第14話 謹慎明け初日①緊張の対面
いよいよ、2週間の謹慎が明ける。
記憶を取り戻し、"監視者"としての1日目のスタートだ。
ぼくはもう、父上の設定によって作られた孤児のジェシーじゃない。魔王の子で、魔族の王子だ。
これまで通り人間の従者が務まるのか。ぼくは自分の人間嫌いを自覚している。アルティアやサラや他の人間を前にして、自分がどこまで"孤児のジェシー"で、"アルティアの従者"でいられるかわからない。不安だし、誰かにバレやしないかと緊張する。
それでも3週間ほど従者としてやってきた記憶はちゃんとあるのだから、なんとかやれるはず。
一方、不安な内心とは裏腹に、本宅に出向く足取りは軽やかだった。
心の片隅に、なぜだかまだ、孤児のジェシーがいる。小さなカビがこびりつくように、ぼくの心に残っている。彼が、ぼくの足取りを軽いものにさせているのだ。孤児のジェシーは、アルティアを狂おしいほどに求めている。これから彼女に会えることをたまらなく喜んでいる。
そんな可愛らしい感情がぼくの中にあることに戸惑う。
変なかんじ。どこかで人間を嫌いながら、どこかで人間を好んでいる。まるで、二重人格者にでもなったみたいだ。
彼に出ていってほしいと願っても、いなくなってくれない。
孤児のジェシーとして過ごした思い出が、鮮烈な印象と共に、彼をぼくの中に繋ぎ止めているのだ。
そしてぼくも、それ以上彼を追い出そうとはしていない。
ぼくがこれから"監視者"として滞りなく義務を果たすためには、彼の"従者"としての経験がいるからだ。
本宅に出向き、従者の仕事を開始する。
まずは、過去のスケジュール表を見て、アルティアがこの二週間をどのように過ごしてきたか把握する。それと、本日以降の彼女のスケジュールも確認する。
お嬢様のスケジュール管理は、従者の大事な仕事の一つである、らしいので。
それから、アルティアを起こしに向かうため、サラと合流した。
記憶を取り戻してからサラとは初めて接触する。少し警戒したが、思いの外、会話はスムーズに流れていった。怪しまれている様子もない。
「この2週間、ちょっとしたことで癇癪を起こしてしまって大変だったんだから!」
サラがヒステリーに叫んだ。
彼女はずいぶんやつれていた。
アルティアの癇癪は今に始まったことではないけれど、この分だと、これまでよりうんとひどい癇癪だったのだろう。
「それで……何か問題は起きなかった?」
「ええ、特には。使用人の心がまた数人分遠のいたくらいかしら」
「それはまた、何したの?」
「ジェシーくんのことを馬鹿にした使用人に花瓶を投げつけたり、髪の毛を引っ張ったり、一日では帰ってこれないような遠くへ使いへ出したり」
「……なるほど」
『聖女』の資質として、癇癪持ちというのは最悪だ。
そういうやつは、たいてい人の話を聞かない。
魔族嫌い!ムカつくから即殺す!というようなやつでは、こちらの言い分を説明する時間すら与えてくれない。
初代『勇者』や、次代『勇者』がそのタイプだったと聞く。
けれどアルティアの癇癪は、ジェシーを、ぼくを護りたいという思いからきているものだと、簡単にわかる。それは彼女の優しさゆえだ。
先代の『勇者』たちとは違う。
「……ああ、問題といえば、起こったわよ!ええ!起こりましたとも!」
「……なにが?」
「お嬢様ったら、靴下の履き方も、靴紐の結び方も忘れたって言うのよ。前はちゃっちゃと自分でやってたくせに。ジェシーくんが甘やかしすぎるせいよ!ほかにも色々と……おかげで私の仕事はいつもの3倍増しだったんだから」
「あはは……でも、主人の身支度を手伝うのは使用人の役目でしょう? セーロンからそう習ったよ」
「あなたはやりすぎなのよ!」
「そうかな?……基準がわからないから」
まぁ、たしかに今考えると、アルティアのお世話は介護レベルでやってたような気がする。でも、特に苦じゃなかったんだよね……
ちなみに、ノアは、いまぼくの影の中にいる。
人に見られる可能性がある場所では、影の中に入ってもらうように頼んだのだ。公爵家に勝手に他人を引き入れているのがバレるわけにはいかない。ましてや魔族など。ノアの赤い目と黒髪はとても目立つ。気をつけないと。
これは闇魔法の一つ、影潜りの魔法だ。
影の中にいるノアは念話が使える。
『この人間、我が君に馴れ馴れしいですね』
などと、いまも何かぐちぐち言っているのが聞こえる。
ぼくは苦笑する。
ノアの人間嫌いはぼくの比じゃないからね。
「お嬢様、起きてください。朝ですよー」
とサラが間延びした声をかける。
すると、アルティアが勢いよく起き上がった。
いつも寝起きの悪いアルティアにしては珍しい。
おかげで心の準備もままならないうちに、彼女と対面する羽目になってしまった。
「サラ、ジェシーは!?」
「おはようございます、お嬢様。ジェシーくんなら、そこにおりますよ」
「ジェシー!!!」
アルティアがシーツに足を取られながらぼくに駆け寄ってくる。
転けそうになりながらやってきた彼女を、とっさに胸の中に受け止めた。
「ああ、ジェシー、ジェシー!」
アルティアはひとしきりぼくを抱きしめたあと、今度はぼくの顔をペタペタと触りまくる。
「ほかの使用人たちに何もされなかった?大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ、お嬢様」
ぼくはアルティアを引き剥がして距離を取る。
彼女の整った顔を間近で見てしまい、心臓が不規則に鳴った。
いや、何を狼狽えてるんだよ。
しっかりしろ!
相手はただの監視対象者だぞ。
アルティアのふわりとした金の髪は相変わらずきれいで、青い目は潤んでいて、
やっぱり、可愛くて。
ああ……、だめだ。
「ジェシー、少し背が伸びたかしら?」
自然に、自然に。
ぼくは貧民街の孤児。
公爵令嬢に拾われた7歳の人間の男の子。
「そうですか? 自分ではわかりません。あ、でもお嬢様と少し目線が近くなった気がします」
「たった2週間会ってなかっただけなのに……」
「ぼくはいま、絶賛成長期ですからね。お嬢様の背なんてすぐ追い抜きますよ」
「ふふ、そうね」
「あら?『追い抜かせないわよ!』とか言うかと思ってました」
「それ私の真似かしら? 似てないわ!」
「サラ公認のモノマネだったのですが」
「私で遊ばないでちょうだい!」
「ふふ、相変わらずのお二人で安心しました。さあ、もうすぐ朝食が運ばれてきます。お着替えしましょうね」
公爵との約束で、アルティアは一日のうち夕食だけは家族と共に取ることに決まったそうだ。
なので、彼女はこの2週間、朝食と昼食はサラと共に自室で取っているらしい。
今日からはぼくも一緒に食事することになる。
「ジェシー、靴下と靴、履かせて?」
アルティアがぽんとベッドの脇に座ると足をつきだして言った。
「かしこまりました」
ぼくは靴下をアルティアの足に通していく。
と、そうやって自然に動けていた自分に驚く。
従者として過ごしてきた時間は、孤児のジェシーのものだけでなく、ぼくのものでもあるのだと気づきた。
そう気づくと、自信が湧いてきた。
大丈夫、ぼくはやれる。
人間への恨みに突き動かされることなく、"アルティアの従者"を。
緊張も溶け、自然な笑みが浮かぶのがわかった。
「まったく」とサラは苦い顔をしていたけれど、それ以上は何も言わなかった。




