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第8話 身分という壁


レシド先生から許しを得て、ぼくとお嬢様と先生とサラで"辻が丘"に遠乗りにでかけた。


お嬢様とぼくはそれぞれのポニーに乗り、先生とサラは馬に二人乗りする。


辻が丘はサンロード公爵領内にある草原で、屋敷から馬で15分程度のほど近い場所にある。

木々も少なく、見晴らしも良いため、軍の演習場としても使われる場所だとか。辻が丘の近くには軍の駐屯所もある。

今回はそういった事情のため、護衛の随伴はなし。


お嬢様は丘の上の大樹の前に、サラと二人でウキウキと敷物を広げていく。

サラが用意したバスケットには、これでもかとサンドイッチと果物とジュースが詰められめいた。


「ん〜〜っ!美味しいわ!青空の下で食べるサンドイッチはどうしてこんなに美味しいのかしら」


お嬢様はリスのように頬を膨らませて、サンドイッチをかじる。


ぼくはお嬢様が喉を詰まらせたときのためにジュースのコップを持って待機する。

ほどなくお嬢様がゴホゴホとむせ出したので、コップを渡す。

やっぱりこうなったか。


「ジェシーくんの従者っぷりも板についてきたね」

と、レシド先生。


「ええ、私もジェシーさんがいてくれてるおかげで助かってます。こうしてのんびりお茶を飲む時間ができるんですから」

と、サラ。


「サラさんはちょっとのんびりしすぎたと思う」


「そんなことないです〜」


ま、お嬢様の世話には慣れてきた。

世話というより介護に近い気がするけど…って、お嬢様が睨んできた。こ、怖い。心でも読めるのだろうか。


「ジェシーも食べて。美味しいわよ」


と、お嬢様が食べかけのサンドイッチをぼくの口元に持ってくる。

手で受けとろうとするとかわされた。


なるほど、口でいけと。


「あーん」


というかこれ、お嬢様の食べかけですよね。

これを食べるんですか、ぼく。


お嬢様が濁りのないキラキラした目で見てくる。


ふぅ、しかたない。

ぼくはお嬢様の手を引き寄せ、ぱくりとサンドイッチを食べた。


が、

「ふふ、関節キスね」


なんて、お嬢様が言うものだから思いっきりむせた。

ゴホゴホ、ゴホゴホといつまでも咳が出る。


騙された。

お嬢様が濁りのない目で〜なんてこと、あり得ない。このお嬢様はだいたいいつも何か企んでるに違いないのに!

──と、ここ2週間で気づいていたはずなのに!くっ…!


こんどはお嬢様が、ジュースをぼくに差し出す番だった。


「ふう、死ぬかと思った。お嬢様、ぼくを殺す気ですか」


「もう、大げさね。わたしが大事なあなたを害するわけないじゃない」


"大事な"の部分で心臓が跳ねたのはたぶん気のせいだ。

パンを喉に詰まらせ、体がまだびっくりしているだけだ。


「青春だねぇ」「ですねぇ」


と大人二人が生暖かい目を向けてくる。やめて。いたたまれない。


「お嬢様、食べ終わったのならさっそく先生に授業をしてもらいますよ。うっかり昼寝してしまう前にね」


「え〜〜、まだいいじゃない。もう少しゆっくりしましょうよ。ね、こうやってシートの上に横になって、ほら、葉っぱの間から溢れる光がきれいでしょう?」


「起きてください。そんなことしてたらまた寝てしまいます」


「くぅ〜……」


「たぬき寝入りは通用しませんよ、お嬢様」


「………」


「え、まじで寝てる?」



「くくっ。大丈夫ですよ、こうなると思ってましたから、ええ」


とレシド先生が遠い目をして笑う。


「ま、私も正当に授業がサボれるわけですし。サラ壌、私と一緒に散歩でもいかがですか」


「まぁ、よろこんで」


「ぼくも行く!」


「ジェシーくん、無粋ですね」


「あなたはお嬢様の従者なのですから、いつなんどきもお嬢様のお側を離れてはいけないのですよ。では」


こうしてぼくは眠るお嬢様のもとへ一人置いていかれた。



「あーあ。気持ち良さそうに寝ちゃってさ」


お嬢様のふわふわの金の髪が太陽の光に反射して眩しい。


こうして静かにしていると、本当に天使様みたいにきれいだ。


震える長いまつ毛に、なんだかドキドキする。


その頬が柔らかそうで、つい触りたくなってしまう。


つんつん、と二度つついたところで我に返る。



普段、お嬢様の天真爛漫さぶりに忘れてしまうけど、この方は本来ぼくとは絶対に関わることのない天上人なのだ。

そんな高貴な方にかんたんに触れてはいけない。お嬢様が気まぐれにぼくに触れるのとはわけが違うのだ。


ぼくはぎゅっと手を握りしめ、上を向く。

木漏れ日が美しかった。




その頃、レシドとサラは肩を並べて歩きながら、彼らの大事なお嬢様と、その従者の話をしていた。


「危ういですね」

と、レシドが難し気な顔で言う。


「まだ子供ですから」


「だからこそです。今からあれだけ親しいと、将来が心配なのです。従者といっても、お嬢様が学園を卒業されるまでの間でしょう? 王家に嫁ぐ際には従者といえど男など連れていけないでしょうし。離れ難くなって駆け落ちでもされたら公爵も王室も怒り狂うでしょうね」


「駆け落ちなんてしませんよ」


「どうしてそう言い切れるのです? 恋の激情はは身分差なんて軽く飛び越えてしまうものですよ。過去の歴史が証明しています」


「いいえ、ジェシーくんは、私達は、きちんと理解しています。何がお嬢様のためになるのか。個人の感情を優先して、お嬢様を自分たちの場所まで落とすようなことは絶対にしません。できません」


「そうか、あなたもお嬢様と一緒には行けないのですね」


「ええ、公爵様との、そういう約束です」


「ままならないものですね。ジェシーくんの存在は、お嬢様にとってかけがえのないものとなりつつあります。そして、ジェシーくんにとっても………願わくば、学園卒業までは幸せに過ごしてほしいものです」


「ええ、そうですね」


サラは思う。

私達は、何がお嬢様のためになるのか、理解している。

でも、それでも、この先ジェシーと過ごすことこそが何を差し置いてもお嬢様の幸せだと判断する日が来たのなら、私はきっと、お嬢様のために………


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