第3話 欲しい物
第3話 欲しい物
「とりあえずこれからの予定を説明する。さっき行った教会には、もう行けない。なのでまずは俺の仕事。次にフィア、お前に必要なもんを揃える」
「綺麗な石よ」
「それはあと。服とかそこらへんだ。とりあえず待ってろ、俺は準備がある」
頷くフィアを背においてキッチンへと向かう。焼いておいたビスケットを埋め込み式の石窯から取り出す。朝、フィアに出したのはこれのあまりだ。
前日に作っておいた物も合わせて念のためエプロンをつけてから、紙袋に詰めていく。
宝霊術によってここ数年で一気に流通しはじめ、もう安価に手にはいるようになった紙製品。最初は触るのにも抵抗があったが、いい加減もう慣れた。とてつもなく便利だ。
他にも宝霊術さまさまで、新鮮な果物や肉や野菜なども前に比べて一気に流通し、保管する場所を貸し出すところも多くなった。おかげ様で色んな商売で多様性がついた。
うちのビスケットだけでも、ジャムの乗った物、ナッツの乗った物、他にアイシングして簡単に絵を描いたビスケットなんかも出来るようになっている。
目の前に並べられたそれらのビスケットを均等に袋につめ、手早く包装し、飾り紐で縛っていく。運ぶための入れ物に袋を並べ、蓋が載せ外れないよう軽く縛って、完成だ。
「お菓子ね」
「あ? ああ。俺の仕事。菓子作ってるんだ」
帰ってすぐだがフィアを引き連れつつ、入れ物をなるべく揺らさないようにして、今度は教会があったのとはまた別の地区を目指す。
目指すのはわりと近くのとある店だ。といっても俺の店じゃない。委託販売させてもらっているありがたい店である。
興味深げに辺りを見ているフィアがはぐれていないように注意しつつ歩いているとすぐに着く。ドアベルの音と共に入った店のカウンターで、いつものようにひとりの少女が店番をしていた。
「あ、ブロンさん、おはようございます。今日の分ですか?」
めんどくさそうにカウンターに伏せていた彼女はパッチリ目が合うと身を起こす。
黒髪短髪。同じく黒く、大きく黒目が特徴の少女、ミサさん。
短めな髪を頭の後ろでひとつに小さく纏めている。活発な女性だ。
さん付けをしているが同年代。だが普通の同年代ではない。俺を怖がらないでくれる希少な同年代の人だ。
何年か前、ミサさんが絡まれてるところに少しだけ手を貸してからの付き合いになる。以来、それが縁でミサさんのご両親が経営している雑貨屋のカウンターに、俺の商品も置かせてもらっている。
ちなみに雑貨屋だが菓子の売り上げは上々。買い物ついでにひとつふたつと買ってくれるらしい。ミサさんは店主さんの娘であり、よく店番をしている。本人いわく看板娘だ。
「って、今日はまた随分と綺麗な子を連れてますね。娘さ――」
「違います。俺をどういう目で見てるんですか」
「冗談ですよっ、それで……?」
「こいつの用事を手伝うことになりまして、それが終わるまでは一緒にいるんです」
特に隠し立てする気もなく正直に答えると、ミサさんは納得したのか頷いていた。。
「その服、元はブロンさんのですか? もしかして、着るものがないとか?」
「さすがです。さっきもその鋭さ見せて欲しかった。このあと買いに行こうかと」
「フィアよ、よろしく」
――ここでか。
さきほどからじっとミサさんを見つめていたフィアは、唐突に自己紹介を始める。
それでも自称看板娘のミサさんは、動じもせずニッコリとフィアに笑いかける。
「よろしくフィアちゃん。私はミサって言うの。もしよかったら、少し家に寄っていかない? 着て欲しい服があるんだけど……?」
「いいわよ」
「やった!」
「……あの」
「ブロンさん、お店の番しててくださいっ」
「俺が委託お願いしてる理由、忘れてないですよね?」
菓子を売り歩いていた頃があった。
俺の容姿では菓子を売るのはとても厳しかった。
それでもがんばって売ろうした。
子供を材料に菓子を作ってるのだと噂が立った。
子供から石を投げられた。
ミサさんを恨みがましく見つめていると、手を振って大丈夫ですよと笑う。
「ちょっとだけですっ。もしお客さんが来ても、普通に黙々とやってくれればたぶん問題ないですし、そもそもこの時間ならお客さんもまだ少ないですから!」
「ブロン、行ってくるわ」
「乗り気……。なるべく早く戻ってきてくれ」
「はい、行ってきますっ!」
ミサさんはさっさとフィアの背を押し、店の奥へと入ってしまう。
確かミサさんはひとりっ子だったはず。ミサさんよりも小さいフィアが妹のようで可愛くて仕方がないのだろうが。取り残された俺としてはやや不安になる。
とりあえず持ってきたビスケットをカウンターに並べてみるが量はそう多くない。すぐに終え、店内を回り軽く掃除をすることにした。といっても普通の家を店にしているだけなので、仕切りが多いとはいえ広さはそこまでではない。
