猪山 参
次の瞬間、紫織の意識は完全に自分の身体に戻っていた。
「ジイジ……」
「紫織ちゃん、戻ったの?」
明人が紫織の変化に気付いて声を掛ける。
バイクが停まっているのに目的地に着いていない。
「うん」
「今、凄く揺れたけど、お師匠は……?」
『鬼』の復活で大地が振動したのだ。質問に答えようとすると聞いたことのない音が轟く。
「なんだッ?」
「ジイジたちが『鬼』をやっつけたんだ!」
忽然と『鬼』の気配が消えた。つまり法眼が再び封印したという事だ。
「紫織ちゃん、求道会はどうなったの?」
「え?」
「ジイジがみんなやっつけた?」
『鬼』が復活するときに求道会は全員倒れてしまったので、法眼は無事のはずだと答える。
「佐伯仏眼も?」
明人の声には、まだ不安が滲んでいる。
「だいじょうぶ! ジイジがやっつけ……」
確かに仏眼は法眼に殴られて倒れたが、意識を失ったわけでも大怪我をしたわけでもない。
「でも、ジイジは強いから、だいじょうぶ……」
そう、法眼は強い。実際、仏眼を殴り倒して『鬼』も封印した。にも関わらず、紫織の心に不安が広がる。紫織はもう一度、政宗に憑依して状況を確認しようとした。
〈やめなさい、紫織〉
「おかーさん!」
思わず声を上げる。
「どうしたの?」
明人が怪訝な顔で覗き込む。
「おかーさんが話しかけてきた」
「明人くん、梵天丸と政宗がそっちに行くから、合流して」
紫織の口を遙香が使って話す。
「遙香さん? それでお師匠は?」
「……大丈夫よ、あの人は殺されても死なないから」
母が答えるまでに少し間があった、紫織はそれが気になった。なのに詳しく聞くのが恐かった。でも聞かなければならない。
明人が息を飲む音が聞こえた。
「ころされても死なないって、どういうこと? ジイジは生きているんだよね?」
「今は……」
「答えて!」
「………………………………」
先程より長く母が沈黙する。明人は黙ったまま俯いていた。
「おかーさん、ジイジはどうなったのッ?」
思わず叫び声を上げてしまう。
母が溜息を吐くのが判った。
「殺られたわ」
「ウソ……」
嫌だ、信じたくない。
「紫織、しっかりしなさい。爺ちゃんだけじゃないの、お父さんも警察に捕まったのよ」
「えッ、おとーさんまで!」
どんどん状況が悪くなる。
「だいじょうぶ、お父さんは今日中に釈放させるから。それにもう安全よ、紫織も明日になったら稲本に戻って。たぶん、お父さんが迎えに行くわ」
どうしてもう大丈夫なのだろう。
「お母さんが、求道会の偉い人たちに命じたから」
紫織の考えを読み取って遙香が答えた。
「メイじた?」
何故、敵である求道会に母が命令できるのだろう。
「今、お母さんは求道会にいるからよ」
「「えッ?」」
明人と声がハモった。
「心配ないしないで。あなたたちに手出しはさせないし、もし何かしたら求道会はこの世から存在を消すわ」
母なら本当に独りで求道会を滅ぼせるかも知れない。でも……
「ジイジが……」
遙香は紫織の身体を使って溜息を吐いた。
「爺ちゃんと叔父ちゃんは例外。お母さんが助けたって知ったら怒るから」
「だけどジイジ、死んじゃった……」
「死んでないわ」
遙香は断言した。
「爺ちゃんは殺されたって死なない、お母さんは本気でそう信じてる」
母の声が震えた、その事が紫織の心に絶望を広げる。
「おぢちゃんは? おぢちゃんは、どうしてるの?」
「生きてはいる……」
また歯切れの悪いことを言われ、紫織は状況の悪さを痛感せざる得なかった。