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私のヒロイン山口さん

作者: 三橋 華

朝礼前の喧騒とした空気にも負けず、耳に残る声が響いた。

「きゃあー。」

何事かと思い、声の上がった場所を見ると長いストレートの艶の有る黒髪の少女が倒れていた。どうも、廊下に出ようとしていたクラスメイトと、入ろうとしていた彼女がぶつかったらしい。


きたっ!!

待ってましたと、繰り広げる二人を悔いる様に見た。


全く外傷は無いが、起こしてくれと言わんばかりに上目遣いでうるうるとぶつかった彼を見つめている。果たして、彼が、その細すぎる糸目の彼女が上目遣い絶賛繰り広げ中と気付いているのか分からないが、若干イライラしながら、「大丈夫?」と手を伸ばした。

「大丈夫。鹿島くんって優しいんだね。ありがとぉー。」

甘ったるい舌足らずな喋り方で、しっかり手を握り、力の限り引き寄せて起き上がった。鹿島君の方が引っ張られ、転けそうだったけど頑張って耐えていた。


あっぱれだ。朝から良いものを見せて貰った。今日は良い日に違いない。


バシッ!!!!

「翔子、今日も山口さん見てるの?」

思考を飛ばしていた私の頭を叩き、友人の志穂が声をかけた。

「今日は、イケメンサッカー部エースだよ。攻略対象になるだろうって予測してたけど、やはりイベントは起きたね。」

「普段クールなあんたが、こんなことにはまってるなんて、誰も思わないよ。

先週は、生徒会長だっけ?よくもあの顔でアタックする気になるね。こっわー。」

「失礼な。彼女は美人だよ。平安では!!」

「平安うけるー。マジ紫式部。」



私こと、吉岡翔子が話している彼女、山口梨々香についてお話ししよう。


山口梨々香を初めて認識したのは入学式の最中だった。校長が挨拶をしようと壇上に上ったときに、雄叫びを挙げ失神したのだ。好好爺としたバーコード頭の校長が実は有名人なのでは?と、訝しんだが、そんなことはなく、雄叫びを上げる様な理由は校長になかった。その後、一週間彼女は体調不良で学校を休み登校に至った訳だが、皆新しい友人を作るので精一杯で、彼女の存在は忘れ、雄叫びの理由は迷宮入りを果たしていた。

かという私も、彼女は前の座席の人という理由でしか暫く見ていなかった。


彼女を改めて認識し直したのは、もう仲良い友達グループが出来上がった5月の連休明けだ。昼食を買いに購買に向かっていた時にふと窓の外を見ると、中庭に大量の鳩が見えた。気持ち悪いが無性に気になり、一緒に来ていた友達には先に行ってもらい中庭に向かった。


童話の世界のお姫様なら有りうることだろうか?

そこに広がるのは、ベンチに一人腰掛け弁当を食べているという在り来たりなボッチの風景ではなく、ベンチで一人弁当を食べる山口さんと、それを囲むようにいる、害鳥や野良猫に蝶々等の虫がいた。

