求道会本部
空は遙香を求道会本部に連れてきていた。ここには幹部が宿泊する部屋がいくつかあるので、その一つに彼女を通した。
「この部屋を自由に使って構わない、ただし勝手に出歩かないで。必要な物はこちらで用意する」
遙香は興味なさげに部屋に置かれたベッドやソファなどの家具を眺めていた。
「ふ~ん。じゃ、お腹が空いたから、クリームボックスと酪王のカフェオレを持ってきて」
知らない単語が飛びだしたので思わず戸惑う。
「何なの、それ?」
「知らないの? 郡山のソウルフードと福島の代表的な牛乳メーカーのカフェオレじゃない」
「そんな物、知っているわけないでしょうッ?」
遙香は鼻で笑った。
「使えないわねぇ」
「ふざけるなッ」
「それはこっちのセリフよ」
遙香の瞳が剣呑な光を帯びる。
「朱理や紫織には手を出すなって言ったわよね? それが理解できないなら、今すぐここを破壊するわ」
遙香から夥しい験力が湧き上がり、建物がギシギシ音を立てて揺れ始める。
こいつ、本気でここを壊すつもりか!
「ま、待てッ、何のことだ?」
「あたしに嘘が通じないってまだ学習できないの? 本当にバカね」
揺れの激しさが一層増し、悲鳴が部屋の外でいくつも上がっているのが聞こえた。仏眼は郡山に残り、追加された信者と共に法眼と紫織を『協力者』にする手はずになっている。遙香のこの反応は向こうで何か動きがあったのだろう。
「父に今すぐ連絡するからやめてくれ!」
思わず絶叫してしまった。
「もう遅いわよ、あんたのバカ親父は紫織がいるのに戌亥寺を襲撃してるわ」
ガラスが割れ、壁に罅がが入る。
「ここで勝手な真似はゆるしません!」
凜とした声が響いたかと思うと、弾けるように部屋のドアが開いた。
そこには弓削朋美が立っていた。
揺れがピタリと治まる。
「先に人の実家で勝手なマネをしたのはダレ?」
再び振動が始まる、遙香と朋美はお互いに異能力をぶつけ合う。力は互角、いや遙香のほうが強い。
「フフフ……さすがですね。貴女の験力は会長にも匹敵するかもしれない」
不敵な笑みを浮かべる朋美を遙香は無表情に見返した。
「ナニ寝ぼけたこと言ってんの? あたしのほうが、圧倒的に強いわよ」
更に遙香の験力が高まり、朋美の顔が引き攣る。その時、別の法力が朋美を援護した。
「あなた!」
朋美の息子であり空の夫でもある雅俊が部屋のドアの向こうに姿を現した。右腕と首の包帯が痛々しい、芦屋満留と戦いで負傷したのだ。
夫だけに任せておくわけにはいかない、空も朋美に加勢した。
なんて験力、こんな人間が存在するのか……
この三人を相手に遙香は全く怯まない。本人が言うように弓削泰介を凌駕する異能力を秘めている、池袋ではあれでも験力を抑えていたのだ。
バケモノ……
そうとしか表現の仕様が無い、違う表現を敢て使うなら『神』だ。だが求道会においてそれは禁句だ。彼女達が崇拝するのは密教の仏であり、代表である泰介でなければない。だが、その考えを揺らがせるこの女が、改めて怖ろしくなった。
振動が激しくなっていく。部屋の壁はすでに崩れさり、天井も砕けた。しかし、遙香の頭の上には落ちない、すべて避けて落ちていく。このままでは完全に建物が崩壊してしまう。
朋美の側に更に援軍が加わった、求道会の幹部たちだ。一人ひとりの法力は弱いが、人数が居るのでそれなりの戦力になる。
「遙香、抵抗は止めろ、このまま戦ってもお前に勝ち目はない」
力は拮抗している。いや、拮抗しているように見える、どちらにしても交渉するなら今しかない。
「ホント、バカね。あたしが言ったこと、また忘れた? 英明と社長をすぐに解放すること、そしてあたしの娘と親戚、それに周りの人たちにも一切手出しをしないこと。この二つがあんたたちに協力してやる条件よ。それを守らないなら、全力であんたたちと戦う。カルト潰しは悠輝の専売特許じゃない」
全く引く気が無い。
「約束は必ず守る! 娘達が捕まっていたとしてもすぐに解放して安全を保証するッ。
会長代理、約束していただけますね?」
空は朋美の瞳を覗き込んだ。ここで彼女が否と答えれば求道会本文は崩壊、空や雅俊達はもちろん、朋美も無事では済まない。
「……………………………」
ここまで狼藉を働かれた事が許せないのか、それとも空の言葉に従うことが不服なのか朋美は不満そうに口を歪めたまま答えない。
「このままでは遙香と相打ちになりますッ。ここで我々がいなくなれば、求道会は佐伯のものですよ!」
朋美の表情がさらに険しくなった。だが、「求道会は佐伯のもの」という言葉が効いた。
「……いいでしょう。
真藤遙香、貴女の夫と勤め先の社長を直ぐに解放させ、娘たちと周りの者たちに手出しはさせません。求道会会長代理である、この弓削朋美が約束します」
空はホッと胸を撫で下ろす、第一段階はクリアした。だが、第二段階は……
「あんたの指示を仏眼が守るの?」
嘲るような笑みを遙香は浮かべた。やはり素直には従ってくれない。
「言ったはずです、約束すると。副会長であっても私の意に従わせます」
朋美は意地になってきている。今の状況で望ましくないが、兎に角この場を治められれば良い。
遙香は値踏みするように朋美と空を見つめている。
頼むから、引いてくれ……
遙香が戦いを続ければ求道会の本部はもちろん、異能者の多くを失ってしまう。特に朋美に万が一のことがあれば求道会の求心力は一気に低下する。
民自党は支持率が急落し、自力で次の選挙までに回復するのは困難だ。だからこそ求道会の力を必要としているし、ここで貸しを作れば日本政府への影響力を更に強められる。しかし会長の弓削泰介を欠いた今の求道会では、以前ほど国民の意思をコントロール出来ない。そのために遙香の異能力を手に入れようとしたのだが、彼女が引かなければ反対にその力で大打撃を受けてしまう。
「いいわ、信じてあげる。でも、次ぎはないから」
遙香と朋美は呼応するかのようにお互いの力を弱めた、空たちもそれに倣う。
「じゃあ早く仏眼に連絡して、ふざけたマネはやめて戻って来いって。もちろん、法眼以外には絶対に手出しさせないでね」
「……わかっています」
高飛車な物言いがかなり気に触ったようだが、それでも朋美は遙香の要望を受け入れた。




