黒い家
結婚と同時に本籍を移した。
その本籍にある家をどうしても思い出せない。
関東の少し田舎に私の本籍があった。
結婚と同時に本籍から抜いた。
何も思い入れもない。家族の名前に住所だ。
私は10歳まで祖父母宅で過ごしたが、その間の何か月か、何回も本籍の在った場所で暮らしたという。
両親と兄と姉が住んでいた。
私だけ祖父母の家に住んでいた。
祖父母の入院などで、あちらこちら親戚の間で暮らした覚えがあるが、この家もその中の一つだろう。
少し離れた場所は一面の田んぼだったので、かなり田舎だろう。
庭などは少し覚えている。大きな敷地に従業員用の小さな建物。明るい庭は半分が駐車場に使われていて、重機などが駐車していた。
反対側には庭木があり下には芝桜があった。パンジーなど色鮮やかな小さな花も咲いていた気がする。
私は今、家を背に庭を思い出している。
振り返る。
家の外観は覚えていない。ぼんやりとドアを思い出す。木だったと思う。右側に金木犀の木があり、イラガの毛虫の毛が触れて痛い思いをした。
ドアを開ける。
中は真っ暗だ。
眩しい昼間に急に暗い場所を見たようだ。
家の中が真っ暗だ。
間取りも、ご飯を食べていたのはキッチンかリビングか。
どこで寝ていたのだろう。
私はもともと子供の頃の記憶は少ないが、合わせたら一年くらい居たと聞く、この家が全く思い出せない。
私は闇を心を凍らせて睨んでいる。
中身がそこから出て、何かを思い出そうとするのを止めているのかもしれない。
燦燦と日のさす庭に一軒の家がある。
その輪郭はぼやけている。
ドアが開くと、ただ真っ黒な闇が広がっている。
親戚の家にいた時の家はだいたい覚えている。
寝た場所は縁側の廊下だったり、キッチンだったり、誰かの使わなくなった部屋だったりした。
しかし、「実家」とされる家の間取りや内装、そこでの生活などが、全く思い出せない。