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第6話 魔族の真実の歴史


この日は、歴史の授業もあった。


先生の名はレシド。深緑の髪を束ねた爽やかな男性だ。

家名は名乗っていなかったが、子爵家の5男らしい。

先生は、子爵家の5男など、家督争いの盤上にすら乗れないほぼ平民だと言う。先生はそのことを特に気にする様子もなく、おかげで自由気ままな研究生活が送れて幸せだと笑う。


先生の専門は『魔族と人族の戦いの歴史』らしい。


「我々人間は、約400年前、魔族の王である魔王に『魔力』を奪われました。そのために、魔法が使えなくなってしまいました」


かつて、人間には『魔力』があって、『魔法』を使えたのだという。


魔力はいわば、魔法を使うための燃料だ。

燃料がなければ、魔法は使えない。


でも、魔法って絵本に出てくるあれだよね。

手から火を出したり、水を出したり、氷を出したりするの。


そんな力が、現実にあったなんてとても信じられない。

ぼくにとって魔法は、空想上の産物といったイメージだ。


「それって本当にあった話ですか?」


と、疑いたっぷりに聞いてしまう。


けれど、先生はしっかりと頷く。


「これは、歴史的資料からも確実に言える史実ですよ」


「もし魔力が奪われなかったとしたら、今の私達にも使えたのかしら?」


お嬢様はわくわくと聞いている。


「おそらく」


「魔法が使えたら素敵ね」


「ええ、私もそう思います」


先生はにっこりと笑って話を再開する。


「人間はかつて、神から魔法の力を授かりました。魔法には、火、水、土、風の4属性があり、様々な現象を引き起こすことができました」


「水を出したり?」


「風を起こしたり?」


「ええ、そうです。魔法は、人々の生活をとても豊かにしました」


「魔法が使えたら、どこでもお水を出して飲めるわね」


「ふふ。そうですね。魔法の有用性は高い。魔法を有する人間の王朝は繁栄を極めていたでしょうね。けれど、『魔族』がその栄華を脅かした。教会の"聖書"には次のようにあります」


先生が威厳たっぷりに赤い表紙の分厚い本を読み上げる。


"魔族はとは、神の子たる人間を襲い、食料とする邪悪な鬼である。

アレらは恐れ多くも、神の子たる人間の姿を真似ており、服を着て歩き、人の言葉を話す。

しかし、その見てくれに騙されてはならない。

アレらは人間を騙し、殺すためにその姿をとっているにすぎない。

だが案ずるな。

アレらの姿は所詮猿真似だ。完成な人間の姿ではない。必ずどこかにほころびがある。

目を見よ、燃えるような赤ではないか。

頭を見よ、獣の角が生えていないか。

口を見よ、鋭い牙がないか。

探せ、探せ。探しだして、屠るのだ。

子を守れ、アレらは熟す前の柔らかい肉を好む。

年若い娘を守れ、アレらは生娘の生き血を好んですする。"


「うへぇ」


ぼくとお嬢様は顔をしかめた。

聖書にしては血生臭すぎる内容だ。

聖書ってもっとこう、神を信じましょう的なものじゃないの?


