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第4話 サンロード公爵との謁見

ローランド・ディ・サンロード公爵は、濃い茶色の髪をした、お嬢様とはあまり似ていない素朴な感じがする人だった。


お嬢様は、母親似なんだね。


サンロード公爵の執務室に呼ばれたお嬢様は、ぼくとサラを伴って彼のもとへとやってきた。


執務室にはそのサンロード公爵と、その従者らしきおじさん、そして、メイド、それと、きれきなピンクのドレスを着た女の人と、公爵と同じ髪色をした小さな女の子がいた。小さいといっても、ぼくと同い年くらいか。


「お帰りなさいませ、お父様」


お嬢様が、きれいな礼をする。


「ああ、ただいま」


公爵はにこにこ顔で、とても機嫌がよさそうだった。まだぼくの話は行っていないんじゃないかと思った。


「ほら、この子がお前の妹、マリアベルだ」


公爵が促すと、公爵とそっくりな茶色い髪の女の子が前に出てきた。


「はじめまして、お姉さま」


女の子、マリアベルはスカートをちょこんとつまんで頭を下げた。そしてにっこり笑う。つたない動きだけど、可愛い。


それにしても、はじめまして、か。

妹なのに?


「マリアベルはもう貴族の礼ができるんだ。すごいだろう?」


「ええ、そうですわね……」


静かな声が、少し震えていた。


ぼくは壁際に立たされているから、その背中しかみえず、お嬢様の表情がわからない。


「マリアベルも、これからはサンロード公爵家の娘としてここで一緒に暮らすのだ。歳も一つしか変わらぬし、仲良くできるだろう」


「はい、お父様」


マリアベルはたたたっとお嬢様に走りより、その手を取ったようだ。お嬢様の肩がびくりと跳ねる。


「仲良くしましょうね、お姉さま」


「え、ええ」


「うふふ、仲良くできそうで良かったわぁ。こうして姉妹で並ぶ姿はとっても可愛いわね」


ピンクのドレスの女の人が、公爵にしなだれかかるようにして言った。公爵も、嬉しそうに彼女の手を取る。


誰かな?


「そうだな。アルティア、こちらはローズベル。マリアベルの母で、これからお前の母にもなる方だ」


「……お父様、再婚をなさいますの?」


「ああ、はじめはこちらに呼び寄せ一緒に暮らせさえすればそれでいいと思っていたが、関係に名を与えぬままでは彼女に失礼だと。セーロンの勧めもあってな」


はい、と初老の紳士が答える。彼がセーロンなのだろう。


「ローズベル様ほどお美しい方であれば、ローランド様のお隣にもふさわしいかと」


まぁ、とローズベルが微笑む。


初老の紳士はうやうやしく彼女に頷いてから、さらに理由を述べる。こちらのほうが本音じゃないかと思った。


「すでにサンロード公爵家には後継ぎとしてアデル様がおられますし、跡目の心配もない。そして、ローズベル様のご実家は、平民といえど大商家。ローランド様も二度目の結婚でございますれば、何も問題はございませぬ」


しかし、なるほどね。


なんとなくわかってきた。


サンロード公爵は後妻として、愛人とその間にできた子供を正式にこの家に迎えるわけだ。


愛人は正妻になり、非嫡子は嫡子となる。公爵は愛人を屋敷に置けて幸せ。まだ若い公爵に、他の貴族から娘を後妻にとの横槍が入ることも少なくなるから、その対応という側仕えの仕事も減ると。なるほど、みんな幸せと。


なんだそれ、ふざけるな。


お嬢様はどうなる。


こいつら、ちゃんとお嬢様のことを考えているのか?


