第16話 新生ユニオン【クララ・クルル】
晴れてクララと仲間になれたユキトが、二人で最初にしたことはユニオンの統合だった。
共に努力していくことを誓い合った二人が、それぞれ別のユニオンに所属しているわけにもいかない。
ユキトが立ち上げたユニオン【リスタート】のユニオン名の由来は、言葉通りの意味で再出発。
一方、クララが立ち上げたユニオンの名は、なんと自分の名前そのままの【クララ・クルル】だった。
理由を問うと、
「頑張ってユニオンランクを上げて、有名ユニオンに上り詰めることができれば、【クララ・クルル】というユニオン名が知れ渡って、どこかにいるはずのお母さんの耳にまで届くかもしれないって思ったんです。そうすれば、お母さんに会えるかもって、思って付けたんです」
「そっか。それならユニオン名は【クララ・クルル】の方が、おれも良いと思う」
ということで、ユニオン名はすんなりと決まった。のだが、どちらがユニオンリーダーをやるかについては一悶着あった。
ユキトはクララがリーダーに相応しいと主張し、クララはユキトをリーダーに推薦するという押し問答が少々続くこととなった。
結局ユニオン名が自分の名前になっているクララがユニオンリーダーをやるべきだ、というユキトの主張がどうにかこうにか通り、ユキトはサブリーダーを務めるということで落ち着いた。
下剋上で見事勝利した【リスタート】は、ユニオンランクが【へゼズタ】と入れ替わった。
その【リスタート】と統合し、新生した【クララ・クルル】のユニオンランクは7924位。
各ユニオンが保持する総ユニオンポイントは、クエストカンターでクエストクリアを報告したり、ダンジョンで採取したアイテムや魔物からのドロップアイテムを、ギルドの買い取りカウンターで買い取ってもらったり、下剋上で勝利する、または敗北するという、ユニオンポイントが増減する行動を取った時に、ギルド本部内での事務処理が終わった時点で即時更新されている。それに伴いユニオンランキングも即時変動している。
つまり、一日の内に何度もランキングが変動するということも、ままあるのだ。
その度にユニオンホームの引っ越しを行うことは、現実的ではない。そのためリーガでは、引っ越し作業は月初めの初日に一斉に行うことになっている。つまりユニオンランキングが変動しようと、一ヶ月の間は同じユニオンホームで過ごすことになる。
他ユニオンがユキトよりも先に【へゼズタ】に下剋上を申し込み、【へゼズタ】が勝利してしまえば、その後にユキトが【へゼズタ】に下剋上を申し込んだ時に【へゼズタ】から拒否される可能性があった。ビンゲの性格を考えれば、拒否される可能性は限りなく低いように思われたが、一応念のため、ユキトは今月の初日の朝早くに、ギルド本部へ赴き【へゼズタ】に対して下剋上を申し込んだ。
だが【リスタート】と【へゼズタ】の下剋上が行われたのは、執行場所の調整等の都合により、申し込んでから数日後のことだった。
ということで、ユニオンランクは大きく上がったが、ユニオンホームは来月まで変わらない。
新しく創ったユニオンは、ランキング最下位からのスタートとなる。
ギルド本部が最下位ユニオンに貸してくれるユニオンホーム。
それは突風が吹けば屋根も壁も吹き飛びそうなあばら屋であった。
廃材の薄い木板で建てられたホームの造りは雑そのもので、隙間だらけで雨漏りもする。誤って壁にもたれかかろうものならば、そのまま家は倒壊するだろう。
ユキトとクララのたった二人が入っただけで狭苦しく感じる。絶対十人入ることは不可能な狭さである。
外に出ると、近隣には似たようなユニオンホームが建ち並んでいる。道には、狭すぎて全員が中に入れない、人数の多い他ユニオンの冒険者たちが、テントを広げホームレス生活をしている。
ユキトの場合、つい最近まで【アスギー】のユニオンホームに世話になっていたため、その落差は激しく、慣れるまでにかなりの時間を要した。
兎にも角にも、ここが二人のユニオンホームであり、ここから再出発が始まるのだった
共に努力を積み重ねていく決意をしたユキトとクララだったが、二人の間には15ものバトルレベルの差が開いている。
クララがユキトに合わせることはできないし、かと言ってユキトがクララに合わせてしまうと、ただでさえレベルカンストしているユキトには、ほとんど経験値が入らない。
そのことについて二人は、風でガタガタ揺れるユニオンホームの中、膝を突き合わせて話し合っていた。
勿論、椅子等の家具が用意されているわけもなく、二人は床の上で足を崩していた。
「やっぱりクララ一人でダンジョンに行かせるのは心配だな」
「大丈夫ですよ。ダンジョンにいる時は、きちんと周囲を警戒してますから」
