第2話 美少女と野獣
第2話 美少女と野獣
一目見てわかった。関わってはいけない奴だと。
光を纏うかのようの白銀の髪。衣服と呼ぶのも憚られる所々が破れ汚れきった布きれ。そのボロい布きれの隙間から見える白く華奢な手足。土や汚れをつけながらも、どこか神聖さを放つ容貌。儚くも美しい、十歳かそこらの幼い少女。いくら寒くないからといっても裸足で石畳の上を歩くのはどう見たってまともじゃない。
スラムから出てきたような格好でも、立って歩けばそれだけで周りの人間の目を引き、進めば人垣が割れる。男たちは見惚れ、女たちはため息をついていた。
そんななかでも誰一人として少女に声をかけるやつはいない。それは俺も同じだった。
恐れ多いからじゃない。荒事も多く治安もあまりいいとは言えないここの住人は、わきまえている。
あの少女がこれ以上ないほど、面倒ごとの種なんだと判断できる目を持っている。
人垣が端から散っていく。見るとしても遠巻きに。いざとなれば逃げられるように。
倣うように俺も急いで進んだ。少女の進行方向から離れるために。
「ねえ、そこの人」
「…………」
「あなたよ? ……おかしいわ」
「……おい、服を放せ」
「よかった。聞こえていたのね」
いつの間にか追いつかれ、服をつかまれていた。さっきまで歩いていたくせに突然走り出しやがった。
周りのやつらが浮かべていたのは一割の羨望と、八割の同情、残り一割の安堵だった。
自分が関わらなくて良いと思った瞬間、少女への視線は勢いを増していく。
仕方なく振り返り近くで見ると尚のことよくわかる。薄汚い汚れでさえ、少女の儚い美しさを際立たせる一助となっていた。白く細い少女の指が俺の服を強く掴んで離さない。
「ねえあなた、お家はどこにあるの?」
「服を離せ」
こっちの台詞だ。
こんな面倒そうな奴に進んで関わるのはアホか、世間知らずだけだ。
だが逃げようにも少女は服を離さない。かみ合ってない言葉と共に俺を見上げる。
「そこのお嬢さん。よかったら俺らが相手になるよ?」
――アホが釣れた。
男達は笑いながら寄って来る。取り繕うことも知らないのかニヤニヤといやらしい顔をして。
「そんなのは放っておいて、俺達が案内するって。ね?」
男達に寄られて、少女は首をかしげる。じっと男達を見て、次に俺を見上げる。
「私の面倒は、この人が見るわ」
「勝手に決めんな……っ」
「ひっ!?」
男達が悲鳴を上げた。
そして逃げ去っていく。理由はわかっている。
「お兄さん、お家はどこ?」
「なあ、自分の家に帰ろうぜ」
「……?」
「なんで首をかしげる! ――いや、もういい」
少女を無視して歩き出す。周りの視線がうるさかったが、意識の外にはじき出す。
やがて、石造りの一軒家が見えてくる。
ボロくて廃墟寸前、木造だったらとっくのむかしに倒壊していたに違いない。
愛すべき我が家だ。
「良い家ね」
「あ?」
「雨と風が防げるわ」
「…………そうかい」
まさかと思ったが少女は本当に家の中まで着いてきた。
水瓶に器を浸す。振り返ると少女はきょとんとしている。一向に手を放す気配はない。
掬い上げた水で手を洗い、顔も洗う。器のなかで揺れる水面に、俺の顔が映りこむ。
大柄ではないが、威圧感のある厳つい顔がこっちを見ていた。黒髪がその印象を後押ししている。
曰く、人攫いのような顔。年相応には一度として見てもらえたことはなく、第一印象は最悪な男。 さっき絡んできた男達が逃げたのも俺が原因だろう。
「ほんと、何で俺なんだ…………」
何の因果か、そんな人間の服をとり、後ろの少女はついて来ている。
「平気だと思った」
「勘で!?」
いまだに服を掴む少女から、一切の警戒心は伺えない。
一考してみる。この子供を外に放り出して施錠してしまえば面倒ごとも入ってこない。いくらボロ家といえど子供に壊せるほどやわじゃない。
あとは丸っとわすれていつもどおり仕事に精を出し、食べて、眠ればいい。さいわいなことに片手で投げられそうなほど少女は小柄だ。苦労もない。
……そうしたら、この少女はアホかクズに絡まれるだろう。
