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クロス・インパクト  作者: あかつきこのは
10/32

10 隣国へ

 

 翌朝、特に前日を引き摺ることもなくいつも通りに接してきたルミーナにいつも通りに接し――一度やってしまえば案外気負わずできるもんで――明るい室内でハグをして契約を継続させてから朝飯を食べ、パブルス帝国へ出発の準備を完了させる。因みに朝飯を取りに行ったルミーナの行動は、契約の恩恵で事細かく伝わってきた。座標だけでなく、動作や周辺の光景、思考まで伝わるんで、脳内に分身したもう片方の情報が常時共有されているような気分だ。意識しなければ全く見えなくなるが、慣れるまでは気疲れが凄そうだ。

 そして≪トラスネス≫を使ってくれないと異世界語が分からないはずなのに、ルミーナの発言だけは魔法を介さずとも何を言っているのか理解できた。お陰様で言語勉強の手間が省けたな。

 バレットとまた当分、もしくは最後の別れを済まし、俺とルミーナはミミアント商会に出向いた。

 朝早い時間帯だからミミアント商会はまだ開店前なのか、二階にしか明かりが灯っていなかったが……扉に向かって喋りかけると、ミミアント商会の面々は直ぐに誰が来たのか理解してくれて、あっという間にルアが室内へ招待してくれた。

「朝早いねー、健康的!」

 五人の中で一番起きるのが遅かったのか、巨大な長机に座ってみんなが話している中でシェスカだけが唯一食事中だった。それも……超偏った飯を。

「おいおい、お前普段そんな飯食ってんのか?」

「アレルギーで食べれないの! ふふん!」

「単なる好き嫌いですよ」

「かなりの偏食家ですから」

「みんなちーがーうーよーぉ!」

 みんなが素直な奴だらけでシェスカは不満顔。野菜は愚か、汁物もなければフランスパンみたいな奴が二切れあるだけで、朝から骨付き肉を食ってるが、食事を管理すると面倒くさいのかあまり強制はされてないようだな。

「まだ三十日経っていませんし……何か新しい案が思い付きました?」

 元気の源になっているはずの食いっぷりを眺めていたら、自身のコレクションらしい石を磨いていたミミアントが俺とルミーナにワクワクした視線を送ってきた。

「それも一応あるが、本当の目的はそれじゃない」

「シークをお願いしたいの」

 ミミアントはコレクションを愛でており、ステラは俺が話しつつ渡した書類にくぎ付け、シェスカは本当にドはまりしているらしく、食器置いたままでルアとオセロをしているもんで、来客に飲み物を提供する人がルナしか残っておらず、ルナはみんなの状況を判断して気を利かせてきたが、もうこんな気軽な付き合いにまで発展しているんだし、態々飲み物なんか提供しなくてもいいのに。まあ貰ったからには飲むけどよ。

「シークですか。ミミアント商会は交通機関の会社じゃないので、業務中に私用でここを離れるわけにはいきません。都合上また移動販売の付き添いという形になりますね」

 友達としての付き合いと商会としての付き合いはしっかり区別しているらしいミミアントは、手帳を見て今後の商談予定か何かを確認しつつ、大丈夫そうな笑みを向けてくる。

「移動できるなら何でもいい。知らない人のシークに乗るより知ってる人のシークに乗せてもらう方が安心だからな」

 この世界のシーク業者を信頼してない訳じゃないが、融通が利いたり、大移動になるのでルミーナ以外に話し相手がいるのとでは、精神面で大きな差が生まれる。できれば楽しい移動にしたいからな。