それは本当のことだろう。スティンギーに襲われて大怪我を負うという経験をしたのだ。どうしたって警戒心は高まるはずだ。
それでもユキトの心から懸念は消えない。
自分のせいでクララに大怪我をさせてしまったという負い目は、おそらくずっと消えないだろう。
「あの、入団希望者はまだ来ないんですか?」
ユキトが首肯する。
「来てたらギルド本部から通知がきてるはずだ」
二人はギルド本部の総合カウンターで、二つのユニオンを統合した際、ユニオンメンバーの募集をかける旨も、併せてギルド職員に伝えていた。
「わたし、また頑張ろうとしてるユキトさんの足を引っ張りたくないんです。わたしに構ってるせいで、ユキトさんが強くなれないなんて、わたし申し訳ないです」
立てた両膝を抱え込むようにして座っているクララが、顔を俯ける。
「バトルレベルは上がったのか?」
「まだ1です」
「だったら尚更一人では行かせられない。もう少し強くなるまでは、前みたいに毎日一緒についていくからな」
これについてはユキトとしては譲れなかった。
しかしクララの気持ちもわからないではなかった。自分がクララと同じ立場だったらと考えた時、おそらく自分も同じ気持ちになるに違いないと思ったからだ。
だからクララの気持ちを少し汲んだ案を提示する。
「暫くの間は、前みたいに二人でモネア平原に行って、素材アイテムを採取しながら魔物を探して、見つけたら戦う。それである程度調合に必要な素材アイテムが溜まったら、一旦リーガに戻って来て、クララは調合の練習をする。その間はおれが一人で、おれのバトルレベルに合うダンジョンに行って強くなる。不満かもしれないけど、今はこれで我慢してくれ」
クララがバツの悪い顔をする。
「……それが、街中の空き地で調合の練習してたんですけど、わたし失敗することが多いから、灰がたくさん溜まっちゃって。勿論、ゴミ捨て場に捨てに行ってたんですけど、毎日のように灰の山を作っちゃってたら、近隣住民の方々から苦情を言われちゃいまして……。それで街中で調合できなくなっちゃったんです。それで、今はモネア平原の中で調合の練習をしてるんです。勿論、最大限に周囲を警戒しながらですけど」
それではユキトの案は使えない。
ユキトは視線を上向けて代替案を思索する。
「そうだ。ならモネア平原はやめて、アルセの森にしよう」
大転移石から、青く輝く転移光を体に纏わりつかせながら、ダンジョンの入り口に設置してある小転移石へと転移した二人の目の前に広がっていたのは、木々たちと多種多様な植物が生い茂る森だった。
ダンジョンレベル1、アルセの森。
「ここなら安全に調合の練習ができるんですか?」
初めて来たダンジョンの風景を珍しそうに眺めながら、クララが訊いた。
「絶対に安全ってわけじゃないんだけどな。モネア平原でやるよりは、格段に安全な場所が奥にあるんだ」
言いながらユキトは木々の間の小道に入っていく。クララが後に続く。
森の中に入ると、頭上を樹木の枝葉が覆い隠し、周囲の明度が、ぐっと下がった。清涼な植物の香りに、全身が包まれる。
差し込む木漏れ日を頼りに奥へと進む。柔らかい風が吹き、葉擦れの旋律に合わせて、木漏れ日たちが気持ちよさそうに揺れ踊る。
「あ、これ錬金術に使えそう」
クララが見つけたのは、小道の脇に落ちていたオイルフルーツだった。
半分より上部よりも、下部の方が膨らんだ、ずんぐりとした形をしている。外皮は深緑色。実の中の中心部分に大きな楕円形の茶色い種が一つ入っていて、その種が油分を多く含んでいる。
「拾っとこう」
クララが無限袋の口を開け、その中にオイルフルーツを放り込む。
その他にも、折れて地面に落下していた灰色の樹皮を持つ樹木、キーリャの枝も、「これも使えそう」と言って採取していく。
本当にそれらが錬金術で使える物なのかどうか、錬金術の造詣が浅いユキトにわかるわけがなかったため、ユキトは特になにも言わなかった。
自分がまだ調合できない調合アイテムの、調合に必要な素材アイテムを目視で発見した時、それが錬金術に使えるアイテムかどうか、錬金術士は『何となく錬金術に使えるアイテムっぽい』と感じることができる。
そのことをクララは知らなかったが、その能力を無意識で発揮していた。
目的地に向かう道中、魔物と共生している鹿や狸や狐等の野生動物たちの姿が散見される。
魔物とも何度か遭遇した。
野生動物たちの可愛さに、笑みを浮かべて癒されていたクララの目の前に、頭上から突然、体長二メードル二十セーチ程もある蜘蛛型魔物、カーヴスパイダーが糸に垂れ下がりながら落ちてきて、クララは大きな悲鳴を上げていた。