店内には大小様々な物が並ぶ棚があり、一番目立っているのは人形だ。大きなものから小さな物。毛糸で編まれた比較的簡単な物や、木彫りで作られた独特な雰囲気を放つもの。
あとはアクセサリー類。小瓶。木蓋。少ないが陶製の容器なども置いてある。
雑多に置かれ、やや見づらくなっている部分を修正しながら、カウンター脇の布巾で、ほこりを拭う。物が多いため商品が所々日の光を遮り、場所によっては一筋だけ明かりが差し込んでいた。
光のなかでほこりが反射し、薄暗い店内に幻想的な雰囲気を作りだす。周りの多すぎる商品も、その雰囲気を作るのを手伝っているように思えた。
もしかしたら、そういったことを計算した上で商品を多く置いているのかもしれない。
俺は店を持たないのでわからないが、やはり工夫は少なからずされているのだろう。
意外といえば失礼だが、ミサさん含め、ミサさんの両親も商才のある人たちだ。
掃除をしながら細かく感心していると、ドアのベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」
「間違えました」
「…………」
――……。
ベルが揺れ、すぐに鳴り止む。
またひとり、ひたすらに汚れを拭っていく。
やがて奥からほくほく顔のミサさんが顔を出した。やりきったような満足した笑みを浮かべて。気のせいか肌が艶めいている。
「あれ? さっき誰か来た気が……。まぁそんなことはいいや! お待たせしましたブロンさん。いまは私の腕前と、何よりフィアちゃんの美しさをご堪能ください!」
俺以外いない店内を見て一度首を傾げたが、すぐに大仰な仕草でミサさんは手を広げる。そうしてミサさんに手招かれ、現れたフィアの格好は一変していた。
元々持っていた浮世離れした雰囲気と儚さがより一層色を強め、店内に入る光と、先ほども言った店の雰囲気で、まるで人ではない種のようにも見える。服の色は変わらず白だったが、今着ている少女用のワンピースの白は例えるなら純白と言うのが正しいだろう。
ワンピースの裾は膝上で広がっていて、乱れ気味だった髪は櫛が通され、柔らかな銀糸のよう。あの短時間でここまで変わるのかと言いたくなるほどの変化だ。それこそフィアが言っていたように、女神にも似た透き通った空気を漂わせている。女神像よりは大分幼いが見た目だが……。
「どぉーッですかフロンさんっ! 私の腕が火を噴きましたよ!!」
「ほんと、見違えました……」
「そうでしょう、そうでしょうよ」
深く何度も頷くミサさんの横でフィアはぼーっと立っている。心なしか満足気に。
「よかったなフィア」
「動きやすくなったわ」
くるくると回って自分を見下ろすフィアは、やんわりとだが頬をゆるめる。
回っていると白銀の髪にフィアの体が包まれて、神々しさが増していく。
ミサさんはうっとりと回るフィアを見つめた。
「――ミサさんその服、買わせて貰えませんか?」
フィアも喜んでいるようだし、いいだろう。きょとんとしたミサさんは首を横に振る。
「いいえお金はいりません。差し上げます。その代わり、また来て下さい。絶対にまた来て下さい。――それを確約してくれるのであれば、お金は一切いりません」
熱量が怖い。身を乗り出してくる。こんなミサさんは初めて見た。
「それなら、今回だけ」
「約束ですよ? 毎日でもいいですから」
「毎日仕事で来ますけど……今度からちゃんと買わせてくださいね」
「わっかりましたっ!」
ミサさんは自分の頬に両手を当てて、またフィアを見ていた。
フィアもフィアで、ミサさんを不思議そうに見つめるものだから、お互いでじっと見つめ合う形が出来上がる。
「……じゃあ、俺達はそろそろいくので」
「バイバイ、ミサ」
「はいっ、またのお越しをお待ちしておりますっ!」
全力の申し出と共に、やや苦笑いで雑貨屋をあとにした。
#
「せっかくだし、市場にでも行ってみるか?」
「ええ」
ワンピースの裾を掴んだり離したり繰り返していたフィアは即答する。
「何か見たいのはあるか?」
「……?」
「まぁ、適当に見て回るか」
フィアは市場をよくわかっていない気がする、さっきの誘いも何となく反対しなかっただけで……。なので用事を済ませつつ適当に回ることにする。
この街は金持ちが多く済む西区と、平均的な中央区、それ以外の雑多な東区に分かれている。区画同士は橋で繋がれ、流れる二本の川が区と区を境目だ。
別の区画に行くには橋を通るしかない。……俺が住んでいるのは雑多な東区で、ミサさんの雑貨屋は中央区、最初に行った教会があるのが西区だ。
市場が開かれているのは中央区。現在地も中央区。なので市場は目と鼻の先にある。
宝霊術の登場により干していない肉や魚、野菜などの生鮮食品が店頭に置かれ、紙製品や、鍛造の技術が上がり輝きが増した武器防具なども目新しく並ぶ。
