第九十六話 ケムリノムコウ
「……、そこっ!」
「あいよ」
「またか」
雪景色の中に溶け込み現れた闖入者。
まさかこんなことになるとは、全く予想していなかった。
「すまんな」
「まぁ仕方ないよね」
「悟の精霊が敵に回るとはな……」
シス、リコ、ミキの三人は完全に敵側だ。
おかげで俺の能力はほとんど封じられてしまった。
平沢と山下の二人だけは能力を使って迎撃する事もできるが、俺が出来ることと言えばどちらから敵がやってくるか二人に伝えるだけだ。
敵の忍び寄る足音は降り積もる雪に吸い込まれ、殆ど聞こえていない。
もっとも、仮に雪が降っていなくても水の流れる音に塗りつぶされていたかもしれないが。
そんな状況下ではマップ機能だけとは言えそれなりに貢献はできていると思う。
「相手の方が多い上に視界も悪い」
「不利、だね」
「何でこんなことになってんだよ……、普通逆だろ?」
しかし、多少貢献した所で焼け石に水。
なんせ手数が違いすぎる。
俺達三人は周囲を警戒しながら腰を落とす。
「くぅ……」
「効くなぁ……」
「おい、次のお客さんのお出ましだぞ」
「少しは休ませて欲しいんだが」
撤収したいところだが背中を見せる様な隙を見逃してはくれないだろう。
「く、手詰まりか……」
「このままだとジリ貧だね」
「いっその事多少の被害は甘受して突破したほうが良いんじゃないか?」
俺達に残された時間はあと僅かだ。
ゆっくりと落ちる水滴が、カウントダウンのように思えてくる。
どうしてこんなことになってしまったのか。
――十五分前。
「えー!? いいじゃん! 一緒に入ろうよ!」
「何バカなこと言ってるんだ」
「ええやん、別に減るもんやなし」
「家族風呂っていうのも、あるみたいだよ」
「そういう問題じゃねーよ……」
温泉の入口前でわがままを言うシス達と別れ、平沢達と男湯へと向かう。
部屋に置いてあったパンフレットを読んだところ、随分と立派なお風呂なようだった。
サウナ、露天風呂は当然として、寝湯、打たせ湯、薬湯、スチームサウナ、砂風呂と一通りは揃っている。
それもこの一箇所だけでなく、コテージ側と山側にもあるらしい。
コテージ側は川がそのまま全部温泉になっており、山側は巨大な洞窟風呂。
後でそちら側にも行かないとな。
「どれから入るか迷うよな」
「だね。とりあえず全部回るでしょ?」
「当然じゃん!」
騒ぎながら服を脱ぎ、いざ風呂場へと向かう。
他にお客さんが居なくてよかった。
これだけ騒いでいたら怒られてしまうかもだし。
湯煙が立ち籠めるその場所で、俺達は至福のひと時を満喫していた。
「あー……」
「効くねぇ……」
「ほんとさいこー……」
雪国、そしてウィンタースポーツの後といえばこれがないと始まるまい。
露天風呂に雪が舞い降りる景色は素晴らしいものだ。
いつまでも入っていたくなるな。
今日は珍しく平沢達も精霊を顕現させており、彼らの精霊も温泉を楽しんでいた。
「それじゃ、お約束のあれ、行きましょうか?」
そんなことを思いながら湯を掬っていると、山下がニヤニヤと笑いながらこちらを見てきた。
「お約束って?」
欲望に染まったニヤケ顔。
少し、キモい。
いや、友達でも気持ち悪いものは気持ち悪いからね?
