パレイドリア
「ファンタジーでしか存在しないものだと思ってた」
俺はそう言いながら彼の横顔を見た。桜の花びらを連想させるピンクのショートヘアが風になびいている。
「現実でも存在しちゃいましたね」
彼はニヤリと笑った。
「いや〜、どうです?こんなに可愛い僕が実は男だったなんてまだ信じられないかなぁ〜?これがリアルですよ?」
彼は俺の耳をくすぐるように囁く。中性的な声をしていて、まるで美少女が隣にいるように錯覚してしまう。
「やめてくれ」
軽くあしらうつもりで言ったが、彼はそれを聞いて再びニヤリと笑う。
「ん〜どうしたのかなぁ?まさか僕の声に興奮しちゃったのかなぁ?」
彼は耳元で囁くのをやめずに俺をからかってきた。微かな吐息が耳をそっと撫でるように触れた。頭がどうにかなりそうだ。
「ッ!やめろって」
少し強めに言ってしまったなとすぐに反省した。でもあんな状態で声の加減など出来るはずもないから仕方ない。
「す、すみません......」
彼はきょとんとした表情を浮かべている。やはり強く言いすぎてしまった。
「いや、ごめん。そんなつもりじゃ......」
謝りながら目を逸らし、屋上から見える街を眺めた。どうすればいいだろうか。
「というのは冗談でーす!もしかして先輩、僕が本当にショックを受けていると思っちゃいましたかぁー?」
「うわっ!」
彼はやってやったぜと言わんばかりのドヤ顔で俺の顔を覗き込んできた。いきなり覗き込んできたうえに彼の顔と距離が近かったため声を出して驚いてしまった。
すぐに彼から離れて呼吸を整える。しかし彼は俺から離れないようにとどんどん近づいてくる。顔の距離は10センチほどといったところだ。
俺は離れるのをやめ、彼は近づくのをやめた。
そして、秒針が止まった。
彼の顔をじっと見つめる。宝石のような碧い目と雪のような白い肌はまるで女性のようだった。
「なにびびってるんですか」
彼の一言で秒針は動く。
「いやー、それにしても凄いですね。まさか屋上でお昼ご飯食べてる人がいるなんて。ここ入っちゃダメなのに」
「教室から離れてるし誰も見回りに来ないからな。ばれねぇよ」
「でも今日、僕にバレちゃいましたね」
「ああ、残念だよ。しかも最初女子かと思っちまったし。なんで制服男子のやつなんだろって気になったし」
「それで僕に声かけたんですか?変態ですね」
まあそう言われても仕方ない。
「気になったんだから別にいいだろ。てかなんでこんなところに来たんだ?」
彼はここに来ると特に何をするというわけでもなく街を眺めていた。それが気になったのも声をかけた理由の1つだ。
「ここに来た理由ですか?そんなの特にないですよ。なんとなくです」
「なんとなく」
「なんとなくです」
本当になんとなくなのか。
「まあそんなことどうでもいいですよ。ほら、午後の授業始まっちゃいますよ」
腕時計を見ると12時20分を指している。あと10分で5時限目だ。
「じゃあ、僕行きますよ」
そういって彼は屋上から去ろうとした。
「あっ......」
俺は何か声をかけようとしていた。それが何なのかは自分でもわからなかったが何か伝えようとしていた。
「どしたんすか?早く行かないと」
「いや、なんでもない」
「先輩」
「ん?」
「夏はまだまだこれからですよ」
彼はそういって太陽を指差し、屋上から去った。
誰もいない屋上で俺は太陽を睨みつける。彼は太陽のように眩しかった。そして俺はこれから始まる夏に少しだけ期待した。