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第九十話 特訓


「ぜはぁ……、ぜはぁ……」


 九月も中頃に差し掛かり、秋も近づいているある日。

 俺は山の中の石段を息を切らしながら駆け上っていた。


「なんで、はぁはぁ……、こんなことに、はぁはぁ……」


 確かに鍛えなければいけないとは言った。

 しかし、それは技術的な話で、時代錯誤も(はなは)だしい激しいトレーニングを想定してのことではない。

 そもそも俺は能力者だからそんなに体力は必要ないと思うんだ。

 それに付け焼き刃の特訓が一体どれだけ意味があるのかと。


「さとるううううう!! 根性出せやあああああ!!」


 石段の先では伊集院先輩のお父さんがこちらに向かって怒号を飛ばしていた。


 その横には苦笑いを浮かべる伊集院先輩。


「み、みず……」

「ダメだ! 後十往復するまで水は飲まさん!!」


 一体いつの時代だ。

 毎日こんなことに付き合わされていたら体がもたないぞ……。

 クエストだって毎日じゃないもののちょくちょく行っているのだ。


 とりあえず口の中に小さくシステムウィンドウを展開。

 事前に仕込んでおいた水を少しずつ出し、嚥下していく。

 ふぅ。

 なんとか水分は補給できたものの、ノルマが減ったわけではない。


「結構、きついけど、頑張ろっ」

「うん、パパが強くなればそれだけ安全になるしね」

「まだまだ余裕やでー!」


 しかしリコですらこの特訓に付いて来ているのだ。

 俺だけ音を上げる訳にはいかない、か。


「ちくしょおおおおお!!!」


 俺は全力で特訓メニューをこなしていった。


 後から考えればリコ達は精霊なのだから普通の人間とは基本スペックが違うんだよね。

 まぁ、体力は必要だし文句は言うまい。



「お疲れ様。昨日、お父さんが中々根性あるやつだって褒めてたよ」

「そいつはどーも……」


 汗に濡れたシャツを脱いでいると伊集院先輩がスポーツドリンクを差し出しながらねぎらいの言葉を投げかけてくる。

 特訓を開始して二ヶ月。

 最初は終わると同時にへたり込んでいたが、今ではきついもののなんとか立っていられるようになっていた。

 もちろんメニューは徐々に追加されているがそれでも、だ。


「おー。やっぱいいね」

「はい? 何がですか?」

「んー、筋肉が結構ついてきたなって」

「ああ」


 特訓のおかげで贅肉は削ぎ落とされ、腹筋は綺麗に六つに割れている。

 ムキムキマッチョというわけではないものの、細マッチョというのだろうか。

 そんな感じになってきていたのだ。


 最近では風呂上がりに、鏡の前の自分を見て悦に浸るのが日課になっているのは秘密だ。

 まぁ、悪くはないよな。


 上半身裸になるのも最初は恥ずかしかったが、これだけ筋肉がついていれば堂々と脱げる。

 火照った筋肉から湯気が立ち上るのは、見てて良いものだ。

 とは言え冷えてしまっては風邪を引いてしまう。


「はい」

「サンキュ」


 手早く汗を拭き取るとシスから渡された綺麗なシャツを着込んだ。


「それで悟さん、お父さんが話があるって」

「話しですか?」


 嫌な予感しかしない。

 でも逃げるわけにも行かないし、仕方がないか。


 俺は荷物をストレージに格納すると伊集院先輩の後についていく。


「悟、きたか」

「はい。どういったご用件でしょうか」

「そう肩肘を張るな。大した内容ではない」


 これからは技術面の稽古も行うぞ。

 そう伊集院先輩のお父さん、剣造氏はのたもうたのだった。


 ここ二ヶ月の特訓で稽古に耐えうるだけの体力は得たということらしい。

 これからが本番というわけだ。


 だがしかし、当然その分体力トレーニングが減るということはなく。

 俺は再び地獄を見るのだった。



「悟、なんかここ最近で急に変わったけど大丈夫?」

「そうか? まぁ鍛えてるからな」


 放課後、荷物を片付けていると平沢がそんなことを言いながら近づいてきた。

 仲間が急に痩せていく姿は見るに耐えなかったのかもしれない。

 一応特訓をしているという話はしていたんだけどね。


