大雪男
プロローグ
誰も知らない場所に大きな大きな滝がある。その滝は、これまた大きく丸い穴に向かってものすごい勢いで吸い込まれていく。
滝はどこまで落ちているのか想像もつかない。深くまで続く穴に轟音すらも吸い込まれ、光も返ってこない。
その深い穴を滝壺まで降れば、そこには大陸が一つあった。
大陸は滝からこぼれた水が、長い時間をかけて到着する頃には霧になっているせいで、常に霧に覆われて陽の光もまともに届かない。かろうじて、はるか上の地上に空いた穴がまるで月のように濃霧を薄らと照らしていた。
濃霧の中に一際黒い霧が現れ、みるみる人の形をなしていく。輪郭こそあやふやだがはっきりと生きている何かであった。
すると、同じ様な霧がもう一つ現れ、そのすぐあとにもう一つ、最終的に三つの霧の塊が集まってきた。
「遅いよ。あんたたち。」
最初の霧の塊が言った。
「あんたが早すぎるのさね。」
二番目の霧が言い返し、もう1人も黙ったまま頷く。
「でも毎回、エドメルタが一番遅いさね」
エドメルタは黙ったまま頷いた。
「せっかく一世紀ぶりに会ったのに、年寄りにここの霧はきついねぇ」
「せっかく一世紀ぶりに会ったのに、これじゃ姿も見せられないさね」
エドメルタは頷く。
「エドメルタの幻術でなんとかならないのかい?」
エドメルタは黙ったままひょいと手首を軽く回した。
さっきまで、姿形があやふやだった霧の塊の中から1人の女が出てきた。
身長は街灯のように高いが、極度の猫背で普通の背丈くらいに見える。ローブの外からでもわかるほどガリガリに痩せ細っていて、つばの大きいとんがり帽から出ている白髪は全く手入れをされていない。狐目の下にはとんがるように出っぱった頬骨と顎が特徴的だ。
「おや、ペタリヤ?また身長が伸びたんじゃないのさね?」
「余計なこと言うんじゃないよ。あんたも早く姿を現しな。」
するとまた一人霧の中から女が現れた。
その女は身長こそ低いものの、横幅は大きく、まるで体の周りにバスケットボールを何個もつけているかのようだ。本来ゆとりのあるはずのローブも悲鳴をあげるほどぴちぴちになっている。
「ガボン?あんたこそまた一段と大きくなったんじゃないの?」
ペタリヤがそう言うもガボンは、一世紀ぶりに会った友人の冗談に口角を上げた。
エドメルタが姿を現した。
「おやまぁ」
ペタリヤとガボンが息を漏らす。
「あんたは本当にいつでも美しいねぇ」
エドメルタの姿は、女なら誰もが羨み、男なら誰もが振り返り独占したくなるほどの美貌である。水面のように煌めく髪はまるでユニコーンの立髪のようになびき、採れたての綿のように白くやわらかい肌に顔も整っていて、ペタリヤとガボンは毎回粗を探そうにも、その美貌に見惚れてしまうのだった。
コホンとペタリヤが咳払いをした。
「さて本題に入ろうかね」
「「「魔王が死んだ」」」
三人は口を揃えた。ペタリヤが続ける。
「だが、愚かな奴らどもはなにもわかっちゃいない。なんとかしないとね」
「「「予言をしよう」」」
そう言うと、三人はどこからともなく大きな棒を取り出した。
三人がその棒を大きく回すと『大鍋』の中がかき混ぜられ霧が沼のようにボコボコと泡を立て、渦を巻き始めた。
彼女達は渦の中心をじっと見つめてしばらく予言を理解した。
棒をかき混ぜるのを止めた。
泡立っていた霧も落ち着き、渦がゆっくりと消えそうになる直前、最後の力を振り絞る様にぐるんと力強く渦を巻いた。そこに一瞬小さな穴が開き、男が1人ゆっくりと降りてきた。