第九話 病室
白を基調とした建物内の廊下を静かに俺達は歩く。
木々の影が西日の作り出した舞台で演目を披露する。
目的地まであと少し。
手に汗を握ると歩みを少し早めた。
「おじゃまします」
「ん、見舞いか。休みの日に態々済まないな」
「お、神無月じゃん。見舞いありがとな!」
「いえ、お構いなく」
病室の中からは昨日死にかけて居たというか、一度死んだとは思えない程元気な返事が二人から帰ってくる。
治癒系の最上級ランクの能力ってのはすごいものだな。
ストレージから先輩方を出す必要があったのでその場に立ち会わせてもらったが、瞬きする程の時間で傷がふさがり、その一瞬後には息を吹き返していた。
「霜月先輩も猫屋敷先輩も無事でよかったです」
「一度死んだのが無事って言って良いのかわかんねーけどなー」
そう言って猫屋敷先輩は鼻の下をこすった。
「そう言うな、今生きているのだから問題ないだろう」
「おー、霜月ちゃん男前ーっ」
「茶化すな。それよりも神無月、助かった。礼を言う」
「いえ、仲間として当然のことをしたまでです」
と言うかほとんど俺は何もしていないし。
シスサンが全部やってくれていましたし。
「いや、助かったのは事実だ。礼は受け取ってくれ」
「そうですか?」
「そうそう、俺、久しぶりに死んでないはずのばーちゃんに会えたぜ」
あ、うん、そうですか。
冗談が言えるほどには気力も回復しているらしい。
「それで、そこの子は?」
霜月先輩は怪訝そうにリコの方を指差した。
っと、ちゃんと説明しとかないとな。
「あー、紹介しますね。精霊のリコです」
「よろしゅうなっ!」
ダンジョンのコアを俺が破壊したことを説明し謝るが、霜月先輩も猫屋敷先輩も苦笑いしながら手を振って気にするなと言ってくれた。
普通なら文句の一つも言うだろうに。
「それにしてもまた人型か。そして喋ると」
「能力はわかってんの?」
「いえ、まだ検査とかはしていないので」
無理を言えば今日検査する事も出来なくもなかったが、それよりも先輩達の容態が気になってたしね。
体の傷は治ったとはいえ、精神的な問題もあるし。
「そうか」
「明日行う予定なのでわかりましたらお伝えしますよ」
「まってるわよー?」
「ひょえっ!?」
後ろから誰かに抱きつかれ、思わず変な声を上げてしまった。
「い、伊集院先輩!?」
「神無月君、御見舞ありがとねー!」
ちょっ、やめてっ、柔らかいものが当たってるって!!
「ちょっと!? 離れてっ!」
「うちのますたーに触らんといて!!」
二人の優秀な護衛が伊集院先輩を俺から引き剥がす。
あぁ、少し名残惜しい。
「やんっ、怪我人にひどくない?」
「もう殆ど治ってるでしょっ!」
「せやせや!」
シスとリコの猛抗議を伊集院先輩は軽くいなし、二人をその胸に抱きしめた。
く、その場所を変われ!
「明日には退院出来る予定よ。ありがとね?」
伊集院先輩は二人を解放すると俺の方を見て改めてお礼を言ってきた。
俺としても先輩が無事で良かったと本当に思う。
「いえ、どういたしまして」
威嚇を再開した二人を抑えながら伊集院先輩の方を見る。
もちろん彼女の持つ強化型胸部装甲ではない。
視線はその少し下だ。
「ん? ああ、大丈夫よ、痕は残ってないから」
そう言って服の隙間からお腹を見せてくる。
この人無防備すぎるだろ。
服の間からちらりとのぞいたオヘソがチャーミング。
ってそうじゃない。
「……、見せなくていいです」
「あらそう?」
まぁ、痕になってないか心配だったのは事実だが。
腹部を思いっきり蹴飛ばされてたからなぁ。
「なんだ、神無月も来ていたのか」
「あ、会長」
「神宮寺でいい。君も来るのなら一緒に来ればよかったな」
「いえ、俺はすぐ帰りますから」
「そうか?」
ちょっと様子を見に来ただけだからね。
無事ってことは事情聴取の時に聞いてたし。
「買い物もありますから」
昨日は帰りが遅くなったからな。
今日は最低でも布団とかタオルとか、リコの生活用品を買わないと。
漸く持ち直したはずの家計がまたピンチになってしまうがこればかりは仕方がない。
「人型の精霊というのも大変なものなのだな」
「まぁ、一長一短かと」
コストは掛かるけど、汎用性は高いし頭もいい。
一人暮らしでも寂しくないしな。
「ふむ」
「それでは失礼します」
「ああ、引き止めて悪かったな」
霜月先輩達に挨拶をし、俺は病院を後にした。
「リコばっかり色々買ってもらってずるい!」
「いや、生活用品だから。シスにも買ってあげたじゃないか」
むしろ伊集院先輩との買い物とかを考えるとリコの消費は少ないといえる。
服も子供用だから多少は安いし。
「むぅ」
「なー、うち足疲れたわ。おんぶしてやー」
「あー、ほれ」
「ありがとなっ!」
リコは見た目と同じく中身も幼いみたいだな。
しゃがんで背中を向けた俺にリコが飛びついてくる。
「っと」
結構な勢いで飛びついてこられたせいで少しバランスを崩してしまった。
少し元気が良すぎるか?
でも無いよりかはいいか。
「ちょっとリコ!?」
「えー? 仕方ないやん、うち小さいから皆の歩きについていけんし」
そんなことを思っているとシスがリコに苦言を呈す。
そうは言っても足の長さが違うからな。
どうしても差が出てしまうのは否めない。
「私も! 私もおんぶして!」
「今うちがおんぶしてもらっとるし?」
「してなくてもシスは大きいんだから問題ないだろ」
「そ、そんなぁ……」
肩を落とし俯くシスは煤けて見えた。
仕方がないなぁ。
「……、また後でな」
「ほんと!? やったぁ!!」
さっきまで泣いてたカラスがもう笑った。
ちょろすぎてなんだかなぁという気分になってしまう。
「何笑ってるん?」
「ん? 笑ってたか?」
「何よー」
「別になんでもないよ。さ、早く買い物へ行こう。店が閉まってしまう」
明日も一日中拘束されるだろうし、食材も買っていかないとな。
今財布の中身、どれくらいあったっけ。
俺は中身を確認し、ため息を付いた。
「しばらくはもやしかな……」
「ええっ!? 私お肉食べたい!!」
「うちは魚がええなぁ」
我儘言わないの!
ないものはないんだからな!
クエストだって今回のトラブルでしばらくあるかどうかわからないんだから。
ある程度家計が安定するまでは緊縮財政なんです!
「なら自分で捕まえてくればええん?」
「出来るならなー」
「ぷぷ、リコ、魚って簡単には捕まえられないんだからね?」
「ゆーたな? 見とれよ?」
ドヤ顔でリコに魚取りの難しさを説明するシスにリコは涼しい顔で返す。
随分と自信がありそうだけど、何か秘策でもあるのかね。
「まぁ今日のところは諦めろ、海に行く時間はない」
しかし明日以降、放課後に釣りに行くのもありかもなー。
魚が取れれば日々の食生活に彩りが増える。
食費も抑えられて万々歳だ。
「明日はええん?」
「時間があればな」
「そないかー。楽しみやなぁ♪」
フサフサの狐尻尾がリコを抱えている手をこする。
そこまで喜ばれると行かないわけにはいかないか。
なんとか時間捻出しないとなぁ。
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