戌亥寺
「紫織ッ、悠輝君!」
誰かに呼ばれた気がして、悠輝は目蓋を上げようとした。
重い……
今まで感じたことが無いくらい目蓋が重い。このまま寝ていたい、そんな欲求が湧き上がってくる。闇に飲み込まれそうになった瞬間、脳裏に紫織を遮断した記憶が蘇り、無理矢理眼を開く。
紫織に覆い被さるようにして、政宗が彼女の顔を舐めていた。
「悠輝くん!」
顔を向けると、英明が息を切らしながらこちらに駆けてくる。
「義兄さん……おれは大丈夫ですから紫織を……」
頷くと英明は汗だくになりながら悠輝の隣を駆け抜け、紫織の傍らに膝を突いた。政宗が場所を譲るように紫織から離れ、心配そうに見詰める。英明は紫織を抱きかかえるようにして、彼女の呼吸を確認した。
「生きてる……」
ホッとしたように呟く。
「悠輝くん、政宗、紫織はちゃんと生きている!」
英明の顔に満面の笑みが広がる。
「よかった……」
再び眼の前が暗くなる。闇に意識が飲み込まれそうになった瞬間、月明かりの中で、夜空を見上げる刹那の姿が現われた。戌亥寺の廊下で見た、浴衣姿の記憶だ。
きれいだ……
どうして、今、刹那の姿が現われるのだろう。理由はわからないが嫌な気はしない、むしろ心が安らぐ。悠輝は刹那の姿を眺めたまま、闇に飲み込まれてしまおうと思った。
「おじさんッ、ちょっと、しっかりしてよ! おじさんってばッ!」
騒がしい声に再び闇から引き戻され、渋々目蓋を上げる。出来ることなら、このまま刹那の姿を見ていたい。
だが、眼の前にあったのも御堂刹那の顔だった。ただし、こちらは月明かりの中に佇む静かな表情の彼女ではなく、眼に涙を溜め、頬を上気させている。
「御堂……どうして……?」
疲れて頭が回らない。
「もうッ、心配させないでよ!」
そう言えば、刹那に朱理の肉体を見てもらっていた。
「朱理は……?」
刹那は眉間に皺を寄せた。
「ちょっとッ、眼の前にフィアンセがいるのに姪の心配ッ?」
言った後で口元に笑みを浮かべた。
「すまない……」
「だいじょうぶ、無事だから。天城が見てくれてるわ」
「それは安心できないな」
刹那はクスクスと笑い出した。
「心配しなくても、ボンちゃんと佐伯議員も一緒だから」
「そうか……少し休ませてくれ」
刹那は頷いた。
「いいわよ、膝枕してあげる」
「悪いな……できることなら……おまえと……いつまでも……」
「え?」
悠輝は寝息を立て始めた。