「そして、この教えの通り、人間たちは、自分たちの命、そして子どもたちの命を守るため、魔族に戦いを挑みます」


人間は、魔法の力があるとはいえ、魔族相手に苦戦を強いられた。


人間が、火、水、土、風の魔法を使う一方で、

魔族は、闇の魔法を使った。


魔族が作り出す闇は、火、水、土、風をことごとく飲み込んでしまう。


さらに、魔族はその強大な闇の力で『魔物』をも操り、人間を襲わせた。

魔物とは、体内に魔石と呼ばれる魔力の結晶を有した獣だ。普通の獣とちがって体も大きく、凶暴で、個体によっては火を吹いたり、氷を飛ばしてきたりするものもいるという。


人間は絶望した。もうだめだ、誰もが諦めかけた。

しかしそのとき、救世主が現れる。

彼は誰も見たことも聞いたこともない光の魔法の力を持っていた。

彼は眩い光を剣に纏わせ、魔族と魔物を次々に倒していった。

そうするうち、彼は『勇者』と呼ばれるようになる。


魔族には王がいた。『魔王』である。

勇者は魔族と魔物を倒し進み、最後に魔王のもとへたどり着いた。


「そして、勇者は魔王を倒します。しかし、死にゆく魔王は人間に呪いをかけました。人間から『魔力』を奪い、『魔法』を使えないようにしてしまったのです」


そして、不幸はそれだけに終わらなかった。


「魔王が死に、その臣下たる魔族が死に、残された傀儡である『魔物』が世界に放たれてしまいました。魔物は、いまでも人々を襲い続けています」


さて、と先生が声の調子を変え、一冊の古ぼけた本を取り出した。


「ここに、私がある方から密かに譲っていただいた『旧約聖書』があります。今の聖書が書かれるずっと前に書かれた聖書です。ここには、次のようにあります………」


曰く、


この世界は二人の神が作った。女神セイレーンと男神エウロだ。

二人の子共が人間の紀元だとされる。


人間たちはこの地にて、どんどんその数を増やしていった。


しかし、人間は弱かった。


セイレーンとエウロは、人間に特別な力を授けなかったのだ。

人間には、荒れ狂う大自然や先住民である狂暴な動物に対抗する力も知識も足りなかった。


そんな中、セイレーンとエウロは神界に戻らなければならない日がってくる。

彼らは自分たちなきあとの子どもたち、人間たちの未来を憂いた。


そこで相談し、自分たちの力の一部である『魔法の力』を、人間たちに授けることにした。


人族に与えたのは、火、水、風、土、の4属性魔法。


ここで、魔法の力を持つ新人類、『人族』が誕生する。


ここまでは、いまの聖書と同じ内容だった。

しかし、問題は続きがあることだ。

そして、と旧約聖書は続く。


神々は、人族がその力を正しく使うように、その監視者として自分たちの分身を残すことにした。


セイレーンとエウロは、自分たちの体の一部を重ね合わせ、派生神ゼノビアをつくった。

セイレーンとエウロは、ゼノビアに『闇属性の魔法』を授けた。


闇はすべてを飲み込む。


火も、水も、風も、土も。


それらを与えた人族の『監視者』として、すべての力の上位である『闇属性の魔法』を与えることがふさわしい、と。


そして、ゼノビアを人族の監視者として置いた。


やがてセイレーンとエウロは神界に帰っていき、ゼノビアは人族の監視者としての役目を果たし続けた………



「いまの教会の聖書とはずいぶん内容が違いますわ。ゼノビア、なんて聞いたことがないもの」


と、お嬢様は困惑している。


「ゼノビアが使うのは闇魔法なんですね。魔族と同じ……」


ぼくがそう言うと、先生が鋭い視線を向けてきた。


「ええ、その通りです。私の推測ですが、ゼノビアの子孫こそ、魔族ではないでしょうか? だとすれば、魔族もまた、人族の監視者なのでは? 人族から魔法を奪ったのは、魔族の監視者としての正しい行いだったとしたら……400年前の戦争の真実はどこにあるのでしょう」


「まぁ、先生。確かにそういう考えもあるでしょうが………そんなことを言っていると、邪神教徒として教会に連行されますわよ」


お嬢様がひそひそと忠告する。


「教会にとって魔族はただの殺人鬼ですからね。人族の、人間の監視者などとんでもない。そんなことを認めれば、人間は魔族の下位生物になってしまう。人間至上主義の教会が許すはずもない」


「恐れ多いことを言わないでくださいまし、レシド先生」


レシド先生は降参だというように両手をあげて肩をすくめる。


「私が伝えたかったのは、世の中で真実とされているものが、実はそうじゃない可能性がある、ということです。全てをうのみにせず、しっかり考え、自分の心に従って生きてほしい……と、歴史の先生は思う次第です」


先生は最後に冗談っぽくしめると、外国の歴史へと話を移していった。



このときのぼくは、知る由もなかった。


魔族の真実が、ぼくの出生に深い関わりを持つということを。






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