「ねえねえ! どこに行くの?」

「確か……パブルス帝国ってとこだ」

「パブルス帝国!?」

 行き先を答えるなり瞬時に驚かれたが、あの驚き方は意外や把握などによるものじゃない。正気とか本気とかを聞き返すようなものだ。

「んだよ」

 行き先を聞くなり集中しているステラ以外がどんよりムードになる。気まず……

 無言を貫くことで理由を求めると、

「最近デリザリン王国とパブルス帝国の関係は最悪でして、国境越えが難しく……私達も最近移動販売は行っていないのです」

「最近というかずっとですけど」

「ちゃんと新技術・新商品を普及させることはしてるけどね~」

「これが国境です」

 ルナがシーク移動時に頼りにするらしく、沢山の矢印や情報が書き加えられた周辺地図を机に広げたので、みんなが目を向ける方を見てみると……

「すっげーダタガタな国境だな……」

 如何にも自己中心的なデリザリン王国の地図だからか、デリザリンがやけに真ん中に大きく記されているのはさておき、地図上だと右に位置するパブルス帝国との国境が心電図、地震波形……いや、それ以上に酷く、書き手が適当に描いたとしか思えない国境が記されている。

 ていうかこんなに他にも国が存在していたら、争っていない国に移動すればいいじゃないかと思ってくるな……でもこれは儲けの為だ。もしパブルス帝国に引っ越して気が変われば、このあくどい法律だらけのデリザリン王国を財政難で圧をかけて正すことが出来るかもしれないしな。今のところこの国に恨みがあるわけではないが。

 最悪デリザリン王国をストレス発散の道具として扱おうとする極悪な脳内は、苦笑いが念話で返ってきたルミーナ以外に知られることはなく……

「これでもかなり前の地図なんです。今なんかはもっとガタガタで、飛地だらけです」

「いつまで経っても領土争いを続けているんだよねー……」

「もはや領地が可視化できてることに驚きだわ」

 その片方の国に住まう住民だからわかるのか、日々の苦悩を苦笑い混じりに語っている。

「いくらなんでも端の方から回れば紛争地帯は免れるだろ」

「それがどこを攻めているのか分からないのです」

「できれば敵兵がいないところを突っ切って、拠点を築きたいからね」

「終わりなき陣取り合戦か……」

 この争いの全貌を知らないので何とも言えないが、もし拠点を築いたらそこがその国の支配地域になるんだったらそうするのも納得できる。

「巻き込まれたらシークが破壊されたり、人質にとられたり……」

「最悪命を落とす可能性だってあります」

 ミミアント商会揃ってあの争い事には近寄らないと決めているのか、意志疎通しているかの如く四人で話をつなげてくるが、

「この際だから言っとくけど、私達はこの争いに巻き込まれないように、より儲けやすく、より平和な国の方に引っ越そうとしているの」

「何れはどっちかが滅んだり引いたりして終わるんだろうから、それまでもそれからも、ずっとひっそり暮らしつつ、金稼ぎしていたいからな」

 遂に明かされた俺達の移動目的を知ったステラ除くミミアント商会一同は……納得していたり、不安になっていたり、各々違う反応を示している。

「もし明日パブルス帝国が入国者を受け付けなくなったら、取引先を一国失うわ。そうならないように、入国制限をしそうな国の方に転居すべきだと思ったわ。中にいさえすれば、外に出ることはできるんだし」

 先程の目的説明では情報不足だとみんなの反応から判断したルミーナは、ミミアント商会にも関わる儲けの話を詳しく説明する。家が燃えたから、という行動を起こす一番のキッカケは野暮なんで伏せつつ。

「今のところこの国の方が優勢だと思う。今まで色んな人と会ってきたが、そんな会話は出なかったし、徴兵されることもなかったからな。でもこの国の印象は最悪だ。無駄にわけわからん法律が多くて自己中だからな」

 王族があんな状態だったのは知らない人もいるはずなので敢えて伏せたが、パブルス帝国がデリザリン王国よりましな国家で、入国制限しそうな劣勢具合だったら転居する意は揺るがない。

「私達ミミアント商会は王族から目を付けられています。もししゅうちゃんとルミちゃんがパブルス帝国に住むことになると、今後私達から持ち掛ける商談は至難の業になります……」

 それは俺とルミーナも一度思ったことだ。なので結論はもう既に出ている。

「だからミミアント商会もパブルス帝国に逃亡すればいいだろ?」

「話から分からなかった? 販売元のミミアント商会が入国制限しそうな国に行かなければ意味ないじゃない」

 正直ミミアント商会を巻き込みたくない。巻き込みたくないが、ようやく確立した収入源を手放すわけにもいかない。この世界の基準がわからないので威張って言うことではないが……ミミアント商会程親しみやすく、融通が利く商社は他に存在しないはずだ。ゆくゆくは公の存在になるつもりだが、今は裏でひっそりと蓄えるフェーズなんだ。そのためにもミミアント商会の協力が必須になる。

