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第10話 地獄の晩餐会と従者の失言


夕食が始まるの30分前にお嬢様を起こし、身なりを整えてから食堂へ向かう。


お嬢様は辛そうな顔も見せず、気丈に歩いていく。



「お待たせしましたわ」


食堂では、すでに公爵とローズベル、マリアベルが席に着いていた。


「座りなさい」


「はい、お父様」


地獄の晩餐会が始まった。


ぼくはお嬢様の体調に合わせ、味の薄い食事をと調理師に事前に頼んでいた。そのため、パンもパン粥にして出してもらっている。

公爵はそれがおきに召さないらしく、渋い顔だ。あからさまな体調不良アピールをしがって、とでも思っているのかもしれない。けど、公爵になんと思われようと関係ない。お嬢様の体調が、ぼくには最優先事項だ。


お嬢様の給仕もぼくがやる。


食事を置きながら、お嬢様の表情をつぶさに観察する。


食欲がまったくないわけじゃなさそうだ。

少し安心する。


マリアベルの甲高い笑い声が響く。

食事会は続いていく。


と、カシャンと音がして、ぼくは顔をあげる。


マリアベルだった。

何が悲しいのか、しゅんと俯いている。


「お姉さま、なんだか楽しくないみたい。やっぱり私がいるから………」


「そんなことないぞ、マリー。なあ、アルティア?」


「ええ、お父様」


「でも、さっきから一言もお話にならないし……笑顔もないです」


ぼくは内心で舌打ちする。

こいつ、絶対にわざとだ。

マリアベルは毎度、可哀想(かわいそう)な自分を演じ、お嬢様を追い落とす。


「少し、体調が優れないだけですわ。ご心配をおかけしたなら、申し訳ありません」


「お姉さまはいつまで経っても他人行儀なのね。せっかく姉妹なのに……」


「そんなことはありませんわ。この態度は私の常なのです。性格を変えることは難しいですわ」


「うそ!だって、ジェシーくんには砕けた口調で喋ってるの、私聞いたもん!」


「ジェシーは従者です。従者に丁寧な言葉は使わないでしょう?家族やよその貴族家の方々に対する口調と違ってくるのは当たり前のこですわ」


「でも、でも!」


「いい加減にしないか、アルティア。食事がまずくなる」


「は……?」


お嬢様は思わず、といったふうに呆けた顔をする。


うん、気持ちはわかる。

こいつは本当に公爵なのか?

頭が悪いにもほどがある。

つっかかってきたのはマリアベルたぞ。お嬢様に怒りの矛先を向ける道理はない。


と、お嬢様が頭を押さえる。

こいつらのせいで、また熱が上がったのだ。


「公爵様、皆様、お嬢様は体調が優れないので、申し訳ありませんがこれで退出させていただきます」


ぼくはお嬢様の手を差し出す。お嬢様も素直に手を重ね、立ち上がった。


「な、待て、お前!」


公爵のどなり声は、しかし、お嬢様が倒されたグラスの音でかき消えた。


お嬢様の体が倒れたとき、その手が当たってしまったのだ。

ぼくの身長が足りないばっかりに、お嬢様を支えきることができなかったぼくのミスだ。

思わず舌打ちする。


「ごめんなさい」


お嬢様が弱々しくぼくに言う。


「いえ、行きましょう」


「待ちなさい、おい!待て!お前、首にしてやるぞ!待て!」


ぼくは無視してお嬢様を支えながら歩いていく。


「待て、アルティア、お前はなんて……っ、なんて意地の悪い娘なのだ!そうまでして体調の悪いふりをして、退出するとは!」


無視だ、無視。

反応したら負けだ。


が、


「お前は、なんて…っ、くっ、お前などが私の娘など恥ずかしい!」


ピタリ、とぼくは歩みを止めてしまった。


あー、無理。もう我慢できない。

プツン、と頭の中で音がした。


「ふざけるな」


気付けば、今までで一番低い声が自分の喉から呻きでていた。


「お嬢様が自分の娘で恥ずかしいだと!? じゃあ、あなたはどうなんです! 正妻が死んだからと、浮気の女と子供を堂々と迎え入れ、あまつさえ、お嬢様にその女を母と呼ばせようとする。あなたの行動は恥ずかしくないのか! いま、あなたは娘の顔を見て、本当に体調の悪いふりをしているだけだと、そう思われるのですか! だとしたら!」


………ぼくはあなたがお嬢様の父親であることこそが恥ずかしい!


と、そう叫ぼうとして、けれど、お嬢様に頬を叩かれたことで、ぼくの声は出なかった。



しばし呆然とし、自分がしでかしてしまったことに気づいて、サーッと血の気が引いていく。


終わった。


ぼくはここで殺される。


何があってもお嬢様を護りたいと、お嬢様の側にいようと誓いながら、その誓いを自らの行いで破ってしまった。


涙が頬を伝い落ちる。


「お嬢様……ごめ、ごめんなさい……」


お嬢様は、けれどそれには答えず、公爵に深々と頭を下げた。


「お父様、従者の失態は主の失態ですわ。誠に申し訳ございません。この罰はいかようにもお受けいたします」


「では、その従者を殺せ」


「それは……できません」


「そいつは、公爵である私を貶めた。許されることではない」


「お願い致します。それだけはご容赦くださいませ。どうか、それだけは………」


お嬢様は泣いていた。


ぼくが、お嬢様を泣かせてしまった。


悔しくて悔しくて、唇を噛みしめる。


ぼくは…ぼくは自分が許せない。


「アルティア………」


公爵は驚愕の表情を浮かべた。

まるで、お嬢様が泣く姿は初めて見たとでもいうように。




やがて、公爵は咳払いを一つして、中腰になっていた体を椅子に沈めた。 


「もう良い。下がれ。追って沙汰は下す」


お嬢様はもう一度頭を深く下げ、ぼくの手を引き食堂を出た。そのままお嬢様の部屋の中にたどり着くまで、お嬢様は一言も発せず、ぼくの手も離さなかった。



そして、部屋につくと同時にくるりとぼくに向き直り、ドンと、ぼくの胸を叩く。


ドン、ドン、ドン


「どうして?ねぇ、ジェシー、わかっているでしょう?あなたの雇い主はお父様なの。あなたの命を握っているのはお父様なのよ。頭のいいあなたなら、わかっていたでしょう?なのに、どうして、どうしてあんなことするの。あのままじゃ、殺されていたわ!」


ぼくはお嬢様を抱きしめた。


お嬢様は震え、泣いていた。


ぼくも泣いていた。


「ごめんなさい、お嬢様。本当にごめんなさい」


「ジェシー。私は絶対にあなたを殺させはしない。だから約束して。もうあんなことはしないで。お父様に逆らわないで」


「はい。はい。きっと。約束します。お嬢様」


怖かった。もうお嬢様の側にいられなくなると。


ぼくらはきつく抱きしめあったまま泣き続けた。



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