロスヤバさ情報を聞き出すことが出来るだろう。

 俺が助ける意思を見せたからか、やる気を出したと同時に何故か好感を抱いたような表情のルミーナに疑問を抱いていると、

「おい無能! さっさと俺っちのシーツを交換しろォ!」

 俺とルミーナを振り向かせるような罵声と暴行の音がまた響いた。

 どうやら暴力を振るいすぎて疲れてきたのか、先程より低威力だし、もう気が変わって寝る気になったらしい男性は、拘束を止めて奴隷の女性を血だらけのままこき使っている。ていうかあの男、一人称「俺っち」なんだな。笑わすな、声出るだろ。

「ヤツが寝た瞬間突入するぞ。どうせなら煩くなる前に殺りたいからな」

 部屋が大きすぎるからか、いつまでたってもバレバレな盗み見に気付かない男は、返り血を奴隷の女性に拭いてもらい、返り血で汚れないように脱ぎ捨てていた服を着て……純白に戻ったベッドに入り込んでいく。

「無能はそこで監視していろ」

 寝る直前、奴隷の夜間の行動を制限するまでの抜かりなさで、男は眠りについた。あれが毎日の事であれば、奴隷の女性はいつ寝ているんだろうな。栄養失調に加えて睡眠不足までありそうだ。

 この時間になると大体彼は寝るのか、避難していたはずの人々が仕事に戻りつつある気配を感じる。

「……そろそろか?」

「起きそうだけど、しょうがないわね」

 城内への不法侵入がバレるより、男が敵を目撃する方が人に囲まれるまでに時間がかかると考えた俺とルミーナは、微かに開いていた扉を全開まで押し開けて姿を現す。

 すると流石は奴隷なので、主の危機を一早くに察知した女性は見知らぬ俺達の歩みを遮るように立ちはだかった。

「一部始終は見させてもらったぞ。本来の目的はこれじゃないが、目撃したからには助けてやらんと気が済まんからな」

 改めて指輪の存在を確認し、契約の影響で口に出しては決して言えないだろうが、今から彼女が幸せになることをする旨を話す。

 すると奴隷契約の影響でそう言わざるを得ないからか、

「イカロス様を攻撃しないでください!」

 殺意の籠った視線を向けてきて、両手を広げて男性を守る意思を見せている。だが、それは契約上本望じゃなくてもしないといけなくなっている訳で……本心では守りたくもないのか、向けられる殺意は本物じゃないし、守る意思も生半可なものだ。監視するという命令であって命を守れという命令じゃないからか、表情に緊張感すらもない。死んでいるとしか言いようがない。

「良い事吐いてくれたな。俺らはイカロスに用事があってだな」

 大体そうだろうとは思っていたが、奴隷の口からしっかり名前を聞けたことで確信が持てる。

「奴隷なんか止めたいんでしょ? 顔を見ればわかるわ。だったら今からやること邪魔しないでくれる?」

 ルミーナは奴隷契約の厄介さを理解しているからか、敢えてイカロスを殺すという発言を伏せて話しているが、それを聞いても彼女はイカロスを守ろうとする。契約上、しなくてはならないからだ。

「こんな奴の奴隷なんか止めちまえよ。……と言っても無理なんだろうから、まずはお前を黙らせるぞ」

 契約を断ち切るにはイカロスにそういう意思を持たせるか、イカロスが死ぬしかない。だが、そうするには奴隷となっている彼女が邪魔に入る。ならば、奴隷を解放してあげるには……奴隷を一度、束縛する必要がある。本心では守りたくない相手を守っている奴隷なのに拘束するってのは気が進まないが、そうせざるを得ない。

 ルミーナもまずは奴隷の女性から片付ける必要があると理解しているからか、俺が駆け出したのと同時に魔法を発動する意思が伝わってきた。

 〔魔族の基礎能力は人間と格違いよ。技術が無くても才能だけで裁かれる可能性があるわ〕

 〔でもそんな魔族が何で人間の支配に下ってるんだろうな?〕

 〔単純に母数の問題でしょ。エルフと違って、人の姿した魔族って滅多にいないし〕

 言われてみれば、魔族と聞いてピンとくるのはその辺にうじゃうじゃ蔓延ってる魔物だ。あれが何らかの突然変異によって人間のような容姿を得たと考えると、そりゃ数いないだろうし、魔物特有の特殊能力――ドラゴンなら無条件・無制限で火属性魔法が使えるとか?――が備わっていても可笑しくない。魔法以外にも気配がない不可解な攻撃が発生する可能性があることを念頭に置いて立ち回るか。