「逃亡って……」

「そんなに気軽にできることではありませんよ」

 ミミアント商会は俺とルミーナに戦力がなく、ただ発明力がある人としか思っていないだろう。それは戦力を見せつける場面がなかったし、見せつける必要性がなかったからだ。だが、俺とルミーナは考えうる戦力の域を超越していると言っても過言じゃない。そのぐらい強いし、強くなければいけない。なのでこの長く続いている争い事に対して――早とちりかもしれないが――ミミアント商会がその気なら、揃って逃亡することだって可能だ。

「言っておくが、俺とルミーナにかかれば気軽にできることだ。今まで隠してきたが、発明力があるだけじゃないぞ」

「信じるか信じないかは任せるわ。私達から言えることは、デリザリン王国が入国制限しそうならこのままでいいけど、もしパブルス帝国が入国制限しそうで、ミミアント商会にさっきの話を踏まえて引っ越したい気持ちがあれば、逃亡を全力サポートすることを保障するってことよ。これらを踏まえて、私達をパブルス帝国に連れて行ってくれるか決めて」

 実際両国が入国制限すれば意味ない行為ともいえるが、それは起き得ない事なんだろう。何故そう判断できるかというと、ステラは書類に集中しているので例外とし、俺たちの考えを読むことが出来、言葉にしづらい事や、まだ言っていないことなどを全て把握しているはずのルアが、そのわかりやすい指摘点を突いてこないからだ。ということは、必ずしも優勢劣勢が存在し、両国が入国制限するような惨状にはなり得ないということだろう。長年続いている争い事で、そろそろどちらも尽きてきているはずなのに、だ。お陰で俺とルミーナの仮定が確信に変わった瞬間でもある。

 正直言うと、俺達に発明力以外の能力があることを隠しておきたかった。たった五人に知れたところで名誉や知名度が上がるとは思えないが、ミミアント商会が厄介事に巻き込まれると頼られる可能性が生まれ、必然的に有名人になる可能性があったからだ。でも――しょうがない。この二国間の情勢が、俺達に戦力があることを言うように強要してくるし、実際ここまでお世話になったミミアント商会が危機に陥ったときに見捨てるわけにもいかん。

 元はというとデリザリン王国王女、メアリ・デン・シャーロットの発言のせいでパブルス帝国に行く羽目になったが、メアリは俺達をその争いに参加するよう要望する為に呼び出したんじゃない。そのことに対してきっと過剰反応してしまっている上、入国制限しそうな二か国のどちらかに住もうとする俺とルミーナの自業自得だ。でもこの争いが悪化しないともいえない。終結するともいえない。そしてそんな状況は何年も続いているのだ。そんな片方の国に住み、商社を営むミミアント商会はいくら国から優遇されていても、デリザリン王国の法律の厳しさは知っているはず。どちらかが入国者を制限する可能性があることを二国間の関係性から予想しているはず。だから一度隣国に偵察に行くべきかとも考えたはず。俺とルミーナはただ、そう望むのであれば、目的が同じなので協力要請しようとシーク店にはいかず、真っ先にここに来た。行動を起こすために必要な戦力は有しているからな。

 俺とルミーナが絶対に行く気だという意思を伝えられた四人は、自分たちの今の身を大切にするか、今後の身を大切にするか、俺とルミーナを信じるか否かなどの会議を行っている。ぱっと応えられても困る話なので、悩みまくってほしいところだ。今の俺たちにはステラやルアが心の中を見てきても、嘘は吐いていないってことぐらいしか保障できない。

「……わかりました。私たちはしゅうちゃんとルミちゃんの発明に大変助けられています。収入は五割でいいと要望され、商談外でもこんなに親しく接してくれています。なので……信用します」

