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クララのアトリエ ~アクラリンドの錬金術士~  作者: 雪月風花
諦観の少年と輝く希望の錬金術士
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第4話 ユキトの過去① ―ヤノッサ村― ―躯留能力―

 ついさっき貸し出しギルドプレートを返却した、総合カウンターにとんぼ返りし、仮入団の手続きを済ませ、再び借りた貸し出しギルドプレートを、クララは首にかけた。

 もうじき日が暮れる時間帯だったため、今日はもうユニオンホームに帰ることにした。

 冒険者はダンジョンで冒険することだけが仕事ではなく、当然生活するために家事もこなさなければならない。

 帰る前に、十人分の夕飯の買い出しに市場に向かった。クララの無限袋(インフィニティバッグ)が大いに役に立った。

【厚切り肉のコートレッタ】のユニオンホームは、一階と二階にそれぞれ五部屋ずつある長屋の、一階の三号室だった。

 三人が帰路に着いた時、既に半数以上のユニオンメンバーが帰ってきていた。

「今日の入団テストでは残念ながら不合格になってしまったんですが、仮入団させていただくことになりました。暫くの間お世話になります!」

 クララが挨拶すると、人間(ヒュマ族)の青年、シュウ・コォノがやれやれといった風に苦笑する。

「またテストに落ちた奴を拾ってきたのかよ。相変わらずジルクはあめえなあ」

「うっせえ! リーダーのおれが決めたことだ。文句言うんじゃねえ!」

「そうと決まれば、おい仮メンバー、お前にやってもらうことが山ほどあるんだ。こっちに来い」

「は、はい!」

 兎の耳と尾を持つ兎人(プーカバニー族)の少年、ロブ・イリーが呼んだ先、と言っても狭い部屋の四隅の一角なのだが、そこにはゴミ箱から溢れたゴミが散乱していた。

「これを今すぐ片付けとけ」

「わかりました!」

「ちゃっちゃと動け! それが終わったら夕飯を作らなきゃいけないんだからな!」

「はい!」

「おい仮入り、明日の朝でいいからさ、これ全部洗って干しといて」

 さっきとは別の部屋の隅には大量の衣類が山となって鎮座していた。

「はい! わかりました!」

「後でいいから肩揉んで」

「おれ寝つき悪いから寝る時に子守歌歌って」

 クララの場合は仮入りだが、新入りが入って来たとき恒例の、ここぞとばかり雑用押しつけ祭りという洗礼を、例に漏れずクララも受けるのだった。

 幸いクララは家事が得意なようで、てきぱきとこなした。

 そして夜も更け就寝時間。

 ジルクだけ奥の個室で、残りの九人は大部屋で雑魚寝する。

「あいたっ!」

 誰かの足がクララの顔を蹴っていた。

「平気か?」

 いびきの五重奏の中、ユキトの声が飛んでくる。

「はい。こんな風に寝たことないから、新鮮でなんだか楽しいです」

 クララが小さく笑う。

「そっか。早く寝ろよ。明日から特訓なんだからな」

「はい。おやすみなさい」

 暫くするとクララの寝息が聞こえ始める。

 それを聞きながら、この少女は何日持つかな、と考える。

 今はやる気に満ちているクララだが、その内今の自分のように現実を知った時、気概を削がれてしまうに違いない。

 クララが今、頭の中で思い描いている夢のような冒険者生活は、間違いなく送れまい。

 ユキトはそう確信しながら眠りに就いたのだった。


 十二年前。ウヨの月、シートスの週、パヅの曜日。

 色づいた山が、人々に恵みを分け与えるこの季節。ヒック・デュクフォルトは山菜採りに山に入っていた。

 山菜を求めて山を歩き回っていた時、倒れている幼い子供の姿が目に入った。

 子供は瀕死の様相だった。

 急いで子供を自分の住むヤノッサ村に連れ帰ったヒックは、子供を介抱した。

 何とか一命を取り留め、回復した子供は記憶を失っていた。