マリアベルは公爵にそっくりで、確実に彼の子とわかる。そして、そんなマリアベルはお嬢様と一つしか歳が変わらない。お嬢様の母親が亡くなったのは3年前。


完全に浮気の女とその子供じゃないか。


お嬢様の母親が亡くなって3年。そろそろほとぼりも冷めるし、母親の方の実家である貴族家への礼もつくした。で、早速家に引き入れると。


お嬢様にとって、あまりにひどい話だった。



お嬢様が、"味方になって"とぼくに言った意味がわかった気がした。



「さぁ、アルティア。新しいお母様に親愛の証のキスを」


公爵がお嬢様を促すが、お嬢様はその場に立ち尽くしたまま動かない。


「アルティア」


公爵の圧力が強くなる。


ぼくはお嬢様の従者になると約束した。

味方になると約束した。


ぼくが護らなきゃ。


ぼくはお嬢様の側へ駆け寄り、その背に触れた。


「お嬢様」と声をかける。


「ジェシー」


お嬢様は今にも泣きそうな目をしていた。


「その少年は……? ああ、彼がそうか。貧民街からアルティアが拾ってきたという」


お嬢様ははっとして、公爵に向き直る。


「お父様、ジェシーですわ」


「ふむ。で、お前はその少年を下男にでもするつもりか」


「いえ、このジェシーは私の従者にいたしますわ」


「なに?……お前はわかっているのか。従者は主人の品格そのものに関わるのだぞ。公爵家の娘であるお前の従者が貧民街の孤児であるなど、あってはならぬ!」


公爵の激高に、ぼくらはすくみ上がる。


素朴な見た目だけれど、彼もやはり公爵だ。

その威厳は突き抜けている。


「お前の従者候補はすでに手配してある。子爵家の三男坊で、学院の主席卒業生だ。大変優秀だと聞く。お前は王子殿下の婚約者なのだぞ?常にその意識を持って行動せよ。その少年はもとの場所へと戻せ。よいな?」



え……お嬢様って、王子の婚約者なの?


それは……貧民街の孤児が従者なんてますますだめだね。


せっかく居場所ができたと思ったのに。

ぼくはまた貧民街に戻されるんだな。


「いやです」


「お嬢様……?」


まさか、お嬢様が正面から公爵に逆らうとは思わなかった。


「お前は…!」


「ジェシーは私の従者にします。その優秀な従者候補の方には、マリアベルの従者になっていただくのがよろしいとかと。マリアベルは今まで市井で生活していた身。貴族の何たるかも分からぬでしょうから、側に仕える者は、そのように優秀な者が良いわ」


「ううむ…」


公爵の勢いが削がれる。お嬢様の提案に魅力を感じているのか。


公爵への印象が、また一段悪くなる。


「だとしても、やはり貧民街の孤児をお前の従者になどできぬ。お前の従者は新しい者を探す。だいたいな、その孤児が本当に貧民街の者かもわからぬだろう。どこの家の差し金とも限らぬ。お前が従者を探しているこのタイミングで現れるなど、できすぎている」


「お父様、ジェシーは貧民街出身の孤児で間違いないですわ。昨日のうちに"烏"を飛ばして確認できております。どこの家とも繋がりはありませんわ。お父様も、他家の者を王子殿下の婚約者である私の従者にして、その家の影響を心配するよりは、何の繋りもないゆえにしがらみもない者を私の側に置くほうがよろしいのではなくって?」


「それはそうだが……お前は、市井からサラを拾ってきて側に置いているという歴がある。それを知った何者かが、"烏"が遡れぬほど以前から間者として用意していた可能性も捨てきれん」


「ありえませんわ。王子殿下との婚約が決まったのは3年前。その話はお母様が亡くなったからこそ出てきたもので、そうでなければ私が婚約者になる可能性は低かった。そこから私の側に置く間者を用意するとして、それは早くても3年前のこと。"烏"がたった3年も遡れぬとおっしゃるの? 公爵家の烏はどの家よりも優秀ですわ。それに、私がサラを拾ったからといって、次も拾うとは限りませんわ。現に、孤児と見れば誰でも連れ帰ったりはしませんでしたでしょう? このジェシーを見つけたのだって偶然。連れ帰ってきたのも私の気まぐれですわ。間者がそんな偶然中の偶然の可能性にかけるかしら? もっと、確実な方法をとってくるのではなくって? 私からば、確実に私の従者に選ばれるような者に接触を持つでしょう」


お嬢様……すごい。

どんどん論破していく。

格好いい……!