「信用します、だったら語弊がありそうだから言っておきますが、前々から信用していましたよ」

「もしパブルス帝国もアウトな国だったら、みんなで他の国に逃げようね! ふふん、ちょー楽しみ!」

 結論が出たミミアント商会社長が意思表明を、ルアは社長の発言に付け足しを、ムードメーカーのシェスカはそうなりたくない案を楽観的に喋る。どんな場面でも平常運転だな。

「わざわざありがとうな、シークが生業でもないのに」

「この恩は発明品で返すわ」

 ミミアント商会は本当にいい商社だ。死地を通過する必要がある旅路に付き合ってくれるなんて……俺とルミーナは嬉しさのあまり、しょうもない返事しかできないぜ。

「移動販売を担当しているのはルナとシェスカさんなので、今回もこの二人で行きます。移動販売も兼ねますので、荷物整理までしばらく待っていてください」

 ルアは決まったからにはやる気満々で、シェスカと楽しそうに会話しながらシークや商品の準備に向って行った。

「帝国へ向かうシークが少ない事は把握しているかと思います。理由は国境越えが難しく、優秀な戦士を護衛として同乗させる必要があるからです」

「お二人にはただならぬ自信と気配を感じます」

「……でも、護衛を付けなくても問題なさそうですね」

 俺達以外の同乗者も検討していたようだが、やっと顔を上げたステラの発言とルアの納得いった表情を見たミミアントは、信用しきれなかった自分を嫌がる様に首を振った後、ニッコリ笑顔を向けてきた。

「すまんな、帰ってくるのがいつになるかはわからんが、少しの間あの二人とシークを借りてくぜ」

 俺とルミーナがパブルス帝国で暮らすことになっても、その時のルアとシェスカはまだデリザリン王国にあるミミアント商会の人だ。なので魔法でもシークでも何らかの形で一度戻ってくる必要がある。ミミアント商会総出で大移動することになるかは、それからの話なんだ。

 帰ってこないという選択は絶対に存在しないので、敢えてそこは言わなかったが、沢山の人と商談を交わしてきて、ある程度の思考なら察することができるはずのミミアントは察してくれたのか、同じくそこには触れず、

「是非お二人に良き旅の思い出を作ってあげてください」

「そうできればいいわね」

 ルミーナはわざと二国間の関係が最悪な事を想起させるような発言をし、この場に妙な笑いを生じさせた。

「今日直ぐ出るようですが、その期間家は不在になる訳ですし、貴重品などは全て持ちました?」

 ルナとシェスカは今日から出発する気満々だったが、そういえば俺達の口からはまだいつ出発するかは言っていなかった。だがルアは人の心を読むことが出来るので、今日出たいことを察知しているようだ。

 でもルアの能力はまだまだだな。俺たちにはもう――家がないんだよな。肝心な情報を読み取れなかったあたり、ステラより劣っていると言っていたのは本当なのかもしれない。

「家? んなもんねーよ」

 全然誇らしくない事を無駄に誇らしく言ってしまったが、どういう状況かは伝わっただろう。

「え?」

「嘘はついていませんね……」

 この場に残る三人の内、話に反応するミミアントとルアは疑問顔だ。そりゃあそうなるだろう。だってつい最近買ったと報告したばかりだからな。

「買ったのではなかったんですか!?」

「少しは住んだ。でも昨日燃え尽きた」

「金目当ての糞野郎が放火して逃走したわ」

 家が燃え尽きたというのに全然落ち込む素振りを見せないからか、ミミアントとルアは開いた口が塞がらないご様子。

「あの火事の噂って、もしかしてしゅうちゃんとルミちゃんのご自宅!?」

「そうなるわね」

「広まるのはえーな。まああれだけ大規模に殺りあってたら広まるか」

 軽くではあるが王都の壁を凹ませたし、数秒ではあるがガラスが割れるような音が連なっていたんだし、この巨大な王都全域に噂が行き渡っていても何ら疑問に思わない。

「もしかして、その『糞野郎』さんはこの方でしょうか……?」

 再びマイワールドに没入していたステラが顔を上げ、引き出しの中から一枚の手紙を取り出してきた。

「あいつから手紙でも来てんのか?」

 表にも裏にも何も書かれていない手紙を受け取り、再び紙面に視線を戻したステラを除く三人が覗いてくる中、封入された紙切れを取り出す。

「『拝啓 前略 死ね! 敬具 P.S.お大事に』……なんだこの支離滅裂な手紙は」

 五段階に折られた紙の一段ずつに丁寧に、そして達筆で書き記された言葉の数々に、俺を含む四人は大爆笑せざるを得ない。≪トラスネス≫の作用で俺だけガバ翻訳のクソ構文になってるってわけじゃなさそうだな。見た目が違えど、この地の人間にも笑える文章らしい。