 経済的な余裕がないことはわかっていたが、妻のアールと相談した結果、ヒックは行く当てのないその子供を引き取ることに決めた。

 ヒックとアールはその子供にユキトと名付けた。

 この時のユキトは見た目から判断して、五歳児くらいだろうとヒックとアールは推定した。

 故にユキトは現在十七歳ということになっているが、それは推定年齢であり、本当の歳は不明であった。

 貧しいデュクフォルト家での生活は決して楽ではなかったが、ヒックとアールは、ユキトを実の子のように可愛がり、育ててくれた。

 ユキトは最初、余所者だという理由で、ヤノッサ村の子供たちから除け者扱いされた。しかしユキトが、かけっこも相撲も村の子供たちの中で一番だとわかると一目置かれるようになり、子供たちの輪の中に受け入れられていった。


 アクラリンドに住まう生物たちの体躯は、植物も動物もみな全て絶命した瞬間に星命素(フォゾン)に分解されてしまう。

 では草食、肉食に関わらず、動物たちはいかにして食事を摂るのか。

 アクラリンドに住まう生物たちの多くは、餌となる生物を捕食して命を絶った時、星命素(フォゾン)に還元させずに死骸の大部分を残せるよう進化してきた。

 この能力のことを躯留能力(キープアビリティ)と呼ぶ。

 過酷な生存競争の中で躯留能力(キープアビリティ)をうまく獲得することができなかった生物たちは、淘汰され絶滅に追いやられた。

 しかしながら現存している生物たちの躯留能力(キープアビリティ)は、百パーセントではない。高確率で死体を躯留させることが可能となった故に今も生き残ってはいるが、捕食時に捕食対象が、低確率で星命素(フォゾン)に還元してしまうこともあるのだ。

 たとえ躯留能力(キープアビリティ)が発揮されたとしても、死骸の全ては残せない。体躯の一部が欠損した状態で残るのだ。

 現存している生物たちは、長い年月をかけた進化の過程で、少しずつ星命素(フォゾン)に還元させない確率、躯留能力(キープアビリティ)に磨きをかけてきたと言われている。つまり気の遠くなるような時間をかけて上がってきた確率は、非常にゆっくりとしたペースでだが、今も上昇していっている最中である、というのがアクラリンドの生物学者たちの間での通説となっている。

 人族は進化の過程で、躯留能力(キープアビリティ)を獲得しなかった。

 その理由は人族が、様々な素材を用いて、多種多様な道具を作り出し、加工する技術を身に付け、自身の肉体を使わず、作り出した道具を武器として、獲物を仕留めてきたからだと言われている。

 自分の肉体を使って生物を殺めることでしか、死肉を躯留させる能力を身に付けられないということを、人族特有の狩猟文化が裏付けたのだ。

 そしてそんな人族が今も淘汰されずに生き残っていられるのは、道具加工技術を向上させていき、躯留器具(キープツール)を発明するに至ったからである。

 生物たちが獲得してきた躯留能力(キープアビリティ)の仕組みは未だ解明されておらず、まだまだわからないことが多い。

 アクラリンドの生物学では、魔石類をドロップする生物は魔物(モンスター)であるとし、魔石類をドロップしない生物は魔物(モンスター)ではないとしている。

 魔物(モンスター)でない生物たちも躯留能力(キープアビリティ)を有しているが、命の灯火が消えた瞬間に、躯留能力(キープアビリティ)が消えてしまうのか、現世に残った体躯のどこにも躯留能力(キープアビリティ)は一切残らない。

 唯一魔物(モンスター)たちがドロップする魔石類にだけ、躯留能力(キープアビリティ)は残存する。

 その魔石類を加工して作り出されたのが躯留器具(キープツール)だ。

 魔石類を熱して溶かして固め、削って形を整え刃や(やじり)等に加工し、それを武器として使用する。

 躯留器具(キープツール)でとどめを刺すと、躯留能力(キープアビリティ)の効果が発揮され、躯留能力(キープアビリティ)を有している生物たちと同等の効果、屍の大部分を高確率で残すことが可能となる。