宝霊術により、数十から数百年規模で技術が進んだのではと言われているらしい。
確かにそうなのだろう。普通に生活しているだけでも実感するほどなのだから。
「フィア、手を繋いでおこう」
「ん」
フィアの手を引きながら、空いている片手に商品を積んでいく。旅人にくわえて、町中からも人が集まっているが、これだけ人がいてもチラチラとフィアに視線が向けられる。俺がいなかったらそこらじゅうから男が群がって来ていたかもしれない。
いや、ミサさんの様子を見るに女性も少なからず集まって来ていただろう。
歩幅をあわせて、たまに目ぼしい菓子があれば勉強ついでに買って、フィアと分けながらふたりで食べる。
街の一角では有料の倉庫で保冷場所の貸し出しというのもやっている。スペースは借りているので今日買った食材もそこで預けておける。
――たった数年。ほんとうに世の中が便利になった。追いつくのがやっとなほど、激しく流れていく。
『ブロンご覧! これで私の作品が実証できるよッッ!』
そんな風に喜びそうな知り合いがひとり、頭に浮かんだ。少しだけおかしく思う。
「ブロン?」
「なんでもない。ちょっと食材を預けてくるな。少しだけひとりで待っててくれるか?」
目的の倉庫は西区にあった。
片手はフィアと手を繋いでいたので、いい加減、荷物が持ちきれない。正直あまりここには来たくなかったのだが……。
「フィア?」
「可愛い子連れてるね、お兄ぃさん?」
「あ?」
挑発するような猫撫で声の発信元は、学生服を着ていた。
――面倒くさいのが来た……。
見た瞬間にそんな感想が浮かぶ。
着ていたのはただの学生服じゃない。あしらわれた金糸が目に眩い一目で高級品とわかる制服はツェヅ・ガルダ特別学校の物だ。
宝霊術を学ぶ特別な学校で、特別学校に通っている生徒の全員が宝霊術を使えるわけではないらしいが、こいつらがどうかは知らない。
それとお兄さんと呼ばれはしたが、多分同い年かそこら。相手は男の二人組。目当ては間違いなく、フィアだろう。
――昨日もこんなアホがいた気がする。
思わず凄んでしまったが、特別学校に通う奴はひとり残らず大金持ちの家の子だ。
相手は金持ちのぼんぼん。まともに殴ってはあとが面倒になるかもしれない。
――やっぱり西区はあんまり来るものじゃない……。
いまさらながらに声に出さずに愚痴っても、状況が変わるはずもない。
前に出た軽薄な男はニヤニヤと笑っているが、後ろにいるもうひとりは苛立たしげにつま先で地面を叩いている。当のフィアはじっとふたりを見つめていた。
「お嬢さん。君も俺達に興味があるよね? というより、二人はどういう関係? もしかしてもしかすると、誘拐現場に会っちゃったっ?」
冗談めかして言ってくる。念のためフィアを俺の後ろに隠す。
後ろの男が大きく舌打ちを響かせる。
「オイあんた、邪魔。とっととその子置いて失せろよ」
「あー、そうだな」
倉庫に寄れなかったのは残念だがしょうがない。さりげなくフィアの手を引いてさっさと立ち去ることにする。
しようと、した。
「おい……」
「ブロン、懐かしい感じがするわ」
待ったをかけたのは、脚を止めたフィアだった。繋いだ手がギュッと引かれる。
「懐かしいって、何にだよ?」
男達ではないだろう。向こうは明らかに初対面の態度だ。
――では、何に?
「あの子達の体の中よブロン。お腹を切り開いてみて」
「……それだと、あいつら死ぬんだが?」
「――? そうかもしれないわね」
「なに言ってんだ、お前……?」
冗談かと思った。フィアは可愛らしく首を傾げてじっと見上げてくる。目の中には殺意なんてない。
能動的に殺す気は薄く、それでもお腹は裂いて欲しい。
あいつらの体のなかに、自分の欲しい物があるかもしれないから。
フィアは何の疑問も躊躇いも抱かずに、至極当たり前のように言ってくる。
「フィア、あのな」
「無視してんじゃねえぞッ、馬鹿にしてんのか?」
荒っぽい男に肩を引かれる。手に持ってた野菜が地面に転がる。
それよりもフィアが気になった。
「ちょっと黙っててくれ。いまコイツと話してんだ」
少しばかり行儀の悪い冗談ならまだよかった。二、三、口うるさく注意して、フィアにあんまりそんなこと言うもんじゃないと注意すればいい。
だがフィアはなんで俺が腹を裂いてくれないのか、疑問を覚えて浮かべていた。
料理が届かないからとってほしい。それくらいの気安さで本気の殺しを頼まれた。
「…………」
トン、トン、と。俺の肩を掴んだ男が下がる。
先ほどまで激情を作っていた表情筋が、引きつって痙攣していた。
「ブロン」
「何だ? 冗談だったのか?」
「起きろサフィスト。あの馬鹿を溺れさせろ」
「ほら、やっぱりあったわ」
「――!?」
視界がゆらりと波打った。
口のなかを気体ではなく液体が占めていく。
――なんだ!?
