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二次元の現実

作者: 陰宗

康史は叫んでいた。


「二次元に行きてぇーー!!!!」


何故こんなことを言い出したのか。それは、最近康史が見ているアニメのせいである。


ジャンルはラブコメ。スタイルと頭はいいのだが、顔が悪い主人公と学園のマドンナが付き合うというストーリーである。


康史がハマるのも無理はない。何故なら、康史も大層顔が悪いからだ。ボサボサとしていて、ところどころにフケが付いている汚らしい黒色の長髪。ニキビだらけの油でテカテカとした顔面。康史を見た女は必ずと言ってもいいほど顔をしかめる。


だが、悲しいかな。康史が学園のマドンナどころか現実の女と付き合える可能性はとても低いだろう。


理由は単純明快である。康史が絶賛不登校中で家に引きこもっているからである。出会いのない人間に女ができることなどまずない。


よくある漫画やアニメなどでは、綺麗な女の担任の先生が家まで来てくれて何か話しをしてくれたり、幼馴染みの美少女がプリントを渡してくれたりするのだろうが、これは現実である。そんな都合のいいことがあるわけがない。


そんな人間が女と付き合える確率などバラバラに分解した時計を川に流し、下流で元通りになる確率と同じくらい低いだろう。


とにかく、自分の殻に引きこもったヤドカリのように孤独な康史はただ部屋でアニメを見て楽しみ、叫んでいたのである。


だが、これだけでは面白くないだろう。小説家になろうに投稿しようとしているこの小説が、読者の皆様に呼んでもらうためには一つのエッセンスが必要である。


「お兄さん。二次元に行く方法を教えてあげるよ」


康史は大げさに身体を仰け反らせ、口を大きく開いた。


そうするのも無理はない。天から舞い降りた彼女はとても神々しく、恐ろしさを覚えてしまうほどに美しい少女だったからだ。


「マイ……エンジェル!」


その言葉と彼の顔に少し顔をしかめたもののすぐに気持ちを切り替えて、元の微笑みに戻る。


サラサラとした美しい金色の短髪に純白のワンピース。背中に生えた(わし)の如く雄大で、白鳥の如く美しい真っ白な羽。肌はスベスベとしていて、極上の絹を思わせるほどだ。純真としていて、希望に満ちているその美しい目は、青く澄んでいて、かのイギリス王室に代々受け継がれている3106カラットのダイヤモンドに引けを取らない、いや、それ以上に美しい。


「僕と結婚してください!」


「ごめんね。私には仕事があるんだ」


このように汚らしく、電車に乗っただけで逮捕されてしまいそうな男に告白されても、表情を崩さずサラリと言ってのける。このことから、彼女の性格の良さまでもがにじみ出ているだろう。


「あなたと結婚することはできないけど、あなたを二次元に行かせることはできるよ」


「え!マジで!俺にもやっとこの時がきたか……。嗚呼、神様ありがとう!生きてて良かった!」


凄まじい喜びようである。彼は手を天に高く突き上げ、ブツブツと言葉を発しながらウサギのようにピョンピョンとその場を飛び跳ねていた。


少女は少し困ったように顔を傾け、一連の儀式が終わるまでずっと康史のことを見ていた。


「それで、どうやったら二次元に行けるんだ?」


「簡単だよ。生きたい漫画を選んで、その上に乗るだけ。あとは私が神様の御力をお借りして、二次元の世界に行かせてあげる」


「わかった。ありがとうな。二次元に行ってもお前のことは絶対に忘れない」


「うん。じゃあやるよー!ビビンバ ハヤク タベタイナ!」


本から凄まじい量の光が放出される。野球のナイターを彷彿とさせるその光は、一、二秒程度光ったあと、雷のようにピカッと突然に消えてしまった。


「また一人の人間を絶望させちゃった。神様の道楽にも、もう懲り懲りだよ」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

一方その頃康史は、自分の置かれた状況を大いに楽しんでいた。


当然である。何もかもが思い通りにならず、自分の顔に心底絶望していた彼が、やっと春を掴むチャンスを手に入れたのだから。漫画の世界ならば自分は何でもできる。やりたいことを全てやってやる!彼はそう息巻いたに違いない。


目の前から、ラブコメの波動が渦巻いている。主人公とヒロインだ。教室にいる彼らは口ではバカだのブスだの何だかんだ言ってはいるが、その顔はとても清々しく、なんとなく楽しんでいるように感じられる。声をかけようとした時、チャイムが鳴り先生が入ってきたので何故か用意されていた机と椅子に大きな音を立てて座る。