 人族たちは、これを使って狩りをして肉を摂取し、作物を刈り取り、家畜の毛を刈り衣類を作製してきた。

 しかし残念なことに、魔石類は強度が大して強い物質ではなく、動物や弱い魔物(モンスター)にならば通用するが、その脆さ故にほとんどの魔物(モンスター)たちには通用しない。

 つまり躯留器具(キープツール)が通用しない魔物(モンスター)のドロップアイテムが欲しければ、ドロップするまで地道に魔物(モンスター)を狩り続けるしかないのだった。

 躯留能力(キープアビリティ)がない人族の冒険者が、躯留能力(キープアビリティ)のない武器で生物を殺めた時に、一定確率で体の一部もしくは魔石類が、星命素(フォゾン)に還元されずに現世(うつしよ)に残るドロップアイテム。

 これは殺めた側の躯留能力(キープアビリティ)ではなく、殺められた側の躯留能力(キープアビリティ)によって起こる現象である。

 絶命の寸前、或いは瞬間の「まだ死にたくない」「まだここにいたい。消えたくない」という強い生へと執着心が躯留能力(キープアビリティ)を発揮させ、体の一部もしくは、秀でた能力が魔石類に結晶化して、消えずに残る。


 ヤノッサ村では十二歳になると男子(おのこ)女子(おなご)も狩りを教わるようになる。

 魔石類ならば十属性のどの属性の魔石類にも、躯留能力(キープアビリティ)が宿っている。しかし無属性以外の属性の魔石類は、様々な魔石製品を作製するための素材として使われるため、躯留器具(キープツール)を作る素材として使われることはあまりない。それ故に躯留器具(キープツール)はほとんどが無属性の魔石類から作製される。

 無属性の魔石類は無色透明である。

 無色透明の刃を持つ躯留器具(キープツール)を装備し、山で狩りをするようになったユキトは、狩りの才能も他の子供たちより高く、すぐに上達した。

 そして魔物(モンスター)も棲みつく山で狩りを続けること一年、ユキトはバトルレベル5となっていた。

 長年狩りを続けているヤノッサ村の大人たちのバトルレベルが5である。

 一年間でバトルレベルが5まで上がることは、異例だった。

 レベルアップに必要な経験値は、相手が強ければ強い程、得られる量が増加する。逆に弱い相手だとあまり得られない。

 ヤノッサ村周辺には、あまり強い魔物(モンスター)は棲息していなかった。

 ユキトが強くなればなるほど、得られる経験値は減っていき、それ以上バトルレベルが上がることはなかった。ヤノッサ村の大人たちのバトルレベルの平均が5である理由も同じだった。

 ユキトは狩りが楽しくて好きだった。そして豊かな自然以外は何もないヤノッサ村で育ったユキトは、大人たちから都会の話を聞く度に、都会に憧れを抱くようになっていた。

 ヤノッサ村の村人たちは、育てた農産物や、狩った動物や魔物(モンスター)がドロップした毛皮や牙などを加工した服や装飾品を、近隣の村や町で商品として売ることで生計を立てていた。

 ヤノッサ村では、狩りを教わり始めるのと同じく十二歳の時に、大人たちに引率されて人生で初めてリーガに行く。これは旅行と社会見学を兼ねており、観光するだけでなく、商売人としての大都市での仕事の手伝いも経験する。