 見たところ彼女は武器を一つも携帯していないので、非戦闘員か魔法使いと想定している。非戦闘員なら剣を出せば怯えるだろうし、魔法使いならルミーナが対抗できるので、まずは目にも止まらぬ速さで肉薄しつつ抜刀した。室内二百畳はあるし天井もかなり高いので、思う存分剣を振り回すスペースはある。

「お前も剣が得意のようだな」

 そう呟いたのは、数回の斬撃をかました後。彼女は、肉薄するまでの瞬間に近くに隠しておいた長剣を手に取り、抜刀から始まる俺の剣戟を全て打ち消した。反撃するまでの余裕はなかったようだが、手加減する程甘くない全力出した剣戟を全て防いだのは、実戦ではコイツが初めてかもしれない。

「でも数的不利は覆せないわよ」

 ルミーナも無詠唱でいくつかの魔法をしかけていたらしく、光、火、水、三種類の野球ボールぐらいの球を時速数百キロぐらいで女性に向けて発射している。威力を押さえて数を増やしている所を見る限り、被弾したこの城が崩壊する危機を抑えているようだ。その影響で二割ぐらい被弾した彼女はそこまで痛そうにしていない。ただ、光が当たれば眩しそうに、火にあたれば熱そうに、水にあたれば濡れたりはしていた。

 実際剣戟を防ぎながら魔法を交わしていたわけで、想像以上に猛者だと判明した女性は、命令上多くは語れないからか、未だに何も喋らない。話せば相手の心境ってもんがわかるんだが、無表情だしこれじゃあ疲れているのか余裕なのかもわからない。

 一番得意とする戦闘方法は徒手だ。だからと言って剣や銃の技術が劣っているという訳ではないが、≪エル≫シリーズ使用なしで互角だった対戦相手は……過去、いない。コイツが初めてになるかもしれない。WB社の戦闘員らは、あくまで機械を用いて戦力が向上しているだけで、元の戦力は人間を超越するまではいってない。いっても世界記録がちょっと塗り替えられるヤツもいるぐらいだ。だから生身の野郎には余裕で勝てる。ルミーナはまだ喧嘩が発展して正式な敵のような存在になったことがないので未知数とし、新谷家の人間は全員味方なので実践相手にはなり得ない。互角になりそうな存在は複数除外されてはいるが……もし俺に≪エル≫シリーズの技術がなかったら、相手に反撃する余裕はないとはいえ、この試合、どちらかが諦めなければ終わらない所だった。しかし相手は異世界人。これから更に魔法が使えるとなると、絶対に負ける。

 ――だがそれはあくまでもしもの話。≪エル≫シリーズが使えるし、今はルミーナと共闘さえしている。これで負ける程腐っちゃいない。

 このままだと剣のリーチの差で劣っているので、相手の行動をルミーナが制限するよう作戦を念話で伝え、攻撃方法をカウンターに近い形に変更する。

 魔法使い――それも無詠唱を駆使する相手となると、傍から見ればただ棒立ちしているだけの人だ。もしルミーナが通常の魔法使いなら俺を狙うより先に始末するんだろうが、彼女目線からだと予備動作がない無詠唱は愚か、通常魔法すら併用してこない俺の方がまだ危険度が低いからか、標的をルミーナに変える素振りは見受けられない。魔法でいなされるかは置いておき、まだ剣や徒手の技術に乏しく、肉薄されれば殺されかねないルミーナが狙われずに済んだのは、相手が手練れすぎたが故にだな。

 現存する全流派のいいとこどりをしたのが新谷家の流派で、そこに改善やオリジナリティー加えたのが俺の流派なので、真似することはできない上に何をしたいのか玄人でも理解しづらい。それは長らく鍛錬を一緒に積んできているルミーナもそうで、戦闘方法は魔法という何でもありな対処法を使わない限りは未だに読めないという。そもそも新谷家の流派の時点で複雑且つ難解すぎて流出していないので、読めるわけがない。それは生身の俺とルミーナが室内で制限されてはいるが、殆どを出し切っている状態なのに互角に戦える彼女もそうで、俺の構えがカウンターと読めなかったらしく……向こうから攻撃をしかけてきた。

「それじゃ死ぬぞ?」

 肉薄してきた彼女のフェイントをまんまと見切り、決定打を防いでカウンターを左脇にぶち込む。だが、最近は戦闘には不向きな体型・体調だというのに、それでも反撃をギリギリ見切り、避けようと藻掻いた結果、寸でのところで回避した。

 凄い。こっちの攻撃が読めなくても、避けることは出来る時点でコイツは只者じゃない。だが――二対一は、流石にキツい。

 俺の攻撃を躱せないようにと、ルミーナが指先から直径1mぐらいの赤い玉を彼女の右腕目掛けて発射していた。ルミーナ的にはあくまで回避場所を減らす予定だったはずだが、自身の魔力異常さから魔法攻撃の威力を理解しておらず、威力的には剣戟よりその魔法の方が強力になっていたのか、彼女はそちらの回避の方を優先すべきだと考えたらしく……

