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FIAT 500X 壱

「おじいさん、わざわざありがとう」


 助手席で愛犬のぼんてんまるを抱きながらしんどうあかは、ハンドルを握る祖父に礼を言った。


「いいんだよ。おちゃん、朱理ちゃんのためなら地獄の底にだって飛んでいくから」


 いかつい顔に満面の笑みを浮かべて祖父のほうげんは答えた。後部座席にいる母のしんどうはるはウンザリした表情をする。


 朱理はどうの芸名で声優として活動している。いわき市で行われたイベントを終え、郡山市にある戌亥寺という祖父の寺へ向かっていた。学校は夏休みで明日は仕事も無いので一泊していくつもりだ。


 祖父の FIAT 500X からはラジオが流れ、後ろの席では母の他に、ビジネス上の姉であるどうせつがシートに深く身体を沈めてウトウトしている。彼女の膝の上には座敷童子がちょこんと座っていた。


  姉さん、疲れているんだ。


 今回の仕事は御堂永遠を指名して来たが、プロダクションブレーブの妖怪マネージャーである遙香が御堂姉妹を抱き合わせで値段を吊上げて引き受けた。普段は労働意欲がまったくない彼女がやる気を見せたのには二つの理由がある。一つは戌亥寺に次女の紫織を預けているので、交通費を浮かして会いに行くこと、もう一つは刹那を弟のゆうに会わせることだ。


 春に起った事件で刹那は背中に跡の残る怪我をした。その責任を悠輝が取ることになったのだが、ブレーブの社長が求めたのが刹那との結婚だった。悠輝は受け入れたが、話を聞いていなかった刹那は反発し、三ヶ月以上経った現在もちゃんとした返事をしていない。


 刹那は異能力で仕事を取らないようにしていたため反発したが、


「普通に営業トークをしただけよ。それとも、あたしがげんりきを使わないと仕事を取れないって言いたいわけ?」


 と、遙香に凄まれ素直に引き下がった。鬼多見では異能のことを『験力』と呼ぶ。


 刹那は現在声優としてだけではなく、マネージャー見習いとして働いている。昨日も遅くまで仕事をしていたようだ。彼女はなかがわよし社長の姪でブレーブの跡取りに指名されている。芸能プロダクション経営の仕方を学ぶため、今までは商品といえるアイドルや声優をしていたが、次のステップとしてマネージャーを始めたところだ。本人は役者を続けたいようだが、それだけでは食べていけない。


 因みに、遙香がしゃしゃり出てこなくても刹那は御堂永遠のマネージャーなので、一緒にいわきに行くことにはなった。しかし、刹那だけでは悠輝に会いに行かないので遙香が強引に付いてきたのだ。もちろん、社長公認である。


 朱理は叔父と姉が結婚するというのを聞いてから、何だかモヤモヤしている。たとえそうなったとしても、あの二人が変わることは無い。そう思うのだが、どうしてもスッキリしない。


 叔父は、「責任を取ることがおれの意志だ」と言っていたが、刹那のことをどう思っているのだろう。姉はそのことについて何も言わない。だからといって問いただす勇気を朱理は持ち合わせていなかった。


 そんなことを考えているとラジオのニュースが耳に入ってきた。


〈『紅葉を見る会』で芦屋総理枠とされている四〇番台が……〉


「やっぱり芦屋から来てたのね」


 遙香がボソリと呟いた。


「ん? 何のことだ?」


 法眼がいぶかしげに問う。


「あら、めずらしい。朱理か刹那の頭の中を覗かなかったの?」


 皮肉めいた口調で遙香が答える。


「そんなことはせんわッ、朱理ちゃんが嫌がるだろう」


「あたしと悠輝が嫌がるのはよかったんだ」


「お母さん、やめて。娘兼担当声優と、担当声優兼弟子? の前だよ」


 朱理は挑発的な遙香を何とかなだめようとした。


「刹那は弟子じゃなくて、後任。このが一人前になったら、お母さんは退職してゴロゴロする日々に戻るんだから」


「戻らないでよ! ってかこの間、ちゃんと働くって社長と約束したじゃないッ」


「働いたでしょ、三ヶ月ぐらい」


「短すぎでしょッ、もっと働いて! 社長も荒木マネージャーも、声優部門に所属したみんなだって期待しているんだからッ」


「え~、面倒臭い。お母さんは一日でも早く、三食昼寝付きの極楽ライフに戻りたいのよ」


 まったくこの人は、どこまでニート気質なんだろう。以前の母は専業主婦をそれなりにしっかりやっていた。以前というのはブレーブで働く前ではない、朱理が戌亥寺に修行に行く前だ。祖父の寺では家事炊事を遙香と悠輝、そして二人の従弟である明人の三人で回していた。悠輝が週三日を担当し、遙香と明人は週二日だ。


 そして現在、曲がりなりにも会社勤めを始めた彼女はメイドに料理以外は任せっぱなしにしている。料理をやらせないのはこだわりが有るからではなく、このメイドが絶望的に下手だからだ。まぁ、曰く付きの無料メイドだから仕方がない。


「それで、朱理ちゃんは『紅葉を見る会』に招待されたんだな?」


 祖父が話を元に戻した。


「無視したけどね」


 ふて腐れたように遙香は答えた。


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