第21話 一縷の望み
クララによると、星の雫の効果は一時間程続くという。
二人は【クララ・クルル】のユニオンホームへと帰るため、すっかり風光明媚となったアルセの森の中、入り口の小転移石への道程を辿っていた。
常に星命素が噴き上がっている幻晶泉付近と比べると、幻晶泉から離れた森の中の虹粒は格段に少ない。それでも虹輝によって彩られる森の中は、無数の七色蛍が飛び交っているかのような、美しい幻想郷の様相を呈している。
耀さも充分で、行きしなに使用していた探索用ランタンは、クララの無限袋の中に仕舞ってある。
星命素の玲瓏な色光が辺りを照らしていなければ、見逃していたであろう素材アイテムを、クララが目敏く発見する。
「あ、コバルト草だ」
多種多様な植物が生い茂る中に、その名の通りコバルト色をした草が混じっていた。
クララがコバルト草に歩み寄り、採取しようと身を屈め、手を伸ばした時だった。
周囲に屹立する巨木の太い枝の上から、一匹の魔物が飛び出した。
梟型魔物、ゼムゼレット。魔物レベルは5で、夜のアルセの森の王者である。
体高約二メードル。白い羽毛に覆われて、丸く膨らんだ大玉のような体形の横幅は、翼を折りたたんでいれば体高とさほど変わらないが、両翼を広げると約五メードルにもなる。黄色い嘴。足の爪は猛禽類の例に漏れず、長く鋭い。顔の周囲、背中、翼の外側に生えるは、暗緑色の羽毛。翼の内側は、上から暗赤色、橙色、暗緑色の三色階調。
枝から丸い躰を蹴りだし、クララの背後目掛けて無音で飛翔し、急接近するゼムゼレット。
クララだけでなく、コバルト草を採取するクララを見守るユキトもまた、ゼムゼレットに背中を向けている。
ゼムゼレットがクララの小さな背に鉤爪を立てようとした刹那、抜剣した一振りのガルウィングソードが命を薙いだ。
アルセの森は夜になるとダンジョンレベルが5に上がり、クララにとっては危険な場所であるため、ユキトは行きと同様、神経を研ぎ澄まさせ、油断なく辺りを警戒していた。それに加え、行きと違い今は視界が明るい。大木の枝の上に一匹のゼムゼレットが止まっていることに、ユキトは少し前から気づいていた。
もしもユキトがゼムゼレットの方に顔を向けていたならば、ゼムゼレットは飛び掛かることを躊躇したかもしれない。そうなったとすれば、クララがコバルト草を採取し終え、再び歩みを始めた二人の隙を窺い、攻撃してくる可能性があった。ゼムゼレットを警戒して、後ろ歩きをするのは面倒だと、そこまで思考を巡らせたユキトは、気づいていない振りをし攻撃を誘い、今ここで倒した方が楽だと断じたのだ。
一閃両断され悲鳴を上げたゼムゼレットは、星命素となって世界を巡る旅に出掛けた。
「きゃ!」
背後の悲鳴に振り向き、クララもまた悲鳴を上げる。
ゼムゼレットの消えゆく体から星命素が飛び出した時、不可思議な現象が起きた。
星命素とは別に、片手で覆えるくらいの水色の球が、数個飛び出したのだ。
中空に放り出された水色の球は、そのままいずこかへと飛んでいく。
それに目を移しながら、クララが訊く。
「ありがとうございます。それで、あれはなんなんですか?」
「わからない」
「ユキトさんも知らないんですか?」
ユキトは首肯する。
「初めて見た。多分、星の雫を使っているから視えた何かなんだろうけど、それ以上のことはわからないな」
「経験値、とか」
「今のがか?」
「なんかそんな感じがしませんか?」
言われればそんな気がしないでもなかったが、ならば一つ疑問が残る。
「だったらどこに飛んで行ったんだよ」
「それはわかりませんけど、そもそもレベルアップってどういう仕組みなんですか?」
「生物を殺め続けたら起こる現象で、より強い相手を殺める程、多くの経験値が貰える、くらいにしか知らないな。まあ、戦ってたらその内レベルアップして強くなるってのは、当たり前っていうか、そういうもんだと思ってたから、あんまり深く考えたことなかったな」
「今の水色の球がなんなのか、調べてみませんか? ユキトさんのレベルが上がらなくなった原因が、なにかわかるかもしれませんよ」
レベルカンストとレベルフルカンストは、治す手段がないと言われている。
水色の球の正体を調べたところで、治るとはユキトには思えなかった。しかし、レベルフルカンストしてしまった今、暫くの間は冒険者の先輩として、クララの指導を行えるが、クララが成長し、バトルレベルを追い越され、大きく先を行かれた時、その後の人生をどうするか、ユキトには自分の未来が全く先見できなかった。
クララと共に頑張り始めた今『これからも冒険者を続けたい』その気持ちが大きくなってきていることに、ユキトは気づいていた。
レベルフルカンストしたことを理解した瞬間に、一番強く感じた感情は『まだ冒険者を辞めたくない』だった。
レベルフルカンストしてどうしていいのかわからない、けれどもまだ冒険者を辞めたくない。
このままなにもしなければ問題は解決しない。
だったら駄目で元々、一縷の望みをかけて調べてみるのもいいかもしれない。ユキトはそう思った。
それにユキトはクララの教育係でもある。その自分が生徒の質問に対して答えられないというのは如何なものか、という思いもあった。
「関係なさそうだと思うけど、明日にでも一応ガゼさんに訊きに行ってみるよ。ガゼさんだったら知ってるかもしれないし。あれがなんなのか、知っておいて損はないんだしな」
「ガゼさんって、ユキトさんの憧れのベテランの冒険者の方でしたよね」
ユキトが肯定する。
「じゃあ、わたしはその間に、錬金術の武器調合に詳しいバートさんのところへ行って、錬金術で武器を調合する時のコツを訊いてみます。お母さんが自分で作ったって言ってた星の雫のレシピを、バートさんは知らないはずですから、星の雫のレシピを提供すれば、武器のレシピを教えてもらえるかもしれません」
「お前の母親オリジナルの星の雫のレシピを、そんな簡単に他の奴に教えてしまって平気なのか? バートが言ってたけど錬金術のオリジナルレシピって、錬金術士同士でもなかなか教え合わない貴重なものなんだろ?」
「はい、ユキトさんの言う通りです。錬金術士全員が、全てのレシピを発想することができるわけではなくて、自分しか知らないようなレシピというのは、錬金術士にとってとても大事なものです。けれどわたしは武器のレシピを一つも知りませんし、誰かに教えてもらわないと、いつ自分で思いつけるのかもわかりません。今のわたしには星の雫のレシピしか、交換できるものがありませんし、ユキトさんの武器を作れるようになることは、お母さんに会うというわたしの夢に繋がっていることだから、きっとお母さんも許してくれるはずです」
「そっか。それならそっちは任せるよ」
ユキトがそう言うと、クララは任せてください! と自分の胸をドンと叩いてみせた。