「我最強を以て汝の存在を消滅す――≪ザビギエンズス≫」

「魔法剣士かッ」

 俺の斬撃よりも素早く接近してくる赤い玉を防ぐ為、左側に避けてながら小声で詠唱し、ブラックホールのような球体を顕現化させた。どうやらコイツは――剣を主体とする魔法剣士のようだ。

 きっと闇魔法だと思われるドス黒い球体に赤い玉が吸い込まれたと同時にどちらも消滅したが、彼女は赤い玉を防ぐのに精いっぱいだったんだろう。そこまで思考が回らず、態々俺がカウンターから連撃を仕掛けている左側に避けてきた。なので彼女は左脇に甚大なダメージを被ることになった。

「まさか≪ザビギエンズス≫を使えるとはね」

 ルミーナから念話で赤い玉は減速することもなく触れたもの全てを消滅させていく光と火の古代魔法だったと解説が伝わってきた後、彼女も同じく触れたものを全て消滅させる闇の古代魔法を使っていたことが伝わってくる。つまり相殺した訳だろうが、まさか対を成すわけじゃなくて被るとはな。魔法も種類が多すぎて、発案者も把握しきれていないんだろう。

 流石に魔力容量が無限で魔力吸収が一瞬ではないはずなので、二発目はかましてこないだろうが、かなりの魔法使いでもあることが判明した彼女には……大きく攻撃しづらくなったな。俺には魔法の知識が皆無だ。どんなカウンターが飛んでくるか計り知れない。

「≪ロザ≫」

 するといきなり俺とルミーナと、彼女との間に土が盛り上がり、お互いが見えなくなった。ありもしない土を発生させたので、彼女は土と闇の二属性持ちとなる。すると天井に少し開いた隙間から光が漏れてきているので、向こうで回復魔法――つまり、光魔法を使っているんだろう。

「三属性持ちか?」

「壊すわよ。全快されると厄介だわ」

 二属性の時点でほぼいないのに、三属性も持っているという超人に出会えたことにワクワクしている中、ルミーナは盛土をぶん殴って粉砕する。相変わらず日々の鍛錬のせいで高威力になっちまった殴りだが、粉砕すると同時に消滅していくので、実物と魔法生成の差を感じていると……もう殆ど傷が癒えた彼女が崩壊する盛土に隠れて突撃してきている所だった。彼女的には予期せぬ攻撃を仕掛けられたと思っているだろうが、それに気付けない程こっちはやわじゃないぞ。

 完全には癒えていないからか、多少動きがぎこちない彼女は刺突してくるので、すらりと交わして剣を弾き、彼女を勢いのまま変な方向に追いやる。

「どうやら魔法で身体強化していたから強かったようだな。今は俺の七割と互角ぐらいだぜ」

 ルミーナがこの部屋に≪アテシレンド≫を無効化する魔法でも張り巡らせたらしく、動きが鈍くなった彼女の剣を弾いて落とし、

「最初から思っていたことを一つ言う」

 その剣をルミーナは魔法で粉砕している中、俺は――この上なく強者の彼女が俺達に劣る理由を教えてやる。

「イカロスを本心で守ろうとしていないから――隙だらけだぞ」

 もし彼女がイカロスに絶対的な忠誠心があったり、イカロスの奴隷じゃなく一俺の対戦相手としたら、互角の戦いを強いられた。だが、今の彼女は守りたくない人間でも契約上守らなくては死んでしまうので、やむなく俺たちと交戦している。しかも体格・体調が万全じゃない。そんな状態で……戦闘に集中できるわけがない。全力が出せるわけがない。これが――彼女の敗因となる。寧ろ自身を始末して目的を果たしてほしいから実は手加減しているとかは否めないが、そろそろお遊びも終わりとしよう。一度寝ると案外起きないタイプらしく、イカロスはまだ眠っているようだが、騒ぎに気付いて目覚めるのも時間の問題だ。

 魔法が使えるので永眠させることは容易いはずなのに、敢えてイカロスに接触しようとしないルミーナは、

「終わりよ」

 お得意の火属性魔法で仕留めるらしく、広げた手のひらの先に巨大な魔法陣を発生させ、周囲の温度を徐々に上げていく。俺は……見守るだけでよさそうだ。近づいて業火に巻き込まれようとする程変態じゃないしな。