「あーぁ、一般人に宝霊術なんて、怒られるよ?」
「知るか! 俺をバカにしたこいつが悪いんだろッッ!」
軽薄な、ぼやけた声が聞こえてくる。首から上が顔が完全に水に包まれる。
持っていた袋を投げ捨ててとっさに外そうともがくがなにも掴めない。指が沈む!
「お嬢さん。こんな野蛮な奴らは放っておいて俺と行きましょうよ」
軽薄なほうの男がフィアに近づく。フィアの注意は男に向けられていない。
俺の方を向いている。
フィアは俺を心配している、わけじゃなかった。
「サフィスト」
水越しでも声は透き通って聴こえた。
フィアの眼は、何を見ているのかよくわからない。
俺の顔を包んでいた水が怯えたように波打った。
フィアの手に向かって、溜まった水が集まり、固形化していく。
「――――、ありえない」
軽薄な男が呆然と言う。
「何しやがった!」
水を取られた荒っぽい男が激昂する。
「こっちのセリフだ馬鹿野郎」
茫然自失、注意がフィアに向けられた隙に、水を飛ばして来た男の腹を蹴り上げる。
「ゲェゴホッゴホッ!」
つま先が鳩尾に入り込む。加減はしたが今のは痛苦しいだろう。
うずくまった。しばらくは起き上がれないはずだ。
「さ、サフィストッ!」
金切り声で、同じ名前を今度は軽薄な男が叫び呼ぶ。邪魔な濡れた髪を書き上げて、次は俺も身構える。今度は避ける!
反撃されることになれていないのか軽薄な男は錯乱している。
冷静に考えればただの水だ。避けて懐に入って腹に一撃。それで済む。
あとは、逃げる。
男の手に水で出来た小さな人形のような物が現れた。大きさはさっき雑貨店で見たような、大人の手に乗るくらいの人形サイズ。
恐らく宝霊術で言うところの精霊だろう。こうもちゃんと見たのは初めてだが、無機物に見える身体にたいして薄い羽を揺らす姿はたしかに生物の特徴をもっている。
精霊は俺を見つけた。羽を震わせ前傾姿勢で俺をねらって飛び立った。
「サフィスト。こっちでしょう?」
しかし声と動じピシリと、精霊は凍ったように動きを止める。
軽薄な男が、精霊とフィアを交互に視線を走らせる。
素早く振られた首と泳ぎ回る眼が、男の強い動揺を物語っていた。
「どうしたの、サフィスト……?」
フィアは繰り返す。
――これは誰の声だ?
昨日と今日でなんども聴いた幼い声が得体のしれない雰囲気を纏う。
息を呑む。俺の腹ほどしかないちいさな少女に気圧される。精霊は羽をふるわせながら空中で静止する。
精霊は顔の造形がハッキリしている訳ではない。目や鼻、口などの位置に少しのくぼみがあるだけ。色も一色だけで判別がつき辛い。
それでもこの瞬間だけは精細に見えた。あるのかわからない精霊の感情が伝わってきた。
目を見開き、会うはずのない相手にあったような驚愕の表情。もし精霊が喋れたのなら、細い悲鳴をあげていたことだろう。
顔は、フィアに向けられていた。
精霊の身体が俺ではなくフィアを向く。
「ちょっ、サフィスト? お前ボクの精霊だろう!?」
何が起こっているのか、俺達にはわからなかった。
蒼いサフィストと呼ばれた精霊は、ふらふらと、来た道を戻っていく。そして、宝霊術を発したはずの、軽薄な男すら無視するように通り過ぎ、フィアの手のひらに降り立った。
「良い子ね」
俺達は一歩も動けない。状況についていけない。
この場で動けるのは精霊と、なぜか精霊を操るフィアだけ。
コロンと、一礼した精霊は蒼く透き通った固形物――宝石へと姿を変える。
「やっとふたつ、戻ってきたわ」
宝石を握り締めたフィアは、気が抜けたような優しい笑みを浮かべていた。