 ユキトはその時に目にした、ヤノッサ村とは大違いの大都市の景観に、人族たちや妖精族たちの数の多さに圧倒された。

 リーガは大小様々な闘技場を、多数所有している。

 そこでは日夜、ギルド主催の大会が催されている。

 闘技場での大会は、リーガの観光資源の一つとなっており、その大会収益は、ギルド本部の大きな財源となっている。

 ユキトたちも闘技場の大会を見学しに行った。そこで目の当たりにした冒険者たちの戦いに、ユキトは一瞬で魅了された。

 日々の冒険で鍛え上げた肉体による圧倒的身体能力を誇り、目にも留まらぬ攻防を繰り広げ、ユキトが見たこともない大技、アビリティを繰り出す。その度に観客たちから割れんばかりの歓声が上がり、闘技場内を大いに賑わした。

 その中でも特にユキトの心を掴んだ冒険者がいた。ユニオン【アスギー】のユニオンリーダー、ガゼである。

 初老に差し掛かろうかというその齢は五十五。巨躯から漲る膂力をもってして、相棒の大剣を豪快に振り回す。なぜか上半身に防具は身に付けず、怯むことなく裸一貫で果敢に戦うその姿、いつしか付いた二つ名|《裸の猛様》。

 顔に体に無数に刻まれた一生傷が、優勝して喝采を浴び、屈託のない笑みを浮かべる立ち姿が、ユキトの瞳に英雄のように映った。

 ――すげえ格好いい! 自分もやってみたい! 自分もああなりたい! こんな風に観客を沸かせてみたい!

 この時ユキトの夢が決まった。

 ――冒険者になりたい!

 自分は村の子供たちの中で圧倒的に一番強い。そのことがユキトに大きな自信、いや過信を与えていた。

 冒険者は楽な職業ではないだろう。それなりに苦労することはあるだろうが、自分ならできる。自分ならリーガ一の冒険者になれる。この時のユキトはそう信じて疑わなかった。

 大会を見た直後、興奮冷めやらぬ内に、ユキトは引率のヤノッサ村の大人たちに宣言した。

「おれ冒険者になるよ!」

「そりゃ無理だ。やめておけ。村で働いた方がいい」

「なんで?」

「冒険者ってのは大変なんだぞ? 簡単な仕事じゃない。死ぬ危険だってある」

「冒険者やったことあるの?」

「ないけど、ならなくったってわかるさ」

「やったこともないのにどうしてわかるんだよ。やってみないとわからないじゃないか。それにおれは強いんだ。知ってるだろ? おれの強さ」

「知ってるが、お前程度じゃ無理だって言ってるんだ。お前よりも強い奴なんて、世の中いくらでもいるんだぞ。見ただろ、さっきの戦い」

 ――確かにさっきの大会は凄かった。でも、おれはすぐに村の大人たちと同じくらいの強さになったんだ。今からもっともっと強くなって追い抜かしてやればいいだけだ。

 と、この時のユキトは思った。

 ヤノッサ村に帰ったユキトは、ヒックとアールにも冒険者になりたいと言ってみた。しかし帰ってきた言葉は、他の大人たちと同様のものだった。

 ユキトは納得できなかった。

 ――どうしてみんなおれの限界を勝手に決めるんだよ。ふざけんな!

 村の子供たちに、一緒に冒険者にならないかと誘ってもみた。

「大会を見て凄いと思ったけど、なろうとまでは思わなかったよ」

「ぼくになれるとは思えないな」

 ユキトに賛同する子は一人もいなかった。

「じゃあ、お前ら大人になってもずっとこの村で暮らすのかよ」

「仕方ないんじゃない。ここに生まれたんだし。それがぼくの運命なんだと思うよ」

 ――腑抜しかいないのかよ! もういい、おれ一人でなってやる。

 それからユキトは、冒険者になるための最低条件である十五歳になるまで、一人で特訓を開始した。

 毎日体を鍛えるユキトを見て、無理だと笑う大人たちを無視し、ヒックとアールの反対を押し切り、 

「リーガで一番の冒険者になってくる!」

 と村のみんなに宣言し、ヤノッサ村を飛び出し、ユキトは冒険都市リーガへと旅立った。

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