 徐々に灼熱の火の玉が出来上がってきて……いざ撃ち出そうとした瞬間。

「……ぅ……おいなんだぁ? 暑いぞぉ……」

 室内に盛土が発生したり、火の玉が発生しつつあるからか、この騒ぎの中ぐっすり眠れていた幸せもんのイカロスは遂に目覚めたらしく、寝返りを打ちながら奴隷に向けて会話している。

 〔端から撃つつもりなかっただろ〕

 〔そうね。なんか戦闘始まってから余計彼女がかわいそうに思えてきたし〕

 正直に意図を答えてくれるが、わからんこともない。罪のない一人の女性が奴隷だからって守りたくもないイカロスの命を守らないといけなくて、戦いたくもないし勝てるか分からない相手と無益な争いを繰り広げているのだ。確かに……決定打を入れづらい。元凶となったイカロスを彼女の遮りが入るよりも早く仕留めればいいんじゃないかと思えてくる。だが……そうすると、イカロスの命令が悪化する。死ぬまでの短時間で何を言うか知ったことじゃない。だから、先に奴隷を片付ける必要があった。だが――それも無理になったな。俺達が奴隷に同情してしまい、さっさと決定打を入れなかったせいで。

「おい、窓を開――誰だ」

 一時の熱さに目を覚ましたイカロスは、自身の奴隷の前に武器片手に立つ男女を見て表情を強張らせる。

「誰だって聞いてんだろォオ!?」

 質問は俺達に直接向けたものじゃなく、奴隷に向けたもので、彼女は相変わらず無言を貫き解答しない。そのせいで耳元で怒鳴られている。あれはもう質問の域を越している。尋問、いや拷問と大差ないと言える。

「不法侵入者です」

 主の命令とあって歯向かう事が出来ない彼女は俺達の存在について最小限の説明をする。

「こんな夜に何の用だ。生きて帰れると思うなよ」

 ベッドの下に隠していたらしい斧を携え、サイドチェストに置いた王冠を被ったイカロスは、俺達の元に近づいてくる。直接殺る気は無さそうだが、睡眠が妨げられて機嫌は最悪だ。

「お前の首を取りに来た」

 奴隷の彼女には何をしているのかバレているわけで、イカロスが命令すればどうせこっちの目的は流出するので素直に回答する。

「どうせあのクソガキの仕業だろォがァ!」

 うおっ、コイツ、殺意たかッ! いきなり斧を振り下ろしてきたぞ。

 奴隷の方がまだ強いことがわかる鈍間の攻撃を躱し、

「さあどうだろうな」

 俺達以外にも暗殺を依頼していたか聞いていないんで、そこに関しては回答できない。もし俺達が初めての依頼者だとすれば、まんまと誘導された形になるしな。

「こんなガキ共も殺せなかったのか、お前はホントに無能だなァ! 目ざわりだからさっさとこの部屋から立ちされェ!」

 確実にイカロスより強く、命令次第ではうまく活用できるはずなのに、イカロスの前ではこき使われないように戦力さえも隠しているのか、弱いと思われている奴隷の女性は部屋を立ち去ろうとする。

 彼女も色々考えることがあったのか――この部屋に、一滴の涙を落として。

 俺とルミーナは……その涙を、見逃さなかった。カエラさんが旧首都フィリザーラに逃げてから色々あって今に至るんだろうが、イカロスのストレス発散対象になり、イカロスの奴隷となり、やりたくもないのに強要される日々が続いていて……それが今日終結する可能性が――俺達が主のイカロスを殺す目的でいるので――ある。やっと辛い日々から解放される可能性がある嬉しさで、奴隷でありながらも涙が一滴だけ出た……いや、出せたのかもしれないが――

(つーか俺、涙に弱いのかもな)

 あーあ、主戦力が。とか思っていたが……前にもあったような展開になってるな。始まりはただ逃げ道を塞がれたので渋々遂行することになった殺害計画だが、今は不思議とイカロスを殺したい気持ちが募っている。

「ほう。あの無能、やはり無能だったか」

 普段の素行の悪さは忠誠心のなさ故だったと今初めて知ったらしいイカロスは、今はもう部屋にいない彼女に向けて舌打ちする。

「人に酷い目を遭わせ、泣かせることもさせず……色々考え、その時がやってきて、やっとの思いで出た涙一滴の重みを思い知った方がいいぞ」

「涙が何だというのだ。この国は俺っちが法律だ。従わないヤツは罰するのみ。クハハハ」

 もしかすると……パブルス帝国の王族は、デリザリン王国の王族より酷いかもしれないな。カエラさんに変わればましになるんだろうが、現状はクソだ。カエラさんが次期帝王に立候補する理由が実際に現帝王と会ってよりわかる。初めて聞いたぞ、俺が法律とかいうパワーワード。