今にでも歌い出しそうな声色で、手のひらに乗った鳩に話しかけている。

鳩もほーほーと、合いの手をかけている。


…。

見てはいけないものを見てしまった。頭が真っ白になり、走ってその場を逃げた。


忘れようと心に決めたが、残念なことにその決心は直ぐに断念することになった。


昼食後の5限の授業の開始にそれは起こった。

「きりーつ、例、ちゃくせーき。」

「ぶっっ!!!」

私は堪えきれずに吹き出した。

「こらっ、吉岡!何かあるか?」

「何にもありません。失礼しました。」

志穂が口パクで『どうしたの?』と聞いているが、動揺が修まらなくて答えられない。

渋々授業を受け終えると、志穂が私の机にやって来た。

「授業初め何かあった?」

ここでは話せないと廊下に連れていった。

「凄いものを見た。」

「何それ?」

「山口さん、山口さんが。」

「はっ?あんな地味子がどうしたんよ?」

「授業の挨拶で、良く見ればカーテシーしてたの。スカートを手に持ってさ。」

「お姫様の挨拶の?」

「そうそう!!」

「スカートのシワ伸ばしてただけじゃね?」

「足をクロスして腰を落としてまで?」

「まじで??やっべ、気になる。」


6限の授業でもよく見ればやっていた。

確認のため見ていた志穂が今度は吹き出し、怒られるはめになったが…。


あの姿勢のぶれなさは慣れているはずだ。1ヶ月後ろの席に座っていて全く気がつかなかったくらいに違和感なく流れる仕草だった。


それから山口さんを目で追う日が続いた。


昨年度校内ミスターコン優勝の先輩に教室まで落とした定期を届けてもらう山口さん。

休日にロリータファッションで街を歩く山口さん。

イケメン先生に貧血で運んで貰う山口さん。

横断歩道を幼児と手を上げながら渡っていたのを、イケメンお巡りさんに誉められて顔を赤らめる山口さん。

生徒会の選挙ポスターを率先して貼り、生徒会長にジュースを奢って貰った山口さん。

~の山口さん。~の山口さん。山口さん。山口さん。山口さん。山口さん。



私の中で山口さんは、異世界乙女ゲーヒロインという結論に至った。



今日は家庭科で女子は調理実習をする。班は名前の順だから、私の班には山口さんもいる。

机の上にボールに入った材料が班毎に規則正しく並べられている。

中華丼とカップケーキを作るため、5人班で、中華丼3名、カップケーキ2名で分かれることになった。

ぐっぱで分かれることにし、山口さんと一緒になれるように手に気合いを入れる。

「「「ぐっぱで分かれましょ!しょっ!!しょっ!!!」」」

(涙)

私は中華丼担当になった。運命は味方をしてくれず、山口さんとは分かれてしまった。

結果を受け入れ、眈々と白菜を切っていく。

今の山口さんは、


「はっ??」


頭が追い付かない。


「ちょっと待って、山口さん。今粉にポケットから何か入れたよね?」

「し、しししし知らないよ!梨々香分かんない。普通に小麦粉振るってただけだもん。」

あからさまな動揺。視線を合わせようとしない。

「ポケットの中身見せて。」

「嫌、嫌よぉぉぉぉ。」

 ポケットから無理やり出せば、粉の付いた袋が出てきた。


「これ何?」

「小麦粉だよ。」

「材料はボールに分けてあったから、袋なんてないはずだよ。」

「うえ~ん。」

皆から白い目で見られている。

えっ?私もしかして悪役令嬢???

彼女は泣き真似しつつ、袋を隠そうとしている。

「で、これ何?」

後ろから、カップケーキ担当の矢田さんが袋を取り上げた。

「…」

作ってる場合じゃなくなり、先生がやって来て、私達三人は他の教室に連れられていった。


「で、どういうことかな?」

先生の冷たいオーラが恐い。

「山口さんが、小麦粉にポケットから何か粉を足していたので、何を足したのか聞いたら、泣き出しました。」

「山口さん、どうなの?」

「梨々香悪くないもん。」

「これが証拠の袋です。」

「山口さん…。皆の口に入るものだから答えなさい。」

「うっ。」

「答えなさい。」

「ハッピー粉を入れたの!!!!!!」

「はっ???ハッピー○ーンの??」

「違うぅ~。街で知らない人に、ハッピーになって、願いが叶う粉を貰ったからから入れたのぉ!!!」

「「「薬じゃん」」」

そんなもの食べさせないでよ。


ハッピー粉が入った小麦粉は募集され、うちの班からカップケーキは無くなった。

その後調べた結果はやっぱり薬物で、警察沙汰となり、山口さんの話からディーラーは逮捕される毎になった。おつむの弱そうな子に配っていたらしい。

彼女は体に悪い物とは知らなかったため、自宅謹慎一週間となった。


明日で謹慎期間が終わるため、山口さんの自宅に担任が面談に行くと言うので、無理を言って連れてきて貰った。

豪邸を期待したが、普通の一軒家だった。

私の中での山口さんヒロイン像はほぼ崩れてしまった。

親に連れられて出てきた彼女は、しょんぼりした様子で経緯を話してくれた。

彼女は恋をしたそうだ。定期を拾ってくれた先輩に。

お礼を渡したいと考えていた所、ちょうどよいタイミングでハッピー粉を貰ったらしい。調理実習で作った物だったら、お金もかかってないし受け取りやすいだろうと、カップケーキにハッピー粉を入れて、お礼と告白をしようとしたところ、私に捕まっておじゃんになったということだ。

延々と休み中に薬物の恐さを教えられて、もうそんなことは絶対にしないと言っていた。

帰る前に、その先輩にはラブラブな彼女がいることを教えてあげると、屍みたいになった。謹慎よりもダメージが大きいようだ。

「逆ハーねらいじゃないのね」と呟くと不思議そうな顔をしていた。


家を出てその場で先生と分かれると、隣の家から知らない少年から声をかけられた。

「ちょっといいか?」

「どなたでしょう?」

「そこの梨々香の幼なじみだ。梨々香に何かあったのか?大丈夫か?」

真剣に心配してることが伝わってくる。


なーんだ。ヒーローここにいるじゃん。


「頭はぶっとんでるけど、あなたがいればきっと大丈夫。」


私はニコニコと大声で応じ、その場を後にした。







入学式に山口さんが叫んだのは寝ぼけてたからです。

叫んだことが恥ずかしくて、忘れられるためにずる休みをしました。

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