「そりゃ決まってるだろ? そこの壁の向こうの桃源郷を拝ませてもらうんだよ!」
「……、却下」
「なんで!?」
こいつほんと馬鹿だよなー。
万が一バレたらどうするつもりなんだ。
しかも結構偉い人も来てる場所なんだぞ、ここ。
「うん、僕もパスだね」
「健まで!? この裏切りどもめ!」
裏切りって、むしろ感謝してほしいのだが。
だいたい、何でシス達の裸をこいつらに見せなければならないのか。
「どうしてそうなる。むしろ俺は達夫のためを思って言ってるんだぞ?」
「あなたのためだからってセリフほど信用できない言葉はない!」
まぁそれはそうだけどさ。
今回は信じて欲しい。
トラストミー。
「いや、お前彼女にバレたらどうするんだよ」
「へ?」
「彼女を置いて旅行に出かけて、覗きをして、バレる」
「……」
「控えめに言って最低だよね?」
「お、おぅ……」
大体、彼女いるならそれで満足しろっての。
ブツブツ文句を言いながら腰を下ろす山下に、俺と平沢は冷たい視線を投げかける。
「いやー、でもさ、こういうのって風物詩的なもんじゃん?」
そんな風物詩なんてねーよ。
まったく。
「ん? 何だろあれ」
「んあー?」
平沢の視線を追うと、雪上に何やら動く物体が二つ。
白いモコモコしたもの、兎かな?
なんか黒いものが頭についている気がする。
……、爆弾じゃないよな。
念のためシステムウィンドウを起動する。
するとマップ上には青いマーカーが表示された。
モンスターではないようだが、デフォルト設定で青マーカー表示って。
念のため詳細を確認するか。
「……、あれ、精霊だわ」
「は?」
白いもこもこしたもの。
それは寺門と伊集院先輩の精霊だった。
「何やってんだろ」
「さぁ?」
「んー……?」
「達夫、どした?」
「いや、あの精霊の頭についてる黒いのって、カメラじゃね?」
「へ?」
よく見ると確かにそう見えるような。
「もしかして……」
「いや流石にそれは……」
「ないでしょ……」
結論。
ありました。
――そして現在。
「左舷弾幕薄いよ! 何やってんの!?」
「打って打って打ちまくれ! 敵を通すな!!」
「手が冷てえ!」
「湯船に手を突っ込め!!」
雪玉を作っては精霊に向かって投げつける。
そんな光景が繰り広げられていた。
機敏に雪玉を避ける精霊。
しかし、大量に投げられる雪玉にそれ以上近づけられないでいる。
とは言え、手元の雪も徐々に減ってきており、突破されるのは時間の問題の様に思えた。
だが、救世主と言うものは遅れてやってくるものだ。
「……、何をやっているんだ?」
追い詰められていた所に掛けられたその一言。
「神宮寺先輩!!」
「これで勝つる!!」
「勝ったぞ!!」
俺達は一気にテンションを上げる。
「意味がわからないのだが」
でしょうね。
俺も意味わからないよ。
「女子の連中が風呂覗こうとしてるんですよ!」
山下の言葉に怪訝な表情を浮かべる神宮寺先輩。
うん、そうですよね。
普通はそう思うもん。
だが、百聞は一見にしかずだ。
「神宮寺先輩、間もなく第七波が襲来予定です。とりあえず湯船に入って下さい」
「お、おぅ?」
俺の真剣な声に押されてか、神宮寺先輩は湯に入る。
「ああ、温泉は良いものだな……」
「ええ、無事に帰れたら洞窟風呂にも行きましょう」
そんなフラグを立てながら俺は雪原を睨みつける。
「ん、あれか」
「ええ、あれです」
再び雪原から顔を覗かせた精霊。
その頭にはカメラがくくりつけられてある。
「ふむ、あれは壊してしまってもかまわないのか?」
「え、ええ。でも精霊に怪我させるわけにも行きませんし」
「そうか」
これからは細かい制御も練習するように。
そう言ってい神宮寺先輩は小さな炎を生み出すと精霊に向けて飛ばし、見事にカメラだけを撃ち抜いたのだった。
「ま、こんなもんだな」
「「「……」」」
「それでは俺はサウナに行ってくる」
呆然する俺達を置いて、神宮寺先輩はサウナに向かっていった。
「ああいうの神業っていうのかな」
「真似できる気がしねぇ」
「だな」
一息ついた俺達は湯から上がり、若干のふらつきを覚えながら更衣室へと向かった。
ははは、さて、どうしてくれようか。




