釣りに行った。竿を引いたのは何?/もしかしたら獲物だったかもしれない私達。
●小樽の海岸の一つ。
「赤岩」という場所がある。
崖を降り、(道がない)砂利の海岸までにゴロゴロとした巨大な岩の間を、上り下りして海岸までに辿り着く難所である。
夏。海は夜釣りである。
夫とその友人と私の3人で行った。
釣れるのは、ニシンかホッケかゴッコか、もしかしたらヒラメ。
三人でバラバラになる。
夕日が落ちる。
落ちた先に赤暗い中に友人の影が小さく見えて、少しホッとする。
こちらはもう薄暗闇の中だ。
夫も薄情にもさっさと自分の釣りをするために、行ってしまった。
行かないで欲しかった。
なんだか、何か分からないが怖かった。
夜の海が怖いのは当たり前か。と思う事にしても、真っ暗で手元をヘッドランプが照らすのみ。
時折、人の気配がするのは気のせいだと思いたい。
例えば、横から誰かがのぞき込んでいるとか。
例えば、後ろを誰かが通り過ぎたとか。
例えば、ああ、夫が様子を見に来てくれたか。あれ?暗いな。ライトを点けていないの?
おかしいな?誰も居ないじゃないか。
そんな感じがしょっちゅう。
クンっと竿が引っ張られた。
何かかかったか?
いや、根がかりかもな。
竿を持ち直し、リールを巻こうとした時、後ろから肩に誰かがのぞき込んだ。
息遣いまで聞こえる。
うわあっ。(パキン)近い!近い!誰だよ!
と後ろを振り返っても誰も見えず、ただ暗闇が広がっている。
まっくらなのだ。
文字通りの真っ暗闇。
……さっき、何かがパキンといったな。
もう、竿は引いていない。
リールを巻ていると妙な感覚があった。
あれ?
竿先を確かめると、竿の先5センチ程が折れてしまっていた。
先ほどの肩口に誰かの顔が近づいた気がして、バランスを崩したら折れてしまったらしい。
ヤバイ。これは、高い竿なのだ。
夫の持ち物はたいがい高い物だが、これは高い物なのだ。
冷や汗が出る。
後ろをサワサワと気配がする。
「テメェ等のせいだからな」
後ろに向かって低く言い、誰も居ない闇の中を睨む。
竿は夫に謝り倒して許してもらった。
そして帰り道に、車の中で夫が言った。
「さっきの場所さぁ。霊場なんだよね。結構人居たね~」
「へ?」
「霊場だから、集まるんだよ~」
「なんだか、夫さんが来たかと思ったら、誰も居ないことが沢山ありました」
「そうそう。死んだ人だね~」
そんな場所に連れて行って、一人にしないでほしい。
私は怖かった。怖い正当な理由があったのだ。
その帰り道も、私が怖い思いをしたと聞いた友人が、嬉々として
「このトンネル出るんだよ~」
と楽し気に教えてくれるのが、この時ばかりは気に障った。
「そういうのは、通り過ぎてから言ってください!」
「あはははw」
イラっ。
北海道のトンネルはマジに怖いです。
そして、海岸が霊場になっている場所が沢山あります。
ちっくそーっ。もう行かねぇぞ。
●札幌から車で1時間もかからぬ場所に大自然がある。
定山渓。東京だと高尾山くらいのイメージかな。
早朝、渓流釣りに来た。
夫と夫の友人の男性2人と私。
皆、胸までの胴長を着こんでいる。まだ冷たい5月の半ば。
川を水の中を歩きながら、時折流されかけて上流へ上る。
上流を目指しながら、川の石の影、水流が溜まる場所、木が覆い被さったような場所にルアーを投げていく。
釣れるのは、イワナかヤマメ。
20センチほどのイワナを数匹。小さいのでリリース。
山が深い。水は清く流れが強いが濁る事もない。
大自然にお邪魔させてもらっている人間が4人。
海ではさっさとばらけるが、川ではいつでもお互いが見れる場所に居るようにしている。
くん。何だか妙な臭いがした。
犬の背中の臭いに似ている。脂臭い?初めて嗅ぐ臭いだな。
釣り場はあらか見て回ったので車の在る場所まで戻って、また上流を車で登り、そこで降りて釣り場を歩くと言う。
回れ右だ。
歩いた道を戻る。
と。下を見た。
見付けてしまった。
自分たちの足跡の上に付いた、大きな足跡。
4つの丸を持つ横に長い楕円の足跡。4つの丸の先に釘で刺したような穴。爪の跡か。
手の幅15センチほど。
結構巨大な熊が、居たらしい。
15分前の足跡の上に付いている。
私達は気付かなかったが、熊は気付いてそっと帰ってくれたのだ。
さっきの獣臭さは、熊だったか。
臭いを嗅いだとすると風下に私たちが居て、熊が気付かずに近寄り、音とかで気付いて引き返してくれたのだ。
皆でぞっとして、4人で団子になって帰った。
車までは40分は歩かなければならない。どこかで、熊に見られている気配を感じながら恐怖の「大自然を満喫」させてもらった。
渓流釣りの場合は、食べ物は持ち歩かないようにしている。
飲み物は持つが、袋を開けたようなパンや食べかけの何かは持ち歩かない。
車に置いてくる。
最初になんとなくの注意をされていたが、こういう事なのだと体の芯から納得をする。
15分前の自分たちの足跡の上に熊の足跡があったという事は、静かに音もたてずに消えてくれたという事は、50メートルも離れていなかったんだろうな。
と背筋が冷えた。
早朝の山の肌寒さが日中の陽で暖かくなってきたが、妙に寒く感じた。
山には熊が居る。去ってくれたが熊が居た。
車に着いてから緊張が解けて熊の話題になった。
足跡の大きさから言って、結構大きいだろう。
逆に若い熊じゃなくて良かった。2歳の若熊は、好奇心が強く最近の熊は人を恐れないから、ニアミスで恐怖か興奮して襲ってくることも考えられた。
と。
ち、ちっくそーーっ!絶対にもう行かねえぞ!
固く心に決めた正午前だった。