「何の用なんだ」
心のなかで舌打ちを鳴らす。久しく使ってなかった予備の椅子を部屋の角から持ち出すと椅子はヘタれていたのか持ち上げただけで軋みをあげる。
やや乱暴に椅子を置くと少女はためらいなく身体を預けた。
見慣れた殺風景な部屋で、一般人と思えない容姿の優れた少女が息をついていた。
一刻も早く出て行って欲しい。
「用事があるなら、早くすませてくれないか?」
「…………」
少女は何も言わない。何を考えているのかよくわからない顔をして、じっと俺を見ている。少女がみじろぎする度、白い肌が布切れの隙間からチラチラと覗いていた。
「これ着ろ」
今の格好よりはましだろうと取ってきた服を渡すが、少女が着るにはどうしても大きい。さきほどまで俺に向けられていた視線が今度は受け取った服に注がれる。
やがて、もそもそと着始める。
「甘い匂いがするわ」
「嗅ぐな。職業柄だ。そんなのはいいから用を言え。それで終わったら出てってくれ」
「大きい」
「そりゃそうだろう。あのな」
「あなた名前は? 私はフィア」
「…………、ブロンだ。ブロン・マスキヌス」
「手伝ってブロン。私、取り返したい物があるの」
「嫌だ」
「眠いわブロン」
話が通じねぇ……!
フィアと名乗った少女の頭が、早速コクコクと船を漕ぎ出す。
腰まである長い髪はサイドも長く、頭に合わせて机の上に乗っていた。
「フィアさん。こっちに」
「呼び捨てで良いわ。眠いわ。動きたくない」
「そうか、ありがとう。正直に言おう。服はやるから出て行けフィア」
「おやすみ」
「おいっ…………チッ」
つまみ出そうと掴んで腕は指でかこめるほど細かった。見た目の印象よりもさらに細く、細いというよりも、もはや、やつれている。
髪の艶や血色のよさから気付きづらかったが、明らかに食事が足りていない。
よく見れば、まだ薄いが目の下に隈まであった。
「…………おい、ベッドで寝ろ」
とりあえず明日までだ。明日になったら教会にでも連れて行く。
フィアはうっすら目をあけると、またしても俺を見つめてくる。相変わらず何を考えているのかはわからない。
だが無言で立ち上がり、俺の部屋にあるベッドを見つけるとよろよろと歩いていった。
とりあえず今日は寝ないまま、面倒ごとが起きないか見張る必要があるだろう。
「いまの時点で、大分面倒くさいが…………」
#
次の日の朝、フィアはのそのそと起きてきた。元々キッチンを除けばこの家は俺の部屋と居間の二部屋しかない。フィアは俺の部屋で寝ていたが別に取る物もないし、なにか盗る元気があるとも思えない。そっちの心配はしていなかったが、念のためと外を警戒して結局俺は一睡もできずに居間で待機していたわけだ。
ただ、何もしていなかったわけじゃない。
「おはようブロン」
「ああ、飯は出来てるぞ」
暇なので仕事の仕込みと、朝食を作っていた。
サラダと、買い置きの硬いパンと、スープ。それと焼き菓子。
寝不足であまり食う気もないので用意したのはフィアの分だけ。
俺のシャツが大きいせいで一方の肩を露出したフィアだが、全く警戒心がないせいなのか見ても変な気は微塵もおきない。
白銀の髪が肩をほんのり隠し、肌の白さを強調させる。銀糸の髪が安物の服を飾り立てている。眠いのかぼんやりと目をこする姿ですら絵になっていた。
容姿は誰が見ても整っていると評するだろう。俺もそうは思う。なのに何も感じない。怪現象にあった気分だ。ほとんどの人間は信じてくれないが俺も一応はまだ十代。寝起きの美少女がおはようと言ってくれているのに、何も感じない自分に危機感を覚える。
「フィア、顔洗ってこい。水瓶の場所はわかるだろ」
「わかったわ」
狭い家なのにふらふらと歩くせいで物にでもぶつからないかと冷や冷やしたが、とりあえず料理を机に運んでおく。
一品運び、二品運びと終えたところで、まだフィアが戻ってこない。
「……? フィア」
「――」
返事がない。広くない家だ。おかしい。――ガタゴトとどこかから音がした。
探すと水瓶から細く綺麗な足が二本、逆さに飛び出している。