「言いたいことと物腰の高さがわからないわね」

「死んでほしい存在だけど、家なくなって無事していますか? といったとこでしょうか……生きてほしいのか死んでほしいのかわかりませんね」

「この手紙の意味を読み取るだけ時間の無駄な気がします」

 手紙を見た女性陣は三者三葉の反応を示しているが、総じてリュリスを下に見ているような口調だ。確かにこんな手紙が来たらバカバカしくて見下したくなる気持ちも分かる。

「準備できたよ!」

「今から出発しますか?」

 すると丁度愉快な雰囲気になったところにルナとシェスカが戻ってきたので……

「それじゃ行ってくるわ」

「また今度ね」

 笑い冷めやらぬ中、俺とルミーナはミミアントとルアに背中を向け、

「良き旅路を」

「精霊のご加護があらんことを」

 ガラスの反射でニッコリ笑顔が見えたミミアントと、精霊がそれを言うのかって台詞を発したルアに、ミミアント商会の門まで見送られた。


「忘れ物は無いか? 腹巻はあるか?」

 王都を出るまでは検問や通行人との会話で俺とルミーナが出る幕はなかったが、出てからはルナとシェスカは忙しくなくなったので、間もなく二人がやらかしてそうな事を尋ねてみる。

「前回はまぐれです。今回は何も忘れていません……はずです!」

「ちゃんと着てるよ!」

 ルナはまだ運転に集中する必要があるらしく、パッと後ろに振り返って確認しただけなのであやふやな回答をされたが、なかったらもうなかったでいいだろう。ミミアント商会本店の方が頑張って商売してくれてるはずさ。

 対してシェスカは服をガバっと上げて、ぴったりくっついた黒いタイツのような上に着たコルセットでもある腹巻を見せてくるが、なんという食い込み具合。引き締め効果があるものらしいが、部分的にしか効果が発揮しておらず、段々腹になってより太って見えているがな。

「パブルス帝国には第一王都と第二王都があります。小さな町だと情勢がわかりませんし、ルナ達は儲けが出にくいので、近い方の第二王都を目指しますね」

「国境辺りでドタバタすると思うから、十日で着けばいいなぐらいに思っててね」

 俺とルミーナが行ったことのない方向に進んで行くマジラシークに乗る四人は、久しぶりにこの四人組で王都を出たからか、特にシェスカは気分上々。遂にこの世界に娯楽が上陸したので、ガタガタ道でマジラシークが揺れ、碌にプレイできないというのにシェスカは「旅にはオセロっしょ!」とか言って持参してきやがった。ホントシェスカは中毒の域に達しているぐらいオセロ好きだ。

 地球だとマグネットタイプもあり、早々落ちることはないが、ここはまだ原型ができたばっかりの異世界。当然そんな対策された機能付きのオセロはない。なのでルミーナが気を利かせて魔法を使い、シークの中に揺れが伝わらない特殊な空間を作り出し、オセロが出来るようにしてあげていた。因みにシェスカと数戦したが、成長しまくっており全敗。ルナが「知ったかさんなので弱いですよ」とか言っていたが、お前らどんだけこのゲームやってんだよ。俺より頭脳が確実にいいルミーナとじゃないとドキドキワクワク展開になってなかったぞ。

