番外編 : アイバーンの生涯
アイバーンの昔話です。
読まなくても次話に影響ありません。
最近鎧の人間たちが森を荒らして僕の友達を虐めるし、あちこちで人間たちが戦い始めたなぁ。
確か前にも同じことが起こったような気が・・・
彼は一体何者なんだろう。
出会ってきた中で一番不思議な感じがするなぁ。
まぁ悪い人ではなさそうだし。
「君もそう思うよねぇ?」
「ピピョ」
アイバーンの腰に巣を作っていた鳥が小さく頷くと共に隣の小さな幹を突く。
そこで立ち止まり何千年という昔の記憶を辿る。
それは今のアイバーンにとっての分岐点。心の奥の残虐。暴虐と残酷が入り混じる人間だったころの自分自身である。
フレヨルドの歴史がまだ浅かった時代、私は鉄の意志ち揺るがぬ決意を備えた勇猛な戦士だった。
しかしアイスボーンと呼ばれる種族が興隆すると、私の一族を「自分たちに逆らおうとする哀れな低命の者」と見下す彼らに対し、私は無力だった。私は同族の者たちと共に、魔力を持つ圧制者たちの支配を転覆させるたの策を練った。
「残酷なアイバーン」が率いる歴戦の軍団は、凍てついたフロストガードの泊地から帆を掲げ、あらゆる魔力の根源であると伝説で語られる、遥か遠くの地を目指した。
その力を己のものにできたなら、私はアイスボーンを打ち破れるだろう。
水平線を越えていった船団はやがて人々の記憶から消え、伝説の仲間入りをした。
そう、二度と戻らなかったのだ。
雪に刻まれた足跡のように、我々はフレヨルドの歴史から姿を消した。
崇高な目的のため突き進む船団に海は大波の牙を剥き、男たちの闘志を揺るがした。
翻心した臆病者たちを何人も剣にかけたアイバーンは船団をアイオニアの海岸に上陸させ、抵抗する地元民を無慈悲に切り捨てていった。
アイオニア人たちは降伏し、フレヨルド人たちを「オミカヤラン(世界の中心)」の名で知られる神聖な木立へと案内した。我らアイバーンの手勢のほとんどは、これを征服者に対する恭順を示す贈り物だと受け取った。
だが、その奇妙な緑の園で激しい抵抗に遭った。
謎めいた新たな敵が現れた。半人半獣の怪物たちが次々と物陰から襲いかかり、征服者たちの軍勢を少しずつ削いでいった。
それでも私は退かずに戦い続けた。
やがて傷だらけのわずかな軍勢の生き残りは、アイオニア人たちが極めて神聖なものとしていた「カミヤナギ」――金緑の光で煌く長い糸葉をそよめかす巨木を発見した。
敵の最後の襲撃によって手勢を皆殺しにされる間、私はその神秘の大樹に心奪われ、立ち尽くした。
しかしやがて、敵の戦意を挫かんと、私は戦士十人にも匹敵する力で、握りしめた戦斧を大樹に叩き込んだ。だが、その手には何の衝撃も感じなかった。何の感覚も。感じたのは、カミヤナギを切り倒しその生命を終わらせた瞬間に溢れ出た、ただ目の眩むような光だけだった。
次に起こったことは、さらに奇妙だった。私の両手は握った戦斧、そしてカミヤナギの堅い樹皮と融合し、一つとなったのだ。手足はぐんぐんと伸び、ゴツゴツと節くれ、ざらざらとした手触りになった。
全身が変容していく間、私はなすすべもなく立ちすくんでいた。ほんの数瞬のうちに、私の体は高さ3メートルにまでなり、死んでいった仲間の死体の山を見下ろしていた。
もはや自分の心臓の鼓動は感じられなかったが、覚醒した意識がそこにあった。
自分の中から声が響いた。「見よ」
ほんの数秒と感じられる時間の中で、仲間たちの死体は色とりどりのキノコと群がる虫に覆われ、腐っていった。その肉は腐肉食いの鳥やオオカミの糧となり、骨は分解されて土を肥やし、そこには征服者たちが貪った果物の種が芽吹き、やがてその果実をたわわに実らせる木々へと育っていった。
丘が盛り上がり、またならされていく様は、穏やかに呼吸をする誰かの胸のように見えた。
まるで色鮮やかな心臓の鼓動のように、葉や花弁は刻々と色を変えた。
私の周りに積み上げられた数多くの死から、信じられないほど多くの生命が脈動する様を、目の当たりにした。
それは、私がその人生で見てきた何よりも美しい光景だった。生命はあらゆる形をとり、あり得ないほど複雑な結び目のように互いに絡まり合い、求めあうように繋がっていた。
自分の犯してきた過ちを、他人に叩きつけてきた残酷さを振り返ると、怒涛のように後悔と悲しみが沸き起こった。私がすすり泣くと、樹木のようになった彼の体を覆う樹皮と葉には、露のような涙が浮かんだ。自分はカミヤナギになったのだろうか?私は自問した。
再び、内なる声が聞こえた。「聴け」――私は従った。
最初は、何の音も聞こえなかった。
やがて……数えきれない獣たちの嗚咽に、河川の怒声に、木々の哀号に、苔がこぼす涙の音に気付いた。
それはカミヤナギの死を嘆く哀悼の交響曲だった。私は良心の呵責に赦しを乞うて泣き叫んだ。
すると、小さなリスが彼の脚に身を寄せてきた。私は近くにいる動物たちの視線を感じた。植物たちはその根を彼の方へと差し伸べた。大自然に見つめられ、私はそこから温かな赦しを感じた。
アイバーンがついに動き出した時には、すでに一世紀が過ぎ去っており、世界は新しいもののように感じられた。かつての自分自身の暴虐と残酷は、心の奥の残響となっていた。多くの破壊をもたらしていた昔の自分には決して戻るまい。しかし――内なる声に問いかけた。なぜ自分なのか?なぜ自分は赦されたのか?