水瓶は大きく揺れていた。
足を掴んで引っ張り出すと、ずるずるとフィアが出てくる。
「なにやってんだお前……」
せっかくの髪が、絞ってない雑巾もかくやと床に垂れる。
「鼻が痛いわ」
「……目は覚めたな」
水をたらしながらまたしてものろのろと戻ったフィアは、席に着く。
フィアの頭にタオルを乗せて、机を挟んで対面に座る。
「朝食ね」
「ゆっくり食え」
フィアはパンを手に取ると、握りしめる。
「パンね」
「見た通りにな。サラダも食えよ」
「パンって硬いのね。噛めないわ」
「顎の力ねえな。スープにでも浸せ」
変な奴だ。初めてパンを食べるわけでもないだろうに。
パンを丸々スープに落とす。
――浸せって言ったのは、落とせって意味じゃなかったんだが……。
すでに口に入れているパンを噛もうと頬を膨らませながら、癖なのか、フィアは皿の中でスープを吸っていくパンをじっと見つめていた。
時折パンを突っつきながら、少しだけしぼんだ頬に今度はサラダをつめていく。
葉野菜を入れ、根菜類を入れ、豆を入れたとき、フィアが顔をしかめる。
「……」
「残さず食え。……………………こっち見んな。ちゃんと食え」
抗議の視線を撥ね退ける。嫌々だったがフィアは豆も食べていく。
残ったスープで流し込めば良いとも思うのだが、どうやらその発想はないらしい。
と、待ってはみたがいつまで経ってもフィアは頭を拭こうとしない。
濡れたシャツを体にはりつけて、溜まった水滴が椅子の下に水溜りを作っていく。
「……」
仕方なく俺がフィアの背後に回って頭を拭いた。フィアは抵抗なく食事を続けやがる。
パンに吸われ半分以下になったスープで口直ししたフィアはパンも食べて、あらかた片付けた。あとは焼き菓子のビスケットだけだ。
ちいさな手につままれて、薄いくちびるに含まれた。
「甘いわ」
「ん、よかったよ」
目を見開いたところを見るにどうやらお気に召したらしい。豆のときと打って変わり、大皿に載ったビスケットがどんどん口に放り込まれる。
ビスケットに関しては俺の分もあったのだが、こうも美味しそうに食べてくれれば言う気も失せた。フィアの頭を拭き終わったあたりで皿の上の物は綺麗に消えていた。
服が透けたままなのでタオルを適当にかけて、俺もやっと自分の席に戻る。
「それじゃ教会に行くまえにフィアのこと、教えてくれるか?」
「……? フィアよ?」
「知ってる。名前じゃない。目的もだがまずは何者でどこに住んでて、どこから来たんだ?」
フィアは首を大きくひねる。むっと目を強く閉じて、言葉を捜している。嘘を考えているのとは違う風に見えた。
「とおい所よ。あと、像になったりしてるわ」
よくわからず、何度か聞き方を変えて質問したが、要領を得ない回答しか貰えない。
言葉を捜して、見つからないようだった。仕方なく食休みを終えた辺りで家を出る。
別の服を着せたが俺のサイズしかない。そのまま着せては妙な格好を強制していると思われて一緒にいる俺が捕まる。なので家にあった包装用の飾り紐などで所々服を縛り、整えた。
服の大きさも調整し、とりあえずは即席だがちゃんとした服に見えるだろう。
「どこいくの?」
「お前が安心できるところだ」
外を歩くとフィアはやはり人目を引いた。それでも俺の顔を見た途端にほとんどの奴は顔を逸らす。そんな風にしながら俺が住む地域を抜けてしばらく歩くと、立派な家が立ち並ぶ区画が見えてくる。ここまでくれば、遠目にもその建物を発見できた。大きな教会だ。
白と青を貴重とした建物は手入れされた芝生に囲まれ、敷地も広い。だが門と塀はアッサリとしたものしかない。
誰でも入れるように、というよりも、拒もうとする印象を薄める目的があるのだろう。大人しくついてくるフィアを確認しながら敷地に入った。
ここでの目的はひとつ。フィアを預けること。
幸いこの街の教会は盛んだ。何年か前に宗教自体が揺らいだが、いまはもう落ち着いている。フィアを俺の家に住まわせるよりはいい判断だろう。
教会に入るとさすが聖職者。俺を見ても、神父様は顔色ひとつ変えなかった。