「まずお前には小娘如きに従った制裁を下す――ッ!」

 寝起きには強い方なのか、普段の勢いを取り戻したと思われるイカロスは、斧片手に俺の脳天目掛けて突撃してくるが――遅い。遅すぎる。せめて自転車ぐらいのスピ―ドで走っていただきたい。

 頭をかち割る勢いで振り下ろされた斧を余裕で躱し、肉体の割に制御がきかず、アッパーしてくださいと言わんばかりに顎を突き出してくるので……ご要望通り顎に強烈なアッパーをかます。

 コイツは斧での攻撃の時点で分かっていたが、戦力は一般人レベル。なのに戦士レベル相手の攻撃をかましてしまったせいで……あまりに強力すぎて、イカロスの歯が数本折れたようだ。ボロボロと白い塊が血と共に床に落ちている。

「グ……ッ」

「イラっとする顔してるわね」

「おかげさまで殴りやすいわ」

 ルミーナはあまりに手ごたえがない口だけの野郎だったことに呆れ、攻撃は俺に任せ、腰に手を当ててぼーっと眺めている。

「中途半端な技術と知識を持った奴が一番口だけ達者だな。お前、極めるか諦めるかどっちかにしろよ」

「余計なお世――グハッ」

 こんな奴を殺害する為に俺達を使うとか、この世界の人間はどんだけ魔物で金稼ぎがしたいんだ。それか、どんだけ上の存在に強く出られないんだよ。前にもこんなこと言ったが、中途半端で一番うるせえイカロスを含む類の野郎は絶滅してくれ。あれだこれだ言うくせに自分はやれないしやらないし、いざ負けてもあれがダメだったとかこれがダメだったとか言って現実逃避するから話にならん。

「おい無能! 戻ってこい! こいつらの相手をしろォ!」

 ほらこのイカロスだって、生存危機が迫ったら我が身さえ無事なら他の犠牲は伴わない精神だしな。はぁ……ここは一つ、新谷家の萩耶からありがたい言葉をプレゼントしてやろう。

「いくら自分は最強、自分は死なないと高を括っていても、上には上が存在すんだよ。そしてその上もひょんなことで滅びる。人ってそんなもんだ。絶対にな」

 俺には≪エル≫シリーズがあって、上がいないように思える。だが実際にはWB社や新谷家の仲間、魔法が使える異世界人だって、戦い方を工夫すればあっという間に上になれる。逆に、俺も戦い方を変えれば、それも覆すことが出来る。だからいくら自身が頂点に立ったと思えても鍛錬をいつまでも続け、いつ上が現れても滅びないように努力している。だがそれでも死ぬ時がある。戦闘以外でも、病、災害、自殺、原因はいくらでも挙げられる。人間を含む生物ってもんはそれほど脆くやわだ。

「人ってもんは死ぬときゃー呆気なく死ぬ。確かに愛人を失ったのは辛いかもしれんが、いつまでも引き摺るのはその人が悲しむと思うぞ。いや、それで怒り狂い、他人に暴行を加えているんだったな。悲しんでいない訳がないな」

「お前に俺っちの嫁の何がわかる!」

「黙りなさい」

「ヴヅッ」

 話を遮って攻撃しようとするイカロスを、ルミーナは魔法で拘束した。それも、過剰だと思えるぐらい何重にも。

「そんなお前は死ぬか死なないかギリギリを攻めるような暴行を人々に振るっている訳だ。それはどれだけ辛い思いをするものか、お前は考えたことがあるか? ある訳ないよな。あったらやってないもんな。こんな国家築いてないもんな。だから――それを今からお前の身で味合わせてやる。痛くないと思うなら、勝手に続ければいいさ」

≪エル≫シリーズが使えなくとも、やってくる異世界人を抹殺していたのかもしれない。それがどれだけ辛い事か、分かった上で。だが、俺には≪エル≫シリーズが使える。故に罪のない人々を尊重する意思が芽生え、こういった無慈悲に痛めつけられる人に対して、対応できる話であれば過剰に反応してしまうのかもしれない。でもこれは誰にとっても無益な行為ではないだろう。そんな被虐性欲が蔓延った世界とは思えない。

 今まで人に与えてきた苦痛を噛みしめてもらうためにも、多少過剰にやっても問題ないだろう――下腹部辺りに奴隷の女性が使っていたズタボロの剣で刺突した。俺の持つ剣はこんな奴を制裁する為にあるものじゃないからな。