三たび、声が響いた。「育てよ」
私は戸惑った。私自身に育てと言っているのか、それとも世界を育てる助けをせよと言っているのか?おそらく両方だろう――そう受け止めた。それに、もう少し育ったとしても悪いことはないし、むしろ何かの役に立つのではないだろうか?
私は見下ろしてみた――自分自身を、樹皮のような肌を、腕に生えたキノコを、かつて剣を佩いていたあたりに住み着いているリスの一家を。
この新しい肉体は、まさに驚異だった。爪先で深く土を掘ると、根や虫たちと話ができることに気付いた。土さえも、自分自身の意見を持っていた!
私は、この世界の住人全てと友達になることが素晴らしい始まりになると心を決め、それを行動に移した。これには数世紀がかかった。
私本人にさえ、はっきりとした長さはわからなかった――楽しい時間というものは、飛ぶように過ぎていくものだ。
私は世界をさすらい、大きな生き物から小さな生き物まで、ありとあらゆるものと親しい友情を結んでいった。
相手のお茶目な欠点を観察し、ちょっとしたクセに喜び、困っていれば手を貸した。シャクトリムシに近道を用意したり、いたずらなブランブルバックとふざけたり、トゲトゲのエルマークの肩を抱いて元気づけたり、歳を重ねたシワシワのキノコと共に笑った。
私の行くところ、森は常春のように花開き、獣たちは調和の中で暮らした。
時には無分別な肉食獣によって意味もなく痛めつけられた生き物を救った。一度など、傷ついたストーンゴーレムを見つけたこともあった。
その哀れな生き物が死にかけていることに気づくと、私は川の小石から新しい心臓をこさえて彼女に与えた。あらゆる無機物生命体の例に漏れず、そのゴーレムは私の生涯の友となった。
私は彼女を「デイジー」と名づけた。彼女の石の体から不思議にも芽生えた花の名前だ。今では、アイバーンが危機に陥った時に彼女は全速力で駆けつけてくれる。
私はしばしば人間の集団と遭遇したが、その大半は概ね平和的であった。人々は彼を「ブランブルフット」または「豊緑の神秘」と呼び、彼の奇妙な慈愛について物語った。だが、自らが与える以上に奪い、どこまでも残酷になれるという悪い意味での人間らしさに心を乱された私は、彼らから距離を置いた。
その時、内なる声が四たび語りかけた。
「示せ」
私は森を後にし、人間によって支配された世界へと旅立った。かつて持っていた固い意志が蘇ったように感じられたが、それはもう悪意や残忍さに突き動かされたものではない。いつか、自分が奪ってしまったものの代わりになりたい、私はそう望んだ。
私が新たなるカミヤナギと呼ばれるには、人類を啓発し、彼らが見て、聴いて、育っていくよう導かなければならない。
かつて人間だったからこそ、私はそれがどれほど困難であるかを理解していた。だからこそ、私は微笑み、最後の太陽が沈むその日までにこの使命を成し遂げようと誓いを立てた。残された時間はまだ長いのだから。
「ふぁ。久しぶりに過去の自分に浸ってしまったぁ。
えーーとなにしようとしてたんだっけ・・・
まぁいっか。」
隣には大きな大樹が根を下ろし小さな鳥がアイバーンをつついていた。