 そんな俺達はのんびり進んで行く訳で……数日かけてようやく国境付近に着いたらしく、この頃はルナとシェスカの会話数が突如ほぼ皆無になっている。

「そんなに緊張しなくてもいいって。俺とルミーナが守るからよ」

「罠ぐらいしか仕掛けられなくて……」

「うちも適当にアトマイザー投げつけるぐらいしか……」

「もっと自信もっていいわよ」

 常にこんな感じでルナはクロスボウにしがみつき、シェスカは潰してしまいそうな腕力でアトマイザーを握っており、ネガティブな事しか言わず、会話が一切弾まない。しかも敵が近づいてきた時に備えて常に緊迫した面持ちで移動するもんで――ものすごい勢いで疲労が溜まるんだろう――寝る時だけは一瞬でぐっすり眠りやがる。ルミーナが障壁を張って安心させるまでも無い。国境付近では一般人はこの反応が普通なのかもな。

「あそこに人が居るわね」

「きゃあ!」

「叫ぶのはえーよ」

 目が良いルミーナはルナの隣に座って索敵しているが、俺でも見えない領域の人に反応している。なのでそもそもそいつが仕掛けてくるまでまだまだ猶予はある。だが一般人はこんな死地に足を踏み込んでいることだけでパニック状態なので、知らない人がいるだけでルナはルミーナに、シェスカは俺に強く抱きつくぐらい恐怖している。ああ、すんげえぷにぷにしてやがる。つい人工島が運動しないと生きていけない島なので痩せろやと言いたくなっちまうな。

「凄いわね。ここら辺全て魔法でえぐられた後よ」

 魔法なら大体何でもわかるルミーナは、緑が消え去り月面より酷い灰色の地形と化し、終焉を迎えたに等しい地形になっている原因を言い当て、

「魔法使いの人口は相当少ないのに、戦場ではこれほどまで場を荒す程強力な存在なのか。一般的な剣士だと戦う気が失せるな」

 魔法使いにより関心を示すが、ルナとシェスカは今気にするところはそこじゃないと言わんばかりの焦り顔になっている。

「実力を見てないから何とも言えないと思うが、絶対に傷つくことなく通過できるから安心してろ」

「ほら、しっかり前見て運転しなさいよ。ここでは止まる方が危険よ」

 俺とルミーナはずっと安心させるようなことを言っているが、ルナとシェスカは段々俺とルミーナの方が怖い存在みたいなつぶらな瞳を向けてくる。そういうのは止めてほしいな。

 出張を請け負っているから、護身用にそれぞれ武器を携帯しているだけみたいで……ルナとシェスカは冒険職ではない。こういう場面で武器を構えるよりも、武器を手放し、俺やルミーナの体にうまく隠れるような態勢を取り続ける。そんな中、

「ん? あれは何だ……?」

 左前方の異変に気付き、マジラシークから身を乗り出して上空に浮かぶ巨大な魔法陣に眉を顰める。

「あれは≪ベッツァルネ≫ね。向こうで開戦したようだわ」

「ルナ、右斜め前に進め。地形が悪くても左には寄るなよ」

 目測この場所から百メートル先だ。ここはただ凸凹なだけで、遮蔽物が無いだだっ広い平地だ。向こうに目が良い奴がいれば、こっちの存在は普通に気付ける位置関係にある。早めに逃走するよう少し声を荒げてルナに指示する。

「死んじゃうの!? ねえ、死んじゃうの!?」

「死なねーよ。ちっとは信じてみようぜ?」

 荷物を積んでいて少し狭い後部座席内で駆けまわるシェスカを力でねじ伏せて黙らせる。流石にずっと騒がれるとイラッとくるからな。

 〔≪ベッツァルネ≫は土魔法よ。家ぐらい大きさの岩を複数放出するような魔法ね〕

 〔隕石じゃねーか〕

 ルナとシェスカに聞かれるとより怯えそうな魔法の解説を、ルミーナは契約の恩恵で出来るようになった念話でしてくる。念話が早速役に立つとはな。

 〔しかもあれは精霊魔法よ。他にもかなりの魔法使いが居てもおかしくないわ〕

 〔分が悪いな〕

 精霊魔法は現最強の魔法攻撃手段だと聞いている。それを踏まえて再度過激化して様々な魔法陣が出現したり消滅したりするあの戦場を見ると、ここは魔法使いがいる異世界なんだと再確認してしまうな。普通なら地上で剣や徒手を交わしたり、銃で撃ちあったりするもんだが、最近の地球では一般人からすると、ただ虚空に閃光が迸るだけで、時々魔法陣が浮かび上がるだけの戦闘が繰り広げられる。つまり超ハイスピード戦闘だ。それとも違って虚空に数多の魔法陣が浮かび上がる戦場を見て……圧倒せざるを得ない。あんなの衝撃映像やCG映像の他ならない。だがこちとら新谷家という戦闘集団に生まれ育っているので、あんな惨状を見ると寧ろ血が騒いでくる。戦闘狂といったところだろうか。魔法が使えないくせにあの中に飛び入ろうとする自分の本能がバカらしいな。全く。