「それにしても限度がある気がするけど」

「だよなぁ、特訓って言うけど、何やってるんだ?」

「んー、まぁ、走り込みと組手とかかな」

「能力者が武術覚えてなんか意味あるのか……?」


 その疑問もわからないでもない。

 だけど、俺が武術の心得を持つことで戦術に幅が広がるのも事実。

 なにせ俺の精霊は人型だし、リコは水島先生に稽古をつけてもらってるくらいだしね。

 理解していれば色々役に立つはずだ。


「そんなものなのかな?」

「あんま無理すんなよ?」

「おぅ」


 確実に強くなっていっている実感がある。

 その充実感が俺を稽古場へと突き動かす。


 二人と別れたあと、俺はそんなことを考えながら足取り軽く山道を駆け上っていった。

 腰に()いた短剣と背中に背負った短槍の重さが心地良い。


 いつもの姿が石段の向こうに見えてくる。

 今日はどんな訓練なのだろうか。

 そんな思いで最後の石段に足をかけた。


「今日は試験とする」

「はい?」


 え、なんですかそれ。


「つぇい!!」

「くっ!!」


 その一言と共に振り下ろされた一閃が地面をえぐる。

 ギリギリで躱したものの、少しだけ視界が良くなった。

 前髪が数本持って行かれたのだ。


 いきなりかよ。

 問答無用とはまさにこの事。


 敵の獲物は――薙刀。

 ならば、と俺は短剣を取り出す。

 そして追撃を躱しながら懐に飛び込み、一閃。

 が、当然防がれる。


「はぁっ!」


 と同時に掌底を打ち込み離脱。


「どらあ!」


 いい感じに入ったはずだ。

 普通の人ならそのまま悶絶するだろう。

 しかし少しの苦悶の表情すら浮かべること無く直ぐに薙刀を構え、新たな一撃を繰り出してくる。

 必殺の威力を込められた一撃。

 だが、遅い。


「疾っ!」


 大振りの一撃を躱すと俺は短剣を投擲、それと同時に俺自身も突貫する。


「ふん!」


 短剣を弾いた薙刀は、勢いそのまま俺へと迫る。

 俺は今度は短槍を取り出すと、薙刀を巻き上げた。


「なっ!?」


 弾き飛ばされる薙刀、動揺した表情。

 これなら!


「甘い!」

「ごはっ……」


 油断した。

 意識の外から迫ってきていた蹴りに気が付かなかった。

 俺の腹部に突き刺さる膝、そして衝撃に俺は地面に膝をつく。


「ぐ……」


 立ち上がろうにも膝が笑ってしまう。

 くそ。


「ふぅ……。うむ、良いだろう」


 まともなダメージを入れられるどころか、手も足も出なかった。


 それなのに何が良いと言うのか。


 そんな一言も発せない。


「悟、お前に切紙を与える。伊集院流の名を汚さぬよう、これからも精進するように」


 そう言って伊集院先輩のお父さんは立ち去っていった。

 その後姿は遠く。

 まだまだ修行が足りないと思わされるのだった。


「お疲れ様」


 そう言って伊集院先輩がタオルを手渡してくるが、俺はあまりの悔しさに顔をあげることができなかった。


「凄いじゃん、お父さん、足震えてたよ」

「え?」


 伊集院先輩曰く、意地で平気な素振りをしていたが、相当効いていたらしい。


「そう、でしたか」


 そうか、俺の一撃は届いていたのか。

 だが、超えるには至らなかった。

 そういうことだろう。


「それと、おめでとう。まさか三ヶ月かそこらで切紙を取得するとは思っても見なかったよ」

「そういえば、切紙って……?」

「え? えーっとね、伊集院流の段位、みたいなものかな? 普通は取得まで三年くらいかかるんだよ」


 なるほど。

 つまり俺はある程度認められたってことか。


 ちょっと違うかもだけど、剣道とかで言うと三段くらいかな?


 と伊集院先輩は言った。


「三段、ですか」

「大体だけどねー」


 じっと手を見る。

 越えられなかった悔しさと、認められた喜び。

 その二つが入り混じり、なんとも言えない気分だった。


「さ、行こ。もう遅いし」

「そう、ですね」


 伊集院先輩の手を取り立ち上がる。

 空を見上げると、流れ星が一つ流れて行った。

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