 イカロスはあまりの激痛に表情から覇気は消え去り、焦りしか浮かんでいない。

「どうだ。痛いとは思わんか? これよりもっと酷い事をお前はいつもしてんだぜ?」

「し、死ぬだろうが! 今すぐ回復しろォ!」

「死ぬ奴はそんな活き活きと話さねーよ」

 そうそう、こういうやつに限って無駄にタフなんだよな。わーきゃー騒ぐ才能だけ特化してる。

 今手榴弾を携帯しているので、このおしゃべりな口にぶち込んで喋れなくしてやろうかと思ったが、それじゃあ今からやる事ができなくなるし、俺の方が悪人みたいになるので止めにする。

「お前は奴隷を何人連れている」

「ひ、一人だ」

「あいつだけか」

 コイツの事だろうから、ここに居る全メイド、執事、戦士を奴隷にしているのかと思っていた。偏見が過ぎたようだ。

「あいつに自由に生きる権利を与えろ。それが出来ないならお前を殺して強引にでもヤツを解放する」

 本当の目的はイカロスの殺害だが、ここまでしたんなら改心してくれる気もするので、殺害しないルートがあってもいい気がしだした。殺す形で終結するより、カエラさんもなんやかんや元の関係に戻る方が最終的には楽しい日常になることだろう。もし改心してなければ、またしごきに来ればいいだけの話だしな。それにこいつ――人の記憶を取り出すことはできないんで、例えばデリザリン王国との戦争を終結させるために必要なコイツしか知らないような証言を得るためには、殺害エンドにするわけにはいかない。後先考えると投獄エンドにしといた方が無難だ。

「こ、殺すのだけはやめてくれェ! わかった! 悪かった! 俺っちが悪かった! これから改善する! だから勘弁してくれ!」

 人には散々死んだ方がましのような暴力を振るうくせに、自身に暴力を振るわれると相当弱るらしいイカロスは男のくせにみっともないな。

「過去の自分の行為を振り返ってみろよ。そしたら自ずとわかってくるはずだぞ。今のお前は生存保障を要求する立場にはいないことがな」

 もしこの世界が日本のように法律でキッチリ定められた国で溢れていたら、今頃イカロスは良くて無期懲役だ。そのぐらい人々に暴行を与え、自己中心的な行為をとってきている。証拠はカエラさんが沢山挙げてくれるだろう。

「とりあえず奴隷を解放しなさいよ。死んでもいい訳?」

 ルミーナは拘束も締め付ける強度を強めれば殺害できるからか、イカロスがかなり縮んだように見える。

「け、契約は解除した。さあ、解放しろッ」

「本当だろうな?」

「本当だ。パブルス帝国の名に懸けて」

 そんなものに懸けられても信憑性に欠けるが、こんな野郎と一緒にいると俺はそれ以上にバカだからいいとして、ルミーナにバカが移っちゃ困る。最悪契約が解除されて無かったら.45ACP弾をお見舞いしてやることにして解放してあげるか。刺さった剣も抜いてやり、多少の治癒もルミーナがしてあげる。

「人を容易く信用するんじゃ――」

「――ホントバカだなコイツ」

 さっきからバレバレな裏切る意思を露わにして隠していたナイフで刺してこようとするが、そんなのには気付いているっつーの。わざと最後の最後まで気付いていないふりをしてあげたのに、諦めなかったその精神だけは認めてやる。

 バカみたいに見え見えな軌道で振りかざしてきたナイフなんか遅いのでガン無視し、イカロスの鳩尾にグーをぶち込んで気絶させた。やっぱり腹って殴るとかなり凹んでくれて気持ちいいよな。

 あまりの威力にイカロスは吹っ飛び、柱に激突するなりその場に倒れた。気絶しているので、手から離れ落ちたナイフが脚を切った事さえ気づいていないだろう。

「わけわからん家庭内の揉め事に巻き込まれたもんだ」

「ホント災難だわ」

 手を叩いて溜息を吐き、奴隷の女性が帝王じゃなかったことに安心するだけだ。もし彼女が帝王だったら、苦戦を強いられて、≪エル≫シリーズを使うことになったかもしれないしな。異世界戦で≪エル≫使ってたら地球混合戦はお先真っ暗だ。

「……で、何?」

 ルミーナは安堵というか呆れの溜息を吐き、この部屋の扉に戻ってきていた無表情の元・奴隷の女性を見て言葉を求める。奴隷じゃなくなっていれば自由に発言するはずだからな。

 これでもしまだ庇うような発言をするならイカロスの心臓を穿とうかと思っていたが――

「わたしはマリア・クァイエと申します。この度は束縛の身を解放していただき誠にありがとうございます」

 元はものすごくいい産まれで高学歴なのか、凄くしっかりとした自己紹介とお礼の言葉が返ってきた。そのせいでこっちはきょとんとしてしまい……

「お、おう、これからは誰にも縛られず、自由に暮らせよ」

「この町からは早く離れるのよ」

 二人揃ってしょうもない返事しかできないでいる。口調からわかるだろうが、俺達こういうキッチリした会話があまり得意じゃないからな。ミミアント商会とも最初からため口だった気がするし。