というか、"烏"ってなんだろう?


「あなた、いいんじゃない? よくわからないけど、マリアベルに従者を譲ってくれるというならそれで」


と、ローズベルが言う。


「そうだが……」


「パパ、私に執事ができるの? すごーい、お姫様みたい!」


マリアベルが公爵に抱きつく。

公爵は胸に受け止め、破顔した。


「従者と執事は違うんだがな……まぁ、いいか」


公爵と愛人とその子供、家族の団欒が始まる。お嬢様を置いて。


「では、ジェシーは私の従者にいたしますわ」


これで話は終わり、とお嬢様が確認する。


「ああ、もう好きにしなさい。妙な動きがないかしっかり監視するのだぞ。ローズベルやマリアベルに何かあってもかなわんからな」


「はい、お父様」


お嬢様はくいっとぼくの袖を引き、踵を返す。

しかし、後ろから公爵の声が追ってくる。


「アルティア、お母様に信頼のキスを」


「……はい、お父様」


お嬢様はしずしずとローズベルのもとへ行くと彼女の頬にキスをした。


それから今度こそぼくらは公爵の執務室をあとにしたのだった。





公爵の執務室からお嬢様の部屋に戻ってきた。


お嬢様はぼくとサラに背を向け、しばらく無言だった。


「お嬢様……」


ぼくは心配になってお嬢様の手に触れた。


泣いているのかもしれない。


そりゃきついよね。あんなのひどすぎる。お嬢様だって公爵の娘なのに。公爵は最後まで、マリアベルに向けたような惚けた笑顔をお嬢様に向けなかった。


けれど、お嬢様は泣いていなかった。輝くような笑顔を浮かべてぼくを振り返る。


「やったわね!ジェシー。これで晴れてあなたは私の従者よ!」


「お嬢様……」


「なによ、辛気臭い顔して。生意気顔には似合わないわよ。ね、嬉しいでしょう、ジェシー?」


ぼくの前でくらい気丈に振る舞わなくってもいいのに。ぐちゃぐちゃに泣いたっていいのに。

何者でもないぼくには、そんな顔を向けても何も失わないのに。 


ぼくはお嬢様の従者になるって、味方になるって約束したでしょう?


「はい……ありがとうございます、お嬢様」


いまのぼくではだめなんだな。


ぼくはお嬢様の従者。

絶対にお嬢様を裏切ることのない味方。


そう心から信じてもらえるように、態度で、言葉で、ぼくの全部をかけて伝えていこう。



「そうと決まれば従者服を作らなくっちゃね。その服はお兄様のだから、ゴテゴテしすぎでしょう? 動きづらそうだし」


たしかに、フリルたっぷりでシャツや上着は重いし、白いタイツなんて正直ゾッとしていた。


「では、採寸しましょう」


とサラがメジャーを懐から取り出す。


「さすがサラ。準備がいいわ!」


「うふふ、では。ジェシーさん、服を脱ぎましょうね」


「え」


「うふふ、私も手伝うわ……」


「え、いや、あの、お嬢様は出てってよ!」


「あら、ここは私の部屋よ。どうして主が出ていかなくてはならないのかしら?」


うふふ、ぐふふ、とお嬢様とサラがにじり寄ってくる。

目が怖い。

サラさん、なんかよだれ垂れてない?なんで?ぼく美味しくないよ?


「え、ちょ、待って。きゃーーーーーー!」


………ぼくはこの日、この二人にもみくちゃにされながら、大切なものを失った。気がします。

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