「今日から転校生が入ってくる。康史君だ。さあ康史君、来なさい」


漫画の中では、主人公の担任として色々と相談を受ける渋いイケメンでイケボの先生。眼光は獲物を狙うジャガーのようにするどく、口元はそれまでの厳しい人生を物語るような深い(しわ)が刻まれている。髪はところどころ白が目立ち、それまでの苦労が(うかが)える。将棋部に所属していて、元プロ棋士という、なんだか大盤振る舞いの先生である。


先生は康史の肩を優しくポンポンと二回叩き、さあ自己紹介をしなさいと優しくささやく。


「新しく転校してきました康史です!目標は女の子と付き合う事です!よろしくお願いします!」


彼の言葉を聞いた全てのものは一斉に顔を伏せ、曇らせた。人だけでなく、クラスで飼っているオオサンショウウオまでもがである。


康史は、そんな明らかな変化にすら気づかず、やってやったぜといった顔をして悠々とクラスの端にある自分の席に戻る。ある意味やっている。彼の思うことはだいたい正しいのだ。ただ、ベクトルが逆方向を向いているということを除けばの話ではあるが。


授業の始まりを知らせるチャイムが鳴る。康史にとっては久々の授業である。だが、康史にしては珍しく一回も間違えたり、変なことを言ったりせず授業を終えた。


その後も、数学Ⅱ、英語、数学βと授業があったのだが、何故か全てふつうに受けることができた。それどころか、当てられた問題も勝手に口や手が動き、正解を導き出していたのだ。


なんということだ。あの、引きこもりの康史が全ての問題を簡単に解いてみせたのである。康史は漫画の世界最高!と思ったに違いない。だが、それは間違いであったとすぐに知ることになる。


四時間の授業が終わり、弁当の時間になる。売店に行き、「世界が変わる?七色のレインボーカレー」を買い教室に戻る。二つ隣の席に可愛いモブの女の子がいたので声をかけようと立ち上がる。いや、立ち上がろうとした。


その時、康史は異変に気がついた。身体が動かない。それどころか、何者かに操られているように勝手に身体が動き出すのだ。立ち上がろうとどれだけ踏ん張っても立ち上がれず、勝手に手がカレーの蓋をあける。


考えてみれば二次元の世界に行ってからおかしなことばかりだ。まず、康史は基本的に恥ずかしがり屋である。クラスの皆の前で自己紹介などした暁には、どもる、冷や汗で脇が濡れる、変なところで噛むなど、事故紹介という名の大惨事に変わる。それに、授業では康史がスラスラと答えていたが引きこもりの康史が勉強などわかるはずがない。


ここで康史は閃いた。いや、閃いてしまった。数学や英語などが分かったのは自分で解いたからではない。大いなる何者かに操られ、答えを言わされていたからだということに。


康史はひどいパニックに襲われた。だが、それを口にすることはできない。行動に移すこともできない。側から見れば、康史は昼食をとっているだけの、一般ピーポーAである。


だが、当たり前のことだ。二次元が自分の意思で動けるはずがない。漫画の中の登場人物が勝手に動いて物語を作ってしまったら作者にとってはたまったものじゃない。あくまで、作者が登場人物を動かすのだ。そこにそのキャラクターの意思などは関係ない。


康史は途中で早退をし、家に帰って行った。もちろん自分の意思ではないし、頭の中にはこの不可解な現象の謎、それと将来への不安でいっぱいである。


康史は五時間程仮眠をとった後、包丁を手に取り家を出て行った。康史が道を知っているはずがないがスイスイと康史は夜の街を歩いていく。


赤い大きな橋。左右に立ち並ぶ赤、青、緑の屋根の住宅群。国道なのだろうか、大きな道を抜け、地元の人間しか使わなさそうな小道に入っていく。ブロック塀に囲まれた少し圧迫間のある小道をズンズンと突き進むと前に女の子が見える。


康史は彼女のことを知っている。知らないはずがない。彼女は康史が入った漫画のヒロインなのだから。


康史は駆け出した。包丁を右手にしっかりと握って。


「ああああああああああああああああ!」


ザクッ!


バキッ!


グシャッ!


「やめろ!」


「あ、嗚呼……。ああああ!」


康史は痛みに悶え、軽く血反吐を吐く。颯爽と駆けつけた主人公に殴られたからである。


康史はすぐに駆けつけた警察官に現行犯逮捕され、牢獄ですごすこととなった。その後の康史の人生は……語るまでもないだろう。


「ごめんね。本当にごめん。どうか君に神様の祝福があらんことを」


純白の羽が輝く。彼女の慈愛の心のおかげで康史には細やかな救いがもたらされたことだろう。


これを読んだ読者の皆様はハッキリと言えるだろうか?自分が自分の意思で生きていると。心当たりがあるのではないか。大いなる何者かによって自分が操られているということに。


二次元の現実と三次元の現実、そこに大きな違いはない。それに君は、気づいているだろうか?

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