 ここに長居すると何れメイドや執事、兵士達が巡回や仕事を再開した時に存在が割れてしまうので、そろそろ退散すべきだ。隣の部屋に戻ろうとするが……

「あの、非常に烏滸がましい事ではありますが……一つ、お願いをお聞きしていただけませんか」

 マリアと名乗った体中痣だらけの女性がつぶらな瞳を向けてくるので、俺とルミーナは顔を見合わせて立ち止まる。

「何だ、端的に言え」

「旅路に同行させていただきたいです」

「ん?」

 端的に言えと言ったのは俺だが、説明を要求する必要があるような要望をおっしゃったぞ、この人。

 だが、悲しいことに……彼女がそう申し出てくる理由はなんとなく想像つく。今回、言わばパブルス帝国の方針に反発した訳で、奴隷の身から解放されたからってメイドとか戦闘要員としてパブルス帝国の関係者に戻ることは難しいだろうし、尤も本人はしたくないだろう。だからと言って元奴隷の分際が一人で行動するアテや財力もなければ、今まで奴隷として生活してきたので、魔物を狩れば金になるとか、一般人の過ごし方が分からないだろう。そんなところに悪を滅ぼし、自身を救ってくれたことにもなる謎の人物が居たとなれば、行動を共にしたい意を見せても何らおかしくない。地球じゃ血縁関係のない相手と行動を共にするのは旅行やプロチームなどと限定的な話だが、この世界では冒険職があり、複数人のパーティーを作って効率よく活動している人たちも居る訳で……俺達の戦力からして冒険者のタッグだと判断し、何も知らない彼女にとってはあり得ない要望じゃない。

 そこだけで考えると、俺がこの世界の人間で、冒険者としてルミーナとタッグを組んで活躍しているのであれば、快く受け入れたかもしれない。が、実際はもっと大きな問題がある。それは――俺達が冒険者じゃなく、もっと重大な現象を相手に暗躍しているからだ。今俺達が置かれている状況は、そんな生半可な判断で許されることじゃない。判断一つで、二世界間の将来が変わってしまう。

 でもまだ信用していい相手なのかも分からないのに、いきなり来いとは言えないので、目下の問題点について問う。

「でもな、俺らは今からカエラというアイツの娘のところに出向く。お前にしちゃ自身が体罰を受けるキッカケとなった最低な人間で、カエラにしちゃ自身の身代わりとなった奴隷という事で、お互い顔を合わせづらい相手になるはずだ。まずはそこで和解し、乗り越えられる勇気があるのか?」

 ルミーナから対異世界人活動を行うにあたって必要となる戦力が既にもう有しているような人材でもあり、俺達が足りない社交的な要素を兼ね備えていそうなことを読み取ってか、同行させるかは≪エル・ダブル・ユニバース≫が使える俺の判断に任せるような意思が伝わってきている。確かに移動手段は俺しか使えないので、ルミーナが決めることじゃないかもしれないが……俺達の今後とマリアの今後を俺の発言一つで決めるとか、荷が重すぎる。こちとらルミーナと地球で暮らすことでさえ精一杯なんだからな、色んな意味で。

 それでもルミーナが言う事は間違っちゃいない。制限だらけ、手加減・体調不良状態でかなり対応してきた実力は諸に味わった。魔族は人間と基礎能力が格違いと言っても、マリアはその基礎能力に加えて磨き上げた技術があった。努力と才能が合わさった奴ほど相手取りたくないのは皆同じだ。即戦力の戦闘能力、魔族という希少価値、その捨てがたい貴重な要素があるせいで直ぐに断れないでいる訳で……ここは判断猶予を伸ばし、マリアの好感触を待つのみだ。

「クァイエ家は有名な戦闘メイドの一族です。この程度で心が折れる者ではありません」

 エスレイン家もそうだが、彼女も実は有名な一族らしい。だから魔法と剣の技術が高く、奴隷として開放された今は素行が良く、もう諦めて自殺しそうな日々の暴行にも耐え続けられた訳なのか? 合点がいくわけではないが、もしそうであれば……尚更俺たちと行動を共にすべきじゃない。実家に帰り、ましな国家のメイドとなった方がまだ有意義だし、実際こんな強大すぎる問題には気軽に触れるもんじゃない。