「あんな魔法初めて見たよ! ――ぎゃああああ! 熱い!」

「ここまで伝わってきてないですよ……そんなに大きな声出すと相手にバレちゃいます」

「あっ!」

 一般人ならではの反応を見れてなんか心が癒されるな。

「ここまで来たら流石に大丈夫ね」

 運よく俺達の進む先に戦闘は生じなかったので、怖くてマジラシークをぶっ飛ばすルナと、魔獣のスタミナを回復し、増大させるルミーナの甲斐あって、難なく激戦地区付近から離れることが出来た。

「ぷっ……はぁ、はぁ、はぁ……」

 ルナから言われてずっと両手で口を押えてるなと思っていたが、息ずっと止めてたのかよ。でもよく数分も持ったな。水泳の才能がありそうだ。

 ルミーナからの思考共有によると、もうさっきの戦闘はみえないぐらいはるか後ろで行われているらしいので、ここがデリザリン王国の飛地でない限り、俺たちは国境越えに成功し、もうパブルス帝国の領土内でかなりの安全は保障されたことになる。

 そんな中、安堵の溜息を吐く間もなく――

「この先にシークが止まっているわね」

 ルミーナは見て捉えた情報を素早く共有してくる。

「援軍か?」

 身を乗り出して前方を見てみると……一つのシークが見えた。俺達が乗っているシークより大きく煌びやかで、見た目からすぐお金持ちだと判断できる。

「あれは……ラジアシークですね。魔力駆動式です」

 ルナの目にも見えるようになったらしい距離に近づいたようだが、先程までの慌て様とは一変し、冷静さを取り戻しているように思える。

「あれが戦闘員かもしれないのによくそんな冷静になったな」

「魔法使いは戦闘で魔力を使うから、温存するはずだしねー」

 そうだとしてもあのラジアシークが非戦闘員とは分からない。本業は剣士だが、一応魔法も使えますって人だっているはずだ。この四人は全員ラジアシークがどのぐらいの魔力で駆動するのか知らない。ルナとシェスカは魔法使いじゃないし、俺とルミーナはラジアシークを知らないからだ。だからそもそも魔法使い程魔力がないと動かないのかも分からない。

「でもあれ事故ってるし無関係者じゃない?」

「……見に、行ってみますか?」

 ラジアシークが止まっており、妙に傾いていることに遅れて気付いたルナとシェスカはもう強気だ。寧ろ相手を心配している。戦闘区域を抜け、国境を越えたここじゃ襲われないと安心しているんだろうな。国境の印なんかないのに。

「任せるわ」

「戦闘員だったらしらねーぞ」

 俺とルミーナは争いになっても負ける気がしないので正直どっちでもいい。ルナとシェスカが人助けしたいなら近づけばいいし、戦闘員だと決めつけて逃走するなら遠ざかればいい。

「国境近くにいるんだし、最近の状況を聞けるかも!」

「お金持ちだと思うので、行ってみる価値はありそうですね」

 ルナとシェスカで目的が違う気がするが……

「もし危険な状況に陥ったら、どうかよろしくお願いします」

「ああ、任せとけ」

「勿論よ」

 冷静な時は普通に俺とルミーナの戦力を信用するらしく、二人共は興味津々。俺もルミーナも刺激を求めてお互い世界を行き来しているので、嫌というわけではないが……なんか、無邪気な子供を相手してるみたいで変な気持ちだな。

 徐々に草木も生えてきている何もない道中で止まっているラジアシーク目掛けて、ルナは進む方向を曲げた。

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