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第九十三話 入り口

 俺達を乗せたバスは寒空の下、高速道路を進む。

 一つトンネルを潜るごとに風景には白が増えて行き、今では辺り一面雪化粧だ。

 車内ではマイクが回され、流行りの歌を皆が口ずさむ。


「そろそろ一度休憩を入れるぞ」


 神宮寺先輩の言葉に腕時計を確認すると、針は正午を示していた。

 そう思うと急に腹が減ってくるから不思議なものだ。


「どこで休憩なんですか?」

「ん、高速道路を降りた所に道の駅があるんだよ」


 神宮寺先輩曰く、この時期だと鍋焼きうどん定食がおすすめらしい。

 トッピングで生卵を忘れないようにと注意された。



 冷たく乾いた空気と排気ガスの混ざった匂い。

 息を吐くと白い煙が広がる。

 少し離れたところから湯気が立ち込めているのが見える。

 どうやら足湯があるようだ。


 時間に余裕があれば試すのも悪くないかもしれない。


 バスから降りた俺達は、そんなことを思いながら建物へと向かった。


「これはこれは、神宮寺の坊っちゃん、お帰りですか? おや、そちらの方々はご友人で?」

「コウか。久しぶりだな。彼らは俺の後輩達だ。これから祭場に向かうところでな」


 注文をしようと神宮寺先輩を先頭に並んだ所、店員のおばあさんから声をかけられた。

 いや、声をかけられたのは神宮寺先輩なのだけど。


「ほぉ……」


 すっと細くなった目が俺達を見渡す。

 どうやら値踏みされているようだ。


「えっと、この方は?」

「ううむ、何と言えばいいのかな。うちの実家で巫女の取りまとめをしていてくれた方でな。俺も子供の頃世話になってな、今でも頭が上がらんよ」

「いいええ、坊ちゃま、世話などとてもとても。むしろお相手していただけて幸せでございました」


 皺くちゃな顔に笑みをたたえ、更に皺が深くなる。

 しかし、その眼光は歴戦のものだとわかる。

 一体何者なのだろうか。


「あ、それじゃ俺も自己紹介を」

「いえいえ、それには及びませぬ。九頭龍、玉如(ぎょくにょ)の神無月様でございますね? そして精霊様方に、九頭龍戦団体戦でのお仲間の方、それにお嬢様方は神無月様の冒険仲間でございましょう?」

「え、ええ、その通りです。よくご存知ですね?」

「それはもう、神無月様は有名でございますから。その年で九頭龍に叙せられる傑物だと」


 そう言ってコウさんは微笑むが、その目は笑っていない。


「いえ、たまたま、偶然ですよ」

「能力に胡座をかかず、体も鍛えているご様子ですし」

「はは、神宮寺先輩の指導が良いんでしょう」


 俺もそれなりに修羅場をくぐってきたつもりだが、にも関わらず目の前の老女から受ける圧迫感に後ずさりしそうになってしまう。

 背中に冷や汗が流れ、喉は緊張からか渇きを訴える。


「坊ちゃまと、末永く仲良くしてくださいますか?」

「え、ええ、もちろんです」

「……、ありがたく」


 コウさんがそう言うと、ふっと重圧が消えた。

 先程までの鋭い眼光は身を潜め、今ではただの年老いた女性にしか見えない。


「神無月、どうしたんだ?」

「え? ……、いや、なんでもない」

「顔色、悪いよ……?」


 寺門と佐倉が俺に気を使ってくる。

 彼女達は今の空気に気がついていないようだ。

 それは神宮寺先輩も同じ。


 俺だけにプレッシャーをピンポイントで掛けて、それを神宮寺先輩にすら気取らせないとは。

 一体何者なのだろうか。


「少し車に酔ったかも、うどんが出来るまで風にあたってくるわ」

「あ、それなら私も付き合うよ。足湯、行ってみよ?」


 伊集院先輩に腕を引かれながら俺は足湯へと向かう。

 シス達はストーブの前から動きたくないらしく、久しぶりに二人だけでの行動だな。

 そんなことをふと思った。



「あー、きもちいいねぇ……」

「ですねー……」


 伊集院先輩と並んで足を湯につけ、風にあたる。

 かいた汗は直ぐに乾いたが、まだ戻る気になれない。


「それにしても、神宮寺先輩の実家って本当に、なんというか名家ってやつなんですね」


 この道の駅の建設費用も神宮寺家が一部負担したって話だしなぁ。


「そだよー、だから私の婚約者候補になったんだし」


 そう、なんだよな。

 それにしても政略結婚か。

 なかなかすごい世界だよな。


「コウさんでしたっけ? なんかすごい人ですね」

「え? そう?」


 ちゃぷりと音を立てて湯から綺麗な足が引き抜かれると、そのまま前へと伸ばされる。

 中、見えちゃいますよ?

 誰も居ないから良いけど。


「まぁあの人昔は巫女頭だったらしいし、それなりに迫力とかはあるかもね」


 伊集院先輩はそう言いながら湯の中へ足を戻した。


 しかし、そう言うレベルじゃないと思うんだけどな。

 それを周りに気取らせないだけの実力者、か。

 そんな人間がこんな所にいるとは。


 いや、ここは神宮寺先輩の実家への入り口に当たる場所だ。

 実力者を配置するのは当たり前なのかもしれない。

 こういうのを草のものとか言うんだっけか。

 入り口での監視役、そういうことなのかな。


「うどん来たぞー!」


 扉の開く音が聞こえ、戸の隙間から山下が顔だけ出して声をかけてきた。

 寒いから体全体を出すのは嫌だということだろう。

 ものぐさな奴め。


「サンキュ、すぐ行く」

「やー、楽しみだねー」


 うん、まぁうどんは美味しかったよ。

 ただ、平沢達の視線が何故か痛かった。

 別に何もやましいことはしていないというのに。


 その後、鍋焼きうどんに舌鼓をうった俺達は再びバスに乗り込む。

 バスは蛇行する山道をゆっくりと上っていった。



「到着だ」

「ここが、そうなんですか」

「ああ、多少騒がしいかもしれないが我慢してくれ」


 そう言った神宮寺先輩の視線の先には、大きなホテル。

 そして周囲に林立するコテージがあった。


 恐らくその向こうにはゲレンデが続いているのだろう。

 え、これ全部私物ですか?

 すごすぎる……。


「ああそうだ、ここには関係者しかいないから安心してくれ」


 マスコミに煩わされる心配はない。

 そう言って神宮寺先輩は微笑んでくれた。

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