ただシスターは微妙だ。「ひっ」と悲鳴を押し殺していた。聖職者このやろう。
「どうかされましたか?」
長年の経験からか相手を包み込むような柔和な笑みを浮かべる老齢の神父様は、ゆったりとした速度で歩み寄ってきた。刻まれた深いしわに温和そうな人柄が乗っている。泣いた赤ん坊でも彼に抱かれればきっと笑うだろう。
俺が生まれるより前から深く信仰し、真摯に救いを説いてきたであろう彼ならば受け入れてくれるに違いない。
そう思い、告解するつもりで彼に浅く頭を下げた。
「……はい神父様。この子、フィアと言うらしいのですが、昨日一人で街を歩いてまして、どうか保護していただけないかと」
「ふむ。それは大変でしたね。…………フィアさん、貴方も苦労されたのでしょう」
さすが神父様だ。動揺ひとつみせない。動揺してしまえばフィアが怯えてしまうと考えたに違いない。彼の一挙手一投足を前にするだけで、相手のためを思い、人生をかけて所作を磨いてきたのだと理解できる。
自分のひざに手を乗せてわざわざフィアの視線まで腰をまげた神父様は、目元のしわをいっそう濃くして、救いの手を差し伸べた。
「ブロン、像よ。私がいるわ」
が、フィアはその神父様を無視して不躾に彼の後ろを指差した。
そこには彼らが崇拝の念を向ける対象である、腕を広げ自愛に満ちた女神像が微笑んでいる。
「私よ」
「やめろフィアやめろ」
神父様の笑みが深まる。奥になにかを隠したようだった。
敬遠で有名な神父様に言っていい冗談じゃない。
俺は必死でフィアの肩を叩いて止めるように促す。
「私のほうが綺麗ね。やっぱりあの像は下手よ……私の偽者ね」
「フィア? フィア頼むやめてくれ」
フィアは首を傾げる。神父様は笑みをいっそう濃くする。
俺は精一杯の愛想笑いを浮かべた。シスターは今度は神父様まで怖がっている。
――シスターめ、距離を取りやがった。
「あの、神父様。フィアも悪気があって言った訳では……」
「出て行きなさい」
「えっと……」
「不信心者が入って良い場所ではないのです。 即刻出て行きなさい」
「ちょっ!?」
「乱暴ねこの人」
笑う神父様に首根っこを捕まれて追い出されてしばらく、俺達は区と別の区を繋ぐ、石橋の欄干から川を見下ろしていた。
「鳥が飛んでいるわブロン。……なんていう鳥かしら」
――これ、俺が面倒見るしかないのか……?
最悪なのはいま行った教会が、この街にいくつかある教会の元締め的な存在だってこと。面倒ごとを考えて規模の大きなところに向かったのが裏目に出た。ここで起こった騒動は、瞬く間に他の教会にまで広がっていくだろう。
教会に頼る案は、根元から折れてしまった。恨みがましく見つめてみても、フィアは首を傾げるだけ。計算なのかと少し思うが、どうも違う気がする。
俺の胸の辺りにある銀色の頭が、空を飛ぶ鳥を追って揺れていた。
――帰れって言ったところで、そもそも家があるのかも微妙だ。あんだけやつれて、ボロ着て歩いてた。……ほっぽり出したら攫われそうだし……。
どれだけ頭を巡らせても、フィアが一人で生きていける様子は全く浮かばない。
「帰るの? ブロン」
「…………――そうだな、帰るか」
まぁ、どこかでこうなる気もしてた。
「フィアの目的? あれもう一度教えてくれないか? 多少は手伝えると思う」
「取り返したい物があるの。キラキラした綺麗な石よ」
「抽象的な……でもわかった。取り返すのを手伝う。それまでなら、面倒見てやる」
仕方なく了承したそのとき、遠くで炸裂音が響いた。
パァンと。
――今日は市場の日だ。
高く鳴る、市場の開始を知らせる合図。あれはそう、どこかの貴族か大商人が、精霊の力を使っているのだろう。
宝霊術から出される精霊。数年前、一時は教会の立場すら揺るがした存在だが、今では主に金持ち連中を中心として、庶民の生活もいくらか支えてくれている。
「フィア、行くぞ?」
「……ええ」
打ち上げられた光を見つめていたフィアを呼ぶ。
しばらくは一緒に暮らすことになるのは確定のようだった。