「ならクァイエ家に帰れよ。俺らと一緒にいれば、碌な事ねえぞ」

「そうよ。今マリアが思っているような事象を卓越した事象が起きるわ」

 実際にその現象に巻き込まれ、それからも地球に何度も赴いたことのあるルミーナも発言にフォローしてくる。

「両親はいません。身寄りもいません。財産及び所持品もありません。奴隷として生きてきたわたしには、これからどう生きていけばいいのかわかりません」

「かなり追い詰められてんだな……」

 なんかこの展開は既視感がある。眷属契約を交わしたあの日、ルミーナの家族の事について聞いてみたんだが、そんな存在はいないとかほざきやがった。そんなわけないと否定合戦を繰り広げたもんだ。その時は俺がヴィオネの発言を思い出して終結したが、理由は違えどマリアにも身寄りがない訳で、俺達についてこないとまた結局奴隷の身に戻りそうなマリアは切なげな表情を浮かべている。

「まあ……奴隷に後戻りするより刺激的で楽しいかもね」

 自身の動機が似ているからか、ルミーナが同情する。確かに、王族の奴隷になるよりかは対異世界人騒動の奴隷になった方がおもろいかもな……

「……このまま放っておくとまた痛みつけられていそうだしな。好きにしろ」

 実は友好関係を築いて暗殺でも企んでいるとかだったりしても、マリアを殺れる自信はある。悪役だろうが何だろうが、ついてくるのは好きにさせる。どうせ地球に行くことになったって、≪エル・ダブル・ユニバース≫の定員はあと一人分余裕あるしな。

 自分の意思で同行するか選択するような発言を残して部屋を後にし、俺の判断に納得のいった表情のルミーナもついてきて……後は直立するマリアがどう判断するかに任せる。

 そんなマリアは、直立のまま数瞬思考したのか、俺達が部屋から出きった後に近づいてくるような足音が聞こえてくる。

「――今日からよろしくな、マリア」

「波乱万丈な人生になると思うけど、奴隷よりも刺激的で楽しいと思うわ」

 メイドらしく丁寧な仕草で扉を開け、遂に見参した新しい仲間、マリア・クァイエは……

「ご主人様、お嬢様、本日よりメイドとして仕えさせて頂きます、マリア・クァイエです。何でもお好きにお申し付けください」

 自分の意思で、メイドとして見参した。奴隷を感じさせない、メイド純正のオーラ? で。

 服装は元奴隷の身分なので質素な布切れ一枚しか羽織れていないが、仕草や発言がメイドという職種そのもので……

「おい、その呼び方止めろ。新谷でも萩耶でもいいから変更しろ」

「何でもって、まだ奴隷の癖治ってないんじゃない?」

 メイドという存在に詳しくないし、そもそも雇う? 仲間にする? まあ予定がなかった俺とルミーナは、これが典型的な一例だとしても違和感しかないので指摘してしまう。

「すみません、ご主人様。どうかお許しくださいませ。メイドたるもの、ご主人様とお嬢様の命令には必ず従います」

「それだと親近感湧かんな……」

「アンタバカなんじゃないの?」

 それでも自分のメイド感、或いは一般的なメイドを貫きたいらしいので、俺は呆れ、ルミーナは仲間にしたのが間違えだったような睨みをこっちに向けてきた。いや、まだ完全に気を許したわけじゃないぞ?

「そこんとこも後々話すとして、まずは脱出するぞ」

 この話を廊下で堂々としている最中も、徐々に散開していく人たちの気配を感じ取っている。そろそろ脱出する必要があるので、先陣を切って隣の部屋に戻ろうとするが……

「脱出でしたら、ついてきてください」

≪レベレント≫でも使ってもらって逃げようとしたが、例え奴隷と言えど、長年この城で過ごしていて、俺とルミーナよりどこに何があるか把握している。寧ろ人が多い逆方向に進みだした。

 俺とルミーナはとりあえずマリアと仲間になった訳だし、信用してその早速活躍しそうな背後を追うことにした。





〇契約の種類〇


【主従契約】

地球でいう友達

条件:双方の同意の上お互いの血を一度舐めること

恩恵:互いの現在地がざっくりと把握可能


【奴隷契約】

歯向かうことは出来ず、失敗すれば死と同等の激痛が全身を走る

条件:相手の手を持ち上げ、「この身を捧げる」と言葉で誓う

恩恵:奴隷となった相手に命令すると必ず実行してくれる

種類:魔法 指輪 首輪 の三種類

 首輪の方が効力が高く、魔法の方が効力が低い

 契約の難しさに依存する


【眷属契約】

地球でいう結婚

条件:奴隷契約のような上下の関係が無く、お互い同等の立場かつお互いがお互いを認め合う

恩恵:二人だけの特別な会話手段・念話が使用可能になり、お互いの位置や視界、思考など共有することができる

契約の継続方法:1日に1回以上、双方が同意・好感状態に於いて身体的接触又は性的接触

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