モネア平原にも出現するスライム型魔物プルンは、アルセの森にも出現する。
ユキトが教育係をしていた頃に、モネア平原でプルンと戦っていた時と比べて、クララの立ち回りは明らかに向上していた。一人になっても頑張っていた成果が確実に表れていて、ユキトは感心した。
クララのバトルの練習兼、経験値稼ぎを繰り返しながら、奥へ奥へと向かっていく。
そして目的地に到着する。
そこは森の奥の開けた場所にある泉だった。
差し渡し約六十メードル、幅約百メードルの大きさの水瓶が、二人の目の前に広がってる。
泉が湛える水は、少し青みがかった透明な色をしていた。
泉の周囲には、淡い赤紫色の花弁、線形の葉をした美しい花が群生している。今は陽射しがあるため目立たないが、よく見ると青白い燐光を放っている。
それを目にしたクララが声を上げる。
「あ、幻晶花!」
「よく知ってたな」
「お母さんが、錬金術の調合の材料に使ってるのを見てたので」
「なら幻晶花の危険性も知ってるんだな」
クララが肯定する。
幻晶花は美しい花であると同時に、魔物という側面を持つ。
たった一滴であろうとも、生物の体液に反応し、幻晶花は魔物と化す。
幻晶花には眼が備わっていないが、代わりに茎と葉に生物の熱、つまり体温を感知する能力が備わっている。
その能力を持ってして、体液が触れたその瞬間、一番近い熱源反応体に対し、麻痺のステータス異常にする効果のある、麻痺タネ大砲を放つ。
体液を触れさせた対象を麻痺にすることで行動不能にすると、根を対象に伸ばし、絡みつかせて対象の体躯をフォゾンへと還元する。
水分ではなく星命素を養分とする幻晶花は、その星命素を、根から吸収することにより養分を吸い取るフォゾンドレインを行う、という性質を持つ。
自衛と栄養補給を兼ねた、この一連の行動は、消費エネルギーを必要最小限に抑えて行われている。
体液とは具体的に言えば、汗、血液、唾液、尿、である。
血液を流しているということは負傷していて弱っている可能性が高く、捕食成功の可能性が高い。
排尿している時というのは、隙が生まれている瞬間であり、捕食成功の可能性が高い。
涎を垂らしているということは、空腹で弱っている可能性があり、食べ物のことで思考が満たされており、周囲に対して注意散漫になっている可能性が高く、捕食成功の確率が上がる。
汗や唾液が付着したということは、汗のついた体で花を手折ろうとされている、もしくは食まれようとしている可能性があり、早急に自衛行動を取る必要がある。
幻晶花は、疲弊しておらず、注意散漫になっていない対象を攻撃し、仕留められずに、無駄にエネルギーを消費して、自分の方が疲労してしまうことを嫌う。
そのためこれら生物の行動、状態を利用し、捕食確率を高めている。
「幻晶花を触る時は、口を閉じて必ず手袋をしなさいって、お母さんが教えてくれました」
「知ってるならそれでいい」
「ここは幻晶泉なんですね」
ユキトが首肯する。
「幻晶花にさえ気を付けていれば、他の場所に比べてかなり安全だ」
目の前で水を湛えている泉が湧出しているのは、水だけではない。幻晶泉であるこの泉は、低濃度により視ることは叶わないが、泉の底よりも遥かに深い地中の最奥、星の中心より、常に星命素が噴き出し、泉の上空で舞っている。
星の中心から湧き出す星命素を根から吸収し、幻晶花は季節を問わず、一年を通して青白い淡光を放ちながら咲き続ける。その性質から万年晶という別名でも呼ばれる。
故に幻晶花は、幻晶泉の周囲に群生する。
周囲に棲息する動物や魔物たちは、幻晶花の捕食行動を恐れて、幻晶花が群生する、幻晶泉に近づくことを嫌うのだ。
勿論、嫌うだけであり、物理的に近づけないわけでは決してない。何らかの理由で、動物や魔物が幻晶泉にやってくることは、稀にだがある。
完全な安全地帯というわけではなかったが、魔物の行動範囲内である、ダンジョンの中やダンジョンの周辺地域で、錬金術の練習をするのであれば、幻晶泉で行うのが一番安全だった。
「なるほど。ここでならわたし一人で錬金術の練習ができますね」
「幻晶泉にも、たまに魔物がやってくることがあるんだ。今のクララじゃ一人で練習はさせられない。おれも付き合うからな」
クララが不満顔になる。
「心配してくれるのは嬉しいんですけど、わたしのせいでユキトさんの努力の時間が減っちゃうのは、やっぱり嫌です」
「だったら早く強くなってくれないとな」
これ以上なにを言っても、ユキトの頑なな意志は変わらないと理解したクララは、こうなったらとにかく頑張って強くなるしかないと、気持ちを引き締める。
「わかりました。わたし、できるだけ早く強くなるよう頑張るので、それまで護衛をお願いします!」




